東京教区ニュース第78号

1990年11月01日

「協力」を求めて

司祭研修会 開催新潟教区司祭も参加

去る10月2日から4日にかけて、2泊3日の日程で、東京教区司祭の研修会が、新潟の胎内パークホテルで行われた。参加者は」88名、内14名は新潟教区司祭であった。
毎年10月に司祭の研修会が行われてきたが、今回は新潟教区と東京教区が姉妹教区になった関係上、新潟教区で行おうということが、司祭評議会で早くから決定され、会場を新潟教区の中に求めたものである。
新潟教区では、東京教区からの呼び掛けを受けて、同じ時期に浦和教区司祭たちとの合同黙想会が予定されていたにもかかわらず、それを変更し、この研修会に参加した。ここに姉妹教区としての関係を大事にしようという新潟教区の熱意が感じられた。

佐藤敬一司教は研修会の開催に先立つ歓迎の挨拶の中で、安次嶺晴美師の新潟教区への派遣に対して謝辞を表明し、白柳誠一大司教は司祭の協力の原点はキリストの司祭職の中にあるとし、キリストの同じ司祭職に招かれた者として、お互いの助け合う道をさぐると同時に、教区の壁を越えた協力の道を開いていくことを期待すると語った。

研修会の講師は竹山昭師(鹿児島教区司祭)。
第1日日、講師の竹山昭師は、司祭同士の協力をすすめていくためには、数々の難しい問題点があるとしながらも、その一つとして、司祭個人の経済上の格差を解消する努力を避けては通れないのではないかと指摘した。

教区司祭の数が多い東京教区にはそのまま適応できないかもしれないが、と断りながら、鹿児島教区司祭が、経済的に自立できる小教区が少なかったためにプール制をとらざるを得なかった事情とその実現までのプロセスを説明した。

最終日には、新潟教区、東京教区の姉妹教区としての今後の協力のあり方をテーマにパネルディスカッションを行った。
司会は東京教区の粕谷甲一師、パネラーとして新潟教区からは鎌田耕一郎師、東京教区からは寺西英夫師。鎌田師は、新潟教区と東京教区が姉妹教区として話がまとまるまでの過程に触れながら、新潟教区としては、人的にも経済的にも東京教区に貢献することは、今の段階ではできないが、新潟教区の司祭が、日本海に面した宣教の難しい地域で、半年近く雪に埋もれながら、司祭として生きている体験は、東京教区司祭に提供できる宝であると語り、福音宣教も、東京という刺激と課題の多い社会を念頭におくのではなく、宣教が非常に難しい地域を原点にして考えていくならば、別の見方、対応が考えられてくるのではないかと問題提起した。
また、寺西師は、このような形で始められた両教区間の協力を育てていくために、東京教区の側の態勢づくりが必要ではないかと提言し、東京教区司祭間の共通理解と合意を育てていくことがこれからの課題であると指摘した。
この後、質疑応答及び議論の中で、はからずも明確になったことは、東京教区司祭の間の協力の問題であった。

新潟教区と東京教区が助け合おうという呼び掛けは、福音宣教推進全国会議が終わった次の年の秋、東京教区司祭研修会の場で出てきたものである。最終日の全体会議で提案され、その後、司祭の声をとりあげていこうということから、大司教はこれを司祭評議会にはかり、新潟教区に呼び掛けたものである。
この実現のために、双方、担当司祭を任命した。新潟教区からは、鎌田耕一郎師、高薮修師、川崎久雄師、東京教区からは寺西英夫師、岸忠雄師、吉池好高師を任命した。6人の担当司祭たちを中心にした両教区の話し合いの結果、昨年の暮れ、さまざまな可能性の中から次の4項目における協力をすることに合意を得、この4月から具体化したものである。
その4項目とは東京教区から新潟教区への司祭派遣、佐渡百人塚の保守・管理・維持のための経済的な援助、両教区司祭の黙想会・研修会の相互参加、司祭の活動のために益となる情報の交換などである。

東京教区司祭の現況-1990.10.28現在-

現在、東京大司教区には、大司教、補佐司教を含めて最高齢者86才を筆頭に91名の司祭が在籍している。平均年齢を求めると55.25才となる。
下の図表を参考にしていただきたいが、50才台以上の司祭が過半数以上を占め60パーセントを超えている。
司祭の高年齢化はこの先もしばらく続いていくと予想されるが、一般社会では、第一線から退き、第2の人生を楽しむといわれる年代の司祭たちが司牧上の多くの仕事を担当していかなければならないというのが現状である。

もちろんこの91名全員が小教区の仕事を担当しているわけではなく、また、教区の仕事だけに専念しているのでもないことを皆様はご存知であろう。
首都東京には、日本全国のカトリックの諸機構が集中しているので、人数上は多数の司祭を抱える本教区は、いろいろな部署に人材を派遣している。
中央協議会をはじめとする行政的な部門や、諸研究機関や事業体にも出向している司祭が多く、いわゆる司牧の任に当たる司祭は半数といってもよいであろう。

このような状況の中で、小教区に遣わされ、直接神の民を司牧している司祭には負担が重くのしかかっていると言わざるを得ない。本教区の司祭志願者は現在9名を数え、神学校で研さんを重ねているが、多くの司祭をめざす青少年の召命を教区全体の重要な課題として再確認する必要がこのデータからもうかがい知ることができる。
同時に信徒が積極的に司祭を助け、小教区の運営や、福音宣教に協力してゆく道をも探さなければならないであろう。 (東京ナイス事務局の資料を参考にした。)

1990.10.28現在

80才以上 6人(6.6%)
70才台 8人(8.8%)
60才台 25人(27.5%)
50才台 17人(18.7%)
40才台 20人(22.0%)
30才台 15人(16.5%)
平均年齢 55.25才

一粒会主催

邦人司祭育成のための「オルガンとヴィオラの夕べ」

日 時 : 12月9日(日) 午後4時〜6時
場 所 : 東京カテドラル聖マリア大聖堂
入場料 : 2,000円
オルガン : 竹前光子
ヴィオラ : 田中あや
演奏曲目 : バッハ『甘き死よきたれ』他
お問い合わせは 各小教区一粒会委員まで。

