東京教区ニュース第23号

1978年01月01日

ひと肌ぬいだ一般書店
望まれる教会側のPR

カトリック出版物が都内一般書店の一部の棚にならぶ。教区広報委員会の音頭取りで、一昨年からはじまったこの運動は、中央出版社・聖パウロ女子修道会・あかし書房など三出版社の協力でこのほどやっと実を結ぶはこびとなった。いままでは四谷周辺までゆかなければ求められなかった教会関係の本も、おもなものは入手できる。なによりも一般人の目にふれることで布教の助けにも。いろいろな事情で赤羽と清瀬の2ヶ所だけになってしまったが、うまくゆけば次第にひろげてゆきたいと関係者は言っている。

近くで買えるカトリック図書

カトリックの書物が一般の本屋の店先にならぶことは新しい試みのひとつとされる。もちろんいままででも有名なものや、間接的にカトリックをつたえるものがあることはあったが、1つの図書群としておかれるのははじめて。赤羽駅前一番街の正文堂書店と清瀬駅南口の飯田書店の2軒である。

教区広報委員会では出版分野の仕事のなかではやくからこの計画を目につけていた。何の関係もない書店にいきなり特殊な本を置かせてくれと頼んでも門前払いを食うのは当たり前のことである。そこで考えられたのがミッションスクールと教科書や学習書などで取引のある書店を選ぶことであった。関係書店をことごとく当たり一斉にはじめるのが理想であったが、最初の試みとしてまず都内の数店を重点的にひろってみた。

話のなりゆきでは5店ほどが候補にのぼったが、流通経路など商売上の色々な困難に出合い、結局は2軒だけということになってしまった。特別な書物を店の棚に並べるということは、書店にとっては大きな冒険であるという。あとは当方でつとめてPRし、近くの信者はカトリック図書はもとより、普通の本までもその店で買うように努め、できるならカトリック信者であることをその都度表明してほしいと関係者らは望んでいる。カトリック図書をおいたために、その種の本を求めることを機縁に教会関係の人が足しげく店に出はいりするようになれば、書店にとってもメリットになるという。

教科書や学習書の取引を縁故に選ばれたこれらの書店は関係ミッションスクールを経営する修道会とは深いつながりがある。また修道会も教区広報委員のこの仕事に極めて協力的であった。次に忘れてならないのは管轄小教区教会の協力であるが、このほうも着々とすすんでいる。赤羽・正文堂書店では赤羽教会、扶助者聖母会本部修道院、星美学園が、清瀬・飯田書店では清瀬教会、ベタニヤ修道女会本部修道院、東星学園がそれぞれPRに力を入れることを約束している。書店には「カトリック図書特選コーナー」というプレートで表示してある。

「入信」と「不在」を合言葉に

「入信の秘跡」と「在籍不在者」の2つは前年度の教区活動方針を実行に移してゆくうえの合言葉であったが、ほぼ1年を経過した現在、それなりの実りも出はじめた。いずれも短期間で片づくことがらではなく、今年の方針としても続けられるが推進機関の努力もさることながら、信徒一般の一層の協力が望まれている。今までの歩みをふりかえってみると、

◆入信の秘跡

典礼部がブロック会議員を対象として出した入信式についてのアンケートがほぼ回収されている。それによると全体としてこの式を意味なしと断ずる人はなく、むしろみなによく理解させ前向きに実施していって欲しいとの願いが強いようだ。

アンケートの項目は、

(1)参加経験 (2)何によって知ったか (3)どのようにして浸透させてゆくか

であった。

(1)については回答者のうち約70%が参加の経験をもっているが、ブロックによる格差も見のがせない。(2)についてはカトリック新聞、教区ニュース、小教区報などによると答えたものが約半数をしめ、つづいて説教、会議の時にとなる。(3)については各方面から問題指摘と方法が積極的にのべられたがやはり説教、解説書などによってくり返し、しかもわかりやすくPRをつづけるべきだとの声が強い。まず主任司祭の意識改変を必要とすると記したのもかなりの数にのぼった。

◆在籍不在者

各ブロックから代表者をあつめこれに事務局、移動信徒連絡所の関係者を加えて「在籍不在者」対策懇談会をひらいている。初回の冒頭で白柳大司教が挨拶、行方不明の兄弟たちをつれもどすのはしばしば至難の業であり、忍耐をも必要とすることであるが共同体の立場から対策を考え運動をつづけてほしいと述べた。この言葉のなかにことがらの困難性と長期性がすでに示されているとみられる。

