お知らせ
東京教区ニュース第433号
2026年06月05日
目次
世界召命祈願の日ミサ
「わたしは羊の門である」
一粒会担当司祭 小田 武直
身振りを交えて会衆に語りかける稲川神父
2026年4月26日、世界召命祈願の日にあたり、東京カテドラル聖マリア大聖堂で「世界召命祈願の日ミサ」が行われました(主催 東京教区一粒会)。主司式は日本カトリック神学院院長の稲川圭三神父が務め、さらに教区、修道会から多くの司祭が共同司式に加わりました。そして今年は、この春、日本カトリック神学院に入学した東京教区の2人の予科生が朗読奉仕を、同じく祭壇奉仕者として選任された神学生が祭壇奉仕を務めました。侍者を務めたのは、関口教会の青年たちです。会衆席には子ども、若者だけでなく、幅広い年代の250人ほどの方々が集まりました。
召命を祈るために集まった司祭団
さて「世界召命祈願の日ミサ」は、司祭召命の実りを願う集まりですが、それに呼応するように、稲川神父はご自身の司祭召命の体験を語ってくださいました。当時出身教会の主任司祭だった下山正義神父から3度にわたり、「圭三、お前司祭になれ」と呼びかけられ、子どもの頃はとても「はい」とは言えなかったが、大人になって3度目に呼びかけられたとき、「それが良いことならば、するべきだ」という思いで神学校に行くのを決意した、呼ばれなければ絶対司祭にはならなかった、というお話でした。
また復活節第四主日の福音箇所は毎年「羊と羊飼いのたとえ」から選ばれますが、稲川神父はその情景が浮かぶようなお話をしてくださいました。福音書が書かれた当時は、広大な土地に羊たちを放牧し、夜になると囲いの中に羊たちを集めて夜通し見守っていたそうです。その囲いの1か所には羊たちが出入りする門が開かれていて、羊飼いは時間になると、1匹、1匹、その名を呼んで羊を囲いの中に導いていきます。そのことを思い浮かべたとき、自分の体験と重ね合わされて、喜びとして受け止められたそうです。なぜならその門は「イエスという狭1門」だけれど、その十字架の道を通ることで、不思議と苦しみや試練の出来事をも喜びへと変えられてきたからだ、ということです。それは召命の道を歩むすべての人々が共有する体験なのではないかと感じました。
ミサでは、イエスのカリタス修道女会のスモールクワイヤーが聖歌隊を務め、その透き通るような歌声に合わせて、会衆も聖歌を歌いました。その歌声を聞きながら、多くの人がそれぞれの召命を探し求めていて、それをともに祈り合う場が必要なのだということを実感しました。
ミサの後にはケルンホールで懇親会が開かれ、神学生、修道者を囲みながら、しばし歓談のひとときがもたれました。冒頭にスモールクワイヤーが歌を披露し、その後、神学院、修道会ごとに神学生、修道者の紹介が行われました。皆、さまざまな道をたどりながらも、同じ神様に導かれてきたこと、その召命の道を歩む若者が数多くいることを実感するひとときとなりました。
イエスのカリタス修道女会スモールクワイヤー
「世界召命祈願の日ミサ」はコロナ禍の間は休止していましたが、2023年にミサのみを、2024年にはミサと懇親会を再開することができました。再び多くの方々が集まり、賑わいに満ちあふれた集いとなっています。一粒会の活動が、司祭召命を育む土壌をつくり、皆で支え合うつながりを広げることに寄与できるのを願っています。
一粒会の歴史は古く、1938年(昭和13年)、後に日本人初の枢機卿に親任される土井辰雄大司教が東京大司教として着座した頃に始まりました。対米戦争が近づきつつあった当時、外国人司教や宣教師たちへの迫害や追放が迫り、日本での司祭召命と養成が求められていたのです。そのことに奮起した信徒たちが、「小さな粒を毎日一粒貯えていく実行」として、司祭召命のために毎日1回「主の祈り」を唱え、1銭分を献金するという、一粒会の活動を発足させたのでした。
時代が変わり、教会や司祭の置かれている状況も大きく変わってきましたが、生涯を教会に捧げる司祭の働きが求められていることに変わりはありません。そして、混迷の社会情勢の中で、確かな希望と導きを探し求めている若者は数多くいるのではと期待しています。その中で、神に司祭として招かれている若者たちが、その召命を受け止めることができるよう、願い求めていきたいと思います。
稲川神父(左)と小田神父
レジオマリエ 東京レジア・韓人クリア合同アチエス
