東京教区ニュース第38号

1981年09月01日

平和祈願祭 千鳥ケ淵熟躊の500人 教皇アピールに応えて

教区は8月8日、千鳥ケ渕戦没者墓苑で、布教司牧協議会主催の平和祈願祭を行なった。今年は教皇の平和アピールもあり、また内外でも平和の危機がさけばれているおりから、参加者は約500人と昨年を上回る数になった。式次第は大体昨年と同じだったが、終りに教皇のことばの一部を流した。ぐずついた天気で主催者をやきもきさせたが、はじまってからは空には薄月も。実行委を中心とした布司協委の大出動、青年をふくむ城東ブロック委の大量奉仕、白柳大司教の迫力ある説教などが心づよかった。

六角堂の地下に
▽第1室-北辺・本土及び週辺・沖縄・硫黄島【納骨9,355】(戦没者数239,900)以下標示これに準ず。▽第2室-中国(旧満州)【37,594】(476,000)
▽第3室-中国(除満州)・台湾・朝鮮【39,254】(521,300)
▽第4室-フィリッピン【86,209】(498,600)
▽第5室-(1)マレーシア・ベトナム・インドネシア【8,291】(64,000)
(2)ビルマ・タイ・印度【35,575】(166,900)
▽第6室-(1)中部太平洋・ニューギニア・ソロモン諸島・ビスマルク諸島【99086】
(530,900)
(2)ソ連本土【37】(52,700)
計【315,383】(2,121,000)(1981・5・25現在)

叱咤する大司教

教区恒例の平和祈願祭は、本年はとくに広島での教皇の平和アピールに応える一環としても行なわれた。降ったり止んだりのあいにくの天気で出足をにぶらせたが、それでも開会時刻にはすでに400人をこえていた。6時30分、主司式者白柳誠一大司教と7名の共同司式司祭で第一部のミサがはじまった。聖書朗読は布司協議長。
「一体人類は本気で平和を望んでいるのか!」という大司教の説教はほとんど叱陀に近<、平和への努力を心から訴える話に、会場からはしわぶき一つきこえなかった。共同祈願では杉浦茂氏(中央)など各ブロックの代表4名が短い祈りでこれに応えた。雨は完全にあがっていた。平和のための催しの費用や基金にと訴えた献金は、総額14万4,005円(昨年より約2万5,000円増)。
奉納を終えるころから闇もいよいよ迫り、めいめいが手にしたローソクに火を入れる。遠くから見ると光の波、ほのおが微風にゆれて婦人たちのあいだからは思わず感嘆の声。参加者のほとんどが聖体を拝領し、そのあとの「平和のあいさつ」は心なしかいつもとはひと味ちがっていた。
第2部は献花から。マリアナ方面で兄を亡くしたという青沼富見男氏(洗足)など城南ブロックからの4名が遺族を代表して花束を献げた。菊の白さが闇にひとしおくっきり。つづいて光の行列。参列者は4列となり、ローソクを片手に聖歌をうたいながら納骨堂の外縁をゆっくりと廻る。今年は歌に「やさしきみ母」も加わった。行列のなかではマザーテレサ直属の外人修道女3名の姿がとくに目をひいた。終りに教皇平和アピールの一部をきく。「神よ、私の声をきいて下さい!」肺腑をえぐるような教皇の叫びに、参列者おのおの平和への努力を心に誓い、7時45分散会した。

