お知らせ

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東京教区ニュース第179号

2001年02月01日

特集 グリム師に聞く 第三の千年期はアジアの時代 日本は、 世界の教会の実験場

大聖年行事に明け暮れた2000年が終り、 21世紀の幕開けの2001年が明けた。 年頭にあたり、 日本の教会がどんな姿で、 どこに向かって歩いているのかを、 メリノール会のグリム師に聞いてみた。 グリム師は、 ここ数年のアジアの動きの中で、 日本の教会を鋭く見ている方である。 (西川哲弥神父)

21世紀の始まりにあたって、 これからの教会について、 どう考えておられますか。

グリム師 そうですね、 少しおおげさに申し上げることを許していただきましょう。
初代教会からの一千年は、 地中海沿岸を中心とした時代。 ギリシャやローマ、 あるいはイベリア半島に、 キリスト教が広まった時代。
次の一千年、 つまり昨年までの千年間は、 西ヨーロッパを中心とした社会に根をおろした時代です。 この千年で、 キリスト教は全世界の宗教となりました。
そして、 これからの一千年です。 それは、 はっきり言って、 アジアの一千年となると思います。

ずいぶん大胆な言い方ですね。 どういうことから、 アジアの時代とおっしゃるのですか。

グリム師 これは、 私がこの数年、 香港で働いての実感です。 具体的に言いますと、 まず人口です。 世界の約四分の一の人は、 アジアに住んでいます。 その中でキリスト教は少数です。 その少数に、 底知れない活気があります。
それからアジアには、 仏教その他のいろいろな宗教がひしめいています。 毎日、 他宗教と接し合って生きているのがアジアの教会です。 どうしても、 自己のアイデンティティーを見つめなければならない状況です。
宗教のほかに、 いろいろな文化があります。 アジアは文化のデパートのような所です。 日本を見ると分かります。 あらゆる宗教が、 堂々と自分を主張しながら生きています。
もう一つは、 アジアの都市化現象です。 どの国も、 都会に人口が集中しています。 韓国のソウル、 フィリピンのマニラ、 日本の東京および太平洋ベルト地帯、 だいたいそこに人口の半分が集まっています。
その都市に、 キリスト教が生き生きと伸びているのです。 日本は、 アジアの特徴を全部備えています。
はっきり言って、 日本を見れば、 アジアの将来が見えるのです。 べつに日本を持ち上げるつもりはありませんが、 アジアの目は、 日本に向いています。
それは、 自分たちの将来を見ることができるからです。 日本の責任は、 重大です。 日本が何かを試みれば、 それは、 アジアのパイオニアとしての試みとなるのです。

現在の日本の教会について、 どう見ておられますか。

グリム師 日本の信徒は、 とてもすぐれていると思います。 信仰もすぐれています。 そしてそれは、 この20年で急に成長したと思います。 日本人はいたましいくらい謙遜です。 自分はダメだ、 ダメだと言います。 ダメだ、 ダメだと言いながら、 やっていることは、 とてもとても、 大変なことをしています。
例えば、 海外への宣教師の派遣です。 現在、 修道会や信徒宣教会が海外に派遣している宣教師は、 約300人です。
たった40万人位の信者の国から、 300名近くの宣教師を送り出している国が、 世界にあるでしょうか。
それから、 成人洗礼者の数です。 幼児洗礼の数より成人洗礼の数が多いということは、 宣教が成功している証拠です。 それはすでに、 信徒が宣教しているということを証明しています。
日本人の信徒は、 すぐれています。 それも、 この20年の間に成長したものです。 この20年間、 信徒がずいぶん勉強しました。 聖書を読むようになりました。 典礼に積極的に参加するようになりました。
司教や司祭が何を考えているのかを、 いろんなチャンネルから知るようになりました。
社会の動きに対して、 福音の目で鋭く見るようになりました。 それが、 結果的に社会の中で、 一般の人々の目に新鮮に映るようになったのだと思います。

日本の信徒は、 もっと自信をもっていいということでしょうか。

グリム師 そうですよ。 当然のことですが、 日本の文化がそのまま教会にも及んでいます。 過度な自己卑下が、 表現を貧しくしています。 すごいことをしているんですから、 時には自己満足してもいいんです。 神に感謝しながら、 自分を存分に表現してもいいのではないでしょうか。
日本の教会が、 アジアの教会の将来を示しているのだということ、 全世界の教会の姿を見せているということは、 まぎれもない事実です。 そのことに自信をもってもらいたい。 そして、 今、 苦しみながら試行錯誤していることは、 全世界の教会のためにもなっているのです。

日本の教会は、 世界に紹介されているのでしょうか。

グリム師 残念ながら、 今のところ、 ほとんど知られていません。 自己宣伝が不得意なのです。
私は、 自分の使命として、 このすばらしい教会を世界に伝えたいと思っています。 そのうち、 日本人も自分のことを、 どんどん世界に発信するようになるでしょう。
そうなるはずです。 それまでのつなぎを、 少しさせていただこうか、 というところです。
こんなすばらしい信徒、 その信仰、 そして福音宣教に努力している姿を知らせないわけにはいきません。

ウイリアム・グリム師
メリノール会の司祭。 神学を東京カトリック神学院で修め、 叙階後アメリカでジャーナリズムの修士号を取得。 日本では、 山谷で働き、 山友会創立に関わった。 その後、 カンボジアで働き、 招かれて香港のUCAN (アジアのキリスト教通信社) で働いた。 昨年暮に日本に帰り、 今年から日本で働くことになっている。

「皆で力を合わせれば道は拓ひらかれる」 (岡田大司教) 東京教区司祭集会が盛会のうちに終了

岡田新教区長のもとでの最初の司祭研修会にあたる「東京教区司祭集会」 が、 11月27日・28日の一泊二日、 多摩市の 「サンピア多摩」で行われた。 参加者は、 修道会・宣教会の司祭を含めて84名で、 例年の司祭研修会より多く、 司祭研修会というより、 東京教区司祭大会のような陣容だった。

今回のテーマは、 「21世紀の東京教区の宣教・司牧のあり方」であり、 『小教区の統廃合の可能性を含めて』 というサブタイトルがついていた。 つまり、 新教区長にバトンタッチされて、 これまで取り組んできた課題をどう受けとめていくか、 そして、 これからの教区の運営を、 司祭の立場からどのように考えていくかを、 じっくり話し合おうという目的である。

森司教基調講演

第一日目は、 これまでの取り組みを報告・紹介することも兼ねて、 森一弘司教の基調講演から始まった。
森司教は、 「東京教区が直面している課題は、 東京教区だけの問題ではなく、 これまで日本の教会がたどって来た道の中で、 引き 起こされてきた課題である」 と指摘した。
「明治以来、 日本の教会が歩んできた歴史の中で、 決定的に欠けていたのは、 教会の指導者たちのリーダーシップとビジョンである。 それは、 結果的に、 教会内のさまざまな動きが統一性を欠き、 せっかく持っている力が分散してしまうことになってしまった。
小教区のことを考えても、 教区、 修道会、 宣教会が、 それぞれの方針で、 独自に行動し、 持っている力を浪費するということになってしまった。 つまり、 教会としての一定の方針も計画もなく、 バラバラになってしまうように仕向けられてきた。
これからの教会を考え、 社会のニーズに応えようとするなら、 教区全体としてのビジョンを明確にし、 それに基づいて、 司教がリーダーシップをとれるように、 体制を整えていくべきである」。
森司教は、 「21世紀を迎えて、 ますます社会が、 教会に何かを期待していくだろうし、 教会は、 やはり誠実にそれに応えていくべきである」 と語りながら、 「せっかく預けられた福音を、 社会に伝えていくために、 現行の小教区制度を抜本的に見直していかなければならない」 と、 問題を投げかけた。

