東京教区ニュース第377号

2020年11月02日

司祭・助祭叙階式

皆の喜びのうちに

10月3日(土)、東京カテドラル聖マリア大聖堂にて、菊地功大司教司式によるホルヘ マヌエル マシアス ラミレス助祭の司祭叙階式、並びにヨハネ・マリア・ミカエル 古市 匡史(ふるいち ただし)神学生の助祭叙階式が行われた。東京教区にとって3年半ぶりの、そして菊地大司教の着座以来最初の司祭叙階式となった。新型コロナウイルス感染症防止のため、残念ながら式は非公開で行われたが、式の様子はYouTubeでライブ配信され、日本中、そして世界中の方々と喜びを分かち合うことができた。


ホルヘ新司祭、菊地大司教、古市新助祭

 

叙階の按手を受けるホルヘ助祭

 


叙階の按手を受ける古市神学生

 

新司祭から皆様へ

10月3日に司祭に叙階され、関口教会助任司祭としてはたらくホルヘ マヌエル マシアス ラミレス神父からこれまでの歩みの想い出と叙階の喜びの声を寄せていただいた。

東京大司教区の皆様、司祭召命のために、いつも祈りを捧げてくださっていることを、感謝しております。

私は、メキシコで、八歳の時に、イエス・キリストからの呼びかけを聴きました。『私は、私の主任司祭のような神父になりたい』、と思いました。そして、小神学院に入り、司祭になるための長い教育を受け、最後に助祭として東京教区へ移籍しました。大司教様はじめ、司祭と信徒の皆様が温かい心で迎え入れてくださったことは、神様の愛と平和を感じさせてくれました。

神様は、いつも、多くの恵みをくださっています。

私が頂いた恵みの1つは、昨年10月1日に東京大司教区へ移籍したことです。このことは、私には、考えられないことでした。

昨年11月25日の東京ドームでの教皇フランシスコのミサで、助祭奉仕をさせていただいたことも、恵み、です。ミサ当日、教皇様はミサの準備のために私がいる祭壇の裏の方へいらっしゃいました。そして、私と握手してくださいました。私は、握手しながら、スペイン語でご挨拶いたしました。

教皇様と私は、同じ洗礼名、ホルヘです。

ミサ中に、教皇様から御血が入っているカリスを受け取り、「キリストによってキリストとともにキリストのうちに、~~~」、と教皇様の隣でカリスをあげたことが、私の心に最も残っていることです。

皆様は、“ホルヘ助祭は緊張したに違いない”、と思っておられるかもしれませんが、そうではありませんでした。しかし、私は、1つだけ心配していた事がありました。それは、『私が、ミサ中に、カリスを落としてしまうかもしれない』、ことでした。

司祭叙階させていただいたことも、もちろん、恵みです。コロナ禍により、叙階式が非公開で行われたことは誠に残念なことでした。

司祭召命は神から頂く賜物です。この賜物を守り、守り続ける責任は、本人にもありますし、共同体(教区と小教区)にもあります。ですから、私たちは、神学院で養成を受けている神学生と助祭を、祈りと、そして司祭の良い模範を通して支え続けましょう。

私は、司祭として、これからも、東京教区で、日本のカトリック教会のために、良い牧者であるキリストの助けによって、心と力を尽くして参ります。私は、これを果たす為に、共に働く司祭の皆様から学ばせていただくことがたくさんございます。

共に信仰の道を歩む大司教様、司祭団・修道会・宣教会そして信徒の皆様、これからも、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 


叙階式でカズラを身につけるホルヘ新司祭

 

教区司祭人事

東京教区では、2020年度の司祭の人事を以下のように決定しましたので、お知らせします。

東京大司教 菊地 功

教会 氏名 旧任地
◉第6次           
10月1日付        
松原教会助任  ガル アルジャンタ ブブン神父(淳心会) 大阪教区・加古川教会
11月1日付        
退任 大倉 一美神父(東京教区) 徳田教会主任
徳田教会小教区管理者   稲川 保明神父(東京教区) 関町教会と兼任
教区本部付 猪熊 太郎神父(東京教区)  徳田教会協力
教区本部付 古郡 忠夫神父(東京教区) 留学(ローマ)
◉第7次    
10月3日付       
関口教会助任 ホルヘ マヌエル マシアス ラミレス神父
(東京教区)
関口教会助任
◉第8次     
10月1日付     
葛西教会主任
(日本分管区長兼任)
柴田 弘之神父(聖アウグスチノ修道会) 日本分管区長
退任
(フィリピンへ帰国) 
ダーニョ・ヘスース神父
(聖アウグスチノ修道会)
葛西教会主任
10月7日付      
東京教区より
新潟教区に移籍 
伊藤 幸史神父 新潟教区出向

