お知らせ
東京教区ニュース第33号
1980年05月01日
目次
’80代議員 四柱を宣教のあかしに
ビルマ・一粒会・正平協・離郷
教区は3月20日、カテドラルで1980年度の代議員会を開いた。司祭・修道者・信徒からの代議員約300人、布教司牧協議会委員、事務局員などが参加。基調講演や1年間の活動報告につづき、今年の教区活動方針案の要旨説明、午後からはそれについての意見交換、終りに前年度決算の承認、本年度決算の審議を行なった。方針案は(1)ビルマの教会(2)一粒会(3)正平協(4)離郷青年であったが、とくに「一粒会」では、東京カトリック正義と平和協議会担当司教・相馬信夫師が、関係者として要旨説明のために招かれるなど活発な審議がなされ、4つとも提案どおり可決された。
会議は午前10時10分、布司協議長・小林章雄(船橋)、浅井徳二(アクション同志会)両委を仮議長としてはじまった。祈りのあと白柳大司教が挨拶「代議員会は今年で7回目。教区の布司協関係の活動方針を単に決めるばかりでなく、それについての共同責任を確認する場である。祈りのうちに、みのりゆたかであるように」と述べた。
7回目の馴れ
つづいて代議員の中から寺西英夫(多摩)依田育子(城西)津賀佑元(城北)の3名を議長にえらび、プログラムにしたがってまづ大司教が基調講演を行なった。つづいて事務局長・徳川泰国師が活動報告、昨年度の方針(1)対社会活動として、いくつかの先例にならい、対外援助活動を促進しよう(2)カリタスの家のP・R(3)聖体行列・マリア祭に類した全教区の集会を、少なくとも1年1回催す-などが、どれだけ実行にうつされたか、問題点はどこかなどを、布司協関係から総括的にのべた。反省は執行部のやり方よりはむしろ教区民の無関心さにむけられた。また事務局各部の活動ではとくに「教学色」がブロックでは「地域色」が目立つことをも述べた。
つぎは活動方針案の審議にそなヘ、4つの柱(1)ビルマの教会(事務局・岡野利男師)(2)一粒会(神学院院長・早副 穰師)(3)正平協(担当司教・相馬信夫師)(4)離郷青年(移動信徒連絡事務所・大倉一美師)についての要旨説明。
午後はまず方針案の要旨をめぐっての質疑・応答。意見交換ではじまった。一粒会と正平協では答弁者が藤井泰定師(一粒会担当)、小川拓郎師(正平協教区連絡係)にそれぞれ交替した。
4つの方針案が可決されたあと会計の部門にはいり、前年度決算の承認、本年度予算の審議を行なった、決算・予算の科目および金額は、解説をもふくめて本紙32号に掲載されているが、とくに問題となる点もなく了承された。
おわりに事務局長が挨拶、聖歌と祈りでしめくくり、午後4時15分、閉会した。
大司教の話
今さら言うまでもなく、教区代議員会は、第2バチカン公会議の精神徹底をめざし、それに基づいて開かれた教区大会に端を発している。布司協はこんど4つのことをとくに選んで本年度の活動方針にしようとしているが、検討はあとにゆずるとして、その背後の精神について考えて見たい。
教会の使命は福音宣教の一言につきる、4つの柱も、せんじつめれば皆これをあかしする具体的な方法である。しかも、樹や体を譬としてくりかえし説かれるように教会はキリストの生命で生きている1つの共同体であり、多くの部分が全体に対して異った役目をもっているように、信者1人ひとりが教会に対して責任をもつ。
福音宣教の今日的課題はその社会性であろう。個人を福音化するだけでなく、社会全体を福音化する役目がいわばつけられている。そしてこの使命遂行のためには、その妨げとなりえた従来の外的機構の改革もさることながら、なによりも意識の内的刷新こそ肝要である。多くの困難が予想されるが、おもな働き手は聖霊でありわれわれはその道具であることに思いを致し、祈りの心を忘れずに努力しよう。(要旨)
