東京教区ニュース第99号

1992年01月01日

福音宣教は神様の業
白柳大司教新春に語る

Q 1993年の東京教区の歩みについてお聞かせ下さい。 

まず、 クリスマスと新年のご挨拶を、 信者お1人お1人に申し上げます。 この年が、 神様のお恵みによって、 健康で実り豊かな年でありますように祈っています。 

年の初めにあたって皆様にまず申し上げたいのは、 教会にとって今年は福音宣教推進全国会議 (NICE ナイス ・2) の年である、 ということです。 

東京教区でも、 すべての信者がこれに関心を持って、 少なくとも祈りをもって参加していただきたいと思います。 

実際に会議に参加する人はごく少数の選ばれた人だけですが、 会議で皆さんの意見を反映させ、 そして全国会議で取り扱われたことを皆さんのところへ戻って来るようにするなら、 必ず教会全体の利益につながっていくと思います。 

信徒の方々、 若い方も老人も、 またご病気の方も祈りをもって参加していただきたいと申し上げておきます。 

Q 具体的にはどのようにNICE・2に向かって準備がされますか?

3月に行われる教区総会で、 すでに小教区あるいはブロックのレベルで話し合いを始めていますので、 それらの中間報告を求めたいと思っています。 そしてその折りには、 会議に出席する人のお名前も決まっていると思います。 その人たちと対話を交わしながら、 皆さんの意見を吸い上げていきたいと思います。 

Q 代表者はどのようにして選ばれるのですか?

出席できる人数は決められていますので、 司祭は司祭評議会でたぶん推薦されるでしょう。 修道女は東京教区修道女連盟のほうにお願いしたいと思っています。 

信徒の方は難しいのですが、 すでに準備委員として活躍しておられる方、 あるいは何かのサークルなどで働いていて、 多くの人の意見を吸い上げることのできる方、 そして会議は何日間か続くわけですから、 その時間がとれる方が選ばれるでしょう。 

なるべくいろいろの世代から、 またいろいろの立場の人の中から、 代表を決めていきたいと思います。 

Q 第1回の全国会議の課題がまだ十分消化しきれていない、 軌道に乗っていないのに、 第2回は早すぎるのではないでしょうか?

確かに第1回の課題を消化しきれていないと思います。 しかし消化しきってからだと、 いつまでたっても第2回を開くことはできないでしょう。 ちょうど福音宣教が、 準備ができてからすると言うのと同じです。 

初め、 第2回は3年後ということでした。 ですけれど6年後になった。 3回目をいつにするかは、 皆さんと考えていきたいと思います。 

Q 1回目と2回目のテーマが、 どうつながっているのかよく分からないと言われるのですが。 

1回目と2回目のつながりですが、 これは1つの福音宣教推進の運動ですから、 福音化というものの意識化がされていけばよいのであって、 テーマが何であるかというのはそれほど問題ではないと思います。 とにかく焦点を福音化の方に持っていかないと、 軌道からはずれてしまう。 基本的な姿勢は、 福音化の運動をみんながいっしょにやっていくということです。 司祭も修道者も信徒も話し合って、 共通の理解を持ち、 協力して進めていきましょう、 という姿勢を持たなければなりません。 回を重ねるごとに、 この目的が強く出てくるとよいと思います。 

テーマにあまり集中し、 こだわらなくてもいいのですが、 福音宣教を推進するのに、 この問題から考えていくのもよいと思います。 1つになっている家庭、 互いに慈しみあっている家庭というのは、 本当に魅力のあるものです。 存在そのものが大きな証しであり、 福音宣教です。 

具体的にいくつかの提案が出てくるとよいと思います。 例えば、 家庭でいっしょに祈ろうとか、 家庭のいろいろの問題を、 教会で相談にのっていく窓口を作ろうとか。 

教皇様はよくおっしゃいます。 「家庭は小さな教会である。 家庭は目に見える救いのしるしである」 と。 カトリック教会が完全な証しになれないのは、 教会が一致していないからだと思います。 

Q こういう大会は必ず代表制になりますから、 自分とは関係ない、 どこかで誰かがやって、 課題か何かが作られたんだ、 と言う受け止め方が出てくると思いますが。 

東京で一度大会をやって、 それを持って行く、 これならもっとやさしいと思います。 しかしこれだって代表制になるから、 避けられない部分もありますね。 

今のところ全国会議は、 各教区が意見をまとめて出す集まりではありません。 代表者がいろいろのところで意見を聞いて、 自分のものとして持って行き、 会議の時に人の意見に影響されながらつくりあげていく、 という会議ですから、 聖霊の働きを信じることが必要になってきます。 

東京教区の広報委員の方も、 NICE・2の期間中に長崎で取材をし、 その雰囲気、 会議の模様などを生き生きと教区の人に伝えてくださるといいですね。 

Q 確かに、 第1回の福音宣教推進全国会議の後、 分かち合いがだいぶできるようになりましたし、 慣れてきたと思います。 信徒がずいぶんいろいろな研修会に参加できるようになりましたね。 

教区に生涯養成講座ができたり、 ナイス事務局ができたりしました。 

新しい教会法が1992年に日本語に翻訳されましたが、 それには信徒の権利、 義務がたくさん書かれています。 小教区についても教会委員会のことや、 財政委員会のことが書かれています。 

信徒が分かち合いや、 助け合いを通して共同体づくりに参画するように、 今年は少し徹底していきたいと思います。 

東京の教会にふさわしい委員会はどんなものか、 たたき台を作って浸透させていきたいと思います。 つまり信徒の教会にしていきたいと思います。 

Q この他に大司教様が特に強調されること、 教区民に要望されることはどんなことですか?

