東京教区ニュース第55号

1985年11月01日

第8回小教区報担当者の集い

日時 11月24日(日)後2時 場所 カトリックセンター
テーマ 「小教区報は福音宣教にどう答えるのか」
内容 講話(夫津木昇師、国富佳夫氏)お話(市川裕師)、質疑応答、分科会、全体会議(ミサなし)
主催 東京教区広報委員会

平和旬間
叫びこそ真の供養 いのち亡ぼす歴史の流れへ

教区は8月10日(土)、千鳥ヶ淵戦没者墓苑で、平和旬間のおもな催しとして、第12回平和祈願祭を開いた。去年までは布教司牧協議会の主催であったが、同協議会がなくなったため、今年からは平和旬間実行委員会が企画し、教区そのものが主催する行事となった。しかし、白柳大司教は南米出張で不在、主司式は森一弘補佐司教がつとめたが、共同司式司祭は6名、参加者も500人やっと-など、時局のいっそうの緊迫のわりには、去年とくらべて何故かもう一つ盛りあがりを欠いた。平和旬間の他の催しとしては、8月11日(日)、カトリック・センターで、「戦争体験を正しく伝え、これからの平和を考えるための話し合い」を行なった。なおこれより先、教区は平和旬間の行事に準ずるものとして「広島平和祈願巡礼」(8月4日~6日)をも企画、実施した。

かなり激しく降っていた夕立が、開始の時間がくると、ピタリとやんだ。まずそれで参列者一同は気をよく?した。第1部「平和を願って」のミサ、第2部「献花・光の行列・平和の願い」の式次第は例年どおり。

主司式者の森一弘司教は入祭の挨拶で「平和に向かう歴史を作ることができる力と恵みを願い、このミサを献げよう」と述べた。今年は説教者を特別に定めず、主司式者自らが行なったが、去年にくらべるとかなりソフトで文学的?だというのがもっぱらの評。

共同祈願では飛入りもあったが、逆に予定されていた個人の祈りを遠慮する者も出た。聖歌は、今年も指揮(岩子昭)、オルガン(坪川裕子、高橋民江)と共に麹町教会聖歌隊の有志。献花は中央ブロックの受けもちで、国富佳夫(関口)、鈴木幸三郎(神田)両氏夫妻が参列者を代表して墓前に花束をささげた。

光の行列、教皇の平和メッセージの録音聴き、聖フランシスコの平和の祈りなど、すべて暗闇の中で、ローソク片手に行なわれたが、場内を整理する係りも、経験によって馴れたのか、小事故が起りそうになった時には速やかに察知してかけより、未然に防ぐなど、この催し12回のキャリアが表われていた。

万事スムースに、しかしそれだけにややマンネリの感もまぬがれない。プログラムにもまた一工夫を要する時期が来たのかも知れない。実行委員会での検討を期待したい。参加者のカラーも十年前とはすっかり変り、若者が多くなったのが目立つ。なかにはアベックの姿も見られる。平和祈願祭も遠からず戦争を知らない世代が主導してゆくことになるが、どのような味になるであろうか?などのささやきもきこえる。それにしても今年は、司祭の参加がまたえらく少なかった。

シスターの声

▽平和に対する私たちの責任を実感させ、戦争による犠牲者とのつながりを深めるよい催しであった。共に祈るために、もっと多くの方が参加されるよう希望する。
(サン・モール会・田園調布)
▽あの地で平和を願って祈る意義を痛感した。典礼にもう少し盛り上りがあったらと思う。
(師イエズス修道女会・四谷)
▽初めて参加した。私は戦争を知らない大人の一人で、いろんなフィルムや資料を通してしかわからない。平和の原点としてのキリストのメッセージを心に刻んで帰った。 -田村恵子-
(聖母の騎士修道女会・東京)
▽雨がきちんと上ったのが印象的だった。教皇の平和アピールが今も心に響いている。ローソクの行列の輪がつながるといいと思った。 -山頭久子-
(長崎純心聖母会・田園調布)
▽私にとって、戦没者は恩人であるので、その霊を慰めることができれば幸いと思い、この行事に参加している。この催しが毎年続けられることは、平和への願いをこめ、また宣教にもつながるのではないかと思う。司祭団の参加が少なかったようだが雨天のためか? -栗田信子-
(お告げの姉妹会・久が原)

平和考えるためセンターで集い

平和旬間の第2の催しとして開かれた「戦争体験を正しく伝え、これからの平和を考えるための話しあい」には約50人の参加者があった。平和旬間実行委員会が、昨年秋発行した文集「平和旬間に想う」の寄稿者の中から、小川艶子、小高信親、カオ・ソン・タンの3氏をえらび、いくつかのポイントを話して貰ったあと、参加者による自由な話しあいを行なった。

この集会はとくに青少年の参加を期待して企画されたものだが、若者の姿はほとんどなく、1人の女の子も途中で帰ってしまった。しかし参列者のなかには、「僕の平和についての考えを発表するように」と、子供から託されてきた母親もいた。また戦争中、教会がどんな迫害にあい、それをいかに切りぬけてきたかなどを、生証人のいるうちにまとめたら-などの意見も出た。

人数も少なく地味な催しであったが、真面目に平和を考えようとする者だけが集まったという感じで、内容はかなり充実したものとなり、来年もまた是非という声が多かった。

祈願祭もう1つ

残暑のきびしい9月1日午後2時、本所の東京都慰霊堂で今年も本所教会有志を中心に、平和祈願が行なわれた。

平和旬間に千鳥ヶ淵戦没者墓苑で開かれる教区の平和祈願祭にならって、「本所の私達は震災記念日に記念堂で祈りを!」と、昨年、久保九市(本所)さんたちの呼びかけで始められた行事である。

この記念堂は、大正12年9月1日の関東大震災の死者の供養のために建てられたものであり、戦後は、昭和20年3月10日の東京大空襲の犠牲者も合わせてその冥福を祈る行事がここで行なわれるようになった。本所に住む人、かって住んだ人、本所につながりのある人、毎年集まる人は減ろうともしない。

その大勢の人のなかで、本所教会の有志の人びと20名は、ロザリオ一連を平和の元后にささげる。平和の祈りを、ゆかりの地で、下町の人びとと共に、カトリック者として唱える。本所に住むひととして、それは当然のつとめであるのかも知れない。

小さき者に心を

天の御父は、いと小さき者の一人さえ亡びることを望まれない。これが神の愛であり、心である。いと小さき者とは、自分の人生を自分で切り開く力に恵まれず、どちらかというと無視され、押しつぶされてゆく人びとのことである。

この世の歴史は能力や権力のある人びとが作り出すものであり、そういう人達の作った歴史の流れの中で、いと小さき者は時に利用され、時には無視され、時には単なる番号のように見なされ、歴史の中に捨てられてゆく。

