お知らせ

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東京教区ニュース第157号

1998年11月01日

目次

  • 各教会の現状を分かち合う
    教会学校委員会・ 「リーダーの集い」 で
  • 第24回 千葉地域協力体大会開く
    コロンバン会が日本宣教50年目を迎える
  • 滞日外国人の司牧の充実を求めて
    -懇談会を開催-
  • 「大聖年」 に関する祈りと詩の募集
  • マタタ神父のインタビュー
    遠藤順子さんを訪ねて その(2)
  • 「家族のための祈り文」 から
    死者のための祈り
  • 東京カトリック聴覚障害者の会
    創立10周年を祝う
  • ラルシュ共同体の創立者
    ジャン・ヴァニエ氏の来日講演会
  • 11月15日はミャンマー・デー
    18回目を迎えます!
  • CTIC 東京国際センター通信
  • 『下町の神父』の個性を語る
    出版社社長の浜田昭雄氏
  • シリーズ揺れる司祭像(2)
    司祭の奉仕とは
    稲川圭三神父 (西千葉教会司祭) 
  • 東京教区
    キリスト誕生2000年への準備企画
    シンポジウムのお知らせ
  • '98 神学院 ザビエル祭
  • 朝日新聞 「こころのページ」 編集長を講師に
    ~ 教区広報担当者の全国会議 ~
  • わが輩はペトロである(1)
    O神父のこと
  • キリスト生誕2000年の大聖年に向けて
    1999年は 「父である神」 の年
    第4回リレー式 『祈りと黙想の集い』
  • 小教区を支える信徒のための 秋の1日研修会
  • 編集部から

各教会の現状を分かち合う
教会学校委員会・ 「リーダーの集い」 で

9月15日午前10時半より午後4時まで東京カトリックセンターホールで、 東京教区教会学校委員会主催 「リーダーの集い」 が行われた。 

台風接近の中、 教区内の18の小教区と横浜、 浦和教区からの参加者も加え、

33名が集い、 教会学校委員会担当のスタッフも分かち合いに参加して、 三つのグループに分かれ、 各教会の現状を出発点として日頃感じている問題点について、 真剣な分かち合いが行われた。 なお分かち合いの資料として、

34教会が寄せたアンケートの回答をまとめたものが配布された。 

各教会のリーダーが日頃感じている問題点として次のようなことが上げられた。 

○リーダー不足

若いリーダーの必要性

リーダーの養成

○教会に子どもが少ない

子供への対応とクラスのあり方

○中高生が来ない

○両親が信仰を伝える責任と信仰の価値観の意識不足

これらの点について、 分かち合いの中で出された意見を、 並べてみると、 

○現代社会にあって、 家庭、 学校、 塾など多くの問題を抱えている子供たちの置かれている現状をよく知り、 子供の立場にたって理解し解決していく。 

○子供たちの疲れた心を受けとめ、 喜んで友達を誘って来られる場となるよう工夫する。 

○教義が生活の体験の中で具体的に学べるよう工夫する。 

○子供のミサを大切にし、 子供たちのアイデアを入れ、 小中高生に役割分担を持たせる。 

○大人の目で批判せず、 違いを受け入れ育てていく。 

○子供たちの興味あることに関心を持ち、 道徳的、 福音的価値観をもって共に学び合う。 

○豊かな時代に育ち、 自己中心的傾向にある子供たちが他人の立場、 気持ちをくみとれるよう育てる。 

○体を使って共に楽しく遊ぶことで、 人との関わりの大切さを育てる。 

○家族ぐるみの行事、 遠足、 典礼の季節の過ごし方を工夫する。 

○中高生の集まりやすい時間と曜日を調べて、 リラックスして集える時を持つ。 

○中高生のサブリーダーを、 楽しい子供との触れ合いの体験を通して育てていく。 

○教区を越えて他教会との交わりの機会を作り、 楽しい心の解放と友達作りの場を与える。 (調布教会サレジオユースフェスティバル の参加等) 

○両親が社会の考え方に流がれず、 信仰の大切さを生活の生き方をもって示す。 大切なことが大切にされていないと伝わらない。 

○新学期、 1年生全員に教会学校の始まりの手紙を出し、 欠席の場合、 担当司祭に知らせる。 

○子供の初聖体の時期、 両親も共に一年間は学べる時間を司祭が設定し、 リーダー養成を考える。 

○青年と大人のリーダーのバランスを大切にする。 

などの意見が出された。 

午後はグループごとに役割分担された手作りミサの準備をした。 

リーダー達が自発的に奉仕し、 ユニークなアイデアを出し合い、 あたたかな雰囲気の中で準備をしている姿に希望が感じられた。 

生活と信仰、 社会と教会のあり方が問われている子供たちへの開かれた教会作りとは、 子供たちを受け入れ、 心の安らぎと喜びを与える場と成っていくことで、 神と人を真に出会わせ、 地域に福音をもたらすことができるものでなければならない。 その力と恵みを聖霊に願い、 終了した。 

(御聖体の宣教クララ修道会 Sr.日野英子) 

第24回 千葉地域協力体大会開く
コロンバン会が日本宣教50年目を迎える

9月23日 (秋分の日)、 かずさアカデミアパーク・メインホールにおいて、 第24回千葉地域協力体大会が、 森司教を迎えて行なわれました。 

千葉地域の11の小教区から379名の参加がありました。 その中には、

外国人信徒131名の参加もあり、 国籍や、 言葉が違っても皆がひとつになれたと実感します。 

大会は、 午前中が、 コロンバン会のグレセン神父によるコロンバン会の宣教の歴史についての講演 (今年は、

コロンバン会が日本で宣教を開始して50年目にあたります) 及び、 活動ビデオの上映。 午後が、 各小教区及び、 外国人信徒グループによるアトラクション、 ミサの日程で行なわれました。 