今の時とても強調したいのは、 信徒にもっと政治に関心を持ってもらいたい、 ということです。 政治は汚いもの、 醜いものという感覚の人が多いと思います。 特にカトリック信者には多い。 しかし今こそカトリックの政治家が出て、 この腐敗した政治をキリスト教の価値観で変えていくようにしなければならない。 勇気を持って政治に参加する信徒を、 みんなで応援したいと思います。 

しかしこの傾向は日本だけではありません。 アジアの教会は全般的に、 みな政治に関心がありません。 多くのキリスト者は高い教育を受けているのに、 政治家になって社会を変えようとはしない。 

もう1つは、 滞日外国人のことです。 これはドイツ、 フランス、 イタリアなどヨーロッパでも大きな問題です。 日本もこれからもっともっと深刻になります。 しかし外国人にどう対応するか、 これは私たち信者にとって試金石になります。 

確かに外国人が増えると 「職を奪われる」、 「町が汚くなる」、 「犯罪が増える」、 「税金が高くなる」 などと外国人をけぎらいする声もあるようですが、 しかしかれらを見過ごすわけにはいきません。 

かれらの問題には必ず政治的なこと、 経済的なことが関係してきますので、 いろいろな組織、 グループと連帯してやっていく必要があります。 

Q 国際センターはどうなっていますか?

創立の段階が終わって、 新しい組織とメンバーで、 再出発します。 1番大切な務めは、 宗教的観点からの援助、 具体的なSOSへの対応です。 スタッフも増やさなければなりません。 

Q 最後に………

福音宣教は究極的には神様の業ですから、 私たち人間の協力がいるとしても、 祈るということがどうしても必要です。 今年は特に観想修道会の方々にお祈りをお願いしようと思っています。 シスター達は不思議と教会の動きをよく知っているんですね。 それだけ関心を持って祈ってくれているのだと思います。 

ズームアップ
日下忠文さん

日下忠文さん 
(千葉寺教会信徒) 
(54才) 

この春より千葉寺教会で 「生き甲斐相談電話」 サービスが始まった。 

千葉ブロックの信徒たちが中心になって 『千葉いのちの電話』 を開設したのは、 今から3年前。 この間受信した相談は52000件。 その2割が生き甲斐についての相談であったことから、 千葉寺教会委員会が生き甲斐相談電話サービスの設置を検討。 関心をもつ近隣の教会 (五井、 西千葉) の信徒の協力を得て開設。 そのプロモーターの中心人物の1人が日下さんである。 千葉市内で精神科、 神経科の無床診療所を開いており、 現代人の心身の病に深い理解を持つ。 

(043-265-8311) 

一粒会主催歌曲とオルガンの夕べ

11月27日、 東京カテドラル聖マリア大聖堂で、 教区一粒会主催の 「歌曲とオルガンの夕べ」 が開催された。 

邦人司祭育成のために、 1年おきに行っているこのコンサートも、 今年で4回目を迎え、 大聖堂をうめつくした聴衆は、 バリトン 柳原徹男さん (所沢教会) とオルガン竹前光子さんの演奏に聞きいった。 

演奏に先立ち、 一粒会担当の市川嘉男神父のあいさつおよび、 野嵜一男神学院長より、 浦野 (神学科1年)、 稲川 (哲学科2年)、 佐々木 (同)、 伊藤 (神学科1年)、 河野 (横浜教区、 神学科3年)、 油谷 (神学科3年) 神学生の紹介が行われた。

カトリック東京大司教区一粒会」 とは東京大司教区の教区司祭の召命を願い、 その育成のために協力する、 教区をあげての信徒活動の名称。 

新春対談
今年はいよいよNICE年

第2回福音宣教全国会議は燃えてるか!
NICE・2準備委員会事務局長
小田武彦氏に聞く
-その展望と現状-

私たちに生きている現実-家庭-から福音宣教のあり方を探る、それがNICE・2です。 

●あけましておめでとうございます。 いよいよNICE ナイス ・2の開催年を迎えました。 今日は、 「NICE・2は燃えているか」 というタイトルでお話をお伺いしたいのですが…

何を燃えているというのか…。 いろいろな教区ですでにやっているけれど、 ときどきそれがどっちを向いてやっているんだろうかと感じる場合がありますね。 ある意味で東京は、 地道にその方向性をしっかりしながらシンパを育てていると言えるのではないでしょうか。 

●秋の開催に向けて、 現在はどのような段階にあるのですか。 

-大詰の段階に来ていると私は感じています。 というのは、 先頃示された3つの課題 (本紙11月号参照) がありますよね。 この3つの課題を1から順に第1段階・第2段階・第3段階と呼ぶことにして、 その中の第1段階と第2段階を5月まで力を入れて実際にやってみようということになりました。 今はそのための小さな分かち合いが各地でどんどん行なわれている真っ最中だと思うんです。 ですから、 もう実際に動き出しています。 

●NICE・2のテーマになぜ 「家庭」 が選ばれたのかその理由がわからないとの声をよく聞くのですが…

– 「家庭」 そのものが目的ではなくて、 「家庭の現実から福音宣教のあり方を探る」 のが本当の目的です。 つまり福音宣教というのは決まったかたちがあるのではなくて、 そのつど現実と出会ってどんなふうに福音宣教をしていったらいいかが問われているわけです。 教会というのはこうして2000年の間、 どんどん方向修正してきたわけですよね。 そういう意味で私たちも、 家庭の現実から出発して方向修正しましょうということなんです。 

