東京教区ニュース第34号

1980年08月01日

’80 平和祈願祭 夕闇にローソクの灯 墓苑に実ったひかりの趣向

教区は8月9日、千鳥ケ渕戦没者墓苑で、布教司牧協議会主催の平和祈願祭を行なった。心ならずもこの世を去られた戦没者・戦災者の冥福と、国際的平和を祈るため、毎年開かれる教区規模の行事である。今年はその主旨を徹底させるため、布司協でも特に力を入れ、白柳大司教に主司式を依頼、同大司教の書簡入りチラシを配布するとか、暑い昼間をさけで夕方から始めるとか、光の行列を加えるなどの新趣向試みた。参列者の数も300人を超え、近年では珍しく、やや教区行事らしい様を呈した。

今年の祈願祭は第1部をミサ、第2部を献花・光の行列・死者のための祈り、とした。6時35分夕風もようやく涼しい墓苑の六角堂にしつらえた祭壇に、白柳大司教を中心とした7人の共同司式司祭が並ぶ。参列者もぞくぞく増え並べた椅子の数でば足りず急いで補充、主催者側をとまどわせた。

大司教は説教で、平和への努力を力強く訴え、各ブロックの代表者も、共同祈願をもってこれに応えた。平和のための催しの費用や基金にと訴えた献金は、総額119,049円。聖体拝領にさしかかる頃から夕闇も深くなり、あらかじめわたしておいたローソクに火をつけるものも出はじめた。

ミサにつづいて、第2部にはいる。司祭団、参列者のもつローソクに全部火が廻ったあと、代表2人が献花、花束の菊の白さが鮮やかだ。いよいよ光の行列がはじまる。大司教を先頭とする司祭団につづいて、参列者は2列となり、六角堂の外縁の一番遠くを、聖歌を唄いながら、ゆっくりと廻る。手にしたローソクの灯影が、遠くから見ると数多い戦没者の魂のようだ。お堂を一廻りして、最後に全員で死者のための祈りをとなえる。こうして7時45分、すべての式次第を終え、参列者は夕闇のなかに散っていった。

その夜の余録

初の試みで、いろいろなことにでくわした。それらをふくめて、気がついたことを拾ってみよう。

1、長崎原爆記念日に開いたということも人が集まった1要因かも。
2、途中から暗くなり、配布小冊子の字が見えない。来年は投光器?
3、心配した蚊は出なかつた。異常冷夏のせいか?したがって来年も出ないという保証はない。
4、共同祈願は各ブロックの代表-といってもすべてそろったわけではない。やはり1つのブロックも欠けることのないように。
5、椅子運びはとくに小岩教会の壮年、青年が奉仕した。毎年、小岩はよくやるといわれる。

これでも教区規模

6、ローソクは、よせ集めでお粗末だった。もう少しましなものを。
7、300人以上集まり、やや教区規模の行事の感を呈し、主催者側を力づけた。来年は式次第をより充実させるという。

大司教のはなし

私達が祈るのは、戦没者の冥福だけでなく、真の平和の到来である。現在、世界にも、日本にも、およそ平和とは反対に、欲と憎しみと報復のためのこぜりあい、あるいは、より大きな戦いへの準備の動さが見られる。キリストの福音にまっこうから反するものだ。

しかもこれらの憎しみや戦争の原因は、人間の側にあるのだ。過去の大戦に私達が関与したことに痛恨の念を抱かねばならぬのは勿論、現在たとえ自国が関わっていない他国間の争いについても、人間として連帯責任かある。戦いを起す原因が人間側にあるということは、逆にいえば平和の実現は困難であるが可能だということだ。加うるに私達は信仰者として、平和達成への努力が神の助けによって補強され継続されることを知っている。
(要旨)

甘くない援助活動・召命促進

本年度の教区活動方針・四柱は委員会や担当者なとを推進力として少しつつ実行に移されている。(本記事の大半は同時に第10、11回布司協の議事内容でもある)

(1)ビルマの教会

とりあえず今年11月16日をビルマデーとすることはすでに決っている。ビルマデー委員会では現地視察者の報告をもとに、催しの具体的方法を検討しているが
Ⅰ、とくに経済面においては日本がビルマを援助しているというこどをあまり公にせぬ方がよい
Ⅱ、援助の途上でビルマ政府を絶対に攻撃せぬこと-
との先方の意向に従い企画をねる模様だ。