午前中の講演では、 グレセン神父が、 自らの体験もまじえお話しいただきました。 現在まで、

89人 (その中で帰天された方が26人) もの宣教師の方が日本で活躍されていることや、 また宣教のため、 命を落とされている方もいること、 また最後にお話しされた 「他の国民、 違う宗教に近づくには、 靴をぬいで、 うやうやしく近づくように、 そこには、 神聖な人々の大切な夢を神ご自身がもっと前からそこにとどまり実現できるように待っていてくださるから」 という言葉が、 とても印象的でした。 

その後、 活動ビデオが上映され、 危険な国や地域にも、 宣教のため派遣され命を落とされた方や、 地域の貧しい人達のために、 献身的に活動されている様子が良く分かりました。 

昼食をはさみ、 午後からは、 各小教区から、 合唱やコーラス・バンド演奏、 また外国人信徒グループによる民族舞踊、 ステージプレイが行なわれ、 特にステージプレイは、

練習を3日連日で行なった成果でとても素晴らしく感動しました。 最後に森司教はじめ、 共同司式によるミサが行なわれ、

午後4時半に終了しました。 

この大会を通して、 千葉地域の信徒の人々が、 更に親睦と連携を深めることが出来ました。

とても有意義な1日を過ごすことができ、 この大会に共にいてくださった神様に感謝致します。

 (協力体事務局 石井伊佐久)

滞日外国人の司牧の充実を求めて
-懇談会を開催-

9月16日、 CTIC所長大原猛師の呼びかけで、 森司教をはじめ、

日頃滞日外国人の司牧に関わっている30数名が集まって、 四谷・麹町教会で懇談会が開催された。 

カトリック東京教会管区の司祭たちによって検討されまとめられて、

9月に発行された小冊子 「外国籍化する日本の教会の信徒司牧ガイドライン」 が紹介され、 このガイドラインに沿いながら、 さらに、 これを、 東京教区の外国人司牧の現状に合わせたものとしていくために、 今後も、 懇談会を積み重ねていくことを合意して、 散会した。 

なお、 「外国人司牧ガイドライン」 は司牧者を対象としたものであるが、 信徒を対象としたものは 「ようこそカトリック教会へ」 というタイトルのもとに発行されている。 

なお、 これらの冊子の英語・韓国語・スペイン語版を準備中。 

「大聖年」 に関する祈りと詩の募集

1. 大テーマ

『キリストが誕生して2000年を迎えて』 

2. 「祈り」 または 「詩」 

形式は自由です。 内容は、

キリスト誕生2000年を迎えて、 イエスご自身やイエスの教え、 自分の信仰や今の社会、 人間について思うことを聖書の言葉や神学用語を使わないで、 自分の言葉で表現したもの。 

3. 応募先

〒112-0014 文京区関口3丁目16番15号

東京大司教館事務局

「大聖年祈りと詩」 募集係

4. 各作品はオリジナル未発表のものに限り、 いずれも応募作品は返却しません。 

5. 締切日は、 1999年3月末日とします。 

なお、 採用作品の著作権は主催者に属することをあらかじめご承知願います。 

応募者には、 記念品等の贈呈を予定しています。 

東京大司教区 大聖年特別準備委員会

マタタ神父のインタビュー
遠藤順子さんを訪ねて その(2)

遠藤周作の作品として 『沈黙』 と 『深い河』 が特に有名ですが、 『沈黙』 は本当に遠藤周作さんの沈黙を表わしているのですか。 

いや、 それは遠藤の沈黙よりも神様の沈黙を表わしているものです。 日本では殉教者だけが特別にたたえられる傾向です。 勿論それはたたえられるべきですよ。 しかし転んだ人は沈黙の灰の中にいた。 それと神様を裏切ったからしょうがないヤツという。 しかし主人はそうだろうかと思っていました。 

極限状況において、 酷い拷問の末とか親や兄弟の為とか家が絶えない為にお前だけが転べと言われて転んだとか、 或いは真面目に考えた末、 この宗教にはついていけないと思って転んだとか、 いろいろな理由で転んだ人がたくさんいます。 それをみな転び者ということで軽蔑した言葉で言うのは本当に正しいのかということも考えました。 そして沈黙の灰の中にいる人たちの苦しみを書きたいという意味で 『沈黙』 という題にしたこともあります。 沈黙にはいろいろな面があります。 

『沈黙』 にとらえられた一つのテーマはご主人が言い続けた弱者の存在です。 また、 日本の文化とキリスト教の接点について書かれています。 その 『沈黙』 の中で遠藤周作さんは強い神ではなく弱い神のことを取りあげていますね。 

要するに、 「母なる宗教」「父なる宗教」 ですね。 日本では罰を与えるような父親的な宗教はダメです。 日本では人間とはそんなに完全で強い者ばかりいないのですから、 転んだ時、 罪を犯した時、 許して下さる神様を考えていたと思いますよ。 

宿題の中でご主人が残したもっと大きな宿題があります。 日本のキリスト教はキリストに着物を着せなければならないとご主人が言ったことについてどう思いますか。 

私は全く賛成です。 主人は家族が皆カトリックですから、 自分が死んだ時、 皆と同じ所へ行けると思っていました。 しかし私は父も母も仏教です。 父も母も子供のために全身を尽くした人で、 キリスト教でなければ救われないので、 父も母も救われないとは、 私にはどう考えてもおかしいと思います。 主人が 「お前がカトリックになっても死んだら必ず父と母に会える」 と言っていました。 ですから人間が造ったキリスト教とかヒンズー教とか仏教とかの枠を超えたもっと大きな生命体があると思っていたのでしょう。 

