東京教区ニュース第46号

1983年10月01日

平和旬間 聖年へ不戦の誓い 通算10回定着の祈願祭

教区は今年の平和旬間の行事として、布教司牧協議会主催のもとに、8月6日、千鳥ケ渕戦没者墓苑で平和祈顔祭を、つづいて8月7日、吉祥寺教会で映画と講演「平和教書にこたえる」をひらいた。平和祈願祭はこれまでも教区規模の催しとして毎年行なわれてきたが、昨年から平和旬間の主要行事となった。映画と講演ももう1つの行事として企画されたもの。平和のミサのあと、原爆のフィルム「予言」が上映され、講演では相馬信夫名古屋司教が「米国司教団教書をめぐって」と題して話した。

平和祈願祭の第1部-ミサは白柳誠1大司教を中心とした14司祭の共同司式で始まった。同大司教は入祭の挨拶で次のようにのべた。
「ミサは、キリストの十字架と復活の記念、再現であり、平和を祈る最もふさわしい場である。広島原爆投下の記念日の今宵、私たちは、心から平和を神に願うともに、平和のために働く人となるよう力を与え給えと、切なる祈りを捧げよう。また同時に、戦争で亡くなったすべての人たちが、神の意志によって永遠の安らぎをうることができるよう祈りを捧げよう。
聖書朗読は、行事を直接主催する布教司牧協議会の議長。共同祈願には、多摩、千葉をのぞく6ブロックの代表のほか、今年はとくに平和活動に熱心な武田菊野さん(田園調布)も加わった。去年とちがい天候の心配もなく、野外で、しかも夕闇-という特殊な条件の中のミサとしては、馴れた?せいもあってか落着いた雰囲気であった。
第2部は献花から。今年は武蔵野ブロックが受けもちで、守口、辻両夫妻が参列者を代表して花束を捧げた。光の行列はこの催しの中で1番美しい部分であるが、片手に火のついたローソクをもち、片手に聖歌を印刷したかなり大きなパンフレットをもち、歌詩がよく見えるように、しかし紙に燃えうつらぬよう火を近づけ、しかも楽譜から日をはなさず、しっかり歌い、列が乱れないように気を配りながら、さらに闇の中を歩く-。これはちょっとした芸当?だ。今年は城東ブロック融資の協力で「あんどん」に工夫を加えたため、少々の風では火も消えず、蝋がたれることもなく好評。
終りに録音で、教皇の平和アピールの1部をきく。「戦争は死です。」これは慣例になったが教皇の声は耳新しく参列者の胸を打つ。今年はアシジの聖フランシスコの「平和の祈り」も加わった。こうしてすべてを終了、午後8時、平和への誓いを胸に、夜のしじまの中を帰途についた。参加者約500人。

支えた設営隊

【平和旬間実行委員会】
杉浦茂、大柳博士、清水恵美子(中央)
矢作健之助、角田大(城東)
初田正平、景山佐和子(城西)
木邨健三、渡部真(城南)
阿部賢晤、小林又三郎(城北)
◎西野良明、1藤甫(武蔵野)
○金井久(事務局)。
4時20分 現場責任者、報道班到着。奉納金をおさめる。
4時30分 実行委員長到着。
4時35分 設営責任者到着。
4時45分 写真班到着。
5時30分 設営隊作業始め。
▽司会・西野良明
▽現場責任・金井久
▽受付・阿部賢晤
▽献金と行列整理・杉浦茂、小林又三郎
▽献花誘導・渡部真、矢作俊之助
▽設営責任・角田大
▽主司式者・白柳誠一大司教
▽式長・岡野利男(事務局)
▽旧約書朗読・津資佑元(城北)
▽使徒書朗読・村岡昌和(城東)
▽共同祈願・浅井得二(中央)荒井奈次雄(城東)前田千恵子(城西)菅又立夫(城南)
川崎裕弘(城北)藤井釣而(武蔵野)武田菊野(田園調布)
▽聖歌隊・シャルトル聖パウロ修道女会
▽オルガン・清水恵美子(同会)
▽献花・辻好三、辻八重子(高円寺)守口毅、守口恭子(小金井)
▽撮影・熊沢剛(城東)
▽報道・広報部▽協力業者・花和、電久社
▽設営隊

