東京教区ニュース第118号

1994年12月01日

キリストの愛が私たちをかりたてる(枢機卿の紋章とモットー) ―白柳大司教、東京教区2人目の枢機卿に―

教皇ヨハネ・パウロ2世は、1994年10月30日(日)、ローマ時間正午に、恒例の「お告げの祈り」のお知らせにおいて、カトリック東京大司教区、教区長白柳誠一大司教を枢機卿に任命する旨発表された。

叙任式は11月26日(土)ローマで開催される枢機卿会議において行われる。

なお、東京教区における、就任記念ミサ等は12月4日(日)午後3時から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われる。

世界宗教者会議を終えて帰国された白柳新枢機卿の共同記者会見が11月11日行われた。

北イタリアで開催された世界宗教者平和会議から帰国されたばかりの白柳誠一枢機卿は、いささか緊張した面持ちで報道陣の待つ司祭の家の応接室に入って来られた。記者団の質問は、枢機卿の任務をはじめとして、戦後補償の問題、人口問題、脳死、臓器移植、女性の生き方、女性聖職者の問題にまで及んだ。

-任務の報をうけて、まず何を初めにお考えでしたか。どんなお気持ちでしたか。

突然のことだったので、大変とまどいました。いったい、私に何ができるのか、教皇は私に何を期待していらっしゃるのか、まことに不思議でした。そして悩みました。でもそういう時こそ神の力が働いてくださることを信頼してお受けいたしました。

-枢機卿の仕事は?

枢機卿の主な仕事は、教皇の仕事をお助けする、教皇の諮問に与ることです。教皇は、教会内部のことだけではなく、世界平和のため、人類の平和のために働いていらっしゃいます。そういった分野でも、私たちが何か貢献できるのではないかと思っています。

もう1つの任務は、教皇の選挙に参画することです。(80歳未満の枢機卿)

いずれにしましても、私自身はそれにふさわしくないものと思っておりますが、皆さんに助けられながら、使命を果たしていこうと思っております。

-枢機卿として、具体的にどう教皇を助けるのですか?

ローマにおられる枢機卿には、たくさんの役割分担のようなものがありまして、そのどこかに配置されればその分野で働くわけですが、世界各地の枢機卿は、ローマ教皇の姿勢を皆に伝えていくことが大きな使命だと思っています。

-日本のカトリック人口は約43万、日本、アジアという小さな教会から選ばれたことについて

小さな教会であっても、全世界の教会のために参画しなければならないということを示唆するものではないかと思います。

私たちキリスト者は、人類は皆、神の子どもであり、兄弟姉妹であると考えていますが、ややもすると自分のことばかり、自分の教会のことばかり考えてしまいがちです。

そうではなくて、たとえ小さな教会であっても、全世界に対して、全世界の教会に対して為すべきことがあるということを思い起こさせるものではないでしょうか。

-カトリック教会が全世界のために為すべきことは?

やはり、戦争の問題、平和の問題、人権の問題、南北の経済格差など、あらゆる社会問題であり、また人びとに生きる喜びと希望を与えることでしょう。

-現代の若者たちについて

価値観の不安定な時代に、しっかりとしたものを求めるため、バランスのとれた生き方が必要なのですが、つい原理主義的なもの過激なものに走ってしまう傾向があります。

また、自分たちが大切にされたい、愛されたいという気持ちは誰にもありますが、若者たちを受け入れてくれるところがない、悩みを聴いてくれるところがないので、どんなところでも受け入れてくれるところによりどころを求めてしまう、これは宗教家にも責任があると思いますが、ジャーナリズムにも責任があると思います。

-ジャーナリズムに望むことは?

真実を伝えるとともに、若い人に希望を持たせるようなあるいは考えさせるようなものを提供するとか、若い人との対話などを……

-次に枢機卿ご自身について。司祭になろうと決心した動機は?

私は、カトリックの家庭で生まれ育ちました。教会はフランス人の宣教師が司牧をしており、その生き方に魅力を感じ、小学校を卒業した時点で準備に入りました。

-経歴をみると、小学校卒業からまっすぐこの道という感じですが、若い時代どんなことに悩まれましたか?

