東京教区ニュース第80号

1991年03月01日

目次

これからの東京教区を考える 教区総会 3月21日(木) テーマ=皆で考えよう 家庭について

白柳誠一東京教区大司教は、1月15日、東京教区総会にむけて、「皆で考えよう 家庭について」と題する教書を発表した。

1993年の秋に開催が予定されている第2回福音宣教推進全国会議の課題が「家庭」と決まりました。第1回全国会議の直後「ともに喜びをもって生きよう」というメッセージを出した司教団は、次の全国会議の最もふさわしいテーマとして「家庭」を選びました。それは「ともに喜びをもって生きよう」という第 1回全国会議の精神が、他のどこよりも先に生かされ、根づかなければならないところは家庭でなければならない、と判断したからであります。

「人は一人で生きていくのはよくない。彼にふさわしいパートナーを与えよう」という神のみ心によって人間は、夫と妻、親と子という絆で結び合わされたものであり、人生の終りまで共に支え合い、励まし合って生きていくよう召命を与えられているのです。

しかしこの絆を育て、この素晴らしい召命に応えていくことは、容易なことではありません。一人ひとりの内にあるエゴイズム、人格の未熟さ、性格の歪みなどは、絆を生きることを難しくします。また経済の発展を中心にした日本社会の複雑な構造と価値観等々、具体的に数え上げていけばきりがありませんが、社会の現実は、家庭の上にのしかかってきます。このような状況の中で、どうすれば家庭の絆に結ばれたものたちが、「ともに喜びをもって生きていける」ようになるのでしょうか。そのために教会は何ができるでしょうか。

今回の総会は、第2回全国会議に向けての第一歩として、現代の家庭が抱えている問題をご一緒に考えてみようということになりました。皆様の積極的なご参加をお願いします。

1991年1月15日
東京教区大司教 白柳誠一

テーマの背景 夫、妻、親を信じたい 森 一弘(補佐司教)

「あなたは 何を信じるか」という問いを向けられたら、私たちキリスト者は、どう応えるでしょうか。きっと多くの信徒は「神さま」とか「キリスト」とか答えるでしょうが、平均的な日本人はどうでしょうか。
今年の元旦の毎日新聞紙上の現代日本人の生活意識に関するアンケート調査の中の1つの項目がこの間いでした。
その回答の中で、夫あるいは妻と回答したものが、実に53%、子供が29%、次が親で22%、4位がお金で16 %、宗教は6位でわずか6%にすぎませんでした。

「何を信じるか、何が信じられるか」という問いに、夫婦の関係、親子の関係、つまり家族の絆が、上位をしめていることに、宗教家の立場から、「現代人は日常性の中に埋没している、マイホーム主義に浸りきっている、超越した真理、理想に対す る情熱が消えてしまっている」等々という批判ができそうです。
こうした批判には一理あるとしても、このアンケートを別の角度から分析し評価することもできるのではないか、と私は思いました。

夫と妻の間、あるいは親と子の間では、それぞれ自分のすべてをさらけ出すことがゆるされるものです。職場や学校、社会の人間関係ではそうはいきません。家庭の外の人間関係は、多くの場合利害が絡んでいます。簡単に自分をさらけ出すことがゆるされません。しかも競争が激しく、油断も隙もありません。緊張の連続です。神経はボロボロになります。
さまざまな意味で疲れ切った体を受け入れてくれる最後の砦が、夫婦や朝子の絆ということになるのではないでしょうか。
夫婦の絆、親子の絆は、能力や成功のいかんによって切ったり切り捨てられたりするようなものではありません。健康の暗も病気の暗も、逆境の噂も順境の曙も、生活を共にするものです。ある意味では絶対的なもの
です。
それは、また利害や打算を超えて無償で尽くしてくれるものです。
毎日新聞のアンケート調査の結果は、複雑な現代社会の中で日本人が切実に求めるものが、実に裏切ることのない、絶対的でしかも無償で献身的な変であることを明らかにしてくれたのではないかと思います。

しかし、一方で、別のデータは、夫婦の絆、親子の絆が弱くなっているという事実を私たちにつきつけております。
仕事に引きずり廻される男たちは、家庭の中で夫として、父親として、妻や子供たちと人生の喜びや悲しみを分かつ余裕と感性を失いつつあるといわれます。また、熱やクラブ活動に追われたり、次から次へと新しい刺激に魅惑され子供たちは、家に落ち着かず、観たちに人生を分かちあうことが消えつつあるといわれます。男たちや子供たちが辿った通を、今や女性たちも歩み始めるのではないかとも言われます。つまり、現代の複雑な日本の社会は、人生の出会いの場としての家庭の機能に揺さぶりをかけているようにも思えます。

毎日新聞のアンケートを読む時、第2回の全国会議のテーマを「家庭」にしたことは、実に時宣にかなった摂理のようにも思えます。
神であるにもかかわらず、しもべの姿をとり、人々と苦労と重荷を背負って十字架の道を歩まれたキリストの誠実な生きざまは、現代日本の家庭の絆に召された人々の真のモデルにならないでしょうか。
家庭の召命を与えられた人々に永遠の愛の心、裏切ることのない絶対的な誠実な心を吹き込むこと、ここに日本のカトリック教会の緊急の役割があるように思われます。

総会

日時:3月21日(木)
場所:聖心女子学院
中心テーマ:家庭について
副テーマ:協力について中間報告
100周年記念について
日程:
9:00 受付
9:45 諸説明
10:00 開会 大司教挨拶 森司教挨拶
10:20 発題 横川和夫氏   馬屋原悠子氏   Sr.磯野きよ子
12:00 昼食
13:00 パネルディスカッション
14:15 協力について中間報告財政部門について
15:15 予算・決算について
15:30 百周年について
16:10 大司教閉会の挨拶
16:30 解散

湾岸武力衝突に白柳大司教 緊急メッセージ!!

クエートをめぐる武力衝突にあたり、この不幸な状況が終るまで、毎日のミサにおいて、集会祈願、奉納祈願、拝領祈願の後に「平和を願って」 (ミサ典書1010ページ)の祈願を加えて下さい。

1991年1月17日
東京大司教 白柳誠一

湾岸戦争による避難民のための民間機チャーターに関するお願い

カトリック教会の兄弟姉妹である皆様へ

前略失礼いたします。
先般、政府はアンマン-カイロ間に、避難民移送のための自衛隊機を派遣することを決定し、政令によってそれを実現しようとしております。国会も国民も合意していない中で、憲法、自衛隊法に関する重大な判断をしたことになります。私たちはこの政府決定に大変憂慮いたしております。しかし、アンマンその他の地に避難してきた多くの人々を、すくなくとも非戦閑地域まで、移送するための手だてを私たちは持っておらず、皆様と同様、何か良い方法はないものかと日夜祈り続けて参りました。
このような状況の中で、ロイヤル・ヨルダン航空が、自社の飛行機を移送のために提供する用意がある旨表明しました。具体的にはアンマンからカイロまでの移送で、ボーイング727機(139名定員)を 1機5万米ドルでチャーターに応じるという内容です。現在ヨルダンは、湾岸戦争において軍事的には中立を標模しており、テロの標的になるべくもなく、また、アンマンーカイロ問は定期便を多く就航させているため、現地の気象やコースについても熟知しています。
私たち司教団は、日本の教会として、日本キリスト教協議会(NCC)その他、広く呼応して下さる諸宗教団体や市民の皆様に呼びかけて、このロイヤル・ヨルダン機をチャーターし、避難民の移送のために使用して頂くよう、日本政府に要望することを決意しました。
急を要したため、広く皆様とご相談する暗ももてずに、この文章でお知らせとお願いをすることになった点をどうかお許し下さい。とりあえず、1機目をチャーターし、移送目的のために使って頂くよう本日、政府に申し入れましたが、現地の情報では、現在のところ、緊急を要する機数は 7機とのこと、今後皆様をはじめ、多くのかたがたの善意ある拠金によって、自衛隊機派遣などには至らず、具体的に避難民の方々のお役に立てればと念じております。したがって、ぜひ、教会・修道会・その他多くの方々に声をかけて頂き、左記の方法にて、ご送金賜れば幸いに存じます。
よろしくご協力を賜りますようお願い申し上げます。

