東京教区ニュース第51号

1984年12月01日

1985年度教区代議員会

日時 3月21日(木)午前10時~午後4時
場所 カテドラル、カトリック・センター、関口教会信徒会館
内容 (1)組織について(2)福音宣教の進め方について(分科会)

こんな話アンナ噺
あの手この手福音宣布 小教区報が見せた真顔

日本カトリック司教団は、本年度の春期総会で、日本の教会の基本方針「福音宣教」を達成するための優先課題の1つとして、「教区、小教区を宣教共同体になるよう育成する」ことを決めた。東京教区でもこれをうけ、来年度の代議員会の主要議題として、教区レベルでその具体化をすすめるが、機関決定をまつまでもなく、昨今、各教会ではこれに取り組むさまざまな鼓動をきく。教区広報部にはこれらの動きを伝える「小教区報」が多くの教会から送られてくる。これをもとに各教会の活動を拾って見た。しかしこれは固苦しい活動報告というようなものではなく、ユニークで示唆にとむものに焦点をあわせた。なお「組織」と「難民」に関しては、次回の代議員会予告号であつかうためあえて省いた。

先がけに反響 中央

【麹町】

(1)アメリカから聴障の神父が来日し、上智大学の聖堂で、聴障信者と健聴信者が共に同神父のミサにあずかった。日本では聴障の神父によるミサは初めてのことで、聴障者一同に深い感動をあたえた。同神父の来日により、聴障者はどれ程勇気づけられ、慰めを得た事であろうか。
(教会報・317号)

▼小教区報の正式名称は「聖イグナチオ教会報」である。
(2)最近ラテン語の歌を歌うミサをもっとして欲しいという声が聞かれるようになった。とりあえず、当教会でラテン語の歌やグレゴリオ聖歌を歌ったり聞いたりできるミサをもう少し充実させることにした。
(317号)
(3)気分がすぐれず、うつうつとしていたある日、気分転換を求めて、神宮外苑に散歩に出かけた。ベンチに座っている青年に何気なく声をかけた。彼は二浪で、受験勉強がはかどらず、ゆううつな日を過ごしているという。英語の勉強を手伝うから、よければ時々レジデンスに来るようにというと、突然、彼の二浪という心の負担が吹っ飛んだのか眼が輝き出したのである。この大きな変わりようをまのあたりにして、心に立ちこめていた暗雲も消え去った。彼の下宿に立ち寄ったあと、レジデンスに案内した。それ以後、この青年は定期的に英語の勉強にやってきて、目ざす大学に入った。そのうち、キリストについても学び始めるだろう。
(4)訪問グループというのが活躍している。病気或いは家庭の事情で教会に来れない人は知らせてほしいとのこと。テープサービス者が吹き込んだ録音を聞きたい人にはリストを送るので申し込みをどうぞ。話し相手がほしい人がいたら伺う。病気の子供には童話を読んであげる。
(323号)
(5)献血は、ケガや病気などで血液が必要なとき、いつでも、誰でも、安心して輸血が受けられるように、健康な人から無償で自発的に血液を提供してもらうことをいう。
今年は、この献血が国民運動として推進されるようになってから20年目になる。この間に、輸血用血液はすべて献血でまかなう体制ができ、昨年は約767万人が献血した。また輸血方式は、患者が必要な成分だけを輸血する成分輸血という方法が多く行なわれるようになった。献血方式にも、最近は血球返還採血という新しい方法や、一人からの採血量を見直すなどの検討が進められている。
このような医療技術の進歩とともに、血液の需要は、今後ますます増大すると予測される。駅頭などで献血車を見かけたときは、ぜひ献血に協力して頂きたい。
(324号)

【関口】

(1)講演会シリーズは、壮年会が中心となって企画されているもので、現代社会の問題点を宗教倫理の立場からいかに考えるかを、関口教会・カトリック教会と関係の深い有識者に講演して貰うものである。第1回は、森山昌樹氏(日本医科大助教授)を招くなどして「体外受精」について。
(関口ニュース・第175号)
(2)壮年会総会で「日本のカトリックは何故沈滞しているのか」についてパネル・ディスカッション。
(第175号)
▼これが後にシンポジウムを開催するひきがねとなった。
(3)昨年完成した信徒会館に障害者用リフトがとりつけられた。これによって会館を、さらに多くの人が使用し、良い交流の場となることができるように。
(第175号)
(4)秋の教会バザーの為に今年もあなたのご協力を!造花、ポシェット、座ぶとん、エプロン、編みもの、アイディア製品などよろしく-手芸係。
(第176号)
(5)「千羽鶴」を!病気回復の祈りを一羽ごとにこめて、10センチ四方の紙(色紙、包紙、折紙)で鶴を折って、備えつけの箱に入れて下さい-婦人会。
(第176号)
(6)過日おこなわれたパネル・ディスカッション「何故?沈滞」に対してこれまで寄せられた意見を掲載する。
(第176号)
(7)聖堂案内について-初めて教会に来られた方、他の教会から移動された方等に対するケアをどのように進めるかが、今後の課題である。当面、聖堂案内係と移動信徒係が連携し、グループ活動の参加、紹介を進める。
(第177号)
▼すでに、「はじめて教会に来られた方のために」、「グループ活動を紹介します」等のパンフレットを出している。
(8)シンポジウムに向け、「日本のカトリックを充実させるためには?」などで、アンケート調査した結果の分析と討論。シンポジウムの主旨説明。
(第179号)
(9)「カトリック教会は、今、沈滞?何故」をテーマにシンポジウムをひらき、教会の内外に大きな反響を呼んだ。カトリック新聞後援も与って力があった。
(第180号)
▼詳細は本紙第50号

ホー・レン・ソウ 城東

【町屋】

(1)音楽部員募集-奮るってご参加下さい。資格と条件、1、音楽が好きで好きでたまらない人。2、易しい音譜は初見で演奏できる人。3、むずかしい楽譜でも少し練習すれば演奏できる人。4、月2回ほどの練習に参加できる人。バイオリン8~12名、チェロ3~4名、コントラバス2名、フルート2名等。
(ホーリーファミリー・34号)
(2)小教区報の表紙に、この号から皐月(さつき)、水無月(みなづき)などと書いてある。
(39号)
(3)8月26日午後6時から、3階のベランダで、暑気払いが行なわれた。或る飲料会社に勤務している人の好意によって急に実現した。生ダル提供!来年から8月の最終の月曜日に実施。
(43号)
(4)2~3年前から事務室の書棚に入っていた本を信者室に移した。皆に読んで頂くため。
(43号)
(5)当教会の信徒で病と闘っている方を紹介する。回復を心から祈ろう。これからも編集部へ。
(45号)
(6)七五三のお祝いは神父様に祝別して頂けます。謝礼は「3000円以上」であるとのことです。
(45号)
(7)最近、顔の見慣れない青年が主日のミサに来ておりますが、ご紹介いたします。現在、求道中ですので信徒の皆様には声を掛け合うなどして、交わりを深めて頂きたいと思います。
(45号)
(8)当教会は平日においても、ミサが6時30分、10時に行なわれている。早ミサは働きに出掛ける方のため、10時はその留守宅を守る者のため。ここが聖家族の名をあげている当教会の特色で、東京中の教会でこのように信徒のことを考えてミサを行なっている教会は町屋だけ?
(45号)

