東京教区ニュース第150号

1998年03月01日

1998年聖霊の年を迎えて キリストの誕生2000年に向けて 祈りと黙想の集い

東京教区大聖年特別委員会は、1997年12月31日22時から98年1月1日6時にかけて、東京カテドラル聖マリア大聖堂でリレー形式の徹夜祭を行った。22時、男女修道者を中心とした祈りと黙想の集いから始まり、0時、森一弘司式ミサ、ミサ後1時間ごとのリレー形式で祈りと黙想の集い、5時30分、森司教司式ミサまで延約1000名が参加した。この度の徹夜祭には、深夜にもかかわらず、信徒の参加が多かったことが特筆される。また、各小教区でもカテドラルの徹夜祭に合わせて祈りの集いを行った。(関連2面)ここでは、男女修道者を中心とした祈りと黙想の集いのA・ニコラス師の講話を掲載する。

ニコラス神父講話 [奉献生活、聖霊とわたしたちの教会]

はじめに

日本の教会が、開かれた教会になること。何よりもまず、聖霊に対して開かれた教会でなければならない。聖霊について話すだけでは、そのような教会を作ることはできない。霊に対して「感覚を研ぎ澄まし」、調和させることが、より重要である。

1 奉献生活全体は、聖霊に由来する教会の善のために

●全教会の生命は、霊のうちにあり、霊から来る。
●しかし教会の中にはいつも、偉大な活力と創造性を持った特別な人物やグループがあって、(社会的)運動、共同体、祈りや研究や奉仕の生活様式を形作り、自由と霊の力を全教会にとって目に見えるものとし、教会に生気を与えてきた。
●創立者たちとその周囲のグループは、霊によって創造され、導かれ、鼓舞される生命をはっきりと示してきた。彼らは、このようにして教会の生命に貢献してきた。
●霊における生命は、ある時には、そよ風のように、静かな、穏やかな、落ち着いた仕方で成長してきた。またある時には、極めてダイナミックになり、奉献生活は、時代の必要性と霊の導きに従って動き、姿を変えた。風のように、思いのままの仕方で思いのままの時に動く霊が、奉献生活を導いたのである。奉献生活の歴史は、奉献生活にはその性格からして、途方もない冒険に乗り出していく力がある、ということを示してきた。霊に動かされるとはどういうことかを奉献生活は示し、そうすることによって教会を動かしてきた。多くの修道会が歴史の流れの中で死に絶え、いつの時代にも新しい修道会が生まれてきたことに、驚いてはならない。
●聖霊には顔がないということ、その生命の範囲や大きさを定義しうる時間や空間が聖霊にはないことを心に留めておくのが大切である。霊は、あふれることによって現れる。霊について語っても霊を伝えることはできない。わたしたち自身の限界と恐れを超えて豊かに生きることによってのみ、霊を伝えることができる。
●霊のあふれる生命は、次のようなものである。
■喜び:聖書の中の神の祝福は、皆、大きな喜びを伴ってやってくる。
■平和:神のシャロームわたしたちの人間の、限られたもろい平和ではなく、より深く、すべての存在のための新しい調和に達する平和。
■希望:霊の訪れは、新しい可能性を告げる。
■愛:すべての人との分かち合いのうちに、神の愛のより大きなたまものを意識して恐れを克服すること。
●そしてこのあふれる生命は、次のようなことを目指す行動のうちに示される。
■優しさ、寛大さ、和解、連帯、正義、いやし、心に一層豊かな活力を与えること。
●奉献生活の歴史の最良の部分は、形こそさまざまであれ、上に述べたことの歴史であった。最近亡くなったマザー・テレサは、人々の生活の中であふれる霊がいかに働くかを世界に示した。

2 使徒的グループの中で、奉献生活は、外の世界(他者)への奉仕に向かう、しかし、すべての方向づけは内から来る。

●他者のニード、世界の苦しみ、教会のニードなどが、わたしたちの修道会の多くの動機となり、誕生のきっかけとなった。
●しかし真の衝動、火は、いつも内側からのものであった。活動は|寛大な活動でさえ-、この内なる火なしには、疲れと落ち込みに終わる。わたしたち人間は、実に限られたものである。今日、外からわたしたちにやってくるチャレンジは、圧倒的である。ニードはわたしたちの想像をはるかに上回り、道具や機器、エージェンシーやネットワークは、わたしたちの能力以上に高度で複雑になっていて、その一部にでさえ、わたしたちには、ほとんど手が届かない。複雑で専門的な問題はいうに及ばず、情報さえ消化することができない……しかしこのようなことが起こるのは、わたしたちが外にとどまっている限りに過ぎない。マザー・テレサは、今もわたしたちにチャレンジを与えている。マザーは、単純で非技術的な女性だった。そして決して疲れを見せることがなかった。内なる火が最後の最後まで彼女にエネルギーを与え続けていた。
●わたしたちも、内なる火を養い育てる必要がある。
◆わたしたちが必要としているのは、霊に対する新しい感受性である。心の内のことを聞き取る新しい能力、魂の内に現存する霊のしるしを感じ取り、メッセージを拾い上げる気構えが必要である。世間では、「心の倫理」ということを言い出している。これこそまさに、わたしたちに必要なものである。すなわち、こころの倫理-心の奉仕-心の教育-心のいやし-心の共同体-心の正義と平和、等々。
◆わたしたちは、外の世界でネットワークの「航海者」となるか、あるいは霊の内なる生命の発見者となるか、選択を迫られている。
◆奉献生活を送る人々は皆:
〜この内的生活の専門家、
〜より深い意識の師、
〜神とその永遠の喜びへの内なる道の案内者でなければならない。
◆今日の人々は、自分たちの疑問や問題に対する答えを、内に向かって、すなわち、体や心の内に、祈りの内に、霊との交わりから生まれる感情の内に見いだすことが、ますます少なくなっている。ある人々は、現代を「強力な操作の時代」と診断するが、その操作の領域は、政治、経済、社会、情報から宗教にまで及んでいる。
◆それゆえに、わたしたちは、改めて霊に波長を合わせることを必要としている。それを誰が助けてくれるだろうか?

