お知らせ

お知らせ

東京教区ニュース第394号

2022年07月07日

シノドスへの歩み10の設問 東京大司教区の回答

世界代表司教会議第16回通常総会に向けて、第一段階である教区フェーズが終了しました。教区シノドスチームよりカトリック中央協議会事務局に回答書が送付されました。そこにはこれまでの東京教区の取り組みについて記されています。すでに前号の教区ニュースで指摘しましたが、教皇庁シノドス事務局からは基本的質問と10の設問が提示されています。どの設問も重要なものですので、東京教区としては教区フェーズの回答書提出期限にとらわれずに、今後も地道にこれらの設問に取り組むことにしています。 とろで、今回提出しました回答書の末尾に教会の未来に向けてのいくつかの提言を付け加えました。ここでは、その内容を皆さんと分かち合いたいと思います。

❶共同体の再構築
❷宣教協力体の再構成
❸互いに聴き合う共同体
❹エウカリスチアとシノドス

の四点からなる提言はシノドス的教会をよりよく実現していくために必要不可欠なものであり、世界代表司教会議第16回通常総会で取り上げられるべきものだとシノドスチームは考えています。

❶共同体の再構築
小教区共同体で構成される既成の教区のあり方を見なおす必要があります。人口の動態は流動的です。大都市の中心部には住人が少なくなってきました。また、小都市にあっても、かつて隆盛を極めても今は住民が減っているところもあります。東京大司教区では第二次世界大戦後からできるだけ多くの小教区共同体を教区内に創設してきましたが、現在では信者の数が減り、共同体を維持するのすら難しいところもあります。また、1990年代以降のグローバリゼーションの流れの中で多くの外国人労働者が日本に移住してきました。しかし、彼らは土地(territory)に根づくのではなく、常に移動しています。さらに、大都市生活者にとっては中心部にある教会が便利な場所であって、自分たちの住む地域での信仰生活には関心が向きません。こういった状況に加えて2020年からのCOVID-19によって行動を制限され、「集い」が難しくなって、小教区共同体は信仰を体験し、それを育むという場所になりづらくなりました。

シノドス的教会が「共に歩む」教会だとしたら、人々が生きる場面により寄り添うような教会となる必要があるでしょう。そして、信者の勝手な想いだけが反映されるのではなく、現代社会にあって「共に歩む」ための方向性を共有できるような教区であるべきです。そうしますと、既存の小教区共同体のシステムでは難しいと考えられます。いくつかの小教区共同体が連携し、助けあっていくような仕方で存在するならば、日本の社会にあって教会が主イエス・キリストをよく証しするものとなるでしょう。

❷宣教協力体の再構成
東京大司教区では2000年代に入って、宣教協力体を作りあげました。それまでバラバラに存在していた各小教区共同体がいくつかのグループに分かれて協力体制を築き、司牧と福音宣教にあたることを目指しました。宣教協力体が設立されてからすでに15年以上が経過しましたので、社会の現状に合わせて組織の見直し、あり方の見直しが必要だと考えています。信者が生活、人生のなかで宣教していくためには、教区内の地域の実状に応じたものになる必要があります。「共に歩む」教会は、人々の生活の中で生きる教会であるべきです。

また、第二バチカン公会議から半世紀を経て、小教区共同体の組織では信徒が大きな役割を果たすようになりました。この点は評価すべきです。しかし、日本社会が抱える少子高齢化の現象は、小教区共同体にも現れています。日本国籍の信徒は減少し、多文化、多国籍の教会となりつつあります。様々な世代の人々、様々な文化と言語の人々とどのように「共に歩む」のかが東京大司教区では問われています。 加えて、グローバリゼーションは小教区共同体の運営にも影響を与えています。つまり、コストの削減、結果の追求といった社会的な価値観が教会にも存在します。そのため、時として主任司祭と教会運営委員会とが対話ができず、場合によっては対立することが生じています。シノドス的教会とは民主化した教会のことではありません。牧者である司祭の役割と信徒の役割とがよく調和した「共に歩む」教会を目指すためには、一つひとつの小教区共同体の組織構造を見直す必要があるでしょう。

