お知らせ
東京教区ニュース第436号
2026年10月05日
目次
2026平和を願うミサ 菊地 功枢機卿 説教
この現実の中で、愚直に平和を語り続けましょう
真夏日の中、平和を祈る大勢の会衆が集まった

平和を求めて語り、また行動する人に対して、嘲笑の言葉が浴びせられるのは、決して目新しいことではありません。旧約聖書にも、例えばエレミヤ書には、王に対して戦いを控え、攻めてくる敵に歯向かわないことこそがいのちを守ることだと忠告する預言者エレミヤに対して、役人たちは王にこう言ったと記されています。
「どうか、この男を死刑にしてください。あのようなことを言いふらして、この都に残った兵士と民衆の士気を挫いています。この民のために平和を願わず、むしろ災いを望んでいるのです」(エレミヤ38章4節)
こうしてエレミヤはすさまじいまでの迫害を受けることになりますが、平和を語り続けたことでいのちを危機にさらした事例はわたしたちの身近にもあります。
太平洋戦争へと歩みを進めていた日本においても、政治家だけではなく、平和を語る学者や宗教者、そしてジャーナリストなどに対して、治安維持法に基づく嫌疑で弾圧があったり、社会全体の好戦的な雰囲気が醸成されたりする中で、それに抗うものに対する社会的な圧力と具体的な攻撃は増していったことが記録されています。
そしていま、社会全体がどこに向かっているのかは、実際には予測することは難しく結果論でしかないのかもしれませんが、必ずしも平和の方向に向かっているとは言いがたく、人間の好戦的な指向性を助長する方向に歩みを進めているようにしか感じられません。
1981年に広島を訪問された教皇聖ヨハネ・パウロ二世は、「戦争は人間の仕業です」とその平和アピールを始められました。続けて教皇は、広島と長崎について、「戦争こそ、平和な世界をつくろうとする人間の努力を、いっさい無にすると、将来の世代に向かって警告しつづける、現代にまたとない町として、永久にその名をとどめる」と述べています。
さらに教皇は、「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです」と3回繰り返され、核兵器の使用による悲劇を忘れることなく、核兵器の使用の否定と核兵器の廃絶に触れた上で、こう述べておられます。
「人類は、自己破壊という運命のもとにあるものではありません。イデオロギー、国家目的の差や、求めるもののくい違いは、戦争や暴力行為のほかの手段をもって解決されねばなりません。人類は、紛争や対立を平和的手段で解決するにふさわしい存在です。文化、社会、経済、政治の面で、さまざまな発展段階にある諸国は、多種多様の問題をかかえており、そのために、国家間の緊張や対立が生じています。こうした問題は、国家間の正当な協定や、国際機関のよって立つ、平等と正義という倫理原理に添って、解決されねばなりません」
わたしたちは今どのような道を歩もうとしているのでしょうか。平和への呼びかけが嘲笑の的になる時代は、果たして平和へと向かっている時代なのでしょうか。
教皇レオ十四世は、先般ご自身の著書を発表され、そのタイトルを、まだ仮訳ですが、「武器のない、武器を取り除く平和」とされています。
教皇は序文の中で、「平和を生み出すのは核兵器ではなく、軍縮です。この数十年間、核の緊張緩和が進む中で自明のものと思われていたこの真実は、今日、人々を恐怖と戦慄に陥れている軍拡競争によって影をひそめてしまいました」と記しています。
その上で教皇レオ十四世は、「平和は、つまるところ希望を必要としています。教会はこれからも、すべての人々への愛を説き続けるでしょう。もし世界が今日何かを求めているならば、それは未来への希望のメッセージであるとわたしは信じています」と記し、主イエスのメッセージにこそ希望の唯一の源泉があり、それを告げる使命があるのだと強調されています。
わたしたち日本の司教団は、昨年の戦後80年にあたり、「平和を紡ぐ旅―希望を携えて」と題する司教団メッセージを発表しました。その中で、「戦争そのものの恐ろしさ、罪深さは、多くの人にとって明らかですが、戦争へと人々を導いた日常における思想や価値観の植えつけが、知らぬ間に世論を戦争に向けて突き進むものへと変えていくことを、80年前の経験から学ばねばなりません。今の日本は、果たして平和への道を進んでいるのでしょうか」と問いかけました。この問いは、今この瞬間、ますます大きな意味をもってわたしたちに突きつけられています。
人間のいのちを暴力をもって奪い取ることが、どれほどの悲劇を生み出してきたのか。利己的な欲望を満たすために他者を犠牲にし、自己正当化を繰り返しながら歩み続けることが、どれほど多くの人の希望を奪い取り絶望を生み出してきたのか。わたしたちは何度も何度も同じ間違いを繰り返してきました。何度も繰り返すのですから、実はそれは間違いなどではなくて、それこそがわたしたちの本当の姿なのかもしれないと思ってしまいます。
