東京教区ニュース第17号

1976年05月01日

教会は生きたしるし 見える一致願う代議員会

東京教区は3月20日カトリック・センターで1976年度の代議員会を開いた。司祭・修道者・信徒からの代議員133名、布教司牧協議会委員26人、事務局員11人の計170人が参加。今度の代議員会は、教区のねらいが活動方針として昨年度のものをうけつぎ、今年はその具体化と浸透に力点をおくことにあるため、方針案の中で昨年やってきたこと、今年具体的に計画のあるものを中心に午前中(1)宣教(2)人権(3)財政(4)青少年(5)教会学校の5分科にわかれて審議することが中心となった。午後の全体会議では分科会で紹介された活動や方針案の審議内容が報告され、実行のための具体的諸定案とともに、本年度の教区活動方針案全体が承認や確認の形で成立した。ついで財政面でも決算の承認のあと、本年度の予算案が賛成多数で通過した。

教区に新しい飛躍

会議は午前10時、布司教議長沢田信夫(家庭会)杉田稔(高円寺)両委を仮議長としてはじまった。祈りのあと白柳大司教が挨拶「代議員は聖職者だけでなくすべての信者が参加して教区を神の望まれる姿に近づけるもの、聖霊の神殿である一人一人が全体に対して責任をもてば同時に全体も聖霊にみちびかれるはず、大きな期待をかけている」と述べた。

聖霊の神殿を意識

つづいて代議員の中から長嶋昭(社研)春宮伸光(浅草)の両氏が議長に、杉浦茂(本郷)谷元一義(赤羽)の両氏が議事運営委員に、また岡野利男師(事務局)が書記に選ばれた。そのあと永島洋三委(高円寺)の議事運営案を承認。10時30分、5分科会での審議のため斉藤聿子(宣教)津賀佑元(人権)福川正三(財政)古川正弘(青少年)深水正勝(教会学校)の五氏を世話人とし、全発題を網羅したぶ厚い資料を片手に所定の部屋へ散っていった。

注目の分科会討議

全体会議は午後1時30分開会、各分科会はまとめたことを箇条書で貼紙、便をはかった。今回の会議はよほどのものでない限り、問題をはじめから討議するのではなく、充分な審議は分科会にいわば托し、そこからの報告や提案を信頼をもって承認、確認するという形をとった。それでもかなりの突っ込んだ質疑や不完全さを指摘する発言、反対意見なども出たが、一通りの審議のあと本年度の教区活動方針は、本会議で直接審議されなかったものをも含め、各分科会から出された実行のための諸提案、具体策とともに成立した。

教区民の努力実る

財政面では昨年度決算の承認につづいて本年度予算案の審議にうつったが、冒頭、教区財政が教区大会後、小教区負担金を従来の1割から1割5分にあげることによってなど、教区民全体の努力で着々とその自立に向かって前進しつつあることが述べられた。小教区よりの負担金としょ献金が教区収入の中に占める割合が、本年度予算では57.88%となり、初めて教区民自身の力によって支えられるものが5割を超したという。

支出の部で神学生養成費が増えたことは、人数が増えたためで喜び。しかし支出の2/3は教区全体の活動のために使われ、司教館は1/3にすぎず、関係従業員の犠牲も忘れてはならないと述べられた。動産、不動産を安易に処分することには反対の意見もあったが、司祭の老後保障、健康保険など当然計上すべきものも割愛されている現状ではやむをえまいとするのが大勢であった。なお税政自立をより強化するため、教区民が直接教区の税制に寄与できる方法なども、名前にあまりこだわらず検討することとし、本年度の予算案は満場一致で可決された。

プロ精神に徹せよ

会は予定を30分ほど超過したが、最後に浜尾司教が挨拶「今日決まったことは、代議員の方だけ知っていればよいというものではない。母体に帰って皆に知らせてほしい。具体的なことは各責任推進団体が暫時実行にうつしてゆくはずであるが、今日出せなかった要望があれば次の代議員会をまたずに、ふだんでも事務局に提出できる。よりよく協力するために各自がそれぞれの持場でプロ精神に徹するように」と述べ、祈りによって午後4時30分解散した。

