東京教区ニュース第387号

2021年11月01日

シノドスへの歩み、始まる

2023年秋、第16回通常シノドス(世界代表司教会議)がローマで開催される。これまでのシノドスは、言わば、教皇と司教団による会議というべき性質のものだったが、今回のシノドスはこれまでとは性質が異なり、会議に集まる司教団だけでなく、全ての神の民が、その準備段階からシノドスの歩みに加わるようにと、教皇フランシスコは招いている。皆様がシノドスへの理解を深め、主体的にシノドスの歩みに加わっていただけるよう、菊地大司教による公示文書と、東京教区シノドス担当者の小西神父による解説を掲載する。

2023年世界代表司教会議(シノドス)に向けた歩みの開始について
カトリック東京教区の皆様 カトリック東京大司教区 大司教 菊地功

†主の平和

教皇フランシスコは2023年秋に世界代表司教会議(シノドス)の第16回通常総会を開催することを決定され、そのテーマを、「ともに歩む教会のため︱交わり、参加、そして宣教︱」と定められました。

教皇は、今回のシノドスが、その意味するところである「ともに歩む」プロセスを教会が具体的に生きる存在となることを望まれ、新たなシノドスのあり方を定められました。教皇は、今回のシノドスが、ローマで開催される2023年10月の代表司教たちによる会議だけに終わるのでなく、世界中のすべての教区が、ともに識別の時を過ごし、神の民を構成するすべての人が、その歩みに加わるようにと呼びかけられています。 今回のシノドスのプロセスの開始は、すでに10月10日の教皇ミサを持って告知されていますが、同時に教皇は、世界中の教区が10月17日の主日を持って、それぞれのシノドスの歩みを始めるようにと指示をされています。

東京教区では、10月17日に関口教会の主日10時ミサを大司教司式ミサとし、それを持って教区のプロセスを開始しますが、同時にこの主日の小教区主日ミサでも、シノドスの歩みに聖霊の導きがあるようにともにお祈りください。

なお今回のシノドスの歩みに取り組むために、東京教区の担当者として小西広志神父様を任命して準備を進めております。今回の歩みは、イベントや多数決で何かを議決する会議を開催することが主眼ではなく、神の民のすべての部分が、共通の信仰の理解を持ち、交わりを深め、福音を宣教する共同体へと変わる回心の歩みであります。それは東京教区の宣教司牧方針の具体化とともにある歩みでもあります。来年の2月までの期間、教区の皆様と歩みをともにし、ともに識別することが出来るように、さまざまな材料を今後提供してまいります。その後も、2023年のローマでの会議が終了するまで、関連する情報を、教区ホームページや教区ニュースで随時提供してまいります。

どうか一緒になって、交わりと参加の歩みをともにしてくださいますようにお願いいたします。

シノドスへの招き(抜粋)
東京教区シノドス担当者 瀬田教会主任司祭 小西広志神父

シノドス (世界代表司教会議)

フランシスコ教皇さまは、シノドス(世界代表司教会議)第16回通常総会を招集しました。「シノドス的教会のために:交わり、参加、宣教」というテーマのもとに2021年10月9日から10日にかけてバチカンで開会が宣言されました。

三つの段階と三つの動詞

およそ二年間におよぶ「歩み」を経て、シノドス(世界代表司教会議)第16回通常総会は行われます。この「歩み」には三つの段階があります。第一の段階は教区での取り組み、第二に各大陸での取り組み、そして教会全体での取り組みです。第一段階と第二段階ではバチカンにあるシノドス事務局より提示された10の設問からなる「提題と解説」に答えることを試みます。そして、世界中から寄せられた意見を集約しながら「作業文書」を2回作成し、第三段階では代表となった司教さまたちによる全体会議が行われる予定です。こうして、今回のシノドス(世界代表司教会議)第16通常総会は、単なる教皇さまと司教さまたちだけの会議ではなく、神の民であるキリスト信者全体が関わるプロセスを経て実行されるのです。

多くの人々がこの「歩み」に関わることになります。大人も子どもも、身体の不自由な方も高齢者も、聖職者も修道者も、教会に集うたくさんの人々が一緒になって歩み続けます。この「歩み」は天の御父へと向かうものです。この「歩み」を導いてくださるのは主イエス・キリストです。そして、聖霊が「歩み」の中で絶えず助けてくださいます。ですから三位一体の神とともにある「歩み」と言えるでしょう。

