東京教区ニュース第94号

1992年07月01日

インターナショナルデー特集(1)

東京教区百周年記念行事の1つとして、昨年催されたインターナショナルデーには、208ヶ国2500人の人々が集い、1日を神と人々とともにすごす楽しさ、快さを味わった。

「真の国際化」を目指す東京大司教区は、参加者の要望に応えて、
1、在日・滞日外国人同志の交流と親睦
2、在日・滞日外国人と日本人との交流と親睦
を目的に、同様の集いを毎年行うことにした。

5月24日、カテドラル構内は、31ヶ国2千人の在日・滞日外国人、日本人が集い、前日からの強風、雨にもかかわらず、数々のイベントを楽しんだ。

色とりどりの民族衣装に身を包んだ人々が心を合わせて捧げたミサに始まり、申し込みが多く、断るのに苦労したステージアトラクション、店舗のバザール、316点の子供たちの絵、NGO14団体の展示、50点の写真、法律相談、夕刻より始まったトークインにも120人が参加して、滞日・在日外国人たちの訴えを少しでも理解しようと、真剣な面持ちで耳を傾けた。

私たちは宣教者聖霊の豊かさを示し -白柳大司教説教-

白柳大司教説教主の昇天と聖霊降臨が近づいているこの時期、教会は、最後の晩餐での主イエスの別れのことばを読み続けています。主は去っていかれますが、教会に聖霊、弟子たちを教え導く守護者と、ご自身の平和を約束されました。

カトリック教会は、まさにこのイエスの約束の上にたっています。

私たちのあらゆる活動、教会の存在そのものが聖霊によって支えられ、導かれ、生命を受け、息吹を受けているのです。それによって教会は、世の終りに至るまで神の救いの御業をこの世で続けていくのです。

今日、私たちがその同じ聖霊の導きのもとにここに集まっているのは、第1に聖霊の息吹に答えてこの日本社会に私たちの神への信仰、希望、そして愛を証しするためです。

さらに、同じ主イエス・キリストの兄弟姉妹として、私たち相互の交わりを新たにし、日々の各自の生活の中で出会う様々な困難の中で、互いに励ましあうためでもあります。

実に、今日ここに私たちが集められたのは、多くの様々な動機づけがあるのですが、私はその中から特に、この集いは、聖霊の賜物の多様さと豊かさを示すためでもあることを指摘したいと思います。

今日のプログラムを見ますと、それらの中に聖霊の働きを知ることができます。

まずこの日の中心であるこの国際的なミサがあります。続いてステージでのダンス、ワールドバザー、NGOグループの展示コーナー、子供達の絵や写真、最後に分かち合いと将来の課題について話し合う場があります。このプログラムを構成するひとつひとつのものごとそれぞれが、皆様の生活の中に働く聖霊の偉大な証しではないでしょうか。

使徒パウロがコリントの教会への手紙の中で語っていることばを聞いてみましょう。

「賜物にはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ霊です。務めにはいろいろありますが、それをお与えになるのは同じ主です。働きにはいろいろありますが、すべての場合にすべてのことをなさるのは同じ神です。1人1人に霊の働きが現れるのは、全体の益となるためです」
(コリント12・4-7)

私たちのこの時、特にこの喜びの日に合わせて言うならば、皆様が歌うそれぞれの国の歌、皆様が語るそれぞれの言葉、皆様が演じるそれぞれの出しもの、子どもたちが描いたそれぞれの絵、これらは単に1人1人の個人的な賜物や才能を証ししているばかりではなく、聖パウロが言うように、これらのすべての賜物は、キリストの体全体のためにあるのです。

私たちの生きているこの日本の社会には、1つの大変危険な考え方があります。それはあたかも、何事であれ、お金に換算することができ、そこに価値のすべてがあるように考える傾向です。日本が強力な国と言われるのも、つまりその経済的な富と力によるのではありませんか。

このような傾向に対して、聖霊の賜物を通して、私たちの生活の中に与えられている神の恵みの尊さを明らかに証しすることは、私たちに委ねられた緊急な使命であります。

こう考えてみると、私たちの社会に生きる皆様の存在は、非常に大切でまごうことなき価値を持っています。

日本の国に生まれた人も、外国から来られた方々も、実に皆様はキリストの宣教者でもあるのです。

この非常に物質的な社会の中で、皆様の生活を通して福音の価値観を告げるのがまさに皆様の召し出しなのです。

今私たちがこのカテドラルで祝っているインターナショナルデーは、1年に1度の出来事ではありますが、この祝いの精神こそが皆様の生活の中に新たにされ、皆様の生ける証しがこの社会の中に引き続けて行われますようになぜならこの社会こそ、神の救いとイエス・キリストによる真の平和を望み喘いでいる社会だからです。

インターナショナルデー特集(2)トークイン 今日本人に伝えたいこと

盛りあがりかけたステージ・アトラクションが、ふり出した雨と風に中断されたにもかかわらず、夕方6時からカトリックセンターで開かれたトークイン「今、日本人に伝えたい」には、120余名の参加者を見た。

このトークインは、司会の西川哲弥神父(カトリック東京国際センター事務局長)によれば「新聞・雑誌等で読むことはあっても、外国から来た人々の生の声を聞いたことはないと思う。彼らが実際にどういうことを考えているか、直接聞いてもらう目的で開催した。」という。

スピーカーは5人、日本に来ている5つの大きなグループ(フィリピン、ペルー、韓国、中国、ブラジル)の中から1人づつ、通訳はその人が1番かかわりの深い人があたった。そのため通訳の日本語もあまり上手ではなくても、その人の状況を伝えることに努力をはらっている様子が感じられ、一同熱心に聞きいった。

フィリピンから来たレイミッショナリーAさん

国際化とは?