1991年1月31日
日本カトリック司教協議会
会長 白柳 誠一

(郵便振込)
湾岸避難民救援基金
東京 0-553902

(銀行振込)
湾岸避難民救援基金
太陽神戸三井銀行
四谷駅前支店
普通預金 3363231

(問い合わせ先)
専用電話
℡03-3262-3733
℡03-3262-3736

広報委員会はどうあるべきか?

「湾岸戦争についてカトリック教会はどう考えているんですか」
「キリスト者は平和の為に祈るだけで良いんですか?」 こんな電話がナイス事務局の受付を悩ませています。
昨年秋の大嘗祭問題で国中がわきたっていたころは、「カトリック教会はなぜ天皇制に反対なのですか?」 「大嘗祭に膨大な国費が使われるようですが、司教団はそれに対してどう考えているのですか?」等々の問いとも意見ともとれる発言が電話や手紙で寄せられてきました。

現代はオピニオンの時代

現代はオピニオンの時代といわれます。新聞社やテレビ局等の報道関係者によりますと、次々と発生する事件が世界的な規模で報道され誰でもが茶の間に座っていながら事件を眼の当たりにする時代です。誰でもが自分はどう思うのか、他の人々は何を考えているのか、事態はこれからどう展開するのかなど様々な問題を 1人で抱えこんでしまう訳になりますから、当然その事態について専門家と呼ばれる人たちの発言を注目することになります。したがって事態の深刻さ、大きさとその影響力に応じて適切なオピニオンを出せる人間は相当な人物でなければなりません。今日、新聞やテレビの論説委員とか編集委員とかが非常に重要視されていて、大新聞でも頑をかかえているといわれます。

教会の考えは?

教会はどう考えているのか?
それは単にカトリックの信者だけの問題ではないことは明らかです。かつて人工避妊薬の使用をめぐる問題はカトリック教会の世界的な大問題となりました。時のローマ教皇パウロ 6世が有名な回勅「フマーネ・ゲィーテ」 (人間の生命)を発表した時にはまさに世界のカトリック教会で様々のオピニオンが発表され各国司教団も次々と回勅についてのコメントを発表しました。ところが今日ではどうでしょうか。試験管ベビー、安禁死、そもそも死という現象をどう考えるかといった人間の隼と死、特に人間性の倫理的側面について教会はどう考えているのかという問いが新聞社やテレビ局からまさに机上の電話 1本で入ってくるのです。いわゆる電話取材というものですから、教会がその問題についてどう考えているか? どこに問い合わせれば直裁明快な返事が得られるのか、誰に聞けば答えてくれるのかをたずねてきます。
日本カトリック司教協議会の会長であり、かつまた東京教区の大司教である白柳誠一大司教という立場は、当然マスコミがまっ先に思いつくオピニオン・リソースですから、このような敢材が近年ますます多くなってきます。ある意味では、特に倫理関係や世界の平和に関する様々な問題、人権の尊重に関わるテーマ等について世界中でオピニオンリーダーズといわれる新聞やテレビのそうそうたる解説委員たちが頑をかかえこむ問題が起きている時代であるだけに、教会のオピニオンを問われるということはかつてない教会の考えを知らせるチャンスであるのです。
社会との関係では東京大司教であるか、どこの大学のカトリック神父であるか、あるいは世間的にはずっと名のしられたカトリック作家の誰々であるか、カトリック教会の意見、考えを公式に代表している人間かどうかは問題ではないのです。

カトリック広報の現状

理想的には広報というものの今日の社会に占めるかつてない重要性からみて、中央協議会内に司教を担当責任者とする広報
委員会が常に様々問題、事態に対してオピニオンを出すシステムが備わっているべきで、教会のチャンスを真剣に生かすべきなのです。
カトリック新聞が日本全国のカトリック世帯14万の中で、僅か1万7千部しか発行部数がないような状態では、何が日本社会に向けてのスポークスマン活動か、オピニオン作りへの積極的とりくみかと一笑にふされてしまうかもしれません。
カトリックの信仰を求めて、あるいはキリスト教という宗教を心の糧に求めて教会の門をたたき尋ねてくる人々の数は今後とも決して増大することはないでしょう。全世界という規模で見ても、いわゆる伝統的な意味での心の宗教を求める人々の数が飛躍的に増加するということは考えられません。しかしながら狭い意味での心の宗教とか倫理といっても行動の規範を求めるのではなく、まさに21世紀にむかう地球号の住民としてかかえている世界に住むすべての人に平等にかかってくる問題をどう解決したら良いのか?どのようにして公正で平和な世界を作っていくのか? 地球という特別な自然環境をどのように守っていくのか? 等々のまさに地球の住民であるかぎりは必然的に答を出さなければやがてにっちもさっちもいかなくなることが目にみえています。このような事態にいたってこそ教会の、あるいは宗教の真価が問われているといっては言いすぎでしょうか。

「レールム・ノヴァ-ルム」 発布100年

地の塩となれ、世の光となれというイエスの御言葉の意味が私には非常に適格な内容として見えてくるのです。ちなみに今年は近代教皇の社会回勅第2号といわれる「レールム・ノヴァールム」の100年祭をカトリック教会は祝います。まさに労働問題という人間の現実生活の側面に教会がしっかりと発言した特から既に100年がたち、教会のオピニオンリーダーとしての働きは全世界的規模においては何度も実践され常に良い評価を得ていることなのです。最近では昨年のフィリピン司教団による環境問題に関する声明、さらに有名なのは『平和の挑戦』やアメリカの経済政策についてのアメリカ司教団教書『万人に経済正義を』等は長い準備を重ねたしっかりとした社会への発言でした。

広報委員会のあり方

東京教区の広報委員会に夢を描くにあたってなるべく実現可能なものというよりは、信仰者として教会が今の時代の徴を正確によみとるならばまさに現代の日本のカトリック教会の福音宣教にとって最優先課題として力を結集すべきものではないかという考えから何人かで話しあったことをふまえて提起するためにまとめたしだいです。

東京大司教館
広報委員会担当
深水正勝

東京教区カトリック情報誌 「すくらんぶる」発刊のお知らせ

カトリック情報誌は、東京教区の生涯養成プロジェクト・チームで発行を企画しておりましたが、このたび、教区の広報委員会のもとに、この「教区ニュース」と並んで情報誌の部門を設け、この3月から年間10回発行することになりました。
さまざまな情報が、この誌面の上で行きかい、情報と皆様の出会いの場となるようにとの願いを込めて、「すくらんぶる」と名づけられました。