骨身削った裏方

【実行委員会】
大柳博士(中央)角田大(城東)渡部真(城南)阿部賢晤(城北)伊東清寛(武蔵野)加東泰彦(多摩)
青木静男(事務局)加藤英一(オブザーバー・城東)
▽司会・大柳博士
▽指示・青木静男
▽受付・藤田燿也(中央)田中精一(城北)池田政朝(千葉)村田増雄(同)
▽設営・角田大、加藤英一
▽献金と場内整理・伊東清寛、加藤泰彦
▽献花係・堀尾卓司(城北)渡部真
▽主司式者・白柳誠一大司教
▽式長・徳川泰国(事務局)
▽旧約聖書朗読・津賀佑元(城北)
▽使徒書朗読・小林章雄(城東)
▽共同祈願・杉浦茂(中央)矢作健之助(城東)渡部真(城南)里見義勝(城北)
▽奉献・鎌倉勲勇(城東)
▽聖歌隊・シャルトル聖パウロ修道女会有志
▽オルガニスト・Sr.清水恵美子(同会)
▽オルガン提供・関口教会
▽献花・木邨健三(目黒)秋山芳慧(同)青沼富見男(洗足)青沼晴子(同)
▽平和アピール放送準備・伊東清寛
▽同リーフレット提供・女子パウロ会
▽式次第小冊子印刷・徳川泰国
▽腕章書き・中村慶一(関口)
▽撮影・熊沢剛(本所)
▽報道・教区広報部、カトリック新聞社
▽城東ブロック奉仕団統轄・村岡昌和(城東)
▽協力業者・花和(花束と花篭)電久社(音響設備一式)

その夜こぼれ話

(1)本年のハイライトは大司教の説教。帰途、参列者は異口同音に、「全教区民にきかせたかったー」
(2)天候には主催者側が全くほんろうされた。椅子を並べたりひっこめたり。最後の英断で例年通り。
(3)主催者として当然かも知れないが当夜の布司協委の出動は16名。
(4)会場設営では青年13人を含む城東ブロックの奉仕団30人が目立った。各母体から2名手伝いとして出し、名簿を事務局に提出!という協力呼びかけの徹底ぶり。同ブロックの名世話役・村岡昌和(赤羽)と特に平和祈願祭に熱意を燃やす加藤英一(町屋)両氏の力に負うところが大きい。
(5)ローソクは、去年のよせ集めにくらべれば新品で結構だったが、パンフレットを持てば両手がふさがる、少し強い風が吹けば消えるなどもう一工夫が必要。
(6)大司教が獅子吼しているその同時刻にお膝元のカテドラルでは町会主催の盆踊り、関口の信徒も讃助出勤を余儀なくされる。祈顔祭へといっても心情的に無理。来年からはぶつからないようにする-とは不参加残念?組の弁。

こちらも「追悼」?

靖国神社をめぐる自民党の動きがめざましい(1)首相・閣僚らの公式参拝を実現する(2)8月15日を「戦没者追悼の日」(仮称)として閣議決定する-の2点だ。政府はこのうち「公式参拝」については憲法上の疑義がなお否定できないとの従来の立場を堅持する方針だが、「追悼の日」制定の閣議決定は前向きに検討するため「有識者による第三者機関」を新設する意向を固めた。
「公式参拝」の当面の実現要求は蹴ったとしても、「追悼の日」閣議決定要求については、党側に公式参拝ひいては国家護持の突破口としようというねらいのあることを承知の上で受け入れた以上、「右傾化でまた一歩」の批判を招くことは必須である。
しかし、「戦没者追悼の日」制定が、なぜ靖国神社公式参拝と国家護持の布石になるのだろうか?実質が、「英霊をしのぶ日」にほかならないからである。政府が考えている戦没者とは靖国のみたまであり、追悼とはむしろ顕彰である。有識者による諮問委を設け、意義、名称、日時、内容など国民が納得できる形にしたいとしているが、有識者といっても推進側が一方的に選ぶものであって見れば言うことやねらいは初めからわかっている。
制定が実現すれば「追悼の日」だからという理由で、そこに戦没者が記られているからという理由によって、首相・閣僚は堂々と靖国神社に参拝するようになるであろう。それに参加する場合は、もう私的、公的参拝等の議論の対象とならないのではないか。政府主催で行なっていた「全国戦没者追悼式典」が会場を武道館としていたのに対し、靖国神社を会場とする危険性も生じてくる。「靖国公式参拝への外堀は埋まった」といわれるのはこのためである。
あえて政府に決めてもらわなくとも、国民は真実をもって戦没者を追悼している。宗教者ならなおさらである。国には他意がある。「戦没者追悼の日」を設けることは戦争を美化し再び戦争犠牲者を生み出すことにつながる。「戦没者の追悼」を、軍備増強と戦争準備を始める愚かな政策の具にしてはならない。