『深い河』 では輪廻転生リンネテンセイがよく取りあげられていました。 それは奥様の家の宗教である仏教との関連があるからだと思いますか。 

私はキリスト教になって40年以上になりますが、 違う着物を着せられたとは主人以上に思います。 

主人は輪廻転生という言葉を 『深い河』 で言ったもので、 「遠藤はついに仏教になった。 汎神論をうたっているのではないか」 と言う人もいました。 しかし主人は復活ということを真正面から書いたら、 それは日本人から拒否反応を招いたでしょう。 輪廻転生なら日本人にわかるわけです。 

『深い河』 はご主人の書いた最後の深い作品だと思います。 『沈黙』 を書かれた時代には、 仏教にもヒンズー教にも救いがあるという考え方は、 カトリックの世界では一般的にまだなじんでませんでした。 

神様は苦しんでいる人がいるのにどうして沈黙しているのか (自分の病気も含めて) も書きたかったでしょう。 だけど一番書きたかったのは転んだ人たちを沈黙の灰の中から起こしたいということがあったからだと思います。 

さっき言ったように遠藤さんはキリスト教を変なものにしてしまうのではという印象を受けられませんか。 

例えば?

例えば 『沈黙』 の中で踏絵を踏んだ弱い人たちの事と神話の母性の姿を結び付けるところについて…

私は西洋のものをそのまま持ってきても無理だと思います。 西洋のものは何処へ持っていっても当てはまるという考え方は白人の傲慢です。 それは今のIMFの問題の中でも同じものがあります。 インドネシアのスハルト大統領は

「16世紀に鉄砲でやった事を現在お金でやろうとしている」 と言っていました。 すなわちその国に合ったやり方で布教をしなければならない。 

日本の中でキリスト教と他宗教の関係はどう思いますか。 

キリスト教の信仰というよりも、 キリストを伝えるべきだと思う。 キリストとキリスト教会とは全部同じというわけではなく、 むしろ日本ではキリストの愛を伝えるべきだと思う。 キリスト教の三位一体とは恐らく日本になじまないと思います。 つまりスコラ哲学みたいに区別する (ああした考えを持ってきてどうしてもこれを信じろ) と言っても無理ですね。 日本の唐招提寺のようなシンプルなものの方がわかりやすいですよ。 喋らない者が喋っていることが外国人に理解できるかな。 この間アイルランドの神父の話を聞きました。 彼はアメリカへ行った時、 どこへ行っても出る質問は東洋人の霊性のことだったそうです。 座禅や瞑想や息を整えることから到達する命の城の世界に関する質問ばかりです。 それは西洋も、 つまり東洋的な霊性という方法を模索しているのではないだろうかとその神父がおっしゃっていました。 

長年にわたって、 西洋はキリスト教のリーダー的な役割を果たしてきましたが、

もしかしたら21世紀は東洋は東洋の宗教の道を通じて、 もっと深くもっと優れた方法でもっとたくさんの東洋の人に、 キリストを伝えられるのではないかと自分は思ったとその神父がおっしゃいました。 

ご主人は、 「日本の教会が本当のキリストの愛を知る為」 の先駆者であったと思いますか。 

私はそう思います、 そしてそれはとても勇気のいることだと思います。 

『沈黙』を書いた時はものすごいバッシングで、 宗教裁判みたいなこともやられたし…

しかし主人は、 自分が言うべきことをいわなければならないと思っていました。 そしてどんなにバッシングを受けても、 結局、 最後はわかってもらえると信じていました。 

今はキリスト教徒と限らず、 遠藤周作さんを認めている日本人が数えきれないほどたくさんいます。 外国人もたくさんいます。 

遠藤が言っているキリストならわかるという人もいるわけです。 

やはりわかる形で皆に伝えなければ…、 例えば原罪といえばアダムとエヴァと言ってもわからないから、 原罪というのは、 例えば自分が本当にいいと思って人の為にやっても人を傷つけることもある。 そういうのは原罪だ。 公教要理に書いてあることは全部空回りしている。 もっと日本人にわかる言葉で伝えたらどうかと思います。 その国の感性に合うようにしなければ、 それはとても無理です。 

着物を着せたキリストというご主人が解いた宿題はもう始められたと思いますが、 

礼拝がラテン語から日本語になっただけでも随分違います。 日本にはそれなりの素晴らしいところがありますが、 それを今まで礼拝等に取り入れてもらっていないのは、 日本人の信者たちの責任だと思います。 というのは、 外国から来た宣教師たちはそれらの点について最初から気付いているわけがないので、 日本人の信者たちがそれを指摘すればよかったのに…

仏教は日本人の中に血となり肉となっていますが、

仏教は日本に入ってから1000年以上経っています。 ということでネランさんがキリスト教が同じように日本人に認められるまで、 同じ位年月がかかるといっています。 私はそこまではかからないと思いますが、 それにしてもまだ時間がかかると思います。 

ネランさんの話が出ましたが、 「あのおバカさん」 とご主人が仰るのは…

キリストは偉い方でありながらも、 ある意味ではおバカさん 「Wonderful Foolish」 です。 今はそんな人が要るのです。 新しい上智の教会に面白いキリストの像があります。 それは私に美徳と映ります。 日本人は美しいものでないと真とも善とも思わないところがあり、 美が善の代わりになった時代が随分あります。 だから美しい死に方とか、 美しい引退とか、 美にかみつかれているところがある。 だからああいうキリストの方が日本人になじみやすいと思います。 (次号へ続く) 

