東京教区ニュース第31号

1979年12月01日

身近になったケルン 「目を東南アジア」で一致
“合言葉 召命援助”

東京・ケルン両教区友好25年の感謝と決意をこめてひらかれた「ケルン週間」は、ヨゼフ・ヘフナー枢機卿一行を迎え、教区における今年最大行事として、10月28日の「記念ミサ」から11月4日の「堅信式」までのすべての計画を無事はたして終った。ケルンといっても正直なところ、もう一つ実感として迫らなかった今までであったが枢機卿の温顔をまのあたりに見て、全教区民は鮮烈な印象をうけた。ケルンが身近になったとは大方の感想である。とくに今後、両教区が協力して東南アジアの一ヶ国の教会を援助することに合意したのは、友好を内にみとどめることなく、さらに輪をひろげようとする前向きの姿勢として何よりの収穫であった。公式行事の模様や説教などの詳細は、カトリック新聞、小教区報などでほとんど紹介されているので本号は写真を主とし、一通りの記事の記録のあとにはとくに「こぼれ話」のようなものをひろってみた。

<歓迎のあしあと>

10月27日(土)JAL・432便で成田着。大司教館へ。

10月28日(日)午後2時、カテドラルで「友好25年記念ミサ」。午後6時、椿山荘で教会代表の歓迎夕食会。

10月29日(月)枝川教会、築地教会訪問。

10月30日(火)ディック補佐司教城東ブロック(本所)、メルツァー秘書城西ブロック(初台)へ。

10月31日(水)ディック補佐司教多摩ブロック巡回へ。メルツァー秘書千葉ブロック(千葉寺)へ。

11月 1日(木)11時「男子聖職者の集い」共同司式ミサ、講演と歓迎会。夕方ディック補佐司教城北ブロック(関町)へ。フェルドホッフ総代理武蔵野ブロック(吉祥寺)。8時 神学院訪問。

11月 2日(金)夕方メルツァー秘書城南ブロック(蒲田)へ。

11月 3日(土)11時 カテドラルで「とびだせ、広場から!」。4時 東京修女連の歓迎ミサ。

11月 4日(日)カテドラルで、「お別れのミサ」と堅信式。午後5時10分。CX451便で離日。

(おもに教区関係)

語録楽しく深し

枢機卿到着の夜、迎えの車から「ただいま江戸橋を通過」などと大司教館前庭に待機する歓迎陣に情報がはいったり警視庁なみ。こちらは花束贈呈の少女に風を引かせまいとの配慮ビデオ用のライトに照らされて、一行は冒頭からの予想外の演出に驚き、喜ぶ。

「記念ミサ」後の歓迎式では白柳大司教がユーモアをまじえて一行を紹介。枢機卿は10月30日、司祭叙階47年。フェルドホフ総代理は11月3日で満40才。一行では一番の長身。勿論、大司教は肩の高さまで。枢機卿の令妹マリアさんは兄の身辺の世話をして、これまた40年。代表で挨拶した信徒に握手を求めて階段をかけ降りた枢機卿は、途中でつまづきそうになりケガでもしたらと参列者ひやり。

椿山荘の晩餐会で、来年はケルン大聖堂建立100周年記念祝典のため、皆さんを招待すると枢機卿が話せば「旅費や宿泊費も全部むこうもちか」などと外野の声。「とびだせ、広場から!」でも枢機卿は子供たちを自分の孫たちのように。おかげで退場時にはスターなみにもみくちゃにされた。

東京湾をフェリーで「千葉」にわたったメルツァー神父は千葉寺での歓迎式で、同地区をうけもつコロンバン会の司祭たちに「ケルンは物資的援助だけ、あなた方は宣教師という宝を日本に送った」と話した。急所をついたことば。

「別れのミサ」と堅信式の日は雨であった。白柳大司教はしみじみと「別れの日に天も悲しむかのように雨を降らしている」とのべた。ケルン大聖堂の建築も鎌倉の大仏が建立されたときにはじまったなどと、日本の心を大切にすることをつねに忘れなかった枢機卿は、美しい日本語で挨拶できないのが残念だと最後まで言い、滞在中に覚えた唯一のことば「主ノヘイワ」を残して東京を去った。

白羽の国に光を

「ケルン週間」が単なるお祭り騒ぎに終らず、意義深いものだったのは、真に友好の絆をいっそう緊密にしたほか、とくに両教区が共同で東南アジアにある一国の教会を援助することに合意したことだとされる。

国際政情の関係から、その国の名を活字で明らかにできるまでには時を要するが、来年度の活動方針案の一つ「海外援助」の教区規模でのとりくみはこれで決った。

とびだせ翔んだ広場の子!

