東京教区ニュース第39号

1981年12月01日

障害者年終わり⇒活動始まる
理解は実践から
息長い取り組みに教区本腰

教区は、11月29日午後、大森教会で布教司牧協議会主催のもとに「障害者問題を考える会」を開いた。参加者約80人。教会の障害者とのかかわり方については、かねてから多くの問題があったが、今年は「国際障害者年」でもあることから、春の教区代議員会でも障害者問題をとりあげ、今後のあり方を考えなおす出発点とした。これをうけて布教司牧協義会内には実践のための推進機関として障害者問題小委員会が設けられ、活動が(1)1年だけのお祭り騒ぎに終らぬよう(2)全教区のものとなるよう、企画には気を配った。今回の催しが「国際障害者年の教区行事」という見方からは、あまりにもおそすぎ、場所も中央でない―という声も聞こえたが、活動を永続的なものとし、教区全体への皮切りにするということこそが、真のねらいであった。

考える会に80名

集会は定刻をややすぎた2時15分、山口英一氏(布司協内障害者問題小委)の司会で始まった。まず金沢恂氏(「心の灯」会長)が開会の挨拶、「おそまきながら教区規模の第1回の集会として、パネル・ディスカッションをやり皆で障害者の問題を考えようということになった。年をとれば人はみんな障害者になる。一部の人間の問題ではなく、自分の問題としてとらえねばならぬ」と述べた。

つづいて杉田栄次郎神父(障害者問題小委・大森教会主任)が挨拶し、教会は障害者問題を実践的にとらえることが肝要であり、障害者と共に手をとりあって歩いてゆくべきことを強調した。

パネラーは 穂坂由喜男(国立職業リハビリテーションセンター・職業適用課長)
日原一(国立多磨療養所全生園・障害者代表)
塩田愛子(品川区肢体不自由児者父母の会会長・親代表)

【穂坂】
(1)統計的な数は配布した資料でわかると思うが、日本には障害者が約450万人お
り、障害は高齢化、重度化している。
(2)障害者の問題を扱う場合には、そこで使われる言葉(概念)を定義するなどして正
確に理解することが先決である。
(3)すべての障害者にとって共通の壁は、いぜん偏見、差別、無理解などの精神的
なもの、環境の不備など物理的のものである。
(4)障害者を理解するということは、その人個人を理解するということではない。障害
をもつ人の問題の解決は全体的に考えられるべきで、個別の特殊問題として取り扱
われてはならない。
(5)逆に障害者個人の能力を見ないで、グループ化して処理するようなことがあって
はならない。

【日原】
(1)ハンセン氏病にともなう視力視力障害者としてほぼ40年、世の人びどの温い目、
冷たい目、さまざまの ことを経験したが、最後は神に出合い、その愛に満たされて
感謝の毎日を送っでいる。
(2)しかし達観による個人の解決と、社会問題としての解決とは別のことである。ハ
ンセン氏病にかぎっていえば、かつて国のとった仕打ちは強制隔離撲滅政策の一
言につきる。人権無視もはなはだしく、ただ法律 によって一方的に運ばれた。そ
の点では今昔の感がある。
(3)障害者に対する偏見と差別は、ひとえに問題についての無知からくる。再びハン
セン氏病に例をとれば、遺伝するなどという誤解はいうにおよばず、伝染も乳幼児期
に、発菌母乳と濃厚接触することにかぎられ、確率は1万人に1人である。しかも特
効薬の相つぐ発見によって、この病気は今ではほとんど全治する。しかし理解の乏し
さから故なく障害者を忌避する例はあとを絶たない。

【塩田】
(1)局所的には障害もさることながらとくに脳性マヒ児の親はいつまでも会からぬけら
ず、行政面でも手がやける深刻な問題である。
(2)先天的脳性マヒと宣言されたときは目先がっまくらになったが、その子のもつ力
の最大限を引き出すように努力した。
(3)本人は就学を希望するまでに至ったが、受け入れ側は概して冷淡であった。
(4)施設で大切にされたいと思う親もいるが、障害者ば一般の地域の中で皆と共に
生活したいと望む場合が多い。この意志を優先すべきである。
(5)親として、自分は不幸だと思ってはならず、思わない。真に気の毒なのは本人だ
が、気の毒だなどというのでな<、ととのえてやれば、つっぱって生きてゆくところに 意味がある。

