お知らせ

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東京教区ニュース第434号

2026年06月29日

 

ミャンマーの教会に想いを寄せて 「希望の種」プロジェクトの現在

東京大司教区は、2023年から、ケルン大司教区と協力して、ミャンマーの国内避難民と戦闘地域の子どもたちが教育にアクセスできない状態を改善するための「希望の種」プロジェクトに取り組んでいる(「希望の種」プロジェクトに関しては東京教区ニュース第405号をご覧ください)。今号では東京教区の皆様に「希望の種」プロジェクトの現状をお知らせするために、ミャンマーからの最新レポートをお届けする
 
日本では、新学期は4月から始まりますが、ミャンマーでは6月が新学期です。暑い夏が終わり、雨季が始まります。子どもたちも新しい学年のために緊張の中で制服や文房具などを準備しています。ミャンマーの紛争地域では、学校が開かれるかどうかも分かりません。4,5月の休みの間にその地域の司祭、シスターたちは、学校を開くために懸命に働き、東京教区と連絡を取りました。子どもたちの希望をつなぐために教育は必要です。
 
2022年末までに、ミャンマーでは軍事行動により国内避難民が100万人以上となりました。国内避難民の40%以上は子どもや若者で、彼らは教育を受けることができません。小教区や修道会、地域のコミュニティは、それぞれの地域で教室や集会を始めました。この危機の中で姉妹
教会を援助するため「希望の種」プロジェクトは、5つの教区で支援を開始しました。
 
「希望の種」プロジェクトのフェーズ2では、新学期のため、国内避難民キャンプに設置された仮教育施設の改善に取り組んでいます。紛争が続いているため、短期間の使用を想定していた教室は、今後さらに長期間の使用が予想されます。建築資材などの援助のおかげで、雨季が来る前に、なんとか教室を建てることができました。
 
この期間は、教師にとっても、スキルアップの良いチャンスでした。教区主催により、各地からの教師とボランティアの青年たちのための講座が開かれました。ここで、マンダレー教区の講座に出席した教師たちのインタビューを紹介します。
アンブローズ先生
いつから教師をしているのですか?
軍事クーデターが起こる前は、公立学校の教師をしていました。学校が火災で焼失した後、教育を受ける機会を奪われた子どもたちを助けたいという強い召し出しを感じました。私は、紛争の影響を受けた若者たちのために人生を捧げることを選び、現在は小学4年生、5年生、6年生の生徒たちを教えています。
 
教師としての最大の課題は何ですか?
私たちが直面している最大の課題は、頻発する空爆や爆撃です。これらは子どもたちの学習を著しく妨げ、安全を脅かしています。私たちは頻繁に教室を離れなければなりません。私にとって最も打ちのめされた経験は、恐怖に震えながら学校の机の下に隠れている子どもたちを見たことでした。彼らを隠れている場所から引っ張り出すのは本当に胸が痛みましたが、生き延びるためにその場から逃げ出すため、私が彼らを先導しなければなりませんでした
 
誰があなたたちの学校を支えていますか?
私たちの活動は、主に「希望の種」プロジェクトからの助成金と、保護者の方々からの少額の支援で支えられています。そして、私たちの最大の財産は、皆が自発的に行っているボランティア活動です。
 
この教員研修プログラムの印象を教えてください。
この研修は素晴らしいもので、信仰を基盤とする教師にとって非常に有益でした。自分たちの強みや、生徒指導において改善すべき点を知る上で、大いに役立ちました。可能であれば、この研修は紛争地域でも開催されるべきだと思います。多くの教師は現地から動くことができず、今の研修には参加できないからです。今回参加できたのは私たち数名だけでしたが、学んだことはすべて、今回来られなかった教師たちと共有します。
エリザベス先生
いつから教師をしているのですか?
軍事クーデターが起こる以前は、NGOのスタッフとして働いていました。クーデターの直後、私の村の住民が軍によって強制的に避難させられ、村が完全に焼き払われたという知らせを聞いたとき、私は自分のコミュニティの苦しんでいる人々を助けるために人生を捧げることを決意しました。今は、「希望の種」プロジェクトの支援を受けている学校で教えています。
 