【中央】
鈴木幸三郎、鈴木美智子(神田)
船越孟(本郷)

【城東】
森口幸雄、薮田耕蔵、高橋岩男、金井文治郎(浅草)
杉田稔(葛飾)
竹田晶(船橋)
上原修司(松戸)

【城西】
渡辺久吾(松原)堀謙二郎(世田谷)

【城南】
丸尾憲彦、石川明範(田園調布)
波田野智之、林茂樹、内山佳紀、高橋秋治(碑文谷)

【城北】
佐藤実、矢野正弘、吉永真治、山中正彦、鈴木章雄(下井草)
松本仁、鈴木薫、田垣三郎、中村和義、松下都留夫(徳田)

【武蔵野】
戸谷芳夫(荻窪)
阿部張之、大北彰(吉祥寺)
栗田一雄(高円寺)
横山昇一、高島寿一(調布)

小さな祈り...

▽戦争こないようにと願った。小6・町野明香(高輪)
▽嫌いです!、戦争。小6・普川佳代子(田園調布)
▽再び戦わぬよう切に。中3・矢作 申(上野)
▽戦争で亡くなった人たちのために心から祈った。小5・横山 恵(調布)
▽戦争がこんなにひどいものと は思わなかった。中2・星野寛行(横浜・百合ケ丘)
▽戦争で死んだ人かわいそう。小4・里野知典 (同)

ふえた婦女子・献金最高記録

(1)日本カトリック平和旬間への具体的な関わり方は各教区の自主性に任されているが、東京教区では、教区規模でこれととり組もうという事で、本年4月、布教司牧協議会内の平和祈願祭実行委員会を「平和旬間実行委員会」と改称、行事の企画・立案にあたっている。

(2)今回は前期委員との連係でおくれ、短期間に準備を急いだため関係者に迷惑をかけたが、過去の資料が整っていたことや、もとこれにたづさわった者の積極的な協力で、無事開催に。

(3)参加者は昨年より下回わり、約500人ぐらいだった。何故?

(4)前回までの不備なところを改良することに力点を置いた。光の行列に使うローソクの蝋がたれないため、あんどん(ホヤ)の工夫は今年のハイライトで好評。れには下山正義神父を中心に城東ブロック(とくに一信者)の協力が大きかった。

(5)行列は納骨堂の周りの遊歩道に出たため、歩き出はあったが各ブロックからの多数の奉仕者により、随所に灯りを出した。

(6)千鳥ケ渕墓苑の所轄官庁は環境庁であるが、直接の管理は墓苑奉仕会-と、2本立である。これからもここを気持よく使わせて貰うためには、これら管理者側とのコミュニケーションを深めることが絶対に必要である。

(7)会場のあと始末は、奉仕者が多かったため、早くきちんと。

(8)参加者の顔ぶれがここ1、2年、はっきりと変ってきた。今までは「平和の闘士」といった顔が多かったが、昨年あたりから、主婦、子供づれなどが目立って多くなった。

(9)交通の便を考えて、隣接の横浜教区の12教会と、浦和教区の19教会にも呼びかけた。もう少し組織的に声をかけ、本来は東京教区の行事だが、たまには3教区合同でやっては-との希望も出ている。

(10)献金は、総額25万4,164円(昨年より約3万4,000円増)。最高記録。これは平和祈願祭をはじめ、平和旬間の諸行事の基金にあてられる。

(11)椅子を150個しか出さず、あとは立ちんぼう-はつらい。

(12)設営隊の青年達は頼もしいが作業後のビールの数も増やせ。

(13)主任司祭が直接参加をよびかけるとたちまち20人〜30人ぐらいは来る。平和活動の中心がミサの祈願であることをとくに教区の神父たちが確認し、早い時期から司祭評などでもとりあげ協力呼びかけを徹底すべきだ。

千鳥ケ淵戦没者墓苑とは?