●私たち自身が方向修正していく…

-そうです。 ですから、 学者を集めてレポートを書かせて司教にインプットして、 その上で司教が私たちに 「福音宣教をこうすることにしました」 と発表するやり方をとるのではなくて、 信徒が一緒になってやっていこうということで、 家庭の現実から福音宣教のあり方を探る、 みなさんの生きている現実という意味で 「家庭」 という言葉が出てきたんです。 

●でも、 実際にはそういうふうには伝わって来なくて、 テーマが 「家庭」 としかとらえられていないから、 家庭を考えるんだとか、 あるいは現代社会を背景に家庭の問題を話し合うというように受け取られていると思うのですが…

-課題案を出し合う最初の話し合いの時は、 自分の生きている世界がよくわかっていても、 隣の人がどういう生き方をしているかわかっていない場合があるから、 お互いに今の日本の社会の家庭がどういう現状にあるかを確認しましょうと、 呼びかけられました。 でもその段階は終わりました。 これからは第3者としてではなく、 家族の痛み、 苦しみをお互いに自分のものとして共感し、 共有するように分かち合う段階に入っています。 だから知るために分かち合うというよりも、 一緒に担い合うために分かち合うということが求められています。 それをやっていったら、 必ずキリストがともにいて下さることが見えてくるはずです。 だから、 第3者として今の世の中の現状がどうですとか統計で見てこんな問題があるんですとかあんなことがあるんですねとか、 人がどうこういうことではありません。 

●「家庭の現実から福音宣教のあり方を探る」 という課題を受けた時に、 これはある意味で社会と信仰の遊離の裏返しの表現だと思いました。 しかし、 社会と信仰の遊離というものが小教区で本当に話し合われることがあるのかなという気がするのです。 今までの小教区では、 日常的に顔を合わせている人でも、 その人が何をしているのかまではほとんど干渉しないようなところがあって、 もうひとつ立ち入っていない。 そのような立ち入っていない人が突然 「現実を語れ」 と言われても、 それはちょっとできないのじゃないかなという気がするんですが…

-だからよけいに、 そこでの典礼とか祈りというのは嘘っぱちになるんでしょ。 例えば 「主の平和」 と言っても、 相手の人の平和を本当に願う前に相手の人が何者かも知らないんだから、 「主の平和」 と口だけで言っているだけ。 だけど、 その人がこんな喜びをもっているんだとかこんなことで悩んでいるんだとわかれば、 その人のために 「主の平和がありますように」 と本当に祈れるのではないでしょうか。 そういうことになるためにどうしていくかが、 まさにNICEそのものだと思うんです。 

小教区や隣近所で分かち合いを通して自分たちの現実をふまえて信仰生活を生きていく-これが福音宣教。

●でもそういうことであれば、 すでにそのような分かち合いをしている小教区では、 わざわざNICEをしなくてもよいのではないですか。 

-小教区によってもちがうし地区によってもちがうと思います。 あるところでは別にNICEなんてなくても開かれているし、 どんどん自分たちで創意工夫をしていける、 本当に方向転換が自分たちでできるところがある。 それはそれでいいと僕は思う。 わざわざNICEなんて必要ないわけ。 何が何でもNICEというのではない。 NICEが金科玉条になるとおかしいと思う。 でも一方で、 司祭が君臨してて分かち合いなんて無意味だ、 神父が教えなければ信徒は何もわかってないと思っているところもあるわけです。 そういうところがある限り、 やはり教会全体でNICEを推進しなければならないでしょう。 キリストとの出会いが第2段階で出てくるけれども、 第1段階で分かち合ったら自動的に第2段階に入ってその中でキリストのメッセージが見えてくるはずです。 そんなこと、 NICE以前から分かち合いを中心に信仰養成しているところではあたり前のこと。 NICEなんて強調しなくてもいい。 ところが神父やシスターが、 私が聖書のみことばを教えてあげなければ信徒にキリストの声が届かないんだと思っている場合がまだあるのです。 だから、 みんなで変えていく努力が必要なんです。 要するに、 現実の生活の中で、 本当に自分の信仰と生活を一緒にひとつにしていくための工夫をそれぞれなりにやっていって、 そしてそれを個人としてではなくて仲間としてやっていくということであればそれでいいと、 僕は思う。 

●でも、 そうやっている小教区って多いのかなあ…

-そう、 今まであまりにもそういうものがないところが全体から見ると多かったから、 司教さん方はNICEを推進していくことを決意されたのでしょう。 だから、 NICEが成功する、 しないを何で測るかといったら、 今年の10月に何か和気合い合いとやったから成功とかじゃないはずです。 それぞれに自分たちのやってきた分かち合いをよしとして認めるとか、 今まで全然やってなかったけれどこれをきっかけに分かち合いをするようになることです。 バザーとかお金の話しだと熱心に話し合うけれど、 自分たちの信仰とかになると誰も参加しなくなるような、 そういう教会ではなくなっていく道筋が見えれば、 そしたらもうOK、 NICEの成功になるんだと僕は思う。 

●でも、 やっぱり福音宣教というと、 何か外に向かって福音宣教しましょうと、 短絡的に捉えてしまうイメージがあるんですが。 

-第3段階で 「信仰共同体の回心と使命の自覚」 とあるでしょう。 回心というのはまず私たちの方向転換です。 私たちの方向転換なしに使命は出てこないと思う。 私たちが方向転換したときに、 あるいは共同体として回心することができたら、 当然社会に対する使命が見えてくるはずです。 やらなければいけないことが見えてくるはずです。 NICE・1とNICE・2の大きな違いは、 NICE・1のときは柱や項目をどこから扱ってもよかった。 今回の場合は、 必ず第1段階からやって下さい。 そして、 しばらくは第3段階に入らないで下さいと、 お願いしています。 というのは、 最初から第3段階を話し出したら、 組織の問題だから、 話すのは簡単だけど、 結局何にも変わらないことになる。 