5月10日午後、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、アンドレア・レンボ補佐司教司式、オノレ・カブンディ神父(レジオマリエ東京レジア指導司祭、淳心会)共同司式による「レジオマリエ東京レジア・韓人クリア合同アチエス」ミサが行われた。
司式のアンドレア司教(左)とオノレ神父
東京教区ニュース第389号に掲載されたオノレ神父の解説によれば、レジオマリエ(「マリアの軍団」の意味)は、100年前にアイルランドのダブリンで、フランク・ダフという信徒男性によって、信徒が積極的に活動するための団体として始められたカトリック教会の公認団体である。現在、ほぼ182カ国に、およそ1000万人の会員と賛助会員がおり、祈りを通して霊性を高めること、そして使徒的活動を行うことの2つを目的としている。
各教会で活動しているレジオマリエのグループは「プレシディウム」と呼ばれ、「レジア」というより大きなグループに属している。現在、東京レジアには、横浜コミチウム、群馬クリア、韓人クリアも含めて275人の正会員と645人の賛助会員が所属している(「コミチウム」「クリア」も組織単位。プレシディウム→クリア→コミチウム→レジアの順に大きくなっていく)。
「アチエス」は、会員が聖母マリアへの奉献を新たにする、レジオマリエにとって最も重要とされる、年に1度の奉献更新式である。
ミサは東京レジアと韓人クリアの共催であり、参加者の国籍も多様だったため、朗読や聖歌は日本語、韓国語、英語を用いて行われた。英語と日本語を交えたアンドレア司教の説教の後に行われた奉献式では、会員たちは順番にヴェキシルム(レジオの旗)の前に進み出て手を置き、自らの奉献を更新した。
奉献の更新
ミサの終わりには、レジオマリエの代表者がアンドレア司教への感謝の中で「これからもレジオマリエをよろしくお願いします」と述べると、アンドレア司教は「約束します」と笑顔で力強く答えた。
代表からアンドレア司教への挨拶
ミサ後には、カテドラル構内のカトリックセンターホールで茶話会が行われた。茶話会の中でオノレ神父が「私と司教様は、かつて若い宣教師の研修会で出会ったことがあります。覚えていらっしゃいますか?」と問いかけると、アンドレア司教は「もちろん覚えています。研修会のテーマが『仏教を学ぶ』だったことまで覚えています」と答え、2人の間で思い出話に花が咲いた。
笑顔で思い出を語るアンドレア司教とオノレ神父
「霊における会話」について
教区シノドス担当者 瀬田教会主任司祭
小西 広志神父

5月の大型連休の最終日に、教区カテキスタは千葉県の五井教会をお借りして一日黙想会をしました。そこで感じたことを紙面を借りて分かち合いたいと思います。
キリストの受難、死、復活に照らされて
一日黙想会のテーマは「神のみことばを読む、味わう」でした。最初に一時間くらい講話があって、昼食を挟んで、聖書の箇所を黙想し、グループで『霊における会話』を用いてみことばの理解をともに深めました。
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聖書はどのように読んだらよいのでしょうか。これはわたしたちキリスト信者にとって大きな問いかけです。カトリック教会の立場は「どのように読んでもかまわない。ただし『原理主義的な読み方』だけは避ける」というものです。そして、神のみことばが「今日」わたしたちに何を語りかけてくるか。それを感じるために読もうと教会は勧めています。
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聖書についての知識は必要かもしれませんが、それは、神さまが「今日」何を語りかけてくるかを知るための補助的なものにすぎません。前提となる知識が必ずしも必要だとは限らないのです。結局のところ、例えば日曜日の主日のミサで、教会を通じて「今日」示された、そのみことばとよく向き合い、祈りながら読むことが求められるのです。それは理解するとは少し違うものです。
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そして、『マルコによる福音書』にある洗礼者ヨハネの殉教のお話(6章14節から29節)を読んで、黙想し、『霊における会話』を使って祈ったことを分かち合いました。
