東京教区ニュース第43号

1982年10月01日

平和旬間の主役!
面目あらたに祈願祭 運動は「反戦」にとどまらない

教区は、今年からはじまった日本カトリック「平和旬間」の催しとして、布教司牧協議会主催のもとに、8月7日、千鳥ケ渕戦没者墓苑で「平和祈願祭」、8月13日、上智大学講堂で「映画と講話の夕べ」をひらいた。平和祈願祭はこれまでも教区規模の催しとして毎年行なわれ、このたび9回目を迎えたが、今年からは平和旬間のおもな行革としてより定着するものと見られる。参列者は約800人、とくに司祭の増加が目立った。映画と講話の夕べでば白柳大司教の話と「平和の巡礼者」のフィルムが好評だった。

雨にけむる手燭

平和旬間の教区規模の催しの1つとして面目を新たにした平和祈願祭が、8月7日小雨模様の中で行なわれた。内容は戦没者・戦災者の霊に献げる追悼ミサと、ここのところすっかり定着した光の行列。初の平和旬間の行事ということでPRもゆきわたっていたためか、開始の時刻が迫るころには参列者は600人を超えていた。

ミサは白柳大司教を中心とした16人の司祭の共同司式で行なわれた。聖書朗読は、行事を直接主催する布教司牧協議会の議長。大司教は説教で平和への勇気と実行を強調したが、平和についての話は回を重ねるごとにうまくなる?との噂も。8ブロックよりの共同祈願のあと、奉献のころから雨がかなりひどくなる。互いに傘をさしあって濡れるのを防ぎあう姿は身近かな、小さなことながら、さっそく平和行動の実践だ。

聖体拝領のための移動がおおわらわ、とにかく800人あまりが雨の中を動く。思えばこの平和祈願祭も、一時は参加者100人たらずという淋しいこともあった。混雑に悲鳴をあげながらも、主催者側からは感無量-の声も。献花につづいていよいよ光の行列。ローソクや聖歌のパンフレットを片手に、傘をさして-ではと思い病んだが、幸いこのころから雨も小降り。コースも、今年は納骨堂の外縁の一番遠いところでは追いつかず、周りの遊歩道に4列で出てしまい、先頭が元に戻るころやっと動き出す一群もあるほどだった。

とにかく800人の光の行列は壮麗であった。今年は参列者の中に子供連れの姿も目立つた。小さな胸は、この光の中に何を感じ、何を祈ったであろうか?平和への切なるねがいをどうか受けついでいってほしい。行列の終るころには雨はすっかり上っていた。最後に録音で、教皇の平和アピールの1部をきく。「戦争は人間の仕業です!」再び誤ちを繰り返さぬことを固く誓い合い帰途についた。

汗ながした青年

(1)本年のハイライトは参加司祭の多さ。共同司式をしたものだけでも16人。一般参列者に加わ
ったもの約10人。昔2人だったことも。
(2)金を手ぎわよく入れられるよう献金袋を用意した。「献金」「平和祈願祭」のゴム印まで作って。
(3)献金は、総額22万267円(昨年より約7万5千円増)史上?最高。
(4)石だたみの上に、ロウが大量に垂れ、業者を頼んで清掃。要注意。
(5)功労者?大柳博士(麹町)村岡昌和(赤羽)加藤英一(町屋)。
(6)来年はもっとカトリック色を。
(7)会場設営者も各ブロックから集まった。その夜汗を流した青年?

【中央】烏田(関口)頭島(麹町)那口(築地)本島(本郷)
【城東】滝沢、小松、岩間、中谷(足立)中島、林田(亀有)有川兄、有川弟、鎌倉(三河島)
薮田、金井、森口(浅草)
【城西】内藤(三軒茶屋)近藤(喜多見)
【城南】松永(高輪)木邨、関根(目黒)
【城北】加藤、杉山、小林、松本兄、松本弟(徳田)
【武蔵野】栗田(高円寺)一藤(荻窪)横山(調布)今井、菅原(小金井)阿部(吉祥寺)

責任者・角田大(足立)

