東京教区ニュース第92号

1992年05月01日

ナイス2に向けて活発な話し合い -東京教区第7回総会-

3月20日(金)、四谷・雙葉小学校において、東京教区第7回総会が開催された。

テーマは、昨年に引き続き「家庭」、総会司会は、黒川恒雄氏(麹町教会)と稲留敦子氏(高円寺教会)であった。

まず、森一弘司教が「全国会議の理解のために-準備をすすめていくための参考として-」と題する総会挨拶を行った後、東京ナイス準備委員会の塚本伊和男神父による趣旨説明が行われた。その後、出席者340余名が、15のグループに分かれ、午前1時間30分、午後1時間40分にわたるグループ・ワーキングを行った。

グループの代表による報告の後、91年度決算及び、92年度予算報告がなされた。
終わりに、白柳誠一大司教から、五十嵐秀和、ディン新司祭の紹介があり、午後4時30分過ぎ、祈りのうちに散会した。

森司教総会挨拶

全国会議の理解のために-準備をすすめていくための参考として-

1993年秋に「家庭」をテーマとして、福音宣教推進全国会議が開催される。現在この会議の実行委員会は、各教区にどのような角度から「家庭」をとりあげていくかを諮問している段階である。今回の教区総会はそれに答申するため開催されたもので、出席者の積極的な参加をお願いしたい。

全国会議とは?

家庭や家庭の問題は、複雑でいろいろな側面がある。もし、全国会議を具体的な問題のためだと仮定して、すべての問題をあらゆる角度から総花的にすべてを取り上げようとするならば、教会のイニシアティブによって専門の方々に呼びかけて協力を願った方がよいだろうし、また特別研究機関を設けたりする方がより効果的、より合理的だと思う。

全国会議への参加者の資格について、前回と同じように、小教区の教会のメンバーを中心に招集する限り、ナイスから具体的な問題に対しての具体的な回答を期待することは無理かもしれない。たとえ、若干の専門家を加えたとしても全国会議は、専門家たちが集まって具体的な方策を検討していく会議とは、別の性格のものになっていくだろう。

全国会議が、現代の人々が置かれている具体的な状況や問題にふれないということではない。準備の過程で、「聴き、吸い上げ、活かす」という姿勢を取る限りは、会議は現状を踏まえた上でのものになるだろうし、究極的には、そこに希望の光を与えようとするものになることは、否定できない。しかし、全国会議そのものが直接的に具体的な方策を見出すことに方向づけられているものであるとは言えない。

全国会議の目的

全国会議は、家庭・家族の現実を直視し、そこに信仰の光をあて、一人一人を含めた教会共同体のあり方を刷新し、同時に複雑な状況にある家庭あるいは家族、そしてその背後にある現代日本社会全体に向かって福音的なメッセージを投げかけることを目指した、教会を構成するすべてのメンバー、即ち信徒・司祭・修道者・司教たちによる共同作業であると考えている。

全国会議を成功させるためのポイント

(1)現代の家庭・家族がおかれている状況、その光と影の認識。
(2)現状とその問題点に信仰の光を当てる。
(3)どうすれば、それを克服し、福音の光にそった家庭になるのか、福音にそった生き方が可能となるか、積極的に考える。
(4)個々の問題への対応は、恐らく全国会議後、そこでまとめられた基本線にそって行われると考えられる。

こうした信仰の光の原点に戻り、家庭・家族に真の希望を与えようとする日本カトリック教会共同体の営みが究極的には、日本社会に対して真の福音宣教推進の道をひらいていくのだと、確信している。

塚本伊和男神父趣旨説明

ナイス2に向かってのアンケート中間報告

1月27日から3月15日までの期間に行われた「ナイス2に向かってのアンケート」に対して、2928通の回答が寄せられた。ナイス2に対する関心の高さを示すものだと言えよう。