3 今日の奉献生活者が受ける誘惑は、バランスの喪失。

●今日のわたしたちの誘惑は、悪くなったり、過去の善さを失ったりすることではない。非常に困難な時に識別でバランスを失うことである。
●わたしたちの使徒的な生活そのものが、識別を非常に難しいものにしている。他者を助け、現代社会で働くことが、有意義で効果的であり続けるためには、良い意味での世俗的な合理性(rationality)が高いレベルで要求される。学校、病院、移住者や「無視され疎外されている」人々の援助、平和や正義の問題への奉仕、などが、わたしたちの働いている場である。
●しかし、「世俗的合理性」は、本当の目的をゆがめてしまいがちである。そして安易に、成長の代わりに成功を、人間の代わりに人数を、連帯の代わりに競争を、心の動きよりも市場の動きを、解放ではなく操作を、真の調和よりも規律を追い求めることがある。
●合理性のこの種の面をあまり身に着けてしまうと、わたしたちは、世俗社会で評価される結果を求める誘惑にさらされるかもしれない。「この世」のものである評価、無上のものとされる財政的な安定、そして社会的な尊敬を求めるよう誘惑されるが、それは身に帯びれば、人々と社会の善のために危険を冒す可能性を閉ざしてしまうものである。
●合理性は善いものである。非常に善いものであり、欠かせないものでもある。しかし、まさにここにおいて、キリストの霊に導かれた合理性が必要なのである。さもなければ、わたしたちはバランスを失い、単に時流を追うだけに終わってしまう。最も巧妙な誘惑は、いつでも、善を装ってゆがんだ福音を提示するものであることを、思い起こすべきである。
●わたしたちの本当の危険は、使徒的な奉仕を効果的に行おうとするうちに、そのために必要な合理性を霊のもたらす光や命や力よりも、重要で影響力のあるものにしてしまうことである。悪くなることではなく、バランスを失うこと-修道者としての聖霊の優先、「霊的な合理性」を失うことが-が危険なのである。
●したがって、わたしたちは、識別に必要な心の調和を取り戻すことができるよう、「霊の学校」、「心の学校」に常に戻ることが必要であろう。
●霊的刷新と調和の源泉は、それぞれの会が会固有のものを持っているが、福音と修道生活の伝統によって与えられているわたしたちに共通の源泉もある。
貧しい人々:聖霊は「貧しい者の慰め主」と呼ばれてきた。
祈りと沈黙:霊に対する感覚に敏感になれる場所と態度。
神のみ言葉:そこでは、物語やいやしと救いの出来事の中で、霊の「あふれ」が示される。
生活の貧しさ:心配や愛着にとらわれず、互いに対して透明になることができるように。
内的な自由:聖霊が、何の妨げもなしに、わたしたちを動かすことができる。今、以前にもまして、行動の実り、結果、成功、仕事に注ぐ努力からの「超脱」として表されてきた、古いアジアの徳が必要とされているのかもしれない。
●正しくバランスを保つことは、決定をする際に、ほかのすべての考えをさておいて、聖霊に最終的な発言権を与えることによってのみ可能である。合理性にその役割と場所を与えてよいが、そのあとは、わたしたちの奉仕が神の国にふさわしいものとなるよう、聖霊に合理性を変容させ、導かせるのである。
●テレサという名の2人の女性を優れた模範として仰ぐことができる。アビラのテレサ(テレジア)は、いつも理性の言うところに従ったが、最終的な決定の時にはいつもキリストの方へ戻り、しばしば理性の勧めと反対の決定を下した。カルカッタのテレサがすべてを賭して最も貧しい人々の中に入ったとき、彼女を導いていたものは、周囲の友人たちの理性的な忠告よりもはるかに強いひとつの声だった。

おわりに

●日本の教会には、奉献生活を送る男女のグループが、ひとつの力強い体として存在している。
●日本の教会の中にわたしたち奉献生活者が存在することを正当に理由づけるのは、教会と福音宣教のための霊における生活、霊における奉仕である。ここでわたしたちは本当に試されているし、教会と日本の社会に対するわたしたちの最も深い奉仕もここにある。
●わたしたちは今日、この1998年の間に、わたしたちが主なる聖霊との交わりと調和を深め、それによって、与えられた召命を余すところなく生き抜くことができるよう祈る。

小教区では聖霊の助けを願っての黙想 -町田教会-

大聖年の準備ということではなかったが、今年の元旦の午前零時のミサの前に、聖霊の助けと導きを願って、黙想の時間を設けた。黙想の時間を3つに分け、「聖霊に導かれて集まったことを思い、1、1997年1年間に神のもとに召された人を思い起こしながら、生命の不思議さを感じ、2、1997年1年間に起こった出来事から新しい年に向けての神の呼びかけに耳を傾けてみた。それぞれの部分の始めに聖霊の助けを願う聖歌を歌い、恵みの時間を過ごし、世界平和祈願のミサを行った。

元旦ミサのはじめに森司教のメッセージを聴く -徳田教会-

徳田教会では、毎年午前0時の元旦ミサで1年が始まる。主日ミサには200人ほどの出席者があるが、この元旦ミサには5、60名の信徒が集まる。
今年は大聖年準備の第2年目で、テーマは聖霊。間に合わないかと思われていたメッセージ・テープが森司教の声でできあがり、12月末の「テ・デウム」の日に司祭たちに渡された。徳田教会では、元旦ミサの冒頭に、司祭の小さな説明の後、スピーカーを通してメッセージが流された。聖霊は、なかなかつかみとりにくいきらいがある。入門口座でも説明しにくい部分である。しかし、森司教の切々たる説明で、その概要が少しづつ解明され、信徒の心の中に入っていく。年の始めに応わしいメッセージである。徳田教会では、昨年11月の段階で、教皇庁大聖年準備中央委員会が出した「大聖年準備の第2年目(聖霊の年)のためのヨハネ・パウロ2世の祈り」(日本カトリック宣教研究所訳)がプリントされて信徒に渡されている。個人的にあるいはグループで使いやすいようにという便利を考えて、幾種類かの型でプリントが作られている。森司教はメッセージの中で、小教区の堅信式等を大聖年と結びつけて取り組んでほしいと呼びかけている。徳田教会では、毎年九月のビンセンシオの祝いの日の前後の主日に司教様に来ていただいて堅信式を行っている。今年は、堅信の秘跡の意味を大聖年の準備と結びつけて勉強していくことにしている。その都度、森司教のメッセージを聴き、聖霊への認識を深める予定である。

