東京教区ニュース第105号

1993年08月01日

第2回福音宣教推進全国会議
-10月21日~24日・長崎-日程と内容決まる

わたしにとってのNICE・2

6月末の定例司教会議で、 この秋、 長崎で開かれるNICE・2 (第2回福音宣教推進全国会議) の日程及び内容が決められた。 

それは別掲のとおりだが、 わたしたち一人ひとりは、 どのような心でNICE・2に向かって歩んでいったらよいかを考えてみたい。 

(1)NICEは単なる会議ではなく、 日本のカトリック教会の刷新運動であることの再認識。

「会議」 という言葉からややもすると限られた人々だけが参加し、 議題を討議するものと考えられやすい。 

しかしNICEの場合は、 日本のすべてのカトリック者が関わる、 これからの日本の教会の福音宣教を推進しようとする運動なのである。 そして個人として、 教会共同体としての回心を伴う刷新運動なのであることを再認識したいものである。 

(2)とくにNICE・2では、 共感と共有をもたらす分かち合いこそが福音宣教の土台になることの確信を。 

「プロセス」 を大事にしようを合言葉に、 準備が進められているNICE・2は、 話し合い、 分かち合いをとおして、 種々のことを体得する機会に恵まれた。 

他人ごとのように感じていた家庭をめぐる諸課題が、 決して自分には無縁なものではないことを知らされたし、 今までの信仰生活を反省させられた。 

そのような分かち合いこそが、 福音宣教の土台となって、 自分を取り巻く周囲の人々に、 キリストの心を証しすることにもなることを十分に理解したい。 

(3)NICE・2は、 1つのステップで、 その後に生まれて来るだろう具体的実践事項が大事。 

各教区から選任された代表者 (各教区11名) は、 個人的意見を述べるのではなく、 自分の属している教区、 小教区、 諸グループでの分かち合いで得た感触、 種々の見方、 キリストの心につながる言行を互いに披瀝し合い、 更に、 それを分かち合いながら、 現代におけるキリストのメッセージを聞き取ろうとする作業を続け、 具体的にどのような方向に進むべきか、 その展望を探ろうとする。 

(4)聖霊の導きのもとに、 その展望、 方向性が示されるとの確信。

NICE・2は、 前記の展望、 方向が示されることを願って進められる。 従って、 祈りながら、 分かち合いながらの会議となろう。 会議に出席する者はもちろん、 すべての日本の神の民が、 祈りによって参加することが求められるゆえんである。 

NICEの心、 NICEの目指すものを理解するよう努めよう。 

なお、 NICE・2への意見や提言は、 8月末までに、 東京ナイス事務局にお寄せ願いたい。

(塚本伊和男神父) 

NICE・2のプログラムについて 〔解説〕 

6月末の定例司教会議では、 NICE・2のプログラムの骨子 (別表) を決めたが、 具体的日程は、 司教団のNICE・2拡大事務局会議で更に検討し、 司教団の承知を受けた上で発表されることとなっている。 大体の流れは次のようになると思われる。 

第1日目には、 (10月21日 木曜日) 

NICE・1後の動き・実りと歩みを顧みNICE・2のテーマ 『家庭』 について、 家庭を取り巻く社会の現実を各教区から寄せられた課題案を基に、 示されることになっている。

それは会議に臨む各教区からの代表者が共通理解に立っての話し合い、 分かち合いを行うための準備とでも言えよう。 

第2日目には、 (10月22日 金曜日) 

各教区報告が午前中行われる。 文書での報告が資料として配付されるので、 特色あるものを簡単に報告されることになっている。 午後は、 その報告を受けて日本の教会共同体として、 どう受けとめ、 どのように対処して行くかが、 30の分団会に別れて話し合われる。 

第3日目には、 (10月23日 土曜日) 各家庭が神のみ旨に基づく家庭になるためには、 家庭を支える信仰共同体の見直しが求められているとの認識に立って、 キリストを証しする信仰共同体になるには、 だれが、 どこから、 どのように取り組んで行ったらいいかが話し合われる。 各分団毎にまとめられたものを、 午後は、 祈りながらさらに確認する作業を行ない、 司教団への提言の素案づくりを行う。 

第4日目には、 (10月24日 日曜日) 展望 (提言) の採択を行った後、 各教区の代表毎の集まりを行ない、 自分たちの教区は、 この展望・提言にどのように、 取り組んで行くかを話し合い、 会議の実りと展望を各教区に持ち帰ることになっている。 

全体的に家庭を取り巻く具体的な諸課題を取り上げ、 解決を求めようとするものではなく、 もっと基本的な共感・共有を求めて家庭の現実を話し合い、 分かち合って来た中で、 見えて来たキリストの支え、 光りを味わいながら、 これからの日本の教会のあり方、 宣教のあり方を展望しようとするものとなっている。 

なお、 司教団はNICE・2が開かれる期間を含め、 その前の1ヶ月間 (9月19日から10月24日)

をNICEの成功を祈る月間と定めた。 

国際聖体大会終わる
日本から61名参加

6月7日から13日にかけて、 スペインのセビリアで開催された第45回国際聖体大会に、 日本から3人の司教を含む総勢61名が参加した。 

約60万人の参加者のもとに、 教皇ヨハネ・パウロ2世のミサで締めくくられた大会の感想を、 日本のグループの団長として参加した森司教に寄せてもらった。 

伝統の重みと新しい信仰のうねりと☆

植民地主義の反省に立っていたのか?