最後のしめくくりとして三好満神父(事務局福祉部)が閉会の挨拶、「障害者年はむこう10年つづくと考えている。教区の活動もほんの始り出しだ。こんご各ブロックをもちまわって、この種の会が開かれることになろう。いずれにしても、自分の孝えで、自分のこととしてかかわり、互いにわかちあう機会としたい」と述べた。

教区の組織(4)

福祉部は教区事務局の中の一部門である。教区内の福祉の諸問題を検討し,必要な事柄があれば計画し且つ実行すると共に、布教司牧協議会などの組織を通じ、あるいは直接に、各地域への窓口である小教区教会と共に福祉的活動を推進していく部門であろうかと思う。まだわからないこと、やりたいことが沢山あっても、経済的且つ能力的に出来ないことばかりである。福祉部員は現在5名。行なってきたのは次のようなこと。

(1)教区内の福祉諸団体の代表者または従事者との話し合い。
(2)身体障害者を含む教区内の有志の者と福祉の諸問題で話し合い。
(3)部員は必ず毎月一度集まり教区内の福祉の諸問題を検討。
(4)各小教区教会および教区内の福祉関係諸団体との連絡訪問。
(5)カリタス・ジャパンとの協力、とくに毎年四旬節の「愛の募金」に関する対象者の
調査、申請、配分の業務。
(6)「東京カリタスの家」との協力提携として、各小教区に窓口担当者を置き、各地域
に対する福祉活動の窓を開くべく努力。
(7)各小教区内におけるボランティア・グループの調査、資料集め。
(8)教区の福祉文化事業として、小沢征爾指揮によるチャリティ・コンサートを企画実
施し、毎回ことなった福祉諸団体への純益贈呈。

なお今年の「国際障害者年」に際し、小教区民と障害者およびその家族または関係者と対話の場を設けてほしいと、全小教区長に要望書を送付した。註・教区福祉部と「東京カリタスの家」とは別の組織である。

全国の身体障害者は197万7千人で約6割が肢体不自由者【グラフ】

数にあらわれた実態

【身体障害者の数】
わが国における身体障害者は(18才以上)の実態については、1951年以来おおむね5年ごとに全国調査が行われている。80年2月に実施された調査結果によれば、全国の身体障害者(在宅)の総数は1,977,000人と推計され、人口1,000人に対し33.8人となっている。

(1)1、2級の重い身体障害者は648,000人で、全体の32.8%を占める。
(2)60才以上の身体障害者は1,068,000人で、54.1%。
(3)障害の原因は64%が疾病。

【日常生活動作の介助状況】
一部または全部介助を必要とする者。食事(8.4%)トイレ(11.7%)
入浴(19.6%)衣服の着脱(16.6%)家の中を移動(10.8%)

【主な介助者の状況】
87%以上が配偶者、親、子供その他の家族が行なっているが、その中でも配偶者が約半数を占める。食事(43.0%)トイレ(45.7%)入浴(44.8%)衣服類の脱着(50.8%)家の中を移動(43.9%)。

【就業の状況】
身体障害者で就業しているものは638,000人で全体の32.3%となっており70年の調査と比べて11.8%低下している。これは障害者の老齢化と重度化によるものとみられる。なお19歳―64歳の稼動年齢層でみると、その就業率は、46.7%であり、これに対する一般の就業率は69.9パーセントである。

【身体障害児の数】
70年10月の厚生省の調査によると、全国の身体障害児(在宅)の数は93,800人と推計されている。

【重症心身障害児の数】
重症心身障害児とは、重度の精神薄弱と重度の肢体不自由とを合わせもつ障害児のことをいう。その数は7,700人である。

【一般の民間企業における身体障害者雇用状況】
企業数36,093。常用労働者数11,934,480人。身体障害者数135,228人。実雇用率1.13%。未達成企業の割合48.4%。

【精神障害者の雇用状況】
全国的な実態は明らかにされていない。精神障害者の雇用に関する国の法令はない。都道府県によっては職親制度をおいているところも一部あるが、内容は各県ばらばらであり、ほとんどが雇用関係に至っていないのが現状である。

【難病者の雇用状況】
腎不全に関しては雇用促進法のもとにある。その他の難病については特に雇用促進のための制度はない。

【精神薄弱者の雇用状況】
5人以上の常用労働者を雇用している民間事業所に常用で雇用されている精神薄弱者は、全国で約31,000人と推計されており、これを性別でみると、男は18,000人(全体の58.6%)、女は13,000人(同41.4%)となっている。これらの精神薄弱者のうち、7割強は製造業に雇用されており、業種別では、繊維・衣服(29.3%)、食料品・たばこ(10.4%)、金属製品(9.4%)等での雇用が多くなっている。

