東京教区ニュース第109号

1994年01月01日

新春座談会-白柳大司教・森司教・小林宣司評議長
今の時代を担う青少年の育成を

1993年を振りかえって

小林 みなさまに新年のお喜びを申し上げます。 

まず、 1993年を振り返えられて、 司教様方はどんな年だったと思われますか。 

白柳 NICE・2が開催された年でしたが、 東京教区のみなさんは本当によく力を尽くして準備をし、 歩んで来られたと思います。 心から感謝をしています。 

NICEの歩みにおいて、 各教区の取り組みのばらつきはありましたが、 会議ではみなさん熱心な討議をすることによって、 貢献をしてくださったと思います。 

司教団は 『展望』 を受けて指針を出すでしょう。 

しかし私たちは、 NICEの準備の歩みの中で、 たくさんのことを学んだと思います。 私たちの家庭の問題を今まで以上に深く知り、 他の人の事も理解できるようになったと思います。 このようなプロセスの中で私たちは大きな実りを得ました。 

1994年は国連が提唱する 『国際家族年』 です。 世界中が家庭について振り返り、 考える事でしょう。 私たちとしては、 いままで歩んできて、 積み上げたものをもう一度見直す機会とするとよいと思います。 

私も1993年を振り返るなら、 まず中央協議会の会館ができて、 その運営に関わるようになったということは私にとって大きなことです。 大変にエネルギーのいることですから、 大司教様、 また教区のみなさんにもいろいろとご迷惑をおかけしているのではないかと思っています。 

NICEのことについて言えば、 教区のいろいろな会合に参加できて、 とても良い体験をしました。 きめ細かな家族の支え合いなどの分かち合いから、 キリストの心が自然な形で生活の中に生きているな、 ということをたびたび知りました。 また今までタブー視されていたことが、 お互い殻を脱いで自然な形で話し合えるようになったと思います。 

このような出会いが、 私にとっても支え、 励みになり感謝しています。 

NICEを育ててきた流れ

小林 NICEは終着駅ではなく出発駅ですね。 

白柳 家庭の問題が決して解決したわけではないのですから、 ありのままの家庭を受け入れながら 『家庭』 の問題をもっと深めていくとよいと思います。 この道のりが福音宣教へとつながっていくのだと思います。 

NICEはムーブメントとしては大変大きな意味を持っております。 その1つは、 信徒、 修道者、 司祭、 司教が日本における教会に対して共同責任を持っているという自覚。 もう1つは現実から聞き、 吸い上げながら生活に根ざした真の信仰生活を育てようということ。 これらを育てていく努力がもっともっと必要ですね。 

小林 各教区のNICEへの取り組みの違いが言われていますが、 東京教区の中でも、 ばらつきはあるのではないでしょうか。 

白柳 このような運動に直接参加出来ない人はたくさんいます。 参加の仕方もいろいろです。 時間的な問題や、 話し合いが苦手だったり……しかし、 できることで参加するという姿勢を持たないと、 教会の生き方から浮き上がってしまうと思います。 

小林 先に進む人たちが、 ちょっと立ち止まって、 後ろを振り向くということも大切なのではないでしょうか。 

白柳 今回のNICEはいろいろと難しいところがあったので、 これを次のために役立てて、 またよい準備をしていくようにしたらいいと思います。 

この前、 ある信徒の方から興味深い話を聞きました。 一人の神父さんのことですが、 その方はナイスのナの字も教会では言わなかったけれど、 その小教区はすごく生き生きと活発であり、 さまざまな日本の教会の呼びかけに敏感に答えていたということでした。 つまり、 ナイスという言葉は使わなくても、 教会共同体と社会の現実を的確につかんで信仰生活を育てている。 そのような神父さまが多いのではないかと思います。 

NICEを育ててきた流れが、 日本の教会のいろんなところにあったと思います。 

白柳 確かにこのNICE運動は、 流れになっていると思います。 教皇様も世界の人も、 あるいはいろんな国で、 家庭の問題、 教会の刷新は言われている。 地球レベルでの大きな流れの中にこの教会の歩みもあり、 全体がうまくマッチしていると感じています。 

1994年の大きな動きは?

