東京教区ニュース第383号

2021年06月01日

小田神父様、古市神父様、司祭叙階おめでとうございます!

タルチシオ 菊地 功 大司教

新しい司祭の誕生は、その人数にかかわらず、またどこの教区や修道会であるかにかかわらず、普遍教会全体にとって、喜ばしい出来事です。

東京大司教区でも、4月29日に司祭叙階式を行い、ヨハネ・マリア・ミカエル古市匡史神父と、フランシスコ・アシジ小田武直神父の二人の新司祭が誕生しました。召命の危機が叫ばれる昨今ですが、昨年10月のホルヘ・マヌエル・マシアス・ラミレス神父の叙階とともに、この一年で3名の司祭が誕生したのは、ひとえに、一粒会活動などを通じて、皆様が真摯に召命のためお祈りくださった賜物であると思います。お祈りに感謝いたします。

小田神父様にしても古市神父様にしても、どちらも一直線に順調な道をたどって司祭になったわけではなく、さまざまな紆余曲折を経て、叙階式の日を迎えました。二人とも、成人となってから受洗し、社会経験を経て神学院に入り、その後に、休学や教区移籍など、さまざまな体験をされてから東京教区の司祭となられました。

まさしく「召命」と呼ぶように、司祭は職業として「就職」するものではなく、神からその使命に召されて初めて与えられる恵みであります。そこに用意されているのは、時にわたしたち人間の常識では理解不能な道であります。

新司祭は、最初の数年は、経験豊かな主任司祭のもとで助任として務め、司祭としての役務に、そして人間性に深みを加えていきます。神学院を卒業したからといって、そこに完成品の司祭が誕生するわけではありません。まだまだ養成され続けなくてはなりません。どうか皆様の、さらなるお祈りを、新しい司祭のためにお願いいたします。

さて、召命を語ることは、ひとり司祭・修道者の召命を語ることにとどまるのではなく、すべてのキリスト者に対する召命を語ることでもあります。司祭・修道者の召命があるように、信徒の召命もあることは、幾たびも繰り返されてきたところです。

第二バチカン公会議の教会憲章は、「信徒に固有の召命は、現世的なことがらに従事し、それらを神に従って秩序づけながら神の国を探し求めることである。自分自身の務めを果たしながら、福音の精神に導かれて、世の聖化のために、あたかもパン種のように内部から働きかけるためである」(31)と教えます。

その意味で、教皇様が5月11日に、新しい奉仕職として、「信徒によるカテキスタ」を正式に制定された事には大きな意味があります。同日発表された自発教令「アンティクウム・ミニステリウム」は、これまでの教会の歴史を振り返り、「カテキスタ」の役割の重要性を指摘して、「キリスト教共同体は当初から、聖霊の働きに従順で、教会の建設のために生涯をささげた男女によって果たされる、さまざまな形態の奉仕職によって特徴づけられて」いたと記します。

同時に教令は、カテキスタが信徒の召命であることを強調し、この制定は新たな「聖職者主義」を生み出すのではなく、教会共同体を豊かにする奉仕職の誕生であることを強調します。 「信仰の証人・師・同伴者として、カテキスタは、洗礼の秘跡の準備から、生涯の育成にいたるまで、司牧に奉仕するよう招かれている、と教皇は説明」され、「信徒カテキスタは「深い信仰を持ち、人間的に成熟し」、キリスト教共同体の生活に積極的に参加している男女でなくてはならない」」とも指摘されています。(バチカンニュースより)

ご存じのように、東京大司教区では「教区カテキスタ」の制度を定め、猪熊神父様を委員長としてカテキスタ養成コースを行ってきました(今年は感染症の状況に鑑み、中断中です)。今後、教皇様の今回の信徒による奉仕職としてのカテキスタの制定にあわせ、またその意向から示唆と励ましを頂き、東京における教区カテキスタの制度を充実させていきたいと思います。教会の制度としての奉仕職として制定されたのですから、司祭や助祭と同じように、生涯をかけてのコミットメントが不可欠でありますし、それに見合った養成も充実させなくてはなりません。