精神的援助と物質的援助を一応区別する。物質の方は主に献金だがこのためのポスターには「アジアの教会のために」と入れ、献金日として11月16日の日付は示すが「ビルマ」という言葉は使わない。しかし困窮をあらわす写真を刷り込み、金の配分でも「ビルマ」を優先させる。

精神の方は大々的にやれる。典礼面では合同ミサ、共同祈願などPR面では「ビルマデー」と明記し、主旨と現地の情況を説いた刷り物をはじめ、司祭集会なとでも徹底させる。パネル写真展を小教区で開けるよう用意する-など。

他に要点として
Ⅰ、ラングーン教区だけでなく、ビルマの教会全体を助ける
Ⅱ、なぜビルマを選んだかは、アジアの貧しい国の1つで、忘れられていること
Ⅲ、とくに経済面での援助の仕方は先方の司教団の具体案にレたがう
-など。

(2)一粒会

既に2会の委員会を開き、検討の方向が
Ⅰ、一粒会について
Ⅱ、召命をテーマにした催しについて
Ⅲ、召命のための運動について
-ときまった。「一粒会」は具体的な決議事項であるためこれを軸にする。

【結論】

Ⅰについて-単に邦人司祭養成のためでなくすべての聖職者の召命のために祈り、献金する会として、具体的なことは布司協で考える
Ⅱについて-修道女連盟が中心となって企画する
Ⅲについて-ウォード師などがすでにはじめている召命研究会、召命を考える会に参加、協力する。以上、三面の働きの責任者として、教区事務局に召命委員会を設ける。これらのことをブロック会議に提案し、意見をきく。

(3)正平協

教区に正平協をつくるにあたっては慎重に-という声をうけて、全国正平協と教区の連絡係・小川拓郎師を中心に、最も無理のない方法で推進してゆうく考えだ。今すぐ組織をつくるよりも、現在教区で具体的にやっている障害者問題や靖国問題はすでに正義と平和の視点からとらえることなので、これらのものをとりあげながら、一歩ずつ広げてゆくという。

正義それ自体を考えればどこの正義も同じであるが、地域によって具体的にとりくむ問題が異なることもある。東京は政治の中心であるから、独自の課題も出るだろう。とにかく今年一杯位までには教区に正平協をつくりたい意向。

本紙の裏面にも特集されているように全国正平協は「光州事態」「世界宗教者倫理会議」「靖国神社問題」「身障者問題」などで、ここのところ大活躍だ。80%が東京の人である。教区正平協の設立を別にしても「8、人権が不当に抑圧されている事実に、敏感な心を持ち、日本カトリック正義と平和協議会と連係を保ちつつ、時宜に適した行動をしてゆく。」は、かねてからの教区活動方針の1つであったとして、その活動に教区民の大方の関心を望む声が強い。

(4)離郷青年

移動信徒係設置の依頼に応え、築地、枝川、神田、三軒茶屋、蒲田、下井草、千葉寺、小金井、関町及び城東ブロックの全小教区が申し出てきた。司祭が教区移動信徒担当修道女を迎える態度が変り、信徒の気運も高まってきた、と推進側は喜んでいる。

要点Ⅰ、主任司祭が係の場合、交替するとしおれる
Ⅱ、依頼しっぱなしでなく打診も
Ⅲ、離郷青年に限らす転入者を歓迎-は副次的効果として良いが、方針の力点は離郷
Ⅳ、設置するしない、どのような型に-は小教区の実状によること。

まえまえから正式に「移動信徒係」がおかれていたのは、五井と目黒の2つの小教区である。出来るだけ多くの教会がこれにならって担当者を設けるのが望ましいとされる。前述の2教会の当事者である川口よしの氏(五井)と田戸サヨ子氏(目黒)から報告書が出されているが、世話係をおくための参考にと関係者は望んでいる。

【五井】
移動信徒係をはじめて2年が過ぎた。教区の、担当修道女が教会を訪れたのが発端である。転入して来た信者を神父とともに尋ねるというごく初歩的のことからはじめたが、今では教区の事務局からあらかじめうけた連絡を材料に、手紙や電話をもまじえてコンタクトをとっている。