第2次世界大戦では、歴史の表面に名を残さない数多くの人が亡くなっていった。その人たちは歴史の流れの中では虫けらのようであった。時にはだまされ、時には家庭をも捨てて純粋に自分の身をささげながら、結果としては押しつぶされていった。千鳥ヶ淵に眠っているのはそういう人びとである。

しかしこのいと小さき者にも無限の価値がある。才能があろうがなかろうが神の前では一人ひとりの命は無限に愛されている。そういうことを宣言したのはキリストであり、このためにこそ神は十字架にかかったのである。神はそれほど真剣であった。平和の原点とは、いと小さき者一人ひとりがもつ喜びや悲しみを共感し、人の命の尊さをうけとめてゆくことである。

家庭、町村、国家はすばらしいものであるが、どんな社会にも人生の営みを踏みつぶす権利はない。社会は命のすばらしさを大事にしてゆく心を持ってこそ意味がある。また社会には独特のエゴイズムがあり、エゴイズムのあるところには必ずいと小さき者の命を破壊する可能性がある。それは自分の中にあるエゴイズムでも同じである。

キリストは神であるにもかかわらず自分を捨て切って私たちを救おうとされた。私たちは自分のエゴイズムとの戦いからはじめて、社会のエゴイズムがいと小さき者の命を破壊するような流れを歴史の中に見たら、それに対して叫ばなければならない。何故ならキリストがそれを十字架の上で宣言されたからである。

いま私たちは戦没者の冥福を祈っているが、キリスト者としての責任をかみしめ、40年前の誤ちを再度くり返すようなことのない歴史を作ってゆく決意を表明することこそ本当の供養になるのだと思う。生きた宣教の1つとしても。
(東京補佐司教・森 一弘)

なぜ反対「参拝」「押捺」

8月15日を境に、また1つ歴史が塗り替えられた。私たちが「公式参拝」をしないようにと、くりかえし要望してきたにもかかわらず、敗戦後40年を迎えた8月15日、首相および閣僚等は、「公式」と称して靖国神社参拝を強行したからである。

政府はさきに、首相の「公式参拝に関する政府統一見解の見直し」の示唆に従って、「公式参拝合憲」の自民党党議決安をうけ、84年8月、官房長官の私的諮問機関として、「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」を発足させ、合憲論の根拠だけを急いできた。今回の「公式参拝」は、8月9日、同懇談会が出した報告書の考えを参考にして実現させたものである。

報告書の提出がつたえられるや、日本カトリック司教団も、公式参拝に抗議する他の団体と軌を一にして、これに反対することを表明し、信教の自由と政教分離の原則がおびやかされることのないよう善処されるようにとの要望書を、8月12日、日本カトリック司教協議会、日本カトリック正義と平和協議会会長・相馬信夫の名で内閣総理大臣宛に差し出した。

そもそも「公式参拝」(絵)の実現は、国家護持の前段として「戦没者追悼の日」(額縁)の制定とワンセットにして取りあつかわれたものである。自民党は去る81年7月、(1)靖国神社などへの首相、閣僚らの公式参拝を実現せよ(2)8月15日を「戦没者追悼の日」として閣議決定せよ-の2点を党議決定して政府に申し入れた。政府は「公式参拝には違憲の疑いがある」との姿勢をとったが、「追悼の日」を検討することで妥協し、「戦没者追悼の日に関する懇談会」に判断をゆだねた。

推進派の狙いは、あくまで公式参拝の実現であるが、8月15日を「追悼の日」とさだめれば、実現に有利になるという自民党の説得によりこれをのみ、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」の制定となった。「公式参拝への外堀が埋まった」といわれたのはこのためである。そして今、目出たく!公式参拝そのものの実現を見た。

先方はジワジワと確実に押してくる。それにしても、これらの動きを阻止するため、私たちはどれだけの努力をしたであろうか。彼らの次の狙いは、さしあたって今後の靖国神社例大祭に、天皇の公式参拝を実現させることであり、つづいて来年の東京サミットの際には、レーガン米大統領など国賓に「公式参拝」を要請することである。もちろん地方自治体の長や自衛隊も公式参拝するようになるだろうし、やがては公教育の場で、子どもたちが先生に引卒されて靖国神社や護国神社に参拝させられるようになるであろう。

公式参拝は世界に対する日本の新しい軍国主義宣言であり、アジアの人々にとっては忌わしい過去の再現でもある。したがって靖国問題は、今や単に「信教の自由」に収斂されるのでなく、思想・良心・学問・表現など、もろもろの基本的人権の問題として捉え直さなければならない。

昨今、日本の教会では福音宣教ということが盛んにいわれているが、福音が教える人間の尊厳を守るためにも、私たちはこれと取り組まねばならないはずである。

司教団が内閣総理大臣に要望書を提出したことは実践の1つの現われであるが、1枚の紙片を手わたしてこと足れりとするのでなく、何故反対せねばならぬのかなどを、今度こそ信徒達に信仰の立場から良く説明し、浸透をはかることが大切ではなかろうか。

【要望書】

信教の自由と政教分離の原則は、日本国憲法の基礎の1つにかかわることであります。

最近、内閣総理大臣等の靖国神社公式参拝の実施が伝えられておりますが、この目指すところは、日本国憲法の基本理念に背くものでありますので、これに反対することを表明します。

政府におかれましては、信教の自由と政教分離の原則の重要性を深く認識され、これがおびやかされることのないよう善処されることを要望いたします。

1985年8月12日
日本カトリック司教協議会
日本カトリック正義と平和協議会会長・相馬信夫
内閣総理大臣
中曽根康弘殿

がんばれルイ神父

東京教区司教団有志約17名は、このたび枝川教会主任・コンスタン・ルイ神父が指紋押捺を拒否したのを機に、外国人登録法の指紋押捺制度及び外国人登録証明書の常時携帯提示義務をすみやかに改正することを日本政府に要請すると共に、同神父が身をもって示した差別撤廃のための行動を支援することにした。

有志一同は、朝鮮併合以来、日本人が隣国の国土を奪い、人びとを日本へ強制連行し、人権や文化を奪うなど差別抑圧を行なってきたことにもふれ、外国人登録法問題がこの歴史と密接な関わりを持つものであることを教会の内外に明らかにすると同時に、この規定の撤廃のための闘いへの参加と協力を切に願っている。

外登法の改正を求める要請や署名は、すでに社会司教委員会の名でも行なわれているが押捺拒否者が仲間の1人から出たことで、更に身近なものとして起ったこの運動は、他教区にも波紋を広げるものと見られる。

