お知らせ

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東京教区ニュース第399号

2023年01月03日

希望の光を暗闇に掲げて

東京教区のみなさん、主の降誕と新年のおよろこびを申し上げます。

大司教 
タルチシオ 菊地 功

主の受肉の神秘を祝う降誕祭は、生命の尊さをわたしたちに教えています。全能の神は小さな幼子の生命として、わたしたちのうちにおいでになりました。両親からの保護を必要とするその小さな生命は、しかし、暗闇に輝く希望の光でありました。暗闇が深ければ深いほど、小さな光であっても輝きを放つことができます。神からわたしたちに与えられた生命は、希望の光として暗闇に輝く光です。

残念なことに、世界はその生命を最優先とすることなく、暴力が支配する様相を呈しています。生命への攻撃は、わたしたちをさらに暗闇へと引きずり込み、希望を奪います。希望を奪われたわたしたちは、さらなる不安に駆られ、そのために利己的な守りの姿勢を強め、暴力に抗うために暴力を肯定する誘惑に駆られています。

この三年におよぶ感染症の状況は、よい方向に向かっているとは言え、わたしたちを取り巻く暗闇を深めました。その暗闇がもたらす不安は、わたしたちの姉妹教会であるミャンマーにおけるクーデター後の不安定な状況や、ウクライナにおけるロシアの侵攻がもたらす戦争状態によって、さらに深められています。暗闇は世界から希望を奪っています。だからこそ、わたしたちキリスト者は、主ご自身が幼子としてもたらしてくださった生命の希望の光を、暗闇の中で高く掲げる存在でありたいと思います。

教皇様は新年の世界平和の日にあたりメッセージを発表されていますが、そのテーマも、コロナ禍のあとの世界を見据え、ともに連帯しながら新しい平和への道を見いだす歩みを続けることを呼びかけておられます。いまほど、連帯のうちに支え合い、互いに耳を傾けあう姿勢が、教会だけでなく世界にとって必要なときはありません。

この三年間、教区からお願いしたさまざまな感染対策をご理解くださり、協力してくださっている皆様に、心から感謝申し上げます。いろいろなお考えがあることは十分承知していますが、多くの人が集まる教会であるからこそ、自分の生命を守るためだけでなく、互いの生命を危険にさらさない隣人愛の行動を選択し続けたいと思います。

一年の初めにあたり、是非とも司祭・修道者の召命についてお考えいただきたいと思います。まだ最終確定ではありませんが、今年の春には二名の神学生が、東京教区司祭として叙階されるべく準備を進めています。この二人のあとには、現時点では神学課程に一名、哲学課程に一名の二人しか、東京教区神学生はおりません。常々皆様にも申しあげていることですが、一人の方が司祭を志したとして、実際に叙階されるまでには、最低でも七年という時間が養成のために必要です。司祭養成は、それほど慎重に行われるものですし、そもそも「召命」と言われるとおりで、神様からの呼びかけであって、人間が生み出すものではありません。実際には呼びかけられている方は大勢おられるのだと思います。ですから究極的に言えば、無理をして神学生を増やすのではなく、神様からの呼びかけを待てばよいのですが、同時に、自分が呼ばれていることに気がつかない人も大勢おられます。識別するためには皆様の祈りが必要です。呼ばれている人が、自分の召命に気がつくように、どうかお祈りください。これは一人司祭ばかりではなく、修道者への召命も同じです。お祈りと、励ましをお願いいたします。

すでに日本の他の教区では普通のことになっていますが、今後は東京教区においても、すべての小教区に必ず司祭がいるという状況を続けていくことは、困難になります。すでに数名の教区司祭には、主任司祭の兼任をお願いしているところですが、今後は引退される司祭も増加することが必然であり、同時に新しい司祭の誕生は限定的ですので、何らかの対応が必要です。司祭の兼任は様々な側面から、司祭自身にとっても、また教会共同体にとっても負担となります。その意味で、現在検討を続けている宣教協力体の見直しを含め、どういった形で既存の教会共同体が協力していくことができるのか、具体的な検討を続けていきたいと考えています。

