東京教区ニュース第178号

2000年01月01日

20世紀から21世紀へ 大聖年を閉じるにあたって

第2の千年期の最後の年も、残すところあとわずかとなった。教会が世界に、「ヨベルの音(ね)」を吹き鳴らした大きな節目の年、大聖年。「20世紀の宿題を、21世紀に残さない」という教皇の並々ならぬ決意が、世界中に信じられない諸現象を引き起こした。暗いニュースも少なくないが、その中にあって、灯(ひ)をともす動きが、世界のそこここに起きている。大聖年を閉じるにあたり、この年がどんな年であったかを、信徒、司祭、修道者、司教に投げかけてみた。読者諸氏にとっての大聖年を考える参考にしていただければ幸いである。
(回答到着順に掲載)

(1)大聖年を振り返って、印象に残った出来事は何ですか。
(2)あなたにとって大聖年は何でしたか。
(3)21世紀への課題は何だと思われますか。

(1)金大中さんのノーベル平和賞受賞。和解の年、大聖年にふさわしいものだったと思います。まさに困難の連続だった彼のこれまでの歩みを思い起こし、感無量でしたが、同時に、近隣諸国、いや世界全体とのつながりなしに日本を考えることはもはや不可能、とも思い知らされた感じです。
(2)この春までいただいた1年間のサバティカルが、自分にとっては実質的な大聖年だったような気がします。(不謹慎かもしれませんが…)。
司祭になって22年目、初めて、まとまった期間仕事を離れ、自分を見つめ直し、そして新たな気持ちで再出発することができました。感謝です。
(3)16年前、日本の教会の優先課題が正式に掲げられましたが、それが今でも引き続き優先課題なのかどうか、はっきりしません。
これに限らず、課題として取り組み始めたことは、少なくとも、うやむやな結果にならないようにすること、これが日本の教会の課題の一つかもしれません。
(小金井教会 山本量太郎神父)

(1)これまでの教会の行動、判断についての、教皇による教会の公式な反省と謝罪。しかし、その内容は科学的、政治的、社会的な事柄についてだけで、信仰理解の不完全さから来る悔悟の念があまり感じられない。そのため、信仰者の共同体として、現代の教会の反省が感じられない。
(2)何かにつけて「きっかけ」になる年ではあったようだ。個人的にはあまり意味を感じないが、2000年は、司祭生活の前半を終え、後半になる境目の年といえそうだ。そのためにか、信仰の持つ意味、広がりなどについて、本質的なものを見極め、実行していく必要を感じる。
(3)社会に対して、人間に対して、2000年間に体験した教会の影響力の正しい行使。しかし、教会内部組織(たとえば司教の任命とか教区の設置統廃合など)については、旧態然としており、信仰理解による変革が必要。信仰を中心におき、数にとらわれない教会制度の自己刷新が必要。
(吉祥寺教会 森山勝文神父)

(1)
a.霊的刷新、回心を目指した徹夜祈祷会。
b.2回にわたる青少年との話し合いで、現代の若者の心と力を知り、将来に大きな希望を持ったこと。
(2)自分自身にとっても大きな節目のときであり、過去を省み、神の不思議な業、神の恵みのときであった。将来に向かって大きな生きる力を得た年。
(3)
a.教会が神の恵みに信頼して、怖れずに福音を宣べ伝えること。
b.人間が真に大切にされる社会となるよう、教会が発言、行動すること。
(白柳誠一枢機卿)

(1)免償を得るために、巡礼指定教会を訪ね、ミサに参加し、そこの教会の神父様や信徒の人たちと、いろいろ話し合う機会を得られたこと。
(2)大聖年というこの区切りの年に、自分が存在していたことへの神の愛と恵みに感謝し、この時に、聖書を最後まで読み終えることができ、み言葉を通し、自分の信仰生活を振り返る良い機会でした。
(3)聖職者が減少している昨今、21世紀は私たち信徒一人ひとりが主体性をもって、共同体を支えていくことが必要だと思います。
(豊四季教会 若井淳子)

(1)友人と、西千葉教会を巡礼教会として訪問しました。幸田神父様は説教の中で、「暴力が暴力を、憎しみが憎しみを生むのではなく、愛が愛を生んでいく『愛の連鎖反応』を」と、諭されました。私はカトリック信者として、進む光をこの中に感じ、印象に残りました。
(2)まだ先のことと思っていた大聖年は、私にとって単なる通過点になってしまいました。しかし大聖年は、聖書、教会、芸術、学問、文学、生活を通して、それぞれの歴史の中で、信徒の信仰の証しがなければ実現されなかった大聖年だと思います。
(3)特に、弱者を暖かく迎える教会に変わってほしいです。日本人の信仰心には、多くの方にキリスト教に共鳴するものがあると思います。他方、友人と話すと、キリスト教について誤解が多いことも痛感します。敷居の高さを低くして、誰が入ってもよい教会、そこに来た人が憩える場となりますように。
(高円寺教会 吉田 誠)

(1)一番印象に残ったのは、大聖年の子供ミサです。いろいろな教会の子供たちがたくさん集まっていて、自分たちとふだん過ごしている子供たちの他にも、同じような子供がこんなにたくさんいるのかと思い、感動しました。
(2)今年は大聖年であり、東京教区でも大司教様が代わったので、二重の大聖年でした。
(3)いろいろなことが機械やコンピューターに任されて、人間関係が希薄になっていくなかで、教会という場がどうなっていくのか、どのような人間関係になっていくのか、ということだろうと思います。
(関口教会日曜学校リーダー 高校1年 K・T)

(1)やはり私は、8月に開催されたWYD(ワールド・ユースデー)に参加したことです。この記念すべき年に、同じ信仰を持った若者たちとローマに共に集い、神様のもとで、キリスト者として生きていく喜びを感じ、また自分は一人ではないんだ、多くの仲間と共に活かされているんだ、と実感できたからです。
(2)あっという間に過ぎてしまった気がします。特に大聖年だからといって、意識しませんでしたが、2000年前に、私たちのためにお生まれになったイエス様の愛を再認識できた年でした。そして、大聖年ということで、たくさんの行事や巡礼が、教区内外で企画されていて、それによって多くの人と出会い、神の愛を感じることができたことがよかったと思います。
(3)WYDで、教皇様が私たちに向けて言われた、「21世紀の聖人になることを恐れてはならない」という一言が、私の心に深く響いています。新しい世紀を創っていく私たちが、小教区を越え、教区を越えて、手を取り合って生きていくことではないでしょうか。また、この大聖年という年に、カトリックと聖公会共通の「主の祈り」が作られ、唱えられ始めたことも、まぎれもない大聖年の恵みの一つだと思います。
(YGT実行委員 麹町教会 坂上千恵)