もちろんこれまで、さまざまな形でのカテキスタの方々が教会には存在し、宣教活動に奉仕してくださいました。そういった方々も含め、あらためて正式な教会の奉仕職としてカテキスタが制定されたことの意味を考え、信仰教育の充実のために、福音宣教のさらなる広がりのため、東京教区における教区カテキスタ制度のいっそうの充実を図っていきたいと思います。

新司祭による派遣の祝福

初めての聖変化

 

東京教区司祭人事(第3次)について


東京教区では、2021年度の司祭の人事異動(第3次)を以下のように決定しましたので、お知らせします。

東京大司教
菊地 功

任地 氏名 現任地
(4月29日付)    
町田教会助任司祭 小田 武直師 新司祭
八王子教会助任司祭 古市 匡史師 新司祭
(5月1日付)着任時期は未定    

ドイツ語ミサ共同体責任者
(ドイツ司教団からの派遣)

ミルコ・クイント師

ギルゼンキルヒェン市
聖アウグスティヌス教会

以上

CTIC カトリック東京国際センター通信 第248号

ゴーヤプロジェクト

昨年5月に開始した「緊急食料支援」は、「経済的困窮者のための食料支援」として現在も継続しており、毎月、100名以上の方に食料品をお渡ししています。毎回、品物をお渡ししながら、生活状況についてお聞きするのですが、「求職活動を1年続けているけれど、仕事が見つからない」「就労時間が少ないのが当たり前になっている」「これ以上、休職をしていられないので転職したいけれど、仕事が見つからない」など、新型コロナウイルス感染症の収束が予想できないのと同じように、それぞれの置かれている状況は、先行きが見えないものばかりです。

この1年で食料支援に求められる内容も変わって来ています。昨年の「緊急食料支援」では、コロナ禍による休業や収入の減少も、それほど長く続くと思われていなかったため、とりあえず急場を凌ぐために持ち帰ることのできる缶詰やレトルト食品、インスタントラーメンが望まれていました。しかし、現在は、慢性的に食料が不足しているため、毎日を食べつなぐために必要な食品や食材(米、パン、油、調味料、小麦粉、野菜等)が求められています。特に「野菜」を希望する方が多いため、先日は、業者さんが仕入れに行く八百屋さんに出向き、不揃いな玉ねぎ40㎏と、ジャガイモ20㎏を箱買いし、小袋に分けて配りました。スタッフの時間と、CTICの予算に限りのある中で、支援を必要としている方に、より多くの野菜をお渡しするため、冷凍の野菜の方が安いのではないか、葉物野菜は安い時に購入し、茹でて冷凍すればいいのではないかなど、スタッフは毎日頭を悩ませています。

そんな中で生まれたものの一つが「ゴーヤプロジェクト」です。「プロジェクト」とは大げさなのですが、目黒の近くにお住いの、CTICを支援してくださっている方々に、ゴーヤの種や苗をお配りし、育ててもらい、できたゴーヤをCTICに持ってきてもらい、支援を必要としている方々にお配りするというものです。育て方、収穫の仕方、CTICに持ってきてくださるゴーヤの数など、すべて育てる方にお任せします。ただ、一つの約束があります。「毎日ゴーヤに水をやる時に、CTICに支援を求めて来られる方のために祈る」ということです。

ゴーヤはプランターでも簡単に栽培でき、収穫量も期待できます。また、アジアの料理にも、アフリカの料理にも利用できるため、CTICに来られる方にはとても喜ばれる野菜の一つです。6月中旬まで種まきができますので、「ゴーヤプロジェクト」に参加いただける方は、CTICにご連絡ください。ゴーヤの種をお送りします。個人のご家庭だけでなく、教会学校、修道院でも、CTICを訪れる方たちが、笑顔でゴーヤを持って帰る姿を思い浮かべながら、ゴーヤを育てみませんか? CTIC事務所のプランターの中でも、ゴーヤは毎日すくすくと育っています。

