東京教区ニュース第60号

1986年11月01日

第12回東京教区広報の集い

日時 11月30日(日)午後2時〜4時半
場所 聖パウロ女子修道会ホール(港区赤坂8-12-42)
テーマ 「視聴覚メディアと宣教」
おもな内容 お話、VTR鑑賞、ワーク・ショップ他
Ⅰ、「視聴覚時代に生きて」     長谷川昌子
Ⅱ、「テレビ番組は宣教に使えるか」 白井詔子
主催 東京教区広報委員会・東京教区福音宣教推進部

平和旬間 祈願祭はほぼ定着 小教区でも催しの工夫を

教区は8月9日(土)、千鳥ヶ淵戦没者墓苑で、平和旬間恒例の行事として、第13回平和祈願祭を開いた。主司式は白柳大司教がつとめ、共同式司祭は19名、参加者は600人を超えた。今年は特に国際平和年、新しい試みとして、吉祥寺教会有志が卒先して同教会から千鳥ヶ淵まで平和祈願行進を行った。他の催しとしては、8月10日(日)、関口教会信徒会館で、「戦争体験を正しく伝え、これからの平和を考える」ためのシンポジウムが開かれ、約80人が参加した。平和旬間実行委員会では、教区規模の行事も結構だが、ほんとうに大切なのは今回の吉祥寺のように、「平和の祈り」を小教区あるいは個人でどうしているかだ-との反省に立ち、来年はむしろそう言うところに力を注ぎたいとしている。

去年と違い雨の心配が全くないため、参列者も早くから姿を見せ、思いなしか準備委員の設営にも熱が入った。プログラムは、第1部・ミサ「平和を願って」、第2部・献花、光の行列、平和の願い-と例年通り。
主司式者の白柳誠一大司教は説教で「日本がアジアの諸国に対して加害者であったことを直視し、これらの国々に対して負い目を担っていることを忘れてはならない」と述べた。聖書朗読は本島明郎(本郷)、一藤甫(荻窪)の両氏。共同祈願には全ブロックの他に、平和祈願行進をしたグループも加わった。
聖歌は、去年と同じように指揮(岩子昭氏)、オルガン(坪川裕子、高橋民江両氏)とともに麹町教会聖歌隊の有志が奉仕した。参列者を代表した墓前への献花は、高橋巌、森口幸雄、春宮和子、石塚晴江(いずれも浅草)の各氏が行った。
参列者一同がローソクを手にして墓苑を一巡する光の行列はいわゆる絵になる感動的なもので、これを楽しみに?毎年参加する人もいると言う。終りに教皇の広島における「平和アピール」の一部をテープで聴き、それに応えてアシジの聖フランシスコによる「平和の祈り」を全員で唱えた。
去年はやや低調だったが今年は参列者が少し増え、家族連れも目立った。特に呼び掛けているわけではないが、隣接教区から来た人もかなりいた。しかし何んと言っても、ミサの共同司式司祭が19人を数えたことは力強かった。
なお献金は314,385円で、この催し始まって以来の最高額だった。これは平和旬間諸行事の基金に当てる。

▽ポスターが、何年も使われていてちょっとマンネリ化している。再来年あたりからはプロに頼むなどして、あるいはシンボルマークみたいなものを考えてはどうか。
▽予告の時期をもう少し早目にすべきである。
▽共同祈願の字数の制限が、必ずしも守られていない。
▽共同祈願を徹底させるためには、式次第に刷り込むことを考えるべきである。
▽設営に関して、道が暗い、つまずくなどの問題は常に残る。
▽アンプがオーバーヒートして途中で音が切れてしまった。
▽東京でやるのだから、戦災者と言うことを強調しても良い。

乙女の祈り

▽あの集いに参加する恵みを与えて下さった神様に感謝しています。思ったのですが、ミサの前でも、いちばん後でもいいから、ロザリオを唱えたら良かったのではないでしょうか。
平和の元后である聖母に取り次ぎを求めることは、とても大事だと思います。平和のためには、ロザリオの祈りが重要な手段ではないでしょうか。私たちの思いが神様に通じるといいと思います。
高2・大村麻子(小金井)
▽今日は忘れられない一日でした。何故かと言うと、吉祥寺教会から千鳥ヶ淵まで生まれて初めて何んと20キロも、家族そろって平和行進をしたからです。
最初高1と中2の兄と父だけが吉祥寺教会から最後まで全コースを歩く予定でした。母は足が弱いので、本当は初めちょこっとだけ歩いて、途中で私と地下鉄に乗って四ッ谷から歩こうネと言うことでした。でも何んと私と母まで全部歩き通してしまったのです。
荻窪教会と高円寺教会で、行進した人達みんなに出してくれた冷い麦茶がとてもおいしかったです。教会に着くたびに、戦争なんてバカなことは絶対しないように祈り、あと自分のためにたくさん祈りました。くたくたに疲れていたので、神様は絶対かなえて下さると思いました。朝10時に出発したのに、千鳥ヶ淵に着いたのは夕方の6時でした。
中1・長島 愛(吉祥寺)
▽私は同じ教会の友だちと早いうちから行って、プログラムを配ったりしていました。そこまではこれと言った感想はありませんでしたが、ミサ中、大司教様のお話を聞いて、これからは私たちの世代なんだから、戦争のない平和な世界を、自分たちの手で作り上げなければならないと思いました。
中3・山路公重(上野)
▽ふだん平和について考える事の少ない私ですが、年に一度、家族で平和旬間のミサにあずかり、光の行列をしながら平和を願う気持ちを表したいと思います。私は、死者の霊を慰めるため、墓苑を一巡する光の行列が大好きです。
中1・芝崎恵子(高円寺)
▽今回、初めて平和祈願祭に出席しました。今日に至るまで世界のいろいろなところで戦いがありました。戦争と言うのはどちらか一方ではなく、お互いが悪いのではないかと思います。
大司教様のお話にもありましたように、第二次世界大戦でアメリカが日本に原爆を落したのもとてもいけない事ですが、日本だって真珠湾を攻撃したのだし、やはりお互いに悪いのではないかと思います。
反省をこめて1人でも多くの人が平和を願い、集まり、祈ることはとても大切なことだと思います。私たちのできることは身近な人を大切にし、その輪を広げてゆくことだと思います。
中2・吉沢菜穂美(吉祥寺)

