東京教区ニュース第106号

1993年09月01日

第2回福音宣教推進全国会議に向け「祈りの月間」

10月21日から24日にかけて長崎で開催される第2回福音宣教推進全国会議にむけて、司教団は、93年定例司教総会において、第2回全国会議の1か月前の9月19日から10月24日までを、第2回全国会議の実りすなわち「教会共同体の回心の恵みを願って祈る月間」と定め、次のようなメッセージが事務局から発表された。

1 福音宣教推進全国会議(NICE)とは?

教会は、神の国の目にみえるしるしとなり、その促進の道具となっていく使命をもっています。しかし16教区に分かれている日本におけるカトリック教会は、信徒総数からみても小さな共同体で、現在のままではその使命を十分に果たすことができません。福音宣教推進全国会議は、それぞれの教区の地域性を尊重しながらも、日本の教会が一丸となって前進する態勢を築くために必要な一つの刷新運動です。

教会の現実のあり方、体質、態勢などは、聖霊の息吹をいただいて絶えず刷新されていくべきでしょう。福音宣教推進全国会議を、教会刷新の好機としていくことが望まれます。

2 第1回福音宣教推進全国会議では、信仰と生活、教会と社会の遊離の克服をめざし、「開かれた教会づくり」という課題のもとに、「社会と共に歩む教会」「生活を通して育てられる信仰」「福音宣教する小教区」となるための提案が出されました。第2回福音宣教推進全国会議では、信仰と生活の接点である「家庭の現実から」出発して、「福音宣教のあり方を探る」ことになっています。第2回福音宣教推進全国会議は、第1回福音宣教推進全国会議よりも、的を絞ったものとなるでしょう。

3 第2回福音宣教推進全国会議の目指すところは、教会共同体が、それぞれの人の境遇や家庭の現実からくる喜びや苦しみに共感し、それらを共有できる仲間となることです。一人ひとりが生きる現実の中に、生きて十字架を背負っておられるキリスト、許しや喜び、和解を実現してくださる復活したキリストを見いだし、それを踏まえて福音宣教の新しいあり方を探ることが求められています。

4 このような現実に共感し、共有していく分かち合いは、今後とも全国で継続されていくでしょう。日本の教会のすべてのキリスト者にお願いします。第2回福音宣教推進全国会議に参加する各教区の代表者を中心に、分かち合いを深め、祈りと犠牲を捧げ、全国会議が教会全体の刷新の良き機会となるように協力してください。

59月19日(年間第25主日)から、長崎での全国会議の最終日にあたる10月24日(年間第30主日、世界宣教の日)までの36日間を、「祈りの月間」とします。全国会議までの準備が各教区で十分にできるように、また全国会議そのものが日本の教会の刷新の機会となり、教会共同体としての回心が実現されるようお祈りください。

6 今日の福音から:(マタイ20・1-16)

ここで主イエス・キリストは、天の国、すなわち神の国のたとえを語っておられます。神の国に招かれるのは、その人が果たした仕事への報酬ではなく、全く神の側の好意によるものであることを強調しておられます。救いは、ファリザイ派が考えていたような私たちの功労の結果では決してなく、神の一方的な善意と愛による恵みであることを教えておられます。「何もしないで広場に立っている人々がいたので、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』」と主人が言います。また、「なぜ、何もしないで1日中ここに立っているのか」と声をかけます。ぶどう園は社会の実態であり、そこに神の国を建設するためには、司教、司祭、修道者や信徒によるカトリック教会の全員の役割があります。私たちは皆、まさに神の国の建設に協力者として招かれ、そのために洗礼を受けているのです。

神の国では、誰もが神の子どもの尊厳をもつ者にふさわしく大切にされます。単なるヒューマニズムによるものではなく、神の子どもであるという人間のレベルを越えた次元で尊重されます。そこでは個人の価値が、世間並みや大多数の人の考えによって、ないがしろにされることは決してありません。その人にしか出来ない、その人ならではの生き方があるのです。99頭の羊を置いても迷った一頭の羊が捜し出されるほど、一人の価値は神のみ前で重要なのです。さらに神の国では、同じ父なる神をもつ子どもとして、互いに兄弟・姉妹の間柄です。単に仲良し同志だけではなく、兄弟・姉妹の立場から互いの過ちや失敗の責任も分かち合い、ともに償いを果たすほどの関わりが望まれています。

いよいよ1ヶ月後に、第2回福音宣教推進全国会議(NICE-2)が長崎で開催されます。その課題は、「家庭の現実から、福音宣教のあり方を探る」ことです。喜び、楽しみ、苦しみ、悲しみを背負う家庭の現実に共感し、共有していく関わりは、一人ひとりを大切にするキリストが私たちとともに生き、歩んでおられることを信仰の目で見いだし、関わっていく神の国そのものです。また周囲の家庭の人々と兄弟・姉妹として、関わりの輪を広げていくことは、まさに復活したキリストとともに歩む姿です。自分の回りの人々の喜びや悲しみに共感し、兄弟・姉妹のように共有できるようになったら、その人々も自分の悩みや喜びを素直に分かち合うことでしょう。その時、私たちが信じている福音を相手に伝える道が開けるかもしれません。