ケルン週間の特別企画として注目された、教区教会学校部主催による子どもたちの大会、「とびだせ、広場から!」は、11月3日カテドラルで約2,000人の子供を集めてひらかれた。ケルン教区への感謝と使徒職への決意が骨子。声をはりあげて歌う子供中心のミサでは、堅信をうけた者390人。

ミサ後、バトン・ガールの演技を皮切りに、構内各所にもうけられたコーナーではいくつかの教会が組になり、互に親睦と歓談をかねて手もちの弁当をひらく。交流の目玉は、当日のために腕によりをかけて準備したアトラクションの披露だ。唄や踊りの音が各所からきこえてきて、ついにには警備のものから音量を制限するよう注意される一幕もあった。終りに近づくにしたがって一群は次第に聖堂前広場に集結、石だたみの上に枢機卿一行を迎えて、興は一層もりあがる。なかでも麹町教会の青年を中心とした「ヤングマン」は圧巻で子供たちも意を得たとばかり大はしゃぎだった。

枢機卿も終始ほほえみをたたえて見守っていたが挨拶では「あなたたちは東京の教会を背負って、次の世紀にひきついでゆく使命をもつ人たち、今日みせてくれた純真さとユニークさとエネルギーをいつまでも」とのべた。

別れにあたり、今日の出合いを今日だけにしたくないと、子供たちはまえもって用意するようにいわれていた写真入のカードにサインしあったり、交換しあったりして再会を約したが男の子は女の子に、女の子は男の子となど現代っ子らしいところも見せていた。ワインのおねだりは枢機卿一行にも及び、不公平になるからと側近のものが静止すれば、それならせめて握手などと子どもたちが殺到、しばしば立往生して帰路をはばまれていたが、とくに枢機卿はたえずニコニコして出来るだけこれにこたえているようだった。

なお主催者側の一人、深水神父は次のような話をよせた。(要旨)

それはケルン週間の1日、子供たちがカテドラルに集まって何かを体験し、再び生活の中にとび出してゆく日であった。参加する子供たちの多くが未洗者であることから、聖体拝領のときには司祭が祝福だけにすることにきめていた。初めは一寸しりごみしながらも、私の前には長い列ができた。

一人ひとりの頭に両手をそえて主の平和を祈る簡単な式であったが、私は正直なところ子供たちの真剣な態度に打たれてしまった。小・中学生、身体の不自由な子、施設の子。いろいろな子供がやってくる。彼らは私たちに何を言っているのだろう。明日を夢に、子供たちはしばしば未来の教会といわれるが、この1日ほど子供たちがすでに今、東京の教会を構成する神の民であることを明確に知らされたことはない。今回の催しは大人が企画した祭りであり、不自由な規格品のようなものであったが、そこを通して新しい神の民の自由なエネルギーがみちあふれていたといえる。

子供たちが、神の民としての発言権を与えられていないか、発言するように教育されていないかによって、彼らはただ受身になり、沈黙の集団と化してしまう。子供たち独自の信仰の表現と、それに基づいた生活のユニークさを私たちが認め、うけ入れてこそ、各世代にふさわしい信仰の成長がとげられるのではなかろうか。

今日ますます明らかになってきたことは、人間的成熟と信仰における成熟とは深いつながりをもち子供には子供の課題があり、成人には成人の課題があるということである。そしてこの教育は当然一生涯にわたる人間的課題にとりくんでいくという型でしかなされないということである。私たちは大人として、この子供たちへのかかわりを根本的に問い直さなければならないのではなかろうか。さもないと、今この子供たちが表現した信仰のエネルギーが、次の世代の教会だと言い切ることができなくなる恐れが十分にある。「新しい酒は、新しい皮袋に」というキリストのよびかけに、私たちはこたえねばならない。