「召命」に危機感
1、ビルマの教会-ケルンが東京を助けた精神にならい、最も弱い所への配慮として、宣教活動の援助のため年1回ビルマデーをもうけて献金。
▼1日をビルマデーとし、年1度の献金では少なすぎはしないか。
-先方が金額を言ってきているので間に合う。将来必要なら増す。
▼カリタスジャパンの運動や、これに似た運動との関連や区別を、明確にしつつやらないと、信徒の意欲が分散する。
▼運動の盛り上りのためにも、なぜビルマを選んだか、送金の3分の1は政府に没収されるなどを充分に説明してほしい。
-選択については要旨の中でものべられているが、没収の事情も機会あるごとに周知させる。
▼8,000ドルは円に換算したらどのぐらいか、呼びかけ時の参考に。
-いま確答できぬ。募金時に。
○要旨説明 岡野利男師
○答弁 同
2、一粒会-神学生養成を培う一粒会の盛り上げを軸に、10年後には動けぬ?老司祭・修道者が続出、という憂いから、召命促進運動こそ急務。
▼背すじの寒くなる思いがする、一粒会を中心に、目的を同じくする団体をふくめて中央組織をつくり、信徒の責任で推進させよ。
▼司祭の不足についての憂いを、自分のこととしてとらえる家庭内での雰囲気づくりこそ先決だ。
▼司祭の尊さについて語り、青少年に憧れをもたせることも大切。
▼一粒会は金集めばかりでなく、祈りの重大さをも訴えること。
▼放置すれば3分の2が巡回教会となり、ミサなしの所もでるなどの危機意識を徹底させること。
-そうなったときのために、信者を中心とした教会のあり方、主日礼拝の方法を早急に準備する。
▼召命増加を祈るマリア祭を。
○要旨説明 早副穰師
○答弁 藤井泰定師
3、正平協-教会はふるえながら、貧困、抑圧、差別など当然の権利を奪われた民のうめきをきく。正義と、一そうの愛による社会の福音化を。
▼具体性に乏しい。構成メンバーも決っていない。代議員会にもち出すまでもなく、布司協あたりでどんどんすすめていってほしい。
▼抽象的にとりあげると効果が少ないし、逆にあまり具体的だと何故そのことばかりやるのかなどの非難もでる。
▼とりくむ問題の選び方や限度に注意を要する。あまり先ばしったり過激であったりして困る。
▼国際的、国内的に与論となっているような課題なら文句は出ないだろう。
-構成員もやるべきことも決っていない、何をどのようには皆で決めたい。とくに限度については、先端で先ばしらぬよう、その都度充分に検討したい。
○要旨説明 相馬信夫師
○答弁 小川拓郎師
4、離郷青年-まづ信徒の青年労働者の面倒見だ。孤独感はおもに都会での実生活の困難から。小教区に担当委員をほしい。司祭の理解も必要。
▼ぜひ各小教区に担当委員をおいてほしい。できれば移住者としての先輩がのぞましい。
-現在唯一のものとして目黒がえる。名古屋教区を参考にして増やしてゆきたい。
▼担当者をきめるのも大切だが、主任司祭をはじめとして小教区全体がかれらを理解しようとする姿勢になることが肝要だ。
▼離郷青年の世話をする機関や材料などP・R不足だ。「移動信徒連絡事務」や「教会案内図」など、大いに活用すべきだ。とくに事務所が司教館の奥まったところにあるなどは一考の要がある。
▼「西海友の会」など離郷青年のための横のつながりもある。教会を離れて?の開放感をつつむ組織も必要ではないか。
-よくわかるが、同郷人の集まりのみでなく、都会の教会で信者として生きてゆく訓練こそ大切だ。
▼うけいれは小教区でなくてもよい。「永代働く人の家」もある。要は温かい人間関係のあることだ。
