東京教区ニュース第95号

1992年08月01日

いつもと何か違うぞ……教区新人リーダー研修会

前日からの雨もあがった5月31日、 関口教会新館ホールにおいて、 東京教区教会学校委員会主催の新人リーダー研修会が行われた。 参加者は66名。毎年行われている企画だが、参加者にとって、魅力あるものにするためにスタッフ一同考えたあげく、新しい試みとして、講師に若い方を招いてみた。 (今までの講師が年寄りだったと、誤解しないでいただきたいが……)「かかわりの中で育つ子どもたちと、リーダーの役割」 というテーマのもとに準備が進められた。 

当日は、 カリタス市も開かれており、バザーのポスターに負けないよう、 リーダー研修会のポスターを張る場所探しから始まった。1時過ぎ頃から三々五々、参加リーダーが集まり始めたが、「ウン、待って、いつもと何か違うぞ……」

そう、リーダーの層がぐっと若くなっているのだ。しかも、男性リーダーが多いではないか。スタッフとしては、リーダーと同世代の講師を選んだことは、 成功だったと胸をなでおろした。 

矢野吉久神父講演

「リーダーになるとは」 

東京神学院モデラトールである矢野吉久神父は、 叙階されてすぐに男子校に宗教を教えに行かれた体験も含めて、 青年の心を捕える話し方で、 時には 「中学・高校くらいから教会を離れていくのは、 僕はいけないとはいいきれません。 ある意味では健全なのですよ。 いい若い者が、 教会に来るしかすることがないなんて」 と、 いうような、 皆を喜ばせる (?) ような話しかと思えば、 びしっと 「たとえ教会を離れていっても将来教会に戻ってくる、 その上において教会学校というものが大事なのです。 司祭・リーダーの顔がどのように浮んでくるのかが大事なのです」 と話され、 また 「子どもが好きだからというだけで、 手伝ってくれる青年は多い。 しかし、 好きということと愛するということは根本的にちがうのです。 キリストの愛がどのようなものであるかということを、 しっかりつかんでいなければいけない。 人は、 すぐに安易な方向に流れるので、 いっしょに勉強していきながら、 体当たりで苦労をしていかなければいけない。 小林秀雄先生の 苦労をすることは、 わかるということと同じだ という言葉が僕は好きです」 と話され、 「自分で信じることを子どもに教えなければいけない。 知っているという知識だけで物事を進めていくと、 画一化したものになっていく。 そのような教会学校を作らないでほしい。 リーダーの存在は、 洗礼者ヨハネのようなものです。

洗礼者ヨハネは、 キリストを指し示しただけで道標の役割をしていた。 

洗礼者ヨハネの生き方こそ、 教会学校リーダーの生き方である」 と結ばれた。 

中能孝則氏 (日野社会教育センター)

「子どもを楽しく遊ばせるグループゲームの指導方法と実際」

教区百周年の時にも (子どもの集いで) お世話になった。 子どもを遊ばせる指導については天下一品、 「教えの手帳」 のPRもさりげなく入れながら、 皆をいつのまにかゲームの中に引きこんでしまった。 「ゲームにはタイミングが求められること、 リーダーは大人でも子どもでも何か笑わせようと思ったとき、 ふざけてしても、 だれも笑わない。 まじめにしなければいけない。 また、 今、 仲間作りなのか、 ふれ合いなのか、 気分転換なのか、 何の目的のためにゲームをしているのかわからなければいけない。 

晴れの時のプログラム、 雨の時のプログラムを、 1度計画を立てて作っておく必要がある。 そうすれば、 どんな時にも安心して行えるし、 小さなミスもつくろえる。 備えあれば……ですよ」 と語った。 

岩岡佳氏 (聖ヨゼフ学園小学部教諭)講演

「子どもを見つめてみれば」、 「愛に言葉はいらないのよ」 の著者。 

マザー・テレサとの手紙によるお付き合いが始まりで、 カルカッタの孤児院でボランティアを体験した。 

今の職場、 アメリカに留学していたとき、 インドにおける子どもとの関わりについて話した。 職場の子どもは、 責任を親にもっていく、 失敗を恐れる。 自分というものがない。

アメリカの子どもは、 一般家庭よりも一段低い子どもたちであった。 親が子育てを放棄している。 そのため、 子ども自身自立しなければいけないが盗みなどをする。 大人になっても環境を変えることができない。 

インドの子どもは、 貧しさのゆえに親に捨てられた子ども。 ところが、 ここの子どもたちは、 目に輝きがあり生き生きしている。 共通しているのは、 「この人は、 本当に受け入れてくれるのであろうか、 愛してくれているのであろうか」 ということを子どもは探っている。 

「このような子どもたちに、 私たちはどう関わっていくか」 3本の柱を立てた。 

(1)あなたは本当に大切な子よ、 というメッセージを伝える。 相手の名前でよぶほめてあげる、 ポイントを押さえ、 具体的にほめる。 話をじっくり聞いてあげる。 

(2)いっしょになって遊ぶ。 遊んでいるときは、 本性が現れるし、 遊びを通して隔たりがとれる。 

(3)子どもと命というものについて話してほしい (教会学校だからできるのでは)子ども1人1人が周りの人との関わりで成長していく。 

最後に、 リーダー1人の責任で育てているのではないが、 私が子どもにしてあげられるのはこれだというものをもって自覚し、 子どもとの中に信頼関係をもってほしい。 

自分が受け入れられていること、 愛されていることがどういうことかがわかった人が大きくなっても人を受け入れたり愛していくことができるようになるのではないでしょうかと、

意味ある言葉で最後を結ばれた。

今年は若い講師であったが、 自分よりも年かさの方の質問にも丁寧に答えられ、 会終了後も話しが続いたり、 活気のあるリーダー研修会であった。 これからの時代を担う青少年がこの研修会で心にとまったことを糧にして、 より大きく成長していくことを望まずにはいられない。 

(間島道子)

東京教区内社会福祉関係活動状況

1992年4月から5月にかけて、 東京教区福祉委員会の地域福祉活動推進小委員会は、 小教区福祉連絡員の協力を得て、 教区内各小教区でどのような社会福祉活動が行われているかを調査した。 79小教区の内52小教区より報告があった。 (回答率65・82%)

以下主なものを紹介することとする。

1、 ミサの手話通訳

8つの小教区でミサの手話通訳が行われている。 毎日曜日行っている小教区は3、 月1回ないし随時行っている小教区5である。 手話奉仕者は報告からは26名であるが、 無記入が4小教区あるので、 実際には倍近くの手話奉仕者がいると思われる。 

2、 手話勉強会

手話の勉強会や聴覚障害者との交流会は、 14小教区で行われている。 報告された参加者は66名であるが、 8小教区が無記入なので、 百名内外の方が手話勉強会や交流会に参加していると思われる。 

3、 カトリック新聞の音訳サービスや日曜日の『聖書と典礼』、 教区ニュースの朗読テープサービスなどを行っている小教区は、 11小教区。 人数は6小教区が無記入で、5小教区だけで28名。