(1)事ですが、今一番心に残っているのは、中国撫順教会訪問です。ここ数年、毎年のように訪問しており、とても親しい間柄になっています。中国の開放化政策は、教会にも及び、信徒、司祭、修道者が一致して、自分たちの手で、教会を作ろうとしています。私たちは、彼らの努力にささやかなお手伝いをさせていただいています。今年の訪問で、また特別な体験をさせていただきました。それは、一緒にミサを捧げたという体験です。私の声に中国人の信徒が大きな声で応えてくれました。説教もよく聴いて下さいました。国が、人の心まで支配する時代は過ぎ去ろうとしています。このささやかな出来事に、新しい時代の到来を感じました。大聖年は、人類にとって大きな節目だったのだと思います。
(3)信徒、司祭を含めての意識の転換だと思います。第二バチカン公会議の諸改革がなかなか実を結ばないのは、改革が外側の改革に終わっているからだと思います。教会全体というより、一人ひとりの生活の場、小教区・教会の場での意識の変革が求められてくると思います。それは、回心であり、本当の信仰を発見することであり、新しい教会作りを意味すると思います。
(関町教会 藤岡和滋神父)

(1)日本の教会が、公式にWYDに参加したこと。私たちの修道会が少しでも開かれるように、三年前のWYDに若い姉妹を送ることに尽力したが、当時諸外国と違って、日本の教会だけが公式に参加していなかった。大聖年において初めて、日本の教会も参加することになった。彼女はリーダーの一人として、再びこの若者の集いを体験させていただいた。高齢者の一人として、まことに嬉しい出来事であった。
(2)大聖年、それこそ私にとって回心の年であった。主はそれを準備してくださった。1999年の春、命にかかわる病気をしたことが、私にとって非常に大きな恵みであった。心がグローバル以上、宇宙的に広げられ、時間も超えたようである。
(3)21世紀、希望に溢れる時代。福音が土着化する時。キリスト者が本当に自然体で福音的になり、司祭・修道者・信徒、すべてのキリスト者が霊的になる、主との親しい交わりに入らねばならない。人間らしい人間として、心が開かれ喜びに溢れている、そんな時代、聖母マリアが中心になって男女共にマリアを慕う、そんな時代を私は希望する。
(シャルトル聖パウロ会 Sr.大島澄江)

(1)復活祭を前にして、教皇様が、公に教会の過去の過ちを謝罪した出来事が、とても印象的でした。世界をゆるしと和解へと導く、教会の姿勢を感じます。
(2)私にとって、という意味では、今年自分自身の司祭叙階もあり、私の人生においてもこの大聖年は大きな恵みの年であり、節目の年でありました。
(3)経済や情報がグローバル化していく中で、教会が多文化や多様な価値を受け入れて、多様性のある世界といかに対話的に開かれていくかが、大きな課題になると思います。
(フランシスコ会 山谷篤神父)

21世紀の日本の教会の展望 ー司教たち大いに語るー

東京教区大聖年特別準備委員会は、教皇ヨハネ・パウロ二世の呼びかけに応えて、1997年から99年までの3年間、過去を振り返り、現実を直視して、未来に向かおうと、大聖年への準備企画シンポジウム、テーマ対談を企画した。大聖年の今年は、11月11日(土)13時30分から東京教区関口会館地下ケルンホールで、パネリストに大塚喜直司教(京都教区)、押川壽夫司教(那覇教区)、岡田武夫大司教(東京教区)を迎え、「21世紀の日本の教会の展望|司教たち大いに語る|」をテーマにシンポジウムを開いた。

司会の森一弘司教は、「パネリストをお願いする際、日本の三つの教会管区すなわち東京教会管区、大阪教会管区、長崎教会管区から一人ずつ、年齢、司教叙階の年限を考えて選ばせていただいた」と述べ、パネリストの発題に入った。

大塚司教の発題

大塚司教は、京都教区で10年前から行われている共同宣教司牧について、次のように語った。京都教区の58の小教区の内、現在50教会が、共同宣教司牧を行っており、2001年4月には、全小教区が宣教共同司牧となる。3〜4小教区に、3〜4人の司祭が派遣され、チームで働く。この方法が教会共同体つくりの手がかり、道具だと考えるからで、小教区群が宣教型の教会に成長すると考えられ、これは信仰の改革である。
①従来の1教会、1主任司祭の欠陥は、一人の司祭がすべてを決定すること、主任司祭が替わると、教会が変わってしまう。
②従来の司牧型の教会ではなく、宣教型の教会を目指す。
③日本特有の状況ー戦後再宣教が行われ、第二バチカン公会議が行われた。
以上の視点から共同宣教司牧が有効だと思う。また、これは一人ひとりの信仰観と関わる。不熱心だから、熱心にしようというのでは、21世紀の教会はありえない。公会議から35年、頭の切り替えは出来ても行動が伴わない。このためには、今までにしてきたことを過大評価しない歴史感覚が必要である。

押川司教の発題

押川司教は、「アマチュア無線を30年来やっている。太陽の黒点が増えると、電波状態がよくなる。教会の黒点は男性である。男性が力をつけることが教会を活性化させる」(笑)と述べ、「教会が目指す本当の姿は、夢がなければイメージがわかない、あくまでも私の夢だが」と前置きして次のように語った。
①将来、「大」とつく教区を残し、他は地区長としたらと思う。但し、教会の地域性と独自性は必要である。
②洗礼から来る奉仕職が中心の教会。
③司祭が牛耳っていた奉仕職を信徒が担わなければならない。
④教会の中に恵まれたすべてのカリスマが生きる教会。

岡田大司教の発題

岡田大司教は、①大聖年教皇書簡、②アジアの中の日本の教会、③NICE1、④小教区共同体の視点から次の4点を述べた。
①難しい時代、多元的な日本の社会での日本の教会は、真理そのものの力によって証ししていくという決意を持たなければならない。
②自分の生活、自分の仕事を通してキリストを証しすることが必要であり、アジアの霊性は誠実さ、徳目が大切。
③NICE1でかかげた目標が司教、司祭の生活目標となる。多国籍化、文化と文化の接触により新しいものが生まれつつあり、それを育てることが課題である。
④教会共同体の拠点である「小教区の問題」を取り上げていきたい。小教区(パロキア)は、居留民(市民権なしに外国に滞在することあるいは人)の意。皆、地上においては、居留者であるので、教会共同体を拠点として、ネットワークをつくっていく。

