東京教区ニュース第2号

1972年12月25日

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東京教区ニュース(第2号)
昭和47年12月25日(月曜日)

発行所 東京大司教区事務局広報部=東京都文京区関口3-16-15
電話(03)943-2301
印刷所 聖パウロ修道会八王子修道院

東京教区大会の精神、具体化へ第一歩 布教司牧協委員決まる 8ブロックから30人

あすのカトリック教会を私たちの手で築こうという東京教区大会が開かれてほぼ一年。聖職者や信徒が一堂に会し、時には白熱するほどの議論をたたかわせながらも、真剣な討論がくりひろげられた政治経済の問題をはじめ、社会福祉、布教、広報、教育、教区の刷新、千葉地区の問題など幅広く検討、数多くの前向きの提案が決議された。その後、各ブロックごとの組織が誕生、意義深い決議事項を実現化するよう、一歩一歩話し合いが積みかさねられた。その第一歩としてこのほど布教司牧協議会委員30人が選出され14日には初の会合を開催、いよいよ“東京教区大会の精神”は具体化へスタートを切った。

ことし1月教区大会が終わったあと、白柳大司教は、大会で決まった数多くの決議事項を教区規模で実現させていくために、従来の司牧協議会を新組織に改めることが急務であるとして、2月11日付で8人からなる「教区新中央機関設置準備小委員会」を発足させた。
さらに復活祭には、教書を出して、ブロック会議結成から布教司牧協議会委員選出までのプログラムを発表した。それに基づいて、4月中に各ブロックで説明会が行われ、6月12日の城南ブロックを皮切りに、各ブロックで今日まで3回〜5回の集会が持たれ、活発な討議が始まった。
初めは、7つのブロックに別れて集まったが、武蔵野が地域的にも人数的にも大きすぎるので、東と西に分けることになり、現在東京には8つのブロック会議がある。
この新しいブロック会議の特徴は、従来あちこちの地区で、司祭ごと、信徒ごと、あるいは修道女ごとに集まっていたものを、1つのテーブルを囲むものとして結んだところにある。東京教区には教区司祭あるいは、宣教会司祭によって司牧される各小教区の他に、約400人の司祭、2000人の修道女によって推進されている諸活動があり、またほとんどすべての信徒使徒職団体の本部、支部が集中している。これは他教区にはない東京教区のエネルギーであると同時に、教区共同体化のむずかしさにもなっている。このブロック会議は、それぞれの地域内にあるすべての信仰共同体(小教区、修道院、学校、諸施設、使徒職団体など)から数人の代表によって成り立っており、1ブロックでおよそ40人内外になっている。
各ブロックは、11月末日までに布教司牧協議会委員の選出を終え、30人のメンバーが誕生したその内訳は、司祭9人、修道女7人、信徒14人である。布教司牧協議会の会議にはこの他に教区事務局の司祭5人と司教2人が参加するが、12月14日に初会合を開く。毎月1回定例会議を持って教区大会の諸決議をはじめ、大会後各ブロックから出た要望など具体化を審議、決定していくことになる。

14日に初会合開く

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各ブロック会議は、この半年の間、選挙の準備をしてきたわけであるが、それだけに終始したのではない。ブロック内での相互協力によって解決すべきことは着々と目標を定め、
すでに着手しているところもある。
たとえば、城北では、ブロック報の発行。武蔵野西では壁新聞。中央では、伊豆七島の信徒への援助。城南でも、すでに小教区間で行われていた大島教会援助の継続や拡大を決めている。千葉では船橋教会新築への援助や、九州地区からの移住信徒への対策を検討。その他、求道者が多数集まるところへの司祭の応援や、青少年の少ない小教区での合同の練成会の計画などもある。
初めての試みだけにはじめのうちはぎこちなく、討論もかたくなりがちなブロックもあったが、回を重ねるに従って、くつろいだふんい気で、どんどん核心をついた討論がくりひろげられた。抽象論だけでなく、壁新聞など具体的な行動への動きが出てきたのもその成果のあらわれ。「まずおたがいに知り合おう」とパーティなども開かれ、和気あいあいのムードづくりのくふうもこらしたところもある。「手間はかかっても、やはり一回一回会を重ねることによって教区大会の精神が少しずつ実っていくのをはだで感じます」、「教区大会での白熱した討論の空気がいまでも伝わってきますね」と大会決議事項の具体化への高まりの声があちこちに聞かれた。