▼うけいれる教会の役目とともに出す方の責任も考えるべきだ。
-すでに九州地区司祭とは交流。
○要旨説明 大倉一美師
○答弁 同
信仰のふところ冬も花咲く館山
「冬も菜種の花が咲く」と歌われ、観光客の絶間ないここ館山。教会は、駅より東へ歩いて約10分の閑静な場所に位置している。
その歴史は古く、戦前カジャック師が来館し、かくれた信者を発見されてから、昭和20年頃まで5人ほどの信者のための家庭ミサが行なわれていた。その後、望月師が引きつがれ、現在の場所にカマボコ型の聖堂を建立され、聖ブルノーに献げられた。同28年聖コロンバン会に依託され、今の新聖堂が出き、翌29年5月5日、聖十字架教会となった。以来壱受洗者は150名を越えたが、若者の教会への進出が多く、他見よりの転入は数えるほどしかなく、ために互いに熟知しあう間柄の信者がおもで、雰囲気はきわめて家族的である。
前主任のダイヤモンド視は英語をしないの各中学校および大人方子供まで、幅広くクラスをもち、市の文化に寄与するところ大であったが今回加茂川に転任となり、4月からは青山和美氏が主任神父として着任した。
教会内ホールは遠く、都、埼玉、神奈川などから教理練成のほか各種集会に利用され、夏季のキャンプはとくに活気を呈している。また教会の維持運営、行事推進などは委員が中心となって基本的な方針を立て、次いで信者会において決定の線に持ってゆくというやり方。信者会じゃ真との中心的な集まりで、一人ひとりが活発に建設的な意見を述べる場となっている。そのほか家庭ミサ、病人見舞いなどもあるが、活動は未来に向かってまだまだ発展の余地がある。館山は地方の教会というイメージがあるが、それなりに信者間のつながりが深く、カトリックの土着化のためにはよいことと思う。
ひろば
聖書と聖地
人生に悩み多きとき、悲哀のとき、心飢えたるとき、黙想反省するとき、神を怖れる心を知ったとき、私どもは神からの啓示である聖書という原点に戻るものです。主日のミサにあずかることも、司祭の説教を聞くのも、信者にとって心や休まることです。したし生きて生きていくのは日曜日だけではなく、月曜日から土曜日まであります。この生涯を通して、過去何千年にわたり、神が善意の人に送られたメッセージ、誤りなく人類を安全な人生航路、終着港にゆきつかせてくれる、愛と哀れみのみ旨こそ、私どものすくいであり教えであり絶えざるみちびきの光です。
私はこの2年間、主任司祭の指導による聖書の勉強会に出席し、今ようや旧約をおわって新約にうつろうとしております。その間、いろいろの出来事や地名が出てまいりました。そのうちに自然にわいてきた願いは、一度自分の足でこれらの土地を訪ねてみたいということでした。
幸いこの正月の休みを利用して、聖地イスラエルを中心に、アテネ、コリント、ローマなどを訪ねることができました。行く前の準備勉強として改めて新約聖書も読み直しました。帰国した今、心からの喜び、感謝、思い出、そして知名に対する親近感や懐かしさがわいて参ります。思えば大変幸せ、おめぐみであったと思います。
かつて私は、あるイスラム教国に3年間勤務したことがあります。この国では毎年何10万という人たちが、メッカに詣でておりました。一生に一度は必ずこの聖地を訪れるのが義務のようでした。
カトリック信者にそういう義務はありませんが、できればすべての信者に巡礼の機会が訪れるよう、そして明日への心がけと力が与えられますように。
(荻窪教会・池田義彦)
あした葉