❸互いに聴き合う共同体
東京大司教区ではタルチシオ菊地功大司教が説教や講話のなかでたびたび「聴き合う」ことに言及しています。シノドス的教会の出発点に、そこに集う人々がお互いに耳を傾けて聴く姿勢があるからです。教会の奉仕者(司教、司祭、助祭、奉献生活者)は、信徒のことばに耳を傾けなければなりません。同時に、信徒もまた教会の奉仕者たちの発言を真摯に受けとめなければなりません。時として、教会の奉仕者のあり方ばかりが批判されますが、信徒もまた自分たちの信仰のあり方を見直す必要があるでしょう。お互いに聴くところから出発して、小教区共同体の中に対話する姿勢が生まれていきます。対話の姿勢は、地域や社会の人々との出会いと交わりを生んでいくと思います。こうしてシノドス的教会で培われた「共に歩む」姿勢は、社会の中へと広がっていき、福音宣教へとつながると信じています。

❹エウカリスチアと シノドス
シノドス的教会のためにはエウカリスチアがなければなりません。しかし、残念ながら、教会教導職からのこの点についての説明は少ないように思われます。これまで述べてきたように、既存の教会のシステムではおさまらない現実、多様性のなかで一致が求められている事実、いわばサクセス・オリエンテーションのように小教区共同体の運営を考えてしまう傾向、そして人と人が向かい合って互いに聴き、対話へと開かれているという未来へのヴィジョン、こういったものはエウカリスチア祭儀においてまとめられ、新しい教会のあり方がエウカリスチアを通じて主イエス・キリストから示されると思います。

多様化した現代社会にあっては、エウカリスチアの理解も多様化しています。ある若者たちは伝統主義的な典礼と祭儀に傾いています。ある高齢者たちは昔ながらのエウカリスチア理解にとどまって、信仰が保守化しています。なによりも、働き盛りの人々にとって日常の厳しい生活とエウカリスチアを生きることが乖離、分離しているようです。

エウカリスチアの神秘は語りつきませんが、新しいシノドス的な教会を作りあげるために、そして「共に歩む」ためにはエウカリスチアが不可欠であることを教会の奉仕者にも信徒にもより分かりやすく説明を加えていただきたいと思います。


宣教司牧評議会にて。小西神父による講話

宣教司牧評議会 第2回 全体集会

6月18日(土)午後、関口教会中会議室にて、2022年度宣教司牧評議会(宣司評)第2回全体集会が行われた。今期の宣司評の諮問課題は「宣教協力体の見直し」だが、今回は「『宣教協力体の見直し』とシノドスとの関係について」と題し、教区シノドス担当者の小西広志神父(瀬田教会主任司祭)から講話を頂き、その後、小グループに分かれて分かち合いを行った。

小西神父は教皇庁シノドス事務局が提示したシノドスの「10の設問」に基づいて、教会の「今の歩み」「これまでの歩み」「これからの歩み」を、期限にとらわれることなく考え続けてほしいと語った。

講話の後は、4~5人の小グループに分かれて、実際に「10の設問」に基づく分かち合いを行った。「10の設問」の内用は幅広く、分かりにくい部分もあるので、教区シノドスチームでは、より分かりやすい解説と東京教区の現状に合わせた「問いかけ」を加えた「10の問いかけのハンドブック」を作成中。この日は宣司評委員の方々に、実際に「ハンドブック」の見本版を用いて分かち合いをしていただいた。

分かち合いは1時間程度を予定していたが、どのグループも時間を超えて、熱心に互いの話に耳を傾けていた。 「10の問いかけのハンドブック」の完成版は、7月中に公開し、各教会にも配布する予定。一人でも多くの方に、実際に分かち合いを体験していただきたい。