3年前からボランティアの方々が、隔月でカトリック情報誌「ゆーとびあ」を発行し、20回にわたって、私たちに貴重な情報を提供してくれました。このたびの教区の情報誌の発行にあたっては、「ゆーとびあ」の経験を引き継ぎ、また教区のプロジェクトや委員会とも密接な連携を保ちながら、最新の情報を掲載すると同時に、黙想会や研修会、あるいは、ボランティア活動などの体験記も紹介しながら、一層の充実を図ってまいりたいと考えております。皆様の手で、教区の情報誌を育てていただくために、どうぞたくさんの情報をお寄せください。また、この情報誌「すくらんぶる」の定期購読もお奨め致します。

購読料 年間1,600円
(10回 送料込み)
1部 100円(送料別)
申し込み・問い合わせ先
東京ナイス事務局
担当 シスター石野
3943-2277
なお、「ゆうとびあ」を購読の方には、継続して「すくらんぶる」をお送り致します。

TCCCシステム 本格的に稼動開始!! -ファクシミリ情報処理システムー

東京ナイス事務局の小に設置されたTCCCのシステムがシステムグループの支援によって稼動を開始しました。今回、NTTデータ通信(株)からTCCCに引き継がれたシステムは「ファクシミリ情報システム」です。このシステムは大別して4つの処理が可能です。
第1はシステム内のパーソナルコンピュータで作られた文吉とデザインされたイメージデータを持つ文書を各教会に一斉送信処理をするものです。送信時間指定や送受信の確認、再送信処理等が行えます。
第2はシステムへの着信処理です。あらかじめ指定されたマークシートを用いて、各教会から文書の登録、文書の検索アンケー
トに対する回答処理を行うことができます。
第3は送受信の管理処理を行うもので、送信した文書が一定時間後に着信しているか確認したり、アンケートの回答の有無を確認することができます。
第4は文書ファイルの作成変換、プリントを行なうシステムです。パーソナルコンピュータやスクープアックスで入力した文書をシステム内に登録したり、マークシートで送られた文書の登録を行います。
このシステムの特長はマークシートによってFAXを通じて教会とデータ通信が可能なことです。従来行われていた手紙や無線による教区からの連絡や回答は、すべてに情報が伝わるまで大変長時間と苦労が必要でした。
今回のシステムではFAXによって通知した内容について、マークシートによって必要な回答と意見を手書き文書でFAX入力して頂こうというもので、24時間受付けられますから忙しい神父様方も短時間で処理が可能となり、教区も敏速にデー夕を収集できます。
一部には「このような一方的なシステムでは司教様方と意思が通じなくなる」との意見も頂いています。しかし、情報の大部分は、まず必要な事項をタイミングよく簡潔に相互に伝え合うことですから、現在、多くの環境下で活用しているコンピュータシステムを教会の中でも活用していくことが、必要な時期に来ているのではないかと思います。
TCCCでは、現在パソコン通信のシステムとデータ処理の統一プログラムについて最後の追込みに努力しています。3月末までにはパソコンをお持ちの教会や個人の方々に加入して頂き、情報処理のお手伝いをお願いできるようになります。
システム完成にボランティアで協力して下さるグループの方々を、横様のお祈りで支えて頂きたく、お願い致します。

ズームアップ

横川和夫さん

1月6日に開催された教区教会連合委員会の講師として招かれ、現代日本社会における家庭間題を熱っぽく語り、参加した180名の教会委員たちの胸を揺さぶった。
共同通信社の論説兼編集委員の一人。ここ数年教育・家庭間教区教会連合委員会で題の取材に取り組んできた。一昨年2月の東京綾瀬での女子高生監禁殺人事件に関する法廷記録を中心にしたルポルタージュ「かげろうの家」は、現代じ本社会の教育や家庭の問題点を鋭く指摘している。

生かしてみませんか!! 主のために システムオペレーター募集

TCCCに新しいコンピューターシステムが完成!
システムオペレーターを募集します。
カトリック信徒又は勉強中の方で、経験・知識・興味のある方歓迎します。
男女年令を問いません。
委細面談にて決定します。
問い合わせ、履歴書は下記へ

〒112
文京区関口3-16-15
東京ナイス事務局
TEL 03-3943-2277
塚本伊和男神父

教会財政協力のためのアンケート結果報告 -財政評議会-

財政評議会は、昨年11月「教区内の協力の推進」を財政面から、具体的に検討し、また、今後の財政計画を立てるために、各小教区の財政事情をアンケートによって調香した。
73の小教区を対象としたものであるが、回答は45。
その集計に現れたいくつかの注目すべき点をここに報告する。

80%近い教会が修理・改築計画

信徒会館、司祭館などを含めた教会の立て直し計画について
全面的立て直し計画 8教会
部分的改築の計画 8教会
修理の計画 19教会
さて肝心の資金に関して、月定献金(教会維持費)や通常献金(ミサ中献金)でまかなえると回答したものは、わずか5教会、このための特別献金や寄付を求めようとするものは12教会。
教区の相互扶助制度を利用しようとする教会が、8教会。教区本部から特別援助をもとめようと考えている教会が9教会。
信徒からの特別献金をもとめるにしろ、小教区だけの力で改築・修理が可能な教会は、わずか17教会で、全回答の37%となる。
しかし、28教会、つまり84%の教会が、計画の有無にかかわらず、将来の修理・改築のための積立をしていると回答している。

月定献金(教会維持費)と通常献金(ミサ中献金)だけでは教会活動には不充分

教会の通常の活動(建物の管理・維持・司牧宣教活動等)のため、信徒の月定献金・通常献金で充分ですか、という問いに(はい)と回答した教会は、10教会で全体の20%、60%の教会ははっきりと不充分と回答。
不足分を補充する主な形は、バザーや冠婚葬祭等における特別寄付である。
小教区の教会間での援助に関しては、実際援助を受けたことがあると回答した教会はわずか5である。

教会維持費に対する信徒の自覚は高い!?

それではどのくらいの信徒が月定献金(教会維持費)を出しているのだろうか。
払う義務のあると思われる信徒のおおよそ半数以上の信徒が出している教会が、66%、という回答から、信徒の自覚が高いことが読み取れる。
月定献金をしてもらうために貝体的に工夫していると回答した教会は21、していないという回答も12
具体的な工夫の主なものは、会計報告、教会の経済状況の報告、信徒の教会維持に対する義務のP・R、例えば司教館発行のP・R版「教会の経済をご存じですか」の配付等である。

具体的に助けあっていくためには・・・

教会全体で互いに財政的な面で相互に支えあっていくためどうしたらよいか、という問いに対する自由記述式の回答の中には、教区財政について、小教区を含めて、具体的な数字でその状況をもっとオープンに知らせる必要性があるという指摘がある一方、今ある財務連絡会を財務問題で教区長に提言できるような機関にしたらよいのではないか、更に具体的に相互扶助制度への全教全の加入の推進や教区全休に基金制度を確立し無利子で利用できるようにしたらよい、とか、本部献金の率をアップする必要もあるのではないかという積極的な意見も見られた。