運動は次のような点を中心に具体的にすすんでいる。

・ 各教会は信徒名簿を確立する

・ 手紙の返送その他で「在籍不在者」と判断された人びとを教区事務所からの用紙に記入して送りかえす

・ 事務局は司祭集会のときにプリントを配布したりなどして協力を求める

・ 常時信徒があつまる聖堂をもつ学校や修道院にも依頼

・ 必要に応じて教会、ブロック単位でこの問題についての対策会をひらきそのほかの知恵を出し合う

・ 教会委員たちも協力してとにかく持続さす

78年度代議員会せまる

本年度の代議員会の準備は、3月21日(春分の日)をめざして着々と進められている。活動方針のたいもうは昨年のものと同じであるが、小教区共同体づくりに関する、在籍不在者問題、成人の入信式推進、小教区内における修道院や施設等の共調、教会学校の発展推進という4つの柱を更に充実させてゆくことの審議と議決がやまとなるだろう。

また基調演説では信徒意識のづれ、社会に対しての教会の姿勢のありかたなどについても触れられる。教会内の各種行事に加わることをもって信徒活動のすべてとしている傾向について反省を促し、あるべき姿が示唆されることになろう。代議員会の準備段階についての情報は、活動報告のレジメの発表などもふくめて2月中旬ふたたび本紙でも流す予定。

◆プログラム

日 時: 3月21日 午前10時

場 所: 聖心大マリアンホール

プログラム:

(1)仮議長登檀 (2)代議員定数報告 (3)仮議長紹介 (4)開会の辞 (5)祈り (6)大司教あいさつ (7)議長団選出 (8)議長団あいさつ (9)活動報告 (10)基調演説 (11)昼食 (12)議事 ◇共同体づくりに関する報告と提案 ◇活動方針の審議 (13)決算報告 (14)予算説明 (15)あいさつ (16)聖歌 (17)祈り (18)閉会の辞

信仰のふところ
旅鞄からの目黒

聖アンセルモ目黒教会は昨年12月4日、創立30周年を祝った。大司教ミサのあと信者の集いでは青年会が会場の設置と進行係をうけもち、写真展「30年の歩み」の企画、実行は人びとの人気のまとになった。婦人会は食事づくり、あるものは集って作り、あるものは持ちより、全て手作りの料理の家庭的な暖かな雰囲気をかもしだした。会場の一角には日曜学校を中心に子供コーナーが設けられ、そのさわがしさもまた気分を一段ともりあげた。

当日の主役は創立者のヒルデブランド師と女房役のヨゼフ師。1947年11月、ヒ師の旅行用トランクを祭壇に、7人の信者がミサに参加した。若者にはまるで神話のような教会のスタート。戦後の混乱や生活苦の中で人びとは心の安らぎと支えを求めてさまよっていた。両師の熱心な布教活動や力強い激励は、初期の信徒をふるいたたせ、実り多い年月を開花させる。初めの7年間に676人が受洗したという。

1956年、それまでのボロボロの古い工場を利用した教会は、レイモンド氏設計の今の近代的な姿にかわった。信者たちの各団体は充実した活動を展開し、とくに青年は100人をこえるメンバーが常時活躍する。

創立30周年を祝ってあらためて時の重みを感ずる。7人で始まったささやかな教会が1千人をこえる大型教会のひとつになっている。目黒からわかれて近隣の新しい教会で活躍しているものもある。主任司祭オド師の「教会を家族のように」との呼びかけにこたえ、次の50年、100年にむけてさらに歩き出そうとしている。

海・山・町から特報

「町田教会」に改称

城西ブロックの小教区「原町田教会」の名前が「町田教会」にかわった。教会所在地という小さな本(いわゆる暦)の97ページを訂正しておくように。順序としては本所と町谷との間にはいる。

大島へX贈物

中央ブロックではクリスマスにあたって大島教会に金一封とカードのプレゼントを贈った。同ブロックでのほぼ慣例。同じグループ内にあっても遠く離れているため、連帯の意識は島の信徒たちを喜ばせている。島は椿の花が満開。本部づきのデフレン師がミサに通っている。なお近海地震ではヨゼフ像が破壊されたが、建物・信徒家庭には被害はなかった。

山荘は雪景色
カトリック東京教区研修所
942-21 新潟県妙高高原町池の平
電 話 02558-6-3478
宿泊料 大3,500円、小3,200円
予約金 1人につき1,000円

研修所が満員のときはナガサキロッヂ(池の平)明星荘(杉の沢)などの「妙高高原カトリックグループ」(同料金)を紹介する。

ひろば

不勉強にして、小教区教会の神学的定義を知らない。わかるのは、小教区とは教会行政の単位区域で、教会とは「わが名において2人3人集まる」ところに成り立つものであること。