03-5759-1061 担当シスター右田まで

大迫こずえ

福島の地から カリタス南相馬 第2回

未来に繋げるために
カリタス南相馬 所長 南原摩利

小高に帰還された住民の方が「最近新しい家が建てられている。小高診療所も建築中で、田んぼも増えて空き地が少しずつ減っている。嬉しいことだ」と話されました。少しずつ目に見える復興が進み、住民の方とその喜びを共有できることを嬉しく感じました。でも実際のところカリタス南相馬周辺の原発被災地は、復興が進んだとはとても言い難い状況です。帰還した住民は3割ほどで多くは高齢世帯という一気に進んだ高齢化により新たなコミュニティの再生や支援が必要となっています。しかし、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、人との交流の場は激減しました。原発事故により家族が離散している状況の中、高齢世帯の家族は、さらなる孤立を余儀なくされています。復興団地において孤独死も発生しています。また感染拡大を恐れるあまり、一時期は県外者への差別も見られました。震災後、仮設住宅で孤独死が続き、放射線による風評被害が起きた時と同じような事態が起きています。さらに廃炉作業に伴う汚染水の処理問題もあり、海洋に流すことになれば風評被害がさらに悪化するのではと危惧しています。

今年の2月13日、震災から10年を迎えようとしていた1ヶ月前に震度6弱という大きな福島県沖地震がありました。その後も毎月のように震度5弱の地震があり、住民の方が、「10年前もこうやって大きな地震が何度かあった後に震災がきた」「余震がくる度に、原発は大丈夫だろうかという不安が頭をよぎる」と言われました。でもこの不安は福島に限ったことではありません。原発はたとえ再稼働していなくても電力が供給できず燃料を冷却できなくなれば、福島と同じ事態が起きる可能性があるからです。 全国に原発が立地し、これだけ日本中で地震が多発する中、福島で起きた問題は、日本全体で地球規模で考えるべき問題だと感じています。今後起きるかもしれない大規模災害に備えるため、福島での教訓を生かすためにも、福島の現状を知って頂きたいと願っています。ある方が「もう二度とこんな辛い思いを誰にもさせたくない。だから福島で何が起きたのか見に来てほしい」と言われました。10年を経た今、私たちができる最大の支援は、福島の現状を忘れないこと、未来に繋げていくことだと感じています。カリタス南相馬としてできることは、こちらで共に生きることによって原発事故による被災地の現状と声をお伝えしていくこと、そして全国の皆様と繋がる橋渡しをすることと思っています。この紙面をお借りして現状をお伝えできることに心から感謝致します。今後も祈りとご支援をよろしくお願い致します。

カリタスの家だより 連載 第133回

事務局からのカリタス便り

今回は、公益財団法人としての東京カリタスの家について皆様に知っていただきたく事務局からのカリタス便りとさせていただきました。

1969年4月、4名のボランティアによって発足された東京カリタスの家は、2012年に公益財団法人としての認定を受け、現在、「放課後等デイサービスカリタス翼」、「地域活動支援センターみんなの部屋」、「児童発達支援子どもの家エラン」の三事業を運営する法人に成長しました。三事業所共に、一人ひとりを大切にする支援を行うことを目標に、職員の努力及びボランティアの方々のお力添えにより、皆様に好評価をいただいております。

右記の他に、問題を抱える方々への支援を行う家族福祉相談室、ボランティアの育成を目指すボランティア開発養成室の二事業がボランティアの方々の自主運営で行われています。困難を抱える人々の様々な問題を公的福祉の紹介等により家族のように寄り添って解決することを目的とした支援は、公益性を求められる公益財団において、大きな役割を担っています。

事業部門に加え、管理部門として賛助会と事務局があります。賛助会は寄付に関する活動を行う部門であり、賛助会の方々が無償で活動して下さっています。事務局は、法人運営に関する業務(機関運営、経理、労務、法務、総務、広報等)を担っています。事業及びボランティア活動で生じる様々な事柄を税理士・社労士・弁護士の助言を受けながら処理していくのが、事務局の仕事です。各事業所が円滑に業務を行っていけるように配慮したり、社会変化により内容が複雑化している相談に携わるボランティアの方々の安全を守るのも事務局の仕事です。