発題

森司教の基調講演に引き続き、 旧 「小教区制度を考えるプロジェクトチーム」 で、 書記を務めた幸田和生師と、 コアメンバーであった古川正弘師、 湯沢民夫師が発題を行った。
幸田師は、 「小教区の統廃合・共同宣教司牧という課題は、 単に、 司祭の数が少なくなったことへの対応策として考えるのではなく、 時代のニーズに応えていける教会にしていくために、 現行の制度を根本的に見直していかなければならない」 と問いかけた。
「今のままでは、 小教区現場主義に陥ってしまい、 ますます小教区の空洞化を招いてしまうことになる」。
小教区現場主義というのは、 現状の小教区の姿を表現したもので、 ほぼ全権を与えられ、 小教区に派遣された司祭が、 教区の方針や前任者の取り組みとは別に、 自分の司牧方針に基づいて小教区を運営していくやり方を言っている。
そこでは、 継続した司牧方針も、 問題解決の連続性も、 地域との関わりの積み重ねもない。 担当した司祭の方針や個性が先行し、 信徒はただそれにふりまわされ、 司祭が替わると、 ほぼ全てがゼロに戻ってしまう。
結局、 司祭の人事が、 教会のあり方全てを左右するということの繰り返しだ。
幸田師は、 「そろそろ、 この現場主義を改めないと、 教区全体が成り立っていかなくなる」と、 警告した。
古川師、 湯沢師も、 「問題の先送りは、 ますます解決の道を塞ぐことになる」 と問題提起をした。

分団会

発題を受けて、 分団会に別れ、 話しやすい人数で、 自由に意見を述べ合った。
昨年の司祭研修会で、 すでにこの課題についての討論は始まっていたが、 これほどの規模で、 司祭たちが徹底的に話し合ったのは、 今回が初めてである。
第一日目の夕食は、 岡田大司教を囲んでの交流会を兼ねていた。 大司教は、 皆の祝福と励ましを受けて、 若干のとまどいを感じながらも、 期待の大きさを再認識された様子だった。
二日目は、 分団会で話し合われたことの報告から始まった。
報告は、 プロジェクトチームの問題提起をどう受けとめるかという点に集中した。
8つの分団会に分かれて、 自由に討論し、 その報告をし合ったのだが、 期せずして同じような内容だった。 つまり、 現在の小教区制度を、 今のまま維持していくことは困難であるし、 決して得策ではない。 しかし、 具体的にどうするかということになると、 明確な具対案は出せない、 というものである。
プロジェクトチームが出した具体案というのは、 現在の小教区は原則的に、 「聖堂区」としてそのまま残し、 主日のミサを行い、 その他の宣教司牧の拠点とする。
さらに、 複数の 「聖堂区」 を、 「宣教区」 として位置付け、 そこに司祭たち、 修道者たち、 信徒たちを置いて、 共同宣教司牧を行うというものである。
およそ、 一つの 「宣教区」 が、 三つの「聖堂区」からなるとすると、 現在の東京教区の小教区の数は74であるから、 宣教区の数は25以下になるという計算である。 できれば、 この案を、 ある年からいっせいに実施することが望ましいというのが、 プロジェクトチームの主張であった。
この具体案に、 どの分団会もためらいととまどいの反応を示した。 つまり、 総論賛成、 各論反対という答えである。

全体会

最後の全体会は、 実に自由な雰囲気で、 意見の出し合いが行われた。 司祭がその思いを自由に出し合うというのは、 ありそうでなかったことで、 ここ数年、 教区の重大事項を取り上げ続けてきた、 司教、 司祭評の努力が実ってきたというべきだろう。
司祭集会を閉じるにあたって、 岡田大司教は、 参加した司祭の積極的な態度を評価するとともに、 「これだけ司祭が熱心に取り組んでいるのだから、 必ず解決の道は拓かれていくものと信じる。 東京教区の将来は明るい」 と述べた。 さらに、 一応解散しているプロジェクトチームを、 近々立ち上げること、 この問題に向けての基本的な姿勢を、 年頭書簡の形で、 教区全体に示すことを約束した。
2001年の3月に予定されていた拡大評議会は、 とりあえず延期し、 準備がととのい次第開催することも約束した。 それは、 おそらく、 教区シノドスのような形をとるかもしれないと述べた。 (西川哲弥神父)

葛飾集会所閉鎖される

このたび、 11月26日をもって、 葛飾集会所は閉鎖されました。

時間が過ぎていくのは早いものです。 ほぼ一年前の教区ニュースに、 新しい世紀に向けての教会作りについてのアンケートの記事が載ったことを、 憶えていらっしゃいますか。 その中で、 地域によって小教区の配置にアンバランスが存在する指摘がありました。 世田谷区には8つの小教区があるのに対し、 小教区がない区は、 新宿区と葛飾区です。 このうち、 修道院もカトリック施設もない区が、 葛飾区です。

このことは教区にとって、 かなり前から心に引っかかることであったでしょう。 同時に、 このことに目を向けた宣教会がありました。 スカボロ宣教会です。

1979年に、 スカボロ会が、 宣教の拠点を葛飾区青戸に設けたのとほぼ時を同じくして、 東京教区も教会設立のために立ち上がりました。 そして当初、 スカボロ会のケリー神父と、 教区司祭の杉田稔神父が、 教会設立のために共に働くという、 画期的なことが実現していたのです。

しかしながらケリー神父は、 1981年に帰天してしまいました。

ケリー神父の帰天後、 杉田稔神父が教会設立のために働かれ、 以後、 五十嵐神父が担当者となり、 そして教区事務所が、 ミサのためにだけ通う集会所となりました。

けれども教会設立を目指す葛飾集会所は、 前述のケリー神父の帰天、 バブル景気による地価の異常な高騰などによって、 行く道を阻まれていきました。

そして結果として、 11月26日をもって、 集会所は閉鎖されました。

小さな共同体だから閉鎖されたのではありません。 かっこよく言えば、 先取りとしての閉鎖です。

具体的な部分については、 まだはっきりしない面を持っていますが、 東京教区は、 新しい世紀に向かう教会の切り札として、 小教区の再編成の道を選び、 真剣に考えようとしています。

葛飾集会所の共同体は、 この教区の思いと自分たちの共同体の思いを並べてみて、 閉鎖という選択を受け入れたのです。

2000年度 集会司式者 聖体奉仕者 認定者

東京教区集会司式者・聖体奉仕者養成委員会の2000年度講座が終了し、 黙想会を終えた次の12名が、 11月26日付で集会司式者・聖体奉仕者に認定された。 なお今年度は、 97年度以降に受講し、 修了していない人のみを対象とした。