将来にわたる経済的な負担などを考慮して、教会共同体が自ら他の共同体との合併などを求められる場合は別ですが、基本的には現在の小教区を変更することは考えていません。

2022年の待降節から典礼式文の翻訳が変更となりました。すでに新しい翻訳でのミサに参加されておられると思います。

第二バチカン公会議の教会憲章には、こう記されています。

「(信者は)キリスト教的生活全体の源泉であり頂点である聖体のいけにえに参加して、神的いけにえを神にささげ、そのいけにえとともに自分自身もささげる。……さらに聖体の集会においてキリストの体によって養われた者は、この最も神聖な神秘が適切に示し、見事に実現する神の民の一致を具体的に表す(11)」

わたしたちにとってミサは、キリストの贖いのわざとしての犠牲とそれに続く復活を、秘跡の形で再現するものとして、キリストがいまここに現存し、また現存し続けると言う意味でも、最も重要な位置を占めています。

新しい翻訳には賛否両論あろうかと思いますが、異なる言葉への翻訳における様々な困難を乗り越え、普遍教会全体の一致を具体的にあかしするための、大きな一歩であると思います。わたしたちを霊的な絆で結びつけるために最も大切なこの聖体祭儀について、今回の改訂が、学びを深める契機となることを期待しています。

いまわたしたちの国では宗教の存在が問われています。自戒の念を込めて自らの有り様を振り返る必要がありますが、元首相の暗殺事件以来、宗教団体の社会における存在の意味が大きく問われています。言うまでもなく、どのような宗教であれ、それを信じるかどうかは個人の自由であり、その信仰心の故に特定の宗教団体に所属するかしないかも、どう判断し決断するのかという個人の内心の自由は尊重されなくてはなりません。

そもそも人は、良心に反して行動することを強いられてはなりませんし、共通善の範囲内において、良心に従って行動することを妨げられてはなりません。(カテキズム要約373参照)。

宗教は、いのちを生きる希望を生み出す存在であるはずです。その宗教を生きる者が、いのちを奪ったり、生きる希望を収奪するような存在であってはなりません。人間関係を崩壊させたり、犯罪行為に走ったり、いのちの希望を奪ったりすることは、宗教の本来のあり方ではありません。

わたしたちはどうでしょう。わたしたち教会はすべての人の善に資するために、この社会の現実のただ中で、いのちを生かす希望の光を掲げる存在であり続けたいと思います。対立や排除や暴力の象徴ではなく、一致と連帯と支え合いをあかしする共同体でありたいと思います。

教会のシノドスの歩みは続いています。今年のはじめには各大陸別のシノドスが開催され、アジアシノドスも2月末にタイで開催されます。その後、今年の10月と、来年2024年10月の二会期に渡ってローマでの会議が開かれ、その結果を受けて教会は2025年の聖年を迎えます。聖霊が教会をどこへと導こうとしているのか、共同体の識別の道はこれからも続けられます。東京教区にあっても、今後も小グループによる分かち合いを通じた聖霊の導きへの識別を深め、互いに耳を傾け合い支え合うことが当たり前である教会共同体へと変貌していきたいと思います。

2023年12月4日には、江戸の殉教の400周年を迎えます。高輪教会においては例年通り、江戸の殉教を顕彰する行事が行われますが、それに向けて、教区内でも殉教について学ぶ機運が生まれることを期待しています。

新しい年の初めにあたり、皆様の上に、全能の御父の豊かな祝福がありますように、お祈りいたします。

緊急対談! 菊地 功 大司教 × 小西 広志 神父

菊地大司教と小西神父が、シノドスについて「分かち合い」について赤裸々に語り合う!2023年1月、東京教区YouTubeチャンネルにて対談動画公開予定。ご期待ください!

※予告動画はこちら

シノドス 大陸ステージに向けて その1

教区シノドス担当者
瀬田教会主任司祭
小西 広志神父

大陸ステージと作業文書

一昨年、2021年10月より開催されたシノドス(世界代表司教会議)第16回通常総会は、教区のステージ、司教協議会のステージを終えて、大陸別のステージに移りました。今年、2023年11月の本会議に向けて、意見の集約と議題づくりがなされていきます。それに先立ち教皇庁シノドス事務局は大陸ステージのための作業文書「あなたの天幕に場所を広く取りなさい」を発表しました(2022年10月24日)。

『イザヤ書』の一節(54章2節)を表題とするこの作業文書は、各教区と司教協議会から寄せられた意見を反映したものです。五つの点が強調されています。

1.耳を傾ける。
2.宣教へと向かう推進力は対話であり、ケアである。
3.宣教のスタイルは参加である。それは洗礼の尊厳から生まれる。
4.生きた霊性による養成が必要である。こうして教会の中に生きた交わり、参加、宣教が構築される。
5.典礼は信仰の共同体を一つにまとめ、交わりを具体化してくれる。