いまもまた、わたしたち人類は、さまざまな理由を見つけては自らの行動を正当化し、ガザで多くのいのちに暴力的に襲いかかり、ウクライナでの戦争は終わりが見えず、米国が主導しイスラエルと一緒になったイランとの戦争は終わったのかどうかも定かではなく、どれほど多くのいのちが奪われても、世界はそれを止めるすべを持ちません。それどころか、一部のリーダーたちの好戦的な発言や行動に対し、褒めたたえるかのような喝采の声すら上がっています。
東京教区の姉妹教区であるミャンマーでは、いまでも軍事政権による混乱が続き、平和を求める教会の叫びには暴力が襲いかかり、絶望を生み出し続けています。先日バチカンで行われた枢機卿会議で、2日間、アフリカは南スーダンの首都ジュバ大司教のスティーヴン・アメユ・マーティン・ムッラ枢機卿様と隣同士でしたが、南スーダンをはじめアフリカ各地の非常に厳しい社会情勢と、いつ終わるともしれない内戦状態について実情を伺い、リーダーたちが平和に目覚めるように祈ってほしいと依頼されました。世界の各地で、平和は片隅に追いやられ、
忘れ去られ、命が危機に直面し、暴力のもたらす絶望が支配しています。
わたしたちはこの現実の中で、愚直に平和を語り続けるものでありたいと思います。非戦による平和を説いて迫害されたエレミヤでありたいと思います。
神がご自分の似姿として創造されたいのちには、神の愛が注ぎ込まれています。神はいのちを賜物としてわたしたちに与えられ、似姿としての人間の尊厳を与えられました。ですからわたしたちには、いのちの尊厳を守り抜く責務があります。賜物であるいのちを守るのは、わたしたちの信仰における決断です。平和を確立するための道です。
平和旬間にあたり、あらためてわたしたちの信仰に生きる姿勢を見直しましょう。過去に謙虚に学ぶものでありましょう。
共同司式に集まった司祭たち
神学生合宿報告 大島教会を訪ねて
神学科三年 アンセルムス 今井 克明
毎年恒例の東京教区神学生合宿が8月22日から26日にかけて行われました。今年は「東京教区内の小さな教会を知り、互いを知る」というテーマのもと、伊豆大島にある聖トマ大島教会を訪問しました。今年は予科生の池田さんも加わり、アンドレア・レンボ司教さま、小池亮太神父さまと親睦を深めるとともに学年を超えた交流もでき、実りある時間を過ごしました。

大島教会は東京教区内で唯一の島しょ部の教会で、隣接する教会から最も距離のある、いわばポツンと一軒家的な教会です。(そのポツンと具合は東京大司教区HPの小教区案内のページにある地図で確認することができますので、ぜひ検索してみてください。ちなみに私はこの地図を見るのが好きで、意外にも新宿区には教会が無いなど面白い発見があります)。常駐する司祭はおらず、ミサは月に1度、第4日曜日にのみ行われています。私たちが訪問した際には10人ほどの信徒と共にミサをお捧げしました。外国籍の信徒も3人ほどいるそうです。

今回、大島教会を訪問したのは、普段なかなか訪れることができないという理由だけではありません。信徒の高齢化と減少、重要度を増す外国籍信徒の司牧、そして司祭の減少によってミサをはじめとする教会活動を縮小せざるを得ないという、現在の教会が直面する課題が、「小さな教会」において顕著に現れているからです。神学院で他教区の話を聞くに、「教会に行くといつでも神父がいる」という従来の主任司祭制度を維持することが難しい教会が増えていることを感じます。もちろん現実的には多くの課題がありますが、その現実を前にして、「教区司祭とは、畢竟そうあることではないか」とも考えさせられました。
今回特に印象的だったのは、私たちが特別な奉仕をしたわけではないにも関わらず、信徒の方々に「大島教会に神学生をお迎えできた」と大変喜んでいただけたことです。私たちはつい、何をするか、何をしたかによって奉仕を考えてしまいます。しかし、神学生であるということを神から与えられた務めとして引き受けるならば「そこにあること」も誰かに対しての奉仕になり得るのではないかと考えさせられました。そしてそれは、神学生に限ったことではないのでしょう。例えば病気である、無力である、外国籍であることなど、目に見える形での奉仕ができなくとも、その存在によって教会に結ばれ、教会を形作ることができます。教会の目指す「共に生きる」道を考えるとき、方法論に終始して、何かをできる人だけに注目するのではなく、その根底にある「共にある」ことを忘れてはならないのだと思います。思えば神もまた私たちを救われる方でありながら、まず「ある者」でありました。大島教会の皆さんが、一つの教会を超えて、多くの教会と大きな教区への深い一致の中に迎えてくださったことは、これからもこの道を歩む私たちにとって大きな励ましとなりました。