デイスカッション

3司教の発題の後、休憩をはさんで、デイスカッションに移った。

まず、日本の教区の数(16教区)の問題については、司会の森司教が、「押川司教が、『日本の教区が多すぎるが、三つくらいの教区にしてもよいが、同時に、地域固有の特性を生かしたい』と発言されたが、他の二人の司教のご意見は?」と問いかけた。

大塚司教は、「信徒や司祭の数から見ると、外国と比べると分割しすぎているといえるかもしれない。問題は、教区が多いということではなく、教区の間に壁があるということではないか」と答えた。

岡田大司教は、「教区の数は全国三つくらいでいいと思う。しかしすぐに三つにできないから三管区内の教区同志の横の連絡、協力をすすめていきたい。司教の数は減らさなくても力を合わせてやっていきたい」と述べた。

会場の橋口神父(赤羽教会)から、「何年か前に、『制度を考えるチームの答申』に教区の再編成の提案があったが、それについては」との発言があり、岡田大司教が経過を次のように説明した。「NICEの提案の一つに、教区の見直しがあり、島本大司教と森司教が中心となって検討し、三つの可能性を示唆する答申を出した。すなわち、①三つの教区に再編成②三つの教会管区内の協力③現在のままで協力であった。この内、②の管区単位の協力を選んだ。東京教会管区では、会議が年一回開かれ、ある程度の実りをあげている」

さらに、宣教内容のとらえ方等について活発な議論が行われた後、森司教の、「21世紀の宣教は、具体的にどのようなイメージなのか」という質問に3人の司教は次のように答えた。

岡田大司教 「多元的な社会の中では、誰でもどんな所でも、毎日の生活の中で宣教できる。キリストのように生きることを心がける。また、ペトロの手紙にあるように、誰かから聴かれたときに、『自分はこういうつもりで生きてきた』と自分の信仰を自分のことばで説明できるように準備をしておくことが大切。キリストにおいて一人ひとりの人が、その人として大切にされる、そのような人と人との関わり(ネットワーク)をつくることが宣教だと思う。人は、一人ひとり違う、病気の人、挫折した人、不安を抱えている人、孤独な人同志が集まって、キリストの生涯に関わりともに歩んでいく仲間が教会だと思う。こうすればよいということはないが、誠意を持って話し、付き合う。これからの世界を考えると困難なことが多くなるが、その人を見つめ、聞く用意があるときに話し、助けることだと思う」

押川司教 「キリストを伝え、キリストを生きる。福音を知った喜びがある」
大塚司教 「キリストを知ったことを素直に生きること」

最後に森司教は、「3人の司教が今までの教会のあり方、宣教のあり方を深めていかなければならないことを語ってくださったが、21世紀の展望が明るいか、暗いか一言で述べてほしい」(笑い)と述べ、それに対して3人の司教は次のように答えた。岡田大司教 「明るい。根拠は、私たちが一生懸命教会のことを考えていることを、神は知っているので」

押川司教 「沖縄は、とても明るい」
大塚司教 「もちろん明るい。希望を持っているからこそ、必要なことをする」

「21世紀の展望が明るい」との3人の司教の答えに、100人を越す参加者たちは明るい顔で家路についた。

パネリスト

大塚喜直司教(京都教区)
1954年生まれ、同年受洗  83年 京都教区司祭叙階  97年 京都教区司教叙階

押川壽夫司教(那覇教区)
1941年生まれ  67年 コンベンツアル聖フランシスコ会司祭叙階  97年 那覇教区司教叙階

岡田武夫大司教(東京教区)
1941年生まれ  63年 受洗  73年 東京教区司祭叙階  91年 浦和教区司教叙階  2000年東京教区大司教に着座

生涯養成コース

「私たちは、『終末』についてどのように理解しているか」 現代人の目でこれまで語り伝えられてきたカトリックの教えを問い直してみよう  その⑤

10月14日(土)キリスト教的終末論と他の宗教の終末論 小笠原優神父(横浜教区)

現在の日本社会では、終末観(論)は宗教の問題というよりも、一種の行き詰まり感覚として浸透している。超高齢社会の到来、多岐にわたる社会秩序の疲弊、環境破壊のつけに対する無力感などは、悲観的な終末論を無批判に受け入れてしまう土壌となっている。オウム真理教の破壊的なハルマゲドンの教えに多くの若者がとびついたのも、このような背景による。(さらに、仏教の末法思想や終末論型新宗教についても言及があった)キリスト教の終末論の由来人間の生と歴史の意味を問うことは、人間の情であるが、それが時間の摩擦で扱われるとき、「最期の事柄」すなわち終末への関心となる。キリスト教における終末論とは、人生の解決し難い困難に対し、何らかの解決を福音の光をもって探る試みにほかならない。そもそも「終末」をあらわす「エスカトン」という言葉には、イエスの「最期の者(エスカトス)となって任えよ」という意味合いが含まれている。すなわち、この世で見捨てられた者が神の力によって引き上げられる(ルカ1・51-68)という福音的な希望と、それを証していく弟子たちの使命が、「終末」と訳される「エスカトン」の基調なのである。

神の国の福音と「復活」

神の国の到来と名指されるイエスの福音は、イエスにおいて人格化された神の無限の愛、人間を根底から解放する恵みの力そのものである。それは、イエスの受難-十字架-復活という過ぎ越しの奥義において頂点に達した。慈しみ深い神は、イエスを復活させることをもって、われわれのエスカトン、すなわち究極かつ最終的な意味、目的、希望となってくださった。これがキリスト教の終末論の中味なのである。

輪廻的な存在観を超えるキリスト教の終末論

古代インドの業の思想と結びついた輪廻思想は、元来は罪と悪の時間的な表現であったものが、壮大な存在観に練り上げられたものである。特に浄土仏教においては、人間の罪悪感性とそこからの救いの問題とからんで、輪廻観は重視されてきた。しかし、キリストの復活に参与する恵みを希望として生きるわれわれは、人生を一回限りの神からの贈り物とみなすため、輪廻的な存在解釈を受け入れることはできない。キリストの復活を信じる者は、現世から逃避することなく、絶対的な希望に支えられて神の愛に応えていこうとするのである。キリスト教の終末論は、タイムスケジュールなのではなく、創造的な生き方を促す福音なのである。
(佐藤元子)

10月28日(土)希望に生きる(終末論) A.ニコラス神父

現代人は、キリスト教の教える「終末」について、どのように理解したらよいのか、その二回目は、イエズス会のニコラス神父による「希望に生きる」と題しての講演だった。キリスト教の終末論は、終末という文字から連想される全て終わり、という否定的な意味はなく、むしろ絶対的な希望に支えられて神の愛に生きることを指している、との前回の小笠原神父の講演をバトンタッチするように、お話は進められた。