A師 国際聖体大会、 やっと終わったね。 

B師 いろんな意味で勉強になったね。 

A師 今回の聖体大会で見聞きしたことは、 わたしの感性では納得しがたいことが多かったね。

B師 たとえば・・・

A師 まず、 開会式の時のことだね。 英語、 仏語、 伊語、 独語、 西語圏に分けて、 参加国を紹介したね。 ショックだったね。 当然、 アフリカ諸国は、 それぞれの歴史的な事情によって、 仏語圏、 独語圏、 西語圏、 伊語圏の中に入ってしまっていた。 日本は英語圏だった。 冗談だけど、 英語の出来ない日本人が多いのを知らないのだね。 

まさに植民地主義を引きずっていると思ったね。 オリンピックの大会だって国の紹介は、 ABC順にやっているのに::

B師 そうだね。 植民地主義に関してきちんとした反省の上に立っていないということ。 A師 そう、 それは大会に参加した高位聖職者たちの講演の中にも指摘できたね。 5百年前の中南米やアジア諸国への宣教活動を無条件に讃えていたものね。 

B師 大会のメイン会場となったカテドラルの入口に、 4人の等身大の武人たちに担がれたコロンブスの棺を置いてあったね。 スペインが、 プロテスタント運動が盛んになってヨーロッパの中央が分裂していった時代に、 カトリックの灯火を守ったというだけでなく、 その力を拡大したという歴史的な功績に対する社交辞令という意味があったとは思うが、 それにしても、 ついていけなかったね。 

A師 パガーヌス (異邦人) という言葉も頻繁に使われていたしね。 

B師 ある枢機卿の講演の中でフィリピンとスペインの過去の関係を示すエピソードがとりあげられていたが、 それも今のフィリピン人の気持ちをさかなでするようなものだったしね。 

こうした点では、 この大会は無神経だったね。 

伝統と新しい信仰のうねり

A師 大会の主催者の大司教が、 セビリアの教会は伝統があるが、 この大会では若い教会から学びたいと発言していたが、 具体的なプログラムにはそのようなものはあまりなかったね。 

B師 そうだね。 カテドラルの中の催しからは、 現代社会との積極的なつながりを感じ取ることは出来なかったね。 

A師 テレビは、 毎日のようにボスニアや難民等の話題を取り上げていたが、 そうして現代の人間の問題と聖体がどこでつながっていくのか、 まったく感じられなかったね。 

B師 貧しい人たちとの連帯という言葉は頻繁に使われていたが、 貧しい人たちの具体的な姿がそこからは見えてこなかった。 

A師 その点では、 体育館で若者たちが中心になって行ったイベントは圧巻だったね。 連帯をテーマにした話は、 聴衆の心を打つものだった。 夫婦間の亀裂をいかに克服し社会に開かれた家庭になっていったかという2人の夫婦の話、 麻薬中毒からどのように立ち直ったかという青年の話、 麻薬に溺れた子どもを持つ母親の話などなどは、 まさに現代の生活だからね。 だれにとっても身近なことだし、 そこに聖体に対する信仰が生きていて、 素晴らしかった。 

B師 カテドラルの中の催しとは雰囲気が全く違っていた。 どっしりとした伝統の重みのある大聖堂と現代建築の体育館との違いかな。 伝統の重みがないだけに、 若者たちは自由に計画をたてられた。 

A師 そうだね。 それはアガペのために招かれたセビリア郊外の教会の信者の方々との出会いにもいえる。 

全く自然に気持ちを通じ合えることができた。 言葉が通じなくても、 一緒に祈り、 一緒に歌い、 一緒に踊ったものね。 それは市内の古い伝統のある教会の中では決して出来ないことだったと思う。 

郊外の新興住宅地に建てられたまったく新しい教会だから出来たことだったろうね。 

B師 一方に古い伝統を生きる教会があり、 一方に現代を生きていこうとする信仰の新しい波がたくましく育っている、 ということかな。 

A師 現代を生きる教会の姿を学べたということだね。 

保育はテクニックではなくひとり一人を大切にすること
-教区立カトリック幼稚園研修会-

Sr.菊地アエ講演

6月16日 (水)、 梅雨とは思えない素晴らしい好天の中、 カトリックセンターホールで、 教区立カトリック幼稚園教師の研修会がありました。 

参加者120名余りはシスター菊池アエの人を包み込むような優しい語り口に吸い寄せられるように、 素晴らしいお話に聞き入りました。 

「かけがえのない一人だから」 ・・・タイトルそのままを生きていらっしゃるシスターは、 「モモ」 のお話を通してありのままの自分を受け入れることの大切さを力説なさいました。 

「モモ」 は人の話をよく聞いてあげる、 その人の身になって心から共感できるすばらしい心をもっていました。 そして、 人間は神様の思し召しによってこの世に生かされ、 神様に似せて造られたがゆえに、 尊くかけがえのない存在であり、 それを教えてくれるのがカトリックの幼稚園であることを話されました。 

保育はテクニックではなく一人ひとりを大切にしてはじめてほんものの保育ができるのです。 人を大切にし、 心から赦すことのできる人は本当にすばらしい宝をもっています。 皆さん、 神様の心、 目、 眼差しで子ども達と接してください。 「肝心なことは目に見えないんだよ。 心で見なくちゃ」 とサン・テグジュペリも教えています。 子どもと同じ目の高さになって、 子どもの心にいらっしゃるイエズス様に語りかけてください。 きっと子どものすばらしさを発見できるでしょう。 そして 「わたしがあなたたちを愛したように、 あなたたちもたがいに愛し合いなさい」 とキリストの言葉で最後を結ばれました。 