「家族のための祈り文」 から
死者のための祈り

御父よ

すべてを創って この世に送り

すべてを生かして 養い育て

再び胸に呼び返したまう 御父よ

愛した家族が

親しい友が

思いをかけた人々が

あなたに呼ばれてみまかりました

いつか私たちも辿るその道を行きました

あなたのもとにあって

あなたの至福を味わっていると信じます

あるべきところにあって

あなたの平安の中にいると信じます

あなたの愛に信頼し

あなたの憐れみだけを頼みとして信じます

御父よ

創られたすべてのものが ただ一つも

空しく失われることがありませんように

創られたすべてのものが 世の終りまで

み胸に返し続けられますように

ただ わたしたちは

あなたの愛のみを頼みとして祈ります (61歳 主婦) 

東京カトリック聴覚障害者の会
創立10周年を祝う

10月10日 (土)10時から、 東京カテドラル構内、 関口会館・ケルンホールで、 東京カトリック聴覚障害者の会 (中島春生会長)

が創立10周年を祝って 「創立十周年記念大会」 (山口介雄実行委員長) を開いた。 

記念式典、 記念撮影、 森一弘司教主司式の記念ミサの後、 白柳聡氏 (日本カトリック聴覚障害者の会会長) が 「カトリックとろう者」 と題する記念講演を行ない、

210余名の参加者に深い感動を与えた。 

写真でつづる10年、 手話ダンスも行われた交流会で、 参加者たちは、 ゆっくりと歓談し、 「アーメン・ハレルヤ」 の合唱を最後に散会した。 

ラルシュ共同体の創立者
ジャン・ヴァニエ氏の来日講演会

9月12日 (土) 2時30分より上智大学10号館講堂でジャン・ヴァニエ氏の講演会が行われた。 

主催は 「ラルシュかなの家」、 後援は上智大学人間学研究室。 「ラルシュかなの家」 は静岡県で、 知的ハンディを持つ人とアシスタントが共に生活するコミュニティで、

今年で創立20年になる。 

ジャン・ヴァニエ氏はこの 「かなの家」 のような、 知的ハンディを持った人を中心にしたコミュニティを作り、

現在は世界30カ国、

110のコミュニティに広がる 「ラルシュ共同体」 の創立者である。 

マザー・テレサと並ぶ世界的指導者といわれ、 ジャン・ヴァニエが語るとき宗派を超え多くの人、 若者が集まって来る。 この日も北海道から九州からと駆けつけて、 「かなの家」

で準備した900枚のパンフはまたたくまに配り終え、 満席のため階段の床で熱心に聞く人の姿もあった。 

沢田和夫神父の通訳による講演会を要約した。 

愛することはあらわすこと、理解すること

「弱い人も強い人も互いを必要としています。 互いが心を開くことを必要としているのです。 口で話せなくても体全体で話しをする。 赤ちゃんがそうです。 体は一つの言語です。 涙もニッコリすることもそうです。 ラルシュではその語りかけの専門化にならなければならないのです。 

私は34年間ハンディを持った人と暮らしています。 話すことも自分で食事することもできない、 学校へ行くこともできないこの人達は、 多くのことを教えてくれます。 

どこの文化でもそうですけど、 とるに足りない者として型にはめられている人がいます。 機能のハンディを持った人が一番圧迫されています。 聖パウロは、 横に置かれている人こそ神に選ばれている人と言っています。 彼らと関わったことで私は変わりました」 

「小さい子供が愛されている時は安全です。 けれども誰からも必要とされない時、 その子は淋しさ、 苦悩から誰も自分を欲しくないと感じてしまいます。 それを概念化、 言葉化できないので不安定な状態になり自分を守るために閉ざしてしまいます。 

「愛しているよ」 「家の子だよ」 と言ってくれる人が必要なのです。 イエスが御父に 「あなたは私の子、 心にかなったもの」 と言ってもらったようにその必要をみんな持っています。 「責任をとる覚悟ができてるよ」 と言ってくれる人を必要としています」 

「人を変化させる愛とは、 あらわすことです。 そして理解することです。 理解するには時間がかかります。 コミュニケーションが大切なのです。 愛することはゆるし、 ゆるされることです。 その邪魔になっているのは何でしょうか。 おそれです。 なぜ他の人より自分はすぐれているふりをするのでしょうか。 モーセという子供は私の心を開いてくれました。 ほんとの愛の関係は自由になって自己中心主義がこわれていくのです」 と語った。 

講演後 「かなの家」 の責任者である佐藤仁彦さんも 「この生活を始めてからいろいろなことが奇跡みたいに不思議なほど変わっていく」 と話した。 

日本でもコミュニティの他に定期的に集まって過ごす 「信仰と光り」 という喜び・祈り・祝いを柱とした集いが神戸他5カ所にある。 東京でもジャン・ヴァニエ氏の影響で始めた 「わの会」 がある。 

「ラルシュかなの家」 (ラルシュ日本事務局) の連絡先

〒421-2124

静岡市足久保1255

電話 054-296-1116

FAX 054-296-6433

ジャン・ヴァニエ氏

1928年カナダ生まれ、 英国海軍士官学校卒業、 カナダ海軍士官として勤務後、 パリ・カトリック大学で哲学、 神学を学びトロント大学 (カナダ) で哲学を教える。 

1964年トロリー (フランス) で二人の知的障害を負った子どもを引き取り共同生活 「ラルシュ (フランス語で箱舟) 共同体」 を始める。 

11月15日はミャンマー・デー
18回目を迎えます!