小林 さて、 1994年の大きな動きは何でしょうか。 

白柳 教区として大きな目で見ていこうと思っているのは青少年のことですね。 

若者は次の時代を担うのではなく、 今の時代を担わねばならないんですね。 そのためには教会の司牧も若者と一緒にやっていくという方法を取らなければならないと思います。 

若者たちにもっと参加してもらうことが必要ですね。 若者と一緒にやっていける教会にならないと、 教会は取り残されていくのではないかと思いますね。 

最近、 青年たちの方から真剣に祈りの場を求めたり、 教えを学ぼうとする自発的な動きが見えてきています。 

青少年委員会の神父様たちも、 非常に忍耐深く柔軟に青年たちと対応しているので希望があると思います。 

新しい年には 『生き甲斐を考える』 青年たちの集いをやってみたいなあと話し合っています。 

小林 この青年たちのお話はとても希望のある明るいお話ですね。 どうか押し進めていってほしいと思います。 燃えている若いエネルギーに答えられたらいいですね。 

国際化への対応は

編集部 東京教区の国際化への対応について、 新しい年は何かありますか。 

白柳 C-TICは軌道に乗ってきたので嬉しいことですが、 もうこれだけでは対応しきれない状況になっていますね。 各小教区で真剣に対応していかなければならない時に来ています。 

この不景気な時代、 滞日外国人も厳しい状況に置かれています。 教会はこれに何ができるか。 司祭の間でも話し合わねばなりません。 少なくとも私たちは、 その人たちの霊的な面での対応は是非ともしなければなりません。 

今一つ考えているのは、 シェルター、 『駆け込み宿』 のようなものをつくるつもりです。どうしてもこのような具体的な対応が必要なんですね。 今までこれが無いために中途半端な事しかできなかった。 これができた暁には、 世話をする人が必要なんですね。 そのうち具体化されると思います。 

小林 今年も東京教区と両司教さまにとって良い年になりますようお祈り申しあげます。 今日はどうも有り難うございました。 

一粒会主催 召命祈願のミサ

11月14日、 東京カテドラル聖マリア大聖堂で、 一粒会主催の召命祈願のミサが捧げられた。 司式は白柳大司教 (一粒会会長) と内山師、 市川師 (一粒会担当司祭) の共同司式、 オルガニスト竹前光子さんと、 麻布、 田園調布、 大森教会聖歌隊による歌ミサであった。 

当日は、 東京カトリック神学院をはじめ、 クラレチアン宣教会、 聖パウロ修学院、 イエズス会神学院、 コンベンツァル聖フランシスコ修道会、 サレジオ神学院、 カルメル会修道院、 ご受難修道会、 聖アウグスチノ修道会養成の家、 マリア会、 ドミニコ会、 神の愛の宣教会の神学生50余名が約3百人の信徒とともに召命のために祈りを捧げた。 

ミサ後、 教区、 宣教会、 修道会の神学校の紹介、 神学生の紹介が行われた。 

志村師の司祭叙階60周年を祝う

11月13日、 大森教会で、 志村辰弥師の司祭叙階60周年を祝うミサが、 白柳大司教、 森司教列席のもと捧げられ、 師ゆかりの人々が多数参列した。 

ズームアップ
青年ネットワーク事務所専従
渋谷香奈さん

出会いを求めて、一泊交流会に顔を出したことがきっかけで、昨年、青年ネットワーク事務局の専従を引き受ける。青年たちの祈りの集い、春の長崎での全国青少年担当者会議、8月の再1回スピリットソングフェスティバル、そして今回、日野ラサールで開催されたキリスト教の基礎を学ぶ勉強会などなどで、この1年はジェットコースターのようなあっという間に過ぎ去ったという。様々な会合を通して、友と真理との出会いに渇く青年たちの心を知り、千円立ちの出会いの仕掛け人をして小教区の枠を越えたネットワークの必要性をますます強く感じたという。

NICE・2の課題解決にプロジェクトチームを
~東京教区代表者の集い~

第1回福音宣教推進全国会議は、 とにかく終わった。 東京教区ニュースやカトリック新聞の記事を見ても分かるように、 決してシャンシャン会議ではなく、 意見・見解相違を見せつけられた会議であった。 

東京教区代表者の集いが、 11月18日に開かれた。 この集いは代表者としての反省とともに、 代表者相互の感想・意見を交換するためのものだった。 主な内容は次の通り。 