代議員会あれこれ

青少年分科会の話し合いの中でとくに高校生と一緒につきあえる6人、そういう人たちが集まって協力することの必要性が要望された。

どこへ行く高校生

しかし一方では、教会に高校生が来ない、むしろ離れてゆくことに対してどうするかという深刻な現状がのべられた。日曜日には試合に出なければならないし、同時に受験体制が彼らを包んでいる。教会に目でみる興味がないと集まらない。

さらに子供達に教会へ行くことをすすめるべき親に自信があるかなど、青少年問題は大人の問題でもあることが指摘された。また他人を理解できる人間に育つよう、彼らには大きな体験が必要だという発言も示唆に富むものであった。

韓国は遠い国か?

人権分科会に出席した一青年は隣国の韓国について雑誌などでは大きく取上げられているのに、日本の教会は何もしてやれないのか、私は1人で悶々の思いであると話す。

また、靖国問題は東京教区のみでなく全教区で考えていくべきという意見も聞かれた。

「後援会」でもめる

財政分科会からの提案「教区財政後援会(仮称)設立」について名称や期間に多くの討議がなされたが、結局後援会という名前は使わないということに決定。表現の理解とのむずかしさを思わせる。同時に教会での「用語」の注意があったのは人権認識の一進歩か。

もっと欲しい時間

代議員はもう少し分科会の時間に余裕が欲しい、議題もまだたくさんある筈だと洩らしていた。

教区事務局の徳川師は「分科会での問題について、各ブロックでは結論をまとめきれないでいるのではないか。しかし無理にまとめる必要はない。分科会でも全体会議でも答がでないことがある。むしろ答がでないからこそやるべきではないか。」と云う。最後に「講習会のつもりで来たり、自分の仕事のPRをしたりすることもあるが」と手痛いひと言も。

教区統計から

*信徒総数59,045(教区内人口267に対し1)

*実数51,193(総数の87%)

*ミサ通常参加17,250(実数の34%)

*世帯数22,506

*成人洗礼921(1教会13)男224、女697(男の約3倍)

*幼児洗礼787男408(女より29多い)女379

*結婚841信徒間132(16%)/非カトリックキリスト者と26(3%)/未洗者と683(81%)

多摩に保育園

宮崎カリタス修道女会によって建設中であった「かおり保育園」がこのほど完成。4月3日、白柳大司教司式のもとに祝別式・落成式が行われた。

教区司祭異動

*泉町(旧元八王子)教会常任(八王子顧問)西田佐市師

*本郷教会主任(市川主任)柴田真師

*市川教会主任(立川主任)塚本金明師

*立川教会主任(小平主任)藤岡和滋師

*小平教会主任(松戸主任)小林五郎師

*松戸教会主任(千葉北部)川原謙三師

*船橋教会主任(志村主任)荒井金蔵師

*志村教会主任(JOC)小川拓郎師

*多摩教会主任(事務局)寺西英夫師

*豊田教会主任(カト高連)川村_司師

*志村教会助任(関口助任)斎藤巌師

*関口教会助任(パリ外宣)G・マルシャン師

*永代「働く人の家」担当(千葉北部)小林祥二師

*船橋教会主任アシスタント(スカポロ外宣)ボイル師

*兼大島教会担当(事務局)金井久師

*カトリック作家「キリスト教講座」担当(黙想指導)井上洋治師

なお、染宮三郎師(船橋主任)は暫時休養、大原猛師(永代「働く人の家」担当)は病気療養。藤井泰定師(豊田主任)は神学院モデラトールとして既に就任、内山賢次郎師(本部主任)は修道会入会を予定している。

信仰のふところ ユニークな多摩

京王線が多摩川を越えてすぐ、聖蹟桜ヶ丘駅で下車して徒歩1分のところに何の変哲もない7階建ての貸マンションがある。教会はその5階だが、象徴する十字架もそれらしい雰囲気も外からはうかがえない。入口に案内板があるのが唯一の教会らしい装いである。