聖霊を通して語られるシスター菊池のお話に、 参加者はきっと深い感動を覚えたことでしょう。 この感銘を明日からの保育に是非活かしていきたいと思っています。

(Sr.野上) 

名古屋教区長を引退する
相馬信夫 司教

75才の定年を機に、 名古屋教区長を引退する。 司教叙階は1969年。 

教区長としての役目を果たしながら、 教区の枠を越えて東奔西走。 ここ数10年の日本の教会の発展は、 この人を抜きにしては語れない。 

第1回全国会議、 東京カトリック神学院の改革、 四谷の中央協議会の土地建物の売却と新会館の建設等の責任者であった。 更にまた、 正義と平和協議会の会長としてさまざまな人権運動、 平和運動を支え育ててきた。 

教区の枠を越えて、 日本の教会、 世界の教会のための働き続けた相馬司教の原点にあったものは、 一人ひとりの人間の営みに向けられた優しいまなざしである。 

引退後、 名東教会に移るというが、 そこでもじっとはしておられないだろう。 

教区教会委員のために
提言と共通規約の要素を示唆~稲川師教会委員連合会で~

6月27日 (日) 午後1時から、 教区内の教会委員会代表百80余名が、 カテドラル構内に集い、 東京大司教区教会委員連合会総会が開催された。 

この会は、 教会委員の修養、 相互の親睦を図り、 各教会の連携を密にすることを目的として、 年2回行われている。 

今回の当番教会は、 佐原、 銚子、 鴨川、 館山の4教会の合同運営、 事務は佐原教会が担当した。 総会後、 カトリック・センターホールに場を移し、 ペトロ白柳誠一大司教、 パウロ森一弘司教の霊名祝賀を和やかに祝った。 

☆ ☆

総会では、 森司教の挨拶の後、 稲川保明神父により、 「教会法から見た教会委員会の役割 パートⅡ」 と題する講演が行われた。 

パートIは昨年3月、 教区生涯養成委員会主催・教会委員研修会 (教区ニュース92号) で、 東京教区における教会委員会の1、現状 2、役割の見直し、 を重点的に述べたものである。 

稲川保明神父講演

教会法から見た教会委員会の役割パートⅡ

稲川師は、 今回は 「教会法の示唆する条文と日本 (東京教区) の教会委員会のあり方」 を中心に述べると前置きし、 1、教会法とは何か2、神の民の神学から見直された教会論について説明した後、 本論に入った。 

教会法の示唆する条文と日本 (東京教区) の教会委員会のあり方

教会委員会という用語

教会法典には、 教会委員会という用語は存在しません。 教会委員会は、 東京 (日本) の教会において、 自然発生的に生じてきたものであり、 特に1970年の東京教区大会の後、 多くの小教区で誕生し、 機能してきたものです。 もちろんそれ以前から存在していた所もあるでしょう。

(注) 

この現場から生まれてきたということは、 非常に大切な事です。 

教会法典は、 世界のカトリック教会を対象としているので、 原則を述べるにとどめ、 実践的な細則については、 その地域の状況にあわせることができるように柔軟性 (補完性) をもたせてあります。 

教会法典の示唆する条文と東京教区の教会委員会の関連を示したのが図1です。 

教会法の中に、 教会委員会に関連する部分は、 536条と537条です。 

小教区における司牧評議会は、 教区裁治権者 (司教) が必要と判断した場合は、 設置することも出来る (536条)、 また小教区における経済問題評議会、 これは小教区毎に設置しなければならない、 (537条) とされています。 

設置した場合は、 主任司祭の司牧、 財務に関する顧問会的な性格をもつ諮問機関であると読みとれます。 

日本の教会の場合、 教会委員会の名称も統一されていません。 

はじめは、 主任司祭からの依頼で手伝うことから係り、 委員会へと自然発生的に育まれてきたものです。 

東京教区の教会委員会は、 主任司祭と信徒がともに知恵を出し合い協議し、 ともに悩みつつ決定し、 ともに様々な犠牲を払いながら運営するという性格が強いのではないかとおもいます。 (すなわち、 協議、 決定、 運営機関) 

ですから、 教会法の示している原則を活かせば、 教会委員会として自然発生的にやってきたことが、 もっと明確に法的に位置づけられ、 東京教区内に制度として確立することができるでしょう。 

(注)白柳大司教によれば、 戦前の6教会時代にすでに東京教区には、 小教区に教会委員会があったとのことです。 

明治期に日本での宣教が再開した時に、 言葉の問題や当時の天皇制や軍国主義的な思想状況の中で、 微妙な点も多く、 パリ・ミッション会の神父たちは、 日本人信徒の協力を積極的に求めていたという事実があり、 東京教区における教会委員会はかなり古い起源をもっているようです。 

東京教区の教会委員会の抱えている課題、 問題等

(1)東京教区全体の問題として

1、小教区の規模と地域性に関係する問題

小教区という用語の問題

そもそも、 小教区とはなんでしょう。 教区に位置づけられる神の民の一部を成すというのですが、 日本の16の教区の中には、 信者が4~5千人の教区 (司教がおり、 小教区が複数ある) がある反面、 東京教区には1万人の小教区民をもつ小教区もあります。 