地方から来る人たちは1人で新しい教会を尋ねるのに勇気がいるし、折角たすねても神父が留守だったり知人もなく、雰囲気にも慣れぬため、1度か2度顔を出しただけで遠ざかるものも多い。出来るだけ早く友達になれる人を紹介けるのが肝腎だ。

すぐ反応があるとは限らないが神父や他の人たちが自分のことを思っていてくれることがわかれば次第に気持がつたわる。訪問する場合は相手の立場を考え、母親のような気持を忘れぬこと。また神父や連絡事務所にその都度報告することも大切だ。

離郷信徒自身がこの係りになる場、とくに自分の出身地から来た人だけを大切にするというような偏りに陥らぬよう注意のこと。

【目黒】
この仕事をはじめてやはり2年が経つ。当初、教会は主任神父が着任したばかりで、繁雑な仕事を手伝うという意味においても人手が必要であった。当然、移動信徒の件も重要な問題の1つだったため、教会は教区移動信徒連絡事務所員のシスター向田をまねいて実状をきき、その係の必要性をかんじて、当小教区にも担当者をおく運びとなった。

移動の手続きは今年度からこそ新様式になったが、以前は転出する教会から直送された書類が届いていても、本人が手続きに来なかったり、なかにはそのまま更に住所を変更するものもあっりとにかく出頭して手続きを完了しない限り、その信徒はどこの教会にも所属しないでいるわけだ。

ここで連絡の仕事がはじまる。ハガキ1枚で出頭すれば問題はない。手をつくして連絡をとろうとする場合、単身上京とか、家族の中で1人だけ信者というときには特に気を使わなければならない。

個々の信徒の状況を把握して、ミサの時間、信者会、青年会、日曜学校などについてていねいに知らせる。さらに近隣や同年配の信徒を紹介したりもする。

労が稔ってやっと教会に顔を出し、転入の手続を終えたものには「ようこそ教会へ」という意味の手紙をわたす。次は早く教会の雰囲気に馴れさせることだ。信者会に招待して親しく紹介するとか、なによりも教会の催し物には積極的に参加させるようにする。主任司祭にも暖かい心づかいをもってもらうことが大切だ。さもないと、よそ者のように、親しみを感じない教会に落着けず、一、二度顔を出しただけで、在籍不参信者となる。このように移動信徒係の仕事は、単に入籍を完了せしめるばかりでなく(これとて大変なことなのだが)さらにアフターケアの面にも及ばねはならない。

離卿青年に走馬灯廻りけり
心ひとつ離郷の人と虫を聴く
無口なる離卿信徒に曼珠沙華
杉浦強

ひろば 宰相+追想

6月1日、忽然として世を去った大平首相の通夜の様子がテレビで放映されたと、黒布で覆われた柩の上に純白で一段と鮮やかに十字架のしるしが映し出されたのを見て、ああ、大平さんはクリスチャンだったナと思い出した人も多かったにちがいない。

大平さんが総理に選ばれたときの言行録には、尊敬する人物はイエス・キリスト、愛読書は聖書と記されている。しかしその後はこのことについて全く発言されていない。日本の政治家にとってのタブーは、戦前では軍の批判、今は核問題と宗教だと言われる。

これは宗教が核なみに政局を左右する力があるというこどではなく、宗教心を欠いていても世界に誇るに足る経済大国にまでのし上った今の日本で、宗教を持ち出すことは、政治家としての感覚のズレを批判されるのを恐れたために違いない。

明治以来、日本の指導階級と目される人々のキリスト教の受け入れ方には1つの型があった。即も若い頃はそれに傾斜し宗教を知識として学びとると、これをもって卒業とし、やがて全てを忘れ去ってゆくのである。大平さんもこのパターン踏んでいるのではないかと1寸感ぐりたくもなった。今はもう幽明境を異にして訊くよしもないが、政治と宗教、とくに宗教が政治に影響力をもつ国はいつまでも後進国であり、宗教に関心のうすい国が先進国であるという、世界的傾向になっているこの現実を大平さんはどう解釈していたのであろうか。

「慎重居子の首相は、日本人の考えのもととなっている老子、荘子を祖とする東洋思想とキリスト教精神との融和を考えておられた」と女婿の森田氏の談話にあったが、この素晴らしい大平流キリスト教がどんな内容のものであったかを、もう少し元気で政治の上に示してほしかった。
(大司教館・小倉修)

