東京教区ニュース第163号

1999年06月01日

特集 座談会
子どもが教会から消えた
    -子どものむこうに大人が見える-

 ここ10年間の現象だが、 教会に来る子どもが少なくなっている。 東京近郊の教会は別として、
かつて何十人と子どもがいた教会に、 ほとんど子どもの姿を見ないというのが現状である。 まるで、 教会が子どもに見捨てられたような感じさえする。 

この現象は、 一体何を意味しているのか、 そこから何を読み取っていけばいいのか。 子どもにかかわりを持つ方々に話し合っていただいた。 

<鳥居司郎さん>

3人の子どもの父で、 現在豊島教会の日曜学校、 高校生会のリーダーを務めている

<吉田弘行さん>

9年前に受洗し、 教会で結婚して一児の父となる。 それをきっかけに日曜学校のリーダーを務める。 北町教会所属

<坂本昌弘・美和夫妻>

小3・年長の2人の女の子のご両親、 長女が昨年初聖体を迎えた。 徳田教会所属

<シスター塚越昭子さん>

ベタニア修道女会のシスターで、 今年四月から日曜学校のリーダーを始めたばかり

<稲川圭三神父>

叙階3年目に入った東京教区司祭。 西千葉教会助任。 現在、 教区の教会学校委員会を担当している

司会 (本紙編集長) 教会学校も新学期が始まって活気づいている頃でしょうが、 皆さんの教会ではいかがでしょうか。

鳥居 名簿上は50人以上いるのですが、
実際教会に来るのは12、 3人です。 高校生はほとんど来ていない状態です。 

教会で働いている信徒は、
ほとんどが60歳を超えており、
20代から40代の信徒はきわめて少ないので、 当然ながら、 子どもも教会に来ません。 

子どもが教会に来ないのは、 子どもの問題ではなく、 大人の問題だと思います。 これは、 どの教会にも共通していることではないでしょうか。 

吉田 私の教会では、 やはり12、
3名が来ています。
教会学校のリーダーを1年やって感じることは、 生き生きとした教会共同体を作ることの大切さと、 難しさです。 

ただ、 子どもが教会に来るとか来ないということではなく、 神と人に大事にされているということを、 実感できるかどうかが問題だと思います。 

それは、 育てるという領域のものであり、 生き生きとした教会を作り育てていくということを意味します。 

遠まわりという感じがしますが、 それなしには教会の存在意義がないと思うのです。 

坂本(美) うちの娘は、 日曜日のミサで、 奉納の役をしています。 娘だけでするのではなく、 日曜学校の子どもが全員でしているのです。 ミサに行っても娘がちゃんと役を果たせるか気が気ではありません。 

最近になって分かったのですが、 娘にとっての奉納は、 親が考えているよりはずっと重要なことだったのです。 

つい親の考えや都合で、 子どもを教会に連れて行かないことがあります。 これは、 子どもが教会に行きたいのに、 親が邪魔していることになります。 これはよくあることだと思います。 

せめて親は、 「教会に行こう」 と子どもを教会へ行かせる役割を果たすべきだと思います。 

坂本(昌) 教会が世俗化しているのではないかと思います。 楽しいとかおもしろいとかということが強調されすぎると、 子どもがいくら集まっても、 教会である意味がなくなってしまいます。 

おもしろいとか楽しいということは、 結果であって、 やはり教会は教会として、 ちゃんと神様のすばらしさや、 キリストの教えの大切さを教える場であってほしいと思います。 

少子化社会なので、 それぞれの家庭できちんとした宗教教育は難しくなっています。 

だからこそ、 教会がひとつ

の大家族となって、 基本的なことを子どもたちに教えてほしい。
教会こそ第2の家庭だと思います。 

シスター塚越 私は成人洗礼で、 教会学校を知りませんし、
教会学校も4月からリーダーを始めたばかりですので、 よくわかりません。 しかし、 短い期間ですが、 子どものすばらしさに驚いています。 

子どもが教えてくれ、 子どもがいろんなことを進めてくれます。 この経験は、 今まで、 あるようでない経験でした。 

子どもの人数が少ないので、
全体を2つのクラスに分けて勉強しています。 すると、 当然ながら幼稚園の子と、
小学校3年の子がいっしょに勉強することになります。 上の子をみていると、 下の子が遊んでしまうことが避けられません。 今の悩みはその点です。 

稲川神父 私は千葉市の教会におります。
教会学校は名簿上50名位いますが、
実際教会に来るのは20名程です。 

今困っていることは、 リーダーのなり手がないことです。 子どもたちにとって大切なのは、 自分たちと理屈抜きに遊んでくれ、 一緒に考えてくれるリーダーの存在です。 

一方的に教えるだけでは足りません。 子どもとのやり取りがなければならないのです。 

なぜなら、 そのやり取り、 つまり、 交流のなかで大切なものが伝わっていくからです。 

伝えるべきことがあっても、 伝える道がついていないと、 伝わっていきません。 リーダーがいないということは、 この道が閉ざされてしまうことになります。 

リーダーも人数があればいいという訳ではないのです。 神様を大切にし、 キリストが教えてくださったことを心に留めている人であることが大切です。 

良いリーダーは急には育ちません。 じっくりと人を育てる仕事が、 将来の教会にとって最重要課題だと思います。 

司会 すると、 子どものことは、 きわめて大人の問題であるというわけですね。 つまり、 今こそ、 大人の信仰が問われているということでしょうか。

鳥居 そうだと思います。 子どもが教会に来るとか来ないとかという問題の前に、 その親たちも教会に来なくなっているということを、 もっと真剣に考えなければなりませんね。 

子どもが、 塾やスポーツクラブに行って、 教会に来なくなるのと同様に、 社会の中で疲れはてたお父さんや、 それに振りまわされているお母さんが教会に来なくなっている。 自然と教会は、 社会のわずらわしさから解放された、
60代の人だけになっているのが現状ではないでしょうか。 

ですから、 子どもが教会に来なくなったことより、 どうして、 働き盛りの親たちが教会に来なくなったかを考えるべきだと思います。 

坂本(昌) いまさら教会の掟を持ち出すのもなんですが、 結局安息日の掟をないがしろにしてきたつけが、 今来ているということではないでしょうか。 

どんなに忙しくても、 どんなに生活に追われていても、 日曜日には必ず教会に行って、 神様との語らいの時をもっと大切にしていれば、 今ほど、 教会が寂しくなることはなかったと思います。 

結局は、 信仰の問題につきあたるのでしょうね。 

坂本(美) 今のような時代に、 毎週日曜日に教会に行くというのは、 むしろ変人の領域に入るのかもしれません。 

日曜日は、 朝ゆっくり起きて、 のんびりし、 気ままにすごして疲れをいやす。 そして、 たまに外に遊びに行って、 活力を養うというのが世間一般の生き方でしょう。 

その中で、 日曜日の午前中に、 教会に行ってお祈りをし、 霊的な糧で心を満たして、
1週間分のエネルギーを蓄えるというのは、 やはり、 限られた人の生き方だと思います。 

それはそれで、 それを選んだ人のものだから、 教会へ行く人は、 行くと思います。 

私の場合、 ミサで頂くご聖体で、
1週間は生きていけると思っていますので、 なんとかして、 主日のミサにあずかるよう努力しています。 私が教会に行けば、 子どもも行くことになります。 

シスター塚越 考えてみれば、 子どもの時や、 洗礼を受ける時は、 とにもかくにも教理の勉強をしますよね。 自ら進んで勉強会に出たりする人は別として、 大人がきちんと教理を勉強する機会がないような気がします。 