4、 障害者の介助サービス

盲人の外出の付き添いやミサ参加のための送迎、 クリスマス会、 運動会等を催し、 教会に招待するなどの障害者への介助、 交流サービスを行っている小教区は10か所あり、 関わっている者の数は記入3教会のみで38名に及んでおり、 推定で百名以上の方々が関わっていると思われる。 

5、 施設訪問ボランティア活動

老人ホームを定期的に訪問して読書奉仕、 リハビリ介助、 軽作業奉仕等のボランティア活動を行っている小教区は、 18小教区。 報告を寄せてくれた小教区の3分の1が、 何らかの社会福祉活動を小教区として行っている。 個人的にあるいは地域の一般グループに入って、 ボランティア活動を行っている信徒の方も多いことだろう。 人数を記入してくれた9小教区の合計は108名であった。 

6、 その他

海外の恵まれない地域への衣類・図書等の援助活動が、 8小教区。 海外 (ブラジル・インド・フィリピン) 資金援助は、 12小教区。 山谷や難民宿舎などの国内の物品援助・資金援助を行っているのは、 10小教区。 この他、 ほとんどの小教区で、 さまざまな福祉活動 (牛乳パック、 不用品の回収による資金作りやリサイクル運動を通しての環境保持活動、 滞日外国人労働者や難民定住者の相談・援助など) が行われていることが明らかになり、 今後の教区の福祉活動の展開に役立つと思われる。 

(資料提供・東京ナイス事務局内東京教区福祉委員会・地域福祉活動推進小委員会) 

ナイス2
東京教区「課題案」 はこうして設定されたナイス2東京準備会

第2回福音宣教推進全国会議に向かって、 去年12月末、 各教区は、『課題案』を提出せよと司教団NICE2事務局より求められ、 5か月半の期間にどのように教区民の各層の意見を聞き、 教区としての 『課題案』 を設定できるか頭を悩ませた。 大司教よりナイス2東京準備会に、 そのまとめの仕事が任せられた。 

そこで2つの方法で、 教区民の考え方、 意見を広く聴取することとした。 その1つは 「アンケート調査」 であり、 もう1つは本年度の教区総会を意見聴取の場とし、 グループワーキングの形を取ることであった。 

予想以上の回答があったアンケート

1月27日から3月5日までと、 期限を区切って行われたアンケート調査は、 わずか50日間の短い期間にもかかわらず、 実に3千近い回答を得ることができた。 アンケート内容を答えやすいようにしたのと各小教区、 修道会・宣教会・諸施設の責任者の方々が、 熱心に呼びかけて下さったお陰であろう。 

このアンケートの調査結果は、『報告書』として、 各小教区、 施設にすでに送付されている。 (希望者には、 送料百75円のみの自己負担で配布することになっている) 非常に貴重な資料として、 これからのナイス2に向かっての話し合いに役立つには違いない。 報告書のはしがきとあとがきにも書かれているように、 普通の報告書と違って、 これからの話し合いに役立つようにとの配慮からまとめられた。 

アンケートの回答からも、 数々の考え方、 意見を読み取ることができた。 その主なものを列記すると、 

・歪められた社会構造の悪影響が各家庭に及んでいること。 

・改めたいと思っても、 個々の努力では、 社会の流れに抗し難いこと。 

・現状では子どもたちに、 信仰を伝えていくのが難しいこと。 

・福音を日常生活に活かすことにもっと努力すべきこと。 

・小教区等の信仰共同体に、 家庭的暖かみが望まれること。 

・病人、 障害者、 老人、 難民定住者、 滞日外国人労働者等の弱い立場の人々とともに、 痛みを分かち合う者でありたいこと。 

・手を取り合い、 助け合いながら、 社会とともに歩む姿勢が求められていること。 などであった。 

活発な、本音の意見が交わされた教区総会

3月20日開かれた本年度の東京教区総会は、 約400人の参加者が15のグループに分かれて、 延べ3時間のグループワーキングを行う形が取られた。 そこでも貴重な意見、 希望を聴取することができた。 (教区総会報告書にまとめられている) その中の主な貴重な意見のいくつかを拾ってみよう。 

・裁く教会のイメージを取り去り、 暖かみのある教会に。

・キリスト者としての夫婦が、

福音的会話を若いうちから交わしていく努力を。

・滞日外国人が増加しているが、彼らから学ぶ姿勢で接するよう。

・緊急を要する滞日外国人労働者への対応および高齢化社会と教会の対応について、 具体的施策を具体的に示してほしい。 

・学校の週休2日制の実施の機会に、 ミッションスクール

・幼稚園等で、 日曜日に父兄参観などを行うのを改め、 主日重視を社会に訴えるべきだ。

など

教区課題案を話し合いのたたき台に

以上のアンケート報告書、 教区総会報告書をもとに、 ナイス2東京準備会は、 東京教区課題案の素案づくりに着手したのは、 総会直後であった。 その後数回検討会を持ち、 5月11日に最終案をまとめ、 大司教の承認を得て、 5月14日、 司教団事務局に提出した。 

この 『東京教区課題案』 (東京教区ニュース6月号に掲載) は人知れぬ生みの苦しみを伴ったものだけに、 ゆっくり読み返し、 アンケートの集計報告と照らし合わせてもらうと味が出てくるものといえよう。 ぜひ、 これを話し合いのたたき台に使ってほしいと思う。

司教団の 『課題案』 が決定されるまで、 この東京の課題案をもとに話し合いをしたらよいと思う。 

(ナイス2東京準備会 塚本伊和男神父) 

一人芝居 『ダミアン神父』 を演じた俳優、 山崎努氏に聞く

去る6月23日~7月9日まで、 渋谷パルコパート3で、 俳優山崎努氏が、 一人芝居 『ダミアン神父』 を演じた。 山崎氏に、 6月18日、

五反田のけいこ場でその感想を聞いた。

『ダミアン神父』 は10年前から温めておられたということですが。 

山崎 温めていたというより、 最初の呼びかけがあった。 しかし僕は信者でもないし、 カトリックとか、 宗教のことは何もわからない。 ミサなんか行っても、 圧倒されてしまって、 ついて行けない。 とても僕には・・・と放っておいたんです。 ちょっと抵抗があったんですね。 でもまた、 「一人芝居してみないか」 と誘われ、 今度は詳しく読んでみた。 そしたらダミアンという人の中に、 とっても普遍的なものを感じたんですね。 

普遍的なもの、 といいますと。

山崎 病気の人たちや、 はじき出されている人たちへの優しい気持ち。 傷ついた小鳥を強い鳥がいじめていると、 それを追っ払ったり、 不幸せな人を見たら、 助けてあげたい、 力になってあげたいと思う。 こういう気持ち、 みんな持っているんだけど、 なかなかできない。でも

1晩だけでも、 このダミアンの芝居を観ることによって、 その気持ちを膨らませてくれたらいいなと思いました。 

「信者でないあなたがやるからいいんですよ」 とシスターが言ってくれた。 それが僕の支えになりましたね。 僕は最初 「これは宗教の芝居ではない、 人間愛の芝居ですよ」 と言っていた。 でも今は 「宗教の芝居をしているんだよ」 と言っても抵抗が全くない。 今はむしろそれを打ち出したいんです。 宗教とか信仰は、 一般の人にも無関係ではない。 優しい心を突きつめていったら、 宗教になっちゃうんですよね。 そしてまた、 宗教に興味を持つことによって、 人間の心の中にある、 美しい部分が目覚めてくる。 だから最近は、 「これは宗教の芝居ですよ」 と言いたいんです。 