このように福音宣教は、信者の皆さんが、誰でも、周りの家庭の現実に目をむけ、耳を傾けることから始まります。皆が招かれている神の国では、誰もが何もしないでいる第3者ではなく、当事者となるわけです。第2回福音宣教推進全国会議が、代表者だけの会議に終わることなく、日本の教会の全員の参加となるように、今まで以上に祈りによって協力しましょう。

全国会議の東京教区代表は次の通り。

■司祭

稲川保明師
立花昌和師
E・グリフィン師

■修道女

Sr.佐久間陽子
Sr.成瀬 環

■信徒

加藤正仁さん
稲留敦子さん
西勝敬夫さん
織田智恵さん
中村紀子さん
黒川恒雄さん

NICE・2の成功のための祈り

恵みゆたかな神よ
あなたは 教会がすべての
人の救いの秘跡となり.
キリストのわざを
世の終わりまで伝えることを
望まれました。
日本の教会も
あなたの望みにこたえる
ことができますように
光と力を注いでください。
福音に出会う恵みを
与えられたわたしたちが
重荷と労苦を背負う
すべての人びとと ともに
キリストから与えられた
喜びと希望を分かちあい
あなたに向かって歩んで
いくことができますように。
わたしたちの主イエス・キリストによって アーメン

〔参考図書〕

■―森一弘講話集―『今、ナイスの意味を問う』

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森一弘著女子パウロ会発行

■第2回福音宣教推進全国 会議に向かっての『分かち合いノート』

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NICE2東京教会管区  準備会務局編
上智社会事業団出版部発行

■『事例研究ノート』

東京教区準備会事務局編
定価350円(送料別)
上智社会事業団出版部発行

盛り上がった 僕達の世界青年大会

8月7日から米国コロラド州デンバーで70ヵ国から9万人の青年が集まり「第8回世界青年大会の日」の記念集会が開かれた。日本青少年委員会公式派遣参加者で東京教区関口教会の鈴木隆太さん(学生)にその体験を聞く。

-今回のプログラムはどのように組まれていたのですか、その中で世界の若者と交流できましたか-

鈴木 1部と2部に分かれていて、1部は7日から10日まで「国際青年フォーラム」がリジス大学で行われ、話し合いを中心としているので英語に強い福岡教区の西垣徳人さんと広島教区の矢吹昌子さんが代表で参加、2部の行事の方は一般参加者も合流して、11日は教皇ヨハネ・パウロ2世を迎えての開会式、12日歓迎式、13日十字架の道行き、14日巡礼の旅・前夜祭、15日ミサ(35万人参加)ということで、ルネ・パジェ団長(キリスト教教育修道士会)、長崎教区の青木晴子さん、僕の3人が代表で参加、2グループに分かれて行動しました。

僕達のグループは日本人だということで宗教を問わず地元の人にとても歓迎されましたが、フォーラムに参加した2人は、世界の青年達の中で“日本人”だからということで、あたたかく見てくれる人もいましたが、全く相手にしてくれない人もいて、精神的に相当まいったようです。

6時間歩き続けた「巡礼の旅」

-「巡礼の旅」は実際に歩いてみて、どうでしたか-

鈴木 巡礼者は2万人と制限されていて、そのための手続きを終えるのに1日5〜6回並ばされ2日かかりました。

チェリークリークパークまで9時半頃に出発して約23キロを休まずに6時間かけて歩いたんですよ。8ヵ所位に給水もあり、初めは湿気もなく結構涼しく歩きやすかったんですよ。歩いていて皆で盛り上がっていい感じだったんですけど、時間がたつとともに空気が薄くなってくる、標高1600メートルのところですから、紫外線もすごく強く、気分が悪くなって救急車で運ばれる人もいました。ちょうど僕らが目的地に着いた時に太陽が一気に出てきて、すごく暑くなったんですよ。公園といっても緑はなく、砂漠みたいなところで乾燥していて砂ぼこりもすごく、気管支をやられる人もいました。着いた順にテントに入るんですけど人が多くて入りきれないんですよ。食べるものも数ヵ所準備されていたんですけど、人が多くて足りなかったし、夜になると非常に寒くなるという温度差のためにバランスを崩す人もいましたね。それでもパパ様を迎えての前夜祭はすごく盛り上がった。

-今回の大会に参加して日本の教会にどのようなことを伝えたいですか-

鈴木 カリキュラムが多く盛り上がって楽しかったし、その中で若者らしくけじめもあり、ミサもすばらしかった。ところが日本の教会では、この大会のことはあまり知られていません。どこかでやっている小さな大会ではなく、こんな大きな世界の大会なのだから、日本でも大きく取り上げて関心をもって欲しいと思いますね。2年後はフィリピンであります。

-今日は残り少ない夏休みの時間をありがとうございました。

横川和夫氏新聞協会賞受賞!!