回答者の内訳は、

男子信徒   581
女子信徒  1296
男子修道者   40
女子修道者  433
司祭      70
無記名    508

である。

詳細については、後日報告する予定であるが、修道女パワーというか、実に修道女の5人に1人が回答をよせてくださったことは、注目に値する。

教区総会の開催趣旨

すでに森司教も述べたように、司教団・第2回福音宣教推進全国会議事務局は、ナイス2の課題設定のため、各教区から3ないし4課題案を92年5月5日までに提出するように求めている。そのために東京教区としては、宣教司牧評議会およびナイス2準備委員会で検討した結果、1、アンケート調査によりひろく意見を聞き、さらに2、総会を通して生の声を聞き、あわせて検討することにした。

(1)ナイス2のテーマ「家庭」をどのような視点から眺め、どんな課題を取り上げるのが、福音宣教を推進する全国会議にふさわしいかをともに考える。
(2)話し合いを通して「家庭」を取り巻く諸問題の広がりを知るとともに、相互の関連の深さを把握する。
(3)現代の社会構造の中で、歪められがちな家庭を立て直すには、どんなみことばを思い起こしたら良いかを分かち合う。
(4)このc総会で話し合い、分かち合った「家庭」を取り巻く諸問題を、各小教区・各グループに持ち帰り、さらに福音の光に照らして家庭のあり方を考える。

以上のような趣旨にそって、話し合いを進めていただくために参考になることをいくつか述べておきたい。

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第2バチカン公会議の後、20年の月日を経て、日本の教会の基本的姿勢と優先課題が発表され、ナイス1が開かれた。

〔A〕ナイス1の準備の中で明らかになってきたもの

1、福音宣教推進全国会議(ナイス)は、日本における福音宣教推進のために開く。
2、ナイスは、日本における神の民が、その姿を具体的に表現し、責任を分かち合う場である。
3、21世紀に向かって日本の教会があたらしい展望を開き、その突破口を見出したいとの願いからナイスは開催される。
4、司教団の基本的姿勢は、「聴き、吸い上げ、活かす」である。
5、会議員は司教団の諮問に答申する。
6、開かれた教会づくりには、意識の改革、発想の転換、視野の拡大が必要である。

〔B〕ナイス1後の司教団声明「ともに喜びをもって生きよう」が打ち出した姿勢

1、ともに 社会と
弱い立場に置かれている人々と
アジア・世界の人々と
2、喜びをもって
神から呼ばれ、召されている意識、ほこりをもって。
積極的に神のみ旨に応える喜びをもって。
福音に生きるものとしての自覚をもって。
3、生きる
生活に密着した信仰をもって。
社会的課題に関わりながら。
すべての人々と連帯して。

東京教区聖堂老朽度調査報告

-親建会1級建築士事務所による-

昨年の暮、白柳大司教様の御依頼により、東京大司教区の聖堂及び附属棟の老朽度を調べはじめました。

調査の方法

今回の調査の方法は、建物を壊すことなく、外部よりの判断にとどめました。建物の骨であり力となる構造体(土台、柱、梁等)は内外共に殆ど仕上材によって被われています。構造体の老朽度を調べる事は、外部よりの判断では難しいのですが、仕上材の状態、ひび割れの程度などによりある程度は解ります。又、雨漏りの有無、床のきしみ及び水平度、内外壁、天井の状態等を調査事項としました。合わせて設備関係(電気、給排水衛生、冷暖房)も調査しました。

老朽度に違い

まだか所程度しか、調査していませんが、同時期に建築された建物でも、老朽度に著しい違いが見られます。なぜこの様なことになるのでしょうか。地盤が非常に軟弱、海に近い、雪が多いという様な外力条件に因る事はある程度はあります。又、その建物にどれだけの建築費をかけることができたかという事も、やはりあります。しかし一番の原因は、建物を維持していく上での必要な修理を、どの様に施してきたかということです。建物は竣工したら、永久にその形を保つ訳ではありません。年を重ねるごとに、適切な改修、修理工事を施さなければなりません。外部の鉄部塗装、外壁塗装、防水、屋根等は、10年位のサイクルで考えなければなりません。給水、給湯等の寿命は20年位で更新する必要もあります。建物の内部に雨漏りしていたり、配管が漏水しているのを、ほっておけば構造体まで傷み、修理にもかなりの費用がかかる事になります。又、電気の使用量も大きくなっている現在です。素人が分岐したりしない様これは信頼できる専門職に委せて下さい。