罪をゆるしてもらいたい人、 苦しんでいる人が来たとき、 ダミアンはクリスチャンかどうか聞かないで、 話を聞いてあげる、 祈ってあげる、 助けてあげるという場面がありますが、 やはりそこですね。

山崎 そうですね。 僕もそこを強調したかった。 宗教は本当はいろんな枠を越えるんだと思うんですね。 枠を越えて本質を生きる。 

でもまあ理屈ではなくて、 ダミアンという男がそこにいる、 と感じてもらうのが大目的ですから、 芝居を観て、 実際にダミアンが誰か、 どういう男なのかがわかってくれればいい。 感じてくれればいい。 ダミアンがほんとに現れてくれればいいと思っています。 

役づくりの一番困難だったところ、

理解しにくかったところはどんなところですか?

山崎

苦労したのは、 ダミアンが持っている人間臭さ、 その性格、 特徴 (キャラクター) ですね。 農民出の、 素朴で、 頑固で、 一徹、 癇癪かんしゃく持ちでエゴイスト、 とまでいわれるような、 あまり深く考えないで、 やりたいことをドーンとやる。 「とにかく僕にはここにいたいんです。 これをやりたいんです。 だからいさせてください」 というような。 だからこそあんなすごいことができたんだと思うんですね。 普通の神経ならまいってしまう。 ああいう、 いってみればアンバランスな性格だからできた。 

そこのところが一番苦労しましたね。 一度東北弁で全部しゃべってみたんです。 そうするとわかりましたね。 ダミアンの気持ちが。 農夫の持つ素朴さ、 暖かさ、 なりふりかまわない、 周りのことを気にしない、 自然を相手に生きていた男だからできたんだ、 ということが。 ダミアンが百姓の息子だから、 ああいう事ができたんだと思いますね。 

ダミアンはなぜモロカイに入っていったと思われますか?

山崎

後では 「こうこうこういう理由で」 といろいろ説明できるけど、 自分の中で起きたこと、 その衝動が何なのかはわからないと思います。 特にあの男にはわからなかったと思いますね。 

目の前に、 見捨てられたライ患者を見たとき、 黙っておれない。 何もせずにおれない。 『おれがやるんだ』 と感じたと思う。 それは彼の天職だったんではないか。 僕は俳優をやってますが、 俳優も天職だと思っています。 シスターたちも同じじゃないかと思うんですね。 『これは神様がきめた、 人にはわからない』 やっぱりそういう気持ちではなかったかと思いますね。 

今日はお疲れのところありがとうございました。 

ズームアップ
ハヤット神父

テレビ宣教一筋に45年

6月11日、 新宿区西早稲田のAVACO礼拝堂において、 東京教区司祭ジェームス・ハヤット師が 「キリスト教視聴覚教育賞」 を受賞した。 

同賞は、 AVACO (財団法人キリスト教視聴覚センター) が、 長年にわたるキリスト教視聴覚教育に献身した個人や団体に授けるもので、 第4回の今年、 カトリック初の受賞者として、 ハヤット師が選ばれたもの。 

ハヤット師は、 8月に放映予定の 「心のともしび」 の番組のフランシスコ・ザビエルの生涯撮影のため、 インドから帰ったばかり。 少し日焼けした顔をほころばせて、 受賞式に臨んだ。 

今年は心のともしび運動を始めてちょうど45年、 その上、 当日は同師の叙階記念日とあって、 ハヤット師は次のように喜びを語った。 

「宣教師になろうとして司祭になりました。 その記念日に、 そしてまた、 日本に来て心のともしび運動を始めて45年に当たるこの年に、 この賞をいただいたことは、 ほんとうにうれしいです。 

しかし、 この賞は、 私1人がいただいたのではなく、 私を支えてくださっているすべての皆さんのおかげでいただいたことです。 ほんとうにありがとうございます。 神の恵み、 神の摂理を感じます」。 

テレビ 「心のともしび」 は、 現在日本テレビをキー局に3 1局ネット。 ラジオ 「心のともしび」 は、 ニッポン放送をキー局に3 2局、 同じく 「太陽のほほえみ」 は、 ラジオ日本をキー局に2 3局、 同じく 「あなたとともに」 は文化放送をキー局に2 4局ネットで放送している。 

今年のテーマ 高齢化社会と家庭 教区教会委員会連合

土井辰雄前教区長時代より続いている恒例の、 教区内信徒代表による司教霊名祝賀の集いは近年内容も充実し、 小教区教会委員のレベルの信徒の実質的な交流の場となっている。 6月28日(日)も、 教区内各小教区教会委員会代表160余名が、 カテドラルに集い、 ペトロ白柳誠一大司教、 パウロ森一弘司教の霊名祝賀を和かに祝った。 

今回の当番教会は千葉寺教会。 祝賀会に先立つ総会では、 昨年から 「家庭・ナイスに向けて」 をテーマに教区をあげて準備を行ってきた。 (昨年は子どもと家庭をとりあげた。) 

今年度は、 高齢化社会と家庭 をとりあげ、 講師にフリージャーナリストの大熊一夫氏を招き、 「重税国の老後、 軽税国の老後」 という講演を一同熱心に聞きいった。 

大熊一夫氏は、 東京大学卒業後、 朝日新聞社入社。 社会部、 週刊朝日、 朝日ジャーナルの記者、 週刊朝日の副編集長、 アエラのスタッフライターを経て、 現在フリージャーナリストとして活躍中。 著者に 「ルポ・精神病棟」 「ルポ・老人病棟」 他多数。 

大熊一夫氏講演
「重税国の老後、 軽税国の老後」 

8年位前から、 老人問題、 特に痴呆性老人等ハンディキャップを持った老人の老後にこだわって取材を続けている。 このきっかけとなったのは、 1970年、 記者として都内の某精神病院に、 取材のためアルコール中毒患者として潜入入院した時の体験にさかのぼる。 (ルポ・精神病棟) 

隔離と収容

精神病院で不潔部屋と称する部屋で、 痴呆性老人の姿を見たことが、 老人問題に関心をもつ動機となった。 

現在、 日本の65才以上の老人が全人口に占める割合は12%であるが、 21世紀の初頭には25%となる勢いで、

急速に高齢化が進んでいる。

日本の高齢者のおかれた状況をあらわすキーワードは 「隔離と収容」 である。 

65才以上の高齢者で半年以上入院している者が約30万人、 特別養護老人ホームに入所している者が16万人もいるのが現状である。 

社会的入院 (うばすて入院) 

1987年、 週刊朝日の記者として、 神奈川県の老人病院を取材した。 

219人の入院患者中、 夕方6時から、 翌朝6時まで、 実に35人~50人が全身6ヶ所ベッドに固定され、 26人が鍵のかかる部屋に押し込められる。 又、 約40人が、 メジャートランキライザーで行動を抑制された現状を実名でルポした。 

