東京教区ニュース第392号

2022年05月06日

人間の尊厳を守り抜く教会共同体を目指して

大司教 タルチシオ 菊地 功

御復活おめでとうございます。

感染症対策が一番の優先事項になって3回目の復活祭です。2 年前には復活祭のミサを公開で行うことができなかったことを思えば、感染対策の制約を実施したとは言え、共同体のミサを捧げることができたことに感謝したいと思います。同時に、制約のために参加できなかった方も多くおられることでしょうし、オンライン配信で、典礼に参加された方も少なくないと思います。まだ今しばらくは厳しい状況が続く模様です。目に見える形で教会に集うことが難しいときだからこそ、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」と言う主の約束の言葉をあらためてかみしめ、心に刻み、主との一致のうちに互いの絆が存在することを思い起こし、力を頂きましょう。

今年の四旬節は、眼前で展開する戦争に、人間の愚かさを再認識させられるときとなりました。 2月24日、ウクライナとロシアの国境を挟んで高まっていた緊張は、ロシアによる武力侵攻という最悪な結果を迎えました。国際社会の度重なる平和と対話の呼びかけにもかかわらず、多くのいのちが暴力的に奪われてしまいました。大国による国際社会全体への挑戦とも言うべきロシアの選択は、これからの人類の歴史に大きな負の影響をもたらすものと懸念されます。

あらためて教会は、「武力に頼るのではなく、理性の光によって、換言すれば、真理、正義、および実践的な連帯によって(ヨハネ23世「地上の平和」62)」、国家間の諸課題は解決されるべきであり、その解決を、神からの賜物であるいのちを危機に直面させ、人間の尊厳を奪う武力に委ねることはできないと主張します。聖霊の働きによって、政治のリーダーたちが、神の秩序を確立する道を見いだすことができるように、特に聖母の取り次ぎに信頼しながら、祈り続けたいと思います。また具体的に平和のために、またいのちを守るために行動できることがあれば、積極的に関わりましょう。カリタスジャパンが、ウクライナ支援のための募金を受け付けています。

世界の注目を集める問題が発生すると、その陰で、他の多くの問題が忘れ去られてしまいます。しかし忘却はいのちの危機を解決せず、かえって悲劇を増大させてしまいます。例えば、クーデター後のミャンマーの現状です。平和を求める声は、暴力的支配の前で押しつぶされています。 東京教区にとってミャンマーの教会は姉妹教会ですが、これまで神学生養成を支援してきたマンダレー教区では、大司教はじめ司祭数名が、軍によって自宅軟禁となったというニュースが流れてきました。マンダレー教区のマルコ大司教様は、クーデター発生以来、自由を求める多くの方に賛同して積極的に発言し行動されてきました。ミャンマーの兄弟姉妹のことを忘れずに心に留め、平和のために祈り続けましょう。

それ以外にも、世界には長年にわたって課題となっている地域の問題が多々あり、多くのいのちが危機に直面しています。助けを求めて他国に脱出し、日本にその逃れ場を求めておられる方々も少なくありません。心に留めたいと思います。

さて、今年2022年の6月10日の「日本205福者殉教者」の記念日となる「長崎の元和大殉教」と、来年2023年12月4日の「江戸の元和大殉教」は、ともに400年の節目を迎えます。

司教協議会の列聖推進委員会は、この15ヵ月間を「愛のあかし・元和の大殉教400年」とさだめ、「日本の教会にとって共通の遺産である殉教者の霊性を学び、ともに祈り、殉教者の生き方に倣う機運を高め、福音宣教の力にしたい」と呼びかけています。

来日された教皇フランシスコは、長崎の西坂の殉教地で、「殉教者の血は、イエス・キリストがすべての人に、わたしたち皆に与えたいと望む、新しいいのちの種となりました」と述べられました。その上で教皇様は「そのあかしは、わたしたちの信仰を強め、献身と決意を新たにするのを助けてくれます。わたしたちが日々黙々と務める働きによる「殉教」を通して、すべてのいのち、とくにもっとも助けを必要としている人を保護し守る文化のために働くことが身に着いた、宣教する弟子として生きるためです」と、わたしたちが信仰を堅く保ち、それに生き、具体的な業に励むようにと呼びかけられました。

元和の大殉教の地である札の辻の近くにある高輪教会では、毎年秋に殉教祭が行われてきました。この一年、わたしたちの信仰の先達である殉教者たちに心を向け、その信仰に倣うことができるように、取り次ぎを祈り求めましょう。またこの一年を、日本における数多くの殉教者の歴史を学ぶ「時」ともいたしましょう。