「旬間」の第2弾

つづいて教区は8月13日、上智大学10号館講堂で、「平和旬間」行事の第2弾として「映画と講話の夕べ」(反核・軍縮を願う)を開いた。映画「ヒロシマ・ナガサキ」(核戦争のもたらすもの)では、人間の尊厳性なと一かけらも見られない被爆の悲惨な状況にみな息をのんだ。「平和の巡礼者」は教皇来日の記録で、感激新たに涙を流すものもいた。

白柳大司教の講話は「47万署名を携え国連へ」。署名の単なる持参者としてではなく、平和の使節として、祈りのうらに反核と軍縮を訴えた。一国の教会がこぞってこのような運動を起したのは例がなく、世界のカトリック教会に与える影響は大きい。国連事務総長も快く迎え、我れれの願いを総会に反映させることを確約した。

映画の夕べにちなんで朗報を1つ。このたび特に白柳大司教の厚意により、教区に16ミリの映写機を備えることになった。教区民はいつでも必要な時に利用できる。借用方法などの詳細は後日知らせるが、小数区などで活用を。さしあたっての問い合わせは大司教館

生活の中の平和を

教皇の平和アピールを機に、日本のカトリック教会に平和建設の意識が高まってきたことは周知の通りである。司教団も今年より、8月8日から15日までを「平和旬間」とすることに決めた。平和への努力は、すぐれてキリストに従う行為であり、現代の世界における「時のしるし」としての行動であることは論をまたないが、なお留意すべき幾つかの点を、平和旬間設定の意義を説明した社会司教委員会の文書からひろってみた。

(1)教会の平和運動は、政治レベルの平和運動と異なり、あくまで福音(キリスト)の精神に根ざし、また、その精神を現代の諸状況に適応した教会の平和理論に則って行う独自の連動である。

これは平和運動の動機を示したもので、「平和、私ちたに託された神からの贈り物」という、今年の「世界平和の日」の教皇メッセージを想起させる。ここでは平和実現への道は厳しいものであるが神の助けの中で絶えず努力されるべきことが強調されている。

(2)平和旬間中に、グループで、小教区で、カトリックの諸施設や、各教区で、平和についての独自の具体的行動計画がたてられ、実施されることが望まれる。さらに、その計画が善意ある人、平和を求める人すべてにむけられたものであることが大切である。

これらは平和運動の対象を示したもので、この平和旬間の行動が、善意あるすべての人のものになるよう注意をうながしている。昨今は平和運動といえばすぐ国際間の軍事的緊張と結びつけて考える。教皇の平和アピールの中でもそれが前面に出ているので無理もないことであるが、貧困の問題などにも触れていることには注意を要する。対立は「軍事」に限ったことではなく平和運動も多様である。

「平和旬間」の行事が「反戦」「反核」だけの催しにならないよう、家庭内から、町内、学校内、職場、社会の平和にいたるまで、日常生活の中にも平和がもたらされるよう留意すべきである。しかしこれは、最近やっと目ざめかけてきた教会の国際的・政治的関心に決して水をさすものではない。

「平和旬間」について

平和への努力は、すぐれてキリストに従う行為であり、現代の社会にあたって「時のしるし」としての行為である。にほんのカトリック教会は、教皇ヨハネ・パウロ2世がわが国を訪問し、世界で唯一の戦争による核被爆地・広島と長崎で全世界にむけ、「平和アピール」と力強く発表され、訴えられたことに、特別の意義を使命を感じ、平和への努力が「日本のカトリック教会に使命」であると確信した。

この確信を実行に移すため、司教団は、「平和旬間」を設定、8月6日から15日までをそれにあてる。さらに、この平和旬間が今後も継続して行われ、実を結ぶために、日本のカトリック教会行事をして定める。期間については、「過去を振り返ることは、将来に対する責任をになう」という教皇のことばにならい、戦争を平和について考え、行動ウするために最も悲惨にして身近な白島、長崎を思い起こすに適した8月6日から、教会において、聖母被昇天に大祝日にあたる8月15日が、平和の元后なる聖母を通じて祈るにふさわしい日であることから、この10日間と決定した。(要旨)
社会司教教育委員会委員長・大司教白柳誠一