この墓苑には、主として太平洋戦争でなくなった軍人、軍属ら220万の戦没者の遺骨のうち、政府等が外地から持ち帰り、遺族に渡すことのできなかった約32万1,000体(現在)を約めてあり、全戦没者を象徴するものである。わが国の「無名戦士の基」としてよい。

あがないの実践を!

皆さまも気がついている事と思うが、教会は近頃、なぜ平和について、かくもひんぱんに語り、叫び続けるのだろうか?それは申すまでもなく、平和をおびやかす要因が、余りにも大きく、身近に迫っていることを感じとるからである。戦争の危機-は決して空想ではない。全世界が、今どれほどの金をつぎこんで戦争の準備をしているか、垣間見ただけで戦慄を覚える。

なかでも私たちが最も心配するのは核兵器の問題である。それは日毎に数を増し、破壊力を強めている。すでにヒロシマの原爆の100万発分以上がこの世に存在しているといわれる。世界を何回つぶすのにも足りる充分な量である。

もし一たび戦争が始まるならば、現在の状況では人類が滅亡する可能性さえある。神が創造し、愛し、その御子をして救いを実現した人類が、人間の力によって破壊され、滅亡しようとしている。

また同時に、世界には経済的な格差から、人間が人間としてとりあつかわれないような人が沢山いる。貧しい国ぐにの人びとは更に貧しくなる。さきはど言ったあの軍備の金を、もしもそのような開発の面に使うならどれほど人類の福祉が増進するかわからない。

しかし私がここで強調したいのは、戦争の問題も、南北の格差の問題も、神に対する人類の冒涜にはかならぬ-ということである。神の似姿につくられた人間が、その滅亡を企画し、人間として生きてゆけないような世界をつくってゆく現状、これは私たちの信仰と全く相反するものであり、信仰に挑戦していることである。自由、正義、真理、愛をまとって完成されるべき人間が、それらの権利を奪われ、神の計画に反してとりあつかわれている現代というものに対し、私たちはもっと眼をひらき、関心を示すべきではなかろうか。

私たちは、もしも本当に平和を望むならば、どんな犠牲を払ってでもこの平和のために働く決意をせねばならぬのではなかろうか。平和を望む-と、すべての人は言う。しかし世界は反対の方に動いている。これは私たちの努力と本当の意味の自覚が不足している結果ではないかと思う。今日の福音には、「私はあなたたちに平安をのこし、平安を与える。私は世が平安を与えるようには与えない」とある。キリストは自分を十字架にかけて平安をもたらしたのである。私たちが、もし自らの犠牲をいとうならば、キリストの道にふさわしくなく、平安を実現することはできない。私たちは十字架をになって、その儀牲をいとわずに、自らを捧げることによって、この平安を実現してゆかねばならぬのではないかと思う。

多分、私たち一人ひとりの力はよわいかも知れない。しかし一人ひとりがはじめない限り、世界に平和はやってこない。私たち一人ひとりが十字架をになわない限り、世界に本当の平和がないことを思い、新たに奮起しなければならない。今年はキリストが十字架の上で亡<なられて1950年目の、あがないの特別聖年といわれる。教皇はこの特別聖年の間に、私たち一人ひとりがキリストのあがないに生きるようにと強く訴えかけている。私たちが平和の問題にとりくむこと、これはあがないの実践であり、福音的使命を果たしてゆくことに他ならないと思う。(東京大司教・白柳誠)

巡礼教会でも決意

平和旬間のもう一つの行事である「映画と講演」-平和教書にこたえる-は、8月7日、吉祥寺教会で開かれた。当日はたまたま同教会が「あがないの特別聖年」の巡礼教会に指定されているところから、正午より巡礼者と共に与るミサも企画に加わり、参列者は聖堂に溢れた。

白柳大司教は初めに挨拶「平和への誓いは、いつくしみとあがないの聖年にこたえる1つの道」と述べ、巡礼教会での催しとして関係づけた。説教時には平和旬間に際しての司教団の書簡が、同教会主任・後藤文雄神父によって朗読された。