これらの強調点のいくつかについて簡単な説明を加えてみたいと思います。

「耳を傾ける」

今回のシノドスが開催された時点から、教皇庁シノドス事務局が強調してきたのは「聞く教会」です。

実は、シノドス的な教会、すなわち「ともに歩む」教会を目指すためには、教会が備えている「シノドス性」という特性について理解と体験を深める必要があります。しかし、この「シノドス性」の理解をめぐって世界各地で差があるように見受けられます。ヨーロッパの国々の一部では「シノドス性」を教会の機構の点から捉えているようです。機構改革、男性以外の聖職者などが強く訴えられています。南米の一部では先住民の保護、環境の保護の観点から「シノドス性」を見ています。また、南米やアフリカでは何よりも貧困化する社会にあって教会の果たす役割を考察しながら、「シノドス性」について理解が深まっています。このように「ともに歩む」という「シノドス性」の特徴は、各地の現状と照らし合わせながら実行されているのです。

しかし、「シノドス性」をさらに際立たせて、現代社会の中でキリストの福音を証しするためには、どうしても欠かせないものがあります。それは「聞く」ことです。すでに一昨年の開会の説教の中でも教皇フランシスコはシノドスの歩みをする上で「参加する」、「聞く」、「識別する」の三つの動詞が欠かせないと指摘しています。「参加する」については各教区の取り組みなどから多くの人々が体験的に理解を深めていったと思います。「識別する」についてはロヨラの聖イグナチオの回心500年を記念して開催された「イグナチオ年」(2021年5月20日から2022年7月31日まで)と関連してだと思いますが、教皇は現在、毎水曜日の一般謁見の中で「識別」についてのカテケージスを行っています。先に指摘した教皇庁シノドス事務局からの「10の設問」でも共同体による「識別」が意識されています。

「聞く」については積極的な取り組みがなされていないようにも思います。しかし、前述の通り教皇庁シノドス事務局は「聞く教会」(the listening Church)をアピールしています。信者が互いに相手の言葉に耳を傾けることは「シノドス性」の具体的な姿となります。

「聞く」については、2014年の家庭に関する特別シノドス、翌年の家庭の召命とミッションに関する通常総会と二つのシノドス(世界代表司教会議)の体験は、意見の対立の中にあっても一致点を捜していくためには「聞く」ことが必要であることに気づかせてくれました。その点は2017年に発表されたシノドス後の教皇文書『使徒的勧告 愛の喜び』に反映されています。

そして、よりよく「聞く」ためには分かち合いのような小グループによる「集い」が有効だと教会全体が気づきはじめました。

教会の奉仕者である司祭、奉献生活者が信徒の意見に耳を傾けないとのお叱りを受けることはよくあります。確かにそうです。わたしたち司祭は悔い改める必要があります。しかし、信徒の皆さんはいかがでしょうか?御自分の家庭のメンバーの声に耳を傾けているのでしょうか?周囲の人々の声に耳を傾けているでしょうか。そして、社会の小さな声に耳を傾けているでしょうか?

最近読んだ本に「聴くよりも、聞く方が難しい」とありました。傾聴するはできるかもしれませんが、過ぎゆく日々の生活の中で呼びかけに耳を傾けて「聞く」のは確かに難しいです。しかし、「聞きとる」姿勢が「天幕に場所を広く取る」教会を作りあげていくのです。

多摩教会50周年

12月4日午後、多摩教会にて、菊地大司教司式、主任司祭の宮下良平神父共同司式による「創立50周年記念ミサ」が献げられた。

現在の多摩教会の土地に仮聖堂が建てられたのは1994年、正式な聖堂が献堂されたのは2000年のことであるが、1972年5月22日、白柳枢機卿によって多摩ニュータウン地域における宣教拠点として「カトリック多摩教会」の設立が公示され、今年はそこから数えて50年を迎える。多摩ニュータウンの第一次入居は1971年のことなので、ニュータウンができてまもなく、多摩教会も歩みを始めたことになる。

説教の中で菊地大司教は、長い年月、聖堂もないままで信徒宅やマンションの一室を拠点にミサや宣教司牧を続けた多摩教会の歴史に触れながら、「教会とは建物のことではなく、人の集まりのことです。多摩教会の歴史はそれを体現しています」 と述べた。