あなたの学校ではどのような支援が必要ですか?
私たちが必要としているのは次の3つです。
① 教師の研修
② 教育への財政的支援
③ 教室 
 
あなたが教えている生徒たちの将来をどのように考えていますか?
若者のための新しい職業訓練プログラムが設立されると聞いたとき、私はわくわくしました。これは素晴らしい取り組みであり、生徒たちは勉強を続け、良い仕事に就くことができるようになるでしょう。
キャシー先生
いつから教師をしているのですか?
以前は地元の小学校で校長を務めていました。安全を守るために避難し、ようやく難民キャンプにたどり着きました。現在は、国内避難民キャンプで教師として教えています。
 
あなたの教室に電気は通っていますか?
私たちの教室には「希望の種」プロジェクトの支援で設置された太陽光パネル付き照明があります。
 
授業ではどのようなことを重視していますか?
私たちの教室では、勉強以外のことも重視しています。私たちは、生徒たちが責任ある大人になるための教育を行っています。道徳的な洞察力を養うこと、彼らが善悪の区別を学び、正義と不正の違いを真に理解できるよう教育しています。
 
授業の様子

マンダレー大司教からの感謝のメッセージ

ミャンマーの5つの教区で続く内戦の影響を受けている子どもたちの教育に対する、東京大司教区の皆様の寛大で温かいご支援に、心より感謝申し上げます。
 
避難生活を送る多くの子どもたちや困難な状況にある子どもたちが、そのような中で、学びを続け、尊重され、安定し、そして希望を取り戻すことができました。
 
皆様のご支援を引き続き賜りますよう、謹んでお願い申し上げます。すべての支援は、責任をもって使用しますのでご安心ください。
 
マンダレー大司教 マルコ・ティン・ウィン

潮見教会 十字架建立75周年&潮見教会献堂40周年記念ミサ

アンドレア司教の後に掲げられているのが「蟻の町の十字架」
 
5月24日朝、カトリック潮見教会に「蟻の街に十字架建立75周年&潮見教会献堂40周年記念ミサ」が行われた。潮見教会の現聖堂は1986年6月1日聖霊降臨の主日に献堂されたが、「蟻の町のマリア」の名を冠しているように、「蟻の町」と深い縁を持つ教会である。その縁を知っていただくために、東京教区ホームページに掲載されている潮見教会の歴史を引用する。
 
第二次世界大戦後、職もなく、住む家もない人々が隅田川の言問橋の近くに集まって、「蟻の会」という共同体を作り、廃品回収で生計を立てていました。コンベンツアル聖フランシスコ会のゼノ・ゼブロフスキー修道士は、「蟻の町」と呼ばれたその地をたびたび訪問していました。
 
大学教授の娘で、恵まれた家庭に育った北原怜子というカトリック女性はゼノ修道士から蟻の町の話を聞き、そこに出かけるようになり、献身的に蟻の町の子どもたちの世話をしました。怜子は次第に持てる者が持たない者を助けるという姿勢に疑問を抱くようになり、自ら「バタ屋」となって廃品回収を行うようになりました。怜子はいつしか結核を患い、静養のために蟻の町を去りました。
 
蟻の町のあった場所は今の墨田公園の一角にあたります。東京都はいく度となく、蟻の会に立ち退きを求めてきました。蟻の町を存続させるために、当時の蟻の会の人々は、教会を建てると言って、建物の屋根に十字架を取り付け、新聞にも取り上げられました。怜子の名は「蟻の町のマリア」として知られるようになりました。有名になった蟻の町に対して、都は代替地として「8号埋立地」を提示しましたが、都が示した条件は蟻の会にとっては厳しいもので、交渉は難航しました。
 
一時蟻の町を離れて、病気療養をしていた怜子は病状が悪化し、これ以上治療方法がないと分かったとき、蟻の町に戻ることを希望しました。十字架が立った建物に近い小部屋に住み、蟻の町のためにひたすら祈り続けました。
 
1958年1月19日、怜子の祈りが神に通じたかのように、都が蟻の会の要求を全面的に認め、蟻の町の「8号埋立地」への移転が決定しました。その直後、北原怜子は1月23日に28歳の若さで息を引き取りました。
 
蟻の町が、当時の地名で枝川と呼ばれた埋立地に移ったころはまだ京葉線もなく、今のようなマンションも一軒もありませんでした。そこに怜子や蟻の会の人々の願いであった教会が建てられました。こうして始まったのが「カトリック枝川教会(蟻の町教会)」です。
 