計画的な修理工事を

今回の調査でも、30年以上もたっているのに、殆ど修理する箇所がない教会もあります。神父様、信者委員の方に聞いてみますと、やはり計画的かつ定期的に修理工事を施している様です。計画的な修理工事の為に、前もってその資金を積立てる事は必要です。

東京教区の80弱の教会は、戦前に建築されたものもいくつかは残っていますが、多くは昭和2、30年代に建てられたものです。建物の構造も、鉄筋コンクリート造り、鉄筋造り、木造りといろいろです。コンクリート造だから強く長持ちし、木造だから30年で建替えなければならないと思わないで下さい。今父の住んでいる高円寺の家は、60年前に祖父が建てた木造です。

建築に見合う火災保険を

年月を経た教会は、町の目印にもなっています。ケルン等諸外国の貴重な援助によって建てられた聖堂もあります。古いからといって簡単に壊してしまうのではなく、将来にわたりその建物が機能できるか判断することは非常に重要なことです。現在の建築技術からすれば、古い建物と寸分たがわぬ建物を建てることもできます。ただ左官工事他、熟練職人の手により作られた古い聖堂のような建築を作るということは現在非常にお金がかかります。各教会は、物価の推移を的確に判断し、建築に見合う火災保険をかけるべきです。建築及び消防の法規も大きく変ってきています。防火地域も増え、ここではコンクリート造りの様な耐火建築しか建てられません。構造法規も変り、当時合法的に構造計算された建築も現在の構造法規に合わず増築することも出来ません。又、日影の規制も作られ、新しく建築しようとすると、ずっと低い小さな建物になってしまう場合もあります。この様に制約されることが増えています。今ある教会は手入れしながらなるべく長く有効にお使いになって下さい。

現在の建物を大事に使う

信徒の数が増え、現在の聖堂では収容しきれない教会もある様です。調査の結果、修繕するには将来にわたり費用がかかりすぎるため、解体し新築した方が良い建物もあります。早急な修理をしなければならない建物もあります。東京教区が100年の歴史を越えた今、もう一度私達の教会の建物を大事に使うことを考える時と思います。又、これから新しく建

(市野 修)

八王子教会本町幼稚園 創立60周年を迎えて盛大な記念式典

故メイラン神父が、純真な子供たちの心に、キリストの愛をしっかりと植えつけるために設立した八王子本町幼稚園は、60周年を迎え、3月14日、大司教、市助役、町内会長、歴代の保護者会長や数多くの卒園児の参加のもとに、盛大に記念式典を行った。

地元の人々も多数参加した祝賀式典は、幼稚園がいかに地元に根づき、地元に豊かな影響を与えてきたかを証明するものでもあった。

喜多見サンタマリア幼稚園閉園

世田谷区喜多見のサンタマリア幼稚園(礼拝会経営)が、3月31日をもって30年の歴史を閉じることとなった。

3月28日(土)、喜多見教会において、森司教の司式により、卒園児と父母約500名の出席のもと、記念のミサが行われた。宣教活動として、また地域への奉仕活動として、多くの貢献があった同幼稚園の閉園を惜しむ声もあったが、今後は礼拝会として、新しい分野での奉仕の施設が計画されている。

ズームアップ 黒川恒雄氏(麹町教会所属)

京都大学卒業後、日本銀行に就職。その頃、日本銀行にあったカトリック研究会で始めてカトリックに触れたという。その当時の指導司祭は故今田師。今田師の指導を受けた筋金入りの信徒の1人である。

1958年4月、結婚を前にして現夫人と一緒に上智大学で受洗。

2人の娘さんたちがそれぞれ嫁いだ後、夫人と2人だけの静かな生活というが、工学院大学の学園統合情報システムセンター所長として、また同学園常務理事としての重責をこなす他、麹町教会で土曜に開かれるキリスト教入門講座のお手伝いなど、多忙の日々を過ごしている。