これがかなり平均的な老人病院の実状であることを訴えたが家族が、 老人を自宅にひきとったのはわずか1例であった。 

下宿がわりに病院がつかわれ、 これを社会入院 (うばすて入院) と呼ぶ。 

老人ホームにも、 1年半位待たないと入れないのが現状である。 家庭では支えきれないで、 一番日本的で過激な解決方法は、 無理心中や、 殺人をして自首するという方法である。 

家族がくたびれないシステム

日本の現状を述べた後、 北欧 (主としてデンマーク、 スウェーデン) を何回も取材した体験を語り、 特に自身、 障害者とともに自身も車椅子を使って、 かの地で生活をした体験は迫力があり説得力があった。 家族がくたびれないシステムに必要なものは、

と氏が強調したのは次の4点である。

(1)人手

(2)食物

(3)補助器具

特に車椅子が自転車のように有効に使われないと、 老後は明るくならない。 

特にスウェーデンにおいては、 車椅子が使える家でなければ建築基準法で、 新・増・改築が許可にならない点は特筆に値すると強調した。 

(4)家の改造

家族の介護をあてにした日本型福祉ではなく、 国・社会ぐるみの福祉にならなくてはと訴え、 最後に 「次の世代をあてにせず、 自分の代で家を改築する時は、 車椅子が使えるようにしておかれては」 と結んで講演をしめくくった。 

自己とイエズスの再発見を-第27回イエズス探求会-

5月15日(金)から5月17日(日)にかけて、 新緑にかこまれた日野ラサール研修所 (中央線日野駅下車5分) で、

第27回イエズス探求会が行われた。

探求会の名前の由来は、 イエズスは私達が求めるより先に私達を探し求めておられるということであり、 東京教区の男子信徒を対象に毎年、 春と秋の2回行なわれてきた。 毎回のテーマは、 身近なものから社会的なものまでさまざまだが、 参加者が3日間の合宿生活を通して心を開いて本音で語り合える貴重な研修会である。 

今回のテーマは、 来年秋の第2回NICEを意識して 「家庭」 であった。 「聖家族」、 「教会共同体の家族」、 「地球家族」 などさまざまな家族が思い浮かぶ。 だが、 核家族化や、 価値観の多様化など社会の目まぐるしい変化で形はあっても、 その中身はバラバラ。 おたがいのコミュニケーションもままならない。 家族とか家庭という言葉は個人優位の時代では、 古くさい封建的なものとみられる傾向にある。 しかし、 その中での交わりと祈りをとおして自己とイエズスの再発見ができればと願って、 2 3名の成人男子が参加した。 

主なスケジュールは次の通りだった。 

第1日目 オリエンテーション、 黙想 (加藤英雄神父)、 聖書の崇敬式、 ゆるしの秘跡。 

第2日目 家庭の祈り (ウォード神父)、 エマオへの散歩、 講話 「家庭」 (飯利氏)、 「家族・教会共同体」 (小林氏)、 「家族の交わりと祈り」 (福川氏)、 十字架の崇敬。 

第3日目 祈りを身につけてゆく (山根克則神父)、 講話 「家庭と社会」 (青木氏)、 決心奉納、 全体会での分かち合い。 ミサは、 毎日行われた。 

昔は家族そろっての食事や家庭祭壇での祈りがあったが、 現代では家族1人1人の役割を再確認する機会も少なくなっている。 こうした個人優位の時代にあっても、 愛すべき家族との交わりと祈りをとおして自己をみつめ直し、 イエズスの価値観を身につけることが望まれている。 そうしたことを知ることによって、 日常の生活のさまざまな重圧の下で祈るときにも、 高い次元に立って、 自己や自己の家族ばかりか、 他者のために祈ることができるようになっていく。 

イエズス探求会は、 黙想会でもなく、 観想会でもない。 そこでは、 参加者全員の心がダイナミックに交わり、 生き生きとイエズスの前で語り合える。 組織とか立場をまったくはなれて、 自由に解放された共同体の中で、 イエズスにふれた3日間であった。 

(桜井 清) 

社会とともに21年200回をこえた真和会

真和会の魅力

6月18日で第204回を迎えた真和会は、 聖イグナチオ教会の信徒の活動グループである。 会場はイグナチオ会館ホールで年10回開催され、 開演の午後6時45分には、 隣接している聖堂でミサにあずかった人も詰めかけほぼ満員となる。 230人は収容できるホールだが時折、 参加者多数のため急きょ聖堂へ移動ということもある。 

この日の講師は、 聖心女子大学教授で聖心会会員の鈴木秀子氏。 テーマは、 「名作の旅、 人生の旅」。 作家の生涯を通しての神と人との関わりなどを語った。 

講演終了後、 次回の講師が紹介されると即座に 「テーマは何ですか」 との質問があった。 

真和会が2百回以上開催されてきた要因はこの辺りにあるのではないだろうか。 講師とそのテーマの魅力に。 

急速な情報化の進展する社会の中で真和会はどのようにしてプログラムを組んでいるのであろうか。 真和会発足当初からの責任者で、 現在は司会も兼ねておられる渡部ワタベ栄一さんにお話しを伺った。

「以前、 イグナチオ教会は、 入りにくい所だったんですよ。 地域の人達を招き入れるためにどのようにしたらよいかと考えついたのが真和会でした」 と真和会当初のことを話して下さった。

名付け親は、 発足当時主任司祭であったベチコフェル神父。 「人の和をもたらすものは、 あやまりのないもの、 つまり真理でなければならない。 真理のうに一致しましょう」 という意見にもとづき決まった。 信徒8人が集まり、 教会委員会の賛同を得た後、 昭和47年4月に第1回真和会が開催され、 今年で21年目になる。 

開催の知らせは新聞折り込み

「私たちは、 福音のはしわたしです」 と語る渡部さんにプログラムについてたずねると 「全面的に信徒が話し合って半年先まで計画を立てています。 9月には影山の『教会と家庭』が予定されています」。 今日的な課題、 永遠なものを生活面からとりあげていく姿勢は発足当初からのもので、 見せていただいた第1回からの開催記録にはあらゆる分野の著名な方の名が驚く程連ねられている。 

「地域の人びとへの開催の知らせは、 新聞の折り込みです。 地元には真和会ファンが多いんですよ。 真和会がきっかけで教会に導かれ、 洗礼を受けた方たちもかなり多いです」 とこれからも真和会は、 社会とともに歩みながら人びとに希望をもたらすことでしょう。 

東京教区全教会の交流をめざして自分を話してみませんか

―第3回ナイスプロジェクト生涯養成委員会―

東京教区ナイスプロジェクト・生涯養成委員会の企画による第3回一泊交流会が、 6月27日(土)、 28日(日)に、 東高円寺会館で行われた。 

この企画は、 東京教区全教会の交流をめざして始められたもので、 前2回は東京、 千葉で開催され、 「みんなで話そうよ」 のキャッチ・フレーズどおり活発な話し合いがなされていた。 今回は、 「自分を話してみませんか」 という日本人にとってやや苦手なことを、 臨床心理学者の小林展ノブ子さん (町田教会) を講師に招いて、

