東京教区ニュース第69号

1988年05月01日

「広報の日」特別講演会

日時 5月8日(日)午後2時から 入場無料
場所 東京カテドラル聖マリア大聖堂
演題 はじめて語る「キリスト教への道」
講師 作家・加賀乙彦
主催 東京教区広報委員会
後援 カトリック新聞社、上智大東洋宗教研究所他
○講演のあと「広報の日」のミサあり

実践総会 第3回
失敗恐れず挑戦を 過去最多の21分科会で

教区は3月21日、港区白金・聖心女子学院で1988年度の教区総会を開いた。テーマは「ともに喜びをもって生きよう」-これからの東京教区を考える-。すでに第1回福音宣教推進全国会議を終え、実行の段階に入った今、この刷新運動がどのように進んでいるか、どのように我々が変って行かなければならないかについて話し合った。白柳・森両司教の基調演説のあと、全国会議教区代表者が発題、これを導入として21分科会に分かれて論議した。決算・予算の報告も平年通り。

会議は午前10時、大村きぬ、寺西英夫の両氏を総合司会者とし、聖歌と祈りで始まった。まず白柳大司教が開会の挨拶「たくさんの方が集まって今年も教区の総会が開けることを嬉しく思う。我々は今まで教会の使命である福音宣教について考えてきたが、全国会議を終えていよいよ実行の段階に入った。この一連の動きは、いわば我々自身が変わる刷新運動である。今日一日、我々はこのために何ができるか、何をしなければならないかをホンネで話し合いたい」と述べた。

つづいて白柳・森両司教が、「全国会議を受けて」-新しい転換-と題して基調演説を行った。もはや単なる全国会議の報告ではなく、そこに込められた新しい考えを感じさせたもの。

次に全国会議教区代表者の発題にうつる。午後からの分科会への導入を目標としたもので、「開かれた教会づくり」-3本の柱について-に沿い、国富佳夫、長島世津子、荻野友紀、荒井佐よ子の各氏が約10分ぐらいづつ話した。

午後の分科会は1時から開かれた。もちろん3本の柱に沿って分けられたもので1グループ平均20人ぐらい。会場はどこでも熱気に溢れ、班も予定していた数をはるかに上回り、21組にもなった。過去の代議員会や総会を通じて最多の賑いだった。

再び一堂に会し、財政評議会の福川正三氏から、教区通常会計、87年度決算と88年度予算の報告を聞いた。金額よりもこれによって各部門の活動の消長をうかがうのがねらい。審議というわけでなく、簡単な質疑応答もあった。

分科会の発表は、とにかく数が多いため、各柱から2名をえらび各班で話されたあらましをのべた。発表者や白柳・森両司への質疑応答も組まれていたが各別のものもなかった。

最後に新司祭・木村公治、立花昌和両師の紹介があり、祈りと聖歌をもって午後4時40分閉会した。

▽なお宣教のための献金金額は283,292円だった。

発題1、日本社会の現実に眼を。 (国富佳夫)

日本の社会とともに歩む教会という主題は、非常に幅が広くて深い意味を持っている。これは一見我々の生活に密着しているように思われるが、実は不断は余り考えていない。豊かな国日本!の現状を正視して見よ。

今日ここに、20代、30代のサラリーマンの方がどれだけ出席しているか。この年代の人は、会社という1つの機構の中にあって、家族を食べさせるだけで精一杯、とても教会や日本の社会のことを考える暇などないと思う。彼らは果してこれからの新しい教会をついでゆく現実の活動力になるだろうか。

これに関連することだが、我々の生活が平生余りにもキリスト教からかけ離れたものになっているということだ。月曜日から土曜日までは日本の国民であって、日曜日だけカトリック信者だという人がいかに多いことか。どうしたら現実から逃避しないで、キリストのことを考えながら生きてゆかれるか。

ということは、我々の信仰が日本の社会とともに歩むために役立っているかということである。信仰の原点は我々が自ら体験した喜びを分かち合うことだといわれるが、0.4%という信者の数では、職場にも1人いるかいないか。果して分かち合いができるだろうか。日本の教会をキリストをモデルにしながら作り上げ、我々が開かれたところで変革して行かなければ、とうてい教会と社会との遊離という現実を改めることはできない。