講話に耳を傾ける委員たち

福島の地からカリタス南相馬 第13回

農業と共に生きる

2011年3月11日から11年目を迎えました。震災後、会津の有機農業の仲間から電話があり、会津に避難し一カ月間お世話になりました。その後、孫の学校の関係から相馬に家を借り、16年3月まで家族7名で暮らしました。でも私は、農家の長男として生まれ、16歳から(農業高校)農業に携わっていたので百姓仕事が身に沁みついていました。避難先の相馬にいても荒地を耕したり、畑を借りて野菜を栽培したりしていたのでストレスはありませんでした。また、2012年4月から、宿泊はできませんでしたが、一時帰宅が可能となり、日中は自由に行き来することができたので、集落の9名の農家で米の試験栽培を始めました。天候にも恵まれ、素晴らしい稲ができたのですが、秋の実りと同時にイノシシの被害にあい全滅。心が折れました。そのため2013年から参加者はなく、私一人で2015年まで試験栽培をしました。放射能の測定結果は10~20ベクレル。食べても問題ない数値ですが、試験栽培であるため全量廃棄処分となりました。何とも不条理なこと。しかし2016年から販売することができました。

私たちの食べ物は、土から生産されたものから成り立っています。我が家での食べ物は、自給生産をもとに栽培していますが、我が国で自給している農産物は多くありません。農業技術も化学肥料や農薬を使用し、増収するため、これらをたくさん使います。身体にも環境にもよくありません。私達は、自然共生の中で安心して暮らせる地域でありたいです。

私は農学校時代、ラジオ・アイソトープについて、若干興味を持っていました。作物にコバルト60を使って突然変異を起こさせる方法です。放射能については、その程度のもので、安全神話もあり、原発事故が起きるとは考えられませんでした。

私は、国民学校3年のとき終戦を迎えました。 今考えると戦争の恐ろしさ、教育の重要性を感じます。 震災前もそうでしたが、特に震災後は、多くの方々から支援、援助、アドバイスを頂き、今があると思います。カリタスには、田植えの手伝い、米の販売支援等感謝です。

今、小高に戻って暮らしているのは、3分の1程度で、昔のようなコミュニティは出来ませんが、この現実を受け止めて、その中で楽しく暮らすことを模索しています。 皆等しく安全・安心な暮し(普通の暮らし)ができるよう、残された人生で、いくばくかの役に立てることが出来れば幸いです。

根本洸一(85才)

カリタスの家だより 連載 第144回

Yさんと傾聴
家族福祉相談室ボランティアスタッフ 安部 和

東京カリタスの家には家族福祉相談室という部署があります。ここで「家族」とはカリタスの家に集まった相談者さんとボランティア、すべての人のことを指します。私たちはその方の「幸せ」の実現のために相談内容を特定しないで、人としての関わりを大切にしながら困難や苦しみを抱えている方に寄り添い、解決への道を共に考えます。今年5月に東京カリタスの家では中根伸二先生(臨床心理士、元上智大学カウンセリング研究所講師)をお迎えして、~今あらためて「傾聴」を深める~をテーマにしてボランティア養成講座が開かれました。講座のまとめで中根先生が強調されたのは「傾聴とはスキルではない。その人と温かい信頼関係に満ちた人間関係をつくろうとする態度、姿勢、心構えである」ということでした。まさに東京カリタスの家が相談者さんと話をするときに一番大切にしていることです。今回は、家族福祉相談室のケースの一つを紹介します。

Yさん(男性)は70代で、現在は東京都福祉が紹介した地方の高齢者施設で暮らしています。私とYさんが出会ったのは10年前で、路上生活者を支援する団体からYさんの話し相手と生活見守りを依頼されました。Yさんは体の痛い難病と軽い知的障害があり生活保護と医療保護を受けていて、私は入院先の療養型病院に隔週お見舞いに行って話しを聴きました。毎回Yさんはパジャマ姿で足を引きずりながら面会室にやって来て1時間ほど楽しそうに話しました。内容は故郷のことや働いていた作業現場でのことなどで、時々内容が壮大? 過ぎて「それって本当?」と心の中でつっこむことがありましたが、Yさんの楽しそうな表情と現実にそんなことあったら面白い! と想像しながら「うん、うん」と相づちを打ちながら約半年間、共に時間を過ごしました。