ルポタージュ 家庭(1) 女子高生監禁殺人事件 -横川和夫-

子どもたちが生き生きと顔を輝かせ、老人は老後の心配なく幸せに暮らしているだろうか。家庭は、山人ひとりの人間が生活する場であり、政治、経済、社会のあらゆるひずみが家庭に凝縮する。こう考えると、家庭は、いわば現代社会を映し出す鏡だとも言える。2年後のナイスのテーマが「家庭」と決まった。ナイスが、家庭問題に、どういったアプローチをするのかは、まだ決まっていない。それは信徒一人ひとりに課せられた課題でもあるのだ。そこで、ほんとうに豊かな家庭はと何かを考えるきっかけになればと、ここ10数年、教育・少年問題の取材して出会った具体的なケースを紹介してみようと思う。
まず取り上げなければならないのは、東京・綾瀬で起きた女子高生監禁殺人事件であろう。
最初、一部の週刊誌が、残酷場面だけをクローズアップして報道したため、特殊な家庭で育てられた特殊な少年たちが犯した犯罪というイメージを私たちも抱かされ、追跡取材しても、はたして一般の読者から共感を得られるかどうか疑問に思っていた。
たまたま、4人の少年の弁護を担当していた弁護士の一人が「私は、この事件を担当するまでは、子どもは、父親の背中を見て育つと思ってたんですよ。ところが、少年たちと話しをしているうち、その考えが間違っていることに気付いたんです。だから、この事件を担当してから、私はできるだけ、子どもと話しをするように努めているんです」という話をしてくれた。
担当した弁護士が、自分の子育てについて考えさせられるはど、4人の少年たちが抱える問題は、身近で、普遍的な問題なのだ、と思い知らされ、私たちは、東京地裁の419号法廷に通い詰め「ルポルタージュかげろうの家」を著わした。(共同通信社)
第1回の公判から23回にわたって開かれた法廷で、少年たちは、検察側と弁護側の両方からの質問に答える形で、裁判は進行していったのだが、そのやりとりは、毎回が驚きの連続だった。
なかでも印象に残っているのが、サブリーダー格のB少年(当時17歳)が、最後の段階で、弁護士から「今、考えて、お母さんにこうして欲しかったということとか、君がお母さんに謝りたいこととか、両方あったら言って下さい」と質問されて…ちょっと考えた後に「もう少し甘えたかった。自分が無責任な行動をして、お母さんに迷惑をかけてしまった」と、涙を流しながら答えたことだ。
もう20歳になろうとするのに「お母さんにしてはしいこと」が「甘えたかった」というのである。
その短い言葉のなかに、B少年の思いが凝縮しているように思えるのだった。
B少年の家庭は、3歳年上の姉と母親の3人葛らし。運送店に勤めている父親は、少年が生まれた直後に、浮気がばれて別居していた。高校卒業後、デパートの店員をしていた母親にとって、別居後も父親と同じ収入を得るには水商売しかない。サパークラブのホステスになって午後8時から午前4時まで働き、始発電車で帰宅する毎日が続いた。
1分でも遅刻すると1時間分引かれ、無遅刻だと皆勤賞2万円が出るという働かされるシステムに埋没して、母親は6年間、ナンバーワンを続けた。
おかげで、少年は幼少時からしっかりと母親に抱き締められた体験がない。3歳年上の姉と2人で寂しい夜を過ごした。
しかも、学校の教師は、偏差値的な物差しでしか、少年たちを見ていない。勉強ができない少年にとって、自分のありのままの存在を認めてくれる人が、家庭にも学校にも、どこにもいないということは、一層、孤立を深めていく。おそらく、B少年だけでなく、他の3人の少年たちも同じ状況だったに違いない。たった1人でもいい、「お前の味方だよ」という人がいたなら、事件は防げたと思う。

東京大司教区司祭移動

1991年1月25日付で、東京大司教区司祭移動が発表された。尚、移動は復活祭以後実施される。

市川教会主任司祭吉田善吾師(蒲田教会主任)
高幡教会違任司祭コンスタン・ルイ師(潮見教会主任)
蒲田教会主任司祭マイケル・カックス師(青梅教会主任)
青梅教会主任司祭ジョン・ボルジャー師(五日市教会主任司祭と兼任)
潮見教会主任代行大原猛師(東京働く人の家担当と兼任)
鴨川教会主任司祭西川折弥師(館山教会主任司祭と兼任)
東京カトリック神学院モデラトール幸田和生師(高幡教会主任)
高円寺教会助任司祭晴佐久昌英師(柏教会助任)
洗足教会助任司祭木村公治師(立川・豊田教会共同司牧助任)
立川・豊田教会共同司牧助任司祭立花昌和師(高円寺教会助任)
東京大司教館付古賀正典師(洗足教会肋任)

教区教会委員連合会開催!-横川和夫氏講話「家庭-ナイスに向けて」教区100周年記念事業企画について-

1月6日(日)午後1時20分より、カテドラル構内において、恒例の教区教会委員連合会が開催された。当番教会は、荻窪教会。
白柳誠一大司教が教区100周年にむけて抱負を述べられた後、共同通信論説委員、横川和夫氏による『家庭【ナイスに向けて』と題する講話があり、出席した約180名の教会委員に深い感銘を与えた。
次に、教区100周年記念事業企画について、赤羽教会 村岡昌和氏(江戸殉教地の巡礼)、晴佐久昌英神父(青少年対象の企画)、田中隆弘神父(小学生を対象とした企画)、西川哲弥神父(カトリック東京国際センター募金について)から経過説明が行われた。
場所をカトリック・センターホールに移し、新年会が和やなうちに行われ、午後5時すぎ散会した。次回当番は西千葉教会。

きょう、修道女として社会の中で生きるために -東京教区修女連新春恒例の研修会開催-

東京教区修女連主催による新春恒例の研修会が、1月4日(金)聖心女子大学マリアン・ホールにおいて、「きょう、社会の中で……奉献されたわたしたちの生き方」というテーマで開催された。
この数年間、東京教区修女連では「貧しさ」という観点で研修を続け、体験学習も行っており、この流れの中で、今回のテーマが決められた。本研修会には、400人以上のシスターが東京教区内の各地から参加し熱心に1日研修した。

無償の愛で共に歩む 森司教の説教

研修会は午前9時30分から同大学聖堂で、森一弘司教の司式によるミサで始まった。森司教は、説教の中で同日の「毎日新聞」に掲載されていたアンケートに触れながら、東京教区の修道女たちに期待することを話した。
「何が信じられるか」という項目のトップは夫、あるいは妻であった。今の日本社会は複雑で、多くの人は生きるために疲労こんぱいしている。そういう人々の支えになっているのが、夫であり妻であるとすれば、ここから無償の愛で包みこんでくれるものを求めている日本人の姿が見えてくる。
イエスは、御父に向かって歩いている私たちと共に歩こうと私たちの中に飛びこんで来られた。このイエスを紹介するならば、日本人は喜んで受け入れるのではないかと、このアンケートから考えた。

日々カリスマを生きるためにしるしに敏感に シスター白井講演

続いてシスター白井詔子(聖パウロ女子修道会)は『映像を通しての問題提起』と題し、映像を用いて講演を行った。
まずエリザベス・サンダースホームの創立者である澤田美音さんの生涯を描いたビデオを視聴した後、次のような問題提起を行った。
・澤田美喜さんと同様に、私たちにとっても、修道院に入る前の生活は、今の私をつくる大切な土台となっている。これに気づいているだろうか。
・フランスのピエール・パパンは、「あなた方は世のレーダー、アンテナである」と言っている。レーダー、アンテナとしての私たちは、賞しい人々の訴えを聞いているだろうか。キャッチするセンスは高感度だろうか。
・澤田さんの一生は、子どもたちの母として貫きとおした生涯であった。彼女は自分を導く光を常に見ていたのではないだろうか。私たちも日常体験として、光を見ているか。
・カリスマを日常的に生きるために大切なことはイメージである。
澤田さんが困難に出合っても毎日の工夫で切り抜けた。
これを別の言葉で表現すればイマジネーションとクリエイションであり、この2つのものは表裏一体をなしている。私たちはこの毎日の積み重ねをしているだろうか。