よかった点

(1)全国各教区からの代表者 (信徒、 修道者、 司祭、 司教) が同じテーブルを囲んで心を開いて真剣に話し合い、 分かち合いを行ったこと。 

(2)祈りが大事にされたこと。 祈祷月間が設けられた上に全国から寄せられた霊的花束や励ましの電報などで、 日本全国の教会の祈りに支えられて会議が行われていることを実感したこと。

(3)聖霊の導きを願いながら会議が進行されたこと。

一般の会議と違ってミサばかりでなく、会議の途中でも識別の恵みを願う祈りが挿入されもした。

(4)地元の暖かい受け入れとともに犠牲を厭わない伝統に生きる信徒に接することができたこと。 

物足りなく思えた点

(1) 「家庭」 をテーマに開かれた会議なのに、 家庭のことがあまり取り上げられず提言では、 共同体の刷新に重点が置かれてしまったこと。 

(2)短時間にまとめられたためか、 提言の内容が表面的で貧弱であること。 

(3)分団会では結構内容のある分かち合いがなされていたのに、 全体会、 まとめでは内容の乏しいものになってしまったこと。 

以上のように代表者が意見を披瀝した後、 教区に提言をすることとした。 

それは過去、 東京教区として今まで行って来た 「家庭」 をめぐる話し合い、 特に 「8事例を通しての分かち合い」 を今後を継続し、 深めると同時に、 対応出来る態勢を生み出すために、 プロジェクトチームを設置すると言うものである。 

このことは、 司教団のメッセージを受けて、 東京教区としてどうするかを司祭評議会、 宣教司牧評議会などの意見を参考に、 大司教が決めることとなろう。 

(塚本伊和男) 

第1回福音宣教推進全国会議
「展望」 を読んで

浦和教区代表の青年から

東京教区ニュース107号を読ませていただきました。 

「展望」 から家庭が消えると見出しにありますが、 私も今回のテーマ、 スローガンである 「家庭の現実から福音宣教のあり方を探る」 がむしろ 「社会…家庭・教会共同体の現実から……探る」 というように思えて戸惑いを覚えております。 

今のところ、 社会の現実が反映される家庭を支えるため教会共同体の回心、 刷新を進めて行くと考えていますが、 小教区での報告会でどのように説明するかを模索中です。 

ただ今、 私はNICE漬けです。 勉強 (大学の通信教育で、 社会福祉を勉強中です) の合間にNICEのことを考えるというより、 NICEのことを考える合間に勉強するといったところが現実でこれでは本末転倒ですね。 今、 自分に与えられた場で、 精一杯さく花になれるよう祈り求め、 本質を見失わないよう自戒せねばと思っております。 

さて、 NICE・2では、 全国的な青年のネットワークをつくろうとアピールしましたが、 ただいま各教区の青年 (の定義が難しい) 代表が事務局・司教団に提出するリポートを作成中です。 私はなんとかまとめて、 担当の鹿児島教区の川野さん (議長団のおひとり) に送りました。 皆がまとめたものがどうなるか、 また、 事務局・司教団はどう捉えてくださるか楽しみです。 

ところで、 東京教区では、 なぜ青年代表がいなかったのでしょうか。 青年のネットワークがあるとお聞きしましたが、 人選が難しかったのでしょうか。 青年もこれから家庭を築く身ですから……。 

(浦和教区代表 滝沢容子)

ある修道女から

第1回ナイスの答申 「展望」 を、 会議に参加された方々の真剣な姿を思い浮かべながら読みました。 

まず、 「家庭を受け入れ、 支えることができるためには教会共同体の刷新が不可欠」 という語に続いて、 家庭に関することはみな教会共同体の刷新いかんによって決まるような印象を受け、 意外に思いました。 

次に、 「共感・共有ができる共同体を目指す」 ことが優先事項にあがっていますが、 これは重要なことだと思いました。 私たちはキリストによって集められ、”一緒に生きている”のですから、 いっそう努力したい点です。 

第1回ナイスでは 「遊離」 とか 「分かち合いがされてない」 ことが大きく取りあげられていましたが、 この数年間、 各小教区では話し合い、 分かち合いなどが活発にされ、 やはり前進し続けてることに気づかされました。 

結びで 「この答申の背後には、 言葉にならない無数の共感や共有と目指した実践の積み重ねがあり、 むしろこのことこそ真実の答申であることを申し添え」 とありますが、 私はこの言葉にこそ第1回ナイスの真の声があるように思い、 心を打たれました。 