戦争体験伝えて信徒会館で集い

平和旬間のもうひとつの催し「戦争体験を正しく伝え、これからの平和を考える」ためのシンポジウムには、昨年を上回る約80人が参加した。
初めに大柳博士氏(麹町)が「戦争中の教育現場と戦後の復興」と題して1カトリック学校の場合を紹介。次いで渡部真氏(上野毛)はソ連原発事故の影響を中心に「核の危険」につきスライドを用いて説明した。
最後には堀田雄康神父(フランシスコ会)が講演、平和の原点を聖書に求め、「聖書に学ぶ平和の願い」について話した。
いずれのテーマも大きなものだったが、その割には講演や討論の時間が短く、皆んなしり切れトンボの感をまぬがれなかった。来年以降どうするかと言う課題を残したとも言われる。
(詳細は宣教のページ)

墓苑まで30キロ歩く

8月9日、千鳥ヶ淵戦没者墓苑で平和祈願祭があった日、祈願祭へは自分の足で-と、墓苑まで約20キロの道のりを徒歩で行進した老若男女32人を含む信徒の一群が見られた。吉祥寺教会青年有志の「平和行進をやろう会」が主催した平和祈願行進に参加した人たちだ。
同教会の今年の課題の1つは青少年育成に関するものだったが、どういうことで魅力あるカトリックを植えつけられるかを考えていくうち、教皇が広島における平和アピールで、特に平和への「道」を強調し、若者の主体性に期待していることに気づいた。
平和を考え、平和を祈るために歩き、平和は苦しみの中から味わうもの、この精神を自分の足で歩くことによって感じようではないか-と、及川正神父(吉祥寺主任)が提唱、同教会「平和を考える会」がPRを担当するなど昨年11月頃から準備をはじめ、数度の会合をかさねて実施された。
吉祥寺教会から墓苑までの全コースを歩き通した参加者年齢の最少は9歳、最高は71歳だった。午前10時に出発し、途中、荻窪、高円寺、麹町教会などで休憩、聖堂で平和のために心から祈った。各教会では、婦人会が麦茶を出すなど心暖まる接待をし、またそこから行進に加わる人もいた。このような励ましによって疲れも忘れ、夕方6時、無事目的地に着いた。
主催者側では、今回の経験を生かし、来年は教会の各部門が平和をテーマとした催しを企画してすべてを結集、平和祈願祭に向けた平和行進をやりたいとしている。
教区平和旬間実行委では、このような新しい試みが特に少数区から出たことを評価、来年以降も続けられることを望むとともに、他の小教区でも、平和旬間のいろいろな催しが企画されることを期待している。

▽当初の目的から見て若者の参加が少なかった。
▽せっかく街を歩くのだから、せめて平和を訴えるワッペンぐらいはつけてはどうか?
▽今年の平和祈願祭には吉祥寺教会から結局80数人が出た。

忘るな隣国への負い目

今年も終戦記念日が近づいて来た。教会は数年来、この日を前にした期間を特別に平和旬間として定め、悲惨な戦争を思い出すことにしている。もちろんただ単にありし日の感傷にふけるためではない。教皇も言われたように、過去を思い出すことは将来に対して責任を持つことだからである。
戦争は人間性を失わさせる残酷この上もないものである。私たちの多くはその証人であり、親、兄弟、親戚、友人などの中にたくさんの戦争犠牲者を持っている。また日本は世界で唯一の核被爆国であり、その悲惨さをじかに味わっている。しかし同時に忘れてならないことは、私たちの国は、特にアジアの諸国に対して加害者であったという事実である。アジアの国々を回るといまだにその深い傷跡に接し、しばしば心からの痛みを感じさせられることがある。
日本、そして私たち日本人はこれらの国々に対して負い目を担っていることを決して忘れてはならない。時あたかも国際平和年に当たる今こそ、過去についてざんきの思いを新たにし、平和への決意を固めるべきときである。
人類が未曽有の苦い体験を重ねて半世紀も経たない今日、世界の多くのところでは争いや平和を脅かすいろいろな動きのあることを私たちはよく知っている。国と国などが互いに利益を争い、他国の侵略に備えるという口実のもとに軍備を増強し、莫大な金が費やされている。その半面には、世界の2/3の人が飢えのために生命を脅かされ、人間の基本的な権利が危険にさらされているという事実もある。社会に存在する不正義や差別などを挙げてゆけば数え切れないほどで、人間は本当に愚かなことを繰り返していると言わねばならない。
なぜ人間はこのように愚かなのだろうか?それは私たちが互いに信頼できず、愛し合うことができないでいるからである。今こそ人間の特権である理性を使って信頼し合える存在であることを知り、愛し合う道を見いださなければならない。世界平和の基礎は、人間自身の深い洞察によって、人間の尊厳性を確認し、それに伴うすべてを守ることである。
しかし私たちキリスト者は、さらに人間が神の似姿に創られたものであり、御子キリストの救いの恵みに与かるほど愛されている存在であることを信じている。従って、調和というものを正しく捕らえるためには次のような側面を見る必要がある。
平和の第1の側面、それは自分と神との平和である。神の救いにあずかるということは神との和解を意味し、この関係は私たちにとり根本的なものであって、人が他のものとの平和を回復するための前提であり、帰結でもある。
平和の第2の側面、それは自分自身との平和である。人は自分の中に矛盾があるとき、心に平和をもつことができない。
第3は社会的な側面である。自分と隣人、とくに国と国との間である。核軍拡の競争が宇宙空間にまで及び、人類が滅亡の淵に立たされている今日、このような社会に福音の力によって歯止めをかけることが急がれる。
第4の側面として人間と自然との関係を加えたい。科学の発達とあいまって人は自然を破壊し、環境汚染や公害を生み出している。自然との分裂をこのまま放置すれば、人類はとりかえしのつかない結果を見るであろう。平和の問題に正しく取り組もうとするならば、この4つの側面はいずれも欠くことが出来ない。
私たちは立場によって出来ることも違う。まず神との正しい関係を作るとともに人間相互の信頼の関係を打ち立て、平和のために草の根的に働くものとなりたい。
(東京大司教・白柳誠一)

広い心の追悼会

8月15日、大阪で、「アジア・太平洋地域の戦争犠牲者に思いを馳せ、心に刻む集会」が開かれた。「日本人の多くは、40年にわたってこの人たちのことを忘れ、ひたすら身内の死だけを悼んできた」という反省から上杉聡氏(大阪・阿部野)が提唱したもの。
正義と平和協議会でも取り上げられ、津賀佑元氏(靖国問題担当)が呼び掛け人に加わるなど、司教、司祭、信徒から多くの賛同人を出していた。