※「8号埋立地」は現在の潮見地区であり、蟻の会の人々が建てた十字架は、現在の潮見教会聖堂の入り口に掲げられている。
◆ ◆ ◆
 
ミサはアンドレア・レンボ補佐司教の司式によって行われ、共同司式には現主任司祭のラズン・ノーサン・ヴィンセント神父、元主任司祭の大原猛神父、元助任司祭の真境名良和神父、そして上智大学で勉強するために来日しているアメリカ・ルイジアナ州ラファイエット教区のマイケル・デブラン神父が加わった。ミサは野外ミサとして聖堂の外で行われ、祭壇の後ろには蟻の町の十字架が掲げられた。
 
左から大原神父、ヴィンセント神父、アンドレア司教、真境名神父、デブラン神父
 
ミサの説教でアンドレア司教は、「エルサレムには、さまざまな国や文化を持つ人々が集まっていました。しかし聖霊は、人々を一つの同じ形にするのではなく、それぞれの違いを超えて、互いを理解できるようにしてくださいました。これは教会の大切な姿です。教会は、違いを消す場所ではありません。年齢も、国籍も、文化も、考え方も異なる人々が、聖霊によって一つの家族にされる場所です。潮見教会も、まさにそのような共同体ではないでしょうか。長い歴史の中で、多くの人々がここに集い、祈り、支え合ってきました。日本人だけでなく、外国から来られた方々、さまざまな背景を持つ人々も、この教会で共に神様を賛美してきました。聖霊降臨祭は、『違い』が分裂の理由ではなく、むしろ豊かさとなることを教えてくれます。そしてその中心にあるのが、『愛』です」 と、多国籍の共同体である潮見教会を励ました。
 
またミサの最後には、1960年の冬、8号埋立地に移転してきた頃から蟻の町と関わり続けている大原神父がメッセージを述べ、その中で「本当に蟻の町は貧しかった。そこに北原怜子さんが蟻の町を訪ねて子どもたちとお茶をし、そして東京都が打ち壊しをしないようにと、この十字架が立てられたんです。それは本当の教会というよりも、東京都からの蟻の町を守るための十字架でした。でもそこから新しい教会が生まれてきたんです。本当に貧しい、かつ、社会の片隅にいた人たちばかりでした。それから、そこに寄り添った北原さん。そうして、教会は生まれたんだなと思います」と貧しさの中で生かされる愛と信仰について語った。
 
会衆に語りかける大原神父
 
ミサの後はそのまま屋外パーティが行われ、参加者たちはミサが行われていたのと同じ場所で、焼きたてのバーベキューを楽しんだ。
 
熱々のバーベキュー
 

法は人をもって広まる

教区シノドス担当者 
瀬田教会主任司祭 小西 広志神父

高齢者しか住んでいない男子修道院でも、食卓にAIの話題が上るようになった。新しもの好きなのは男子であれ女子であれ、修道者の常ではある。誰かがAIの便利さを自慢げに話しだす。それを同じテーブルの人が黙って聞くという情景は、近頃のあちこちの修道院で見られる。
 
そして、先進的な取り組みをしている人は、時代の最先端を風を切って歩いているような堂々としたたたずまいであり、それについていけない人は下を向いてうつむいている。AIのことについて少しでも疑問を挟むと、自慢げに話している人はまるで自分自身が否定されたかのように興奮して、得々と先端技術のことを話している。
 
このようなやり取りには既視感がある。40年近く前にビデオが普及した頃、ビデオ教材を使っての要理クラスや信仰についての勉強会が盛んになされた。あの時も年長者はビデオを用いてのカテキズム(要理教育)に懐疑的だった。そして、しばらくして、誰もビデオを使うことはなくなった。現在、あちこちの小教区の信徒会館や修道院の図書室の片隅にビデオテープは積み重ねられ、埃にまみれている。同じようなことは四半世紀前のインターネットが普及し始めた頃にもあった。修道者の誰もがこぞってパソコンを買った。福音宣教に役立つと考えて。しかし、やったことといえば年賀状の宛名書きぐらいだった。そのうち住所の管理が面倒になり、いつの間にかそれもやめた。今ではいつ来るとも分からないメールのためにノートパソコンが机に鎮座している。
 
ビデオやインターネットの頃のように、今はAIが普及し始める時なのだろう。筆者はAIを否定しているわけではない。どちらかというと積極的に活用している。事実、複数のAIサービスと契約している。先日は幼稚園の保護者へのお話のためのスライドをAIを用いて作成した。日本語以外の資料を読むときにはAIによる翻訳と要約に頼っている。
 