大人のカテケージスを考えたほうがよいと思います。 そうしないと、 この現代社会で一人前の信徒として生きていくのは難しいように思います。 

稲川神父 教会に子どもが来ない理由が、 皆さんのお話を聞いていてわかってきたような気がします。 

教会は常に、 試練に立たされているのですが、 今は今なりの試練の時だと思います。 

教会に人を集めようとしていろんな試みをしても、 なんだか一つひとつ裏目に出ているような気もします。 

そこで、 いつも感じているのですが、 やはり、 教会は教会の原点というべきところに帰っていくべきだと思います。 

それは、 やはりキリストに出会っていくことだと思います。 

若い人、 特にいろいろ苦しんでいる若い人が、 教会に求めるのは、 神との出会いであるし、 生き生きとしたミサなんですよ。 その中で、 人がほんとうに大切にされていることを実感すること、 それによって自分が取り戻せるし、 自信がついてくるのです。 

そういう若い人に育てられる子どもは幸せです。 小手先の作業でなく、 原点に立ち戻る作業が求められていると思います。 

司会 稲川神父様が締めくくってくださいました。 本日は、 どうもありがとうございました。
 

インターナショナルデー’99 -第9回インターナショナルデー
1999年4月25日(日)東京カテドラル

インターナショナルデーは、 国際交流の場 チェレス
ティーノ神父

4月25日 (日) 午前11時から、 カテドラル構内で、
第9回インターナショナルデー (実行委員長 伊藤幸史神父) が始まった。 

前日の荒れ模様の天候とはうってかわった青空のもと、 皮膚の色、 言葉、
国籍の違いを乗り越えた3100人の人々が、 構内に集い、 国際ミサ、 ワールドバザー、 スタンプラリー、 国際カラオケ、 アトラクション等を楽しみ、 そこここで心温まる交流が生まれた。 

侍者会の子どもたちを連れて参加したチェレスチーノ神父 (府中教会) と本紙編集部のマタタ神父は、 当日の様子を次のように語っている。 

ふだん、 日曜日は、 忙しくて出かけられないけれど、 今回は、 侍者会の子供たちに、 「カトリックの面白いところに連れていってあげる」 と約束していたので、 府中教会のミサの司式の代わりを頼んで、 子ども人と大人4人でインターナショナルデーに行ってきました。 

まず、 宮南洋 (みやなみひろし) 君の印象を聞きましょう。 

「えきから出たら、 教会の十じかがすごく目立った。 えきから200メートル歩いたら、 教会についた。 

それで、 ぼくはついたら、 『なんだ、 思ったよりちっぽけじゃん』 と友だちの久保君に言った。 

そしたら、 久保君に 『バーカ、 右と左を見ろ』 といわれたから、 ぼくは、 あわてて見た。 

すると、 ぼくはびっくりぎょうてん。 思わず 『ゲゲゲー』 とさけんでしまった。 

すると、 友だちの井上りゅう君が 『よく見ろ』 と言った。 そして、 『ああ、 オレまん中しか見ていなかった!』 などと言い合って、 もり上がっていた。 女の子だけがしずかだった。 さっそく中に入った。 ミサがはじまる前に着いたので、 教会の周りを回った…

ミサがはじまった。 ぼくが行っている小さな府中教会にくらべて、 どんなにさがあるだろう。
1かいだてなのに3がいだてぶんの高さ・広さでぜんぜんちがう。 

何千人も入ってきた。 歌を歌った。 えいごの歌もあれば、 中国ごの歌も、 かん国ごの歌もあれば、 インドネシアごの歌もある。 タガログごの歌もあれば、 ベトナムごの歌もある。
日本ごも1曲あった。 ザイール (コンゴ共和国) のリンガラごの歌も歌った。 

あとぼくたちの行っている教会の神父さまは、 とくべつせきにすわった。 ミサが終わった。
2時間だった。 

ミサが終わったらまた教会で何かを買った。 その何かは、 ふえ、 なんとふえ600円だった。 さいごにみんなでおやつを食べて帰った。 楽しかった」 
( 宮南 洋 ) 

ヒロシ君は、 家に帰った時、 「30分も興奮して、 カテドラルのことを話しつづけて止まなかった」 とお母さんから聞きました。 

雰囲気全体が、 にぎやかで楽しくて、 宗教行事というより、 カトリックのお祭りという気分でした。 

体を動かすたびに、 誰かと目が合うほど、 人が大勢いて、 いろいろな人と話す機会もあって良かったと思います。 

インターナショナルデーは外国人の集まりだと思っていましたが、 実は、 日本人信者も多くて、 本当に国際交流の場だと気づきました。 

ミサ全体は、 いろいろな言語で祈っても、 何千人の人が一つの体、 一つの心となって神を賛美するという感じでした。 

特にザイール人がグロリアを歌った時、 私は体中が震えて、 涙が少しこぼれました。 

踊りながら、 叫びながら、 力いっぱいに歌うこの人たちが、 神様の前にいることの大きな喜びを表しているのが伝わってきました。 

ふだん、 静かにミサを行う私たちは、 神様の前にいる喜びを感じないだろうか、 それとも、 喜びの気持ちを表す勇気がないだろうか、 などと反省しました。 

若者たちから、 「ミサはちっとも面白くない」 と時々聞きます。 

どうすればミサは、 一週間の中で、 一番楽しいことになれるか、 特に若者たちの知恵と力を借りたいと思います。 

府中教会にザイール人に来てもらって、 ミサをにぎやかにするのもいいけれど……

「心をひらいて」、 一人ひとりが恐れやこだわりを止めて、 神と周りの人との交わりを強く望めば、 ミサも変わると思います。 

教会から帰って、 家の人や友達に、 興奮し、 分も神のことが話せるぐらいのミサになれば、 教会全体はどんなに変わるだろうと思いました。 (原文のまま) 

教会には外国人はいない マタタ神父

毎年、 復活祭の第2の日曜日に、 東京カテドラル聖マリア大聖堂で、 民族・国籍を超えた国際ミサが行われます。 

今年も、 『心の扉を開こう』 というテーマで第9回インターナショナルデーが開催されました。 

この日はおもに、 ミサやバザーやカラオケや国際的なアトラクションなどが注目されています。 

今年のインターナショナルデ―について、 簡単に印象をまとめてみたいと思います。 

多文化交流の場としてのインターナショナルデー

インターナショナルデーの開催のきっかけは、 教会に外国人が増えてきたからです。 

バブルの時代に経済大国と呼ばれるようになった日本が、 ますます外国人の労働者を受け入れました。 

教会でも、 他の国から日本に来た労働者の信徒の数は、 圧倒的に増加していきました。
10年前に比べると、 たくさんの外国人労働者は帰国しましたが、 まだ日本に残って仕事をしている外国人の数が結構多いようです。 

こうして日本に住むようになった外国人は日々、 さまざまな問題を抱え、 子どもの教育、 日本の生活の裏と表の理解の仕方、 日本の文化受容などの問題に悩まされることも事実なのです。 

外国人のみならず、 日本人自身も、 どうやって外国人を受け入れ、 日本の社会に適応させるのかをわかっていません。 しかし両者の文化の違いを大切にし、 ともに生きることを目的とするために、 インターナショナルデーが誕生しました。 

これまで関わってきたインターナショナルデーの雰囲気を振りかえってみると、 日本人の暮らしと他国の人の生き方の違いを考える傾向が強いようでした。 

時間が経つにつれて、 だんだん違いを語る意思が薄くなっていき、 インターナショナルデーが、 ともに喜び祝う東京教区の姿を表わす日となっていったと考えられます。 

この日こそ、 教会には 『外国人』 はいないという意識が高められるときなのです。 

インターナショナルデーの準備段階から、 当日の後片付けの時間まで、 皆一緒に力強く働く姿を見ると、 教会こそ、 バラエティーに富んだ多国籍の集いという印象が強く残ります。 

インターナショナルデーのインパクトは、 教会内外において、 人類が兄弟姉妹という意思が、 人々の間に浸透していくような気がするお祭りの時です。 

福音の言葉で言いかえれば、 この日こそ、 「人類が神の国の宴会の先取りを親しく祝う日」 と見られます。 

教会の1年の祭りのピーク

インターナショナルデーは、
教会の1年の最高の日なのです。 

パフォーマンスをはじめ、 カラオケ、 食料品販売、 バザー宣伝、 国際電話などといった出来事が一瞬に行われるのは、 祭りの感覚から考えてみると、 人間を超える力が働く場、 聖なる集いと思われるでしょう。 