●NICE・1の時には結論が急がれたみたいで、 言葉としてはきれいに並んでいるけれど現実がそれについていかないのではないかという危惧があった。 NICE・2は本当に現実でというのなら、 結論がかくあるべきじゃなくて、 ステップが大事ということになりますか。 

-そう、 だから当日の最後にどんな文書が出てそれでよかったとか成功したとかいうことではないと、 こちらでは意識しています。 そこできれいな文書を出してよかったよかったと拍手しても、 みんなでピーンとこなかったら意味がない。 だからどれだけいま各小教区内で分かち合いを積み重ねられるか、 そしてお互いに耳を傾けられるか。 お互いにステップをふんで現実の姿を確認し合う、 そうしたら自動的に、 きっと私たちの教会の変わるべき姿が結果として見えてくるはずです。 NICEという言葉は、 知らなくてもかまわない。 だけど、 自分たちの小教区とかあるいは自分たちの隣近所とかそういう中で、 分かち合いを通して自分たちの現実をふまえて信仰生活を生きていくことそのものが福音宣教なんだということが、 みんなの中にちょっとでも伝われば大成功だと思う。 

●そういう流れからみればNICE・2の課題を私たちの現実の場である 「家庭」 としたのはふさわしいといえますね。 

-NICE・1もNICE・2も目指しているものは同じで、 全部実現できたからNICE・2に入るんじゃなくて、 同じ継続の中で違う切り口から進めているのです。 ですから身近な現実の 「家庭」 としたことで、 分かち合いの場が広がってきているのは確かだと思います。 

今後の動き-3月に各教区の代表を決定、5月に全国担当者会議を開催する。

●今後の予定は、 どのようになっていますか。 

-初めに述べたように、 5月まで第1段階と第2段階をやることに力をそそぎます。 その上で、 5月に各教区でそれまでに選ばれていると思いますが担当者とそれに信徒の代表者1人による全国担当者会議を開いて、 実際に第1段階と第2段階をやってみてどうだったか、 その中でキリストのメッセージが見えてきたか、 あるいはキリストがどんなふうに支えて下さっているかを確認します。 その5月の段階で、 秋の本番までのプログラムをみんなで決めていこうとしているんです。 つまり事務局指導型ではなくて、 全国がみんなで1緒にやっていこうという動きになっています。 

●それがいよいよ始まっているのですね。 

-別に報告書や議事録を提出する必要はないけれども、 やってみてどうだったか、 見えてきたものは何か、 今、 教会として変わらなきゃいけないところはなんだろうかというようなことが、 きっとその段階で出てくるだろう。 それを集めていくのが4月から5月くらいというような状況ですね。 

●でも、 そういう流れがあることは一般の信徒はあまり知らなくて、 浸透しないままにタイムリミットが今年の秋だとすると、 何の理解もされないうちに進んでいって文書だけができあがるのではないかと心配ですが…

-先程も言ったように、 10月の当日何をやるかは、 まだ決まっていない。 そしてそれは第1段階、 第2段階をやった5月の段階で考えることになっています。 そしてひょっとして、 まだまだ時間が必要だとなるかもしれません。 そうしたら、 10月の全国会議は第1段階、 第2段階の集まりになって、 第3段階は終わってから取り組みましょうということになるかもしれない。 だから、 何が何でもメッセージを作るんだとか宣言文を出すんだとか、 社会や国家に対して意見書を提出しようというのではありません。 

●代表は、 今年の3月に決まるんですか。

-3月までに決めて欲しいと頼んでいます。 まず第1に3泊4日ですから信徒の方は早く決めて仕事のやりくりをしなきゃいけないでしょう。 そして決められた代表が私たちの代表なんですよと行く前にみんなの中に徹底してもらう必要があります。 そして、 みんなの意見を聞いて行くのであって、 自分の意見を言いに行くのではないということを、 行く前に徹底して欲しいと思っているからなんです。 

●問題はそこにあって、 少なくとも東京教区の場合、 今年の3月に選ばれたのでは、 そういうステップはもうふめないんじゃないかと思うんです。 選ばれた代表は、 それこそ千葉から多摩まで順にまわって意見を聞くくらいのことが必要だと思うんですが、 それには半年というのは期間が短すぎる。 2年くらい前に選ばれて、 そういう人たちがいろんな現実を知って、 聞くくらいにしないと、 1部の人が集まっているというそしりをまぬがれない気がするんですが…

-だから核になっている人がどのくらい動いているか、 自覚があるかですよね。 代表委員会をつくってくださいとお願いしたのは、 91年の6月くらいですね。 その頃に各教区はつくったんですよね。 だいたいそういう委員は各地区の代表という形で来ていると思うので、 青年にも入ってもらって、 各年代各地域から入るように意識して下さいとお願いしているんです。 そして、 それはけっこう人数が多いですから、 その中から絞り込まれてくるんだろうなと思っています。 そして、 代表の方々は秋のNICE・2に参加して終わりじゃなくて、 成果をしっかり受け止めて、 持ち帰って伝えていく役割があるだろうと思います。 

●10月のNICE・2はひとつの通過点である…

-そう、 だから秋のNICEが終わりじゃないということを、 この前の担当者会議で確認し合ったんです。 

●最後に、 東京教区の信徒にNICE・2に向けてのメッセージをお聞かせ下さい。 

-恐れないでチャレンジして欲しいと思います。 自分たちの現実を語っていくことを通して、 自分たちがなんでそこに集まって来ていたのか、 キリストに呼び集められて集まっているはずなんだけど、 そういう話しを今まで全然してなかった。 だから時間をかけて1年間、 自分たちの喜びや悲しみを恐れないで自分で語っていって欲しい。 そうすることできっと何か新らしいものが見えてくるはずです。 