【柏】

(1)枝の主日に、典礼の権威・土屋吉正神父、作曲家・高田三郎先生を迎えて四旬節の一日黙想会。同神父は聖週間、復活祭を通して終始、典礼の支えとなった。「主の過越」を記念する聖歌のことごとくを作曲した高田氏自身が、聖金曜日、復活徹夜祭、復活祭の3日間、私たちを指揮した。
(柏教会ニュース・第96号)
(2)枝の主日の新しい試みとして家庭から常緑樹を持ち寄った。従来のそてつに加え、つばき、しゅろ、もみ、さらに「榊」!まで。

【船橋】

(1)59年度教会活動のテーマは、「御ことばを宣べ伝えよう」、バザーの主旨は、「教会長期計画資金づくり」。
(まつかぜ・第35号)
(2)意志疎通の言葉にホーレンソウがある。報告、連絡、相談である。然るべき人に自分のプランと目的を相談する。決ったら実行し、途中で連絡し、最後に作業の完了を報告する。この3点が重要である。
(第36号)
(3)壮年錬成会に参加させて頂き本当に有難うございました。私は未信者で、錬成会の意味、その言葉も全く初めてでしたが-信仰の尊さ、大事さを皆さまの優しい歓迎で少し知ったと思います。来年は信者として是非参加したく考えております。誘って下さった福島さん、有難う。
(第36号)

【松戸】

(1)<聖ミカエル会>この会は名称をカトリックボランティア連絡協議会北総グループとして、事務局を当教会内におき、キリストの福音の精神に基くボランティア及びボランティアグループの相互交流を図り、地域福祉につくす事を目的とする。活動内容=1、会員相互の結びつきを強め、キリスト者としての奉仕の精神を深める。2、ボランティア活動の情報・資料の収集と提供に努める。3、上記目的の為、月1回の例会を開く。
(みかえる・82号)
(2)5月20日(日)、相模台公園で、第5回当教会運動会開催。
(82号)
(3)聖ミカエル会では、ボランティア資金作りの為、6月の例会でスリッパの製作をしました。
(83号)
(4)聖堂内の服装について-これからますます暑くなる季節ですが、ミサに参列する時はやはり慎み深い服装を保ちたいものです。
(83号)
(5)12月20日(木)、第8回市民クリスマスが松戸市民会館で開催される。日本キリスト教団、日本聖公会、日本キリスト改革派、日本福音ルーテルの各松戸教会と当教会の代表で構成されている実行委員会が中心となって行なわれるもの。今年はカトリックが力を入れている宣教の一環として幅広い呼びかけを!
(88号)
▼切支丹迫害の嵐が去った後、とある村の廃家から、仁王さんのようなこわい顔をした仏像が一基見つかった。何んだかわからなかったが、台座には3匹の蛙が彫まれていた。これぞまさしく「天軍の総師・大天使聖ミカエル」の像である。三蛙(みかえる)。ちなみに主任神父は旧陸軍士官学校の出である。

珈琲・旧車・多忙 城西

【麻布】

(1)そろそろ創立百年を迎えるので、百年祭委員会を結成し、本格的な準備の段階に-。麻布教会は、1882年(明治15年)5月3日、築地教会の分教会として芝赤羽橋に発足した。
現在の土地を阿部子爵から借用した1888年(明治21年)から百年に当る1988年に内祝を、そして1890年、現在地に聖堂が建立された年から百年目に当る1990年に百年祭を行なう。
問題は百年史の編纂だが、充実したものが出来るよう、委員会では既に百年祭を祝った各教会を訪れるなどして第一歩を踏み出している。
(こころ・第156号)
(2)先般の大司教書簡「家庭について」をまつまでもなく「家庭会の集い」には大いに力を入れている。約35年前、最初に家庭会を始めたのは当麻布教会だ。昨今ではこの家庭会が「友好を深める日」の設定を提案、当日は全員が名札をつけて対話を交えるなど、特に小教区の共同体意識の涵養に努めている。
(第161号)
(3)毎年11月の死者の月には、かつて麻布教会にいた方々を迎えて「恩師恩人の会」を催していたが、今年から招待する範囲を広げ、また気軽に出席して貰うために「恩師並びに古い麻布教会を偲ぶ会」と改称した。
(第165号)

【渋谷】

(1)皆んなの交歓の場、あたたかなコーヒーショップで、初のコーヒー・トークが開かれた。テーマは「歯と健康について」ということで、講師は若くてステキな歯科医。ところが何んと衝撃的な言葉!日頃疑いもしなかった練ハミガキを使っての歯磨が何の意味も無いこと。一番良いのは、硬い毛のハブラシで何もつけずに磨くこと。また歯肉のマッサージについても、特別なことをしなくても、何か食べることによってなされているということ。あまりにも意外な話に、一瞬空気の流れが止ったかのように思われたが、つぎの瞬間、一同マッサージのため?にと、それぞれに求めた菓子を食べていた。
(教会だより・84年4月号)
(2)教会委員会では、カトリック五日市霊園の四区画を「渋谷教会」名義で購入することを決定し、既に購入済みである。短期間の教会内納骨設備も考慮。
(84年4月号)
(3)この度、教会に卓球同好会ができ、楽しみが増えた。一人でも多くの方が、一汗流し、さわやかな時を過せるよう願っている。卓球台、用具などは整っているので、参加する人は運動靴だけを用意すればよい。ダイエット中のご婦人はとくに大歓迎である。
(84年7月号)
(4)青年会は、教会のすぐ隣りにあるプロテスタントの聖ヶ丘教会と、交流会をもった。今回で2度目。「母なるもの」というテーマで話し合い、結論は出なかったが、自由に意見を出しあうことはできた。宗派の違いを越えて、若者同士語り合い、有意義な一日であった。
(84年7月号)
(5)10時のミサ後のコーヒーショップで、教会の誇り!聖歌隊のミニ・ミニコンサートが催された。聖歌や親しみ易い何曲かに聴衆もうっとり?全員の「ひとつになろう」の大合唱で楽しい幕切れだった。
(84年7月号)
(6)今春誕生した卓球同好会は、「ドミニクス」と命名。会員も増えて、目下卓球協会に加盟の申請手続中。ゆくゆくは公式戦にも出場できるとあって猛ハッスルの由。
(84年10月号)
(7)すがすがしい秋の一日、教会を、親しい交歓の場として貰うよう「秋まつり」をひらく。今年は、開かれた教会という方針を例年以上に強く打ち出し、例えば、この日初めて教会にくる信者でない人、当教会で結婚式を挙げたニューカップル、また体の悪い方なども、大勢が参加できるよう考えている。
(84年10月号)
(8)「寝たきり病人の看護の仕方」のビデオテープ貸出しをしている。申し出は福祉部へ。
(84年12月号)

【初台】

(1)聖歌隊結成10周年記念チャリティコンサートを開催した。約1時間、メンバーの練習の成果が見事に発揮されて素晴しいものになった。聖歌隊の役割は、10時のミサと日曜日の結婚式で歌うこと。音楽の勉強の有無などに関係なく、誰でも入れる。
(初台教会報・第62号)
(2)青年会の名称は「TAOL」(タオル)という。新しくきた人の紹介、霊的読書、分かち合いなどが主な活動内容。
(第64号)
▼初台教会といえば何んといっても有名なのは結婚講座だ。