祭りの日であるインターナショナルデーは、 神が国籍・民族を超え、 人々の中に働かれる目に見えるしるしでもあります。 

前述のように、 日本人と外国人がともに、 日本の社会を共有しながら、 互いに助け合うことが目的でした。 

毎年のインターナショナルデーの動きをじっくり見ると、 この目的が実現されたような気がします。 

なぜなら、 祭りの情熱によって、 外国人であるか日本人であるかは、 あまり表面に表れません。 皆友だち、 兄弟姉妹である認識が高められます。 

今年のミサの各国コーラスで、 その国の外国人信徒が登場しなくても、 代わりに日本人の信者がその曲を歌ってくれたことは、 違いという意識を別にして、 いっしょに楽しく祈れる機会が求められているということなのでしょう。 

とはいっても、 東京教区のインターナショナルデーは、 単なる祭りの集いではなく、 出会いを求めている人々が、 福音の価値観に基づいて、 信仰を証しする集いなのです。 

これは、 21世紀に向かう、 本当の日本のキリスト教、 あるいはカトリック教会の姿です。 

日本人だけではなく、 外国人だけではなく、 同じ信仰を表現する兄弟姉妹が集う場なのです。 

この意識を大切にし、 高めていくために、 日本の文化の素晴らしい点と、 外国人が持つ素晴らしい点を、 教会に取り入れながら、 明るく親しみやすく、 開かれた教会を築く機会が、 このインターナショナルデーの出来事なのです。 

教会・修道院巡り (68) 『銚子教会』

 「ホトトギス 銚子は国のとっぱずれ」 という句がありますが、 我が町銚子は、 利根川が太平洋に出るところ、 本州の最東端にあります。 

「銚子」 の由来は、 利根川 (別名、 坂東太郎) の川幅が広いにもかかわらず、 その河口は狭く、 河水が外洋に流れ出ている状態が、 酒器の銚子の口から、 酒が注がれるさまに似ているところから起こったと言われています。 

銚子教会は1951年 (昭和26年) に、 聖コロンバン会によって創立されました。 初代主任司祭は、 オスリバン神父でしたが、 以来代々、 聖コロンバン会の司祭が司牧を担当し、
再来年には創立50年を迎えることになっています。 

現在の主任司祭は、 アイルランド出身のオサリヴァン神父で、 一見厳しい印象を与えますが、 実際はとてもやさしくユーモアがあって、 信徒から大変慕われ信頼されている神父です。 

来銚されてから、 小さな教会にもかかわらず、 教会霊園の建造や、 創設以来の古い聖堂や、 司祭館の建て替えに着手され、 それを実現されました。 神様の御心と神父の生来の不屈の精神力が、 これら諸事業の完成に、 大きく働いたことを信徒一同、 痛感し、 また感謝しています。 

現在の銚子教会には、 水産関係等の会社で働いている外国の信徒の方々が大勢来ています。 最初の頃は、 戸惑うことも多々ありましたが、 近頃ではインターナショナルな雰囲気の中で、 互いに協力し合い、 楽しく信仰の道を共に歩んでいます。 

オサリヴァン神父は 「言語や習慣が違っても信仰に国境はありません」 といつも話しておられます。 そんなこともあって、 私たち日本人の信徒は、 日本にいながら東南アジア、 韓国、 南米、 アメリカ、 オーストラリア、 ナイジェリアなどの国の人たちと知り合い、 言葉の壁を乗り越えて、 ミサや教会活動を一緒に行っています。 

再来年の教会創立50年の記念すべき年は、
ちょうど21世紀の幕開けの年でもあります。 時代の流れのなかで、 若い人が少ないなどの課題を抱えているのは事実ですが、 進学や就職で、 銚子を出ていった人たちが年を経て、 戻ってくる時期でもあり、 そんな人たちを交えて、
銚子教会創立100年を目指して、 歩む希望と期待も持っています。 

「王であるキリスト」 を、 教会の保護者に頂いている当教会は、 これからもますます国際的な色合いが濃くなっていくことでしょう。 そんな中で司祭と信徒が一つになって、 主への信仰を糧として、 「神の国」 の到来のために、 歩む決意を新たにし、 記念の年の準備をしたいと思っています。
(大滝尚吾) 

W・A・グロータス神父を訪ねて
マタタ神父のインタビュー

先日、 東京都中野区慈生会病院に入院しているグロータス神父を訪ねました。 

グロータス神父は、 1911年にベルギーで生まれ、
1932年に淳心会へ入会と同時に、 漢文や地理方言を学んできました。 

そうして1941年、 司祭として中国へ派遣され、
3年後1944年にテイヤール・ド・シャルダンから霊的指導を受けました。
さらに1950年に来日してから、 兵庫県の豊岡と松原教会に住みながら、 日本各地の方言研究を行い、 方言地図を、
昨年3月まで書き続けてきました。 

普通の人間として社会的な義務を担う神父

グロータス神父は、 中国を初め、 日本の国立国語研究所、 世界各地の大学などで言語学を多くの人に教えました。 北海道から沖縄まで自転車で回って日本列島の方言を学び、 日本方言地図を作りながら、 日本に芽生えていた方言地理学を成立させた人物だと思われます。 しかも神父自身としては、 普通の日本人が果たす社会的な義務を担うのは、 自らの大きな宣教活動なのだと思ったのです。 

グロータス神父が司祭として問いかけてきた、 信仰生活と学問の領域との位置という課題は、 テイヤール・ド・シャルダンとの関わりによって答えが出されました。 「テイヤールは、 私を解放した」 と。 「私の専門は方言学だったので、 テイヤールのように、 神学上の重大な問題がなかったにもかかわらず、 司祭生活と学者生活を、 どのようにして一致させるかという具体的な問題は、 テイヤールの場合と同様に、 深刻で重大な要素をはらんでいた。 私にとっても、 テイヤールが青年時代に問題にしたように、 キリストに仕えることと、 世界の進歩のために働くことは矛盾しない」 

学問の精神を広げることは、 神の国を広げることと同じだと。 テイヤールのように、 彼はつねに、 キリストを最高の理想として仰ぎ、 学者として学問の追求を最高の目的としてきました。 

人間から神へではなく神から人間へ

グロータス神父の人生は、 迷路のようなものでした。 神父は自ら、 その迷路の入口から出口までの通路を次のように説明しています。 「私の人生は迷路のようなものであった。 その入り口に立ったのは、
12歳の年のある日曜日の午後、 堅信の日であったように覚えている。
私はルーブエン中学校の2階の聖堂で祈っていた。 そのとき、 イエスの招きを心に感じた。 『私を愛するなら、 私をまだ知らない国へ行って、 私を知らせたらどうか』 と、 イエスは私に問いかけた。 今、 改めて考えてみるのだが、
12歳の私が、 なぜ、 このようなことを感じるようになったのだろう。 

はっきりと思い出すことのひとつは、
中学校1年の担任だった神父が、 イエスの愛について語るときの表情である。 ふだんは見せることのない燃えるような眼をしていた。 この神父とは、 個人的に話す機会は一度もなかったが、 その印象は深く私の心に残った」 

イエズス会の修練期から淳心会への司祭叙階までの道、 中国での逮捕から日本に至るまでの宣教生活自体も、 彼が語る迷路の意味と深く結ばれています。 さらに神父の人生は慈しみにささえられ、 日々のミサと祈りを忠実に捧げることができました。 彼は、 「私は人間から神へではなく、 神から人間への方向で、 宗教を考えている。 至高者からの、 至高者との一致への呼びかけに答えることは、 『愛の国』 を作るために努めることなのだ」 と言っています。 