私たち神学生が多くの方に支えられていることを忘れず、神の召し出しに応え、人々の間で生活し、そこに集うすべての人と「共にある」ことのできる教区司祭となれますよう、今後ともお祈りいただければ幸いです。
2026年平和旬間行事報告
カリタス東京事務局 田所 功
講演会
8月8日土曜日、午後1時から関口会館ケルンホールにて、上智大学総合グローバル学部教授前嶋和弘さんの講演会を行いました。テーマは「戦争と平和:急変する日米関係と東アジアの情勢」で、約150人が参加しました。平和旬間行事準備チームで話し合った際、多くの人が聞きたがっていると思われるテーマとして「東アジアの平和」があがり、東アジアの平和には多分にアメリカ政治が関係していますので、現代アメリカの政治・外交に詳しい前嶋さんに講演をお願いしました。
前嶋さんによる平和旬間講演
講演の中で前嶋さんは、冷戦後の世界情勢の変化の中で、日本の自衛隊の海外派遣が行われてきていること、ここ20年、中国の現状変更が顕著となっていること、そして、トランプ第二次政権の西半球への関与を重視する「ドンロー主義」によって、東アジアでは日本と韓国に自前での安全保障上の対処が求められ、国防費増強のみならず、核武装さえ語られ始めていることなどを話されました。これまでのアメリカ政治・外交研究の豊富な知識の中から、具体的な事例も交え興味深いお話をうかがうことができました。
平和を願うミサ
午後3時30分から東京カテドラル聖マリア大聖堂にて平和を願うミサが行われました。菊地功枢機卿が主司式を務め、アンドレア・レンボ補佐司教と教区・修道会の司祭13人が共同司式し、約350人が参加しました。

菊地枢機卿は説教の中で、「平和を求めて語り、また行動する人に対して、嘲笑の言葉が浴びせられるのは、決して目新しいことではありません。旧約聖書にも、例えばエレミヤ書には、王に対して戦いを控え、攻めてくる敵に歯向かわないことこそがいのちを守ることだと忠告する預言者エレミヤに対して、役人たちは王にこう言ったと記されています。『どうか、この男を死刑にしてください。あのようなことを言いふらして、この都に残った兵士と民衆の士気を挫いています。この民のために平和を願わず、むしろ災いを望んでいるのです』。(エレミヤ38章4節)こうしてエレミヤはすさまじいまでの迫害を受けることになります」と話され、そして、「私たちはこの現実の中で、愚直に平和を語り続けるものでありたいと思います。非戦による平和を説いて迫害されたエレミヤでありたいと思います。神がご自分の似姿として創造されたいのちには、神の愛が注ぎ込まれています。神はいのちを賜物としてわたしたちに与えられ、似姿としての人間の尊厳を与えられました。ですからわたしたちには、いのちの尊厳を守り抜く責務があります。賜物であるいのちを守るのは、わたしたちの信仰における決断です。 平和を確立するための道です。平和旬間にあたり、あらためてわたしたちの信仰に生きる姿勢を見直しましょう。過去に謙虚に学ぶものでありましょう」と呼びかけられました。
この日のミサ献金として105,788円が集まり、東京教区平和旬間の諸活動のために活用されます。
平和を願うミサは、カトリック東京大司教区のYouTubeチャンネルで視聴することができます。
平和巡礼ウォーク
平和を願うミサの後、平和巡礼ウォークとしてカテドラルから目白駅まで約2キロ、車道を隊列を作って歩きました。約120人が参加しました。昨年は歩道を歩きましたが、「車道を歩きたい」との声が上がってきて実施したところ、「車道を歩けて、歩道に比べて参加者に一体感があって良かった」との意見が多くありました。
小教区企画行事
カトリック町田教会では、8月9日(日)11時45分から講演会と交流会が開催されました。講師はシスター弘田しずえ(ベリス・メルセス宣教修道女会)で、演題は「今、シノダリティの教会から信仰を生きる ―イエスの非暴力と9条―」でした。
町田教会にて
カトリック徳田教会では、8月9日(日)11時15分ごろから映画上映会が行われました。作品は、ドキュメンタリー映画『カタロゥガン! ロラたちに正義を!』でした。
徳田教会にて
ガーナ代理大使訪問

7月13日、駐日ガーナ共和国代理大使フランシス・タラムス・ドエ氏が東京カテドラルを訪れ、菊地功枢機卿を表敬訪問されました。
駐日ポーランド大使離任挨拶

8月31日、駐日ポーランド共和国大使パヴェウ・ミレフスキ氏が7年間の日本での活動を終えるにあたり、菊地功枢機卿にごあいさつにおいでくださいました。ミレフスキ大使は7年の任期の中で、度々東京カテドラルを訪問してくださいました。長年のお働きに心から感謝申し上げます。
浅草教会江戸鳥越キリシタン殉教者記念ミサ