不当の世に吠えよ
障害者とともに考える会

教区は7月11日、秋津教会で布教司牧協議会開催、障害者問題小委員会企画のもとに第2回「障害者とともに考える会」を開いた。昨年の国際障害者年を機に、教区も障害者と真剣にとりくむ姿勢を見せ、活動が(1)1年だけのお祭り騒ぎに終らぬよう(2)全教区のものとなるよう-きめた。「障害者とともに考える会」もその一環で今年が2度目。暑さと遠さにもかかわらず、100入近い参加者があった。

●会は午後2時、J・シュバリエ神父(障害者問題小委・秋津教会主任)の挨拶で始まった。
同神父は障害のもたらす苦しみの受け方につき
(1)罪を深く考え、神に忠実を表す機なり得る
(2)不平タラタラもよいが、他人に代って悪を背負ってやると思えば苦しみも喜びになり得る などと、
かなり伝統的?な考えを述べた。

●つづく講演でも日原一氏(全生園)が自己の体験をもとに「信仰との出合い」について話し、

(1)病と苦しみこそ神を知るきっかけとなった
(2)神は人生の裏街道を歩く人のためにつくす
(3)神が私を療養所で過す身として連れてきたのは罪人の回心のために祈れということで、この確信で私は生かされている
(4)「すべて感謝です」が最後の言葉でありたい
と、きわめて優等生的?な話をした。

●ついで金沢恂氏(カトリック身体障害者の会「心のともしび」会長)。
前の2人とは打ってかわり、「社会との戦い」と題して、とくにカトリック障害者は、まさにキリスト者であるからこそ、その使命として障害者を不当に扱う社会に敢然とたち向かわねばならないと次のように述べた。

(1)日本人の障害者に対する感覚には恐しいものがある。障害者は自分と同じ人間ではなく憐れむべき慈善の対象と映る。教会でも同じだし場合によっては一層ひどい。
(2)社会は障害者を馬鹿にすることがある。設備を整えることより、心の段差を除くことが先決だ。
(3)障害者が自分ひとりだったら、このように社会に吠えつくようなことはしない。これからも生れてくるであろう障害者の友に、自分以上の苦しみをさせたくないからこそ闘うのである。
(4)カトリックの障害者はファイトがなさすぎる。自分が我慢すればすむならたやすいことである。教会の宝物のようにいわれるかも知れないがそれは卑怯者のやることである。
(5)世の中の不条理を1つでも打ちくだき、後から来る人びとにより歩き易い道を作ることこそキリストに従う我われの使命だと思う。
(6)このような確信をもつために何も特別な信心業が必要なわけではない。信仰を自分の生き方の「かくれみの」とせず、「すじがね」と考えるだけのことである。

終りに松本静夫氏(城北ブロック議長)が挨拶、会場が遠いということで案じていたが、ほぼ満席の盛況でブロックとしての面目も果せた。今日明日で片づく課題ではないし、この会が教区親模のものであ各ことを徹底させ、さらに深めて働きたい-と述べた。閉会後、遠い所をようこそ-と、秋津教会信徒たちの参加者への茶菓子の振舞いがあり6時近く解散した。

ひろば

若者何処へ

教会で活躍している社会人で、若い人たちはどれだけいるだろうか?もちろんスカウトや教会学校で協力している人たちもいるが、学生から社会人になったとたんに教会活動から遠ざかってゆく者が多いように思われる。その証拠に教会委員や、壮年会などに参加して活躍している人たちの平均年齢は、40才以上になっている。

教会員の中で、20才、30才代の人たちは少ないのだろうか?統計で見るかぎり、この年代だけが少ないしということはない。仕事が忙しすぎて、たまの日曜日もなかなか教会に来れないというのだろうか?社会人として一番忙しい時代なのだから、それも1つの理由だろう。教会の先輩たちから「近頃の若い者は」といわれそうで、積極的に参加する気がしない!これも一つの理由かもしれない。

しかし、聖書に「何事も人からして欲しいと思うことを、あなたも他の人々にしなさい」(マタイ)とあるように、教会で「こういう具合になったらいい。こうあって欲しい」と思うことを積極的に実行してもらいたいと思う。

教皇様も武道館で「他の人々に向って皆さんの心を開きなさい」とおっしゃったように、共同体の中で生活している私たちそれぞれが神の国の枝の一本なのである。教会の諸先輩の注意や戒めにもくじけず、大いに実力を発揮してはしい。