わたしたちは今、シノドスの道程をともに歩んでおります。感染症対策のため、具体的な取り組みの実施が難しいのが残念ですが、教皇様は、2023年秋に第16回目となる通常シノドス(世界代表司教会議)開催を発表され、そのテーマを、「ともに歩む教会のため―交わり、参加、そして宣教」と定められています。

教皇様は、単に会議をして議題について結論を出すことではなくて、一緒になって教会の歩む方向性を見極める作業そのものが大切だと考え、教会の共同体性について理解を深め分かち合うようにと呼びかけられました。東京教区では、教区担当者が短いビデオを作成し、公開しています。シリーズになっています。このビデオを是非ともご覧になってください。感じたことを数名で分かち合ってください。その上で、教会共同体のために、ともに祈ってください。小さな祈りは、教区全体でまとまると大きな力になります。

アジア全体における教会全体の進むべき方向性の識別という観点から、今年の秋には重要な集まりが予定されています。日本を含め各国や地域には司教協議会が設けられており、アジアにおけるその連盟組織がアジア司教協議会連盟(FABC)です。現在ミャンマーのボ枢機卿が会長、スリランカのランジット枢機卿が副会長、そしてわたしが事務局長を務めております。

FABCは1970年に創立され、2020年に50周年を迎えていましたが、感染症のため50周年の総会が延期となっていました。その総会が今年の秋10月半ばにタイで開催され、日本からも7名の司教が参加することになっています。

アジアにおける福音宣教を考えるFABCは、この50年間、三位一体の神をあかしし、イエスの福音を告げしらせるために、牧者である司教たちの交わりを通じて、福音宣教への共通理解を深めてきました。中でも、FABCは三つの対話、すなわち、「人々(特に貧しい人々)との対話、諸宗教との対話、多様な文化との対話」が、アジアでの宣教において共通する重要課題であると指摘を続けてきました。50年が経過した今、社会の状況も大きく変化しています。教会の体力も変化を続けています。ともに歩む教会として、アジアにおける歩む方向性を見出そうとするFABCの50周年総会のためにも、お祈りいただければと思います。

4月24日の神のいつくしみの主日(復活祭第二主日)に、カリタス東京が設立されました。まだまだ態勢を整えていく段階ですが、総合的に人間の尊厳を守るために取り組む組織を目指しています。主ご自身の愛といつくしみを受けたわたしたちが、それを多くの人に分かち合っていくことができますように、「人間の尊厳」を守り抜く教会共同体を育てて参りましょう。

聖香油ミサにて。聖香油に息を吹き込む菊地大司教

【生涯養成委員会】「教区ニュース」別刷発行のお知らせ

これまで、教区ニュースに載せていた、生涯養成委員会関連の記事ですが、内容も変わり、分量が増えてきたために、今月から、別刷で発行することになりました。  

タイトルは「Tangible」(「タンジブル」英語/実体があるさま・実際に触れることができるさま・手触り感があるさま・接するさま)」!  

キリストに「触れられ」受洗を望むようになった人々に、日々「接している」カテキスタたち。  そのようなカテキスタになることを望み、カテケージスを、より「手触り感のあるもの」として学ぶ受講生たち。  

そんな彼らと、彼らを支える小教区の信徒の皆さんが「接する」ための媒体になれば…、と願っています。  

よろしくお願いします。

福島の地からカリタス南相馬 第11回

南相馬市小高区「双葉屋旅館」女将 小林友子
原発事故とウクライナ侵攻に寄せて

2011年3月の東日本大震災および福島第一原子力発電所事故から11年が経ちました。私の曽祖母の代から続く「双葉屋旅館」は福島第一原発から20 km圏内の南相馬市小高区にあり、発災直後から避難生活を余儀なくされました。着のみ着のままで愛知県の長男家族の家へ身を寄せ、2012年2月からは南相馬市原町区の仮設住宅での生活が始まりました。

旅館の再建を目指し、まずは日中のみ立ち入りを許された自宅と旅館の片付けに着手しましたが、1年以上放置された室内は荒れ放題で、一体どこから手をつけていいのか途方に暮れていました。そんなとき、南相馬市社会福祉協議会から派遣されたボランティアさん、そしてカリタス南相馬のスタッフの皆さんがお手伝いに来てくださり、どれだけ心強かったことか! 本当に、たくさんの方々からあたたかい手を差しのべていただきました。避難指示が解除された2016年に旅館を再開することができたのも、皆さんのご支援があったからこそ。カリタスをはじめとするボランティアさんは、今も定期的に南相馬市内で活動されていて、今年3月16日に発生した福島県沖地震でも被災した方々を支援されています。本当にありがとうございます。