共同通信社論説委員・横川和夫氏が、このたび新聞協会賞編集部門賞を受賞した。執筆した「仮面の家」の企画に対して同賞が贈られたもの。

同氏は、本紙が第2回福音宣教推進全国会議(NICE・2=関連一面)にむけて80〜89号にたてた企画=ルポルタージュ「家庭」のコラムを担当し、前著「かげろうの家」(女子高生監禁殺人事件)をはじめとして、現代社会の家庭・家族の抱える問題を1年間にわたって連載した。

また、東京教区総会、教会委員連合会をはじめとする講演も数知れない。

千葉ブロック(佐原教会)で開かれた福祉活動交流会

6月24日、地域福祉活動交流会が昨年の館山教会で開かれたのに続いて開催された。佐原、成田、東金、西千葉、茂原、館山、鴨川、葛西、松戸の9教会から31名の信徒、4司祭が参加した。

交流会は昼食をともにしながら語り合った後、教区福祉委員会の塚本師の基調講話があり、その後各小教区での福祉活動の状況を報告し合った。

基調講話では、「ナイス2との関連で喜び悲しみを共感し、共有しようという分かち合いの心こそ、福祉の心である。私たちは福祉活動を通して、立派にナイス2に参画していることを自覚しよう」と強調された。

各教会からの活動報告では、規模は小さいながら、各小教区で地域に則した出来る範囲内での活動がなされていることが報告された。そして今後の課題として、東京カリタスの家が行っているような動きが千葉地区にもあったらということと、他人の相談に応じられる信徒の養成とコーディネーター的役割を果たすため、千葉地区にも福祉センター的機関が必要なことが示された。

なごやかな雰囲気の中で話し合いがなされ有益だった。午後3時解散したが、有志の過半数の人々は、小沢師の案内で佐原の『菖蒲園』を見学して帰途に着いた。

[資料提供(鴨川教会) 久富師]

ずーむあっぷ 幕張メッセ・クリスマス・ギフトショーに出展した師イエズス修道女会のシスター達

「愛をかたちに」のメッセージ

12月にもなると、デパートや商店街は、教会よりも先に、賑やかなクリスマスの飾りつけを行い、店頭には人々の購買意欲を誘うさまざまなクリスマス商品が並べたてられるが、実に、その準備はすでにその数ヵ月も前から行われているのである。7月7日から10日にかけて幕張メッセで行われたクリスマス・ギフトショーもその一つである。

「愛、平和、思いやり」をテーマとしたこのショーに依頼されて参加した師イエズス修道女会のシスターたちは、展示されたものを見て、多くの業者の商魂たくましい、キリスト不在のクリスマス・ショーにまずは驚いたという。そしてキリストの誕生の真の意味を一人でも多くの人々に伝える絶好のチャンスと発奮し、「クリスマスの始まり」をテーマとした展示を工夫したという。「ここは他と違いますね」と、訪れた多くの人々から言葉をかけられたというが、次回はよりしっかりとしたものにしようと意気込んでいる。

各地で平和の祈り

平和旬間に先駆けて、講演と映画の集い

-「教科書裁判」について-

7月24日(土)、東京女子パウロ会ホールにおいて女子パウロ会主催、日本カトリック正義と平和協議会後援による「教科書裁判」と題した講演と映画の集いがもたれた。

この企画のねらいは、一般市民になじみのうすい教科書裁判をテーマに取り上げて、講演を聞き、映画を鑑賞することを通して、社会の動きの一側面に焦点をあて各自の意識化につなげたいということだった。

当日は、折り悪しく台風接近にともない朝から雨、しかしこの雨にもめげず訪れてくださった方々は数の上では少なかったが、みなとても熱心に参加していた。

映画は、映像文化協会製作の「教科書裁判」(1992年)を上映した。内容は家永三郎氏のインタビューに始まり、検定の実態、戦前の神話教育、皇民化教育、教育勅語、国定教科書という内容に触れている。次に沖縄戦の模様を3人の証言者が生々しく語り、これらの史実が抹殺されていることを指摘している。裁判の経過と検定の現状を探り、最後に家永氏から若い人たちへのメッセージとアピールでこの映画は終わっている。

この記録映画がより多くの人々の目に止まることを心から願うものである。

次に講演は、筑波大学付属高校教論・高嶋伸欣氏が堂々1時間余にわたって、教職の立場から日頃感じておられることを、具体的な体験を交じえて話された。10枚近くに及ぶ手書きの資料が100人分用意され、その重い荷物を雨の中わざわざ持ち込んで、演台にお立ちになった熱意に、参加者は感激した面持ちで聴き入っていた。

高嶋氏は、日本の東南アジアに対する意識に触れ、いかに彼らに対して優越感を持ち、侵略してもかまわないという高ぶった考えを持っていたか、また中国への侵略は早くから知られている反面、東南アジア諸国への侵略がまったく知られていないことに気づき、1975年から東南アジアへ資料を探しに出かけ、傷跡を自分の目で見、平和を願ってツアーを組織するようになったと語る。今年で20回目を迎えるということである。高嶋氏も家永氏と同様、教科書検定訴訟に踏み切り、裁判で戦っている。公権に対して真実を訴え続けるひと握りの人間の正義に賭けた執念に、支持者の数が増えつづけている。