「誰が荒れ果てた土地を豊かにし、若草を生えさせるのか」(ヨブ)。これこそ私たち若者のキリスト者に、主が望んでおられることではなかろうか。「シャローム」とは祈るだけで生まれるものではなく、みづから行動し、つくり出して生まれる平和であると聞いた。私たちの教会も一人ひとりの力でつくり上げて行こう。
(吉祥寺・伊東静寛)

あした葉 「右傾化」とは

最近カトリック新聞に「右傾化」についての投稿がさかんである。なかには何を根拠に「右傾化」というのか知りたいという驚くべきものもあった。知らざァ言って聞かせやしょう。

(1)建国記念の日制定
(2)有事立法体制
(3)天皇元首化と復権
(4)教育勅語・皇国史観復活
(5)靖国神社国営化の画策
(6)戦争映画推奨
(7)「戦没者を追悼し平和を祈念する日」制定
(8)軍備拡張
(9)軍事費増額
(10)司法の反動
(11)靖国神社玉串料.献灯料の公費支出
(12)中・高教科書の検定強化
(13)教科書問題
(14)英霊にこたえる会結成
(15)A級戦犯靖国神社合祀
(16)慰霊表敬法案
(17)刑法改悪
(18)日の丸・君が代の法制化
(19)大嘗祭
(20)首相・官僚の靖国神社公式参参拝を参議院選挙公約に盛る
(21)天皇の靖国神社参拝
(22)靖国神社法案の国会提出と衆話院強行採決
(23)海外派兵
(24)剣璽動座
(25)戦争責任者の要職復帰
(26)みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会結成
(27)憲法改悪
(28)地方自治団体の靖国神社公式参拝推進請願
(29)戦犯記念碑建立
(30)国会議員の靖国神社一斎・大量参拝
(31)首相靖国参拝で公・私人を明確にせず
(32)首相以下全閣僚の靖国神社一斉参拝の恒例化
(33)殉職自衛官の靖国神社合祀
(34)靖国神社祭礼に自衛隊軍楽隊出動
(35)神武天皇陵への参拝復活
(36)八紘一宇という言葉の再現
(37)国防教育
(38)防衛予算の別枠・突出
(39)教科偏向キャンペーン
(40)復祉政策の後退
(41)金鵄勲章の復權
(42)「日本を守る国民会議」結成
(43)自衛隊の増強と国軍認知
(44)徴兵準備
(45)英霊にこたえる議員協議会結成
(46)戦後処理問題懇談会設置
(47)元号法・スパイ防止法制定
(48)護国神社「境内霊堂管理委託料」「慰霊祭接待委託料」の公費支出
(49)愛国心と国家意識昂揚
(50)環太平洋演習参加
(51)明治100年祭
(52)防衛白書
(53)忠魂碑公費移転
(54)「大東亜戦争戦没社慰霊碑
(55)「天皇在位50年記念碑」等々。

これでもまだ根拠がないというのだろうか。

布司教の歩み10年
どうする小教区との関わり

教区に布教司牧協議会が置かれてからこの暮でちょうど10年になる。1970年より72年まで開かれた教区大会で決議された事柄を、具体的に実行する新運営機関としてブロック会議とともに産ぷ声を上げ、初会合をもったのは72年の12月14日であった。その後、代議員会への教区活動方針案の提出をはじめ、方針に基ずく事項の審議・決定など、教区の運営に重要な矢くぁ里を果たして来た。しかし、決まった事柄をブロックや母体に伝えるという機能はともかく、反対に母体とくに小教区からの声のすくいあげは必ずしも十分でなく、昨今とみに現場から浮き上がった感があるといわれる。近く不司教も自らの課題としてこれにとりくむというが、これを機会に、動協議会が10年の月日の中で、特に方針作りと組織整備を辿った軌跡から、その姿を浮き彫りにしてみた。