震災と原発事故をきっかけに、チョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故を経験したウクライナの方々からも多くの支援をいただきました。私も2013年、2016年、2017年に現地へ足を運び、そこで出会った皆さんを私の住む小高区にお迎えするなど、原発事故の当事者として、そして大切な友人として、今も交流を続けています。

そんななかで起こったロシアによるウクライナ侵攻。原発事故から立ち上がり、ようやく穏やかな日常を取り戻したウクライナ・ジトーミル州の友人たちが、今、戦争の脅威にさらされています。原発事故で避難した方、原発事故の収束に尽力された消防士の方、そして明るく無邪気な笑顔で迎えてくれた子どもたち…。皆さんの無事を祈らない日はありません。現地の友人たちからSNSで送られてくる写真やメッセージは、怒りと苦しみと悲しみに満ちています。

平和な日常や、そこで暮らす人々の人生を壊す権利は誰にもないはずなのに…。 日本にいる私たちが今できること。それは、一人ひとりの想いを力に変え、戦争という暴挙を一日も早く止めることです。その一助になればと、先月、皆さんからお預かりした支援金をウクライナ大使館にお届けしました。現在は、原発事故の被災地であり今回の侵攻で激しい爆撃に遭ったジトーミル州の再建のために支援金を募っています。 平和な日常が突如として奪われる理不尽さ。原発事故も戦争も“自分ごと”として考えてほしい。これが、震災と原発事故を経験した私の願いであり、それを伝えていくことが自身に課せられた使命だと思っています。

CTIC カトリック東京国際センター通信 第257号

東京でフィリピン宣教500年を祝う意味

4月2日カテドラルにおいて、菊地大司教様の司式のもと、フィリピンのキリスト教宣教500年を記念するミサがCTICの呼びかけで行われました。フィリピンに初めてキリスト教徒がやってきたのは、1521年の復活祭の直前ということですから、500周年は昨年ということになります。しかしフィリピンの教会はこの大きな出来事を数年かけて、様々な行事を通して深めてきており、今年の4月にその締めくくりのミサが行われるということで、東京でもその機会に記念のミサがささげられたというわけです。当日は、新型コロナウイルス感染予防のための人数制限があるなか、200人余りが参加しました。ミサに先立ってキリスト教が伝来した出来事を紹介する短いビデオ上映があり、続いて横浜教区からのグループがテーマソングを披露してくれました。祭壇の前にはフィリピン人の信仰を象徴するサント・ニーニョ(少年の姿のイエス)、聖母マリア、ちょうど当日が記念日にあたっていたフィリピンで2番目に列聖された殉教者、聖ペドロ・カルンソの像と共に、マニラで帰天した福者高山右近の像が置かれ、日本とフィリピンの教会のつながりを表しました。ミサは英語で行われましたが、共同祈願では、フィリピンで話されている様々な言語と日本語で捧げられました。菊地大司教様は説教の中でキリスト教宣教500周年をむかえたフィリピンがアジアで唯一のキリスト教国となっており、さらに世界中に居住するフィリピンの信者たちが福音宣教の担い手となるよう神によって遣わされたとして、お祝いと励ましを述べられました。

日本においても、日曜日のミサにフィリピンからの信者たちの姿が見られるようになってすでに30年以上が経ちました。中には日本で結婚し家庭を持った方もおられ、日本の教会におけるフィリピン人信者の歴史と結婚生活の年数がほぼ同じという方も少なくありません。例えば、結婚生活において一方が相手に実家のことは忘れて自分の方にだけ合わせることを求めるならば、家庭を築いていくことはとても難しくなるでしょう。教会づくりにも同じことが言えると思います。東京教区が、「お前はこの家に嫁いだのだから、この家のやり方に合わせろ」というような家庭になってほしくはありません。今回は人数制限もあり参加者のほとんどがフィリピンの方でしたが、ある人たちにとっての祝いを他のメンバーも一緒に祝うようになったらよいと希望します。その意味で菊地大司教様を初め、共同司式にフィリピン人以外の司祭も参加してくださったことには意義があると思います。私たちは国ごとの教会ではなくカトリック普遍の教会ですが、それぞれのルーツを尊重することは普遍性を傷つけるのではなく、むしろ真の普遍的一致への前提ではないでしょうか。

CTIC所長 高木健次

 

カリタスの家だより 連載 第142回

ボランティア養成講座2022 今あらためて「傾聴」を深める

春風が吹き、青葉若葉が聖母を讃える季節となりました。コロナの脅威もやや落ち着くと良いのですが。皆さま、ご無事にお過ごしでしょうか。

東京カリタスの家は、コロナ禍によりこの2年計画しては見合わせることを繰り返していたボランティア養成講座を再開いたします。

テーマは「今あらためて『傾聴』を深める」です。例年とは趣を変え、今回は毎週土曜日の3回集中講座としました。

昨今では仕事を持ちながらボランティアをしたいという希望者が多く、おもに仕事がオフの週末に活動をするボランティアの場として、本年度のボランティア養成講座実行委員会を立ち上げました。若く、フレッシュな委員から「傾聴について私たちももっと学びたい」との声がありました。そこで、カリタスの家が半世紀にわたって活動の核としてきた「傾聴」を初心にかえって見つめ直す機会とするべく、講座を組み立てました。