震災記念堂でも

9月1日、本所の東京都慰霊堂(震災記念堂)で、今年も本所教会有志を中心に平和の祈願が行われた。今回は本所のほか浅草(4名)、町屋(2名)、築地(1名)、渋谷(1名)などの教会も参加し、ロザリオの祈りをささげて平和を願い、犠牲者を追悼した。

ルイ神父支援を

潮見教会主任コンスタン・ルイ神父は、昨年9月、指紋押捺を拒否した。この行動は、在日韓国人などへの連帯であると共に、司教団の外登法改正を求める建議書の主旨にそったものである。しかし、これによって、このほど法務省から、帰国すれば再入国不許可、さらに帰国申請不許可の宣告を受けたため、同神父は再入国不許可取り消しを求める行政訴訟を起した。
教区司祭有志はかねてより、神父の行動を支援していたが、これを機に森一弘司教、小林祥二神父らが呼び掛け人となり、あらためて「ルイ神父を支える会」を発足させることにした。
▽入会金・支援カンパ送り先-大司教館内「ルイ神父を支える会」(代表・森一弘)
▽事務局-永代働く人の家〔江東区永代1-7-14〕(事務局長・小林祥二)

「信徒」テーマに諮問 課題の深さで答申難行

諮問議題〔当番ブロック〕

1、家庭について。【城西・城北】(6月22日)
2、信徒の霊性について。【武蔵野・千葉】(9月11日)
3、信徒の宣教について。【中央・城南】(11月16日)
4、現代日本の教会と社会における信徒と司祭の役割について。【城東・多摩】(来年)

白柳大司教は、さきに「信徒について」-基本方針と優先課題の流れにそって-をテーマとした4つの事項(別掲)を教区宣教司牧評議会の今年の諮問議題としたが、同評議会は既に2つの議題の審議を終えた。昨年と同じように、その場限りの発言を避け、メンバーが互いに学び、実りある答申ができるよう、各議題に対して当番ブロックを決め、その発表を中心に質疑応答し、内容を深め、まとめてゆく-という方法をとっているが、(1)「家庭について」では、準備の期間が短かったためかえぐり方が足りない(2)「信徒の霊性について」では、初めから霊性の意味を取り違えていた-とかで、討議のやり直しをするブロックが出るなど、今年は何んとなく波乱気味である。

1、家庭について。

Ⅰ、家庭の福音化は至難の業。
(1)物質至上の考えがカトリックの家庭にも広がりつつあるが、それに対抗しようとするとき自分の無力さを感ずる。
(2)子供にどうやって信仰を伝えたら良いのかわからない!心もとない限りだ。まして教会を離れていく子供への対応には、いっそう苦しむ。
(3)昔は人とのかかわりの中で生活があったが、今やテレビやパソコンが取って代わり、信仰生活を疎外することに拍車が掛かっている。その上に塾通いだ。
(4)こちらも定時の帰宅が望むべくもないサラリーマン。共働きの主婦。信仰教育をする時間の乏しさを憂える。
(5)特に幼児の信仰教育の欠如は深刻である。「めでたし」1つさえ満足に唱えられない子がいる。親は一体どのように考えているのか!
(6)「助けて欲しい、ひとりにしないで欲しい-。」家族の大部分が教会から離れてゆき、いま信徒として残っているのは家長?としてのオレだけだ。
Ⅱ、すべてが悲観的であるわけではなく、家庭の福音化に懸命に努力していると言う力強い発表もあった。
(1)家庭を安らぎの場として捕らえ、その実現に努めている。
(2)家庭を小さな教会と心え、それを育てて小教区の支え、教区の柱となりたい。
(3)親が絶えず真剣な信仰の姿勢を示せば、子供は必ず倣う。
(4)祈りを死守、祈りを失えば魂も枯れると子供に教えている。
(5)キリストに対する無言の信頼の態度が相手を改宗させる。
(6)「お前が目に見えて変ってきたから」と言う理由で、求道者の妻が教会に勉強にゆくのを、夫が協力するようになった。
(7)「もう少し、お前の真剣さを見せてもらってからな」と、夫が教会への誘いに応ずる態度を見せ始めた。
(8)初めに、自分がキリストの中にあって幸せであり、喜びに満たされるという思いがあれば、信仰は必ず何かの形で息吹きを伝えるものである。

▽家庭の福音化、子供のカトリック教育には、権威主義はかえってマイナスになる。
▽成長の過程でしばしば表れる教理上のつまずきと、それからの脱出は、本人の心の問題であるが、親としては共に悩み、力を貸すという心構えが大切。
▽子供の体験を尋ね、彼らが出合った体験に合わせてのカトリック教育こそ肝要である。
▽テレビの良い番組を選び、共通の話題を作って信仰教育の手掛りをつかむよう心掛ける。
▽幼児の教育は、ミサ典礼の選択で対応できる。幼児にとって難しいと思われる祈り文も、歌にのせて伝えれば、親しみながら憶えられる。
(城北ブロック)

大きい親の責任

会議を2度開き、特に2回目は、会場となった瀬田教会の婦人会、青年会、神父、神学生もオブザーバーとして加わり、4分科会に分かれて討議した。
しかし、身近な問題のため、ひとに言えない生々しい事情もあり、遠回しの言い方が多く、文章にまとめるのは困難で、答申案として期待に添えるものとはならなかった。むろん、事柄が重要なため、これからも何らかの形で取り上げてゆきたい。
すでに、瀬田教会では婦人会が中心となり、若い母親や子育てを終えた母親も集まり、青年の意見を聴くのではなく、育てている子供、育て上げた子供のことを話し合い、この問題に対処したいとの声が出ている。
とりあえず、当日の分科会で話されたことをメモする。
1、Aグループ。
(1)学校に上がる前までの親の責任が大切。
(2)学校に上がってから、親が甘い。
(3)中・高生になってからでは遅い。
(4)父親の責任は大きい。父親は見栄を張らず、てらいなく、自分の苦労を話すべし。
2、Bグループ。
(1)円満で完全な家庭を目指すより、お互いに欠点を持っていても、助け合っていく家庭をつくろう。
(2)信仰教育、自分の霊性を高めることが、夫婦・子供・隣人に対して大切なこと。
3、Cグループ。
(1)われわれは、聖書ばかりではなく、社会学、心理学なども勉強しなくては、離婚、家庭内暴力などに対処できない。
(2)教会内で同じ悩みを持つ人々が助け合うこと。
(3)ミッション・スクールをもっと解放することはできないか。
(4)マスコミの悪い面の視聴拒否と、逆に活用を考える。
(5)若者のための場を提供すべきである。また、お母さん方のために教会をカルチャー・センターのように解放してはどうか。
4、Dグループ。
○母親の姿を見て子供は成長する。夫は妻に、妻は夫に、親は子供にひと声掛けることが大切である。
【反省】
(1)子供が親に声を掛けた時(先生も同じ)、それを子供のサインとして受け止め、どんなに忙しくても、ひと声でもよいから返事をして、子供に関心がある親を見せることが大切である。「忙しいからちょっと待って」と言ってしまう。親と教師に子供はどんなに失望し、寂しさを感じ心を閉ざしてしまうか!
(2)戦後なにも無かった時には、隣り近所、親類の人たちが真剣に助け合っていたのを子供たちは見て育ってきたが、今の社会の風潮の中で、カトリックはどのように家庭に指針を与えることができるか?
(城西ブロック)
◎両答申案を見て-家庭問題を内輪だけの話ではなく、今の日本の社会問題としてもう少し突込んでほしかった。原因が構造的なものであるなら教会の責任としても捕らえ、教会の考えを世間に示すぐらいの発想があってもよい。(議題2は次号)