あした葉

今年も8月15日が巡ってきた。終戦記念日であり聖母被昇天の祭日である。夕闇せまる「千鳥ケ渕」で戦没者を心から悼み、平和の到来を聖母に祈る。私たちは信仰者であるからこそ一層平和を望み、戦争を回避することはもとよりそれへ導くあらゆる芽を事前につみとるよう全力をあげなければいけない。

▼信教のの自由は、基本人権の1つだ。戦前、戦中は政府によって国家神道の政策がとられ、神道に特権的な地位が与えられていた。それ以外の宗教は差別的に扱われただけでなく監督・総合・利用された。それに同調しなかった宗教者、宗教団体は官憲の弾圧をうけた。国民のすべてが信仰のいかんを問わず、神社参拝を強制され「神国日本」の名で軍国主義があおられた。戦後、こうした戦前のあり方に強い批判と反省の声がおこり、新憲法のなかでも信教の自由、政教分離が明記され、どんな宗教にも特権を与えることを禁じた

▼ところが、再び国家神藤を回復し日本を危険な道へと導く足音が高まっついる。元号法制化の強行につづき、政府は「靖国神社の公式参拝と国家保護」を公約にかかげるまでになっている。これらの動きがねらうものは、信仰の自由を否定し、いつか来た道-軍事大国と戦争への道に日本を引きづりこむことだ

▼今年はついに首相が大半の完了をしたがえて参拝した。それぞれ判で押したように「私人の資格」といいのがれ事実上の内閣制ぞろいだ。「公式参拝」は、まさに日本のの軍事主義化とそれにむけた国民の思想統合をねらったものに他ならぬ。「靖国神社法案」国会提出の動きも再び浮上してきた。「公式参拝」と「国家護持」の企てそやめさせ、日本右傾化と戦うことが、信教の自由を将来にわたって守るとともに、日本の平和と安全、民主主義に道を開くことになる。「あなたは私のほかに、なにものをも神としてはならない」(出エジプト20-3)
(S・A)

この重大さ知られていない 奮闘めざましい全国正平協

正義の推進と平和の確立をめざし、福音の心を持って様々の政治・社会問題に力強く立ち向かってゆくべきことは、現代の教会に課せられた姿勢の1つである。しかし報道不足のためか、内外の不穏な情勢下にあってさえ、何が重要なことなのか、教会はどのようにかかわっているのか、一般にはそれほど知られておらず、無関心な者も少なくはない。日本カトリック正義を平和協議会は、これらの課題と取り組んでいる司教協議会内の組織である。同協議会と連係することは、教区活動方針の1つであることから、その活動の一端を紹介する意味をも含め、「講習事態」と「倫理会議」と取り上げて、その実態と問題性を探ってみた。

くらやみの「光州」

韓国カトリック光州大教区司祭団は6月の上旬「光州の事態に対する真相」と題する文書を発表、この文書に対して光州、釜山、馬山等の教区および全国カトリック正義具現し教団が支援を送るとともに声明を発表した。日本カトリック正義と平和協議会は、この「真相」とそれに関する資料を受け真実がなお一層明らかになったとし次の如くアピールを行った。

骨子

1、「光州の事態に対するわれわれの見解」を再確認する
2、「真相」と「声明」と評価する
3、言論統制は民主主義に逆行する
4、韓国教会で行われている徹夜の祈祷をわれわれもともにする
5、良心犯の釈放を戒厳当局に要請する-日本は韓国民の願望である民主化に寄与すべきである。

真相

虚偽が暴露され、真実を明らかにすることこそキリストを信じる我らに負わされた使命であることを知っている我らは、良心と信仰の衝動に従い、事態の新装を国民の前に発表する。

1、平和的な学生デモ-秩序生前と民主化を求める意志伝達式であるデモがあり、その後、学生は政府当局の誠意ある答えをまち、授業に専念することを決議した。

2、空挺特戦団の蛮行-5月18日、学生が大学内に入ろうとする銃を持った軍人ににより制止されたために投石戦となった。警察力による鎮圧が失敗したため空挺部隊が投入され、隊員はデモを解散させるため隔世を殴打、学生は歩道のブロックを割り、空挺部隊めがけてこれを投げた。捕らえられた学生で、反抗するものは帯剣で背中や太ももと刺し引かれ、多くの若者が連行された。5月19日、錦南路一帯は溢れるばかりの市民が集まった。学生が道路に引きづり出されたが、血を流し倒れるのをみて、群集は興奮し始めた。剣で横腹を刺された学生と、背中にX字をかかれた死体がその後確認された。