聖霊の年を迎えての祈りの会 -浅草教会-

大晦日から元旦にかけて、午前0時の新年のミサをはさんでリレー徹夜祭を行った。
祈り…31日午後9時〜  午前0時  1日  午前0時〜  午前6時
参加者は、小人数であったが、聖霊の年を迎えての味わい深い祈りのひとときを持つことができた。

白柳枢機卿退院される

持病の狭心症が悪化し、昨年11月17日入院され、12月8日に心臓バイパスの手術を受けられた白柳枢機卿が、1月17日退院されました。狭心症は、枢機卿の20年来の持病で、以前にも入院された事があります。今回の手術は、ご自分の血管を移植する方法で行われ、手術も術後も順調でした。
1月26日の司祭月例集会に顔を出され、「こんなに元気になれたのは、東京女子医大の医師団のおかげもさることながら、皆様のお祈りと温かいお心遣いのおかげです」と挨拶され満場の拍手を受けられました。

1994年10月30日に枢機卿に任命されてから3年余り、ほとんど休むことなくお身体を酷使されて来たことが狭心症を悪化させる原因になったと考えられます。枢機卿にとっては、久しぶりに、年末年始を病院ですごされたことになります。これからは、体力の回復と心臓の復調をはかり、医師の助言を受けながら、しばらく養生される予定です。
(西川哲弥神父)

金祝・銀祝おめでとうございます 東京教区在住の祝司祭

〈金祝〉

ルイス アユカル エンリケ師(イエズス会)
ペレア ペドロ ルイス師(エスコラピオス修道会)
恵美 漸吉師(サレジオ修道会)
フォルツナ ダニロ師(サレジオ修道会)
ペトラッコ ジョバンニ師(サレジオ修道会)
宇田 由利夫師(フランシスコ会)

〈銀祝〉

小林 敬三師(東京教区)
斉藤 巍師(東京教区)
ハム ハインツ師(イエズス会)
喜田 勲師(イエズス会)
理辺良 保行師(イエズス会)
静 一志師(フランシスコ会)
ケルソ ローランド師(聖コロンバン会)
満留 功次師(東京教区・在フィリピン)

東京教区 新神学生を紹介します

林 正人(29歳) 使徒ヨハネ 立川教会出身

私自身の召命を思い起こす上で「家庭」というものは避けて通れません。父の飲酒が原因でお世辞にも円満とは言えぬ家庭で育った私。その影響か学校でもあまり友達ができなかったのですが、そんな時、従姉のシスターの紹介で教会学校に通い始め、小学6年の時に受洗の恵みに与りました。それからも両親の離婚、最近では父の死、色々な事がありましたが、教会、そしてイエス様は、私の心の拠り所であり「救い」であり続けました。そして段々と「私を救ってくれたイエス様という方を、私1人のものにしておくのはあまりにも勿体ない」と思うようになったのです。さて、この度神学院に迎え入れて頂き、4月からガリラヤの家での生活に入るわけですが、今の私はピノキオのようなもの。糸で操られなくても歩けるようになりましたが、本物の人間になれるかどうかはこれからの歩みにかかっていると思います。道から外れてロバにされてしまわないようにガンバリますので、どうかお祈り下さい。

眞壁健太郎(22歳) フランシスコ・ソラノ 豊四季教会出身

私の名前は眞壁健太郎です。1976年6月生まれの22歳で、洗礼名はフランシスコ・ソラノです。「人生って何?」と悩んでいた高校時代に聖書に巡り逢い、その中のイエズスの自分のすべてを捧げ尽くす生き様、死に方に感動して洗礼を受けたのは今から4年前。大学入学式の日の夕方の復活徹夜祭のことでした。94年の4月でした。豊四季教会は自宅から自転車で25分と近く広く緑に囲まれた素晴らしい教会です。司祭を志すキッカケはここで日曜学校のリーダーに抜擢していただいた事かもしれません。子供たちと一緒に遊び学ぶ中で信仰を深めることができ、また教会を形成する様々な活動と、そこで奉仕する熱心な信徒の方々の存在に気づかされました。キリストを証しする自分の生き方とは何か考えました。今までに出会えた皆さんや子供たち、そして神さまにとても感謝です。那須ガリラヤの家へは行ったことがないので想像もつかないのですが、いつも神さまと繋がっていられるように。導きにゆだねることを恐れないでいたいと思っています。

東京教区司祭人事異動

1月26日付けで東京大司教区司祭人事異動が発表された。なお、異動は復活祭の後に行われる。

[小教区関係]  (括弧内は旧任地等)

・井手雄太郎師 本郷教会主任 (成城教会主任)
・ルイ・コンスタン師 成城教会主任 (高幡教会主任)
・久富 達雄師 館山教会主任 (汚れなきマリア会付)
・安次嶺晴実師 青梅教会主任 (館山教会主任)
・晴佐久昌英師 高幡教会主任 (青梅教会主任)
・市川 嘉男師 田無教会主任 (田無教会主任代行)
・池尻 広幸師 麹町教会主任 (麹町教会助任)
・レオ・シューマカ師 豊島教会主任 (サバティカル)
・平原 陽一師 浅草教会協力 (静養)

[その他 役職等] (括弧内は旧任地等)

・深水 正勝師 枢機卿秘書専任 (本郷教会主任代理兼任)
・古賀 正典師 病気静養 (高円寺教会助任)
・シェガレー・オリビエ師 真生会館館長 (社会問題研究所兼務)
・雨宮 慧師 真生会館研究員 4月以降神田教会に在住

第16期司祭評議会メンバー(1998年1月〜99年12月までの2年間)

選出委員
吉田 善吾師(市川教会・総武地域協力体)
大倉 一美師(清瀬教会・城北地域協力体)
藤井 泰定師(八王子教会・多摩地域協力体)
岩崎 尚師(豊四季教会・総武地域協力体)
幸田 和生師(西千葉教会・千葉地域協力体)
立花 昌和師(成田教会・千葉地域協力体)
末吉 矢作師(亀有教会・総武地域協力体)
マホーニー師(葛西教会・総武地域協力体)
森山 勝文師(吉祥寺教会・武蔵野地域協力体)
教区長の任命委員
青山 和美師(上野教会・城東地域協力体)
デイキン師(喜多見教会・城西地域協力体)
小沢 茂師(洗足教会・城南地域協力体)
猪熊 太郎師(関口教会・中央地域協力体)