「難民」に相互扶助

教区難民定住推進部は、9月7日(日)、四谷・雙葉学園同窓会館で、「東京教区における活動計画について」を議題に、第3回東京教区難民定住対策小教区担当者会議を開いた。
教区は1983年度の代議員会(現教区総会の前身)で、インドシナ難民定住対策を活動方針の1つとして決め、中央には推進部、小教区には担当者を置くなどして活動の第一歩を踏み出した。取り組み方は布教司牧協議会(現宣司評の前身)で検討、初めは教区で対策を立てるのでなく、とにかくその場で何かやってみるという現地主義をとり、しばらく様子を伺うことにした。
既に3年が経過、多くの小教区や修道会では支援グループを作り、難民の住居や就職の世話をするなど地道な努力を続けてきたが、規模が大きくなるにつれて、やはり現地主義だけではうまくゆかない面が出てきた。今回の担当者会議は、推進部がこれへの対策として開いたもので、いままでの活動報告をも兼ねて、教区全体で行うべきだと考えられる問題を取り上げ、具体的な方策について討議した。
1、財政援助について
小教区の活動の中で、生活資金援助、奨学金、活動費などの不足が問題となっている。このため、難民定住促進の目的で拠出される資金を受け入れ、活動推進に必要な資金を貸付け、または提供する「東京教区難民定住推進のための相互扶助制度の創設」を提案した。
2、情報交換について
担当者が活動の中で得た情報や知恵を分かち合うことによって、効果ある活動ができる。このためには、「東京教区難民定住対策小教区担当者連絡会の定期開催」が提案された。
3、広報活動について
難民定住促進のためには、教区全体にわたる理解と支援が不可欠であるが、これには活動内容を一般信徒に知らせることによって、活動の意義と役割を明らかにすることが必要である。これに対しては、「定住促進ニュースの定期発刊」の提案があった。
討議の結果、大体の支持を得たが、特に第1の提案内容には宣司評を通しての各ブロックの理解と支持が必要なため、9月11日の宣司評例会で説明、了承された。

新幹線障害者

教区福祉部・障害者問題小委員会は、7月12日〜13日、新潟県・湯沢で「障害者と健常者の湯沢大会」を開いた。同委員会は、これまで各ブロックを持ち回り、共同企画で「障害者とともに考える集い」を開催してきたが、今年はちょっと趣を変え、合宿をして見たら、と言うことになり、カトリック・ユース(担当・坂倉圭神父)の協力を得て実現の運びとなったもの。この催しの企画者の1人である三好満神父(福祉部長)は、9月11日の宣司評で大会について次のように報告した。

「宿はスタッフの縁故でシャトー塩沢というスキーロッジを借り、障害者、ボランティア計130人が参加した。新幹線に乗って大騒ぎ、大喜び。初めての経験だったが、国鉄側も職員が打ち合わせのために東京まで足を運ぶなど大いに協力した。
初日には森一弘司教も会長として参加、障害者とともに生きることの意味を話した。とくに二日目はバスで近くの渓谷まで行き、車椅子の人たちを皆で協力して谷間に降ろすなど、障害者と健常者がともにあってこそ互いに満たされるものだと言うことを実感した。
この大会に対する反響は大きく、感謝の声とともに是非またという希望も寄せられているが毎年というわけにゆくかどうかわからない。カトリック・ユースを含めた障害者問題小委の皆さんが本当によく働いてくれたので成功したのだと思う。」
(詳細はカトリック新聞と宣教のページに掲載)

ナイスへ教区の総意を

第1回福音宣教推進全国会議(ナイス87)は、1987年11月20日から23日まで、京都カテドラル・カトリック会館で開かれるが、中央協・ナイス実行委員会(以下実行委という)の要請で、教区でも着々と準備を進めている。
1、まず教区ナイス準備委員会(以下準備委という)の結成であるが、6月22日の宣司評で、出席者のなかから信徒側として8人を選び、すでに決っている司祭側からの9人と修道者側からの3人を加え、計20人をメンバーとした。
2、7月6日、雙葉学園同窓会館でナイスの趣旨説明会が開かれ、準備委3人が出席した。実行委から(1)ナイスの規定(2)開催期日と場所(3)テーマ設定の手順について説明があり、全国各地で開かれた公聴会の生資料が配られた。
3、これをうけて、準備委は7月14日、司教館で初の会合を開き、(1)全員で生資料を読み、各自でテーマを出して意見を分かち合う(2)ワーキンググループを作り、10のテーマを設定する(3)全員でテーマを検討して完成させる-などを決めた。

まずテーマ選び
4、9月1日、第2回目の会議では、生資料から各自が抽出したテーマを説明した。審議の途中、(1)福音宣教にいまだ目覚めていない大多数の教会、信徒に対して、基本的な課題を具体的に抽出し、指針を示すことが望ましい(2)広い視野に立って「日本の教会がこれから求められるものは何か」を、信徒、司祭、神学的立場から討論し、まとめられるテーマが望ましい-という別個の意見が出たため、双方に共通するテーマを抽き出した。なお、この会合で6人のワーキンググループを結成した。
5、ワーキンググループは、司教団が行ってきたカトリック全体の指導性の反省の上に立ち、ナイスを機会に近代的組織運営の方法を取り入れた実践機構を提案することで一致した。
6、実行委の求める10のテーマについては、この機構に基づいて進められるものとして、全国レベルにふさわしいもの、目標の達成を目指すものを抽き出すことにした。
7、準備委はこの報告書に基づいて検討、東京教区として第1部で機構、第2部で課題を提案することに決めた。次いで10月16日の臨時宣司評で中間報告し意見を聞いたが、多少言い回しの修正をする要望は出たものの、大筋では了承された。
【機構】目標の設定または目標の修正→現状の把握および現状の分析(神学的裏付も含む)→信徒・司祭・修道者が行うべき目標の設定→シンプルでステップアップする具体的行動の検討→具体的行動の提示→評価と見直し。
【課題】(1)福音宣教を推進するための現状分析(2)信徒、司祭、修道者、司教の役割について(3)教会共同体の体質改善について(4)教会と地域社会、日本の人々、世界特にアジアの人々とのかかわりについて(5)小さい人々と共に歩むために(6)女性、とりわけ家庭婦人に与えられた使命について(7)青少年育成とミッション校の役割(8)福音的家庭を社会に示すために(9)新しい時代に向けた広報活動について(10)現代社会の中における信仰と霊性の見直しを。