諮問議題【当番ブロック】

1、宣教における信徒の役割、司祭の役割、修道者の役割、役割の違いの認識と固有の召命の自覚。(6月30日)
2、地域社会に対する小教区の宣教のありかた。工夫。【千葉】(9月19日)
3、日本社会に対する宣教のありかた。可能性があるのか。その方法は?福音のメッセージは、日本社会に魅力あるのか。(社会の現実と福音の価値観)【城南】(同日)
4、宣教における家庭婦人の役割。【武蔵野】(10月24日)
5、宣教におけるミッション校の役割。【中央】(同日)
6、青少年を引き寄せるためには?(魅力ある教え、魅力ある教会、青少年の問題)【多摩】(11月17日)
7、宣教のための教えのありかた。(言葉、方法、内容等について)【城西】(同日)
8、宣教のための広報活動、出版、雑誌、その他。(マスコミ)【城北】(12月15日)
9、祈りの運動を、ぜひ起してほしい。【城東】(同日)

宣教にまず役割の確認 答申へむけ諮問始まる

教区はすでに、福音宣教推進部の企画で「明日への宣教を考える集い」を開くなど宣教にとりくんできたが、この3月、大司教の諮問機関である「宣教司牧評議会」(以下宣司評という)を発足させたことから、それとは別に1年後の第1回教区総会をさしあたってのメドとして、大司教が諮問した宣教、司牧に関するいくつかの議題に同宣司評が答えるという仕事もはじめている。諮問議題は別掲のとおりで、答申のための審議のやり方については宣司評運営委が検討、その場限りの発言を避け、メンバーが相互に学び、実りある答申ができるよう、各議題に対して当番ブロックを決め、その発表を中心に質疑応答し、内容を深め、まとめていくことにした。すでに3つの議題の審議を終えている。議題が多いため、宣司評は当分毎月開く。また教区は、本紙に「宣教のページ」をもうけるなどして福音宣布に熱意を燃やしている。

1、宣教における信徒の役割、司祭の役割、修道者の役割、役割の違いの認識と固有の召命の自覚。
(準備の都合上、この議題に限り、教区司祭・杉田稔、宣司評運営委・渡部真両氏が発表。)
「現代世界の福音宣教」をテーマとするシノドスの論議を踏まえて出されたパウロ6世の使徒的勧告「福音宣教」(以下福音)及び第2バチカン公会議の諸憲章と諸教令、とりわけ「教会憲章」(以下教会)と「現代世界憲章」(以下現代)の示す基本線を、我われ東京教区の神の民のめざすべき目標とする。
私たちの遣わされたこの日本の社会は、神なしにすべてを処理することが常識の人びとに満ちている世俗的社会であるが、私たちに先んじて、善意の人の中に既に神が働いておられる。
また、日本のカトリック教会は、全体として見れば、その自らの歴史の重荷の故に、公会議の示した本来の姿から、はなはだ隔たっているが、その一部では、既に隣人を福音化し、その人と共に、社会を変える小さな動きが始まっている。
諮問の文中の「宣教」を、今の世界の教会の共通関心事である福音宣教=福音化=キリストのもたらした喜びのしらせ、その喜びの根拠となるキリストのおしえ、こころ、魂、精神を、人間とその構成する社会にしみとおらせ、変えること、と解する。そこからこそ、公会議の期待する新しい信徒が生まれる。

福音化の対象は
(1)福音の担い手である教会(神の民)自身であり、【福音15】(2)神が私達の前に置いた、周りの人びとの心であり、(3)私達がその中で生きるよう、神が命じられた社会である。詳しく言うなら、日本社会の、人間本来の姿にふさわしくない様ざまな「状況」ないし「社会現象」、「しきたり」或いは「社会秩序」、更には文化の領域に属する「日本人の価値観、生活様式、人間関係、神と人間の関わりなど」である。【福音18~20】
▽福音宣教の担い手は全教会だが、身分によって役割分担がある。【福音66~70】
(1)純粋な観想修道会は、「この世に背を向けた生きざま」をもって、信者とこの世に対して信仰の無言の証しとなり、その奉献の生活は、社会と教会の福音化に働く人びとの活動力の支え手である。【福音69】
(2)活動修道会や在俗修道会の、修道士・修道女は、その会憲、会則により、また個人のカリスマ、役職により差があるが、司祭、信徒に近い、あるいは同じ使命がある。【下記(3)、(4)および福音69、司教の司牧任務に関する教令(以下司教)33-35】
(3)司祭は、神の民の1人である限りにおいて、信徒と同じ使命があるが、司祭の司祭である限りの固有の使命は、教会(神の民)の福音化である。【福音68、教会28、37、司教30、および司祭の役務と生活に関する教令(以下司祭)4~6】
(4)信徒に固有の使命は、隣人と社会の福音化である。【教会31~36(とくに31、33、35)現代34、福音70】
▽役割の違いを認識し、固有の召命を自覚するための具体策の提案。
(1)先ず、やってみて、喜びを体験することである。
「司祭(司牧者)は、信徒の召命とカリスマを認め、彼らを信頼し、彼らの言葉、相談、嘆きに耳を傾ける。それを自分への神からの痛みの伝達と捉え、キリストがいま、そこにおられたら、どう望まれるかを、出来事の展開と2千年前のキリストの姿、また世界の教会の経験とをつき合せながら、信徒と共に考える(=福音的見直しの)努力を重ねる。」【司祭9】
「司牧者の任務は、創造の目的とこの世の使用に関する原理を明らかにし、この世の事柄の秩序がキリストにおいて刷新されるよう、道徳的、霊的な助けを与える事である。」【信徒使徒職教令(以下使徒)7】
「キリスト者としての円熟に到達させるために、司祭は信者を助けて、彼らが大小の出来事において、何をなすべきか、何が神の意志であるかを自ら見分けることができるものとなるように導く。」【司祭6】
「信徒の独自の召命は、現世的な事柄に従事し、それらを神に従って秩序づけてゆくことによって、神の国を追求することである。」【教会31】
「信徒は、この世の秩序の刷新を信徒の固有の任務として受取り、福音の光と教会の教えに導かれ、キリスト教的愛をもって、この世において決然として具体的に行動しなければならない。信徒は(中略)他の市民と協力し、万事において神の国の義を求めねばならない。」【使徒7】

市民との交流も
「信徒は、個人としても、団体としても、この世の市民として行動する時には、(中略)同じ目的を追求する人びとと進んで協力しなければならない。信仰の要請をわきまえ、その力に支えられて、必要に際しては、ためらうことなく新しい企画を案出し、実行に移さねばならない。(中略)信徒は霊的な光と力を司祭から期待すべきであるが、司牧者が何事にも精通していて、どのような問題についても、しかも重大な事柄についても、即座に具体的解決を持合せているとか、それが彼らの使命であるというように考えてはならない。」【現代43】