井上敏明氏の著書「無気力症」というのを読んだ。現代の若者の教育状況の中で無気力は大きな問題であるが、氏はそれを心身休息の要求であり、必死に何かを訴える1つのサインだとも説く。昔の人間からはどうもたるんでいるように見えてならないのだが、親や教師は子どもの無気力を自分たちに対する反発や抵抗だとか、やる気の無さだとか、怠けだとか早合点してはいけないそうである。
▼無気力だから駄目というのではなく、なぜそうなっているかが、問われなければならないという。無気力状態を、急性、慢性、反抗、病質などに類型化し、おのおのにつき原因を探って回復手段を考察しているが、それを屈身のように、、つぎの飛躍への準備と見て、まづ教師の生徒への理解や親の子への配慮をなどと、一貫して手作りの受容を売り物にしている。ぜいたくな話だ。
▼それは中間地帯にうずくまっているようなもので、責めすぎても、甘やかしすぎても駄目という。ならば適度に甘やかすのは必要というわけか。「甘やかしすぎる」とは無気力を是認し、その状態の延長を肯定する事だが、「適度の甘やかす」とは無気力となったことを一度は受容し、回復への親子双方の努力をまづ親の方から―ということらしい。
▼実存的無気力というのもあるそうだ。無気力状態を武器にして自己主張することだと聞く。例で1つ。ある母親は息子を有名校へ進学させるために必死であったが、ことごとく失敗した。そのあげく子どもが完全に無気力になった。彼は今まで母の敷いたレールの上をただ走らされてきた。親にやられた分だけ仕返しをと、怠惰に怠惰を重ね、今こそ自分の意志で「何もしまい」とするのである。無気力こそ最高に充実した生きかた、確かな自己主張、彼にとっての現実存在つまり実存というわけだ。いい気なものだ。そのうちに信仰的?無気力なんていうのもでるかも。
(S・A)
具体化一歩 11月16日ビルマデー
移動信徒係りを小教区に
本年度の活動方針は、ここ数年ほとんど同じ英文でかかげられていたものの中から、すでにその活動が地についたものを除き、手うすだったもの、あるいは手つかずだったものを選びそれに「ビルマの教会」を加えたものの4つだ。すべては代議員会で提案どおり可決されたが問題は実行。教区運営委員会や布教司牧協議会では、早速実践のための具体的方法を検討しはじめ、このはど取扱いの大筋を決めた。4つの柱の各おのについて、特に推進の担当者をはっきりさせることが先決という。中には数名からなる準備委員会が発足、責任者互選するとい部門もあるが、担当者をきめなければ推進グループの結成はおろか、話のはじまらぬところもあり、今後の責務は重大とされる。なお担当者には方針案の要旨説明者か答弁者だったものがなる公算が大きい。
伸展は推進者の肩に
1、ビルマの教会を精神的・物質的に援助しよう。
具体的には毎年11月の第3日曜日(今年は11月16日)をビルマーデーとし、祈りと献金に重点をおく。11月を選んだのは、ケルン週間を記念する月、諸聖人の過去の月、また他に献金のない月などという現実的な理由も。
献金の目標は300万円で、これは現地視察者派遣費をもふくむ。11月一杯にあつめる。子どもたちの熱心さを高めるために菓子類などもと叶う声もあっつたが、税金の間係で調べて見ないとわからない。共同祈願など祈り又は典礼部に任せ、きめられた日には全教会で祈る。
なお7月中旬に視察者を2人ぐらい現地に送る予定。司教会議があって各地の教会の事情がつかめるのと、雨期であることから先方の困難さがよくわかる等が理由。視察をおえた段階で、現地の状況、あわせてビルマーデーの主旨を写真、パンフレット、ポスターなどでP・Rする。外務省の資料はなまの姿の紹介に役立たぬ。
2、司祭・修道者の召命運勤をおこし、神学生養成の共同資任を培うため一粒会を育てて行こう。