集会司式者・聖体奉仕者

森川 範子 (目黒) 藤岡 昭雄 (青梅) 堀本 栄三 (小平) 岡崎 俊夫 (関口) 石橋 孝 (成城)

聖体奉仕者

渡辺 節子 (高円寺) 三輪田 明美 (麹町) 吉田 泰子 (麹町) 白石 愛子 (八王子) 三樹 愛司 (八王子) 大工原万寿子 (碑文谷) 戸谷 不二江 (荻窪)

福音宣教は神の民全員のもの 岡田大司教 新年メッセージ

21世紀を迎えるにあたり、 東京教区の皆様に心からの挨拶をお送りいたします。

2001年という年が、 皆様にとって、 恵みと平和と希望の年となりますように。

イザヤ預言者は告げます。 「主に望みをおく人は新たな力を得、 鷲のように翼を張って上る」 (40章31節)。

21世紀の福音宣教への門出を迎えた今、 わたくしは、 「主に望みをおく人」 として、 希望を強めつつ、 21世紀の福音宣教へ向かって歩んでまいりたいと存じます。

昨年の着座式に際し、 わたくしは次のように申しました。

「わたくしたちの教会が、 すべての人に開かれた共同体、 とくに弱い立場におかれている人々、 圧迫されている貧しい人々にとって、 やすらぎ、 なぐさめ、 はげまし、 力、 希望、 救いとなる共同体として成長するよう、 力を尽くします」。

この決意をどのように実行したらよいでしょうか。

わたくしたち司祭団は、 昨年11月、 小教区制度の現状とその問題点、 21世紀の福音宣教の在り方について話し合いました。

その結果わたくしたちは、 大筋において、 小教区の現状が、 緊急かつ重要な課題に直面している、 との基本的な共通理解に達しました。

そこでわたくしは、 この課題に取り組むために委員会を設け、 問題の所在を明確にし、 取り組み方を協議し、 そのためのプログラムを検討することにいたしました。 委員の名前は、 過日発表したとおりです。

福音宣教は、 司教、 司祭だけのものではなく、 神の民全員のものです。

わたくしは、 この課題への取り組みに一人でも多くの方々が参加されるよう、 また多くの機会に、 この課題が話し合われるよう願っております。

皆様のお祈り、 ご理解、 ご支援を切にお願いする次第です。

2001年の 「世界平和の日」 にあたり、 聖母の取りつぎにより、 皆様お一人ひとりの上に、 主イエス・キリストの平和、 神の愛、 聖霊による希望が豊かに与えられますように祈ります。

2001年元旦 神の母聖マリア 東京大司教 ペトロ 岡田武夫

2000.12.10 よき地域の光となれるように!! 習志野教会献堂式を迎える

12月10日 (日) 午後2時から、 習志野教会 (主任司祭 辻茂神父) の献堂式が、 岡田武夫大司教の主司式で行われた。

32年間を過ごした船橋の地は、 住宅街の真ん中に位置し、 駐車場もなく、 不便なところだったため、 6年前から、 司祭、 信徒一丸となって土地探しから始め、 習志野の地に移転、 今日の日を迎えた。

岡田大司教は、 「大聖年も2001年のご公現の祝日をもって終わる。 今、 真に、 私たちが何をすべきかを考えることは、 意義深い。

11月末に、 東京教区司祭集会 (関連2面) を開催し、 今の教会の現状を話し合い、 改善しようという共通理解を得た。 習志野教会の新しい出発と、 東京教区の取り組みのために、 祈ってほしい」 と語った。

主任司祭の辻茂神父は、 「たくさんの方々の祈りと信徒の皆さんの努力で、 今日の日が迎えられた。

習志野教会が、 千葉の西部でよき地域の光となれるように、 これからも祈ってほしい」 と挨拶した。

習志野教会は、 京成実籾みもみ駅から線路に沿って歩いて10分の、 分かりやすいところに位置し、 門を入って左手に聖堂、 右手に信徒会館がある。

神田教会に聖フランシスコ・ザビエルの聖遺骨が、白柳枢機卿の手で安置された
2000.12.3

東京カトリック神学院 竣工式が森司教司式で行われた
2000.12.3

関口教会 創立百周年記念ミサ 歴代主任・助任司祭出身司祭等30人による記念ミサ
2000.11.23

各教会で周年行事が行われる
大聖年の2000年秋に、 周年行事を迎えた教会は、 次のとおり。
25周年:小金井教会 (主任 山本量太郎神父)
50周年:松戸教会 (主任 小川拓郎神父)
百周年:関口教会 (主任 門馬邦男神父)
11月23日(祝)午前10時30分から、 東京カテドラル聖マリア大聖堂で、 関口教会創立百周年記念ミサが白柳誠一枢機卿主司式で捧げられた。 ミサ後行われた記念式典で、 久守健治百周年記念事業実行委員長は、 「関口教会の誕生、 発展にお世話になったパリ外国宣教会、 ケルン教区に感謝するために、 ペルー、 ミャンマーの援助を記念事業のひとつとした」と述べた。

キリスト生誕2000年特別企画 「銃と金と十字架-さまよう宣教」
ー 戦前・戦後の宣教から学ぶ ー

私たちの教会がどのように歩いていくかを考えるために、 過去を振り返って見つめ直そうと、 一昨年から行われてきた大聖年特別委員会企画の講演会は、 11月18日と、 12月2日の13時から、 真生会館で開かれ、 延べ140人の参加者があった。

第一日目は11月18日、 シェガレ・オリビエ師 (パリ外国宣教会)の発題と森一弘司教 (東京教区) による講演会。

第二日目の12月2日は、 チェレスティーノ・カヴァニア師 (ミラノ外国宣教会) とアドルフォ・ニコラス師 (イエズス会) が講演した。

ここでは第2日目の講演要旨を紹介するが、 第一日目の振り返りとして、 ニコラス師は、 「このシリーズの初めに、 シェガレ・オリビエ師が 『教皇の謝罪について』 話されたのは、 とても有意義なことで、 このシリーズ全体に関わること。 福音の目で過去を、 厳しくても見直す必要がある。 歴史から学ぶことが人間には出来る」 と語った。

また、 今回の司会者である幸田和生神父は、 森司教の 『大正・昭和のナショナリズム』 の講演を振り返り、 「森司教の話の最後は、 天皇への忠誠とか戦争協力というものは、 時代の流れの中で、 やむを得ずしたという部分もあるけれど、 それが神学的に裏付けられていた、 という話だった。 国家への忠誠、 アジア侵略ということに、 教会は協力していった。 それを神学が裏付けていたのではないかという、 大きな問題提起があった」 と、 今回が初めての参加者に紹介した。