(2)より具体的には。
-信徒の社会参加の場(例えば、職場、労組、PTA、自治会、生協、趣味の会、マンション管理組合、ボランティア活動等)を調べ、似た問題を抱えている、似た環境の人びとの対話の場を設ける。司祭も霊的助言者として参加し、「福音的見直し」を推進する。
-状況によっては、地区集会や、聖書研究の小グループの中にも、祈り合い、具体的に支え合う連帯意識を育て、小さな共同体の体験を味わせることも有意義であろう。
-アジアの信徒使徒職司教委員会の示唆する通り、「小教区は沢山の小共同体の共同体」と主任司祭も、信徒も、発想の転換をすることも必要であろう。
-取組む課題の歪みが、ただ個人のレベルで解決できるものでなく、実は広く深い社会的背景から来たもので、言わば社会の構造的な悪への挑戦の中でのみ、解決に向かい得ることに気付かされることも多くある。
そうなってくれば、同様な問題の解決に立向う大勢の人たちの経験交流も必要となるし、その上で運動を組織したり、キャンペーンを行なったり、マスコミを通して、世論を動かすまでせねばならないであろう。
-さらに、専門家、神学者による「時のしるし」、また日本の社会が目指すべき「神の国の一里塚のイメージ」の研究に、司牧者も、第一線の信徒も協力し、ともに耳を傾け合いつつ、活動の、また組織的運動の、福音的見直しの充全さを図ることが必要となるであろう。
(教区司祭・杉田 稔)

捨てよ!縄ばり根性
諮問議題の内容を明確にするために、司祭と信徒との関係をたとえをもって浮き彫りにし、教会共同体としての役割分担を阻害している大きな原因の1つを挙げ、それを克服した例を簡単に紹介したい。

▽たとえ1-福音宣教という目的に対して、あくまで司祭がたはプロであり、信徒はアマである。この関係を音楽の例で指摘してみよう。

<関係1>アマはプロに対して歴然とした差を認め、憧憬と尊敬の思いを抱いている。信徒の司祭に対する思いも同じはずである。

<関係2>プロは主体的に自ら表明しなければならない。アマにはその義務はない。福音化に関して、信徒というアマは、従来自分の信仰の表現ですら、司祭、修道者というプロにあまりにも任せ切りでなかっただろうか。むしろアマはプロの「まね事」をしてみることによって、本当のプロの厳しさに目が開かれ、自らの実力の不足を悟り、発奮し努力するようになるはずである。

<関係3>向上心にめざめたアマは、プロとできるだけ近づきになり、プロの演奏に直かに接することを願い、さらにプロと共に演奏する機会が与えられれば、大変大きな喜びとなるし、時にはアマの方がより純粋な喜びであることもあり得る。

<関係4>アマの陥り勝ちな自己流の発声や演奏技法のクセはプロの耳によって批評を受け、正される必要がある。プロとアマの協力が旨くかみ合った時にこそ、壮大な大合唱やフルオーケストラによって、神への讃歌の名演奏が響き渡るのである。

<関係5>音楽に限らずスポーツでも、高いレベルにある国や団体は、真に実力のあるプロと共に、経済的報酬なしに、むしろ多額の失費や時間的犠牲をも厭わない熱狂的なアマと、日常生活の中に浸透した広範な同好者の層とによって支えられている。

同様に「明日への宣教」に必要なのは(1)宣教のプロに徹した司祭・修道者方と共に(2)日常生活における現世的損益を計算することなく、自発的に喜々として福音化の共働作業に献身する信徒たちの輩出と(3)多様な日常生活の場で、キリストの愛の実践と自分自身の言葉とをもって信仰を証しする信徒の広がりとである。

▽たとえ2-教会はいわば「社会的病人の為の病院」である。社会にあっての福音宣教は「真の医師であるキリスト」を病院長とする「チーム医療活動」に他ならない。そこでは、医師団と共に、看護婦・薬剤師・理学療法師・放射線技師など、多数の医療関係職の共働作業と、患者との協力が不可欠である。

教会という病院の場合、医師としての司祭、医療関係職としての修道者には、当然固有の召命がある。一方信徒は、患者として医療を受けながら、同時にこの医療活動を担う一員でもある。「教会共同体」のゆえんである。

時には神父も脇役
▽阻害要因-それは「テリトリー意識」すなわち、「なわばり根性」にほかならない。
<現象1>特権や既得権への執着。たとえば、プロの音楽家としてのプライド、医師としての権威主義と特権意識が、共働作業を妨げている。その実例は、司祭や修道者とも、まま無縁ではない。
<現象2>自らの「城」に対する防衛本能と管理者意識。すべてを自らの管理体制の下で掌握しようとするか、掌握し切れない部分を圧殺もしくは切り捨ててしまう。
<現象3>内向きの自己中心主義ないしはお家第一主義。自らの帰属集団(小教区教会・活動団体等々)さえうまく行けばよい、全体のために自分達が損はしたくないという意識。これらの意識を前提とした上での努力目標として、共働作業の中での「主役」と「脇役」の立場を、臨機応変に切り換えて、各々の場においてその都度必要とされる役割を、忠実に果す努力とトレーニングとが必要である。
このトレーニングができていないで、主役、脇役の切り換えのとりわけヘタな人種の最たるものが、教師であり、医師であり、プロの音楽家であり、残念ながら少からぬ数の司祭方である。常に主役の立場を守り続けようとしたり、主役である限りは大いにハッスルしても、脇役や裏方の立場に回ると、俄然、協力を投げ出したり、少くとも共働作業に対して冷淡かつ無関心になってしまう傾向を否定し得ない。
それとは逆の面で、主役、脇役の切り換えがヘタなのが、一般信徒ではないだろうか。常に教会の脇役として、黙々と蔭の裏方の仕事を続けている尊敬すべき信者方が、どの教会にも沢山おられる。しかし時には、主体的に教会の最前線に出て、自らの信仰の証しを表明する、主役としての役廻りもあるはずである。とは言え、そのような主役になるためには、その役に耐える信仰の練磨が必要である。
ふつうの信徒はとかく日常の自分の居心地のよい巣穴に引きこもり勝ちで、教会外の社会に対しては、いわゆる「隠れキリシタン」に甘んじる事になる。たしかに、キリスト者を「異人種」として隔絶する日本の社会の壁は厚く、職場や地域社会では「異質さ」をことさら目立たせない方が、万事に気楽で無難である。これも消極性を守るためのもう1つの「なわばり」である。
その一方で、主体性に目ざめた一部の信徒が、主役を独占しようとし、テリトリーを主張し合って、折角芽ばえかけた他の信徒の自発性を圧殺しかねないという現実もある。
▽成功例1-信者でない婚約者のカップルへの聖書講座(麹町教会)。教会で式を挙げる希望の5~10カップルに対して、司祭1名とヘルパー(信者夫婦2組)がチームを組み、毎週1時間半ずつ5カ月間、20回にわたり話し合う。
司祭によって方法は異るが、たとえば「質問の手びき」の質問項目に従って、各カップルとヘルパーとに、自身と相手とについて深い所まで問いかけ、自分の素直な言葉で自身を語らせる。そこではキリスト教用語はほとんど使われないが、講座終了までにキリストの福音の核心に自然に近づくようになる。
司祭と信徒とのチーム・プレーは、入門講座や要理研究にも応用して、実績をあげている。