事業部門・管理部門を統括し、法人全体の舵取りの役割を担って下さっているのが理事長はじめ役員(評議員・理事・監事)の皆様です。経営・法律・福祉各分野において豊富な知識と経験をお持ちの役員の方々によって評議員会及び理事会が構成され、各会議で検討を重ねて下さることで、よりよい法人組織作りが為されています。 利用者の方々も、当法人にとって大事な存在です。業務の中で山積する問題に心身共に疲弊していた時に、「おはよう」「さようなら」と言って下さる利用者さんの一言と笑顔にどれほど癒やされたことでしょう。

役員・賛助会・職員・ボランティア・利用者、各立場による視点の相違で生じる問題も時折ありますが、東京カリタスの家という一つ屋根の下に集められた家族として、お互いを尊重し助け合うことで問題解決を図っています。東京カリタスの家に関わる全ての人は、神様が壮大なご計画の下、結んで下さった絆で繋がっています。その絆を深めていけるように、一日一日を大切に丁寧に過ごしていきたいと思っています。

公益財団法人 東京カリタスの家
事務局長代行 加藤智子

新司祭から皆様へ

感染症対策のため、共同司式も司祭団の代表者のみとなった

 


司祭叙階のお恵みをいただいて
アシジのフランシスコ小田武直(おだ・たけなお)

おかげさまで去る4月29日に司祭叙階のお恵みを頂きました。これまでの歩みを常に見守り、導いて下さった大司教様、神父様方、そして多くの方々と、主のお恵みに大変感謝いたしております。

叙階後、町田教会に赴任となり、現在、主任司祭の林正人神父の下で、司祭生活をスタートさせていただいております。町田教会は、街の中心に位置する教会で、これから多くの方々との出会いに恵まれるものと期待を脹らませています。あいにくコロナ禍の収まらぬ中での叙階となり、人と人とが出会うことの難しい状況もありますが、工夫を凝らしながら、この信仰を基盤としてつながり合っていけたらと願っております。この困難を乗り越えることを通じて、新しい時代の、新たなあり方が生み出されていく兆しも感じるこの頃です。

私たちの信仰は、何よりもキリストの十字架を通して、そのただ中に復活の命が示されたことを希望としていく信仰です。そのことによって、私たちはこの不条理な悪や苦しみにまみれた世に、救いがもたらされたことを知るようになりました。その意味で、この困難な時代こそ、キリストの救いに拠りどころを見出し、救われる人々が多くいるものと実感します。私自身も、青春期の悩みに沈む困難なときに、この信仰と出会い、洗礼を受けるに至りました。弱く貧しい私を、神が根底から救い上げ、目に見える困難や苦しみを越えて、希望があることを示されたからこそ、洗礼を受ける決心へと至りました。だからこそ、今、苦しみのうちにある多くの人々に、与えられた信仰の恵みを伝えていきたいという思いを強くしております。

思い返せば、信仰を与えられてから、まことに不思議な出会いと巡り合わせで、司祭となる道へと踏み出すこととなりました。洗礼を受けた当初、教会でミサを司式し、大勢の前で説教をする司祭になるとは、思いもよりませんでした。受洗後しばらくした頃、自分自身の心の平安と拠りどころを求めて、ある修道会の黙想会にたびたび参加するようになりました。そこでの神父様との出会いがきっかけで、お互いが与え合い、分かち合う共同体で生活をしたいという憧れが萌芽したのです。ところが、その後、森司教との出会いがあり、教区司祭という道も示され、当時、養成担当者であった小金井教会のディン神父のもとに通うことになりました。小金井教会で多くの子どもたち、若者たちと接する中で、明るい青春ライフを送るように見える子たちの中にも、それぞれに悩みがあり、とくに現代特有の問題を抱える子も多くいることを知りました。そうした中で、紆余曲折を経てきた私の経験の中にも、活かせるものがあるかもしれないと思えたことが、この道へと踏み出す原点であったと思い返します。元来、自分のことばかりに関心が行きがちな私が、全ての人々のために生きる司祭へと導かれたことは、本当に神の恵みによるものと実感します。

