東京教区ニュース第77号

1990年10月01日

教区創立100周年記念はじまる
信仰を深め神へ感謝と賛美

さる9月22日、自柳誠一東京大司教は東京教区創立100周年記念の開始に際し、「東京教区の信徒、修道者、司祭の皆様へ」向け、以下に紹介する教書を発表した。この中で大司教は、本年9月30日から来年9月29日までを、100周年を記念する期間と定めるとともに、この記念を単にお祭りで終わらせることなく、教区民一人ひとりが「過去に感謝し、今を確認し、明日に向かう」心構えをもち、信仰を深め、父なる神への感謝と賛美の機会にし、種々の企画や行事に協力、参加することによって信仰を生きるよう呼びかけている。

東京教区の信徒、修道者、司祭の皆様へ

来年1991年は、すでに皆様にお知らせいたしましたように、私たちの教区が東京大司教区として創立されてから100年になる記念すべき年になります。

私たちは、この記念すべき年をどのように迎えたらよいか、早くから検討してまいりました。

昨年の暮れ頃から司祭評議会にはかりそのすすめを受けて、このために各ブロックを代表する司祭たちに集まって頂き、さまざまな可能性について話し合いました。そして今年の4月には正式に、信徒・司祭・宣教師・修道者を含めた「東京大司教区創立100周年記念企画委員会」を発足させ、何回も会合を重ねてまいりました。ここに今皆様に発表いたします事柄は、企画委員会で検討・審議し、最終的に決定したものであります。

まず私たちは、この100周年記念行事が一時的な単なるお祭りになることのないように留意すべきであるということで、一致いたしました。何よりも霊的な実りをもたらすもの、私たち一人ひとりの信仰を深め、父なる神への新たな感謝と賛美の機会になるべきであるという方針をたてました。

そのため、私たちは、この記念すべき行事を今年の9月30日より始め、来年の9月29日でしめくくることに決めました。それは、この1年を通して、私たちに信仰の恵みを与えてくれた100年の歴史に対する認識を深め、感謝しながら、今の私たちの信仰生活のあり方を見直していきたいと考えたからであります。

100年の歴史には、さまざまな人々の信仰の隠れた歴史があり、宣教師たちの逞しい努力があり、教区を育てるために心血を注いで司牧宣教にあたった司祭・修道者たちの生涯があります。私たちが、今日信仰の喜びを生きることができるのも、キリスト教には必ずしも好意的ではなかった明治・大正・昭和の歴史をかいくぐってきた人々の信仰によるものであります。

そのため、私がまず皆様にお願いすることは、この1年の期間を通して先人たちの信仰の生きた歴史を振り返り、感謝し、神に賛美をささげて頂くことであります。この主旨にそって、皆様には教区100年の歴史をテーマにした勉強会や黙想会などを自主的に開催してくださるようおすすめいたします。また、教区の典礼委員会にお願いし、100周年のための祈りのカードを作成しました。これを利用し、個人として共同体として機会ある毎に、祈ってくださるようお願いいたします。また教区の歴史等について皆様の認識を深めるためにお役に立つよう、紙面を新たにした東京教区ニュースに毎号掲載することにいたしましたので合わせてご利用くださるようおすすめいたします。

このような霊的深まりを踏まえた上で、1991年9月22日より29日までを100周年記念週間とすることに決めました。22日には各小教区で記念の感謝の祭儀をささげて頂き、最終日にはカテドラルでの教区民全体の感謝の祭儀を行ないます。

この1週間を通して、100年の歳月をかけて発展してきた教区の今の姿をお互いに確認し喜びと希望を分かち合いたいと考えております。子供たち、青年たち、宣教師・修道者たち、そして在日・滞日外国人たちの出会いのための各棟イベントを開催し、教区全体の新たな連帯意識を高めたいと願っております。

また、企画委員会は、この100周年記念行事が、同じ信仰を持つ者同士の内輪の祝いだけで終わらないようにしたい、ということでも合意いたしました。そして100周年記念事業として、社会に積極的に役に立つ事柄を選択することにいたしました。具体的なプランとして、在日・滞日外国人を支え、励まし、力づけることができるような施設・機関の設置であります。

皆様ご存じのように、近隣のアジア諸国の多くは政治的にも経済的にも不安定であります。そのため、やむをえず国を離れ、日本に流れついてくる人々もおります。また、祖国で生活の糧を得ることができず、生きるため、家族を支えるために、日本に職を求める人々も年々増加しております。その事情はどうであれ、祖国を離れ、言語・習慣の異なる異国の世界で働き、生活することは、並々ならぬ苦労があります。こうした人々の多くは、いざ問題が生じた時、身近に頼れる人もなく、どうしてよいのか解決の道も分からず、不安定な状況の中で悶々と苦しみ、時には悲惨な結末を迎えてしまう場合もあります。 「もし、他国の者がおまえたちの地にとどまって、おまえとともにいるならば、この者をおさえつけてはならない。おまえたちのところにとどまっている他国の者を、おまえたちの国に住まれた者と同じようにみなし、おまえ自身のように愛さなければならない。」 (レビ記19の34)これは、旧約の中での神の戒めです。

また、こうした社会状況の中で、人は皆、国籍、民族の遅いを越えて、神の前で兄弟姉妹であるという信仰を具体的に証しすることは、日本の教会の重要な使命でもあると考えます。

幸い、教区の中には、それぞれの立場から、さまざまな形で、在日・滞日外国人の方々を兄弟姉妹として受け入れ、その喜びや悲しみに共感し共に歩もうとする多くの善意ある人々がおられます。教区としては、こうした人々の活動を支援すると同時に互いに協力して、より豊かな実りをあげることができるように、今春ようやく国際司牧委員会・国際司牧センターを発足させたばかりであります。

私たちは、教区創立100周年にあたり、教区をあげてこれらの諸活動を支援し充実させることが時代の要望にもかなうことであると判断し、これを記念事業として取り上げ、そのための基金を募ることに決定いたしました。その貝体的な形、規模そして募金方法等の詳細については、別途お知らせいたします。

繰り返すようですが、東京教区の今日があるのは、海外の信仰を持つ人々の犠牲と祈りと献身の御陰です。信仰の恵みは無論のこと、具体的に教区内にある教会、施設、事業の中で何らかの形で海外の人々のお世話にならなかったものは皆無です。教区創立100周年にあたり、教会共同体の外に積極的に目を向け、具体的な形で現代社会の希望となろうとする、私たちの新たな決断を何よりも喜んでくれるのは、私たちに信仰を伝えるために頑張った先人たちではないかと思います。こうした先人たちの心をも汲み取り、この記念事業の実現のために、教区の皆様のあたたかな理解と積極的な協力をお願いいたします。