情報

ファックス 一斉配信テスト実施

東京ナイス事務局の中に設置されたTCCC(東京カトリックコミュニケーションセンター)は新しく「TCCC推進スタッフ会廼の下に設けた3つのワーキンググループによってその活動を支えています。

システムグループ

今年7月に機器が搬入されて以来、毎月ミーティングを重ねて本格的な稼動に向けてシステムを総合的に検討しているのがシステムグループです。まだ、全てのアプリケーションソフトが稼動するところまでシステムが構築されていませんが、ファックスの一斉配信や登録されたユーザー間でのメッセージ交換、メニュー方式による文書の作成、スケジュール管理など一部の機能をテストできる段階までこぎ着けました。

ファックス一斉配信テスト

9月27日に行われたファックスの一斉配信テストで60教会の協力をいただき、アンケートと小数区ファックス番号一覧表をシステムから自動送信しました。今回は卓上ワープロで製作した文書をイメージデータとしてシステムにとり入れて送信したため、半角が読めない、文字が崩れるなどのコメントをいただきましたが、初めてのテストとしては成功でした。皆様に利用していただき、よいサービスができるシステムに仕上げるため、今後もシステムグループの活躍が期待されています。

データベースグループ

システムを効果的に稼動させるためにはどのようなデータをどのような形式で蓄えたらよいか、こうした検討を行うのがデータベースグループです。現在はナイス事務局のメンバーによって教会案内や諸施設案内などを製作していますが、多くのデータをまとめるためにはボランティアの皆さんによる協力や各教会共同体の協力が必要になります。この時のためにアプリケーションソフトの統一やデータ形式の統一等の検討も行っています。TCCC推進スタッフ会議で承認され次第、皆様に公表し、ご協力をいただくことになっています。

タスクグループ

TCCCの広範囲にわたる情報管理をどのように統轄し運営したらよいか、将来こうした問題も検討しなければならない時がすぐに来るでしょう。タスクグループは、その時のため
に人選を含めてスタッフ会議で検討しているものです。

TCCCは、今、動き始めました。中央協議会や横浜教区等共同体や個人からもたくさんの問い合わせをいただいています。来年の稼動スタートに向かってもう止まりません。信徒の皆さん!ワーキンググループで活動している方々の努力に対して皆さんの祈りで支えてあげて下さい。そして、すばらしいシステムを、請う、ご期待!

五課題 レポート 福祉

桜町高齢者在宅サービスセンターが落成 - 高齢者社会に向けて -

去る10月6日、桜町高齢者在宅サービスセンターの落成式が行われ、小金井市長等の参列の中、森一弘司教司式による祝別式が行われた。 このセンターは、社会福祉法人として「桜町病院」 「富士聖ヨハネ学園」等の医療・福祉活動の実績のある聖ヨハネ会が、小金井市の委託を受けて建設に踏み切ったものである。
高齢化社会が本格化するにあたって、高齢者が、できるかぎり住み慣れた近隣の環境の中で、家族や周りの親しんだ人々に囲まれながら、生活していけるような状況づくり、環境づくりが必要であるという理念のもとに建てられたものである。
このサービスセンターでこれから、地域の中でしかも身近な場所でお年寄りはもとより、介護する家族、特に主婦への負担を軽減する各種のサービスが提供されることになる。
現代社会に対する大きな福音である。

創立の精神生かし聖ヨハネホスピス建設へ 講演会 10月10日(水)

体育の日の10月10日(水)午前10時から12時半まで、カトリック教会内での初のホスピス建設をめざし、社会福祉法人・聖ヨハネ会が主催し講演会が開かれた。
この講演会は、日ごろから人を大切にする医療、温かい心のかよう医療を行っている「桜町病院」や「富士聖ヨハネ学園」で信者にも親しい社会福祉法人聖ヨハネ会が来年、小金井市にある桜町病院の敷地内に、ホスピス・ケアのための「聖ヨハネホスピス」建設資金援助と、ホスピスへの理解を求めて行ったものである。
同ホスピスの構想は、総床面積・約660平方メートルで、ベッド数18。入院、家族の宿泊、訪問看護他の機能をもつもので、総工費3億円の予想。
現在、4人に1人が何らかの意味でガン患者とかかわりをもっているという統計が出ているというが、ホスピスへの関心が高く、講演会には約1,500人が東京カテドラル聖マリア大聖堂をうめた。

創立の精神生かし、ホスピス建設へ

講演は、まず桜町病院長・戸塚元吉氏の挨拶で始まった。桜町病院は、医師であり司祭であった戸塚文卿師が創立したが、元吉氏はその甥にあたる。
戸塚氏は、「ガンにかかる患者の7〜8割強が、ガン再発で命を失う。ガンは死の数カ月前から、傷みなど数々のつらい症状を引き起こす病気である。桜町病院では過去1年間、病院の一角でホスピスの試み--人間らしい静かな死、患者の心の準備、残される家族への対応など--を行ってきたが、そこで得た結論は、創立の精神を生きるとしたら、今私たちが取り組むべきことはホスピスだということであった。そのために今後も皆様の温かいご協力をお願いしたい」と訴えた。

デーケン師講演 死生学を学ぼう

次いで、「死生学のすすめ」と題して、アルフォンス・デーケン神父の講演が行われた。
デーケン神父は、ホスピス、死生学、死の準備教育などを進めているイエズス会司祭で上智大学教授。彼は、ホスピスの各国での現状に触れながらユーモアを交え、1)死生学、2)生きがいについて、3)死への恐怖をやわらげる、4)動物の死と人間の死のちがい、5)ホスピスとは何か、6)死を前にしての他者への愛と思いやり-十字架上のイエズスの言葉-を6つに分け、次のように講演した。