布教司牧協議会は、初会合で自らの性格を次のように確認した。

「司教中心の新中央機関で、布教・司牧のあらゆることについて責任をになう。バチカン公会議の指令でできた司牧協議会の折、教会を考え直さねば-の発言があり教区大会が開かれた。第7部会の議案により、諸案を実行に移すべき新中央機関の設置が求められ、この協議会ができた。扱う内容は布教司牧に関するあらゆる事がらである。第1は大会代議員会で決った事項であり、司教・ブロック会議・司祭評・信徒協・修女連等か提案される教区レベルで考えるべき開場もある。ブロックや母体と密なつながりをもたねばならず、ブロック会議ではリーダーシップが望まれている。この協議会について、決定機関とか諮問機関とかいう言葉は使いたくない。互いの中に働く聖霊の声をききつつ新しいものを作ってゆきたい。任務等については組織一覧を」。

布司協はたいかいで決まったことを実践に移す傍ら、毎年の教区活動方針案を代議員会に提出、可決されれば実行のための審議はまた自らの課題となる。併し、審議より実行が、大切であることは言をまたない。布司協それ自体が協議機関であるため、委員は能書きだけ-と誤解されたすいが、ほとんどはいずれかの部や委員に属し、活動に数少ない担い手にもなっている。

活動方針案作成から・・・決定!復習!確認!

<1974年>
(略式代議委員会)代議員会をひらくほどには各機関が醸成されていないとし、布司協関係の1年半の教区活動をもとにすべては今後にかかっているという観点から5大目標をたてた。
(1)人権尊重の行動への参加
(2)予算・決算の承認による教区の共同体化
(3)青少年活動の活発化。小教区を超えた行動への協力
(4)母体・ブロック会議・布司協の活動促進による教区民の相互理解と協力活発化
(5)教区ニュースの定期的発行と購読

<1975年>
前年度の方針を基本的に受けつぎ、宣教姿勢を明確にして、聖年の主旨である和解の実現を活動の根本精神とする。
Ⅰ、我われ教会が、人類の平和と一致のしるしとなるよう、互いに信仰を深め、人権尊重の行動に積
極的に参加して行こう
Ⅱ、予算・決算の承認を通して教区財政の現状を知り、財政自立の責任を自覚し、教区の共同体化をいっそう進めよう
Ⅲ、新しい時代の青少年の活動の活発化に協力しよう
Ⅳ、これらの活動をさらに前進させて行くために、ブロック会議・布教司牧協議会の機能を十分に生かし、「教区ニュース」を充実化させて行こう

<1968年>
前年度の方針を継ぎ、その具体化と浸透に力点を

<1977年>
方針に「Ⅴ、小教区という教会共同体の充実、発展をめざそう」を加える

<1978年>
「小教区共同体づくり」のいっそうの推進を

<1979年>
(1)公会議精神の見直しと深化
(2)東京・ケルン教区姉妹縁25周年
(3)国際児童年が焦点

<1980年>
(1)ビルマの教会
(2)一粒会
(3)正平協
(4)離卿青年が柱
▽活動が地についたものが多く、継続方針は条文として揚げず。内容撤回ではなく手薄すもの重点に。

<1981年>
「障害者問題」

<1982年>
(1)教皇の「平和アピール」に答えて
(2)「司祭の家」建設募金にいっそう協力を

<1972年>
(1)第1期初回会合(12・14)

<1973年>
(2)布司協、運営委、事務局の性格と任務を確認(1・18)
(3)司教・事務局部長は布司協の構成員であるが委員ではなく、意見はいえるが議決権はない
(4)諮問機関「財政審」が発足
(5)審議を円滑にするための「小委員会」の設置(以上2・25)
(6)広報、布教、対社会、青少年各小委の設置を承認(3・29)
(7)財政等を、「財政委員会」と改名。(5・10)
(8)1期運営委選出(5・24)
(9)広報小委発足(8・3)
(10)ブロック・武蔵野東を「武蔵野」に、武蔵野西を「多摩」にそれぞれ改名(7・26)
(11)「靖国問題実行委員会」の設置を確認
(12)「東京カリタスの家」の活動に対する協力を了承(9・27)
(13)布教小委が「要理教育講座」を立案
(14)福祉部が、各小教区にカリタスの家の窓口をおく要望
(15)信徒協の会長・副会長を布教小委のメンバーに(11・29)