「過去に感謝し、今を確認し、明日に向かう」 これが、100周年を迎える私たちの気持ちであります。この1年が、教区のすべての皆様に新たな恵みの年になると同時に新たな100年に向けた教区の力強い一歩となることを期待いたします。

皆様の上に、憐れみ深い父なる神の豊かな祝福がありますように。

1990年9月22日
東京大司教区 教区長
大司教 白 柳 誠一

東京大司教区創立100周年記念企画

★記念事業として
1 聖歌の詩 募集
2 国際司牧センターの設置
3 記念誌発行
★諸企画の詳細は、準備及び態勢が整い次第、順次、教区民に発表
★100周年企画委員名

委員長 
白柳誠一人司教 森一弘補佐司教
信 徒 
池田政郎、加藤泰彦、小林章雄、末吉僧子、鈴木弘道、鳥村洋介、林 亮博、萩野友紀、福川正三、村岡昌和、宮下妙子
修道会 
田中昌子、原口光子、
宣教会関係 
三嶋邇子、池島潤、B・マッサ、E・グリフィン
司 祭 
青山謙徳、泉富士男、稲川保明、小林敬三、田中隆弘、塚本伊和男、寺西英夫、晴佐久昌英、深水正勝

千葉ブロック大会盛会に終わる
一般社会に開放して
9月2日 於 東金市市民会館

第16回千葉ブロック大会 「映画と講演の集い」が、9月2日(日)午前10時から東金文化会館で参加者は一般も含め約500名が集まり行なわれた。従来は合同ミサと運動会形式で行なわれて来たが、マンネリ化の排除と、外に向かって行動しようとの試みから今回の企画となった。

第1部は、森司教司式によるブロック11教会の司祭の共同。第2部は、松実健太氏のバイオリン独奏、西千葉教会聖歌隊のコーラス、子供向けのアニメ映画、最後に映画「マザーテレサとその世界」を見、参加者一同、マザーテレサの献身的に奉仕する愛の姿に見入り心を打たれた。続いて同映画の監督である千葉茂樹氏の「マザーテレサに学ぶ愛と奉仕」と題した講演が行なわれた。映画の製作に当たった当時のエピソードを含め、「貧しい人、苦しんでいる人々と共に生きることの素晴らしさ、人間は質素であれば、謙虚で豊かになる。日本は恵まれている、しかし学校、家庭には色々な問題がある。豊かな国ほど家庭は崩壊に向かっていく、何故か?それは私たちの家庭に祈りがなくなるから。祈るためには清らかな心が要る。清らかな心になると神に出会う。そこに愛と一致が生まれ、その愛の実りは奉仕である」と。

1時間の講演であったが、私たち一人ひとりの心の中に深く感銘を与えた。

この企画に当たって実行委員の苦労は、1200名収容の会場をいかにして埋めるかであった。

(ある委員は50名程しか集まらない夢を見て、「うなされた」という詰もあった)近隣の高校全部と、東金市役所、駅にポスターを配り、NHK千葉放送局で放送してもらう等の宣伝活動を行った。当日は各小教区に役割を分担し、ブロック全体で協力して大会の運営に当たった。

参加者の印象としては、◇ミサが素晴らしかった。◇遠くから参加した意義があった。◇講演が良かったので教会報にも載せたい。◇また来年もこのような企画を考えてほしい。◇映画が良かったが、スクリーン音響の効果が十分でない。◇交流の場が欲しかった。◇若者の参加者が少なかった。◇託児所が欲しかった。◇運動会も捨て難い。◇運営面で指示系統がはっきりしない。

以上の意見とアンケートを参考に次回のブロック大会を企画したいと考えている。

(ブロック事務局 池田)

五課題 レポート 福祉

第2回 老後の夢を語る
高齢者問題小委員会主催

台風19号一過の9月20日、神田教会において、教区福祉委員会・高齢者問題小委員会主催の「第2回老後の夢を語る」会が、泉富士男神父の司会で開催された。出席者26名。

塚本伊和男神父の挨拶の後、木田英也氏(神田教会)が資料に基づいて、「福祉の夢」(案)を説明した。狙いは、会員制による福祉への取り組みであり、奉仕と基金を基にした福祉の会センターの設立である。センターの運営は教区福祉委員会があたる。今後、財政の専門家の具体的な助言がほしいことなどを語った。

会の発起人の1人である水野正夫氏(田園調布教会)は、老人と若年層の交流の必要性、墓地の問題、教会の土地利用の必要性などを、7人の高齢者の介護をされたご自分の体験を交えて語った。

竹田靖子氏(神田教会) は、今話題の港区立の独り者らし専用マンション「白金ピア」を視察し、入居後、入居者が身体不白由になった場合特養に入らなければならず、行政サイドのフォローがないことが問題であることを指摘した。氏は、自身区議会議員でもあり、高齢者問題は、もはや個人の問題ではなく、どんどん行政に言うべきことは言わなければならないと語った。また、「お金と土地がからむことは、一歩一歩着実に」 「老人夫婦のホームレスがふえるのでは・・・・・・」 「21世紀の高齢者は、自分たちがお互いにささえ合わなければ・・・・・・」等の発言があった。

泉神父は、行政にたいしてだけではなく、教会内でも信徒がこの間題にたいして積極的に発言をし、盛り上げていかなければならないことを強調した。

最後に、出席者のなかに、福祉委員会とナイス事務局との関係が十分理解されていない恐れがあったため、塚本神父から説明があり祈りの内に散会した。

次回は、11月29日(木) 午後1時30分 於・神田教会

ナイス事務局は福祉委員会その他の活動を推進する。

青少年担当司祭団の呼びかけで
青少年司牧についての司祭懇談会開催

さる9月17日、司祭の月例集会の後、午後2時から2時間にわたって、青少年の司牧について懇談会が行われた。

コーヒーを飲み、くつろぎながら、青少年に対する司牧について本音で語り合い、助け合おうではありませんかという岸忠雄神父(船橋教会主任、青少年担当司祭)の呼びかけで、司祭20数名が司祭の家のロビーに集まった。

司会は、同じく青少年委員会の一人である高木賢一神父(関町教会助任)。青少年の姿が教会から少なくなっていく現状を分かち合い、それにどう対応し、どのような工夫をしているかを語り合いながら、青少年のニーズの多様性にこたえられるよう、司祭たちの協力が一層必要になってきていることを確認し合った。

今後、青少年委員会の呼びかけで青少年の司牧をテーマとした合宿・研修会を開催することを決めて散会した。

ズームアップ

更田(ふけた) 義彦さん

ルイ神父の再入国裁判の弁護士の1人。徳田教会に所属の信徒。ルイ神父が徳田教会の主任をしていた関係で、ルイ神父の裁判の弁護を依頼されたという。

筋道をたててジワジワと迫っていく弁論には迫力がある。1942年生まれ。2男2女の父親。
東大法学部の卒業。教区司祭岡田神父とは同期。

資料提供のお願い
東京教区創立100周年記念誌編纂委員会

東京教区では、来年(1991年)の大司教区創立100周年に当たって、「記念誌」を刊行することになりました。『過去に感謝し、現在を見つめ、未来に羽ばたこう』の記念祭のモットーに添い、今日までの先輩宣教師、信徒、修道者の苦難に満ちた働きを、写真を中心に編纂の予定です。