平和の望み本気か

第二次世界大戦が終って36年も経とうとしている。人びとは経済的な繁栄を享受するようになり、互に利益をこうむるために世界はあたかも一つのまとまりを見せるかのようだ。しかし人類恐ろしい経験をした後でも国と国との争いは絶えるどころかかえってその数を多くしている。
いかに多くの人が平和を叫び、そのために力をつぐしたか-その声を大きくすればするはど反比例のごとく平和は遠のいてゆくような感じさえする今日このごろである。国連では軍緒をテーマとして世界が特別の1年を過すよう提唱しているが、これもまた、今日ほど平和がおびやかされている時はないからにちがいない。
一体人類は本当に平和を願い、平和への努力をしているのだろうか?真の幸福を望もうとするなら今こそ全き改心が必要だ。平和を求める真剣な努力を重ねなければならない時が今きていると思う。平和は単に戦争がないことや、武力の均衡を保っている状態を意味するものではない。平和はもっと積極的なものであり、常により完全な正義を求める人間が、実現してゆかなければならない秩序のみのりである。
教皇もいうように、戦争は人間が作るものであり、従って平和も作り得るものである。いま地球上の悪魔の兵器は広島型原爆の100万個分、といわれる。戦争への危険を作る人びとの努力は甚大なものであるから、彼らに上回る努力をしなければ平和は到来しない。被爆地広島での教皇平和アピールは特に日本の教会への期待である。
世界の随所に戦争への危険が見られるのは確かだが、我われはそれを武力や武器で鎮めるのではなく英知と心によって解決しなければならない。また世界の指導者たちにこの英知の恵みが与えられるよう祈らねはならぬ。戦争の予防のために武器を備えることは、人間な堕落させる考え方である。
もちろん完全な意味での平和は世のおわりまで実現しないであろう。暴力と憎しみの象徴である狼は世にはびこるであろう。しかし小羊であるキリスト者は愛の教えをもってこの狼の中に入ってゆかなければならない。そして生きることを通して真の平和と幸福の意味を、人びとにつたえなければならない。そして同時に平和のために祈らねばならない。「幸いなるかな平和をもたらす者、その人は神の子と呼ばれるであろう。」「ある家にはいるならば、その家に平安があるよう祈りなさい。」この神ご白身のことばこそ、我われをして平和の運動と祈りにかりたてる原動力である。教皇があれほど強く訴えかけ、日本の教会に期待しているとき、とくにこの言葉の意味の深さ、重さを感ずる。
今日ここに、例年のように相つどい、すべての戦没者、戦災者の霊魂の安息を願おう。また彼らが願ってやまなかった其の平和、我われも世界もひとしく求めてやまない平和が、一日も早く実現するよう祈ろう。そして我われが平和のために働く勇気を、神が与えてくれるよう、心を新たにし、一つにして祈るようにしよう。
(東京大司教・白柳誠一)

千鳥ケ淵戦没者墓苑とは?

この墓苑には、主として太平洋戦争でなくなった軍人、軍属ら220万の戦没者の遺骨のうち、政府等が外地から持ち帰り、遺族に渡すことのできなかった約31万5千体(現在)を納めてあり、全戦役者を象徴するものである。
墓の本屋である六角堂には、六つの地下室内に30の遺骨壷を安置し、その全体を象徴する遺骨を金銅の壷に入れて中央の陶棺に納めてある。わが国の「無名戦士の墓」と称してよい。