発題2、ホンネで分かち合いを。 (長島世津子)

生活を通して育てられる信仰の基礎は、何んと言っても祈りと対話だと思う。家族を結ぶ本当の祈りは、深い対話を前提しなければ考えられない。日本の国には、ホンネを分かち合おうと努力するよりも、波風を立てないよう、相手とぶつかりそうな領域をいつも避けて通ろうとする風潮がある。こうなれば相手とふれあわない領域がどんどん広がるばかりである。

家庭を取り巻く環境が、夫婦とか親子の対話を更にむずかしくしているのも事実である。だからこそ本当の感情の交流、ホンネの分かち合いができたときの喜びはどんなに大きいかわからない。

分かち合いは喜びを倍にし、悲しみを半分にするものだと思う。それは灯のように台の上に置いて輝かせるべきもの。どうしても広げたいという望みはそのままでいることができない。

他の人と喜びを分かち合いたいということは、すべて開かれてゆくことの原点である。従って教会を開くことの原点でもある。開かれた教会づくりは、まず心を開くことから始めなければならない。ホンネの分かち合いができる場所をつくろうとする努力こそが、教会を一歩一歩人びとに開かれたものにしてゆく道だと考える。

分科会

はじめ15組を予定していたが6組も増えて、結局21組になった。時間の制約もあるので、自己紹介は昼食時に行った。全国会議を受けて、東京教区も一歩まえに進もうというのが目的。

21組もの書記報告は期限までに揃わず、一斉に載せることができないので、とりあえずいくつかを無秩序に選んだ。本紙の号を追って順次載せてゆく。

柱Ⅰ「日本の社会とともに歩む教会」

(1)分科会

(司会 志立 毅・三軒茶屋)
(書記 平田幸子・三軒茶屋)

【広田】(アクション同志会)子供たちの教育程度は高いが、物質的に恵まれている反面、精神的には貧しいのではないか。
【吉田】(世田谷)今更やっても、雲の上の啓蒙機関で、期待できない。
【酒井】(蒲田)神の前では司祭も信徒も同じである。教会のためキリストの道具として働くこと。
【山口】(小平)自分のエゴと建前をとことん話し合いたい。
【大塚】(初台)男は忙しく、子供の教育もワンパターン。これに警告していけるのはカトリック者しかない。
【伊佐野】(聖パウロ女子修道会)生命の尊厳の問題についても、教会は迅速に判断して指針を出してもらいたい。
【吉田】(世田谷)信者の回心が根本で、そのためにも家庭集会は有効だ。
【塩谷】(聖心侍女会)今の時代の修道者は、社会で働き生きるべきである。
【大塚】(初台)私の小教区は「めんどり教会」と言われるほど男性が出ない。
【三吉】(府中)人と人との交わりの中で、自分のできることを「させてもらえ」ばよい。
【伊藤】(北町)カトリック学校で、成績の良い子を入れ問題児をさけるということもあったが、寮生と修道院や神父とのかかわりが密接になるというプラスの面もあった。
【木村】(ノートルダム教育修道女会)子供に対する宗教教育の機会は学校にしかない。その影響はむしろ子供が社会に出てからあらわれる。
【槻宅】(赤羽)修道女から受洗した信者で、ずれを感じ教会に来なくなる人もいる。
【佐々木】(三位一体聖体宣教女会)幼稚園や日曜学校で習ったものは青年期に戻ってくる。
【加藤】(足立)司教は司祭に対してリーダーシップを発揮してもらいたい。
【森山】(板橋)司教団に期待はできない、教会は自分達の意識で改革してゆこう。
【大井】(碑文谷)日曜日のミサがすべてに優先する。

(2)分科会

(加藤 泰彦・多摩)
(川島一太郎・多摩)