初回は長年非専門家にカウンセリングマインドを講じてこられた中根伸二先生に「傾聴」のあり方を実習に組み込んで教えていただくことから始めます。

次に、東京カリタスの家で相談活動を続けるスタッフボランティアから、カリタスの実践について忌憚なく話してもらい、カリタスの家が大切にしてきたボランティア精神による「傾聴」を実感していただきます。

最終回は、今各方面で話題沸騰のオープンダイアローグを学びます。北欧でオープンダイアローグの研鑽を積まれた森川すいめい先生を迎え、「傾聴」と「対話」について体験します。

いずれの回も講義形式は一部にとどめ、参加者と講師が交流しつつ学ぶ方式としました。有意義な時間を過ごしていただけると確信しております。

苦しむ人、悲しむ人とともにありたいと言うカリタスの家の理念はそのままに、寄り添い方は日々新しくしていく柔軟性を忘れないカリタスの家でありたいと思います。一人でも多くの方に東京カリタスの家の活動を知っていただき、ボランティアという働き方がこの国に定着するよう、祈り願います。 東京教区および近郊の信徒の皆さまのご参加をお待ちするのみならず、広くお知り合いにもお奨めくださるようお願い申し上げます。

ボランティア養成講座
実行委員長 酒井育子

東京カリタスの家 2022年度ボランティア養成講座プログラム

◆申込と問合せ◆
東京カリタスの家受付に電話 03-3943-1726 今回Eメール、FAXでの申込、問合せはお受けしません。
◆期 日◆
4月21日〜5月7日 11時〜14時(土曜日は13時まで) ただし申込が40名に達し次第締め切ります。
◆参加費◆
1回につき1,500円 一括申込の方は3回で4,000円 初回講座の受付でお支払いください。 (いただいた参加費は出欠にかかわらず、お返しできません)
◆会 場◆
〒112-0014 文京区関口3-16-15 東京カテドラル構内 カトリックセンター センターホール
※感染状況によりリモート開催となる可能性があります。  その場合は改めてご意向を伺います。

日時 テーマ 講師
5月21日(土)13~16時 傾聴とカウンセリングマインド 中根伸二
臨床心理士
5月28日(土)13~16時 東京カリタスの家の傾聴 カリタスの家
家族福祉相談室 スタッフ
6月4日(土)13~16時30分 傾聴の未来
オープンダイアローグ
森川すいめい
精神科医

 

ようこそ!二人の金神父!

東京教区では、4月から二人の金(キム)神父を迎えた。大司教秘書のオディロン金一(キム・イル)神父(神言修道会)と、ソウル教区から派遣された洗礼者ヨハネ金泌中(キム・ピルジュン)神父である。今号では、皆様への紹介も兼ねてお二人のインタビューを掲載する。 なお、来日間もないピルジュン神父のインタビューにはオディロン神父に通訳をお願いしていたが、実際に通訳が必要だったのは会話の一割ほどであった。

オディロン 金一(キム・イル)神父

自己紹介をお願いします。
オディロン 金一(キム・イル)と申します。洗礼名はオディロンです。オディロン神父と呼んでください。

ご出身は?
オディロン 韓国の南の方の全州(チョンジュ)という街です。昔、百済の国があったところです。

どんな子ども時代でしたか?
オディロン スポーツが大好きでバスケットボール、サッカー、剣道、水泳など、色々なスポーツをしました。今でもテニスや水泳、スキーをしています。

神父になろうと思ったきっかけは?
オディロン 高校生の頃、小教区のおじいさん神父と出会いました。遠い存在ではなく皆に近い存在として、皆に愛され、皆を愛する。そんな彼の司祭としての生き方に憧れ、同じような人生を歩みたいと思いました。ちなみに、この神父と初めて出会ったのは教会ではなく屋外のバスケットコートでした。

この時は明確に司祭になりたいと思っていたわけではないので、(神学校ではない)一般の大学に入って東洋哲学を学びました。大学で学びながら先ほどお話ししたおじいさん神父の下で子どもたちのカテキスタをしていたのですが、その中で司祭職への招きを感じ、大学を中退して光州(カンジュ)にある教区の神学校に入学しました。4年間神学校で学びましたが、助祭になる直前に神学校を退学して社会で働く道を選びました。