代表は推せんで
8、これからの手順と日程は、(1)1986年11月16日の宣司評で、信徒側からの教区ナイス代表者を推薦する(2)11月中旬までに、準備委はさきの教区課題案を実行委に提出する(3)11月中旬〜12月初旬頃、実行委は教区からのテーマ案を集約し、常任司教委員会で検討する(4)12月9日〜12日、臨時司教総会で承認し、司教団のテーマ案として発表する(5)12月31日までに、教区ナイス代表者を決定し、登録する(6)86年12月〜87年1月、司教団のテーマ案に対し、準備委は教区内の意見を集約する(7)2月、管区別ナイス代表者会議は、最終案をまとめ実行委へ提出する(8)6月、定例司教総会でテーマを決定し、発表する(9)11月20日〜23日、第1回福音宣教推進全国会議を開催する。
【ナイスの規定】
1、構成員は270人。(司教全員、司祭・信徒各教区から5人ずつ、修道者は3人ずつ、常任司教委の推薦者14人、実行委事務局10人。)
2、構成員の任期は3年。
3、ナイスは常任司教委のもとで、司教、司祭、信徒、修道者からなる議長団によって準備、運営される。
4、全構成員は目的達成のために日本の教会に対して次の役割を持つ。(1)共同責任を負う(2)母体の意見を全国会議に反映させる(3)司教会議の決議を母体に反映させる。
5、教区、修道会は目的達成のための機構を持つ。
6、ナイスは3年に1度開催する。
【信徒側教区ナイス代表者の選出方法について】
1、宣司評委は11月16日の例会までに、だれを推薦するか考えてくる。(被推薦者はテーマを十分討議でき、教会のメンバーと連帯性があり影響力のある人がよい。若者、婦人と幅広く、自分の教会に相談してもよい。本人にはことわらない。)
2、当日の宣司評議会で、各委が5名連記で推薦、投票する。(身分推薦理由を書く。そのうちの1人は準備委から推す。)
3、あとで大司教が、推薦された者の中から適当な人を選んで任命する。
【そもそもナイスとは?】
つまり、福音宣教推進全国会議とは、日本の教会を司教とともに具現し、福音宣教推進に関する中・長期展望と方針を審議し、司教協議会に対して提案、答申するもの。

高原に司祭缶詰

教区では毎年夏に、司祭団の黙想会を行っているが、今年は宣教をテーマとした研修会を兼ね、6月30日から7月5日まで軽井沢のホテルを借り切って「黙想・研修会」を実施した。
司教団が「優先課題」を出して以来、教区内では宣教についてのいろいろな催しがひらかれてきたが、近年特に信徒の活躍が目立ち、ともすれば司祭があおられる感なきにしもあらずだった。
司祭だけが、教区レベルで缶詰?になって研修する必要性は前から言われていたにもかかわらず、諸般の事情でのびのびになっていたが、福音宣教推進全国会議への準備を機に、東京管区公聴会(信徒の集まり)と対応して、思い切って定例の黙想会と抱き合わせで研修会(司祭の集まり)を決行した。
百人を超える司祭が集まって勉強したわけだが、内容が豊かすぎてちょっとまとまりに欠けたようだった。しかし参加者の声や反省会での意見などを総合すると大へん効果があったと言われる。特に現代の問題について、いろいろ啓蒙されたことが何よりの収獲だったが、司祭同士が知り合う機会が少なくなった昨今、互いに理解を深めることができたという点でも大きな役割を果した。
教区では、2年か3年に1度このような集まりを計画、司祭団の考え方をまとめ、協力態勢を固めてゆきたいとしている。

障害者とともに考える集い 障害者問題小委員会+カトリックユース

1981年の障害者年に発足した障害者問題小委員会〔担当三好満神父、阿部泰久氏(関口)〕は障害者に対する関心を広く持ってもらいたいという理由から、毎年7月に各ブロック持回りで障害者の集いを行ってきた。
第1回の城南ブロック(大森教会)に続き、城北(秋津)、城西(麻布)、城東(小岩)、中央(関口)が担当して来たが、今年は小委員会がカトリックユースに協力を依頼し、障害者と共に触れ合いを考える一泊旅行が実現した。障害者、健常者約130名が参加、深緑の越後湯沢で自然をバックに「共にいる」豊かな心を満喫した。

障害者と共に楽しみを分ち合った一泊旅行は、7月12日、13日、越後湯沢で行われた。
車椅子11台、目や耳の不自由な方など障害者約50名と健常者80名に犬1匹の旅行記を、写真と参加者、スタッフの声で綴ってみた。

7月12日午後1時半、全員が上野駅に集合、とき461号で越後湯沢へ出発、車内ではおしぼりとジュースのサービスがあって、障害者とパートナーの打ち解けた話の輪が広がっていく。
越後湯沢に到着。雨。バスでホテルシャトー塩沢へ。移動中小降りになって来たが、予定したバーベキューはできそうにない。残念。森司教の「人間にしかできないことはほほえみ合うこと-」という挨拶に続いて夕食、そして花火、アトラクションと続く。
7月13日、朝の手話ミサに全員が感動。朝食後キャンプ場に向けてバスで出発。雨は上っている。キャンプ場に入る吊橋を渡る。川原に降るのが大変、雨で小径がすべるためロープを張り、障害者を背負う。流れの音を聞きながら昼食。印象深いシーンが繰り広げられた。越後湯沢駅でお土産を買って帰途に着く。

参加者の“声”