あえて試みようとしたものである。

講師の小林展子さんに話を伺った。 

-まず、 ご自分を話していただけますか。 

■小林-いざ私自身のことを話すとむずかしいけれども…私の今やっている仕事と関連してお話ししてみると、 外国生活を18年していまして、 日本に帰って4年くらいになるのですがある意味では、 人生を何回もやりなおしているという部分があるわけです。 

確かに同じ仕事はしていますけれど、 日本の土壌の中で、 まだあまり受け入れられていない臨床心理学という仕事をしていますから、 ある意味ではとまどいもあるし、 アメリカでやっていてあたりまえだったことが、 日本ではあたりまえでなくなっている部分があるわけですから、 仕事の上で。 

-むこうで、 大学も卒業されたのですか

小林-ええ、 そうです。 18年日本をあけてたわけですから、 新しく日本を知りなおすみたいな部分があるので、 自分をみつめながら4年間生活してきました。 

カウンセリングは私のしたいことですけれど、 私自身が女性であるということもあるし、 今日本の女性も活躍しはじめましたが、 日本の女性がもっと活躍できるための何かの手助けがしたいなという気持ちがあるんです。 だから今日みたいにほとんど女性の方たち (ちなみに出席者32名とスタッフ9名計41名中、 男性は森司教、 田中隆弘神父を入れて4名) の中で話す機会があって、 何かの形で少しでも学んでもらえるものがあったらうれしいと思っています。 しかし、 それをするのは、 簡単なことではまだないなという気がしていますけれど。 何かの形で女性自身が自分を見つめて、 自分の道を開いていける何かそういったことをしたいと考えています。 

-そこの所をもう少しくわしく

■小林-女性が女性であるのが望ましいと思います。 

人間が自分自身を解放するということだと思うんですよ。 

自分が自分である生き方をすると、 自分が自分に正直にありえる、 人間はいつも成長するものだから、 それを途中で止まるのではなくて、 いつも前向きに歩いていける状況を自分の中でつくりあげていける、 そういうことを手助けしたいなと思っているんです。 それは、 男の人にとっても、 女の人にとってもそうですが、 区別する必要はないと思いますが、 私は自分が女であるということと、 今は、 その助けは女性の方が必要かなと思うんですよ。 

一般的に見ると、 精神的に自立するとか-女がパンツをはいて外に出るという意味ではなく、 家庭にいてそれの方が自分に合っているというなら、 そうした方がよいし、 自分が自由になるというのは、 バリバリ外に出て働きなさいという意味とは違うと思うんです。 自分に合ったことがあるので、 いかに、 自分が自分でありえるか、 外に出て働いて何かのキャリアで自分が表現できる、 そうしたければそうすればよいし、 私がしたいことは何なのか、 ということだと思います。 

型にはめられて、 こうでなくてはならないということではなく、 自分を探求するそういうチャンスですかね、 そういうものをお互いにつくりあげていく、

話し合っていく場があればいいと思っています。

-お疲れのところ、 ありがとうございました。 

☆ ☆

女性がもっと活躍できる手助けをしたいと語る小林さんは、 1日目 「聞き上手」 2日目 「話し上手」 という講演を通して、 いかに自分自身をオープンにするかを、 ユーモアをまじえて語った。 

はじめはとまどっていた参加者たちも、 次第にうちとけ 「楽しい」 と感じ始めたようで、 活発なわかちあいが、 各グループで行われていた。 

小林さんの事務所 「ポンティキュラス」 は小さなかけ橋という意味だそうだ。 あなたの心に小さな橋を!という小林さんの願いが、 参加者たちの心にしみる交流会となった。 

講師プロフィール

アメリカ ゼィヴィア大学修士

カナダ オタワ大学 博士号

アメリカ、 カナダ滞在18年

CDPC/アルバニー医科大学 ヴォーレン州立病院 ウェルスプリング心理科長

1987年帰国

1990年社会福祉法人日和田会理事

1991年 「ポンティキュラス」 事務所開設

「過去」を知り現代に責任を持って生きる
-青年たちの沖縄体験学習報告ー

さる3月22日から28日にかけ、 千葉ブロックと多摩ブロックの青年たち18名が沖縄に出かけ、 体験学習をした。 東京教区の両端の若者たちの出会いの旅でもあった。 

多摩ブロックの青年たちは、 1年ほど前から 「沖縄戦」 についての学習会を定期的に続けてきたし、 夏には大島で合宿を開くなど、 精力的に綿密な勉強を積み重ねた。 真生会館での顔合わせと勉強会を経て、 千葉ブロックの青年たちも加わり、 いざ沖縄と、 かまえての現地入りといえる。 こうした形での旅行は参加者のほとんどがはじめてで、 本人たちも、 またそれを見守る周囲の者にも多少の戸惑いがあったように思えた。 

プログラムとその内容は以下の通りである。 

1日目 (3月22日、 日曜日) 

昼、 沖縄到着。 

中型バスで南下。 途中、 四角い独特な家屋の形と、 各家の門の前の1対のシーサーが何人かの関心をよびおこした。 また、 戦後鉄道がなくなったことを聞いてその理由を考えたりした。 住み生まれた土地を離れるとまず 「違い」 が目立つ。 

摩文仁丘へ。 沖縄の南端で追いつめられた兵隊と住人が大勢戦火の犠牲となったところだ。 沖縄県立平和祈念資料館を見学。 一同、 沖縄戦の悲惨さに仰天した。 「証言」 の展示をむさぼるように読んだ。 周囲が広くてきれいな公園になっており、 休日とて家族連れなどが多く、 そののどかで平和な光景と、 接したばかりの生々しい沖縄戦のありさまに強烈な違和感を覚えたという。 

夜、 島袋淑子先生の講演。 ひめゆり学徒隊の生存者の方で、 アメリカの沖縄上陸に先立つ3月23日から看護動員され、 傷病兵の看護の体験および死中をさまよい、 からくも救出されるまでをお話し下さった。 分かりやすく、 臨場感あふれる生々しいお話に一同圧倒された。 「正しいことは正しい、 間違っていることは間違っているという勇気をもつこと」 という結びの言葉に多くの参加者が感銘を受けた。 

2日目 (23日、 月曜日) 

役場の平良利男さんがガイドしてくれた。 

嘉数高地 

(アメリカ軍上陸の北・中飛行場が一望できる戦略上の要衝で、 沖縄戦当時首里攻防の拠点として、 悲惨な肉弾戦が展開された所) から普天間飛行場を望む。

32軍司令部跡 

首里城の地下、 延べ1kmに及ぶ壕が、 今は入口に鉄格子がはまって中に入ることはできない。 前の池では不発弾の撤去作業が行われていた。

観光客の多いところだ。

南風原陸軍病院

後方に黄金森 (激しい砲弾で形が変わったという。 今は木が生い茂っている) や看護動員された女子学生たちが働いた壕の跡 (狭くて急で、 当時の苦労の一端がしのべる) がある。 