昼と夜の2回に分けたこの集いを司会した木邨ムラ健3氏(正義と平和協議会事務局長)は、「参加者が少なくて残念であったが、平和旬間に先駆けて非常に意義深い集会であった」と感想を述べていた。

館山教会、鴨川教会交流会

キリシタン禁教令の高札(町指定有形文化財)を訪ねて

5月9日(日)千葉ブロックの館山教会(安次嶺晴実師主任)では、隣の鴨川教会に主任として着任された久富達雄師の歓迎会をかねて、両信徒会主催による交流会を行った。

その後、館山教会司牧地の鋸南町に江戸時代にカトリック教の禁止を告示した高札を見学した。この類が当教区に保管されていることは知られているが、両教会の信徒らは、身近なところで経験された布教困難な時代の苦しみに思いを馳せ、祈りの内の巡礼により、自らの信仰生活を深める1日とした。

昭和33年に編纂された「鋸南町史」により明らかにされたが、平成3年2月発行の「鋸南町の文化財」によれば、当川名家は名主であったが、近くの高札場に3番札として掲げられていたもので、天和2年(1662)と在銘。これには、「ばて連ん」(神父)「い留まん」(神父の助手)「立ちかへ里者」(海外からの帰国者)「同宿并宗門」(信徒)などの届出に対して銀数百枚を与え、匿った場合は、名主、組頭、5人組、一類もろとも捕らえられることが記され、当時を偲ぶことができた。

(鴨川教会 清水裕子)

’93北区主催「平和祈念週間」赤羽教会信徒積極的なかかわり

昭和61年「平和都市宣言」を行なった北区では、今年も8月3日(火)〜7日(土)まで「平和祈念週間」を開催した。

舞台となったのは王子駅前の「北とぴあ」。地下展示ホールには、リサイクル生活課による「国際ふれあい&仲間たち展」が設けられ、リサイクル、環境、国際交流、平和活動を行なっている個人やグループの発表の場とその仲間たちのネットワークを広げる機会を提供した。

この企画には、赤羽教会の信徒の積極的なかかわりで、マザーテレサの精神と活動を紹介するコーナーも取り入れられた。マザーテレサの写真パネルや上映中のビデオの前に、じっと立ち止まり見てゆく人、マザーテレサのことばである「あなたも神に愛されている大切な人なのですよ」「愛はまず家庭から」とのメッセージに心を留め、その関連本を買い求め、さらに深く知ろうとする人たちがあった。

この会場には、立正佼成会の「一食を捧げる運動」グループも参加していた。毎月3回、食事やタバコ、コーヒーを抜き、その分の費用をマザーテレサの活動や途上国の人々の援助金として捧げる。空腹感にあえぐ人々の苦しみを自ら身をもって少しでも分かち合い、幸せを祈る彼らの平和活動も人々の心に訴えたに違いない。

この5日間には、中国、韓国、バリ島の踊りと音楽、中国将棋やけん玉大会、折り紙遊びと国際色豊かな催しとイベントも繰り広げられた。

古布を細かく切りさいて新しい布に織り変えるリサイクル織物グループの実演、牛乳パックで和紙はがき作り、廃油利用の手作り石けん、空びん、ストロー、アルミ缶等何でも素敵なおもちゃに変身させるコーナーなどもあり、訪れた親子は、ワクワク、ドキドキしながら作る楽しさと同時に、使えるものを無駄にせず利用することを学んでいた。特に主婦の関心を引いたのは、「生ゴミ・リサイクル運動」であった。近年琉球大学農学部の比嘉教授によって発見開発されたEM(有効微生物群)を活用し、生ゴミを発酵させ良質の堆肥に変える運動である。EMはさらに河川の水質浄化や畜産公害の軽減など環境浄化作用にも有益で、今注目を浴びている。明るい社会づくりをめざし生活の場から取り組む仲間たちとのふれあいは、物のみならず心の再生を人々に呼びかけるものでもあった。

青年ネットワーク事務局だより 全国青少年委員会 担当者会議に参加して

7月2日(金)から4日(日)にかけて、全国青少年委員会担当者会議が開かれました。日本人殉教者ゆかりの地、長崎で行われたこの会議には、全国から担当者35名、青年男女60名が出席し、東京教区からは晴佐久神父をはじめ4名の青年が、2泊3日の日程を長崎カトリックセンターで過ごしました。

「何を大切にしていますか。」

会議のプログラムの中心となる分かち合いは、このテーマについて行われました。他教区の7・8名がグループになり、1日目は個人として、2日目は教会において、それぞれの大切にするものを語り合いました。3日間という短い時間ではありましたが、ミサ、交流会、食事等の共通体験を経るにつれて、キリストを囲む共同体としての意識が育まれていったように感じます。このような雰囲気の中で行われた分かち合いは、正に本音で語り、疑問や悩みを打ち明けられるものであったでしょう。会議に出るまでは見知らぬ他人であったにもかかわらず、心の奥で求めているもの、大切にしているものが実はつながり、重なり合いながら、一つの想いに集約されているようでした。この発見は、驚きと同時に、より共同体としての深まりを与えてくれたのです。