ケルン・東京・ミャンマー、三つの姉妹関係としてとらえる

白柳枢機卿は今年8月15日ドイツのケルン大聖堂の750周年のお祝いに招かれました。 

大聖年2000年への準備の計画の中に、 このケルン大聖堂の祝いも組みこまれていて、 大変深く考えられたイベントが印象的でした。 

それに加えて、 ケルン教区の小教区聖堂では毎年1度、 「東京サンデー」 という日曜日があり、 今年は、 素的なパンフレットも準備されてありました。 

このようなケルン教区の熱心なとりくみに大変心を打たれた大司教は、

帰国して最初の9月末の司祭の集りで、 ぜひケルン教区とのつながり、 姉妹教区ということを大切にしてくださいと訴えられました。 

今年の第18回のミャンマー・デー (11月15日) は 「ケルン教区・東京教区・ミャンマーの教会」 という三つの姉妹関係として改めてとらえ直していく第一歩として、 特別のパンフレットを作成し、 今年から大聖年に向けて歩む東京教区の根本的な企画として、 今いちど心を新たにしてとりくんでいくことになりました。 

どうぞ東京教区の皆様の深い理解と御協力をおねがいいたします。

 (深水正勝神父) 

CTIC 東京国際センター通信

がんとの闘い

どうしたらいいのか。 

今日の相談は、 私に重くのしかかる。 帰りながらも頭は、 このことでいっぱいになり、 他のことは考えられない。 

皆どこに行ったのか、 おそい夕食を1人で食べることは耐えられなくテレビをつけたら、 美空ひばりが熱唱した 『川の流れのように』 をハープの伴奏で誰かが歌っていた。 きいているうちに涙がこぼれた。 これが人生だ。 彼女も私もその中に生きている。 

前日にEから電話があり 「私はガンと言われた。 痛い、 お薬がほしい」 と。 そして今日アルバイトを終えて、 夕方事務所に来た。 小柄のフィリピン女性、

50歳。 みるからに病人で、 痛みのため体をまげて下腹部を抑え、 ソファに座り込んだ。 そして、 話しはじめた。 

去年12月中旬、 体調の異常を感じS病院に行った。 何回かの検査の結果、 子宮頸がんと紙に絵を書いて説明されたものを見せてくれた。 そしてG病院への紹介状を渡された。 しかしこの時、 彼女には病院に行くお金はもう残っていなかった。 S病院でもらった痛み止めの薬はなくなり、 薬局でサロンパスを買って貼ったり、 生理痛の薬を飲んでいたが痛みはひどくなるばかり。 アルバイトで少しためたお金で、

やっとG病院に行ったのは4カ月後の6月のある日だった。 そこでまた、 検査、 薬代と全額支払うことが出来ず、 また病院にも行けなくて、 CTICに助けを求めたのだった。 

早速S医師に、 このことと今後のことを相談した。 G病院に連絡して、 私は彼女と一緒に検査の結果を聞きに行った。 病名は同じ、 しかし同医師にもっときびしいことを言われた。 幸い彼女は日本語はほとんどわからない。 「放射線治療しかないが、 途中で何がおこるかわからない、 年内の命でしょう」 また 「治療をうけるとしたら通院です」 私は彼女にそのまま告げることは出来なかった。 

痛み止めを出してもらい、 未払いのお金を払って帰った。 以来どうしたらよいのか、 悩んだ。 一週に一度ぐらい彼女のアルバイトが終わった時間に、 渋谷で会って彼女の病状の重いことを納得するように話した。 しかし、 彼女はいつも痛み止めを欲しがった。 少しでも働いて国に送金しなければという気持ちがここまで彼女を支えているのだと思えた。 

私はG病院の診断を信じ、 彼女の最後の苦しみ (痛み) をやわらげるのにどうすればいいのか。 私に何が出来るのか、 そればかり考えた。 S医師の計らいでZ病院で痛み止めを出してもらえるようにして下さり、 そのためにS医師は彼女を連れて行った。 ところがここの医師が手術の可能性があるのではと言われた。 しかし、 S医師は念のため、 もう一つの病院で診断を受けた方がよいと考え、 I病院に行くように言われ、 私は彼女と一緒に行った。 また検査、 そして 「手術も可能。 しかし先に放射線をした方がよい」 と、 一つのK病院を紹介された。

これが私たちの最後の決断として8月末に入院した。 この時彼女の痛み、 なにもかもが極限にきていた。

わたしは100万円を越える入院治療費にこだわった。 が、 メディカル・ケースワーカーの一言 「命とお金どちらが大切ですか」 と。 行政へ援助金を申請するが、 これは確実に受け入れられるとはわからない。 

彼女の治療は9月から始められた。 先日、 彼女を見舞ってびっくりした。

ただ4回程の治療でこんなにまで効果があるのか。 彼女は明るく、 声を出して笑った。 そして、 痛みは半減し、 よく眠る。 

しかし、 退院後、 住む所はない。 友人は 「あなたの病気は伝染するから」 と言われ、 追い出された。 

雨に降られて

ぬかるんだ道でも

いつかは また

晴れる日が来るから

ああ 川の流れのように

おだやかに

この身を まかせていたい

これはすばらしい演歌であり、 私にとっては祈りでもある。 

* * * * * *

滞日外国人の医療保障の充実を実現される日が待たれる。 

 (Sr.林 香枝子) 

『下町の神父』の個性を語る
出版社社長の浜田昭雄氏

本紙掲載の”『東京国際センター通信』 CTIC”の所長である大原猛神父が 『下町の神父-青年労働者と共に生きる-』 (海風書房) を出版した。

9月26日 (土) 出版記念祝賀会が江東区亀戸の駅ビルで催された。 

「直木賞」 という言葉も飛び出す祝賀会会場には、 『下町の神父』 に登場するルイ神父はじめ、 JOCで活躍した方々とご家族、 司祭、 信徒、

友人ら200人が出版を祝って駆けつけた。 

「将来は神学校の教科書に……」、 「『あの大原神父が書いたのなら私だって……』 という人が出てくるかもしれません」 等々、 家族的な雰囲気の中で続く祝辞を、 笑いながら静かに聞いておられる海風書房社長浜田昭雄氏にお話しを伺った。 

-大原神父はこの本の”あとがき”で 「浜田さんが何故私に本を書くように勧めるのか不思議で」 と書いてありますが、 その動機となったのは?