糸数壕

大きな天然の壕だ。 中には井戸やカマドもあった。 中で懐中電灯を消して闇の中で黙祷をささげた。 

韓国人慰霊の塔 (再び摩文仁です) 

英語、 日本語、 韓国語で碑文 「どうか安らかに眠りたまえ」 の結語は主に奉る最高の尊敬語が使われているという。 

米須海岸

魂魄の塔 (住民の手で戦後一番早く建てられた慰霊塔) 。 

ひめゆり資料館

太平洋戦争の経緯と沖縄の学校の状況が資料展示と証言の方々によって説明された。 亡くなった少女たち1人1人の写真があり、 その最期の模様が記録されている。 昨日の講演で名前の出てきた方のものもあった。 同じ年頃の子供たちは特に切実な印象を受けたようだった。 

南風原文化センター (再び南風原)

沖縄の文化や移民について、 壕の再現などの資料展示を見た。 玄関の床に、 南を上方に沖縄を中心にした地図があったが、 これが沖縄の視点であろう。 

3日目 (24日、 火曜日) 

セミナーハウスの又吉さんという方がガイドをしてくれた。 嘉手納・普天間などの基地を見て回り、 国際福祉事務所 (米軍下級兵士との結婚問題などを扱う民間施設)、 恩納村都市型訓練施設 (山一帯を使って都市型ゲリラに対する戦闘練習をする場所) 等では、

現代の沖縄が抱える様々な問題を解説してくれた。

参加者は沖縄が現在抱える問題が怒濤のように押し寄せて、 頭の中の整理が大変であったようだ。 

さて途中 「チビチリガマ」 を訪ねた。 近くでマーケットを経営している知花さんという方がガイドをしてくれた。 この方は、 数年前の沖縄国体の時に日の丸を焼いて物議をかもした方だが、 参加者の何人かの記憶にもあり、 その事情をうかがい、 非常に納得していた。 

ここは参加者全員にとって、 もっとも感銘深い場所となったのではないかと思う。 死骸によって変色した土、 今も残る人骨。 そしてそこで展開された過去の悲劇。 ある参加者は、 「ああ、 人は死ぬとこうなるのか」 と実感したそうだ。 ここは戦争の悲劇を訴え、 平和への切実な思いを後世に伝えるために、 あえて遺族の方々が公開を許しておられる墓だ。 「このようになるまでの歳月、 ここに関わっている人々の苦しみは、 とうてい想像も及ばないが、 せめても私たちは、 このような場所の存在に触れ、 支えている人々がいる事実を知ることができただけでも良かった」 とは、 参加者全員の気持ちであるかもしれない。 

知花さんの事件の後、 右翼の報復で破壊されたガマ入り口の平和の像は、 参加者の心にいいしれぬ義憤の念を呼び起こしたと思う。 

それまで混乱していた皆の頭の中で、 戦争の悲劇と戦後の悲劇の連続した脈絡がここでいささか得心されたようだ。 (以下次号)

(油谷弘幸)

教会・修道院巡り (18) 
サレジオ会

サレジオ会は1841年12月8日、 若き新司祭ドン・ボスコが、 ひとりの少年に公教要理を教え始めたその日に発足したということができる。 ドン・ボスコは自分の使命を、 青少年を教育することの中に見出した。 

彼は聖母マリアの導きのもと、 この使命を果たすために、 サレジオ会と扶助者聖母会の2つの修道会を創立した。 

1926年2月8日、 6名の司祭と3名の修道士たちが宣教をめざして日本に上陸。 一行の団長は、 ドン・ボスコの写しのような人柄のチマッティ神父であった。 彼らは若くはなかったが、 宣教への愛にかられる実行の人であった。 チマッティ神父は宮崎の最初の教区長となり、 長年サレジオ会の管区長を務めた。 

サレジオ会が東京に事業を始めたのは1933年で、 シャンボン大司教の要請によるものであった。 

1月12日、 三河島の地で教会活動が始まった。 日曜学校・ボーイスカウト・幼稚園・診療所など、 幅広い活動は地域の人々に受け入れられ、 2000人に近い人々が教会に通い、 ドン・ボスコの名称で親しまれた。 

1934年、 大分にあった小さな印刷学校が、 12人の生徒と共に東京に移った。 この学校は、 現在千300人の生徒を持つ育英工業高等専門学校に発展している。 

1950年、 それまで育英高専にあった出版部が、 ドン・ボスコ社として独立した。 以来多くの出版物を刊行し、 日本の教会、 社会のために大きな貢献をしている。 中でも公教要理の小冊子、 合併福音書、 口語体による新・旧約の聖書の発行は忘れてならないものである。 

1935年、 育英高専の校内に、 サレジオ会の神学校が宮崎から移転、 1950年に調布に移された。 調布には現在修道院、 修練院、 哲学院、 神学院がある。 神学校の地下聖堂には、 尊者チマッティ神父の腐敗を免れた遺体が安置されていて、 巡礼の場所となっている。 

小平にある小平東京サレジオ学園は、 サレジオ会の特徴をもつ施設である。 この事業は、 タシナリ神父が終戦直後、 成増にあった元空軍の飛行場の格納庫を利用して、 孤児たちを保護したのが始まりである。 まもなく格納庫は没収となり、 施設は小平の広い土地に移された。 現在は施設でありながら、 小・中学校の教育が授けられる、 充実した明るいサレジオ学園として評価されている。 

サレジオ会の本部は、 新宿区若葉町にある。 この他、 碑文谷、 足立、 川崎、 宮崎、 大阪の地で教会、 幼稚園、 学校、 出版活動を通し、 ドン・ボスコとチマッティ神父の精神のもと、

青少年の教育と福音宣教に励んでいる。

本部 〒160新宿区若葉1-22-12 TEL 3353-8355

ちょっとおたずねします

Q 先日、 東京カテドラルに初めて行く機会がありました。 すばらしい大聖堂で大変感激したのですが、 1つ不思議に思ったことがあります。 それは聖ひつが中央になく、 脇のほうにあったことです。 わたしはこれまで、 聖堂の正面中央に聖ひつが置かれている教会しか知らず、 また、 それがカトリック教会の本来の姿であると思ってきました。 他の聖堂の模範であるべきカテドラルの聖堂の中央に聖ひつがないのはどういうわけでしょうか。 

A ご質問の件は、 カテドラルだけでなくどこの聖堂にもあてはまる大切なことですので、 少し堅苦しくなってしまうかもしれませんが、 こうしたことを考える上で必ず踏まえるべき2つの大切な公文書 「ローマ・ミサ典礼書の総則」 (「総則」) と 「ミサ以外の聖体拝領と聖体礼拝一般緒言」 (「緒言」) とを引用しながら説明することにいたします。 「緒言」 (9) はまず、 「聖体は最上の場所に保存されなければならない」 と断言し、 その最上の場所とは、 「特に個人的な礼拝と祈りに適した場所」 であり、 「このことは本聖堂から区別された小聖堂を用意することによって、 たやすく実現する」 と述べています。 「総則」 (276) も、 「聖体を保存する場所は、 信者の個人的な礼拝と祈りにふさわしい小聖堂の中に設置されることが切に勧められる」 と、 同じ考え方をはっきりと示しています。 ですから、 これから聖堂を新築したり増改築したりするときは、 是非ともこの考えに従って、 個人的な礼拝と祈りに適した小聖堂に聖ひつを設置することが勧められるわけです。 