【世田谷】

(1)関係者の絶大な骨折りによる「世田谷教会史」(仮題)の編纂は着々と進行中。
(世田谷教会報・109号)
(2)10時のミサをとりあえず30分おくらせ、10時半から始めることにする。それによって日曜学校の時間をのばし、内容を充実させる。
(110号)
(3)不用品即売会。品物は全て寄付とする。婦人会有志で作ることあり。紅茶、サンドイッチなどを昼食として売る。内部だけでやりたい。
(111号)
(4)教会史「カトリック世田谷教会」が発行の運びとなった。当初、編集の目的は、失われていく記録の収集であったが、さらに、当教会が世の変遷の中で、如何なる歩みをしたか、第二バチカン公会議による刷新で、どのように変化したかをとらえることにした。
(114号)

【成城】

(1)ボーイスカウト世田谷14団も、今年で満24年を迎え、登録人員も昨年度はスカウト116名、成人指導者を含めると168名で、世田谷地区で最も大きな団に成長してきた。当団がこのように年と共に充実して来たのも、教会全体の温い支援があったからに外ならない。世田谷地区にも25の団があるが、当教会のような育成母体があり、定まった集会場所を持てるだけでも、数少ない幸せな団だと感謝している。
今年もまた教会の庭を我もの顔で子供達がふざけ廻ることだろう。大人の目から見て目ざわりなこともあると思うが、元気な姿を温かい皆様方の目で見守ってやってほしい。教会の方がた、父母の方がたの御支援を心からお願いする。
(成城・224号)
(2)母校の教授が、卒業式のスピーチで話したことの1つで、大変印象的な言葉があった。それは社会に入り、それぞれの立場で仕事をする時に、「私は忙しいから、その仕事は引受けられない」とは決していうな-という内容であった。理由は、男の場合、そんな言葉を口にするという事は、裏をかえせば「私は力がない。能力がない。すべてにやる気のない男だ。」という表明になるからとのこと。
教会も12月に入ると新旧役員の交替交渉が、あちこちで始まった。男多しといえども、どうしてこうも皆謙遜に役員の受理を断るのだろうか?断る理由は、皆「私は多忙で」である。そう言われる毎に「お前は閑なんだから引続きやってくれ」と頭に冷水をかけられ、キリスト様に侮辱され、蔑まされた感じである。
土曜や日曜日、仕事上の客とのゴルフや、交際をやめて、教会の仕事の義務を果たさねばならぬ事や、海外出張もあれば、家庭上の諸事もあれば、全く皆様と同じなのに、どうして誰も新しく役員になってくれないのだろうか?そんなに厭なら引き受けるなと言われるだろうが、船は船長と乗り組員が居なければ動かない事を考えると、また引き受けてしまうのである。
教会の仕事は、誰にでも出来る。能力のあるなしに関係がない。大学教授でも大会社の役員でも絶対に出来る仕事である。要は、小教区を愛しているかどうかである。教会委員を引き受けてくれ、と頼まれたら「私は忙しいから」という理由だけは言わないでほしい。むしろ「私は教会の仕事には全く関心がない。小教区のために働く意志がない。ただミサに出たいだけである」と男らしく?さっぱり言いきってもらいたい。一人の同じ人が任期が完了しても、また続けてゆくと、どんな善人であっても、その人のカラーが出てきて、長い目で見ると、その小教区を駄目にしてしまう。新しい人が順番に教会の仕事をしないと、小教区は刷新できない。
(224号)
(3)司祭館は、信徒会館完成のとき、引き家をしたのでいたみ、すき間も多く、まわりががたがたして、つぎ足し修理をしている。特別委員会を設け、現状の調査、改築についての案、資金などについて考えてゆくことになった。
(225号)
(4)▽信徒会館2階廊下ガラス戸棚の上のもの、危険ですので整理して下さい▽窓ガラスのクリスマス時の吹きつけ絵を消すこと▽委員室にあった石油ストーブが行方不明になっています!盗難の疑いあり。
(226号)
(5)ボニファチオ神父が当教会に赴任になって早、一年になる。在任中にぜひ一度御両親をフィリピンから日本に招こうという計画が壮年会で持ち上り、実行に移されることになった。滞在は、5月下旬から6月上旬を予定しており、6月3日の同神父霊名の祝日には、お二人の歓迎パーティーを催したいと思っている。
東京での宿泊はできるだけ信者の方々のお宅でのホームステイとし、また往復の旅費および東京・奈良・京都観光交通費は皆様からのカンパによって賄うことにして、この行事を盛り上げて行きたいと考えている。
(227号)
▼「版画教室主催ハイキング」「みちのく巡礼の旅」の如きものあり。
(6)「東京教区ニュース」「一粒会だより」「難民定住推進ニュース」など、教区から流れてくる大事なたより、これは知っておかねばならない事である。そして、成城小教区民は、東京教区民として、その信仰・布教・司牧活動に協力することが大切なのである。
日本のいくつかの司教区の中心として、教皇の意志に従い、世界の友と助け合い、愛を分かち合うため、これらの広報は、その使者として私達の生活を教え導いてくれる。
(228号)
(7)生きがいとは何んだろう?優秀な仕事をやり終えて定年をむかえた男性に、毎日の生活の張り合いを失う者が多い。女性の場合は、優しい良い夫に先立たれ、無気力になるケースが見うけられる。生きて何かしていることに対し、満足感が得られたと思えること……これが生きがいだ。
他人に対して環境を整える努力はできても、働きかけによって生きがいを与えることは難しい。定年の近づいた男性には、趣味を持つことをつよくすすめる。人はいつも自分が必要とされる存在であることをねがっている。そして存在している意味を他に認めてほしいと思っている。世の中、他人のために役立ちたいと願い、実現したときに満足し、生きがいを感じるのである。
▼鎮目光雄氏(桜町病院院長・精神科医)の講演「生きがい」(婦人会主催)の要旨。
(8)東京教区の数多い教会の中で「超小教区的な」開かれた典礼研修会を連続開催している共同体は成城教会より他にない。
(230号)

【喜多見】

(1)神父様使用の車が老朽化し、修理等の負担も大きいので買替えを検討したが、財政的に困難という事で結論が出なかった。
(喜多見・第43号)
(2)日本カトリック司教団から、「生命、神のたまもの」という教書が出た。それは尽きることを知らない我々の探究心が、神聖でタブーとされていた生命の分野にまで及び、人類の平和、幸福のための技術が、いつかは自分自身を破滅させてしまうことへの警告ではないだろうか。
この教書をもとに対話集会が開かれ、生命科学、性教育、安楽死などについて話し合った。
(第45号)

【三軒茶屋】

(1)教会維持費は、従来より、サラリーの1%、あるいはポケット・マネー(レジャー、自由費用)の10%で、学生や子供だけでミサに与っている場合でも事情に応じて収めていただくこととしている。
(おとずれ・29巻第1号)
(2)近ごろ、突如としてコーヒーショップが出現致しましたが、皆さまよくお立寄り下さいまして、有難うございます。なにぶん、不慣れな俄かコーヒー屋さんなので、てんやわんやで、今にして思えば、初めのうちはお味が、おや?ということもありまして失礼致しました。あまりの強心臓に驚いた某氏の叱咤激励、地獄の!特訓をうけ、最近ようやく自慢のコーヒーを味わって頂いているつもりでおりますが如何でしょうか。
(29巻第2号)
(3)宣教活動の一端として、レジオ・マリエが発足してから30年の歳月が流れ、1500回の集会を記録した。毎週木曜日の会合は一度も休むことなく続けられ、人びとのなかで隣人となり、種まき仕事として、目立たない活動のなかで、マリアを通じ、キリストへと霊的向上に励み、福音宣教がなされてきた。
(29巻第4号)