社会人生活を送る中で、現在私が所属している神言修道会との出会いがありました。働きながら神言会との交わりを続けるうち、多国籍の会員が一致して働いている神言会の姿に魅力を感じ、自分は神様からこの道に招かれているのだと思い、2年ほど社会人生活を送った後に神言会に入会しました。そして、3年間神学校で学び、カリブとアメリカで1年ずつ海外研修(Overseas Training Program)を受けた後、終生誓願を立てて助祭に、そして司祭に叙階されました。

どうして日本に来ることになったのですか?
オディロン 総長の任命による派遣です。神言会は宣教修道会なので、韓国に残って司祭を続けることは初めから考えていませんでした。日本に派遣される時、韓国準管区の準管区長からは「韓国と日本の間には長い歴史の悲しさがあるけれど、あなたが日本の方々に良いものを見せなさい」と言われました。14年前のことです。 日本の印象は? オディロン 美しい自然と人の優しさを感じました。

好きな食べ物は?
オディロン 韓国料理のコムタンクッパは好きですが、好き嫌いはほとんどありません。何でも食べます。

好きなみことばを教えてください。
オディロン 「だから、キリストの力がわたしの内に宿るように、むしろ大いに喜んで自分の弱さを誇りましょう。 それゆえ、わたしは弱さ、侮辱、窮乏、迫害、そして行き詰まりの状態にあっても、キリストのために満足しています。なぜなら、わたしは弱いときにこそ強いからです」(2コリ12・9b—10)です。

東京教区の皆様へメッセージをお願いします。
オディロン 足りない私が東京大司教区と大司教のために間違いなく働けますように、皆さんのご支援とお祈りをよろしくお願いします!

洗礼者ヨハネ 金泌中(キム・ピルジュン)神父

自己紹介をお願いします。
ピルジュン 金泌中(キム・ピルジュン)と申します。洗礼名は洗礼者ヨハネです。韓国ではピルジュン神父と呼ばれていました。ソウルの出身です。

どんな子ども時代でしたか?
ピルジュン あまり勉強はしませんでしたが、大人によく挨拶をしていたので、両親からは「いい子どもだね」と褒められていました。洗礼を受けたのは3歳の時で、誕生日が洗礼者ヨハネの祝日だったので、ヨハネという洗礼名を頂きました(※隣のオディロン神父「私は1月1日生まれで、聖オディロンの記念日です。韓国では誕生日が記念日になっている聖人の名前を洗礼名にすることが一般的です」)。小~中学生の頃はよく教会に通っていましたが、高校生になるとあまり行かなくなりました。大学では人文学を勉強していました。

司祭になろうと思ったきっかけは?
ピルジュン 大学受験に失敗して1年間浪人をしていたのですが、浪人生活の難しさの中で、神様を深く探すようになったのがきっかけです。結局、1年間大学に通い、2年間の軍隊生活が終わった後、大学には戻らずに神学校に入学しました。2011年にソウル教区の司祭として叙階されました。

日本に来るきっかけは?
ピルジュン 「自分は何をうまくできるかなあ」ということはずっと考えていました。そして「自分がやりたいことをやろう」と決めて、外国に神の言葉を伝えよう、韓国にはカトリック信者が沢山いるから、信者が少ない国で働きたいと思いました。それで、ソウル教区と東京教区の間に交流があることは知っていたので派遣を希望しました。

日本を選んだ理由はありますか?
ピルジュン 子どもの頃から日本文化に興味があって、いつか日本に行ってみたいと思っていました。高校の時に1度、司祭になってから2度、旅行で来たことがあります。

どんな日本文化が好きなのですか?
ピルジュン 特に音楽とドラマが好きです。音楽ではB’zやGLAY、スピッツのようなバンドが好きです。一番好きなドラマは「結婚できない男」で、「逃げるは恥だが役に立つ」もよく見ていました。

日本のどんなところが好きですか?
ピルジュン 色々な個性を尊重するところが魅力的だと思います。

好きな食べ物は?
ピルジュン 一番好きなのは寿司です。全部好きですが、マグロとヒラメが特に好きです。日本のラーメンも大好きです。

好きなみことばを教えてください。
ピルジュン 「わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである」(ヨハネ1・34)です。司祭叙階記念カードにもこのみことばを書きました。

東京教区の皆様にメッセージをお願いします。
ピルジュン 皆一緒に頑張りましょう! 神の平和のうちに。

仙台に到着せよ! 叙階式への道

仙台司教叙階式を3日後に控えた16日午後11時36分ごろ、宮城県と福島県で最大震度6強を観測する地震が発生した。この地震により、福島駅—白石蔵王駅間で東北新幹線の脱線事故が発生。東北新幹線は那須塩原駅—盛岡駅間で全線運休となった。高速道路も常磐道、東北道ともに大きく損傷し、複数箇所で通行止めが発生した。