ひろば 戦争の轍

「3百万余の尊い命が失われた失われたこの15年間の戦争の過去を、今ふり返ることによって、教皇様のお言葉の通り、将来に対する責任を担う力と英知とが、私たちに与えられますように。」
教皇様が、あの平和アピールの中で幾度も繰り返されたお言葉をお借りして、私は今年の平和祈願祭に、城南ブロックを代表し、この共同祈祷文を捧げた。
1931年9月18日、日本軍の手によって強引に、満州の片隅で最初のはずみを与えられた戦争の車は10年後にはもはや押し止めようもない加速度を得て、太平洋戦争へと突入し、広島・長崎の最悪の悲劇をもって、15年目にようやく停止した。その15年間に日本軍人の戦死者は約230万、国外での民間人戦没者30万、国内での戦災犠牲者は、10万余の原爆犠牲者を加えて約50万、合わせて310万の命がこの車の轍の下で圧殺された。
戦後36年、日本の国の内外で再び不吉な車がきしみ始めた。まるで50年前と同じようだと、当時を知る人々はささやきあっている。なぜあの時、車のきしみを押し止めることができなかったのか。80年代の将来に対して責任を担う私たちは、50年前の過去を振り返り、車のきしみに耳を澄ませて今度こそいち早くその回転を抑えなければならない。
その緊急性を訴えられた教皇様の平和アピールの切実な叫びにもかかわらず、日本のカトリック者は果してどれだけ現実の厳しさを感じているだろうか。「私たちは本当に平和を願っているのでしょうか?」平和祈願祭での自柳大司教様の絶叫にも等しいお言葉を、私は反省の痛みと共に聞いた。主が私たちに与えたもう「平和の知恵と正義の力と兄弟愛の喜び」を、今行動に表わさないならば、私たちの信仰とは一体なんなのだろうか。
(上野毛教会・渡部真)

あした葉

社会司教委員会は、平和と現代社会に対する日本のカトリック教会の考えについての声明の中で、日本国第九条を「時のしるし」をしてうけとめ評価している
▽ここに戦後間もないうちに、文部省がつくった中学1年生の教科書「あたらしい憲法のはなし」がある。幼い文体ではあるが、戦争の無意味さを訴え平和の尊さを謳いあげている。30年たった今、同じ政府が、いかに憲法にさからっているか、読み返せば明らかになるだろう
▽『-そこでこんどの憲法では、日本の国がけっして二度と戦争をしないように、2つのことをきめました。その1つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戦争をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんはけっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことをほかの国より先に行なったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません
▽もう1つは、よその国と争いごとがおこったとき、けっして戦争によって、相手をまかして、じぷんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぷんの国をほろばすようなはめになるからです
▽また、戦争とまでゆかずとも、国の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戦争の放棄というのです。そうしてよその国となかよくして世界中の国が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の国は、栄えてゆけるのです。みなさん、あのおそろしい戦争が、二度と起こらないように、また戦争を2度と起こさないよにいたしましょう。』
(S.A)

靖国反対 司教・毅然たる態度 地道なる努力・信徒

教区は、7月18日午後、カトリックセンター・ホールで、布教司牧協議会内靖国問題実行委員会・日本カトリック正義と平和協議会共催、浦和教区靖国問題を考える会協力のもとに、「靖国法案反対の司教団声明と私たち」と題して集会を開いた。昨年10月、司教団は、靖国神社国営化に関する法案について反対を表明し、内閣総理大臣鈴木善幸氏に、信教の自由がおびやかされることのないよう善処を求める要望書を提出した。この司教団声明の趣旨について、特にカトリックの信仰と法案反対がどのようにかかわっているのか、直接司教から聞きたいというのは、かぬてからの教区民の声でもあり、教皇の平和アピールに応える道にもつながる、教区としての活動の1つでもあることから開催のはこびとなった。まず、声明は信徒の運動の中で生れてきたものとして、東京と浦和における反対運動の歴史の報告、ついで司教の話、質疑・応答。自柳誠一東京大司教、相馬信夫日本カトリック正義と平和協議会担当司教-と、二人の司教を迎えたわりには参加者50人の集まりであったが、両司教の発言はきわめて断言的、英雄的なものであった。