『第2次世界大 戦後の教会』 チェレスティーノ・カヴァニア師は、 戦後の宣教の型を、 師が所属するミラノ外国宣教会の宣教の歴史を通して語った。

195〇年代は、 若い元気な宣教師が日本に来たが、 日本語の難しさでだいぶ苦しんだ。 また、 イタリアも日本と同じで経済は貧しく、 二人の宣教師は1〇〇ドルぐらいもって、 宣教を始めた。

ここで、 お金がなくても、 言葉ができなくても宣教する、 という一つのスタイルが決まってしまった。

『変わらない宣教パターン』 二人は、 招かれた8つの県から、 佐賀と山梨をそれぞれ宣教地として決めた。 一年に120人の洗礼もあり、 求道者のクラスは、 4~5つあった。 わずか7~8年で、 4つの教会を設立した。

ミラノ外国宣教会の目的は、 教皇庁の布教聖省から求められているところに行き、 信者が集まると教会をつくり、 組織がしっかりしてくると、 地元の教区に任せる。 地域教会の発展のため、 邦人司祭の教育、 召命に協力すること。

この時代、 本部からの援助もなく、 一人ひとりの宣教師が、 自己の才能、 能力を使い、 工夫に工夫を重ねて努力したのは、 多くの人を改宗させるためであった。

しかし、 「私は22年前に日本に来ましたが、 この宣教パターンは変わりません」 と、 同師は言う。 若い宣教師で、 決まったパターンでしか動かない宣教会に、 自分の居場所を見出せなくて、 つぶされてしまう人もいる。

第2バチカン公会議後の神学校の教育から、 宣教地の文化、 人々の特徴や豊かさを学び、 評価し、 自分(宣教師)の信仰、 喜び、 希望を分かち合うこと、 このことを学んだ。 来日後も 「仏教の思想を裏付けるために駒沢大学で勉強しました」。 チェレスティーノ師は現在、 東京大司教区の事務局長で、 21世紀に向けて東京教区のホームページの立ち上げを準備している。

『第2バチカン公会議後の教会』 アドルフォ・ニコラス師は、 1961年に来日した。 翌年入った大神学校の授業はラテン語で行われていて、 苦労している同級生とともに運動を起こし、 日本語で勉強できるようになった。

「困ったのは、 先生たちでした」。 発想法もラテン語だったため、 日本語で説明しようとすると通じない。

「それまで神学生にとって、 かなりの無理があったということです」。

その当時の日本の教会は、 宣教師によって、 ヨーロッパの教会が移植されたような、 今日でもシステムもそのまま生かされていた。 「小教区制度もそうです。 ヨーロッパでは、 一つの小教区には10万人、 5万人の信徒がいる。 日本では40人でも同じシステムです」。
62年に開催された第2バチカン公会議は、 多くの人にいろいろな形で影響を与えたが、 日本ではすぐに、 浸透していかなかった。

アジア司教会議で目覚めた日本の教会
70年から、 アジア司教会議 (FABC) が開催されるようになり、 それまで日本は受身の立場だったため、 4回目(86年)の開催地は日本でということになった。 この時から日本は、 第2バチカン公会議の影響を強く意識するようになる。

「第2バチカン公会議のイベントとしての第1歩は、 87年に開催された、 第一回福音宣教推進全国会議 (NICE1)。 そこで、 小教区制度を考えるチームなどのプロジェクト・チームが発足しました」。

2~3年前に、 司教団と修道会の総長・管区長が合同研究会を準備し、 日本の教会の1〇〇年間の歩みを振り返った。 いくつか出たポイントの中の一つに、 日本に伝わったキリスト教は、 完全主義で、 その中から喜び、 自発性が出てこない、 この結果として福音宣教が進まない、 自分を賭けることをしない、 などが上げられた。

講演後の約一時間の質疑応答では、 参加者からの質問が盛り沢山で、 時間が足りなかった。 横浜から参加したプロテスタントの50代の女性は、 「カトリックの中からの動きとして、 今までのことに対する反省が感じられました。 聖職者と信徒が一緒になって、 このような形で深められているのはすばらしい。 本音が出ていて手応えがあり、 大人ですね」 と語っていた。

CTIC 人生に地図はない

いつものように、 エレベーターで上って来る相談者を待っていた。

ドアが開いて、 中から倒れるように出てきた外国人女性、 それを支えようとしている日本人男性。 彼女を見て思わず、 「アッ」 と言ってしまった。

彼女は、 昨年10月事務所に来た。 「国に帰りたい」 「日本人と結婚もしたが、 一年で離婚した。 その手続きもしたい」 と言うので、 離婚証明を英訳して、 大使館に出すように渡した。

その時彼女はビザもあった。 私は、 彼女が帰国したとばかり思っていた。

彼女は、 コンクリートの床に座り込み、 立つことも出来なかった。

「どうしたの」 と聞くと、 男性は答えた。 「4、 5日前から、 首から上が痛いと言って暴れ、 どうしたらいいか分からないので、 シスターのところに連れて来た」。

私が、 「何か欲しい」 と彼女に聞くと、 「水」と力なく答えた。 ボトルを渡すと一口飲んだ。 これが、 彼女との最後の会話になった。

「すぐに、 ○○病院に連れていってください」 と彼に頼んだ。 彼は、 親切な近所の人だった。

彼女は、 「脳髄膜炎」 と診断され、 即入院させられた。 暴れるので、 ベッドにベルトで縛りつけられていた。

3日後、 呼吸停止、 意識障害などが起こった。 夜、 緊急手術のため、 私も病院に呼ばれたが、 入院から2週間後、 彼女は28歳の生涯を閉じた。

彼女はこの数ヶ月間、 いったい何をしていたのだろうか。 誰にも分からない。

彼女のベッド脇には、 国に残してきた4歳の可愛らしい女の子の写真が置かれてあった。

母国の両親や家族のたっての希望で、 多くの方々に寄付をお願いして、 遺体は両親のもとに送られた。

夫が妻の首を絞めて殺してしまった事件。
テレビや新聞で報道されたので、 ご存知の方も多いと思うが、 国に子どもを残して日本に働きに来ていた夫婦間の悲劇である。

私は、 その行為を云々するつもりはない。 しかし、 二人の今までの人生は何だったのだろうか。

CTICの一人のシスターは、 毎週、 彼に面会するために拘置所に行っている。

彼は、 自分のしたことを全面的に認めている。 でも、 彼は、 「どうして、 あんなことを自分はしてしまったのか」 という自責の念に苦しみ、 悩んでいる。

シスターも、 いろいろ考えるところがあってか、 未だ多くを語らない。 シスターと共に、 司祭が面会したら、 あるいは彼の心がもう少し安らぐのかもしれない。

初公判は、 12月に開かれると聞いている。 刑が決まり、 刑務所に入ってしまったら、 家族しか面会できないと聞く。 彼は外国から来た労働者、 家族は遠い母国にいる。 どうして来ることなど出来ようか。 この一家の人生とはなんだろうか。 生きるとは、 止まることなくただ、 歩き続けなければならないことなのか。 さまざまな人生のドラマが地球上にうごめいている。 (林 香枝子)

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第4回 Y.G.T.開かれる 「キリストはどこに?」

11月26日 (日)、 王であるキリストの祭日に、 第4回 Youth Gathering in Tokyo (=Y.G.T.) が、 東京カテドラル構内で開催されました。