死は人間の神秘

「死生学は、文化の大切な一部で、それが学問となり、現在ホスピス運動の土台となっている。アウグスチヌスは19歳の時、親友を失い、死について、生きることについて考えたのであのような人になったともいえる。
20世紀の危機は、すべてを問題としてとらえ、神秘としてとらえないところにあるのではないか、とガブリエル・マルセルは言っていたが、人間に関する領域はまさにそうである。
今、病院は患者にどんな治療ができるか、つまり問題解決の方法としてとらえている。しかし、ホスピスは、それとは逆に、神秘の領域の再発見をしている。
つまり、患者から何かを学びながらという姿勢が常にある。

死は生き方で決まる

死への準備教育は、同時に、どういうふうに人間らしく生きるかということである。ホスピスの精神は、どのようにより意義のある日を過ごすかということにある。
動物の死と人間の死の決定的な違いは、人間が死の瞬間まで成長するということである。人間にとって、死は怖いものである。その上、苦痛への恐怖、孤独への恐怖がある。ホスピスでは医療技術よりも、人の温かさ、その人々と共にいる、共に歩むことにより、その人の最後の旅を共に歩むのである。その意味でも、今後、音楽、芸術、読書療法が次第に用いられるようになるだろう。
イエスズは十字架上で、相手を思い祈ったし、天国を強盗に約束した。この十字架の下には聖母マリアと聖ヨハネが立っていた。この愛の精神を生かすことがホスピスである。
天国での再会の希望は、患者と家族にとって、大きな力となる」。

曽野綾子氏講演 「死ぬことについて」

次いでもう1人の講演者である作家の曽野綾子さんが、「死ぬことについて」と題して、次のように話した。
私は幼い頃からカトリックの学校にいたので、死に触れない教育とはまったく無縁の生活をしてきた。母校では「・・・今も臨終の時も祈りたまえ」と祈ってきた。
一方この世の中に、こんなに大勢の人がいるが、一人として同じ人生を生きる人はいない。
これはすばらしいことだということを感じていた。
洗礼を受けたのは高校生の時である。シスターは人生の最後に死があっても、あの世と続いたものだということを教えてくださった。

最期までなすべきことがある

人間の苦しみを表すとき、老・病・死というが、生と死が一線を画すのではなく、死はよい生をつくるためにある。死の後には何がのこるであろうか。自分が人を愛すること、愛されたことへの感謝しか残らない。
死の瞬間まで、私たちはすべきことがある。そういうことを考えていると「受けることより与えるほうが幸いである」という聖書の言葉に至る。戦後の教育は、この逆のことを教えてきたように思う。
聖フランシスコの平和の祈りにあるように、私たちが最後にすべきことば、和解であるように思う。

聖ヨハネホスピス建設趣意書

参加者にくばられた「聖ヨハネホスピス建設趣意書」によると、建設寄付目標額は1億5,000万円、運営寄付目標額は年額2,000万円。
より手厚いケアをめぎしたホスピスの運営を計画すると、約二千万円の収支の不足が1年間に見込まれ、建築のための借入金の返済(8,000万円)も毎年800万円以上になる。健康保険の経済性だけに依存せず、ホスピスに賛同し支援してくださる方々のご寄付で、より充実したホスピスケアの運営をしていきたいと希望しているとのことである。

詳細についてのお問い合わせは
〒184 小金井市桜町1-2-20
社会福祉法人 聖ヨハネ会事務局まで。
寄付のお願いを以下に示した。

ご寄付をお願いすることについて

聖ヨハネホスピスの建築と基金設立に対するご寄付のお願いについて

1.社会福祉法人聖ヨハネ会が直接ご寄付をいただく時

【個人の場合】
・ 確定申告によって、次の限度内で所得税法上の寄付金控除が受けられます。
その年の総所得額の25%を上限として、「寄付金額-1万円」か「その年の総所得額の25%の金額-1万円」のいずれか低い方の金額。
・ 社会福祉法人への寄付金は、金額こ関わりなく贈与税の対象とはなりませんので、ご寄付いただいた方に、別途税金を納める義務はありません。但し、相続の場合は別途手続きが必要です。
【法人の場合】
寄付金全額を損金に算入できる特定寄付の領収讃を発行することができます。

2. 善意信託(えすぽあーる)を通してご寄付をいただく時
個人、法人いずれも可能です。

福祉の集い

地域活動推進小委員会主催 分かち合いバザーも盛況

10月16日(火)カテドラル構内において、東京教区福祉委員会地域福祉活動推進小委員会主催の「福祉の集い」が開催された。
地下聖堂で、福祉委員会担当の塚本伊和男神父、三好満神父、加藤英雄神父の共同司式によるミサがささげられた後、森一弘司教の「教会の福祉活動」と題する講話が行われた。
「あの人たちの苦しみが、私に届いた」 (出エジプト記・3章)。
神が人々に対して、愛の行動に踏み切るきっかけは、人間の痛ましい姿を感じられたからである。
人間の痛ましい姿を「共感する心」を、日本の教会の活動の原点として育てていかなくてはならない。
差別や抑圧に苦しむ人々と共にかかわることがキリスト者としての成熟につながる。
福祉委員会が、地域のニーズを探りながら、共に協力していくことによって、福音に基づいた福祉の具体的な形を育てていることはすばらしいことだ。
昨年のこの集いの参加者は、今日の3分の2くらいであった。地道な活動を通して、このように1年の間に福祉の輪が広がったということはとてもうれしいことであると同時に頼もしいことである。今後の福祉委員会の活動に、大いに期待すると結んで講話を終えられた。
前田千恵子さんから地域福祉活動推進小委員会のスタッフおよび各ブロックの連絡委員の紹介が行われた後、センターホールに場所を移して分かち合いバザーが開催された。
各ブロックごとに、それぞれ心をこめて用意した手作りの手芸品、雑貨等の販売のかたわらでこれも手作りのおにぎり、たきこみごはん、赤飯、サンドイッチを食べながらの分かち合いも見られ、盛況のうちに散会した。