皆さんと同じような悩みでしょう。(笑)

小学校の時、死ぬことが怖くて怖くてしかたがありませんでした。死なないように夜、目を開けていて、知らない間に眠ってしまう、今考えてみますと、子どもながらの宗教観だったのでしょう。

中学、高校、大学とすすむにつれ、やはり自分の信じていた宗教をもう1回考え直してみたい時もありました。

-ご趣味は?

私は音楽が好きです。少しピアノも弾きます。それから本当は庭いじりが好きなんですけれども時間がありません。

-コンサートなどには

最近は時間がなくてほとんど……
(次号へ続く)

白柳大司教が日本人4人目の枢機卿に

【CJC=東京】ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は10月30日、24か国の司教から新たに枢機卿30人を任命した。11月26日にバチカンで叙任式が行われる。日本から白柳誠一東京大司教(66)が任命された。日本人として4人目の枢機卿。枢機卿はこれで計167人となった。

白柳師は東京都8王子市の出身で、上智大卒業後、昭和29年に司祭叙階。45年に東京教区大司教となり、日本カトリック司教協議会会長を務めた。

日本人ではこれまで里脇浅次郎・前長崎大司教ら3人が任命されたが、里脇師以外は故人となっている。

今回の任命の特徴は、サラエボ、ベトナム、キューバ、レバノン、ベラルーシ、アルバニアなど、紛争の只中にあったり、今なお共産主義政権が存続している地域から意識的に選ばれているところにある。アルバニアのコリキ枢機卿(92)はエンベル・ホッジャ共産党政権下に43年間投獄されていた。ベラルーシのミンスクのカジミエルズ・スヴィアテク枢機卿(84)も旧ソ連時代、10年間投獄されていた。プラハのミロスラフ・ブルク枢機卿(62)もかつて強制労働に服した経験がある。

新枢機卿の国籍はまたイタリア、カナダ、米、スイス、スコットランド、インドネシア、ベルギー、仏、ウガンダ、スペイン、マダガスカル、エクアドル、独などに広がっている。
枢機卿は世界中のカトリック教会の司教・大司教から選出され、80歳未満の枢機卿には教皇選挙の選挙権がある。今回任命された中で80歳未満は24人。

(中略)

また枢機卿の国籍が多様化している。そこでポーランド出身の現教皇の在位が長ければ、後継教皇にはまたイタリア人以外の枢機卿が選出される可能性も強まってくる。次は中南米からと見る向きもある。

東京教区特別聖体奉仕者養成講座95年1月開始

特別聖体奉仕者養成講座の開始にあたって

今年の聖霊降臨の祝日に出された白柳大司教の司牧書簡「司祭不在の主日における信徒による集会祭儀」と「信徒による聖体授与」によって示された指針に従って、東京教区司祭評議会ではその具体化に向けて努めて参りましたが、このたび、千葉ブロック司祭団、千葉ブロック会議の協力を得て、「特別聖体奉仕者養成講座」を開始することになりました。

この講座を通じて、今後信徒の特別聖体奉仕者が誕生するわけですが、それは、司祭不足を補うためばかりでなく洗礼と堅信の秘跡によって与えられた信徒使徒職の重要な働きでもあります。

そして、これから誕生する信徒の特別聖体奉仕者がその役務を円滑に果たして行くためには、その役務が行なわれる教会共同体、すなわち、司祭をはじめ、信徒の奉仕者の奉仕を受ける側の信徒の理解と協力が不可欠です。その意味では、信徒の特別聖体奉仕者に関わる問題は、共同体全体の問題ということになります。皆様の暖かいご理解、ご協力をお願い致します。

なお、養成講座開催の場所は、第1年目は千葉市の都賀集会所で、前期、後期と同じカリキュラムで2度開催されますが、第2年目は東京地区での開催を予定しています。

(司祭評議会 小沢茂神父)

聖書100週間

一生に一度は聖書を全部読みましょう!