マタタ神父のインタビュー オペラ「26人の殉教者」を作曲した 新垣壬敏(ツグトシ)さんを訪ねて

新しい年が明けて、1月19日に、白百合大学で教鞭をとられる新垣壬敏さんをお訪ねしました。氏は、大学の音楽室、研究室、そして荘厳な聖堂を案内してくださった後、ご自分が作曲に関わられることになった経緯と、第2バチカン公会議後の典礼の新たな指針に基づいた日本の教会における典礼神学、聖歌などについての思いを語り始められました。

新垣さんは、フィリピンに生まれ、戦後は沖縄へ、それから東京へと移ったのが、ちょうど第2バチカン公会議の終わる頃でした。それまでの典礼の公式用語はラテン語でしたが、公会議後は、典礼をより豊かなものとするために、その国の言葉や文化に基づいて行われるようになったのです。氏にとっては、そのことが、日本の教会において、ラテン語の聖歌から新しい日本語の聖歌をつくるという夢を実現させるきっかけとなるのではないかと思われ始めたのでした。そこで、今回は、日本の教会の中で、聖書のテーマに基づいた数多くの歌はどのように用いられているのかを検討しながら、話を進めていきたいと思います。

歌と馴染み

氏は、まず、ラテン語から日本語に翻訳された典礼書、聖歌などをみてみると、もしかしたら、その作業にあたる準備が十分ではなかったような感じを受けることを指摘します。たとえば、「歌」という点から考えてみるとき、ラテン語のレクトトノという歌い方が強く残っている。しかし、日本人がやさしくみ言葉と出会える場を考えた時には、ラテン語を始め外国語から日本語に翻訳された聖歌は、歌おうとしても、日本人には馴染みにくいところがある。この問題を乗り越えてゆくためには、「『典礼聖歌』と新垣さんの編集された『カトリック典礼聖歌集』の両方を、信者に広く知らせる必要がある」と言われるのです。「前者がNHKなら後者は民放で、民放も見てほしい」というのは、「たとえば、『毎日のミサ』で提供されている歌の数を比べてみると『典礼聖歌』のものの方が圧倒的に多い。それは、もしかしたら、今の日本人の価値観、社会の価値観の揺れと同じように、教会の価値観を考える際の揺れを表わしているのかもしれません」「日本の教会では、典礼の歌として詩編がよく使われていますが、歌(賛歌)そのものの曲数としては、まだまだ足りないような感じがする」そこで、氏は、現代の聖書の理解に基づいたテーマを用いて作曲されている「ごらんよ空の鳥」や「キリストはぶどうの木」、「マラナタ」などのように歌詞の意味を大切にするべきだと考えています。「教会の典礼で用いられる歌は、単に「美しい」という点からみるものではない。言いかえれば、賛歌そのものは、共同体かつ信者一人ひとりの信仰告白を表わすものである、ということが意識されるべきでしょう」

語り、詠い、歌

氏によれば、「教会の聖歌には、「語り」「詠い」「歌」といった3つの要素がはっきりと示されなければなりません」今までの多くの聖歌は、「歌い」という点からみれば優れているが、実に、教会の賛歌というものは、「歌」でありながら、「詠い」でもあり、その歌の意味を表わす(「語り」)ものである。そして、その意味こそ、典礼を通じて宣言される福音の意味なのである。これら三つの要素をよく生かすために何よりも大切なのは、難しい神学のことばを用いるのではなく、むしろ、やさしい言葉や、(遠藤周作氏、矢代静一氏らの提案、社会学など各部門の専門家による)研究の成果によって見い出された、《日本人の心に触れるような言葉》で表現される必要があるのです。

例えば、日本語とラテン語との違いは、教会音楽祭委員会訳の口語の主の祈りでは、「わたしたちの負い目をおゆるしください。わたしたちも負い目をゆるし合います」と訳され文章の前後を入れ替えることによって、日本語としての意味が明確になって来ています。ラテン語においては、語順が入れ替っても意味が変わることはないのに対して、日本語においては、不換性、すなわち言葉の意味が、順序が変わると同時にその意味も変わってしまうことがあり、だからこそ、現代の聖書全体の理解に基づいたテーマの歌をつくることは、日本の教会において、信者一人ひとりの信仰を育てていく重要な表現の手段の1つになるのです。氏によれば、「福音宣教とは、翻訳された言葉ではなく、自分の言葉で表現できるようになることである」のです。

このような考え方に基づいて、氏のつくった数多くの聖歌は、カトリック教会内だけではなく、聖公会、プロテスタント諸教会などで、広く使われ、歌われています。「マラナタ」は英訳されて歌われているのです。これこそ、氏自身が、他の姉妹教会とのエキュメニカルな動きそのものであると捉えているものなのです。

東京国際センター通信

大安 (だいあん) という店

亀戸駅前の通りは明治通りだが、商店街の人たちはこの通りを十三間通りと呼ぶ。十三間通りを左に折れ総武線のガードをくぐると、直ぐに京葉道路と交差する。交差点には歩道橋があって、右側の角地に富士銀行がある。銀行前を西に50メータ程行った所にモンドビルと言う建物があり、その五階にCTICのオフィスがある。この新しいオフィスは総面積33坪とかなり広い。前のオフィスは相談が2件入ると満杯になったが、新しいオフィスは通常業務をしながら、会議ができるスペースがある。

昨年の11月から今年の1月にかけて、3回ほど司牧懇談会がこのオフィスで行われた。外国人司牧の現場で働いている司祭とシスター十数人が集まり、外国人司牧の現状、長期的展望、具体的な対応などについて討議した。司牧懇談会の内容もさることながら私にとって嬉しかったことは、この会議を契機として遠山神父(葛西教会)と4月から麹町教会に赴任する加藤神父が、CTICの司牧チームに加わることになったことだ。時を同じくして上野毛教会の九里くのり神父も毎週火曜日にCTICに来ることになり、「石の上にも3年」春が巡ってきたという感があった。