家庭の現実から福音宣教を考えることは、 深く、 広い内容を含みますから、 文面に表すことは難しかったろうと、 容易に推測できます。 いろんな不足な面もあったかもしれませんが、 日本中で共に祈り、 働いたこの道程には大きな意義があったと改めて思いました。

(一修道女) 

投稿
ナイス・2について

「東京教区ニュース」 を読んで、 福音宣教推進全国会議の模様を大体知ることができた。 行きつくところが教会の刷新となるのは当然であろう。 

家庭の現実に応える視点から見れば、 不十分に思われようが、 そもそも多様化された社会の現実の絡みあうもつれた糸を、 宗教だけで解こうとするのは無理としうものである。 

まず、 教会を改めなければならない、 ということは根本は個人、 個人が改められなければならないということである。 

「悔い改めよ」 が原点であろう。 多くの人にとっては、 つよくキリストの愛が再確認されなければならぬ、 と私には思われる。 

犬飼道子さんの 「聖書の天地」 を読んで、 私は眼のうろこが落ちる思いをしたからである。 

出会い、 -まずキリストとの出会い、 人との出会い、 それを通して神の出会うこと、 愛による出会いによってのみ、 われわれは救われるのだ。 

「互いに愛し合うならば、 お前たちはわたしの弟子であることを皆が知るようになる」 (ヨハネ12・35) 

そうなれば教会の刷新にも、 家庭の現実にも、 それに対処しうる糸口が見つけられてくるのだろう。 すべてがイエズスさまの愛に包まれていくだろう。 ともかく、 「ナイス・2」 で皆の出会いができたのはよいことであったと思う。 

(茂原教会 吉田 省吾) 

よそおい新たに神学院祭
「ザベリオ祭」 開催

秋晴れの11月13日、 東京カトリック神学院で、 「ザベリオ祭」 が開催されました。 以前の 「神学院祭」 を1年間休んで再考し、 新たな取り組みを試みたもので、 神学院全体が外に向かって開放され、 神学生一同で皆様をお迎えすることのできるめったにない機会です。 

宣伝は控えめでしたが、 雨続きの11月に幸いな好天に恵まれ、 9時半のミサからたくさんの方々がおいで下さり、 神学院の大聖堂で、 落ち着いた雰囲気の中、

300余の人々が一同に主の食卓を囲みました。 司式は神学院院長、 野嵜一夫師。 大阪教区比企助祭が 「召命について」 説教し 「すべての人がそれぞれに神の呼びかけに応えていくことで成長していく」 ことが語られました。 その後、 中庭のステージで様々なアトラクションが行われ、 ゲームや様々な出店、 バザーや古本市、 キリスト教展などが催されました。 

名物の銀杏は瞬く間に売れ、 神学院巡りの一行は引きも切らない有り様でした。 近隣の方々も交え、 普段は静かな神学院もお祭りらしいにぎわいでした。 あえて数年前の大規模な「神学院祭」 に比べることもない少ない神学生の人数に見合った相応の盛況さ。 

様々な教会から、 様々なグループの皆様から骨惜しみせぬご協力とご尽力を頂いての開催でした。 おかげさまで善き交わりの一時を持つことができました。 東京カトリック神学院神学生一同、 厚く御礼申し上げます。 またはるばるお出で下さった皆様にも感謝いたします。 皆様にとって充実した1日でありましたら幸いです。 今後ともよろしくお願い申し上げます。 

(油谷 弘幸助祭) 

青年ネットワーク事務局だより

キリスト教って何ですか?

青年合宿研修会・報告

11月11日~14日にカトリック青年合宿研修会 (基礎福音講座) が日野ラ・サール研修所にて開催されました。 

この飛び石連休をはさんだ4泊5日は、 平日は研修所から職場、 学校へ出かけ、 夜帰って講話を聞くことが可能なプログラムであったため、 定員である60人近くの社会人や学生の青年が教区内、 遠くは名古屋、 下関から集まりました。 

「いままで一泊交流会、 一泊錬成会と行ってきた流れのなかで、 青年達から教会や信仰についての質問が絶えずあった。 このような質問に対する答えのヒントとなるようにこの合宿を企画した」 と言う青少年担当の晴佐久師 (東京教区) の開校の挨拶のあと同師の 「諸宗教について」、 続いて幸田師 (同) の 「福音とは?」 雨宮師 (同) の 「聖書とは?」、 門馬師 (同) の 「NICEとは?」 森司教 (同) の 「キリスト教とは?」 岩島師 (イエスズ会) の 「カトリックとは?」 溝部師 (サレジオ会) の 「教会とは?」 の講話がなされました。 