これから多くの経験を経て、試練を乗り越えながら、司祭として成長していくことを願っております。

引き続き、お祈りの程、宜しくお願い申し上げます。

小田師による福音朗読

「今ここにおられる」キリストを伝えるために
ヨハネ・マリア・ミカエル古市匡史(ふるいち・ただし)

この度、東京教区の司祭として、叙階の恵みをいただくことができました。これまで支えてくださった皆様に、改めて心からお礼申し上げます。叙階までの道程は、様々な出会いや出来事が織物の糸のように重なり合いながら、主によって紡ぎ出されて来たように感じています。全てを語り尽くすことは無理ですが、私のキリスト教との出会いと召命について、そんな道もあるのだなと、少しお話しさせていただければ幸いです。

①キリスト教との出会い
私の身内に、クリスチャンはいません。キリスト教との最初の出会いは、バプテスト系の幼稚園でした。そこにはなぜか可愛らしい聖母子の絵があり、その絵を見て、「僕、この人(=聖母)が好き!」と言いました。すると、「それはカトリックのものよ。」と言われたので、であればカトリックになりたいと思いました。

ですが、洗礼を受けたいとは言えず、成人になるまで、幼稚園で習った祈りをしながら過ごしました。大学生になり、一人暮らしを始めて最初にしたことが、洗礼を受けるために教会を訪れたことです。当時、カトリック教会というと、麹町教会しか知らず、入門講座に通った後、復活徹夜祭で洗礼の恵みをいただきました。

しかし、その後、信者として相応しい生活をしていたとは言えません。土曜日には友人たちと六本木に遊びに行き、時にはそのまま主日のミサへ。洗礼から数年経って、生き方を根底から変える大回心の恵みを頂いたのですが、それはまた別の機会にお話ししたいと思います。

②召命の転機
洗礼の時から、なんとなく召し出しを感じてはいました。もしかすると、主は小さい頃から種を撒かれていたのかもしれません。自分でも驚いたのですが、小学生の時の文集を読んでいると、将来なりたいものの一つに、神父を挙げていたのです。

このように召命を感じつつも、また、周囲から「神父になりなさいよ」と言われ続けても、私はずっと無視していました。誰かに言われてなるものではありませんし、進路を変える理由も不満もなかったからです。また、自分は相応しくないと思っていましたし、何よりも両親を悲しませたくありませんでした。

四十歳という人生の節目に差し掛かった時、「これから自分はどう生きていくべきか?」と考え始めました。当時働いていた会社は、この上なく恵まれた環境でしたが、もし進路を変えるのであれば、年齢的にも最後のチャンスです。その会社に留まるのか?あるいは、違うキャリアに転じるのか?

ただ、同時に、利益を追求するために働くことに虚しさも感じており、損得抜きで人のために生きたいと思っていました。また、会社員として働き続ける自分の姿を思い浮かべることもできませんでした。その時、「そういえば、召命について、きちんと考えたことがなかったな。」と気づいたのです。人生に悔いは残したくないので、召命を含めた全ての可能性を並べて考え始めました。

毎日、主にこう問いかけていました。「なぜ私なのですか? 私よりはるかに素晴らしい人々は世の中にたくさんいます。その人たちがあなたのために働く方が、ずっとあなたのためになるではないですか。」

ある時、祈っていると、次のように神様が語られているように感じました。「あなたが一番良いからあなたを選んだのではない。あなたが惨めだからあなたを選んだのだよ。そうすることで、あなたを通して私の栄光がより一層世界に輝くのだから。」

自分の中ですとんと納得できました。私が相応しいからでも偉いからでもなく、惨めだからこそ使われるのだ。私の資質や人となりは関係なく、全て主がなさるのだと。そして、主にこう言いました。「でしたら、どうぞご自由にお使いください ! ただし、あなたがすべての責任をとってくださいね !」と。

これが自分の妄想でないかを確かめるために、司祭の霊的指導と識別を受けつつ、主にしるしを与えてくださるようにお願いしました。すると、人々との出会いの中で、否定できない三つのしるしが与えられたので、司祭との関わりを通して、最終的に召命の道に進むことを決断しました。