でも、 現実に小聖堂がない場合はどうしたらよいでしょうか。 その場合は、 「それぞれの教会堂の構造に応じて、 ある祭壇もしくは教会堂内の他の場所に保存する」 ように 「総則」 (276) は勧めています。 小聖堂に保存するのが一番望ましいという先程の大前提に立って考えると、 その場所は本聖堂の正面中央ではなく、 できれば区切られた一角、 あるいは脇祭壇等が勧められるのではないでしょうか。 「緒言」 (6) には、 「ミサがささげられる祭壇の上の聖ひつには、 できる限り、 ミサの初めから聖体を保存しておかないように」 という指示もありますから、 その意味でも、 特に主日のミサがささげられる祭壇とその真うしろは聖ひつの場所としては適していないといえるでしょう。 

このように、 東京カテドラルの正面ではなく、 脇に聖ひつが置かれていることは、 カトリック教会の基本的な考え方に基づいており、 他の教会の模範にもなっているのです。

(山本量太郎神父) 

Danger or crisis? 青年ネットワーク・一泊錬成会

東京教区青年ネットワーク事務局主催の第1回一泊錬成会が6月13日(土)14日(日)日野ラ・サール研修所にて行われた。 

錬成会に至る動機と歩み

これまでの教区内における青年同志の交流を主な目的として続けられてきた1泊交流会からもう一歩進み、 正面からキリスト者として生きることの現実に目を向けることができるような錬成会を……という一部の青年たちの思いもあったせいか、 士気の高いスタッフが集まった。 スタッフ同志が共通の理解のもとに、 それぞれの思いを分かち合いを通して出し合うことや祈る事、 聖霊の働きにゆだねる姿勢の大切さをふまえようとしながら準備が進められてきた。 

一泊錬成会からの報告

1日目(13日) は、メインイベントである深夜ミサに向けてグループに分かれ、 分かち合いと準備がすすめられてきた。 ミサに無自覚のうちに受け身の姿勢で出ている……ような状態から少しでも積極的に主の食卓を囲み、 ともにささげるという意識に向かおうというスタッフたちの思いもあって、 かなり力がこめられていた。 限られた時間の中で参加者全員が共通の理解を持つことには限界があっても、 森司教とともに祭壇を囲み、 向かい合いながら、 テーゼの歌やロウソクの光のかもしだす雰囲気のうちに80名以上の青年達1人1人がミサの中において1つになり、 生きたものとして実感できるものを感じたのではないだろうか。 

2日目(14日) は 『 「信じてる事、 生きてる?」 のつどい』 という、 信仰を日々の生活における現実の中で、 どうとらえているかを分かち合うプログラムだった。 導入の前に、 テーゼ共同体を紹介するスライドを見た。 これは泊錬のテーマにも通じ、 今後の青年ネットワークの企画にもつなげたかったので使わせていただいた。 

導入は、 スタッフの間で準備した 『劇団ネットワーク』 による寸劇 「いまどきの教会」

を問題提起として披露した。

その後、 グループごとに分かれ、 分かち合いが昼まで行われた。 大抵のグループは、 教会内での問題や信仰者として社会で生きる事の矛盾など、 多くの体験談が止まることなく飛び交い、 休憩時間も取れない様子だった。 本格的に分かち合いを続けるために、 1分に時間を配分できなかったことは少々残念なことだった。 最後の討論会は準備不足が目立ちながらも、 率直な発言に救われた思いがした。 

参加した青年たちが、 ここで得たものを生活の場において生かすことを願ってやまない。

(藤田 薫) 

PKO協力法をどう考えますか
浮き彫りにされた男女の意識差教会
ミニ世論調査

2年前の湾岸戦争を契機に起きた国際貢献の一環として、 先日成立した国連平和維持活動 (PKO) 協力法。 世論を2分するとされるこの問題が信徒間でどのように受け止められているかを探るために、 「教区ニュース」 編集部では6月に教会ミニ世論調査を実施し、 青年層や女子修道会、 女性信徒に反対傾向が強いのに対し、 教会運営の中心を担う50歳以上の男性信徒がPKOを強く支持しており、 PKOに関する限り、 教会の中で意識が2極分化している実態が浮き彫りになった。 教会ミニ世論調査は、 教会全体の傾向を捉えるために、 青年層、 女子修道会、 教会委員の3グループについて、 6月にアンケート形式により実施した。 

あなたは、 PKO協力法に賛成ですか、 反対ですか。

●青年層 

「反対」 75%にのぼる。

6月上旬の青年ネットワーク第1回泊錬に参加した20名にアンケートした。 

「反対」 75% 「賛成」 10% 「わからない」15%で、 PKOに否定的な反応を見せた。 特に女性は 「賛成」 0名で、 強い反発をうかがわせる。 一方で 「関心がない」 と答えたのは1名にとどまり、 とかく現代の青年は政治問題に関心が薄いといわれる中で、 教会の青年に限っては、 PKO問題に強い関心を寄せていることがうかがわれる。 

●女子修道会 

「絶対反対!」 が圧倒的。

ある女子修道会のシスター32名に聞いた。 

結果は、 「わからない」 の1名を除いては全員が 「反対」 (それも大反対) で、 賛成は1人もいなかった。 調査対象が、 出版等に携わって社会の動きに極めて敏感な修道会であったことがこのような結果につながったといえなくもないが、 一方で今春に行われたNICE2のアンケートで女子修道会の回答率が教会全体の中で群を抜いて高かったことと考え合わせると、 案外女子修道会全体の傾向を示しているのかも知れない。

●教会委員

男性より女性に反対傾向50歳を境に明らかな世代差

6月28日にカテドラルで行われた教区教会委員連合会でアンケートを実施し、 108名から回答をもらった。 

全体では、 「賛成」 34% 「反対」 52%で、 「反対」 が全体の半分を占めたとはいえ、 賛否が2分された状態であるといえよう。 

目につくのは、 ここでも女性の強い反発。 「反対」 57%が 「賛成」25%を大きく上回り、 男性が賛否ほぼ同数なのと比べると対象的だ。 

年齢差では、 50歳を境に意識の大きな変化が見られ、 特に男性ではその傾向が顕著だ。 30、 40歳台では 「賛成」 が25%にとどまっているのに対し、 50歳台では67%と2倍以上に跳ね上がっている。 このことから、 教会運営の重責を担っているであろう50歳以上の男性信徒とそれ以外の信徒の間で、

大きな意識のずれがあることをうかがわせている。

賛成、 反対の理由を教えてください

●賛成の理由

平和維持のために国際貢献するのは経済大国として当然だ。

 「賛成」 の理由で多かったキーワードは、 「平和維持」 「国際貢献」 「経済大国」 「義務」 である。 つまり、 「平和を維持するために国際貢献するのは、 貿易黒字国日本として当然の義務であり、 そのために持てる人材と装備を使うことは当然だ」 との意見につきるようだ。 しかし、 「平和」 とか 「貢献」 といっても具体的に何を指すのかがあいまいで、 全体に抽象的表現にとどまっているものが多かったようだ。 