その主題は、キリストにおける「希望」に、現実的、行動的愛のエネルギーの源があり、終末論が示そうとする本質的内容は、「最終的なキリストとの交わり」にあずかる希望についてであることを説明された。厳しい現実のなかで、現代人は生きる方向を見失うがごとき不安の中にあるように思われるが、私たちの信仰生活は、「キリストに似たものになる」ために、現実の困難な生活と神の国に生きようとする心の働きとのあいだの緊張感の中にあって、変化し続ける、ダイナミックで能動的なものである。その中では、絶望さえも希望につながっている、という体験がある。希望に生きる人は、人生の危機や困難を乗り越える。キリストの十字架と復活は、「希望」の約束のしるしとなった。希望は行動的であり、心から溢れるものであり、家庭と社会に貢献するものとなる。

キリスト教は、この深い内容を持つ「希望」について、説明の限界を越えるとき、シンボルをもって表現する。終末論的シンボルは、天国、煉獄、地獄、審判、新しい創造、世の終わり、来臨等であるが、それらのシンボルによって「最終的なキリストとの交わり」にいたる希望について表現しようとしているのであり、いつ、どこでという問題ではない。

この表現方法は、大事な役割を果たしている。それは、奥義を暗示し、心を養い、驚きを呼び覚まし、回心の助けとなって、愛と希望を育てるためである。希望は説明によって生まれるのではなく、「無条件な愛」の体験から始まる。終末論的共同体は、無条件に愛せる人々の共同体である。最終的には「神の恵みに包まれている」ことを意識し、その恵みを生きるエネルギー、そして人と社会に関わる基準とすることである。

ニコラス神父の判りやすい説明と諭すような優しい語り口で、内容の深さと奥義の難解さを意識させないお話に、95名の受講者は熱心に聞き入っていた。
(春宮伸光)

CTIC 8年間を振り返って

私はフィリピン人です。東京都練馬区に、小学1年生になる女の子と二人で暮らしています。中野区にあるカトリック病院に勤めています。看護助手の仕事をしています。日本に暮らすようになって8年になります。それまでは、日本に出稼ぎに来ているフィリピン人の一人でした。その時は、ビザのある6ケ月だけ日本で働いて、フィリピンに帰り、また手続きして日本に来るという生活をしていました。

8年前に、ある日本人男性と出会いました。好きになって、結婚しました。けれども、その結婚は2年で終わりました。夫に女の人ができたためです。離婚して、子どもは私が引き取りました。その頃の私は、まだ日本の生活に慣れていませんでした。日本語も、ある程度はしゃべれたけれども、難しいことは十分に分かりませんでした。一人になってしまって、とても心配でした。

私は、家族が反対したのに日本人と結婚しました。自分で勝手に決めました。そんな結婚をして、何年も経たないうちに、離婚を認めていないフィリピンに、子どもを抱えて涙を流して戻ることはできませんでした。何よりも、私は、日本人である私の子どもを、日本で育てたいと思っていました。けれども、どうやって生きていかないといけないか、全然分かりませんでした。友達に相談しました。区役所にも相談に行きました。大使館にも相談に行きました。けれども答えは見つかりませんでした。

その頃は、入管がまだまだ厳しい時で、「日本人と離婚したら帰るしかない」というふうにいわれていました。大使館では「どうやって子どもを育てていくつもりなの? 字も書けないでしょ。言葉を少ししゃべれるだけでは生きていけないよ。日本はそんな甘い国じゃないよ」と言われました。最後にCTICに相談に行きました。一番心配だったビザのことをやってくれました。都営住宅に申し込んでくれました。それからいろんな人と出会って、助けてくれました。漢字が読めない、書けない私に、できる仕事があるだろうかと心配していたけれど、今、こうして皆と楽しく仕事をしています。

こうやって5年が過ぎて、仕事も5年目になりました。子どもも小学生になりました。夢のようです。最初、昼間の仕事もしたことがなかったので、できるかどうか心配でした。いろいろ迷惑をかけたと思います。冷たい目で見ていた人もいたけれど、助けてくれたり、暖かい目で見守ってくれた人がたくさんいました。私は、どうしても日本で子どもを育てたいと思っていました。難しいことでも、頑張れば何とかできると思ってやってきました。でも、自分だけでは何もできなかったと思います。漢字の勉強も少しずつしているけれど、なかなか頭に入りません。子どもが小学校に上がる前にも、連絡の手紙がたくさんありました。それを全部いっぺんに読むことができなくて、困りました。CTICに連絡すると、説明してくれて、なんとか学校に書類を届けることができました。

先のことはわかりませんが、私は、日本でずっと生活したいと思っています。8年間日本の社会で生活し、思い出がいっぱい心の中にあふれています。もちろん悲しいこと、嫌なこともありました。でも、日本人の心の中には、人を愛する心があると思います。このことに一番感謝しています。これからも、私は、フィリピンの人間として、日本の社会の中で、一生懸命生きていきたいと思っています。
(浅沼メリーセット)

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YGTミサは英語ミサに変更

YGT(Youth Gathering in Tokyo)は、カテケージス(福音を響き合わせるの意)とミサを通じて、同世代の仲間との、神との、すばらしい出会いの場になるようにと、東京教区青少年委員会(担当宮下良平神父)によって企画されたもので、第1回は、1999年5月に麹町教会で開催された。ロゴの「司教様教えてくれ〜!!」からもわかるように、司教によるカテケージスとミサが中心で、年2回開かれている。

第1回、第3回(春)は東京教区の白柳枢機卿、森司教(会場は麹町教会)、第2回(秋)は韓国の金枢機卿を迎えて(会場はカテドラル)開催した。第4回の11月26日は、カテドラル構内で、フィリピンのラバィエン司教を迎えて行われた。春は、東京教区の司教、秋はアジアの司教のカテケージスが定着したようだ。

11月4日(土)午後5時から、関口会館教区スペースで、YGT実行委員会の最終打ち合わせが、宮下神父、教区事務局のチェレスティーノ、浦野神父を迎えて行われた。

実行委員会がどのように、この集いを作り上げていくか、話し合いの過程を通して紹介しよう。まず、実行委員長の坂上千恵さんが、「さっき、岡田大司教さんに、YGTに出席してくださるようお願いしたら、当日午後2時から先約があり、交流会から出てくださるとのことだった。その際、これからは、国際化の時代だから、ミサは英語にしたら、とのアドバイスをいただいた。どうしますか?」と問いかけた。チラシその他には、ミサは日本語、ミサ説教は英語(日本語通訳あり)と刷り込み、すでに配ってしまった後だが、そこは、心身ともに柔軟な若者の集まりのYGT、あっさり英語ミサに変更となった。