温厚でしかも明るい人柄は多くの人々からも信頼され、今回教区総会の議長に推薦された。宣教司牧評議会議長でもある。(1930年生まれ。)

教会委員の意識改革を求めて 第2回教会委員研修会

3月28日(土)から29日(日)にかけて、第2回教会委員研修会が、五反田の東興ホテルにおいて開催された。

この研修会は、東京教区生涯養成委員会が「小教区の教会奉仕にそなえた信徒の養成」を目的として企画した第2回研修会で、今回のテーマは、「教会委員の意識改革を求めて」であった。

前回と同様に、一般公募せず、小教区の司祭より教会委員に勧めてもらうという方法を取ったが、昨年より多い29教会、49名の参加をみた。

第1日目は、白柳司教の挨拶の後、3人の講師による発題が行われた。

まず司祭の立場から、コンベンツアル聖フランシスコ会の川下勝神父が、昨年の12月まで、主任司祭を務めた経験から、教会委員会の任務、運営、委員の選出方法について述べ、ともすれば委員会の議題が経済的な問題に片寄りがちであるので、生涯養成、子供の宗教教育、家庭の問題、典礼等についても今後は話し合う必要があることを強調した。

次に、信徒の立場から、福川正三氏(麻布教会)は、自身が長い間喜びをもって、教会委員を務めた体験を踏まえ、教会委員を神からの召し出しだと受け止め、積極的に受けて立つ姿勢が必要であると述べた。

最後に森司教が、教会委員のあり方についてふれる前に、小教区共同体のあり方について確認をしたい、なぜならば基本的な土台が確認されていなければ、その上にたつ議論も空しいと前置きし、先の全国会議の最終日の宣言文の中に示される今後の小教区のあり方について詳しく解説し、話合いのための問題点を明確化した。

その後、7グループにわかれ、デイスカッションを行った。

稲川保明神父講演『教会法から見た教会委員の役割』

2日目は稲川保明神父により「教会法から見た教会委員の役割」と題する講演が行われた。
今まで「教会法」を意識したり、もしくは実際に手に取ったことのある人は?との問いかけに、手をあげたのは5〜6人ということからもわかるように、一般信徒にとってなじみのうすい教会法」について、時にはジョークをまじえながら(1)教会法とはなにか(2)新教会法典の特色(3)キリスト者として共通、平等の使命(義務と権利)と信徒・聖職者の固有の義務と権利について、丁寧にわかりやすく説明した後、本題に入った。

教会法から見た教会委員会の役割

教会委員会とは

教会委員会という用語は日本の教会の中で生まれた用語で、教会法典の示す次の条文との関連で考えなければならない。

小教区における司牧評議会に当たり、教区長の判断によって設置され、主任司祭の主催する諮問機関である。(第536条、cf.511〜514条)

小教区における経済問題評議会は設置しなければならない。(第537条、cf.1281〜1289条)

東京教区の現状

東京教区の小教区の教会委員会には、いろいろな形態がある。

(1)教会内の各団体や各階層の責任者の集まり(財務担当委員をふくむ)
(2)教会委員会と財務委員会が併立。
(3)教会委員会がなく、信徒会長だけ。
(4)教会委員会という名称がなく、信徒会として全員が参加。

本来の教会委員会の性格から考えると、次のようなケースは一考を要するのでは・・・

(1)諮問機関としての性格を逸脱しているケース、主任司祭の上位にある機関のように振る舞っているケース
(2)主任司祭のご用機関になっていて、信徒の意見を反映していない。
(3)任期、選出方法があいまいで、名誉職になっている。
(4)小教区行事ばかりが議題で、教区全体の姿勢や呼びかけに手が回らない。