手づくり手わたし
▽成功例2-信徒の手づくりと手渡しによる文書伝道活動。城南ブロック宣教小委員会の活動として11年前に発足、8教会・3修道会の約100名の配布者が、毎月1回、1300部のリーフレットを配布。
宣教の実際的効果は、正直に言って、かなり疑問である。しかし少くとも、信徒の主体的な宣教意欲を堀り起して持続させてきた十余年間の実績は、決して無駄ではなかったと自負している。個々の配布者の真剣な取り組みと積極的な姿勢を、今年のアンケート調査から読み取ることができる。
一般信徒の主体性を呼び起すための年7回の催し、「宣教活動のあり方についての講演と話し合い」は今年で7回目を数える。司祭・修道者・信徒の具体的な体験、成功例や失敗例を持ち寄って話し合う中から、より有効な方法とより広い活動とが育つ事を期待して続けている。
(宣司評運営委・渡部 真)

自由討議
<初田>むつかしい理論より、自然に身についたもので表わすべきだ。
<寺田>トレーニングしなければ福音宣教はできないのか?ダメ信者でも、教会へ来なくてもできる宣教を!
<杉田>要理やキリストの言葉を取り次ぐのではなく、ささいな会話の中でキリストの価値観を伝える事を心がけよ。また研修の場が全くない訳ではない。
<渡部>トレーニングとは、必要な時に主役として積極的な姿勢がとれるための広い意味での訓練をいう。
<杉田>説教せず、「自分も分らない、一緒に考えよう」というのが一番よい。
<星加>「福音宣教」という言葉の意味が難かしくて分っていないのではないか、一般の人が自覚できるよう働きかけてほしい。
<渡部(栄)>福音の喜びをありのままに自分の言葉で伝えることが大切である。
<新垣>教会の場所の選定が大事である。グループ活動や対外的な共働作業が基本的な方向ではないだろうか。
<小林>信徒の中ではこの問題について認識の落差が大きい。それをふまえた上で最大公約数的なものをとるより他にない。司祭・修道者の役割について、もう少し説明を加えてほしい。
<村岡>幼児受洗者に比して、成人受洗者のほうが宣教の熱が高い。また老人の意識をいかに昂揚させるかも問題である。
< >内は宣司評委員名

大司教コメント
宣教に対しての熱意を感じて嬉しい。意識の落差はやむを得ぬが、教会の路線を徹底させれば次第にならされる。宣教の具体的方法だが、信徒にしか出来ぬ実際の例を集めて紹介し、参考にするのも一案である。

初めて教会を訪れる人たちに

福音宣教が優先課題にとりあげられて一年たった今も、初めて教会を訪れる人々の受け入れ体制は整えられていないのだろうか、と司教が訴えている。(9月1日付カトリック新聞より)日曜日、どこの教会でも初めて教会を訪れる方々がいるはずである。私たちが声もかけず見ている間に、彼らは教会を去り二度と教会には戻って来ない。今回は「これではいけない」と受入れ体制作りに教会ぐるみで立上がったイグナチオ教会にカンガス神父を訪ねお話を聞いた。

受け皿を用意しよう
聖イグナチオ教会報8月号にカンガス神父は「受け皿」と題する一文を寄せ、「初めて来た人は教会のどこに行ってよいか判らないし、誰も相手にしてくれない。ミサのしきたりも判らず困ったあげく“ここには自分の場がない”と二度と教会の門をくぐらない。と教会に来られた方を暖かく迎える事から始めたい」として受け皿Aの集いを呼びかけられた。

神父は呼びかけの動機について「今、社会が何を求めているか、どのようなニーズがあるかを考え、イエズスを求めて教会に来る人や、生活の悩みから教会を訪れる人たちが多い。しかし、1人でミサに参加するまでには時間がかかり仲間もできぬまま去ってしまう人も多い。その方たちを受けいれるために何とかしたいというのがきっかけです」と語られた。

集いは5回開かれ、毎回40名前後の出席者によって活発な意見が交換された。パンフレットを作って初めての方を案内してきた関口教会からも参考になる意見を頂いた。
「信徒のみなさんが私の意志を理解し、ニーズを十分に理解していたから、私から指示をしたことは何もなかった。しかし、参加者の意見は司祭団でより深く検討した」と集いについて語っている。

10月13日から実施された具体的な方法は3つの柱から成っている。

(1)初めて教会に来た人に声をかけて話ができるように、その手段としてパンフレットを作成した。パンフレットの内容はむずかしい言葉をさけて、教会になじみやすいよう工夫した。
(2)毎日曜日、教会の入口に案内係をおいて、初めての方々を迎える。案内係はその方たちといっしょにミサに参加し、ミサの進行や聖歌などを教える。又、聖体拝領の時はいっしょに祭壇に進み司祭より祝福と按手を受けるよう導く。
(3)ミサの後、時間のある方々をテレジアホール(喫茶室)に招いてふれあいの場をつくる。

ところで、イグナチオ教会には今までにも案内を続けて来たグループがある。寒い時も教会の庭に机を置いて受付を続けて来たグループ、門入口で教会の案内から悩みの相談まで聞いて来た案内所のシスター、そして十年間案内係を続け日記を書き続けてきたグループなどである。

特に聖書研究会から始まって初めて教会に来た人たちを十年前から案内し続けてきたグループ(後記紹介)についてカンガス神父は、受け皿Aの集いはこのグループの発展であり、十年の歩みに心から感謝したいと前置して、「ゆっくり徹底的に準備して長い間続けた。それは実に日本的である。受け皿Aの集いはその準備の集いでもあった。10月からは新しい集いとして1か月おきに反省と次の準備のために話し合いたい。もちろん他の教会から勉強に来られる事は大歓迎です」と集いの広がりを期待されている。

転入者にも受け皿を
イグナチオ教会では、今新しい集いが計画されている。「受け皿Bの集い」とカンガス神父が呼ばれるこの集いは、毎年転入されてくる200人以上の方々に対するフォローである。

「今までの方法では半年かかっても親しい友だちができず教会を離れていく人が多い。そこで、佐々木神父のセミナーで勉強した方々が半年以上かかって研究し、すばらしい土台ができかかっている」とその方法の一端を紹介された。

この方法は、転入者に毎月1回、受け皿Bの方々とザビエル聖堂のミサに参加して頂き、その後、食事をしながら、

(1)この教会にはどんなグループがあり、どのような活動をしているかを紹介する。
(2)受け皿の集いを通して教会に馴じんで頂くため、集いのメンバーを紹介する。
などである。

転入者の中には、地方の伝統的な教会の暖かさを持った方や、大都会の発展する教会で活躍された経験者もいる。この方たちが逆に教会に新しい芽をもたらすことをカンガス神父は期待されている。