マルセル・ルドールズ師

パリ外国宣教会から派遣され、中国で数年働いた後、日本に来て42年。20年前、上野教会主任司祭時代に始めた、3年コースの聖書100週間に、今、真生会館で力を入れる。

聖書100週間は、入門講座を終えて洗礼を受けた人に勉強の機会をと思って始めた。司祭の話ばかりでは寝てしまう人が多いので参加者全員が積極的に発言するようにと、試行錯誤しながら自分で生み出した。日本人司祭は、熱心に説明するが、発言をあまり聞こうとしない傾向があると言う。

参加者が、思うこと、信じることを、必ず自分のことばで言う。それを引き出すのが大切で、聖書の知識を得るだけではなく、人間として成長することも大きな目的である。発言したあと、必ず折ることで、日常生活の中での信仰養成にも結びつけようとねらっている。

2年後には司祭叙階金祝。全国で今、800名以上がコースに参加している。各地でコースを受け持つアシスタントの養成にも力が入る。

テキストを3冊発行しているが、韓国ですでに翻訳されて、コースが始まっているほか、英語、フランス語にも翻訳中。

与えることは与えられること 女性の特性をいかして神の国の実現を 〜第7回福祉の集い〜

10月27日、カテドラル構内で、東京教区福祉委員会、地域福祉推進小委員会主催の第7回福祉の集いが行われた。

白柳大司教主司式、塚本伊和男、三好満、加藤英雄、久富達雄、木村公治(以上福祉委員会、地域福祉担当)、安次嶺晴実、油谷弘幸の各師の共同司式のミサの後、昼食をはさんで三好満師が、福祉の心とボランティアについて講演した。(大司教説教は別掲)

グループに分かれて互いの体験を分かち合った後、塚本伊和男師が、「昨年から始まった『災害対応・海外援助基金の募金』を今年度も引き続き行うので地域の人々に知らせてほしい」と協力を求めた。

また、カリタス・ジャパン担当の木村公治師から、「ルワンダ難民子ども用中古衣料支援」の衣料収集と整理のためのボランティアの要請があった。

白柳誠一大司教説教

キリスト教の始まりと中心は与えること

神さまは本当に慈しみ深い方です。私たちにおん子、キリストをお与えになりました。

キリスト教の始まりは、与えることでした。そのキリストご自身は、私たち一人ひとりを大切にし、お救いになるために、ご自分の生命をお与えになりました。

与えるということは、キリスト教の始まりだけではなく、キリスト教の中心的なことです。

そのキリストはあたかも遺言のように私たちに、「私があなた方を愛したように互いに愛し合いなさい。すなわち、私が自分を与えたように、あなた方も互いに与え合いなさい」とおっしゃいました。

与えるということは、キリスト教の中心であるばかりでなく、私たちの生きる道でもあります。

与えることは与えられること

今日の私たち地域福祉担当者の集まりは、愛の業のためのものです。

現代の複雑な社会にあって、個人個人の行動や考えですることは、必ずしも効果的ではありません。このようなグループを作り協力をし合うことによって、自分を与えている皆さんは、与えるだけではなくその対象の方から与えられているのです。

人は、神の似姿に似せて造られたもので、すべての存在は善です。

必ず私たちは、一方的に与えるのではなく、必ず多くを受けていることを忘れてはなりません。

女性の特性を活かす時

20世紀を終わろうとしている現在、過去のことを振り返ってみますと、過去の社会は憎しみ、争いあるいは人をないがしろにする、そのような道をたどりました。それは、男性が主導権をもった社会だったからです。男性は、考え方も物質的なことが大好きです。男性は、その特徴を活かし、物を生産し、たくさんいい物を持つように努力しました。そのお陰で確かに社会は、物質的な豊かさに恵まれました。