叙階式の司式は菊地大司教。仙台へは新幹線で向かうことになっていたが新幹線は全線通行止め。しかし、司式者はなんとしても仙台カテドラルに到着しなければならない。仙台教区事務局によれば、叙階式は予定通り行われるという。しかも、菊地大司教は19日(土)の叙階式の司式を終えた後、20日(日)の朝には東京カテドラルでミサ司式をすることが決まっていた。

この時点で、東京仙台間を往復できる交通手段は

①ANAが臨時に運行した羽田—仙台便(通常は東京—仙台間は飛行機は飛んでいない)
②羽田から一度伊丹空港(大阪)に飛び、そこから仙台に向かうという「三角空路」。
③高速バス
④自家用車

の4つ。①は最短経路だが、直前にならなければチケットが発売されない上、発売開始時間も分からない。仙台行きに乗ることはできても、帰りのチケットを押さえられない可能性がある。②は確実に移動することはできるが、乗り継ぎがあまりにも不便。③は高速道路に通行止めが多発している以上、一般道を迂回することは確実で、どれほどの時間がかかるか見通しが立たない。大司教は決断した。「自分で運転していきます!」

叙階式の司式者である大司教が一人で運転していくのはあまりに負担が大きい。取材のためにバスで仙台入りする予定だった教区広報担当者が、急遽運転交代要員として同乗することになった。車で行くとなればルートは常磐道か東北道の二択。ニュースによれば一番激しい損傷があるのは東北道の宮城県白石市付近なのだが、通行止め区間は常磐道の方が長い。しかも、東北道から一部一般道に迂回する場合は山形県を通ることもできる。かつて新潟司教だった菊地大司教は、山形県の道路には明るい(新潟教区は、新潟、山形、秋田の3県で、菊地大司教は主に車移動だったという)。出発は叙階式前日の18日朝と決まった。

いざ東北道を走ってみると、渋滞も速度規制区間もほとんどなく、いたって快適なドライブ。晴れ渡る空の下、東北の山々の美しさを楽しむ余裕さえあった。散々報道されていた白石市付近の道路の亀裂も、すでに応急処置によって埋められ、ほんの短い区間片側通行になっているだけだった。ただし、さすがに車は大きく跳ねたが。

一度大きく跳ねた以外、何のトラブルもなく金曜午後3時には無事に仙台カテドラルに到着。菊地大司教だけでなく、出席を予定していた全ての司教が揃い、エドガル・ガクタン被選司教は、無事に仙台司教として叙階された。

…結局、今回の旅で唯一渋滞に巻き込まれたのは、東京への帰路、雨の降る夕方の首都高であった。やはり、首都高の渋滞は突然の自然災害よりも手強いようだ。

無事仙台カテドラルに到着し、早速仙台の司祭団と叙階式の打ち合わせをする菊地大司教

 

教える教会、教わる教会

教区シノドス担当者 瀬田教会主任司祭 小西広志神父

シノドス性の基礎となるのが信者の総体が備えている「信仰の感覚(sensus fidei)」です。少しややこしいお話になりますが、教皇さまの発言などを取りあげながら、この表現の意味をざっと見てみましょう。第二バチカン公会議の『教会憲章』は次のように語っています(第十二項)。

聖なるかたから油を注がれた信者の総体は、信仰において誤ることができない。この特性は「司教をはじめとしてすべての信徒を含む」信者の総体が信仰と道徳のことがらに全面的に賛同するとき、神の民全体の超自然的な信仰の感覚を通して現れる。

第二バチカン公会議は「信仰の感覚」を信仰における不可謬性(間違い得ないこと)にあてはめています。確かにこの一文は第一バチカン公会議の文書を意識しています。すなわち、「教える教会」(Ecclesia docens)を代表する教会の教導職が能動的な不可謬性を備えており、信徒は信仰において受動的な不可謬性を持っていると考えました。要するに教会の偉い人は間違わない。その人たちから教えてもらっているから信徒も間違わないという考えです。しかし、第二バチカン公会議『教会憲章』は「信者の総体」と表現しています。すなわち、洗礼を受け、聖霊を塗油された神の民のすべてが信仰と道徳について完全な同意を示すとき、不可謬性は「信仰の感覚」となって現れるのです。ここには「教える教会」と「教わる教会」(Ecclesia discens)の緊張関係はありません。むしろ、教導職の不可謬性は信者の総体が備えている「信仰の感覚」を前提としているのです。つまり、神父さんだから間違わないではなくて、信者はおしなべて間違わないということです。これは大変重要なことだと思います。しかし、その重要性はあまり正確に理解されていなかったかもしれません。