混迷の世界に『レールム・ノウ了ノールム』の精神を活かすこと 酒井新二氏講演

午後から酒井新二氏(共同通信社社長)は講演で次のように述べた。
この2、3年の世界の変化は100年に1度あるかないかの大変革であった。それだけに、明日のことがわからない。
現在、世界は、ゴルバチョフがペレストロイカを宣言したことをきっかけに、第2次世界大戦後の冷戦構造、核抑止という恐怖の均衡の枠組みが崩壊し始めた。
昨年8月にイラクがクエートに侵攻したが、1月15日イラクと多国籍軍が衝突するかどうかが、冷静後の秩序の上に投げかけられた大きな挑戦である。
これに伴い、日本では自衛隊派遣論が論議され、戦後の平和主義を見直す時期がきたという意見が急速に出てきた。これは昭和の終えんと密接に結びついている。このようなことをとおし、マスコミがオピニオンのメディアにかわりつつある。
レオ13世が回勅『レールム・ノヴァールム』を出してから、100年になる。この文書で教会は教会と国家、教会は社会問題、それへの参加を勇気をもって踏み出した。私たちはもう一度この文書を見直し、現代に当てはめて考えなければならない。
以上の講演で研修を終え、4時に来年の再会を約して散会した。

新助祭2人、教区に誕生! 直前緊急インタビュー

この春、東京教区にフレッシュな助祭が2人誕生する。そこで抱負などを語ってもらった。

まず、初めに自己紹介をお願いします。

デ- ゴ・クアン・ディンです。1961年にべトナムで生まれて、10年前に難民として日本に来ました。
五- 五十嵐秀和です。1954年、松戸市生まれです。大学を卒業後、時計メーカーに就職して、8年前に受洗しました。

相手はどんな方ですか。

デ- 五十嵐さんは、真面目なタイプじゃないかな。同級生ですけれど、兄みたいな感じです。
五- ディンさんは、顔面に苦しいとか出さないけれど、きっちりやっていくタイプ。言葉とかで大変だったと思うけれど。

いつ頃から神父になりたいと思ったんですか。

デ- 私、ベトナムでほ小神学校にいたんですよ。子供の頃から神父になりたいと思って。それで、大神学校にも入ったんですが、すぐに閉鎖になって、このままでは可能性がないと思ってそれで日本に脱出したんです。
五- 受洗して3年目頃です。大学で宗教心理学とか聖書を読んだのですが、その奥に書いてあるメッセージがはっきりとわからない。それで教会に行けば神父さんに話しを聞けるんじゃないかと。そうこうしてる内に、逆に自分がメッセージを伝える側になりたいと思ったんです。

教区でベトナム人の神父は初めてなんですか?

デ- 教区にはすでに1人いて、ベトナム人信者の司牧をしています。でも、日本の神学校を卒業して司祭になるのは、多分ぼ
くが初めてじゃないかな。
人とかかわっていくことはとても大変なことですよね。
五- 同じ事をやっても、うれしい場合とうまく行かない場合の両方ある。状況が同じじゃないから。でも、難しいなと思うと同時に面白さもあるなと。
デ- 習慣が違うとかで誤解されて、つらい思いをしたことがあります。でも、人の苦しみを見て自分の方を忘れないとね。

助祭叙階の抱負は。

五- 今まで以上に信者さんと接する機会が多くなると思うんです。助祭の守備範囲とかそれを超えたところでの人との付き合いとか、そういったかかわりの中で奉仕職をしていくことは正直大変だなと思います。
デ- まず大変なのは、責任が重くなることです。どの面に力を注いでいけばよいかまだわからないけれど、与えられた仕事は一生懸命やっていきたい。
2人の叙階式は、ディンさんが3月17日松戸教会、五十嵐さんが4月21日本所教会で行なわれる予定である。

訃報

塚本金明神父(東京教区)
1月4日午前6時、東京・慈生全病院で心不全のため帰天。71歳。1919年、東京・八王子に生まれる。
プラシド・メイラン神父の宣教師優にあこがれて小神学校に入学。1947年司祭叙階。高円寺、関口、大森の各教会で助任を務めた後、54年から22年間、立川教会の主任司祭。76年から市川教会の主任を務め、宣教司牧に尽力した。この間、教区顧問や教区裁判所書記などを兼務。
またバチカン展開催のため、しばしばバチカンに赴き、電通、そごうの協力のもと日本各地でのバチカン展開催を実現させた。

お知らせします 【生涯養成に関する企画】

四旬節とご受難節のサダナ黙想

初心者(午後の部)3月26日(火)14時-15時30分。(夜の部)19時-20時30分
進級者(午後の部)3月18日(月) 25日(月) 14時-15時30分。
(夜の部)3月18日(月) 25日(月) 19時-20時30分*どなたでも参加できます。会費はいずれも4千円。申し込みは葉書で〒140 東京都品川区大井7-4-18 メリノールプレヤ・センター・心のいほり

祈りの集い

社会の中でキリスト者として生きるために。3月10日午後2時-4時。無料。参加・どなたでも。問い合わせ・新宿区南元町6の2 明泉会TEL3351-0297

日帰り黙想会(一日一日を生き生きと生きたい)

3月14日(木) 10時-16時指導
岡 俊郎神父 参加・自由、問い合わせ・イエズス会黙想の家 TEL3920-1158
☆1泊の祈り(座って祈るのが中心)
3月9日 10日、指導 岡 俊郎神父 参加・どなたでも。問い合わせ・イエズス会黙想の家 TEL3920-1158

祈りの会

毎月第2金曜日・午後7時-9時 対象 青年と壮年(黙想みことばの祭儀)指導 松浦信行神父 御受難会

聖書を登る会

毎週水曜午前10時-午後1時 隼活の振り返り、聖書解説、質問と話し合い、対象どなたでも。指導-松浦信行神父 御受難会 場所・御受難会みことばの家 TEL3260-5915

聖書深読黙想

3月2日-3日午後6時-午後4時、上野毛黙想の家 指導 奥村一郎神父 カルメル会 連絡・吉田敦子 TEL3721-2472

霊性研究会(祈り)

3月14日(木) 午後7時15分-9時、指導・奥村一郎神父カルメル会。上野毛教会 連絡=梶川英夫 TEL3701-6744

念梼を学ぶ会

3月16日(土) 上野毛教会黙想の家 指導・奥村一郎神父カルメル会、連絡・高瀬克子 TEL3951-1111

教理講座(自分に出会う)

毎週木曜日 午前10時-12時・午後7時30分-9時、松原教会 スメット神父 TEL3321-0941

信徒霊性プログラム

教会史 毎週木曜日午前10時30分-12時、クリスチャン神父 松原教会TEL3321-0941
ティヤール・ド・シャルデン 毎月2回 火曜日 午後8時19時 グロタース神父 松原教会 TEL3323-3527

カテドラル講話会

ともに生きるこれからの教会
年間テーマ 「家庭と社会」
第1回 4月20日(土)午後3時〜5時、カトリックセンターホール「今なぜ家庭か」講師-満留功次師
第2回 5月11日(土)午後3時〜5時、「日本の家庭、かかえる病理」講師-横川和夫氏
第3回 7月6日(土) 午後3時〜5時、カトリックセンターホール 「高齢化私たちにできることは」講師-坂戸義夫氏(世
田谷区立高齢者センター新樹苑長)
第4回 11月予定 シンポジウム 「海外からみた日本の家庭」