つきましては、明治、大正、昭和初期の教会活動および行事の写真(出来るだけ動きのあるもの)ならびに宣教師その他の方々に関わる思い出話、苦心談、こぼれ話等の資料を下記の要領でお寄せ頂きたいと存じます。

資料の収集期間 1990年10月10日より同年12月末日まで
収集している資料 写真 思い出 苦心談 こぼれ話 等
(写真および原稿は複写の上、お返しします)
(記念誌に掲載できなかったものは、別冊にする予定)
資料提供者への謝意 資料提供者には、『記念誌』または『思い出集』を贈呈いたします。
刊行予定 1991年8月
資料の送り先及びお問い合わせ
〒112 束京都文京区関口3-16-15
東京ナイス事務局 『記念誌編纂委員会』

「ラスキンクラブ」訪問ルポ
青年達が渋谷で始めたライブハウス

「カトリック初の本格的ライブスポット」という前宣伝に乗せられて、夏休み最後の8月31日(金)夜、「ラスキンクラブ」おひろめのプレビューを訪ねてみた。

場所は、カトリック渋谷教会の地下大ホール。会場は既に200人近くの若者でいっぱいで、おりしもステージでは4人組のバンドがポップ・ロックを演奏中。巨大なスピーカーと本格的なPAシステムを通して響く、クリアーな歌声とドラムのリズムが体を突き抜ける。
演奏者と聴衆が一体となった場内の熱気は相当なものだ。

カウンターで買った1本300円という格安ビールを飲みながら、クラブ代表の安藤秀樹さんから話を聞く。安藤さんは赤羽教会の青年信者で、「東京教区青年ネットワーク」の代表もつとめている。安藤さんによると、準備を始めたのは4ケ月前。東京教区青年ネットワーク関係の青年を核に、20を超える小教区から集まった50名を超えるスタッフが、ステージやカウンター、冒二転等の準備を進めてきた。青年ネットワークの核には事務局があるが、幅広い層の告年が、様々な枠を超えて白由に出会える拠点としてのこのような「広場」の役割も重要だという。

実際、場内を見回すと、学生、社会人、主婦、高齢者から、神父、シスター、仏教僧侶(10人以上!) に至るまで客層は多様だ。そんな人々が「はじめまして」と挨拶しながら親しく会話する姿は、まさにネットワーク的だと言える。

仕掛人のプロデューサーは、晴佐久昌英神父。「音楽を愛し、出会いを求めて人々が集うこともまた、ひとつの教会だ」と話す神父は32才。まだ青春まっただなかという風情だ。「教会に、信者でない友人を気軽に誘ってこられる集いがあったらいいな、というのが原点です。そこで何かを伝えるというより、そこでの自由な出会いによって、福音の本質に皆が近づける、そんな可能性を追求したい」と語り口も熱っぽい。

ステージでは、ニューミュージックグループ「白鳥座」のメンバーで豊田教会の秋田俊哉さんによるギターの弾き語りがはじまり、場内はぐっと静かになった。

月に1度、毎月”ラス”トの”キン”曜日に開かれるから「ラスキン」クラブなのだそうだが、この企画、ヒットする魅力を十分持っていることは確かなようだ。

10月は26日(金)、6時30分から。
パンフレットは各小教区に配布済の由。

教会は大嘗祭をどう考えるか

昨今のカトリック新聞「声」欄には、教会(ないし司教団)が社会問題に深入りし過ぎるとか、関係記事が多過ぎ信仰生活に役立つ記事が少ない、日本での宣教には不利・・・と言った意見がしばしば見られる。

かつて教区大会などで、司教・司祭はもっと社会問題について教会としての意見を表明して欲しい・・・と言った声もあった10数年前を考えると、時代の変化を感じると同時に、どうやら司教団の意図が注意深く汲み取られていない傾向がうかがえる。

教会共同体は一つの信仰宣言に結ばれているが、実生活面でさまざまな意見を交わせるのは健康な証(あかし)。しかし一つにならなければ社会に対して力とはならない。それには、キリストの代理者の兄弟である日本司教団の諸声明にもう一度深く目を通す必要があるだろう。

なお、カトリック新聞は6月24日号・9月2日号の2回にわたってこの間題の座談会記事を掲げ、また、日本宣教研究所発行「福音と宣教」7月号にもくわしく解説している。

解説 即位の礼と大嘗祭

「即位の礼」は、戦後の皇室典範(てんぱん)にもとづく国軍行為として11月12日、午後1時から宮殿において、三権の長である首相、衆参両院議長、最高裁長官の正殿参上を含めて約2000名が参列、外国から一部元首・準元首クラスを含む約500名を招いて行われる「即位礼正殿の儀」が中心。

今回当然ながら、外国代表には陛下万歳三唱に唱和を求めず、また正殿前に掲げる職(のぼり)からは金鶴(きんし)などかつての皇軍のシンボルが消えるという。

これに先だつ午前9時から宮中三殿では「即位礼当日賢所(かしこどころ)大前の儀」など皇室行事があり、また正殿の儀の後、パレードに当たる「祝賀御列(おんれつ)の儀」や4日間にわたる「饗宴(きょうえん)の儀」が続くという。

次の、大嘗祭を含む一連の即位関連儀式に対する日本カトリック司教団の姿勢は、昨春、昭和天皇逝去に際して出した声明「カトリック信者の皆さん」(別掲参照)、および当時の竹下首相あてに提出した司教協議会名の要望書に盛られている。世界の真の平和のため、「昭和天皇の大喪の礼から新天皇の即位の礼に至る諸儀礼」を契機として「天皇の神格化」「天皇制の絶対化」「特殊な民族主義」が再び強まることを警戒するが、儀式には賛成とも反対とも言っていない。

「大嘗祭」は即位の礼から遅れること10日。11月22日から23日にわたる深夜、皇居東御苑に新築中の大嘗宮(だいじょうきゅう)において、公的な皇室行事として行われる。近頃、この儀式についての書籍も多く、歴史学者らの労苦がしのばれる難解な皇室神道行事である。同時に、政府が深く関わることによって国家神道性をおびてくる。

内容は、一口に「新天皇が、神とされる皇祖と一夜寝食を共にし、新たな現人神(あらひとがみ)となる儀式」といえるだろう。その都度、木造の祭殿を新築する慣例はまことに神道的であり、また深夜行われるのが宗教的である。