しかし、経済的なものがいちばん価値があると思い込むような社会をつくってしまいました。そして、それについていけないものは、弱者として切り捨てられていきました。

その典型的なことは、今世紀に入って2度も世界大戦を男性がつくりあげたことです。

今こそ、女性の特性を活かす時が来ています。皆さんは子どもを産み育て、生命に対する慈しみ、生命を大切にすることを心から理解し生きている方々です。

皆さん方の力がもし社会に反映されていけば、あるいはこの戦争も起きなかったかもしれません。

確かに現代にあっては、女性の社会進出は、盛んに行われるようになりました。が、しかし女性が男性と同じような特性を活かそうとするのではなく、女性が神からいただいた賜物を活かして、男性と協力してこの社会を築いていくとき、政治、社会、経済あらゆる面でその女性の特性を活かすとき、この社会は神の国に近づくのだろうと思います。

そういった意味でもこれからの時代は、皆さん方の時代です。皆さん方の特性をもっと活かさなければならない時代が来ているのだと思います。

愛の文明

教皇さまは、この1、2年さかんに「愛の文明」という言葉をお使いになります。現代の世界がこう混乱している時、この愛の理念による社会でないと、社会は滅亡してしまう、より悪いほうへ動いてしまうことを懸念なさっていらっしゃいます。物の支配する文明ではなく、愛の支配する文明こそ、これからの生き方でなければならないことを力説されるわけです。

(中略)

皆さん方地域社会にあって、小さなことかもしれませんが、愛はその中から始まるわけです。もっとも近いところから始まります。

私たちのいちばん近いところ、それは家庭です。あるいは私たちの近隣に愛を求めている人がいるかもしれません。

私たちは、まずその人たちから愛を始めましょう。このようにして、憎しみや物ではなく愛の支配する社会、神の国が一歩ずつ実現していくのだと思います。

人と人、人と自然のつきあいを深めるために

セミナー ジュネス・フィリピン体験学習

秋保真理夫神父に聞く

9月22日〜26日、10名の若い社会人たち(うち1名は愛知県から参加)がフィリピンで、おそらく生涯忘れ得ぬような深い体験を重ねた。

日本において人間と人間、また人間と自然などの関係性がうすっぺらいものになっているという認識から出発したジュネスは、「つきあいをめぐって」、という広いテーマのうちから今回、私たちとアジアの関係性の視点に立って体験学習を企画した。かいつまんで主な訪問先について述べることにする。

ピナツボ火山周辺の現在の状況。

私たちが到着した救援センターへの悪路はものすごい人でごった返していた。

センターの責任者以下スタッフは、前夜からこの日の午前3時にかけて大規模な泥流が発生したため、徹夜の作業をしていたという、29の村が埋没し18人以上が生き埋めで死亡。私たちは非常に緊張した。ごった返していた人々はみな、いのちからがら逃げ出した人々だったのだ。火山灰は高いところで10メートルに達しており、地球の気象異変の元凶のひとつとよばれるピナツボ火山はまだ生き続けている。地平線まで続く火山灰の荒野は想像を絶した。

マニラ市内は、

一方、マニラ市内では、タイヤ製造工場において、工場長の横暴で指名解雇された34人の従業員を復職させるべく、粗末なテントを張ったストライキ中の労働者たちをたずねた。

目と鼻の先には、丁度この日に突然工場が閉鎖され、従業員396人全員がクビになり、貧しく貯えのない多勢の女性労働者が困り果てた表情で組合事務所に集結していた。中国系資本のゴム草履の工場であった。いまフィリピンの失業率は32パーセント、マニラでは40パーセントだとされているが、この分では実際にはもっと多い気がする。

そして、私たちの宿泊先に社会学者を招き、債務と貧困蔓延と膨大な失業に食い尽くされ、出口のないフィリピンの社会構造について詳細な講義を受けた。

ミサに勇気づけられる

その最たる象徴はスモーキーマウンテンと呼ばれる世界最大のゴミ山である。およそ2万5000人の人がこの山のゴミあさりを毎日続け、いのちをつないでいる。このスラムの住民の85パーセント以上は農村や僻地を脱出してきた国内難民だった。子どもや女たちはここでは何重もの苦難にあえいで生活している。しかし、このスラムであずかったミサに私たちは逆に勇気づけられた。えんえんと続く子供たちの歌と乗りまくった踊りのせいである。