受け皿Bの集いは「ニーズを感じとった」方々によって準備が進められている。こうした動きについてカンガス神父は次のように語られている。

「人には神の大きな光である可能性がある。どの人も、どのグループも、神の心を持ち、神の国のためにつくしたいと考えている。これが可能性である。

この可能性をなくさず、引きだすのは対話だと思う。対話がなく互いに黙っていたのでは可能性は出てこない。

司祭の大きな役割は、対話をもたらすパイプ役になることである。教会が一致し、信徒が一致していくために、全ての人に可能性があることを前提に、対話をもたらすチャンスを与えることが司祭の仕事ではないか。」

関口教会の試み
婦人会の案内係が発展し、聖堂案内のグループとして活動が始まったきっかけは、57年復活祭に行ったアンケート調査である。

3年前の復活祭とはいえ5人に1人の未信者の回答は、福音宣教が優先課題にとりあげられて1年たった今でも変ってはいない。

「キリストの教えが知りたくて(全体の41%)」「自からすすんで(58%)」「教会に聖書の勉強に来たい(40%)」20代、30代の若い人たちの声は、「教会の活動を紹介するパンフレット、初めて教会に来たとき気軽に聞ける受付、声をかけミサや教会のことを教えてくれる案内係」を設けてほしいとの要請であった。

聖書案内グループは、受付、案内係など約10名が当番制で、初めて教会に来た人たちの案内や地方からカテドラルを見に来られた方々の案内を行っている。係は胸に名札をつけ、初めての方には「教会やミサの内容をやさしい言葉で解説したパンフレット」を渡し、いっしょにミサに参加している。又、教会活動に参加して自分を発揮したい方には、活動グループを紹介したパンフレットが用意されている。

こうした活動の他に、2年前から実施している1つの試みがある。聖体拝領のとき「何となくとり残された感じ」があると訴えた勉強中の方の声が発端となり、典礼部と案内グループが検討し試行した。

聖体拝領の列にいっしょに並んで、司祭から祝福と按手を受ける。この試みは、賛否両論の中での冒険ではあったが、勉強中の方や初めて教会に来られた方から大歓迎を受けた。現在はすっかり定着し、広がりを見せ始めている。

教皇、信徒に変革を

9月22日付カトリック新聞は日本司教団の聖座訪問最終日、教皇が司教団に行った訓話を報じている。

教皇は基本方針と優先課題に強い関心を示され、司教団には「日本の社会と文化にもっとも適したと思われる方法で効果的にキリストのメッセージを伝える努力」に期待し、信徒には「日本の複雑で広範におよぶ社会、経済、文化の中で実りある家庭は教会のひながたであり福音化であるからそれ自体が福音宣教に大きく貢献する」と語られている。

この言葉の意味するものは深く重い。教皇が司祭と信徒に日本における福音宣教の変革と独自性を求められた、と受けとっては考えすぎであろうか。

ところで、私たちは福音宣教の源はミサであると思っている。そのミサを捧げる教会が、古い日本の家と同じように塀を巡らせ、主人をおき、初めての訪問者に、侵入者の如くうさんくさい目を向ける現実が存在している。

教皇が語られたように教会のひながたが家庭にあるならば、私たちは自分本位の閉ざされた家族になってしまう。

みなさんは、そんなことはないといわれるかも知れない。しかし、あなたの家庭に老人がいて家中話に花が咲いていますか?子供たちには勉強より感受性の高いイエズスの愛の心を優先的に教えていますか?金品より自分自身の心と身体を小さき人々に与えていますか?
教会を開き、新しい人々を受け入れ、私たちが教会から出て宣教するために、まず家庭を福音化しなさいと求められていないだろうか。

今の社会に小さな抵抗をして、イエズスが、今、求めていることが実践できる家庭を作るために、私たち自身の変革が必要である。

案内係10年の記録

聖イグナチオ教会 中村容子
今、教会では、新しい方への受け皿として、案内係が再認識されようとしています。

イグナチオ教会の案内係が誕生したのは、1975年の御復活の日からでした。今年は、ちょうど十年目、ひとくぎりとして、大きくなって飛躍出来ることを願わずにはいられません。

十年前、案内係が出来た発端は、あるお母様が1人ぼっちで淋しげにベンチに腰掛けている方の話し相手になってあげたのが始まりでした。改めて見まわすと案内を必要としている人が沢山いることを感じたこの方が、カンガス神父様や、聖書研究会の方達に話したところ、多くの人の役に立つことが出来るならばと、賛同したメンバーが集まり案内の窓口が開かれたのです。

日誌の第1ページの内容には、新しい方と一緒にミサにあずかったこと、祈祷書の貸出し、講座案内、迷子保護、病人のお世話、結婚式場案内、道案内、荷物預り、教会見学者等と、来るものには何んでも対応する姿勢でした。この1年は模索の時期で、求められた多くの事に取り組んで受付けの役割りを果たし、こちらからは外に働きかけることは出来ずでしたが、案内の趣旨を知ってもらうには、これが大切だったと思われます。
そして1年目の反省会で、初めての方に応対した人数が150人あまりになったことを知り、“やって良かった”が全員の感想でした。

2年目の4月には案内係の人員不足を補うと同時に、研修会も開かれ、典礼の勉強、色々な人達に対する応対の仕方等と細部に亘って案内の心得も決められ、又、外側では案内の看板を掛ける、腕章、名札を付けるなど少しずつ基礎が固められて行きました。

この時期、数か月前にミサに案内した男性が洗礼を受けられたという嬉しいニュースも書かれています。

それ以降、様々な事情によりメンバーの交代はありましたが仕事の内容は変らず今日に至っています。

十年を振り返ってみると、訪れる人もない、何の用事もない、そんな当番の時は物足りなさを感じる日もありましたが、それを支えて来たものは、教会の共同体の意識の中で信頼し合い、神父様よりの霊的な教えの下に、祈りの心を持って奉仕して来た係りの努力だったのではないかと思われます。

3年目以降は教会に初めて足を運んだと思える人達に進んで声を掛けたり、又、別の対応として耳の不自由な方のお説教の筆記(このことは、その後、11時のミサに手話通訳が付くようになりました)のお手伝もしました。その反響の1つ「私も教会の門に一歩足をかけた感じです。」と話された方もありました。

ここ数年は人員不足から、あまり活動も盛んではありませんでしたが、ここに十年間の取り扱った総数の割合を円グラフにしてみました。

十年間の記録を見ていくと案内係と云う、名前にふさわしい仕事よりも、場所を教えるような小さな質問に、心を込めて応対することが大切だといった記録が、よく見受けられます。教会での案内の仕事は人と人との橋渡しのようなものであるから、訪れて来た人が受け入れられ、親切に迎えてもらうことが出来て、本当に良かったという気持で教会の一員になって下さるように、心から奉仕を続けたいと思っております。