これについて司教団は、昨年11月9日、司教協議会・常任司教委員会が海部首相あてに別掲要望書を送った。

また、名古屋教区長相馬司教を会長とする「日本カトリック正義と平和協議会」は、エキュメニカルな運動として日本キリスト教協議会内「大嘗祭問題署名運動センター」と協力して全教区に署名運動を展開、さらに大阪教区長安田大司教がクリスマスを期して教区民に、この署名運動への賛同を呼びかける声明を出したのは注目される。すでに約六万の署名が集まり、そのうち約二万がカトリックという。なお、最終締切は10月31日(水)になっている。少数派とはいえ、言うべきときには言う姿勢が望まれる。

要望書・署名運動いずれの場合も司教団の姿勢は、(1)憲法上皇室の私的宗教儀礼としなければならない大嘗祭に政府が関わり、公的に扱うことに反対。(2)大嘗祭に国費を使用することに反対。しかし大嘗祭をやるなとは言ってはいない。

資料 天皇の即位の儀式における政教分離に関する要望書

(1989年11月9日付 表紙省略)

最近、国民の関心は、新天皇の即位の儀式に集まっています。それは、来年秋に予定されている大嘗祭と呼ばれる天皇家の宗教儀式と、国家としての即位式がどのような関係のものとして行われるか、つまり、憲法に定める政教分離の原則が厳守されるか否かということであります。

今年1月9日、日本カトリック司教協議会は、昭和天皇の大喪の礼から新天皇の即位の礼に至るまでの諸儀式において信教の自由と政教分離の原則を厳守されるよう要望いたしました。やがて行われる新天皇の即位の礼において、政教分離の原則を徹底させ、大嘗祭と国家儀式としての即位式が混同の余地を残さぬよう、また、大嘗祭に国費が使用されないよう改めて要望するものであります。

日本カトリック司教協議会 常任司教委員会 (以下常任7司教が署名・押印)

資料 力トリック信者の皆さん

司教団は、神に召された天皇の永遠の安息を祈り、心から哀悼の意を表します。

昭和天皇のまれにみる長い在位期間はまことに激動の時代でありました。それは、相次ぐ戦争と、敗戦、復興の時代でした。その間、不幸にも、日本を含むアジア・太平洋地域で2千数百万人の人々がこれらの戦争は天皇の名において行われ、天皇は、この間、一人の人間として背負いきれない責任を担われましたが、戦後の40数年間は象徴天皇として世界の平和を願ってこられました。

人の一生の正当な評価は神のみがなさいます。いま私たちは「過去を振り返ることは将来に対する責任をになうことです」との教皇ヨハネ・パウロⅡ世のお言葉を肝に銘じ、昭和における過ちを償う心をもって、世界の平和のために責献する決意を新たにしましょう。
これから行われる葬儀・即位の諸行事、それをめぐっての政治、社会の動きの中で、人間を神格化したり、人が作った制度を絶対化したり、特殊な民族主義を普遍化したりすることがないよう注意を払い、究極的にはキリストにおいてこそ全人類の一致と交わりが達成されるという私たちの信仰を再確認いたしましょう。司教団は、これらの諸行事に際して、憲法が保障する政教の分離、信教の自由の原則を厳守するよう、政府に対して要望書を提出します。

昭和天皇のご逝去に際して
日本カトリック司教団

解説

ちなみに小冊子「キリスト教と天皇制」 (2)誌上から 「日本のカトリック教会の歴史と政教分離」の一節を引用させてもらうと、東京教区司祭 岡田武夫神父は「これらの声明、要望書をよくよむならば・・・司教団の次のような共通見解を帰納することができると思われる」と前置きして

(1)昭和天皇の戦争責任については直接言及することを避けている (「人の正当な評価は・・・・・・」)。しかし15年戦争によってアジア・太平洋地域の2千数百万の犠牲者が出たことに言及し、この人々から見れば(ここに司教団の立場・視点が見られる)、この戦争が天皇の名で行われたことは明白な事実である、ということを指摘している。

(2)戦前の国家神道と結びついた天皇制と、戦後の新憲法における象徴天皇制とを区別することが必要である、と考える(記者註「戦後の40数年間は、象徴天皇として・・・・・・」)。

(3)・・・人を救うのは神のみである。従って天皇を神格化する傾向には警戒を要する。

(4)天皇制を絶対化することに反対する。しかし天皇制自体を否定するとはいっていない。
(5)新憲法で保障されている政教分離・信教の白由が曖昧にされたり損なわれたりすることを危惧し、政府がこの原則を厳守することを望む。
と述べている(順序は声明内容に沿って入れ換えた)。
ともあれ、司教団みずから昭和天皇の「永遠の安息」を祈るとともに、「私たちは・・・・・・過ちを償う心をもって、世界の平和のために貢献」をと、強く呼びかけている。 
(文責・村岡)

中国天主教事情(1)

-寺西神父の報告-

白柳大司教を団長とする「第2回中国天主教巡礼の旅」が、この夏行われた。参加した高円寺教会主任・寺西英夫神父に、中国天主教の現況を報告してもらった。

この度、8月24日から9月3日まで「第3回中国天主教巡礼の旅」に参加して、生まれて初めて中国大陸に行ってきた。

一行は白柳大司教を団長とし、他に3名の司祭、4名のシスター、そして日本各地から参加した15名の信徒、計23名で、これに香港の神学校の教授で、中国大陸の教会事情に精通している湯神父が案内役として付いてくれた。

訪問した教会は、上海、西安、重慶、成都、昆明のカテドラルと、最後に香港の聖マーガレット教会の6つである。はじめに概況を述べておく。

中国天主教の概況

中国の天主教 (カトリック)は、1949年の共産革命後の政府の外国人排斥、ローマ教皇からの独立の方針に強く反対した。その結果、外国人宣教師は全て追放され、多くの司教、司祭、修道者は投獄された。しかし、1957年に至って、ようやくこの事態を解決するために、政府の宗教政策を支持する「愛国協会」という組織が教会の中に誕生し、以来政府のコントロールの下に、教会活動が再開された。そしてこの結果、愛国協会に参加しない司祭、信徒は、いわゆる「地下教会」と呼ばれるようになって、教会は2つに分裂した。その後、文化大革命というような厳しい事態もあったが、1980年代になってからは、近代化政策がとられ、教会も次つぎと返還され、ミサには多数の信者が集まり、神学校、修道院も再開し、志願者も増えているという。

以下、教会訪問の報告と感想を簡単に記す。

◇ 上海カテドラル (8月24日夕)