千葉ブロックが招いたレイミッショナリーの1人で、来日3年になる。「よく新聞・雑誌で国際化ということを読むが、真の国際化とはなんでしょうか」とまず問題提起をした。(ちなみに、白柳大司教も新春メッセージで、「東京教区の真の国際化」を教区民の今年の課題とした)外国人を心からうけ入れることのむずかしさを、「日本人は第三世界の外国人を見るとかわいそうと思う。」ただかわいそうと思うだけでよいのかを自らの体験を通して訴えた。

フィリピン女性の問題と労働問題

また、不法入国の問題、日本人と結婚しているフィリピン人の問題にもふれた。「日本の社会はフィリピン人に対してエンタティナーだという偏見を持っている。水商売で働いているエンタティナーは皆が売春婦というわけではない。国際結婚の子どももハーフだということでうけ入れられない」とフィリピン女性の苦しみを述べ、さらに、給料をもらえない労働者、病気になった時のトラブル等にもふれ、日本の教会はもっと外国人を受け入れる気持ちを持ってよいと強調した。

ペルーの教師Bさん

ペルーでは教師という専門職で働けないので来日したBさんは、今工場で働いて故国に送金している。1番問題となるのは言葉で、勤めている所では、かたことしかしゃべれないため動物みたいな扱いをされていると訴えた。また、勤め先で指が動かない友人は、首になれば故国に送金できなくなるため社長に言い出せないでいるという。日本では、日本人のやりたくない仕事しかできない現状が浮きぼりにされた。

「日曜日ごとに、皆で集まって互いの問題を分かち合っている」と、その時だけ笑顔を見せたBさんはペルーの国民の貧しい現状と、市民は情報が入らないので政治家のいうなりで、反発もできない状況を述べた。

イエズス会中国センターCさん

中国大陸からの留学生Cさんは、身元保証人の問題、ビザ更新に関する問題、中国人留学生の生活と勉学の問題を述べた後、在日中国人に共通した問題点にふれ、「在日中国人(大陸、香港、台湾、マレーシア等の出身をとわず)は、企業の経営縮少や倒産、経営不振等がおこった場合のしわよせが真先にきます。給料の不払もあります。

アルバイト、就職活動の際も中国の留学生は対象外という感じがします。言葉のハンディよりも、習慣の違い、能力の過小評価という偏見によって断わられてしまうのです。

このような浮目にあうと、日本にあって、まるで寄るべもなく、他人の家の軒先を借りているだけの居そうろうでもあるかのように思われてくるのです」と訴えた。

在日30数年、韓国Dさん

在日30数年、多摩教会所属のDさんは、流ちょうな日本語で、日本の教会と信者、特に関口教会の信徒(現在韓人教会をうけ入れている)と司祭に話したかったと前置きをして以下のように語った。

「今までの3人は差別のことを話したが、在日朝鮮、韓国人に対しても同じだ。日本語しかわからず、日本人と同じ生活をしている韓国人が名前を出したら、就職や、部屋をさがす場合にも差別される。そのような差別は教会にもあることを忘れないでほしい。

教会は、おそらく他の集団よりも開かれていて、隣人や共同体の痛みをよく感じて、それを解消するために努力を重ねていると思う。しかし教会は、一般社会とくらべて、ある面では非常に保守的である。このような場をたびたび多くの人に設ける努力をしてほしい。

難民をうけ入れる過程で、在日韓国人の地位もあがってきたが、日本の最もちかい隣人は韓国人である。現在関口教会の人々と充分な交流ができているとはいえない。このカテドラルの広場で、信仰を通して理解しあう要となることを願って努力したいと思う」

ブラジルの日系人Eさん

「皆さんがどの程度考えているかわからないが、自分の国ブラジルでは日本人、日本に来る時は外国人、どこが自分の国かわからない、とても複雑な気持です」と、日本語のわからないEさんは、ポルトガル語の通訳がいないため、スペイン語でよければとBさんの通訳の方が名のりでてくれて語りはじめた。

「日系人でありながら、日本で働こうとすると、間にブローカーが入ってパスポートを預ってしまう。給料も、会社→ブローカー→日系人とわたり何%かをブローカーがうけとってしまう。また、言葉の問題よりも、ラテンアメリカの文化に対して日本人は冷たいと思う。私たちは大声で話したり笑ったりするが、行儀が悪いといわれる。日本人も少し、ラテンアメリカの文化を学んでお互いに尊敬しあいたいと思う」

Eさんの友人 医学生Fさん(とび入りで)

東海大医学部大学院で学んでいる医学生Fさんは、出かせぎの外国人が病気になると、病状を日本語で話せない為、また母国と日本の医療システムの違いから困っている現状に、ブラジル、ペルーの人が患者として来院した時に手伝っている体験を述べたが、「外国人は、私のいる東海大学の病院だけではないし、日本の病院は、外国人のためにあるわけでない。自分が役に立つことはないかと考えた。特に南アメリカの人々の助けになりたいと思っているが、日本の制度ではそれができない」と困難に直面している人を目の前に見、それを助けられる立場にいながら、日本の制度のため出来ないもどかしさを訴えた。