ひろば -ある夫婦-

わたくしの知人で、重度の障害を持った夫婦がいます。ご主人は小児マヒのため、両手両足首が曲折して歩行は困難、奥さんは言語障害のうえに足が不自由です。そんな二人が結婚してことしで八年目となりました。初めて彼と出会ったのは、約十年前、わたくしの教会のクリスマスの日でした。こざっぱりした服に身をつつみ、小さな体を引きずるようにして、杖にすがってあるいていた姿はとても印象的でした。中でも心をひかれたのは、その童顔に笑みを絶やさなかったことです。

今でもそうですが、彼の沈んだ顔や怒った顔は見たことがありません。駅前の街頭に座って靴磨きを職としていた彼と、親しく言葉を交わすようになって「素晴らしいな」と感じたのは、言葉のはしばしに、あらゆる辛苦を味った人の生きざまを見出した時でした。障害者にあり勝ちな世間をすが目で見ることもなく、暗さのないむしろ爽やかささえ受ける素直な明るい態度には、却ってその人の苦労の大きさを感じ、五体満足な自分の、不平の多い毎日を恥じたものです。

結婚生活も、心身のハンディを負った二人には、並大抵のことではないと想像されます。しかし相手を助け、かばいあっての感謝の日々を送っています。

身の寄り所とてなく、施設を転々と廻され、のけ者あつかいにされていた幼い日々の二人。その二人は今「相手の苦労にくらべれば、自分の苦労などものの数ではない」と互いにいいあっています。その心根の優しさにわたくしは、夫婦愛の美しい姿にこころをうたれた気がしました。そして健康に恵まれ、とかく結婚生活をおろそかにし勝ちだった自分の生活を深く反省させられました。そしてこのような二人に出会うことの出来たわたくしは、幸せだと思います。
(高幡教会・二宮道子)

あした葉

国際障害者年もあと数日を残して過ぎ去ろうとしている。もちろんひろい意味では今後十年つづくというが、この一年、果して障害者のために何をしたであろうか?特に障害者年を機に、われわれは問題の重要性についていろいろ啓発された。ほとんどの論説は、障害者に対する差別と偏見が無知と誤解から生ずることを指摘している
差別と偏見の中にはいることだと思うが、障害者に対する「忌避」いうことがある。理由は「こわい」からだという。何故こわいのだろうか? むかしの学校でならった哲学に「人間の魂は(1)精神的(2)感覚的(3)生命的働きの源である」というのがあった。従って「こわさ」の種類も3つになるわけだ
障害名は厳しいという人がいる。不用意の言葉や行為の中に敏感に差別性や偏見性をよみとり、うっかりものもいえない。触わらぬ神に崇りなしでごめんだ。障害者は人間として当然のことをいうだけなのだが―。精神的働きの源でこわいということか!義肢のさまが不気味だという人がいる。そのほかこれに類するいろいろなてい。馴れてしまえば何んでもない事だが―。感覚的働きの源でこわいということか!ある種の病気で、移るから近づかぬという人もいる。自然科学分野の単純な認識不足なのだが―。生命的働きの源でこわいということか!
いずれの意味でのこわさもとるに足らないものであることがわかった。原因はただ無知をとりのぞこうとしないこと、馴れようとしないことにある。なんだかんだいっても、結局は愛が足りないからだ―。というより、もっと間単にいえば面倒くさいからである。忌避する理由を除去すれば、かかわらざるを得なくなり、それが不本意だからこそ、あえて無知と不馴れのうちに自己を留保するわけである。むしろほんとうにこわいのは、こちら側のこういう了見ではなかろうか?
(S・A)

自分のこととして考えよ
年をとればみな「障害者」

「国際障害者年」を機に、教区が本気で障害者問題にとりくむ姿勢を見せたことは結構なことだが、問われるのはいつも実践である。障害者年は1年で終るものではなく、ひろい意味では十年つづくといわれる。また障害者年と謳われるか否かも問題ではない。われわれの社会はとれだけ障害者を受け入れているか。それどころか教会の中においても障害者の完全な参加・平等が十分に守られていない。障害者に対する偏見と差別の多くは無知と誤解にもとずくものといわれるが、その認識不足は理屈よりもむしろ小さな実践によって解消することが多い。教区が音頭をとるまでもなく、すでに多くの小教区、修道院、関連すじでは以前から活動している。教区のテコ入れでより有機的なものになれば幸いである。双方の活動と展望をみると-。