とりあえずこの問題についての準備委員会を設げることがきまった。構成員は布司協、司祭評、修道会から選ばれ、資料あつめなどを皮切りにとりくんでゆく。委員としては藤井泰定、岩橋淳一(司祭評)伊東清寛、木島誠一(布司協)がすでに選ばれている。推進の責任者は司祭であることが望ましいが、委員が修道会側からも選ばれた段階で互選できめる模様。
養成や召命の運動を信徒の手でおしすすめてゆこうとする声はとくに城東ブロックからでている。一粒会をはじめ、かかわりのある諸団体を結集して有力な中央組織をつくり、将来はその最終責任者を信徒から選ぶべきであるなど、代議員会でつよく要望された。
一粒会を育てることは(1)既存のものがすでにある(2)現実に金が足りない-などの理由が主なものだが、献金だけでなく、祈りも勿論大切で、それらを通して召命促進の気運をも盛り上げようとするのがねらい。その組織と現況については横浜教区のものが参考になるが、促進面に一そうの力を入れねばならぬことから準備委員会では一粒会だけにとらわれることなく修道者の召命などもふくめてははひろくとりあつかう。
3、人権問題重視し、全国規模の正義と平和協議会と連係を持つ協議会を教区につくそう。
結論として「しばらく様子を見たはうがよい」ということになった。全国正平協と教区の連絡係・小川拓郎師が、東京教区に正平協をおくことについて例会で話したところ「全国正平協のメンバーはほとんどが東京教区の人で、東京の仕事をしている。にもかかわらず、あえてまた東京教区に正平協をつくる意味がはたしてあるか」などその必要性をいぶかる声が出たという。
結局、ゆくゆくは設置するという姿勢はくずさないものの、最もよい方法で推進してゆくために、担当者が実情を調査し、もう少し
時間をかけて話し合った方がよいということになった。担当司教・相馬信夫師も(1)急がず無理のないやり方で(2)場合によってはそれに代わるべきものでも-と言っている。
しかし、これについては、(1)東京にも正平協を-は、全国側の待望ではなかったのか(2)要旨説明の中に合宣性があったからこそ代議員会で可決したのだ(3)そのあとで内部から懸念がでるなど、合意が不徹底だったのではないか(4)可決された方針の推進をあっさり延したり、代替品でなどというのは情けない-とする心外の声も聞かれる。
4、勤労青年のことを考え、とくに離郷青年の観点から問題を検討しよう。
できるところから、移住担当者を各小教区におくよう、ブロックを通して働きかけること。それについても主任司祭のこの問題への関心と理解が急務である。離郷青年をうとんでいるわけではないが地元の青年たちに力を入れることが先になり勝ちだ。また老齢などで、転入先をたずねてゆくなども体力的に無理な場合もある。小数区民全体がこの問題の重大さを考えると同時に、信仰面だけでなく現実の生活面を世話する必要性などから、ぜひ担当委員をほしい。できれば移住者の先輩が理想的である。
離郷青年というとすぐ長崎出身と考える。東北や北海道のことも頭におかねばならないしかし現実には九州方面とくに五島付近からの者が多い。思い切って小教区教会をたずねても、東京の言葉で話されると叱られているように感じ、次から来なくなるという。
長崎の司祭と交流をはかり、衝撃を事前に和らげる策も必要だ。また当の青年を、その苦い体験をもとに、逆に受入れ役として養成することも忘れてはなあない。
離郷青年のことを考える仕事は教区の活動方針の1つになったのであるから、移動信徒連絡事務局で用意する担当者の役割を書いたチラシなども、ブロック会議を通して小教区に配布、担当委員設置の要請と依頼を、教区規模ですすめてゆくことが肝要である。
知ってますか?えっ!初耳?