翻訳文学では、 パロキアと言う言葉を 「聖堂区」 という訳語を使い、 聖堂があり、 その地域に住む人たちが教会員であることを表しています。 かえって、 この方がわかりやすいかもしれません。 

2、属地法との抵触

住所をもつところの小教区に所属するという原則があります。 (属地法) 

しかし、 現状は都市型社会の流動性に大きく影響されています。 

ですから、 仕事や学校やその他、 交通の便から通いやすい教会に行ったり、 洗礼を受けた教会に残ったりします。 これは、 法律を変えても問題は解決しません。 

教会に行きにくい事情がある場合もあります-司祭とあわない、 仕事をおしつけられる、 建築計画があり、 分担金が重い、 そもそも信者と関わりたくない、 などなど……

3、小教区の数の片寄り

ある地域には、 小教区が多くあるが、 ある地域には少なすぎるということがみられます。 

例えば、 世田谷区には7つの小教区がありますが、 千葉県四街道、 佐倉などの地域には信者はいますが、 小教区はありません。 

歴史性もあり、 ひとくちには論じられませんが、 小教区の配置には過去・現在・未来に関連する課題があります。 

4、修道会に委託された小教区

東京教区の約80の教会のうち、 半分が教区、 半分が修道会に委託されています。

この現象は、 東京教区の特徴の1つだと思います。 すなわち、 教会の豊かな霊性の多様性が表されているという点です。 

法人 (修道会) が主任司祭になることはありえません。 (520条-1) 

修道会の司祭が主任司祭になる場合、 その司祭はその修道会のメンバーであっても、 会の利益のためではなく、 その教区内の一地域 (小教区) の神の民のために働くのです。 

しかし、 時にはこの点が曖昧で、 「うちは、 ○○会の教会です」 などの錯覚が起こりかねませんし、 教区全体とのつながりが希薄になったり、 独立しているかのごとき誤解が生じている場合があります。 

(2)教会委員会の中に抱える問題

次に、 教会委員会の中に抱える問題をあげてみましょう。 

1、主任司祭の権限と教会委員会の関係が曖昧なために、 主任司祭の思い付きに振り回されてしまう。 主任司祭の交代で方針が大きく変わる。 

2、会議のあり方に問題があり、 時間がかかる。 会議の運営にルールが確立していないため、 決定したと思ったらまた変わる。 

3、委員の任期、 任務の内容が曖昧で、 委員になったら家庭崩壊?重すぎる負担。 

4、小教区行事ばかりが課題で、 教区全体の姿勢や呼びかけには手が回らない。 

5、委員になってくれる人たちがいない。 世代交代ができない。 

6、委員になると何にでも駆り出され、 他の人は 「知らない、 見ていない、 聞いていない」。 教会委員会と信徒の関係が有機的につながっていない、 等々があげられます。 

東京教区における教会委員会のために

最後に、 東京教区における教会委員会のために、 4つの提言をしたいと思います。 

提言

1、東京教区の小教区が、 真の意味での神の民、 現代におけるキリストの弟子たちという共通の意識と協力を実現していくために、 小教区の意味とあり方を明確にする指針と共通の基準が必要ではないか。 

2、現実的な単位としての教会共同体として、 小教区は存在しているので、 そのあり方は常に問いかけられるべきものであり、 刷新を恐れてはならない。 刷新とは、 過去のものを一切、 無視して改革することではなく、 過去に培われてきた良いものを生かしながら、 今日の状況に効果的に応えうる姿勢を作ることを意味する。 

3、小教区のあり方 (ビジョン) を検討する諮問機関であるとともに運営に参加する機関として、 教会委員会を位置づけ、 東京教区としてすべての小教区に共通の規約を作る。 各小教区はその共通規約に基づいて、 現在の規約を見直す、 あるいは成文化する、 共通規約は、 すべての細則まで定めるものではなく、 各小教区の事情に合わせうる柔軟性 (補完性) をもたせる。 

4、この共通規約を作る過程に、 各小教区の教会委員の方々に参加していただく。 アンケートや研修会を通して、 小教区の現状を分析、 研究しながら共通の規約案を練り直してゆく。 

☆ ☆

次に共通規約を作る場合の要素をあげておきましょう。 

共通規約の要素

1、緒言:小教区とはなにかという性格を明らかにする。 教区全体との関係、 小教区間の関係、 主任司祭、 教会委員会の役割を明らかにする。 

2、教会委員会の果たすべき機能として

○地域社会への宣教拠点としての小教区のあり方を模索し、 試みる姿勢を検討する場

○大きなレベルでの教会共同体 (教区・日本・世界) との連帯を考える場

○小教区共同体を構成する人々の活動について検討する場

○主任司祭 (司祭団) と信徒の 「協力」 (コレジアリタ ス・フラテルニタス) を実現する場

-小教区を通しての宣教・司牧の方針、 具体案の審議、 あるいは運営

-小教区の財務に関して

-小教区の活動グループを育成・支援する (地区会・部会・教会学校) 

-教区の方針や投げかける課題に応えて

など。 

3、構成・任期・選出方法・運営の細則などは、 各小教区の状況に適応して。 

教会法の示唆する条文

東京教区の教会委員会

Can. 536

  小教区における司牧評議会

*設置することも出来る

   (教区司教の判断) 

*主任司祭の主宰する諮問機関

    参照:Can. 511~514

Can. 537

  小教区における経済問題評議会

*設置しなければならない。
 参照:Can. 1281~1289
  実務に関しての規定

*性格として、 主任司祭の主宰する

諮問機関:主任司祭の司牧、 財務に関する諮問課題に対して参考意見を提示する。 採択は主任司祭の権限

 *顧問会的な性格

[Can.(Canon)とは:「条文」のこと]