講話のあと、 質疑応答の時間が設けられ、 7つのテーマのどれもが信仰生活を送るのにとても大切で、 かつ行き詰まりやすい問題であるものなので青年達の質問は絶えませんでした。 また期間中1回の分かち合いの時間も設けられ、 講話をエッセンスとして5つのグループに分かれて分かち合うことができました。 

基礎福音講座としておきながら人によっては少し高度すぎたためかわからなくて悩んでいる人もいましたが、 周りの人のはげましで最後まで出席してくれました。 

また、 この合宿には日本基督教団の教会から1人の参加もあり、 分かち合い、 交流会を通して、 エキュメニカルな理解が深まったといえるのではないかと思います。 

初めは長いと思った4日間の講義もあっというまの時間でした。 それぞれの話を聞いていて自分は何年信者やっていたのだろうか、 どうして自分はこんな事に気づかず知らなかったのだろうと、 反省させられることが多くありました。 

また他では、 「いままでは自分の問題のみとして自分の信仰を考えていたことは大切かもしれないが、 それだけでは大変狭いことであり、 聖書も教会も福音も今の自分そして現代とのつながりのなかで生きていることを感じた」 という感想もありました。 

それぞれの人が何らかの信仰の悩みをもっており、 それが解決した人も少なくなかったようです。 

合宿が終わって早くも第1バチカン公会議についての勉強を教会ではじめようという動きもでてきており、 今後この合宿で蒔かれた種の成長が期待されます。 

最後に、 スタッフとして関わり、 多くの方からお礼の言葉をいただきましたが、 こちらこそお礼を申し上げたいと思います。 

いやはや神様万歳!

(スタッフ 豊島 治) 

教会学校リーダー研修会
-クリスマスをテーマに講話・ゲーム指導・歌唱指導-

10月31日 (日) 午後1時30分より女子パウロ会ホールにおいて教会学校リーダー研修会 (東京教区教会学校委員会主催) が行われ、 35名が参加し講師の話に熱心に耳を傾けたりゲームや歌を楽しみながら学んだ。 

「子どもたちに伝えたい主の降誕の福音」 というテーマで稲川保明師がまず講話を行った。 師は現在、 東京大司教館で事務局長として働いておられるが、 かつて助任司祭として小教区におられた頃に関わっていた教会学校での経験をもとにして話された。 

その中で特に人形を使っての 「子どもミサ」 は子どもだけでなく中高生、 大人たちへも広がりを見せていったということで非常に興味深かった。 

また、 クリスマスの人形劇として 「小さなもみの木」 という作品を台本つきで実演紹介してくださった。 

多くの教会学校でクリスマス会が行われるが、 そこでリーダーが頭を悩ませるものの1つにゲームがある。 そんなわけで中能孝則先生に 「クリスマス会のゲーム」 の指導をしていただいた。 

ゲームを行う時の心構えとして 「リーダーが楽しくやんなきゃあ、 子どもたちだって楽しくない」 と指摘しながら、 先生はいつの間にかリーダーたちをゲームの世界に引き込んでしまっていた。 今回の 「ケンタッキー・ランニングミキサー」 を使ってのゲームは、 リーダーたちにも好評であった。 

最後に、 新垣壬敏先生によるクリスマスの歌の紹介と歌唱指導が行われた。 

1時間という短い時間の中での指導ということだったが、 先生は 「日本語のオリジナルの歌が少ないこと、 言葉や音楽の大切さ」 を語りながら 「聞かせてください」 「ハレルヤ・クリスマス」 「キリストのことばを」 を紹介。 また熱心に歌唱指導をしてくださった。 

千葉ブロック司祭
一泊研修会を行う

-全国会議の報告に耳を傾ける-

去る11月14、 15日、 千葉・誉田の 『生命の森』 を会場に、 千葉ブロック司祭の研修会が行われ、 千葉ブロックの司祭が全員参加した。 初日は、 白柳・森両司教を交えて、 終えたばかりの全国会議の報告に耳を傾け、 その成果と問題点について、 夜遅くまで語り合った。 