日々の暮らしの意図を説いた宣教

グロータス神父は、 お年寄りばかりでなく、 若い人のためにも、 聖書の研究をほとんど毎日やってきました。 人を育てるには、 自分の思いのままに導くのではなく、 相手方の考えや思いなどを大切にしていくことが必要です。
これはグロータス神父の55年間の宣教活動の経験から反省したところなのです。 この反省について、 グロータス神父は自らの宣教活動を、 次のように語ってくれました。 

「1941年6月、 私は中国寒村の教会の助任神父に任命された。 私の役割は、
農閑期に140の村を廻り、 教会から遠くの地にあって孤立している信者の家を訪れ、 そこに一泊し、 その家族のためにミサを立てること。 またその地方の方言を習得し、 そして村の小学校の校長を務めることだった。 これらの仕事に忙しかった私は、 ますますこの地方ではいわゆる宣教活動をする機会に恵まれなかった。 

宣教、 つまり新しい信者をつくるという仕事は、 もっぱら主任神父が担当していた。
2人の神父は農閑期になると、 村の小学校の父親たちを集めて、 カトリック要理を教えていた。 もし父親が洗礼を受ければ、 その家族はそろって家長の信仰をそのまま受けいれる。 こうして新しい信者の数が増える……

1950年の秋のことである。 私は日本に到着した。 最初の赴任地は兵庫県の豊岡市の教会だった。 ここで、 ようやく、 キリスト教を求める人々にキリスト教の教義を説明する機会が与えられた。
30回で終了する宗教講座を開設したが、 日本語にはまだ不慣れだったので、 できるだけ黒板に漢字を書いて説明を補った。 今になって、 当時印刷して配布した講義のプログラムを改めて見ると、 これがヨーロッパの神学院で学んだ教義の内容と順番によるものであることに、 驚きを禁じえない。 

1955年、 東京都世田谷区の松原教会に移ってからも、 同じように講義をつづけていたが、
6、7年経ってからは、 キリスト教入門講座は、 まず祈りから始めることにした。
第1回目は、
新約聖書マタイ6章19-34節にもとづいて、 日々の暮らしの意図、 即ち、 その日のすべてを神にささげることを説明する。
第2回目には 『主の祈り』 の説明と唱え方。 

祈りをカトリック入門の最初のテーマとしたのは、 およそ、 教会に足を踏み入れようという人は、 すでに宗教の世界に何らかの期待を抱いているのだから、 哲学的な分析は必要ではないと思ったからである。 こうして、 このやりかたで、 受講者の顔が、
はじめ1、2回目は、 学校の授業を受けているような表情であったのに、
3回目頃からは、 生き生きとして神と交流がはじまったという表情に変わってくる。 このときから、 神は私の協力者となって、 講座はスムーズに進んでいった」。 

1998年 東京大司教区統計 

1.
人口・信者総数

  1998年度 1997年度
人口 17,717,000人 17,681,926人
カトリック信徒総数
(居所不明)
81,067人
(6,991人)
81,760人
(8,127人)
聖職者総数 2,322人  2,384人
カトリック信者総数 83,389人  84,144人

 2. 聖職者の内訳

(1)

司教
教区司祭
教区助祭
神学生
2人
86人
0人
10人

(2)

  合計 邦人 外国人
宣教会・修道会司祭
男子修道者
(永久助祭・修練者・志願者)
神学生

330人
125人

 62人

141人
93人

51人

189人
32人

11人

修道者の合計 517人 285人 232人

(3)

修道女無期・有期誓願
修練者・志願者
1,594人
41人
1,446人
39人
148人
2人
修道女の合計 1,635人 1,485人 150人

 

(4)

在俗会員の合計 72人 64人 8人

3. 小教区・宣教会・修道会

(1)

  小教区 準小教区
小教区 74 8

 

(2)

  男子 女子
宣教会・修道会 28 71
修道院 55 167

(3)

在俗会 5

(4)

神学校 2

4.秘跡

(1)

  合計 男子 女子
成人洗礼 1,222人 385人 837人
幼児洗礼 1,095人 519人 576人

(2)

堅信

1204人

(3)

信徒同志 混宗婚 異宗婚
96 33 638

 

生涯養成委員会が一泊交流会
テーマ 「日常における私の信仰生活」 

東京教区生涯養成委員会の主催で、一泊交流会が4月17日 (土) から18日 (日) まで、 厚生年金会館・サンピア多摩で行われた。 

今回のテーマは 「日常における私の信仰生活」、参加者は聖職者と信徒合わせて39名だった。 

講師は吉祥寺教会の後藤文雄神父。 後藤神父は、 講話の前置きに、 簡単な図形さえ言葉で説明するとなると、 いかに困難かを話され、 出席者一人ひとりの反応の仕方の違いを体験させた後、 こんな話をされた。 「私たちがこうありたいと願う信仰生活とは、 背伸びをして聖人の真似をする、 判で押した様なものでなく、 弱さ、 もろさを持った、 このあるがままの私を、 呼んで下さった神さまに応えていくことである」

神父は応えるという言葉をリスポンスと説明される。 また 「キリスト者のまなざしは、 天の方ばかりに向けられるのではなく、 地へも向けられなくてはならない。 地上の生活を直視することなしに、 天上ばかりを見るのはよくない。 みことばは、 この地上に受肉した。 地上の必要に気付くことは、 大切なことであり、 気付く感性が必要である」 

更に 「最近の日本は内向きになっているように思える。 家の中を整えてから、 外のことをしようと言っていたら、 いつ家の中が満足になるのか。 それは何もしないことの言い訳でしかない。 外の 『助けて』 という叫びが聞こえているか。 外の声に応えて行動する時に、 内も一致して燃えてくる。 自分を最優先にしていると、 そんな声は聞こえてこない。 行動するキリスト者でなければならない。 呼びかけに応える信仰生活でなければならない。 人を助けることによってだけ、 私たちは自己実現をより容易に全うできるのではないだろうか」 という、 行動的な後藤神父ならではの鋭い指摘であった。 

これを受けて六つのグループに分かれ、 各々の思いを分かち合った。 あるグループでは、 ボランティア体験についてや家庭を持つ私たちに何ができるかということなどが話し合われた。 

夕食後の親睦会では、 後藤神父の解説で、 カンボジアでの学校作りのスライドの鑑賞があり、 子供たちの置かれた現実の悲惨さに、 胸を突かれる思いがした。 後藤神父は、 カンボジア難民の子供たちを、14人も育てた経験をお持ちだという。 

翌日の全体会議では、 参加者が日頃抱いている思いを語り合い、 皆で分かち合った。

また質問に答えて、 後藤神父はカンボジア難民との関わりの経緯を話され、 「カンボジア難民の子供を、 養子にしてくれる人を、 教会の信徒に募ったが、 なかなか引き受けてくれる人が見つからなかった。 その時、 マタイ福音書の中のファリサイ人に対するイエスの言葉が思い出された。 『彼らは背負いきれない重荷をまとめ、 人の肩に載せるが、 自分ではそれを動かすために、 指一本貸そうともしない』。 自分がファリサイ人であることに気付き、 子供を引き取ることにした」 そんな話で、 皆に神へのリスポンスを促された。 

春の一泊交流会は、参加された3司祭の司式でミサが捧げられ、 和やかに終わった。 

次回の一泊交流会は、 森司教を迎え12月4日 (土)~5日 (日)を予定している。
 (相知裕子) 

い・の・ちに仕える女性たち
全国共通修道女の一日研修会

 新緑がいのちを輝かせている 「みどりの日」、 下井草の宮崎カリタス修道会を会場に、
恒例の修道女研修会が行われ約200人が参加した。 

テーマは、 来夏に広島で開催されるアジア/オセアニア修道女会議 (AMOR) と関連して、 「修道女:い・の・ちに仕える女性たち」 であった。 病院、 山谷、 児童養護施設で、いのちを支え育んでいる3人のシスターが、 体験を分かち合い、 それは参加者各自の琴線に触れ、 心が浄められるような落ち着いた研修会のスタートとなった。 