4つの活動方針がきまっても、「ビルマの教会」はさておき、条文の中にでてくる、柱の中心を示す組織の名前についてさえ初耳?の人も多い。実行にあたっては教区民の協力が必須であることからそれらの横顔を紹介して見た。
(1)ビルマの教会
ビルマは国名を「ビルマ連邦社会主義共和国」と言う。面積は日本の約1・8倍、人口は約3000万で諸種族からなっている。宗教は仏教85%、回教4%、キリスト教2%で、うちカトリックが約1%の33万である。教区は9つで2つが大司教区。現在宣教師の活動は許されていず、老令者が数人残りているだけである。召命は、大神学生63、小神学生62を数える。
カテキスタの活動が印象的であるという。ラングーンの郊外に養成所があるが、おそらく自分たちの手で建てたものらしく、柱に屋根と壁を植物でふさただけの貧しい小屋である。若い男女のカテキスタが学び、各地の散らばっている。それぞれの土壌のニードにこたえて、教理を教え、福祉・教育活動をする。
ある4人の女子カテキスタは山中で手造りの堀立小屋に住み、40分も野山を越えたところに出むいて村の子どもたちに読み書きを教えている。途中の小川は雨期になって増水すると、泳いで渡るのだそうだ。
ラングーン大司教区は、東京教区より広いが、小教区38、司祭35、信者約5万である。農夫たちは年に4回、かなりの距離を徒歩でミサに与る。場所によっては聖堂も屋根がとんだり、窓ガラスがわれたりしている。早急に修理しなければなるまい。。年に4回ほほど、2000㌦程度を送ってほしいというのが先方の希望である。7月ごろ、とくに雨期をねらって視察者を現地に派遣、各教区の現状を調査して、さらにくわしい模様を知らせたい。
(2)一粒会
まず「一粒会」という名前について―。長崎の信者の間では、「ひとつぶ会」とよばれた美しい習わしがあったそうである。それは、3度の食事のたびに米粒を家族の人数分だけ別の入れものにわけ、少したまると主任司祭の下に送って、大浦の神学校の神学生さんたちの糧に与えたということである。もちろん、家庭では、神学生が召出しを完了うし、自分たちの中からも司祭が出ることを祈ったことは言うまでもない。
今年の活動方針の1つに「一粒会を育てて行こう」とあるようにこの組織は東京教区でもすでに設けられていたが、いろいろな事情でやや低迷な状態であった。この点、横浜教区のものは、活動を盛りあげるために参考になるという。
以下横浜を中心にのべると、第2バチカン公会議の教会全体の動きの中で、一粒会にもちょっとした刷新があった。今まで司祭に任せていた本部委員長を信者に肩代りしてもらうようにしたことだ。信者にできることは、信者任せるという公会議の精神にもとづくもので、このような声は教区の一粒会を育てようとする動きが、活動方針として可決された、今回の東京教区代議員会でも、でている。
一粒会の真髄は、金を集めることばかり考えるのではなく「我が家から司祭が出ることをいのる。」ことにあるという。もちろん、家庭では、神学生の養成だけにとどまらずとばかり考えるのではなく「我が家から司祭が出ることを祈る」ととにあるという。神学生の養成だけにとどまらず、召命を祈るということこそ本命だ。司祭の養成は1神学院だけの仕事ではなく、その根は家庭にあることを思えば、信徒が一肌ぬぐ姿を積極的に示したことは大きな喜びと希望とされる。
(3)正平協
「正義と平和協議会」とは(1)苦しむ人びとのうめきにこたえる-貪困、抑圧、差別など人間としての権利を奪われた兄弟たちに愛を(2)社会正儀の推進-国の内外に見られる社会的不正義を分析し、知らせ、更正のための働きかけをする(3)平和の確立-現代世界における様々な対立、核戦争の危険などに対し、科学の目と福音の心で平和を創り出す努力をするなどをモットーとする組織である。1967年、教皇庁の中に「正義と平和委員会」が設立され、5年毎会の試験期間を経て、1977年末に正式の機関として発足した。その委員会は設立当初から各国の司教協議会のもとに同趣旨の委員会が設けられるよう養成し、その結果世界各国に委員会が生まれ、日本でも1972年にその委員会が成立した。