三田幸路さん=旅行は楽しかった。キャンプ場も川原に降りたことも初めてだったのでとても印象が強い。いろんな方々に出会えたこと、触れ合えたことがとても良かった。
中原えみ子さん=最初不安がありましたが、何でもやって見ようというチャレンジ精神が参加者一同にあって盛り上がったのだと思います。いろんな発見ができて、これからの生活にこの経験が生かせそうです。また、仲間をさそって集いに参加したい。
柏木都さん=すごく隅々まで行き届いていて、私の入会している別の会が来月計画している集いに参考にさせて頂きたいと思っています。
私はスポーツが大好きなので、こうした集いは楽しくすてきでした。
大野益義さん(文京区「もえぎの会」会長)=会から4名参加させて頂いた。今後も交流を深め互いに理解し合いたい。楽しい集いでした。
松野一男さん=ボランティアでなく、互いに足りないものを補い合うことができ、“共にいる”ことの重要性を知らされた。
生田清さん=朝ミサもすてきだったし、全体的に楽しくすばらしかった。ただ反省は、目の不自由な人のためにもう少し工夫がほしかったと思う。

スタッフの“声”

阿部泰久さん=6回目にして初めて外に出ることができた。現状から飛躍して、何かやろうという心のこだわりを、障害者も健常者も一気に体験できたことに意義があると思う。
これからのカトリックはこうした活動の草の根的な積み重ねが必要だということも良くわかった。
忘れてはいけないのは旅行に参加しなくても、障害者を自宅から上野まで案内して下さった方々がいることだ。
私個人としては新人類と呼ばれる若い人たちと触れ合い、理解し吸収できたことも収穫の一つだ。
妹尾暁美さん=長い準備の間に、旅行が団体行動としてまとまって、しかも画一的にならず、それぞれの要素が生かされている、それが今回の目的だとわかってきました。だから、オブザーバーのつもりが、すっかり私自身を投入する結果となりました。
私はボランティアという言葉は好きでなく、今回もこのことが気になっていましたが、川原での行動を見ているうちに全ての人の手が神の手に見えて、こだわりもなくなって楽しい旅ができました。
この旅行から、新しい動きが始まることを望んでいます。
樋口雅士さん=今までにしたことのない体験ができると聞いて、積極的にスタッフとして参加した。集いは大変楽しく私自身思い出深いものになったが、これからも各地でこうした集いが広がってほしい。
阿部さんや妹尾さんなど、私たちにはできないキチッとした仕事をする方々と触れ合えたことに感謝している。
牧恵子さん=天気が悪くて残念でしたが、神様のお恵みを頂いて楽しい2日間でした。
参加される聴覚障害者のために手話ミサをお願いしたところ、川島神父様が参加して下さり、実現できたことが私にとってすばらしい体験です。
これを機会に手話ミサが広がってほしいと思います。
本林佳子さん=楽しんで頂きたい気持と参加者の求められた気持が一致されたか不安です。もっと細かく計画しておけばとそればかり思います。
ただ、1回限りでなく、もっと良く実現してみたいと今は思っています。ご協力頂いた方々にお礼を申し上げます。
斉藤真理子さん=何もできなかったけれど、楽しく障害者の方々と接しているうちに、自分の心が洗われるようでした。昨年カトリックユースに参加したばかりですが、そのままの自分が出せて本当によかった。楽しい2日間でした。
川島忍神父=私は普段から聴覚障害者との関りの中から障害者問題を考えているが、今回の旅行で様々な障害を持つ方々と出会い、話す内に深い背負いきれない大きな悩みを多くの方々が持っていられることを感じた。今後の司祭活動に大きなプラスである。
この集いを成功させたスタッフとユースの方々にお礼をいいたい。
深水正勝神父=これを機会に発展した新しいグループが作られればと思う。
今の若い人たちは自分たちだけで楽しむ傾向にあるが、人に奉仕しながら楽しむことを知ったユースの人たちに今後も期待する。
坂倉圭神父=初めてだったので参加者のために細かいところまで計画を練った。ユースの人たちも私も良い勉強になった。毎年これを実現する事は無理と思うが、今度機会があればスキーに行ってみたい。

アラゲとアルメイト

8月24日(日)、24時間テレビ「愛は地球を救う」をご覧になった方は多いであろう。一方で「地球的問題をテレビ局の宣伝に使う」との批判もあるが、子供も大人も、多くの団体、企業がその主旨のために少しでも役に立つならと協賛を惜しまない。私自身、それだけ国民的広がりを持った行動が起せる企画とプロデュースに絶賛する者だが、その裏で、カトリック信徒として大いに反省させられる。地球のマークの入った黄色いTシャツを着た信徒と神父が、大きな輪の中にいても良いのではないかと……。
昨年、私はこの番組のフィルムで、24時間テレビスタッフが開設したエチオピア、アジスアベバ近郊のシリンカキャンプの様子を見た。旱魃(かんばつ)で水も食糧もなく、飢えて倒れる人々の姿は悲惨であった。
その中で、両親を失い孤児となった少年アラゲと同じように、孤児で病気のため発育が遅れ話せず、歩くこともできない4才の女の子アルメイトの姿は記憶の中に鮮明に残っていた。
身体が弱っていてヒーヒーと泣くことしか訴えることができないアルメイトを抱きしめ、食事も寝るときも何時も一緒にいるアラゲ。木の小枝を杖に一歩一歩歩むことをアルメイトに教えるアラゲの中に、生まれてすぐ歩かなければ死を招く草原の動物に似た野性的本能を感じたものだった。
そして今年、エチオピアに恵みの雨が降り、緑に色づいた大地がフィルムに写し出されていた。が、失った命は戻らない。両親を失った子供たちの姿がキャンプにあった。
しかし、そこには、神と地球の財産、子供たちの新しい世界が開かれていた。子供たちには笑顔と希望があふれていた。
スタッフのカメラに向ってアルメイトが走る。それを追うアラゲ。アラゲに興奮して話しかけるアルメイト。よく見ると、アラゲはいつも小さい子供たちの輪の中にいる。つまり慕われるみんなのお兄さんなのである。
総合司会のアナウンサーは「みなさんの援助がこの子供たちの肉となり命となった。」と説明したが、一緒に司会をしていたアグネス・チャンは首を振った。涙で言葉にならなかったが、彼女はきっとこう言いたかったに違いない。
「たしかにそうかも知れない。しかし、アラゲの“一緒にいるんだよ”という気持がアルメイトを病から救い、歩き話す勇気をもたらしたのでしょう。そして、その気持が、この小さい子供たちの心の支えになったと思います。日本の皆様、どうかアラゲの心を見習って下さい。“あなたと共にいる”この心が本当に大切なのだということを!」。