布教司牧協議会委員

【中央】
後藤正司(58)(関口、信徒)
▽藤田文子(36)(援助修道会、修道女)
▽越前喜六(41)(かつらぎ会、司祭)
▽古川正弘(28)(本郷、司祭)

【城東】
須藤修一(32)(本所、信徒)
▽今田健美(62)(浅草、司祭)
▽小林章雄(43)(船橋、信徒)
▽深水正勝(33)(柏、司祭)

【城西】
井手雄太郎(47)(麻布、司祭)
▽福川正三(58)(麻布、信徒)
▽栗田昌枝(40)(聖パウロ、修道女)
▽岡田啓一(53)(家庭会、信徒)
▽伊藤芳雄(49)(渋谷、信徒)

【城南】
関戸惣平(69)(田園調布、信徒)
▽酒井百合(69)(サンモール、修道女)
▽泉富士男(42)(大森、司祭)
▽目良純(40)(目黒、信徒)

【城北】
徳川泰国(51)(志村、司祭)津賀佑元(48)(豊島、信徒)
▽古屋寿子(42)(マリアの宣教者フランシスコ会、修道女)
▽江良綾子(24)(看護協会、信徒)

【武蔵野東】
杉田稔(45)(高円寺、司祭)
▽永島洋三(37)(高円寺、信徒)
▽森下晶子(41)(グレイル、信徒)

【武蔵野西】
小林幾久子(29)(汚れなきマリア会、修道女)
▽塗矢邦夫(33)(八王子、信徒)
▽新垣壬敏(33)(立川、信徒)

【千葉】
カルメン・ペルムイ(37)(聖マリア会、修道女)
▽池田政朝(30)(千葉寺、信徒)
▽モロイ・ミカエル(29)(五井、司祭)

五十音順で配列 「こよみ」の東京教区

昭和48年の「典礼暦教会所在地という小本(いわゆるこよみ)で、東京教区の部は、他の教区にさきがけて、教会の配列を今までのアルファベット順から、五十音順に改めた。なお、関口は従来司教座聖堂(カテドラル)のため配列の冒頭にかかげられていたがこれも「セ」の部に掲げることにした。

お知らせ

◇ 電話新設
元八王子教会(巡回)に電話が新設された。(0426)25-5165。
◇ 動静
高輪教会出身の教区神学生小林敬三師はこのほど上石神井のイエズス会神学院で助祭に叙階された。
◇ 移転
清泉インターナショナル・スクールはこのたび下記に移転した。
世田谷区用賀1-12-15
〒158 TEL(03)704-2661
◇ 認可
サレジオ会足立修道院はこのほど正式に認可された。

印刷センターが発足
八王子の聖パウロ会
聖パウロ会修道会八王子修学院はこのほど、オフセット活版など」最新の印刷機械を増設した。単行本や小教区やブロックの新聞、パンフレットの印刷をひき受けるなど、総合印刷センターとして発足した。

クリスマスおめでとう 白柳誠一大司教

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教区の皆さん、クリスマスおめでとうございます。この世に本当の平和をもたらしてくださる主の御降誕を、私たちも期待と希望をもってお迎えしましょう。
今日の教会は、ある意味で、歴史上かつてなかったほどの大きな試練の時に直面しています。なるほど外からの迫害はありませんし日本の社会も安定しているということからいえば、教会もまた平穏であるといえるかもしれません。しかし繁栄のかげにかくれた多くの主義主張の中には、反キリスト教的な要素も多く、一方種々の正しい運動に教会が遅れをとっていることも事実です。また教会内にも、いろいろな新しい動きによる精神不安定や、平和になれてしまったやる気のなさがしばしば見えることも見逃すわけには行きません。
こうした教会の現状に対し「教会を刷新し、社会に福音の光を」とのスローガンにはじまったのが教区大会でした。大会はけっしてスローガンだけに終始したり組織だけ作って事たれりとしたものではなかったはずです。その根本精神は、教区のことを、司教や司祭だけでなく、教区の全員が考え反省し、実行に移していこうということでした。
大会は今年1月に終わり、今はそれを実践する時です。教区をいくつかに区分し、小さなグループで自分たちの問題を検討するブロック会議は、すでにかなり前から発足しています。そしてさらに選ばれたグループで布教司牧を検討する布教司牧協議会は、今月14日に第1回会合を開きました。これらはすべて、聖職者・信徒一体となって、何が神のみむねであるのか、そこに働く唯一の霊である聖霊の導きのもとに、教会の進むべき道を探求しようというためであり、公会議の精神を私たちの東京教区に生かすことにほかありません。
教会は組織づくりにばかり熱中しているのではないかという批判の声も謙虚に受けたいと思います。この批判にこたえるためには実践をするよりほかないでしょう。それと同時に組織にとらわれることなく、本当にやる気のある人々がいろいろな分野で熱心な活動をすることを願ってやみません。
「地には善意の人に平和あれ」私たちは真に神のみむねを求める「善意の人」となって、まやかしものでない「平和」が得られるよう、心からの祈りと努力をお献げしよう。