【木邨】(目黒)宗教を市民におしつけるのではなく、社会にはいって共に活動の手伝いをすることが肝要である。
【大工原】(碑文谷)潜在的な信者を呼び起すことも大切だ。
【秋山】(福生)遊離の事実を反省するといっても迎合ではなく、信仰の光を通して社会とかかわることが大切である。
【坂口】(赤堤)休日を返上してまで業務上のつきあいをせねばならぬ現実を知ってほしい。
【松宮】(田園調布)日曜日以外にミサをうけられるようなシステムが必要である。
【田中】(汚れなきマリア修道会)離婚、難病、登校拒否などの人々とかかわって、客観的な視野をもてるようになった。
【中村】(聖母カテキスタ会)障害者問題に関心を持っているが、教会の福祉の窓口が必要である。
【田中】(聖心会)教育関係の仕事でも、社会に迎合しなければならない問題があることは事実である。
【沢村】(聖パウロ女子修道会)人それぞれに活動する範囲があるので、横の連携を強めることが大切である。
【富平】(松戸)職業と信仰をどう見ていくべきか、現実の問題点をとらえた説教がほしい。
【今井】(三軒茶屋)難民を助ける方法として、不要な物、時間の余裕があったら奉仕するというだけでは一方的な見方となるので、対話を充実すべきだ。
【秋山】(福生)主婦層は社会の現実を認識するための勉強を充実すべきである。
【坂口】(赤堤)離婚者、再婚者などの苦しみを救う方法としてまず神父との対話をすすめること。行為の法的根拠や裁判制度についても知らせることが必要である。産制問題がもとで信仰をすてる者を防ぐ対応も。
【秋山】信徒一人ひとりが互いに呼びかけ、つながりをつくるべきである。
【横山】(調布)信者としての自覚が優先する。
【富平】教会の中で本音で語れる組織が必要である。

親のうしろ姿に重責

柱Ⅱ「生活を通して育てられる信仰」

(7)分科会

(山口一雄・大森)
(高村雅子・洗足)

【井上】(町田)「福音宣教で何ができるか」につき、教会全体で話したが、先ずは互いに知り合うという第一段階にとどまった。
【萩原】(浅草)婦人会は数が少ないから、事があるといつも1つになって家族同様である。
【嘉松】(松戸)世帯数が多いので、受け入れ状態がうまく出来ていない。
【三浦】(蒲田)青年グループの中では職場や家庭のことを分かち合えている。
【杉田】(成城)人数が多く分担主義で横の連絡がうまくとれていない。自分の隣の人に声をかけようとはしているが。
【野口】(小平)声を掛けると仲間に入り、教会行事にも協力する。
【井沢】(八王子)人間的にふれ合う真の分かち合いのためには、良き指導者が求められる。
【三浦】傷つくかも知れないが本音で話し合うことが大切。

なるほどひと味!

【小宇佐】(多摩)話したことを暖かく受けとめてくれるという信頼で本音で語り合える。
【井沢】本音が独り歩きしても困る。
【山口】(大森)日常生活と信仰を結びつける問題について。
【高倉】(北町)女房は未信者、大げんかをして「そんなに神様がいいのなら帰って来なくて好い」と言われた。今では時々、女房も子供と教会にゆく。
【上島】(神田)信仰から離れた子供を見ると親は空しく感ずる。どんな手の差しのべ方があるだろうか。
【小宇佐】どんなグループの中にも、互いに信頼できる関係をつくり出してゆくのが肝腎。
【三浦】信頼していれば、傷つくことがあっても立ち直りがはやい。
【萩原】幼児洗礼の一人娘が高校生のころから教会を離れ出した。親のうしろ姿を見て育つのなら自分のせいなのか。
【上島】息子の改心のために朝夕祈っている。長い人生にはそういう時期もあろうかと暖かく見守っている。
【小宇佐】親のうしろ姿1/8がいけないのではないか。信者になるとよいナと思わせねばダメ。
【マルシャン】(小岩)子供は自分で判断し、選ぶ力があるのだから、人格を認め自由にさせること。心配する必要はない。
【杉田】子供は3人とも小教区の教会には行っていないが、どこかでカトリックとつながっている。
【三浦】教会に行くことがそんなに大切なのか。山谷でも仏教のグループでもすばらしい生き方をしている人は沢山いる。
【嘉松】教会のボランティア・グループが盛んで地域に奉仕している。
【山口】職場では、なるほど彼はカトリックかと一味違った良さを出せばよいのではないか。
【高倉】職場でカトリックだとは云っていない。正月になると会社に安全祈願のおはらいが来るので困っている。
【野口】クリスマスに仲間をつれて来たり、バザーでは安くて良い物を紹介する。理窟よりも身をもって表わす。
【井沢】弱い信者なので、理解される生き方、道を探している。
【マルシャン】教会は困っている人達のために開かれているはずである。我々は何をしているのか。
【田嶋】(東京カリタスの家)困っている人の話を親身になって聴くことだけで、立ち直りの手伝いができる。