平和を考えるシンポジウム 神と関ってこそ平和

平和旬間実行委員会は、8月10日、「戦争体験を正しく伝え、これからの平和を考える」シンポジウムを関口教会信徒会館で開催した。当日は白柳大司教をはじめ、信徒80名が参加、麹町教会信徒大柳博士氏の「戦争中の教育現場と戦後の復興」、上野毛教会信徒渡部真氏の「核の危険」、フランシスコ会の聖書学者堀田雄康神父の「聖書に学ぶ平和の願い」と題する講演を熱心に聞き入った。
講演に先立ち挨拶に立った大司教は、「以前より人々は核の問題に敏感になり草の根運動は広がっている。平和を願う私たちの力は現実の社会に抵抗し上回るものでなければならない」と平和運動への参加を呼びかけた。

大柳氏は、カトリック学校が、戦中、戦後の激動と困難な時代をどのように乗り切ったかをレポートするため、仕事のかたわら修道会等を訪ねたが、修道会としてまとめられたものは拝見できても個人的に語りたがらない、と資料収集の困難さを語り、今後は、少しずつ集めた資料をもとに記録をまとめ、教区の平和旬間実行委員会として活用したいと結んだ。
続いて東京都立アイソトーブ総合研究所主任研究員渡部氏は専門家の立場から資料をスライドで写しながら核の危険性を訴えた。
丁度チェルノブイリ原発事故の全貌が発表されつつあった時期だけに、参加者は食い入る様にスライドを見つめていた。
渡部氏は「放射能の問題は正しい知識が必要で、あいまいにされては困る問題だ。現代社会では情報操作によって、正しい情報が隠され、私たちは知らないうちに放射能に対して不感症になっている。核エネルギーの90%以上が軍事目的に使われている現状では、正しい情報を知るための世論作りが大切だ。」と強調した。
「聖書に学ぶ平和の願い」と題した堀田神父は、「人間同士の関りだけの平和は根なし草と同じだ。神と人間との関りがあって初めて、人間と人間の関りが平和をもたらす。」と聖書を引用して話された。
尚、堀田神父の講演内容は、「神を愛し、人を愛す。平和の掟」と題し別掲した。
最後に、大阪で開催された「アジア太平洋地域戦争犠牲者に思いを馳せ心に刻む集会」に招かれ、フィリピンカトリック司教協議会正義と平和委員会から派遣されたマリア・フェリアさんが、旧日本軍の残虐行為の一部を紹介しながら次のように発言した。
「45年前、フィリピンに進攻した日本軍は、私たちの経済を破壊し略奪を行った。パターンが陥落したとき捕虜になったフィリピン兵8万人は、50キロ先のカルラックまで歩かされたが、マラリア、栄養失調、飢えで倒れた者はトラックに乗せられ殺された。
フィリピンの人々は道の両側でキリスト者のあわれみを持って水と食料を与えようとしたが、見つかると殺されることもあった。私の兄もこの中にいて幸にも生き残ったが、キャンプに着いたのは5万人だったという。
こうした悪夢は決して忘れられないし、フィリピン人の心の中に残っているが、過去は忘れ、未来に責任を持つため愛と和解の精神を持って手をつなごうとしている。
あの大戦では日本の人々も同じように苦しんだと思う。共に和解と相互理解の絆を結びあって世界平和のために働いていこう。」

コリントの丘に立って 吉池好高神父

このたび、教会法の研修という名目で、ローマに2年ほど行って参りました。ありていは、疲れきってしまっていて、言うことなすこと、見るにしのびない。少し休んで、頭を冷して来てはどうか、という大司教の格別の御配慮をいただいてのことです。
現場で働いておられる同僚の神父様方に申し訳ないことと思いつつも、とにかくホッとして、有難くお受けした次第です。
そんな状態で行ったものですから、ただただ異郷の地で暮らすことに精一杯といったところで、ヨーロッパの教会の現状に触れて、新しいインスピレーションが湧き起こってきたなどとは、とても言えません。
ただ、行ってよかったなと自分なりに思っていることは、不必要な肩の力が少し抜けたような気がするということでしょうか。歴史的にも地域的にも多様な広がりをもつ教会の姿に、少し触れたような気がして、その中の自分がなんとちっぽけなことかということを実感させられたことでした。
ちっぽけではあるけれども、その教会に自分も結ばれていて、その巨大な生きた組織(半分死にかかっているという人がいるかもしれませんが)の中に場を与えられ、生きさせてもらえているということは、やっぱり有難いことだなと思えるようになりました。
自分の力みとかいきがりなどは、自分が生きて動いている証しなのだから、それはそれとして貴重であるとしても、世界大、歴史大に広がっていく、神さまの霊の働きの前では、とるに足りぬものであることは言うまでもないことです。こんなあたりまえのことが、あたりまえのこととして受容できた。
収穫といえばそういうことでしょうか。わざわざ、多額の公費を使って、そんなあたり前のことしか学んでこなかったのかと言われれば黙して低頭するのみです。
そんなことを一番強く感じさせられたのは、一年目の冬に訪れたコリントの廃墟でのことでした。海辺の殺風景な田舎町にすぎない現在のコリントから、土地の人たちと一緒にバスにゆられて降り立った丘の上の廃墟はもう夕日を浴びていました。
想像力に乏しい自分には、そこに残されている石柱や石だたみからだけでは、かつての繁栄のさまを想い見ることは至難の業です。人気のない廃墟のあちこちを歩き廻っているうちに、背後の高い山から海に向って吹き下りてくる心地よい風が、心の中まで渡っていくようです。
パウロがあんなに心血そそいだコリントの教会。彼に従った人々も、彼を憎んだ人々も、そしてパウロのあの心意気も、今は廃墟の瓦れきの下に埋もれたままです。風が光り、深紅のケシの花がその風に揺れ、海が青く広がっている。それでいいのではないかと思えてきます。
全心全霊をあげて宣教に奔走して果てたパウロでさえ、めぐり合えた同時代の数限られた人々とともに今はなく、彼の情熱の痕跡をとどめるものは、この廃墟の中にはありません。点にすぎない。あのパウロですら点にすぎない。
同時代と苦闘を演じ、めぐり合えた限りある人々をこよなく愛し、同時代とともに過去に去っていったパウロが、放心のうちに廃墟を徘徊する自分を、じっと見すえている視線を、フッとどこかで感じたような気がしました。