教会委員会にもいろいろな名称がある

・教会委員会 (含む財務) 

・教会委員会と財務委員会の並立

・教会運営委員会+地区会+部会

・信徒会と様々な活動グループ

*その小教区のなかで、 自然発生的に生まれ、 育まれてきたもの。 

最初は、 主任司祭から要請されて手伝うことから、 係りとなり、 委員会となっていったケースが多い。 

*主任司祭 (司祭団) と信徒が協議、 決定、 運営に関する機関という性格

協議機関:小教区の運営に関して、 行事の企画、

  財務、 建築などあらゆることの相談

決定機関:最終権限は主任司祭にあるものの教会

の重大な方針、 計画についての意思を

決定し、 責任を負う。 

運営機関:企画決定された教会行事の実働的な分

野まで関わる。 

青年ネットワーク事務局だより

青年・幕屋の集会
京都で祈り・語らい・黙想

6月4日 (金) ~6日 (日) に、 フランシスコ会日本宣教400周年記念”青年、 幕屋の集会”が、 京都・フランシスコの家で行われ、 韓国在世フランシスコ会会員5人を含む約30人の青年が集まり、 フランシスコ会神学生らと共に、 祈り、 語らい、 黙想した。 

ネットワークからは途中参加を含む4人が参加した。 

この集いは3日間を通して、 「イエスの足跡に従う」 というテーマで進められ、 1日目の夜は、 親睦会、 夕の祈りで終ったが、 2日目の朝はイエスが弟子たちを様々な所へ派遣したように、 私たちも司祭からそれぞれが行くべき派遣先 (訪問先) を告げられ、 京都マック、 特別老人ホーム、 お寺等へ散って行き、 午後3時からのミサの中で全員が訪問の感想や印象を発表した。 

2日目の夜からは、 「最後の晩さん」 から 「ゲッセマネでの祈り」 「復活の主日」 までを、 み言葉を通して体験していくもので、 一つの大きなパンを皆で分け合い、 ワインを飲み、 神学生手作りのカレーを囲んで 「最後の晩さん」 を過ごした後、 「自分にとって苦い杯とは何か」、 「聖体を生きるとはどういう事か」、 「イエスの死」 とは、 と言ったテーマで、 祈り、 み言葉を味わい、 グループに別れて分かち合い、 夕の祈りをもって2日目の公のプログラムは終了した。 

その後は、 深夜2時と朝方4時に自由参加で共同の祈りがあり、 さらに可能な人は、 ゲッセマネのイエスと共に徹夜で祈るという、 かなり体力、 精神力、 イエスに対する深い愛が必要なプログラムも用意されていた。 

3日目は、 「神の恵みの再発見」 がテーマで、 「共におられる主」 について祈り、 分かち合った後、 復活したイエスがガリラヤでペトロたちに魚を与えられた事にちなみ、 司祭らが私たちに手作りのちらし寿しと素麺を振るまってくれた。 

午後は、 最後の共同の祈りの後、 「ウオーク・イン・ザ・ライト」 の歌声を背に、 各自の十字架 (荷物) を背負って徒歩で、 京都カテドラルへ向かい、 「400周年記念ミサ」 に参加して3日間の集いは終了した。

3日間の流れはこの様なものだったが、 今回のこの集いの中だけでは、 若いフランシスカンたちがどの様にイエスと向き合い、 フランシスコの精神を生きようとしているのかを感じ取る事が余り出来なかったのが残念ではあったが、 私自身、 全てを捨ててイエスに従うという事を今まで何と甘く考えていたか。 苦い杯を既に受け取っているつもりでいたが、 まだまだ甘い杯だったのだ。 もっともっと心を尽くし、 思いを尽くしてイエスを愛さなければ。 

イエスは今も苦しんでいて、 私が目を開きイエスと共に祈り、 苦しむ事を待っているのだから。 という事を強く思い知らされ、 自分自身を見つめ直すいい機会となった3日間だった。 

先着順から抽選方式に

毎年、 1月と7月、 カテドラル構内は、 結婚式の予約のために徹夜で行列するカップルであふれる。 

ところが今年の7月1日は、 予約受付のための行列は見かけられなかった。 

未受洗者の結婚式申し込みの受け付け順を抽選で決定することに変更したからだ。 

当日の9時、 1994年1月~6月の土曜と祝祭日の申し込みのために集まったカップルは192組、 該当する時間枠は117、 混乱もなく抽選を終わった。 

上京して働く若者の交流会

6月6日 (日)、 関口教会新館ホールで、 東京教区移動信徒連絡事務所 (小林祥二神父) 主催の交流会が開かれた。 

当日は、 長崎県出身で、 就職・進学等で上京した若者13人が参加し、 なごやかなひとときをすごした。 

会の運営に心をくだくシスター渡辺 (メルセス会) は、 「他教区から転入する信徒のためにお手伝いができればと願っています。 長崎に限らずどこのかたでも集いに参加してほしい」 と語っている。 

同連絡事務所 (03-3945-6686) 

C-TICニュース

●3か月たちまして、 少し様子がわかってきました。 それは、 滞日、 在日外国人にかかわる問題は、 幅ひろく、 底ふかいこと、 これで終わったということはないということです。 例えば、 フィリピン女性と日本人男性との離婚問題一つをみても、 あれこれに揺れ動き先はみえません。 