このような集いは初めての試みであったがまずは成功。今後も何らかの形で続けたいとしている。

深まった友情

ケルン・東京両教区の友好関係25年を記念した「ケルン週間」も皆様のご協力によって無事終了致しました。

ヘフナー枢機卿を始めケルンの皆様は東京教区挙げての歓迎を心から感謝されながら11月4日夕刻お元気に離日なさいました。そしてケルンから次のような感謝の電報を送って下さいました。

「私共は無事に帰国しました。私および私に同行した者一同は、東京大司教区の皆様に心から感謝を表明します。 ケルン・東京週間は私ども両大司教区の友情のきづなを更に深いものとしてくれました。 キリストの愛のうちに。 ヘフナー枢機卿」

各ブロックの皆様、特に歓迎会場教会を担当された教会の皆様、そして総ての皆様のあたたかい歓迎に対して私からも厚くお礼申し上げます。

今後、「困っている人がいるなら自分達のことをあとまわしにして困っている兄弟を助けよう」の精神に生き真のカトリック者としての成長にお互いつとめたいと思います。

クリスマスも間近に迫っております。実り豊かに待降節とクリスマスを願いながら重ねてお礼申し上げます。

1979年11月10日 東京大司教 白柳誠一 司祭、修道者、信徒の皆様

浜尾司教、横浜教区長に

ヨハネ・パウロ2世教皇は、このたび、横浜教区長を引退した荒井勝三郎司教の後任として、東京教区補佐司教・浜尾文郎氏を任命した。

教区主催「感謝の会」1月6日(日)カテドラル

着座式 1月15日(火)横浜司教座聖堂(山手教会)

なお、白柳大司教は、教区の司教総代理としての浜尾司教の後任には、暫定的に、徳川・岡野両師を任命した。

ひろば

漢字は図形が変化したものが多いので一目で意味が読み取れて大変便利です。同時に漢字には不思議な雰囲気をもつものがあります。

それには、第一に秘跡という字が思い出されます。この字を誰れ彼れなく見せて意味をたずねたことがありました。内容はよく分からないが何か神秘的な感じがすると言うのがおおかたの答えでした。

私達にはこの字から、超自然的な意味が強く感じられますがいかがですか。

堅くなって震えている緊張が信仰をかためる堅信となったのは名訳ですし、大斎、小斎も「みそぎ」的性格がよく出ている表現だと思います。陰気で重苦しかった告白と言う字も告解となると償をはたした後に味あうあの解放感がにじみ出ています。

然しながら反面日頃はそう口にしない言葉が折り本等にはいとも簡単に使われていてびっくりすることがあります。

処女は処女航海、処女出版、処女峰等一般化していますが、童貞とか道行となるとまだそう普通の言葉ではないようです。おとしよりが修道女を童貞様と呼んでいるのは、それなりに美しい呼称だとは思いますが少々異和感が残ります。

日頃口にしない言葉も折り本のなかに出てきますと不自然さが不思議に消えるのは言葉や文字も環境の影響を受けるものなのでしょうか。

聖書の旧約、新約は翻訳の訳に間違えられることが多いので他に名訳がほしいと思いますし、またかっての文語体聖書のもつあの歯切れのよい簡潔な語尾に魅力を感ずるのは私一人だけではないと思いますが如何でしょうか。

「一ひら信徒より」と、今はもう使われませんが、昔なつかしい言葉でこの随想を終りたいと思います。

(大司教館・小倉 修)