8月23日、カトリック浅草教会にて、アンドレア・レンボ補佐司教司式、天本昭好神父(浅草・上野教会主任司祭)、ロールド・ザビエル神父(同助任司祭)共同司式による「江戸鳥越キリシタン殉教者記念ミサ」が行われた。
キリシタン弾圧の時代、江戸でも多くのキリシタンが殉教しているが、浅草もその殉教地の一つであり、浅草教会の裏には「浅草・鳥越きりしたん殉教祈念碑」が建てられている。浅草教会発行の『江戸浅草鳥越キリシタン殉教者のしおり』には、「江戸時代の初期1613年8月16日、小伝馬町の牢獄に捕らえられていた者と共に8名のキリシタンが、同じく翌17日に14名、9月7日にはさらに5名が、幕府の迫害にも屈せず神への純正なこころを貫き通し殉教した。カトリック浅草教会は8月25日を浅草鳥越キリシタン殉教の記念とし、この人々をいつまでも忘れぬよう、2002年2月にこの地に記念碑を建立した」と書かれている。なお、この1613年8月の殉教は、具体的な日時・人数・場所を確認できる、江戸で最初のキリシタン殉教だと考えられている。
浅草教会は、1877年12月に武家屋敷の玄関と書院を聖堂として開堂された、築地教会、神田教会に次ぐ東京教区で3番目に長い歴史を持つ小教区である。浅草教会は来年2027年に150周年を迎えるが、ただ節目の年を記念するだけでなく、400年前の殉教者に思いを馳せながら記念の年を迎えようという思いから、今回の殉教者記念ミサが企画された。
ミサの説教でアンドレア司教は鳥越の殉教者たちについて「鳥越の殉教者たちを思うとき、私たちは単に400年以上前の歴史を思い出すのではありません。私たちの信仰の根を見るのです。私たちより前に、ここで信じ、祈り、苦しみながらも『イエス・キリストは主です』と告白した人々がいました」と述べ、わたしたちの信仰がつながっていることを説いた。

さらに「今日の福音で、イエスはペトロに『天の国の鍵』を与えます。鍵は、扉を閉めるためだけではなく、扉を開くためにあります。だから、150周年に向けて歩み始める私たちにも、一つの問いが与えられていると思います。『私たちの教会は、人々に開かれた教会だろうか』。子どもたちや若者に開かれているでしょうか。高齢者、家族、外国から来た人、孤独を感じている人、そして神を探しているけれど、まだ教会への道を知らない人にも開かれているでしょうか。教会は、受け継いだものをただ守るだけではなく、それを人々に伝えていく使命を持っています。ですから、今日始まる2027年に向けた歩みは、単に過去を振り返る歩みではありません。私たちは未来を見つめます。これからの東京がどうなるのか、浅草がどう変わるのか、教会がどのような課題に直面するのか、私たちには分かりません。しかし、一つだけ確かなことがあります。キリストは変わりません」と述べ、150周年へ向けて歩むことの意味を語った。
また、ミサの中では3人の信徒が堅信の秘跡を受け、この日の喜びがさらに大きなものとなった。
ミサが終わると、司祭団と会衆は教会裏にある「浅草・鳥越きりしたん殉教祈念碑」に歩いて移動し、献香と灌水をもって祈りを捧げた。
殉教祈念碑に向かうアンドレア司教と天本神父
殉教祈念碑の前で
その後はホールで茶話会が行われ、アンドレア司教を囲んで明るく楽しいひとときを過ごした。
2026年 ドミニコ祭
聖ドミニコの像
聖ドミニコの記念日の前晩に当たる8月7日夜、渋谷教会にて「ドミニコ祭」が開催され、佐藤了神父(渋谷教会助任司祭、ドミニコ会)主司式によるミサが行われた。「ドミニコ祭」はかつては毎年行われていたが、古参の渋谷教会信徒でも「最後に行われたのがいつかは分からない」と言うほど中断していた。昨年それが復活し、今年が再開後2回目となる。
ミサは誰にでも開かれており、寒野康太神父(ドミニコ会)、岡本大二郎神父(サレジオ会)、外山祈神父(コンベンツアル聖フランシスコ修道会)、ジャン・ガブリ神父(ケベック外国宣教会、赤堤教会主任)、高木健次神父(東京教区、高円寺教会主任司祭)、泉雄生神父(東京教区、教区本部事務局長)、という司祭団のほか、渋谷教会をはじめ、さまざまな小教区から集まった信者が参加した。
集まった司祭団
なお、教会には1215年の第4ラテラノ公会議で聖ドミニコとアッシジの聖フランシスコが出会い、友情を結んだという伝記が残されており、それにちなんで、ドミニカンとフランシスカンは互いの創立者の記念日に招き合うという伝統があるという。そのため、聖フランシスコが創立したコンベンツアル会に所属する外山神父が、ローマ留学からの短い一時帰国の合間を縫って、このミサの共同司式に加わったことは大きな喜びであると、佐藤神父は述べた。なお、佐藤神父と外山神父はともに2023年に司祭叙階を受けている。
外山神父による福音朗読