青年と一語でまとめても、モラトリアムな、微妙な立場です。学生、社会人、いわゆるフリーターと、若者を取り巻く状況も様々です。悩みや労苦も人それぞれ違うでしょう。しかし、人間としての孤独を癒す何かを、青年は求めているように思います。単に時間を浪費するだけの道楽や快楽では満たされない事に、気付き始めたのかもしれません。

ここで、グループで分かち合われた言葉をいくつか紹介してみたいと思います。

「マインドコントロールされるのではなく、自ら考えることを目的とし、目に見える福音を目指すのでなければ、単なるイベントにすぎなくなってしまう」

「青年が求めるもの、それは仲間。ただ単にサークル的に遊ぶだけでなく、もっと深く交わりを求めている」

「人間は助け合い、協力しながら生きてゆくもの。それを大切にしたい」

「普段の日常生活から、信仰を確かめ合う、そのような姿勢を大切にしたい」

今回、会議を通じての青年達との出会いは、とても意義のあるものでした。指導者不足のため、行き詰まり、遊びに終始してしまう青年会。青年のいない青年会。また、小教区を組織化し積極的な活動を続ける団体等々、他教区の実情も知ることができました。この経験を活かし、東京教区青年ネットワークも、青年ならではの発想やパワーを発揮できる場を提供して行きたいと思っています。

(高木久美子)

歌にこめた“ぼくらの祈り”を聞いて下さい!

グランプリ受賞曲“マー太郎のさけび”を歌う大阪教区のバンド『Rolling人間』に、会場からは熱い声援が送られた。スタッフと出場者との合宿を通して得られたチームワークの良さと和やかで暖かい雰囲気が、会場にも伝わっていくのが感じられた。これからも、音楽を通して心から交流できるフェスティバルを目指している。

<8月29日(日)日本カトリック会館マレラホールで行われた『第1回スピリットソングフェスティバル』から。>

C-TIC カトリック東京国際センター リポート

6月27日午後、「小教区ネットワーク」の集まりを真生会館でしました。どの位の方々が集まって下さるか不安でしたが、結果は満足できるものでした。約20の小教区教会から30名の方々が集まりました。先ず簡単に、基金、賛助金の会計報告をし、4月〜6月までの活動内容を報告いたしました。

議題
(1)外国人司牧ネットワーク
例えば 典礼(告解)・洗礼・心の悩みを聞く・ミサ・結婚式
(2)生活相談ネットワーク
(3)賛助金の使い方

皆様にそれぞれ現在しておられる事を自己紹介とともに話していただき、最後にどうしてもこれだけは…と思われることを、発表していただきました。

*詳しいマニュアルを作ってほしい。
*心の悩みを聞いてほしい
*お互いに情報をセンターに送る。
*基金・賛助金の使用法をはっきりして、基準をつくる。
*法律の改正に向けて(不法 滞在・人権問題)その運動働きかけをセンターが推進する。

この度、秋保眞理夫神父(清瀬教会助任)がカトリック東京国際センターの所長(粕谷神父)の代行として就任されましたことも発表されました。次回のこの場には、秋保神父のご登場をお願いします。

この27日の集まりの中でのご希望に少しでもお答えするため、各教会での活動内容を把握し、又、常に新しい内容にしておくこと。

又、手引きのマニュアルをできるだけアップトウデイトにし、変更は、お知らせする。
援助金、其の他の援助に、対応する。

等のことを考えています。

(Sr.林 香枝子)

教区を越えた分かち合い 〜佐渡で神学生合宿〜

8月29日から31日にかけての2泊3日、佐渡ヶ島において、新潟教区・東京教区合同神学生合宿が行われた。

参加者は次の通り。

東京教区からは、白柳、森の両司教。養成担当として、小川、辻、高木の3人の司祭。猪熊、油谷の両助祭。伊藤、浦野、金、稲川、佐々木、小林、早川、高木の8人の神学生。

新潟教区からは、佐藤司教。養成担当の三崎、山田、高藪の3人の司祭。石黒、高田の両神学生。

総勢21名が、無事に楽しく3日間を過ごすことができたのも、多くの人々に支えていただいたおかげです。まず何よりもそのことに感謝したいと思う。佐渡の両津教会の信徒の皆さん、ホテル・ニュー桂の社長さん、両津教会主任の真壁神父さん、そして新潟教会の皆さん、どうもありがとうございました。

では、合宿の中味をかいつまんでお伝えしよう。

初日は夕方、ホテル・ニュー桂に着く。夕食には佐渡ならではのごちそうが並ぶ。食後には、白柳大司教様のお話と、神学生から夏期休暇の過ごし方についての報告。

2日目。中山にあるキリシタン百人塚でミサ。ミサ後、周辺の草取り掃除奉仕。3百50年も前の、名も無い大勢の殉教者たちをしのぶ。昼食はバーベキュー。前の晩の夕食時の差し入れも、このバーベキューも、両津教会の皆さんのご好意である。