●お話を伺って、 NICEが本当にめざしているものが何なのかがわかってきたような気がします。 NICE・2が日本の教会にとって大きな実りをもたらしますよう、 その成果に期待するとともに、 神父さまのますますのご活躍をお祈り申し上げます。 本日はお忙しい中を、 長い時間ありがとうございました。 

聞き手
高橋博(立川教会信徒)
安藤昭子(本誌編集部)
松村吉家(本誌編集部) 

小田武彦神父の略歴

大阪教区司祭。1981年司祭叙階。玉造教会、阿倍野教会叙助任の後、86年ローマに留学、グレゴリアン大学で宣教学博士号を取得する。帰国後、北浜教会主任を経て、90年より第2回福音宣教推進全国会議事務局事務局長となる。

障害者と江戸切支丹殉教地を巡る

11月29日、 教区障害者問題小委員会主催の 「ふれ愛旅行」 が今年は6人の障害者 (知的障害2名、 肢体障害3名、 聴覚障害1名) と28名の健常者の参加で行われた。 「ふれ愛旅行」 は 「障害者と健常者の出会い」 を目的として毎年催されている。 

今年は昨年に続いて、 カトリック教会でなければできない企画をと、 「江戸切支丹殉教地巡り」 を日帰りバス旅行という形で行った。 ガイドとして、 「江戸切支丹殉教地地図」 の作成責任者であった赤羽教会の村岡昌和氏に依頼した。 

コースは、 まず浅草教会の主日のミサにあずかった。 特に身体障害者に配慮したトイレや段差のない設計に一同感激した。 

新島越刑罰場など今はなごりのない場所も、 村岡氏の説明ではるか300年前の殉教の時代に思いを馳せた。 

小伝馬町牢屋敷跡、 元和殉教地、 高輪教会で踏み絵や禁教の高札などを見て、 強烈な印象を受けたようだった。 最後に旧島津邸、 現在は清泉女子大学を修道会のご好意で見学させていただいた。 

参加者は行く先々で、 司祭、 信徒、 修道女のみなさんの暖かいもてなしに感激した。 

また、 障害者の皆さんが口を揃えて 「このような旅は、 1人ではできないから、 今回参加してよかった」 と感想を述べて下さるのは主催者としては、 「来年も」 という励みになる。今回の特徴として、 20代の介護者の参加が多かったことも明るい材料であった。 

来年は1泊旅行を計画している。 ささやかではあるが、 旅を通して健常者が障害者と出会い、 理解を深め、 共に喜びを分かちあえたら素晴らしいと思う。 

参加者のアンケートに、 「カトリック独自の企画でよかった」 「心の温かい各年齢層の方々と一緒で楽しかった」 等の感想がよせられている。 

(木村公治神父) 

青年ネットワーク事務局だより

「心から交わる」 ことの大切さに気づくために-泊流会-

11月14(土)~15日(日)に館山教会で、 第9回東京教区青年一泊交流会が行われ、 東京、 千葉、 遠くは名古屋から、 更には館山に滞在中のフィリピン人留学生の飛び入り参加を含め、 約30人の青年達が集まった。 

テーマは「はだかになれ!」

今年の泊流は、 まずスタッフ同士が今までの泊流を振り返った後に一体何をしたいのかを深め合うところから始まり、 「本当に心から来てよかったと誰もが言えるものにしたい」 という率直な気持ちを大切にしながら準備が進められてきた。 今回は今までの泊流でとってきた 「出会って何かを生み出す」 という姿勢から 「集まった皆の前で自分をさらけ出す」 という姿勢に転換し、 テーマも 「はだかになれっ!」 という心を開いて交わることの必要性を駆り立たせるものとなった。 そのためにはどうすれば良いのか、 試行錯誤しながら、 スタッフで暖め合い、 参加者1人1人を大切にする気持ちを持って泊流当日を迎えた。 1日目、 まずテーマ 「はだかになれっ!」 を参加者にアピールするためにスタッフの代表 (マスコットボーイ) が水着姿となって登場し、 テーマの主旨を目のあたりにし、 ここに集うみんなが心の面で裸になるよう意識付けした後、 「はだかになれっPART1」 としてサイコロゲームによる自己紹介が行われた。 普通の自己紹介だとあまり話すことができないので、 サイコロを使ってゲーム感覚にし、 少しでも話しやすいよう工夫されたもので、 サイコロの面には 「初恋の話し」 や 「神様がいると感じた時」 など話しのテーマが6つ書かれていた。 サイコロを振ると初めは照れていた参加者たちも、 司会者や周りの人からの突っ込みによって、 中には自己紹介では絶対話さないような話しまでも出し、 おおむね皆が泊流に溶け込めたように思う。 ただ、 そのためにやや時間が押して、 次なる 「はだかになれっPART2」 の飲み会に食い込んだ。 そのPART2の飲み会は、 知らない人と出来るだけ知り合い、 語り合うために設けられた時間だった。 そこでは皆どんな話しをしていたのか、 穏やかな雰囲気の中で語り合っていたのが目に浮かぶ。 

2日目は、 夜明け前にテゼの祈り (自由参加) をした後、 朝食、 ミサ、 昼食のシーフードバーベキューと続き、 はだかになれっPART3」 としてダンスが行われた。 このダンスでは皆が思い思いな形で踊り、 言葉ではなく体全体で自らを 「はだか」 にする事が出来たように思う。 