教会だより

○イグナチオ教会、受け皿Aの集い連絡先 03-263-4584(教会受付)
○関口教会、案内係連絡先 阿部泰久・井沢玲子 03-945-0126(教会受付)
○各教会で計画される福音宣教の集いや催しをお知らせ下さい。発行は偶数月ですが、編集は前月となりますので、2、3か月後の予定をお願い致します。
○クリスマス、年末年始に一般の方といっしょに参加できるミサや集いの計画を10月末までにお知らせ下さい。
○みなさんの投書をお待ちしています。掲載記事のこと、御意見、体験などをお寄せ下さい。
○広告もお受けします。その場合、若干の広告料をいただきます。
○あて先 〒112 文京区関口3-16-15 東京大司教館 市川神父又は、国富まで 03-943-2301(司教館受付)

おことわり

今回、編集の都合で言葉を統一して、まだキリストの食卓を囲んでいない人々の表現を「未信者」という言葉にさせていただきました。

福音宣教の実践を

このページを創るために何回かの会合を持った。そこで確認したことは、「教区ニュース」はいわば官報的役割を持っているのに対して、信徒中心の格式ばらないものにしようということだった。それでも創刊号だから司教方の文をいただくことになった。激励に応えて行きたい。

教会の本質的使命
東京大司教 白柳誠一

このたび「教区ニュース」に「宣教のページ」が加わり、福音宣教についての各地の動き、皆さんの考え、経験などが伝えられることになりました。これは、互に分かちあい、学びあい、啓発しあうことを目的としています。

日本の教会の「基本方針と優先課題」が打ちだされてから、確かに教会のなかに福音宣教への熱意が高まってきましたが、まだすべての人にゆきわたったわけではありません。福音宣教が教会の本質的使命であり、したがって、教会を形成する私たちすべての者の義務であって、勇気をもって実践すべきものであることを、一人ひとりが深く感じとらなければなりません。そして「福音をのべないことは禍いである」との聖パウロの確信まで到達したいものです。

教皇様は9月2日、日本の司教団に対し、現在の日本の教会の動きについて全面的支持と、大きな期待を表明され、「すべての福音宣教は聖霊によりたのむものです。あらゆる努力が結集するかしないかは、聖霊のたまものいかんにかかっています」とおっしゃいました。聖霊の助けを心から願いながら、教会の力を結集して、福音宣教の実践に励みましょう。

横とのつながりを
補佐司教 森 一弘

広報部長・青木神父のご好意と協力で、教区ニュースに「宣教のページ」がつくられることになりました。大変嬉しいことです。これまでわずか数人のスタッフで教区ニュースを育ててこられた青木神父と、これまでの協力者に深く感謝をあらわしたいと思います。
と、同時に、このページが、これからの教区を育てるための対話と刺激のきっかけにもなってほしいと願っております。

これまでの日本の教会はどちらかというと、縦の世界を中心に生きてきました。神と私。そしてその間にいる聖職者たち。沈黙し祈ることを大事にしてきました。これはたしかにすばらしいことですがそのままですと、いつまでも横のつながりは生まれません。全ての信徒、司祭が神のみ前に聖であるとしても、いつまでも個にすぎないのです。

1億2千万の中で個でしかなく、個である限り、社会に向って働きかけていく逞しい流れを生みだすことになりません。福音を生きようとする人々の逞しいつながりが生まれてこそ、社会に対する力強さも育ってくるのだと思います。「宣教のページ」がこの役割を果たしてくれることを願います。

信徒の力
福音宣教推進部長 市川 裕

小教区にいたころ、何かにつけ、最初に話しをさせられ、巻頭言を書かされた。信徒の中には受賞作家だの、いろいろの分野での権威者がいる。司祭だというだけで、どうして人様より先に書かせるのか、と逆らってみたが徒労だった。

「宣教のページ」は賢明にも旧来の陋習(ろうしゅう=古い習慣)を破ってくれた。

日本の教会は、2百年以上の迫害時代を1人の司祭にも恵まれずに耐え抜いたという実績を持っている。あの時代に比べれば、今の信徒はあらゆる点で大人になっている。

この夏、中国北京のカテドラルを垣間見ることができた。公会議前と同じく、ラテン語で背面ミサをしている。信徒は司祭の祈りに合わせて、北京語独得のメロディーで賑やかな祈りをしている。老人ばかりではなく、若い人々もかなりいた。

ミサ後、党員の通訳を交えて司祭たちと語りあうことができた。紋切り型と思える司祭たちの話を通して、今の政府が、以前に比べてかなりの自由を認めていることがうかがわれる。共産革命と文化大革命の激しい波の間、外国人司祭は1人もいなくなった。それでも信徒の心から信仰の灯は消えなかった。40年前に兵隊として見た時に比べ、現代の中国は、物心の飢餓状態から脱し、こざっぱりした服装を着られるところまで漕ぎつけた。更に、近代化を進めるために、十億の人民の協力を必要としている。信徒たちは、更に力強く信仰を守り伝えて行くだろう。日本の信徒も、隣人と同じく逞しいと思う。

私の宣教体験(1)

喜びの種子まく人
映像作家 千葉茂樹

私には宣教体験をのべる資格はまだない。多くの先輩と比べて、私は駈け出しのキリスト者だからである。ただ、映像作家という職業が、ちょっぴり人目につきやすい。その分だけ、自分の信仰をハッキリうち出す機会が多いということではないだろうか。

8年前、マザー・テレサという、生きている聖人とじかに出会った結果、私はついに洗礼を受けて、キリストの弟子となった。その翌年に、映画「マザー・テレサとその世界」は完成させたが、その事実は私自身に予想外の恵みをもたらした。それは、キリスト信者であるという宣言を、自他ともに公然と行うことであった。その後、仕事の1つ1つに、そして毎日の家庭生活に、キリスト者としての生き方が問われることとなり、私にはそれが大きな励みとなる。

そのような事情もあって、その後に誕生した我が家の子供達には、私たち夫婦の願いをこめて、照紗(テレサ)、くらら、偉才也(イザヤ)という名前まで登場した。それを聞いた時、ある親しいシスターが忠告してくれた。

「こんな名前をつけて、学校で子供たちがいじめられるわよ」
しかし、私達はそれでもいいと思った。いずれは、自分達の親が信じているものの偉大さが分ってくれる手立てにもなるのだからと。

最近、私達夫婦も、若い仲間達の結婚式に、よく証人や仲人役で引っぱり出されるようになった。その時、私達の唯一の条件は、私共がカトリック信者であり、スピーチのどこかで、カトリックそのものの結婚観、家庭観について、ちょっぴり紹介させてもらうことである。時には、神前結婚式を終えたばかりのカップルや親戚一同の前で、マザー・テレサの言葉を紹介することもある。そんな時の私達は、ただ、カトリックの宣教というよりは、その若いカップルが真に愛と平和と喜びにみちた家庭を築いてくれることを、ひたすら願うだけなのである。