1月のある火曜日、CTICの事務所オープン早々に、30代半ばの外国人女性が相談に来た。九里神父と遠山神父が彼女の話を聞くことになった。他にも相談が入っていてスタッフが対応している。電話はひっきりなしにかかってきて、賑やかさを通り越して喧しいくらいだった。中でもひときわ大きな声でまくしたてているのは、30歳代半ばの女性Aさんだ。小耳に挟むというより、強制的に聞かされてしまう程声が大きいので、相談や内容は遠くにいて把握できたが、かなり複雑なようだ。内縁関係にあった夫に先立たれ、遺書が他人に取られたので、何とかして欲しいというのが、彼女の相談だ。伝えたいと思う心が先になるのか、九里神父や遠山神父の質問を最後まで聞かずにまくしたてる。どちらの神父か分からないが、「ふーぅ」と言う溜息が聞こえた。聞き始めてから2時間経過するが、一行に糸口さえ見つからない。彼らにとって最初の相談が、1等の宝くじを当てたようなもので、内容的にも相談者のタイプに於いても、一筋縄ではかなり難しいケースだ。私はレフェリーの役割を買って出て、ダウン寸前の両神父を救済することになった。「お昼、休憩、再開は1時半」休憩のゴングに救われほっとする反面、これからどう対応するか不安を感じてか、九里神父は「2人で聞くのは、お互いに助け合えるので、いいですよね」と遠山神父に同意を求めた。

私たちはCTICの並びにある大衆割烹「大安」に行くことにした。「大安」は昼にランチをやっていて、昼は大抵ここで食べている。亀戸は総体的にどこの店でもランチは安いが、ここは飛びきり安い上に量も多い。刺身、さば、かきフライ、イカ焼き定食は全て580円。昼食の間、ひとしきり先ほどのケースの話になる。ナベさんは「こういう複雑なケースは、順を追って経過の表をつくったり、図をつくって話を聞いていかないと、糸は解けないかも知れない」と説明している。午後からナベさんが相談に加わりそうだ。「それにしても、大きな声だし、きつい性格だね」と私が言うと、遠山神父は「オーバー・ステイだし、色々悩みも多いのでしょうね」と優しい。やはり修道会の司祭はできが違う。優しくならなきゃと思いながら、なかなか上がってこない「さば焼き定食」をいらいらしながら待つ。帰りに「ここは安いので、2000円もあれば、たくさん食べられるし、飲めますよ。今度来ましょうか」と私が言うと、「ええ、安いならいいですが、高いところに行くと良心が痛みますから」と九里神父。ここでも修道会司祭との違いを見せつけられた。これから彼らと接していけば、少しは優しく、清貧になれるかもしれない。いずれにしてもこのような仲間がCTICに増えたことは嬉しい限りである。その後、Aさんの相談は夕方まで続き、今度はナベさんの大きな溜息が聞こえた。
(大原 猛神父)

教区生涯養成委員会主催 第四回小教区を支える信徒のための研修会 『より豊かな小教区共同体となるために』

対象:現在、小教区共同体 で奉仕している方、及び関心のある方
当講座はすべて、小教区共同体に責任をもって奉仕しようとする方々がぜひ知っておいていただきたいと願う、基礎的でかつ実践的なものです。現在あるいは将来、教会運営に責任をもってたずさわる方々を広く対象としておりますので、主任司祭の方々には、できるだけ多くの方々に積極的なご参加をお呼びかけ下さるようお願いいたします。

期日 98年5月9日〜6月27日 各土曜日 全8回
時間割り
第1講座 13時30分〜15時  第2講座 15時10分〜16時10分  茶話会 16時15分〜17時 (毎回)
会場 東京大司教区 「ケルンホール」 (カテドラル構内、関口会館地下一階)
〒112-0014 文京区関口3-16-15 東京大司教館事務局 生涯養成研修会係 電話03-3944-6677
受講料 4000円(チケット制)
支払方法  次の郵便振込口 座に振り込み。入金確認次 第チケットをお送りします。
『郵便振込口座 0014 0-6-769130 口座名義(宗)東京教区生涯 養成委員会』
問合わせ先 電話03-3943-2277(10時〜12時、14時〜16時、除土日祭)、時間外はFAXで。
*なお、全8回を1人の方が通して受講することを原則とします。

教区修道女研修会 1月4日 於聖心女子大学 大聖年に向かって -アジアのシスターたちと共に歩む-

恒例の東京教区修道女研修会は、森一弘司教のミサで始まり、「日本社会は『何のために』という問いへの答えがないままに空洞化してゆく現象がある。『光のない闇の世界で悶えている人々の叫びに応える誠実な生き方をキリストから学ぶように』とご公現のキリストの光が、現代の闇の中で生きる修道女の歩みを照らし、自己改革の光となるように」と説教された。

午前中は、シスター鎌田論珠(ノートルダム教育修道女会)が「アモールの歩みと私たち日本の修道女」と題して基調講演を行ない、午後は昨夏インドのバンガロールで開催された第11回アモール(注)総会の報告が4人の代表者によって行なわれた。

アモールは、25年前に香港で、4人の修道女が一杯のコーヒーを飲みながら語り合った夢、アジア・オセアニアの修道女の連帯の実現である。今日ではさらに連帯の輪が拡大し、修道女と女性たちの連帯へとなっている。

アモールは3年に1度、総会を開催するが、目的は会議にではなく、アジア・オセアニアの修道女が生きたネットワークの一員となり、意識を改革することにある。日本では70年代に第3回アモールが京都で開催されたが、教会内にはほとんど定着していないと言える。

「脱亜入欧」の発想で近代化を成し遂げた日本は、アジア・オセアニアの国々に対して軍事的、政治的、経済的侵略と搾取を行なっているという事実を知り、受けとめて回心と和解の恵みを祈り求める必要がある。大聖年には広島で第12回アモール開催が予定されており、その準備を通して、日本の修道女が本当に意識を改革して、「世界の流れを変える」決意が促された。

インドでのテーマ「女性と環境」から、広島のテーマは「和解と女性」へと、命を生み、育む女性としての視点と行動が強調されている。この研修会を通して沖縄の名護市の海上ヘリポート基地建設反対の動きと女性のネットワークとの連携も始まっている。

350名余の参加者は、日韓修道女連帯の祈りをさらにアジア・オセアニアへと広げるためにも、正しい歴史と現実を学ぶ必要性、回心と和解をしながら、新たな意識改革への歩みに乗り出した。
(シスター石丸脩子)