ミサの説教で佐藤神父はこの日の第一朗読(イザヤ52・7)で読まれた「いかに美しいことか。 山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は」というみことばに触れながら、托鉢修道会として始まったドミニコ会の歴史を紹介し、「何より大切なのが、そのような自由な巡回説教による働きが教会全体に開かれたダイナミズムを回復させたことだと思います。ともすれば、教会というものは閉鎖された限定された空間になります。しかし、教会をそのような空間にすることなく、あらゆる場所、あらゆる階層で暮らすすべての人々とさまざまな状況で出会い、本来の宣教の可能性を現実のものとしたということができるでしょう」と述べた。
佐藤神父による説教
さらに、福音朗読(マタイ28・19)の「あなた方は行って、すべての民を私の弟子にしなさい」というイエスの言葉に触れ、「それは決して相手を征服することではありません。使徒たち自身と差別なく、同じキリストのものとなるようにするということ。よい知らせを宣べ伝える者と伝えられた者とが、どちらも偽りなく自由な者同士として出会って、神の愛において本当の意味で美しいつながりを生きるように」と、「弟子にすること」の本質を説いた。
ミサの後は、渋谷教会有志の方々が用意してくださったごちそうを囲んでパーティが行われ、舌鼓を打ちながら楽しいひとときを過ごした。
「聖フランシスコ年」国際ミサ
International Mass for the Year of St Francis 「平和と善」 Peace and All Good

東京カテドラル聖マリア大聖堂
11月7日(土)18:00
St. Mary’s Cathedral
7th November 6pm
教皇レオ十四世は、2026年をアッシジの聖フランシスコ没後800年を記念する「聖フランシスコ年」と宣言しました。聖フランシスコの「平和と善」という挨拶をテーマにして、皆で一つになって、慈しみ深い創造主を賛美しましょう。
800年後、聖フランシスコは私たちに何を語るのか
イリネル・ドボシュ神父(亀有教会主任司祭・コンベンツアル聖フランシスコ修道会士)
アッシジの聖フランシスコがこの世を去ってから、まもなく800年を迎えます。それほど長い時が流れたにもかかわらず、彼の生き方は今もなお、多くの人の心を引き付けています。なぜなのでしょうか。フランシスコは、ただ偉大なことを成し遂げた聖人ではありません。何よりも、福音を真剣に生きようとした人でした。グレッチョでは、貧しく小さな幼子として来られたキリストを見つめ、ラ・ヴェルナでは、傷ついたキリストの愛を自らの身に受けました。そして「太陽の歌」では、自然も人間も、すべてを兄弟姉妹として見つめました。その福音の生き方は、遠いアッシジだけにとどまりませんでした。東京にも、その足跡を見ることができます。
ゼノ・ゼブロフスキー修道士は戦後の「蟻の町」をたびたび訪れ、そこで生きる人々に寄り添いました。そして彼を通して蟻の町を知ったエリザベト・マリア北原怜子さんも、やがて外から人々を助けるだけではなく、自ら彼らと共に生きる道を選びました。そこには、フランシスコが生きた「兄弟姉妹となる福音」の一つの姿を見ることができるのではないでしょうか。では、800年後を生きる私たちはどうでしょう。小さなものの中に神を見つけることができているでしょうか。傷ついた人の隣に立つことができているでしょうか。対立の多い社会の中で、平和をつくる者となっているでしょうか。このフランシスコの聖年は、過去を懐かしむためだけのものではありません。私たち自身の生き方を、福音の光の中で見つめ直すための招きです。800年の時を超えて、聖フランシスコが私たちに語りかけていることは、もしかすると、とても単純なことなのかもしれません。もう一度、福音から始めましょう。
2026年東京教区合同追悼ミサのお知らせ
日時:11月1日(日)14:00~
場所:東京カテドラル聖マリア大聖堂(司式:菊地 功枢機卿)
カトリック府中墓地(司式:小田 武直神父)
カトリック五日市霊園(司式:泉 雄生神父)
問合せ先
東京カテドラル聖マリア大聖堂(霊園管理事務所)
03-3947-0312
カトリック府中墓地・納骨堂 042-369-6261
カトリック五日市霊園 042-596-2330
※あきる野教会へのお問合せはご遠慮ください
アジアに生きる その1
教区シノドス担当者 瀬田教会主任司祭
小西 広志神父
9月の初めにタイのバンコクへ行った。アジア司教協議会連盟(FABC)が主催する各国のシノドスチームのミーティングに参加するためである。アジアの国を訪れるたびに複雑な気持ちになってしまう。車窓の風景を見ても、人と会っても何か申し訳ないような気持ちになる。かつて我が国が犯した取り返しのつかないことに贖罪の思いが生じるからだ。赦しを乞いたい衝動にかられる。考えすぎなのかもしれない。しかし、わたしは戦争体験者たちからささやかれた物語をこころに刻んできた最後の世代である。まるで何もなかったかのようなふりをして彼の地を訪れることはできない。