注:大倉一美神父は、退任後、ベタニア修道女会のチャプレン、社会福祉法人慈生会の協力者となります。

訃 報

フランシスコ・ザベリオ 岸忠雄神父

【略歴】

1933年  8月12日          生まれ(東京都日本橋)

1933年  9月  9日         受洗(浅草教会)

1965年  3月18日          司祭叙階

1965年  4月~1969年9月          麻布教会助任司祭

1969年10月~1971年3月           関口教会助任司祭

1971年  4月~1978年9月          関口教会主任司祭

1978年10月~1980年4月           葛飾教会新設準備担当

1980年  8月~1993年4月          船橋教会主任司祭

1993年  5月~1996年3月          清瀬教会主任司祭

1996年  4月~2001年3月          小岩教会主任司祭

2001年  4月~2020年3月          荻窪教会主任司祭

2020年  9月24日          帰天

CTVC カトリック東京ボランティアセンター No.87

南相馬での活動から

カリタス南相馬では、コロナ禍で県外からのボランティア受け入れ中止中ですが、南相馬在住のスタッフとシスターで地元の活動支援を継続中です。

最近、新しい出会いがありました。「NPOさぽーとセンターぴあ」が運営する事業所のひとつ、「ビーンズ」です。「就労継続支援B型」の施設で、一般企業に雇用されることが困難な障がいのある方に対して、就労や生産活動の機会、また就労に必要な知識や技術を提供しています。そして、利用者(研修生)は労働の対価として工賃を得ることが出来ます。ここでは20名ほどの研修生がいます。清掃活動、パン作り、シルクスクリーンプリント、さをり織りなど多様な仕事を請け負っています。南相馬市立図書館内のカフェビーンズでも接客対応もしています。朝礼から終わりの会まで一緒にいながら時折、おしゃべりに花が咲きます。

ある人は着物の糸を解く作業を一日中しています。その解いた布地でエコバッグを作って見せて、糸を解く作業の大切さを感じ取り、達成感を味わってもらいます。パンは注文を受けて作ります。カフェビーンズでも販売しています。お互いの得意不得意を察知しながら互いに受け入れ合う様子に毎回多くの学びをさせて頂いています。

カリタス南相馬 スタッフ 畠中千秋

CTIC カトリック東京国際センター通信 第242号

たくさんのご支援、ありがとうございます

コロナ禍で深刻な影響を受けておられる方のニュースが日本中で聞かれます。当センターは対象が、難民・移住者ですので、外国籍の方を中心に(家族の中には日本国籍の子どもたち、配偶者もいます)緊急食料援助をしています。そういう意味では限られた範囲を対象とした活動ではありますが、本当に多くの方から助けていただき、緊急食料支援を続けることができています。ある方は、教区ニュースの記事を読んで、またある方は9月の難民移住移動者の日にあたって「聖書と典礼」にCTIC職員が寄せた記事を読んでと言って、献金や献品をお送りくださいました。スタッフ一同、実際に活動を援助してくださることはもちろん、そのように関心を寄せていただいていることに心強い思いです。本当にありがとうございます。

CTICからの支援のお願いや、このような記事は未だにどうしても日本語中心になってしまいます。しかし今回は外国籍の方からの援助もたくさんいただいております。CTICの活動をしていると、どうしても日本人の方から援助を頂いて、外国籍の方を支えるという印象になりがちですが、もはや、国籍に関係なく教会の皆さんに支えられて、困難にある人(CTICの場合は公的支援の届きにくい外国籍の人ですが)を支えると言わなければならないでしょう。ある移住者の方は、以前、CTICに生活の相談に来られた方ですが、今回は、このような時だから困っている人のためにといって献金を下さいました。スタッフはその方自身の生活も決して安定しているわけではないことを知っているわけですが、そのお気持ちに感動してありがたく頂きました。その方の場合はたまたま私たちが、どのような中から献金を下さったかを知っていましたが、他にも、決して有り余っているから援助しているわけではない、という方も少なくないことを思い出させてくれました。