空港には、湯神父と司教館の事務局長の神父が旅行会社のガイドとともに迎えに来ていた。すぐにカテドラルに向かう。カテドラルは献堂80年、煉瓦づくり双塔の巨大なものである。昨年、ここの司教は、香港から典礼学の教授を呼んで、第2バチカン公会議後の新典礼の研修会を行い、それ以来、神学校では週3回、カテドラルでは土曜と日曜に1回ずつ、中国語による対面式のミサをしているとのこと。これは、中国では革命以後、典礼は当時のまま凍結されていると聞いていたので、まず驚きであった。わたしたちは古式豊かな祭壇の前にしつらえた対面式の仮祭壇でミサをした。主任司祭と居合わせた数人の信徒があずかっていた。

上海は中国のショー・ウィンドウだから特別とはいえこの典礼改革の動きは、表(おもて)の教会にも、地下の教会にも、少しずつ浸透して行くであろう。
事実、昆明で会った地下教会の神父は、中国語のミサを始めていると言っていた。 ミサ後金司教招待の中国料理に舌づつみを打った。そしてこれが、その後10日間、昼晩、昼晩と続く、10皿を超える中国料理攻めの始まりであった。

カトリック東京大司教区
正義と平和委員会設立総会について

正義と平和委員会発足

去る9月10日カトリック・センターにおいて、東京教区の正義と平和委員会の発足式が行われた。参加者は、白柳大司教をはじめ50数名。安田大阪大司教、相馬名古屋司教をはじめ各地から祝いのメッセージが数多く寄せられ、東京教区の正義と平和委員会に関心と大きな期待が寄せられていることが示された。

正平協は、すでに他教区、たとえば名古屋、大阪教区などには設立されている。東京教区では吉祥寺、高円寺、初台の小教区や三多摩地区等で正平協の活動が行われていたが、教区レベルのものではなかった。東京教区の正平協の誕生が、全国からもそして教区民の問からも要望されていた。

こうした要望に応えて大司教は、教区の正義と平和委員会設立のための準備委員としてこの4月、大倉、岡田、大原師の3人の司祭を任命し、その働きにより、「正義と平和委員会」という名のもとにようやくこの9月に発足した次第である。

発足式にあたって、この委員会が、「社会で抑圧されている人の側に立ち、正義と平和のために働く人たちを支え、連帯する」という立場に立つことをあらためて確認し、この委員会を

(1) 誰でも参加できる正義と平和の運動にする。特に若い人や女性が参加できるものにする。
(2) 自由に意見を交換し、討議し、情報を交換する場にする。
(3) 教会の内外に正義と平和の運動を訴え、理解を得る努力をする、

ということで基本的な合意を得た。

最後に、委員会代表として選任された大倉一美師は次のような挨拶を行った。

「虐げられた人々の苦しみを抜きにしては、正義と平和委員会の意味はないと思う。悪と戦う時は自分が問われるが、その時同時に神の助けが必要であることも明らかになる。今後の課題として、 1.11月23日大嘗祭に向けて司教団の呼びかけに対する署名が6万位と少ないので、これに取り組む。 2.レールム・ノヴァールムの100周年行事に協力する。 3.来年の教区100周年記念行事に委員会として何かする。 4.来年の日本カトリック正義と平和協議会の全国会議を東京で開催して欲しいという非公式の申込みに対して、積極的な対応を考えていきたい。」と。

次回の定例集会を10月8日、カトリック・センターで行うことを決めて散会した。

司祭の月例集会

司祭の協力について話し合う

「司祭同士の協力は難しい」

毎月1度、教区で働く司祭たちの集会が行われる。9月は17日。

月例担当司祭が話し合って決めた今年の年間テーマは司祭の協力についてである。

今回は、3人の司祭にそれぞれの経験を聞くという形をとった。参加者は80数名。場所は関口教会ホール。

大原神父(永代働く人の家担当)は、長年日本全国の働く青年たちのためにかかわってきた経験をふまえて、司祭たちが協力することの難しさと司祭の孤独、そして司祭にとっては友情と協力し合うことがどんなに必要なことかを語った。

小宇佐神父(多摩教会主任)は、多摩ブロックという地域における教会の多くが、まだ力がなく青少年が少なかった時代に、協力し合わなければやっていけなかった実情を説明しながら、具体的な課題に目覚めることが協力を生み出し育てるものであると語った。

市川神父(八王子教会主任)は、司祭たちの協力の難しさとそのためには我慢し合わなければならないという精神面を強調した。

訃 報

ミッシェル・ゴーチェ神父(レデンプトール会)

8月10日、カナダ・モントリオール市の修道院で老衰のため帰天、77歳。1912年カナダのモントリオール市に生まれる。1940年、司祭叙階。1953年来目。東京(初台)、長崎で教会主任並びに修道院長をつとめ、後年諏訪地区でも宣教活動を行った。

ベーター・クルンバッハ神父(イエズス会)

9月1日午前6時50分、心筋こうそくのため東京・練馬区のロヨラハウスで帰天した。84歳。1906年、現在の西ドイツに生まれる。1956年に上智会館内に「聖三木図書館」を設立した。イエズス会会員としての生活は64年を数えた。

五課題 レポート 生涯養成

[生涯養成に関する企画]

第4回カテドラル講話会(共に生きるこれからの教会)

11月10日(土)午後2時~4時
講師 森一弘司教『教会が今目指すもの』
会場 カトリック・センター
参加費 500円
問い合わせ先・関口教会

1990年度聖書週間連続講座

東京教区・上智大学キリスト教文化研究所・NHK学園共催
テーマ 『神の国と教会の表象(シンボル)』 
講師 森一弘司教、雨宮慧師、和田幹男師、清水宏師、高柳俊一師他
日時 1.11月16日(金)18時40分~20時
2.18日(日)10時~11時30分 3.14時~15時30分
4.22日(木)18時40分~20時
5.23日(金)10時~11時30分 6.13時30分~15時
7.24日(土)14時~15時30分 
8.25日(日)10時~11時30分 9.14時~15時30分 
会場・上智大学図書館南9階911号室、問い合わせ先・上智大学キリスト教文化研究所

土曜自由大学 講師・高橋正治氏『沈黙』、今道友信氏『新しい倫理』

10月27日午後1時20分~4時10分、問い合わせ先・清泉女子大学人文科学研究所

魂坐会「一日一日を生き生き生きたい」

指導・岡俊郎師『旅路』、11月26日(月)午前10時~午後4時、
場所と問い合わせ先・イエズス会黙想の家

日帰りの折り 指導・岡俊郎師、10月26日(月)午前10時~午後4時

場所と問い合わせ先・イエズス会黙想の家

ジャン・クロード・マラ・パンフルートコンサート『森の声』

1.11月26日(月)東京カテドラル聖マリア大聖堂
開演18時30分、入場料4,000千円(前売り3,500円)
主催・女子パウロ会、共催・カトリック婦人同志会

2.11月23日武蔵野市民文化会館ホール
1回目開演13時30分、2回目開演16時30分
入場料3,500百円(前売り3,000円)、酒井多賀志氏客演
3.11月22日入場料5,000円(前売4,500円)、霊南坂教会 
三会場問い合わせ先・女子パウロ会