6人の発言が終ると、あちこちから質問のために手があがり、関心の高さがうかがえた。豊島教会のレオ師を指導者にまず言葉をおぼえ、「外国人のために、病気になった時の用語集」を作ろうと試みているグループの紹介もあり、実り多いトークインは午後9時近く終了した。

<インターナショナルデーあれこれ>

◆ステージが飛び、テントがひっくりかえる大風と雨の中で行われたインターナショナルデー、スタッフの苦労はいかばかりかと思うが、多勢の参加者は、ミサ、バザール、アトラクション、トークインと同じ言葉で分かち合えるよろこび、言葉がわからなくても同じ場所で参加するよろこびを感じたと思う。

◆実行委員会の余語神父は、今後の問題として、現実をうけとめ、日本人の心のかべをとりのぞく努力を続けていきたいと語っている。

◆昨年9月に行われたインターナショナルデーは、特別行事であったが、今回は普段着の行事となった。日本人の参加が増えたことは評価できるが、果たして充分、外国人の方々と交流ができただろうか。

◆トークインを聞いて感じたこと…言葉がわからず、通訳の人の言葉もわからないもどかしさはあっても、滞日・在日外国人の人々の生の声を聞けたのは収かくであった。異口同音に語られる彼らの差別感・不満をどう解消していくか、言いっぱなし、聞きっぱなしでは意味がないのでは……。今後のCTICの活躍が期待される。

◇古着を売っていた婦人の声…「外国人の方の少しでもお役にたてればと昨日、皆で仕わけをしました。オーバーなどとても考えて買われるのには考えさせられました。日本人の人もかなり来てくれて…。雨がふるたびに出したり、しまったり、苦労もしましたが、喜びも大きかったと思います」

◇後かたづけに勢力的に働いたのは韓人教会の青年達、ゴミ整理もあっという間にかたづいた。

本当にお疲れ様。

青年のフィリピン体験学習報告

「私の家の近くには、トラやライオンがいるのよ。」ホームステイの当日、待ち合わせに約1時間おくれてやってきた、ホストマザーであるルーシーは、私達に会うやいなやこう言った。前歯がほとんどぬけてしまって、右左両端2本しか歯がない彼女の笑顔は、とても印象的だった。見たところ、どこにでもいそうな、人のよさそうなお母さんという感じがして、海外旅行もはじめて、ホームスティもはじめてという私は、ホッとしてしまった。

トイレもない、おふろもない

ジプニーで、2度程乗りかえをして、40分くらいたったころだろうか、マニラの郊外の彼女の家についた。小さなサリサリストアーをやっているらしく、石造りの小さな家の、通り沿いにくりぬかれた窓には、ちょっとしたおかしや、日用品がわずかではあったが、ならべられていた。家はとてもせまく、トラック1台にもみたない小さな家で、親子5人が生活していた。2階の高さ1メートルにもならない小さな寝室で、夜は目の前をネズミが行き来するのを見ながら、身体を寄せ合って寝た。

トイレもない、おふろもない。日本の平均的な家庭に比べたら、それは大変貧しい生活かもしれない。衛生的にも、私達日本人とは習慣が異なる様に思えた。1泊2日のホームスティだからこそ過ごせるものの、私は、きっとここでは生活できない、そんな事を思った。

貧しさがもたらす精神的豊かさ

しかし、このホームスティで、これまで私がいだいていた、貧しさに対する偏見はくつがえされた。

これまで私は、彼等に対して、同情の気持をいだいてきた。今日、明日生きていく事がやっとという経済的に大変貧しい彼等と、何不自由のない豊かな生活をしている私達日本人との間に、無意識のうちに、上下関係さえ作っていた様な気がする。貧しい人はかわいそう、自分達は幸せな人だ、そんな気持ちさえいだいていた。

貧しさが、精神的な豊かさをもたらすものである事も知らずに、かわいそうな人の為に、何かできたら、何かしたい、そんなおごった気持ちさえもっていた。

人間らしく生きる

ルーシーママ、フェルナンドパパ、弟のトティ、フランク、ブーソンは、私に人間らしく生きる事を教えてくれた。大切な家族だ。彼等は、私達が十ある内の一で人をもてなすとしたら、十ある力のうち十で人をもてなすことを知っていた。夜は、フェルナンドパパが、もう何年もしまっておいたようなギターでリズムをとり、歌をうたい、彼の友人と、かわいい3人の弟、そしてルーシーママの笑顔に囲まれて、時間が経つのも忘れて、楽しい一時を過した。

別れがつらい

別れ際には、涙がとまらなかった。短い間なのに、人との別れがこんなにつらい事を知った。そして、ごく自然にわきでる、あふれんばかりの笑顔と、優しさの背景には、貧しさと、今日、明日いきていくのが必死という生への切実な想いがあるのを知った。

ルーシーと一緒に、私たちをもてなしてくれた、親戚のコーラは、理由あって、22才の若さで御主人をなくし、子供は病気で、現在入院中だという。彼女は、大きな目にいっぱいの涙をためて、自分のつらい過去を、何度も何度も語った。