しかし、福音宣教のためにAIの活用は有効かと自問してみると、いささか疑問が残る。確かにこれまで手作業でコツコツと作りあげてきたカテキズムのための資料が、あっという間にできあがるのには驚かせられる。プロンプト(指示)さえしっかりとしておけば、テキストや画像などのコンテンツを作成することは容易だ。
 
だが、それをそのままクラスで使うのは難しいように感じる。内容も過不足なく、受け手に知識を伝えてくれる資料であるのは確かだが、何かが足りないような気がしてならない。無機質で気持ちが伝わらない資料であることが気になって、「もっと手作り感のあふれるスライドにしてください」とプロンプトに加えたら、何となく素朴なものをAIは吐き出してきた。しかし、それでもこれらのスライドをそのまま使うわけにはいかないように思った。結局のところ、これまでと同じようにAIがつくった資料に手作業で修正を加えて活用している。
 
ところで、新約聖書が今のような形に成文化した時に、古代の信者たちはどんな気持ちだったのだろうと思いめぐらしてみた。イエスの出来事を伝える福音書は時間をかけながら生成されていった。現代なら生成AIで簡単に「イエス物語」はできあがるだろう。しかし、教会は人の手から手へ、口伝する巡回説教者の口から口へ、そして典礼の祭儀から祭儀へという手順を経て、「福音書」は成立していった。共同体で執り行われる祭儀は「福音書」の成立に大きな役割を果たしただろう。なぜなら、祭儀においてイエスの出来事は、今、この時に、ここにあるものとして生き生きと信者たちの間に生起したからである。また、「福音書」が成文化する動機づけは実に単純だった。それは、ナザレの人イエスが救い主キリストであることを伝えるためである。つまり、宣教の目的で「福音書」という文学類型は成立したのである。新約聖書が成文化した頃、信者たちは大きな喜びを経験したのかもしれない。そして、同じ「福音書」を場所が離れていても耳にすることができて、同じように感じることができるという一体感を実感したのだろう。
 
「福音書」とそれを生み出した教会の伝統以上に、神の救いの想いを伝えるものはない。ビデオもインターネットも生成AIも、イエスの出来事を伝えるためのいわば補助的な手だてでしかない。
 
「法は人によって弘まり、人は法を待って昇る。人法一体(にんぽういったい)にして別異なることを得ず」は、確か弘法大師の言葉だったように覚えている。イエスの救いの出来事もまた、人の手を通して伝えられていくのだろう。そして、人はイエスの救いの出来事に導かれ、父なる神のもとへと向かう。人とイエスの出来事とは切り離すことはできない。
 
「福音」は誰かが読み、誰かが生き、誰かによって伝えられていく。その伝えられた「福音」が人を導き、成長させ、ついには生ける神のみ言葉であるイエス・キリストの背丈まで到達する。「福音」と人は相互に関わり合うのではなかろうか。
 
AIへの過度な期待はこの生き生きとした関わり合いを分断してしまう危険性があるように思えてならない。これまでは、役に立たないからビデオを棄てればよかった。活用しきれないからインターネットをあきらめればよかった。しかし、AIの技術は現代人の生活に深く浸透している。この叡智とどのようにつきあっていけばよいのか。さらなる知恵を祈り求めなければならないだろう。
 
加えて、AIのために地球の資源は過度に使われている。AIのおかげで電気はさらに消費されて二酸化炭素がさらに排出される。半導体の値段は高騰する。わたしたちが「AIはすごい。こんなこともできるのだ」と感嘆する度に、地球環境は侵され、どこかで貧困にあえぐ人々が生まれる。この真実をフランシスコ教皇は「すべてのものはつながっている」と回勅『ラウダート・シ』で主張した。これは預言的な言葉だったと最近つくづく思っている。

清泉インターナショナルスクール 東京カテドラル訪問

4月20日朝、清泉インターナショナルスクールの生徒さんたちが東京カテドラルを訪問してくださいました。生徒さんたちは聖マリア大聖堂でアンドレア・レンボ補佐司教から講話を聞いた後、大聖堂やカテドラル構内を見学なさいました。