【瀬田】

(1)教会の中に、教会員以外の人も、お年寄も、若者も、自由に参加でき、楽しみ、ふれあいながら奉仕できる場があれば…、という希望のもとに「月曜アンナ会」というのが生まれた。毎月1回だが30人以上集まる。教会員以外の人は3分の1ぐらい。まず、フォークダンスを習う。最初見ていた者も、いつのまにか一緒に輪の中に-。1つの体が、この小さな交わりを通して実現したら嬉しい。
(瀬田の丘・40号)
(2)聖堂に大きな足場が組まれ、新しいオルガンが、運びこまれた。これはアメリカのアーレン社のもので、二段手鍵盤、ニオクターブ半の足鍵盤、40+4のストップ、二組のコンピューター回路が組込まれている。ここには世界のパイプオルガンの音が録音してあり、演奏時にそれを再生するシステムになっている。音色だけでなく、発音のくせ等も同じになるように工夫がこらされている。
その他必要に応じて、ストップを臨時に使えるカードリーダー。ボタンを押すだけで、あらかじめセットされた通り瞬間的に、組合せを切り替える記憶ピストン。ダイヤルを回してできる移調機構などの特長がある。
(40号)
(3)侍者会からのお願い!男性である壮年会のお父さんが主の御前に進み出て(はずかしいですか!)心の思いや考えを主に清めて頂く。これによって、言葉では説明できない主の恵みがお父さん達の中から湧き出て来る事が、子供達に主の神秘を感じさせ、侍者の尊さを理解させます。又、この事が、一粒会へ奉仕する事になるのではないかと思われる。
(41号)

必ず目を通して 城南

【大森】

(1)最近、サラ金業界の不況、倒産が報道されるようになった。無計画な借り方と、安直な貸し方で、いつまで続くのかと思われたが、こうした結果になるのも当然かも知れない。サラ金店舗の数は、そば屋とほぼ同じだといわれるが、それだけ庶民金融が必要とされているともいえるわけだ。
それにもかかわらず、いろいろな社会問題を引きおこす元凶とまでいわれるようになってしまったのは、借りる側の感謝の気持と、貸す側の役に立とうとする使命感が忘れ去られて、単に便利さや、利益だけを追い求めすぎたからではなかろうか。
金の貸借という表面的な行為だけを見れば、共助組合もサラ金も同じようなものだが、根本的に異なる点は、共助組合は福音をつたえる一手段であることだ。組合員一人ひとりの祈りによって支えられていることを忘れないようにしよう。最近のサラ金業界の不況の報道を他山の石として、共助組合活動の趣旨を今一度銘記したいと思う。
(ルハン・19号)
(2)1970年2月、伊豆七島の神津島村に、ジュリア顕彰会という組織が生まれ、そのもとに神津島ジュリア祭執行委員会が併設された。委員はただちに大司教館を訪れ「カトリックの信者であったおたあ・ジュリアが島に流刑の身となって最も望んでいたのは、ミサにあずかりたいことだったと手紙に残されている。ジュリアを称える仕方としてミサを捧げてもらって祭りを行いたいが、そのための参加者を願いたい」と依頼した。大司教は島民の意をのみこんで巡礼参加募集の許しと協力の意を表明し、大島教会で音頭をとるということになったが、信者20名たらずの力では映えないため、本所教会の下山神父に一肌脱いでもらった。こうして聖母の月、5月に第1回のジュリア祭が360名の巡礼団を送りこんで行なわれた。
第2回目は東京大司教区後援となり、第3回からは横浜司教区の後援協力をも得ることができた。第6回目からは東京大司教公認の「おたあ・ジュリア表慶会」が設立され、本所教会に本部が置かれた。参加人数もかなり多くなり、下山神父が会長となって陣頭指揮にあたった。名誉会長には大司教の名をもらい、数人の神父が幹事となって参加申込窓口、行事推進の役にあたることになった。このようにして今日までの間には神津島側の村長(顕彰会々長)、執行委員長が代わり、事務担当者も代わり、教会側も一役担ってもらった司祭2人が帰天した。
村長は今年の挨拶で「ジュリアさまは島民の誉れとしてこれからも顕彰し、お祭りを続けていきたい」と結んでいた。島の観光案内パンフレットにも、5月の第3日曜日はジュリア祭と印刷されている。
信者が皆無といっていい程の島で、その話題がもちあがり、実行にうつされて15回も続いたのである。カトリック教会の名誉のためにもこれからも是非大方の祈りと協力を願いたい。
▼主任神父は元大島教会担当。
(19号)
(3)スカウト運動の創始者は、その原理の第一に宗教に対する義務を設け、「ちかい」の始めに神に誠を尽す事をあげている。
(20号)

【洗足】

(1)ミサに与るために、新しい方が見えたら、受付の腕章をまいた世話係が、聖堂の後のほうにいるので、気がついた人は、一寸声をかけて知らせてほしい。
(キリストの光・2月号)
(2)「サラ金と共助組合」をテーマにした研修会に当教会から3理事が参加、分科会で次のようなことを話し合った。▽サラ金に手をつけたあげくの果てに泣きつかれても、現在の共助組合の力ではどうにもならない。▽共助組合は、サラ金に走る前の防波堤の役目を果す努力をすべきだ。▽共助組合は、教育広報活動を活発にして「助け合い」の精神を推しすすめることによって、正しい経済観念を育てていくよう努力すべきだ。
(4月号)
(3)「ノアの箱」-使用ずみ切手運動に、ご協力ありがとう。預った切手は、大田ボランティアセンターでとりまとめて、日本キリスト教海外医療協力会に届ける。この切手は換金され、東南アジアの人びとの健康のために使用される。
(4月号)

【高輪】

(1)教会建物の将来計画を検討する場として、当初、将来計画委員会を設置する事を想定していたが、教会委員会自体が、「将来計画」委員会の機能を兼ねるほうが良いという意見の一致を見た。
(ざくろざか・第19号)
(2)皆様との出会いの場として、金曜の夜、「マリアンナの家」でお待ちしている。
(第20号)
(3)花の手入れなどの手伝いをさせて貰っているうちに、集まったメンバーを中心に同好会「華の会」という集いが出来た。
(第21号)
▼平均年令は?
(4)11月25日は「王であるキリスト」の主日で、当教会にとっては、教会祭の日、江戸の殉教者祭の日でもある。昨年は小冊子「江戸の大殉教とカトリック高輪教会」を発刊した。
(第21号)
(5)日曜学校では、江戸の殉教者祭を記念して「札の辻ツアー」というのを計画している。殉教者が刑場へ引かれていった道を自分が歩くことにより、それを少しでも追体験しながら祈ろうというもの。
(第21号)
(6)求道者を対象とするクラス、聖書研究会として信者を対象とするクラス、生禅会がある。
(第21号)

【田園調布】

(1)恒例の「田園調布地域諸教会連合合同祈祷会」が、日本基督教団尾山台北教会で行われる。
(でんえん・第274号)
(2)※必ず目を通してください!「教会財政報告」。皆さまから寄せられた大切なお金の使途については、最も適切公平に使用すべく心がけている。長期滞納者や未登録者がないように。
(第275号)
(3)昔は信者でないからダメ、今は信者だからダメと或る先達から伺った。一体こんな教育司牧を誰から受けたのか。こんなことでは片腹痛いどころか両腹痛い。緊急を要するのは回心であり、目下の焦眉の急は、性根の入れ替え、ド根性のたたきなおしであると思う。
(第275号)
(4)「当教会の共同祈願を!」という声がある。受付に「共同祈願在中」と書いた封筒を提出してほしい。形がきちんと整わなければ、意向だけでも結構。
(第283号)
(5)大腸癌、肝炎を、それぞれにブラザーがん、シスターレバー(肝)と呼び、まさにカトリック的闘病生活を送った教会委員長逝く。
(第283号)
(6)田園調布地区新教との合合祈禅会を1月20日、当教会当番で実施。
(第285号)