また、ルーシーの友人のアイリンは、日本人の男性と、一度は結婚したものの、事情あって、1人で生活している。彼女のアパートには、数人の日本人男性の愛人がいるという。

生きていくことの尊さ

ここでは、皆が、様々な悲しみや苦しみとかかわり合いながら生きている。そして、生死が本当に身近にある事を知っている彼等だからこそ、心から人と出会う事を喜び、もてなす事を知っているのかもしれない。

そして、何よりも、生きていく事の尊さを知っている。貧しいからこそ分かち合う事を知っている。生死の意味を知っているからこそ、笑顔で助け合って生きる事を知っている。貧しさは、豊かさに劣るものではなく、対等の関係にある相対的なものである事を感じないではいられなかった。そこらじゅう全ての人が、家族である様な、そんな、ルーシー達の暮らしがうらやましくさえ感じた。

人と人がかかわり合いながら、助けあって生きていかなくては、生きていけない、そんな生活だからこそ、本当に互いの存在を大切にし合っているのがうらやましかった。彼等は、私にないものを沢山持っている。そして、人間として生きていく上で、大切な事を、本当に、普段の生活の中のありのままの姿を通して教えてくれた。

1人の娘として

今、私は思う。貧しさという断片的な部分だけを見て、同情したり、何かしてあげたいと、おごった気持ちを持つのは、間違いなのではないかと……。

少なくとも、私が出会った人々は、私達から見たら貧しいけれど、みんなとても幸せそうだった。目がキラキラしていて、限りなく自然で、人と互いに生きていく事を知っていた。

肌の色の違い、言葉の違いをこえて、日本人としてではなく、1人の娘としてあたたかく受け入れてもらった今回の体験は、これからの私の長い人生の中で、常に私の支えとなり、私をはげましてくれるように思った。

ホームスティを終えて、2日程経った時、両手に沢山のバナナやマンゴをかゝえて、メッセージ入りの家族の写真を持って、再びあらわれたルーシーの、変わらない笑顔を見た時、マニラの、私のもう1つの家族に支えられている事を忘れずに生きていきたい、そう思った。

(川井多恵子)

東京教区に新助祭2人誕生! 助祭叙階式行われる-猪熊さんと宮下さん-

本年当教区内で、助祭叙階の皮切りとなったコンベツアル聖フランシスコ修道会日本管区のお二人を紹介しよう。召命祈願日と母の日が重なる5月10日(日)、森司教によって赤羽教会で叙階された。

東京教区の今年度の助祭叙階式は、5月31日に猪熊太郎神学生が多摩教会で、次いで6月14日に宮下良平神学生が関口教会で、いずれも白柳大司教の主司式で行われた。今後1年間は、猪熊助祭は西千葉教会と青梅教会、宮下助祭は小金井教会で助祭実践期の研修に取り組み、教区司祭を目指すことになる。お2人の活躍を祈りつつ、プロフィールをご紹介しよう。

フランシスコ・アンジ猪熊太郎さん 「人の中で生きつづけたい」

1961年広尾に生まれる。幼児洗礼組で、大森、関口、初台、多摩と各教会を転々とし、神父の予行演習(?)をした。小さい頃は侍者などをしていたが、旧い時代の「ああしろ、こうしろ」という宗教教育の雰囲気になじめなくて、ついに教会から遠のいてしまう。

でも、青春期を教会から離れて過ごしている間に、第二バチカン公会議の精神がしっかり根づいて、教会は大きく変化していた。大学生になって久しぶりに訪れた多摩教会は、そのような彼をあたたかく迎え入れた。キャンプの手伝いをきっかけに、若い人たちとの交流や教会行事への参加など、楽しい日々が続いた。

大学を出て大型トラックの運ちゃんになったが、思い出されるのは教会での楽しく充実した日々ばかり。ついに運転手生活を1年間で見切り、神学院に飛び込んだ。

召命の動機は、「人の中で生きたい」神学校で学んだ知識が、教会でまったく役にたたないことを痛感した。「何よりも大事なのは、知識を受け売りでなく、自分の言葉で語っていくこと」と語る。

一見大らかそうだが、意外に細かい性格だとか。以前はスポーツをしたが、今は無趣味で通している。

パスカル宮下良平さん 「キリストの生き方を分かち合いたい」

1954年、長野県生まれ。大学生時代に、友人に誘われて真生会館の講座へ通ったのが、カトリックとの出会いだった。卒業後も上智大学の職員という仕事柄、カトリック的環境の中にどっぷりつかる日々が続き、ついに24才の時に関口教会で受洗。もうその頃には、「神さまによばれているな」と召命への思いが強くあった。

修道会に籍を置いたこともあるが、自分の信仰生活を振り返ってみて、もまれたり学んだりして、成長してきたのは「いつも教会の中だった」という気づきから、司祭として生きる場は小教区しかないと確信するようになった。

教会ではさまざまな出来事があるが、「淡々と生きていきたい。そして、キリストの生きかたをみんなと分かち合っていきたい」と抱負を語る。

学生最年長とかで、冠せられたあだ名が、「とっつぁん」。見た目がきびしく、がんこ親父との評があるが、眼鏡ごしの眼差しがあたたかい。

趣味はスキーで、あとはテニスを少しばかり。

ラファエル伴バン理史マサフミさん 悪口を言わない子だった

1965年5月5日の生まれ、浦和教区川越教会(パリ外国宣教会担当)出身。中学へ進むとき布教誌「聖母の騎士」の広告を見て長崎の聖母の騎士学園へ進学、中学3年のとき入会志願。神学生々活で特に苦労したと言う思いはなかったとの事。趣味は登山、サッカー、楽器はドラムスが得意。目指す司祭像を伺うと「私に出来る事をやって行く」つまりマイペースで直接司牧に専念したい様子。助祭実践期は本河内ホンコウチ(長崎市)教会に配属。