障害者とともに -黙想と分かち合い-

10月13日〜14日 障害者問題小委員会 主催

10月14日(日)、小平市の東京サレジオ学園で、首題の黙想会が行われた。
これは例年「ふれ愛旅行」を実施してきた教区福祉委員会・障害者問題小委員会が、今年は、小さな新しい試みとして実施したものである。
当日は、天気予報(雨) に反して良い天候に恵まれ、また学園内のすばらしい景観と完備した施設、非常によい環境の中で黙想ができたことは何よりであった。黙想を通して、神が造られたものをすべてよしとされた世界に、なぜ障害をもった人がいるのか、神の栄光が現れるためとはどういうことか、イエスもその人々を癒されたが、それ以来今日まで誰もその恩恵にあずかった障害者はいないなどの疑問や、障害者を通して健常者自身が変わっていかなければならないなどの問いかけがあった。また、信者をふやすことも大切かもしれないが、社会の本当の福音化とは何なのだろうかという問いも投げかけられた。

分かち合いの場では、障害者に対する理解の不足は、事実を知らないことからくること、体験学習の重要さと、その機会をつとめてもつことの大切さ、そして社会においてカトリック教会がその配慮の点で、まだまだ不十分であることが話し合われた。

スタッフの一人である阿部泰久氏(関口教会)は次のように述べている。
「今回参加者の中から来年はまた〝ふれ愛旅行″をして欲しいとの声があったことも今後十分考慮する必要があると思います。また、今回信者でない方々も障害をもったお子さんと共に参加してくださいました。参加者はスタッフを含めて24名、内障害者11名、聖職者5名でした。皆さんがそれぞれ何かをもって帰ってくださったと思います。最後にすてきな場所を提供してくださった東京サレジオ学園に感謝いたします」と。

五課題 レポート 生涯養成

なごやかに分かち合い 第1回 一泊交流会 「みんなで話そうよ」

福音宣教推進全国会議(ナイス)の提案のうち生涯養成の具体的な企画として、第1回一泊交流会「みんなで話そうよ」が10月6・7日、日野市のラ・サール研修所で行われた。ナイスでは、信仰者の建前ではない本音の分かち合いによる養成の大切さが強調され、それに沿って東京教区ナイスプロジェクトチーム生涯養成委員会が練ってきたプランが初めて実現したものである。
6日午後4時に集合し、簡単なオリエンテーションの後、森一弘司教の基調講話を聞いてテーマ別のグループ分けになった。このテーマは予め参加申し込みの際記入されたものから選ばれたもので、小教区の問題、地域社会との関わり、高齢化社会、それに次のナイスのテーマである家庭など多くの人が関心をもっていることが取りあげられた。
夕食までの間には、田中隆弘神父(秋津教会)の指導で初対面の緊張をほぐすと同時に少しでも多くの人の名前を覚えるようなゲームを楽しみ、なごやかな雰囲気の中にこの計画のメインになる分かち合いに入れるよう配慮がされた。夕食も4つのテーマ、7つのグループでテーブルを囲み、各部屋に分かれ活発な分かち合いが続けられ、後半は再び食堂に場所を移し深夜まで及んだグループもあった。

翌朝は前日の分かち合いを受けての全体会。ここでは更に今後の企画についても積極的に意見が出され、それぞれの信徒がまだまだ多くの問題を抱え、祈りながらも多くの人と話す場を求めていることが感じられた。
この一泊交流会の締めくくりとしてのミサは女子パウロ会のシスターによって、この会にふさわしいものに工夫がこらされ、一生続く私達の信仰生活の歩みを表したシンボルの品、「三本のローソク(三位一体)」 「ガラスの器に水(洗礼)」「フローティングローソク(再生した命)」 「種(洗礼によって受けた神の命の種)」 「花と果実(恵みによって行ったよい業)」 「土器と燃える炎(弱くもろい肉体とその中に輝く聖霊)」などが十字架、パンとぶどう酒、ローソクとともにささげられた。そして、洗礼の約束の更新の祈りをミサの中で皆でとなえ、聖堂を退出する際、奉納した草花の種が全員に配られた。昼食をとった後、1時30分解散、それぞれの生活の場へと戻った。

参加者は東京の23の小教区から44名と教区外からの2名にプロテスタントの方も3名加わり、司教司祭にスタッフで63名、年齢層は50代60代が多いものの20代から80歳を越えた方の参加もあった。回収されたアンケートには、殆どの方がこのような機会をもっと多くと望まれ、もっと多くの人の参加を願っている。今回は会場の位置から東京西部からの参加が多く、次回はぜひ千葉方面でとの声もあった。

東京教区の生涯養成の具体的な企画として最初の試みであるだけに、スタッフ一同不安の中、とにかくやってみようと準備をすすめたものの肝心のポスターやチラシの配布の時期が夏休みとなり、果たして何人の参加が得られるかが最大の心配だったと言う。同じ信仰を生きようとする者同士、一人でも多くの人と知り合い分かち合って、互いに励まされ力づけられる。この一泊交流会が目的とするところはそこにあり、そこから更に信仰共同体としての教会の積極的な意識が育つ助けになることを願って第2回一泊交流会の計画が進められる。

お知らせします

生涯養成に関する企画

クリスマスを前にしての黙想会

キリスト老婦人の集い(CWC)企画
指導:森一弘司教
12月7日(金)午前10時30分〜正午
参加費:500円
場所:真生会館(新宿区信濃町33、JR信濃町駅下車)

講演会とクリスマス・キャロル「90年代のヨーロッパとヴァチカン」

講師:磯村尚徳氏
12月7日(金)午後6時15分開場6時45分開演
場所:セシオン杉並
主催問い合わせ:カトリック高円寺教会ウィズ90
整理券:500円

サンバオリーネ・クリスマス会

VTR『400人目の賢者』鑑賞とプレゼント交換(各自500円以内のプレゼントを持参)
12月9日(日)午後1時〜5時
対象:28歳までの女性
場所:女子パウロ会(千代田線乃木坂)

聖イグナチオ・デ・ロヨラ生誕500年記念講座『西方からの息吹』

第8回 11月26日(月)
「イグナチオの霊操が文字に与えた影響」中野記偉氏
第9回 12月10日(月)
「イグナチオの教育理念」R・ラッシュ師
第10回 12月17日(月)
「すべてこの世は舞台-イグナチオからシェイクスピアまで」P・ミルワード師
毎回午後6時40分〜8時10分
会場:上智大学9号館249教室
各回500円(イグナチオ教会発行)