かつて、 私も労働者相談を受ける立場にあったのでそこを共通点として大原さんと出会いましたが、 もうひとつ潮見教会が 「北原怜子さんゆかりの蟻の町」 ということで何か感じるものがありました。 

大原さんが潮見教会に赴任したのは日本の高度経済成長の時期で多くの人々は舞い上がっていました。 ところがバブルがはじけた。 いったい今までの社会は何だったのか、

21世紀に向けて何を残せるのか、 問い直したいと思っていました。 

問いかける材料を大原さんは持っているのではないかと、 大原さんはJOC (カトリック青年労働者連盟) と関わってきて、 教会内外の人が失ってきたものは何なのか、 また北原怜子さんのことも書いてもらえれば、 高度経済成長の中で失ったものを取り戻せるのではないかと。 普通の人の感覚で語ってくれると思っていました。 

-この本は読み初めから声を出して笑ってしまいました。 笑いと涙なしには読み切ることができませんでした。 読み終わって一人ひとりの青年たちと肩をならべて歩いて来たような気がしています。 

大原さんの見方は青年たち、 人間一人ひとりを等身大で同じ目線で見ています。 教会外の人にも、 神父のイメージではなく自分の言葉で語っていますから誰にでも共感をもって読んでもらえます。 

人間としての共感がなければ心を開くことはできません。 

-大原神父は、 浜田さんから本を書くようにと勧められたのは数年前と書いていますが、 ずいぶん時間の引き延ばしがありましたね。 

そうですね。

今年になって月に50枚書くようにということで真面目にやっていただきました。 

教会に対する視点をもう一度見直すこと、 これは大変なことです。 属性を突き放してみることは自己を離れて無になることでしんどいことです。 

教会と社会ということでお互いに普遍的なもののために協力し合えるいい機会です。 大原さんというキャラクターを通して教会を知ることも大切です。 お互い垣根を越えて協力できればと思います。 大原さんの個性は大きいです。 

もっと詳しく知りたい方は 『下町の神父』 をご覧ください。 キリスト教書店で販売中。 

お問い合わせ、 ご注文先

カトリック東京国際センター

電話 03-3636-1981

FAX 03-3636-1985

カトリック青年労働者連盟

電話 03-3641-6712

FAX 03-3642-4785

尚、 大原神父は 「この本の印税はすべてCTICとJOCに寄付する」 とのことです。 

シリーズ揺れる司祭像(2)
司祭の奉仕とは
稲川圭三神父 (西千葉教会司祭) 

私は昨年の3月に叙階されたばかりなので、 司祭になってからの経験は、

1年と7カ月足らずです。 駆け出しですが、 駆け出しなりに感じていることを書きます。 

神学校生活の6年間を通して、 さまざまな方々から 「司祭職とは何か?」 という話を聞いてきました。 司祭とは 「仕えること」 だということは早くから分かっていました。 でもどうする事が仕えることになるのか 「これだ!」 というものを持たないまま、 叙階を迎えました。 

しかし 「人々の中に身を置き、 心を開いて自分を委ねていけば、 するべき奉仕が分からせてもらえる」 という方向性は持っており、 そこには一筋、 確信に似たものを感じていました。 「来なさい。 そうすれば分かる」 

1年と7カ月が過ぎて、 分かってきたことは、 司祭は神様がいらっしゃることのしるしとならなくてはいけないということです。 

もちろん、 頂いた叙階の秘跡を通して、 すでにしるしとされているのですが、 同時に、 日々なっていかなくてはならないというものであることを、 強く感じています。 

最近、 気がつくと祈っている 『祈り』 があります。 それは、 「神様、 あなたはおられる方です。 私をあなたの前にいるものとして下さい」 という祈りです。 

聖書の中の言葉でもありませんし、 有名な、 どなたかの祈りというわけでもありません。 こう祈るようになったきっかけは、 モーリス・ズンデル神父 (1893~1975・スイスの教区司祭) の言葉に触れたことです。 

彼はご聖体の秘跡について 「主イエス・キリストが、 以前にはそうでなかったのに、 今おられるようになったことではない」 と言っています。 「ホスチアの聖別の時に、 イエスの人間性が、 今までおられなかった地上に居はじめるのではなくて、 私たちがイエスの人間性に対して居はじめるのです」 と言っています。 神は共におられるが、 私たちがいないのです。 

エマオの弟子たちもそうでした。 彼らと共にイエスはずっと一緒におられたのに、 彼らは気付きませんでした。 主は現存しておられるのに、 不在なのは私たちなのです。 

神様がおられることのしるしとなることは、 すべてのキリスト者の努めです。 しかし司祭はそのことについて特別な役割を頂いていると思います。 秘跡を通して、 言葉を通して、 日々の生活を通して、 すべての人に向かって 「神様はあなたと共におられる」 と伝えなければならない。 共におられる方に心を開くなら、 いのちに入り、 心を閉ざすならいのちがない、 ということを伝えなくてはならない。 ……私はこのことを、 秘跡を行うことを通して、 神の言葉を語ることを通して、 司祭の日々の生活を生きることを通して、 分からせてもらってきました。 