【碑文谷】

(1)6年間、結婚式の担当をしてきた。初めの何回かは信者以外の方の結婚式を当教会で挙げることを懸念したが、実際に携わっていく中に、多くの人に間接的にキリストのメッセージを、カトリック教会の姿を紹介するのにすばらしいチャンスだとわかった。
(FONS・第14号)
(2)バザー掘出市係から-一年を通じて、不良品を除く家庭用品・家具調度品・食器・装飾品(民芸品を除く)・その他を申し受けます。引越し、改増築時などに不要の品がでる際には御連絡下さい。
(第15号)
(3)当教会の平均年令を集計した結果、34歳という数字が出た。
(第15号)
(4)連日猛暑の続いた今年の夏もおわりに近づいた8月25日夜、恒例の納涼大会が行なわれた。楽しい語らいと共に焼肉に飲物にと山の様に準備された品々も次々に姿を消して行く中、子供達の花火が元気よく上り、時間を惜しみつつ散開した。
(第17号)
(5)サレジオ会系6教会壮年会懇親会というものが行なわれた。下井草、調布、三河島、足立、碑文谷などから百名ほど参加。
(第17号)
(6)敬老の日に70歳以上の信者を招きミサ。記念品など贈呈。
(第17号)
(7)東京の新名所「江戸のサンタマリア」-アシタ・ハレタラという国鉄の宣伝に使われている。当教会が素晴しい名所となるようがんばろう。
(第19号)
▼バス停「サレジオ教会前」。

変えよう予定表 城北

【秋津】

(1)H家の先祖代々の墓は横浜のカトリック墓地にある。そこには古い順に、上の方から信者の墓がすえられていて、H家のものは7、8番目である。しかし今では、その墓より古いものは皆、カトリックの墓ではなくなってしまっている。子孫の代になってカトリックの信仰が消えて?しまい、他の宗教の墓が立つことになったのである。
H氏にも高校三年の子供がいるが、最近になって信仰上の疑問をいろいろ投げかけ始めたという。親の信仰を受け継いで、さらに子孫に伝えてくれる子供に育てないと、カトリックの墓はいつまで続くかわからない。
(まつぼっくり・6月号)
(2)主任のシュバリエ神父は、母堂の一周忌の墓参のため6年ぶりに故国フランスを訪れ、2ヶ月あまり教会を留守にした。親戚や友人に会って楽しかったことはもちろんであるが、心のどこかでいつも次のような声が聞えていたという。「いくらなんでも、ここはお前の本巣ではない」と。
これは何を表わしているのだろうか?帰国して、成田空港で「只今帰りました」と、パスポートの係に言ったところ、「お帰りなさい」と言われた。このときはじめて、フランスで聞えた声の意味を悟ったような気がした。これぞまさしく「宣教師魂」と言えるようなものではなかろうかと。
(11月号)

【板橋】

(1)軽井沢合宿は、教会の例年の主たる行事で、参加する人、しない人の区別なく、全員参加の心構えで臨んでいる。行動として、準備から終了まで何らかの形で協力している。具体的には食糧の買出し、荷物の運搬、現地建物の補修、諸設備の点検、工作、修理、補充など。
参加者を2班にわけ、8月上旬、中旬の10日間ぐらい。
(教会ニュース・8月号)
(2)スリッパのまま、ひざまずき台の上を歩かないで下さい。
聖歌集を、幼児のオモチャにさせないで下さい。
スリッパをしまうとき、左右をかさねないで下さい。
(10月号)

【清瀬】

(1)カトリック正義と平和協議会々長兼担当司教・相馬信夫司教を指導者に迎えて、「正義と平和の集い」を開いた。とくに第2部として、信徒会館で同司教と共に、「私たちに何ができるか」について話し合った。
(つどい・第300号)
(2)婦人部ではアメリカ司教団の教書「平和の挑戦」の読書会を続ける内に、平和への熱意にかられ、有志が「平和グループ」を結成した。そしてこの度、清瀬市の宗教団体が中心となってつくっている、「世界軍縮への道」キャンペーンの草の根支持グループに加わり、パンフレットの全国的配布活動を始めた。
(第303号)
▼1981年、日本カトリック社会司教委員会が、教皇「平和アピール」に答えて、具体的提案を出した中に、1、全国的に福音にもとづく、平和キャンペーン、平和アピールを行ない、カトリック教会の平和志向を明示する、2、各教区、各小教区は少なくも年1度、平和に関する講演会、研究会を通して地域に呼びかける、3、カトリック学校、教会、施設における、福音にもとづく平和教育の実施とその充実、というような課題がある。さきの「集い」といい、この「キャンペーン」といい、清瀬教会は、社会司教委員会の提起と、これに応えた教区の継続的活動方針を、まじめに実践している小教区の1つである。

【徳田】

(1)こばやし-娘が年頃になったら「小林という男には気をつけるんだよ」と、よくいい聞かせようと考えながら家を出た。今日は祭日、普段の私なら暖かい布団からなかなか抜け出せず夢うつつ、今日一日をいかにぐうたら過ごそうとぐつぐつしているはずなのにひと月も前にブロック委員の小林氏に、この日必らず代議員として出席せよと申し渡され、また小林神父からは半年も前に難民定住対策小教区担当者を命ぜられ、今日の東京教区代議員会の日を迎えた。
春分だというのに空はどんより小雪舞い、定住委員としての語るべき実践なく、抱負なく、今日一日暗い気持で過ごすのは2人の「こばやし」のせいなのだ。娘よ、今日一緒に楽しい時を過ごせないのは、そういう理由なのだ。
しかし大司教の締めくくりの言葉に「自分の予定表を何も変える事なく余った部分で何かをするのではなくて-各自の予定表を書き変えて欲しい」というのがあって、そうだ全くだ、おまけに過日のメネシュ師の講話で「自己の行為の中に意義を見い出せないで、しょうがないからといって何かをするのは、本当にしょうがない奴だよ」というきつい言葉も頭に浮んで朝の想いを少し反省した-。
(欅・143号)
(2)こばなし-スコットランド人の観光客が聖地で遊覧船に乗ろうとした。「君、高い船賃ダナ、ワシらの湖水ではこの半値だ」「イヤ、イヤ、お客さん。湖水といいましてもこの湖水はイエズス様が……」「だからイエズス様は船にお乗りにならないで水上をお歩きになったんじゃないか」
(145号)
(3)縦の会=教会学校指導者会
(147号)

【関町】

(1)バザーにそなえ、毎週金曜日午後1時より、信徒会館にて、エプロン、手芸品裁断、縫製をしている。お手伝いを。
(こみち・131号)
(2)平和祈願祭には、主任神父が主司式でもあることから、バスを仕立てて24人も参加した。
(131号)
(3)こみち句会(関町の俳句サークル)須坂教会より七味温泉へ吟行旅行。
(132号)