祈りの集い「聖時間及び深夜拝礼」

毎月初金曜日午後8時30分〜10時
対象:女性信徒
主催問い合わせ:宣教クララ会

火曜勉強会(よりよい生き方を求めて)アルフォンス・デーケン師

11月20日(火)「イエス・キリストの人格」
12月18日(火)「キリスト教的人間像」
毎回午前10時〜12時
場所:上智大学6号館1F(四谷駅下車)
聴講料および参加費:1回600円
問い合わせ:かつらぎ会

映画会「ベンポスタ・子供共和国」

11月30日(金)午後4時からと午後6時30分
場所:セシオン杉並(杉並区梅里1-22-32)
カトリック高円寺教会主催
整理券:300円

環境シンポジウム 『5年目のチュルノブイリの子どもたちに何が起こっているか』

11月29日(木)午後6時〜8時45分
パネラー:綿貫礼子氏、鶴見和子氏、福武公子氏他
場所:マリオン11F (有楽町下車)
主催:チェルノブイリ被害調査・救援女性ネットワーク
資料代:800円

能「融 十三段之舞」・狂言「布施無経済」・講演「小説『宣告』から夢幻能へ」(加賀乙彦氏)

12月17日(月)午後6時開演
場所:国立能楽堂(千駄ヶ谷)
問い合わせ:東洋宗教研究所
(A席)6,000円 (B席)5,000円 (C席)4,000円

小教区報担当者の集い

読みやすい紙面づくりを心がけています。

10月28日(日)、午後6時より、神田教会で小数区報担当者の集いが開催された。
出席者は18小教区、20名。教区広報委員会担当・東京教区ニュース編集長の泉富士男神父のあいさつの後、自己紹介をかねて、各小数区報の現況、編集方針等について各自発言した。
年3〜4回発行が7小教区、各月発行11小教区、その他お知らせ等を「聖書と典礼」に刷りこんだり、ペラの形で発行している所も見られた。
編集スタッフの人手不足、原稿が集まりにくい、発行部数が少ないため費用がかかりすぎる等の苦心談も聞かれた反面、信徒の生の声を載せる、読みやすい紙面づくり、皆のための楽しい教会報、地域性を出す、外国からの移住者にもわかる紙面をと、各々おしまない努力をしていることが言葉のはしばしからうかがわれた。
次に今年度から新たに発足した教区広報委員会について、泉神父は次のように説明した。
「教区広報委員会は、教区ニュース、ゆーとぴあの発行およびその他広報活動全体を企画運営する委員会であり、教区ニュース担当は、泉編集長他司祭、修道者、信徒スタッフを含め12名で年10回発行の予定。ゆーとぴあは、カトリック情報誌として、3年前から泉神父を中心にスタッフ6名で発行していたが、今年度から教区広報委員会に吸収され、スタッフもそのまま移行した。これを機に第3種郵便の認可をうけ、年10回の発刊とするよう現在準備中である。小数区報担当の方々には、各教会報を東京教区ナイス事務局までお寄せ下さるようご協力を願いたい。各小教区報の中から、司教区の全信徒の方々に読んでもらいたい記事や、イベントを教区ニュース、またはゆーとびあに転載させていただくことになると思う」と。
これに答えて出席者から、「小数区報は社内報的なものでよいのか?」 「対外的?」 「配布方法に工夫はできないか?」「小教区ごとでは、印刷代その他費用がかかりすぎるので、いくつかの小教区がグループとなって、また、ブロックごとに発行することはできないものか?」「ブロック単位で連絡委員を設けてはどうか?」など活発な意見交換が行われ、次回開催を約して散会した。

アクション同志会 ご即位祝賀祈願祭を開催

11月10日(土)午後3時より、下井草教会において、カトリック・アクション同志会主催による「ご即位祝賀祈願祭」が行われた。同会によると、この催しの目的は「ご即位を祝賀し・・・・我が国が人々の自由・平和・幸福に大きく貢献する国となり、世界の人々がまことの幸福への道を見出せ」るよう祈ることにあるという。

五日市霊園墓地増設のお知らせ

五日市の墓地が満杯になり、かねてより新たな墓地の造成が要望されていたが、この度同霊園内に第11区として墓地約200区画(一区画3平方メートル)が増設され、10月21日より申し込みを受け付けることになった。
この地区は、これまでの霊園内の中心の高台に位置し、すべて南向きになっている。1区画50万円。1世帯1区画限り。
申し込み受付場所は、五日市霊園の管理事務所。
現地を見た上で区画が決まったら、申込用紙に必要事項を記入の上、現地管理人の確認印をもらって、東京大司教館内管理事務所に郵送のこと。
詳細はカトリック五日市霊園管理事務所まで。

読者の声

空の色もめっきり秋らしくなりました。
新しくなりました「東京教区ニュース実号」を早速読ませていただきました。内容も豊富で、色、形、活字の大きさも読みやすく、すみからすみまで楽しく読ませていただきました。「ちょっとおたずねします」は、身近な疑問をわかりやすく、とてもよいと思いました。「一粒の麦」は、教区の歴史とあまり知られていない江戸キリシタンの殉教の様子がわかり、とても参考になりました。次回の大司教様の100年史、とても楽しみにいたしております。又、「教会・修道院巡り」もとても楽しみです。教会の地図・住所・電話・ごミサの時間・主任神父様等も合わせてご紹介いただければと思います。又、広報委員の方々もご紹介いただければ、ますます教区ニュースが身近に感じられるようになると思います。これからの皆様の御活躍を心からお祈り申し上げます。
(新宿区 安達五子)