今後、 具体的にどのような形で仕えるものとされていくのか、 分かりません。 しかしそのすべての奉仕は、 自分が神のいのちのうちにないなら無意味です。 そのために 「神よ、 あなたはおられます。 私をあなたの前にいさせて下さい」 と祈り続けることが、 司祭の奉仕だと思います。 

東京教区
キリスト誕生2000年への準備企画
シンポジウムのお知らせ

Ⅰ シンポジウム Part1

「キリシタン時代の宣教のあり方を問い直す」 

―21世紀のミツションに向けて―

1 日時:11月7日 (土) 13:30~17:30 2 日時:11月21日

(土) 13:30~17:30

会場:東京カテドラル構内 ケルンホール 会場:同左

(関口会館地下1階) 発題:幸田和生師 (東京教区司祭) 

講師:森一弘師 (東京教区補佐司教) 司会:シェガレ師 (パリ外国宣教会司祭) 

溝部脩師 (サレジオ会司祭) 

司会:シェガレ師 (パリ外国宣教会司祭) 

参加費:2回で1000円 (当日払い、 原則として2回参加) 

Ⅱ シンポジウム Part2

「現代の闇と再生への光を求めて」 

―聖霊の年、 地の表を新たに!―

2 日時:11月28日 (土) 13:30~17:30

会場:同左

パネリスト:辺見庸氏 (作家) 

宮台真司氏 (東京都立大学助教授) 

山根基世氏 (NHK エグゼクテイブ・アナウンサー) 

司会:森一弘師 (東京教区補佐司教)

参加費:1000円 (当日払い) 

問い合わせ先:〒112-0014 文京区関口3-16-15 東京大司教館事務局

℡ (03)3943-2301 Fax (03)3944-8511

主催:東京大司教区 大聖年特別準備委員会

’98 神学院 ザビエル祭

例年通り、 催しもの満載でお待ちしています

日時:11月23日 (月) 

10時 ~ ミサ (手話ミサ) 

11時 ~ 15時 バザー等各種催しもの

場所:東京カトリック神学院

● 自動車でのお越しは、 ご遠慮下さい

● 敷物をお持ち下さい (休憩スペースには、 椅子が充分ありません)

朝日新聞 「こころのページ」 編集長を講師に
~ 教区広報担当者の全国会議 ~

9月28日 (月) 午後から30日 (水) 正午まで、 カトリック中央協議会で、

教区広報担当者全国会議が開かれ、

全国13教区から21人の教区広報担当者が出席した。 朝日新聞の 「こころのページ」 編集長・菅原伸郎氏を講師に、 各教区報の講評とよりよい教区報にするための具体的な指導をいただき、 広報担当者には痛い批判であったが、 実り豊かな研修会となった。 

イタイ批評

29日(火)、 講師の菅原先生は 「東京教区ニュース」 を手にしながら、 以下のような指摘をした。 

「写真の位置が残念ですね。 紙面に対角線を引いて、 その交差点に近いほど、 一般的にいって、 よい写真の位置ですよ」 

「こういう漢字ばかりの見出しを 『戒名見出し』 といいます。

この途中に、”で”を一字入れるとやわらかくなるでしょう?それに、 一面に記事がベタベタというのもどうかと思いますね。 少なくとも小見出しを入れると、 ずっと読みやすくなりますよ」 

「縦に一本ケイを入れるだけで、 この記事はずっと読みやすくなりますよ」 

「ニュースは記事の前に、 解説や説明はそのあとで、 これでは逆になっていますね」 

などなど、 本紙の記事、 割りつけ、 見出しなどについてイタイ批評を受けた。 

教区報の講評

朝日新聞 「こころのページ」 編集長の菅原伸郎氏が、

2日目を担当し、 各教区報の講評と紙面の割りつけについて講演した。

講評は各教区から1年分の教区報を取り寄せ、 全部に目を通し、

南から北へ順に1号ごとに細かに改善点を指摘したが、 最後が上記のような本紙の講評であった。 

大変おほめを受けた記事は 「マタタ神父のインタビュー」 と 「CTIC東京国際センター通信」

の2本。 それに情報のページ 「VIVID」 は、 色を変えて別刷にしてあるのは、 持ち運べるので読者に対して親切で他教区も参考にと言われた。 

教区報担当者は、 緊張と期待で自分の編集した教区報が取り上げられるのを待ち、 他教区に移るとホーッと大きなため息をつく。

ピーンと張りつめた1日であった。 

臨場感あふれるシノドスの話

その前日は、 宣教研究室室長の小田武彦神父が 「アジア特別シノドス」 について話した。 

小田神父は、 カトリック中央協議会発行の 『アジア特別シノドス報告』 を順をおって、 ポイントごとに説明した。 参加者は、 出席した者にしか語れない臨場感あふれる 「シノドス」 の話に満足した。 

「広報の日」 行事を

最終日は、 各教区担当者の分かち合い、 本教区からは西川哲彌神父が代表し、 「広報の日」 の記念行事 「映画と講演の夕べ」 を紹介した。 

来年もこのような研修会をと、 多くの出席者が希望していたのが印象的だった。 

わが輩はペトロである(1)
O神父のこと

私の名前はペトロだ。 今年で13歳になる。 

「人間の歳に換算すれば、 90歳を越えているぞ」 とうちのO神父が言ったが、 最近どうも食欲がなく、 終日居眠りをすることが多くなった。 

私は母親のことも、 どうしてこの教会に来たのかも全く覚えていない。 物心ついた頃には、 この教会の庭で暮らしていた。 教会の庭にいるからといって、 私は飼い猫になったことはなく、 ごみ箱を餌場とする自立した自由な猫である。 