その後、Yさんは福祉の紹介で山谷のドヤ(ドヤとはヤドのことだそうです)に引っ越しましたが、カリタスの家の食事会に定期的に来てくれて仲間もできました。Yさんは少々? フーテンの寅さんに似ているところがあって、時々突然に姿を消します。その度にあの体でどこに行ったのかと心配するのですが、しばらくすると毎回カリタスの家の私に連絡が入ります。一番長くて遠かった出奔は、2月の寒い時期にお金も持たずに故郷の東北をめざしてのヒッチハイクでした。仙台までたどり着き、そこで保護されて、また私に連絡が入り上野駅に迎えに行きました。我々の心配をよそにYさんは駅員さんに車いすを押してもらい「やあ、やあ、久しぶり!」とにこにこと手を振りながらのご帰還で、その屈託のない笑顔を見たらいっぺんに心配が吹き飛び、思わず笑いがこみ上げてきました。

他にも、テレビで赤坂迎賓館の豪華な門を見る度に、Yさんが数日間過ごした迎賓館前の公園ベンチを思い出します。探しに行った私に「あれ~、安部さんの声が聞こえたよ。天国からの声? おれ死んじゃったのかな~」やはりこの時も寒い日でしたが二人でまた笑いました。

Y寅さんの家出の後は、毎回なぜ私のところに連絡が入るのか考えてみると、やはり始めの頃の傾聴で心が通じ合い信頼関係を結べていたからなのだと思います。そのY寅さんも今は大人しく施設で生活しています。10年前のあの病院で親しく会話する私たちを見た看護師さんに「あら~、楽しそうね、お姉さん?」と声をかけられましたが、どちらかというと私は「寅さんの妹のさくら」だったのかもしれません。

CTIC カトリック東京国際センター通信 第259号

難民を思う

ここ数年、祖国を逃れてきた方々への関心が高まっています。CTICにも「難民と交流したいので出会う機会を作ってください」「難民の話を直接聞かせてください」というリクエストが届きます。また、メディア関係者、フリーのジャーナリストを名乗る方々からの、活動現場の取材や撮影のお問合せも少なくありません。祖国を逃れてきた人たちの苦境をより具体的に知り、正確に伝えたい、支援したいという思いからなのだとは分かるのですが、そのご要望にお応えすることは簡単ではありません。難民及び難民申請者は、「命の危険から逃れてきた背景」を持っており、日本においても、安心な状況にはないからです。

難民申請者が、日本においてもそのようなリスクを感じ、緊張感を持って暮らしていることを初めて知ったのは、南アジアの出身のAさんの手続きに関わった時のことでした。当時、彼女は日本での生活が10年以上になっていたのですが、日本に在留登録している同国人との交流はほとんどなく、同国人を見かけても一切話をしない、母国語で話しかけられても分からないふりをしていると言ったのです。祖国での自分の立場や迫害に至った属性が、どこで誰に知られることになり、その情報がどのように流れるか分からないからとのことでした。

また、あるアフリカ出身の方は、「日本の方は、私がB国出身であることを知ると、B国の知り合いを紹介しようとします。親切心からであることはわかるのですが、私はB国のある政治グループに所属していたために命を狙われ、日本に逃れて来た難民です。日本にいるB国人の中には、敵対するグループの方々もいることを忘れないで欲しいです。」と話していました。

難民の方々に危険が及ばない方法で彼らを正しく紹介し、多くの方々にご理解いただくためにはどのようなことに留意すればよいのでしょう。 日本で20年以上難民支援を行っているNPO法人難民支援協会がこのたび発行した「難民の報道に関するガイドブック」がとても参考になります。

海外メディアの報道が母国の関係者に知られ、家族に危険が及んだ、報道のリスクが十分に認識されない中、難民の出身地域でも放送されてしまった、入管に個人情報が公表されてしまった、ヘイトスピーチの対象となってしまったなど、事例を紹介しながら、難民当事者や母国にいる家族・関係者が持つリスクが丁寧に説明さています。これらは、報道に携わるメディア関係者だけでなく、SNSへの投稿、難民を支援するイベントや講演会などの企画においても、同じように求められる配慮だと思います。CTICでもこのガイドブックを参考に、難民の方々への支援の在り方を、今一度見直したいと思っています。