運動のあゆみ 東京・浦和

▽東京教区布教司牧協議会内靖国問題実行委員会(津賀佑元)
司教を前に公の場で、運動史を述べることに意味がある。年表式に示し露和から特に意義のあるものを拾えば-(1)10年前の運動の発端は、プロテスタントの行動に開眼されたことによる(2)右傾化の当初の兆しである法案に、司祭有志が座り込みで反対した姿の精神的影響は大きい(3)教区大会で検討され、法案反対が代議員会で圧倒的多数で可決。対社会性は画期的。以後の教区活動方針となる(4)推進機関として布司協内に靖国問題実行委員会ができる(5)法案反対の国会請願と書名運動は教区が公に政治活動なした歴史的なもの(6)浜尾司教が、「神社参拝」についての聖座の判断との関連で、法案に反対する教会の姿勢を教区ニュースによって説明(7)衆院内閣委の強行採決に抗議し、センターで100人を越す最大集会(8)ほか津地鎮祭違憲訴訟、自衛官護国神社合祀裁判に関わる(9)正平協とも連係を。

▽浦和教区靖国問題を考える会(山下哲生)
東京教区にくらべれば昨年の10月からと、歴史はきわめて新しいが、信徒レベルで「交流会」を通して「靖国問題」を地道にピーアールしている。いくつかの視点をあげてみると-(1)浦和での活動は韓国のキリスト者の戦いによって触発された(2)昨年秋、金大中氏のために祈る会を大宮教会で開き各方面に呼びかげたが、信徒の関心は予想外に深く、これらの運動を信徒レベルで導進めるための第一歩として「交流会」をつくることが即座に決った(3)浦和は東京とちがい教区の行政面からも、他小教区、他県の信徒との交流が困難で事情がわからなかったが、危機意識と使命感をもつものがかなりいる(4)「交流会」は靖国問題に限らず、社会問題について発言する権利が保証される場であり、鳩合の核-との印象は既に教区内にも出はじめている(5)底からの吹き出しであるだけに足腰は意外と強い。

声明の真意活かせ

▽理論面から(東京大司教・白柳誠一)
このような会をもてたことを嬉しく思う。反対運動は全教会あげてせねばならぬことだが、一部の人たちがあたかも代表してやって下さっているうで礼をのべる。(1)反対理由に「信教の自由」をつかったわけ-信仰に反するからということも理由として明記すべきだったかも知れないが、反対する相手に崇も最も通じやすい表現をあえて使った。このなかにカトリック信仰の根本的性格がふくまれている。また信教の自由、政教分離という言葉を使うことによって、憲法違反であることを訴える意図もあるが、今は詳しくは話さない。(2)人間の本性から-宗教的真理と善を究め求めることは理性と自由意思を備えた人間の尊厳にかかわることだ。信教の自由は人間の本性に基くもので、いかなる外的権力をもってしてもこれを助けこそすれ、妨げることはできない。(3)神の啓示から-これこそ信仰上の理由の根拠である。なるほど聖書には信教の自由をいう言葉がめ明記されているわけではないが神が前述の本性を備えた人間になったこと自体すでに啓示であり、何よりも「聞く耳をもてる者は聞け」-など、教えを腕づくで守らせようとはしなかったキリストの態度にこれを見ることができる。(4)反対運動の宣教的意義-信教の自由が信仰の根本的性格であって見れば、これを守り、おびやかすものに反対することは、宣教の使命を果して行くこと以外の何ものでもない。靖国神社法案反対にかかわることは、一般的な福音の宣ペ方ではなく、平和を旗印とするキリスト教宣教の具体的のケースとしてすばらしい機会である。