ジュリア祭 国あげて大歓迎 韓国“平和の使い”に握手ぜめ

ジュリア祭を故国へ里帰りさせようという計画のもとに、展開した神津島の日韓親善訪問団の行事はこのほど行われたが、韓国でも大歓迎をうけた。一行がソウルの空港を降りはじめると、待機していた報道陣約40人がドッと集った。それに始る韓国新聞やテレビの熱の入れようは国賓あつかい並であった。日本大使館を訪ねて、訪問の趣旨と日程を伝え、協力を要請したあと、移葬の地である切頭山殉教者記念館前庭に着く。すでに4〜500人集る広場には歓迎の塔が高々と、墓を納める墓碑も完成している。祭壇の左には法務大臣から送られた花輪、司式は館長の朴神父がたくみに進める。松本団長から、ジュリアの墓土がロウ大司教の手に。つづいて団長から副葬品の記念石やロザリオが披露され埋葬。墓の除幕のあと、金枢機卿より団長へ。感謝碑やジュリアの肖像画が贈られ、お返しとして神津島特産の黒耀石が披露され贈呈。ここに殉教者記念館とジュリア顕彰会との間に“姉妹結縁”の証が取りかわされることになった。
翌日は代表者が文化公報文化局長を訪問、局長は主旨と善意に涙を流し、大臣碑を団長に贈呈。
あなたがたの親善訪問はかけがえのない“平和の使い”と固く握手をかわした。ジュリアの名前は一行の訪問で韓国全土に一挙に高められ、韓国ではジュリアの映画化を計画、ロケ班が神津島にわたって現地ロケの予定。一行はこの後慶州を中心に観光を終え、日本大使館にあいさつ、ジュリアの墓に花輪をささげて、31日全員無事帰国した。

ひろば 自ら参画しよう

ある夏の夜のことだった。都内のある私鉄電車に乗っていた時のこと。入り口付近に1人の女性が立っていた。そこにふらふらとちどり足の酔っ払い男が近よってきた。肩に手をかけられたのか、女性は気味悪がって別の方へ移ろうとした。ところが男はしつこくからんできた。「なぜ逃げるんだ」とわめいている。腕をつかんだりしてからんできた。
私はハラハラしながら見守っていた。「助けに出なければ」と思いながらも、腕力では勝てそうにない。何しろ相手は大男。ますます乱暴になる一方。とうとう持っていたカサで女性をこずき始めた。
私のまわりの人たちはみんな見て見ぬふり。“隣の人はどうかな”と顔を向けると、今まで大きな目を開いていたのに、急にねむりこくったふりをした。これを見て私は腹が立ち、反射的に立ちあがってしまった。幸いスポーツマンらしいくっ強の若者も別の方から立ち上がり、2人で酔っ払いを次の駅で降ろすことができた。それにしても後味の悪さ。目の前で何の罪もない人が途方もない乱暴をうけているのに、なぜ多くの人々は知らぬ存ぜぬをよそおったのだろうか。
公害や都市問題がようやく全国的な世論として高まったのは2年ほど前から。でも、公害はいっこうになくならない。大気汚染、騒音、日照権問題とふえる一方。主な原因は国や企業の怠慢にあるかもしれないが、市民1人1人の立ち上がりが、まだ足りないのかもしれない。もちろん忙しい日々の生活。「関心はあってもいちいち関与できない」という声もあろう。でも、自分なりの参画のしかたはあるはず。
「大学生活なんかつまらない」「会社はおもしろくない」という人はいたるところにいる。でも、ただ不平を言うだけでは解決しない。新しいカトリック教会はどうあるべきだろうか。いろいろな意見、不満、注文はあろう。しかし、自分なりに、あすの日本の社会で、カトリック者がどうしていくべきか、取り組み、自分なりにできることを実行してみたらどうだろう。きっと自ら参画することに生きがいを感じるにちがいない。
人間疎外の世の中なら、成りゆきにまかすのでなく、意識的に、血のかよった市民社会をつくる努力が必要だろう。傍観しているだけでは前進しない。(T)