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わたしは、各グループで行った『霊における会話』を断片的に聞かせていただいて、どの方もイエスの受難、死、復活の視点から洗礼者ヨハネの殉教の箇所を読んで、味わって、黙想して、分かち合っていることに気づきました。これは大きな発見でした。
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キリスト信者であるということは主イエス・キリストの受難と死、そして復活の出来事がこころに刻み込まれているのだと思います。そして、洗礼後の人生とは、この受難と死、そして復活をご自分のいのちの歩みを通して生きることなのだと思います。
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また、皆さんの分かち合いを耳にしていて、主イエス・キリストの受難と死、そして復活(これを、難しいことばでケリグマ、あるいはケリュグマといいます)が、洗礼の際に聖霊の恵みとしていただく「信仰の感覚(センスス・フィデイ)」なのだということにも気がつきました。つまり、「信仰の感覚(センスス・フィデイ)」を通じて、キリスト信者は聖書を読むのでしょう。
芯のある会話
どなたかと昼食の時におしゃべりしていて、「いわゆる分かち合いには、芯がない。だから、誰か強い人の意見、気の利いたことを語る人に左右される。しかし、『霊における会話』には芯がある。ブレない」というお話を伺いました。これはとても印象的でした。確かに、いわゆる分かち合いには、その場を支配する人の思惑が見え隠れします。しゃべることのできた人はうれしいでしょうが、口下手な人にとっては分かち合いの時間は苦痛です。司祭は、場を支配したいから、どうでもいい話をだらだらと分かち合います。これは司祭だけではありません。シスターも信徒も同様です。
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しかし、『霊における会話』には芯があります。それは、今回の黙想会であれば、みことばという芯です。今回に限らず、『霊における会話』には、イエスの受難、死、復活というケリグマの芯がいつもあるのだと思います。そこに照らされて、聞き、語り、祈るのではないでしょうか。言い換えれば、「信仰の感覚(センスス・フィデイ)」の光のもとに、わたしたちは『霊における会話』をするのだと思います。
祈り
「今までの『霊における会話』は、誰かの意見に左右され、その人のことばを聞いていなかった。今回、『霊における会話』では事前に祈る時間(30分は個人で、30分は数人でおしゃべりしながら)を取ってくれたおかげで、よく聞けた」と感想を述べてくれた方がいらっしゃいました。なるほどと思いました。『霊における会話』を始める前の黙想は、いわば「信仰の感覚(センスス・フィデイ)」を磨き、豊かにするための時間なのかもしれません。自分の中に「信仰の感覚(センスス・フィデイ)」に基づくみことばの理解という核が生まれたから、相手が同じようにこころの深いところにある核の部分から話している「ことば」を聞いて、響くのだと思います。
喜び
とても印象に残ったのは、どの方も喜んで『霊における会話』をしていた点です。皆さん、すばらしい笑顔でした。今回、初めて合意形成の段階まで進む『霊における会話』でした。当初、難しいかなとは思いましたが、参加された皆さんは難なくクリアしました。それどころか、深い「合意形成」が生まれました。『霊における会話』は共同体を作りあげます(ちょっと難しい言い方をすれば「神の民」を作りあげます)。それは、利害関係から自由になった、信頼に結ばれ、喜びへと向かう自由を秘めた人の輪です。わたしも何回となく『霊における会話』を体験してきましたが、これほど喜んでなさっている人々を見たのは初めてでした。
宣教
面白い光景を見ました。参加者の皆さんが『霊における会話』をしている時に、教会の外でフィリピンの女性たちが、聖書を読みながら分かち合いをしていました。自分たちは日本語が分からないから、英語で同じヨハネの殉教の箇所を分かち合っているということでした。わたしは英語が苦手なので、よく聞き取れませんでしたし、話せませんでした。けれども彼女たちは本当に楽しそうに聖書を囲んで話していました。『霊における会話』は、宣教へと結びつくのだと気づいた次第です。