その後1974年5月、司教協議会の組織の改正に伴ない、新たに「日本カトリック正義と平和協議会」として再発足し、現在に至っている。
当初の大きな関心は、国家間の不平等と不正義、いわゆる南北問題であったが、時代の推移と共に国家内部における公権(政府)や企業と人間との間、および人間同士の間の正義の問題、すなわち「人権」の問題が重視されるようになった。「人権」こそ現代社会の「時のしるし」であると言われることになった。真の平和は、その人権が正しく守られるところから始められなくてはならない。
現在、当協議会は担当司教・相馬信夫、会長・森田宗を中心として会員相互の協力のもとに運営され、具体的な活動を進めるために3つの委員会を設けている。
(1)韓国委員会-韓国の教会に協力して」詩人・金芝河氏を初めとする民主化、人権擁護のたたかいを進める人びとや抑圧された労働者たち、在日韓国人「政治犯」などへの支援の活動を、独自のあるいはエキュメニカルな形で行なっている。
(2)フィリピン委員会-ミンダナオ島に進出している日本企業のために土地と生活手段を奪われ、公害の犠牲になっている人びとの訴えにより、その人びとの支援や政府による弾圧とたたかうフィリピン教会と連帯活動を行なっている。
(3)国内委員会-足もとの問題を見つめようとの趣旨から、公害・差別・信教の自由など国内における人権問題に関して活動している。このほか全国正平協と協力する形で現在すでに札幌、仙台、名古屋、京都、広島には「各教区の正平協」が成立している。
(4)離郷青年
離郷青年を世話する機関として、教区には「移動信徒連絡事務所」がある。都会生活に希望と一抹の不安をもって家庭を離れて東京に来る若者が、1日も早く東京での教会の信仰生活や行事に参加することができるよう手伝うのが目的である。
具体的には(1)個人的な話し合いや手紙・電話による相談にのる(2)小教区に案内し、司祭を紹介したり、仲間にもはいりやすいように友人を紹介する-など。このため、つねに小教区の司祭や移動信徒保と連絡をとっている。
移動信徒係は(1)すでに小数Ⅸに転入している移動信徒及びこれから迎え入れようとしている移動信徒のために、小教区の司祭の司牧の手伝いをする(2)移動信徒がキリストの兄弟として教会の中に、入れるよう、。メンバーと移動信徒の間の橋となって配慮する(3)各地から転入してくる移動信徒の窓口(相談役)となり、教区移動信徒担当者と連絡をとる-などの役目をもつ。このため転入者について連絡を受けたとき、電話その他の方法で声をかけ、教会に案内したり、友人を紹介したりする。事情によってミサや教会の行事に参加できない人に、時どき安否を尋ねたり、教会の様子をしらせたりしてつながりをもつ。移動信徒係の役割は事務事続きではないので教会の事務を扱う事務職員とは別の人であることが望ましい。
教区移勤信徒連絡事務所はカテドラルの奥、大司教館の中に。
電話945-6686
8月9日手燭平和ミサ
布教司牧協議会主催の「平和祈願祭」は、毎年8日上旬の日曜日に千島ケ渕で行なわれてきた。参加者の数は横ばいながら、今1つ盛り上りの足りないことは大方の感ずるところだった。布司協では先般この問題をとりあげ、とくに委員会をもうけてこの催しのあり方について検討を重ねた。
この平和祈願祭が8月上旬の日曜日に千鳥ケ渕で行なわれてきたのは、第2次世界大戦によって心ならずもこの世を去られた戦没者の冥福を祈り、あわせ単に戦争をしないというだけでなく、進んで人びとの和解をはかり、本当の国際的平和を祈願するためだ。
しかしこれらの主旨も時とともに風化し、目的、場所、時期などに疑問をもつ声も出はじめ、根底からの見直しをせまられていた。布司協でブロックからの代表をあつめて検討を急いでいたが、基本精神として次のようなことを確認した。
結論
教会は社会に対し責任をもたねばならない。教会が世の中の人びとと戦争の苦しみ等を8月中に思いだして悲しみを分かちあい、戦没者の感霊祭を行ない、平和を祈り、決意を新たにすることはぜひ必要である。従って千鳥ケ渕で行なっていただきたい。