《喜びの種子をまく人々》この言葉は、私と妻がよく話題にする聖句の一節である。私達は、つねに喜びの種子まく人でありたいと願っている。

この夏、3年がかりで完成した映画「こんにちわ地球家族」は、そんな願いをこめて家族ぐるみで取り組んだものである。映画そのものは“マザー・テレサと国際養子”というサブタイトルが示すように、人種や国境をこえて築かれる愛ある家庭が主題である。その主人公のボーネッシュさん一家は熱心なカトリック信徒。肌の色のちがう24人の子どもと暮すこの夫婦像に魅せられて、私達は映画製作を願いつづけて来た。

まさに喜びの種子まく人の姿を、そこに見る思いである。

私たちが、全身全霊をつくして、喜びの種子を蒔くとき、私たちの宣教の使命は、花ひらくにちがいない。

映画「こんにちわ地球家族」を観て

私たち日本人は、血縁こそ最も尊い人間の絆であり、信頼し得るものであると思いこみ易い。

この映画は血縁意識のこびりついた私たちに、大きな衝撃を与えてくれる。ベトナム、インド、南米ハイチの子らまで家族として迎え入れ、子供たちが発散し続けるかわいらしさと生命力によって、迎え入れる方も共に幸福な生活を送っている。姿やかたちの全く違う人同志が心から受容し合うことができるのは、人間の多様性を愛され、そのように人間を創造された創造主の存在を信じているからだろう。

この映画の背後には大きなドラマがあったに違いない。地球規模の素材の中から、捨て難いものを捨て、拾うべきものを拾い得た千葉監督の才能に敬服する。それを支えたスタッフの熱い祈りを感じる。その祈りが地球全体へ拡がってゆくようにと共に祈りたい。
作家 重兼芳子

ふだん着でひと言(1)

すばらしい宣教者との出会い

「宣教ということばは、えら過ぎて私には似あわないの。私はふだん着のおばさんの話だと思っています。」

東京下町育ちの、メリハリのきいた口調でこうおっしゃるシスター・カタリナ酒井を、まだ残暑の厳しい9月初めの午後、玉川田園調布の坂の上にあるサンモール会幼きイエズス修道院にお訪ねした。

明治36年生れのシスターは、3時間もの間、芸事で鍛えられた張りのあるお声に少しの疲れも感じさせず、声色も楽しげに、今までの「教えの道」と、これからの宣教への力強い助言とをお話し下さった。お話しのポイントを次号以降にも続けて、ご紹介しよう。

70年前、12歳の時、それまでキリスト教に縁のなかったシスターは、麹町六番町にある雙葉高等女学校に入学された。

毎朝の英語のレッスンで、アイルランド人のシスター・フランソワ・ザビエの目の中に、今まで見たことのないものを見て、目礼のスマイルに子供心になんとも言えないなにかを感じられた。その時、神の種が私に落ちたとシスターは回想される。また卒業後も英語のレッスンを受けた英国人のシスターの「ミス酒井、あなたのために祈っていました」という言葉は、すべての教え子のために祈っている教師の愛の心だったのだと、後になって分ったと述懐される。

卒業後6年間、「したい放題のことをして浮世っぽく過した」シスター酒井は、23歳で受洗された。それまでの「社会学」が、その後修道院に入ってから、また今に至る教えの上に、大変役立っている。「神様はそんな風に人をお使いになるのだなー」とシスターはしみじみ語られた。

その後出会われた素晴らしい宣教者の方々。カディアック、フロジャック、ホイヴェルス、カンドウ、ロゲンドルフ、デュモリン、アヌイ、アルベ、ガブリエル、ノール、……諸神父。その出会いは私にとって宝です、と懐しげにシスターは話された。

「今の教会はなんじゃかんじゃ言って、中に固まってしまっている。あの頃は反対でした。宣教者は外へ外へとやってましたよ。歩く宣教者といわれたワラジばきのカディアック神父様が、『私の宣教の場所を知ってるか?』とおっしゃったので『どこでお話しになるのでございますか』『床屋だよ』。そういう宣教がほしいの=私」
(つづく)

宣教こぼればなし

宣司評。まだなじみの薄い言葉だが、従来の布司協(布教司牧協議会)に代って、4月に発足したばかりの「宣教司牧評議会」の略称で、毎回四ッ谷の雙葉学園同窓会館のホールでひらかれている。この規約が、やがて他の機関のものと共に公告されるはこびになっている。目下のところ大司教から示された、福音宣教に関する8項目の諮問の答申作りの途についたばかりである。

読者諸氏には万来の関心を示していただきたいと願い、本欄では宣司評、ひいてはブロック会議の「こぼれ話し」などもお伝えしたいと考えている。

9月19日、第3回宣司評(関連2面)から。この日は諮問2、地域社会に対する小教区の宣教のあり方・工夫。諮問3、日本社会に対する宣教のあり方(社会の現実と福音の価値観)が討議された。

その1。西千葉教会と千葉大生が中心になって、聴覚障害者との交流と手話の勉強を目的とする「サイダーの会」がある。なぜサイダーなのだろう。コップに注ぐとシュワー(手話…)というから。

その2。千葉ブロックでは毎年、ある療養所のグランドを借用して運動会を催し、今年で12回目になる。散在する教会間の連携を深めるのに効あると共に、療養所の方がたが多数参加、なんと出席率の最高は大司教とのこと。宣教も、ちょっとした工夫で明るく、一石三鳥にも。

その3。この日一番熱心に発言されたある司祭の主張は、「宣教に当って神父は、できるだけ表面に立つべきではない…」であった。教会内の会議なればこそのエピソードではなかろうか。

おしらせ

○懸賞文募集
1984年6月、司教団が最優先課題として福音宣教を掲げました。東京教区福音宣教推進部は、教区民全体に福音宣教の心が浸透するためのお手伝いとして、懸賞文の募集をしております。
テーマ・福音宣教に関する体験・意見・提案。
締め切り・11月30日。
発表と表彰・1986年3月。
対象
小学生の部…400字詰原稿用紙2枚迄
中・高生の部…400字詰原稿用紙4枚迄
青年・一般の部…400字詰原稿用紙10枚迄
賞・最優秀作
小・中・高生の部…記念品贈呈
青年・一般の部…東南アジアへの宣教について研修するツアーを計画しています。
送り先・〒112 東京都文京区関口3-16-15。東京大司教館内、東京教区福音宣教推進部宛。
○11月23日・10時より関口教会において、信徒と聖職者の役割りについての話し合いがおこなわれます。

あとがき

未験者が集って奮闘8時間、何とか新聞らしい形ができ上りました。宣教のページに信徒の手作りの味が出ていますでしょうか。めずらしく若人の声が溢れた司教館の編集風景でした。 (国富)