続いて会場をホールに移し、催しの中心である講演にはいった。講師は相馬信夫名古屋司教で、米国司教団教書「平和の挑戦・神の契約と我らの答え」をめぐって-と題し、教書を中心に(1)平和と信仰(2)分裂した世界(3)現在の教会の態度(4)各国司教団の声明-について話した。

感想では「日本の歴史の反から、日本人は大切な事まで都合で決める傾向がある。日本のカトリック教徒は、信仰の導く所に、殉教の精神で従い、都合が良かろうと悪かろうと、善は行ない、悪は行なわない毅然とした態度だけが、人間の真の幸福と平和への道であることを日本の社会に示さなければならない。これこそ日本のカトリック教会が、日本と日本人に貢献する道である」と述べた。

映画は原爆の記録「予言」が聖パウロ女子修道会の協力で上映された。すでに各所で、何回か映されたものだが、被爆者の悲惨な姿には目をおおう人もいた。また核兵器の怖しさには背筋の寒くなる思いがし、教会サービス?の「超強冷」の冷房効果とあいまって文字どおり心身ともに冷された。ともあれ、ミサに出た人の大半もそのまま残り、300人はどが殺到したため、会場は立錐の余地もなく、この種の催しではめづらしい盛況を見せて、午後4時近く解散した。

みたローカル魂

(1)教区規模の催しを、ときどきローカルで行なうことの長所を見せつける成功例であった。1小教区やブロックが行事を担当すると、隣接の地域も協力するという利点は見逃がせない。
(2)説教時に印刷物を読んだだけというのは冷い。巡礼者は遠くからやってくるのだから、迎える側として一言あるべきだ。
(3)講演する者は大てい司教であるが、教区で自主的に平和活動をやっている人たちの話しがあってもよい。実際に行動している者の話は具体的であるが、まだまだ抽象的な話で当分満足するべきだ-という状態なのか?
(4)実践家かどうかは別として、講師を信徒側に求める声は企画の当初からあり、何人かの候補者にあたった先方の都合などで実現しなかった。
(5)平和祈願祭はともかくとして平和旬間のもうひとつの行事は未信徒向きなのかどうかはっきりしない。外に向かっての宣教活動という狙いもあったはずだがその辺はどうなっているのか。
(6)外部に向かって開かれた集会という点では確かに弱かった。実行委員会で反省、検討したい。
(7)大体、実行垂員会のプランニングがおそすぎる。代議員会が終り、新構成員が揃ってからぼつぼつ始めるのでは既に5月である。メンバー交替という不都合もあろうが、その辺を調整して、年があけたらすぐにでも企画にとりかかってもらいたい。

やる気充分!つかめぬ糸口 難民対策にまず40教会

インドシナ難民定住対策が、今年の教区活動方針の1つとして、代議員会で可決されてから半年経つ。しかし、真けんに取り組まなくては-という気持はつのっても、すでに以前から支援活動を行なっていた一部のものを除き、大方は正直いって何をどうしてよいかわからない-というのが実状である。活動の一歩をふみ出すためには、まづ中央に推進機関をつくることが先決であるとして、教区は6月、事務局に「難民定住推進部」を新設した。同推進部は早速司教協議会の難民定住対策特別委員会の呼びかけに答え、各小教区に難民定住のための担当者あるいは委員会がおかれるよう協力を求めてきたが、9月21日現在、40教会がこれに応じている。推進部は9月10日雙葉学園同窓会館で第一回の集まりを開き、3人の講師の話をもとに対策の具体的な方法を探った。参加60名。

会は午後6時50分すぎから始まった。司会は金井久神父。初めに教区難民定住対策責任者・内山賢次郎神父が挨拶「対策につき、何ができるのか具体的に示されたら」と、会の狙いを述べた。ついで、教区が事務局に難民定住推進部を新設したことが報告された。