打ち合わせ開始前の雑談のなかでも、閉祭の歌の「ジュビリーソングは、英語で歌った方がいいね」という言葉が出ていた。その結果、主の祈りは各国語で、感謝の賛歌はタガログ語、また、今回からミサは主日のミサとし、ミサの80パーセントは英語でということに決定した。質素なミサを旨とし、テーマは「皆で捧げよう」。

その他の話し合いの中でも、「昨年のことは忘れたから、新しく考えよう」という発言もあり、新しくスタッフになった青年も、以前からスタッフだった青年も、全く平等で、同じテーブルで話し合っているという感じが印象的だった。

なお、プログラムと講師は以下の通り。今年参加できなかった若者も、来年参加してはいかが?
13時 受付・開会式  13時30分 カテケージス  15時 分かち合い  16時45分 青年とともに捧げるミサ  18時 交流会

講師紹介
J・X・ラバィエン司教
フィリピンのルソン島、インファンタ教区の司教、社会的な視野と霊性を兼ね備えた方で、ずっと貧しい人の立場に立ってこられた。

YGTに関する問合せは、宮下良平神父(多摩教会) ℡.042-374-8668
mail:ygt@catholic.gr.jp YGTホームページ

福祉コーナー

「福祉の集い」は第一歩

12月2日(土)午後1時から、関口会館地下ケルンホールで、「福祉の集い」が開かれました。これは、福祉委員会が呼びかけて行う久々の集会です。福祉委員会の役目の一つは、福祉に関わる方々を結ぶことです。「福祉の集い」は、その役割を果たす、ささやかな企てなのです。この企画が話し合われた時、「できれば、福祉祭りのようなものができたらいいな」と言う意見も出ました。委員会が呼びかけて、教区内外で、福祉に関わるすべての人が集まり、互いに知り合い、励ましをいただく集い、これが「福祉祭り」のおおまかなイメージです。

ただ、このような大きな企画を実現するためには、相当の準備期間と対応していく力が必要です。今度の「福祉の集い」は、いつの日か実現するであろう「福祉祭り」の準備の第一歩と思って取り組んでいこうというところです。さて、このたびのテーマは、「イエス・キリストの心」です。岡田大司教をお呼びして一緒にミサをささげ、その後講演をしていただき、大司教を囲んで茶話会を催し、親睦を深めようという試みです。この企画を話し合っていた頃は、岡田大司教はまだ着座前で、浦和におられました。岡田大司教といっても、ピンとこない頃でした。講師依頼は、油谷弘幸神父に任されました。油谷師の存在は大きく、機関車のように皆を引っ張ってくれます。今度の集いでも、いやがる本人に皆で願って、司会の重責を押しつけました。その他にも、外的な交渉を油谷師にお願いしています。

さて、テーマは、「イエス・キリストの心」となっていますが、中味は、一緒に福祉のことを考えようということなのです。福祉の原点は、キリストの心です。「わからなくなったら、元へ戻れ」と言います。私たちにとっての「元」は、キリストです。べつに今、福祉がわからなくなっているわけではありません。ただ、新しい教区長を迎えて、私たちも新たな気持ちで出発しようということなのです。いつの日か、「福祉祭り」を行います。その時は、皆さんに呼びかけます。どうか、その日は、こぞってお集まりください。

お知らせ

バスと電車で巡る 江戸切支丹殉教ゆかりの地

A2版十字折り カラー印刷 1部300円

このリーフレットは、1991年、大司教区創立百周年記念事業の一環として発行された、教区内の殉教遺跡巡りの便利な案内書です。既に公式販売は終わっていますが、少し残りがありますので、カテドラル構内スペースセントポールで販売しています。どうぞご利用ください。なお郵送はご容赦ください。  (発行責任者)

教会・修道院巡り(82) 『木更津教会』

昭和26年(1951年)東京湾隣接地区埋め立て計画によりできた、木更津海岸埋め立て地に敷地が購入され、小さな仮の教会が建てられた。これが東京教区カトリック木更津教会の始まりである。しかし教会の基盤となる精神的歴史は、遙か遠く明治17年頃パリ外国宣教会伝道師ビィーグルース神父、カディヤック神父の房総伝道に遡る。川崎から帆船で木更津に上陸し、馬車と徒歩で房総を伝道された先哲の師のご苦労と、強靱なまでの信仰の深さによってその基盤が作られた。

戦後の混乱期、木更津では進駐軍の蒲鉾兵舎が聖堂の時期もあったが、昭和27年(1952年)には、現在のマリア館に聖堂が作られ、その後赴任した司祭と信者たちの信仰と努力と、アイルランドの兄弟の暖かい寄付により、昭和30年(1955年)に、現在の聖堂が献堂されたと聞いている。

木更津は、千葉房総半島中央に位置する昔からの港町で、日本武尊が遠征のおり、荒れ狂う海を静めるため、身代わりとなって海中に身を投じた弟橘姫を偲んで詠んだ句「君不去」が、地名の由来と言われている。カトリック木更津教会は、JR木更津駅西口を下り、正面富士見通りを木更津港に向って徒歩七分、古い商店街を抜けた所にある。正面の門を入ると、左手に、十字の柱がある平成九年に建てられた洋風司館、芝生の中庭をはさんで右手に、広い屋根に赤い瓦を頂いた木造平屋の聖堂、正門中央奥には、木造2階建ての旧クリストロア女子修道院、その左右に白い平屋の旧聖堂(現在は信者会館)と、子供たちの遊び場でもある庭のあるコールマン館がある。これが教会の全容である。

ここで皆さんを聖堂=写真に案内しよう。聖堂は、木更津海岸から吹き上げる海風にさらされ、少々くたびれてきており、そろそろ新聖堂を建てようという声も聞かれるが、しかしアイルランド人の設計士によるその日本的なたたずまいは、教会を訪れる方々の何物にも代え難い心の支え、憩いの場である。御影石の祭壇を中央に頂き、左にアイルランドに生まれた守護の聖人コールマン、右に幼子を抱いている聖母マリア、聖堂の周りの壁面には色彩ガラスがはめ込まれ、太陽の淡い光が差し込む素朴なまでの静寂な聖堂である。

ここで行われる日曜日のミサは、祈りも歌を中心としたもので、特にテーゼを交えたミサは、この教会の特徴かもしれない。教会は、約450名の信者数で、近隣には新日本製鉄君津製鉄所等があり、九州の福岡、長崎等から家族共々転勤してきた方も多くおられる。統計によると、1973年の信者数は、266名でそれなりに増加はしているが、東京教区では小規模な教会といえる。

私たちの主任司祭は、1996年に赴任された小林敬三神父で、歌好きでユーモアに溢れ、気さくな楽しい方である。教会の組織・活動は、他の教会同様、教会委員会を中心に、所属する全員がなにかしらの活動に参加できるように夏の移動ミサ、秋のアガペの集い(バザー)を中心に春夏秋冬、四季折々に合わせ活動をしている。また昨今、中学・高校生の教会離れが一つの問題になっているが、特に教会が力を注いでいるのが、中高生予備軍である小学生の子供たち、幼児・子供の教会教育で、教会学校、教会幼児教室、学校法人久留里幼稚園などがある。

2002年には教会献堂50周年を迎える。どうぞ木更津教会においで下さい。

天国のわが輩はペトロである(18)

何で悪口を言うのだろう??