病が癒されることと、 いのちが癒されることの違いや、 「傷ついた葦を折らない」 ような人との出会いが、 いのちを生き生きとさせるなど、 病院で看護助手として働いたシスターが語った。 また、 山谷の路上生活者や、 刑務所にいる滞日外国人の訪問をしているスペイン人宣教女は、 同じ人間としてこの人々と、 共に支え合って生きようとする中での無力体験と同時に、 大切なことは何をするかよりも、 いかに生きているかであると、 喜びに溢れて語った。 

社会の歪みの犠牲者となって、 児童養護施設で暮らしている子供たちに、 「あなたのやさしさが、 いのちを救う」 という思いで、 将来は自分の足で立って生きてゆくためにと、 いのちの可能性を引き出す工夫と、 そこから生まれる子供たちの自信を信じて、 日夜頑張っている園長シスターの肝っ玉母さんぶりの分かち合い。 

ニーズに応えて、 いのちに仕えているシスターたちを根底で支えているのは、 祈りと復活された主からのいのちの恵み、 さらに共同体の交わりや、 祈りによる支えが強調された。 

「今の日本の社会で生きることは易しいことではない。 社会が、 病んでおり、 多くの重圧の下で、 いのちの営みが繰り広げられている。 そのような状況のもとで、 『いのちに仕えるとは』 キリストのように柔和謙遜な者として、 一緒に泣きながら相手を抱きしめていくやさしさや、 やわらかな刺とげのない生き方を共同体として表現することでは」 と、 まとめを担当された森一弘司教からの示唆があった。
(シスター石丸脩子) 

ことばに触れ… ことばがつなぐ…
   ’99ちば聖書展 6月9日から

エキュメニカルな活動として、 一昨年から進めてきた 『’99ちば聖書展』 が、 開催間近となった。 会場には、 聖書に関わる多くの展示とともに、 『千葉県と聖書』 というコーナーが設けられており、 主として、 明治時代以降の千葉県における伝道の歴史が展示される。 
カトリック教会からは、 当時を忍ぶ貴重な品々を中心に、 以下のものが展示される。 
1.キリンシタン禁止令の高札 (東金:1868年) 
2.千葉教会洗礼台帳(1878年~1891年) 
3.聖母子像 (ヴィーグルス神父より頂く:1887年) 
4.先駆の司教・司祭たちの写真 (パリ・ミッション:1888年) 
5.亥鼻台聖堂 (旧千葉教会) の写真と信者台帳(1892年) 
6.カディヤック神父の十字架(1886年~1900年) 
7.聖心のイエス像 (カディヤック神父より頂く:1890年頃) 
8.亥鼻台聖堂で使われていたオルガン(1914年頃) 
9.「二宮公教愛友会」 日誌(1917年以降) 

同時に、 千葉県出身のキリシタン大名で、 最後は東京芝の札の辻で、
火炎の中に主を賛美しつつ壮絶な殉教を遂げた原主水(はらもんど)(1587年~1623年)、 『新共同訳聖書』 の翻訳作業に関わった千葉県白子町の修道院十字架のイエス・ベネディクト修道会に関する紹介も行われる。 

開催期間:6月9日 (水) ~14日 (月) 
開催場所:千葉そごう8階特設会場
(’99ちば聖書展展示委員会委員 千葉寺教会 奥村桂一) 

CTIC 東京国際センター通信

X月X日
「子どもをフィリピンへ連れていきたいのだけれど」 と相談が入った。 相談者はフィリピン人の女性。
1歳半になる男の子をフィリピンの両親の元に預けて、 本人は日本で働き続けたいという。 
日本人の夫は、 ある事件で服役中。 出所まではあと数年かかる。 
彼女と関わり始めて3年になる。 ある福祉事務所から通訳を依頼されたのがきっかけだ。 当時、 来日したばかりの彼女は、 片言の日本語も話せず、
妊娠3ケ月であった。 
夫は遠く名古屋の警察署。 福祉事務所のケースワーカーも、 帰国し、 夫の出所を待つように強く勧めたが、 彼女は拒否。 根気負けした福祉事務所は生活保護を開始した。 
CTICは、 名古屋の夫に面会に行く彼女に同行したり、 入国管理局に出向いて事情を説明し、 ビザの更新の手続き等を手助けしてきた。 
右も左も分からない日本での出産、 育児を経験し、 最近はパートにも出かけ、 関わり出した頃からは想像もできないほど、 たくましく、 頼もしくなってきた。 
そんな彼女からの相談だ。 「先日、 福井刑務所の夫に面会に行きました。 若くない夫にとって、 刑務所暮らしは辛いようです。 私がもっとがんばって働いて、 夫の出所に備えなければと強く感じました。 そのためには、 病気がちな子供が一緒だと十分に働けないのです」 
彼女の夫への深い愛に感動しつつ、 子供がいないと生活保護が打ち切られ、 ビザの更新も難しくなると伝えると、 それでも構わないという。 
私事ながら、 子供に恵まれ、 育児の大変さが身にしみて分かってくるにつれ、 母の手一つで、 がんばっている彼女らの苦労は計り知れないだろうと、 多少なりとも想像できる。 とりあえず、 入管などにビザ更新の可能性等を確認すると言って電話をおいた。 

X月X日
「友人が交通事故で死亡しました。 相手方、 保険会社から何ら誠意のある態度が見られない」 とスリランカ人男性からの相談だ。 その友人が、 本国への遺体移送の手続き、 遺族との連絡等一切をやってきていた。 
日本人が運転するダンプカーと、 スリランカ人男性が運転する乗用車との、 交差点での出会い頭の事故であった。 スリランカ人が運転していた乗用車は大破、 同乗していた同国の友人も、 即死だった。 
ダンプカーの運転手によると、 乗用車が赤信号で交差点に進入してきたらしいが、 早朝の事故で、 目撃者はいない。 
事故後、 その友人がダンプカーの運転手に連絡すると、 「赤信号で来るからだよ!」 と電話口で笑っていたという。 
早速、 事故証明書を取り寄せ、 保険会社に連絡を取ったが、 「乗用車が赤信号で進入してきたから……」 と繰り返すばかり。 事故原因が争点になりそうなので、 CTIC協力弁護士の佐藤さんに相談し、 代理人として保険会社との交渉にあたってもらうようにお願いした。 

X月X日
会社をクビになったとナイジェリアの男性が来た。
来日4年目。 母国では銀行員だったという。 クビになった会社では、
書籍の返品仕分けの作業を2年間していた。 現場責任者に事情を聞くと、 「指示に従わない」 等々の、 もっともと思われる理由があるようだ。 もう少し、 同僚の同国人から事情を聞くことにした。
(CTIC相談員 有川憲治)

シリーズ 揺れる司祭像(8)
ー弱さを身に帯びているかー
伴 八郎神父(吉祥寺教会 助任司祭) 

私は、 神言修道会という、ドイツから1907年に来日し、 宣教司牧を始めた修道会に属する神父であります。 まだ神学生であった時、 来日した外国人宣教師の苦労話を聞いたことがあります。 

彼らの多くは、 良い意味でも悪い意味でも、 宣教魂の持ち主でありました。 特に私に洗礼を授けた神父は、61歳で心臓麻痺で亡くなられましたが、 私の理想とする司祭でありました。 私自身、 彼らのような福音宣教にかける情熱、 宣教魂を持っているのかと問われると、 全く先達神父の足下にも及ばぬことを感じます。 

私は、 教会司牧を始めて7年目に入りました。 この原稿依頼によって、 司祭としてのあり方を反省してみる機会が改めて与えられたと思います。 

東京教区では、 2年前の司祭研修会において、 司祭のあり方についての研修があったことを思い出します。 

日本のカトリック教会も、 信徒の高齢化、 召命の減少、 若者の教会離れ等、 多くの問題を抱えています。 

これらの問題に、 どのような解決策があるか、 司祭の責任も重いと思います。

21世紀の新しい司祭像の見直しが求められているのでしょうか ?