参加者全員が 「心から交わる」 ことの大切さに気付いてくれたら、 それだけでも行われた意義はあったのではなかろうか。 

(金田順一)  

城東ブロック
典礼セミナー開催 豊かに賛美を歌う

11月23日勤労感謝の日、 1日静かなはずの浅草教会は典礼聖歌の熱気につつまれた。 午前10時、 城東ブロック管内13の教会から集まった司祭3名を含む80数名の兄弟たちは教会音楽マイスターの小田賢2氏 (喜多見教会所属) を講師に招き、 分かりやすい解説とリードにのって午後4時終了の歌ミサまで終始歌いまくったと言っていいだろう。 

みことばと信徒の喜びに満ちた答唱の結びつけ、 母国語で歌う大切さを学びながら、 講師がいう 「後ろへ後ろへとさがる歌い方」 から 「前進する歌い方」 への変身は受講者自身、 大いに感動したようだった。 

結びのミサの頃はいささかバテ気味。 けれどもミサの本質を明らかに告げるルカ24章13~35を朗読箇所に選び、 普及を図って共同祈願も歌い、 さらに両形色拝領。 典礼内容は派遣ミサにふさわしいものだった。 

千葉ブロック
司祭団独自の研修会を開催

「21世紀に向けてブロックにおける福音宣教のあり方をさぐる」 

育ってきた共同体意識を背景に11月15、 16日の両日にかけて、 千葉ブロック司祭たちの1泊研修会が行われた。 東京からは白柳、 森の両司教が参加した。 

テーマは 「2000年に向けて千葉ブロックにおける福音宣教」、 講師としてレデンプトール会のプシャール師を招聘。 

師は、 その豊かな宣教活動の体験から、 日本における福音宣教のためには、 古来から伝わる日本固有の文化・伝統の中に生きている良い点を活かしながら 「文化から影響を受け、 文化に影響を与える福音宣教」 の必要性を強調。 

2日目は、 それぞれの司祭の宣教司牧経験に基づく分かち合いが行われ、 個人レベルでの悩みや願望の披露、 あるいはそれぞれの教会で行われている試みや問題点等が紹介され、 宣教の難しいブロックに共に働く兄弟、 同志としての絆を深め合った。 

白柳大司教は最後に次のような言葉をもって参加した司祭たちを励ました。 

「千葉地区で働いて下さっているコロンバン会の司祭をはじめ、 教区司祭たちが、 多くの犠牲の上で、 日夜働いておられることがよく分かりました。 これからの歩みの中で皆さんだけが苦労するようなことにはならないようにしたいと思います。」 と。 

ちょっとおたずねします
今年はマタイの年

Q、 今年はミサのとき、 マタイの福音書を読む年だという話を聞きました。 ところが、 教会でいただく 「聖書と典礼」 の 「今週の聖書朗読」 欄を見ると、 1月はむしろマルコの福音書がよく読まれているようです。 どういう仕組みになっているのか教えてください。  

A、 今年はマタイを読む年という説明は主日 (日曜日) にあてはまり、 一方、 マルコがよく読まれるのは週日 (平日) です。 このように、 主日と平日は別々に扱ったほうがわかりやすいでしょう。 

まず主日について。 

主日に読まれる聖書の箇所は、 3年で一回りするようになっています。 それぞれはA年、 B年、 C年とよばれA年にはマタイ、 B年にはマルコ、 C年にはルカの各福音書が主として朗読されます。 

そして今年 (1993年) はA年なので、 マタイが主に読まれるわけです。 ところで、 昨年がC年だったことを知らなくても、 今年がA年だと分かる方法があります。 年数を3で割るのです。 そして、 1余ればA年、 2余ればB年、 割り切れればC年となります。 1993を3で割ると1余るので、 今年はA年です。 

このように定めてあるのは、 紀元第1年をA年と想定するためのようです。 (カトリック中央協議会発行 「ミサの聖書朗読指針」 注102参照) 

これまでの説明で分かるように、 ヨハネの年 (D年?) はありません。 

それでは、 ヨハネの福音書はいつ朗読されるのかというと、 その点でも工夫されています。 4旬節、 復活節などの特別な季節に毎年読まれるように、 集中的に配分されているようです。 

次に週日について。

週日のほうは2年で1回りするようになっていて、 それぞれを第1周年 (奇数の年)、 第2周年 (偶数の年) とよんでいます。 

今年は1993年 (奇数の年) なので、 第1周年です。 但し、 2年で1回りするようになっているのは、 年間という期間の第1朗読だけで、 福音朗読と特別な季節の第1朗読は1年で1回りし、 毎年同じです。 

☆ ☆

このように、 週日の福音朗読は1年で1回りしますが、 具体的には、 年間の第1週から第9週までマルコ、 第10週から第21週までマタイ、 第22週から第34週までがルカとなっています。 それで、 今 (1月) は週日にマルコが多く読まれるのです。 

ヨハネについては、 主日と同じように、 4旬節、 復活節などの特別な季節に集中的に配分されています。 

今年 (1993年) は、 主日がA年で、 週日は第1周年 (奇数年) です。 この同じ組合せはまた6年後 (1999年) にめぐってきます。 

主日も週日も1年周期で毎年同じだった第2バチカン公会議前に比べるとき、 その違いの大きさに気づかされます。 かつてのように1冊のミサ典書には収めきれないわけです。 その豊かさを無駄にすることなく味わうための努力と工夫が教会全体に求められているのではないでしょうか。 

今回は、 聖書朗読の周期にしぼって考えてみました。 このようなこと全般については、 「ミサの聖書朗読指針」 (カトリック中央協議会発行) がくわしくあつかっていますのでご一読をお勧めします。 