<1974年>
(16)財政委を、「財政小委貞会」と改名
(17)東京教区ニュースな教区の機関紙とし、有料制に(4・25)
(18)平和祈願祭の主催を、「布教司牧協議会内平和祈願祭実行委員会」とする(8.27)
(19)要理教育初講歴(9・13)
(20)財政小委の解散と、財政部の「財政委員会」設置(9・29)
(21)信徒協は休会中(11・28)

<1975年>
(22)使徒職団体から直接布司脇に参加する道を開いた(5・29)
(23)広報小委の解散と、広報部の「広報委員会」設置
(24)対社会小委は「対社会」とはいえ、基本的には人権擁護が軸
(25)事務局各部長は布司協に出席権をもつ。小委は布司協の、委員会は事務局の任務遂行が目的
(26)今年から「布司協」が平和祈願祭の主催者となる(6・29)
(27)小委を事務局各部の委員会に移行させる方向で検討する
(28)財政委が、「資産運用相互協力制度」を制定(7・24)
29)運営委で、典礼部を設けることとし、大司教の承認を得た
(30)布教小委は教学部ができるまで、対社会小委は部の設置に努力するということで、それぞれ小委を残す
(31)布司協が自らのために小委をつくる可能性は、どの問題についてもありうる
(32)教区運営上、事務局が弱体なので、執行部門として拡充を願いたい(9・28)
(33)「教会学校」というのは、日曜学校、土曜学校、その他の総称である(10・23)

<1976年>
(34)対社会小委は発展的解消をとげ、福祉部と社会部が生まれる
(35)布教小委は小委としてのこるが、新たに教学部を設直する
(36)社会部、福祉部に「社会委員会」「福祉委員会」を設置する
(37)教学部に直ちに委員会をつくるつもりはない(3・14)
(38)財政部が、「教会維持費研究会」を発足させる(6・27)
(39)運営委員はブロック会議に責任をもって対処せよ(7・29)
(40)ブロック会議及び会議員の任務等について新規定(9・30)
(41)運営委は教区の運営に責任をもつとはいえ、実質的な責任は事務局の各部長にある
(10・24)
(42)「教会維持費研究会」を財政部に帰属させる(12・16)

<1977年>
(43)児童教育部を「教会学校部」と改名する。ただしこれは事務局に属する部ではない(1・20)
(44)要理教育講産、使徒職研修コースは「教学部」にいれる
(45)事務局に典礼部、同郡に典礼委員会を設ける(2・6)
(46)教会維持費研究会を「教会財務研究会」と改名する
(47)「在籍不在者」とは、登録はあるが現在いない人(9・22)

<1978年>
(48)布司協の3任務(10・1)

<1979年>
(49)ブロックとの連絡を考え、会議は偶数隔月に開く(4・5)
(50)5年に1回をメドに、教区規模の集会開催に賛成(6・24)
(51)平和祈願祭はやはり8月、千鳥ケ淵戦没者墓苑で(12・13)

<1980年>
(52)「ビジョンの会」(教区の将来を考える会)の設立を承認
(53)「教区規模年中行事検討委」が合同堅信式を提案(3・13)
(54)「ビルマ委」が、11月第3日曜日を「ビルマ・デー」と決定
(55)小教区に「移動信徒係」をおくよう要請する(4・13)
見直そうシャボン
(56)教区には「日本カトリック正義と平和協議会」の、全国規模のはあるが、教区のものはない。ただ連絡係として担当の司祭が任命されている。東京に正平協を作ることについては、あせらず現に具体的に手がけていることを核に進めて行きたい。障害者や靖国では布司協内に委員会があるのでこれと連係する一方、部落や洗剤の問題とも取組んでいる。正平協設置の見込みは滑走状態!(6・19)
7月21日、五井教会で主婦20人ほどが集まり、「水を美しくしよう会」を開いた。水の汚染がおもに洗剤の使用によるものであることを反省し、石けんにかえって水を守るよう呼びかけるのが目的。 水が生物にとって必要欠くべからざるものであることはいうまでもないが、近頃はその水の汚れ方が甚だしい。河、湖沼、海と、水が豊かなわが国だけに、ひとたび汚れ出すとその被害が目立つ。海には赤潮が発生して魚が住めなくなり、アオコは湖、沼にはびこり飲料水もついにかびくさくなるという。おもに洗剤のなせる業である。急いで無リンや高級アルコール系に替えてみても、一度崩れた自然の生態系は容易にもとにもどらない。主成分の毒性がそのまま残っているからでもある。これを防ぐ方法はただ1つ、1日も早く合成洗剤と訣別し、昔ながらの石けんを使うことである。