あした葉

「あしたば」は一名「あしたぼ」ともいわれ、伊豆諸島の各所にみられる野生植物である。風味があのよく吸物などに入れる「みつば」に似ているが、やや大味で、固くて苦い。野菜に恵まれない島では貴重なビタミンC補給源でもある。
▼なぜこの名があるかといえばそのふえ方が著しく、生命力が旺盛だからである。今日摘みとっても明日になれば「ぼーっ」と増えているというところから「あしたば(葉)」あるいは「あしたぼつ」と名づけられているとの事である。人が根こそぎ摘みとったつもりでも、真の命は根深く生きていて、枯れおとろえるどころか、その名の通り明日にでもなれば以前にも増して、青々とはびこる。摘みとられても、踏まれてもひるまず、いっそう生い出るこの執ようなまでの生命力
▼学名などは知らないが、この植物の心意気にこそ、まさに神の国民が見習わなければならないのではないか。権力や体制が摘みとろうとしても、又摘みとったつもりでも、キリストの真の生命は根深く生きている。へこたれることなく、否、へこたれるどころか、以前にも増してあたりにたぎり出る。
▼東京教区ニュースは教区民のためのものである。ことさら「みんなの声」欄のみに限られることなく、全紙面が教区民全体のなごやかな対話に充ちたものでありたい。キリストの生命を頂く神の民一人一人は、それが愛にねざす前向きの考えであったならば「あしたば」の命にも増すしぶとさで繁茂するであろう。「あしたば」はそんな勇気を与えてくれる草である。(S.A)

東京教区大会はこうして開かれた -座談会- 社会的姿勢求めて 共同体づくりへの努力

“布教司牧協議会の委員が決まる”-。このニュースを聞いて、東京教区大会との関連で、「なるほど」とすぐピンと、経過のつじつまを理解できる人もおれば、かならずしもそうでない人もいよう「東京教区大会って何だっけ」とまでいう人は少ないにしても、記憶がかなりおぼろげになっている人もかなりいるかもしれない。そこで本紙は多少いままでの“復習”をかねて「東京教区大会はなぜ開かれたのか」というテーマを中心に座談会を開いた。「なぜ開いたか」は単なる過去への問いではなく、“大会の精神”をこんごどう生かしていくかへの問いかけにも通じるはず。以下はその紙上録音である。