●医療に関しても同じです。 特に歯医者さんについては全く見当がつきません。 

●それから、 シェルターです。 第一にシェルターがないのです。 ない理由の一つは、 1週間だけと言われても、 例外なく1か月、 2か月となりますので、 だんだんこのシェルターは拒否されるのだと思います。 一体この問題もどうしたらいいのでしょう。 あーあーシェルターが欲しいなあー。 

●6月27日にはじめて小教区内 ネットワークの集まりをいたします。 次のニュースには、 そのことをご報告したいと思います。 きっとたくさんの問題がでることでしょう。 

●この3か月間にあった主な相談は、 離婚3件、 賃金未払い、 ビザ申請3件、 帰国費援助1件、 労働問題3件、 医療問題4件、 傷害及び不法滞在2件、 職探し6件、 出国手続援助1件、 シェルター等・・・

労働問題6件、 就労ビザ1件

●国籍はフィリピン人、 ブラジル人、 ペルー人、 中国人、 イラン人、 スリランカ人、 ガーナ人、 パキスタン人。 

(Sr.林 香枝子) 

東京教区正義と平和委員会主催 連続講座 
「私たちの戦後を考える」 

カンボジアは今

「カンボジアは、 大変貧しくてアジアの中で見離されたような状態にあったんですが、 かろうじて医療など最低の生活が、 NGOの人たちに支えられてきたんですよね。 そこへ国連の錦のみ旗、 水戸黄門のいんろう-ってな感じで、 どたどた-って行ったわけでしょう。 俺たちがしきったるでぇーてな感じで。 それがアンタックなんですよ」 

威勢のいい言葉がポンポン飛び出す。 話し手はピース・ボートの世話役をしている辻本清美さん。 

「カンボジアで見たPKO」 という割合と重いテーマにもかかわらず、 彼女の歯切れのいい関西弁は聞き手を魅了し、 爆笑の渦に巻き込む。 

これは今年4月から東京教区正義と平和委員会主催の連続講座 「私たちの戦後を考える」 のひとこま。 

東京教区正義と平和委員会がこのような連続講座を企画したのは、 次のような理由からでした。 

私たちの社会の中で起こっている様々な出来事、 例えば外国人労働者に対する排外主義や搾取、 アジア諸国への企業進出や公害輸出、 森林伐採、 えびや魚の根こそぎ輸入などの問題は、 日本が戦前、 戦中にアジア・太平洋で行ってきた侵略行為と何ら変わるものではありません。 このような日本の在り方は、 戦後日本が過去の戦争やそれに伴う犯罪を深く反省することなく、 むしろ隠ぺいし続けてきたことの当然の結果なのでしょう。 

このような視点から第1部では 「現在の問題」 として、 今日本がアジアの中で何をしているかを考えてきました。 

この10月から始まる第2部では、 強制連行、 従軍慰安婦、 南京大虐殺など 「過去の出来事」 に視点を当てて、 日本がアジア・太平洋地域で何をしてきたのかを考える場として企画いたしました。 

この講座が、 私たちの生き方を探す場として役立つことを願っております。 是非ご参加下さい。 

(大原猛神父) 

JRカトリック友の会初参加ジュリア祭に608名

5月15~17日に行われた神津島のジュリア祭には、 日韓合同巡礼団608名が参加した。 

今年はJRカトリック友の会が初参加をし、 同会教導責任者である京都教区長 田中健一司教と日韓司祭団共同司式によるミサが、 おたあジュリア顕彰碑のある広場で捧げられた。 

教会・修道院巡り(27)
『無原罪聖母宣教女会』

無原罪聖母宣教女会は1902年6月、 キリストのみ国が広められ無原罪の聖母が地の果てまでも知られるようにと、 使徒的熱意に燃えたデリア・テトロによってモントリオールに創立されたカナダ最初の外国宣教女会である。 

創立後まもなくの1904年、 聖母無原罪の御やどりの教義が公布された年に、 聖ピオ10世から、 無原罪聖母宣教会という名称が送られた。 

女子宣教会を創立したデリアは、 さらに神の呼び掛けに答え、 外国宣教のために働く司祭養成の神学校も創立した。 ケベック外国宣教会がそれである。 

2つの宣教会を創立したデリア自身は、 健康に恵まれなかったため、 外国へは一度も出かけなかった。 しかしその志に答える若い人たちは増え続け、 1909年、 中国の広東に最初の宣教女が送られた。 以来、 日本を初め、 台湾、 香港、 アフリカ、 フィリピン、 南アメリカ、 ハイチ、 キューバなど、 世界の各地で異なる国籍を持つ人びとの共同体が育っている。 

日本への派遣は、 カナダ系のフランシスコ会宣教師から強い要請があって、 1926年12月4日、 3名の宣教女が送られた。 彼女らの派遣先は奄美大島の名瀬であった。 

一行は、 フランシスコ会の経営する大島高等女学校で、 音楽、 英語、 洋裁を教えた。 

1930年、 名瀬を引上げ福島県郡山市虎丸町に修道院を設立した。 1932年同市に聖マリア幼稚園、 後に小・中学校を持つ郡山ザベリオ学園を開設。 現在、 修道院は学園とともに、 同市大槻町に移転している。 

1931年、 福島県会津若松市にも修道院を開き、 聖テレジア診療所、 天使愛児園を開園したが、 1941年、 戦争のため閉鎖となった。 1949年には再開し、 現在は小学校から高校まで、 一貫した教育をすることのできる、 郡山市の姉妹校、 会津若松ザベリオ学園がある。 