柱Ⅲ「福音宣教をする小教区」

(13)分科会

(栗田信子・お告げのフランシスコ姉妹会)
(北村圭一・上野毛)

【加藤】(サン・モール修道会)福音的な価値観を、父親達に伝えようとしている。
【文】(聖母カテキスタ会)教会に来る人を受けとめたり、幼稚園の父母に教会とのつながりを持つようにすすめている。
【伏木】(小岩)女性が教会活動に積極的に参加するようにしている。子供を中心とした典礼も実施している。
【鈴木】(アジアの聖フランシスコ宣教修道女会)信徒の意識の向上が大切だと思う。子供会の運営では、場合によっては宗教を越えて取り組むことも必要である。
【佐久間】(世田谷)司教団がナイスを誠実にうけて「ともよろ」を出したのだから、教区司祭としてこれを積極的に読み取ろうとしている。小教区のメンタリティの転換に力を注いでいきたい。
【白浜】(小平)司祭が異動しても変らない信徒のあり方を考えたい。
【本野】(麹町)結婚講座を通して、一人ひとりと深くつきあいたい。
【石田】(船橋)ミサに来た未信者にも聖体を授けてよいのではないか。
【佐久間】聖体は洗礼の秘跡の一部であり、やはり信者でないと拝領できない。未信者には違和感を与えぬよう、祝福を授けている。
【栗田】(柏)教えを広めることについて、信者一人がひとりをつれてくれば倍になる。

タレントバンク?

【渡辺】(三軒茶屋)信徒達が信仰に満ち、喜びに輝いていれば、自然に影響力が出てくるだろう。
【津山】(豊島)公会議以前の典礼を根強く望む人がいるが、み言葉の祭儀や歌に理解し易い言葉が使われるのは当然だ。
【日下】(千葉寺)教会ではタレントバンクを設け、ふさわしい仕事をして貰っている。小グループでのコミュニケーションが必要である。
【原】(世田谷)人はたやすく心を開かない。いろいろな出会いから深いところにふれあえると思う。
【栗田】司祭は信徒に対して、どうして布教しないのかと、何故どならないのか?
【佐久間】どなる神父はかっていくらでもいた。しかし何の実りもなかった。信徒が本当に喜びを持ってやらないのなら何にもならない。

(14)分科会

(荒井佐よ子・婦人同志会)
(稲葉和子・関口)

【高橋】(立川)日本人は信仰というと神社参拝の感覚があるのでは?福音宣教について真剣に考えもしない。先ず内部改革から始めなければ……。
【西浦】(麹町)地域社会と教会のつながりは、結婚式がそのきっかけになることが多い。バザーも交流の場になるがあとが続かない。宣教には経済的基盤と信徒の活動力が必要である。
【鵜沢】(東金)小さな教会で存在すらわからなかったが、神父が毎日、地元の人と挨拶を交わし、ようやく交流が始まろうとしている。
【依田】(小平)やはり結婚式が宣教のよい機会と考える。
【司会】典礼について。
【沖】(目黒)ミサの充実と日本化とは形式ではない。
【野村】(関口)歌えない司祭に歌ミサを望むのは無理な注文だ。
【中口】(梅田)若向きのミサと一般向きのそれとがあってもよいのでは。
【村岡】(赤羽)ミサの中で司祭が5回も挨拶するのはおかしい。小教区を越え、信徒だけで典礼の研究会をつくりたい。
【福居】(碑文谷)日本人の心にしみる日本語のミサが大切である。「あなたを置いて、誰のところへ行きましょう」などは直訳にひとしい。
【司会】女性の参加、決定を含めた教会運営への対等の参画についてなど。
【鍬柄】(本郷)教会の実状によって決めるべきである。
【長井】(小岩)実際の活動は女性が行っているが、決定権は男性のみの所がある。
【西浦】(麹町)奉仕者は男性に限られている。内陣に女性は入れないと言われている。
【沖】実際には女性がすでに先唱、朗読をしている所が多い。