●反対の理由

憲法を守り、

文民の範囲で教会も反対の声を出すべきだ。

「憲法違反」 と 「なしくずしの日本的風土」 を指摘する声が多い。 平和維持隊といっても、 武器を携行するのだから、 海外派兵することは明らかに憲法違反であるとし、 アジア諸国が日本の軍事化に不安をもっているのに、 日本はそれを無視しているばかりか、 戦争責任を十分に反省せず、 償いもしていない現状で自衛隊を海外派遣することは、 過去の誤りを再び繰り返す恐れがあり、 絶対に認められないとしている。 

また、 「平和」 についても、 諸国間の紛争の裏には政治的、 経済的利害が必ず隠されているのであり、 世界平和のためと美しい言葉で正当化しても、 結局はアメリカ中心の超大国の利益の上に立つ平和であり、 国民がもっと平和に対するしっかりした考えを持ち、 批判力、 判断力を身につけるべきだとの意見が多い。 

また、 憲法を守り真の平和を追求することは、 教会の教えに合致するものである、 その上で、 教会がPKOに反対の意向をはっきり示すこと、 真の平和のためにもっと発言すべきだとの意見が見られた。 教会で議論できなかったのは残念であるとの指摘もあった。 

全体を総括して

PKOは世論を2分する問題であり、 最近の新聞社の世論調査では 「賛成」 42% 「反対」 48% 「わからない」 10%となっているが、 今回の教会の意識調査でも、 「反対」 がわずかに多いものの、 同じように2分化の傾向を示したといえよう。 

しかし、 問題だと思われるのは2分化の構造である。 教会全体が平均的に2分化されているならば、 各層で徹底的に議論して、 教会として1つのまとまった方向を打ち出すことも可能と思われるが、 現実には世代間、 性差によってかなり大きな隔たりがあるのだ。 繰り返すと、 青年層や女性の信徒、 そして女子修道会のシスター達は、 PKOに極めて否定的であるのに対し、 教会運営の中心を担っていると思われる50、 60歳台の男性ははっきりと肯定的なのだ。 

この意識の差は、 いくら議論しても、 埋められることはないだろう。 そして、 おそらくこの意識のずれは、 PKO問題にとどまらず、 政治問題全般にも同じ傾向を示すことだろう。 もし教会がこのような問題に取り組み、 議論し、 発言していこうとするならば、 教会内における意識のずれをその過程でどう克服していくかが、 大きな課題として立てはだかることだけはまちがいないだろう。 

お知らせ

生涯養成に関する企画

★黙想会

指導:ウォード神父:御受難会

日時:1992年9月1日(火)11時~15時

場所:聖心会若宮修道院〒165東京都中野区若宮3-9-43337-3291

会費:1200円 (お弁当代を含む) 

対象:どなたでも

★聖書深読黙想会

指導:奥村一郎神父

日時:9月19(土)~20日(日)10月24日(土)~25日(日)

場所:カルメル会上野毛黙想の家

連絡:吉田敦子3721-2472

★8日間霊操

指導:ディアズ神父

日時:8月20日(木)18時~29日(土)朝まで

場所:イエズス会黙想の家

指導:ギハロ神父

日時:9月1日(水)18時~10日(木)朝まで

場所:イエズス会黙想の家

問い合わせ、 申込みはいずれも〒177 東京都練馬区上石神井4-32-11

ディアズ神父・ギハロ神父

★聖書と念祷の集い

指導:星野正道助祭 「み旨の天に行われるごとく地にも行われんことを」 

日時:9月26日(土)15時20分~17時

場所:カルメル会黙想の家聖堂

連絡:〒158世田谷区上野毛2-14-253704-2171

★黙想会

指導:リーゼンフーバー神父

日時:9月12日(土)9時~13日昼まで

場所:イエズス会黙想の家

会費:4000円

連絡:K・リーゼンフーバー上智大学SJハウス内3238-5124

★英語の黙想会

指導:Fr. Climent paynter

日時:8月2日(日)~9日(日)

場所:売布 御受難会黙想の家

問い合わせ:182調布市下石原3-55-1コングレガシオン・ド・ノートルダム修道院

シスター・リタ・マッキノン0424-82-2012(18時30分~20時)

★勉強会 「キリストをもっと知ろう」 

講師:岩島忠彦神父

日時:9月12日(土)・・・掟

10月3日(土)・・・慈しみ

14時より

場所:上智かつらぎ会館、 地下ホール

問い合わせ:イグナチオ教会3263-4584

★夏のキリスト教信仰講座

講師:リーゼンフーバー神父

日時:8月7日(金)神体験と神認識

8月21日(金)キリストのメッセージと自己理解

8月28日(金)祈りの本質と実践

18時45分~20時30分

場所:上智大学内SJハウス1階第5応接室

連絡:K・リーゼンフーバー

〒102 千代田区紀尾井町7-1 上智大学SJハウス内 3238-5124

★黙想会

指導:エセイサバレナ師 (イエズス会)

テーマ:‥み旨を求めて‥

日時:8月20日(木)夕食~8月23日(日) 午後

場所:富士見 「マリアの家」 

〒399-01長野県諏訪郡富士見町富士見7486-16JR中央線富士見駅下車

対象:青年男女

費用:15000円

申込:定員になり次第締切り

申込み:明泉会 黙想係 (マリアの御心会内) 

03-3351-0297〒160 東京都新宿区南元町6-2

★講演会

講師:A・デーケン師

日時:12月12日(土)15時~17時

場所:カテドラル聖マリア大聖堂

会費:1000円

主催:キリスト者婦人の集い 

★『あけぼの』愛読者の集い

講演会

加賀乙彦(作家) 

テーマ 「わたしの文学と宗教体験

日時:9月23日(土)13時30分~15時

場所:聖パウロ女子修道会(地下鉄千代田線 「乃木坂」 下車) 

会費:500円 (どなたでもお気軽にご来場ください。 ) 

問合せ先:03-3479-3943 (中島・小尾) 

★講演会のお知らせ

テーマ: 「女性達のやさしさ反乱」 

講師:小久保 (ノートルダム女子教育修道女会) 

日時:9月19日(日)13時~17時

場所:上智大学7号館14F

会費:1000円※当日、 ベビーイッターがおります。 

主催:東京教区女性と教育委員会

代表:長島世津子

金祝・銀祝おめでとうございます

司祭金祝

J・ロミティ師 (ミラノ宣教会、 田無教会主任)

J・ダルクマン師 (サレジオ会、 調布修道院)

司祭銀祝

森一弘司教 (東京教区補佐司教)

大原 猛師 (潮見教会主任) 

福田 勤師 (フランシスコ会)

石川康輔師 (サレジオ会)

伏木幹育師 (サレジオ会)

ニコラス師 (イエズス会)

カリー師 (イエズス会)

アンソレナ師 (イエズス会)

吉村新一郎師 (マリア会) 

奥村功師 (神言会) 

押川寿夫師 (コンベンツアル聖フランシスコ会)