ここでは、三つの動詞が大切となります。「参加する」、「聴く」、「識別する」。教会は人々に「参加する」ようにとうながさなければなりません。そのうながしに応えて人は、信者であれ未信者であれ、積極的に「歩み」に「参加」するのです。教会は人々の声に耳を傾けて「聴く」ようにと神から招かれています。また人は隣人の声なき声に真摯に耳を傾けなければならないのです。耳を傾けあうところに「交わり」が生まれるからです。そして教会は、自らがどこに向かっているかを反省的に「識別する」必要があります。混迷する現代社会にあって、教会の果たす役割と務めを知らなければなりません。そして、数々の情報に翻弄され真実を得ることが難しくなっている現代社会を生きる人々もまた生きる方向をしっかりと見極めて行かなければならないのです。

教会とはシノドスである

シノドスという単語はギリシャ語に由来し、共にを表す「シン」という接頭辞と道を表す「オドス」から成り立つ言葉です。ですから「共に歩む」がシノドスの元々の意味です。もちろん二千年におよぶ歴史の流れの中でシノドスは教会会議という限定的な意味で使われてきたのは確かです。1965年に時のパウロ6世教皇さまが「普遍教会のための司教たちのシノドス」を制定してから、シノドスは定期的に開催されてきました。そこではその時々の教会と世界が直面する問題が取り扱われてきました。

フランシスコ教皇さまは問題解決のためのシノドスだけではなく、「共に歩む」シノドスを考えておられます。こうして、教会が本来備えている「共に歩む」というシノドス的な特性を明確にすることができるからです。現代は多様なあり方、生き方が生まれる時代です。と同時に、格差と断絶の時代でもあります。「共に歩む」ことが難しいこの時代にあって、教会は神さまからいただいた人間の本来の姿を再発見しようと試みているのです。

わたしたちの「歩み」

わたしたちカトリック東京大司教区は2020年に宣教司牧方針を策定しました。そこで強調されているのは「宣教する共同体」、「交わりの共同体」、「すべてのいのちを大切にする共同体」です。コロナ禍での発表でしたから、教区全体でこれをより深めていく機会が得られていません。しかし、いくつかの取り組みは実行に移されています。

わたしたちの教区は白柳枢機卿さま、岡田大司教さまのころから「共に歩む」教会を目指してきました。そして今回の宣教司牧方針でさらにこの点が明らかになっていると考えています。ですので、シノドス第16回通常総会への「歩み」のプロセスでわたしたちのこれまでの生き方の実りであり、これからのあり方の指針となる宣教司牧方針を大切にしていきましょう。

新型コロナウイルスによる感染症の拡大のため現実に「集う」ことが困難となっています。そこで、動画配信などを中心に「歩み」を実行していきたいと考えています。個人でも、あるいは小グループでも動画を活用していただきたいと思います。「参加する」、「聴く」、「識別する」の視点から動画をご覧になってください。

いつまでコロナ禍が続くのか誰も分かりません。しかし、この危機の時を過ごした結果、わたしたち東京教区の司祭、修道者、信徒は一つにまとまったという実感を得たいものです。そしてそれぞれの小教区共同体、信仰共同体のあり方は当然のごとく変わらなければならなくなるでしょう。今は大きな変革の時なのだと思います。そんな恵みの時に「共に歩む」ことができることに感謝していきたいものです。

※全文は教区ウェブサイトシノドス特設コーナーに掲載されています。

シノドス解説動画シリーズ 「シノドスへの歩み」

東京教区では、小西神父によるシノドス解説動画シリーズ「シノドスへの歩み」を作成し、随時公開している。動画は東京教区ウェブサイトシノドス特設コーナーか、東京教区YouTubeチャンネルから視聴可能。是非ご覧になって、シノドスを理解する一助としていただきたい。

※東京教区ウェブサイトシノドス特設コーナーはこちら
※東京教区YouTubeチャンネルはこちら

「シノドスへの歩み」から

修道院の食事をともに分かち合う アントニオ食堂

フランシスコ会の聖人、アシジの聖フランシスコとパドヴァの聖アントニオ

フランシスコ会瀬田聖アントニオ修道院では、 今年の5月から「アントニオ食堂」 と題した子ども食堂を行っている。聖アントニオ修道院のブラザー杉浦(フランシスコ会修道士)に、活動を始めた経緯や、食堂にかける想いを語っていただいた。