アンドレア司教 大島教会司牧訪問

ゴールデンウイークを目前に控えた4月26日、アンドレア・レンボ補佐司教による大島教会司教訪問が行われた。大島教会は、毎月第4日曜日に教区本部事務局の司祭が訪れ、月に1度だけのミサが行われているが、「カテドラルから一番遠くに位置する小教区との一致を大切にしたい」というアンドレア司教の希望により、今回はアンドレア司教が訪問することになった。アンドレア司教の大島教会訪問は、司教叙階以来2回目である。
大島教会は、信徒全員がミサに参加しても10人程度の小さな共同体だが、この日教会に集まった信徒は人で、ミサは司祭館内の小聖堂で行われた。
ミサの説教でアンドレア司教は、羊飼いと羊が登場するこの日の福音(ヨハネ10・1-10)を踏まえて、「自分の故郷はアルプスのふもとと平原がつながる地域ですが、春と秋になると羊の群れが通っていたこと、その時に学校を休んで羊を囲んで歩いたことを思い出します。素晴らしい経験でした」と思い出を語り、「聖書に書いてある通り、羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出します。わたしはその箇所を読むたびに感動します。神様はわたしたちそれぞれの名前を知っています。だから他の人たちがわたしたちを忘れても、神様は決してわたしたちの名前を忘れないのです。……わたしはテレビでニュースを見ている時に、『今日、戦争で何人亡くなりました。この災害で何人が亡くなりました』と聞くと恐ろしくなります。名前を言わずに、いのちが数字になっているからです。しかし、わたしたちが人々を数字にしても、神様はすべての名前を覚えてくださることを思い出すと安心します」と語った。
小さな聖堂で、自席から優しく語りかけるアンドレア司教
さらに、「もう一つ、次の世代に平和のことを教えなければならないと思います。戦争を体験した方々が少しずついなくなっていき、その証言を誰が若い世代に伝えるのか、それは大きな問題です」「平和というものは毎日毎日作っていくものです。平和を作るには何十年もかかりますが、壊すのはあっという間です。ですから、まずわたしたちの家庭から平和の関係を作らなければならないと思っています。わたしたちの心から、そしてちょっと広げて、わたしたちの家族、さらにちょっと広げて我々の周りの環境。そのような順番で平和な世界を取り戻すために、わたしたちの役割は大きいと思います」と述べた。
ミサの後には信徒たちが持ち寄った、大島の食材が使われた家庭料理をいただきながら、少人数ながらもにぎやかな昼食のひとときを皆で楽しんだ。
ミサ後、持ち寄りの昼食を囲む
ミサ後の午後、三原山にて
レオ十四世教皇就任一周年にあたって

教皇レオ十四世が選出されてから一年となりました。この一年、教皇は特に平和と一致を呼びかけ続けてこられました。様々な政治と経済の思惑が支配する国際社会にあって、神から与えられた人間の尊厳が尊重され、神からの賜物である生命が守られる世界を実現するために、福音に基づいて力強く呼びかけられるわたしたちの牧者の、信仰における勇気に感謝したいと思います。教皇様のために、これからもともに祈りましょう。
東京大司教 枢機卿 菊地 功
第70回 カトリック美術展

5月15日から20日まで、有楽町マリオン11階朝日ホールにて「第70回カトリック美術展」が行われた。会期初日の15日には、同会会長を務める菊地功枢機卿も会場を訪れ、在廊中の作者たちから直に解説を受けながら作品を鑑賞した。
紙面の都合上、全ての作品をご紹介することはできないが、出展作品の中からいくつかを抜粋してご紹介する。カトリック美術展は毎年開催されるので、関心のある方は、ぜひ来年訪れていただきたい。
古市匡史神父◉「Mater Misericodiae」
テンペラ技法によるイコン。とても鮮やかなイコンだが、作者の古市神父によれば「多くのイコンがくすんで見えるのは経年変化によるもの。これはオリジナルと同じ画材で描いていて、描かれたばかりのイコンはこのような色彩をしている」とのこと
安藤眞樹◉「福者セバスチャン木村と204殉教者レリーフ下絵」