▽実践面から(日本カトリック正義と平和協議会担当司教・相馬信夫)
正平協の国内委員会において、全国レベルで「靖国問題」を取り扱っているが出足はおそかった。司教団が声明書を出したからといって直ちに総力が決集されるわけではない。いかにしてそれを末端まで浸透させるかが次の課題である。そうでないと声明書が宙に浮く。信者一人ひとりが自分のものとしてうけとめ、それについて話し合う真面目さが必要である。
自分のことといっても、個人の幸福が危くなるからという理由ではなく、社会的正義にふれることこそ信仰の根本にかかわる-という自覚からである。宗教のもつ社会的使命をよくわきまえ、福音という、人が耳を傾けてくれるような基盤にたって、政治、政策の見張り役とならねばならない。
「愛国心」の表現も時代とともに変るもので、今日では「靖国参拝」ではなく「平和のために努力」することこそ「愛国」ではなかろうか?これらのことを一人ひとりの信者に徹底させるためには無精をしてはならぬ。何よりも有効なのは教会内の文書活動だ。

質疑・応答

▽聖座通牒(1936年)と今回の司教団声明との関係は?
通牒は、「神社参拝で要求される敬礼は愛国心と忠誠を表わすもの」とする文部省の回答にしたがって「神社において国家的儀式が行なわれる場合、忠誠と愛国心の表明を目的とするものである限りカトリック信者も他と同様に参列してよい」といっているだけ。教会は文部省に靖国神社が宗教か否かを尋ねたのではなく、聖座の判断も同神社の宗教性には直接ふれていない。したがって今日の「靖国神社問題」とは質を異にするものである。なお、「神社参拝」の問題を考えるときは、その時の教会や社会の状況の中で-という視点を忘れてはならない。当時でも、もし敬礼を宗教行為として強要されたなら迫害される覚悟を全教会に発表する決意でいた。司教団声明は同神社の宗教性を前提とし、信教の自由と政教分離に背くも申こしてその国営化に反対する啓日のものである。
▽たとえ憲法が改められてても国営化反対してゆくのか?
改悪であるなら、あくまで反対する。
▽通牒が生きているなら、再び国家から要求さえればしたかうのが?
司教団も同じだと思うが、今度は毅然とした態度をとるべきだ。
▽首相・閣僚の公式参拝など、既成事実の積みかさねに対して、別の講義をているのか効果的申し入れしてないように煮えたなうが、司祭・信徒に徹底していないように見えるが?
司教といえども強要・命令はできない。足を使って一人ひとり説得得するよりない。文書や学習会な道にやってゆくべきだ。

東京教区組織一覧

ブロック会議

【任務】
1、(A)ブロック会議は、プロックと母体とをつなぐ場となり、会議員は布教司牧に関す
る母体の意見を会議に  反映させ、会議の決定を母体に連絡し、その実行を推
進する
(B)会員は、各ブロック独白の布教司牧活動の推進にあたる。
2、(A)ブロック会議は、布教司牧協議会(以下(布司協」と略す)と母体とをつなぐ場
となり、布司協への課題を提出する
(B)会議員は、母体に布司協の決定事項を連絡し、その実施の推進にあたる。

【選出】
1、小教区より、司祭1名および信徒1〜2名を選出する。ただしブロック会議
が適当と認めるなら増員することができる。
2、修道院・学校・施設等より、1〜2名を選出 する。ただしブロック会議が適
当と認めるなら増員することができる。また、小数区あるいは修道院から選出
されたブロック会議員が兼任することもありうる。
3、使徒職団体より、1〜2名を選出する。ただしブロック会議が適当と認める
なら増員することができる。どのブロック会議(数カ所でも)に属するかは団体
自身が決定する。(なお、教区レベル・全国レベルの性格が強い使徒職団体
の場合、布司協の承認を経て直接布司協に委員を送る道もある)
4、選出の方法は各母体に任す。

【任期】
1月1日より2年間とする。再任を員の任期は、前任者の残存期間とする。

【会議】
原則として2ヶ月に1回を定例とする。

【運営】
代理を認める。運営委の設置、会費の徴収等、運用の方法に関してはブロックで自主的に行なう。

【布司協メンバーの選出】
ブロック会議員は、布司協メンバーの選挙権と被選挙権を持つ。各ブロック会議は、3月20日までに、それぞれ4名のメンバーを選出して、教区事務局に提出する。