教区はこのほど、障害者問題を恒久的に考え、見あった活動を永続的に推進する機関として、布教司牧協議会内に障害者問題小委員会を発足させた。すでに開かれた「障害者問題を考える会」を継続させるなど、活動の企画をねる。

麹町は手話ミサ

6月18日、同委員会はさっそく障害者問題に関する活動を末ながいものとする目安として、教区に「障害者福祉の日」(仮称)を設定することを布教司牧協議会に提案した。期日は7月14日が聖カミロ病者聖人の日であることから、7月の第2日曜日が候補にあげられている。そのほか大体の構想は次のよう。

1、【啓蒙運動】
(1)障害者、障害者問題についての正しい理解―講演会、ガイドブックなどの発行
(2)教育―カトリック系の学校、幼稚園等の障害児の積極的受け入れ
(3)結婚-カナの会などにも協力を依頼、結婚後の生活費援助をも
(4)医療-カトリック医師会等とも連係し、一般の医療施設(たとえば歯科医)で断わ
られる場合の対策。

2、【信仰生活】
(1)信仰への導入過程-ろう者要理教室、点訳・手話人の確保、教会用語の手話法
の統一
(2)教会生活―スロープ、床、便所、手すりなどの設置促進、ろう者告解方法の工
夫、障害者の教会活動への便宜。

3、【ボランティアの養成】
(1)ボランティア・グループ等の実態調査
(2)点訳・手話奉仕者の育成
(3)婦人会・青年会活動の一端とする。

なお障害者問題小委員会のメンバーは次のとおり―
J・シュバリエ(城北)
阿部泰久(中央)
杉田栄次郎(城南)
山口英一(ボーイスカウト)
金沢恂(心の灯)
三好満(福祉部)

先がながいということから教区規模の動きはまだ始まったばかりだが、それに準ずるものとしては日本カトリック正義と平和協議会が身体障害者の会「心の灯」共賛のもとに7月29日、イグナチオ会館で「明日に向かっての障害者問題は?」のテーマでパネル・ディスカッションを行なった。

なお、母体やブロックのなかには独自に福祉委員会を設けるところもあり、障害者の教会生活の面でスロープ、床、便所、手すりなどの設置を促進している。
麹町教会は、今年の教会大会のテーマを「障害者の完全参加と平等」とし、10月4日、手話グループによる通訳つきの野外ミサを中心に異色な催しを開いた。とくに子供達が土曜学校で教えられた手話歌を披露したことは、障害者との交流を明日につなぐものとして意義ぶかいものであった。

なお同教会は、11時のミサで手話通訳を行ない、障害者問題の集会ではすすんで会場を提供し、本年は国際障害者年記念として「身障者設備併用トイレ」を完成するなど障害者問題にはきわめて意欲的である。教区規模の活動をまたず率先行なった模範例とされる。

演奏会も一役

教区では福祉文化事業の一端として、ここ10年にわたり、カテドラルでひらかれる演奏会の純益を福祉施設などに送っている。催しのお膳立てや世話は、おもに「東京カリタスの家」のメンバーがおこなっているが、「東京カリタスの家」の事業ではなく、教区の仕事である。国際障害者年を機に、10年をふりかえって見ると、

74・12・28 演奏曲目・第9交響曲-寄付先・東京カリタスの家(400万円)
(以下略示)
75・6・26 マタイ受難曲-富士聖ヨハネ学園(300万円)
75・12・28 第9交響曲-東京大司教区(274万円)
76・6・15 レクイエム(モーツァルト)-東京カリタスの家(100万円)
76・12・28 第9交響曲-いのちの電話(230万円)
77・11・5 レクイエム(フォーレ)、シャコンヌ(バッハ)-友愛ハウス(240万円)
79・9・15 スタバト・マーテル富士聖ヨハネ学園(290万円)
カトリック点字図書館(100万円)
78・12・27 第9交響曲-韓国・結核施療病棟春光院(300万円)
79・6・1 ヨハネ受難曲-マザー・テレサ(100万円)。
80・2・15 エリヤ(メンデルスゾーン)-ブラジル救ライ・フマニタス慈善協会
(150万円)
80・12・28 第9交響曲-アルコール中毒者家族・アラノン(200万円)
東京カリタスの家(140万円)
81・12・28 ミサ・ソレムニス-東南アジアの貧しい子供たち