子どもたちの様子

子どもといえば、路上生活している子どもたちの施設で、1人の男の子の話を聞かせてもらった。9才の時に麻薬中毒になり、警察では無実の罪の自白のため拷問を受け、食事を抜かれるので、自分の尿を飲んで生きのびたこと、等々。そのようなフィリピンの資源と人々を食い物にして日本は発展する。「フィリピンは途上国ではなく没落国です」と、現地の学者は言う。どちらが本当にすさんでいるのだろうか。

(清瀬教会助任)

東京教区ナイスプロジェクト生涯養成委員会主催 第7回生涯養成コース

回を重ねるごとに熱を帯びて行く神父様のお話し、明確にテーマを与えられて行われた分かち合い、共に充実した3回だった。

結論・正解がないなりに「話し合う」ことの大切さを痛感。

出席者が次の回に友人を誘って来たり、別の会場へ参加予定の方(プロテスタント)が飛び入りで参加して下さったりと予定外の出会いもあり、「家庭」という問題の深さ、広さを再確認した。

読者を考えた「教区報」作り 教区報担当者全国会議10教区から参加

『教区広報担当者全国会議』が10月24日から26日まで、潮見の『日本カトリック会館』で行われた。
今年は13回目を迎え、10の教区から担当者29人が集まり研修を受けた。

テーマは『広報の理念と実践』で、題材には『教皇の死-Xデーからコンクラーベ』を取り上げ、共同通信の横川和夫氏とシスター石野澪子(女子パウロ会)氏の指導のもと、『教区報』を「おもしろく、ためになる」ものにするためのノウハウを学んだ。

開催地の担当者を代表して森司教は「現代の教会にとって『広報』が共同責任への参加を促すために重要であること、そのためには『司牧的配慮』からくる秘密主義の教会の体質を改めて、情報の『詰まり』を無くすこと」が重要であることを力説した。

横川和夫氏講演

『教区報』の現状

各教区の『教区報』を見せていただいたが、大体どこの『教区報』にも行事の羅列が目立ちます。それらはいわば「一言」で言い表せるものばかりでした。

「『教区報』は官報であるから、上意下達の宿命を負っているから仕方がない」と言われればそれまでです。つまり「読まなくてもよい」「自分はその役目を負わされているから仕方ないから作る」こう言っているようなものです。

情報洪水のただ中にいる現代の人々に、「これはおもしろい」と言って勧められるものにするにはどうしたらいいか、そのことを話したいと思います。

おもしろい『教区報』とは

商業誌は売れなければつぶれてしまう。だから読者が何に関心を持ち、何を求めているのか一生懸命探します。売れるために読者の傾向を常に調べているんですね。読んでもらうには、人間の興味、関心に答えるということが第一です。また読むことによって自分の生活の将来に、なにかプラスになるものがある事も重要です。

「『教区報』はどうなんでしょう?誰を対象にしているんですか?みなさんにお聞きしてみたいと思います」

-日曜日に教会に来ている信徒。
-中学生以上の信徒。
-教区に住んでいる全ての信者。
-出さないといけないから出している。対象のことはあまり考えていない。

「編集者として、信徒は何を求めていると思いますか」

-自分の信仰生活を深めるための霊的読み物。生活の糧になるもの。
-教区内のできごと。自分の教区で何が行われているのか。
-社会生活上の問題を、教会はどう見ているのか?
-教区長の考え、教区の方針。
-信徒が何を求めているのかにそって作っていない。
-行事予定は興味があると思う。
-マンガ。
-読み物。
-行事などのお知らせでも、突っ込みがあるとおもしろい。

『教区報』が読まれるには

実際みなさんの話しを聞いていて、『教区報』を作る人と、読む人の間には大きなズレがあると思います。

私は34年記事を書いていますが、私たち記者の仕事の中でいちばん頭に入れているのは「読者」のことです。「読者は何を期待しているか、何を欲しがっているか」これをとにかく頭に入れないとおもしろい記事、読まれる記事は書けないんです。