【下井草】

(1)ちょっと急いで天国へ行ったお父さん!紀子の成人式の姿が見えますか。冬の陽ざしに立つ娘の晴れ着姿に、心の中でそーっと呼んでみたくなりました。
(道・第210号)
(2)共助組合の歴史は、1847年のライファイゼン(ドイツ)のパン組合にその起源を求めることができる。当時農村はひどい凶作に見舞われ、農民は極度の窮乏におちいった。この人達を救済するため、多くの慈善家の援助を受けて、農民達を組織化し、食料品、農機具、家畜などを安く購入して危機を脱出した。しかしいつまでも慈善にたよるのでは、真の自立にならないことに目覚め、「自己の利益や、慈善のためでなく」「相互扶助のために」共助組合をつくったのである。
これをカナダのデジャルダンが引継ぎ全世界に発展させた。いずれも熱心なキリスト信者だった。後継者達は、国情、時代によりその過程は順風満帆の時もあり、また逆境に苦しんだ時もあったが、つねに共助組合活動は手段であり、その目的は、キリスト教的連帯感のもとに団結させることにあったと考えられる。共助組合活動は、今日的信徒使徒職の実践そのものである。この精神を深く理解し、運動を推進させていただきたい。
(第211号)
(3)最近の新聞紙上を賑わしている「サラ金苦による親子心中、蒸発!」という家庭崩壊の悲劇が、この下井草教会だけでもせめて起きないように、「サラ金から借りるよりも、共助組合を利用した方がよい」という声を大切にしたい。なお共助組合の研修会では、「サラ金事件処理上の法律問題」と題する講演もあった。
(第210、211号)
(4)教会が共同墓地を持つようにすれば、末永く信者に祈って貰えるのではないか-という提案で、準備委員が決定した。
(第210、211号)
(5)「受験戦争と信仰生活とのかかわり」というテーマでの話し合い。日曜ミサ後、各会の活動に出て長く時間を取られると、塾は通常土・日に最も比重大きく、中三の受験期と中学生会との両立は現実にどうすべきか?受験期を乗り越えて後の復帰のタイミングにも問題がある。
(第211号)
(6)「ヨゼフ会」70歳以上の会員は、会費納入を免除する。
(第211号)
(7)韓国のキリスト教の急伸長ぶりは注目に値する。今ではキリスト教徒が5人に1人。総数が690万、その内カトリックは175万。教皇は64歳。78年10月に教皇となり、国外に旅することすでに21回。「行動する教皇」。
(第212号)
(8)信徒ならだれでも、家族のため、死者のためなど特定の意向のもとに、ミサ聖祭をねがうことができる。少なくとも、親・兄弟の命日等にミサを願うことは、愛徳のために奨められる。そのむね主任司祭に申し出ること。聖堂の後に、申し込み用紙が置いてある。
(第212号)
(9)毎週のミサで、シモンチェリ師の「ミサ聖祭が終わります」を聞く度にひそかな喜びを覚える。その原因は、助詞の「が」にある。ミサを司式するのは司祭であるが、この文では主格は「キリストのミサ聖祭」なのである。
赤い表紙の「我等のミサ」には「ミサ聖祭を終わります」と書いてある。たいていの神父は、「を」というが、なぜ彼だけは「が」を使うのだろうか?それは、彼が常々「キリストのミサだから……」といっていることを、無意識のうちに証明していると思うのだが-。
(第213号)
(10)教会バザーが行なわれる。左記の物資の収集に御協力を。
▽酒類(ウィスキー・ワイン・日本酒等)・石ケン・タオル・缶詰・調味料等の中元類や、家庭内にあり、提供できるもの。
▽新品の衣類等。
(第214号)
▼特に酒類は良く売れるので、収集に協力を-とある!収集?

ワルになる前に 武蔵野

【吉祥寺】

(1)新教会委員選出。委員長の他は全員が新人。誰もが委員になって全体を考えることが大切-をふまえて。各会の代表をという意見もあったが、連合委員会が充実しているし、教会全体を客観的に見ることに重点を置いての人選という。
(教会報・306号)
(2)恒例の「古着市」、山のように積まれた古着の中から、自分に似合うものはないかなー、とかきまわす楽しさ。でもちょっと残念なことは、あの山積の衣類、だいぶ売れ残ってしまうことだ。それはどうしてだろう?
恐ろしく流行遅れのもの、古すぎるもの、穴のあいているもの(首の穴が3つもあるセーター)など着用不能?のものがある。売れ残らない商品をお願いしたい。
(310号)
(3)洗礼を受けて10年になるが、いまだに要理の勉強をしていない。これはいつか、隠居でもしたら友人である神父と楽しみながらやりたいと思っている。
だいぶ以前の事だが、付き合っていた女の子と、ケンカの際に「あなたはクリスチャンだから、悪い事をしないと思っていたのに-」と言われたので、「冗談じゃない!クリスチャンだってただの人間だ、うそもつくし少しは悪い事もするさ。だけどな、1つだけちがう所がある。それは愛する事を知っている事さ」と言って許してもらい仲直りをした。
我々が、キリストとかかわる中で、その体験を共に分かち合うことこそ、愛であり、またそこに喜びを感じる者こそキリスト者であると信ずる。
(310号)
(4)「みんなの広場」は教会で行なわれる年に一度の楽しい行事である。食堂開店。アトラクション、おまけ付きバザー券、おたのしみ抽選など、たのしいこと盛り沢山。
(311号)
(5)教会には、余り知られていないカゲの仕事がいっぱいあり、どれも人手が不足している。もっと集まれば、ずっと楽になるものばかり。いつも同じ人たちにだけまかせてしまわないで!
【聖堂掃除】毎月第2・4金曜日、10時~11時半。1グループ6人で、2ヶ月に1度まわってくる。大きな掃除機2台を使い、次にモップで床をふき、いすふき、窓ふき…とやる事はいっぱい!現在24名が当番だが、できれば倍の人数がほしい。
【香部屋掃除】1グループ2~5人で、曜日・時間は班ごとに都合のよい時を選べる。1ヶ月半に1回、所要時間は約1時間半。2人グループの所はかなりタイヘンなよう。香部屋(2室)、小聖堂、聖ひつ、ろうそくの整形、聖水の入れ換えがおもな仕事である。現在たった20名。中には聖堂掃除とかけ持ちも。あと10人は絶対に必要だ。
(311号)
(6)日曜学校父母の会による「子供の性」についての一日研修会があった。後藤神父は「子供の性について話をするということは、その前に親の性を考えなくては」と講演。「性について家で話をしている人、また親から聞いた人、手を挙げて」といわれて手を挙げた人の少なさ。親はしにくい話をもすべきだ。
(311号)
(7)聖堂入口に一冊のノートが置かれている。教会を訪れた人が何を感じているかを知りたいため。またこれを通して出会いの場を作りたいとの願いもこめている。ではその一部をどうぞ。
▽「人を愛するってどういう事なのですか?考えれば考える程わからなくなって……。愛しているのにいっしょにいること許されない。私だけの人ではないから……。いけないのわかっている。悪い女の子になるまえに誰か助けて!」
(312号)