─活動を始めた経緯を教えてください。
Br.杉浦 現在の日本でも、未だに貧しさや色々な事情で、十分な食事を食べることができない、食べるものに困っている方々がいます。そのような方々と神の恵みを分かち合いたい、ここに生きている人と一緒に食卓を囲めたら、という思いから始めました。地域貢献とか宣教ではなく、共に分かち合うということを大切に考えています。

アントニオ食堂は毎週木曜に行っているのですが、それは木曜日が御聖体の日なので、神の食卓を分かち合うのに相応しいと思うからです。そこはキリスト者としてこだわっています。

7~8年前、私はフィリピンのスラム街にホームステイをしていました。スラムの中でも生活ランクの差はあり、私のホームステイ先の家庭は仕事を持っていました。ホームステイ先の娘さんのところに、おやつの時間になると遊びに来るもっと貧しい家庭の女の子がいました。ある日、スラムにある修道院の子ども食堂に行くと、その女の子がいました。彼女は私のことを覚えていて「自分たちが住んでいるところに来てくれたことが嬉しい」と喜んでくれました。この体験もアントニオ食堂の原点になっています。

─どのようなメンバーで活動していますか?
Br.杉浦 修道院のブラザーの他、瀬田教会の信者さんや、信者ではない近所に住む方が手伝ってくださいます。お手伝いを募集したことはないのですが、自主的に申し出てくださいました。

─協力している団体等はありますか?
Br.杉浦 区の社会福祉協議会に広告や告知の協力はしていただいていますが、援助金はどこからも貰っていません。アントニオ食堂は援助や支援ではなく、「修道院の食事をともに分かち合う」ことがコンセプト、修道院の仕事だからです。ただし、支援や献品をくださる方は日本中におられます。

─どのような方々が来られるのですか?
Br.杉浦 幼稚園や保育園に子どもを迎えに来たお母さんがその帰りに寄ったり、近所に住んでいるお年寄りが来たりすることが多いです。高齢者の一人暮らしだと食事を作るのも大変です。そんな方が週に一回は自分で作らなくても夕食を食べることができる。だったらそれでもいいと思っています。毎週木曜に30食作り、17時から配り始めていますが、最近は30分もしないうちに全てなくなることが多いですね。

─メニューで心がけていることはありますか?
Br.杉浦 栄養バランスと彩りには気を配っています。おかずも品数が少なくならないようにしています。「修道院の食事を分かち合う」がコンセプトですから、修道院で作っているメニューも出しています。

─今後の展望を聞かせてください。
Br.杉浦 今はまだコロナ禍なのでお弁当を配っていますが、コロナが終息したら、ここでも食べていけるようなスタイルにできたらと思っています。両親の帰りが遅い子どもたちが放課後に遊んだり、宿題をしたりできるような場にもなれれば嬉しいですね。

この日のメインのおかずは豚の角煮

盛り付け完成!

 

手作りの大学芋。これはおかずではなく「おやつ」とのこと

パックには「アントニオ食堂」のラベル(院長作)が

ごはん、おかず、おやつがそれぞれ別のパックに詰められて一食分に。大人の男性でもお腹いっぱいになるボリューム

ミャンマーの教会に想いを寄せて

ミャンマーでは、軍の攻撃によって多くの人が住む場所を奪われ、20万人以上の人々が国内難民となっている。国内難民の間でも新型コロナ感染症は広まっており、その状況は深刻である。今号では、10月初めにミャンマー人司祭のC神父から寄せられたメールをご紹介するとともに、教区ミャンマー委員会担当司祭のレオ・シューマカ神父から皆様へのメッセージも掲載する。

なお、東京教区では、毎年11月の第3日曜日(今年は11月21日)をミャンマー・デーと定めている。ミャンマーに一日も早く平和が取り戻されるようお祈りください。

国内難民と新型コロナへの取組み
C神父からのメール

9月、わたしたちは二つの新型コロナウイルス患者のための療養施設を開設しました。一つは神学校の建物を、もう一つは寄宿舎を利用したものです。助任司祭と典礼部長がそのセンターの最初の患者となりました。出産のために遠くの国内難民キャンプからわたしたちの診療所に来ている数人の妊婦もそこに加わりました。ここにいる国内難民の多くは新型コロナに感染しています。