このような現状から、今後は正しい意味においての教区共通の基準が必要な段階に来ているのではないかと思われる。

教会委員会の役割の見直し

<教区共通>

目的:現実的な単位としての教会共同体として
・地域社会への宣教拠点としてのあり方を模索し、試みる、教会の姿勢を検討する場
・大きなレベルでの教会共同体との連携を考える場(教区、日本の教会)
・小教区共同体を構成する人々の活動を検討する場

性格:諮問機関としての性格を保ちつつも、聖職者と信徒の「協力」を実現すること
・小教区としての宣教・司牧の方針・具体案の審議
・主任司祭が提出する議題、信徒が提出する議題、教区が提出する議題

<小教区の現状にあわせて>

・委員構成と運営
・任期、
・選出方法

と、今後の課題を示して講演をしめくくった。

惜しまれつつ西川神父、館山を去るにあたって

地元自警団から感謝状 町内会から盛大な送別会

感謝状

あなたは永年にわたり三軒町自警団の活動に率先垂範し融和と団結に貢献されました。ここに団員一同で記念品を送り感謝の意を表します。

3月15日
三軒町自警団団長 平島守道

人事異動にあたって、司祭が信徒たちから惜しまれるのは普通のことであるが、地元の人々から惜しまれるということは珍しい。

この感謝状には、地元館山の人々の西川哲弥神父への熱い思いがこめられている。その背後には地元の人々に溶け込もうとした西川神父の並々ならぬ苦労があった。

自警団とは、4町内の青壮年たちが自主的に組織した消防団であり、30名が、12月から2月にかけて、5班に分かれて夜8時から12時まで夜回りをする。結構厳しい勤めである。

西川神父は、その役目を積極的に引き受けただけでなく、もって生まれた明るさで、メンバーの親睦や融和を深めるという貴重な役割も果たしたことが評価されたわけである。

また、3月29日には、町内会主催の盛大な送別会が行われた。町内の住民に回覧された案内状もいかに西川神父が地元に慕われていたかを示す。

「かいらん 町内の皆様へ 祭礼世話人 尾崎智信

この度、8年の永きにわたり、町内、自警団、そして祭礼役員と、多大な貢献をされた教会の「ひげ」の神父さんこと(西川哲弥さん)が、館山を離れなければならなくなってしまいました。そこで神父さんより、町内の子どもたちのためにと「ミニ山車」を作って寄付してくださることになりました。つきましてはその「ミニ山車」をご披露いたしたく会を催したいと思いますので、ご参加下さい。」(本文のまま)

西川神父によると、仕事を求めて故郷を離れる青年たちの心は、お盆のころの祭りは心のよりどころになるという。そういう事情を知った神父は、子供たちにもふるさとのよき思い出が刻まれるようにと、館山を離れる前に「ミニ山車」を贈ったという。

教会・修道院巡り(16)『イエズスの聖心会』

1904年2月勃発した日露戦争は、翌1905年日本の勝利によって終わりを告げ、日本は一躍英米の列強諸国に組みすることになった。

ローマ教皇ピオ10世はこの終戦平和を慶賀し、併せて日本が戦争中、日本・中国特に戦場となった満州において、カトリック教会を保護したことに感謝の意を表するため、米国ポートランドの司教オーコンネルを特派使節として日本に派遣した。彼は1905年11月、2名の秘書と共に来日し、明治天皇に拝謁して教皇の親書を捧呈した。日本は皇室をはじめ朝野をあげて使節を歓迎した。司教は見識者を前に数回の講演を行ったが、彼の雄弁は聴衆に大きな感銘を与えた。その席上日本側は、高等教育を目的とする学校を設立することを特使に強く要請した。当時カトリックの高等教育施設は皆無であった。

オーコンネル司教はローマに戻り、教皇に日本の状況を報告。特に日本に高等教育の事業を起こす必要があることを力説した。教皇はその進言を受入れ、男子の高等教育のためにイエズス会を、女子の高等教育のために聖心会を指名した。

聖心会は聖女マグダレナ=ソフィア=バラによって1800年、フランスのアミアン市に創立され、女子教育、特に指導階級の女子にカトリック信仰を基礎とする健全な教育を授けることを目的とした。