(山本量太郎神父)

教会・修道院巡り (22)
『喜多見教会』 

喜多見カトリック教会は、 大和学園創立者モニカ伊藤静江氏により、 父君利光鶴松氏 (小田原急行鉄道株式会社創立者) の援助で、 プライベート・チャーチとして出発した。 

1928年、 利光氏の私邸に近い、 東京都北多摩郡狛江町岩戸1196番地の土地が提供され、 日本画家長谷川路加氏の立案による、 ローマ郊外のサン・カリスト教会をモデルにしたという、 当時では珍しいモダンな教会が、 畑に囲まれた松林の中に建てられた。 

ルルドの聖母に捧げられた教会は7月末に完成し、 シャボン大司教のもと、 多数の司祭、 信徒の参列を得て、 盛大に献堂式が挙行された。 

長谷川画伯は、 祭壇正面に、 日本で初めてのフレスコ画を執筆した。 また、 数年後に取りつけられたアンジェルスの鐘は、 15世紀に鋳造されたということで、 1578年竣工した南蛮寺に吊るされていたと伝わる、 国宝の鐘よりも遥かに年代の古い貴重なものである。 この鐘は、 現在の喜多見教会に吊るされる予定で工事が進められている。 

初めの頃の日曜ミサには15・6人の信者が集まっていた。 しかしいつの間にか伝え聞いて、 あちこちから多数の信者が参加するようになった。 

1931年、 伊藤家から東京教区本部に教会献納の申し出があり、 初めての主任司祭として、 戸田帯刀神父を迎えた。 ここに喜多見教会は名実ともに、 東京教区の1教会として独立した。 

家庭的でなごやかな雰囲気の中にも活発な活動が繰り広げられ、 壮年会、 婦人会、 青年会、 子供会などが、 講演会、 映画会、 バザーなどを行った。 

また司祭、 修道者に召された人もあり、 幾人かがその道を歩いている。 

1978年、 50年間続いた喜多見教会は、 教区の事情で土地ぐるみ手放すことになり、 利光氏の元私邸に設立されていた、 礼拝会本部内に移転した。 幼稚園の講堂が、 日曜日には礼拝堂として使用されるなど、 不便な教会生活であったが司祭、 信徒、 修道会の1致した協力により信者の数は増え続け、 活発な歩みがなされた。 

1992年春、 幼稚園が廃園になったので、 元々聖堂であった講堂は再び礼拝堂としてよみがえり、 ご聖体が安置された。 

香部屋は小聖堂に改造され、 現在長谷川路加氏の、 旧喜多見教会の壁画を復元する工事が行われている。 

〒157世田谷区喜多見9-7-10 3480-2314

C-TIC講演会
滞日外国人について共に考える

11月21日、 信濃町真生会館で、 ラフル (滞日外国人労働者弁護団) 所属の菅沼友子弁護士を招いて 「滞日外国人の人権について、 共に考える」 と題する講演会が開催された。 出席者22名。

菅沼弁護士は、 

(1)外国人労働者の法的地位

(2)「不法就労」 外国人のおかれている現状

(3)問題解決の障害になっているのは何かについて、 事例をまじえながら語った。 

「言葉」 と 「文化」 の違いからくる問題が多く、 問題解決の障害になっているのは、 アムネスティの欠如、 私たち日本人の 「不法就労」 外国人に対する意識、 態度であると述べ、 身近にいる日本人が基本的生活習慣等の相談にのってくれると有難いと訴えた。 

参加者は22名と決して多くはないが、 実際に滞日外国人とかかわっている教会、 個人等の体験が述べられ、 菅沼弁護士も、 C-TIC (カトリック東京国際センター) の存在、 カトリック教会のネットワークについても初めて知ったと言い、 「心強いと思った。 善意の市民グループがあってもネットワークがなかったが、 これからはネットワークづくりが必要だ。 

根本的には制度を変えることだが、 日本人が親身になってわかってくれることだけでもよいと考える。 一歩一歩努力していこう」 と述べて講演を終えた。 

ラフル (外国人労働者弁護団) とは、 

1990年2月に結成、 80年代後半からニーズがあり、 日本の法制度、 社会制度とのかゝわりがあるので組織化された。 現在300人近くが所属。 

自分らしく生きる
第1回一泊研修会 -小林展子氏を招いて-

11月29・30日、 千葉県白子海岸、 ホテル白砂で東京教区ナイス・プロジェクト・生涯養成委員会の企画による第1回一泊研修会が開催された。 テーマは 「自分らしく生きる」、 講師には第3回1泊交流会 (本紙95号既報) の講師、 臨床心理学者の小林展子のぶこさん (町田教会) を再び招いた。 

今回の参加者は、 24小教区31人、 年令も20代から70代、 職場から休みをとって参加した男性もあり、 バラエティに富んだ構成となった。 

1日目、 自己紹介のあと、 

1、自分の持ちたい性格

2、自分にとって、 自分らしく生きるということはどういうことか

3、自分は本当にしたいことをしてきたか等を分かちあった。 

森司教の 「自分らしく生きる」 と題する講演をはさんで、 さらに具体的な方法による研修が続けられた。 

2日目は、 自分の人生をコントロールするために、 A マズローの5段階の欲求 (1、生理的欲求2、安全欲求3、社会的欲求4、達成欲求5、自己実現欲求) について説明し、 参加者1人ひとりが 「自分らしい」 とはどういうことかを気づかせるための具体的な指導が行われた。 

自分を知ることの難しさを体験した研修ではあったが、 参加者1人ひとりは、 時間の経つのを忘れるほど、 自分を見つめ得ることの多かった研修会であったと感じたことだろう。 