援助してくださる皆様のお気持ちを思う時、頂いた物を決して無駄には使わないという責任を感じざるをえません。だからこそ頂いた支援物資や献金で購入した物を本当に必要としている人に届けられているかを絶えず反省しなければなりません。少しのことにも「困り」を感じて、公的援助などにつながっているにも関わらず、気軽に援助を求める方もいれば、はたから見れば本当に困窮しているのに、助けを求めることを恥ずかしいと思っている人もいるからです。個人の性格はもとより、それぞれの出身地域の文化も影響しているかもしれません。そうしたこともありCTICではなるべく聞き取りを大切にしています。もちろん聞き取りの目的はその方が本当に困っているかどうかを点検するためではありませんが。聞き取りを通して、どのような方が今どういう状況なのかを少しずつ知ることが出来ます。

今後とも、教会の皆様に支えられていることに胡坐をかくことなく、責任をもって必要な業務を続けたいと思います。いつもご支援ありがとうございます。

CTIC所長 高木健次

 

カリタスの家だより 連載 第127回

コロナが収まったら、したいこと!

昨年の冬が来たときに、しばらくは無理をせず冬眠、冬ごもりの時期だと思いました。年が明け、コロナのまん延が話題になってきたときには、まだしばらく無理をせずコロナごもりの時期だと考えるようにしました。新しいことに手を出さない、不要不急のことはしない、充電の時期と考えたわけです。守りの時期と言っても良いでしょう。「うつされない、うつさない」を標語として、生活圏を縮小し、注意して生活してきました。しかし、これだけだと窒息しそうになります。みんなにゆとりがなくなり、世の中が殺伐としているように感じます。私も含めてたくさんの方がコロナ疲れに陥っています。気晴らしが必要ですが、適当な気晴らしの場がない。体を動かすことは心身に良い影響を与えると言われています。コロナとは関係なく、以前から私は自分なりの筋トレ、ストレッチのメニューを作っていますが、怠けがちで、なかなか続けるのが難しい。怠けながらも細々と続けています。それが長続きのこつかもしれません。

このような時期に大切なことは希望を持ち続けることだと思います。現在、抗がん剤の治療を受けている方がいます。その方は、コロナ感染に注意しながら、心身に極度に負担がかかる化学療法を継続しています。用心のために刺身などの生ものを食べないようにしているのですが、化学療法が終了したら、刺身を好きなだけ食べるのが楽しみだ、とおっしゃいました。「コロナが収まったら、したいこと!」ではなく、「化学療法が終わったら、したいこと!」ですが、このように将来に夢、期待を持つことは、希望を持つことにつながるような気がします。

もっとも、「明けない夜はない」「やまない雨はない」 「春の来ない冬はない」などと言われますが、何時夜明けが来るか、その目安が立ちにくいと希望を持ちにくいのは事実でしょう。しかし、そうだとしても、「コロナが収まったら、したいこと!」を期待を込めてイメージすることは、希望を持ち続けることにつながるのではないでしょうか。私は、この文章を書きながら、私にとり「コロナが収まったら、したいこと!」は何かと漠然と考えていました。その時、あるイメージがぱっと閃きました。そのイメージは、若い頃にそうしたように、愛犬とともに小さな旅行をしたい、というものでした。私の人生の転機に、愛犬のラブラドールと出かけた小旅行の心地よさ、春先の高原の穏やかな雰囲気を、懐かしく思い出しました。これ自体は些細な思い出かもしれません。しかし私にとっては貴重な思い出なのだと気づきました。もっとも、これは今ではかなわぬ夢です。今うちでは犬を飼っていません。家族を残して、私だけがひとり旅、というのもとても無理な話です。しかしこの大切なイメージは、私を心身ともにホッとさせ、コロナの重圧感を軽減してくれました。夜が明けるのを、焦らずに、希望を持ちながら待ちたいと感じました。

コロナが収まったら、再開すること、再開したいことは幾つもあります。みんなの部屋のメンバーに会いたい。空手の仲間と稽古をしたい。居酒屋に行きたい。お世話になった方で、現在病気療養中の先輩に挨拶に行きたい、などなど。やりたいこと、やれることを心に思い描くと、必ず夜が明けると信じて待てるような気がします。

コロナのまん延が早く終息することを祈り、コロナの長期化にも備えつつ、夢や希望を捨てないように、と自分に言い聞かせています。

東京カリタスの家 スーパーバイザー 精神科医 五味渕隆志

知っていますか?私たちの「信仰」を?