1949年、 東京世田谷に本部修道院を設立し、 修練院を設置。 幼稚園、 女子寮も併設して東京での活動が始まった。 

創立者デリア・テトロは、 「まだ神を知らない人びとに神を知らせるためには、 どんな方法でも用いるように」 と言っていた。 今日会員には、 個性と能力に応じて宣教のための種々の道が開かれている。 

かつてカナダから宣教女が日本に派遣されたように、 助けを必要としている世界に向けて、 現在は日本からも中南米、 アジア、 アフリカに宣教女が送られている。

本部修道院 〒158 世田谷区深沢8-13-16

ちょっとおたずねします

洗礼名をつけるときのヒントをください

Q 子どもに幼児洗礼を授けていただくことを考えていますが、 その際、 どのような洗礼名を付けたらよいか迷っています。 ヒントをいただければ幸いです。 

A 洗礼名のことを考えるとき、 わたしたちは今まで当り前のように思ってきたことをもう一度見直すことになるかもしれません。 

その一つとして、 保護の聖人のことがあります。 洗礼を受けるにあたり、 特にある聖人を選んで自分にとっての保護の聖人と仰ぎ、 その保護を願うとともに模範として生きたいということから、 洗礼名にその保護の聖人の名前をいただくケースが多かったことは事実です。 その結果、 洗礼名と保護の聖人名の区別がはっきりしなくなってしまったようですが、 もともと、 洗礼名に聖人名を付けなければならないという決まりがあるわけではありません。 「新カトリック教会法典」 は洗礼名について、 「両親、 代父母および主任司祭は、 キリスト教的感覚になじまない名前が与えられることのないように配慮しなければならない」 (第885条) とだけ定めています。 要するに、 聖人の名前に限られず、 キリスト教的な意味をこめて用いることのできる名前であるならば洗礼名とすることができるわけです。 

また、 洗礼名がカタカナや横文字でなければならないということもありません。 日本人なら日本語で洗礼名をつけることができます。 ペトロは英語の国ではピーターとなりますが、 日本では、 ペトロを保護の聖人とした上で、 洗礼名を 「いわお」 とすれば、 それをそのまま本名とすることもできます。 このように、 洗礼名と本名を同じにしていく方向がむしろ望ましいのではないでしょうか。 キリスト教的な意味をこめた名前を付けることが周囲との関係で不可能な場合はやむをえないかもしれませんが、 全世界的に見ても洗礼名と本名は同じ場合の方が多いのです。 そして、 日本語でキリスト教的な意味をこめた名前を考えて本名と洗礼名を同じにすることは、 それほどむずかしくないと思います。 たとえば、 信仰、 希望、 愛、 恵、 平和等の漢字が使われている名前はキリスト教的な意味をこめることができるでしょう。 もちろん、 保護の聖人をお望みの場合は洗礼名と別に選ぶことになりますが。 

少々理屈っぽくなってしまいましたが、 もし参考にしていただければ幸いです。 

(山本量太郎神父) 

祈りの夏がめぐってきた!
20回を迎える平和祈願祭
~8月7日、 千鳥ケ淵戦没者墓苑~

過去の戦争に思いをはせ、 世界の恒久平和を祈る東京教区の夏の恒例行事 「平和祈願祭」 の季節がまためぐってきた。 教区の正式行事になって20回目を迎える今年は、 来る8月7日 (土) 午後6時30分より、 例年通り千鳥ケ淵の戦没者墓苑で行われる。 

この催しを企画・運営するのは、 担当司祭2名、 信徒13名で構成する教区平和旬間委員会。 スタッフたちは今、 その準備に余念がないが、 記念すべき20回を迎えるにあたり、 長い間委員を務め、 今年も司会進行役を受け持つ西野良明さん (高円寺) に、 その歩みやご苦労をお伺いした。 

-今年で20回を迎えるとのこと、 西野さんが平和祈願祭にかかわるようになったきっかけは?

西野 81年に武蔵野ブロックの代表として布教司牧協議会 (通称・布司教) に参加してからですね。 当時は平和祈願祭実行委員会と呼んでいました。 

-そうすると、 11年間活躍されてきたわけですね。 

西野 いろいろなことがありましたねえ。 84年でしたか、 平和祈願祭の日に結石で激しい痛みに襲われて皆さんにご心配をかけたことも、 今ではなつかしい思い出です。 その年の10月には、 上智大学で木下恵介監督を招いて、 講演と 「この子を残して」 の上映会をしました。 

-平和祈願祭以外にも、 行事を活発にされているんですね。 

西野 そうですね。 85年に布司教が宣教司牧評議会に改組され、 委員会も教区直属の実行委員会になったんですが、 その年の8月4日から6日まで、 森司教を団長に広島平和祈願の巡礼をしましたね。 

平和祈願祭も年ごとに盛んになって、 翌86年には平和祈願祭当日の平和行進 (巡礼) が始まりましたね。 その時は武蔵野ブロックの吉祥寺教会からでしたが、 今では城南、 城東、 城北、 そして中央の各ブロックまで拡大しつつありますね。 

-スタッフも新しい方が活躍されているんでしょうね。 

西野 最近、 古いメンバーだった矢作さん (上野) や一藤さん (荻窪) が亡くなられて淋しい思いをしていたんですが、 そこは神さまがよくして下さって、 矢作さんのご子息が強力メンバーとして活躍されています。 

-今後の課題は?