家族との交わりを祈りを通して、
自己とイエズスの再発見を

-第28回イエズス探求会-

11月13日から2泊3日の日程で、 第28回 「イエズス探求会」 が、 日野ラサール研修所で行われた。 参加者は、 山根、 加藤両神父を含め男子信徒25名。 

今回のテーマは 「家庭」 を4つのセッションに分けて構成した。 

スタッフの1人で総合司会をした小林清純さん (荻窪教会) は次のように語った。 「’93年秋に開かれる第2回福音宣教推進全国会議」 (NICE・2) のテーマ 「家庭」 を選びました。 核家族化や、 価値観の多様化など社会の目まぐるしい変化によって、 家庭といっても形だけで、 中身はバラバラ。 コミュニケイションもまゝならないのが現状です。 昔は家族そろっての食事や家庭祭壇での祈りがあったものですが…。 

こうした危機的状況の中で、 家族の中での祈りや交わりを、 もう1度考えてみる必要があると思います。 

個人優位の時代にあっても、 愛すべき家族との交わりと祈りを通して、 自己とイエズスの再発見ができるようにと、 願いをこめて設定した。」 

「各セッションから得られた収穫もさることながら、 参加者1人ひとりのために全員が祈るという体験は初めてであり、 大きな力を与えられた。」 と参加者の1人間野幹夫さん (西千葉教会) は述べている。 次回は93年5月開催予定。

 (青木 宏) 

ケルン教区の現状 藤井泰定神父のレポート
その1

東京教区とケルン教区は、 1954年から姉妹教区としての絆で結ばれています。 

日本の教会常識にヨーロッパの教会事情をそのまま伝えるには、 歴史も現状もあまりに違いすぎて戸惑いを感じています。 そんなわたしの個人的経験から、 いくつか述べてみたいと思います。  

ケルン教区と東京教区の姉妹関係

1954年7月、 ケルン教区長故フリングス枢機卿は、 東京教区長土井辰雄枢機卿宛の手紙で、 「ケルン教区の司祭と信徒達は、 東京教区に特別な方法、 つまり、 祈りと物資的寄付で援助したいと考えています。 もし、 この希望がかなえられるならば、 なにものにもかえがたい喜びです。」 と姉妹関係の締結を要請し、 東京からの内諾を得て、、 その年の待降節第4主日に司牧教書で教区内の全小教区にこれを発表しました。 

当時、 ローマの頭越しに教区間で姉妹関係を結ぶという前例はありませんので、 内外で侃々諤々かんかんがくがくの声が上がったようでした。 

それ以後、 1月最終日曜日を 「東京デー」 として、 教区内の観想修道会での特別な祈りと各教会からの献金をこの姉妹教区援助活動の中心に据えて、 毎年の教区報 (A4版32ページの週報) の2ページ (表紙に写真と裏表紙に写真と記事) にして、 教区民にくりかえしくりかえし、 故フリングス枢機卿の発案以来の姉妹教区の関係であることを知らせています。 

それから、 40年近い姉妹教区関係とカテドラル、 関町、 小岩、 町田、 豊田等のいくつかの教会と司祭の家建設援助、 司祭要請活動援助の一環としてのカトリック神学院、 上智大学教授館、 福祉活動援助として旧蟻の町、 小金井サレジオ学園、 桜町病院の建設等に絶えず、 大きな力が発揮されたことは、 それぞれの建物完成時に紹介されていました。 

また、 姉妹教区関係が始まってまもなくの1957年の故フリングス枢機卿訪日、 1962年の教区総代理故トイシュ師訪日、 姉妹教区関係25周年の1979年、 故ヘフナー枢機卿訪日、 カテドラル献堂25周年の1989年、 マイスナー枢機卿訪日、 東京教区創設百周年の1991年、 ルーテ補佐司教訪日時等にも紹介されました。 

ケルン教区概要

最古のケルン教区司教としてその名が知られているのは、 聖マテルヌスです。

313年にコンスタンチヌス大帝の親密な友として、 ローマのシドニノドスに参加して、 教会一致に貢献しました。 

それ以来の1600余年の教区歴史とカトリック者約250万人 (プロテスタントとほぼ同数) の世界でも有数のマンモス教区です。 

小教区812、 教区司祭1800人、 永久助祭205人です。 機構として、 東京教区は 「教区、 ブロック、 小教区」 の共同体縦組織と各種の修道会活動 (教育、 医療、 福祉) と超小教区活動の横構造になっています。 

ケルン教区は、 「教区、 司牧ベチルク (区域)、 デカナート (ブロック)、 小教区共同体」 の縦組織と各種の修道会活動 (教育、 医療、 福祉) と超小教区活動の横構造になっています。 司牧ベチルクの担当責任者は4人の補佐司教です。 

私は、 ケルン教区-北司牧ベチルク-デュッセルドルフ地区-東デュッセルドルフ、 デカナート-聖母教会のチャペルを借用しているカトリック日本人センター担当司祭です。(つづく)

東京教区では、 毎年1月最終日曜日を 「ケルン・デー」 として、 ケルン教区のために祈りを捧げております。 

来たる1月31日には、 皆様どうぞケルン教区のためにお祈りください。

編集部から

◆今号の紙面は、 読者の皆様に見やすいように格段を13字でまとめてみました。 いよいよ次号の100号からは刷り色、 題字、 紙質も変えてお届けすることになり、編集部一同大張り切りです。 今後も教区民の皆様に喜んで戴けるよう努力を重ねていきたいと思いますので 「教区ニュース」 をよろしくお願いします。