3日間のミーティングが始まる前晩、「カルディナール・アンボ」と皆から親しみをこめて呼ばれているフィリピンのパブロ・ディビッド枢機卿さまと食事の席が一緒になった。言葉に不自由し、緊張しているわたしを見て、自分の母親は子どもの頃に覚えた日本の童謡を歌えたと語ってくれた。そして実際に歌ってくれた。それからフィリピン北部にあるご実家は少し日本風の雰囲気があるとスマホから画像を見せてくれた。そんな気遣いと優しさに触れても、わたしは申し訳なさの方が先に立ってしまう。
ミーティングの初日、アジア各地の27カ国から集まった60人の参加者たちがよりよく知り合うために、ちょっとしたゲームをした。大きなスクリーンにアジアに特徴的なイメージが提示され、参加者は3人一組になって、そのイメージについての体験を簡単に話すというものである。イメージが変わるたびに新たな3人組を作らなければならない。こうやって、個人の体験からアジアに共通の体験を構築していった。
突然、スクリーンにマットが映った。ベッドのマットではない、日本でいうところの花ござが映った。何のためらいもなく、わたしの横にいた人は自分の祖母が質素なマットに横になって、そのまま帰天したと語ってくれた。そして、そのマットは今でも家族の宝物だとも語ってくれた。もう1人の人は子どもの頃、母親と一緒にマットの上で暮らしていた。食事をし、家族で団らんし、母親と一緒に寝た。朝起きるとほっぺたにマットの模様が映っていたと語った。わたしの番となり、わたしは、日本にもマットがある。それは、もう少し厚みがあって、日本ではタタミと呼んでいる。でも、生活が西洋化して、タタミの上に正座をするのが難しくなったと身ぶり手ぶりで説明した。2人は理解してくれた。だが、わたしは少し惨めな気持ちになった。他の2人は自分の豊かな体験を話している。いのちと生活に関わる貴重な話をしてくれている。それなのにわたしはといえば、体験を話せずに事実を語っていたからだ。それも安っぽい日本文化の紹介をしていたからだ。
ふと気がついた。マット、あるいはマット状の敷物はアジアに共通のものではないだろうか。
マットは場所を区切る。地面や床に敷いて、人はその上で食べ、おしゃべりをし、くつろぎ、眠る。マットは交わりの場なのだ。敷物とはよく言ったもので、敷くことで、別の場所、別の空間が生まれる。昔は、花ござを抱えて、家族そろって花見や運動会に出かけていったものだ。遊び疲れ、食べ疲れた子どもたちは大人たちが座っている輪の隅で安心して眠った。起きたときにござの模様がほっぺたに映って、それを見た大人たちは笑ったものだ。平和な交わりの光景であった。同じ光景がアジアのあちらこちらにもある。愛し、信頼し合う人々の小さな共同体をたった一枚の薄いマットは可能としてくれる。
マットによって切り取られた場所と空間は人間のためだけではない。神との交わりがなされ、聖なる場が生まれる。遠い昔、お祭りのときにお神楽を見物するために地面に敷物を敷いて、子どもたちと高齢者はそこに座った。何がやってくるのか分からないワクワク感と、やってきた獅子のお面の怖い姿に子どもたちは驚き、泣き出した。そして、傍にたたずむ高齢者たちの胸の中に飛び込んでいった。その体臭とあやしてくれる優しいささやき声は忘れられない。人生の大先輩たちは、踊るお神楽の獅子をしっかり見るようにと子どもたちにうながしてくれた。まるで人生の怖いものから目をそらしてはならないと諭すかのように。
このような情景は、かたちを変えつつもアジアの各地で見られるのかもしれない。マットによって人と人との交わりが生まれるからこそ、そこは聖なる場として変容していくのだ。歌い、踊り、時には言い争いができるのは、敷物のおかげで場所が区切られ、集う人々の知恵によって聖化されているからではなかろうか。マットあるいは敷物によって場所と空間を聖なるものとできるのはアジアに共通した特徴であろう。
3年前、アジアの司教協議会は履物を脱ぐのがアジアの共通の霊性であると教皇庁シノドス事務局にレポートを提出した。言葉も文化も違う、人種も違う、しかも政治経済的な状況も決して良好とはいえない、加えて過去の闘いと争いの傷がいまだ癒えてはいないアジアにあって「履物を脱ぎなさい」(出エジプト記3.5)という主なる神からの呼びかけに従うことが共通の信仰の態度となる。
それに加えて、どんな悲惨な現実があろうとも、アジアの人々はマットによって、そこを交わりの場、聖なる場、そして神からの知恵を伝える場にすることができる。そんな霊性のおかげですでにシノドスの歩みをアジアの諸教会は進めているのである。