「今望まれる司祭」像とは!!
神学生と養成担当司祭が合宿討議

今年の神学生合宿は8月30日から9月1日の2泊3日「日光かつらぎ館」にて行われ、養成中の神学生と養成担当の司教司祭が共に生活し、意見を取り交わした。森司教を始め、大倉師、岸師、岡田師、門馬師、稲川師、幸田師の養成担当の神父方、神学生からは余語助祭、デイン、五十嵐、猪熊、油谷、そして初年度養成の伊藤、浦野、金の15名が参加した。
この合宿の中心は2度の話し合いであった。テーマは2つ、まず神学生から要請担当者に、自分たちが今現在どのように生活し、養成され、どんな思いをいだいて日々過ごしているのかを伝える。もう1つは、司教団から出された「今、望まれる司祭」の文書を参考にして皆で意見を発表し合うことである。

特に前者は、今年から始められた初年度養成に話題が集まり、那須「ガリラヤの家」に暮らす神学生の発言が多く求められた。

「あの那須の」という注目と関心は彼らもひしひしと感じていると言う。

聖書の通読、カトリック要理 、哲学、英語、ラテン語などを学び、労働にいそしむ「勝手」のゆるされない共同生活。始められたばかりで試行錯誤があり混迷がある。しだいに克服されつつあるとはいえ不如意は多い。しかし本音のところ「一年たてば」の気持ちがあるから耐えられる。「無きゃ無いで過ごせる」と言う。ただ一人っきりの孤独な時間が持ちにくいということは辛いそうだ。

彼らには、東京の神学院が本当の神学生生活の場という意識が何となくあり、自分たちがまだ「本当の神学生ではない」という感じをいだいているということである。

こうした話に対し養成担当者の立場から様々な質問や意見が出された。勉強が多すぎるのではないか、自習独習の時間に不足はないかといった心配、新しい環境の中で司祭像、信仰について神学生同士でじっくり話し合い、互いの理解を深めて欲しいなどの要望も寄せられた。

神学院で実際に養成に当たる立場からは、新旧異なった養成がぶつかりあっていく中で、司祭になろうとする人々がどう変わっていってくれるか期待していると述べられ、新養成が社会からの隔絶ではないかという疑義に対して、那須の労働作業がむしろ社会に触れ、社会的役割を担う機会になっていると強調された。

「今、望まれる司祭」については意見が百出し、時間を余分に設けて話し合われた。この文書が公のものになっていく経緯、こうした文書を出さなくてはならない教会の事情、もっと詳細明瞭なものが求められている神学院の事情、現場の経験を踏まえた司祭職の苦労、無力を感じながらもどうにもできない「今時の司祭」と「望まれる司祭」のギャップ、「人の話が聞けない」 「一匹狼」といった「望まれない司祭」についてなど様々な意見が取り交わされた。

こうした話し合いによって、モデラトールの苦労がわかった、まだまだ対話が足りないと痛感したなどの感想が聞かれた。

話し合いで取り上げられたテーマのためか、あるいは神学校の新しい養成のもとに置かれた神学生の参加を得たためか、合宿は例年になく話し合い、分かち合うことが多く、大いに盛り上がり、忌博のない意見を取り交わすことができた。 合宿後、「こういうコミュニケーションの場が持てて良かった」また「合宿の交流の目的は十分果たされた」という感想や「司祭が話し過ぎた、もっと神学生も話してほしかった」との反省の声もあった。

ちょっとおたずねします

教会以外でも結婚式をあげられますか?

Q カトリック信者は必ず教会で結婚式を挙げなければなりませんか?
A カトリック信者は原則としてカトリック教会で結婚式を挙式することになっています。しかし教会以外の場所(ホテルなど)でも結婚式を挙げることは可能です。但し教会以外の場所で挙式するためには管轄の小教区の主任司祭から許可と委任を受けることが必要です。
それからある事情があって(相手の実家が他宗教に熱心で、教会での式に賛成が得られないなど)どうしても、司祭の立ち会いのもとでカトリックの典礼に従っての結婚式がおこなえないような場合、主任司祭を通して、教区長から方式の免除を願うことができます。 教会は様々な事情でおこなわれる結婚式に対して、広く対応できる姿勢をもっています。

Q 結婚式をお願いしたら、教会の事務所の方から洗礼証明をもってくるように言われましたが、どこに頼んだらよいのでしょうか?
A あなたが洗礼を受けた教会に結婚のために洗礼証明が必要であることを連絡すれば、洗礼証明は入手できます。洗礼を受けた教会を受洗教会と呼び、あなたがその後、他の地域の教会に転出しても受洗教会の洗礼台帳は残ります。ちょうど本籍のように堅信や結婚の記録も必ずあなたの受洗教会に通知され洗礼台帳に記載されます。ごくまれに確かに洗礼を受けているのに洗礼の記録がないとか、外国で洗礼を受けているため連絡がとれないので洗礼証明が入手できないなどの場合、各教区事務所に連絡し、自分白身や両親の宣誓により洗礼を受けたことを確認し、新たに洗礼台帳に記載することも可能です。なお結婚式に必要な書類は洗礼証明のほかにもいくつかありますので、結婚式の手続きについては主任司祭に御相談下さい。

Q 私が結婚を考えている相手は来信者で、離婚歴があるのですが、未信者でも離婚したことは問題になるのですか。
A その方の前婚の相手が死亡している場合を除いて、来信者の方の離婚も教会裁判所の手続きが必要です。結婚の不解消性は神の制定による神法として、信者、来信者を問わずすべての結婚にあてはまるものとカトリック教会は教えています。カトリック信者だから教会の法律に拘束されて離婚ができない、末信者は教会の法律に拘束されていないから自由に離婚ができるというのは誤解です。反対に離婚歴のある相手だからカトリック教会で結婚はできないと断じるのも誤解です。このような問題に対処するために教会裁判所がありますので御相談下さい。

Q 結婚講座は必ず受けなければなりませんか?
A 結婚講座は未信者のためのもので信者は出なくてよいと考えている方がいるようですが、結婚への心の準備として教会はこの直前の準備を重視しています。家庭は最も小さな教会と考えているからです。二人ではじめる一生涯をかけての大事業にこれで充分という準備はないと思います。結婚講座はあなたがたの大切な権利だと思います。

東京大司教館 稲川保明神父

五日市霊園墓地増設のお知らせ

五日市の墓地が満杯になり、かねてより新たな墓地の造成が要望されていたが、この度同霊園内に第11区として墓地約200区画(1区画3平方メートル)が増設され、10月21日より申し込みを受け付けることになった。