3、デモ隊の武装経緯-市民は家族探しのため病院、死体室を埋めたが、戒厳司令部は20日、死亡者は民間人1人、戒厳軍4人と発表した。市民はその虚偽の数字に憤怒した。市民は空挺部隊の無差別な蛮行から身を守るために武器を奪い、市街地は戦争状態に変わった。

4、道庁撤収以後の光州の状況-宗教者、学生、学界などの人びとからなる収拾委員は、流血事態を防ぐため、戒厳軍の市内進入は行わないとの約束を受け、武器回収に努めた。戒厳軍が約束を破って市内に武装進駐を指図するや、学生はいったん手渡した武器を再び分配し、武装した。収拾委員の忍耐を苦労が無視されたまま5月27日、流血の中で戒厳軍は再び市街地を掌握した。

5、暴走は誰なのか?-事態中、3つの放送局と2つの新聞社が破壊または放火された。これは死傷者数のついての虚偽の報道などに対し市民が憤怒したからである。3人のスパイが容疑者が捕らえられたという。大学生は治安隊を組織して銀行を米倉庫を守った。このような中でも買占めなどの暴利を取る者はなかった。

軍は、その責任を国民に転換させるため一切の報道を統制し、事実を隠すことによって、光州市民とわれわれ国民全体の心に血のにじむ恨みを残してしまった。さらに彼ら自ら犯した残忍なる乱行に対して、なんら良心の苛責を感じることなくいることは誠に痛嘆の極みである。

光州大教区司祭団

声明文

我らは民族悲劇である光州の事態に接し、福音的真理と正義に立脚して次の如くその態度を明らかにする。
1、我らは、カトリック光州大教区司祭団が発表した「光州事態の真相」が真実であることを信じる。
2、「当局は、政権安保のために、これ以上の、事実を歪曲し虚偽の報道をおこなう現態度と行為を即刻放棄して、言論の自由を保障せよ。
3、光州の事態の悲劇的原因は、現政府と一部軍部の狂的な殺人行為の起因するものであることを明らかにする。
4、現事態は、民族的治療が要求されてる。非常戒厳解除と拘束された民主市民、学生たちの釈放が即刻なされねばならず、民主憲政団が至急に樹立されねばならない。

カトリック正義具現光州大教区司祭団全国司祭団

どうするか!「倫理会議」

今年の19月28日(火)から11月3日(月)にかけて、世界宗教者倫理会議が、東京、京都で開かれる。日本カトリック正義と平和協議会は、この会議に初めから憂慮と危惧の念を抱き、討議を重ねてきたが、結局カトリック教会はこの会議に参加すべきでないという同協議会の「見解」を発表した。あとで詳しく記すが、教皇庁や司教協議会もこれを受け、同倫理会議には慎重に対応してゆく姿勢のようだ。一見、倫理的、宗教的テーマに関する、諸宗教、教派間の対話の場のような印象を与えるこの会議に、懸念を抱くのはなぜなのか?この経緯をたどりながら、問題点を探ってみた。

教皇に根回し

1978年3月17日、明治記念館で「第1回日本宗教代表者会議」(以下代表者会議という)が開かれた。「世界連邦日本宗教委員会」(以下宗教委員会という)が主催したこの会議に、バチカンから諸宗教連絡聖省長官・ピネドリー枢機卿(故人)が出席した。

ことはここから始まる。「宗教委員会」はこの会に「日本・バチカン宗教代表者会議」の企画を立案した。その合意にもとづいて同年7月、ローマ郊外でネミ湖畔でこの会議が開かれた。いわゆる「ネミ会議」である。このときすでに「世界倫理会議の速やかな開催」が議題としておりこまれていた。ネミ会議の共同コミュニケをうけ、1979年1月24日、明治神宮桃林荘で、「倫理会議」の開催について協議が行われ、同年6月21日、日本側主催団体として実行委員会を組織、その名称を「日本宗教代表者会議」とした。