「共に歩む信仰の旅─同伴者イエスと共に─」

昨年に続き、東京教区に第2期8名のカテキスタ誕生

9月12日(土)、東京カテドラルで第2期8名の「教区カテキスタ 」が誕生した。カテキスタは小教区の枠を超えて、新しく教会を訪れた人々のために奉仕し「入門講座」を担当する人たちである。1年間のカテキスタ養成講座を修了した第2期生の認定・任命式がカテドラル大聖堂で行われ、それぞれの派遣先教会が発表された。また、派遣先教会に関口教会が加わり、6教会となったため、1期生3名の再任命式も同時に行われた。

「福音を証しする、信徒固有の召命︱カテキスタ」
東京大司教区カテキスタ養成講座・最終講話サマリー
2020年9月12日 教区長 タルチシオ 菊地功

新型コロナ感染症のため、教会活動がほぼ停止してしまったので、カテキスタの皆さんも予定通りの活動ができなくなっていると思います。活動を止めることは簡単ですが,再開することは難しい…。新型コロナそのものに関しても様々な意見がありますが、なぜ教会はこういう決断をしたのかを、まず、お話ししましょう。

十戒の第五戒には「殺してはならない」とあります。

私たちは、神からの賜物である、尊厳ある「いのち」を奪うことを禁止されています。カテキズムを読めば、その文脈で自己防衛についても語られますが、さらに加えて、他人の「いのち」を危険にさらすことも禁止されています。感染しないだけではなく、感染させない道を選択することは、「いのち」を守ろうとするキリスト者の義務です。

教会は当分の間、何らかの制約を持って活動せざるを得ません。日曜日に教会に集まれないという現実が、今、わたしたちの前に立ちはだかっています。

そもそも、私たちの信仰は共同体の信仰です。

旧約にあって、神は民を選び、神の民として、共同体として、救いの道へと招いておられます。新約にあっても、イエスが弟子たちを集めて派遣し、二人・三人がいるところに私はいると約束されました。わたしたちの信仰は、共同体を基礎として成立します。

わたしたちは、共同体を実現するために、今まで何をしてきたのでしょうか?日曜日に教会に集まることだけが、共同体の育成だと思っていたのではないでしょうか?だから、教会に来ない人を来させようと努力し、なるべくたくさん集まるようにと努力してきました。

今回の状況下で,共同体の信仰と言い続けながら、同時に教会に来ないでほしいという、なんとも矛盾したことを言うことになってしまいました。この矛盾に、教会は今どう取り組んで,自らが教会であろうとしているのか考えてみなければなりません。

しばらくすれば感染症は収まり、予防や治療法が確立されるでしょう。そのとき、単純に、以前のような教会に戻るのでは、残念です。この事態の中で、わたしたちは、教会共同体を結び合わせる霊的な絆の存在に目を向けました。この気づきに基づいて、霊的な絆を中心とした教会共同体作りに取り組むことで、この事態から何かを学ばなければ、私たちに成長はありません。

共同体の育成にあって、司祭がリーダーシップを発揮することはもちろん大切です。同時に、信徒の方々の役割も重要さを増しています。

たとえば、インターネットを通じた発信です。教会学校のリーダーたちが、ビデオ番組で発信したりする例もあるのですが、新しい道を見いだすために、信徒の方々の関わりを期待しています。

そのような取り組みには、単に個人のやる気だけでは十分ではなく、的確なアドバイスをする人の存在が大切になります。その意味でも、信徒の中に、信仰上のアドバイスができるような養成を受けた人、すなわち、カテキスタの存在が重要な意味を持ってきます。

教会で入門講座を開設し、やって来た人々に教えるカテキスタも重要です。司祭の絶対数は、これから減少する要素しかありません。ですから、教会で入門講座や信仰養成講座を担当するカテキスタは重要です。それに加えて、カテキスタの新しい役割として、これからの教会の新しい取り組みへの的確なアドバイス役も期待したいと思います。多くの人が社会に向けて広く何かを発信するのは良いことですが、そこにはキリスト者としての責任が伴うからです。