では今、人々は何に関心があるのか?私なりに考えてみると、この夏、横浜でエイズに関しての『国際会議』が開かれましたが、教会はエイズ問題に対してどう対処しているのか?どう思っているのか?このことはおそらく信者は興味があると思います。

コンドームによるセックスはいいのか悪いのか。今の若者の間では、セックスは挨拶がわりになっているのが普通と言われています。

また、カトリックの信者の女性がエイズ患者を愛してしまう可能性もあります。いま発病していないが、相手が感染者であるとき、10年後に発病する可能性もあります。

このような状況の中でコンドームによるセックスを教会は認めるのか認めないのか。また、医療ミスによる感染には同情を示し、同性愛者には厳しい目で見ることなど。

それから、信者の生活実態を知るように心掛けて、それがどうなっているのか。子どものいる家庭では何が問題になっているのか。老人のいる家庭では何が問題なのか。そのケアはどうしたらいいのかなど。こういうことに対して『教区報』が何かメッセージを出していくと、信者は「おや、ちょっと読んでみようかな」ということになるはずです。身近な問題、具体的な話しが大切です。

読まれる『教区報』作りのノウハウ

「読んでもらいたいこと」を最初から最後までぎっしり書くというのも、読者は読まないんですね。続き物、ルポルタージュなど特にそう。一回読んでつまらなかったら次はもう読まない。これだったら必ず読むというものを一回一回必ず入れて、こっちが言いたいことをちょっとだけ入れる工夫が必要だと思います。

では『読まれる教区報』を作るために、「コンクラーベ」を題材にして、どんな記事を教区報に書くか、具体的に考えてみましょう。

『教皇と関わりのあった人を探してインタビューをする』

この場合、新聞社だったら前もって「何字書いてください」とお願いしておきます。場合によったら、書いてもらっておく。

『何人か集めて座談会をする』

ただ単に思い出を語ってもらうのではなく、つっこんで興味深いことを聞き出すことが大切です。よく調べておいてひとひねりきいた記事にする。

また人に記事を頼むときは「ここのところをもうちょっと書いて下さい」とか「ここのところはどうだったんですか」とか聞くんです。

また「これはちょっと・・」と思うような内容のものは遠慮しないで、相手にちゃんと断って、書き直さなければならないと思いますよ。

それから「」を使うことです。だれかが言った言葉はできるだけ「」に入れるほうが具体的になります。

また難しい言葉を使わない。中学生でも読め、理解されるやさしい文章表現をする。

「中学生にわかる文章を書け」というのが鉄則です。

どうしたらわかりやすくなるか?それはできるだけ具体的に書くことです。『教区報』を見て感じるのは、抽象的な表現が多いということです。具体性、現実性があるほどわかりやすい。司教さまの話でも、何か体験を通して語ってもらうとおもしろいと思います。具体的に、リアルに自分をさらけ出してもらう。人はそこに関心がありおもしろく読むんです。

またレイアウトを研究する。大方の『教区報』には写真が少ない。見出しが小さい。2段だけでなく、もっと大きく4段とか、そして小見出しもふんだんに入れると読ませる紙面になる。文字がぎっちり詰まっていると、見ただけで「読みたくない」と思ってしまう。

〔質疑応答〕

―信徒の立場としては、信徒の目線でいろいろ書きたいと思いますが、やはり神父さまの方針や、教区側の方針によって、これはおもしろい、興味深いと思うことでも書けないということがありますね。

「やはり神父さんや教区の立場に立つのではなくて、読者の立場に立たなければ良いものは書けないですよ。」

―編集会議のときには結構おもしろいことが出てくるんですよ。でも「広報する」ことによってもめごとなどが起こるといけないから、遠慮して出さないということになってしまいます。そういう配慮も働きますね。信徒として。

「でもその遠慮が、つまらない『教区報』にしているんだと思いますよ。」

「それからいい記事を書く人には、度々頼むといいと思います。でもちょっと聞いたところによると、同じ人の記事ばかりを載せるとクレームがつくということですね。こういうところの体質を変えていかなければならないんじゃあないですか。