秋のY.G.T.は、 昨年11月の第2回と同様に、 アジアの司教様を招くことになっており、 今回はフィリピンのインファンタ教区から、 J・X・ラバイェン司教様をお迎えして、 「キリストはどこに?」 のテーマのもと、 カテケージスとミサが行われました。

長い間、 貧しい人たちと共に歩んで来られた司教様は、 ご自身の経験をもとに、 私たち若者がこれからの人生の中で、 どのようにキリストを見出していけばよいのかを、 時にはユーモアを交えながら、 熱く私たちに語りかけて下さいました。

カテケージスの中で、 司教様がおっしゃった 「皆さんが 『生きるキリスト』 になって下さい」 というメッセージが、 私の心の中には強く響きました。

その後、 いくつかのグループに分かれての分かち合いでは、 参加者それぞれがありのままに、 司教様のカテケージスで心に響いたことや、 自分とキリストとの出会いなどを、 文字通り 「分かち合い」 ました。

この時間の最後に、 その分かち合った恵みを祈りとして折り紙に書き、 鶴に折って、 後のミサで奉納しました。

その後の、 ラバイェン司教様と神父様方の共同司式で行われた英語のミサは、 カテドラルの大きな祭壇を皆で囲むスタイルで行われました。 いつもより、 神様を身近に感じられたような気がしました。

今回のミサには、 日本に住んでいるフィリピン人の若者たちも共に集い、 英語やタガログ語の歌を一緒に歌ったりして (タガログ語の歌は難しかった…) 、とても国際色豊かで、 若者たちの元気溢れるミサとなりました。

交流会には岡田大司教様も駆けつけて下さり、 司教様お二人を交えてゲームをし、 おいしいお食事を頂いて、 楽しい時を過ごし、 Y.G.T.は閉会しました。

半日という短い時間の中で、 小教区を越えて集まった私たちが出会い、 分かち合い、 共に主の食卓を囲むことが出来たこの恵みを、 本当に神様に感謝しようと思います。

そして、 普段の忙しい毎日の中で、 つい神様を見失ってしまいがちの私たちですが、 今回のY.G.T.で司教様がおっしゃったように、 いつどんな時にもキリストを見出すことを忘れることなく、 歩んでいきたいと思いました。

最後になりましたが、Y.G.T.開催にあたり、 いろいろな面で私たちを支えて下さった神父様方や信徒の方々、特にカトリック関口教会の皆さんに心から感謝申し上げます。 ありがとうございました。

次回のY.G.T.は、 2001年の5月27日 (日) に、 四ツ谷のカトリック麹町教会で行われます。 岡田武夫大司教様の着座後初のY.G.T.です。

ぜひぜひふるってご参加ください。 (Y.G.T.実行委員会 麹町教会 坂上 千恵)

「イエスとの出会い」 イエズス探求会より

人は、 様々な状況下でイエスとの出会いがある。 そしてその 「刻」 の中に癒され、 安らぎ、 時として活力を与えられているように思う。

静まり返った家中に 「何故行くのよ! 家の平和を乱してまで。 何が黙想会よ」 と、 妻の声が響き渡る。

私の家族は、 要介護4の義母と妻の三人である。 妻は介護、 家事と仕事で少々ノイローゼ気味、 私一人が二泊三日の黙想会に出ることを、 現実からの逃避と思い、 許せないのかどうか、 いきりたっている。

妻は未信者、 私は部屋を出て、 どうすべきか考えた。 何時か読んだマタイ10・34-39を思い出して何回も読み返し、 後のことは神に委ね、 出席することを決断した。 これは、 平凡な日常でのイエスとの出会いではなかろうか。

イエズス探求会では、 イエスとの出会いを聖書をとおして分かち合い、 そして人の営みの中では十字架を担った人の話に涙し、 キリストの意図について分かち合った。

私は常日ごろ疑問に思っていることがあり、 恥ずかしくて誰にも聞けないことがあったが、 恥を忍んで皆さんに尋ねた。

「キリスト者として、 人生の究極は何か、 キリスト教の真髄、 愛とは、 そして身体の復活とは何だろうか、 人間の知恵はまだ、 浅はかと思うが、 現代科学と神について、 このことを考えるといつも空回りをしているので、 皆さんはキリスト者として、 前述したことをどのように考え、 毎日どのように暮らしておられるのですか」。 するとI氏は笑って、 「時ですよ、 時、 全てに時がある、 その時が来るまで焦らず待ちなさい」 と言われた。

私の質問に答えていないと思ったその瞬間、 背筋に何かぞくっとするものを感じた。

何度もこの 「時」 については話を聞いたことがあるが、 深い意味を考えなかった。 目から鱗、 目が覚めた思いがした。

一人ひとりの中におられるキリストを見ないで、 私は自分の中の遠い神様を見ていたのではないかと。 イエスはこんな身近にいらっしゃった。 人を介して教えて頂いた。

積み重ねの日々に感謝しながら暮らすこと、 その中で優しさに目を注ぎ、 耳を研ぎ澄まし弱い声を聴きキリストに出会う 「刻」 の積み重ねなのだと、 本当に気付かされた 「刻」 だった。

そしてまた、 「神は毎日の出来事の中にいる、 神の方から共にいて下さる。 無意識のうちに息をしている、 吐く息、 吸う息そのうちに、 神がいることに気付くことが大切である」 と、 江部神父は語った。

今回は渋谷教会の保科牧師も出席され、 これまた良いイエスとの出会いが皆さんと共にあった。

今回、 イエスとの出会いを指導して下さった山根神父、 江部神父様方に感謝し、 来年5月の探求会を楽しみに精進したいと思っている。 (Y・H)

教会・修道院巡り (83) 『小岩教会』

カトリック小岩教会は、 東京都の東端に位置し、 江戸川区西小岩、 下町の活気と人情が感じられる町の一角にあります。

ゆったりと流れる江戸川が、 千葉県との県境となって、 東京湾に注いでいます。 伊藤左千夫の「野菊の墓」の舞台となった矢切の渡しや、 寅さんシリーズで有名になった柴又帝釈天などが近くにあり、 文学の香りの高いところです。

小岩教会は、 ドイツの聖人、 聖ボニファチオにちなんで、 「聖ボニファチオの教会」 となっています。

聖ボニファチオは、 ドイツの使徒と呼ばれており、 ゲルマン民族をキリスト教に改宗させ、 ドイツでその教会を組織した上に、 フランク教会(今のドイツとフランスとを含む地域)と、 ローマ聖座との結束を固めて、 西欧文化の基礎を築きました。

小岩教会は、 1954年に建てられましたが、 建築当時、 ドイツケルン教区の多大なご援助をいただき、 聖ボニファチオが、 小岩教会の保護の聖人となりました。 聖ボニファチオは、 722年に、 ローマで司教に叙階されています。

小岩教会の教会印は、 木と斧のマークですが、 これは紀元724年に、 ガイスマルで異教徒たちが、 「雷神トール」の宿る神木として礼拝していた樫の木を、 聖ボニファチオが切り倒した、 と伝えられていることに由来しています。