私なりに小教区教会のイメージを描いてみよう。そこには数百人から千人前後の信者が集まる。彼らはお互いにその大半の者の名前、職業、家族構成などを知っている。そして南の家族に病人が出れば行って励まし、北の家族の主人が失業したら皆で仕事を探す。彼らにとって、ミサ聖祭はキリストとのつながりとともに、信者同士のつながりを確認し、深める場なのである。

ところで、私はこれまで3つの小教区教会に籍を置いてきた。どの教会も今述べたイメージからは遠く、御聖体の「配給所」にすら見える。私は今日、尊敬し信頼する多くの信者たる友人に望まれている。だが、わずかな例外を除けば、これらの人びとと知り合ったのは小教区教会においてではない。特定の神父や団体活動を通してである。かといって、私が特に小教区の教会に行かないわけではない。むしろ、平均的信者以上に、教会のいくつかの仕事を受け持ち、グループ活動にも参加していると自負している。

それにもかかわらず、私が小教区教会にある種のカベを感じているとすれば、まして、何のツテもなく信仰を求めて教会を訪ねる人にはどんな感じを与えているのであろうか。私は今も、20年前にある教会の門を叩いた時に示された、あの冷たさを忘れることができない。だがそれ以上に忘れられないのは、私がそのような冷たさにつまづきかけたにもかかわらず、なおカトリック教会に導き入れて下さったキリストの御計らいの偉大さである。従って私は、キリストへの感謝を捧げる意味からも、小教区の教会を暖かなものにしたい。

(麻布教会 石黒武夫)

あした葉

日本カトリック正義と平和協議会が「日本における拷問について」という小文を出している。いまどき拷問などというものがあるのだろうかといぶかるむきもいるかも知れないが、拷問にもいろいろな形があることを忘れてはならない。

同協議会は司教協議会の一部であり、信徒が政治などの社会問題に力強くかかわってゆくために、何の遠慮も要らず参画しうる少なくとも日本の教会で公認された唯一の組織である。拷問などの問題は人びとから何となく忌避され耳にする機会も少ない。転載だ盗用だなど大げさなことでもあるまい。同協議会の話をきこう。

戦前の国家主義・軍国主義のわが国においては、天皇制国家や戦争に反対する人がきびしい拷問の憂き目にあったことは事実である。特に戦時中は、暗黒時代ともいわれ、軍や警察に代表される国家権力による拷問は決して珍しいことではなかった。

日本国憲法が制定され、日本の諸制度は一変した。個人の尊重、民主主義と基本的人権の尊重ということが憲法の重要な柱とされ、拷問の禁止は、憲法にも明記されている。しかし、日本国憲法の精神がすみずみまで充分徹底しているとは必ずしもいえず、官僚による拷問もしくはそれに近い事実が全くないとは言えない。のみならず、司法官憲、刑務所職員、その他の公務員による人権侵害の事実が具体的に指摘されている。

●失火罪の被疑者となった青年が逮捕状なしに連行され、警察官が頭髪をつかみ、炉ばたにおしつけるなど、長時間の正座で自白を強要
●取調べ中被疑者を蹴り、つき倒し、脳内出血で死亡さす
●暴露証言をした巡査を検事が偽証罪で逮捕、精神鑑定を強行して心身耗弱症の烙印を押し公職から追放
●被疑者の手を鉛筆でつつき、お前のこの手が殺したなど。拷問もしくはそれに近い人権じゅうりんの問題について、日本の制度と運用に解決されねばならぬ事が多い。

(S・A)

ベト難民救済募金
抽選当選番号

(東京関係8等は教会のみ記す)
特等:喜多見E385465
2等:聖三木図書A017656
3等:麹町B156725・田園調布雙葉B116725
4等:三河島D286725、白百合D256725
6等:田園調布D304042・聖心小中高C184042・聖心専A004042・光塩A024042・聖母病院B104042
7等:麹町B150387(下3ケタが当り、以下は上3ケタまで記す)152・154・156・158 渋谷A046 世田谷D300 洗足D302 田園調布D304 徳田C214 船橋D288 松原D286 聖心大A072 聖心小中高C184・204 聖心専A004 白百合大A030・C210 白百合D256・258 星美大C180 暁星D264 田園調布雙葉B118 光塩A022・024 ドミニコE386 晃華A068 S・メリーズA074 S・マリアC182 聖マリア保育A034 N・ノートルダルB142 聖フランシスコ病院修女会A032 明泉D318 清恵A070 聖母病院B102・104 オディリアC202
8等:秋津A070965(下3ケタが当り、以下は上3ケタまで記す) 板橋A045 荻窪A047 吉祥寺B115 小金井A048 麹町A016・B150~159 関口D300・301 世田谷A046 高輪D302 田園調布D303 徳田C211~214 船橋D287・288 本郷A049 本所D285 目黒D286