あした葉

あらたまった挨拶や講和のときよりも、ほんとうに考えていることや感じたことは、ちょっとした言の端に出るものだ。ケルンの一行もさまざまな祈りに肩のこらない、そして考えさせられる言葉をのこしていった/枢機卿、婦人同志会の集まりで「子供の教育に使命をもっている母親の不在は嘆かわしい現象」いずこも同じか。神学校で「諸君、あなた方の司教に、教区の宝物を見せて下さいと願う人があるなら、司教が胸を張って、これが宝物ですといって諸君を指せるように・・・」宝のもちぐされということもある/ディック司教、竹の塚で「はじめて赴任した教会は横4メートル、縦10メートルぐらいの小さなものだった。それをつくるまでに200年かかった。勿論ここではそんなにかからないうちに聖堂ができるでしょう」資金援助の心づもりでも?。カリタス修道女会で「ケルンでは大部分の修道女が年寄りで時どき老人ホームの感。久しぶりに若いのを見た」若さはともかく質の方は?/メルツァー神父、初台で「先生から地図を見て、日本・東京を探せといわれ、なかなか見つからず右の端にやっと見つけた」25年前の話だがそんなに昔ではない。経済大国も型なし。蒲田では若者の集いに「青年のとき、一人の女性を愛し結婚まで考えた。しかし彼女はプロテスタント。人生観の根本的な違いで諦めた」未受洗の娘からさえ相手にされない?カトリック青年にとって勿体ない話。「どの司祭も叙階されると教区からアパートの一室を貰う。給料は月に約100,000円一軒に住む場合は約220,000円で、まかないさんの手当もそこから払う」ミサ謝礼金やその他のお布施など別途収入?はここでも言及されない/マリア・ヘフナー女史、買物で「トランクを買うなら、どうぞケルンにいらっしゃい」東京の物価高は世界的に有名。日本語を話せない彼女が誰にいったのか? (S・A)

「ケルン週間」印象アルバム

ヘフナー枢機卿一行は、東京に滞在した1週間の間、それぞれ分担をきめて精力的によく各所を廻った。教区内ではケルンにゆかりの深い教会や施設を中心に、各ブロック主催のミサや歓迎会その他の催しに労をいとわず出席、とくに枢機卿は指導者としての厳しさと人間としての如才なさを、面もちとしぐさでもたくみにあらわし、大いに友好を深めた。教区広報部ではとくにカメラマン熊沢剛氏(本所)に写真撮影を依頼、その大半はすでに枢機卿の手もとにわたっている。紙面の関係で限られたものしか掲載できないが印象のある数葉を選んでみた。[写真説明]右上より<ヤングエネルギーの爆発> 右下<こころ健やか> 左上<サイン攻めの一行><千葉ブロックの歓迎風景><椿山荘晩さん会><城東ブロックのミサ>

小教区報担当者センターで集い

教区広報委は12月2日(日)カトリックセンターで第2回「小教区報担当者の集い」をひらいた。参加18教会。前回とりきめた(1)各小教区報一覧表(名称、責任者など)の配布(2)信徒への語りかけを司教に依頼(3)広報委からのニュースの通達(4)担当者間の交流についてなど、実施状況の報告から。

通達は時期的にづれて載せられないこともあるが、重要なものは他の印刷物と重複しても、また時期にとらわれずにのせる。担当者間の交流は全域的になどと無理をせず近隣からひろげてゆく。何よりもブロック会議の場を活用することなどが反省された。

討議は前回と同様「小教区報」を面白く、ためになるようなものにするにはどのように、を中心にかわされた。(1)主任神父の言葉を必ず(2)感覚的に魅力あるものに(3)教会の公式見解を(4)若者の記事を(5)経済的な基盤をしっかりなど。

ややもすればマンネリになる憂いもあるが、交替した担当者には新鮮であり、課題は同じでも新方法を披露されたり、慰められたりして結構一体感もみられ集い自体はつづけたいというのが大方の希望である。来年度の広報部の活動方針もつづいて「広報委と担当者間との交流、協力」であり、次回は「小教区報」だけにとどまらずひろく広報についての責任や自覚をつよめる訓話のようなものも-などという声が担当者自身の間から出ていることから、内容はさらに工夫されるものとみられる。