当時、活動に余力のあった聖心会は、直ちにオーストラリア管区より4人の修道女を派遣した。彼女らは1907年12月3日、日本宣教の使徒聖フランシスコ・ザベリオの祝日に出発し、長崎、神戸を経て1月1日横浜に着いた。早速汽車で新橋に向かったが予定より1日早かったため、教区からの出迎えがなかった。途方に暮れてロザリオを繰っていると、白い髭の神父が現れ、築地の司教館に案内してくれた。翌日、麻布笄町27番地に用意された最初の家に落ち着いた。しかし2月28日、第2陣の8人が到着するとこの家は手狭となった。将来の発展と学院設立のため広い土地を探す中、5月になって偶然現在の三光町の土地が見つかり、教育事業への本格的な一歩が始まった。

学院は順調な歩みを続け、1914年、来日7年目に生徒数は200名に達した。15年には日本創立の目的であった高等専門学校英文科を開校。30年に国文科、37年に歴史科を設置することができた。

1948年、本格的な女子大学を東京女子大、日本女子大、津田塾に次いで設立した。

イエズスの聖心会は現在もその創立の目的を純粋に受け継ぎ、東京、静岡、兵庫県に於いて日本の社会に大きく貢献している。

イエズスの聖心会本部修道院
〒150 渋谷区広尾4-3-1
TEL 03-3400-1890

青年ネットワーク事務局だより

前号の教区ニュースでは、東京教区青年ネットワーク事務局の主旨などについて触れ、事務的な側面にとらわれがちで、聖霊の働きと祈りを大事に、信仰を深めていく姿勢を忘れずに運営にあたることを心がけている、ということを中心にお話しました。

泊流、そして泊練

4年程前から東京教区青少年担当司祭団の後援のもと半年に1回「東京教区青年一泊交流会(通称泊流会パクリュウカイ)」というものが行われています。日頃教会に行く事の出来ない青年や他の小教区の青年同士の出会いの場として提供されてきたこの泊流会がきっかけで、青年ネットワークが発足し、2ヶ月に1回「半日交流会」も開かれるようになり、教区100周年記念の青年祭が成功し、他にも様々なものが生み出され、小教区内外の青年層の活性化が促されてきたように思われます。

しかしながら、気軽に青年達が集まりやすいよう、出会いを中心とした場だけではなく、もっとお互いの信仰を深め、分かち合う事を中心とした場を求める声は強く、前回の泊流会は後者の傾向を強く設定し、今後は本格的に取り組めるよう「一泊錬成会」に年に1回開き、泊流会との2本立てでやっていく予定です。

情報誌「みのるか」

青年ネットワーク事務局では、教区内外の青年、学生の活動を中心に様々な情報を載せた「みのるか」という情報誌を毎月編集、発行しています。泊流会など青年ネットワーク主催の行事に参加した事のある青年達にダイレクトメールで、また各小教区にまとめて何部ずつかお届けしています。

事務局事務室

発足して約2年が経過した東京教区青年ネットワークですが、去年の4月より、高円寺教会の神父様、信徒の方々のご好意によりホールの一角をお借りして事務室を構えています。いろいろな方のご協力、ご寄付もあって、充実した作業を行えるようになってきました。専従も置かれ、以下のような形で開設しています。

☆ ☆ ☆ ☆
開設時間:火、水、土
午前10時より午後6時まで
専従:長渡 陽一
TEL03-3314-6039
FAX03-3314-3982

興味のある方のご連絡、ご訪問をお待ちしています。

(内藤義明)

復活から光と勇気を 白柳大司教イースター・メッセージ

主のご復活 おめでとうございます。

キリストの生涯には、さまざまな神秘があります。私たちはそこからさまざまな光を、力を汲み取っております。それは私たちの信仰の土台であると同時に私たちの信仰を潤す尽きることのない豊かな泉でもあります。