ですが、それでも何ヶ月もの間、耐え難いジレンマに悩み続けました。「はたして、愛する家族を苦しませてまでこの道に行くことが、正しいことなのだろうか? だけど、自分の心の中に燃えているものは消せない……。イエズス、あなたがこの大切な家族を与えて下さっているのに、一体どうしろというんですか?」私は全く無力で、全てを主に委ねるしかありませんでした。

それでも、神様が導かれる時には、必ず道を整えてくださいます。そして、主は様々な問題を見事に解決してくださいました。家族はいつでも家族。今は誰よりも私を応援してくれていて、支えてくれています。家族のありがたさをますます痛感し、毎日家族のために祈っています。本当にこの家族に生まれてよかったという感謝の気持ちでいっぱいです。

③「相応しくない」道具として
神学院での生活が進むにつれ、自分の様々な欠点をよりひしひしと感じ、ますます司祭に相応しい者ではないという思いが強くなりました。「私はあなたの司祭職に似つかわしいような人間ではありません。確かに心の中に打ち消せない何かがあります。でも、それが私の勘違いであったり、やはり相応しくなかったりするようでしたら、いつでも追い返してください!」と日々祈っていました。

そのような人間が叙階の恵みをいただき、今、一人の司祭として、この文章を書かせていただいています。神様のご計画はジェットコースターのようで、めまいがします。けれども、神は愛ですから、小さな子供のように単純に愛に全てを委ねるだけでよいことを学ばせていただいています。

叙階の恵みを受けてまだ日も浅いのですが、二つのことが大きく自分の中で変わったと感じています。一つは、「もはやわたしではなく、キリストこそわたしのうちに生きておられるのです。」(ガラテヤ2:20)という思いです。自分のためではなく人のために生きているということを、強く感じています。

もう一つは、ミサへの態度です。ミサを捧げる立場になり、ミサの恵みの素晴らしさにますます圧倒されています。ミサの中でこそ、私たちは生きているキリストに本当に出会えます。キリスト者はこのことを信じ、また、この喜びと恵みを独り占めせず、人々に運ばないといけません。一人でも多くの方にキリストが「今、ここにおられる!」ことをお伝えするため、少しでも役立つ道具になれればと願っています。

今、司祭としてのスタートラインに立ったばかりです。これからこそ、より一層の皆さんのお祈りが必要です。どうぞ、今後も私たちのため、神学生のため、そして、召命のため、お祈りいただけますと幸いです。

子どもを祝福する古市師

叙階記念カード(左:古市師、右:小田師)

ミャンマーの教会に想いを寄せて

今年2月1日に発生したクーデターによって、ミャンマーの教会は困難な状況に置かれている。 東京教区ミャンマー委員担当司祭であるレオ・シューマカ神父に、現在のミャンマーの教会に関する文章を寄せていただいた。

ミャンマーと聖ヨセフ ミャンマーのカトリック教会は、人口の約2パーセントと、決して大きな教会ではありません。20世紀の軍事政権下では、運営する学校や医療施設の多くが閉鎖されました。この抑圧と暗黒の時代、神学校の開校や教区の支援のために、東京教区からの援助は非常に重要なものでした。

今、ニュースで目にしているように、ミャンマー全土が危機に直面しています。教皇フランシスコは使徒的書簡『父の心で』の中で、聖ヨセフを「創造的な勇気をもつ父」と表し、「聖ヨセフは、困窮する人、助けを必要とする人、亡命した人、苦しむ人、貧しい人、死に瀕する人の保護者として請われているのです。だからこそ教会は、いちばんの弱者を愛さずにはいられないのです。」と述べています。(5)

「ヨセフ年」の今年、ミャンマーの教会は、この課題に取り組み、できる限りの支援を行っています。軍に協力しないために、政府の事務所や保健所、病院がストライキを行っています。教会が運営する診療所は、一夜にして病院になりました。ある司祭が次のようなメールを送ってくれました。「私たち教会の小さな診療所が“町の病院”になってしまいました。ストライキ中の医師や看護師がボランティアで来てくれます。教会のホール、台所、寄宿舎など、すべての建物を使っていくつかの病棟を作っています。また、村でも小さな診療所を開いています。地元の寄付者を頼りに、日々の問題や課題に向き合い、解決しています」