私は司祭になってすぐにアフリカのガーナで働きましたが、山奥の教会で,1人で20を越える巡回教会を担当していました。ですから、小教区にいた40名を超えるボランティアのカテキスタたちの存在は、日曜の集会祭儀、洗礼や堅信の準備、病人訪問、葬儀などで重要でした。

ガーナでの8年間の体験は、わたしにとって、カテキスタと共に働く司祭としての原体験となっています。

第二バチカン公会議の文書において、たとえば、教会憲章には、信徒の召命について、信徒には社会のただ中にあって、パン種のように内部から働きかけ、福音を証しする召命がある、と記されています(31)。すなわちカテキスタは、単なる司祭のお手伝いとしての補助的な役割ではなく、信徒固有の召命として、独立した重要な証しの道となるのです。様々な召命の道の一つとして、カテキスタという役割があるのです。それは単なるお手伝いではなく、独立した信徒使徒職です。福音宣教者としての役割の一つなのです。

カテキスタたちには、以前の教会の姿に戻るのではなく、自らイニシアティブをとって、それぞれの召命の道を生きながら、福音を証しあかしする役割を見いだしてほしいと思います。自らの召命を忠実に生きる中で、新しい教会のあり方を見いだしてまいりましょう。

「『すべての』いのち」に対する思いを
東京大司教区カテキスタ養成講座・認定任命ミサ説教サマリー
2020年9月12日 教区長 タルチシオ 菊地功

新型コロナ感染症の拡大の中で、世界各地で、また日本にあっても、社会活動が停止しています。さらに未知の感染症であるが故に、どの程度の予防策がふさわしいのか確実に断言できる人がいるわけもなく、社会活動を継続するにあたって、わたしたちは、まず、「いのち」を守るための行動を優先的に選択しなくてはならないと感じています。多少大げさに思われる対策もありますが、どこからが大げさで、どこまでがふさわしいのか、確信を持って判断することが出来ないため、いきおい、その対策は過剰になってしまいました。教会活動も例外ではなく、感染しない・させないために、ミサをはじめとしたすべての活動を止めてしまわざるを得ませんでした。

祈りの力を信じないのかとか、殉教の気概もないのか、また、教会は恐れのあまり隠れてしまったのかと、厳しい批判も頂戴しました。もちろん教会の対応は、自分たちの身を守るだけという消極的な選択ではなく、神の賜物である「いのち」を守るため、ひいては、他者の「いのち」を危機にさらさないための前向きな行動でありました。他者の「いのち」を危険にさらすような無謀な行動は、「いのち」の与え主である神に対しても、社会全体に対しても、無責任極まりないことですから、避けなくてはなりません。

同時に、わたしたちは今回の事態によって、これまであまり意識しなかった教会のもう一つの側面、すなわち、霊的な共同体の存在を意識し始めています。地上にある目に見える教会共同体と同時に、霊的な共同体における繋がりも大切なのだということを、意識する機会を与えられました。

そういった状況の中で、政治家をはじめとした社会のリーダーたちも、「いのちを守るため」というスローガンを口にするようになりました。ある意味では良いことではあります。「いのちを守るため」というスローガンは、今や、キリスト者の専売特許ではなくなりました。

しかしよく考えてみると、わたしたちがしばしば口にするのは、少し違った言葉です。お気づきのように、昨年、教皇フランシスコが訪日されたときのテーマは、単に「いのちを守るため」ではなく、「『すべての』いのちを守るため」でありました。わたしたちは「『すべての』いのち」という言葉に、キリスト者としてのアイデンティティを見いだします。

それは自分自身の「いのち」が大切なのだという、ともすれば利己的に傾きがちな価値観を表現しているのではなく、自分も含めた「『すべての』いのち」を区別なく大切にしたいという思い、すなわち、「いのち」の創造主である神の慈しみに満ちた心をあらわす言葉であります。

わたしたちは、「『すべての』いのち」は、神が人を御自分の似姿として創造されることで尊厳をあたえ、賜物としてわたしたちに与えてくださったのだから、守り抜かなくてはならないと信じています。「すべての」という言葉を持って、御父の「いのち」に対する思いをしっかりと表現しようとしています。

わたしたちは、社会の役に立つか立たないかとか、皆のために貢献するか、どれだけ稼ぐかなどで、人間の「いのち」の価値を決めません。わたしたちはそのように主張したいと思います。わたしたちは、創造主である御父の「『すべての』いのち」に対する思いを、わたしたちの価値観として、今のこの時代に伝え広めていかなくてはならないと思うのです。