【部長・内山賢次郎(麻布主任)部員・粕谷甲一(国際救援センター特別顧問)・後藤文雄(吉祥寺主任)金井 久(事務局)】

最初の話は、国連難民高等弁務官駐日事務所代表代理・田中和夫氏(吉祥寺)による「難民の現状について」で(1)国は難民定住についてどれほどの親模を考えているのか(2)難民の日本における法的地位(3)同援護態勢-などを、数を中心に説明した。
つづいて粕谷甲一神父が、具体例をあげ「難民のための職さがし、住居さがし」について話した。同神父はこの中で「実を結ぶのは組級の刀ではなく、1人1人の好意である。何よりもパーソナル・ケアが必要」と述べた。つぎの話は、元国際社会事業団体・岩城典子氏(松原)による「里親について」。資料にそって(1)里親になれる条件(2)里子の法的保護(3)里子の身上(4)難民の国民性(5)難民を里子にしたい動機(6)里親の特徴(7)里親に委託する理由(8)学校の受け入れ体制と問題点(9)先生の感想(10)今後の問題―について話した。
最後に、吉祥寺教会難民援助後援会について後藤神父が紹介した。会員は300人。毎月30万円入。資金にあてている。主な活動は、難民の一般的世話のほか、日本語教師養成協力、カンボジア語辞典編纂など。
日本語教師養成については、教区ぐるみでこれを援助したらとの提案が推進部から出たので実現の可能性をさぐる。終わりに白柳大司教も挨拶「援助活動は、我々が与えるだけでなく、多くのものをうけ、高められる機会だ。運動を更に進めてほしい」と結んだ。9時20分閉会。

(1)大村難民一時レセプションセンター―一時庇護のための上陸許可を受けた難民の収容施設。
(2)難民の定住要件の基本―通常の生活を営んでゆけること。
(3)難民の永住許可の要件―(イ)素行善良なる者(ロ)独立生計の維持能力のある者(ハ)日本
国の利益に合致すると認められた者。
(4)直接定住-センターを経由せず、民間一時滞在施設からじかに社会に入ってゆ<もの。
(5)里親になれる条件-安定した生活を営み、且つ長期にわたる難民の保護者となるにふさわし
い善意あると認められた者。
(6)里子の法的保護-児童福祉法によって委托費が出る。
(7)里親の特徴―金持がいない。
(8)里親に委托するおもな理由―就学させ高等教育を頼みたい。
(9)住居を探す場合は、家族に会ってから―家族の少なくとも1人を伴っての交渉が効果的。
(10)かわいそうだという事で援助するのは、自立をはばむだけ!
(11)ベトナム人、ラオス人、カンボジア人を、いっしょくたんに取り扱うのはダメ。

対策担当者

【中央】
多田収助(神田)阿部泰久(関口)本島明郎(本郷)
【城東】
平辻晴敏(赤羽)中尾喜世子(浅草)杉田稔(葛飾)中田武己(本所)長谷川勇(松江)権五鉉(足立)
秋場朝太郎(柏)福島樹雄(船橋)杉田守(町屋)倉科武(於戸)
【城西】
石黒武夫(麻布)黒沢籠生(渋谷)占部みきえ(松原)竹中伴一(瀬田)
【城南】
斎芳一(大森)稲家栄一(洗民)余語洸子(高嶺)菅又立夫(田園調布)橋本チエ(上野毛)
中村信子(目黒)
【城北】
里見義勝(板橋)前島国夫(北町)与謝野達(清瀬)片山秀(田無)松本仁(徳田)津賀佑元(豊島)
【武蔵野】
岡村公介(荻窪)栃折愛介(吉祥寺)矢島隆志(高円寺)松下刀(調布)
【多摩】
内田敏明(青梅)八巻信生(多摩)山城一朗(豊田)
【千葉】
石川直敬(五井)河野慶子(佐原)神原信次(銚子)丹正志(茂原)

○国際救援センターとは
ベトナム難民に対する一時庇護の提供は、対策の重要な柱であるが欧米諸国の難民引取りの削減とボート・ピープルの上陸激増のため民間一時滞在施設の滞留者数が規模を凌駕した。政府は同施設の負担の軽減を図るとともに、長期滞在難民に速やかに自活または出国の契機を与えるため、救援センターを設置した。