10月の初旬には、わたしたちは、ドンアンカー町にある高齢のシスターのための修道院から19人のシスターたちを避難させました。92人の国内避難民も一緒でした。その村で戦闘が起こってしまったからです。ほとんどの村人は数日前に逃げ出していましたが、移動手段のない高齢者はそこを去ることができませんでした。高齢のシスターと村人たちの中には、42人の新型コロナ陽性者が含まれていました。

集中的なケアが必要な人は神学校の建物に、それ以外の人は寄宿舎に入院しています。陰性が判明した人は皆さんの寄付によって建てられた新しい難民シェルターに滞在しています。この貧しい人たちと彼らが抱えている問題、これほど多くの困難に対してわたしたちは何ができるのか、まだ分からずにいます。

◆ ◆ ◆

10月初めにこのメールを読んだ時、ミャンマーの人々がこんなにも大きな困難に直面していること、そして、教会には多くのものが求められていることに改めて気づかされました。10月の初めから、東京に住んでいるわたしたちは、日曜には仲間とともにミサを祝い、レストランでお酒を飲むことができるようになり、日常生活が戻ってきたように感じられます。しかし、ミャンマーでは、いまだ、国軍といくつかのグループの間で戦闘が続き、大都市では毎日のように爆発が起こっています。新型コロナは今でも流行しており、ワクチンを受けられるのは軍関係者や富裕層に限られています。そして、このような状況の中で、教会の信徒たちは、苦しみ、飢え、そして恐怖の中にある人たちに手を差し伸べるために最善を尽くしています。

夏の間に皆様から頂いたご厚意により、東京大司教区はミャンマーの各地に支援を送ることができました。難民支援は優先事項の一つです。ケルン大司教区からも寄付を頂きながら、C神父が関わっている活動以外にも、多くの難民を抱えている二つの教区を支援しています。第二の優先事項は、教会が運営する診療所や療養施設への支援を通じて、新型コロナ感染症対策を行うことです。幸いにも、大都市では新型コロナ感染症の大きな波は過ぎ去りましたが、C神父の手紙にあるように、地方ではまだ続いています。そして、パンデミックのために多くの人が仕事と収入を失っているので、食料を供給することは第三の優先事項です。

今、わたしたちは少しずつ日常を取り戻し、クリスマスを楽しみに待っています。どうかわたしたちの姉妹教会であるミャンマーのためにも祈ってください。食べ物、暖かさ、そして平和に夜を過ごせる場所を、彼らが喜びのうちに手にすることができますように。

レオ・シューマカ神父(ミャンマー委員会担当司祭)

ミャンマー・デーについて

東京大司教区は1964年よりドイツのケルン大司教区と姉妹関係を結び、お互いに助け合い、祈り合う関係を保っています。1979年には両大司教区の友好25周年のお祝いが行われました。当時の白柳誠一東京大司教(後に枢機卿)は、ケルン教区の精神を学び、ケルン教区の召命のために祈るよう教区の全信者に呼びかけました。来日していたヘフナー枢機卿(当時のケルン教区長)と白柳大司教は、ケルン教区の精神をさらに発展させようと考え、25周年以降は力をあわせてミャンマー(旧ビルマ)の教会を支援することに合意しました。こうして東京大司教区では、毎年11月の第3日曜日を「ミャンマー・デー」と定め、ミャンマーの教会のための献金を呼びかけることになったのです。ミャンマーが支援先に選ばれたのは当時ミャンマーが最も貧しい国の一つであり、援助を必要としていたからです。 (東京教区ウェブサイトより)

受刑者とともに捧げるミサ

10月16日、麹町教会にて、菊地功大司教司式、英隆一朗神父(麹町教会主任司祭)、藤田薫神父(さいたま教区熊谷教会主任司祭)共同司式による「受刑者とともに捧げるミサ」(主催:NPO法人マザーハウス)が行われ、オンライン配信された。

ミサはオンラインで全国に配信された

東京教区で「受刑者とともに捧げるミサ」が行われるのは今年で4回目。マザーハウス理事長で元受刑者の当事者でもある五十嵐弘志さんは「キリストのみ心をもって、東京教区だけでなく、日本の全ての教区で受刑者とともに捧げるミサが行われてほしい」と語った。