イエズス探求会 神学院で開く

男子信徒の錬成会・第1回「イエズス探求会」は、11月30日から12月2日まで、教区教学部のよびかけで、24名が参加、神学院でひらかれた。教区ではかねてより男子信徒の養成の場を望んでいたが待降節を目前に今回はじめて実現した。1人の司祭が錬成会の指導にあたるというのではなく、あくまでも小グループに別かれて、福音に生きる生活体験をわかち合うことが骨子。

信徒スタッフは「聖書」「言と生活」「公会議」「明日からの生活」について問題を提起、その都度3グループに別れて話しあった。司祭スタッフは「イエズスのダイナミック・メモリー」「祈り」「聖霊の働き」「秘跡」について、説教や講話をした。

分かち合いはつねに聖書に基盤を置き、聖書からあたえられる啓示を明日からの生活、ことに月曜から土曜の毎日に生かすことを絶えず意識するよう強調された。男子信徒は現実の社会において独特の役務があるはず、このような探求会をさらに充実させ、今後もつづけたいというのが大半の希望であった。なお会場を神学院に選んだことで、神学生の現状を肌で理解できたことも余録であった。恵みの見直しとして参加者のなまの声をひろって見た。

(1)時間的に相当無理があったが、参加してみてカトリック信者でよかったと思った。

(2)使徒職の大切さを学び得た。

(3)聖書の深さをはじめて味わった感じで、人生の一つの大きな節となりそう。

(4)会社では重要な仕事からだんだんはずされる年令になって消極的になりがちだったが、これを機に神とともに積極的に生きたい。

(5)苦しい錬成会であった。今やほっとした感じである。イエズスを再発見したかどうかは今は問わないでほしい。

(6)健康上の理由から宿泊せずに家から通った。早朝から深夜までのきついスケジュールであったが喜びにみたされていたせいか、少しも疲れを感じなかった。

(7)自分の力に頼って働けば疲れるが、神に頼って働けば疲れないということを知った。

(8)水が一ぱい入っているコップに水を注ぐ余地はない。自分の心をからにしてキリストの恩恵を。

80代議員会大すじ

教区布司協は、80年度の代議員会開催について、あらまし次のようにきめた。開催の日時・場所は3月20日(木)午前10時からカテドラルで。基調講演、活動報告、決算・予算についての審議は例年のとおり。問題は活動方針についての討議だ。今までの方針にもとづく活動を今後もつづけてゆくことはもちろんだが、すでに地についているものはもはや条文としてはかかげられず、手うすだった召命、人権、勤労青年、それに海外援助の4つの柱がピックアップされる。

討議もさることながら、問題の重要性をまず知らせるという意味で、それぞれの分野から担当者を招いて話をきくのが主眼だ。

「海外援助」追加

記載法は原則として(1)対象(2)内容・目的(3)頻度・規模(4)連絡・送金・発送方法(5)備考とした。

<木更津クリスト・ロア宣教修道女会>(1)ハイチ国の学校・病院、インドの神学生(2)金銭と衣料(3)年2回ぐらい。200,000円。ダンボール5箱ぐらい(4)カトリックセンターを通して(5)個別のとき税金が難。

<市原クラレチアヌ修道女会>(1)貧者(2)金銭と衣料(3)年1回。国内とあわせ150,000円。ダンボール3箱(4)当会本部、カリタス・ジャパン及び他団体を通して。

くじ運いかに

第4回カリタスジャパン、チャリティ募金の当選番号は以下。

<1等>B167238 C114622 E179447/<2等>各組(ABCDEF)146524/<3等>各組167841/<4等>各組112701 114457 132704 184533/<5等>各組下4ケタ2541 A・B・F下4ケタ3881/<6等>各組下4ケタ3528 下4ケタ8753 B・C・F下4ケタ4648 (以上)

教会案内図を発刊

教区移動信徒連絡事務所は、このほど広報委員会と提携して「東京大司教区・カトリック教会案内図」を発刊した。

住居表示・電話番号は勿論、地下鉄を中心とした私鉄路線図に教会の位置を番号で表示、裏面にはそれにあわせた教会ごとの最寄り駅からの略図ものっている。色刷り、折りたたみの美しいもの。

1部350円。書店にも並ぶ。問い合わせは同事務所か広報委。