聖パウロ6世教皇が自発教令「アポストリカ・ソリチュード」で1965年に「普遍教会のための司教たちのシノドス」を制定してからも、教皇たちは「信仰の感覚」に基づくシノドス的教会の重要性をあきらめたわけではなかったと思います。しかし、次第に「信仰の感覚」という考えは忘れ去られていったかのようです。例えば1983年の教会法典にはこの表現が見当たりません。

教皇フランシスコが2013年に発表したシノドス後の使徒的勧告『福音の喜び』には「信仰の感覚」についての言及が見られます。すべての信者が福音宣教へと招かれているという文脈の中で次のように語っています。

洗礼を受けたすべての人には例外なく、福音宣教へ駆り立てる聖霊の聖化する力が働いています。神の民が聖なる者なのは、「信仰において(in credendo)」、誤ることのない油を注がれているからです。つまり、たとえ信仰を表すことばが見つからなくとも、信じていれば誤っているわけではないということです。聖霊は信者を真理へと導き、救いへと案内してくださいます。人類に対する神の愛の神秘として、神は、神から来るものの識別を助ける「信仰の感覚(sensus fidei)」を与えてくださいます(119項)。

教皇フランシスコは「信仰の感覚」に新しい意味を付与したと言えるかもしれません。「誤ることができない」という否定形ではなく、積極的に見分けていく能力としての「信仰の感覚」です。

すでに「信仰の感覚」については2014年に国際神学委員会は共同研究の成果として『教会の生活における信仰の感覚』を発表しています。それを受ける形で2015年には「世界代表司教会議設立50周年記念式典における演説」において教皇フランシスコは「信仰の感覚」について次のように述べています。

信徒にも、主が教会に示される新たな道を嗅ぎわける「嗅覚」があるのですから、「信仰の感覚」の視点からは、教える教会(Ecclesia docens)と教わる教会(Ecclesia discens)を厳密に分けることはできません。

そして聖ヨハネ・クリゾストモの言葉を用いながら、教皇は「教会とシノドスは同義語である」ことの理解を深めるべきであると主張しています。さらに、教皇は続けます。 教会は、神の民が主キリストに向かう歴史の旅路を「共に歩む」ことに他ならないのですから、その中では、誰も他の人の「上に」立つことなどできないということも理解できます。むしろ教会の中では、旅路において兄弟姉妹に仕えるため、人は自らを「低く」する必要があるのです。 神の民に与えられた「信仰の感覚」のおかげで、教会はこの地上にあって歩みを続けることができるのです。このように「信仰の感覚」は「シノドス性」の中核をなす原理となります。

洗礼と聖霊の塗油のおかげで、主イエス・キリストと深く結ばれた信者は、教会の一員として真理を見分ける「信仰の感覚」をたまものとして父なる神から聖霊を通していただいています。この「信仰の感覚」こそが、御父の方へと共に歩んでいく神の民にとっての共通の基盤となる。そして、「信仰の感覚」から、信者の共通祭司職、預言職が生まれていくのです。

シノドスへの歩みのこれまでとこれから

「シノドスとは言っても何をしていいか分からない」という声が多く寄せられています。そこで、これまでのシノドスに向けての取り組みとこれからの取り組み、小さな呼びかけをお伝えします。

これまでの取り組み

動画
これまでシノドスに関する動画を数本作成しました。また、主日のミサのみことばをシノドス的教会の観点から読んでみるという動画を毎週発信しています。

「シノドスへの歩み」撮影現場

教区ニュース
さらには教区ニュースの紙面をお借りしてシノドス的教会の特徴を簡単に解説しています。

これからの取り組み

動画
これからの取り組みとして、東京教区の半世紀の歩みを4本の動画にまとめますのでご覧になってください(4月中に公開予定です)。さらに、コロナ禍にあっても挑戦し続けている小教区共同体、信仰共同体を紹介する動画も4本作成します。

動画では貴重な写真もご紹介します。これは白柳大司教(後に枢機卿。前列右から6人目)着座式&濱尾司教(後に枢機卿。前列左から5人目)叙階式。

教区ニュース

教区ニュースでの情報発信も続けますので、ご一読くだされば幸いです。

呼びかけ

いくつかの具体的な取り組みへのアイディアを考えてみました
◉小さな話し合い、分かち合いの輪
教会は「交わり」の場です。ですので、十分な感染対策をしたうえで、肩の張らない形で話し合いや分かち合いを重ねてみたらいかがでしょうか。会議やミーティングとは違う、ことばのキャッチボールから小教区共同体の新しい姿が見えてくるかもしれません。
◉十の設問
近々、シノドス事務局より提示された十の設問に関する動画を発表します。それを手がかりに皆さんも十の設問について分かち合ってみたらいかがでしょうか。