庭の木々の葉が黄色や橙色に染まり、冬支度をはじめると、庭には静けさが漂うようになる。ジュリアとジュニアも体毛を夏用から冬用に衣替えしたのか、毛がふさふさし始めた。冬に備えてか、彼らの食欲は旺盛で、餌をもらいに食堂前に行く頻度が多くなった。その都度餌をあげる煩わしさを避けるために、O神父はキャッツフーズを皿にてんこ盛りにしていたが、他の猫が来ては食べてしまうので、O神父のこの試みが報いられることはなかった。何も知らずに「さっきあげたろうが!」とヒステリックに叫ぶO神父の声が何度も繰り返されることになる。

穏やかな秋の陽射しに誘われたのか、O神父が赤褐色に色づいた花みずきを見たり、黄色く色づいたかつらの木を見上げているので、一見紅葉を楽しんでいるかと思ったのだが、先ほどからぶつぶつと独り言を言っている。O神父は紅葉を見てはいるのだが、自分のこころの中に泡立っている感情を抑えるために、ただ眺めているに過ぎないようだ。「本当に全く…」とか「だから嫌なんだよな…」とか訳の分からないことをぶつぶつ言っている。何があったのか不明だが、こころ此処にあらずのO神父は、石にけつまずき転んで手を擦りむいた。「本当にもう…」と言って立ち上がったO神父の怒りは、更に倍加したようだった。O神父は優しいところもあるのだが、周りの人にぶつぶつを吐き出すことがある。多くの場合、その被害者はシスターSだが、Sは忍耐強く「ふんふん」と聞いている。O神父のぶつぶつは教区内部に向けられ、悪口に発展することも多い。そういう時は、たいてい次のような過程を経ていくのが普通だ。はじめは遠慮がちに悪口を言い始め、次第に熱く、時には怒りを込めて語りだす。そういう時のO神父は、完全に自分を見失っている。

私たち猫にとって、人間が全く不可解な存在にしか思えないことがある。人が他人の悪口を言う時、楽しそうに話すこともそうだが、悪口を言っているときのあの生き生きとした表情は、何処からくるのか、情熱さえ傾けるのは何故なのか不可解である。O神父が私やジュニアに「ニャーニャー、ニャーニャーとうるさいな」と怒るのは理解できないではないが、いない人の悪口を言うO神父のこころも分からない。

O神父は普段から「人の悪口を言う人は、こころに寒い風が吹いていて、こころの中に淋しさがいっぱい詰まっているんだよ。人の悪口を言うことによって、やるせなさや虚しさを埋めようとしているんだ。人の悪口を言えば、その時は浮き浮きしていても、結局は自分のこころを傷つけているに過ぎないんだ」と言っているのに、自分が悪口を言うときは、そんなことをすっかり忘れている。本当にO神父は言っていることとやっていることが違うんだから…。

悪口を言った後のO神父の顔は、さすがに冴えない。自分の愚かさに気付き、こころが咎めるのか、O神父は「元気を出そう」と言いながら、食堂のガラス戸を開けてジュニアとジュリアに声をかけた。「ジュリア、ジュニア腹がへったか。ミルクを飲むか。ハムもあるぞ」と何時になく優しい。これが、人間たちが我々猫を小馬鹿にして言う「猫撫で声」なのかもしれない。

O神父さん、そんな付け焼き刃な優しさはいらないから、不平を言わずに、人のこころを見つめる優しさを身につけたらどうだろう。O神父には難しいかな。

一粒会召命祈願のミサ

東京教区一粒会(辻茂神父・猪熊太郎神父担当)が、11月5日(日)16時から東京カテドラル聖マリア大聖堂で、召命祈願のミサ(岡田大司教司式)を捧げた。=写真

当日は、東京教区神学生をはじめ、修道会、宣教会の神学生、各小教区の一粒会担当委員等が、心を一つにして召命のために祈った。

岡田大司教は、「召命は、すべてのキリスト者に関わる大切なこと。召命は、司祭修道者のみにかかわることではなく、キリスト者全員が持つ。
私たちの使命は、自分の召命を知り生きることである。司祭は、司教と結ばれ司教の使命に協力し、牧者として、すべての人々の召命のために奉仕する」と述べ、修道会・宣教会の神学生に対しては、「司祭としての召命と修道者としてのバランスをとることが大切」と励ました。さらに、「日本の教会がどのようなことに力を入れていくかを考えて、時のしるしを読み取り、人々の叫びを汲み取ろう」「私たちの弱さを認め、神のみ前に日々の生活を捧げたいと思う」と語った。

ミサ終了後、カトリックセンタホールに場所を移して、神学生たちとの交流会が行われた。

東京教区一粒会運営委員会では、東京教区ニュース175号で、その財政の危機を訴えたが、ここに再度掲載する。

一粒会財政赤信号!