(注)アモール:アジア・オセアニア修道女会議の略

教会学校でカマクラ作り -潮見教会-

私たちは、教会学校で1月11日 (日) に3時間半かかって雪のカマクラを作りました。初めは、子供だけで雪で山を作って、穴をほりました。やっと穴ができたけど、6年生と5年生がはいれないのでもっと大きくするために、とても大変でした。と中から岡さんが、手伝ってくれました。最後には、子供2人が入れるぐらい大きくなりました。手はとても冷たく足はくつ下もくつもびしょびしょ、でもがんばりました。楽しかった。
(横山 圭)
※仮名づかいは原文のまま

教区教会委員連合会 新年の集い (1月11日)

1月11日午後1時半から、カテドラル構内で、教区教会委員連合会、98年度新年の集い(当番教会:豊田教会、参加者180余名)が開催された。病気療養中の白柳枢機卿に代わり森司教は、まず枢機卿の病状報告(関連1面)をした後、東京教区の今年度の方向性について、1、今年は大聖年準備の2年目にあたり、テーマは聖霊。白柳枢機卿の大聖年を迎える基本的な姿勢は、イベントではなく、日々の生活の中でまた小教区の中で信仰生活を地道に深めていただきたいということ。2、教区として、大聖年特別委員会が聖霊降臨にカテドラルで徹夜祭を行う予定であること。3、さらに、2000年には、エキュメニカルな形の青少年の集いを行うこと等(詳細は4月以降に発表)を述べた。続いて富田富士也氏が、豊富な症例をあげながら、「家族の絆を強め、育てていくために、どうしたらよいか-家庭の意識改革を求めて-」と題する講演を行った。カトリック・センターホールに場を移しての懇親会に、麹町教会の遷堂式のために来日したケルン教区のノルベルト総代理が訪れ、「今年の聖母被昇天祭に両司教をケルンに招待したい」と述べた後、白柳枢機卿の見舞いのために病院に向かった。なお、次期当番教会は五井教会。

WCRP日本委員会「共生の倫理」をテーマに、サミット21シンポジウムを開催

世界宗教者平和会議 (WCRP)日本委員会(白柳誠一理事長)は、11月29日、大手町サンケイホールで、「共生の倫理」をテーマにシンポジウムを開催した。当日は東京教区の約60名の参加者を含め500人が、宮沢喜一氏(政界)、速水優氏(財界)、西沢潤一氏(学界)、瀬戸内寂聴師(宗教界)を招いたパネルディスカッション(コーディネーター上田賢治氏)に聞き入った。

現代人の目で これまで語り伝えられてきたカトリックの教えを 問い直してみよう

第3回 98年6月6日10時〜7日16時30分
「教会とは」
講師 梅村昌弘師 フローレンス師 百瀬文晃師
場所 クロス・ウェーブ(船橋)
参加費 15000円
第四回 98年9月26日10時〜27日16時30分
「コムニオンとしての教会共同体の神学的考察」  信徒、司祭、修道者が責任を持ってそれぞれの役割を果たすには
講師 シェガレ師・幸田和生師
場所 クロス・ウェーブ(船橋)
参加費 15000円
主催 東京教区生涯養成委員会

「家族のための祈り文」 から

「私の花の種」
私は もうすぐ5年生になって
お母さんの仕事先が変わったり
妹が1年生になったりするので
家のお手伝いなんかをがんばらなくてはなりません。
私なんかにできるかなと心配に思うけど
冬の間つめたい土の中でがんばって
春を心配そうにまつ種の中の芽が
やがて きれいな花を咲かせるように
私も努力して花を咲かせたいです
そして その花が枯れないようにもがんばりたいです。
今 私はその種をうえたところです   (10歳 小学4年 女)

ミンガラバ No.8 黄金の三角地帯の司教叙階式

中国、ラオス、タイの国境に囲まれたミャンマーの山深い黄金の三角地帯は、世界中で麻薬とゲリラで有名です。私はそのようなところを訪ねることがあろうとは決して想像しませんでしたが、昨年の十二月八日に、司教叙階式に参加するために行くことになりました。

ケントンはその地方のいちばん大きな町であり、また教区の中心です。教区長のアブラハム・タン司教はかつてローマで白柳枢機卿の同級生でした。そこで、アブラハム司教は特別に枢機卿を補佐司教の叙階式のため招待しました。残念ながら今回白柳枢機卿は健康上の理由で訪問することができませんでしたが、深水神父と私が代わりにケントンに行きました。

ケントンはミャンマーでもかなり奥地に位置する小さい都市で、首都ヤンゴンからは車で5、6日かかります。幸いに私たちは飛行機で2時間もかからずに行くことができました。叙階式前夜には、招待客のために、鼓笛隊と民族楽器を用いた盛大な歓迎式が催されました。この特別な式に参加するために、教区全域からたくさんの信徒が山を下りて来ましたが、舗装道路がないために多くの人は2、3日歩いたそうです。

ケントン教区には多くの少数民族が住んでいますが、それぞれ皆自分の民族衣装を着て来ました。アカ族の女性は、銀のメダルや鈴で飾られた大きな珍しい頭飾りを着け、ラフ族は細かい刺繍をした赤と黒の服を着ていました。同様に、クン族、シャン族、ワ族なども各民族の色と衣服を身に着けていました。

翌日の朝7時、叙階式が始まりました。新しい司教を迎えるために10000人以上の人が集まったので、カテドラル前の広場に大きな祭壇が作られていました。十五年前に司祭に叙階されたペトロ・カク新司教は、まだ45歳の若い司教です。10年前はライ病人の村で働き、その間に患者たちの宿舎と医療衛生環境を整えました。彼の病人や貧しい人を助ける姿勢はすばらしく、叙階式とその後の祝典の間に何度となく紹介されました。3時間かかった叙階式ではラテン語、ミャンマー語、アカ語と新司教の言葉であるラフ語の聖歌が歌われました。その夜、各小教区の青年会が伝統音楽やダンス、また創作ダンスなどを演じました。本当に驚くほどのたくさんの種類の衣装や言葉、音楽にふれることになりました。観光客向けのプロダンサーたちのショーとはひと味違う、子供たちや青年による、村々で守られてきた純粋な伝統文化を見ることができたと言えます。