今ご復活の神秘を前にして、私はご復活の神秘が、キリスト教的な価値観を証しするものであると同時に私たちに生き方の転換を促すものであることを強調したいと思います。

そのために皆様に、復活前の弟子たちの姿を思い起こして頂きたいと思います。

皆様もよくご存じのように、ご復活まえの弟子たちは、実に俗っぽく卑怯で弱い男たちでした。

エルサレムに向かうキリストが人々のためにご自分の命を与えようと覚悟しているにもかかわらず、弟子たちは、自分たちの中で誰が一番偉いのかと論じあっています。また「死にも牢獄にもついていきます」と豪語しておきながら、十字架に直面する時には、散りぢりに逃げさり、キリストとのかかわりを否認してしまいます。

最後の晩餐の席でもキリストは、繰り返し、弟子たちがキリストの神秘を理解していないことを明らかにしております。キリストと共に歩み、キリストのそばで生活し、キリストの説教を身近で聞き、その奇跡をその目で見ているにもかかわらず、キリストの神秘、メッセージの本質を理解することができず、生きることもできなかったのであります。

しかし自己中心で視野の狭い弟子たちが、復活後大きく変わります。自分の損得を忘れて真剣に人々を愛し、命を賭けてキリストの福音を伝える人間になってしまうのです。

「私たちは弱いが、あなたがたは強い。あながたは尊敬されているが、私たちは侮辱されています。今の今までわたしたちは飢え、渇き、着る物がなく、虐待され、身を寄せるところもなく、苦労して自分の手でかせいでいます。侮辱されても祝福し、迫害されても耐え忍び、ののしられては優しい言葉を返しています。今にいたるまで、私たちは世の屑、すべてのものの滓とされています。」

これはパウロの言葉ですが、このようなパウロの生き方の背後にあるものは、キリストの復活の体験です。

キリストのように人々を愛しその救いのために身をささげてしまう、これは復活前の弟子たちからは想像もできなかったことであります。

このような弟子たちの生き方の180度の転換、このきっかけを与えたのがキリストの復活です。弟子たちは、生き方の転換のための光を復活の神秘からくみとったのです。

「死は最後の敵」とパウロが表現しているように、キリストの時代の人々は、死を克服することができないものとして考えておりました。ですから、死を前にした時は、恐れましたし、命を賭けて自分を与える勇気もでてこなかったのであります。

しかし、キリストの復活は、永遠の神の命の世界があることを証し、愛は報われるものであることを明らかにしたのであります。この神秘を直視した時、弟子たちは、それまでの価値観を転換するきっかけを掴んだのです。損得を越えて人を愛する勇気、命を賭けて福音を伝えていく勇気を、汲み取ることができたのです。

弟子たちが復活から汲みとった光は、福音宣教推進をこころがけようとする現代の日本の教会が最も必要としているものであると同時に、物質的な利益を求めて激しい競争に明け暮れずる現代日本の社会を救う光でもあります。

弟子たちに貴重な恵みを与えられた父なる神が、私たち一人ひとりにも聖霊を注ぎ、私たちの生き方を刷新する光と力を与えてくださいますように。

編集部から

3面の東京大司教区統計をまとめられた古賀神父に苦労話をうかがいました。

「年末年始は教会の年度末にもあたるので、会計報告、統計調査と目がまわる程忙しい思いをします。

1月31日に両方の報告を締め切るのですが、調査対象が81の小教区、400の修道院、学校、各種施設に及ぶので、調査数は日本一です。締切りに遅れたデータを一日千秋の思いで待っていますと、小さな教区からは続々と結果が送られてきます。そのうちに全国の統計をまとめる中央協議会からは、まだ提出されていないのは東京だけですよと、お叱りのことば。このころになると叙階式、教区総会の準備も加って混乱の極み、いわゆる4Kに悩んでいます。締切り厳守にご協力を」とのことでした。いつも発行日に間にあわせるために、ヒヤヒヤ、ドキドキしている編集部には身につまされるお話しでした。

おことわり

シリーズ「外国人共同体をたずねて」と「ある家庭」は休みました。次号をお楽しみに。