新しい「ミサの式次第と第一~第四奉献文」等の実施に向けて

感謝の典礼2

今年の待降節から導入される新しい「ミサの式次第と第一~第四奉献文」。教区ニュースでは教区典礼委員の小池亮太神父によるミサの流れに沿った解説を連載しているが、今号では次号に引き続き「感謝の典礼」部分を解説していただいた。

今回も、祭壇で執り行われる〈感謝の典礼〉の変更箇所を見ていきます。
※「司」は「司式者」、「会」は「会衆」の意味です。

 【記念唱】

司「信仰の神秘。」
会「主よ、あなたの死を告げ知らせ、復活をほめたたえます。 再び来られるときまで。」
または
会「主よ、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、あなたの死を告げ知らせます。再び来られるときまで。」
または
会「十字架と復活によってわたしたちを解放された世の救い主、わたしたちをお救いください。」

聖体の制定の言葉の後に記念唱が唱えられます。

多くの小教区で、会衆は「主の死を思い、復活をたたえよう、主が来られるまで」と唱えていると思いますが、現行版は二つから一つを選んで唱えるようになっていたことを知らない人も多いのではないでしょうか。

変更後は、規範版にしたがって三つの中から一つを選んで唱えるようになります。したがって、「誰が、どうやって選ぶのか」、「今日のミサはどれを選び、選んだものをどうやって会衆に伝えるのか」など、解決しなければならないことがいくつかあります。だからでしょう、「三つから選べるようになっていると混乱が起きるので、『東京教区では、記念唱はこれを唱えることにします』と決めて欲しい」という声も聞かれます。しかし、典礼の豊かさが失われることになってしまうので、東京教区典礼委員会として一つに決めることはしません。

なお、会衆の唱える言葉は「復活した主キリストに向けられている」ことが分かるように訳されています。

【栄唱】

司「キリストによって、キリストとともに、キリストのうちに、聖霊の交わりの中で、全能の神、父であるあなたに、すべての誉れと栄光は、世々に至るまで、」
会「アーメン。」

言葉に変更はありませんが、変更後は、歌う場合も唱える場合も会衆は「アーメン」だけを唱えるように統一されます。

『典礼聖歌』で、会衆は「すべての誉れと栄光は…」から歌うようにと指示されているので、歌わない場合でもここから唱える小教区が多いと思います。しかし、ミサ典礼書では、現行版も改訂版も会衆は「アーメン」のみを唱えるように指示されています。したがって、歌う場合も唱える場合も会衆が「アーメン」のみを答えるようにすることは、よく周知をして、今から実践しても構いません。しかし、他の変更箇所について、現行のミサ典礼書を使って実践することは控えてください。例えば、朗読の終わりに侍者が「神のみことば」と言い、会衆が「神に感謝」と答えるなど、変更後に混乱を引き起こすような変則的な実践はしないでください。

【主の祈りの副文】

司「…わたしたちの希望、救い主イエス・キリストがこられるのを待ち望んでいます。」
会「国と力と栄光は、永遠にあなたのもの。」

現行版の「限りなくあなたのもの」が、改訂版では「永遠にあなたのもの」に変更されます。

【平和のあいさつ】

司「主の平和がいつも皆さんとともに。」
会「またあなたとともに。」

他の箇所と同じように「司祭とともに」が「あなたとともに」に変更されます。

変更箇所の説明から少し離れますが、「司式者と会衆のあいさつ」は、この言葉のやり取りで終わっています。この後に司式者が言う「互いに平和のあいさつを交わしましょう」の「互いに」は、「近くにいる者同士」という意味なので、会衆席にいる人は「自分の席の近くにいる人たち」と、司式者は「近くにいる共同司式者や侍者」とあいさつを交わします。

現在、多くの小教区では「互いに平和のあいさつを交わしましょう」という言葉の後、司式者と会衆が一礼してあいさつする習慣になっているようなので、平和のあいさつの所作について見直すのに良い機会ではないでしょうか。

今回はここまでです。次回は【平和の賛歌】から見ていきます。

編集後記

桜の時はあっという間。それでも花の季節は終わらない。毎日、行く道に色彩が増えていく。

葉桜だって美しい。桜だけが花ではないし、花だけが桜ではない。見渡せば、この世界は美しさであふれている。

神との出会いも同じこと。教会だけが、聖堂だけが神との出会いの場ではない。この世界は神との出会いに満ちている。

清らかさにだけ目を奪われないで、生活のあらゆるところを見渡してみれば、そこに、復活のイエスとの出会いがあるかもしれない。(Y)