最近読んだ、 アメリカのバーナーディン枢機卿の書かれた 『やすらぎの贈り物』 という本の中で、 彼は、 次のように述べています。 「司祭として私は、 どんな人とも親しく関わる、 神の愛とみ旨の道具となることを求められている。 司祭として歩んできた道のりで、 このことはわかっていた。 司祭職とは何か、 司祭とはどういう人か、 基本的には、 いつの時代も変わらない。 人々は、 私たち司祭に政治家や企業の経営者になることを望んでいない。 人生の喜びや悲しみの時、 共にいてほしいと望んでいるのである」 

時代が21世紀になろうとしている今も、 司祭職のあり方は、 変わらないと思います。 全く、 バーナーディン枢機卿の言われる通りです。 私もまた、 叙階式の時に、ローマ書12章12節のパウロの言葉を引用して、 「喜ぶ者とともに喜び、 泣く者とともに泣く司祭になりたい」 と挨拶したことを思い出します。 
しかしながら、 実際のところ、 思い通りにいきません。 誰にも平等に、 親しく接することは至難の技のようです。 私の周りにも、 せっかく叙階の恵みを受けたのに、 辞めていく司祭が出てきています。 

祭職とは何か。 普通には、 その人がどんな業績をあげたか、 知的に優れた人物か、 宗教心が模範的で深くまじめな人かを問われるようです。 

しかし、 司祭職は、 ひとえに自ら弱さを、 身に負われたキリストにならう奉仕職です。 キリストが、 自分の弱さから私たちの弱さを思いやり、 私たちのための聖体となられたことを、 忘れてはいけないと思います。 

この5月3日に、 前から訪れたいと思っていた新潟・寺泊の五合庵に行くことができました。 そこは、良寛和尚が47歳から12年間、 修行生活した庵です。 良寛には、 多くのエピソードがあります。 その一つに、 川に落とされても、 その落とした人に 「ありがとう。 あんたは命の恩人じゃ」 と言って、 お礼を言った話があるそうです。 良寛は人間の弱さを身に負った一人であったと思います。 現代風に言えば、 大愚良寛はプラス思考の持ち主であったと言えます。 イエス・キリストの生涯をみると、 御父である神に絶対の信頼をおいた、 プラス思考の持ち主であったと思います。 

21世紀には、インターネット利用者は世界で10億人に達するとの見方があるそうです。 しかし、 司祭職のあり方は、 どんなに情報化社会になろうとも変わらないと思います。 揺れる司祭ではなく、 揺れない司祭でありたい。 

大阪教区補佐司教に
松浦悟郎師 (司教総代理) 任命

5月5日、 教皇ヨハネ・パウII世は、 大阪教区の補佐司教に松浦悟郎師を任命した。 

松浦被選司教は、 1952年生まれの46歳。

97年5月、 司教総代理に任命され、 池長大司教を助けて教区運営に携わっていた。 

松浦被選司教は、 1965年4月、 大阪小神学校に入学し、 同時に明星中学校に入学、 引き続き、 明星高等学校を経て東京カトリック神学院に入学。 

その後、 上智大学文学部ラテン哲学科、 神学部で哲学・神学を修め、81年、 大阪カテドラルで安田大司教から司祭に叙階された。 

叙階後は香里教会、 夙川教会、 阿倍野教会の助任司祭として司牧にあたり、 その後、 米国、フィリピンに研修に出て95年に帰国した。

帰国と同時に、 阪神淡路大震災中山手現地救援本部で、 責任者として救援活動にあたった。 

大阪教区は、 大震災をきっかけに、 教区新生計画を発表し、今年で5年目を迎え、 着々と新生に向かって実を結びつつある。 この時期に新司教が誕生したことは、 教区にとって大きな力になるに違いない。 

なお、 新補佐司教の叙階式は、 7月17日 (土)午後2時から、 大阪カテドラル聖マリア大聖堂で行われる。 

わが輩はペトロである 
宣教ってなんだろう?

パウロはアンパンや甘いものが好きな変わった猫である。 私がパウロと初めて出会ったのは、3年前の秋のことで、 激しい風雨が吹き荒れていた日のことだった。 暴風雨を避けるために私が信徒会館の軒下に身を寄せたとき、 パウロはそこにいて、 私を見て恥ずかしそうな笑みを浮かべた。 人は信じないかもしれないが、 恥ずかしそうに笑う猫だっているのだ。 

最近パウロの姿が見えないので、 事故にでも遭ったのではないかと私が心配していると、 O神父は 「パウロの姿が見えないな。 宣教旅行にでも行ったのかな」 と脳天気に言って笑った。 

パウロと宣教を結びつけたのが気に入ったらしく、 誰彼なしに 「パウロは宣教に出かけている」 と言っては悦に入っている。 「そう言えば、 この前、 駅の側のコンビニのところでパウロに会ったぞ。 お前もこの教会の中で、 ちんまり生きていないで、 パウロを見習って宣教の旅に出たらどうだ。 お前と違ってパウロの行動範囲は広いぞ」 とO神父は私に嫌みを言った。 私に宣教しろというO神父だって、 めったに教会から出ようとしないのに、 よくそんなことが言えたものだ。 

「本来、 宣教 (ミッション) というのは、 派遣とか使命を意味していて、 人々の中にあって、 イエスのメッセージを生き、 人の痛みや悲しみに共感することなのだ」 と言うのがO神父の口癖だが、 O神父の意識は外にだけ向かっていて、 自分の足元には目を向けようとしない。 

「人の痛みや悲しみに共感するのが宣教だ」 と言いながら、 私が食堂のガラス戸越しに餌の要求をすれば、 決まって 「ニャーニャー、 ニャーニャーとうるさいな」 と目を三角にして怒鳴りだす。 

だからと言って、 O神父が優しくないという訳じゃない。 気が向けば、 「寒いだろう」 と言って、 私のために小屋を造ってくれたり、暖房の効いた部屋に入れてくれる優しい面がある。ただ大変気まぐれなため優しさは持続しない。その上、思い込みが強いので、 現実をありのままに見ようとしないようだ。 

この前も淋しそうにしていた男の子にO神父は、 「どうしたんだ。 喧嘩でもしたのか」 と頭をなでただけで、 その場を立ち去った。 

「喧嘩したのか」 という思い込みとお喋りが、 少年に向かうO神父の視線をさえぎってしまったようだ。 

「喧嘩なんかしてないよ」 と言った少年の言葉はO神父の耳に届かなかった。 O神父が立ち止まって少年としばらくの間でも一緒に居たら、 少しは少年の心が見えたかもしれない。 これはO神父だけに言えることじゃない。 私は人間たちが自分のお喋りに夢中で、 そっと人の傍らに立つことを忘れているから、 人の心が見えなくなっているように思えてならないのだ。 

「パウロはどうしたんだ。 姿が見えないな。 ひょっとすると殉教したんじゃないのか」 とO神父はパウロを殉教に結びつけて満足そうに笑っている。 

この人と付き合うのは大変だなと思いながらも、 O神父が言うように、 パウロは亡くなったのかもしれないという不安がよぎる。 

冬の間、 日に日に衰弱していた私の傍らに何時も居てくれたパウロが、 元気に旅をしているようにと願わずにいられない。 

編集部から

*初夏の日差しの中で、 ぐんぐんと若芽を伸ばす草木に、いのちを感じる5月。 

「子どもの日」ということもあって、 編集会議では、 「子どもについて取り上げたいね」と意見がまとまり、 座談会を行うはこびとなりました。 

教会の中の子どもたちを見つめることが、 私たち大人の信仰生活を問うことであったとは・・・

また、 今年で9回目のインターナショナルデーからも、 これからの教会の姿が見えてくるようです。 グローバルな交わりへの熱い希望が感じられます。 

このたび、 新入りで、 教区ニュースの編集に携わることになりました。 どうぞ、 よろしくお願い致します。 (F) 