2025年 決算報告

2025年決算は東京教区ニュース第434号(紙面版)にて報告しております。各小教区に配布しておりますので、そちらをご覧ください
※寄付のお願い
東京教区の活動全般・引退司祭の生活のため・神学生養成のため・カトリック東京国際センター(CTIC)運営のため・ミャンマー支援のための献金を募っております。
 
特に昨年からは、地震災害や戦闘に苦しむ世界の人々を支援したいとの声も増えています。また近年、教区への寄付の問い合わせが多くなっています。教区としても寄付者のご意向に沿えるよう対応させていただきます。
 
皆様のご支援をありがたく受け止めるとともに、立場上海外に赴く機会が増えている菊地功枢機卿の活動も支えていただきたく、さらなるご協力をお願いする次第です。
 
献金につきましては本部事務局までEメールにてお問い合わせください。
 
詳しくは教区こちらを参照ください。
 
 

CTIC カトリック東京国際センター通信 第298号

「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護」セミナー

エドウィン・コロス神父 
CTIC副所長・スカラブリニ会司祭

5月30日に赤羽教会ホールで、GFGC(東京教区内のフィリピン人信者の組織)主催の「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護」についてのセミナーが行われ、東京教区の教会から53人が参加しました。このセミナーは今年の年間計画の段階から、一般の信徒の関心のあるテーマの一つとして挙げられており、この度実現しました。
 
このセミナーの目的は、カトリック教会内に存在している性虐待事案について信者間の意識を呼び起こすとともに、信仰共同体内において、聖職者や信徒によってこのような事態が引き起こされることのないように予防することです。講師を務めたCTIC英語司牧担当者である私は、日本の司教団によって2021年2月17日に承認された「未成年者と弱い立場におかれている成人の保護のためのガイドライン」を用いてその内容について説明しました。
 
この文書は同様のテーマで2019年3月に教皇フランシスコによって出された自発教令に基づいており、性虐待防止のために教会が取り組まなければならないこと、活動において注意しなければならないこと、また実際に虐待の申し立てがあった時の対応のプロセスなどについて規定されています。特に司牧活動において、未成年者といる時は、必ず第三者から見えるようにしなければならないことや、特定の未成年者と優先的な関係を持つことは固く禁じられている点など、普段意識されていない可能性のある注意点を確認できたことは有意義でした。約1時間半の講演の後に質疑応答の時間が設けられました。その中で、数人の参加者から司祭による性虐待が疑われる体験が分かち合われたことは、その場の皆に事態の深刻さを痛感させました。
 
セミナーの最後には全員に参加証明書が配布されました。これは、それぞれの共同体で司牧者や信徒へ意識喚起し、本当の意味で教会と信者を保護する責任が各自にあることを思い起こさせるものです。今回のセミナーは、こうしたテーマで日本の教会において外国人信徒たちによって行われた初めてのものと言えます。長年にわたってカトリック教会をむしばんでいる深刻な問題は誰にとっても無関係ではありません。

福島の地からカリタス南相馬 第53回

「つながりの中で、音楽が結ぶひととき」

一般社団法人JLMM 辻 明美

2026年5月9日、カリタス南相馬にて、カリタス南相馬バンドのスプリングコンサートを開催しました。
 
会場には、これまでバンドのコンサートに足を運んでくださった常連の皆さんや初めて来られた方などが、小高や原町から集まってくださいました。
 
カリタス南相馬バンドの始まりは、カトリック東京ボランティアセンター(CTVC)が活動を行っていた福島市の宮代仮設住宅でのイベントでした。
 
宮代仮設住宅には、浪江町から避難されてきた方々が暮らしておられました。
 
カトリック松木町教会と一緒に、お抹茶のサロンや食事会を行う中で、「皆さんに楽しんでもらえる時間を」との思いから、CTVCスタッフによる歌と仮装ショーが始まりました。CTVCスタッフとボランティア総動員で、美空ひばりやジュディ・オングなどの仮装ショーを行い、皆さんと楽しい時間を過ごしてきました。
 
そんな時、当時CTVCが運営していた「カリタス原町ベース(現カリタス南相馬)」で演奏家の山田雅之さんや根本摩利さんがスタッフを務めていたことをきっかけに、仮装ショーに加え、ピアノやギター、サックス、歌による生演奏も行うようになっていきました。
 