この2DKの場所に、日曜の2回のミサには70人の信者が集まる。復活祭やクリスマスなど大祝日には全員を収容しきれないので農業協同組合のビルのホールがたちまち聖堂となる。このような教会の姿を信者たちは「旅する教会」と呼んでいる。

その誕生ぶりも変わっている。今から5年程前、東京の西郊多摩丘陵を削りとって一部が完成した多摩ニュータウンに、各地から移ってきた信者たちが仲間を求め合い、知り合って連体詞、マンモス都市のビルの谷間、精神の砂漠に教会をと、下からもりあがったのがはじまりだった。

教会もユニークなら、その活動も大変生き生きと個性的である。その1つに去年の夏以来、土曜の午後に開いている「からしだね学級」がある。学習に遅れのみえる小中学生の力になり、全人教育を試みたいという教師グループの発案ではじまったが、生徒も増え成果も上がってきている。またこの4月には、多摩ニュータウンで初のカトリック系保育園も開かれ、布教活動に力強い拠点となることが期待されている。

4世帯20数人の集いから、15世帯250人の信者をもつところまで成長したこの教会には、ほかのように古い伝統や歴史こそないかも知れないが、訪れる人に新しい、力強い何かを与えるものがあるようだ。

ひろば

ヤスクニ余談

昨年11月に広報部の主催で開かれた「ヤスクニ問題座談会」の内容は、すでに本紙上に2回に分けて掲載されたので、目を通された方も多かろう。

そこで何が論議されたかをあらためて述べるつもりはない。ただその総括として、当日靖国問題実行委員側の1人として出席した私は、その人にあらずと思いつつも私見を記すことを自ら買って出た。問題を投げつけただけに止まってしまっては惜しい、それほど重大な事柄であるからだ。

わたしはあえてここに「重大な事柄」と書いた。何となれば数多くの信徒の方がたは、こう申しては失礼かもしれないが、その重大性を深く認識しておられないようだ。座談会に参加して下さった5人の神父様方も一様にそう発言なさっておられたようだった。己の救いのみを念頭に置き、社会がどのように変わってゆこうとも我関せずといった態度だ。

ヤスクニは単なる一神社問題ではない「死者を祀るのが良いか、悪いか」ではない。その裏に隠されたものは何かということをしっかりと見極めるべき時ではないだろうか。信仰の自由が犯される戦争礼賛によってわが国を再びファッショ化への道に辿らせる一里塚となることをどうして知らないのか。それとも多くの人々がまた苦しみ、あえぐようになっても、戦争で殺されるようになっても自分さえ天国にゆかれるならば・・・・・といった悲しい集団を続けるのだろうか。

政治アレルギー。少しでも政治的批判をしたり行動をとる時「・・・・・らしくない」ということを、ささやく人びとが少なくなる教会になるように、ヤスクニを契機として歩きはじめるため今回の座談会のプラス面は大きかったと思いたい。

(赤羽教会 金沢 恂)

あした葉

コラムは浴衣がけの社説ともいわれ真面目のものでなければならない。だから今回の紙面は代議員会などというお固いもの、わざとおどけたことを書こう。世には自称合理主義者というものがいる。労力や効果には大差ないのだが、本人は気がきいたつもりでけっこう楽しんでいる。//例えば汽車や電車でもこうだ。自動券売機では前の人が切符をとるまで待たなくても標識が000になるか表示灯が消えればお金を入れて可。10円玉数枚なら右手だけより左手もそえると早い。入鋏の際は立ち止まらぬこと。さし出した手先だけその位置に保つ。ホームへ出るには最寄りの階段を、電車1台逃すことがある。目白駅がよい例。人とぶつかりそうになってもよけなくてよい。突っ立っていれば相手が必ず左右のいずれかに身をかわすから動かなくてすむし、下手に動けば同じ側によけて又ぶつかりそうになる。乗車は必ず前か後、中ほどは常に混む。//座るときは進行方向左側、国電でも出来れば左脇を進行方向とは逆の袖にもたれかけるよう隅に。右ききの習いと慣性の原理で疲労が少ない。また端なら読物をのぞきみしたり居眠りでよりかかってくるものを1人分だけ防げるし、混んできたときゆうづうをきかせるために小移動しなくてすむ。網棚への荷物は車内がすいてさえいたら頭上よりは向かい側へ、監視できる。//トイレは車が動いてから、かっぱらわれても犯人は必ず車内に、ついでに駅の男子洗面所だが、列を作っていたら一足先に大便所を使うほうが得、終わってから出てきてもまだ並んでいる男がいた。ベテランは、冬場の電気ヒーターが特に暖かい席を知って座るそうだがこれは未研究。検札で起こされるのも不快だが新幹線では小卓の上に切符をさらしておけば車掌が勝手にやってゆく。万事こんな調子。//ある教会のミサで、侍者や戦傷者、回収などのもたつきを防ぐためこの種の合理性?を駆使した。ことはスムースに運んだけれどもしまいには信心業だがなんだかわからなくなってしまった。ほどほどに。 (S・A)