▼お母様の思い…ひとの悪口、我がままを言わない、2人の弟とは少し違った子どもでした。これからは自分の手の届かない人になったと言う感じです。

セシリアノ赤尾満治ミツハルさん 手が掛からない子だった

1966年2月22日生まれ、長崎教区浦頭ウラガシラ(下5島福江市)教会出身、5人の弟妹の長男。実家は教会の坂の下のバス停前。幼い頃から聖歌隊で活躍、中学1年から入会志願。大学進学のとき音楽の道に進もうかと悩んだとの事。祝賀会では召命に応える約束の歌「指切りゲンマン」など自作曲を、ピアノの弾き語りで披露してくれました。目指すのは「喜びも悲しみも、一緒に分かち合える司祭」。助祭実践期間は赤羽教会に配属。

▼お母様の思い…まっすぐ下校してよく店(酒類雑貨の販売)を手伝ってくれ、また手の掛からない子でした。言葉にならない喜びと不安でいっぱいです。

「あったかい善意のうちに」 東京カトリック聴覚障害者の会 第5回定期総会

第5回定期総会5月10日(日)、関口教会 信徒会館1階新館ホールにおいて、私達聴覚障害者と、私達の「耳」となって下さっている、健常の方達による、結成5年目の総会が開かれました。当日は、朝のうちは雨という御天気でしたが、午後からは次第に晴れて、開会の2時には、いつもの顔ぶれも、2人・3人と見えるようになり役員もホッとしました。総会は「主の祈り」の手話で始まり、これまで1年間の催し及び、会の収支報告、続いて会を継続する上で大切な、「規約」の見直し、と進められましたが、「会則」と「規約」の意味の違い、また見直し案に新たに加える文章等で、役員と、1部聴障害会員との意見の食い違いのハプニングがありましたが、皆さん真けんに取り組まれ、今後が楽しみに思えました。

参加者は40余名と全会員の1/3ほどで、その内、聴障者は13名ほどでしたが、量より質の重さ…。とかで、今までになく、聴障者間の問題提起、取り組みに、真けんさが見られました。

規約の見直しに2時間近くを費やしたので、その後すぐ、役員改選となりましたが、人材不足?はここも同じで、聴障者はほとんど、前期と同じ顔ぶれですが、新人も2名、また再挑戦?の人も含まれて、新たな、活動を約束し合いました。

この会の特徴は、健常の会員が、非常に多いことです。あまりに多いので、聴障の1人として、心もとなく思う時が度々ですが、日頃よりの担当神父様方のお力ぞえ、何かと助けられる、同じ役目の健常の方々を思い浮かべますと、私達は恵まれているだなぁと思います。そして今更ながら、大きなあたゝかさを感じます。全員、20数名のわずかな聴障会員で「教区」公認として、活動が出来ますのは、多くの健常会員の方々による所が、大きいと思います。

これからも、私達はがんばってもっと、多くの聴障者に会員となってもらい、「教会でのミサ及び、諸活動への完全参加」をめざして、手話と、手話を含めた、トータル・コミニュケーションの普及に取り組み、偏見を戒め合い、「一致」へと、前進したいと思います。

5時すぎ、定刻より10分ほど遅れて、新しく決まったばかりの、「天使祝詞」の手話で閉会となりました。

3時間余りも、私達と共に、真けんに会のことを考えて頂いた、健常の方々、担当神父方また、遠くから来られた聴障の方、ありがとうございました。あたゝかな善意が、ひしひしと感じられた、すばらしい総会であったと思います。

新役員紹介
会長 幡野
副会長 井上
会計 馬場・田中(健)
書記広報 山口・山本・白柳
連絡 事務局カトリック荻窪教会
〒168杉並区高井戸東4-18-13
℡:3334-8216
Fax:3334-8261(井上博子)

東京教区合同堅信式堅信おめでとう!

6月7日聖霊降臨の祭日、午後2時より教区合同堅信式が、東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われた。朝からの雨も受堅者が到着する頃にはやみ、ミサ中、26小教区、154名のひとり1人に白柳誠一大司教、森一弘司教から堅信の秘跡が授けられた。

式終了後、記念写真撮影のために広場に現れた方達の喜びは、そのまま教区全体の喜びとなり、それは「…今日、堅信の恵みを受ける方達は、あの時の弟子達と同じ恵みをいただきます。弱かった弟子達が強められ、神がどれ程いつくしみ深く、私達ひとり1人を愛しているか、人々に語り始めていったように、私達にも隣人に伝える責任があります…」と白柳大司教の説教を明示しているようでもあった。

小教区報はワンパターン 高橋紘氏「広報の日の集い」で指摘

東京教区「広報の日」の集いが、「世界広報の日」より1週間遅れの5月31日、東京・神田のカトリック神田教会信徒会館で開催された。

東京教区広報委員会が新態勢になってからの3回目の「広報の日」の集いであり、今回も、第1回目から、小教区報担当者を対象に研修を重ねてきた、そのラインの上に立って考えられた企画であった。15教会から28人の各小教区報担当者が集まり、自分たちの編集している小教区報を少しでもよくするためにはどうしたらよいかについて、真剣に勉強した。