西野 都心に近い城西ブロックの皆さんがこの行事と疎遠になっているので、 これを機会に委員会に参加して、 ぜひ歩調を合わせてもらいたいと考えているのは、 私だけではないと思うのですが。 

戦争の火種がつきない地球です。 マンネリ化せず、 息長く続けられるよう、 工夫していきたいと思います。 

-教区ニュースの読者に一言。 

西野 夏の土曜日のひと時を、 私たち信徒が一緒になって、 あるいはブロックの仲間や懐かしい人たちとともに祈る喜びは格別です。 

今年は、 20回記念ということで、 ささやかな記念品を予定しています。 一生懸命準備を進めていますので、 ぜひ皆さんも平和祈願祭に参加していただければと思います。 

東京教区平和旬間行事
平和祈願祭

大司教様はじめ20数名の司教団によってミサが捧げられ、 光の行列が行われます。 

日時=8月7日土曜日

午後6時半~8時

会場=千代田区九段上

千鳥ケ渕戦没者墓苑

地下鉄 [都営新宿線・営団半蔵門線東西線] 「九段下」 下車

なお、 平和行進のコース日程などはブロックごとに異なります。 参加ご希望の方は所属教会・施設でブロック会議の案内をご覧ください。 

7月4日名古屋教区長に就任

野村司教叙階式

名古屋教区では、 7月4日 (日) 午後2時から、 名古屋司教座聖堂・布池教会に於いて野村純一被選司教の司牧叙階式および着座式が行われた。 

島本要大司教主司式 (安田久雄大司教、 相馬信夫司教共同司式) の叙階式には、 聖堂のステンドグラスも美しく輝く中、 溢れるばかりの人々が祈り、 新司教の誕生を喜び祝った。

教区ニュースでは、 叙階式の数日前、 野村司教にお話しを伺った。

教区ニュース前号掲載の野村被選司教任命の記事をご覧いただくと 「この写真、 皆さんに恐い顔をしていると言われるんですよ、 ローマンカラーのは、 これしかなかったので…」 と写真の反響を愉快げに笑う。 

現在の心境と今後の方針については 「今後のことは就任してから考えますが、 漠然と考えていることは、 日本の教会が歩もうとしている歩み、 基本方針と優先課題を踏まえつつ、 歩んで行くことになると思います。 第1回福音宣教推進全国会議の精神を教区の皆様と一緒に司祭・信徒・修道者と一緒に実践していこうと思っています。 更に相馬司教様が大切にしていることを大切に継続していきます。」 と決意のほどを語った。 

読者から

+主の平安

「東京教区ニュース」 をいつもお送り下さいまして厚く御礼申しあげます。 

私はカトリック新聞は、 毎週精読している方だと思いますが、 毎月はじめに送って頂いております貴ニュースもほとんと100%拝読させて頂いております。 東京教区の月報とはいえ、 やはりカトリック新聞についで、 全国的な内容が多く、 とくにどの記事ということではなく、 大変有益に読ませていただいております。 「VIVID」 も新設されます由、 上京の機会も度々ございますので、 これを参考にさせていただいて、 関心のあるテーマの行事に参加したいと存じております。 今後ともどうかよろしくお願い致します。 

皆様のご健康と、 貴ニュースの益々のご発展をお祈り申しあげます。 

(長野県下伊那郡住吉始太郎) 

投稿募集!

「東京教区ニュース」 では、 次の欄への皆さまからの投稿をお待ちしています。 

●ずーむあっぷ|写真とその説明。 あなたの教会生活の1シーンをほのぼのと。 

●ちょっとおたずねします|私たちが信仰生活を送る上で疑問に思うことがありましたらどんなことでもお気軽に。 

●読者から-「教区ニュース」 に皆さまの声をどんどんお寄せ下さい。 

以上の3つの欄への投稿の送り先はいずれも、 

〒112文京区関口3-16-15、 東京大司教館内 「東京教区ニュース」 編集部宛。 

毎月の原稿締切りは、 15日、 編集の都合上、 文章を省略させていただたり、 表記の統一をさせていたたく場合がありますのでご了承下さい。 皆さまの投稿をお待ちしています。 

編集部から

●8月号は休刊、 うれしいですねー!! 秋からは、 NICE・2を取材が私達の大仕事になりそうです。 様々な角度から多角的に皆で取材したいと思っているところです。 

乞う、 御期待を!!

●夏休み!でも今年の教会は一部では (?) きっと大忙しでしょう。 NICE・2に向けて。 

小教区でも毎週祈られているんでしょうね、 NICE・2のために!(修道会はちょっと真面目に祈っています) 

「NICEは会議ではなく、 刷新運動だ」 というのは、 いいおすすめだと思います、 みんなで心を合わせていきましょう。 

●最近、 『東京教区ニュース」 は他教区からの申し込みがあり、 うれしく思っています。 

読者の声の原稿を読んで感動しました。 私達の努力が無駄でないことを知るのはうれしいことです。 これからも、 益々皆さんに親しまれる紙面づくりに励もうという気にさせてくれる声でした。 

●目の不自由な方たちのために教区ニュースのテープ吹きこみをして下さっているグループ 「ルチア会」 のことは、 以前にお知らせしましたが、 テープのダビングはCIC (カトリックインフォーメションセンター) の方々がして下さることになりました。 麹町、 本郷、 町田、 関口教会のボランティアの方々が奉仕して下さっています。