―まず東京教区大会が開かれたきっかけは何でしょうか。
浜尾 やはり第2バチカン公会議がきっかけとなったといえましょう。教会の社会に対する役割は何かという問いかけがでてきたんです。この裏には布教の行きづまりを感じたからだと思います。
―準備委員会ができたのはたしか昭和44年の初頭でしたね。
浜尾 ええ。はじめ101人。あとで若い人を14人入れて115人でスタートしたんです。毎月1回会合を開きました。
―アンケートもお取りになった。
浜尾 44年夏に「教区大会にあなたの意見を」というアンケートを出し、秋に30000件回収したんです。この意見に基づいて7つの部会、あとで千葉地区を加えて8つの部会が誕生したわけですよ。はじめ部会員は自薦他薦でしたが教区全体の意見を反映するために正式の代議員を出してもらい、昨年暮れからことし1月にかけて代議員会を開いたのです。そして大会後は、大会の決議事項を具体化する方向へと、ブロック会議や財政審議会準備委員会が誕生したわけです。
―今日までの経過は分かりましたが、それではなぜ開いたのか、もう少し突っこんで説明していただきたいのですが。
津賀 この大会開催の必要性というのはやはり司祭側にも信徒側にも感じたのだと思いますね。なにしろアンケートに対して3000件の回答があったというのは、やはり、かなりの反応だったといえましょう。「現代における教会とは何か」とか「現代の教会はこれでよいのか」というドロドロとした問いかけが根本的にあったわけです。典礼がかわったことに対して、不満を感じた信者は、それがなんとなく上から押しつけられたと思えたからではない、でしょうか。従来も、信者も聖職者も一堂に会する組織はありましたが、どうも上からつくられたという感じをぬぐえなかった。「何が教会にとっていいのか」という問題を信者も入れて考えさせてほしいというムードが高まってきたんです。
福川 カトリックの教義は1つだが、共同体としての動きは個々別々だったといえよう。ある1つのことが決まっても、教会や修道会によって方針がちがうため、同一の歩みができない。あることが決められても実行できないという弱みがあったですね。ツーといえばカーと分かるとはいえなかった。
寺西 たしかに第2バチカン公会議後分かったことの1つは、カトリック界が1つではないということです。むしろバラバラであることに気づいた。現実に社会が急速に動いているうちに、教会の無力さが分かってきた。だから外側だけでない意識の上での改革が必要なんです。
津賀 神父さん方も大変悩まれていたと思いますよ。「私の前には厚い壁があるが、それをどう乗り越えたらよいか分からない」とおっしゃっていた方もいましたね。
山本 正直いって大会のはじめのうちは「何をやるつもりか」と思っていましたが、途中から転機がありました。いままでのカトリック界は一部の司祭と、それを取りまいている一部の信徒によって何となく動いていた感じですがこの大会で、そのようなせまい垣根が取りはずされましたね。
永島 なにしろ昔は大司教とか司教というお方はとても近よりがたい遠い存在の人でしたけど、最近は何かとっても身近な人に感じますね(笑)。
山本(シスター) 修道女たちも横のつながりができて、小教区にもできるだけ近づくようになりました。自分たちの御堂でミサにあずかっていた修道女も少なくとも月に1回は小教区であずかるという動きになりました。東京教区が1つの共同体をつくろうとしたのなら、たしかに修道女会にも、その息ぶきが生まれたと思います。
―こういった経過、理由から生まれた教区大会の精神も、こんごどのように具体化していくかが問題だと思いますね。そういう意味では教区大会の実質的なスタートはこれからで、それは聖職者、信者1人1人の肩にかかっているように思えます。きょうはどうもありがとうございました。

2つの巡回教会

ブロック別小教区一覧表には、いわゆる巡回教会がのっていないが、現在教区内には次の2つの巡回教会がある。
▽ 元八王子(八王子巡回教会)
▽ 永代(築地巡回教会)

具体化へ6つの提案 浜尾文郎司教

東京教区大会で可決された事柄を具体化するには次の6点を常に大切にしなければならないであろう。
?教会は社会にかかわりつつ、神の救いのパイプ役を果たす使命を持つということ。本当に人や社会を救うのは、教会の神の民、つまり人間ではなく、神のみであるという根本的な教会の理念を持ち続けることが大切です。
?教会とは何かという根本的な問題を決して見失わないこと。私たちはキリストの復活の秘義に生きようとする民の集まりであってキリストを旗印に集まる集団ではない。
?社会にかかわる教会となるためといっても、現代の社会に魅力ある教会をつくるというより、今よりも福音的な教会をつくることを目指すことが大切である。ただし楽しいふんい気を作ることが目標ではなく、福音的であることが目標であるべきである。
?こういった事柄を実現させるためにも、今まで以上に祈る民の集まりとなるべきである。祈りなしの教会はありえない。
?およそ救いというものは、神とその人との間になされる業である。教区民とか、司祭団とか、社会の人などと抽象化された対象としてとらえることはまちがっている。といっても、全く個人主義的にとらえるのではなく、神の業が1人1人にかかわる場が、私たちの仲間であるという意識が大切である。つまり共同体意識が必要。その内容を充実するためにこそ組織があるべきはず。個人のイニシアティブを生かすように助けるのが組織。組織と個人との間の相互依存性を常に忘れないように。
?教会は明日の人々のためにある。現在教区民でなくとも、明日私たちの仲間になる人もいるはず。現在のメンバーのためだけを考えて改善するのでは、独断的になる恐れがある。
以上6つの点は1つ1つに分かれているのではなく相互に関連しているのを忘れてはならない。