続く2日間に、深水神父と私はケントン近くのライ病人の村、山の中の教会、そしてたくさんの孤児院を訪問しました。ケントン教区には6万人の信徒がいますが、その多くは山深い村に住んでいます。ゲリラと政府軍が交戦していた時には非常に危険だったこの地方も、現在はゲリラ・各民族と政府との間に平和協定が結ばれ、安全に旅することができるようになりました。司祭やシスターたちは各地に宣教に行ったり、それまで行けなかった地域に呼ばれて福音をのべ伝えるのに忙しくなっています。共産党が強かった中国国境地帯では、1990年以降アカ族が共産主義と決別し、司祭やシスターに来て一緒に住むように頼んできています。信仰の種は今や実を結びつつあり、竹で作られた質素な小屋は、ミサが捧げられるほか、子供たちが学んだり、簡単な保健衛生トレーニングの場となっています。村の長老やリーダーたちは、カトリック教会が多くの異なる民族が一つに集まって礼拝を捧げる場であるがゆえにすばらしいものだと言っています。

訪ねたミャンマーのすべての修道院で、シスターたちは孤児の面倒を見ていました。あるところでは3、4人のシスターがお手伝いの人と200人の子どもを世話していました。子どもたちの何割かは親のいない本当の孤児ですが、先にふれた交戦のために治安が悪く食べ物のない山から修道院に送られた子どもたちや、軍やゲリラが兵士に取ろうとするので送られてきた男の子たちもたくさんいます。叙階式や祝典の際には、たくさんの孤児のグループが多くの役割を担っていました。これらの子どもたちは幸運にもシスターに世話をしてもらい学校に行くことができますが、決して豊かでないこの教区で3000人もの子どもたちの世話をしていくことは並大抵のことではありません。

2人のケントンの司教は、姉妹教会である東京教区の司祭と一緒に叙階式を祝えたことを喜びながら、今まで東京教区から送られた援助に対して深い感謝の気持ちを示していました。そして東京教区の信徒の皆様に「ミャンマーの黄金の三角地帯の霧深い山の中にあるケントン教区の人々のために祈ってください」という願いを承ってきました。
(ミャンマー委員会 レオ・シューマカ神父)

教会・修道院巡り(56) 『蒲田教会』

1961年5月11日、ドイツ・ケルン大司教区の信者の皆さんの熱烈な祈りと援助により、城南の一角に蒲田教会が誕生した。教区長・土井枢機卿司式により、近隣の教会や修道院の方々によってあふれた盛大な献堂式が祝われた。創立当時、初代主任司祭は井手雄太郎師、助任司祭として青山和美師が司牧され、信徒数は約300人であった。その後、主任司祭は青山和美師、吉田善吾師と変わり、現在はM・カックス師が司牧されており、信徒数は約500人である。

30数年を経た現在、井手師の今は亡きご母堂をはじめ皆様が植えられた桜も大樹となり、春には桜の花が信徒のみならず、近隣の人々の目を楽しませている。昨年暮れには、聖堂をはじめとした諸施設を今後25年間の使用を可能とするための改修工事が行われ、創立当時の美しい姿を復元することができた。弱い立場の人々の側に立つ教会として、AAグループの人々の集会の場所として施設の提供を行っている。さらに、95年8月より教区長・白柳枢機卿のお許しをいただき、「大田区重症心身障害児(者)を守る会」に「賄い人住居」を緊急避難の場所として提供し、「絆の家」として多くの人に利用されている。教会建物のため改造ができないという制約のため、正式な福祉施設とは認められてはいないが、大田区その他の公的機関より高い評価を得ている。

蒲田教会は、「木造の教会であり心が落ち着く、また家庭的雰囲気の教会ですね」とよく言われる。家庭的な雰囲気は大切なことであり、今後も伝えていきたいが、反面、カトリック・クラブ的あるいは仲良しクラブ的な面があるのではないか、これからの教会のあり方について十分検討する必要があると思う。信徒の高齢化・ドーナツ化現象及び少子化による青少年の減少等、今後に向けて多くの問題を抱えているのも事実である。問題点は多い。しかしながら、「祈り、働く教会」をモットーに、イエズスに忠実な教会、イエズスを証しできる教会を目指して活動を続けていきたいと思う。 (土屋 實)

〒144-0054 大田区新蒲田1-13-12 電話 3738-0844
ミサ 平日 7・30 日曜 9・00、19・00 英語ミサ 第1・第3日曜 14・00

延べ参加者600人 公会議連続講演会終わる

公会議へ関心の高さを示す 講演集、今春出版予定

東京教区生涯養成委員会が主催する連続講演会「第2バチカン公会議と私たちの歩む道」が昨年11月15日の粕谷甲一師による講演を最後に、全9回の日程を終えた。連続講演会は、2000年の大聖年を前に現在の教会改革の頂点である第2バチカン公会議をとらえなおし、教会と私たち信徒自身のこれからに役立てようと企画された。

6月から原則毎月1回のペースで開かれた講演会には、教会委員会連合会と共催の初回に約300人が参加した後、一般対象の有料講演会となった第2回以降も毎回80人前後が参加。「第2バチカン公会議を学び直したいという信徒の意欲の高さを示した。

最終回の粕谷師の講演会も信濃町・真生会館の会場を埋めた参加者が、遠藤周作氏の作品やマザー・テレサの生きざまをもとにしたカトリックの「世界宗教への道」の講話に熱心に聞き入った。

講演会終了後のアンケートでは、回答者の九割近くが「有益だった」とし、5割強が来年も継続することを希望している。また、今回は、仕事を持つ人たちや首都圏に住む人たちが幅広く参加しやすいように、都心のJR駅から近い真生会館を会場にし、開催日も毎月第3土曜日の午後2時と覚えやすく、全回出席が可能なように工夫したが、9割強が「足の便がよく、参加しやすかった」「職場からも余裕をもって直行できた」との回答。今後の各講演会などの参考になると思われる。なお、5回の講演と質疑については、参加者などから、「活字にして残してもらえれば改めて勉強しなおせる」との希望が強く、アンケートでも回答者の約8割が購入の意思を示した。このため、今春にもサンパウロ社から出版の方向で準備中である。

東京教区大聖年記念企画 シンポジウムと映画の夕べ

テーマ 「身近な人の叫びが聞こえていますか」

昨年12月13日(土)カテドラル・ケルンホールで「シンポジウムと映画の夕べ」が開催された。大聖年記念企画スタッフが「イエス・キリストの年」のクリスマスを前に行ったもので、130名の参加者は、第1部のパネリストが語る「身近な人の叫び」を聞き、人の権利、尊厳に対して感性を養っていくことの大切さを深めた。続いて第2部の映画「マザー・テレサとその世界」ではカルカッタの人々の叫びを聞いた。