午後は島内観光。マイクロバスのハンドル握って狭い露地を縫い、マイクを握って佐渡の歴史や風土を語るは真壁神父さん。佐渡金山、尖閣湾、北部の海岸線をぐるっと半周することができた。

夜は食事に懇親会。佐渡おけさの踊りまで見せていただいた。

最終日。両津教会でミサ。説教は油谷助祭。ミサ後には佐藤司教様と森司教様のお話。

そして昼頃、私たちは後ろ髪を引かれる思いをしながら佐渡を後にしたのであった。

この3日間を振り返って最も私の印象に残ったのは、素敵な佐渡の風土と多くの人々の温かな好意、そして修学旅行のような団体旅行の楽しさだった。神学生合宿がこんなに楽しくっていいのかな、とも思う。だが、小教区という現場に巻き込まれる前の私たちが、教区を超えて共にすばらしい体験を分かち合うことは、将来、必ず大きな財産となるだろう。

(早川努神学生)

”修道会、宣教会、東京教区の神学生と一緒に召命祈願のミサを捧げよう” 〜一粒会主催〜

一粒会は隔年の秋に、司祭養成の経済的援助のため、オルガンコンサートを開催しています。

今年はコンサートのない年に当たっておりますので、その時期に、東京教区内の全員の神学生のみならず、修道会、宣教会の神学生全員に呼びかけて、召命祈願のミサを捧げようということになりました。

司式はもちろん一粒会会長の白柳大司教と一粒会担当司祭の共同司式、オルガニスト竹前光子さんと、麻布、田園調布、大森教会の聖歌隊による歌ミサです。

ミサ後、教区や修道会・宣教会の神学校の紹介、神学生の紹介があります。続いてカトリックセンターに場所を移し、簡単なパーティーを催して神学生との交流をはかります。

東京教区では、教区信徒全員が一粒会の会員となっています。

一粒会の活動を通して捧げられる献金は、神学生たちの学費、生活費や、神学院の維持、召命推進の活動のために用いられ、大きな助けとなっています。

しかし、経済的援助は現在のところ、教区の神学生に対してのみにとどまり、修道会、宣教会の神学生を援助するに至っておりません。それで一粒会運営委員会としては、1億円を目標に神学生養成基金を設立し、その利子で修道会、宣教会の邦人司祭の養成のお手伝いをさせていただこうと、現在計画を進行させております。

1日も早く援助が実現できますようにと願っております。今回の試みはこういう現状の中で、はじめて教区内の全員の神学生に呼びかけて、共に召し出しのために祈ろうという企画であります。

神学生と顔を合わせ、神学生を知って祈るなら、私たちはより一層熱心に、親身になって祈ることができましょう。この企画にたくさんの教会から、出来るだけ多くの方が参加してくださるようお願いします。

今年の4月の一粒会総会で白柳大司教は「皆さんにお願いがあります。ふさわしい青年がいたら声をかけて下さい。考えるきっかけを与えて下さい。ミラノのアンブロシウス司教は、洗礼を受ける前に、信徒から推薦され、とうとう司教さまにまでなられました」と話されました。ご自分の教会の若い人達にも是非、このミサへの参加を呼びかけてくださるようお願いいたします。

(梅田文夫)

教会・修道院巡り(28) 『聖ドミニコ会』

聖ドミニコは、1179年ころスペインのカスチリア地方の小さな村、カレルエガに生まれた。

彼は非常に思慮深く、控えめで、忍耐強く、親切で憐れみに満ち、正しい人であったが、誰でも近寄りやすい人であった。

13世紀初頭、聖ドミニコはカタル派の異端に出会った。多くの善良な民衆を偽り、キリストの救いから彼らを引き離そうとする敵に対抗するため、また民衆を真の救いの道に連れ戻すために、聖ドミニコは神の真理の探究に力を投じた。彼は勉学に励み、説教によって誤謬と対決して、苦しむ人々の救済に献身した。

聖ドミニコの志は多くの兄弟・姉妹に受け継がれ、今日世界各国で、神の真理を探究し、それを人びとに伝える努力をしている。

日本での活動は次のようにして始まった。

1929年の春、聖ドミニコ会カナダ管区の管区長ラングレ師は、パリ外国宣教会から移管された現在の仙台教区と函館地区を視察するため来日した。協力者として同じ聖ドミニコの精神を汲む女子修道院の設立も希望し、当時パリ近郊のサン・モール・デ・フォッセに総本部のあった聖ドミニコ女子修道会に、修道女の派遣を要請した。

1931年1月8日、5人の修道女が横浜港へ、そしてその日のうちに仙台に到着した。
修道女たちは孤児の世話をしながら、聖ドミニコのモットーである「真理」を基礎にした人間教育にあたった。