カトリック点字図書館の存在も忘れてはならない。蔵書数3000、利用者400、点訳奉仕者150。専業内容は、点訳書作成と貸し出し、各種相談業務、点字指導、点字出版。2カ月に1回、雑誌「あけのほし」を発行し、毎月「聖書と典礼」点字版を出している。点訳奉仕、朗読奉仕、労力奉仕、経済的援助などをもとめている。
電話 262-6074

司祭に老後施設

年を取ればみな「障害者」。教区司祭の老後の保障については、かねてから不安が指輪されてきたが、このほど高齢司祭のための施設「東京教区司祭の家」がようやく建設の運びとなった。ケルン教区からの援助の申し出もあるが、できるだけ東京教区の手で、しかも永年信仰生活を導かれた司祭のため、ひろく信徒一般の努力によって実現されることが望まれる。

これにつき白柳大司教は別掲の手紙で、且つ建設委員会は左記の依頼状で協力をよびかけている。

「修道会・宣教会の神父様方の老後問題については、それぞれの修道会・宣教会がお考えになっていると伺っておりましたが、教区の神父様方の老後問題はどうなのかと、前まえから心配し、いつかの時にはお役に立ちたいと思い、お金を用意しておりました。

今回、白柳大司教様は、永年私達の信仰生活を導き守って下さった御高齢の神父様方のために東京教区司祭の家を建てる決心をなさり、私達にそのおはなしがありました。私たちは双手をあげて賛成しその完成の一日も早いことを祈りつつ、広ぐ皆様にもご協力をお願いしたく存じます。神父様方が安心して、司祭としてお働き下さることを念じつつ。」(建設委)

○名称-「東京教区司祭の家」。高齢司祭のためのもの。地下に教区重要書類の保存庫を併設。○建設地-東京カテドラルの構内(大司教館とルルド洞窟の間)。
○建物-鉄筋コンクリート造り。地下1階(102坪)、地上2階(204坪)で8つの居室、小聖堂、応接室、食堂、浴室など。
○建設費-約2億3000万円。11月1日現在、指定献金約3000万円。教区基金より1億円を借り入れるが、その返済法は別途考え、信徒からの募金目標額は1億円だけ。
〇募金方法-原則として小教区単位。期間は81年12月1日から84年12月末日までの3年。資金計画のため82年6月末までに拠金予定額が知られれば幸甚である。当方から毎年6月末、12月末現在で募金経過を知らせる。
○送金方法-小教区・個人ともに左に振り込む。
(1)振込先三菱信託銀行口座名義カトリック東京大司教区・東京教区司祭の家
口座番号普通預金1891241
(2)振替貯金口座番号(東京5ノ98608)、
名称(カトリック東京大司教区・東京教区司祭の家。

完全参加と平等

「国際障害者年」のテーマは、「完全参加と平等」となっています。私たちば福音の光に照らされて、その意義を考えたいと思います。主イエズスは公生活に入られるにあたって、「天の国の福音をのべ伝え、また民のすべての病とわずらいとをお治しに」なりました。それはもとより苦しんでいる人びとへの愛のあかしであったでしょうが、もっと根本的には、神の国到来の目に見える印しでありました。神の国実現のためには、健康な人だけでなく、病気の人もなくてはならぬ存在なのです。

国連事務局の推定によれば、現在約4億5000万の障害者がおり、原因は、事故・病気と栄養失調・戦傷等、広い範囲にわたっています。そして発展途上国になるほど障害者の数はふえています。こうして見て行きますと、健康な人が正常で身障者は例外的存在とはいえなくなってきます。身障者は人類全体の大切な一部分を占めていることになります。
国際障害者年の目標「完全参加と平等」から見ますと、教会がまだまだ十分教会になりきっていないことが反省させられます。私たちの社会はどれだけ障害者を受け入れているでしょうか。それどころか教会の中においても完全な参加と平等が十分に守られていないのではないでしょうか。私たちは人類を兄弟としているのですから、どんな障害者も無視することができない筈です。もとよりただ障害者を大事にすればよいということではありません。ことに施設万能主義は警戒すべきことです。そこでは一見親切と見えながら、その実参加をはばみ、人びとを無関心にみちびく要素が含まれているからです。真の愛はかれらを隔離するのでなくかれらと共に歩み、その全人的向上を願うということにあるという事を忘れてはなりません。障害者の数の多さからその存在を当然視し、原因を追求しないことも誤りだといわなければなりません。原因はむしろ人災というべきであって、これらの問題を解決すべく努力しなければならないのは言うまでもありません。