【高円寺】

(1)横山薫次画伯による、油彩の「十字架の道行」が完成し、今年の四旬節から、信心の対象として聖堂に飾られた。同画伯は画歴60年、この製作は、昭和57年ごろから構想をねり、資料に忠実でありたいと、その収集に心を砕かれたという。
(いしずえ・第273号)
(2)府中墓地にある高円寺教会関係の無縁者の墓は、永い間ビンセンシオ会で管理していたが、数年前同会から当教会のほうに引き継がれた。調べたところ、カロートの中には12体の遺骨が埋葬されていることがわかり、その氏名も判明した。後々に申し送る意味においても墓碑が必要であることが提案され、10月末、12体の名を彫った白御影石の碑が建立された。ロータリー先、初の路地を左へ、四つ目。
(第274号)
(3)献体をせめて死後にでも役立てたいと生前から願う愛の人がいる。献体の場合は家族の了承を得ることが大変である。献眼の場合はアイバンクに登録すれば喜ばれる。当教会にも2人いる。これらについては現在、慶応病院と順天堂病院で実施されている。
(第275号)
(4)このたび、コーナーの書籍類は、中央出版社の委託販売に。
(第277号)
(5)名簿作りに取組んでいる。在籍カードのチェック、往復葉書と電話による問い合わせ、確認された者の新カード作成など。一番の問題点は「在籍不在」ということだ。教会に籍はあるがそこに記載されている住所に不在という者である。それは相当の数に上った。転居先がわかったり、電話が通じる場合は問い合わせができるが、電話が不通で、往復葉書に「転居先不明」としてもどった者とは、本人からの知らせがない限り連絡不可能である。
次には事情があって教会活動が全くできないという人たちの問題である。多くは「いちおう在籍はするが、名簿には記載しないで欲しい」という。なかには本人が強い意志?をもって、「カトリックをやめました」などというのもある。この作業を通して感じたこと。
○教会の「信者総数」などは、現状では全くあてにならぬ事。
○信者同士の横のつながりを強めなければ、「在籍不在」はますます多くなること。
○代父母制度の見直しか、ないしは充実。
○地区会、家庭会の充実。
○受洗後の信仰教育の問題。
○信者名簿の定期的な作成。
○転出、転入手続の理解を深めること。
(第277号)
(6)「生と死を考える会」のデーケン教授曰く。日本の、「死」についての教育は不十分。入試や就職には努力を惜しまぬが、「死」については準備が少ない。
(第281号)
(7)小岩教会は難民定住活動にとても熱心な教会です。新しく来たベトナムの人達などの生活用品が間に合わなくて、大変困っています。フトン、毛布、冷蔵庫、こたつ、ガスコンロ等、寄贈頂ける方は、教会受付まで。
(第281号)

【小金井】

(1)私たちと同世代の人たちはテレビの「おしん」を見ながら、「おしん」を我と我が身に当てて、もう1人の自分をそこに見ていたのではないでしょうか。
(教会報・21号)
(2)子どもたちは宣教師である。子どものよい行いを見て、人は神をあがめるようになるのである。父と母に、祖父と祖母に、そして神父に対して、子どもは毎日福音宣教を行なっているのである。教会の将来をつくっていくのは他ならぬ子どもたちなのだ。
(21号)
(3)お聖堂でいつもロザリオを持ち、真剣に祈っている1人の青年がいます。清いアダムを見る思いです。教会嫌いの息子にもああなって欲しいと念じます。
(22号)

かいねこ信者? 多摩

【多摩】

(1)「ついに完済!教会建設借入金」-53年9月30日、シャンボール聖蹟桜ヶ丘が竣工、同マンション102号、103号両室が正式に教会へ引き渡された。同10月8日、浜尾司教によって献堂式が行なわれた。
この間、信者の皆さまの「私たちの教会は私たちの手で」という熱意、各修道会、他教会の信者の方々からの寄付など、多大のお力添えにより、当初10年の予定だった返済期間も、6年間で借入金全額を完済することができた。
(ニューズ・129号)
▼小教区報の正式の名前は「多摩カトリックニューズ」。
(2)多摩ニュータウンの拡大にともない、新しい多摩教会のビジョン作りをおし進めよう。
(129号)
(3)教会の練成会は終ったが、今年は「練成」への気運が一層高まり、中学生の泊練、壮年達の練成会も行なわれた。
(137号)
(4)「大(?)運動会」-文化日和とも言える11月3日、碧空のもと、かおり保育園の園庭で、当教会の運動会が開催された。青年部が時間をかけて練り上げた、ユニークなゲームが続々と展開されて行った。なかでも日頃、運動不足のお父さんたちの出場する「お猿の駕篭屋ゲーム」には観衆が抱腹絶倒。
(138号)

【豊田】

(1)壮年部男子の集りに「ヨゼフ会」がある。月1回、聖書の研究をやっているが、その後の軽く一杯での懇親会がいい。充実した気持ちがアルコールのピッチを上げ、どこで飲む「サケ」よりうまい。
(みちくさ・第60号)
(2)これまで教会内部だけで読まれていた「みちくさ」を、教会に関わりのある外部の方や近隣の教会に送ることを始めた。
(第61号)

【福生】

(1)おじゃまします-小教区報にこの見出しで、信者の家庭を紹介しているが、とくにこの号では家族全員の写真を個々にのせ、「パパ」「ママ」「だいすけ」「あきこ」「よしこ」などと名前がふってあってほほえましい。
(あゆみ・11号)
(2)小教区報の表紙に主任司祭の20年前の姿をのせたのもユニーク。そのスマートさと清楚さとに、俳優?とカンちがい。だが、あの白衣の下にはボトルとグラスがしっかり隠してあったとは消息通のもっとも話-と、怪(解)説にある。
(11号)
(3)「かいねこ信者」-一番熱心なものは、求道者と受洗後まもない信者だ、と。かいねこがねずみをとらなくなるように、教会に長年つかった信者は求道者をつれてこなくなる。
(12号)
(4)数少ない子供を集めてはじめた熊川教会時代の日曜学校に比べ、子供の人数も増え、活発に活動している。発言の少なかった子供達も今では、日曜学校のリーダーに負けず劣らず元気いっぱい。
(12号)

森一弘補佐司教誕生

この度ヨハネ・パウロ二世教皇は、東京大司教区の補佐司教として、パウロ森一弘師を任命した。

なお、これに伴ない東京大司教・白柳誠一は同司教を東京大司教総代理に任命した。

略歴
’38・10・12 横浜に生まれる
’54・4・3 栄光学園で受洗 上智大文学部哲学科、カルメル会国際大神学部卒 神学修士
’67・3・11 ローマで司祭叙階 青少年司牧、神学生養成担当
’77・8 関口教会助任
’81・4 同教会主任今日に至る
趣味 夜のドライヴ、推理小説
△阪神ファン(アンチ巨人)
今日まで、司祭として歩んでこれたのは、神様の恵みもさる事ながら、信徒の人々との触れ合いでした。精一杯生きようとする真剣な人々と共に生きる、これが司祭・司教の本来の姿であり、道であるとおもっています。いつまでも人々の実生活のそばにいられるようでありたいとおもっています。
(森 一弘)

岡野神父逝く

教区事務所副書記長、大司教秘書、ヨゼフ・アウグスチノ岡野利男神父は、12月11日午前10時4分、急性心不全のため聖母病院で急死した。

同神父はほぼ2年前から慢性腎不全を患い、腎透析を行なうなどして加療しつつの勤務であったが、10日午後、特に不調を訴え、肺炎を併発入院、心不全を起して帰らぬ人となった。