第2回 1泊交流会 -東京教区全教会の交流をめざして- みんなで話そうよ! 海をみながら話しませんか

主催 東京教区ナイスプロジェクト生涯養成委員会

日 時 1991年4月28日(日)午後3時〜29日(月)午後3時まで
参加費 1万円(但、日帰り参加も可)
人 数 50名
締 切 4月7日(満員になりしだい締切)
問いあわせ先 東京ナイス事務局生涯養成係
〒112文京区関口3-16-15
TEL03-3943-2277 FAX O3-3944-6677

ミャンマーの実情(1)-小宇佐敬二神父の報告-

昨年末、12日間の日程でミャンマーへ行ってまいりました。東京教区では毎年11月第3日曜を「ミャンマー・デー」として、この日の献金はミャンマーの教会を支援するために用いられていますが、支援先であるミャンマーの教会の実情がはとんど分かっていない中で、あれこれととまどいも感じ続けていました。このとまどいを振り切るには現地に行くのが一番と思い立ったわけです。
政情の不安定、はとんど鎖国に近いほど外国人に門戸を閉ざしているという状況のなか、入国ビザの手続きの困難。観光目的でしか入国できず、その観光も政府直営の観光局の指定コースを、指定の観光ガイドによって案内される。食べ物は大丈夫か?水は?病気、特にマラリアは?出発前、わけの分からないところへ行くという感じが強く、不安こそありませんでしたが、しんどい旅になりそうだという気持ちは募っていました。どれだけの自由が確保できるか、ミャンマーの教会の実情に触れることができるか、さまざまな危惧の念を抱きながらも、何がどうなるか、まあ分からないけれど、とりあえず行ってみよう。そのような気持ちで旅守ったわけです。
ミャンマーは7泊8日、1週間の滞在でした。当初の危惧はとりあえず取り越し苦労だったようです。こと観光に関する限り、不自由なく過ごせましたし、教会関係者ともほとんど自由に接触できました。思いもよらなかった自由時間を持つこともできて、いろいろな教会を尋ね歩くこともできました。事前の様々な危惧のために、簡単なカメラしか持っていかなかったことが悔やまれます。しつかりしたカメラとビデオくらい持っていけばよかったと思います。
旅から帰り、そろそろ1ヶ月になろうとしています。ミャンマーのことを大司教様にも報苦しなければならないし、文書にもしなければならない、そう思いながら、何度かワープロの前に座り、キーボードをたたくのですが、なかなかまとまらないのです。見たこと、聞いたこと、触れたこと、味わったこと、そして感じたこと、多くのものが未整理のまま脳裏をかけめぐります。個人的な、情緒的な印象があります。政治的、社会的問題があります。民族、歴史、文化、宗教、それらを見つめていく視点とはもうひとつ別に、ミャ
ンマーの教会を支援していく東京教区の立場からの眼差しでまとめていくことも必要です。様々な立場や視点を踏まえながらまとめていく、多少時間がかかりそうです。しかし、とりあえず書き始めることにします。そうすることによって、まとまっていくことでしょう。
「わたしたちの国の印象はいかがですか。」ミャンマーを訪れ何日かすると、しばしばこの質問を受けました。
「大層豊かで平和だと感じます。」まず、こう答えるのですが、みな驚いた表情を見せます。
「確かに、経済的な貧しさと政治的な不安はおおいかくせません。しかし、自然環境と人々の魂は非常に豊かで平和だと感じます。貧しさと不安を越えて、なお豊かさと平和を感じます。」ここまで通じると、皆大きくうなずいて、「その通りです。」と、共の意を表してくれます。
「日本は経済的には豊かになりました。しかし、その豊かさを得た代償として、魂の豊かさを失ってしまいました。今日、日本人は魂の貧附にあえいでいます。」
このような対話を何度かくり返しているうちに、ミャンマーをみつめる視座が、そしてミャンマーから日本を見つめる視座が定まってきたような気がします。
「貧しさと豊かさ」。まずそこに切り口をあててみたいと思います。(つづく)

クリパで会ったが100年目。

昨年の11月23日、教区青年ネットワーク事務局主催の第2回クリスマスパーティーがカテドラル構内のカトリックセンターで行われた。参加署は約200名。教区100周年記念青年祭実行委員会、略して「100年目プロ」が共催し、協力にバックアップをした。
プログラムは乾杯から始まり、新しい人と出会えるいろいろなゲームから仮装コンテスト、ディスコ大会と続き、フィナーレはキャンドルサービスで幕を閉じた。
今回の参加者は、各ブロック、小教区の青年や高校生、通りがかりで入ってきた青年達やらで、インターナショナル、インター教区の色合いが前年にもまして出ていた。
このクリパは前述の「100年目プロ」の初仕事でもあった。「教区青年ネットワーク事務局」が1泊交流会(泊流会)を主催し、各活動団体や他教区、小教区等へ積極的に関わってきた結果として「100年目プロ」のメンバーが集まり動き始めた。
今回のクリパも、当日はともかくとして、準備の段階で様々な青年通が出会い、アイデアを出し合ったという事実が価値あるものであるし、出会うことにより、今まで出会わなかった各団体・個人間にルートが開けて、世代が変わってもその関係が続いて行くのではないだろうか。
「100年目プロ」発足に当たって、森司教から届けられたメッセージの中にも「一過性のお祭り騒ぎは避けよう」とあるが、そうならないためにも将来につなげていけるものをプロデュースしていく必要がある。
「100年目プロ」は5月のゴールデンウイークに関西へのライブキャラバンや、9月の青年祭をプロデュースしていく予定。
開かれた教会を目指すなら、「出会い」を抜きにできない。「出会ってどうするか」を考えるまえに「出会いの場」を作る事を考えるのがいかに大切かは、泊流会やラスキンクラブのネットワークの広がりが証明している。  (安藤 秀樹)

ちょっとおたずねします

Q ミサ(典礼暦)でなぜ聖胃を「拾い読み」するのですか?

私は1人で読む時は、文脈がつながってわかりやすいので、通読するようにしています。拾い読みをするのは長すぎるからでしょうか?  (吉祥寺教会 阿部修治)