五十嵐理事長による聖書朗読

ミサ後には、五十嵐さんとイエズス会社会司牧センター職員柳川朋毅さんによる講演会が行われた。柳川さんは日本カトリック正義と平和協議会の「死刑廃止を求める部会」にも携わり、「受刑者とともに捧げるミサ」を始めた一人でもある。

講演の中での「多くの人は、刑務所で懲らしめられた受刑者は『もうこりごりだ。悪いことはしない』と思うだろうが、実際はどうですか」という柳川さんからの問いに、自らも刑務所で長い年月を過ごした五十嵐さんは「そんなことはない。絶対にまた悪いことをする。『あなたは大切な人間なんだよ』というメッセージだけが受刑者を変える。そして、最初からそれが伝わっていれば、わざわざ刑務所に行く人はいない」と語った。

ミサ後の講演会。五十嵐理事長(左)と柳川さん

※NPO法人マザーハウスは、受刑者・元受刑者の社会復帰支援を行う団体として2012年に設立されました(NPO法人化は2014年)。理事長をはじめ、スタッフも刑事施設経験者が多く、当事者視点・当事者体験に基づく活動を目指しています。(マザーハウスホームページより)

※「受刑者とともに捧げるミサ」はマザーハウスYouTubeチャンネルで視聴可能。

第45回日本カトリック映画賞決定

受賞作品「コンプリシティ 優しい共犯」近浦 啓監督

「乾ききったこの世界を瑞々しい想像力で潤すことは、映画の使命であろう。人を遠ざけるコロナの時代に、人を結ぶ使命感を持った気高い作品」(晴佐久昌英神父の推薦理由文中より)

新型コロナウイルス感染防止のため、授賞式と上映会は中止といたします。

※日本カトリック映画賞とは、SIGNIS JAPAN(カトリックメディア協議会)主催の映画賞です。  毎年、会の趣旨に沿った選考で1作品に授与されています。

「ともに祈るロザリオの一時」 インターネットでともに祈る

10月はロザリオの月。しかし、緊急事態宣言が解除されたとはいえ、新型コロナウイルス感染症は終息には至っておらず、同じ場所に集まって祈ることにはまだまだ困難が伴う。東京教区広報では、インターネットを通じてロザリオの祈りを分かち合い、日々の祈りの一助としていただくため、菊地大司教をはじめ、様々な形で自分の召命を生きる5名の方々とともにロザリオ(栄えの神秘)の一環を祈る動画「ともに祈るロザリオの一時」を製作した。

祈りに参加してくださったのは、菊地功大司教、小田武直神父(町田教会助任司祭)、外山祈(あきら)神学生(コンベンツアル聖フランシスコ修道会)、Sr.秋保望(聖体奉仕会)、松本美香子さん(ノートルダム・ド・ヴィ)の5名。なお、動画に登場するマリア像は、「涙を流すマリア」として知られている、秋田の聖体奉仕会修道院に安置されている「秋田の聖母像」である。

動画は10月が過ぎても公開を続ける予定。なお、東京教区YouTubeチャンネルでは、5月に製作したロザリオ動画「ロザリオの祈り 菊地大司教とともに」も公開中。日々の生活の中でロザリオの祈りを献げるきっかけにしていただければ幸いである。

オンラインによる祈りの集いの可能性
小田武直神父(町田教会助任司祭)

コロナ禍となり、今までの組織拡大や活動の充実を目指すやり方は難しくなってきました。ところが、そのことで、私達の信仰の根幹をなすもの、神の前では弱く、はかない私たちを包み込み、引き上げて下さる愛との出会い、ということに、かつてないほどニーズが高まってきているように思われます。それはズバリ祈りです。

たとえ直接集まることができなくても、共に祈り、心合わせることができるということに、困難な中での神の導きを実感しました。

オンラインの場合、音ズレが一つの課題として挙げられますが、今回のロザリオの祈りは、先唱者が一人で唱えることも多く、音ズレの問題はあまり感じませんでした。

また多くの会話よりも、むしろ共に祈ることの方が、心が通じ合うこともあるのを実感しました。

問題なく直接対面できたときは、むしろ日常の近況報告や取りとめない会話が多くなることもありましたが、これを機会に共に祈ることの大切さを改めて受け止めていけたらと思います。