1日目は共同司式ミサで始まり、 同ブロックの共通課題について報告と意見交換を行い、 午後散会した。 

このような研修会は、 宣教司牧の難しい内房・外房地域では、 司祭たちの協力が必要であるという強い認識から、 数年前から毎年開催されるようになったものである。 

この他、 千葉ブロックの司祭たちは、 1ヶ月に1度、 集まりを行い、 互いの体験と経験を分かち合い、 共通の課題に関して十分話し合いを積み重ねながら、 協力の道を歩んでいる。 

日本の教会は家庭を救えるか?
~NICE・2の視点から~

生涯養成委員会 主催

東京教区ナイスプロジェクト生涯養成委員会は、 11月13日と11月4日、 日本カトリック会館で、 日本の教会は家庭を救えるか~NICE・2の視点から~というテーマのもと、 1日間の研修会を行った。 

第1回は、 「家庭が抱えている問題点」 と題して横川和夫氏 (共同通信社論説委員) の講演と分かち合いの集い (司会 森一弘司教)、 第1回は、 「教会法からみた現代の結婚について」 をテーマに稲川保明師 (東京大司教区事務局長) の講演とパネルディスカッション(司会 門馬邦男師) が行われ、 6~70名の参加者は、 各回5時間30分のプログラムに疲れた様子もなく熱心にメモをとり、 積極的に発言、 質問をしていた。 

第1回 11月13日 講演と分かち合いの集い

「家庭が抱えている問題点」 
講師 横川和夫氏

司会の森司教から、 長崎で行われた第1回福音宣教推進全国会議 (NICE・2) の報告をされた後 (関連東京教区ニュース107号、 108号) 横川氏の講演が行われた。 

ありのままの姿を肯定できない家族、 悩みを表現できない家族の問題点を指摘

講師として招かれた横川氏 (共同通信記者) は、 1年前に起こった浦和の高校教師とその妻による長男殺しの事件を取り上げながら、 その家族の問題点は私たちの身近なところにも潜んでいるものであると指摘した。 

教頭、 校長としての管理職につくよりも生徒たちの身近な教師であろうとひたすら生きた父親と、 夫と両親に完璧につくすことだけを心がけた母親の生き方が、 長男の心を窒息させてしまったのではないか。 人間としてのありのままの姿を表現する、 また受け取り合い、 そしてぶつけ合うことが家族の健全な成長のために必要であると強調した。 

第2回 12月4日 講演とパネルディスカッション

「教会法からみた現代の結婚について」

第2回は当初、 モラルのレベルから、 吉山登師 (上智大学教授、 レデンプトール会) 教会法の観点から稲川師、 すなわち人間の現実と社会の現実を織り交ぜながら、 現代の結婚を考えていく予定であったが、 吉山師急病のため、 稲川師による講演とパネルディスカッション、 質疑応答に変更された。 

ナイス・2を踏まえて
日本のカトリック教会が家庭へのかかわりを一歩進めるために! [結婚を希望する人々、結婚している人々へのヒント] 
講師 稲川保明師

日本の社会通念の結婚からキリスト教のめざす結婚へ

稲川師は、 「私たちは、 結婚という言葉をごく日常的にあたりまえに使っているが、 日本の社会で、 日本人である私たちが結婚という言葉を使う時と、 カトリック教会が目ざしている結婚には、 多少のずれがあると思われる。 そのずれをはっきりさせるために、 日本人が通常考える結婚と、 教会法の規定する結婚を両極端において話を進めていきたい」 と前置きし本論に入った。 

日本の社会通念の結婚

(1)結婚を自然、 当然、 あたりまえの事と考えている。

一人前の大人になることは結婚することである。 (適齢期を15~30才) 

(2)「なぜ、 この人と」 を問わない。 =意思があいまい。 

(3)どのように結婚生活を送るか話し合わないで結婚する。 

(4)私的なものと考えている。 

(5)子供は親のもの=子供を人間としてよりも自分のものとして見る。 

教会法から見た結婚観

(1)・結婚は超自然の恵み。 結婚は召命である。 (現代世界憲章、 教会憲章、 教会法)