中央部にも進出する機会を求めていたところ、1950年、カトリック池尻教会を創立した男子ドミニコ会からの招へいを受けた。丁度道を隔てた駒場に修道院を建設することになったが、この修道院は、世田谷区と目黒区にまたがった位置にあって、修道院の玄関は目黒区、廊下を通って行き着く台所は世田谷区という楽しい時代であった。

教会付属の聖イメルダ幼稚園で教育に携わる一方、幼稚園の父兄の強い要望もあって、学校を設立するためその申請に踏み切った。

1953年には仙台に小学校が開設されていたが、1954年9月1日、東京にも学園を開校することができた。

現在は世田谷区の岡本に学校は移転し、国際的交流を持つ、幼稚園から高等学校に至るまでの一貫した教育が授けられるようになっている。

住所 〒157 世田谷区岡本1-10-1
TEL 03(3709)0021

平和祈願祭白柳大司教説教

皆さん、平和は神さまから与えられるもの-神の賜物であるとともに、私たちの造り出していくものでもあります。

なぜなら、平和は人の心から始まるからです。平和でない人の心は、容易に憎しみ、恨み、あるいは羨望に駆られ、争いへと導かれていきます。

平和でない心には、悪の力が容易に入ってくるからです。

今日の第一朗読に、「主は私たちに道を示される。私たちはその道を歩もう。光の中を歩もう」こう呼びかけています。

また、イエズス様ご自身、今日の福音を通して、「私は、平和をあなた方に残し、私の平和をあなた方に与える」とおっしゃいました。

主イエズスのもたらした平和、それは真の平和であり、神との和解、人々との和解をもたらしたものです。

それはまた、神がまず私たちを愛することから始まり、先に私たちを愛してくださった神の愛、十字架の死よりも強く、復活によって保証してくださった愛から始まります。

この神の愛にこたえて私たちが神を愛することにより、私たちは愛の根源が何であるかを学び、他の人を愛することができるようになったわけです。

その心には、安らぎ、本当の意味の神の平和が宿ります。心の平和、それは単に消極的なものではなく、外部に向かってほとばしり出ていくものをもたらします。

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平和は私たちの造り出していくものでもあります。

主イエズスも「平和をもたらすものは幸い、その人は神の子と呼ばれるであろう」と、あの山上の垂訓で述べられました。

神の子の特徴、それは平和をもたらす人です。

私たちここに集う神のみ名によって洗礼を受けた者は、神の子です。

その第一の特徴が平和をもたらすものであると、神であるイエズスさまご自身がこうおっしゃっています。したがって教会は、いつの時代にあってもいずこにおいても、この平和というものに深い関心をもち、その推進に努力を重ねてまいりました。

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そこで今日は、この平和のことについて、いくつかのポイントを話してみたいと思います。

教皇さまは、日本においでになって、広島で私たちに呼びかけられた時、「過去を思い出すことは将来に対して責任をもつことである」とおっしゃいました。

私たちは悲惨な戦争をしかけ、多くの尊い生命を奪い、諸外国、諸民族に大変な苦しみをもたらした、そのことにまず私たちは思いをいたし、心から神さまと隣人にわびる心をもたなければならないと思います。

そしてまた、それを償う覚悟が必要です。

人の物を盗んだならば、そのことを悔やむだけでは足りません。その物を返さなくてはなりません。

戦争の責任を感じ、許しを請うならば、それにふさわしい償いをしなければなりません。
私たちは、あまりにも簡単に加害者であったことを忘れようとしております。

今社会では、戦争中の従軍慰安婦の問題が公にされ、どれほどわが国が組織的にそして公に罪無き人々の尊い人権を蹂躙(じゅうりん)してきたか明らかにされつつあります。

人間にとって耐え難いことを重ねてきた、そのことに対して私たちは心から痛悔するとともに、またそれにふさわしい保償を準備しなければならないと思います。

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第2の点は、今年の1月1日の全世界の平和祈願祭のために教皇さまが出されたメッセージに、「平和を望むなら、貧しい人々に手を差し伸べなさい」-そのことを思い出したいと思います。

平和とは、皆さまもよくご存じのように、単に戦争がないという状況を造り出すだけではなく、すべての人がその尊厳さと権利を認められ、享受する状況をさすものです。

ところが現在、世界には絶対的な貧困といわれる恐ろしいほどの貧困、その日の糧すら得られず、人間としての尊厳を著しく傷つけられている状況がいたるところに見出されます。

特に現に紛争のさなかにある諸民族、諸国民の中に、また開発途上国の諸国にこのことが見出されます。

聖霊の導きによって開かれた第2バチカン公会議は、「すべての人は、自分と自分の家族のために十分な量の財を所有する権利を持っている。我々には貧しい人を助ける義務がある。しかもそれは自分にとって余分なものを与えるだけでは充分でない」とこう述べています。

教会の忠告は極めて明らかであり、またそれはキリストの声の忠実な反響でもあります。
また、教皇庁の新しい課題という文書の中には、「地球の財産は全人類家族のためであって、それは少数者の一方的な便宜のために保有されるべきではない」とも述べております。