障害者年が単なる一年だけのお祭り騒ぎに終ることなく、今後の障害者とのありかたを考え直す機会としたいものです。(要旨)
日本カトリック司教団

一入ひとりへの手引き

(1)障害者に対する手伝いは人間として当然の行いである。特に意識することなく、ごく自然な気持ちで手伝いたいものである。障害のあるなしにかかわちず、人間はみな互いに助けられて生きているものである。

(2)人間ひとりひとりが千差万別であるように、障害者ひとりひとりもすべてちがう人間である。「障害者」とひとまとめに考えるのは混乱のもとであり、ひとりひとりが別々の人格であることを認識することが障害者に対するエチケットの基本である。
(3)障害者の手伝いをするときは、まず、声をかけることが大切である。黙っていきなり身体に触れたり、車いすを押したりするのは、失礼でもあり、相手を驚かせたりすることになる。
(4)障害者が困っているのを見かけたら、その人が何をしてほしいのかを聞くことが大切である。ひとりよがりで手を出すのは、親切ではなく、お節介になる。
(5)障害者を特別視したり、無能力扱いをしないことが障害者に対する最も理解ある態度である。同情にもとづく言動は控え目に。必要なときには快く手伝うこと。

●手足が不自由
(1)車いすの人が街でこまっていたら、まず、声をかける。一人で手伝うのが無理だったら、通りがかりの人に協力を求める。
(2)たとえば、階段で車いすの上り下りを手伝うには、二、三人がかりで、呼吸を合わせて静かに持ち上げる。上りは前向き、下りは後ろ向きで、車いすの人が落ちないように気をつける。
(3)足の悪い人には、松葉杖の人、義足(そとからは見えないこともある)の人など、いろいろの状態の人がいる。これらの人たちは、乗り物で大変困っている。シルバーシートでなくても席をゆずろう。
(4)雨の日は松葉杖の人が一番困る日だ。傘はさせないし、足元はすべる危険がある。松葉杖の人にはぶつからないように、そして、隣りに松葉杖の人がいたら守ってやろう。
(5)松葉杖の人は、階段や段差で困ることが多い。腕を貸せば上れる人、それではかえって上れない人などいろいろあるから、どうしたらよいか、よく聞いて手伝おう。
(6)手足の不自由なひとを街で見かけても、すぐに手を貸す必要はない。困っているときや援助を求められたときに、はじめ手を貸そう。不自由な人たちは、人に迷惑をかけるのをとても心苦しく思うのだ。それだけに、こまやかな心づかいが必要である。

●マヒで悩む方
(1)脳性マヒ者といっても、障害の現われる型や部位によって10種類にも上る状態があり、一率にはとらえられないことを理解することがまず必要である。
(2)アテトーゼ型の脳性マヒ者は、言語障害に加えて顔の表情や頚、手、足、などの不随意運動のために、自分の意志を相手に伝えることができないばかりか、自分ではそのつもりでもないのに、他人の感情をそこなう動作をしがちであることを理解して接することが大切である。
(3)脳性マヒ者に接する場合、例えば視線が上から下を見おろす形になると威圧的になったりして、意思を適切に伝えられなくなることにもなるので、視線を相手と同じ高さにして、相手ととけこむような心をもって接することが大切である。
(4)脳性マヒ者の話を聞く場合は、ことばの一つ一つをかみしめるように聞きわけ、その意味を相手と同じ程度に理解することが肝要。ことばがわからない場合には、筆談や介添人を求めるのではなく、何度となく聞きかえすことが大切である。
(5)話の内容を理解できない時は、相手にメモを取ることを承諾してもらってからメモをとり、その意味を理解するとよい。相手の言葉がよくわからないまま、言葉の先取りをすることは相手を傷つけることになりかねないので、極力さけること。