随筆など書ける人がいると思うんですよね。そういう人を発掘するというのも編集者の仕事です。

わたしの結論として、今の日本の教会で必要とされていることは『自分で考え、自分の意見を持つ』ということだと思います。戦後の日本の教会は上意下達の体制で、信者は常に『神父さんはどう考えるか、司教さんはどう考えるか』を気にしながら生活をしてきたという感じがします。しかし『一人ひとりが自分で考え、自分で判断して行動する』そういう人間の集まりが、共同体を作れるのであって、自分の無い人間、自分の意見の無い人間がいくら集まっても共同体としての力は発揮出来ないと思うんです。

一人ひとりの信者がもっと意見を言えなければいけないと思う。上意下達の時代ではなくなっていると思うので、こういう時代だからこそ『教区報』の持つ役割がもっともっと重要なんだと思います。」

揺らぐ小教区制度に司祭たち、真剣に取り組む〜司祭研修会〜

10月11日から13日にかけて、千葉県、生命の森「日本エアロビクスセンター」で、司祭研修会が行われた。テーマは、司祭たちにとって、もっとも関心の深い『小教区』。

「改めて、小教区について考える」というタイトルに誘われて、参加者は例年よりも多く、60名を越えた。

1日目・・・開かれた教会づくりのために

「福音宣教の大切な拠点である小教区を絶えず見直していくことは、大事なこと。避けて通ることのできない、息の長い課題である」と冒頭に白柳誠一大司教が挨拶。

また、第1回福音宣教推進全国会議(NICE・1)の後に設けられた「制度を考えるチーム」の責任者である森一弘司教は、発題の中で、「小教区制度の見直しは、『開かれた教会づくり』という全国会議の流れの中で生まれてきた課題であり、日本の教会が社会に開かれ、社会と共に歩んでいこうと努力している、そのための小教区共同体のあり方の見直しであるということを忘れてはならない」と強調した。

その後、稲川保明師が小教区制度の歴史について説明を行った。(囲み記事参照)

2日目、3日目・・・自由に小教区共同体を選ぶことが、信徒にゆるされるのか

2日目、ケース(囲み記事参照)をもとに、パネルデイスカッションが行われた。

4人の司祭(古川正弘、市川裕、杉田稔、湯沢民夫各師)が2人づつ、新しい主任司祭側の立場と、前の教会の主任司祭側とを演じる形で、討論が行われた。

議論は、「地域という枠が先なのか」それとも「活動(ケースでは典礼に象徴される)という枠が先なのか」ということに帰着していくが、現場の司祭たちは、どちらの意見にも甲乙をつけることができなかった。

全体の討論の後、グループに分かれて、議論が続けられた。

グループによる話合いの全体での報告から、「今ある小教区を全く否定するのではなく、認めたうえで、活動グループの機能を認めていくことが、現実に可能な今後の方向である」と、全体的にまとまっていった。

最後に、森司教は、「トリエント公会議以降、宗教改革、産業革命、市民革命と相つぐ歴史の変動の中で、小教区は、正当な信仰生活を守る、という護教的な意図のもとに意義づけられてきた。

第2バチカン公会議でうたわれた『世界に開かれた教会』という視点のもとに、これからの小教区のあり方を見直していく、という大きな課題が私たちには与えられている」とまとめ、白柳大司教は、「ひとつの共同体の中にたくさんの小さい共同体があってよい。小さい共同体の交わりが小教区である。

教会は、多種多様な共同体からなる『共同体』である」と語り、最後に「研修会が実りあるものであったことは大変嬉しい」と今年度の司祭研修会を評価した。

ケースの要点(囲み記事)