問題山積の分科会 共感した実践の難しさ

今度の代議員会の目玉である分科会は、

(1)宣教50人(ホール)

(2)人権35人(談話室)

(3)財政20人(地階会議室)

(4)青少年25人(3階会議室)

(5)教会学校25人(関口教会信徒会館)

で行われた。審議の時間が短かったため、内容を消化しきれず、充分に突っ込めないところも多かった。また一様に実行の困難さを感じさせた。(方針案は本紙16号参照)

福音化をさぐる 宣教分科会

<方針案1> われわれ教会が、人類の平和と一致のしるしとなるよう互に信仰を深め、人権尊重の行動に積極的に参加して行こうの2、3を、

(1)日本という独自の文化の中にいかにしてキリストを見出してゆくか、真に現代人にあったことばによる宣教とその新しい方法論(東京要理教育講座)

(2)まわりの人たちとの日々の交わりの中で、信仰を生きてゆく信徒をどう育ててゆくか(使徒職研修コース)

からの発題にもとづいて審議した。

これに先立ち、城南ブロックによる文書伝道、使徒職団体リーダー対話集会についての報告があった。

(1)については「要理教育講座に関し特に=カトリック入門=を中心にテキストの問題が論じられた。また知識と信仰の問題が議論された」というグループからの全体会議への報告にも見られるように教材をめぐって話が展開した。とくに「カトリック入門」が求道者にとっては不適当ではないかとの指摘が目立った。テキストそのものが悪いというよりもその取扱いが問題だとの意見もあったが「カトリック要理」を再び見なおさねばとする声も出た。同要理は書きかたから知識偏重に導く危険があるのではないかということから議論は知識と信仰の問題に発展した。

(2)についてはグループから全体会議に報告された「使徒職研修コースのための提言A/参加よびかけの徹底(小教区において司祭からも)、提言B/参加不能な人々への研修会成果の配分(リポート、参加資料などの有料配布)、提言C/修道者の、オブザーバーとしての参加(社会の日常生活における信仰の問題についての理解を深めるため)、提言D/その他、今後の小教区にいたるグループづくり、いのちの電話のようなサービスはできないか」にも見られるように、まずPRから問題となった。参加できない人のためへのサービスも考えるべきでいのちの電話のようなものも一方法。

修道者が対象の中に含まれていないのはおかしい、オブザーバーとしての参加できる資格をの声も。全体会議では「差別語の撤廃」を要理講座あたりで正すようにとの要望があった。討議の上議事録に残すという答に対しては宣教の妨げになるこのことに教会は具体的な運動を起こすべきだとの意見もあった。

交流の場充実を 青少年分科会

<方針案3> 新しい時代の青少年の活動の活発化に協力しようの、1、2、4を、高校生活動指導者会からの発題

(1)小教区、ブロック等における高校生活動指導者の研修会実施をめぐる問題の検討

(2)高校生、青少年問題に深くかかわりをもつ中学生司牧、青年の活動についての報告

にもとづいて審議。

(1)については、具体的提案とし「教区内の高校生指導者が互に結びつきレベルアップをはかるため、各ブロックの協力のもとに東京カトリック高校生活動指導者会は研修を行う。実施の際の細目については、各ブロックと同指導者会と相談の上決定する」を承認。またリーダーは内部から育てられるべきもの、要理教育講座と2本立てでゆくことなども確認。