私たちの国は確かに貧困をなくそうと努力をしている国でもあります。

しかし、さらに大きな努力が求められます。そして積極的に対応していかなければならない時が来ていると思います。

昨日私は、ユニセフの文書を見ました。ご存じのように、ユニセフは国連の機関であり、開発途上国、あるいは貧しい国々の子どもたちの教育、福祉を考え、貢献する機関であります。

日本の国も今から約30年前の昭和39年、東京オリンピックの年まで、その援助を受けていた国です。

そのために子供たちはすくすくと伸び、ふさわしい教育を受けられるようにもなりました。

しかし現在、私たちの国では、そのユニセフに対して一人当たり1本のジュースにも値しない45円の負担をしています。

そのことは、世界第17位といわれています。

これだけ豊かな世界の1、2位を争う経済大国である私たちの国が、まだまだ努力が足りないということを暗示するように感じます。

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3番目に、教皇さまが特にそのメッセージの中で力説なさった対外債務の問題について一言申し上げたいと思います。

豊かな国が開発途上国にお金を貸す、そしてその開発を助けるということは素晴らしいことです。

しかしその開発途上国は、借りたお金の利子すら返すことができないほどの貧困に今陥っています。

開発途上国も真剣になって、自分の国の経済的な状況を向上させるように努力しています。そして、努力して得たお金は借りたお金の利子にも足りない、したがって自分の国の開発にはなんら貢献できないという状況です。

今このような状況にあって、豊かな国、金を貸した国ももう一度考えて寛大な処置を取るようにと、教皇さまは呼びかけられています。

この呼びかけは、私たちの国にも当然大きな重みをもってのしかかってくる訴えだと思います。

私たちの中に、それぞれの立場でこのような方向に日本の国が向かっていく努力、それができるならば本当に幸いだと思います。

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第4番目に、さらに声を大きくして申し上げたいと思います。

いまだに大国による武器の製造、武器の売買が行われているということ、これは本当に耐え難いことです。

今日東西の冷戦構造は終結をみ、軍縮への傾向は高まりつつありますが、ある一部の人たちは自分たちの生活の向上、あるいは生活が悪くならないように、今までのそのままの姿を続け、武器を作り、他国に武器を輸出しているという状況があります。

たとえ目的は素晴らしいとしても、手段を正当化することはできません。

人を殺す武器は、いかなる場合であっても、非倫理的なものであり、排斥すべきものであります。

私たちは今こそ、この世界に武器の製造が終わり、そしてそのようなものを売買する死の商人の現れてくるのを阻止していかなければならないと思います。

そして、最後に皆さんもご存じのように、来年は国連の主催のもとに、「家庭の年」と制定されています。

また、今年の秋、教会は「家庭」をテーマとして福音宣教推進全国会議を開催しようとしています。

教皇さまは、来年の1月1日の平和祈願のテーマとして、「家庭は、人類・家族の平和をつくりだす」というメッセージをお出しになる予定と伺っております。

そこで、家庭のご両親たちに訴えたいと思います。

子供たちは、両親たちの心が神の愛で満たされている姿に接するとき、神の愛に出会い、喜びと平和を体験します。

親の言葉が神の愛から語られ、聖霊の力によって語られるとき、子どもに真の生命、平和の喜びがあたえられます。

そして、それが子どもを通して、幾世代にも及んでいくとき、神様の計画は徐々にそして、着実に実現されていくにちがいないと思います。

イエズスさまは、神との和解、人類との和解のために十字架にのぼりました。そして生命を捧げました。

私たちが平和をつくりだすためには、大きな努力、犠牲をいとってはならないと思います。

十字架こそ喜びの源であり、平和の源であったように、私たちの道程も、その苦しみがあることを覚悟しながら、この平和の創造に歩んでいくようにいたしましょう。

今日のこの平和祈願祭に、たくさんの方が遠くから歩いてこの地にまいりました。

それは平和を願うために、平和への努力をこの行進によってお示しになったわけです。

このような運動がさらに広まり、来年はもっと多くの方々が平和への祈り、そして平和への努力の誓いを新たにするように希望したいと思います。

編集部から

第2回福音宣教推進全国会議の開催も間近かとなり「祈りの月間」も始まりました。各小教区、修道会、宣教会でも祈りが続けられていると思います。東京教区ニュースの編集部からも、門馬師をはじめ5人のスタッフが取材に出かけます。準備段階から取材しようと月曜日に長崎に入るスタッフもいますし、全員20日には、長崎に入る予定にしています。東京教区ニュース107号は、長崎から生のリポートをお送りしようと知恵を出し合い、10月中に、生き生きとした内容で、お届けするつもりです。どうぞ、お楽しみに。

95号から105号の1年間、「ちょっとおたずねします」のコラムを担当してくださった山本量太郎師が大変残念ですが、ご多忙につき、休載のやむなきにいたりました。山本師は、典礼を中心に、お答えいただいておりましたが、これからは、質問に応じていろいろな方に答えていただくことになりました。どうぞ、ふるってご質問をお寄せ下さい。