・結婚するかしないかは自由であり、 配偶者となる相手を選ぶ自由がある。 

     ・夫婦は、 相互に無条件に愛しあい与え合う、 そしてこの夫婦の愛は、

神の創造のみ業を継承し発展させるという点で優れている。 

     ・ 「夫婦」 と呼ばれる共同体の特権として子供の存在がある。 

     ・結婚は男女が互いに与え合う、

叙階を受けていない男女がキリストの祭司職を文字通り実行している秘跡。

(2)最も人間的な行いをして、結婚の契約の意味と決断がはっきりしていないと、 超自然的な恵みといえども、 男女の中は続かない。 

伴侶としてこの人をと決断するためには、 とても大切な判断が必要。 

(3)結婚は、 契約、 誓約である。

   ・結婚は、 社会的なもので当事者だけでなく周囲の共同体が関わる。

夫婦は社会にとっても教会にと

    っても最小の単位。 

(4)・婚姻の本質は、 資格のある男女による愛と生命のきずなに基づく共同体

     ・婚姻の特性は、 単一性 (一夫一婦性) と不解消性

     ・婚姻の目的は夫婦の善益、 子供の出産・教育

     ・受洗者間の婚姻は秘跡である。 

(5)契約行為として、 合意の表明の方式が、 社会的な規定においても教会法の規定に従っても、 満たしていること (法律婚、 事実婚、 宗教婚として成立) 

なおかつ、 合意の内容も結婚の本質、 特性、 本性、 (秘跡性) を満たすにふさわしい愛であること。 

(6)結婚についても養成が必要である。 

教会裁判所とは

民法上の裁判と異なり、 教会裁判所は人を裁くところではなく、 1人の間に教会のいう結婚の絆があったかどうか、 の判断をくだす所である。 

まとめ

現代における結婚において発生する問題は、 (1)本人に起因する問題、 (2)それを支える教会の体制の不備(3)さらにそれをとりまく日本の社会に起因する問題に分けられる。 

また、 稲川師は、 教会法は国家の法律と違い、 人間の救いを目ざすもので、 人を裁くものではないことも、 離婚した信徒に対する共同体の対応を例にあげて説明した。 

パネルディスカッション

司会の門馬師は、 稲川師の講演をうけ、 現代日本の社会における結婚の問題を、 本人、 教会、 社会の3つの視点から考えてみようと提案をした。 

自分の体験をストレートに語った参加者もいたが、 本人に起因する問題についてはなかなか触れにくいようで、 教会がどういうことをしてくれたら、 こうしてくれたらいうことに意見が集中した。

門馬師は、 「創造されたものが創造していく作業が結婚であり、 その想像力が社会に発揮されればそれが福音宣教となる」 と述べた。 

質疑応答

夕食後の質疑応答は、 時間が足りない位活発だった。 

戦前、 戦後の教会の違い、 結婚講座の手伝いをしながらでた疑問、 住宅問題、 離婚問題、 高齢化の問題、 性の問題等々……

この研修会の参加者は、 通常の女性、 修道女の多い研修会とは異なり、 テーマと日程の故か男性の参加が多かった。 

教会・修道会巡り (30) 
田園調布教会

カナダ管区のフランシスコ会は鹿児島教区で宣教をしていたが、 シャンボン大司教から東京でも宣教活動をしてもらいたいとの要請を受け、 1930年3月田園調布に日本家屋を借り活動を始めた。 

現在の地に修道院が建築されたのは1931年10月4日で、 アシジのフランシスコの祝日にシャンボン大司教により献堂式が行われた。 この日を期して、 近隣一帯を小教区として独立司牧する任務がフランシスコ会に委託された。 

1933年、 活動が始まって僅か1年足らずの内に、 信者数は165名になっていた。 

1934年3月には教会委員会が創設され、 青年会も発足し、 東京連合大青年会に加盟した。 こどもの公教要理、 図書の販売を担当し、 研究会も頻繁に行われた。 同年5月には婦人会も設立された。 

1936年管区長館が鹿児島から東京に移り、 東京での宣教活動は強化された。 

1936年には信者数が390名になり、 ミサに与かる人も増えて聖堂には人があふれた。 聖堂の増築が始まり、 1937年7月に完成した。 

宣教活動は勢いを増していた。 だが1941年11月8日、 第1次世界大戦が勃発すると、 事情は急変した。 神父たちは敵国人としてただちに連行収容された。 ただ1人の邦人司祭であった稲用神父が、 困難かつ危険な時期、 教会を守り通した。 