(2)については、現在いずれも教区レベルではできなかったり、していないためブロックレベルで報告。とくに中学生問題では、教会に集まらないというのが共通の悩みとして訴えられた。錬成会など交流の場を充実させて教会を魅力あるものにしてゆくと同時にここでも適正力ある指導者の養成が急務とされた。

維持費の研究も 財政分科会

<方針案2> 予算・決算の承認を通して教区財政の現状を知り、財政自立の責任を自覚し、教区の共同化をいっそう進めようーを、財産委員会からの発題

(1)教区財政確立のため、活動に直接関係のない土地を整理、処分して教区基金をつくる案。教会敷地で、当面の司牧と宣教に必要なもの以上の余分のものについての検討

(2)例えば教区維持会員(仮称)の組織など、教区民が直接教区の財政に寄与できる方法の立案

(3)維持費についての信徒の意識を高め、教区レベルでの宣教と司牧に対する責任と自覚を財政面においても盛り上げること

にもとづいて審議した。これに先立ち昨年度の方針に見られた資産運用相互協力制度が徐々に進んでいることが報告された。

(1)については、維持費の件がもりあがれば必要なくなることもありうるので留保の意見もあったが、現状でねむっている不動産のあること、流動資産の少ないことなどからやはり考えねばならず結局、「教区財政委員会においてひきつづき検討し、適時適切な措置を行う」の提案を承認。

(2)については、維持費の認識がうすくなる、教区に直接納めることによってトラブルが起るなどの危険性が指摘されたが、余剰のある信徒や小教区が教区財政を直接支える方法もあってよいはずと、この制度の認定に同意「教区後援会(仮称)を設立する。具体化については、教区財政委員において検討し、布司教及びブロック会議に計ること」の提案を承認。

(3)については、司祭の経済状態がわからない、教区レベルでの活動の重要性について自覚がうすい、外国に依頼しようとする傾向も根強いなどが維持費についての信徒の意識を高める妨げになっているのではないかとの意見があった。誰も反対するものはなく「教会維持費研究会(仮称)を設け、ひきつづき検討する」の提案を承認。

全体会議では(2)の、とくに仮称であるにもかかわらず「後援会」と言う名称が問題となった。教区ニュースには「教区維持会員(仮称)」となっていたが、変えたのは何か理由があるのか、金持ちだけの教会となる、寄附者から圧力をうけるなど論議が湧いた。説明側は、圧力に屈しない、名称にこだわるべきでない、名称は仮称にすぎないなど力説したが、とにかく誤解を招く恐れのあるものとして「後援会」という名前だけは使うようにしないことを約束、諸提案の具体化についてはすべて財政委員会で検討し、布司教およびブロック会議に計ることを確認した。

取戻せ自然の尊厳 人権分科会

<方針案1>の6、7、8を

(1)靖国神社法案やいわゆる慰霊表敬法案などに対する反対運動が、教区民のものとならないことの反省をふまえて、運動についての批判や今後の対策(靖国問題実行委員会)

(2)多摩に残る自然を守り、子孫に伝える運動について、その発端と経過、今後の展望など。また地域ごとに公害の運動にとりくんでゆくことの必要性(多摩社会問題研究会)および、

(3)正義と平和協議会発端の事情と現況などの報告。とくにこれに対する教区レベルでのかかわりあい(正義と平和協議会)

(4)カリタスの家が行なっている福祉活動の報告と福祉、人権擁護、差別問題についての具体的行動と協力の検討(対社会小委員会)

の発題にもとづいて審議した。

(1)については、法案成立の試みをゆるめた政府が、法案の中身を既成事実化しようとしていることにも反対。教会と靖国神社との関係については浜尾司教が教区ニュース6号にのせた説明文をよく読むように。法案成立者は教区民の中にもかなりあるようだが、対話や交流のための実行委員らはいつでも出むく用意がある。反対のために司教団の共同声明を出すべきだとの声もあったが実行委で検討することとなった。方針の具体的内容としては学習に重点を置く。