この地区は、これまでの霊寓内の中心の高台に位置し、すべて南向きになっている。1区画50万円。1世帯1区画限り。

申し込み受付場所は、五日市霊園の管理事務所。
現地を見た上で区画が決まったら、申込用紙に必要事項を記入の上、現地管理人の確認印をもらって、東京大司教館内管理事務所に郵送のこと。
詳細はカトリック五日市霊園管理事務所まで。

教区司祭志願者は申し出を・・・

今年も11月の末に教区司祭志願者たちに対する面接が教区本部で行われる予定。面接担当者は教区神学生養成担当司祭たちである。

教区司祭を志願する者は、主任司祭、あるいは身近に相談している司祭を通して教区事務局の稲川神父に連絡して下さいとのこと。

面接後、教区司祭の志願者として認められた者は、教区長の推薦を受けて、東京カトリック神学院の面接と試験を受けることになる。

詳細の問い合わせは、教区事務所稲川神父まで。

教会・修道会めぐり(2) 「神田教会」

近代の夜明けを迎えた新しい日本の首都東京に、最初の教会が誕生したのは1871年、現在の築地教会の前身、稲荷橋の小さな商家の仮聖堂がそれであった。

同年、日本の教会の将来を担う若者を教育するため、三番町には神学校も開校した。教理を中心として、英語・フランス語・ドイツ語・ラテン語などを教えた。東京にいた諸藩の留学生は、新しい西洋の学問や語学を習いに、この神学校に続々と集まった。日本代牧区の総責任者であったプチジャン司教は、東京での宣教の始まりが、希望に満ちたものであることを、大きな喜びをもって報告している。

開校3年目、神学校は増え続ける学生を収容することができなくなった。そこで神田の猿楽町に新しい土地と家屋を冒い、神学校を移転した。これが現在の神田教会の始まりである。 礼拝堂や教室、100人の神学生を宿泊させる部屋を確保するため、屋敷は大改造された。また開校当初から実施された食費、授業料の無料給付も引き継がれた。血気盛んな若者の食事をまかなうだけでも莫大な費用であったろう。いくらフランスからの援助があるとは言え、宣教師たちの苦労がうかがえる。

この大規模な神学校の経営は長くは続かなかった。1874年長崎では台風の被害が大きく被災者の救援活動が続いた。同年暮れには、横浜の司教館の火事で、印刷工揚が類賂し、多大の損害を被った。プチジャン司教のもとにある宣教資金も底をついてしまった。また1875年、長崎に神学校ができると、多数を占めていた長崎出身の神学生が故郷に帰った。閑散とした神学校は、小教区の性格を強く持つようになった。1876年から1877年にかけて、青年の受洗者は減少し、幼児・女性の受洗が多くなっている。1878年、神学校は遂に閉鎖された。

ペティエ神父が初代の主任司祭となり、小教区神田教会は新しい時代を迎えた。

1880年ごろ、神田教会には何かの問題が起こったようで、教会活動が一時停止している。しかし1882年、シャルトルの聖パウロ会が、神田教会の敷地内に施療院、孤児院、小学校を建設してその活動にあたり、日本人の伝道士を1884年に迎えると、教会は再び勢いを取り戻した。 学生の街、若者の街と言われる神田で、現在司牧にあたる泉神父は、次のように語っている。 「神田教会は元神学校だったんですね。この神田にいるたくさんの学生たちに、何とかして宣教をしたいですね。それから神田教会は結婚式がとても多いんです。式を挙げるだけでは意味がないので、結婚講座をやっています。1コース10回ですが、毎回200人以上の若者が参加しますよ。彼らにも福音を伝えるためがんばります。」

「一粒の麦」
白柳大司教、教区百年を語る 第1回

江戸での最初の宣教師 最初の聖堂

今回は、東京つまり、かっての江戸にキリスト教を初めて伝えた人は誰だったのか、それはいつだったのかまた、初めて江戸に聖堂ができたのはいつ頃で、どんな聖堂であったのか、そしてまた、当時の宣教がどういうふうに行われたのかというようなことを、少しお話してみたいと思います。

禁教令

皆さまご存じのように、フランシスコ・ザベリオが1549年に鹿児島に上陸してから、キリスト教は、九州そして関西地州方に至るまで、だんだんその力をのばし、信徒の数を増やしてまいりました。

しかし、1587年、88年に秀吉がキリスト教を禁じ、九州の地に迫害の火が広まっていった時、教会は多くの苦難を味わいました。

慶長元年(1596年)あの有名な二十六殉教者が長崎の地で殺されました。

神の不思議な摂理によって

その時代には、江戸にはキリスト教はまだ伝わっていませんでした。しかし、慶長元年のあの大迫害、殉教によって、キリスト教の宣教は中止状態になってしまいました。

神様の不思議な摂理であったと思いますが、その時ポルトガル人であったフランシスコ会のフェロニモ・デ・イエズス神父は、一時その迫害を避けて、フィリピンのマニラに戻ったのです。彼は、1598年、修道士を連れて、密かにまた、日本に入りました。

家康の出した3条件

時も同じその年、秀吉が亡くなり、その後を継いだ徳川家康は、諸大名とあい争っていました。それで、経済的自立、安定を望み、密かに入ってきたフェロニモ・デ・イエズス神父に海外との貿易を始めたいという腹で会いました。そして3つの条件を出し、それを聞き入れてくれるならば宣教師たちが江戸で布教する許可を出すという申し入れをしたわけです。

第1の条件は、当時の相模の国浦賀の港にスペインの船が入って貿易を行うこと。
第2は、当時の金山とか銀山の開発の技術を指導すること。
第3の条件は、大きな船を造る造船技術を教えることと、その指導にあたること。

という条件を出したのです。

フランシスコ会のこの宣教師は、そのことを当時のマニラにいたスペイン人たちに知らせ、仲介の労を果たしたのです。

八丁堀に聖堂建築

こうして1598年、江戸での宣教がゆるされました。彼は早速、翌1599年、現在の八丁堀(東京駅と隅田川の中間といわれています)に、「ロザリオの元后聖マリア聖堂」を造り、その年の5月30日に献堂式を行いました。

残されている文献によりますと、その日にはたくさんの人が集まり、司祭は聖堂の外に出て説教をしなければならないはどだったといわれております。

聖堂中心に活発な宣教

その後、このロザリオの元后聖マリア聖堂は、江戸の布教にあたって中心的な役割を果たしていきました。しかし、不幸にして1601年(慶長6年)11月2日の江戸の大火によってこの聖堂は焼け落ちてしまいました。宣教師たち、信者たちはその復興にあたり、まもなくその場所に聖堂、修道院、そして診療所(当時は施療院といいましたが)が建てられました。
しかし1612年(慶長17年)、江戸の町の拡張という表向きの理由で、これらの施設は全部こわされてしまいました。ですから、約13年間、この八丁堀の聖望を中心に、カトリックの宣教のわざが広められたわけです。