宮代仮設住宅で始まったコンサートは、次第にカリタス原町ベースのある南相馬市内でも開催されるようになり、これが「カリタス南相馬バンド」の結成につながりました。
 
南相馬では、カリタス原町ベースをはじめ、小高や原町などの公民館や福祉施設でコンサートを行ってきました。
 
その後、宮代仮設住宅の閉鎖に伴い、住民の方々は福島市や南相馬市へと移られました。
 
それ以降は、新しくなったカリタス南相馬を会場に、浪江町や小高、原町など、これまでご縁のあった方々との再会を喜び合いながら、一緒に歌い、笑い、楽しむコンサートを続けてきました。
 
コロナ禍で一時は活動を休止しましたが、状況が落ち着くとすぐに再開しました。
 
しかしその後、バンドのリーダーでもあった山田さんが病気のため帰天されるという、つらい出来事がありました。
 
大きな支えを失い、活動を続けることに迷いもありましたが、「またコンサートを開いてほしい」という皆さんの声に背中を押され、昨年から再び歩みを始めました。
 
長く参加してくださっている方から、「毎回参加していたけれど、心から笑えたのは初めてだった。(震災から時間が経ってやっと笑えるようになった)」と声をかけていただいたことは、私たちにとって忘れられない励ましです。
 
このカリタス南相馬バンドのコンサートは、これまでつながった皆さんと会うことができる貴重な機会です。そしてまた、新たな出会いの場でもあります。
 
このご縁を大切にしながら、これからも皆さんとともに、笑顔あふれる時間を重ねていきたいと思います。

カリタスの家だより 連載 第184回

神の庭に植えられて

子どもの家エランボランティア 松原 雪枝

南荻窪の静かな住宅街に、「子どもの家エラン」があります。かつてこの建物は、「けがれなき聖母の騎士聖フランシスコ修道女会」の修道院でした。現在は杉並区の児童発達支援施設となり、3歳から6歳までの子どもたちが通っています。
 
クリスマス会や「成長を祝う会」が開かれる部屋は、以前は修道院時代の聖堂でした。高い天井とやわらかな光に包まれたその部屋には、今も静かな祈りの名残が感じられます。庭に立つマリア像もまた、変わらぬまなざしで子どもたちを見守っています。
 
私は2年半ほど前から、毎週金曜日に庭仕事のボランティアをさせていただいています。庭木の剪定や草取りのほか、小さな畑で季節の野菜や果物を育てています。夏にはきゅうり、なす、トマト、ピーマンが実り、秋には子どもたちがサツマイモ掘りを楽しみます。冬には大根や
 
小松菜、春菊などを植え、年間を通してブルーベリーやみかん、ぶどう、いちごなども育てています。
 
土に触れながら作業をしていると、植物は置かれた環境によって、その育ち方が大きく変わることを実感します。十分な光や風、水、そして安心して根を張れる場所があるかどうかで、同じ植物でも生き生きと育つものもあれば、弱ってしまうものもあります。
 
私はマンション住まいのため、自宅では植物をベランダで育てています。以前、元気をなくしてしまった鉢植えのバラを、庭のある妹の家に譲り、地植えにしてもらったことがありました。すると、そのバラは驚くほど勢いを取り戻し、やがて大輪の花を咲かせるようになりました。
 
同じような経験を、エランの庭でもしました。昨年、「成長を祝う会」の花束づくりで使ったマーガレットの残りを、園庭の片隅に植えたところ、今年には幹が太く育ち、再び美しい花を咲かせてくれています。
 
大地には、植物を受け止め、育てる力があります。安心して根を張ることのできる場所があれば、植物は本来の力を伸びやかに発揮します。
 
子どもたちもまた同じなのかもしれません。エランで過ごす子どもたちを見ていると、職員の方々に日々あたたかく受け止められ、見守られながら過ごせる環境が、どれほど大切であるかを感じます。一人ひとり異なる歩みの中に、その子にしかない芽があり、その小さな芽を急がせることなく育んでいこうとする周囲のまなざしがあります。
 
今年は初めて、ホームカミングデーにも参加しました。在園児と卒園児、そのご家族が交流を深めるための行事です。当日は、小学6年生を含む20人ほどの卒園児が、親御さんとともに懐かしいエランへ戻ってきてくれました。
 