同所の主目的は、定住に踏み切れない難民の、一時滞在施設に長期間留まっていることからくる精神的 負担をのぞき、彼らに自活を計らせること。もう1つは、定住促進センターの役目を果すことで、この意味では姫路・大和両促進センターと同じ仲間に入る。従ってここでは、日本での生活に不慣れな難民の為に生 活上最低限必要な日本語の教育と生活指導を3ヶ月間集中的に行なっている。また就職のあっ旋、職業訓練の委託、里親のあっ旋等も行なっている。

【国際救援センター】 〒140 品川区八潮3-2-1 電話・799-1001

まず受皿の確立

(1)40教会には担当者あるいは委員会がおかれるなどして動き出した。而しやる気が出たところでもう一歩ふみ出すために、具体的にどうやったらよいのかわからないのが実状であるため、それに役立つような実例を中心に話し合おう―というのがこの会の狙いであった。

(2)しかし担当者にはかなりのバラつきがあって、難民定住についての初歩的説朗からはじめねばならぬという所もあり、先達にとっては聞き飽きたこと、この会の本来のねらいである具体的な方法をつかもうとして来た者には期待はずれという感のなきにしもあらずだった。

(3)とはいうものの、こんどの会での諸講師の話が、全く抽象的なものに終始した訳ではな<、真に取り組まねばという気持のある者には、話の内容や配られた資料などから、何らかの具体的方法は汲みとる事ができる。

(4)司教協の定住対策特別委員会では、カトリックの施設に収容されている人々をまず目標に―としているが、教区としては必ずしもそれにとらわれない。むしろ国際救援センターに収容されている人びとを相手にする方が距離的にも近く、難民定住推進部の粕谷甲一神父が、同センターの特別顧問であることからも、より手っとり早い。

(5)就職のあっ旋に限っていえば職安以外のルートもついているので同神父がその窓口となる。まづ各小教区では、世話を依頼されたときの受け皿をかためることが先決である。既に教会の近所にゆくことが決った者についての世話の依頼、あるいは教会の近所にゆきたいと望む者の住居や職業の世話の依頼など、誰に連絡したらよいかを粕谷神父に知らせることが第1歩だ。

(6)同神父からの依頼を待つまでもな<、宿舎の準備とともに難民を受け入れる雇用主を積極的に探したり、求人の申込みを取りついだりする事勿論である。

(7)里親あっ旋については、希望者が里親必要条件を満たし、当事者間で話をまとめる事になろう。申し込み先は難民事業本部だが、その場合でも相谷神父と一応連絡をとり、専門のワーカーを間に入れるなどして、事を運ぶが望ましい。なお推進部員の後藤文雄神父は、4人の子の里親でもあるので経験を学ぶことができる。

(8)国際救援センター訪問については、定住協力グループの名のもとに、毎日曜日午前11時からセンター内でミサが行なわれるのでその機会を利用する。事前に責任者と人数を粕谷神父に連絡すれば手続をとっておいてくれる。難民と共にミサにあづかり、そのあと食事(弁当)しながらいわば見合をし、気心が合った人がいたら職探しなどに一肌ぬぐ―ということになる。

(9)難民定住のために具体的に何ができるかは、左記に問い合わせて知ることもできる。司教協の小冊子とあわせて学習するのが望ましい。

【難民事業本部】
〒107 海区赤坂2-10-9 ランディック第2赤坂ビル
電話・583-3791

地域で受け入れを

日本のカトリック司教団は、1982年秋の臨時総会において、インドシナ難民の定住問題に、より積極的にかかわり、その人びとの日本定住促進を、日本の教会の活動として取り組むことに決定した。教区もこれにこたえ、今年の代議員会では、対弟を活動方針の1つとした。
もちろん、これまでも日本の教会は、カリタス・ジャパンを中心とし、多<の小教区、修道会の協力のもとに、難民の保護と救済のための活動を行なってきた。キャンプ等の施設を提供したり、その世話を引きうけたりした小教区、修道会の努力は高く許価される。しかし、ここで見落してはならないことは、その活動を推進した団体の責任者がほとんど外人司祭・修道者だったことである。
白柳大司教は、代議員会の基調演説でこの事にふれ「定住対策では、日本人の司祭・修道者の関心の高まりが急務である」と指摘している。難民の到着した国が日本でありながら、日本人の関心の高まりが急務であるとあえていわねばならぬ所に、問題の核心がありはしまいか?