異教徒たちが、 「天罰が下る」 と、 かたずを呑むなか、 何事も起こらず、 それ以降は住民たちは、 迷信の夢から覚め、 聖ボニファチオを尊敬し、 続々と受洗したそうです。

754年、 52人の宣教師とともに、 フリースランドに行き、 布教の最前線で働いていましたが、 同年6月5日の聖霊降臨祭で教敵に襲われ、 他の宣教師とともに殉教しました。 小岩教会では、 6月5日を聖ボニファチオの祝日としています。

小岩教会は、 1954年に本所教会の準教会として発足、 1956年に小教区になりました。 発足当時の信者数は、 30名くらいとのことです。

小岩教会には、 東京教区立の付属レジナ幼稚園が併設されています。

レジナ幼稚園は、 「自由で、 伸び伸びとした教育を」 という教育方針で、 モンテッソリ教育を採用し、 地元をはじめ近隣の方々からの多くのご賛同もいただき、 スタッフ一同張り切ってモンテッソリ教育に取り組んでいます。

また、 小岩教会の近隣には、 聖ドミニコ会、 聖心会、 聖母被昇天会の三つの修道会があります。

小岩教会には、 44年の歴史があります。 現在の主任司祭は、 岸忠雄神父で、 本年まで、 6年間主任司祭を務めておられます。 モットーは、 「愛を持って、 共に」、 そして、 小岩教会の本年度のテーマは、 「大切にする心」。 新世紀を迎えるにあたり、 これらのテーマを心にして、 ともに歩んでいきたいと思っています。 (小岩教会広報部)

天国のわが輩はペトロである(最終回) 「お友だちに会ってきたの?」

「転任して間がないこともあるのだろうけれど、 こちらが挨拶しても、 挨拶を返さない信徒もいるし、 顔を知っていても、 互いに挨拶をしないという人たちも珍しくないんだよ。 人は無視されることが一番辛いから、 『挨拶しないなら、 こちらも挨拶しないぞ』 なんて考えてしまうのだろう。

ミサの中の平和の挨拶をどんな気持ちでしているのかな。 何だかやりきれなくてね」 とO神父に愚痴をこぼしているのは、 友人のC神父だ。

「人とどう関わっていいのか、 関わることの意味が分からなくなってきているね。 そのうち、 ぼくらはモノローグの世界に閉じ込められてしまうかもしれない。 親と子ども、 先生と生徒、 友だち同士でも関わることができなくて、 単に接しているに過ぎないんじゃないか。

電車の中でも、 席を詰めれば座れるのに、 詰めようとしない人たちが目につく。

意地が悪いというより、 相手の気持ちを思うという想像力がないから、 周りの人が見えないのだろう」 とO神父。

「人と人との関わりだけじゃないね。 自然環境、 政治や社会的な出来事に対しても関心を持とうとしないし、 関わらない。 こころが向かわないんだよ。 神にも人にもこころが向かっていかない。 深刻な問題だね」 と語って、 C神父は、 大きな溜息をついた。

二人は何度も溜息をつき、 何本もビールを空け、 長い時間話していたが、 ジュニアとジュリアの空腹の叫びに耳を傾けようとせず、 関わろうともしなかった。

数日後、 5歳のユキ君が、 掃除に来たお母さんを待って庭で遊んでいた。

司祭館から出てきたO神父を見かけたユキ君は、 「ねえ、 神父さま何処に行くの」 と聞きながら、 聖堂の入り口までO神父の後ろについて行った。

「香部屋に結婚式のためのご本を取りに行くんだよ」 と言いながら、 O神父は聖堂に入っていった。 O神父は、 祭壇に一礼して香部屋に入り、 結婚式の式文を取ると直ぐに聖堂から出てきた。

聖堂の入り口で待っていたユキ君が、 「ねえ神父さま、 何しに行ったの。 お友だちと会ってきたの?」

O神父は絶句した。 「お友だちか…」。 O神父は祭壇に向かって一度だけぺこっとお辞儀をしただけだった。 O神父はきびすを返し、 再び聖堂に入って暫くの間祈っていた。 そういえば、 私が自分の生の終わりを感じ始めた頃、 少しでもO神父と一緒に居たかったこともあって、 O神父が聖堂に入る時には、 私は何度かO神父の後について行ったことがあった。
でも、 O神父は一度だってゆっくりお友だちと話すようなことはしなかったし、 私が祭壇の前で寝そべる間もなく、 「ペトロ行くぞ」 と声をかけて、 さっさと聖堂を出ていった。
人間たちは、 大人も子どもも例外なく何かに追われ、 走り回り、 現実の中で呻きを上げている人に、 本腰を入れて関わろうとしていないように思う。

こころは何時も騒がしく、 何かにとらわれている。 関わるということは、 相手とゆっくり向き合うことによってしか生まれてこない。 職業柄かもしれないが、 神父という存在は、 言葉が多すぎる上に、 何かにとらわれていると思うのは、 私の偏見なのだろうか。

どれ程一生懸命話し合い考えても、 何も解決しないし、 物事は動かない。 関わりの希薄さが深刻な問題だと思うなら、 評論するのではなく、 教えるのではなく、 もっと子どもたちや若者たち、 家族の現実に真剣に関わり、 一緒に考えていったら良いのに。 そこから始めるしか道はないと私は思う。 O神父を見ているうちに、 いつの間にか私はぶつぶつ言う猫になってしまった。

私のこころの平和のために、 そろそろO神父と別れる時がきたのかもしれない。 (完)

城西地域協力体の合同ミサに参加して

11月26日 (日) 午後2時30分より、 初台教会で、 城西地域協力体大聖年巡礼合同ミサが、 白柳枢機卿を迎え、 フォールテン、 頭島、 湯沢、 谷沢、 松本、 デロッシュ、 ラベ、 ボーガルト、 ラシャペル神父による共同司式の形で行われた。

枢機卿の説教の要約は次のとおり。 「王であるキリストのこの主日、 キリストは、 王冠ではなく茨の冠を被り、 罪人の象徴である緋色の衣を纏って、 私たちを招いておられます。 これは 『愛の文明』 という価値を、 神より賜ったことなのです。 私たちには、 この神の恵みを伝える使命があります。

大聖年は、 道であり真理であり命であるキリストに立ち返る時なのです。 巡礼は、 人を神様に近づけ、 人を新しくします。 今こそ私たちは決意を新たにして、 力強く踏み出しましょう」。

10名の司祭によるエピクレシス (聖霊を求める嘆願) は、 荘厳な雰囲気を醸成し、 天上からの光を受けて祭壇は輝いていた。 450名の老若男女の賛美は、 一つとなって捧げられた。
城西地域協力体の責任代表は頭島神父であり、 事務局は大久保委員 (初台教会信徒委員長) が担当している。 (世田谷教会 百瀬和男)