夫の転勤のため、九州から東京郊外に引っ越してきた信者Aがいる。

新しい教会の主任司祭は、ユニークな典礼を行っており、多くの信徒がそれに引かれ、千葉や神奈川など、かなりの遠方からもミサにやってきている。

遠隔地に住居があるにもかかわらず、信徒としての籍をそこにおく者もかなりいる。主任司祭は、それを容認している。

司祭は、「信徒には自分の心に響く典礼に参加する自由があってよいはずであり、籍を選択する自由もあるはずである」と論じる。

それは、「信者は、地域の小教区に籍を置き、ミサに与かり、維持費を納め、信徒としての務めを果たしていくものである」と教えられてきたAさんにとっては、驚きであった。

動揺するAさんに前の主任司祭は「地域を単位とした小教区共同体があってこそ、教会は地域社会に奉仕できる。子どもの信仰教育にも地域の小教区共同体が必要である。

信徒が典礼を好みで選ぶような事がゆるされるならば、信仰を深めるためにはプラスにならない」と手紙を送ってきた。

小教区制度の誕生と現代の日本の現状(抜粋) 稲川保明師 (囲み記事)

古代の教会においては、受洗堂教会と各共同体というつながりが密であった。

司教は司牧者として受洗堂教会に、司祭はその協力者としてミサに来られない人々のところを訪れ、秘跡を授けていた。つまり、教会の宣教・司牧活動は、よきチームワークのもとで行われていた。

厳密な意味での小教区制度の起源は、10〜12世紀である。
イスラム文化圏に包囲されていた当時のヨーロッパは、教会統治の上で地域によるつながりを強化せざるをえなかった。こうした時代の要請に、さらに族長を中心としてまとまって生活していたゲルマン民族の共同体のあり方とが結びついて、小教区制度が生み出されていった。

小教区制度は、福音が地域全体に浸透し、『一人の人間が、生まれたところで育ち、成長して家庭を作り、その地に葬られていく』しかも『地域の全員がキリスト者であった』時代に意味のあるものであった。

こうした状況のもとに生まれた小教区制度を、そのまま今の日本のような状態にあてはめることには無理がある。

今の小教区制度は、教会法と教会行政上からは、統治上の区分という意味合いが強いが本来は、キリスト信者が「教会との交わり」を実現する「恒常的に設立された、一定のキリスト信者の共同体である」と言える。

また教会法典は、「属地法」の性格を残しながら、「属人的」共同体を容認し、地域性を越えての協力を勧めている。

編集部から

「東京教区ニュース」は、毎月最終の月曜日に行われる司祭の集りにあわせて発行しています。この日は、次号の原稿を印刷屋さんに渡す日でもあります。

10月30日の夜8時に、バチカンから朗報が入り、9時過ぎには各小教区にもFAXがながれました。翌31日には、編集部でも、紙面の差しかえ準備に入り、ローマからお帰りになった白柳新枢機卿の共同会見が1面を飾りました。11月26日のバチカンで行われる叙任式の様子、上2月4日の就任記念ミサ、祝賀会等の様子、枢機卿とは?新しい枢機卿のモットーと紋章の解説、各会からのお祝のメッセージなど、など・・・については来月号でカラーで特集します。どうぞ、お楽しみに。

「教皇さまが亡くなった日のことについて、今から記事を準備しておく」というのが今度の『教区報担当者全国会議』の作業だと聞いたとき「教皇さまはよっぽどお悪いのかなー」と思いました。「パウロ6世もヨハネ・パウロ1世も急な死で、バチカンはあわてた」ということを聞くと、なるほどとうなずけました。これから少しづつ教皇さまの原稿を皆さまにお頼みに行くと思いますが、あまりびっくりしないでくださいね。

『東京教区ニュース』の編集委員は多人数です。他教区の委員の1人から『もー軍団』と名付けられました。大勢でする事の豊かさ、力強さ、声の大きさを感じました。

その編集委員も司祭4名、修道女2名、信徒5名、職業、性別もバラエティーに富んだ11名が、それぞれの特性を生かし、がやがやわいわいと楽しく仕事をしています。横川さんには、これからの新しい「教区報」編集スタッフのひとつのあり方ではないかと、励ましの言葉をいただきました。

「信徒のスタッフが増えるとわずらわしい」と発言された他教区の委員もおられ、意識や活動などに大きな地域差があることに改めて気づかされました。