福者セバスチャン木村は日本で最初のカトリック司祭で、元和8年(1622年)、元和の大殉教の際、長崎の西坂で殉教した55人の一人である。この作品を下絵として作られたブロンズレリーフは東京都練馬区の日本カトリック神学院と長崎市内西坂公園に設置されている。この下絵も大勢の来場者が見入っていた
※ブロンズレリーフの詳細はカトリック中央協議会ホームページの解説をお読みください。
Sr.ベアトリス・カベスタニ◉「裂古破今」
スペイン出身のSr.ベアトリスは15歳から日本の書道に親しんでいる。この作品に書かれている「裂古破今」は「古きを裂き、今を破る」と読む禅語で、「古い権威や因習にも縛られず、かといって現代の流行や新奇さにも流されず、本質を見極めて新しい境地を切り開くこと」という意味である
飯尾 信子◉「初夏」
木彫りに漆を塗り重ねた「彫木漆」という技法で作られた作品。漆ならではの奥行きが感じられる。カトリック美術展には油絵や水彩画だけではない、多ジャンルの作品が出展されている。
小林美恵子◉「アッシジの思い出」
小林さんは小田武直神父(左)が同伴するアシジ巡礼に参加し、その思い出としてこの作品を描いた
菊地徹夫◉「ドロ神父」
作者は菊地枢機卿の御父上
小川大介◉「水仙」
俳画による作品。作者の小川さんは出展後間もなく帰天され、これが遺作となった
赤井悠蔵◉「祝福」
ラテラノ大聖堂のペトロ像。天国の鍵に光が当たっているのは「偶然」とのこと
常松美和子◉「光・希望の彼方」
白黒ながら光を感じさせる作品。鳥が使徒と同じ12羽なのは偶然とのこと
福島の地からカリタス南相馬 第52回
聖心女子大学現代教養学部教育学科 教授
聖心女子大学グローバル共生研究所 所員(兼任)
杉原 真晃
「相馬サムライフェス」での温かなご縁

初夏の柔らかな光に包まれた5月、聖心女子大学の学生7人と引率教員(私)は、「相馬サムライフェス」のお手伝いのため、福島県南相馬市に降り立ちました。相馬サムライフェスは、地元の高校生たちが震災後の地域活性化を願って企画・運営を行うイベントで、2015年に始まり、今年で10回目を迎えます。
聖心女子大学と相馬サムライフェスとのかかわりは、このイベントを立ち上げた高校生(第1期生)のうちの一人が本学へ入学し、本学学生への呼びかけを行ったことに始まります。
活動初日には、東日本大震災・原子力災害伝承館で震災の記憶をたどった後、カトリック原町教会でのミサを通じて静かに祈りを捧げる時間を過ごしました。翌日には、相馬サムライフェスの準備終了後、地元の高校生との交流会が開かれました。近隣に大学のないこの地域において、学生生活や進路・受験について語る大学生の言葉に、高校生たちは熱心に耳を傾けていました。
また夜には、この地域で長年まちづくりに携わってきた方から、震災当時の出来事や、その後、子どもたちの希望を守り続けてきた歩みを伺い、地域の歴史と人々の想いを深く胸に刻みました。
最終日の相馬サムライフェス当日は、鮮やかな青空の下、学生たちは「こども広場」での遊びの支援や乗馬体験の受付を地元の高校生と一緒に行うとともに、乗馬体験も行いました。南相馬の空のようにまっすぐで、清々しい若者たちの姿は、私の心を震わせるほど頼もしく輝いていました。

この旅を通して、学生たちは多くの大切なものを頂きました。2011年に岩手で被災し、関東に移住した後、札幌聖心女子学院への進学を経て、本学へ進んだある学生は、知らず知らずのうちに薄れていた震災の記憶を取り戻し、風化に抗って「教訓を活かして生きていく」という誓いを述べていました。
素晴らしい出逢いに恵まれた3日間を支えてくださったカリタス南相馬の皆様、そしてこの温かなご縁を導いてくださった神様に深い感謝を捧げます。
カリタスの家だより 連載 第183回
みんなの部屋
みんなの部屋は、「公益財団法人東京カリタスの家」内の一施設であり、文京区の補助を受け、保健所などと協働しながら地域活動を行っています。主に精神に障害のある方が、日中活動を行うために通所しています。ボランティアの方々の協力も得ながら活動を続けています。
みんなの部屋の時間の流れはゆったりとしています。その中で、グリーティングカードや手芸作品などの創作を行っています。私たちの作品は自主制作のものです。利用者一人ひとりが、自分に合った、また興味のある作業に取り組み、努力をしています。