神を愛し、人を愛す。 平和の掟 フランシスコ会 聖書学会 堀田雄康神父

聖書にみる平和の言葉

宗教と政治、信仰と社会、個人と体制について、聖書が示す平和の教えを私なりの理解に基づいて指摘してみたい。
平和という言葉を聖書で見ると、旧約では「シャロム」で約120回、新約ではギリシャ語の「エイレネ」が約95回出て来る。
ヘブライ語のシャロムは、人間が従順をつくして、神とのあるべき正しい関係を保つとき、神から与えられる恵み、すなわち、安全、健康、豊かさ、繁栄、安心等々人間にとって物心両面において何一つ欠けていない幸福な状態を表わしている。
新約のエイレネはシャロムの意味を受け継ぐばかりでなく、さらにイエズスの到来による新しい豊かな意味を含むものとなって、イエズスによって示された神の愛と救いと同意語になった。
パウロはこの意味を引用し、しばしば平和とあわれみ、恵みという言葉を並べて用いているし、平和の神キリストという表現を何回も示している。
私たちが平和を考えるとき、イエズスとの関連、聖書に示される平和を考えることが最もふさわしい。イエズスの生涯は平和に始まり平和に終ったが、ただ1つ、私たちに深く考えさせられるところが聖書にある。
「地上に平和をもたらすために、私が来たと思うな。剣を投げ込むために来た。……私より父また母を愛するものは私にふさわしくない」(マタイ10章34-37)
一見平和的でなく、家庭的でないように思われるこの言葉に対し、イエズスは「父母を敬え、父母を罵る者は必ず死に捕えられる」という旧約の掟を全面的に守り、親に対する敬愛を強調されている。

織りなす縦と横の糸

そこで新約に示されるイエズスの教え全体の意味を考えると、問題の言葉は2本の糸によって織られているといえる。
それは神・イエズスと人間の関係である縦糸と人間同士の関係である横糸である。
私は、まず、縦の関りがあって横の関りが成り立つのであって、縦の関りがない横の関りは砂上の楼閣であるといいたい。
この2つの結びつきは、福音の中に示されている。律法学者に重要な掟は何かと問われたときイエズスは、第1の掟は「全心全霊をもって神を愛すること」とまず縦の関りを指摘されている。
第2の掟は「隣人を自分のように愛せよ」で、全ての律法と預言者の教えはこの2つの掟に基くことと説明された。
また、イエズスは、横の関りである愛の実践を、「私は新しい教えをあなた方に与える。互いに愛し合いなさい。私があなた方を愛したようにあなた方も互いに愛し合いなさい。互いに愛し合うならば人は皆、私の弟子であることを認めるようになる」(ヨハネ13章・15章)と命じられている。
このように、縦と横の関りは1つなのであるが、私たちはともすれば横の関りのみ気にして縦を忘れてしまう。先の言葉は横の関りにこだわる私たちへの警告なのである。

平和の道具となるために

平和もそうである。横の関りのみに基く平和は根なし草のようであり、一時的な表面的なものにすぎない。
この事は人間の歴史が始ってから今日に至るまで、人間世界を見れば明らかである。
人間は利己主義とご都合主義に傾いており、その一方で他に要求し期待することが大きい。その結果争いを生み、ついには夫婦、友人等の関係を破壊してしまう。
国際関係に目を向けても、その関係は私たち人間が設定したものだから、横の関係にすぎない。国際間は多様で複雑であるかも知れないが、戦争と平和について同じことがいえる。
ヤコブの手紙に、「あなた方の間の戦いや争いはどこから来るのか。ほかでもない、あなた方の中で争う欲望から来るのではありませんか」とある。
今なお、この世界では争いが絶えない。世界の人々の願いにもかかわらず兵器が作られている。欠けているものは何であろうか。
イエズスの立場から見れば、家族であれ世界の関係であれ、人間の関りだけでは根本的に拠り所を欠いており、見掛け倒しなのである。
これに対し、真の平和は人間の利己主義やご都合主義、他人に要求する甘えと戦って、神とイエズスとのふさわしい縦の関りを取り戻し、保つよう努力するとき、初めて得られ与えられるものである。
つまり、真の平和は、私たちの神の意志、み心に従うことによって神との正しい関係を保つことで実現する。
しかし、その一方で、真の平和は私たち自身の力で生み出せるものではなく、イエズスによって示された神の愛の業、神の恵み、賜物に他ならない。その意味で、イエズスの十字架は、縦と横の関りを具体的に示す姿なのである。
聖フランシスコの平和の祈りのように、「慰められるより慰めることを、理解されるより理解することを、愛されるより愛することを」求めるときに、私たちが本当の意味の道具となることができる。

おしらせ

東京教区広報の集いご案内

視聴覚メディア時代の現代社会で、映像メディアをどのように宣教に用いるかを皆さんと共に考える集いを開きます。(主催/教区広報委員会)
日時 11月30日(日) 午後2時〜4時半
場所 聖パウロ女子修道会ホール
お話 視聴覚時代に生きて 長谷川昌子(聖パウロ女子修道会)
テレビ番組は宣教に使えるか 白井詔子(OCIC/JAPAN)

あとがき

宣教のページを皆様にお届けできるようになってからもう1年が過ぎました。フル回転のエンジンのようにスタッフを引っぱっていく方を中心に、編集に慣れた者、慣れない者が集い、ある時は楽しく、ある時は額にしわをよせて原稿と格闘しています。
このページが皆様の目にとまる頃は、10月19日の布教の日のお話を聞かれた後だと思います。
布教も宣教も教会でお話を聞いていると、私にもできるかも知れないと思い、帰りの電車に乗っているうちにほんの少しその気持が薄れてしまい、一日、一週間と過ぎる毎に私的日常に抹殺されてただの知識しか残っていない布教の言葉に気が付く頃、また、何かの集りでお話を聞く、そんな繰返しの昨今です。
お話の中には、うれしいことに、クリスチャンはこうあるべきだと感激してしまうようなことを、普通のことのようになにげなくなさる方もいらっしゃいます。
生活や私的なことで具体的な宣教行動ができない方でもお祈りに一言加えて下さい。あなたの横におられるイエズス様が聞いて下さって、必ずどこかで誰かの上に小さな花を咲かせます。
今号から4名の新しいスタッフが加わりました。紙面にプラスアルファを加えることができますよう、全員で努力していきます。皆様もどうか投稿など御協力下さい。

今号の編集スタッフ  宮澤、田辺、渡部、市川、Sr貝原、Sr沢村、宇野、国富、杉浦

お詫び

先号(59号)4面、福音化を待つ現代社会の記事中、沢田和夫神父の御意見は60年度大司教諮問議案に対する宣司評の答申をお読み頂きまとめられたものです。大司教教書を無視した寄稿を沢田神父がされたように誤解する編集をしたことをお詫び致します。