通夜ミサは12日午後7時、葬儀ミサ・告別式は13日午後2時、いずれも東京カテドラル聖マリア大聖堂で、白柳誠一東京大司教の主司式のもとに行なわれたが、共同司式司祭は通夜50人、葬儀130人、参列者は修道者、信徒をあわせて700人を超えた。とくに葬儀には駐日教皇大使・ウィリヤム・アクイン・カルー大司教、島本要浦和司教などの顔も見られ、同師の仁徳をうかがわせた。

斃れて己まず
岡野利男神父は、1930年12月16日、東京に生れた。31年4月5日、麻布教会でツルペン師より受洗。63年12月21日、ローマでアガジャニアン枢機卿より受階。67年2月帰国後、北町教会助任を経て同年12月から大司教館勤務となった。師の、司祭としての基本的信心生活、仕事に対する責任感、熱意、忍耐には定評があった。結婚に関する裁判や布司協の仕事でも尽力した。人柄は温厚でユーモアにとみ、子供を含めて多くの人に慕われた。博学。日記30年。能や落語など多趣味。しかし何んと言っても、遺言による「献体」こそ彼の面目躍如。死してなお貢献-か!
惜しい人を亡くした。

あした葉

靖国神社公式参拝問題は、いよいよ来年春から夏にかけて、靖国問題が始まって以来の大詰を迎える。中曽根首相の指示によって設けられた「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」が、公式参拝「合憲」の答申をする可能性が非常に高いと思われるからである▼なぜ政府は、戦後の憲法体制を無視してまで、政治決着を強行しようとするのであろうか。いうまでもなく「公式」参拝の実現は、靖国神社法案の実質的先取り-を意味するものだからである▼首相はよく「戦後総決算」という言葉を口にする。これはとりもなおさず「明治の憲法、現在の憲法に次ぐ第3番目の憲法の時代をつくる」という事である▼この「第3憲政」という言葉は「第3帝国」という言葉に大変近い。行革による労働運動つぶし、教育臨調による戦後教育の根本的改革などもむろんこの構想につながるものである。軍国主義的な言葉が次々と発せられ、「国を守る責任と義務」を強烈に打ち出した▼そのために安んじて生命を捨てるものへの備えとして「ヤスクニ神社」の国教化が推進されるのである。何らかの思想統制は必須であり、キリスト教界にも、靖国の影はいよいよ深く覆いかぶさってくるであろう▼昨今、教会の基本方針として「福音宣教」が叫ばれているが、この視点を欠落させて日本の宣教を論じても不毛である。あまつさえ大司教秘書の急死、新補佐司教の誕生、教区組織の見直しなど、内々の事にかまけて、日本の教会自体の命運に関わる緊迫した現情勢と、その根深さからあえて目をそらすのなら、宣教のタチは知れたもの!再び戦時中の「日本的カトリック教」の道に陥る事なきやと、心より憂うるものである。
(S・A)

小教区報一覧表 (1984.12.1現在)

聖イグナチオ教会報 麹町 / 関口ニュース 関口 / つきじ 築地 / ユスト 本郷 / マリア 赤羽 / ふれあい 浅草 / 鐘 亀有 / 希望の家庭 本所 / 虹 三河島 / ホーリーファミリー 町屋 / 柏教会ニュース 柏 / まつかぜ 船橋 / みかえる 松戸 / こころ 麻布 / 教会だより 渋谷 / 初台教会報 初台 / 世田谷教会報 世田谷 / 成城 成城 / 喜多見 喜多見 / おとずれ 三軒茶屋 / 瀬田の丘 瀬田 / ルハン 大森 / キリストの光 洗足 / ざくろざか 高輪 / でんえん 田園調布 / 上野毛教会報 上野毛 / FONS 碑文谷 / まつぼっくり 秋津 / 教会ニュース 板橋 / きたまち 北町 / つどい 清瀬 / 道 下井草 / こみち 関町 / 欅 徳田 / 豊島教会新聞 豊島 / おぎくぼ会報 荻窪 / 教会報 吉祥寺 / いしずえ 高円寺 / 教会報 小金井 / 小平教会報 小平 / 多摩カトリックニューズ 多摩 / みちくさ 豊田 / 熱心 八王子 / あゆみ 福生 / 雷の子 町田 / 五井教会ニュース 五井 (登録もれ、休刊中のものもある)

布司協議事要旨

◇第11回(12月6日)
一、代議員会について
《1》日時・場所(題字下参照)。
《2》内容
A、組織について(1)代議員会・布司協・ブロック会議の3機関は存続させる(2)代議員会は「教区総会」と改名する(3)予算・決算については「承認」ではなく「報告を受ける」の方が決定機関でないことが明らかになる。責任分担を自覚させる(4)布司協は諮問機関であるが自覚的提案(立案具申)をすることができる(5)ブロック会議は各ブロックが決定する。
<諸意見>
▼新教会法との整合は?
○文字通りではなくその精神によって、従来のものでよかったところを出した。
▼事務局で「議案をつくる」のではないか。
○諮問されただけでは足りぬ。信徒の独自性も加わるべきだ。
▼予・決算の承認は?
○財政部がきめて大司教が承認する。
B、福音宣教の進め方について(1)地域社会への教会のかかわり※ミッションスクール(2)祈り・典礼と宣教の結びつき(3)社会生活と信仰との結びつき(要理研究)(4)婦人と使徒職(5)平和問題への対応(6)「小さい人々」とともに(7)教会へ新しく来た人への対応(この7つに希望優先で入ってもらう)。
《3》メンバー・小教区(司祭=1名、信徒=原則として2~3名)その他母体(原則として1~2名)。
《4》日程・(1)代議員名簿提出の要請-12月末日(2)活動報告提出期限-1月22日(3)議案提出期限-1月22日(4)当日のプログラム作成-1月の運営委員会(5)決算審議-3月の布司協(6)代議員会名簿提出期限-3月8日。
《5》活動報告は教区ニュースで。
二、予算審議(本紙次回号)
三、諸報告(略)

宣教する会報を

日本司教団は1984年春の総会において、「日本の教会の基本方針と優先課題」を採択して全信者あげての宣教態勢を呼びかけました。

「私たちカトリック教会の一人ひとりが宣教者として、またキリストの食卓を囲んでいない人々に信仰の喜びを伝え、より多くの人を洗礼に導き、かれらとともに救いのみ業の協力者となる」ことを基本方針の第一にかかげ、宣教する教会の姿を再確認するものでした。

今回、教会の底辺を支える小教区報の特集を組むために、名称だけで40を越す会報の新しい号に目を通す機会にめぐまれました。身近な問題を真剣に取組んだもの、親睦を意図したもの、小さい教会ながら頑張りをみせているものなど、現実教会の素顔が浮き彫りにされていました。編集にたずさわる方々も殆んど信徒であり、「多忙はいいわけにならない」との立場から使徒職を卒先している姿には敬服すら感じました。信仰の強さがあって、はじめて成就するものでありましょう。

第二バチカン公会議後、信徒使徒職が叫ばれ、日本司教団が声明したように「信徒一人ひとりが宣教者」と呼ばれるなら、「救いのみ業の協力者」として教会広報の最も力強い武器である「小教区報」の活用を大いに考える必要があるような気がしてなりません。聖職者のみの宣教の時代は終えんしたのです。

宣教する小教区報の確立も急がれます。さらに近くの教会との情報交換の道具にも役立てたい。さらにブロックから全教区民につながり、中央組織にも直結するような「宣教する広報」の姿も目に浮びます。それぞれの小教区報が一地域のやすらぎを越えて、聖なる「馬小屋」の最も近い所まで導くものであることを願ってやみません。
(T・S)