記録には、慶長年間の終わりには、たくさんの信者がいたと記されています。したがって、文献上わかっていることは、江戸に初めてキリスト教を伝えたのは、ポルトガル人のフランシスコ会修道者フェロニモ・デ・イエズス(フェススとも書くことがある)神父であったわけです。そして、江戸での初めての聖掌は、現在の八丁堀に建てられたロザリオの元后聖マリア聖望です。

信徒中心の教会

当時のキリスト教の宣教は、いろいろな形で行われていました。

まず第一に、宣教への情熱にあふれていた宣教師、また一緒に生活していた修道者たちがいました。特に、このフェロニモ・デ・イエズス神父は、当初、京都から4人の信徒を連れてきて伝道にあたらせていたようです。

なぜなら彼は、徳川家康から提示された条件をスペインの関係者に知らせるために、しばしば江戸を不在にしなければならなかったからです。その間、司祭なしで信徒たちが宣教にあたったわけです。

江戸の教会の生い立ちというのは、司祭中心の教会というより、むしろ信徒が中心の教会といえるかもしれません。これは私たちにとても大きな力、励みを与えてくれるような動きだと思います。

その後、江戸の地にも迫害が始まります。

宣教司牧評議会より

諮問課題「協力」 についての分かち合いを行う。

9月13日(木)、宣教司牧評議会が四谷雙葉同窓会館で関催された。

東京教区創立100周年記念行事企画の報告に続いて、年間テーマである「教区内における協力」ついて分かち合った。

大司教から諮問された課題に応えるためには、まず宣教司牧評議会のメンバーが、「協力」をどのように理解しているか、確認することが先であるという運営委員会の方針に従って、まず、議長である小林章夫氏が、パウロ6世からはじまり、現代教会がさまざまな形で協力を呼びかけてきたことを示すと同時に、具体的には、白柳大司教が機会あるごとに協力を訴えてきたことを指摘し、更には、ナイスの諸提案の実現のために協力が不可欠であることを説明した。

この説明をもとに、宣教司牧評議会のメンバーがそれぞれが頭に描く「協力」について、用意された紙に書き、議長に指名された者がそれを発表し、若干の分かち合いを行った。
メンバーの書いたものは運営委員会に提出され、それを土台に、宣教司牧評議会として答申作成の具体的な作業に入る予定である。

お知らせ

青年の黙想会 -自然・静けさ・祈り-

日 時 11月17日(土)午後5時 ~18日(日)午後4時まで
指 導 山口道晴神父(聖パウロ会)
対 象 青年男子
場 所 聖パウロ修道会 八王子修道院
参加費 2000円

サンバオリーネの集い ~一日静修~

日 時 11月11日(日) 10時~4時
テーマ 愛と死を見つめて(聖書深読とビデオ鑑賞)
対 象 28才までの女性
会 費 500円(昼食代)
場 所 聖パウロ女子修道会

東京教区教会学校委員会発行の子供の信仰教育誌
「教えの手帖」をごぞんじでしょうか?

教会学校リーダーと子育て真っ最中のお母さん、お父さんのための信仰教育ガイドブックです。また、ご自分の信仰を深めるためにどなたでもお使いいただけます。

聖書解説、主日の福音ワンポイント、典礼、ホットな社会問題解説、子どもの心理、子どものQ&A、信仰教育プログラム、教会学校ヤングリーダーレポート、ゲーム、工作など。
百聞一見にしかず一度ご覧になってみて下さい。

・カテドラル案内所
・イグナチオ案内所
・女子パウロ会にあります。

東京教区の「教えの手帖」を皆様のご協力で育て発展させて下さい。お願いします。

教会学校リーダー1泊2日の交流会

前号にひきつづきもうちょっと詳しくお知らせ致します。

11月2日(金)~3日(土)
参加費 5500円(食事付)
時間 受付 2日17時 ~ 解散 3日15時
内容 森一弘司教の話と話し合い。参加者で可能な方は、教会学校で現在使っている、資料、教材、VTRテープ、写真、カリキュラムなどをお持ち下さい。
教会学校発展のために分かち合いをしたいと思っています。
場所 日野ラ・サール研修所
間い合わせ先-田中隆弘神父
主催・東京教区教会学校委員会

編集部から

●『東京教区ニュース』が編集を山新し、再出発したことに対し皆様から、温かい励ましやねぎらいのお言葉をいただき、大変感謝いたしております。ありがとうございます。
この編集スタッフの要とも言うべき、編集長は、泉富士男師、それを補佐する司祭陣は、深水正勝師、吉池好高師、それを強力に推進するのは森一弘司教。
これらの優秀な人材の支えを受けて、修道女2名、信徒スタッフ6名、それぞれの得手な部分を生かし協力しあって、毎号が誕生しているのです。
これからも教区内の各地での行事に、その他の色々なことで「教区ニュースの編集部です。取材にまいりました」という私たちスタッフが、博様方のお目にとまることと思いますが、その時には、ご協力をよろしくお願いいたします。

● 去る9月25日~27日の3日間、カトリック中央協議会広報部主催の「教区広報担当者全国大会」に、2人のスタッフが出席しました。毎年、各教区が持ち回りで会場を設営するのですが、今年は、東都のカトリック会館で、テーマは「広報と家庭」でした。
全国の広報担当司祭、信徒を含め30数名が出席し、電通の高橋俊明氏の講演を聞き、実習をしました。各教区の担当者との分かち合いで、一番印象に残ったのは、どの人もパイプのつまりに困難を感じていらっしゃる様子でしたが、出席した私たち、東京教区の広報委員会には、このパイプのつまりがないということを心の底から感謝いたしました。
◇『東京教区ニュース』は、年10回発行の予定です。印刷は、正文堂さんにお願いいたしました。正文堂については、ご存じの方も多いと思いますが、フロジャク神父様の宣教によって信者になった一人の女性が、その兄弟たちに宣教することによって一家が信者となったというご家族です。この女性は、ベタニア修道会に入会し、立派なシスターになられました。
正文堂は創業32年。教区ニュースの担当は、伊藤家の次男・厚志氏。彼は上野教会の敷地内で誕生したというボーン・クリスチャンです。これからも教区ニュースの発展のためにご尽力くださることと思います。

投稿募集!

新生『東京数区ニュース』では、次の欄への皆さまからの投稿をお待ちしています。

●ズームアップ 
・・・写真とその説明。あなたの教会生活の一シーンをほのぼのと。
●ちょっとおたずねします
・・・私たちが信仰生活を送る上で疑問に思うことがありましたらどんなことでもお気軽に。
●信徒の声
・・・『教区ニュース』にどんどん皆さまの声をお寄せください。

毎月の原稿締切りは、15日。編集の都合上、文章を省略させていただいたり、表記の統一をさせていただく場合がありますのでご了承下さい。皆さまの投稿をお待ちしております。