1944年夏、 警視庁が建物を接収し、 当時枢軸国を離れたイタリア大使館員の軟禁所となり、 教会は田園調布駅前の目黒氏邸、 次に北沢氏邸に移り、 信徒に開放された。 

1945年8月終戦により、 忍従の時を過ごしてきた教会は再び現在地に生を受けた。 門標も 『カトリック田園調布教会』 と新しくなった。 一般信徒も疎開先や応召から復帰し、 他の小教区の戦災にあった人びとも合流して、 瞬く間に戦前の数をはるかに凌駕し、 その間に求道者、 新信者も増えて毎日曜3回のミサ毎に聖堂は満員となった。 当時の信徒数は千数百名と概算されている。 

田園調布の地に宣教が開始されて60余年の現在、 東京教区内で1番目の信者数、 全国でも3番目という教会に発展した。 

住宅地に存在するこの教会には子供や青年が多いこと、 また家族信者の多いことが特徴である。 司牧にあたる数名の司祭の年齢も若く、 活気にあふれた教会である。 

現在の司牧活動では特に、 聖書、 教理、 回勅類の勉強会が活発で、 信徒の養成に力が入れられている。 

〒145 大田区田園調布3-43-1

ミサ 7時、 9時、 11時、 19時

宣教司牧評議会より
-教区総会の意義、 あり方に関して問題提起-

11月14日、 4谷雙葉学園同窓会会館で開催された宣教司牧評議会において、 総会の意義、 あり方に関して活発な意見交換が行われた。 

前半は、 先に行われた全国会議に教区代表として参加した委員たちから、 同会議の報告と質疑応答が行われたが、 後半、 議題が来年度の総会に移ったとき、 教区総会そのものの意義に触れる発言も出て、 活発な意見交換が行われた。 借りている会場の時間の都合で議論中途で閉会したが、 今後、 委員たちが事務局に意見を寄せ、 それをもとに総会についてさらに議論を煮詰めていくことになった。 

ちなみに、 11月の定例司祭評議会でも、 教区総会については見直し、 再検討の時期がきているのではないかという意見が出されていた。 

福岡教区
青柳行信さん支援・協力に感謝

11月18日の東京教区司祭月例集会で、 福岡の青柳行信さんが逮捕・拘留・起訴されたことを報告し、 裁判と保釈・およびご家族の現状をお伝えし、 集まった司祭たちに、 支援、 協力を要請しました。 

集まったお金を11月30日に行われた裁判の傍聴のために福岡地裁に行った福島健一神父が持参した分と合計すると、 14万円になりました。 

翌日、 青柳いさ代夫人に送金したところ、 次のような礼状がきました。 以下は礼状の全文です。

 (大倉一美神父)

+主の平和

この度は私たち家族のために多大なご援助をいただきましてありがとうございます。 森司教様始め東京教区の神父様方に心よりお礼申し上げます。 私たちの生活費のことまで心配していただきまして感謝の言葉もございません。 

今回の出来事が私たち家族にとりまして、 どのように道となるのか計り知れませんが、 現実に起こった事柄をしっかり受け止め、 目をそらさずよい知らせと語られるように生きていきたいと願っております。 皆様との出会いに喜びを感謝しております。 祈りのうちに

青柳いさ代

編集部から

★昨年は、TOKYO教区ニュースをご愛読いただきまして誠にありがとうございました。本年も編集部一同教区内の様々な出来事を皆さんに伝えることが出来るようにもっと工夫をこらしたいと思っています。皆さん、教区ニュースに載せたい記事やご意見をどしどしお寄せください。東京教区の多くの信徒がこのニュースを読んでいないと「遅れてる!」と思ってしまうようなものに個人的にはしたいのです。

暴言ながら、「教区ニュースを読まない信徒はいない」というほどになれればなどと夢をみているのです。

★お正月は、家族の暖かさを改めて感じあう時間-家族水入らずでお節をほおばりながら「やっぱり家族っていいな」と思ったのは私ばかりではないでしょう。折りしも今年は「国際家族年」。教区でもインターナショナルデーのテーマに「家族」が選ばれるなど、昨年につづいて「家庭=家族」がキーワードになりそうな予感。久しぶりに故郷で感じた家族のぬくもりをが紙面にあふれるような気持ちで、今年の教区の動きを「家族」を軸にお伝えしていきます。