洗濯機の普及とともに、洗剤が幅をきかせはじめてから20年あまりになる。「洗剤の使用量は文化国家のバロメーター」とばかり、洗濯機いっぱいの泡を見て得とくとしていたのではなかろうか?洗剤の「美白」は蛍光漂白剤の附着した白さに過ぎないのである。石けんは湯水によくとけ、よく汚れを落す。使用量も30リットルの水に30グラムほどですむし、泡切れもよく節水にもなる。別に石けん会社のPRをしたり、特定の石けんで商売をやっているわけではない。自然を洗剤の被害から守ろうというまでのことである。美しい水、豊かな自然、ここに真の平和があるとすればこれを守るのも平和運動だ。

▽部落問題では、独自で或いはプロテスタントを合同で「解放研究講座」を開き、また同和地区の差別の現実にふれるなど、解放運動の連帯を学習している。

<1981年>
(57)「障害者問題小委員会」が発足する(4・12)
(58)布教小委が解散(8・30)
(59)「ビジョンの会」が正式な小委員会として発足する
(60)第1回「障害者とともに考える会」を開催(10・15)

<1982>
(61)日本のカトリック教会独自の平和の日(週間もしくは旬間)を制定するよう司教団に要望することを代議員会に提案、可決
(62)召命部を設置、既存の召命委員会はこれに属す(3・22)
(63)「ピジョンの会」が布司協、ブロック会議、教会委員制度でアンケートを提案、了承
(64)西千葉小教区が、「城東」から「千葉」へ移籍(4・22)
(65)第1回日本カトリック平和旬間の教区行事として、「平和祈願祭」「映画と講話の夕べ」開催
(66)町田小教区が、「城西」から「多摩」へ移籍(9・2)

教区組織一覧-布司教関係-

ブロック会議

【任務】
1、(A)ブロック会議は、ブロックと母体とをつなぐ場となり、会議員は布教司牧に関する母体の意
見を会議に反映させ、会議の決定を母体に連絡し、その実行を推進する。
(B)会議員は、各ブロック独自の布教司牧活動の推進にあたる。
2、(A)ブロック会議は、布教司牧協議会(以下「布司協」という)と母体とをつなぐ場となり、布司
協への課題を提出する。
(B)会議員は、母体に布司協の決定事項を連絡し、その実施の推進にあたる。
【選出】
1、小教区より、司祭1名および信徒1-2名を選出する。ただしブロック会議が適当と認めるなら増員することができる。
2、修道院・学校・施設等より、1-2名を選出する。ただしプロック会議が適当と認めるなら増員することができる。また、小数区あるいは修道院から選出されたブロック会議員が兼任することもありうる。
3、使徒職団体より、1-2名を選出する。ただしブロック会議が適当と認めるなら増員することができる。どのプロック会議(数カ所でも)に属するかは団体自身が決定する。(なお、教区レベル・全国レベルの性格が強い使徒教団体の場合、布司協の承認を経て直接布司協に委員を送る道もある)
4、選出の方法は各母体に任す
【任期】
1月1日より2年間とする。再任を妨げない。
転出等やむを得ない事情で欠員となる場合は、新委員を選出する。
後任の委員の任期は、前任者の残存期間とする。
【会議】
原則として2カ月に1回を定例とする。
【運営】
代理を認める。
運営委の設置、会費の徴収等、運用の方法に関してはプロックで自主的に行なう。
【布司協メンバーの選出】
名ブロック会議は、3月20日までに、それぞれ4名のメンバーを選出して、教区事務局に提出する。