編集部から

 「これからの教会は、 アジアが中心となる。 アジアの教会のリーダーは、 疑いなく日本の教会です。

日本の教会は、 すばらしいと思う。 特にここ、 20数年の成長は目覚しいと思う」

一面に登場願ったグリム師は、 何のためらいもなくズバリ、 そうおっしゃった。

古典的な言い方だが、 やはり日本の文化は、 「恥の文化」 なようで、 自分のことを宣伝するのが不得手らしい。

すばらしいことをやっていても、 それをわざと隠す。 グリム師からすると、 それがなんとももどかしく思えてならないのだ。

「日本の教会は、 もっともっと自分のやっていることに自信をもって、 少し大げさなくらいに発信してもらいたい」 と強く言われた。

この20数年の動きというと、 やはり、 「基本方針と優先課題」 の発表であり、 NICE1・2(福音宣教推進全国会議)であろう。 あまりに早急な改革に、 顎を出してしまいそうな感じだが、 教会は確かに変わりつつある。 そのバロメーターは、 外に向かって福音宣教していこうというコンセンサスと、 信徒の成長だろう。

いずれにせよ、 情報伝達の貴重なチャンネルである教区ニュースの役割も小さくない。
初心を忘れず、 紙面を作っていきたいと思う。 良き一年であることを年頭にあたって祈ります。 (西川)

主のご降誕と新年おめでとうございます。

東京教区ニュースも21世紀をむかえ、 活字を大きくしましたが、 お気づきでしょうか。 今まで、 1行13字詰め、 1段56行でしたが、 今月号から1行12字詰め、 1段510行になりました。 (VIVIDはだいぶ前から字体が大きくなっていました)

一頁に入る字数が減った分、 簡潔で分かりやすい文章でお伝えしなければと思っています。 今後、 記事をお寄せくださる方も12字詰めでお願いします。 (A・A)

お詫びと訂正 177号 5面 「教会巡り」1段目 終りから17行目 ナーベルフェルイ→ナーベルフェルト お詫びして訂正します。

VIVID

祈りの集い

テーマ:イエスは自ら十字架を背負い~ご受難のみことばから力をいただき、 ご聖体の前でともに静かに祈りませんか~

◇日時:3/11(日) 15:00~20:00 ◇場所:福音史家聖ヨハネ布教修道女会 小金井修道院(中央線武蔵小金井駅北口 西武バスにて総合病院桜町病院前下車徒歩3分) ◇対象:未婚の女性信徒 ◇参加費:\500(含夕食) ◇内容:みことばの分かち合い、 修道院の晩の祈りとご聖体顕示 ◇持ち物:聖書、 筆記用具 ◇申し込み・問合せ:3/6(火) までに 〒184-8511 小金井市桜町1-2-20 Tel/042-383-4117 Fax/042-388-8527

土曜日の午後のひと時、いつも共にいてくださる主の内にじっと私をおいてみませんか

◇テーマ:新しい力をいただいて主とともに歩むための月に一回の”神様ブレイク”第18回◇日時:3/24(土) 14:00~16:00 (四谷ピエタ) 第19回◇日時:4/21(土) 14:00~16:00 (八王子) いずれも ◇対象:祈りたい方、 祈りの体験をしたい方はどなたでも ◇担当:師イエズス修道女会シスター ◇費用:無料 ◇場所:3月-新宿区四谷1-21-22 師イエズス修道女会典礼センターピエタ 4月-八王子市戸吹町1490師イエズス修道女会 八王子修道院 ◇連絡先:Tel/0426-91-3236 Fax/0426-91-3319 (シスター内野)

マリアの御心会より祈りのご案内

◆主との出会いを求めて
聖霊による刷新「四谷祈りの集い」
◇日時:毎週日曜日 18:00~20:00 ◇場所:上智会館5階会議室 (JR四谷駅下車上智大学内) ◇参加費:\2,000 (テキスト代\500) どなたでもご自由にご参加ください ◇問合せ:聖霊による刷新事務所(ヒスロ) Tel/03-3357-8138Fax/03-3357-9504

黙想会のご案内

日時:3/22(木) 10:30~12:30

◇場所:ミサ東京カテドラル聖マリア地下聖堂 黙想会 東京教区関口会館2階 ◇指導:岡田武夫大司教◇参加費:\1,000 (軽食の用意あり)

一日黙想会

◇日時:6/14(木) 10:00~16:00 ◇場所:初台教会・地下ホール ◇指導司祭:フォールテン師◇会費:\1,500 (当日会場で) ◇持参品:聖書、 昼食

いずれも ◇主催:初台教会・祈りの集い ◇申込・問合せ:羽村美智/03-3414-6940

聖書講座

特別聖書講座~みことばを生きるために~

◇講師:稲川保明師 (神田教会主任司祭) ◇日時:3/1(木) 13:30~15:30 ◇場所:神田教会 (千代田区西神田1-1-12 Tel/03-3291-0861)◇参加費:\500

いずれも◇主催:東京カトリック女性同志会 ◇問合せ先:森脇/03-3447-2231、 滝口/03-3844-7066、 武藤/042-378-9377

フランス語で聖書に親しむ会

◇日時:毎週月曜日 (4/16開講) 18:30~20:30◇場所:上智大学カトリックセンター地下1階会議室 ◇講師:フロモン師 (上智大学教授) ◇問合せ:エバンジル会 石田/03-3330-7043外山/042-383-2285 納谷/03-3968-2285

信仰セミナーと黙想会

◆旧約聖書を読む会
◇講師:前島誠氏 ◇日時:原則毎月第2月曜日 (3/12、 4/9、 5/14、 6/11、 7/9) 10:30~12:00 ◇問合せ先:柴崎良子/0427-41-0089

聖書を通して人生を考える会

◇講師:後藤文雄師 (吉祥寺教会助任司祭)◇日時:毎月1回火曜日 (4/24、 5/29、6/26、 7/10) 10:30~12:00 ◇問合せ先:神崎政子/03-3642-5629

講演会、研究会 

信仰刷新セミナー

◇テーマ:第3の千年紀を迎え、 信仰を燃え立たせよう ◇日時:4/19、 4/26、 5/3、 5/10、 5/17、 5/24、 5/31、 6/7(木) 13:00~15:00◇場所:初台教会・地下ホール (渋谷区代々木5-16-3) ◇指導司祭:マルセル・フォールテン師 (初台教会主任司祭) 他 ◇テキスト:「新生への門出」 ◇受講料:\2,000 (当日会場で、別途テキスト代 \500)

講演会

◇日時:3/6(火) 10:30~12:00 ◇テーマ:聖書の読み方 ◇講師:森一弘司教
上記いずれも◇場所:真生会館 第1会議室 ◇費用:1回 \500◇主催:CWC (キリスト者婦人の集い)

テイヤール研究読書会 (東京)

◇日時:4/3、 4/17、 5/15、 6/5、 6/19(火) 19:00~20:00 (6/19のみ 18:00~19:00) ◇場所:カトリック松原教会 2Fホール (世田谷区松原2-28-5 京王線・井之頭線 「明大前駅」下車徒歩4分) ◇内容:テイヤール・ド・シャルダンの 『神の場』 (教材は当方で用意) ◇指導者:美田稔氏 (テイヤール翻訳家) ◇会費:無料◇対象:どなたでもどうぞ ◇問合せ先:美田稔 Tel/0425-35-3046 竹田誠二 Tel/Fax 03-3332-8866