保護の聖人であるコルベ神父の聖遺物(顎髭)

ミサ後の祝賀会にて。菊地大司教による乾杯の音頭。右は主任司祭の宮下神父。

ホロドモール追悼祈祷式

11月26日、日本聖公会聖オルバン教会(東京都港区)にて、ウクライナ正教会主催の「ホロドモール追悼祈祷式」が行われ、セルギー・コルスンスキー駐日ウクライナ大使を初め、滞日ウクライナ人や諸宗教の代表者が集い、祈りを献げた。

ホロドモールとは、1932~33年にかけて、当時ソ連の一部だったウクライナにおいてスターリン政権によって人為的に引き起こされた大飢饉で、数百万から一千万もの命が失われたとされている。ウクライナでは毎年11月の第4土曜日をホロドモール犠牲者を追悼する日と定め、国内外で追悼式典が行われている。

式典では、初めにコンスタンティノープル普世総主教庁の韓国府主教及び日本における総主教代理であるアンブロシオス府主教が3名のウクライナ正教会司祭とともに祈りを献げた。

続いて、日本で自前の聖堂を持っていないウクライナ正教会にオルバン教会聖堂を提供している日本聖公会、ウクライナのドネツク州にあった4つの集会所がロシア軍の攻撃によって破壊されたという末日聖徒イエス・キリスト教会、日本の諸宗教対話、特に平和のための対話を先導している立正佼成会、そして定期的にウクライナ正教会と合同の祈りの機会を持っているカトリック教会の代表者がメッセージと祈りを献げた。

最後に、コルスンスキー大使が会場とオンラインで祈祷式に参加している人々にウクライナ支援の継続を呼びかけた。

※ホロドモール追悼祈祷式のアーカイブ動画はこちらからご覧になれます。

聖公会の祭壇に飾られた東方教会のイコン。教派を超えてともに祈る姿のしるしでもある。

聖オルバン教会。すべての礼拝を英語で行っている共同体である。

聖書協会クリスマス礼拝「光は暗闇に輝いているのか」

12月8日午後、日本基督教団銀座教会にて、日本聖書協会主催の「聖書協会クリスマス礼拝」が行われた。新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、昨年と一昨年は会場参加人数を厳しく制限していたが(2020年は40名、2021名は50名)、今年はその人数を200名まで緩和し、3年ぶりに大勢の人で賑わうクリスマス礼拝となった。

「光は暗闇に輝いているのか」と題したメッセージを担当した菊地大司教は、 「いまこの国で宗教の存在が問われています」と述べ「宗教は、いのちを生きる希望を生み出す存在であるはずです。その宗教を生きる者が、いのちを奪ったり、生きる希望を収奪するような存在であってはなりません。人間関係を崩壊させたり、犯罪行為に走ったり、いのちの希望を奪ったりすることは、宗教の本来のあり方ではありません」と、宗教のあるべき姿を説いた。

また、ミャンマーの軍事クーデターや、ロシアによるウクライナ侵攻、そして長引くコロナ禍に触れながら、「わたしたち、イエスをキリストと信じるものは、その希望の光を受け継いで、暗闇に輝かし続けるものでありたいと思います。不安に恐れおののく心を絶望の闇の淵に引きずり込むものではなく、いのちを生きる希望を生み出し、未来に向けての展望を切り開くものでありたいと思います。輝く光であることを、自らの言葉と行いをもってあかしするものでありたいと思います」と、現代社会におけるキリスト者の生き方を訴えた。

超教派の集いであるこの礼拝には、多数のカトリック信者も参加。礼拝終了後に菊地大司教に声をかけ、しばし談笑する姿も見られた。

※礼拝のアーカイブ映像は日本聖書協会のYouTubeチャンネルで視聴可能。

会場の日本基督教団銀座教会。数寄屋橋近く、銀座の街の中に立てられている。

カリタス東京通信

カリタス東京常任委員会委員長
天本 昭好

神の民の社会司牧
カリタス東京創設の経緯と趣旨

カリタス東京は、カトリック東京大司教区の新たな委員会組織として2022年4月24日に創設されました。2020年12月末に、カトリック東京大司教区の宣教司牧方針が発表され、具体的な取り組みの一つとして、「教区カリタスの創設」が明記されました。「カリタス」はラテン語で愛を表し、世界各地でカトリック教会全体の愛の奉仕の活動組織の名称として使われています。日本にはカトリック司教協議会の委員会であるカリタスジャパンが、日本を代表するカリタス組織として存在しますが、カリタス東京はカリタスジャパンの下部組織ではなく、教区カリタスとしての東京教区独自の組織です。