ミーティングの参加者たちのおかげで、わたしのこころにおりのようにたまっていた贖罪の気持ちは薄らいでいった。
第50回 日本カトリック映画賞授賞式&上映会
第50回日本カトリック映画賞授賞式&上映会が、7月5日、暁星学園講堂(東京都千代田区)で800人近い観客を迎えて大盛況のうちに開催されました。授賞作は呉美保(オミポ)監督の劇映画「ふつうの子ども」。「ふつうの子どもって何だろう、子どもの幸せって何だろう」と考えさせられる素晴らしい作品で、上映後に行われた呉美保監督と晴佐久昌英神父による対談には、スペシャルゲストとして主演の嶋田鉄太さんもおいでになり大いに盛り上がりました。
日本カトリック映画賞は、シグニスジャパンの数少ないメンバーが毎年、カトリックの価値観に適った日本語の映画を選び、授賞式と上映会を行っています。それぞれが仕事や介護などさまざまな事情を抱えながら時間をやりくりして、ボランティアとして試写会や劇場に足を運びます。そして年末に候補作を決めて、年明けに担当司祭の晴佐久神父とメンバー全員で選考上映会を開き、全員による分かち合いをして決めています。また、上映会は手話通訳、要約筆記の方々をはじめとして、多くのボランティアに支えられて開催しています。映画の好きな方には、作品の推薦などでシグニスジャパンに力を貸していただけたらと思います。来年の作品は何でしょうか。どうぞお楽しみに。
シグニスジャパン 映画チーム 大沼 美智子
福島の地からカリタス南相馬 第55回
東星学園高等学校1年
辻祐 優菜(豊島教会所属)
ボランティア活動に参加して
7月28日から31日までの4日間、学校の被災地ボランティアとして、福島県南相馬市を訪れました。私は、東日本大震災が起こったとき、まだ生後8カ月だったので、震災が起きたときの記憶はありません。そのため、母から聞いたことやテレビで報道されているようなことしか知りませんでした。今回福島県を訪れ、被災された方々のお話を聞いたり、資料館などで実際の映像を見たりして、被害の大きさに驚き、恐怖を覚えました。そして、原子力発電の仕組みについて学び、なぜここまで被害が大きくなってしまったのか考えることができました。
今回のボランティアで、私は震災遺構の中浜小学校と請戸小学校を訪れたことが一番心に残っています。特に中浜小学校では、屋上までもう少しのところまで津波が来ていたと聞いたとき、私がもしその場にいたら怖くて冷静に行動できないのではないかと思いました。
だからこそ、普段の避難訓練を大切にし、もし大きな災害が起きてしまったときに、臨機応変に行動できるように、正しい知識を持たなければならないと思いました。

また、震災から15年がたち、きれいに整備された建物や、たくさんの人が集まる場所もあれば、崩れたままの建物や、除染作業中の場所、トン袋(除染作業で発生した土壌や廃棄物を収める袋)がたくさん積まれている場所もありました。復興が進み、発展している場所もあれば、時が止まったような場所もあり、こんなにも復興のスピードに違いがあることにとても驚きました。
15年たった今でも帰還困難区域があることや、避難先から戻ってくる人が少ないということを知り、震災被害の大きさやその影響、そして恐ろしさを実際に感じました。
カリタス南相馬の根本摩利所長のお話や、分かち合いの時間を通して、小さなことでも、自分に何ができるのかを考えることができました。
実際に現地に行かないと知ることができないことが多く、本当に良い経験ができました。またボランティア活動に参加したいです。
カリタスの家だより 連載 第186回
賛助会から 講演会のお知らせ
賛助会会長 鳴海 京子
いつも「カリタスの家だより」をお読みいただき、ありがとうございます。今回初めてお読みいただく方もいらっしゃると思いますので、簡単に東京カリタスの家についてお知らせします。
1969年に誕生した東京カリタスの家は、「あなたと共に」をキャッチフレーズに活動しています。すべての人は東京カリタスの家の家族の一員です。私たちに援助を求めていらっしゃる方、ボランティアの方、職員として働いている方、そして資金面での援助をしてくださっている賛助会員、寄付者のみなさんも大切な家族の一員です。
50年以上の歩みの中で、家族福祉相談室(個別相談)、地域活動支援センター「みんなの家」、放課後等デイサービス「カリタス翼」、児童発達支援事業「子どもの家エラン」、ボランティア開発養成室など5つの部署に分かれましたが、「あなたと共に」の精神はどこでも同じで、一人ひとりに寄り添った支援をしています。
これらの事業を続けるためにはやはり資金が必要になってきます。賛助会では年間6,000円(毎月500円)からの賛助会員を募集しています。ぜひ、私たちの家族の一員となって支えてください。東京カリタスの家の事務局にお電話(03-6912-1360)ください。振込用紙を送らせていただきます。