神田教会での10時のミサに続いて、教区広報担当司祭である泉富士男神父があいさつ。その後、共同通信社社会部長である高橋紘氏が「インタビューと新聞文章」について、産経新聞整理部次長の虫明洋氏が、「新聞整理の実際」と題して、講演。

小教区報共通の欠点

高橋紘氏は、どの小教区報にも共通していることは、ワンパターンである、構成が平板である、思わず読みたくなる記事がない、と鋭く指摘。

どの小教区報も、最初のページに主任神父のお説教、またはそれに類する話が載せられている。まったく、ワンパターンとしか言いようがない。

主任司祭の話が、なぜいつも最初になければならないのか。大切な記事かある時は、その記事のほうを優先させるべきである。

文章の構成に、メリハリがない。山場がない。

これは1つの文章だけではなく、1つの新聞全体に言えることである。編集委員がもっと、フリーに議論をたたかわせて、アイデアをどんどん出し合えば平板な新聞から抜け出せるであろう。新聞編集者は、もっとディスカッションに時間をかけなければならない。

インタビューは釣り鐘

どの小教区報も、寄稿原稿ばかりで、記者がインタビューして書いた記事が見つからなかった。なぜ、自分たちで聞いて書かないのか。

話を聞き、その人が感動したこと、体験したことを書くと、締め切りになっても原稿が来ないということで、発行期限に遅れることもない。

インタビューは釣り鐘と同じようなものである。釣り鐘は、撞き手によって音色が変わってくる。それと同様に、インタビューも聞き手がどれほど準備しているか、どれほどよい質問ができるかで、内容の深み、おもしろさが変わってくる。

文章を書く時は、五感を大切にして書くこと。見たこと、聞いたこと、痛みを感じたことなどを描写するとよい。

新聞整理の実際

昼食をはさんで、午後の講演で虫明洋氏は、まず、見出しとは、「人間の顔」のようなもので、正確、的確魅力的でなければならない、と指摘。
これは、言葉を変えて言えば新聞をパッと見て、記事の内容にまで人を誘えるかどうか、その見出しによって、ニュースのポイントがつかめるかどうか、また、記事内容を想像できるかどうかということである。

見出しを考える場合も、言葉のリズムと、読みやすさが大切である。自分のつくった見出しを、一度口に出して読んでみると、リズムがあるかどうかよくわかるものである。

次いで、見出しつけの実際を小教区報の中から例をあげ、編集者が最初の読者ということを忘れずに、その原稿を読んでどこに一番感動したかを考え、その点を見出しにすること、伝えたいことは何かを考えて見出しをつけること、など、見出しつけの極意を伝授した。

また、見出しのタブーとして戒名見出し、だぶり見出し数字の和洋折衷、があり、これも小教区報から例をとり、指摘された。

バランスのあるレイアウト

紙面のレイアウトについては紙面上、バランスがあること、アクセントをつけること、見やすい、わかりやすいものであること、などについて話をうかがった。

2講師が共に、「一番よい小教区報」として太鼓判をおした吉祥寺教会報の編集スタッフが「毎週、編集のためにわいわいがやがや、話し合っている」とその極意を分かち合った。

最後は質疑応答の時間であったが、参加者から新聞づくりの上で日頃直面している問題について、次々と質問が投げかけられた。

2講師共通のアドバイスは、「依頼記事ばかりではなく、もっと取材記事を」というものであった。両氏の講話はともに具体的、実践的で、参加者は「これからも、このような研修会をしてほしい。もっと質問したかった」という声を残して、散会した。

また、2人の講師が準備し、配布した資料は、参加者が「持って帰り、編集する時に見て気をつけることができる資料なので、今日参加できなかった人の分もほしい」と好評を博した。

幻の教会-内蒙古の未解放地区を訪ねて-

4月27日午後1時、中国内蒙古自治区フフホト北方。どこまでも続く黄土の砂漠を、妙に押し黙った乗客たちを乗せてただひたすらに走るバス。よく揺れ、空気が乾燥して鼻が詰まるせいばかりではない。同行中国人政府ガイド氏の「ご案内」が我々をそうさせたことは間違いないだろう。

「ここからは、未解放地区です。人民政府の関係当局のご努力の結果、外国からの皆さんが訪問することができますので、公安当局の指示には必ず従って下さい。写真撮影は絶対禁止です。また、民衆には絶対話しかけないで下さい。公安のかたがおおぜい来ておりますので、迷惑をかけないようお願い致します。もう一度繰り返します…」

バスの500メートルほど先には公安警察のジープが先導。内蒙古旅行社の社長他数名まで同乗してくれるVIP待遇なのだが、どうも居心地が悪い。そうだ、きっと囚人が護送されている時もこんな気持ちになるに違いない。ごくたまに、小さな集落が出現する。まさにレンガと泥に埋もれた砂漠の村だ。煙突がなければ、軍事トーチカと錯覚するに違いない灰色の小さな構造物が点在する。

「あっ、見えます。あれが教会です」突然、出現した、砂漠の中に一際目立つ、間違いない。バロック様式ともいえる大聖堂(バジリカ)。こんな場所に。誰が。どうやって。

10数名の公安関係者が見守る中、バスを降りる。よほど珍しいのだろう、もう民衆が集まってきている。正面中央には、そびえたつ十字架が…ない。根元の部分から折られているのがわかる。文化革命だ。