具体的なやり方については実行委員会(委員長・大柳博士)に任せられるが、同賽員会は4月13日、初会合を開き、概要と経緯の説明を行った。構成員は布司協メンバーから運営委などと重ならぬよう、なによりも特定の考えに傾く形勢にならないよう配慮した。実施の要領のついての詳細は会を重ねて決まるが、今年は8月9月(土)初の試みとして暑い昼間をさけ、夕方6時から、ローソクのミサを中心に行なう予定。教区民の声を反映し、アピールするものに-が企画の要点だ。
我われはかつて靖国神社法案に反対することを教区大会で決議し自椀大司教もこれに関して1973年、当時の自民党総裁・田中角栄氏に反対の書簡を出しているがいずれもその後半で、ただ法案に反対するばかりでなく「キリスト者として死者への礼をつくし、遺族の人びとを理解し尊重する責任を有することを忘れない」ことを表明している。そして慰霊だけでなく積極的に平和への努力を訴えれば、その具体的実践活動の1つとして、すでに信徒使徒職協議会によって始められていた「平和祈願のミサ」はまさにうってつけのものであった。名称も「平和祈願祭」とあらため、主催を布司協の手にうつしたのもこのためだ。
このように平和祈願祭はその推移において靖国神社問題と深いかかわりがあるため、ややもすれば政治的主張とからませたりして特種な色彩になりがちであった。そしてこれが信徒への積極的な呼びかけをはばみ、いやけを起させる原因でもあった。検討委ではこの点を重視し、平和祈願祭を一応ヤスクニから切り離し、純粋に宗教的なことがらとしてとりあつかうことにした。教区もこの態度をはっきり表明し、これを目標として進むために大司教の教書がとくに要望されることとなった。この祈願祭は布司協が主催大司教あるいはその代理が出席する、まさしく教区規模の行事であるとし、各位の協力を切に望んでいる。
お知らせ
「年金」その後
昨年末、司祭および教会従業員の「カトリック年金制度」が廃止となり、教区民に迷惑をかけたことについて、白柳大司教は代議員会でも謝罪の意をあらわした。
その折、教区として何等かの方法を考えると約束したが、財務委員会を中心に検討を重ねた結果、このほどそれに代る1つの方法の実況に見通しが出てきたという。内容はまだ明らかにされていないが、そのためにはデーターが必要とされ、今回は教会従業員にかぎり、年令や勤続年数などの諸項目について予備調査をはじめた。
教区ピジョン会
「東京教区の将来を考える会」という、何んとも遠大なものが生れた。ブロック再編成の問題に端を発し、かって中央ブロックから出された「夜間人口」の課題にも飛び火して、全体のビジョン造りを-に発展した。現在は有志数人が集まっている段階だが、大司教も、話し合いが積極的になされることを望んでいる。また事柄が大きいので、問題をしぼり、構成員についても「財務研」などを参考に検討したいとしている。
子ども指導者会
教会学校部では新学期を迎え、体験の分ちあいと先輩のアドバイスを主に指導者の研修会を開く。
6月1日双葉学園同窓会館
6月8日三軒茶屋教会
6月15日カトリック神学院
申込先・神学院内田中隆弘宛.
使徒職研修へ
目的 話しあいを通して信仰の喜び、人びとと分かちあえることばを-(グループで特色も。)
対象 すべての信徒(除修道者)
期間 4月開演、3期9ケ月
問合せ 教学部(大司教館内)
教区統計から
信徒総数 65、566(78年度63、791)
実数 58、001
ミサ通常参加1 8,266
世帯数 25、992
成人洗礼 (男370、女861)
幼児洗礼 (男386、女350)
臨終洗礼 146
求道者 2、484
◇司祭異動◇
岸忠雄(葛飾地区教会設立準備担当) 船橋主任
P・ダイアモンド(飯山主任) 鴨川主任
青山和美(竹の塚担当) 館山主任
久富達雄(八王子助任) 足立助任
辻茂 八王子助任
P・スカリー(木更津主任) 休暇
関根英雄 木更津主任
梶川宏 成城助任
山本量太郎(西千葉助任) 真生会館兼務
杉田稔 葛飾地区教会準備担当
125葛飾区青戸1-2-10 301
電話691-7867青砥駅から徒歩10分。
近くに住む信者、求道者ご紹介ください。
F・ロッシー(調布主任) 大分・古城
J・ダルクマン(横浜・鷺沼) 調布主任
荒井金蔵(船橋主任)
山根克則(ベトレヘム学園) 留学