*今月号は、 特集が2つ、 「子どもが教会からきえた」 とインタナショナルデーのため、 面割が少し変わりました。 
いつもは、 3面の 「CITCレポート」、 5面にある 「教会・修道院巡り」、 「揺れる司祭像」
などがそれぞれ5面、 3面、 6面に移動しています。 
移動といえば、 この春から、 教区ニュースの編集スタッフにも異動がありました。 
VIVID担当の猪熊師が、 成田教会に異動、 退任。 
また、 1990年の号から、 編集に携わっていたシスター長谷川が、 同じ女子パウロ会のシスター松岡に代わり、 同じく信徒スタッフの松村さんも大阪へ転勤のため退任しました。 
現在のスタッフは、 西川哲弥師を編集長に、 マタタ師、 浦野雄二師、
修道女2名、 信徒スタッフ3名です。 
毎月の編集作業は、 それぞれのスタッフが、 得手の部分を生かし、 協力し合って行っていますが、 マンネリになりそうになると、 決まってカツを入れる森一弘司教…、 記事をお寄せ下さる皆様のご協力で、 毎号が誕生しているのです。 
これからも、 よりよい東京教区ニュースの発行のために、 ご意見、 投稿等よろしくお願いいたします。 (A) 

お詫びと訂正
161号2面
東京教区 司祭人事異動

(誤)矢澤律師 (正)谷澤律師
お詫びして訂正いたします。

VIVID

◆旧約聖書を読む会
◇講師:前島誠氏 ◇日時 原則 毎月第2月曜日(6/14・7/12・・・) 10:30~12:00
◇場所 真生会館 ◇費用1回 \500 ◇主催 CWC (キリスト者婦人の集い
◇問い合わせ先 0427-41-0089 柴崎良子まで

◆新約聖書―祈りをテーマに講演会

◇日時 6/7(月) 10:30~12:00 ■講師、 会費、 その他上記 「旧約聖書を読む会」 と同じ■

◆聖書を通して人生を考える会
◇講師:後藤文雄師 (吉祥寺教会助任司祭) ◇日時 火曜日10:30~12:00 (6/22・7/13・・)
場所 真生会館 ◇費用 1回 \500 ◇主催 CWC (キリスト者婦人の集い)
◇問い合わせ先03-3642-5629 神藤政子まで

◆1999年度ボランテイア養成講座
―私にとっての家族―
◇主催:(財)東京カリタスの家・ボランテイア養成講座実行委員会
◇時間 13:00~16:00 ◇日時・内容・講師 5/8 (土) 「開講式―家族関係を考える―」 講師:三好満師・望月嵩氏6/12 (土) 「家族関係を話合う―私と家族」 講師:三輪建二氏 7/10 (土) 「同上―価値観の違いを学ぶ―」 講師:同上 8/28 (土) ~29 (日) 「一泊研修 同上―グループ発表とまとめ―」 講師:同上 9/11 (土) 「人との関わりに就いて」 講師:黒田淑子氏、 みくの会 10/9 (土) 「心理劇に学ぶ―体験―」 講師:みくの会 11/13 (土) 「心理劇に学ぶ―体験―」 講師:同上 12/5 (土) カリタス・パーテイー (自由参加) 1/8 (土) 「家族支援に関わるボランテイアとは―カリタスの家の実例について―」 講師:松本栄二氏 2月~3月 「カリタスの家 実習 (希望者) 3/11 (土) 「修了式」 講師:三好満師
◇場所 東京カトリックセンター ◇参加費用 全回通し \8,000 (部分参加 1回 \1,500)
※一泊研修会、 カリタス・パーテイーの参加費用は別途 ◇問い合わせ・申込み先 電話にて、 あるいは、 申込み書に必要事項を明記のうえ下記まで 「東京カリタスの家ボランテイア養成講座係」 〒112-0014文京区関口3-16-15 TEL 03-3943-1726 /FAX 03-3946-9156

◆一日、 入会体験をいたしませんか

「来なさい、 そうすれば分かる」(ヨハネ1:39)

◇日時 7/4 (日) 9:00~17:30 (その後希望者は小教区のミサへ)
◇場所 御聖体の宣教クララ会 新玉川線 桜新町駅下車 ◇対象 高校生から35歳までの女性信徒
◇内容 祈り、 軽作業、 講話、 レクレイション等 ◇持参 ロザリオ、 エプロン
◇申込み 7/2 (金) までに下記へ 〒154-0015世田谷区桜新町1-27-7 御聖体の宣教クララ会 担当 シスター鴨井・シスター小崎

◆一日黙想会

◇日時 6/13 (日) 9:30~16:30 ◇テーマ 父なる神の親心 ◇指導:マシー神父 (イエズス会)
◇場所 上智会館3階 アロイジオ聖堂 (四谷駅下車 上智大学内)
◇持ち物 聖書・昼食 ◇費用 \1,000 ◇対象 どなたでも ◇問い合せ 聖霊による刷新事務所 (ヒスロ) 〒160-0002 新宿区坂町5 SKハイム103 Tel 03-3357-8138 Fax 03-3357-9504

◆星美学園短期大学公開講座
イタリア文化への招待
―更に広く、 さらに深く―

◇日時 6/5 (土) 「南イタリア都市の生活空間」 講師:陣内秀信法政大学教授 6/12 (土) 「お雇い外国人エドアルド・キョッソーネ」 講師:リア・ベッタ学習院大学講師 6/19 (土) 「『ピノキオ』 からのメッセージ―子供をめぐる伝統と文化」 講師:前之園幸一郎青山学院女子短期大学教授 6/26 (土) 「イタリア文化の原点:ギリシャ・ローマ・キリスト教―ギリシャの美のユートピアからキリスト教の永遠の美の理想まで」 講師:A・ヴォルペ名古屋聖霊短期大学助教授 7/3 (土) 「イタリアの中学校における国語教育」 講師:町田旦慶応大学講師 7/10 (土) 「イタリアの短詞と日本の俳句―特にウンガレッテイの詩をめぐって」 講師:剣持武彦昭和女子大学講師■いずれも14:00~16:00 (6/26のみ17:00~19:00)
◇定員90名 ◇受講料 \4,500 (全6回) ◇申込み方法・問い合わせ先 官製ハガキに 住所氏名年齢電話番号を明記のうえ、 下記まで。 後日案内書をお送りします。 
〒115-8524 北区赤羽台4-2-14 星美学園短期大学公開講座係 Tel 03-3906-0056■

◆聖書100週間25周年記念
感謝のミサ・祝賀会のご案内
◇日時 6/19(土) 14:30~18:00 ◇場所 東京カテドラル聖マリア大聖堂 第一部 聖書100週間25年の歩み:ルドールズ師・クリスチャン師 来賓:張盒主教(韓国春川教区長) ・ボーマン師(台湾) ・ジャン師(フランス) 第二部 感謝のミサ(白柳枢機卿主司式) 第三部 祝賀会:カトリックセンター
◇どなたでも、 どうぞご参加ください ◇問合せ先 〒160-0016 新宿区信濃町33 真生会館内 Tel 03-3225-9692 Fax 03-3358-9700

◆黙想会
祈りのうちに神の呼びかけに耳をかたむけませんか
◇テーマ:自分の召命を考える ◇日時 7/17 (土)16:00 (受付15:00より) ~18日 (日)16:00まで
◇対象 20代~30代未婚の女性信徒 ◇指導者:瀬本正之師 (イエズス会)
◇場所 東京都調布市下石原3-55-1 コングレガシオン・ド・ノートルダム調布修道院 (京王線 調布駅より 徒歩15分)
◇参加費 \2,000 (宿泊費、 食事代等) ◇持参品 聖書、 筆記用具、 洗面具等
◇申込み 7月15日 (木) までに下記へ 〒182-0034 東京都調布市下石原3-55-1 Tel 0424-82-2012 Fax 0424-82-2163 コングレガシオン・ド・ノートルダム調布修道院