A 「拾い読み」とは、本を開いて目に着いた所を飛び飛びに拾って読むことを言いますが、ご質問の表意は、そういう表面的な意味ではなく、「教会はどういう基準で、典礼における聖書の朗読箇所を定めているか」という、大切な、皆様のためになる質問と心得て、お答えすることにいたします。
聖書というものは、著者も時代も異なった一つひとつの諸書が、旧約聖書の場合は会堂の礼拝に、新約聖書の場合は教会の
典礼に用いられる大切な書物としてリストアップされるようになり、このような典礼における聖書朗読の実践によって1冊の書物に結集されるようになったものです。その選出された基準は、その書物には確かに神のことばとわざが書かれていると判断した礼拝共同体の信仰告白によるものです。このような信仰共同体である教会相互の交わりによって、正典としての聖書が教会共有の信仰の書き残された遺産となり、今では聖書なしに典礼は考えられないものになったのですが、元はと言えば、典礼集会の営みによって生み出されたものなのです。
ですから、教会が典礼でどのように聖書を使うかということは、教会が初めから最も大切にし、また工夫してきたことなのです。2千年に近い教会の歴史とその典礼の伝統のお陰で、ようやく第2バチカン公会議後、今までの豊かな経験を活かして典礼における聖書朗読の配分を刷新し(「ミサの朗読配分」1969年、改訂版1981年)、聖書朗読に関する指針(同書諸書)を出すことができたのです。日本でも前者は毎年『教会暦と聖書朗読』として、後者は『ミサの聖書朗読指針』(1987年)として発行され、典礼における聖書の正しい使い方とその朗読の実践について詳しい説明がありますから、ぜひご利用ください(カトリック中央協議会発行定価1,200円)。
例えば、今日の質問について『ミサの聖書朗読指針』の巻末にある「事項索引」をひもとけば、「朗読」と名のつく項目だけでも20ばかり並んでいて、その中の「朗読箇所の選択と配分」の項目には、60・64〜77と「節の省略」に至るまで関連事項・参考事項の番号が指摘され、教会が現在のところ、この問題についてどのように考え、どんな実践を勧めているかがよく分かるようになっています。
そのため、詳細は本書に譲ることとして、またそれをよりよく理解するために、すでに述べてきたことにもう一つ加えたいことがあります。それは外でもなく、教会が典礼に用いる朗読箇所をいつも前以って知らせているということです。それは言うまでもなく、信者一同が前以って読んで準備することができるようにするためです。そのために『聖書と典礼』のパンフも前渡し用に編集され、脚注が加えられるようになりました。いつも、次の日曜日の聖書の朗読簡所をだれかと一緒に読んで話し合い、分かち合う習慣を付けてください。その際、いろいろな訳者の聖書を持ち寄って朗読箇所としては省かれている節を知ることも、確かに参考になります。また、福音を中心に他の一つの朗読箇所も答唱詩編も前以って味わってみてください。そのために主題旬はたいへん参考になるものです。このような準備をしてこそ、典礼における聖事朗読は主の出来事をその時その場に新しい出来事として共体験するという、すばらしく豊かなものになるのです。
現代典礼研究会  担当 土屋吉正

教会・修道院巡り(5)「シャルトル聖パウロ修道女会」

1880年3月4日、日夜宣教活動の困難と戦いつつ司牧にあたっていたオズーフ司教は、2年前、函館に招いていたシャルトル聖パウロ会の修道女を、東京にも派遣するよう極東管区長メール・パンジャマン(当時サイゴン居住)に要請した。聖パウロ会としてはかねてからの希望でもあったので、1881年に3名の修道女を派遣した。
神田猿楽町の教会の敷地内に用意された修道院に落ち着いた彼女らは、早速学校建設にとりかかり、同作8月15日の聖母被昇天の祭日に開校することができた。入学志願者が多く、隣接地を購入して増築を計ったが、志願者すべてを迎えることはできなかった。
学校では仏語・英語・技芸などが教えられ、現在の白百合学園の第一歩となった。また聖パウロ会の創立当初からの精神である病人や、恵まれない子供たちへの奉仕も学校と共に平行して始められた。
順調な宣教活動が続けられていた中、大きな試練の披が次々に彼女たちを襲った。1913年の神田の大火によって全施設が類焼した。修道女たちは困難をおかして再建を計った。しかし、10年後の1923年9月1日の関東大震災で、再び全施設を失ってしまった。直ちにバラックの校舎で学校は再開されたが、罹災後の区画整理などの指導で、1927年、九段上の現在地に移転することを余儀なくされた。神田教会から離れ、新しい地にまた一歩から始めるのは大きな苦しみであった。しかし卒業生も増え、社会の支持も獲られるようになると、学校は徐々に栄えていった。麻布にあった福祉施設は、後に横浜の子安に移転し、戦後は強羅で引き継がれている。1945年5月25日の大空襲で、九段の校舎は爆撃を受け、学校は3度目の全壊を味わうことになった
けれども、このように多くの試練を経ながらも、今日の復興を見ることができるのは、真に幸いなことである。東京を起点として創設されたいくつかの教育・福祉の施設は大きく社会に貢献し、福音を宣教する使命は現在力強く続けられているのである。
フランスのシャルトルに近い麦畑の続く一寒村で、聖母マリアのご保護のもとにキリストの愛に燃えて始められた献身は、こうして極東の地日本にもしっかりと受け継がれている。

一粒の麦 第4回 白柳大司教、教区100年を語る

東京大司教区100年の歴史 1891年(明治24年)から1991年(平成3年)まで

便宜上この100年を4つの時期にわけたいと思います。
最も適切な区分がどのようなものであるかは、後世の歴史家にまかせることにいたします。しかもこの記述においては、現在東京教区に属している地域に限って話をすすめます。
なぜならば、100年前の東京教区は現在の名古屋教区、浦和教区、新潟教区、横浜教区を含むあまりにも広大なものですから。
歴史をひもといていきますと、各々の時代の人々が、どれほど努力を重ねられ、そして多くの困難を克服しているかがわかります。その一人一人の歴史の重み、それを考えます時、短い記述ではこの歴史を描くということに大変な無責任さとやるせなさを感じますが、これも他の人にゆずることに致します。

第1期(明治時代) 明治24年より明治45年まで(1891年〜1912年)

6教会時代

この時代はよく6教会時代といわれます。すなわち6つの教会、小教区の時代といわれます。
なぜなら、この時代、築地、浅草、神田、本所、麻布、そして関口の6つの教会が中心になって、教会活動が展開された時代だからです。
そのうちのはじめの5つは、大司教区が設立される以前から存在していた教会です。この他に明治4年頃から多摩地域特に砂川、又明治11年頃になると五日市、八王子方面、そしてさらに千葉県下にも宣教が開始されています。八王子の壱分方、元八王子という所には、明治11年、そして千葉県の茂原には明治16年にすでに教会が設立されました。しかしこの時代のことは特に6教会時代といわれています。
当時の広い東京教区にどの位の宣教師が活動していたか、その数はわかりますが、東京と千葉県に何人の宣教師がいたかはっきりつかむことはできません。でも、ごく少数の宣教師が歩いて宣教にあたっていたことは確かです。

ミッション・スクールの基礎

ローマ教皇より日本の宣教を委託されていた、パリー外国宣教会の宣教師たちは、自分たちの仕事のたすけ手として、いち早く、種々の修道会を招聘しました。
明治5年にサン・モール修道女会、明治11年にはシャルトル聖パウロ会、明治20年には男子マリア会、明治40年頃になりますとイエズス会、フランシスコ会、聖心会というような修道会が招聘され、それぞれ教育事業、あるいは福祉事業を始め今日のミッション・スクールの基礎をつくられたわけです。

当時の教会活動の特徴

この時代の教会活動には、いくつかの特徴があります。
そのひとつは、伝道士という方々の存在です。日本語になれていなかった宣教師たちを助け、公教要理を数え、あるいは外部の世界との交渉にあたられたわけです。彼らのためには特別な伝道士の学校すら開かれていた時代があり、またしばしば彼らは、自分たちで相集まり、研究を重ねたり、あるいは黙想会を組織したりして自己開発に努めて、教会に奉仕していました。また伝道士たちが集って、公開講演会を催したことも記録に残っています。