私たちの司祭団の後を追って、一時も監視を怠らない公安部員が香部屋に駆け込む。

深水正勝神父の説教が響く中、聴衆は我々と中国人司教、司祭、それに公安関係者のみ。ミサ後中国教会側との公式会見が許されたが中国人司教の前には公安が2名陣取るありさま。現実に信教の自由が制限されている様子を目の当たりにすることは、私にとって相当衝撃的だった。

広大な教区9000人の信者を困難な状況の中で司牧し続けている2人の牧者。写真を撮ることはできなかったが、十字架の折られた教会と彼らの姿は、生涯忘れることのない記憶に違いない。

「他の国にも同じ信仰を持っている人がおり、そして彼らのために祈っている人達がいることをこの人々に知ってもらうことで、大きな慰めと力をプレゼントできたのではないでしょうか。今後も、経済的な力を求めている彼らに対して援助の手を差し伸べるよう呼びかけたいと思います」(白柳誠一大司教、中国でのインタビューに答えて)

(進藤重光)

ズームアップシスター 小島トモ

小島トモ(大阪聖ヨゼフ宣教修道女会会員)

ジュリア祭に初めて参加したのは12年前。そこで、60年もジュリアの墓を掃除したり花を供えたりしていた3人の老人に出会って感動。その中の1人は、ジュリアのいる天国に行きたいと望んで受洗したという。

その後、毎年のようにジュリア祭に参加。日程の合間を見つけては、子供たちを集めて話をしたり、お年寄りを訪問したりするという。今では200名近くの島の子供たちと文通を続けている。また、社会人となって上京してくる子供たちと会うことも楽しみの1つという。

肝ったま母さんのような頼りになる心底あたたかなシスターである。

お知らせ

生涯養成に関する企画

祈りへの招き

8日間の霊操:7月5日(日)18時〜14日(火)
朝指導:ディアズ神父
一泊静修:7月18日(土)夕食〜19日(日)午後4時
指導:ギハロ神父
日帰りの静修:7月20日(月)午前9時分〜午後3時
場所:いずれも上石神井イエズス会黙想の家
対象:カトリック信徒の方どなたでも。
問い合わせ、申し込みは:03-3920-1158(9時〜18時)
〒177 東京都練馬区上石神井4-32-11 黙想の家

学習会-キリストをもっと知ろう-

毎月第2土曜
日時7月11日:神「目がまだ見ず……」
9月12日:掟「愛せ、さらに愛せ」
講師:岩島忠彦神父
場所:上智かつらぎ会館、地下ホール
対象:信徒の方どなたでも歓迎

座禅会

毎週月曜日17時20分〜20時。
上智大学クルトウルハイム。
無料、不定期参加も可。
初心者歓迎。
指導:リーゼンフーバー神父

祈りの集い

指導:リーゼンフーバー神父
場所:S・J・ハウス 第5応接室
時間:13時30分〜16時 講話、黙想、ミサがあります。

函館巡礼と体験実習の旅

9月2日(水)〜4日(金)
トラピスト、トラピスティヌ、旭が岡特老ホーム 他
参加費:8500円
定員:35名(定員になり次第締切り)
締切り:7月15日
主催:東京教区生涯養成委員会
問い合わせ:東京ナイス事務局 03-3943-2277

聖書深読静修

日時:7月12日10時〜17時(ミサあり)
指導:奥村一郎神父
場所:上野毛黙想の家(カルメル会)
会費:1000円
連絡:シスター・今村(マリアの御心会)
〒160 東京都新宿区南元町6-2 ℡03-3351-0297

典礼研修コース

日時:7月31日〜8月3日
場所:日本カトリック研修センター
〒466名古屋市昭和区広路町隼人
℡052-831-5037
会費:26000円
申し込み:申込金(3000円)と申し込み書を1週間前に開催場所に送付。
[〒振替名古屋9-112940]

読書会

荊冠の神学:荊に下る神
7月16日:19時〜21時
高輪カトリック教会

信仰講座

講師:A.デーケン
場所:かつらぎ会、上智大学6号館1階。
会費:不要
時間:18時〜20時30分
7月7日:キリスト教の新しい自由-イエスの解放のメッセージ-
7月14日:ビデオ鑑賞と分かち合い
7月21日:審美とキリスト教
連絡、問い合わせ:かつらぎ会デーケン・クラス ℡03-3238-3031

読書会

「わが宇宙」 ティーヤル・ド・シャルダン著(教材は、開催者側で用意。1回分100円)
指導:ウィレム・A・グロータース神父
場所:カトリック松原教会2F
日時:月2回、火曜日、20時〜21時、9月8日・22日、10月6日・20日、11月10日・24日、12月8日・22日
参加費:無料
主催:日本ティヤール研究会
問い合わせ:グロータース神父世田谷区松原2-28-5 カトリック松原教会 03-3323-3527

第8回黙想会と聖体賛美式

日時:7月11日(土)15時30分〜18時30分
指導:来住師(御受難会)「信仰の継承」
参加費:500円
場所:カトリック神田教会 03-3291-0861

第6回夏期講座のお知らせ

主題:視点を変えて生きる-外なる人、内なる人-
期間:7月29日〜7月30日
時間:午前の部11時〜12時-昼休み(弁当持参又は注文)
-午後の部13時30分〜15時(休憩あり)
会費:1日分1000円
会場:聖アルフォンソ初台教会内アルフォンソホール
〒151渋谷区代々木5-16-3
℡ 03-3466-0361
Fax03-3466-0343
申込:申込書を記入し、会場宛7月日までに持参又は郵送のこと(弁当当日申込不可)
講師:頭島カシラジマ光神父(29日)吉山ヨシヤマ登神父(30日)