布教司牧協議会

【任務】
1、代議員会で決定された基本方針に基づく布教司牧に関する教区運営事項
の審議決定。
2、ブロック会議の活動を推進し教区レベルでの調整を行なう。
3、代議員会への提案。

【構成】
1、各ブロック選出の4名ずつ。
2、教区レベル・全国レベルの性格の強い使徒職団体から選出され布司協の
承認を得た者。(事務局に提出され、運営委を経て布司協にはかり決定する)
3、その他布司協により補充され得る5名以下の者。
4、司祭評議会メンバーは被選挙権がない。

【任期】
布司協の年度を1月1日〜12月31日とする。ただしメンバーの任期は4月1日か翌々年の3月31日とする。再任は許されるが、再々任は認められない。メンバーのブロック変更にあたっては、メンバーの任務を終了したものとし、欠員の出たブロックから新メンバーを選出する。

【会議】
2ヶ月1回を定例として開催。

【小委員会他】
小委員会、諮問委員会を設置することができる。

教区運営委員会

【任務】
1、布司協の議題整理及び提出。
2、布司協決定の実施責任。
3、教区通常運営の審議、決定
4、ブロック会議、小数区などの連絡をはかる。

【構成】
1、布司協メンバーで各ブロックごとに1名ずつ推薦された者、合計8名。(布司協で承
認、決定)
2、事務局の各部長。

【任期】
2年。再任を妨げない。メンバーのブロック変更にあたっては、任期を終了したものとし、欠員の出たブロックから新メンバーを。

【会議】
布司協開催の約10日前が定例。

小委員会

【任務】
代議員会の決定事項およびこれに関連する項について、その具体案を作成し、布司協に提出する。

【構成】
1、布司協委員の志望によって、メンバー3名以上で構成する。
2、布司協委員以外からも参加することができる。その場合、原則として1人1小委とし、布司協の承認を得る。

【任期】
布司協委員はその任期中、他は布司協の承諾を得て継続しうる。

【会議】
各小委員会で別途定める。

実行委員会

【任務】
布司協が承認した全教区的活動の実行。(問題の消滅にともない実行委員会は解散する)

【任期】
定められていない。

【会議】
各実行委員会が別途にこれを定める。

教区代議員会

【任務】
1、教区民の意思の集約。
2、布教司牧に関する教区運営の基本方針の決定。
3、教区予算・決算の承認。

【構成】
現在までのところ、代議員会の形態に応じて毎年変更がある。

【会議】
定例は年1回(通常3月21日)臨時に開催することもできる。

【召集】
司教が召集する。

教区事務局

【任務】
1、教区運営業務の執行。
2、教区運営の窓口。
3、日本司教協議会各委員会との連絡。

【任期】
定められていない。

【会議】各担当において定める。

【各部】
(教区大会代議員会議案書に列挙された部)
(1)総務部(庶務を含む)
(2)財務部
(3)渉外部
(4)広報部
(5)教区民部(教区民の相談の窓口ともなる)
(6)教学部
(7)社会部
(8)福祉部
(9)司教秘書部(教会関係の仕事、結婚問題の法的手つづきなどをふくむ)
現存する部
(1)総務部
(2)司教秘書部
(3)財政部
(4)広報部
(5)教学部
(6)社会部
(7)典礼部
(8)福祉部

○「教会学校部」は教学部に属し独立した部ではない。

各部委員会

【任務】
事務局の部属し、各部を助けてその活動を円滑ならわしめる。

【任期】
各委員会により異なる。

【会議】
各委員会で別途これを定める。○規約の最近の変更は、布司協の定例会議が、1ヶ月1回から2ヶ月に1回になったことである。

布司協議事要旨

第1回(4月12日)

1、議長団選挙。議長・津賀祐元、小林章雄。(次点・藤田燿也)
2、障害者問題小委員会設置。本年の国際障害者年をめざし、昨年度、布司協に検討準備委が設けられたが正式の小委員会としてJ・シュバリエ(城北)阿部泰久(中央)杉田栄次郎(城南)山口英一(ボーイスカウト)金沢恂(心の灯)と三好満(福祉部)の8名で発足した。
3、報告。福祉部から各主任司祭へ、次の内容のお願いの手紙を送った。(1)各小数区で障害者問題について話をする機会を(2)各小教区所属の障害者紹介(3)障害者の家族との話しあい。