連合青年会が組織される

第2の特徴は、東京教区の中に連合の青年会が組織され、力強く外部に働きかけたということです。
明治37年には、現在の神田教会に、「公教青年会」というものが発足し、次の時代に中心的な役割をはたした信徒の皆さんが、青年として若々しい宿曜を外部に示したものでした。
またその青年会、あるいは伝道士が助けながら、いろいろな機会にいろいろな場所で宣教師は、公開講演会を催したのも一
つの特徴だと思います。
明治36年、神田の教会、明治37年、築地の教会、あるいは他の所で時局問題、信仰問題、科学の問題など幅広い題材で定期的に公開講演会が行われていたそうです。

出版活動

出版活動についてもみのがすことはできません。
キリシタン時代と同じように、宣教師たちは、語ることそして物を書くことそれを大変重要視いたしました。この時代になると、たくさんの定期刊行物、雑誌が出版されるようになりました。
現在まで続いている「声」、あるいはその前身ともいうべき「公教万報」 「天主の番兵」「天地人」「教えのくに」というような雑誌があいついで刊行されましたが、その他にも「真理の本源」「日本聖人鮮血遺書」「公教図解」「神学綱要」「小さき花」というような信仰に直接かかわる本の他に、宣教師たちは、文化活動としてフランス語の辞典、あるいはフランス語の会話の辞典などの編集にもたずさわりました。
当時から神を讃美する聖歌、讃美歌についても大きな配慮がなされ、1886年には、「聖詠」1910年には「天主公教会聖歌集」翌年の1911年には、「公教聖歌」という聖歌集が編さんされているのも特筆すべきだと思います。

邦人司祭の養成

どの時代でも宣教師たちは、自分たちの後継者たちの養成に力を入れましたが、パリー外国宣教会の宣教師たちも来日して、
まもなく、邦人司祭の養成の場を築地に設立しました。明治5年のことです。
教える人あるいは教わる人の人数に応じて、てんてんと場所を変えながらも、連綿としてこの邦人司祭の養成に力がそそがれました。1894年には、東京教区の初めての邦人司祭、殿岡神父、前田神父、1900年には本城神父、国定神父とあいついで誕生いたしました。
邦人司祭の養成には、宣教師はもちろんのこと信者の人達も、現在の一粒会に相当するような組織をつくり、祈りをもって、あるいは経済的な援助の手をもさしのべました。

キリシタン弾圧の余波

この第1期といわれる時代は、すでにキリシタン弾圧の公札はおろされ、公けの迫害こそありませんでしたが、その余波はま
だ強く、宣教師たちに対する偏見、というものも大きなものがありました。
それに加えて仏教徒によるキリスト教撲滅運動あるいは日清、日露戦争による国粋主義の台頭、それに警察あるいは治安警察法というような法令が公布されて、言論の自由、信教の自由がおびやかされる時代でした。
明治37年には、日露戦争の勝利が国家神道の力として、神社参拝が強制された事実があります。このような社会で、当時の宣教師たちの宣教活動もままならぬものがあり、また信徒の皆さんたちも信仰にふみ切るということは一大決心を必要とするものであり、当時のおもかげをしのぶ時、心のひきしまるのを感じます。

白柳誠一大司教 新年ミサ説教

みなさんは新しい年がどんな年であるか、希望と喜び、恐れと心配、いろいろなものを抱きながら、この聖堂にいらっしゃると思います。
私たちの大変気にかかる問題があります、それは平和の問題です。この1月15日、中近東では予期しない大きな災害戦争が起こる可能性があります。人類は長い間、愚かな経験を重ねてきましたが、ほんとうの意味の平和を求めることに真剣でないような気がいたします。
今この難しい世界の中にあって、神様が悪を打ち砕き、ほんとうの意味での平和が社会に訪れますよう、また、私たち一人ひとりの心に、どんな時であっても、神様が与えてくださる平和を保つことができますように、このミサの間祈りたいと思います。
各家庭でも、この1年喜ばしいたくさんのことがあるかもしれません。また、同時にいろいろな困難に遭遇するかもしれません。こういった時に私たちは神の力により頼み、それを克服していく力を願いたいと思います。
教会は年の初めに母であるマリアを祈念いたします。
神様はいろいろな方法で人間をお救いになることがおできになったのです。しかし、実際にはマリアという女の人を通して、この世においでになったのでした。
私たちは教会を通して洗礼の恵みによって神の子とされました。聖母マリアは教会のシンボルです。なぜなら、ちょうど聖母が神の子をお生みになったように、教会をとおして神の子どもたちが生まれるからです。私たちは聖母をとおして神の恵みをいただき、その信仰が強められます。
日本の教会の歴史を見ると、聖母マリアが日本の教会の故郷だと言えます。聖フランシスコ・ザビエルが日本においでになったのは、聖母被昇天の8月15日、また、長い間の迫害が終って最初の宣教師が入ってきたのも聖母マリアの祝日でした。戦争が終ったのも聖母の被昇天でした。長い間隠れていたキリシタンが発見されたのも聖母の御像の下でした。どんなところでも聖母マリアは、私たちの教会で働いています。
私たちが信仰から遠ざかる危険にある時、聖母は私たちを呼び戻してくださいます。私たちが道を踏みはずそうとしている時、聖母は私たちにその歩むべき道を示してくださいます。
今年、私たちの東京教区ができて100年目にあたります。まだまだ神様の望んでいるような完全な姿の教会ではありません。これを機会に私たち教会をつくっている一人ひとりが回心し、信仰を深め、ご一緒に歩いていきたいと思います。

カトリック東京国際センター 設立基金募集 趣意書

新しい年を迎え、東京教区の皆様にお喜びを申し上げると同時に、皆様お一人ひとりの上に神さまの特別な祝福をお祈り申し上げます。
さて皆様すでにご存じのように、今年は東京大司教区が教区として設立されてから100年目になります。その記念として、わたしどもは「カトリック東京国際センター」を設立することにいたしました。それは増加する一方の滞日外国人の方々が直面している問題に愛の手をさしのべたいという切なる思いからであります。それはまた実に数多くの海外の方々からの物心両面からの援助によって支えられてきた100年の歩みに対する感謝を表すためでもあります。
何卒、わたしどもの意図するところをお汲みとりくださり、このための募金にご協力くださるようお願い申し上げます。
1991年1月1日
東京大司教区 教区長  大司教 白柳誠一

○[払込先]
銀行口座
富士銀行 目白支店口座番号
1588605
または
郵便振替
文京目白台一郵便局
口座番号
東京1-548578
名 称
カトリック
東京国際センター基金
代表者名 白柳誠一

〇問い合わせ先
東京大司教館内
カトリック東京国際センタ1
TEL(3943)4894
または
東京大司教館 教区事務所
℡(3943)2301

編集部から

日曜日の日本TV、夜9時からの『知ってるつもり!?』という番組をご存知ですか?
一種の人物紹介ですが、なかなか番組の構成や内容がうまくできていて、おもしろく興味を引かれる番組です。
取り上げられる人物は、社会に対して何かの貢献をすることによって、名を残した人たちですが、広く知られている人もいれば、ほとんど一般には知られていない人もいます。しかし私たちはよく知っていると思っていても、その人のほんの一部しか知らないことが多いのです。この番組では、なぜこの人がこのような人物になり得たかを、ゲストと共に考えていくのです。最終的にはご当人しかわからないことですが、5,6人で、「ああだ!こうだ!…」と意見をのべあうのが、視聴者に、「なるほど!」と思わせ、おもしろいのです。
「東京教区ニュース」も教区のことを『知ってるつもり!?』とみなさんに問いかけ、みなさんはゲストとして、いろいろとご意見をのべていただく、そんな場になれば、と思います。