あの道に逆戻りか

倫理会議のテーマは、「自然を人間の相関関係」というものであり、一見、倫理的、宗教的なことを巡って、諸宗教、教派間の対話を探る集まりのような印象を与える。「世界の宗教者が大同団結市、博愛主義に徹し、人類救済の聖業に邁進する」という第1回代表者会議の合意路線にも沿っている。主催者は「宗教サミット」と称しているようであるが、会議自体の内容はかなりサロン的なものになるだろうといわれている。なぜか?それは推進者が最も重視している倫理的課題は、すでにネミ会議で先取りされているからである。そうであるからこそわれわれは、テーマやスローガンに現れている表面的な文字ではなく、その背景にあるものを無視し得ないのである。

いったい、ネミ会議で何が話され、決議されたのであろうか?それはこの会議を提案した朝比奈源氏(前円覚寺管長-故人)が教皇パウロ6世にあてた書簡、ないし神社神道の発言内容から明らかである。

朝比奈書簡の趣旨は、「日本の天皇は-□□無比な伝統的な天皇であり、その天皇によって敗戦日本も保全の道が立ったのであり、この日本国民の僥倖日本国民だけのものにしておいてはならない-」というものであった。同時に、神社神道側は、「日本の天皇は-崇高な宗教者であり、この天皇の無比の精神が日本国民の統合の象徴となっている」という主張をなした。これこそネミ会議の基調精神であり、それ故にこ前途の書簡は会議の冒頭でも公開されたのであった。彼らのいうような天皇の倫理性を「倫理会議」問いうばを利用して世界的に公認し、国民倫理の規範として確立しようとすることこそ彼らにとって会議開催の最大の狙いなのである。

その最も著しい現われは教育勅語と明治天皇の記念日に会議の日程が重ねられている点である。すなわち今年は教育勅語発布90年に当たり、明治神宮造営60年である。

教育勅語復活の意図は
Ⅰ、教育と人生観の基本は天皇によって与えられるものだと教える
Ⅱ、忠孝教育によって、たての人間関係を強化させ、服従心を育てる
Ⅲ、更に滅私奉公によって、告示に殉ずるものを作る
-ことにある。これは天皇主権復活のためのものである。

彼らが天皇制イデオロギー運動を展開しようとするとき、前途の2つの記念日は絶好の機会であるにちがいない。そしてまさにその時期に「倫理委員会」を開催すると言う細工をやってのけようとしているのである。

「交流」の落とし穴

現代社会へ対応する姿勢として、カトリック教会は、他教派への異端視をやめ、教会一致運動を主張、更に他宗教を友好関係を結び、宗教者としての連帯を勧めようとする路線をとっている。「倫理会議」参加も、日本の諸宗教との交流のための一環として位置付けられているのだと思われる。われわれは、諸宗教間の対話、協力と一致の重要性を深く認識するものであるが、そうなればこそそこの大切な問題がキリストの教えと教会の導きの中で正しく扱われてゆくことをひたすら願うものである。

この点で「倫理会議」の内容と教会の関わり方をみると、信仰者の対話と一致の精神からも、自らの信仰を高める観点からも、前途のように妥協してはならないいくつかの問題点があると思われる。すなわち、他宗教との対話交流のためとはいえ、日本の軍事大国化への手助けをしてよいとは言えない。

カトリック正義と平和協議会はこの点を憂慮し、5月7日、日本のカトリック各司教並びに関係者に対し、先の見解と同時に、「倫理会議」についてのよりくわしい「意見書」を、会員一同の名で提出した。次の箇所は意見書の中でわけても強調してる点である。

「特に問題なのは、会議の実質的推進者と最も顕著な現われは、きょういくと勅語と明治天皇の記念部に会議の日程が重ねられている点であります。

この時期には、神社神道並びに日本の右翼、保守勢力が様々な行事、祭典を計画していることは、すでにご承知のとおりであります。日本の一般国民の芽には、世界宗教者倫理会議もその一環であると映ることは、私共の理解とは全く無関係に、避けがたい明白な事実であり、これこそ実質主義である神社神道側と、その背後の「守る会」等の真の目的であります。