宣教司牧方針から約1年半の準備を経て立ち上がりましたが、コロナ禍という状況下で、人的財政的資源も限られているのが現状です。従来の委員会ごとに個別に担当司祭を置き、そこで分野別に社会司牧にあたるスタイルから、神の民として信徒、修道者、司祭が合意形成したうえで協働していくプロセス、いわばシノダリティを運営のスタイルとしていきます。カリタス東京は、社会司牧の特定の課題のためだけに組織されたのではありません。福音の精神に基づきながら、日本の司教団ならびに教皇フランシスコが「福音の喜び」で指摘している社会へのまなざしのうちに活動していきます。それは、時のしるしを識別しながら、「人格の尊厳」と「共通善」が損なわれていく社会の側面に声を上げ、すべての人が全人的発展の実りを味わうことができる社会へと歩めるように、善意あるすべての人と共に働いていくことを目指していきます。そのなかで最初の取り組みとして、東京教区の宣教司牧方針策定の課題の中から、課題9「教区全体の『カリタス愛の奉仕』の見直しと連携の強化」と課題10「東日本大震災への取り組みに学ぶ将来の災害への備えの充実」に優先的に取り組みます。

取組の最初の一歩 ―連携促進、災害対応

❶東京教区内のカトリック系活動団体・グループのゆるやかな連携促進
東京教区内では、カトリックの理念に基づき大小さまざまな団体・グループが愛の奉仕の取組みを行っています。それは小教区内の活動団体・グループ、法人格を持つ団体、任意団体、修道会やカトリック学校での活動グループなどです。現在全体像を把握しようと取り組んでいますが、これらの団体が連携して協力し合って、活動がより豊かなものになるように教区として取り組みます。

❷災害対応活動(平時)
災害はいつどこで発生するか分かりません。東京教区内(東京都・千葉県)での災害発生に備えて、平時における取り組みを推進します。教区本部の災害対応体制の構築、教区災害対応スタッフの養成、小教区での災害への備えの支援等を予定しています。

これから教区ニュースにて、カリタス東京の活動の様子や社会司牧に関わる情報発信、また教区内の愛の奉仕の活動団体紹介等をさせていただきたいと考えています。カリタス東京事務局は専従者として田所功さん(吉祥寺教会所属)と小池四郎さん(関口教会所属)の二人からはじまっています。
カリタス東京の取り組みが東京教区の皆さんそれぞれの新しい出会いと気づきの機会となり、協働の輪がひろがっていきますように、神の祝福と恵みがもたらされますように、祈りのうちに活動してまいります。ご理解とご協力賜りますようお願い申し上げます。

なお、カリタス東京の事務局は、目黒教会敷地内のカトリック東京国際センター(CTIC)と同じ場所にあります。お問い合わせ、ご意見・ご要望等は事務局までお寄せください。

住所:東京都品川区上大崎4-6-22
電話:03-6420-0606
E-mail: info@caritastokyo.jp

カリタスの家だより 連載 第149回

ボランティア学習交流会「LGBTQってなあに?」

東京カリタスの家で「ボランティア交流学習会」が11月5日に開催されました。テーマは「LGBTQってなあに? ~私たちの隣人を知るために」です。LGBTQとは、

L(レズビアン 女性同性愛者) 
G(ゲイ 男性同性愛者) 
B(バイセクシュアル 両性愛者) 
T(トランスジェンダー 出生時と異なる性別を自認する人たち 
Q(クイア 一つの性にくくられたくない人たち)

のことです。講師の平良愛香牧師は日本基督教団川和教会の牧師であり、セクシュアルマイノリティ・クリスチャンの集い「キリストの風」集会代表。ゲイであることを公表されています。「愛香」という名前は、旧約聖書の「哀歌」と出身地沖縄が戦争でおかれた状況を重ね、平和への願いを込めてご両親が付けられたそうです。

平良牧師のお話より

性を表す3つの言葉

1 セックス/sex 生物学的な性の区分
2 ジェンダー/gender 文化的な男女の差異
3 セクシュアリティ/sexuality 自分らしさとしての性 性的指向の意味で使うこともある