ならば拒否の肚も

政府難民対策事務局長・色魔力夫氏も「国家観が問われる難民問題」という小論を書いているが、次の幾つかの点は、定住支援に踏み出そうとする者の、よく留意すべきところである。
(1)わが国は、近代史を通じて、大量且つ緊急の難民情勢に対応した体験に乏しい。従って、難民対策の経験の蓄積がない。現在のインドシナ難民対策も、専ら試行錯誤によって、その都度危機を切り抜けてきた種々雑多な措置の集積である。
(2)難民受入れの考えかたには2つの筋がある。1つは、領土的庇護権の行使であり、もう1つは、移住問題の特殊列としての対応である。前者は、主権国家がその領域内にはいってきた亡命名を庇護する権利の行使であり、難民の場合も同様である。後者は、難民の受入れが、外国人労働力の移入につながるからである。わが国では、外国人労働力の移入はタブーである。移民の送出はしても、受入れについては、政府も一般世論も頑強に拒否反応を示している。従って、移民受入制度という基盤が全くないまま、難民問題だけを孤立して処理せねばならない、わが国独特の因難がある。
(3)わが国の世論には、難民問題の本質について、ある種の誤解があるように思われる。それは次のような誤った認識を前提としているからである。即ち、国際社会の非難を気にしなければ難民受入れを拒否することも可能であり、百歩ゆずって受入れるとしても、国際社会のおつき合い程度で済むはずだという認識である。

難民は白国の問題

(4)ボート・ピープルは、好むと好まざるとにかかわらず、直接わが国の領域に入ってくるものである。そうである以上、わが国で生じた難民問題として受けとめざるを得ない。つまり、これは、自国の難民問題なのであ
り、国際協力などという生易しい問題ではない。
(5)わが国の領域に入った外国人にかかわる問題を、自国の問題であることに気がつかずに、いたずらに放置することは許されない。日本人ではないからよそ事だと考えるならば、重大な誤りを犯すことになる。わが国の領域の問題である以上、わが国以外にどこも第一次的責任を負いようがない。
(6)それでは難民問題に責任を持つとはどういうことか。その最終的解決と言われるものは。一体何であろうか。難民を収容して保護したり、言葉の教育を施しため、職業訓練を行ない就職や住居の斡旋をすることは、問題解決のためのほんの入口でしかあり得ない。難民は、どこかの社会で、安定した生活を営むようにならなければ宙ぶらりんということになる。どこかの社会と言っても、難民がわが国の領域にとどまる以上、結局、全国津々浦々のどこかの市町村であり、そこに住みつかないかぎり、本当の意昧でわが国に定住した事にはならない。つまり、難民問題の最終的解決とは、特定の地域社会に受け入れられ、
吸収されることである。
(7)しかしながら、現代のわが国には、真の意味での地域社会が存在していないのではないだろうか。わが国の地域社会は「隣の婿はよそ者だ、祭のみこしはかつがせない」という社会である。よそ者皆然り、ましてや外国人、さらに稚民に至っては、対等の一地域住民として過するなどとは思いもよらない。頭で分っていても、体が動かない。

よそ者主義捨てよ

色摩氏の指摘する通り、難民問題の最終的解決の主役は、疑いもなく地域社会である。わが国の地域社会が簡単に変化し得るとは思われないが、そう悲観的なことばかり言っていても何の役にも立たない。萌芽の程度ならいつでも生れ得る。
収容施設を開設し、運営することでもよい。難民の収容施設は、中央政府が担当するよりも地方公共団体とか、地域社会に根ざす民間団体などが直接手がけた方が、その後の最終的解決への結びつきを考えれば、はるかに合理的である。難民に生活の場を供す事ならなおよい。
この意味で、難民定住カトリック全国対策特別委員会の小冊子「協力支援者の心得」に「地方自治体に呼びかけ、地域社会全体が難民を受け入れ、その土地が定住者にとって住み良い所となるように積極的に働きかける」とあり、図表にも「地域」を入れたのはさすがである。