昭和16年、当時、東京小神学校の校長をしておられた故ルカ荒井勝三郎司教(前横浜教区長)が提唱された、「神学生の養成は、信徒一人ひとりが責任を持つ」という趣旨に基づき、一粒会が発足しました。以来、皆さまの援助に支えられ、その活動を続けてこられたことは、感謝にたえません。

1997年からは、それまで積み立てられた育成基金が1億円に達しましたので、ささやかではありますが、神学生を養成している修道会・宣教会にも援助を始めることが出来ました。しかし、年間の献金額が1997年頃までは、3千万円前後であったのが、漸減し、1999年には2600万円台にまで落ち込んでしまい、財政が危機的状況に陥ろうとしております。今年の中間集計では、昨年度をも下回る結果となっています。一方、嬉しいことには、東京教区の神学生数は、このところ増えて、14名になりました。そのため、必要経費は、3800万円くらいに増えると見込んでおります。

この不足分は、当面繰越金等で充当できますが、献金が少ない場合にはたちまち、底をついてしまいます。しかしながら、上述の育英基金は、できれば取り崩さずなんとか維持したいと考えております。神学生の方々は、神さまが私たちのためにお選びくださった方々です。私たち皆で支えなければなりません。東京教区の信徒全員が一粒会の会員です。どうぞ、一人でも多くの方が、私たち教会の将来に関わる切実な問題として、お祈りとともに、できる範囲での経済的援助をしていただければとお願い申し上げます。
(一粒会運営委員 財務担当 久山真平)

『カトリック習志野教会』献堂式・祝賀会

カトリック船橋教会では、昨年12月より聖堂建設工事を進めて参りましたが、このほど完工の運びとなり、名称も新たに『カトリック習志野教会』となりました。つきましては、東京大司教区教区長 岡田武夫大司教様司式により、下記のとおり献堂式・祝賀会を挙行することになりましたので、お知らせいたします。

◇日時 2000年12月10日(日) 献堂式ミサ 午後2時(受付開始1時) 祝賀会 午後3時30分 ◇場所 カトリック習志野教会(京成電鉄「実籾」駅徒歩約10分)
千葉市花見川区長作町1385-2  電話 043(216)0035  FAX 043(216)0038
※駐車場は祝賀会場となりますので、ご利用できません。電車等の交通機関をご利用ください。

編集部から

新教区長の着座から、すでに3ヶ月経過した。新しい体制での司祭月例集会も2回開かれ、山積する課題に、誠実に、しかも積極的に取り組んでいく大司教の姿勢が示された。司祭だけでなく、信徒、修道者に、そのひたむきさが伝わっている。「どんな時代でも、その時は過渡期である」とは、ある哲学者の言葉だが、今を一言で言い表わすならやはり、「過渡期」ということになるだろう。若い大司教は、教区の難しい過渡期をリードしていく宿命を背負った司教となる。過渡期が必要とするのは、冒険でも、大きな決断でもなく、「おろおろ歩く」誠実さと愚かしいほどの無償の愛である。程度の差こそあれ、その点で、新教区長は、前教区長の姿勢のいい所を、そのまま引き継いでいる。そこに、神の摂理を感じる。「あなたが私を選んだのではない。私があなたを選んだのだ」。今世紀の最終号にあたり、新教区長に大きなエールを送りたい。さて、教区ニュースも時代の流れに逆らえず、次号から活字のポイントを大きくすることにしました。これまで、1行が13文字でしたが、1字減って12文字になります。読みやすくなるはずです、お楽しみに。
(西川)

11月2日から19日まで、キリスト教超教派によって開催された「東京大聖書展」には約53,000人が訪れた。キリスト降誕2000年に、世界で初めて海外で公開された死海写本は、渋谷の東京オペラシテイの会場に、2時間待ちの列ができる程、多くの人々の関心を呼んだ。グーテンベルク四十二行聖書、マザーテレサ、作家愛用の聖書等で、初めて神の言葉と出会う人もあったという。キリストの教会の多くのボランテイアの活躍も見逃せない。この貴重な経験を21世紀につなげたい。
(恵)

東京教区のホームページ開設の準備も着々と進んでいます。教区ニュースも、今年1年分は検索できるもようです。
(A・A)

VIVID

CTICを支援するための講演会とクリスマス・コンサート

◇第1部講演会「ともに生きることをめざして」-滞日在日外国人と日本の教会- 講師大原猛師(CTIC/カトリック東京国際センター所長)第2部クリスマス・コンサート ◇日時:12/16(土)開場18:00 開演18:30 ◇場所:目黒教会聖堂 ◇入場料:無料CTICを支援するための献金を会場にて集めますので、ご協力をお願いします。
※主催:目黒教会Tel03-3491-5461(駐車場がありませんので、車でのご来場はご遠慮下さい)

クリスマスの集いのご案内

◇日時:12/15(金)13:30〜16:00 ◇場所:ミサ 東京カテドラル聖マリア大聖堂地下聖堂、集い 関口会館地下ケルンホール(ミニバザーを致しますので、手作り品のご協力をお願いします) ◇参加費:¥1,000

特別聖書講座〜みことばを生きるために〜

◇講師:稲川保明師(神田教会主任司祭) ◇日時:12/7(木)13:30〜15:30 ◇場所:神田教会(千代田区西神田1-1-12 Tel03-3291-0861 ◇参加費:¥500
いずれも◇主催:東京カトリック女性同志会 ◇問合せ先:森脇03-3447-2231、滝口03-3844-7066、武藤042-378-9377

マリアの御心会より祈りのご案内

聖書深読黙想会

◇日時:12/10(日)10:00(ミサ)〜16:30 ◇対象:どなたでも

祈りの集い

◇日時:12/16(土)18:00〜20:30 ◇対象:40歳までの男女

詩篇講話

◇日時:毎月第1火曜10:00〜12:00 ◇対象:どなたでも

以上いずれも◇場所:マリアの御心会(JR信濃町駅下車5分)

「来て見なさい」プログラム 結婚、修道生活、独身生活を選定したい方

◇テーマ:私たちの中に来られた神 ◇指導:瀬本正之師(イエズス会司祭) ◇日時:12/17(日)10:00〜16:30(ミサあり)
◇申込み締切り:12/14(木) ◇対象:20代〜30代の未婚女性 ◇場所:マリアの御心会(JR信濃町駅下車徒歩5分)
◇費用:¥500
※申込み先:〒160-0012新宿区南元町6-2マリアの御心会「来て見なさい」係 Tel03-3351-0297Fax03-3353-8089

ビ・モンタント:カトリック高齢者会主催の講座

5会場での勉強会

①◇日時:12/12(火)13:30〜15:00(時間は全会場共通) ◇会場:事務所 ◇指導:塚本伊和男師
②◇日時:12/15(金) ◇会場:高輪教会 ◇指導:泉富士男師
③◇日時:12/19(火) ◇会場:三軒茶屋教会 ◇指導:塚本伊和男師
④◇日時:12/20(水) ◇会場:成城教会 ◇指導:泉富士男師
⑤◇吉祥寺教会:休み
※申込み:いずれも不要 ◇会費:¥300〜500程度

第65回散策会

◇日時:12/13(水)10:30JR両国駅改札口集合 ◇行先:安田公園、浅草教会

第7回絵画同好会

◇日時:12/20(水)13:30〜16:30 ◇場所:洗足教会 ◇参加資格:ビ・モンタント会員他どなたでも自由、希望者は当日お出でください ◇内容:水彩、クレヨン、パステル、色鉛筆いずれでも(油は使わない) ◇指導:日塔笑子(カトリック美術会会員・日本美術家連盟会員・元一水会会員) ◇会費:¥2,000(含画材料費、光熱水費等)