※東京教区YouTubeチャンネル「ロザリオの祈り」はこちら

CTIC カトリック東京国際センター通信 第252号

ワクチン接種申請のお手伝い

この原稿を書いている10月初めの段階では、新型コロナウイルスの感染者は減少しています。予断は許しませんが、多くの人がワクチン接種をした効果もあると報じられています。今回良かったのは、厚生労働省が住民票のない方々も希望者にはワクチン接種をすると通達を出したことでした。住民票がない人の中には、在留資格がない仮放免の方や許可された在留期間が3 か月以下(更新の可能性はあり)の外国籍の方が含まれます。病気の感染は在留資格に関係なく広がるわけですから、この決定は感染予防の観点から当然のこととは言え、今まで在留資格のない人たちを存在しない人のように扱い、ほとんどの公的サービスから排除してきた日本の政府の姿勢を考えれば、非常に意義深い決定だったように思います。ただ、政府がそのように決定したからといって、当事者に自動的に接種券(クーポン券)が送られてくるわけではありませんし、自分たちも接種可能なのだという情報が伝わるということもほとんどありません。そこでCTICでは6月から9月にかけて、仮放免や在留期間3か月以下(難民申請中など)の方たちのワクチン接種の手続きをお手伝いすることになりました。

きっかけは、一人の教区の神父様からの問い合わせでした。その神父様は、ご自分の司祭館で数年にわたり仮放免の方に住居を提供されていて、その方がワクチン接種する方法を探しておられたわけです。そこからCTICの緊急食料支援に来られている方々にも、ワクチンの接種について必要ならお手伝いするようにしました。ご存じのようにワクチン接種業務を実際に担当するのは各市区町村です。どのような手続きでワクチン接種券を送ってもらえるかはそれぞれの区役所や市役所に個別に問合せなければなりません。そして、問合せ窓口の方が入管行政についてご存じであるわけではないので、「仮放免者」とは何か、在留資格があっても住民票がない人について、その人たちも接種できると厚労省から通達が出ているなどの説明からしなければなりませんでした。また、申請方法は概ね役所の指示する必要書類をそろえて担当部署に郵送するという手順でしたが、宛先にしても、「葛飾区健康部保健予防課新型コロナ予防接種担当係」というように長いわけです。そういうわけで仮放免者が自分で役所に電話をして、申請手順を聞き、書類を郵送するまでには大変ハードルが高いのが現状でした。また、接種券が送られてから医療機関で接種の予約をするまでもご存じのように一苦労なので、中にはスタッフが医療機関の予約をして、病院の地図を付け、接種会場での提出書類のリストを持たせたケースもありました。そこまでするのは過保護と思われるかもしれません。しかし、そこまでしなければ、せっかく接種予約までこぎつけても、結局行き方がわからなかったなどと言って目的を達成できないことになりがちなのも現実です。

役所での手続きを外国人にもわかりやすくすべきだと批判することは簡単です。しかし、未曽有の混乱の中で政府も各自治体も模索しながら対応した今回のような事態において、支援団体や個人のレベルで足りない所を補完する余地がまだまだ多いと実感した今回の事態です。

カトリック東京国際センター 高木健次

福島の地から カリタス南相馬 第6回

これからも共に
眞こころ 松野美紀子

東日本大震災(3.11)は、今までとこれからを一瞬で変えた日でした。見慣れた景色が、暮らしが、環境が線引きされたようでした。生きるために必要な衣食住はもちろん、コミュニティや仕事が無い事に不安な毎日でした。南相馬市は特に東電第一原発から20キロ圏内、30キロ圏内、それ以外と区切られ、合併してまだ5年しか経たず、一つの市としてのまとまりがない中、その区切りも合併前の市町に近い場所でした。また合併前に戻されたようでした。加えて7万人以上の全市民が避難指示を受ける事態でした。避難をしてもそれ以後の行動は個人の責任でと言われる中多くの人が残りました。そして見放されたと感じていました。その後30キロ圏外に仮設住宅の建設が始まり、住む場所が出来る事の希望が見えてはきましたが、同じ市民としてまとまるのは難しい状況でした。仮設住宅への入居が始まると《南相馬市は被曝している》と誤認識されている事で差別的な扱いも受け支援も十分ない状況でした。避難をしない選択をした私達は新たなコミュニティを構築するためサロン眞こころを立ち上げました。分断された関係と不安の解消、情報交換、ボランティアの受け入れ、被災者がお互いを支え合える助け合いの場に眞こころがなれればと考えました。そんな中、カリタス原町ベース(カリタス南相馬)の皆さんの傾聴やイベント、戸別訪問を兼ねた物資の配布など多くの支援で《見放された》気持ちが少しずつほぐれていってくれたと思います。