●目がみえない
(1)挨拶するときは、見える人の方から先に声をかけ、次いで握手をしよう。それによって、相手はあなたの身長その他もろもろを察知して親近感をもつ。
(2)目の不自由な人の中には、全盲と弱視の人がいて、手伝いの必要はそれぞれにちがうものである。何が必要かを率直に聞くことが大切である。
(3)街角で白い杖の人が立止って考えこんでいるのは、方角がわからなくなってしまったときに多い姿勢である。方角や場所を教える時は、左、右、前、後とか、何歩、何メートルのところと正確に言おう。
(4)案内するときは、白い杖の反対がわに立って腕を貸し、見えない人の半歩まえを歩くことが肝腎。白い杖は見えないひとの眼であるから、それを持つ手をつかんだり引いたり、押したりすることは厳禁である。
(5)階段やエレベーターでは、上がるか下りるかをはっきりと説明することが大切である。
(6)お茶や食事のときは、最初並べられた食器などの位置と内容を小声ではっきり説明すること。物の位置は、時計の針の位置で言うとわかりやすい。(これは食事のときにかぎらない。人によっては手で触れて確認するなどの手伝いもまた必要である。)

●きこえない人
(1)耳の不自由な人といってもさまざまで、全くきこえない人、難聴の人。事故や病気できこえなくなった入は話せるが、生まれつきの障害の人は言葉が不自由である。
(2)きこえない人には話好きな人が多い。話す意志さえあれば、方法はいろいろある。まず、心を開いて話しかけること。
(3)きこえない人との会話の方法には、まず、口話法がある。これは現在、ろう学校で教えているもので、ロの動きを読みとる方法である。毎ジェスチュアを交えながら、正面から、口をやや大きくひらいて、はっきり、ゆっくり話す。
(4)手話法は、きこえない人たちの間で自然発生的に出た手まね、身ぶりの会話法。講習会で学ぼう。
(5)筆記法は、てのひらや紙に文字を書いて読み合う方法である。多少時間がかかるが、正確である。
(6)道路を歩くとき背後からの音がきこえない。病気のとき病院の窓口で立往生する。急用のとき電話が使えない。。耳の不自由な人の一番困ることである。

東京教区の皆さまへ

秋もすっかり深くなってまいりましたが、皆様ますますお元気にお励みのこととお喜び申し上げます。さて、かねてから教区高齢司祭のための施設が望まれておりましたが、多くの方々のご意見を伺い、検討した結果、別掲「司祭の家」を建設することを決定いたしました。この計画を知った私共の姉妹教区・ケルン教区から援助の申し出がありました。しかし、私共は出来るだけ自分達の力でこれを実現したいと思います。何卒、私共の意図するところをお汲みとり下さり、このための募金にご協力下さいますようお顔い申し上げます。

1981年11月20日 東京大司教 白柳誠一

【布司協議事要旨】

◇第3回(8月30日)
1.小冊子「平和と現代の日本カトリック教会」について―社会司教委員会が、教皇「平和アピール」に答えたもの。指針にもとづく実践がねらいだが、各母体、ブロックでどのような活動ができるか研究し、報告すること。「平和の日」を移動させては?の話も。
2.典礼部―合同堅信式を来年聖霊降臨に行う計画。社余部ビルマデーのため小教区報にのせる文を配布、献金の準備を。平和祈願祭実行委―400人参加、大司教の説教が圧巻。靖国問題実行委―司教との対話集会、反対運動は宣教の一つの型であるとされた。

◇第4回(10月15日)
1.「平和アピール」に応える各プロックからの報告―(略)。
2.国際障害者年―教区に障害者福祉の日(仮称)を設けては?11月29日大森教会で「障害者問題を考える会」
3.代議員会―「教皇の平和アピールに応える活動」を主要議題にする。春分の日にひらくことに反対する向きもあるので要検討。
4.ビジョン会―布司協内の正式な小委員会として成立。福川、伊東、大柳(以上布司協委)、加藤(城東)。当面の世話役は大柳。
5.婦人同志会―独自で布司協にメンバーを送ることを正式承認。委員・新谷太佳子。
6.ビルマデー―子どもむけチラシが届いている筈だが!協力を。

82年度代議員会
教区は来春3月22日(月)、カテドラルでで82年度の代議員会をひらく。主要議題は「教皇の平和アピールに応える活動」(仮称)。

平和に関するテーマについて分科会で討議(案)、母体あるいはブロックで実践できる方法をさぐる。プログラムの詳細については布教司牧協議会で検討中だが、みのりある代議員となるよう、とくに社会司教委員会の出した小冊子「平和と現代の日本カトリック教会」などをもとに、母体で予備討論することが望ましい。