生物学的性別(生まれたときの性)と性自認(自分が生きる性)と性的指向(恋愛対象)の組み合わせは千差万別で一つの言葉で表すことはできません。たとえば生まれた時の性が女性で自分自身は男性として生き、恋愛感情を男性に持つ方もいます。その逆、どちらにも属さない、両方に恋愛感情を持っている方もいるように個性は無数で一人一人違います。子孫を残せる組み合わせだけが良しとされ、効率性、生産性を重視する社会で性的マイノリティは生きづらさを感じてきました。適合手術、戸籍、同性婚の法的な問題もあります。差別はやさしさだけでは乗り越えることはできません。知識が必要です。

カミングアウトについて

(平良牧師の場合)
1 認めてもらいたいというSOS
2 本当の自分を知ってほしい
3 社会に対するカミングアウト
4 「一人ではない、あなたは神様に愛されている。神様はあなたをあなたとしてお造りになった。自分らしく生きなさい」というメッセージを受け取る。そして性の多様性を共有する。

カミングアウトは必死に隠してきたことを告白する勇気のいる命がけの行為です。親友にカミングアウトした時、「愛香は愛香だよ」と言われ、辛かった経験があります。軽く受け流されたと感じたからです。また拒絶される悲しみや、何気ない言葉に傷ついていることもあります。カミングアウトされる側は信頼に足る人であってほしいと思います。キリスト教の未来像としては、性別を超えてゆくことだと考えています。

グループごとの感想

・難しい問題で安易に理解できたとは言えない
・LGBTQの方が身近にいることを感じた
・時に配慮も差別に繋がる
・やさしさだけでは超えられない差別、偏見を無くすためには知識、知ることが大事
・どう接するか、信頼関係を築けるか考えさせられた
・LGBTQを象徴するレインボーフラッグと世界の支援について
など様々な意見が話し合われました。

小宇佐敬二神父より

「世界に80億の人がいれば80億の個性がある。人としてどう関わっていくかは人格の問題で人と人が完全に分かり合うのは難しい。分かろうとする努力を続けることが重要です」と話されました。

私は今回の交流学習会で性の多様性と、想像力だけでは差別は乗り超えられないことを学びました。誰もがかけがえのないひとりであることを心に留めて、今後の活動の場で活かしていきたいと思っています。平良牧師が私たちを信頼して、貴重なお話をしてくださったことに感謝したいと思います。

家族福祉相談室
ボランティアスタッフ
佐々木径子

福島の地から カリタス南相馬 第18回

一般社団法人カリタス南相馬代表理事
東京教区名誉補佐司教 幸田 和生

「中間貯蔵」をご存じですか

2011年の原発事故後、福島県内各地では、放射線量を下げるために除染作業が行われてきました。除染で出た汚染土は、各地の仮置き場に置かれていました。汚染土を入れた大きな黒いフレコンバッグが山積みされている様子は異様でしたが、福島では見慣れた光景でもありました。しかし、それが今、どんどん姿を消しています。それらの運ばれている先は中間貯蔵施設という場所です。

福島第一原発の敷地を取り囲む大熊町・双葉町の広大な地域(帰還困難区域)がそれに充てられ、その大きさは東京ドーム11杯分だそうです。除染によって出た除去土壌のうち、放射線量の低いものは一般の産業廃棄物と同様に処理されますが、ある程度の汚染が確認されたものはこの中間貯蔵施設に運び込まれます。2015年に運用が開始されましたが、30年以内に「県外」の最終処分場に運び出されるまでの「中間」的な貯蔵施設だと法律で定められています。しかし、この膨大な除去土壌を移動させる福島県外の場所の目処は立っていません。どうするつもりなのでしょうか。

先日、カリタス南相馬のシスターたちと一緒に、この中間貯蔵施設の見学会に参加してきました。写真の向こう側が事故を起こした福島第一原発、手前に広がるのが中間貯蔵施設の敷地です。

今回聞いた話では、中間貯蔵施設にある膨大な量の除去土壌のうち、多くの部分は再利用する計画だとのことです。道路工事の際に道路の下に埋めて、シートで覆い、その上に盛り土すれば放射能が漏れ出す心配はないそうです。同じように土を盛った上で植物を栽培する案もあるそうです。実際にその実証実験が始まっています。この実験は福島県内だけでなく、首都圏や東京のど真ん中、新宿御苑でも行われる予定だと報道されています。こうすることによって、最終処分場に運ばなければならない汚染土はかなり減らすことができると言います。しかし、東京や首都圏の人々はそれを受け入れてくれるでしょうか。