※「難民の報道に関するガイドブック」の詳細はこちら(認定NPO法人難民支援協会HP。リンク先からガイドブックをダウンロードすることもできます)。

2021年 決算報告

※後日掲載いたします。

皆様のお祈りに感謝

大司教 菊地 功

これほど手を洗い、うがいをし、マスクをつけて生活したことはない二年間でした。新型コロナ感染症は、誰でも感染する可能性があり、また感染させる可能性があるのだから、互いのいのちを守る責任を果たすための隣人愛の行動として、教会は様々な感染対策を講じてきました。

わたし自身も様々な対策を講じ、慎重に行動していたつもりでした。ワクチンもすでに三回の接種を済ませています。2020年2月以降今に至るまで、海外に出ていないのは当然として、かなり長期にわたって、東京教区の外へも出かけることを自粛してきました。 それでもこのウイルスは強力な感染力を持っていました。

どこで感染したかは、判然としません。5月23日の月曜日午前中、副理事長を務める日本聖書協会の職員に講話を依頼され、一時間位を聖書協会で過ごしましたが、そのときにのどの調子がよくないことに気がつきました。私はもともとのどが弱く、子どもの頃からのどを痛めて高熱を出してきましたので、なんとなく「来たな」という感覚です。そしてまさしくその晩に、それは来ました。

発熱とのどの痛みを感じ、翌朝にはさらに悪化していたので、抗原検査をしてみたところ陽性。翌日25日には発熱外来で診察を受け、陽性の診断をいただきました。10日間の自宅隔離です。司教館に戻ると、その日の午後には文京区の保健所から電話があり、携帯にはメールが入り、なにやらネット上のサイトに登録することとラインで登録することを求められました。結構これが大変で、もっと高熱であったら、たぶん不可能な作業ではなかろうかと思います。

この時点で声がほとんど出なくなっており、保健所の聞き取りに回答するのも一苦労。そしてなんと翌日には、今度は東京都の担当から電話があり、全く同じ内容の聞き取りです。声が出ません。午前中と午後にラインで健康調査があり、それはそれで安心なので、保健所の方々にはよく対応していただいたと感謝しています。血液の酸素量を計るパルスオキシメーターも貸与していただきました。

10日間、黙想会に出かけていたようなものです。自室にはPCはありますが、テレビはないので、いろいろと考えたり学んだりする時間がとれました。多くの方からお見舞いメールやメッセージをいただき、お祈りも約束していただいて、ああ、人間は一人では生きていないのだと、少し大げさですが実感しました。皆様のお祈りとお見舞いに、心から感謝します。また多くの方から、のどによい蜂蜜関連の様々なものを贈っていただきました。ありがとうございます。まだのどに違和感がありますが、回復していると感じます。

教皇様は、今回のパンデミックのはじめから、この状況からより良く抜け出すためには、世界的な連帯が不可欠だと強調されてきました。残念ながらそれは実現していません。それどころかいのちを奪う戦争が発生しています。わたしたちは、一人で勝手に生きているのではなくて、神によっていのちを与えられたものとして、互いに支え合いながら生きるようにと定められた存在です。まだ困難な時期が続いていますが、支え合って乗り切って参りましょう。

あらためて、皆様のお祈りに感謝いたします。

ミャンマーの教会に想いを寄せて

希望への第一歩

いまだ平和への糸口も見えないミャンマー情勢。しかし、困難の中にも希望はある。今号では、国軍に村を焼かれた人々が、山の中で子どもたちのために学校を作っている様子をお伝えする。

ミャンマーの東部で激しい戦闘があり、大勢の人が難民になりました。国軍によって村が焼かれ、人々はもっと深い山の中に逃げました。そこで新しい生活が始まりました。まず住まいを建て、畑を作り、新しい村を築きます。親と一緒にいる小さい子どもたちのために簡素な教室も作りました。