当施設の利用目的はさまざまです。家から外に出る一歩、生活のリズムを整えること、就労を考えながらの準備期間、コミュニケーションの練習などなど…、その内容は多岐にわたります。その中で共通しているのは、仲間を尊重し、一緒に過ごす時間を大切にしたいとの思いではないかと感じています。
この1年間、利用者間の交流は大きくなりつつあり、作品作りにおいても意見交換や話し合いが活発になりました。それが、素敵な作品が増えていることにつながっていると感じています。
また、仲間に会うことを楽しみに来所し、日常のとりとめのない話をしながら楽しそうな声を響かせ、笑顔を見せる姿や、お互いが自分自身のことを話し、励まし合っている姿も多く見られるようになってきました。
この優しさと笑顔が続き、さらにグループの力が豊かなものとなることを望みながら、新年度も活動を続けていきたいと思っております。
ここで、利用者からの声を紹介させていただきます。
「日頃の感謝の気持ちを少しでも伝えたく、編み物(手芸品)にその思いを込めて作っています。手に取ってくださる方が増え、それは私の励みになり、ますます感謝の思いが強くなっています。」
「新年度になり、新作のバラのブローチに取り組みました。今はクリスマスカードを制作中です。新しいスタンプが来て、作る幅が広がってきたように感じています。」
「レジンを頑張っています。本を参考にしながら、みんなの部屋にある材料で作れるかを考え、工夫をしながら作っています。」
「グリーティングカードを頑張っています。いろいろなクラフトパンチの形を使って動物を表現するのが楽しいです。シマエナガさんグッズを頑張って作っているので見てください。好評でうれしいです。」
「利用日数を増やして頑張っています。体力をつけたいです。季節のグリーティングカードを作っているので、見ていただけるとうれしいです。」
「仕事をしたいと思っているので、みんなの部屋の利用日と時間を少しずつ増やすことで体力をつけていきたい。私にできることがあったら、役に立ちたいと思う。」
私たちは、ボランティアをはじめ、多くの方々の優しさに支えられています。ありがとうございます。皆さまからの作品へのお褒めの言葉は、何よりの励みになっています。心より感謝申し上げます。


みんなの部屋職員一同
東京カテドラル構内にある教会ショップ「スペースセントポール」に特設コーナーを設け、みんなの部屋の作品を置かせていただいております。東京カテドラルにお越しの際は是非お立ち寄りください。

カリタス東京通信 第33回
能登半島地震ボランティア参加報告
事務局 田所 功
4月16日から17日にかけて、カリタスのとサポートセンターのボランティア活動に参加してきました。これまでは七尾教会にある七尾ベースに宿泊していましたが、今回は輪島教会にある輪島ベースに宿泊しました。これは、カリタスのとサポートセンターが七尾ベースの規模を縮小し、昨年9月に新設した輪島ベースでの活動を強化したためです。
16日はソフト系の活動でした。輪島ベースでは、木曜日と土曜日に仮設団地の集会所で「じんのび(のんびりの意)カフェ」を開催しています。この日の午前中は、翌週開催する仮設団地の「じんのびカフェ」の案内チラシを配布しました。約200軒への配布だったため、サポートセンターのスタッフだけでは対応が難しく、ボランティアの協力が必要な作業でした。

午後は、二俣町第一団地での「じんのびカフェ」に参加しました。お茶を飲みながら会話をしたり、折り紙をしたりする活動でした。
17日は作業系の活動でした。午前中は、アパートから公営住宅団地への引っ越しのお手伝いでした。午後は、公費解体後の宅地整備のお手伝いをしました。

作業系の活動は減ってきていると聞いていました。たしかに、公費解体前の家屋の片づけは減っていますが、これからは仮設住宅や、みなし仮設として入居しているアパートからの引っ越しに関する支援ニーズは続いていくものと思われます。
カリタス東京では、今後も定期的に現地に赴き、カリタスのとサポートセンターの活動に協力していきたいと考えています。参加してみたいと思われる方は、カリタス東京事務局までご連絡ください。
電話:03-6420-0606
E-mail
編集後記
聖霊降臨は教会が生まれた日
それは使徒たちが
イエスの教えを宣べ伝え始めた日
宣べ伝えることこそが
教会の原点で使命なのだ
わたしたちも出かけていこう
そしてイエスの愛を語り継ごう
言葉で、体で、そして生き様で(Y)