パッチワーク・キルト同好会

◇日時:12/14(木)13:30〜15:00 ◇会場:ビ・モンタント事務所 ◇参加者:随時募集 作品はホスピスのベッドカバーとして寄贈

気軽に聖書を読む会「聖書と歴史」

◇指導:吉山登師 ◇テーマ:聖書と文学 ◇日時:12/22(金)14:00〜16:00 ◇場所:幼きイエス会修道院(JR四谷駅前、地下鉄丸の内線・南北線四谷駅) ◇会費:¥500/月 ◇対象:退職後、もう一度聖書を読んでみたかった人、聖書研究会は、堅苦しいと思った人、視点を変えて読み、さらに信仰を深めたい人。

第27回聖ザビエル友ゆうクラブ俳句会(ビ・モンタント高齢者会参加)

◇句会日時:1/12(金)11:30〜15:30 ◇会場:カトリック神田教会信徒会館 ◇季題:「年末、年始、冬」一般雑詠通して3句以内
◇投句:住所・氏名・電話番号・所属教会・出欠(投句のみは欠席)を明記、宛先〒101-0065千代田区西神田1-1-12カトリック神田教会内「聖フランシスコ・ザビエル友ゆうクラブ俳句会」又は下記係宛 ◇締切:12/29(金)必着 ◇参加資格:年齢不問 ◇当日会費:¥1,000 ◇年会費:¥1,500 ◇持参するもの:天景(¥500以下の品物)、筆記用具
◇運営方法:互選(準備済)・食事(準備済)・互評(気軽に輪番で自由に)・散会(結果は作品集を全会員宛に郵送又は教会メールで)
※問合せ先:木田英也(世話人)〒279-0011浦安市美浜1-6-611Tel/Fax047-355-7478

以上俳句会以外の◇申込・問合せ先 荒川区西日暮里1-61-23 リレント西日暮里102 VMI東京支部事務所執務時間火・木・土14:00〜16:00Tel/03-3806-9877Fax/03-3806-9897

修道院でクリスマスを

◇日時:12/24(日)19:30受付、20:00分かち合い、21:00ミサ、22:00茶話会(遠方の方宿泊可) ◇宮崎カリタス修道女会管区本部
◇40歳までの未婚の女性
※申込み:12/10(日)までに下記へ〒167-0021杉並区井草4-20-5Tel/03-3396-2171Fax/03-3396-2150 担当:Sr.大野

聖イグナチオ教会 オルガンの夕べ

日時:12/3(日)18:00ミサ終了後 ◇演奏:オルガン 松居直美(日本キリスト教団小金井教会オルガニスト)ソプラノ豊田喜代美
◇曲目:グノー アヴェ・マリア、シューベルトアヴェ・マリア
日時:12/15(金)(時間同じ)
◇演奏:早島万紀子(新宿文化センターオルガニスト) ◇曲目:J.C.ダカンノエル、J.S.バッハいざ来ませ、異邦人の救い主よ
いずれも◇入場料:無料 ◇主催:聖イグナチオ教会オルガン委員会

祈りの集い -土曜日の午後のひと時、いつも共にいてくださる主の内にじっと私をおいてみませんか

◇テーマ:新しい力をいただいて主とともに歩むための月に一回の”神様ブレイク”
①第15回◇日時:12/16(土)14:00〜16:00(四谷ピエタ)
②第16回◇日時:1/20(土)14:00〜16:00(八王子) いずれも
◇対象:祈りたい方、祈りの体験をしたい方はどなたでも ◇担当:師イエズス修道女会シスター ◇費用:無料 ◇場所:八王子市戸吹町1490 師イエズス修道女会八王子修道女会(第15回のみ四谷ピエタ)

クリスマス・クリプの集い

◇日時:12/9(土)〈子ども対象〉14:00〜15:0012/16(土)〈第15回祈りの集い〉14:00〜15:00 ◇対象:ミレニアム・クリスマスに、共に祈り深めたい方はどなたでも ◇担当:師イエズス修道女会 ◇費用:無料 ◇場所:四谷ピエタ聖堂2F(新宿区四谷1-21-22)
※連絡先:シスター内野 Tel 0426-91-3236、91-3260/Fax0426-91-3319

音による聖書のいのち 大聖年・時の浄化 〈自己との和解・他者との和解・神との和解・赦し〉

◇朗読:巌谷由枝 オルガン:イグナチオ・スラットマン ◇日時:12/10(日)19:00 ◇費用:自由献金 ◇場所:目黒教会(駐車場はありません) ◇主催者:田中由美子
※問合せ先:Tel/Fax 03-3794-4759

高田三郎作品による リヒトクライス第8回演奏会 -高田三郎先生の永遠の魂に捧ぐ-

◇日時:1/27(土)14:00開演 ◇場所:文京シビックホール(地下鉄後楽園駅直結) ◇入場料:¥2,500 ◇曲目:「一粒の麦が地に落ちて」「遥かな歩み」「典礼聖歌」「子守歌」「内なる遠さ」「バイオリンとピアノのための奏鳴曲」より ◇指揮:鈴木茂明 ◇主催:リヒトクライス実行委員会
※問合せ先:信夫蓉子Tel/048-874-5775

第6回カトリック日韓学生交流会

◇日時:2/3(土)〜2/9(金)第1部 2/3(土)〜2/5(月)ホームステイ、第2部 2/5(月)〜2/9(金)合宿 ◇合宿所:ラ・サール研修所(日野市本町3-3-2) ◇参加費:ホームステイ受け入れ+合宿 ¥17,000/合宿のみ ¥20,000 ◇申込み:1/17(水)までに、参加費を下記の口座に振込み、申込み用紙を郵送で実行委員会までお送り下さい。 ◇振込み先:東京三菱銀行 渋谷支店(普)2667145〔カトリック日韓学生交流会〕 ◇主催:日韓学生交流会実行委員会(顧問/東京教区岡田大司教)、日韓学生交流会を支える会(代表/稲川圭三神父、事務局長/オリビエ・シェガレ神父) ◇韓国チーム:韓国カトリック中央協議会教育委員会・ソウル大司教区中高生司牧部(リーダー)
※申込み・問合せ先:新宿区信濃町33 真生会館学生センターカトリック日韓学生交流会実行委員会 Tel/Fax 03-3357-6227(月〜金17:30〜21:30)