カテキスタ第1期生26名と第2期生8名の任地ごとの派遣者一覧

教区カテキスタは、昨年までの5チームから新たに関口教会が加わり、6チーム編成となりました。

任命期間は1期生が2023年3月まで、2期生は2021年4月から2024年3月までです。一覧の①は1期生、②は2期生です。

派遣先◉葛西教会

(左から)内田 正さん、小川 美緑さん、佐藤 英雄さん、田中 良知さん、林 惠美さん
(上段)門永 章宏さん、田中 洋子さん

①トマス・ヨハネ 内田 正(ウチダ タダシ) 麹町教会所属
②ヴェロニカ 小川 美緑(オガワ ミロク) 関口教会所属
①ペトロ・カニジオ 門永 章宏(カドナガ アキヒロ) 赤堤教会所属
②アンデレ・フランシスコ・ペトロ 佐藤 英雄(サトウ ヒデオ) 田園調布教会所属
①アグネス 田中 洋子(タナカ ヨウコ) 築地教会所属
①使徒ヨハネ 田中 良知(タナカ ヨシトモ) 松戸教会所属
①マルガリタ 林 惠美(ハヤシ メグミ) 板橋教会所属
    以上7名

派遣先◉関口教会

(左から)荒井 貴さん、嘉藤 まゆみさん、高岡 詠子さん、長澤 重隆さん、渡瀬 美登里さん

①トマス・アクィナス 荒井 貴(アライ タカシ) 麹町教会所属
②マリア・ベルナデッタ 嘉藤 まゆみ(カトウ マユミ) 麹町教会所属
①マリア・ガブリエラ 高岡 詠子(タカオカ エイコ) 麻布教会所属
②トマ 長澤 重隆(ナガサワ シゲタカ) 板橋教会所属
①セシリア 渡瀬 美登里(ワタセ ミドリ) 麹町教会所属
    以上5名

派遣先◉関町教会

(左から)小手川裕子さん、鈴木 英彦さん、原 一之さん、村上 晴子さん、森 邦彦さん

①マリア・カタリナ 小手川裕子 (コテガワ ヒロコ) 赤羽教会所属
①ヘルマン・ヨゼフ 鈴木 英彦 (スズキ ヒデヒコ) 高幡教会所属
①トマス 原 一之 (ハラ カズユキ) 秋津教会所属
①キアラ 村上 晴子 (ムラカミ ハルコ) 葛西教会所属
②洗礼者ヨハネ 森 邦彦(モリ クニヒコ) 高幡教会所属
    以上5名

派遣先◉松原教会

(左から)椿 望さん、三谷 博子さん、宮崎 正子さん、柳谷 晃子さん
(上段)鈴木 敦詞さん

①アンセルム 鈴木 敦詞(スズキ アツシ) 世田谷教会所属
②ヨゼフ 椿 望(ツバキノゾム) 赤堤教会所属
①ベルナデッタ 三谷 博子(ミタニ ヒロコ) 初台教会所属
①マリア・クリスタ 宮崎 正子(ミヤザキ マサコ 築地教会所属
①アンナ・フランチェスカ 柳谷 晃子(ヤナギヤ アキコ) 麹町教会所属
以上5名   以上5名

派遣先◉松戸教会

(左から)小幡 朋子さん、竹内 公子さん、永井 裕子さん、森山 ハツヱさん
(上段)加藤 恵さん、末松 正子さん

①アグネス 小幡 朋子(オバタ トモコ) 西千葉教会所属
①ヨハネ・グァルベルト 加藤 恵   (カトウ メグミ) 町屋教会所属
①テレジア・マリア・ベルナデッタ  末松 正子    (スエマツ マサコ) 高輪教会所属
①マリア・アンナ 竹内 公子    (タケウチ キミコ) 上野教会所属
②ベネディクタ 永井 裕子(ナガイ ユウコ) 小岩教会所属
①マリア 森山 ハツヱ (モリヤマ ハツヱ) 葛西教会所属
    以上6名