賛助会では、毎年6月に東京カリタスの家に関わりのあったすべての皆さんのための追悼ミサと茶話会を開催しています。また、昨年より10月に講演会を実施しています。今年の講演会についてお知らせいたします。
最近の食卓は加工食品であふれています。冷凍食品、レトルト食品、コンビニ弁当など。デパ地下にはおいしいお総菜が美しく並べられ、これらをお皿に盛れば簡単に豪華な食卓になります。飲み物は昔は夏といえば煮出した麦茶でしたが、今はペットボトルが主流となりました。自販機には色とりどりの飲み物があり、子どもたちはそれに夢中です。体は毎日口にする食べ物でできています。健康を考えるとき、口にする食べ物の中身を考え、上手な食品添加物との付き合い方を考えたいと思います。
神様からいただいた大事な体を最後の日まで大切にして、すべての命を守れるように生きたいものです。災害の多い日本列島です。そのとき重宝するのは長期保存ができ、またすぐに口に入る食品です。そんな食品に囲まれた今をご一緒に考えてみませんか。たくさんの方のご参加をお待ちしています。
テーマ 「食品添加物と上手に付き合う方法~ 知らずに食べるから、知って食べるへ 」
日時:10月24日(土)午後1時30分~4時
場所:カトリックセンターホール(東京カテドラル構内)
講師:安部 司氏(食品ジャーナリスト、一般社団法人加工食品診断士協会代表理事)
堀内 桂子氏(加工食品診断士認定講師)
参加費:無料
申込み方法:電話03-3943-1726(月~土10時~14時)
またはE-mail にて
10月24日講演会参加希望
氏名
電話番号
どこで講演会を知ったか
を記入の上お申し込みください。
*講演会のチラシを東京カリタスの家のホームページに載せていますのでご覧ください。
*いただいた個人情報は今回の講演会の連絡のみに利用いたします。
*中止の場合はメール、電話、ホームページでお知らせします。
*賛助会に入会ご希望の方は事務局までお電話をお願いします。
03-6912-1360(月~金 10時~17時)
カリタス東京通信 第35回
令和8年千葉豪雨災害への対応
事務局 田所 功
8月13日夕方から14日朝にかけて、線状降水帯が相次いで発生し、記録的な豪雨となりました。千葉市では、わずか半日で平年の8月1カ月分のおよそ3倍の雨が降りました。千葉県内22の市と町にレベル5大雨特別警報が、6つの市にレベル5土砂災害特別警報が一時、発表されました。これまでに13人が亡くなり、住宅の浸水被害は4200棟余りにのぼっています。亡くなられた皆さまの永遠の安息をお祈り申し上げます。そして、被害を受けた方々に心からお見舞いを申し上げるとともに、早期の復旧をお祈りいたします
カリタス東京では、9月2日(水)千葉市社会福祉協議会が運営する千葉市災害ボランティアセンターに登録してボランティア活動に参加しました。千葉市中央区千葉寺にある災害ボランティアセンターにて、9時からオリエンテーション。この日は約40人のボランティアが集まっていました。その後、5つの活動グループに分かれ事前打ち合わせを行い、必要機材を持って出動しました。私たち4人のグループが向かったのは、千葉市中央区の高台と思われる地域にある住宅でした。そのお宅は豪雨によって床上30 センチほどの浸水があったそうです。ソファ、ベッド、衣装タンス、飾り棚、冷蔵庫、洗濯機やエアコンの室外機などの家電製品が水につかってしまいました。私たちの作業は、そういった家財を家の外にある敷地内の空きスペースまで運び出す作業でした。運び出した物は、行政によって回収業者が手配されて後日収集に来る予定とのことでした。高齢のご夫婦がお住まいのお宅でしたので、ボランティアがやってきて運び出すのを待っておられた様子がよく分かりました。作業後、お話しする時間がありましたが、一見高台に見える地域でも「周りより低くなっている場所では浸水の危険があるから注意」とおっしゃっていました。

被災した千葉県内8市(千葉市、佐倉市、大網白里市、八千代市、四街道市、白井市、鎌ヶ谷市、松戸市)には災害ボランティアセンターが開設されています。カリタス東京では、宿泊用のボランティアベースは設置しませんが、日帰りのボランティア参加を企画したいと考えています。参加を希望される方は、カリタス東京事務局までお問い合わせください。
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カリタス東京事務局
電話:03-6420-0606
E-mail
編集後記
求めても求めても
かなえられないこともある
まったく思いがけず
突然与えられるものもある
思いもしなかったものほど
人生の宝になるのは不思議なものだ
だからいつも心を開いていたい
宝は今、目の前にあるのかもしれないから(Y)