トリチウム汚染水(処理水)の海洋放出の問題も同じですが、東京電力福島第一原発の事故が引き起こした放射能汚染の問題を、福島の人だけに押し付けるのはあまりにも酷なことです。政府が原発再稼働の加速、新規原発の建設、60年を越える原発稼働期間の実質的延長へと舵を切る中だからこそ、全国の皆さんに福島原発事故の現状に対する関心を持ち続けていただきたいと願っています。

CTIC カトリック東京国際センター通信 第264号

皆様の力でミャンマーを助けてください

◆いつの頃からか、東京のターミナル駅周辺で、街頭募金活動を行うミャンマー人グループの姿を頻繁に見かけるようになりました。民主派政権(NUG)や国内避難民を支援する募金活動とともに、次第に関心の薄れて行くミャンマーの状況を知ってもらうための活動です。どこの現場でも若い人たちが声を張り上げて繰り返しているフレーズがあります。「皆様の力でミャンマーを助けてください」

◆技能実習生や留学生としての活動を終了したものの、帰国できずに日本にとどまっている人たちがいます。日本政府はミャンマー国内における情勢不安を理由に、帰国することができないミャンマー人に対して、「緊急避難措置」として在留資格を付与する方針を出しました。しかし、その在留資格は生活が十分に保障されるものではありません。

実習生として来日したKさんは、教師として教壇に立っていた弟が軍事独裁政権に抗議し、職場を放棄する「非暴力・不服従」運動に参加したため軍に追われるようになりました。Kさん自身もNLD(国民民主連盟)の活動に参加していた経験から帰国は危険だと判断し、同じミャンマー出身の婚約者と日本で家庭を築くことを決めました。Kさんは積極的に区役所や保健所に通って情報を集め、出産費用について相談し、出産後できるだけ早く働けるよう保育園を申し込み、準備を整えました。さらに、臨月には日本語能力試験に挑戦しました。Kさん夫婦に元気な男の子が誕生したのはクリスマスの朝でした。ミャンマーの名前とともに、平和を祈って「和祈(かずき)」という通称名をつけました。Kさんは出産の2ヶ月後から、牛丼で有名なチェーン店で働いています。

CTICでは、昨年からKさんと同じように、日本で家庭を作ることを選んだ4人のミャンマー人妊婦さんの出産に関わっています。どのお母さんからもその覚悟が伝わってきます。

◆日本各地で働く約60人の若いミャンマー人女性たちの「生活指導員」として働くミャンマー人のMさんが仲間に呼びかけ、冬のコートやセーターなどの衣類を集めていると聞いたのは11月の初めことでした。新型コロナウイルス感染症による来日の遅れ、円安、さらに政情不安に起因する餓死者が出るほどの不況などのため、実習生たちは自分の生活をぎりぎりまで切り詰めて送金しており、冬物衣料の購入は大きな重荷となっているからとのことでした。Mさんとミャンマー人仲間だけでは人数分を集めるのに時間がかかり、冬の到来に間に合いそうになかったので、聖心女子大と清泉女子大のボランティアセンターに事情を話して協力を求めました。二つの女子大からの衣類が実習生の手元に届いた翌日、東京は今年の冬一番の寒さになりました。もらったばかりのコートは、寒い朝の出勤から実習生たちを守ってくれたそうです。

「皆様の力でミャンマーを助けてください」彼らの叫びが私たちの日々の暮らしの中に響き続けますように。

大迫こずえ

東京のミャンマー寺院での結婚式。※写真は本文とは関係ありません。

編集後記

新しい一年が始まる。

暦は人間が考え出したものだ。年が明けたからといって、何かが変わるわけではない。大晦日も元日も冬の一日であることに変わりはない。

でも、そんなことを言いだしたら、クリスマスもイースターも祝えない。やはり人間には、特別な想いを乗せる、特別な日が必要なのだ。

元日に、そして新しい一年にどんな想いを乗せますか。何を祈り、何を願いますか。

その想いを胸に抱いて、一年を歩むことができますように。祈りのうちに神と語らい続けることができますように。そして、一人ひとりの願いを、神が聞き入れてくださいますように。(Y)