転換へはずみ

信仰の基礎の1つは、聖霊が世の終りまで教会の中に留まってこれを護り導くということである。この4年間、福音宣教の動きが教会に始まってから今日に至るまで、特に著しく我々の上に神の力が働いていることを感ずる。これは全国会議においてもはっきり表れていた。司教団に出された提案の中には、我々の発想や精神の転換を前提とするものがたくさんあった。これこそまさに聖霊の導きだと思う。

転換の1つは「ともに」で表される。なぜならこれは全国会議に出席した者が皆体験したことだからである。意見のちがいを越え、信・望・愛によって結ばれた1つであるという体験、これは第2バチカン公会議の教えとも一致する。しかも、この「ともに」は、たとえば小教区の内だけでなく、その地域に住む人びとをも福音的に生きる共同体に変えるということを含んでいる。これは何んと大きな転換であろう。

もう1つは「喜びをもって」ということである。今までの信仰生活は、ともすると喜びよりも、掟を守ることにとらわれてきた嫌いがある。神に愛され、その救いにあずかる喜びに生きているかどうかの観点、これも大きな転換である。

次には、神の国の実現は神自身の業であるから、失敗を恐れて尻込みせず、勇気をもって新しい試みに挑戦しようということである。こんなことを今まで司教団が口にしたことはない。ローマが聞いたら驚くかも知れない。しかしもし失敗しても寛大に認め合うという共通理解のもとに、ほんとうに良いと思うならそれを実行してゆく姿勢を皆で確認したい。

そして最後にもう1つ、それは言うに及ばず祈りと犠牲の重要性である。刷新もつまるところ神のなせる業、我々は道具であり、神を離れては何もできない。改めて祈りの必要なゆえんである。これによって病者もお年寄りも刷新運動に立派に貢献できるわけである。教会が、観想修道会の一修女であった幼きイエズスの聖女テレジアを、宣教地の保護者と定めたのも故なしとしない。

更にこの機会に一言つけ加えるならば、殉教者への思いである。「殉教者の血はキリスト信者の種」と言われる。死をもってキリストを証し、宣教の力となった我々の先輩に思いを至さずに宣教の決意を固めることはできない。

くどいようだが、今日皆さんに申したいことをもう一度、それはこの全国会議というものが本当に1つの大きな精神的な転換を要求しているということである。

(東京大司教・白柳誠一)

司祭異動

○注( )内は前任務など

浅草教会主任 市川裕師(福音宣教推進部)
ケルン教区の日本人司牧のため出向 藤井泰定師(浅草教会主任)
高幡教会主任 幸田和生師(高円寺教会助任)
立川、豊田教会共同司牧 古川正弘師(豊田教会主任)、岡本昇師(立川教会助任)、木村公治師(新司祭)
高円寺教会助任 立花昌和師(新司祭)
市川教会助任 平原陽一師(大司教館付)
西千葉教会助任 稲川保明師(留学帰国)
大司教館付 藤岡和滋師(立川教会主任)
留学 本多清次師(大司教館付)
松原教会主任 スメット師(松原教会主任代行)
赤羽教会主任 川下勝師(大阪仁川学院校長)
亀有教会主任 川淵明師(奄美大島)
亀有教会助任 大野幹夫師
調布教会助任 小笠原優師(留学帰国)
吉祥寺教会助任 竹山光雄師(帰国)
吉祥寺教会助任 井上淳師(新司祭)
麹町教会助任 住田省吾師(帰国)
葛西教会主任 山口正美師(葛西教会助任)
千葉寺教会主任代行 モローニ師

3月10日祈る

3月10日(東京大空襲の記念日)夕方、東京都慰霊堂で、本所教会信徒を中心とした40人が戦争犠牲者の冥福と平和のために祈った。この人達は、9月1日(震災記念日)にも小平和祈願祭を行っているが、当夜の集まりは、特にこの時期の、下町反戦平和運動に連帯したもの。