布教司牧協議会

【任務】
1、代議員会で決定きれた基本方針に基づく布教司教に関する教区運営事項の審議決定。
2、ブロック会議の活動を推進し教区レベルでの調整を行なう。
3、代議員会への提案。
【構成】
1、名ブロック選出の4名ずつ。
(事務局に提出され、運営委を経て市司協にはかり決定する)
3、その他布司協により補充され得る5名以下の者。
4、司祭評議会メンバーは被選挙権がない。
【任期】
布司協の年度を1月1日~12月31日とする。
ただしメンバーの任期は4月1日から翌々年の3月31日とする。
再任は許されるが、再々任は認められない。
メンバーのブロック変更にあたっては、メンバーの任務を終了したものとし、欠員の出たブロックから新メンバーを選出する。
【会議】
2カ月1回を定例として開催。
【小委員会他】
必要に応じ、種々の形態の小委員会等を設置することができる。

実行委員会

【任務】
布司協が承認した全教区的活動の実行。
(問題の消滅にともない実行委員会は解散する)
【任期】
定められていない。
【会議】
各実行委員会会が別途にこれを定める。

教区代議委員会

【任務】
1、教区民の意思の集約。
2、布教司牧に関する教区運営の基本方針の決定。
3、教区予算・決算の承認。
【構成】
現在までのところ、代議員会の形態に応じて毎年変更がある。
【会議】
定例は年1回(通常3月21日)臨時に開催することもできる。
【召集】
司教が召集する。

教区運営委員会

【任務】
1、布司協の議題整理及び提出。
2、布司協決定の実施責任。
3、教区通常運営の審議、決定。
(緊急なこと、または、布司協にかけるまでもないようなことの決定。なお、布司協に報告の義務をもつ)
4、ブロック会議、小教区などの連絡をはかる。
【構成】
1、布司協メンバーで各ブロックごとに1名ずつ推薦された者、合計8名。
(布司協で承認、決定)
2、事務局の名部長。
【任期】
2年。
再任を妨げない。
メンバーのブロック変更にあたっては、任期終了したものとし、欠員の出たブロックから新メンバーを。
【会議】
布司協開催の約10日前が定例。

教区事務局

【任務】
1、教区運営業務の執行。
2、教区運営の窓口。
3、日本カトリック司教協議会名委員会との連絡。
【任期】
定められていない。
【会議】
各担当において定める。
【各部】
(1)総務部
(2)司教秘書
(3)財政部
(4)広報部
(5)教学部
(6)社会部
(7)典礼部
(8)福祉部
(9)召命部

各部委員会

【任務】
事務局の部に属し、名部を助けてその活動を円滑ならしめる。
【任期】
各委員会により異なる。
【会議】
各委員会で別途これを定める。
▼教区には他に司祭評、信徒協、教会委連、修女連などがある。

【布司協議事要旨】

第9回(9月2日)

1,「中央協を支える会」で、代表・伊藤保氏から説明を聞く。
(1)中央協議会の運営にはいろいろ問題があり、資金だけでも大変。せめて建築費用として7億円を信徒の手で集めたいというのが骨子。
(2)この会は教区信徒有志が作り「あんじろう運動」を提唱。
(3)賛同者だけの運動でもなく、中央協土地売却反対運動でもない。
(4)全国的組織にするつもりだが、東京では布司協が中心になって協力していただけると思う。

2、諸報告(主なもの)
(1)代議員会検討小委員会から。6月26日。初回会合、検討継続。
(2)典礼部から。10月3日2時。「生きた典礼を目指す集まり」(吉祥寺教会)

3、布司協・ブロック会議・母体(特に小教区)の結びつきで。
「ビジョンの会」が行ったアンケートの中間報告をひらき、これを基に話し合った。次回継続。

司祭の家建て前

東京教区「司祭の家」は今年4月下旬から建築をはじめていたが、9月13日、上練式を行った。なお募金も順調。いっそうのご協力を。

信教の自由で集い

教区靖国問題実行委は7月17日、日本カトリック正義と平和協議会と共催で「自衛官合祀違憲判決」と「戦没者を追悼し平和を祈念する日」について、宗教の自由を考える会を開いた。

ビルマ日近づく

今年のビルマ・デーは11月21月(第3日曜日)である。ビルマの現状は我われには把握しにくいところであるが、「召命」は非常に増加しており、神学生養育のために募金することは大変な意識がある。当日は特に祈りと献金をお願いしたい。なおビルマは日本の何十倍もの価値があるので、たとえ僅かな献金であっても有利。

写真集「ゼノさん」

昇天して半年、あの笑顔が再びよみがえった豪華本。中央出版刊。
価3200円