東京教区からミャンマーのいくつかの教区に送られた寄付金は、とても感謝されています。ミャンマーのある司教からは次のようなメールを頂きました。「精神的にだけではなく、寄付によっても私たちを支えてくださることに感謝します。政治状況は悪化の一途をたどり、ますます複雑化することが予想されます。今この瞬間、一滴の支援も私たちには貴重なのです」

多くの家庭が数ヶ月間収入を得ていないので、小教区でも食料を配布しています。まとめ買いをしたり、田舎から直接米を持ってくることによって、小教区の信徒だけではなく、多くの人々に食料を提供することができています。「ヨセフ年」にあたり、祈りと私たちができる支援を通じて、姉妹教会であるミャンマーの教会を支え続けましょう。

レオ・シューマカ神父
(ミャンマー委員会担当司祭)

ミャンマーの司祭から

クーデター以降、あるミャンマーの司祭から寄せられた短いメッセージを紹介します。彼の言葉を通じて、現地の人々と直接つながることができるでしょう。(レオ神父)

2月 1日 我々は再び軍政下に置かれた。
電話は遮断され、インターネットも繋がりにくくなった。
2月 2日 全員が屋内に留まる。 午前8時、騒音による抗議活動。
人々は鍋を叩くなどして騒音を立て、抗議の意を示す。
2月 7日 全ての都市の大通りで抗議活動が行われる。大勢の人出。
病院は閉ざされているので、人々は教会の診療所へ。
医薬品を購入するための寄付に感謝。
2月 8日 屋内に留まっていられない。人々の抗議の列に加わった。
2月15日 状況はさらに悪化。
毎日、抗議に参加する若者が殴られ、銃で撃たれている。
私はそれをこの目で見た。私は泣き叫び続けた。
我々には医療も安全もない。
夜になると警察がやって来て、昼間抗議活動に参加した人を逮捕していく。
夜に火を付けられる家さえある。
2月22日 ストライキのために収入がなくなった抗議活動のリーダーの家族に食料を届ける。
教会のボランティアが手伝ってくれた。これは夜に行う。
仏教の僧侶から、120世帯分の援助を求める連絡があった。
彼らの家は軍によって破壊されたのだ。
2月28日 今日、マンダレーとヤンゴンは戦場と化した。多くの人々が撃たれた。
3月 3日 私の教え子が狙撃手に頭を撃たれた。
私は彼女を診療所に運んだが、彼女はそこで息絶えた。
3月 4日 今日、全ての若者は彼女の葬儀に参列するだろう。
3月 7日 また大規模な抗議活動が起こった。
若者たちは彼らのバイクを教会に停めた。
警官は屋外にいる。我々は人々を教会の敷地内に匿った。
教会の前では若者たちが逮捕されている。大勢が逮捕された。
3月 8日 軍がやって来て、大通り沿いの家を銃撃した。
我々は一晩中眠れなかった。大勢が撃たれた。
この寄付は400世帯の抗議活動参加者家族のために使う予定。
軍が教会の外で叫んでいる。
彼らは、我々が若者を助けたら、今夜戻ってきて我々を撃つと言っている。
3月10日 今日は大勢が教会の診療所にやって来た。
病院は閉ざされたままだ。
今日も大勢が殺され、大勢が街を去って行った。
私は本当に悲しい。この感情をどう表現していいか分からない。
3月13日 私の教会の信徒が2人逮捕された。私たちのために祈ってください。
1人は何度も殴られていた。
全ての明かりを消して、私たちは教会の中に隠れている。
軍は塀の隣まで来ている。
3月17日 ヤンゴンとマンダレーで、3日間で180人が亡くなった。
軍はまだこの辺りにいて、静かにしていなければ撃たれる。
3月23日 寄付に感謝。他の教会にも届くように手配している。
3月27日 辺り一面は暗闇の中だ。
軍がやって来て、人々は逃げ惑っている。
あらゆるところで銃撃が行われ、彼らは今教会の敷地内にいる。
4月 3日 我々の教会は警察署からわずか3分の所にある。
毎晩のように問題が起こる。
彼らは酒に酔って我々に迷惑をかける。
4月 4日 教会の門の前で15人の兵士と対峙した。
彼らがここにいる理由などない。問題を引き起こすだけだ。
4月11日 抗議活動は、軍が眠っている早朝に行われる。
軍は一晩中起きているので、抗議活動は彼らが基地内にいる時間に行うのだ。
国中で大勢が亡くなっている。
今日は軍が3回も教会にやってきた。
4月14日 危険なので写真は撮らない。
警察は検問所で我々の携帯電話の写真をチェックする。
警察は我々の診療所を閉鎖した。
医療が必要な人は教会の裏口を使っている。
私たちのために祈ってください。