長いこと私には名前がなかったが、

7年前この教会に転任してきたO神父が、 ある日唐突に 「お前の名前はペトロだ」 と言った、 それ以来、 皆は私をペトロと呼ぶようになった。 恐れ多い名前がつけられたので、 きっとO神父は私を大切にするに違いないと思っていたが、 それは虚しい期待に過ぎなかった。 

いくら私が自立した猫とは言え、 餌が見付からないこともある。 この教会の生ゴミは全て堆肥になってしまうからだ。 

ある日、 司祭館の食堂の前庭で食事のおこぼれでも預かろうと思って 「ニャーニャー」 と気を引くように哭ないたが、 O神父はちらっと見ただけで、 後は一顧だにしない。 O神父は友人のY神父にまくしたてている。 「例えばさ、 年間主日の叙唱の中に 『全世界は人の手にゆだねられ、 人間は造られたものをすべて支配し…』 ってあるだろう。 今まで教会には、 人間が動物や自然を支配するのは当然という考え方があって、 自然や動物との共生や尊厳を正面から考えてこなかった。 自然界が危機的な状況になったのは、 教会にも責任の一端があるかもしれない。 共生の神学をもっと深めなければならないよな」 

彼らはおいしそうな魚の臭いだけを残して食堂を出ていった。 言うことは立派だが、 身近にいる私を少しも顧みようとしないO神父は、 ちっとも優しくない。 

気が向くとO神父は食事の残りをくれることもあるが、 気をつけないと酷い目にあう。 「ほらっ」 と言ってくれたのが辛子明太子であったり、 煮干しに糸をまいて、 魚を釣るように私の鼻の先にぶらさげたり、 珍しく牛乳をくれれば、 た。 言うことは立派だが、 身近にいる私を少しも顧みようとしないO神父は、 ちっとも優しくない。 

気が向くとO神父は食事の残りをくれることもあるが、 気をつけないと酷い目にあう。 「ほらっ」 と言ってくれたのが辛子明太子であったり、 煮干しに糸をまいて、 魚を釣るように私の鼻の先にぶらさげたり、 珍しく牛乳をくれれば、 私はただの猫にすぎなかった。 

名前がないということは、 存在として認められないことと同じことだ。 私にとって名前がつくかどうかは、 それ程大事なことではないが、 少なくとも一個の存在として認められ、 餌にありつけるようになったことは大変ありがたかった。 

一匹の猫からペトロとなったことは、 O神父が言う動物の尊厳を獲得する初めの一歩なのかもしれない。 

今日もO神父は私に 「ほれっ」 と言ってちくわを投げてくれたが、 中に辛子が入っているかどうか確かめたのはいうまでもない。 

今月号から登場した 「猫のペトロ」 は、 東京教区の私達に自分の見たままを語りかけてくれます。 教区、 小教区、 司祭、 信徒のことなど、 次回はどのようなことを話してくれるのかお楽しみに。

 (編集部) 

キリスト生誕2000年の大聖年に向けて
1999年は 「父である神」 の年
第4回リレー式 『祈りと黙想の集い』

期日:1998年12月31日 20:00 ~1999年元旦 6:30まで

場所:東京カテドラル聖マリア大聖堂

主催:東京教区大聖年特別委員会

1998年12月31日 (木) 

20:00 ~ 21:30 「若者と、 祈る」 青年を中心に、 祈りと黙想。 

22:00 ~ 23:30 「修道者と、 祈る」 男女修道者たちを中心に。 

1999年1月1日 (金) 

00:00 ~ 1:30 新年深夜ミサ 「神の母」 (門馬神父・関口教会) 

ミサ中、 それぞれの感謝・ゆるし・決意・祈りをカードに込めて、 ささげます。 

2:00 ~ 2:50 「生ける神に、 祈る」 マタイ6章26~34節

3:00 ~ 3:50 「聖なる神に、 祈る」 ヨハネ1章3~18節

4:00 ~ 4:50 「ねたむほど愛される神に、 祈る」 エフェソ1章3~10節

5:30 ~ 6:30 新年早朝ミサ (森司教) 

どなたでもご参加ください。 

小教区を支える信徒のための 秋の1日研修会

東京教区生涯養成委員会主催

日時:11月14日 (土) 午前11時~午後4時

会場:都賀集会所 〒264-0021 千葉市若葉区若松町424

電話 043-234-9183

定員:50名

会費:1,500円 (昼食代を含む) 

締切:10月末日 (但し満員になり次第締め切らせて頂きます) 

申込方法:申込用紙にご記入の上、 郵送またはFAXで下記宛お送りください。 

〒112-0014 東京都文京区関口3-16-15

東京大司教館事務局生涯養成研修会係 FAX 03-3944-6677

編集部から

●本文で報告されているように、

9月28日から3日間、 潮見の日本カトリック会館で、 教区広報担当者全国会議が開催された。 

2日目に、 紙面批評をして下さった朝日新聞の菅原さんは、

30余年を新聞記者として生きてこられた方である。 

批評の合間に駆け出しの頃、 地方局で、 記事の書き方をめぐって、 デスクとぶつかったことや、 慣れてきた頃に、 思わぬ失敗をしてしまったことなどを淡々と話して下さった。 

現在は、 「心のページ」 という部門を担当され、 健筆をふるっておられる。 

6月23日に、 「東洋的キリスト教を模索」 という題で、 ローマでのアジア特別シノドスについて書いておられたが、 言葉の使い方にしても、 シノドスの位置づけにしてもすばらしい記事だった。 

記事でしか知らなかった菅原さんに現実にお会いできたことは、 生きていてよかったと思えるほどの感激だった。 (西川) 

◎おことわり

「教会・修道会巡り」 は、 都合により休載いたします。 来月号をお楽しみに。