新典礼委員会発足へ

従来の典礼委員は故土井大司教の任命によるものであったが、教区大会の開幕と同時に、緊急事態発生以外には休会となっていた。教区大会の代議委員会の議決による第4部会の提案に従い、いままでの委員を白柳大司教が解任し、改めて立候補制による司祭典礼委員を若干名任命した。更に、信徒側からも若干名任命されて、布教司牧協議会のもとでの小委員会とする。いままでは十数名の委員が全員で教会美術、教会音楽、言葉、式を討議していた。しかし、今後はそれらを典礼委員会のもとにおき、同委員会はそこからの提案を検討し、布教司牧協に提出し、可決された場合はブロック会議を通して、各母体(小教区、使徒職団体等)に浸透させていく方針をとる。

△音楽も引き受けます▽
カテドラルは本年7月より、修築工事を行っていたが、このほど終了した。音楽会、結婚式等の催しも受けつけているが、そのさいは新設のカテドラル事務所の窓口を利用してほしい。
電話は(03)941-3029

ブロック便り

アンケートを生かせ

【城北】 東京教区大会が公表されて半年ぐらいたったころ「教区大会にあなたの意見を」という用紙が回ってきたことを今でもはっきりおぼえている。そして約三千の意見が出たとも聞いている。
中間報告書が出た時点では、まだ多分に゙あなたの意見゙も見られたが、代議委員会議案集になると、それはかなり影をひそめ、もっと高度なるものが現れて来ているように見える。
代議委員会議事録によると、組織が大きく取り上げられているようである。たしかに、
゙あなたへの意見゙これから検討して行くための組織作りであるかもしれないがブロック会議員が゙あなたの意見を片隅に追いやって、自分たちで問題を発見して、それを討議、処理して行くようになってしまうならばせっかく、勇気を出して書き出した者として誠にやりきれない気持ちになるし「教会はやっぱりそんなものか」に陥ってしまいそうである。ブロック会議員諸氏の一顧望む。(ブロック会議報「城北」第一号より)

島民は私たちの仲間

【中央】 中央ブロックではすでに二回の集まりをもった。会は研究会や討論会のようなものであってはならず、実践行動を通して、ブロック内の協力体制を作っていこうと、さっそく具体的行動にうつった。最初に手をつけた事は、ブロックの調査に答える意味でも「大島教会との連帯を深めよう」という事であった。離島の伊豆小笠原諸島の信者に、決して孤立感を与えないよう、常に仲間としての意識を忘れぬよう、そしてまさに、それをなさねばならぬのがこの中央ブロック会議員であるとの自覚を確認し合った。さしあたってクリスマスカードを全信者に贈るなど、早くも実行が具体化している。
【千葉】 千葉ブロック第2会議で船橋教会の増築を援助しようという議題が採決されたが、会議後某師がのべておられた感想はー。
以前は千葉県は東京教区という意識もなかったが、大会もあり、司教様方も熱心に巡回されたおかげで、メンタリティがすっかりかわった。

船橋教会の増築援助

以前だったら、他教会の援助など考えつきもしなかったかもしれない。しかし今日、千葉の各教会は、自分たちの窮状もかえりみず、他教会の援助を自分たちから進んで提案するようになったー。

壁新聞の発行を予定

【武蔵野西】 武蔵野西地区では、壁新聞を計画している。9月10日の会議の議題の1つとして母体間のコミュニケーションを促進する広報活動はどうあるべきかということが取り上げられた。広報活動の必要性については意見の一致をみたが、いざどんな形で出すかということになって、各団体で出している広報と、教区ニュースとの中間にあるものとして、その特徴をよく見きわめる必要があるという慎重論も出て、結局2つのことがきまった。1つは、11月12日の会議までに各団体はそれぞれの会報を100部作成あるいは増刷りして持ち寄り、交換し合うこと。もう1つは壁新聞である。これは立川と八王子代議員を中心に、この教会の青年達が編集にあたり、母体数だけコピーして配布する。活字というあらたまった姿ではなく、普段着の姿、なまの声を、ヤングの足でかせいで書きなぐって行こうというもの。12月には第1号が出ると期待される。

思い切った発言を

【城南】 「なにをやるにしても金が必要だというのはわかるけど、いつでも金だ金だではやりきれないね」
「城南には7つの小教区教会があるけれど、本当に7つ必要なんだろうか」「でも、いざどこが、というとむずかしいんじゃない」「それはそうだけど、その辺のところまで思い切って発言するようでなければ、ブロック会議もつまらないね」「そう、そう。いつもきれい事ばかりじゃね」―選挙が終わって、残留有志によるヤキトリパーティーでの会議から。