ちょっとおたずねします

「離婚をしても聖体を拝領できますか?」

Q 教会での結婚式で証人になるように頼まれましたが、仲人とどのように違うのでしょうか。

A 仲人とは、元来は結婚話を両家に斡旋し、婚礼においては媒酌人となり、新郎新婦の盃親として御世話をする役目です。現代では仲人といっても結婚する本人たちが、上司や友人に形式としての仲人役を依頼していることがよくあります。カトリック教会の結婚式の場合、式の中心は結婚する当人たちの合意の表明です。権限のある司式司祭の立ち会いのもとに、当人たちが二人以上の証人の前で誓約することによって結婚は行われます。ですからある意味で、この結婚式に参加している全員が、証人としての役割をもっていますが、全員が署名することはできません。そこで参加者の中で2名の人が全員を代表して、彼らの合意が確かに表明されたことを確認する役目を果たすのです。

Q 私はカトリック信者で教会で結婚式をしましたが、その後いろいろな問題があって、ついに民法上の離婚をしてしまいました。ミサに行っても聖体拝領はしていません。教会は私の罪を許して下さるでしょうか。

A 教会法のどこにも民法上離婚したことが大罪であるとは書かれていません。むしろ不幸な結婚によって傷ついた人々として、より多くの司牧的世話を受ける権利のある人々です。教会が聖体拝領を禁じているのは、民法上離婚した人たちが教会から無効宣言を得ないままで、さらに再婚してしまう場合です。
ですから、あなたは破綻した結婚について、身近にいる司祭を通して、あるいは直接にでも、教区長に申し出て下さい。このような問題解決のための教会裁判所ですが、民事の裁判所のように、夫や妻のどちらに責任があるというようなことを審判するようなところではありません。婚姻の撫効性を審議することが教会裁判所の役割です。つまり訴えの対象は「婚姻の絆」であり、決して夫や妻という人間ではありません。この婚姻の無効性の審議は主に次の2点を調査し審議します。
第1は教会の定めた方式上、重大な欠陥がなかったかと言うことです。結婚を重要視するカトリック教会は、婚姻を有効に成立させるために、詳細な方式を定めています。(血縁上の問題、信仰をもたない相手との場合、司式する司祭の権限、挙式する場所、など)
第2は当事者の交わした合意が、はたして教会の教える結婚の内容に合致していたか、あるいは2人の共同生活が、その合意したことを実現していたかどうか、すなわちことばとしては、夫婦相互の誠実な助け合い、生涯変わらぬ愛を表明していても、実際の生活が全くそれらのことを裏切っているとすれば、その人の「はい」は内心で考えている内容とは異なるものです。たとえば婚姻の本質的特性であることを排除している場合(子供を産まないことを条件にしたり、一生の間結婚を続ける気持ちがないなど)などはカトリック教会で言う結婚になりえません。この審議についてはこの紙面ではすべてを説明できませんが、教会は決して「不幸な結婚」によって傷ついている人を見捨てていないことを信頼して下さい。

東京大司教館  稲川保明神父

ズームアップ

国際司牧センター

国際司牧センターの事務所は東京大司教館の「司祭の家」の地下にある。さまざまな事情で日本にやって来て仕事をし、生活する外国人の司牧を目的とするものである。
開設は7月20日。その日には、このセンターを支えるボランティアが50人近くも集まった。外国語に堪能な者だけでなく、病気になった時の相談や保育の相談にも応じられるようなボランティアなどなど、さまざまな分野の人材がセンターを支えている。

国際司牧センターをご存じですか?

さまざまな理由で仕事を求めて東京にやって来る外国人が、ここ数年、急激に増加している。言葉や習慣の異なるこの大都会で生きていくには、彼らは余りにも多くの困難や不安を背負い過ぎているのが現状だ。・このような事態に対応して、日常の生活や信仰面で彼らのバックアップをしようと、今年 7月に東京教区国際司牧センター(T・Ⅰ・P・C)が発足した。(ズームアップ参照)
同センターでは、「外国から来られた方のことで、何かお困りのことがあったらぜひ連絡を下さい。」と、広く呼びかけている。できるだけ協力したいとのことである。
また、同センターは発足したばかりで、スタッフや財政面などの態勢が十分でないので、以下の項目での教区民の援助を強く要望している。

※ センター事務室の電話当番
月曜日から金曜日まで。1日でも、3時間位でも。(外国語ができなくても大丈夫)
※ あなたの才能や技術を人材銀行に登録して下さい。
外国語・日本語・法律・医療・教育・カウンセリング・シェルターハウス等。
※ 財政的援助
一口500円(毎月)

以上の問い合わせは、次のところまで。
東京教区国際司牧センター (月曜日〜金曜日、午前9時〜午後5時)

教会・修道会めぐり(3)「サン・モール修道会」

1872年聖霊降臨の前日、シンガポールの修道院長メール・マチルドは一通の手紙を受け取った。見知らぬ筆跡である。開いてみると、署名は日本代牧区司教プチジャン師、用件は、簡潔に記されていた。
「切支丹禁制の解かれる希望が見えてきた。今すぐ宣教女に来てもらいたい」。メール・マチルドはパリの本院に電報で問い合わせた。シンガポール・ヨーロッパ間の電報は、前日開通したばかりであった。
”承諾”翌朝(5月21日)パリからの返電を手にした。6月10日メール・マチルドは4人の宣教女と共に乗船した。台風の大襲来を受けて、2日2晩拷問の苦しみを味わったが、初めてこの海を渡った聖フランシスコ・ザビエルの足跡を求め、殉教者の地を目指す彼女らにとって、恐れるものは何もなかった。