第1部のシンポジウムは、森一弘司教の司会で、「地域社会の人々の叫びを日頃のかかわりの中で感じながらともに生きている5名のパネリストの話を聞き、地域社会に住む私たちの心も動かされるように」との導入から始められた。

忘れさられてしまう人の叫びがある

神田裕師(大阪教区鷹取教会司祭)は、阪神大震災の被災者の人々とともに生活する中から、今の神戸の現状と、地震当日に感じた教会のあり方に対する思いが、この3年間の動きにもなっていることを語った。〈95年1月17日、教会の隣の人の顔を知らなかったために救出できなかった。それは地元で生活していながら人々の叫びを聞いていなかったことである。もう2度とこういう思いはしたくない。その夜はベトナムの人達と一緒に外で過ごした。たくましい彼らがともにいてくれたことは、この3年間の支えにもなった〉〈被災から3年目が巡ってくるが、まだ26000人の方たちが仮設住宅にいる。忘れさられてしまう人たちの叫びがある。マスコミも取り扱わなくなり、あたかもすべてが終わったかのようであるが、いろんな問題が山積みにされており、これからである〉

障害者を隔離するのはやめるべき

中西由起子氏(八王子在住信徒)は、アジアの障害をもっている人たちとの活動、身体障害者の人々との活動を通して、障害者の置かれた立場を具体的に語った。〈日本での障害者の状況は、障害者は施設にいてこそ幸福という誤解がある。隔離されることで自分の楽しみを奪われ、識字教育もされなかったり、地域の一員としての生活も奪われる。障害者を隔離するのはやめるべき〉〈障害者の要求を甘え、わがままと捉えられる風潮があるが、人間の尊厳としての叫びを聞いてほしい〉と訴えた。「自立センター」の存在を紹介し〈ここでは介助の人と生活し、自己決定、自己管理は障害者自身で行っている〉と語った。

叫びを引き出せる場として

原木哲夫氏(シャロームの家)は、横浜の寿町の人々とともに生活するようになった個人的経緯と、作業所の人々とのかかわりを語った。〈寿町は6000人の労働者の町。司祭として生活していた時の司牧地であり、弱い立場の人々のためにという気負いもあった。そこにかかわっていくうちに、自分の生き方を見つめ直さなければならなくなった。現在シャロームの家の作業所には約30名がいて、聖書の勉強会もやっている。障害者一人ひとりも個性がある。この個の叫びを引き出せる場があると安心する。互いに赦し合い、認め合い、「彼、障害をもっていたのか」と思うほどに人間の尊厳を大切にしていく家にしていきたい〉

毎日が叫び

三戸清子氏(扶助者聖母会シスター)、家庭崩壊の中の子どもたちとともに生活するシスターは「毎日が叫びです」と初めに語った。〈生まれた時、人は喜びの叫びをあげる。ここの子どもたちは「家庭に帰りたい」、「母親が恋しい」それができない-「どうして」という叫びをあげる。思春期になると母親探しが始まる。160名の子どもたち、その中で自分がいちばん大切にされている、大切にしてもらいたいという思いは強い。子どもたちには「小さい時、うんと叫びなさい」と言っている。自分の心の中の訴えたいものが、大人によって摘み取られていることもある。家族の中で生きたいというのは共通の叫び、貧しくても子どもに対する愛をもって生活していくなら非行に走ることはない〉

心の平安を得られるように

渡辺哲郎氏(CTIC=カトリック東京国際センタースタッフ)は、滞日外国人の人々とともに毎日1歩1歩、歩んでいくのがCTICのあり方と語る。〈約30万人のオーバーステイ、その方たちの気持ちは『逃亡者』と同じような立場。遠いふるさとを後にして、一生懸命仕送りをしている。その中で日本人には決して許されない賃金未払いが起きている。オーバーステイを善しとはしないが、彼らの叫びに気づいていこうと、彼らが一瞬一時でも心の平安を得られるように、人間として尊重されるようにCTICは動いている。この頃、オーバーステイも減少してきている。いろんな問題を多くの人と手を取り合ってやっていきたい〉

最後に、人の叫びを聞き、生きるということは、「神様が好き、裏を返すと人間好きやな」という神田神父の結びでシンポジウムは終了した。

編集部から

●東京の雪は、いくら降っても、2、3日たったら融けてしまうと思っていたら、今度の雪はいまだに黒々と道の片隅に残っています。それだけ寒い冬なのでしょう。この寒さは、老人や身体の弱い人にはたまりません。春の到来が待たれる今日この頃です。心臓バイパスの大手術をされた大司教様にもこの寒さは決してよいものではないでしょう。春が来て暖い日々になるまで、どうか御自愛下さいますように。
●昨年の暮、日曜日の夜、ふらりとドライブ、アクアラインを走ってみました。幸いというべきか、とてもすいていて、渋滞も混雑もなく「海ほたる」に着きました。冷い風にふかれての東京湾。こんな美しい夜景、生れて初めてでした。闇の中の光の輪、絶景かな、絶景かな。(西川)
●どうも近頃、暗いニュースばかりが目立っています。ただの暗さでないところが、ちょっと気がかりではあります。こんな時こそカトリック教会の出番なのですが今年は司祭叙階式もないしなあ。今年の主役の聖霊は、どこをさまよっているのでしょうか。でもこんな時だからこそ、ひときは大きな声で「聖霊来てください」と叫ぼうではありませんか。(ゆ)
●香港はニワトリのせい?で新型ウイルスが大流行り、日本の風邪は誰のせい?小生もついにダウンしちゃったけど、そんな冷たい目でみなくてもなあ…。いま3月号の編集会議の最中なんだけど、「うつさないでよネ」との視線がありあり、肩身のせまい思いで隅っこにチョコンと座ってるこの切なさ、わかるかなあ。でも、元気になったらなったで、反対にこっちが冷たい視線を送るんだよね。この思い、大事にしょう。(M)

お詫びと訂正
教区ニュース149号4面 集会司式者・聖体奉仕者氏名中 上段左側 中村吉基 高円寺→下井草の誤りでした。お詫びして訂正いたします。