12月1日に辞令 布教司牧協議会

布教司牧協議会の発足によって教区中央機関設置準備小委員会は自動的に解散となったが、このほど開かれた最終の会合で、ブロック会議で生じた問題点について討議、次のような合意を得た。
?ブロック会議員、布教司牧協議会員の任期2年の起点について議員選出後、大司教からの辞令発行する日を起点とする。両議院の終了期には半年位のずれのあるほうが望ましい。すでに辞令の出ているブロック会議員は2年先の7月1日、布教司牧協議会員は12月1日に辞令を発行。
?議員の転出者が出た場合の取り扱い。

(1) ブロック会議員の転出
(イ) 別のブロックに転出した場合議員の資格を失う。
(ロ) ブロック内での転出の場合は原則として継続する。ただし特殊事情のある場合は、ブロックで決める。
(ハ) 小教区司祭が小教区としての仕事をやめた場合は資格を失い、かわって小教区の主任または助任司祭が議員となる(すなわち、各小教区から必ず1人の小教区担当司祭が出る。)
(ニ) 補充は母体が選出する。

(2) 布教司牧協議会委員の転出
(イ) 他教区に転出した場合、委員の資格を失う。
(ロ) 教区内の転出の場合、原則として継続する。ただし特殊事情のある場合は、協議会で決める。
(ハ) 補充はブロック会議が決める。
協議会委員数の変更と選挙について=いずれも協議会を開いて検討する。

ブロック別小教区一覧表

(カッコは文教会)
▽ 中央 枝川、大島、神田、麹町、関口、築地、本郷。
▽ 城東 (足立)、赤羽、浅草、上野、亀有、小岩、本所、(町屋)、松江、三河島、市川、柏、西千葉、船橋、松戸。
▽ 城西 (赤堤)、麻布、喜多見、三軒茶屋、渋谷、世田谷、成城、初台、原町田、松原。
▽ 城南 大森、蒲田、洗足、高輪、田園調布、碑文谷、目黒。
▽ 城北 秋津、板橋、北町、清瀬、志村、下井草、関町、(田無)、徳田、豊島。
▽ 武蔵野(東) 荻窪、吉祥寺、高円寺、調布。
▽ 武蔵野(西) 五日市、青梅、小平、多摩、立川、豊田、八王子、(日野高幡)。
▽ 千葉 鴨川、木更津、五井、佐原、館山、千葉寺、銚子、東金茂原。

人事異動(聖職者)

▽カトリック点字図書館長 西尾正二師
▽学生指導司祭 ネラン師
▽桜町病院付 沼波 健師
▽三軒茶屋教会主任 E.ピンチ師
▽ マリアの宣教フランシスコ会管区長 アグネス・高木
▽ 聖ベネディクト修道女会日本管区長 シスター・森治子

みんなの声

もう、1年になるんだなあ、と思う。あれから何が行われたのか、とも考える。熱気に満ちた討論を終え、それぞれの教会・修道院などの母体へ持ち帰った報告。毎日忙しい生活を送っている一般の信者は、それをどれだけ自分自身に課されたものとして理解し、実行しようとしているだろうか。近視的な目で見ると、はなはだ心もとない思いにかられる。ブロック会議などの組織づくりも着々と進められその他知る人ぞ知る動きは、かなり活発に行われているのだが・・・・・。
しかし、この大会が開かれなかったならば、日本の教会はいよいよ沈滞していったのではないだろうか。金と労力と時間のかかる仕事である。その上、目的にたどり着くために、私たちに多くの犠牲が要求されている。「針のメドにラクダを通す」仕事だ。でも、聖霊の助力を得て、遠くにある目標を1日でも早く、近視眼でも見られるところに近づけるよう、小さな力ではあるが積み重ねていこう。なぜなら、これは神の命じられた仕事なのだからである。
(大井薫=碑文谷教会ヨゼフ会員)

みんなの声投稿規定
600字以内で住所、氏名、年齢、職業を書き(匿名希望者はその旨明記)東京大司教区事務局広報部(〒112 東京都文京区関口3-16-15)へ。