音楽会

J. S. バッハ 「ヨハネ受難曲」

四旬節、 聖週間の黙想に
◇日時:3/24(土) 17:45 開演 ◇曲目:J.S.バッハ「ヨハネ受難曲」 ◇出演:東京J.S.バッハ管弦楽団(指揮:高橋誠也)、 東京J.S.バッハ合唱団 ◇講話:国井健宏神父(御受難会) ◇場所:新宿文化センター大ホール ◇チケット:全席自由席 \4,500 チケットぴあ ◇問合せ:金子/03-3351-0705

聖堂維持のためのコンサート

◇日時:4/22(日) 14:00~15:30 ◇場所:洗足教会 (池上線長原駅下車5分 環7沿い) ◇内容:中世・ルネッサンス期の宗教曲 ◇演奏:アリアス・ヴォーカル・カルテット ◇チケット:\3,000 ◇主催:洗足教会教会委員会 ◇問合せ・申込み:〒145-0064 大田区上池台4-7-5カトリック洗足教会 Tel/03-3726-7108 Fax/03-3726-7193

音による聖書のいのち

基督の受難に託されたメッセージ
◇日時:3/23(金) 18:00 ◇場所:目黒教会 (車での来場はご遠慮ください) ◇オルガン:イグナチオ・スラットマン ◇聖書朗読:東京教区から募集(推薦可) ◇費用:自由献金 ◇主催者/問合せ:田中由美子 Tel/Fax 03-3794-4759 常時、 作曲家、 オルガニスト 朗読者募集 (東京教区在籍者)

ビ・モンタント:カトリック高齢者会主催の講座

5会場での勉強会

◇日時:3/13(火) 13:30~15:00 (時間は全会場共通) ◇会場:事務所 ◇指導:塚本伊和男師 ◇日時:3/16(金) ◇会場:高輪教会◇指導:泉富士男師 ◇日時:3/21(水) ◇会場:成城教会 ◇指導:塚本伊和男師 ◇会場:三軒茶屋教会(休みます) ◇日時:3/27(火)◇会場:吉祥寺教会 ◇指導:塚本師 ◇申込み:いずれも不要 ◇会費:\300~500程度

第69回散策会

◇日時:3/14(水) 10:30 京王線聖蹟桜ヶ丘駅集合 ◇行先:聖蹟記念館、 多摩教会

第10回絵画同好会

◇日時:3/21(水) 13:30~16:30 ◇場所:洗足教会 ◇参加資格:ビ・モンタント会員他どなたでも自由、 希望者は当日お出でください◇内容:水彩、 クレヨン、 パステル、 色鉛筆いずれでも(油は使わない) ◇指導:日塔笑子 (カトリック美術会会員・日本美術家連盟会員・元一水会会員) ◇会費:\2,000 (含画材料費、 光熱水費等)

パッチワーク・キルト同好会

◇日時:3/15(木) 13:30~15:00 ◇会場:ビ・モンタント事務所 ◇作品は、 ホスピスのベッドカバーとして寄贈の予定

気軽に 聖書を読む会「聖書と歴史」

◇指導:吉山登師 ◇テーマ:聖書と文学 ◇日時:3/23(金) 14:00~16:00 ◇場所:幼きイエス会修道院 (JR四谷駅前、 地下鉄丸の内線・南北線四谷駅) ◇会費:\500/月 ◇対象:退職後、 もう一度聖書を読んでみたかった人、 聖書研究会は、 堅苦しいと思った人、 視点を変えて読み、 さらに信仰を深めたい人。

第26回聖ザビエル友ゆうクラブ俳句会

(ビ・モンタント高齢者会参加)◇句会日時:4/5(木) 11:30~15:30 ◇会場:カトリック神田教会信徒会館 ◇兼題:花衣又は花疲、 草餅、 春一般雑詠通して3句以内 ◇投句:住所・氏名・電話番号・所属教会・出欠 〔投句のみは欠席) を明記、 宛先 〒101-0065 千代田区西神田1-1-12 カトリック神田教会内 「聖フランシスコ・ザビエル友ゆうクラブ俳句会」 又は下記係宛 ◇締切:3/26(月) 必着 ◇参加資格:年齢不問 ◇当日会費:\1,000 ◇年会費:\1,500 ◇持参するもの:天景(\500以下の品物)、 筆記用具 ◇運営方法:互選 (準備済)・食事 (準備済)・互評 (気軽に輪番で自由に)・散会 (結果は作品集を全会員宛に郵送又は教会メールで) ◇問合せ先:木田英也 (世話人) 〒279-0011 浦安市美浜1-6-611 Tel/Fax 047-355-7478 以上俳句会以外の ◇申込・問合せ先:荒川区西日暮里1-61-23 リレント西日暮里102VMI東京支部事務所 執務時間 火・木・土14:00~16:00 Tel/03-3806-9877 Fax/03-3806-9897

マリアの御心会より祈りのご案内

聖書深読黙想会

◇日時:3/18(日) 10:00(ミサ)~16:30 ◇持参品:聖書、 弁当 ◇対象:どなたでも

祈りの集い

◇日時:3/17(土) 18:00~20:00 ◇対象:40歳までの男女

詩篇講話

◇日時:3/6(火) 10:00~12:00 ◇対象:どなたでも 以上いずれも ◇場所:マリアの御心会(JR信濃町駅下車5分)

「来て見なさい」 プログラム

結婚、 修道生活、 独身生活を選定したい方
◇テーマ:マリアのこころ ◇指導:ウエッツェル師 (イエズス会司祭) ◇日時:3/25(日) 10:00~16:30 (ミサあり) ◇対象:20代~30代の未婚女性 ◇場所:マリアの御心会 (JR信濃町駅下車徒歩5分) ◇費用:\500 ◇申込み先:〒160-0012 新宿区南元町6-2 マリアの御心会 「来て見なさい」 係 Tel/03-3351-0297 Fax/03-3353-8089

四旬節一日黙想会

◇日時:3/23(金) 10:00~16:00 (ミサ 15:00)◇指導:V・デ・スーザ師 (イエズス会司祭)◇場所:麹町(聖イグナチオ)教会 ヨゼフホール ◇定員:100名 ◇会費:\1,000 (昼食、 通信費) ◇申込み・問合せ:〒156-0043 世田谷区松原2-39-19 山形伸子 Tel/03-3328-8800住所/電話番号を記入の上、 3/18(日) までに葉書で申込んでください。

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★ 4月号 (No.181) は、 3月26日 発行 4月1日 に、 各教会で配布の予定 情報掲載希望原稿の〆切:3月4日

★ 5月号 (No.182) は、 4月30日 発行 5月6日 に、 各教会で配布の予定 情報掲載希望原稿の〆切:4月1日
必要事項を記入の上、 郵便かFAXで下記住所までお送りください。
〒112-0014 東京都文京区関口3-16-15 カトリック東京大司教館 広報委員会 浦野雄二神父
TEL 03-3943-2301・FAX 03-3944-8511