① 土地を平らにします。
② 自分たちで木を切って、建物の枠組みを作ります。


③ 屋根にビニールシートをかぶせました。

④ 竹を割って、床材にします。

⑤ 竹を編んで壁にしました。

⑥ 出来上がりました! 子どもたちと一緒に。

⑦ 学校の入り口。学校の名前は「春」です。これからボランティアの先生を見つけて、先生のための生活費を用意します。

ミャンマーのための祈りの集い オンライン配信のお知らせ

日時:7 月9 日(土)18:00~(1時間程度を予定しています)
場所:東京カテドラル聖マリア大聖堂
   司祭と奉仕グループ以外の方は入場することができません。オンライン配信を通じて集いにご参加ください。
内容:菊地大司教によるメッセージ
   マルコ大司教(ミャンマー・マンダレー教区)からのメッセージ
   福音朗読(日本語、ビルマ語) 
   祈り(日本語、ビルマ語) 
   聖歌(日本語、ビルマ語) 
   奏楽 等
祈りは教区ニュース第391号でご紹介した小冊子「ミャンマーのためにイエスと祈る」に従って行われます。 お持ちの方はお手元にご準備ください。


   
※視聴はこちらから

青年の集い

カトリック北町教会 
髙橋萌理

新型コロナウイルスの感染拡大により、行動制限がされ、若者の教会離れが以前にも増して、進んでいるように感じられる昨今。コロナ禍前の活動を知っている私は、今まで当たり前のように行ってきた「みんなで集い、祈ったり食卓を囲んだりすること」がどんなに幸せなことだったのかを感じながら、過ごしていました。

青年は大学への入学や卒業、就職や結婚など、ライフイベントが多い時期であるため、数年経つと環境や優先順位が変わっていることがよくあります。そのため、2年、3年と時が過ぎる中で、いつの間にか繋がりが途絶えてしまったり、新しい出会いがなくなったりと、今までのような活動の回復が難しい状況になるのではないかと危機感を感じていました。そこで、少し生活が落ち着いてきた今、できることはないかと企画したのが、今回の「青年の集い」でした。

青少年委員会担当の神父様と数名の青年で準備したこの集い。久しぶりの青年のミサだったこともあり、

【ミサは、思いっきり歌を歌って心を一つにしたい!】
【今、開催されている活動や今後のイベントは共有したいね!】
【せっかく集まるなら、レクリエーションで交流でしょ!】
【分かち合いもできたらいいよね!】

と様々な思いから、企画が詰まった一日となりました。50名程度の参加を予想して準備していましたが、当日は80名を超える参加があり、活気溢れる集いとなったことを心から感謝しています。

私が特に印象に残ったのは、野外ミサと分かち合いの時間です。祭壇を囲むように円になって行なった野外ミサでは、歌を合わせ、声を合わせ、久しぶりに心を一つに祈る感覚になり、所属教会で与るミサとはまた違った一致を感じることができました。ミサに与り、またここから新しい自分として派遣されていくこと、それがまた一人ではなく、たくさんの仲間と共に歩んでいくのだと思えたことが嬉しかったです。分かち合いでは、

「この2・3年で失ったもの」
「この2・3年で得たもの」
「これから大切にしたいと感じたこと」

というテーマで分かち合いました。こうした世の中の状況で、マイナスな面ばかりに目がいっていたものの、実は本当に大切なものは何か考え直すきっかけになっていたり、思い返してみれば失ったことよりも得たものの方が多かったりと、新しい価値観や考えに気づくことができ、前向きな気持ちになることができました。対面が少なくなったことで繋がりが見えなくなっていましたが、同じ信仰を持った仲間が色々なところで頑張っていたことを知ることもでき、とても心強く感じました。

そして何よりも、今回の集いをきっかけに、孤独を感じている青年、新しい場や繋がりを求めている青年が教会に足を運ぶようになるよう心から願っています。青年の信仰と活動に対する思いが再燃し、イベントや活動が更に盛り上がっていくよう、期待をもって今後も活動していきたいと思います。青年たちのパワーが、これからの教会の歩みを強くするものになるように、お祈りください。

編集後記

6月19日はキリストの聖体の主日。最後の晩餐は弟子たちがイエスに願って行われたのではない。「世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた」(ヨハネ13・1)イエスが、愛する弟子たちといつまでも共にいるために、聖体の秘跡を制定されたのだ。

聖体を前にする時は、いつも思い起こしたい。私たちがイエスを渇望する以上に、イエスが私たちを渇望してくださっていることを。私たちがイエスを知るずっとずっと前から、イエスは私たちを愛し抜いてくださっていることを。(Y)