あの日から10年以上過ぎた現在もカリタス南相馬のお力をお借りしながら眞こころは活動を続けています。コロナ禍でサロン活動は出来ませんが、戸別訪問活動で皆さんから再開を待ち望む声が多く聞かれます。個では出来ない事や不安が、団や和がある事で安心できます。共に支え合う事の大切さ、生かされている事の感謝の気持ちをこれからもカリタス南相馬と共に発信できればと思います。

カリタスの家だより 連載 第137回

ボランティア交流学習会
開発養成室ボランティアスタッフ 武田 久則

何度か延期になっていた東京カリタスの家ボランティア開発養成室主催の「ボランティア交流学習会」が9月4日にオンラインで開催されました。講師は上智大学名誉教授で東京カリタスの家スーパーバイザーでもある荻野美佐子先生で、学習会のテーマは「ボランティアが陥りやすい心理」です。サブタイトルは「援助する自分の心を理解するために」で、「あなたは『助ける』人でしょうか?なぜ何かをしてあげたい、と思うのでしょうか?」と問いかけています。内容は多岐に渡り全てを紹介することは難しいのですが、一部を紹介しようと思います

誰かに寄り添いたいと思った時何を考えるか?
1 相手と自分を知る  相手を知るには自分のことを知らないといけない
2 自分自身を知る  自分はどういう人
3 その上でどうするかを考える

私たちボランティア活動に携わっている者は、往々にして自分自身を知ることが出来てはいないのではないでしょうか。様々な場面で相手を知るには自分のことを知らないといけない。誰かのために自分のできることをしたいと思った時、自分は無力だと感じる何かがあり、そのことが自分を追い込み、ひいては相手を苦しめてしまうこともあります。

荻野先生はこれらの事から『自分』はどういう人?と自分自身の事を考えてみようと様々な質問を投げかけて下さいました。これらは普段ならあまり意識していない事柄を5項目それぞれ10個の質問に答える形式でした。

自分の性格に合ったものは○、合っていないものに×、どちらともいえないものに△と記入します。

1 不正なことには妥協しません。
2 思いやりがあります。
3 物事を冷静に判断します。
4 よく笑います。
5 遠慮がちです。

など50項目の質問です。この答えを分析していくと、健全な状況の場合は良いのですが、誰かのために、と自分自身が苦しくなってしまう人もいて、専門職の人だけでなくボランティアの人なども「燃え尽き症候群(バーンアウト)」に陥りやすいリスクを抱える危険があるそうです。これを避けるためには『感情に押し流されない関心』が大事でストレスと上手に付き合うことでバーンアウトを未然に防ぐことが出来ます。

『人のために何かをしたい』という人の心の中にある、役に立つこと、人に頼られる事を過度に求める、ボランティア活動の人が陥りやすい危険があります。このような状況に陥らないためには
●自分と相手の境界線をはっきりさせる
●できることは本人に解決を委ね相手の力を信じること、そして見守って支えること

「人のために……」と行動することはボランティアの基本ですが、相手の気持ちを汲み取る冷静さを忘れては元も子もありません。

「自分が誰かの力になろうとする時、自分にも力を与えてくれる誰かがついていてくれる事を意識しよう。」 『自分は助ける側だということにこだわってしまう』感覚に陥らないよう地道にボランティア活動を続けたいと思います。

コロナ禍において初めてのオンラインでの開催でしたが、このようなツールを使用して交流ができることを実感し、今後の活動に生かしていきたいと思っています。

編集後記

寒さが突然やって来た。「涼しい」を飛び越えて、「暖かい」から一気に「寒い」日々。急な変化に身体が驚く。ちょっとした寒さを、真冬のようだと勘違いしてしまう。

 時の変化とはそんなものなのかもしれない。イエスは弟子たちに言った。「あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」(ルカ12.40)と。  

私たちが恐れているのは、変化の結果ではなくて、変化そのものなのかもしれない。確かに違うことは不安だし、知らないものは怖い。  

それでも時は流れていく。今日と同じ日は二度とやってこない。ならばいっそ、その変化を楽しみたい。寒くなったのなら、コートやマフラーの彩りを楽しみたい。全ての時が祝福されているのなら、そこには必ず喜びがあるはずだ(Y)。