さらに、主催者の役員の顔ぶれをみますと、カトリック教会は、あたかも主催者の重要な柱であるかの如き印象を与えます。(ただし副議長であった白柳大司教は、同会議の役職を離れたことを公に表明している。)加えて、ローマ教皇庁の諸宗教連絡聖省が、唯一の協力団体をしての名を連ねているのを見れば(カトリックが全面に出ていることを避けるため、バチカンの要望で同聖省の協力はこのほど取りやめとなった)、日本の国民一般、良識ある市民は、カトリック教会が挙げて天皇制と教育勅語の称揚に力を貸していると考えるに違いありません。

対応には大英断を

この問題は、靖国法案、元号法制化、天皇公式参拝等の布石の上に、日本の右翼勢力が達成を目指す当面の目標であり、広く国論を二分する重大な点にふれてくるものであります。このためカトリック教会が諸宗教の間に分裂を持ち込み、ひいては教会内部の一致をも危うくする恐れがあります。

私共は、世界宗教者倫理会議の本質的問題点を決して誤解しているのではないと思います。従って、一部役員の更迭や、プログラムの外面的手直し、字句の変更等による妥協に惑わされてはならないと思います。ほかならぬこの時期に、この日程で、神社神道と組んで、同様の企画を主催することが本質的に問題となっているのです。

日程の大幅な変更が容られなければ、カトリック側の役員は全部辞退されるべきでしょう。また日程の変更に応じてきた時は、カトリック教会の主体性を充分に発揮して内容の凡てを本来の宗教者の対話と一致に資するものとなるよう導いてゆくべきでしょう。」

日程変更か?

カトリック正義と平和協議会の出した「見解」と「意見書」には非常に明確な問題点の指摘がなされているが、これに対しカトリックの内部の関係者が、どう反応するかは教会内外の等しく注目するところであった。

司教協議会はこのほど開かれた定例総会でこの問題をとりあげ、司教協の態度を討議した。まづ諸宗教委員長・田中健一司教の経緯説明から始められたが、討議の結果、やはり最大の問題点である教育勅語発布の10月30日や明治神宮造営の11月3日は会期からはずすべきだなどをきめ、日程の大幅な変更を、司教協議会(関係委-諸宗教委員会)の名で倫理会議事務局に申し入れることにした。

この「日程変更」ということは単に日にちをかえるなどというようなものではなくⅠ、世界から人が集まる会議のプログラムづくりに初めから参加し、既に期日もかなり迫っているⅡ、この日程をことさら選んだところに先方の狙いがある-などの点から、重要な意味をもつものであり、あえてこれを申し入れるということは、司教協はかなり思い切った対応の仕方で□□とみられる。なおこれらの姿勢を教皇庁の関係聖省にも伝えることとした。

教皇庁へはこれとは別に、正義と平和協議会の先の「見解」と「意見書」と独自で出しており、-バチカンの態度も当初とくらべかなり変化した-といわれる。日程の変更が容れたれなければ、カトリック側とては最小限の参加の仕方になる模様だ。この時期に合わせて教皇が訪日するというようなことはない。

とにかく「倫理会議」は、単なる宗教界の出来事ではなく、戦後35年を抹殺資料をする、右翼的宗教集団が、世界のほかの宗教を利用しつつ行う、「天皇中心主義」謳歌の一大デモンストレーションなのである。日本の将来を考えるとき、どうしても見過ごしに出来ない「会議」である。

「靖国委」も一肌

教区布司協靖国問題実行委員会では、倫理会議の目指すところが靖国神社法案の狙い「親権天皇による国家と神道の結びつき」と同一であるという点から、特に白柳大司教が同会議の副議長になっていたことを重視、6月1日、委員長、事務局長の2人が大司教を訪問、参加を見合すよう要望したところ、同大司教は、「会議には出席しない」を解答した。

光州の事態に対するわれわれの見解-声明文-(要旨)