1872年6月28日、船は遂に港に着いた。この5人の修道女こそ、日本の土を踏んだ最初の修道女であった。
横浜の山手に土地を借り、サン・モール・スクールと菫(すみれ)女学院を設置し、全力を注いだ。しかし日本に着いてわずか3年足らずの間に、2人の修道女の死を味わわなければならなかった。
パリからの新たな応援を受けて、1875年8月には、東京でも事業を始めた。築地の外人居留地に3人の修道女が移り、孤児の施設、さらに日本の婦女子のために語学校を開いた。しかし建物と資金と修道女の数の不足はいつも付きものであった。
19世紀も終わりに近づいた頃、日本の社会は大分変わってきた。戸籍の上で家族のない子供は少なくなり、小学校や福祉事業は一応政府の手に任せられた。一方、女性の教養向上の望みが高まり、女子教育の必要性が社会に強く意識されるようになってきた。
メール・マチルドが最も愛していた事は、貧しい子供を助ける仕事であったが、司教の懇望に従って新しい領域からの要求にも答えなければならなくなった。
1897年に若い女性に語学や技芸・音楽を教える雙葉会ができた。築地の女子語学校は、雙葉高等女学校として新しく発足した。場所も1910年麹町に移った。
関東大震災や、太平洋戦争で人も建物も多くを失い、厳しい試練の時を過ごさなければならなかったが、”神への信頼と委託” という会のモットーに従って、修道女たちは廃墟の中から立ち上がり、今日の発展に至っている。

訃報

力-ル・ゲップ修道士(イエズス会)

10月9日午前7時半、結腸がんのため聖母病院で帰天、85歳。1905年1月17日、オーストリアに生まれる。1930年イエズス会入会。1937年来日。上智大学イエズス会修道院(現在のSJハウス) に居住しながら、聖書・典礼・庭の世話・靴や衣類の仕立てなど、修道院の多種多様な仕事を50年以上にわたって担当した。「祈りの人」でもあった同修道士は、終生表立つことなく、ひたすら裏方として修道院メンバーの世話でその生涯を終えた。イエズス会員としての生活は60年を数えた。

フレデリック・ケビン・フリン神父(コロンバン会)

11月6日午後10時10分、東京・目黒区の国立第二病院で心不全のため帰天した。1919年、オーストラリアで生まれる。43年司祭叙階。47年10月来日。東京、長崎、和歌山、千葉で司牧に従事。来日されて43年間、神の愛を各教会で説き続けた。

「一粒の麦」白柳大司教、教区100年を語る 第2回

江戸キリシタンの殉教

「殉教者の血は、キリスト信者の種」といわれますが、教区100年の歴史は殉教者の汗と血の結晶であり、その実りでもあります。
したがって今回は、江戸キリシタンの殉教について語ろうと思います。

3期に分けられる江戸キリシタンの歴史

キリシタンの研究家であるフーベルト・チースリク神父によると、江戸キリシタンの歴史は、3期に分けられます。
第1期は、西暦1600年から1614年まで。キリスト教が徳川家康より公認され、フランシスコ会の司祭たちが中心となって宣教が始まり、江戸に初めての聖堂が建てられ、大きな宣教の実りを得た初期の約15年間です。
第2の時期は、1614年から1639年まで、江戸における迫害の約25年間の時代です。
第3期は、1639年からキリシタンの徹底的弾圧が始まり、キリシタンがその影を消滅してしまう時代です。

江戸は聖なる土地

江戸のキリシタンは迫害期を含めても、約40年間の歴史であり、ずっと後に密入国し、捕えられたシドッチ神父の最後までを数えたとしても約100年の短い歴史です。
したがって江戸のキリシタン史の大部分は、殉教の歴史であり、栄光でかざられていた時代だと言うことができると思います。
現在世界の経済大国の中心地、日本の政治、経済、文化の要、国際的都市としての東京は、聖なるものとはまるで無縁であるかのような印象を世に与えていますが、私たちのまなこでながめるならば、実に東京、江戸は聖なる土地であると言うことができると思います。

殉教者の数

江戸における殉教者のはっきりした数をつかむことはできませんが、チースリク神父によりますと記録に残っていない殉教者も合わせると、少なくとも2,000人はいたはずだと言われます。
これほど多くの殉教者たちが、東京で自分たちの血を犠牲にしたのでした。同じくキリシタンの研究をなさっている高木一雄さんの『江戸キリシタンの殉教』という本から数えてみますと、江戸で殉教し記録に残っている人数は、 435人ですが、その全部の氏名がはっきりしているわけではありません。

殉教者の大部分は信徒

名前もわからず、内外の記録にもとどめられることもなかった殉教者といえば、主に信徒たちしかも武士でもなく、有名人でもなかった一般の町民であったにちがいありません。
司祭、修道者であれば、連絡があり記録にとどめられます。また有名人、武士であるならば、どこかの記録に残されるはずです。
したがって江戸の殉教者の大部分は、信徒の殉教者であることを思うとき、私たちは特に大きな誇りをおぼえます。

殉教の地

彼らが殉教した場所については、公の刑場である浅草の鳥越、札の辻だけではなく、小伝馬町の牢獄、品川海岸、あるいは人の往来のはげしい四ッ谷、奥州街道の入口などが数えられています。
彼らはそのような所で、首をはねられたり、はりつけにされたり、火あぶりにあったり、逆さの穴づりなどによって命をささげたのですが、その前にはあらゆるごうもん、ひどい仕打ち を受けたのでした。小伝馬町の牢獄の様子を描いたディエゴ・デ・サン・フランシスコの報告が残っておりますが、豚小屋のような小さな部屋に、沢山の人が長期にわたって押しこめられ、その様子は人の住める所ではなく、まさに動物のように取りあつかわれたと描かれています。
そのような中で、沢山の人が牢死、あるいは餓死したりしました。