◆テイヤール研究読書会 (東京)

◇日時 6/15 (火) 18:00~19:00 ◇場所 カトリック松原教会 2Fホール (京王線 「明大前駅」下車徒歩4分)
◇内容 テイヤール・ド・シャルダンの 『神の場』 (教材は当方で用意)
◇指導者:美田稔氏 (テイヤール翻訳家) ◇会費 無料 ◇対象 どなたでもどうぞ
◇問合せ先 Tel 0425-35-3046 美田稔/Tel 03-3332-8866 竹田誠二

◆召命を考える祈りのつどい

◇日時 7/10(土) 17:30~7/11(日) 16:00 ◇指導司祭: 星野正道師 (カルメル会)
◇対象 女子青年

◆聖書で祈る集い ◇日時 6/26日(土) 17:30~6/27(日) 16:00
◇指導司祭:雨宮慧師(東京教区) ◇対象 女性信徒 ◆聖書に親しむ集い◇2000年に向けて御父 御子 聖霊
◇講師:シスターマグダレナ ◇対象 一般信徒 ◆十字架の使徒職(司祭の為に祈る集い)
◇第1グループ:6/11(金) 14:00~15:30 ◇第2グループ 6/3(木) 14:00~15:30
◇指導 本会会員 ◇対象 信徒 求道者 ◆キリスト教講座 ◇日時 毎木曜日10:00~11:30 
■上記のお問合せ・申込みはいずれも 〒189-0003 東村山市久米川町1-17-5 三位一体の聖体宣教女会 Tel 042-393-3181 Fax042-393-2407■

◆黙想会のご案内
◇テーマ 「イエスとともに」 ◇日時 6/19 (土) 11:30~6/20 (日) 16:00 7/19 (月) 18:00~7/20 (火) 17:00
◇対象 20歳代~30歳代の未婚女性信徒 ◇費用 \2,000 ◇場所 愛徳カルメル修道会 松戸修道院
◇申込み方法 下記住所に、 電話・FAX・葉書のいずれかで、 当日の3日前までに 
〒271-0092 松戸市松戸1052-2 愛徳カルメル修道会 松戸修道院 Tel 047-367-0063 Fax 047-367-5026

◆ 『固有の召命』 の著者アルフォンソ師

研修会のご案内

◇日時 8/2(月) ~8/6(金) 8:00~受付 9:00~11:45 講話11:45~14:00 昼食、 休憩 14:00~17:00 講話 17:00~ミサ(その日のテーマに添ったミサ)
◇宿泊研修ではないので毎日の開始時刻を守ること。 ◇テーマ 固有の召命と霊的識別
◇講師:ハ―ベルト・アルフォンソ師 (イエズス会 グレゴリアン大学 霊性学) 通訳シスター田嶌淳子(聖心会)
◇場所 聖イグナチオ教会・ヨゼフホール(〒102-0083 千代田区麹町6-5)
◇費用 \20,000 ◇対象 修道者、 司祭、 信徒 (全期間出席できる方)
◇定員 300名 ◇申込み締切り 6/30(水) ◇申込み方法:返信用封筒(宛先記入・切手添付) を同封して、 下記宛にお送り下さい。 お申し込みをお受けしました方には、 その旨をお知らせしますので、 同封の振替用紙で参加費をお納め下さい。 〒135-8585 江東区潮見2-10-10 日本カトリック会館内 養成委員会事務局

◆白柳枢機卿様、 森司教様ご霊名のお祝い会

◇日時 6/25(金)13:30~16:00 ◇場所 ミサ:東京カテドラル聖マリア大聖堂 お祝い会:カトリックセンターホール
◇参加費 \1,800 ◇申込み締切り 6/7(月) ◆特別聖書講座 ◇講師:稲川保明師(東京教区)
◇テーマ みことばをいきるために―主日の聖書朗読から ◇日時 6/3(木)13:30~15:30
◇場所 関口会館2階 ◇参加費 \500 ■いずれも主催 東京教区カトリック女性同志会
◇申込み・問合せ先 森脇 03-3447-2231/武藤0423-78-9377/滝口03-3844-7066■

◆NCK (日本カテキスタ会) 創立30周年

第 6 回スーパー公開講座

◇メインテーマ 21世紀の福音宣教の担い手となろう ◇日時 9/11(土) 9:30~12(日) 14:30
◇場所 名古屋南山短期大学講堂 ◇講師の発題 「世界の福音宣教のうごきと日本 (パオリ教皇大使) 「ザビエルの福音宣教と現代」 (島本大司教)
◇オープンフォーラムパネリスト:パオリ教皇大使・島本要大司教・粕谷甲一師・相内俊一小樽商科大学教授、 鈴木秀子聖心大学教授・ヴォルペ聖霊短大講師・新松義男仙台教区カテキスタ・真島勝彦NCK会長(司会) ・呉佳代子(通訳) ・益浦仁弥(通訳)
◇12日13:00 30周年記念ミサ(南山教会) ◇定員 300名 ◇受講料 無料(受講票は必要)
◇宿泊 各自で手配 ◇昼食持参 ◇申込み締切り 7/31(土) まで必着
◇申込み方法 往復はがき1通につき、 2名まで住所・氏名を記入の上、 下記NCK事務局までお申し込み下さい。 電話/FAXでも受け付けます。 〒703-8235 岡山市原尾島3丁目9-28-5 古澤方 NCK事務局 Tel 086-273-2294 Fax 086-273-2313

カトリック麹町・聖イグナチオ教会

献堂記念月間

◆献堂記念フォーラム 「21世紀の日本のカトリック教会と信徒に期待すること」(仮題)
◇日時 6/5(土) 15:30~17:30 ◇場所 同教会 マリア聖堂 ◇講師:池永潤大司教 「新しくなった聖イグナチオ教会に期待すること」(仮題)
◇日時 6/6 (日)15:00 ◇ 同教会 主聖堂 ◇講師:歴代主任司祭 (ベチコフェル師・山本襄治師・薄田昇師・カンガス師) 「21世紀の世界平和のための宗教の役割」 (仮題)
◇日時 7/10(土)19:00~20:30 ◇場所 同教会 主聖堂 ◇講師:白柳誠一枢機卿・杉谷義純師(天台宗)
◆献堂式ミサ ◇日時 6/6(日) 15:00 ◇場所 同教会 主聖堂 ◇主司式 白柳誠一枢機卿 献堂式1999 世界の子供とともにささげるミサ
◇日時 6/13 (日) 10:30 ◇場所 同教会 主聖堂 若い人たちが企画した献堂感謝ミサ
◇日時 6/20 (日)10:30 ◇場所 同教会 主聖堂 ◆イコン展示会(泉類治師)
◇6/6(日) ~6/14 (月) 毎日10:00~18:00 ◇同教会 マリア聖堂
◆教会祝賀会 (教会を挙げてお祝いするフェステイバル) ◇日時 6/13 (日)10:00~17:00
◇場所 同教会 信徒会館等 ◇内容 バザー、 アトラクション、 抽選会等々盛り沢山

◆一日黙想会のご案内

◇テーマ:父で在る神 指導:P.ネメシェギ神父 (イエズス会、 在ハンガリー) 日時:7/4 (日) 10:00~17:00 (受付 9:30から)
◇場所:コングレガシオン・ド・ノートルダム調布修道院 ◇:男女・年齢を問わず、 信徒・求道者
◇会費:\2,000 (お弁当代を含む) ◇申込み:6/27 (日) まで. 〒182-0034 調布市下石原3-55-1 Tel 0424-82-2012 Fax 0424-82-2163 (新宿より京王線で調布駅下車. 南口から徒歩20分. タクシ―5分下石原歩道橋下)