第2回(8月18日)

1、「靖国法案反対の司教団声明と私たち」という集会の開催と協力依頼を提案。可決。
2、司教を中心とした集会。テーマを召命にしてはという意見もあり、召命委がおしすすめる気持ちがあるなら具体策をほしい。
3、婦人同志会か直接布司協にメンバーを送る件。意義なし。新谷太佳子委承認。
4、その他。(1)障害者福祉の日の設定を計画。(2)召命委-教区内の召命に関する会を神学生育成で献金。(3)ビルマ小委-現状現状説明供給。ビルマのPR文を小教区報に。(4)教皇来日の時の会計報告。

第5期布司協委員(◎は議長、○は運営委)

【中央】○阿部泰久(関口)藤田燿也(同)大柳博士(麹町)都築康明(築地)
【城東】◎小林章雄(船橋)○古川和雄(亀有)下山正義(本所)角田大(足立)
【城西】○掘尾卓司(成城)岡田啓一(麻布)斎藤巍(町田)松山昭子(扶助者聖母会)
【城南】○渡部真(上野毛)杉田栄次郎(大森)小山広美(蒲田)
大木冶子(聖心侍女会)
【城北】◎津資佑元(豊島)○田中精一(板橋)阿部賢晤(下井草)
J・シュバリエ(秋津)
【武蔵野】○伊東清寛(吉祥寺)稲川保明(高円寺)西野良明(同)
星島啓子(N・ノートルダム修道女会)
【多摩】○加藤泰彦(立川)古川正弘(豊田)山田淳(小平)}
【千葉】○D・パドルノス(佐原)池田政朝(千葉寺)沼倉研史(同)村田増雄(同)
C・ベルムイ(聖マリア修道女会)
【使徒職団体】山口英一(ボーイスカウト)金沢恂(心の灯)新谷太佳子(婦人同志会)

教皇訪日会計

教皇来日にともなう教区扱いの収支決算は左の通りである。
【収入】 献金 62,923,426円(小教区、修道会、施設等)入金 7,812,710円(ワッペン引当)利子235,804円合計70,971,940円
【支出】後楽円教皇ミサ関係費50,428,228円カテドラルでの諸集会関係費6,877,980円若人の集いPRその他の費用1,033,612円雑費4,626,044円合計62,965,864円差引残金8,006,076円(この残金は、広報委発行のパンフレット販売に対する税金が未定のため、その引当として保留中)他に、後楽園のミサ献金が、23,920,184円あり、教皇来日記念基金として積立てた。(財政部)

ボランティア講座

▽ねらい 自分と家庭か踏み出し、助け合う方法を学び実践する
▽日時 9月19日〜11月7日(除10月10日毎土曜日)13時半〜16時(9月19日、11月7日16時半迄)
▽見学実習先 小豆沢病院、白十字ホーム、障害者宅
▽定員 30名
▽対象 問わず
▽費用 3,500円(学生1000円安)
▽場所・照会 東京カリタスの家
〒112文京区関口3-16-15 ℡947-9365

部落解放を研究

▽ねらい 同和地区木下川の差別の現実にふれ解放運動を学習
▽主催 カトリック・プロテスタント合同部落解放研究講座
▽呼びかけ人 相馬司教・岸本牧師▽内容訪問、夕食、祈祷・交流会等
▽集合 9月9日(水)13時30分小岩教会
▽定員 40名
▽照会先 〒167杉並区本天沼2-1-11伊藤修一 ℡399-0613

神の汚れた手公演

▽期間 10月7日〜28日
▽開演 昼1時15分、夜6時15分
▽料金 3000円(学割500安)
▽前売 俳優座六本木4-9-2℡405-4743、Pガイド