元和の大殉教

多くの殉教がありましたが、詳細にわたって記録されていて世に知られているのは、「元和の大殉教」です。
3代将軍家光の元和9年、西暦1623年12月4日、札の辻でイエズス会のジェロニモ・デ・アンジェリス神父、フランシスコ会のフランシスコ・ガルベス修道士、ジュアン原主水以下 47人計50人の殉教のことであります。
イエズス会の年報の記録に次のように記されています。『12月4日の早朝、遂に刑吏たちが将軍の命令を遂行するためにやってきた。彼等は牢屋に入り、先づ ”ぱあでれ” ゼロニモのところに行って、その足伽を外した。それから ”ばあでれ” の首に太い縄をかけ、それで両手を背中で縛った。 ”ふらい” フランチスコとその他のキリシタンたちも、これに劣らず酷い扱いを受けた。刑吏たちは彼等を皆縛り、刑場へつれて行くために、その人数を数えた。 ”ぱあでれ” ゼロニモ・デ・アンジェリスは、さながら一隊を指揮する者のように馬上高く行列の先頭にたち、肩から大きな文字で ”ぱあでれ” の名前を書いてある札を懸けていた。彼に続えんばく者はシモン遠甫 (えんぽ)、レオその他全部で16人、皆歩いて行った。その次に同じく馬に乗せられた ”ふらい” フランチスコが同じように名前を書いた札を懸けて行くと、前と同じ人数のキリシタンがその後を歩いて行った。行列の殿り (しんがり)を行くのは馬に乗った原主水で、前の人たちのよりは多少小さいが、同じように名前を書いた札をつけて行くと、残りのキリシタンがその後について行った。誰も彼等に近づけないように、先頭も後尾も両側も、武装した 刑吏どもに取囲まれていた。こうして彼等は、我等の堅い信仰があれほどまでに悩まされた江戸の往来をさながら凱旋行列のように、旗をなびかせながら進んで行った。(中略)
高く掲げられた大きな板に書いてあるこの死刑の宣告とその理由とは、ほぼ次のようであった。
-この者どもキリシタンの徒なるにより重刑に処せらるるものなり。
それから刑吏どもが松明をその下へ投げこんで薪に火がつくと、焔は到る処炎々と天に燃え上り始めたが、幸福な人々はゼズス・マリヤの聖名を声高らかに唱え始めた。あの大きな苦しみの中で皆が何という堅固な打克ち難い精神を証したかは、とうてい言葉でこれを表すことはできない。(後略)』 (原文のまま)

江戸殉教祭

この元和の大殉教を記念して、城南ブロック高輪教会を中心に、約20数年前から江戸殉教祭というのが行われていました。このようなことをとおして、私たちの先輩の遺徳をたたえ、私たちの生活のよすがとしたわけです。
その他江戸で多くの殉教があったことも私たちは見のがしてはなりませんが、そのようなことはチースリク神父の、あるいは高木一雄さんの著わされた本をお読みになって勉強なさるとよいと思います。

東京大司教区創立百年記念 「聖歌の詩」 募集について

このたび、わたしたちの東京大司教区が、創立100年の、記念すべきときを迎えるにあたり、これを感謝するため、教区典礼委員会の協力のもとに、通常の典礼の中で用いることのできる聖歌をつくることを企画し、みなさまから、その詩を募集することといたしました。
下記の要項にしたがい、奮ってご応募いただきたく、ご案内申し上げます。
1990年7月
カトリック東京大司教区創立100年記念委員会

募集要項

内 容
1 次のテーマによる賛歌の詩。(但し、未発表のもの)
・教会・奉献・信仰・宣教・賛美・感謝
2 通常の典礼(特にミサ)において用いることのできるもの。
3 口語体を用い、3番以内のもの。(入選作は、補作することがあります)
締め切り日 :1991年1月31日(厳守)
選 考 :東京大司教区典礼委員会が行います。
送り先 :東京大司教館 東京大司教区典礼委員会
(氏名、住所、年令、職業、所属教会名を明記すること)

入選作には記念品を贈呈いたします。
入選作は、作曲専門家に委嘱し、作曲していただきます。

問い合わせ先: カトリック世田谷教会 佐久間神父宛
(返信用はがきを同封のうえ、封筒に『「聖歌の詩」問い合わせ』と明記し、必ず封書にてお送りください。電話による問い合わせは、ご遠慮ください)

ここで会ったが、百年目。

第1期スタッフ受付期間: ’90.11月1日〜12月20日
申し込み先: 東京ナイス事務局100年目プロ
対象: 高校生以上

1991 東京教区100周年記念 なんでもありの青年祭
企画実行スタッフ募集!

10月司祭評議会より

10月8日(月)司祭評議会が大司教館内で行われた。

会議の初め大司教より、佐藤敦俊師(町田教会助任)と教区会計事務を担当している小太刀氏の病気入院の報告が行われ、続いて次の諸事項の話し合いが行われた。
1、来年度東京教区で全国大会を行いたいという全国正義と平和協議会からの申し入れについて検討し、これを受諾することに決定した。
2、大嘗祭および即位式に対する教区としての対応について意見交換を行った。
3、第2回ナイスに向けて中央協議会担当司教より申し入れのあった東京管区司祭の集まりの準備会に山本量太郎師(喜多見教会)を派遣することに決定した。
4、先に行われた司祭研修会についての反省が行われ、今後、新潟教区との協力を進展させるために、どのようにしていったらよいのか意見交換が行われた。

編集部から

教区ニュースは、毎月1回の企画会議で構成を決定した後、原稿整理と割り付け、 2回の版下校正の作業を経て皆様にお届けしています。スタッフもようやく編集作業に慣れてきたこの頃、今後は今まで以上の注意を払い、少しでも誤りをなくして、最新の情報を正確にお伝えしていきたいと思います。

紙面刷新して3号目。皆様から多くの励ましやご意見をいただき、編集スタッフの励みとしております。さっそく 1通のお手紙を5面に掲載させていただき、また、ご要望のうち、「教会・修道院巡り」 のミサ時間の掲載など、できるものは今号から反映させていただきました。

早いもので、まもなく待降節、そして次号は新年特集号となります。1月号では来たるべき教区100周年の記念すべき年をさまざまな角度から展望します。ご期待ください。それでは皆様、よいクリスマスをお迎えくださいますように。

投稿募集!

新生『東京数区ニュース』では、次の欄への皆さまからの投稿をお待ちしています。

■ズームアップ
・・・写真とその説明。あなたの教会生活の一シーンをほのぼのと。
■ちょっとおたずねします
・・・私たちが信仰生活を送る上で疑問に思うことがありましたらどんなことでもお気軽に。
■信徒の声
・・・『教区ニュース』にどんどん皆さまの声をお寄せください。

毎月の原稿締切りは、15日。編集の都合上、文章を省略させていただいたり、表記の統一をさせていただく場合がありますのでご了承下さい。皆さまの投稿をお待ちしております。