園庭ではゲームやミニコンサートが行われ、子どもたちの笑い声が絶えませんでした。私が職員の方をアシストしたのは、「ボンドで作るシール」のブースでした。好きなシールを選び、その周りをマジックで囲み、上からボンドを塗って仕上げるという細かな作業です。集中力の必要な工程でしたが、子どもたちは皆、それぞれのペースで最後まで丁寧に取り組み、素敵な作品を完成させていました。その姿を見ながら、私は胸の奥に静かな感動を覚えていました。
 
幼かった子どもたちが、時間を重ねる中で少しずつ成長し、それぞれの歩みを続けている。その姿は、土の中で見えない時間を過ごし、やがて芽を出し、花を咲かせる植物の姿とも重なって見えました。
 
行事の後の意見交換会では、講演に来られていた東京家政大学の新井豊吉特任教授が、保護者同士のつながりを支える場の継続の大切さについて話しておられました。その言葉にも深くうなずかされました。子どもを支えるということは、子ども一人だけを見るのではなく、その子を取り巻く家族や周囲の人々をも共に支えていくことなのだと、改めて感じました。
 
私が所属する荻窪教会でよく歌われる聖歌「たて琴をかなで」に、次のような一節があります。
 
「神に従う人はナツメヤシのように栄え
レバノンの杉のようにそびえる
神の家に植えられた人は
わたしたちの神の庭で栄える
年を経てもなお実を結び
いつもいきいきと生い茂る」
 
ホームカミングデーで再会した子どもたちが、これからも、それぞれの場所で自分らしく成長していくことができますように。そして、エランで過ごした日々が、その歩みをそっと支えるあたたかな記憶として残り続けますように。そんな願いを込めながら、これからも庭に立ち、子どもたちの成長を見守っていきたいと思います。

カリタス東京通信 第34回

船員司牧について

事務局 田所 功

カトリック教会の船員司牧の活動は、「ステラ・マリス」の名称で世界中で展開されています。「ステラ・マリス」は、ローマ教皇を最高責任者とする教皇庁(バチカン)の統合的人間開発省の下に位置づけられており、地域別、国別、教区別に組織され、世界各国を移動する船員たちの福利厚生、医療、家族の支援などを目的としています。世界各国の港で船員たちを訪問し、歓迎し、福利厚生や心のケアを目的とした奉仕活動を行う組織です。
 
私たちが生活する上で欠くことのできないあらゆる日用品の実に99%、そして日本の輸出入全体の99.7%が「みなと」を経由しているとも言われています。つまり、船員たちの働きがなければ、生活、生命が成り立たないほど、私たちは「船員とその働き」に深い関わりを持っていると言えるのです。船員たちの多くは、発展途上国の出身で、限られた場所での過酷な労働、家族と離れた孤独な船上生活を強いられています。彼らにとって、海と陸との接点である「みなと」に寄港した際のわずかな休憩時間は、数少ない憩いのひとときなのです。「ステラ・マリス」はそんな船員たちを訪問し、宗教や国籍を問わず、「みなと」での憩いのひとときを応援し、支援を行います。フィリピンなどアジア出身の船員にはカトリック信徒も数多く、祈りやミサの案内も喜ばれています。依頼を受けて、船上ミサがささげられることもあります。
 
カリタス東京の船員司牧部門である「ステラ・マリス東京」は、スカラブリニ宣教会のエドウィン・コロス神父が担当で、東京港(青海埠頭)で訪船活動を行っています。新型コロナウイルス感染症の影響で全く訪船できない時期もありましたが、徐々に規制も解かれてきています。4月30日、エドウィン神父、カトリック東京国際センター(CTIC)のスタッフとともにコンテナ船を訪問してきました。船員食堂に招いていただき、乗組員の方々にお会いしました。この日訪問した船の一隻は、船長・乗組員ともフィリピン人でしたので、同郷のエドウィン神父とタガログ語で話し合う場面もあり、歓迎していただきました。最後に、皆で航海の安全と船員の健康を祈りました。
 
カリタス東京では、一緒に訪船活動に参加していただけるボランティアを募集しています。
関心のある方は、カリタス東京事務局
電 話:03-6420-0606 
E-mailまでお問い合わせください。

編集後記

梅雨は気が滅入る
せっかく昼が長いのに
空は白く
風は肌にまとわりつく
 
それでも気づく時がある
紫陽花のあざやかさに
花びらで輝く雨の雫に
 
世界はいつも美しい
世界の美しさには限りがない
限りがあるのは人の心のほう
 
心をほんの少し広げてみれば
今日も美しさは世界に散らばっている(Y)