派遣先◉西千葉教会

(左から)笹島 泰子さん、前田 はる美さん、三輪 秀樹さん、山下 充志郎さん
(上段)神崎 理恵さん、山田 千鶴子さん

①マリア・マグダレーナ 神崎 理恵 (カンザキ リエ) 五井教会所属
①キアラ 笹島 泰子 (ササジマ ヤスコ) 葛西教会所属
②エリザベト 前田 はる美(マエダ ハルミ) 小岩教会所属
①ダニエル 三輪 秀樹 (ミワ ヒデキ) 茂原教会所属
①フランシスコ 山下 充志郎 (ヤマシタ ジュウシロウ) 市川教会所属
①アグネス 山田 千鶴子 (ヤマダ チズコ) 五井教会所属
以上6名   以上6名

ミャンマーでのコロナウィルスの影響

ミャンマーは今年3月にロックダウンを行い、当初は感染拡大を抑えることに非常に成功したとのことです。日本と同様に、ミサは3月から中止され、学校や幼稚園などは閉鎖されました。しかし、6月から8月にかけて、通常の活動が再開し始めると同時に、感染数も増加したため、大規模な集会の禁止が続いています。したがって、8か月以上の間、ミサや教会の儀式はありませんでした。

現在、特に最大の都市であるヤンゴンで感染者数が増え続けています。ヤンゴンでは、感染者の増加に対応するため、1万床を超える病床が追加で確保され、12月まで各種制限の延長が発表されました。人々はクリスマスが出来ることを願っていますが、どうなるでしょうか。

今年の4月と5月に、私は数人のミャンマーの司祭から彼らの小教区のための援助を求められました。この間、多くの人が外出できず、食べ物が底をついてしまったのです。また、ミャンマー北部では、多くの労働者が何の補償もなく中国から送り返されていました。地元のカトリック慈善団体を通じて、私たちはお米と食用油の袋を購入し、困っている家族に食糧を配給することができました。 6月からは仕事が再開されはじめ、最貧層の人々でもある程度の収入を得ることができるようになりました。一方で新しい問題が出てきました。ヤンゴンと第2の都市マンダレーでは、PCR検査をして1つの通りに3人以上の感染者がいる場合、通り全体が封鎖され、立ち入り禁止になります。再び地元の小教区がこれらの地域に住む人々にお米を配っています。


お米と食用油の配給

ミャンマー全土のすべての建設工事も、年の初めに数か月停止されました。今年2月に菊地大司教が土地の祝福をし、東京教区の援助によって建設予定の三番目の神学校の建物工事も、中断されてしまいました。しかし、6月から工事を再開することができ、来年には建物が完成する予定です。


建設中の神学校

皆様からの献金は、神学校の校舎建設の進捗状況に合わせ、現地からの送金依頼によって、必要な時期に、必要な金額を送金し、神学校の新しい校舎の建設は順調に進んできました。

毎年11月の第三日曜日の各小教区でのミサ献金がミャンマーデーの献金に充てられています。今年はコロナ渦のため、当日のミサに参加することが出来ない方もいらっしゃると思われますので、郵便振替口座を通しての献金も受け付けたいと思います(献金先などは下記参照)。現在、ミャンマーのための献金の残高が少なくなりつつあります。厳しい経済状況ではありますが、皆様のご協力を願う次第です。

レオ・シューマカ(東京教区ミャンマー委員)

【郵便振替】 00170-3-42217  口座名義  宗教法人カトリック東京大司教区  通信欄に「ミャンマーデー、ご住所、お名前、電話番号」をご記入ください。

イエズス会司祭叙階式

9月26日、麹町教会にて菊地功大司教司式による村山兵衛助祭(むらやま ひょうえ イエズス会)の司祭叙階式が行われた。村山神父様、おめでとうございます。

編集後記

「わたしがここにおります。わたしを遣わしてください」(イザヤ6・8)今年の「世界宣教の日」教皇メッセージのテーマである。わたしたちは、これを誰の言葉として読んでいるだろうか。「わたし」とは誰なのだろうか。

 わたしたち一人ひとりが、「わたし」とは自分のことなのだと、「遣わされる」のは自分の日常へなのだと気付くこと。それこそが「世界宣教」の一歩なのではないだろうか。

「世界」とは、自分の知らないどこか遠いところにあるのではない。自分自身、そして自分の手に届く日常。「わたし」の世界はそこから始まる。「わたし」も世界に生きている。

「わたし」が今ここに生きているということ。それこそが「遣わされている」 ということなのだ。(Y)