 

知っていますか?私たちの「信仰」を?「共に歩む信仰の旅─同伴者イエスと共に─」

生涯養成委員会からのお知らせ
東京大司教区 生涯養成委員会担当司祭 猪熊太郎

「教区カテキスタ養成講座」(第4期生)募集

コロナのために、教会の様々な集まりができない状態が続いていますが、コロナが終息した時に備えて、「教区カテキスタ養成講座」第4期生の募集は続けています。 今回の応募締切日は、6月27日(日)となります。受講希望者は、まず、所属教会の主任神父様に御相談になったうえで、必要書類を整えてから申込みをなさってください。皆様の応募をお待ちしています!

推薦図書のご案内

時の階段を下りながら 近現代日本カトリック教会史序説 三好千春 著・オリエンス宗教研究所 刊

「本書で扱った一五○年余りの歴史を振り返る中で感じたのは、信徒養成の重要性でした。教会が勢いを失ったのも、第二バチカン公会議の精神が日本の教会に浸透したとは言い難いのも、福音宣教に日本の教会が消極的なのも、信徒養成の問題が鍵を握っているのではないかと思います。そして、信徒養成の問題は、そのまま司祭養成や修道者養成の問題ともつながっていきます。日本の教会再生の道は簡単ではありません。」(筆者「あとがき」より引用)

この本は、激動の近現代史の中で、教会が歩んで来た過程と、今に続く諸課題を見事にあぶり出し、そして同時に、これからの日本の教会の方向性を知るための、大切な視座を提供してくれています。 また、いわゆる「カトリック入門講座」で、決定的に足りない要素の一つ「近現代史における自国のキリスト教史・カトリック教会の歴史」を、適切に補うことができます。

近現代史というものは、そのテーマが何であれ、評価の定まっていない出来事が多く、一つひとつの出来事について、様々な考え方・感じ方があることは十二分に承知していますが、まずは、現実にあった出来事・ファクトを知り、共有していくことから始めなければなりません。

皆様が実際にこの本を手にとられ、今後のカトリック教会が作っていく道を、「共に」歩んでいくための土台として頂ければと思い、生涯養成委員会として、御一読なられることを強くお奨めする次第です。

https://www.oriens.or.jp/orienssite_shop/kirisutokyo/B115.html

納骨式

故ペトロ岡田武夫名誉大司教(2020年12月18日帰天)と故フランシスコ・ザベリオ岸忠雄神父(2020年9月24日帰天)の納骨式が、5月8日、府中墓地において行われた。

特に岸神父は、新型コロナウイルス感染症の影響もあり、納骨式が先送りされ、7か月あまりも大司教館の小聖堂に仮安置されたままであったので、関係者はほっとしたに違いない。

府中墓地にお出かけの際には、東京教区の司祭たちが眠る墓の前でお祈りください。

 

編集後記

新しい司祭の誕生は教会にとって大きな喜びだ。同時に、それは、私たち一人ひとりが「では、自分にとっての道は?」と考える機会でもある。

神は、全ての人を招いておられる。同じ道は一つもない。そして、全ての道は等しく尊い。

それがどんなに小さく、ささやかな一歩であったとしても、私たちが神の招きに応えて踏み出す時、それは教会にとって、神にとって、かけがえのない喜び。(Y)