光州事態の真実の声に接し、この事実を世界に公表し、1日も早く韓国に民主化が実現されることを願いに次のように声明する。

1、光州事態の責任は全斗煥保安司令官の中央情報部長代理就任により、銀の政治不介入の約束が踏みにじられたところにある。
2、行しいの青少年学生、市民、労働者を無差別に虐殺したことが、いまや天下に明白な事実として立証された。
3、事態の真相を明らかにするため、国際赤十字・国連の人権委員会・ローマ教皇庁に対して実態調査団の派遣を要請する。
4、学生、市民の平和的示威行為に対し、特選降下部隊の殺戮集団とその移動を認めた米国の責任は免れるものではない。
5、キリスト教国たる米国の猛省と促し韓国政府・全斗煥安保司令官に対し、韓国民が納得できる具体的措置を取るべきだ。
6、良心犯として拘束されている人士の釈放。非常戒厳令の撤廃・全斗煥保安司令官の公職および退役・国家保衛非常対策委員会の解散を要求し、これを要求する韓国民衆を支持する。

以上、今回の韓国の事態につき、人道的見地から深い祈りを込めて、我々の見解を生命をここに明らかにするものである。

1980年6月5日
日本カトリック正義を平和協議会

世界宗教者倫理会議についての日本カトリック正義と平和協議会の見解

今秋、10月28日より11月3日までの予定で、世界宗教者倫理会議というものが計画されています。これには準備段階から日本のカトリック教会の代表が加わっており、会議には教皇庁の代表も参加するといわれています。私たちカトリック信者は、下記のような理由によってこの会議に関して疑いと危惧の念を禁じ得ず、カトリック教会は参加すべきではないと思います。

1、主催者と参加者は、世界の諸宗教、教派の協力という形をとっていますが、今回の会議の準備の主導権を握ってきたのは、天皇を「神」とする国家神道の再生と、軍国主義復活を推進する勢力です。

2、この会議は一見、倫理的、宗教的テーマに関する、諸宗教、教派間の対話を探る集まりのような印象を与えます。しかしこの会議の目指すところは、かつて、「国家護持」の名のもとに信教、思想及び言論の自由をふみにじり、また日本を戦争をアジアの侵略へと導き、それを正当化した倫理思想を復興させることにあるのではないかと思われます。この会議を踏まえて「教育勅語」の倫理的正当化と普遍性を主張しようとする動きがあることも伝えられています。私たちは、カトリックの権威がこのような意図に利用される危険があるのではないかと恐れます。

3、日本キリスト教協議会は、はじめからこの会議の危険性を察し、これに関与していません。カトリック教会が、積極的にこの会議にかかわることによって、これまで築き上げてきたプロテスタントとの信頼と一致の関係は、計り知れない打撃を受けるのではないかと恐れます。

4、私たちのもとには、この会議の時期に合わせて教皇の訪日が求められているとか、その他、理解しがたい情報が色々入っておりますが、日本のキリスト者や、市民にはこの会議に関する充分な説明がなされないまま準備が進められています。万が一、教皇がこのような会議に出席されるようなことがあれば、それはきわめて不幸な結果をもたらすのではないかと恐れます。

日本のカトリック教会のなかには、私たちと同じく、この会議にカトリック教会がかかわることに、憂慮と危惧の念をいだいている人々がいます。

教皇庁をはじめ、カトリック教会の責任者の方々が、日本の宗教界の事情を性格に把握し、この世界宗教者倫理会議への参加を考え直すべきだと思います。

1980年5月6日

霊園をきれいに

教区霊園管理事務局では、府中と五日市の両墓地のゴミ処置について、このほど教区民につぎのような協力をよびかけた。

皆様方のご親族の永遠の眠りの地、府中、五日市の両霊園に、いつもいつも遠路お参りありがとうございます。さて、この地区のゴミについてですが、この地域は都市部と異なり、まだゴミの蒐集組織が充分に整っておりません。皆様方のお参りの後のお弁当の残り、ジュースその他の飲み物の空き缶の処理に、大司教館、現地管理人ともども大変困っております。とくに五日市霊園が都心からの距離もあり、どうしても1日がかりの墓参となりますし、眺望もよく、緑のじゅうたんを敷きつめたようなところでのお参りの後のお食事は、気の休まるひと時だと思います。しかしご自分でお出しになったゴミはご自分でお持ち帰りになる習慣を、この際ぜひともつけていただいて、後に来る人のことをも考え、いつ誰がきても清潔で、気持ちのよい墓地、霊園となっておりますよう、ご協力をお願い申し上げます。注・ゴミは籠の中に入れるのではなく、持ち帰るというのがポイント。
(広報部)