差し上げます

「夫婦の対話」に深い関心を持たれる方へ

城東ブロックでは、本紙第87号(昨年11月号)に紹介した「家庭を考える集いパートI・夫婦の対話とカップルパワー」の全発言をまとめた小冊子(B5判頁)が完成した。マリッジ・エンカウンタ関係者の間ではこの様に自分達の生の声が文字になったのは初めて…と喜ばれている。少し読みづらいが、もう一度、夫婦とは何か!を考えたい向きには、有益な1冊と思う。

希望者は、角形3号の返信用封筒に250円切手を貼って同封、左記事務局へ申し込めば、2冊まで無料進呈が受けられる。
申込先〒336浦和市中尾2087-10 村岡方 城東ブロック会議事務局

第5回信徒の霊性研修合宿

-家族のかかわりの中での信徒の霊性を求めて-
-キリストを生きるために-

「信徒の霊性」研修合宿も、おかげさまで5回目を迎えることになりました。これまでにのべ400人に及ぶ方々が参加され、森司教様のご指導により、毎回実り豊かな分かち合いを体験しています。今年は「家族のかかわりの中で信徒の霊性を求めて」と題して、夫婦、子供、親とのかかわりの中で、どのようにキリストを生きていったらよいかご一緒に深めたいと思います。どなたでも参加できますので、お誘い合わせの上お申込み下さい。

指導:森一弘司教
日時:8月21日〜23日
会場:天城山荘
〒410-32静岡県田方郡天城湯が島町湯が島2860
℡0558-85-0625(代)
対象:カトリック信徒の方どなたでもどうぞ
費用:20000円
締切:7月7日
定員:100名
申込:申し込み金5000円(取り消しの場合返金できません)と案内書のため返信用封筒同封のうえ次の住所へ
〒107東京都港区赤坂8-12-42聖パウロ女子修道会「信徒の霊性」係
S清家(せいけ)
S清水

1992年度 日本カトリック研修センター

7月・8月のスケジュール
問い合わせ 〒466名古屋市昭和区広路町隼人30
052-831-5037

期日 コース・講座 講師 費用

7月31日 (金)~8月3日 (月)

典礼研修コース
-賛美の歌-その言葉とメロディー・聖書的背景・歌唱指導
『新しい賛美の歌』 の歌詞と曲募集中

新垣壬敏氏 (作曲)
南雲正晴氏 (典礼学)

26,000円 (食費・宿泊費を含む) 

8月2日 (日) 15時

典礼研修コース内特別行事
新しい賛美の歌フェスティバル
『新しい賛美の歌』 応募入選作品発表会

特別出演 大和田りつこ
(元NHK歌のおねえさん・吉祥寺教会所属)

1,000円 (発売中)

8月4日 (火)~8月8日 (土)

EAPI公開講座
テーマ 『神の民<People of God>』
(通訳付)
EAPI (東南アジア司牧研究所<マニラ>) のスタッフによる

J.キング神父 (教会法)
Dr.  H. デメサ氏
(キリスト論)
M. ウトモ神父
(司牧神学)
J.パキアラジ神父
(典礼学)

57,000円 (食費、 宿泊費を含む) 

8月9日 (日) 14時
~16時

EAPI公開講演会
『Pastora Challenges of Ministry in Asia Today』
(アジアにおける教会司牧・その新たな取り組み)

EAPI所長 
ジェフリー・キング神父 (イエズス会)
<通訳付>

800円

 

編集部から

今月号は、インターナショナルデー特集号といたしましたので、シリーズでお送りしております、「教会・修道院巡り」、「ある家庭」、「外国人共同体をたずねて」、「青年ネットワークだより」を休載させていただきました。次号をお楽しみに。

4月から教区ニュースを担当しています、マンネリにならぬよう斬新なアイデアが紙面に生きるように奇抜な発想で編集部を混乱させています。遊び心いっぱいの教区ニュースを作りたいと思います。今後を期待あれ。今月号では、子供達の絵が目玉商品、白黒で残念ですが、子供のインターナショナル感覚をお楽しみ下さい。〈まんも〉

最近編集部に原稿をお寄せ下さる方が増え、編集部一同うれしい悲鳴をあげております。出来あがりまでの日程を念のためお知らせいたしますと、編集会議 毎月上旬原稿〆切 毎月15日印刷屋さん渡し 月末3回の校正を経て司祭月集の日に発行となります。行事・お知らせ等は前々月中旬までにお送りいただければ幸いです。お手もとに教区ニュースが届くのは、月集の次の日曜日(第1日曜日)となることが多く、行事・催しが終っていることが予想される場合は、心ならずもボツにせざるを得ず、大変残念な思いをしております。

校正している今夕(6月11日)、PKO協力法案が衆院特別委で修正可決され、本会議に上程されることになりました。皆様はPKO法案について、どうお考えですか?「東京教区ニュースですが……」と、皆さまの集いにおじゃましてご意見を伺うかもしれません。その時にはどうぞよろしくお願いいたします。