布司協議事要旨

第2回(6月9日)

1、難民定住推進部設置の件。 司教協議会の、難民に関する特別委員会からの要請で、教区では、事務局に「難民定住推進部」を新設することを可決。2、資産連用相互協力制度。 加入教会数44。融資5件。◇第5回(8月28日)1、難民定住対策小教区担当者会開催の件。2、信徒使徒職委員会各教区担当委員推薦の件。 司祭代表・岡田武夫(柏) 信徒代表・村岡昌和(赤羽)3、良心の囚人に恩赦を求める署名協力の件。各教会に要請。

ビルマデー催し

11月20日(日)カテドラル12時ミサ。1時50分・講演と写真展

安易な同情マッピラ

教区は7月17日、麻布教会で布教司牧協議会主催、障害者問題小委員会企画のもとに第3会「障害者とともに考える集い」をひらいた。参加者約50人。
集いは午後2時すぎ、山口英一氏の司会で始まった。まづ会場となった麻布教会の主任、内山賢次郎神父が挨拶「大切な問題を考える会の場として選んで下さった事を家主として嬉しく思う。皆さまを歓待すべ<、婦人会を中心に精神的にも物質的にも、いろいろ用意した。ゆっくりしてはしい」とのべた。
今年は少し趣きをかえて、講演やパネル討論などという堅苦しい?プログラムでな<、映画を見て話し合おう―というもの。フィルムは、自立生活プログラム「翔ぼういま」など。出てきたいろいろな場面につき、小グループでお茶を飲みながら互いに質問、感想、意見などを出し合った。それぞれの卓で何が語られたかは不明だが、全体のまとめでは次のような点が指摘された。

(1)この映画を見て、ただ障害者はかわいそうだとか、気の毒だなどというだけに留まるなら、さら
し者にされたと同じだ。
(2)自分もいつあのようになるかわからぬから、他人ごとではないと思った。
(3)障害者が懸命に生きようとする姿に感動、若者に見せたい。
(4)あのようになったら他人ごとではないとか、教材ではあるまいし、都合のよいときにだけ感銘を
うけ、だから人にも見せたい―というのは障害者を利用しているような気がしてならぬ。
(5)障害者との関わりについて、一体教会は真面目に取り組もうとしているのか?!
(6)教会には物理的スロープだけでなく精神的スロープもない。
(7)優れた施設にはいれる障害者は家庭的にも恵まれた人たち、か<れた障害者こそうけ入れね
ばならぬのではないか。
(8)障害者は大てい何らかの団体に入っているが、横の連絡が必要である。その意味で、このた
び全国カトリック障害者連絡協議会(会長・山田昭義)が発足したのは喜ばしい。同協議会は中
央新機構内の位置 として、社会司教委員会に属する人権福祉委員会に所属する。

お茶だけでなくビールも出たので、みな割と言いたいことを言っていた。終りに福川正三氏(麻布教会委 員長)の閉会のことはがあり、4時半解散した。

50人の教区行事

(1)自由に意見を交換し、交流できたので、その意昧では成功。
(2)障害者のためだけの催しではないのに、講演をやれば聞えない!映画をやれば見えない!といろいろ注文する。健常者にとっては興ざめ―の声も。
(3)信者の健常者がこの種の会に出ると、障害者との関わり方についての個人の怠慢と教会の怠慢に対しての攻撃を総身にうけていたたまれず、出席も減る。
(4)参加者の比率は、障害者のほうが多<なってきている。主眼は健常者に、障害者問題を理解して貰うことだから、うまくやらなければいけない。
(5)この集いはいやしくも7月第2日曜日「障害者福祉の日」の催しの一環である。数少ない教区規模の行事。参加者50人とは何ごと!′ブロック持ち廻わりでやるのならば障害者問題小委が全部やるのではなく、当番ブロックと共催にするぐらいの意気込みが不可欠である。
(6)参加者の少ないのをそれほど心配していない。この種の集いは人の好み?ということもあっておのづから限界がある。地道に気ながにやってゆきたい。