(2)については、公害のことだ。多摩の自然が傷つけられてゆくのを憂えて立ち上がった運動、各教会とも協力して手を結びたい。豊島園場外馬券売場設立反対(星美)などをはじめて知ったが精神的連帯だけでも得られれば心強い。

(3)については相馬司教の説明書が出ているが、実際には殆どの人が知らないため組織や今後の活動について知らせて欲しいとの要望があった。とくに教区レベルで同協議会にかかわることのできる具体的方法などかなり前向きの質疑もあったので社会部ではこの点の紹介にも努力すると約束した。

(4)については、小教区にカリタスの家の窓口をふやし(現在16)出来れば窓口の人は訓練をうけた人が望ましく、将来はカリタスの家をサービス・センターのようなものにしてゆきたいとの方針が述べられた。これに対し窓口のボランティア活動といっても、各小教区民は隣人の心配をすることが少ない。それを耕す活動を望むという声がきかれた。養成講座(春秋2回)をもうけたり、地域の住民運動を助けるなどカリタスの家のメンバーは皆その心構えでいると答弁。カリタスの家以外では「しおん会」の教区としての位置づけを確立してほしいとの要望、とくに資金面での援助が強く望まれた。

教区からの支援もよいが、福祉事業の価値を訴えて、大企業によびかけるなど、資金調達グループを作ることを考えるべきだなどとの意見もあったが、この種の審議はこの場では無理として関係推進機関に訴えるべきことで落ち着いた。

全体会議では、カリタスの家と他の福祉活動団体、例えばSVPなどと活動面で競合の憂いがないかと案ずる声もあったが、競争は一切考えていない、問題はサービスであると答えた。

最後に、人権分科会というからさぞかし「韓国問題」が出るだろうと思ってきたが全く話題にのぼらず失望したとの発言があった。これに対して社会部では、韓国の問題は微妙であるが、今後「韓国問題委員会(仮称)」のようなものを設けて、こういう機会に取上げてゆきたいと述べた。この分科会からはとくに全体会議で承認を求めるような提案はなかったが、具体策は関係推進期間が実行にうつすという報告を確認した。

まずリーダー養成 教会学校分科会

方針案3の3、4を、児童教育部からの発題(1)いわゆる土、日曜学校の対象となる小・中学生、および司祭、両親、先生などが直面している問題についての話し合い(2)とくに先生達の協力システムをブロックごとにでもつくってゆくことの方向さぐりに基づき審議。

審議に先立ち「教会学校」へのかかわりあいを中心に自己紹介審議に入ってからも、直接教会学校にタッチしていない者、教えを乞いたい者など出席者の多様性を考えて比較的自由に意見を交換する型で進められた。(1)については教会学校及びリーダーの、小教区内での位置が問題となった。普通の学校との違い、PTAのことなども話題となり、小教区司祭の熱意の有無、信者全体のバックアップの濃淡、先生達の献身の度合いにも触れたが、中には司祭、父兄リーダー、それに専門家をまじえた教育懇談会を催している理想的なところも紹介され結局「1.教会学校及びリーダーの小教区内での位置の問題について、―教会学校を教会公認として教会委員会にも席を与える。 2.小教区予算の中に、教会学校の費用の場をもうける。 3.リーダーを養成の場に送る」ことを決めた。

(2)については、リーダー養成そのものが問題となった。デンマザー制、講習会システムの有効性が話されたが全くやっていないわけではなくPR不足の点も反省して「(2)リーダー養成の問題について、―ブロックごとの研修会(単なる連絡、親善ではなく内容のあるものにする)、2.ブロックごとに小委員会を設置し、連絡員を置く(この人を通して、ブロックの小教区リーダーとつながる)」ことを決めた。

全体会議では、東京教区教会学校教師養成講座は児童教育部で既に主催されている。現状では東京教区からの参加が一番少ない、教会ぐるみでバックアップしてほしい。また教材では「教えの手帖」を赤字で出している。内容もよく典礼聖歌の紹介もあるので応援し、もっと利用するべきだとの補足説明もあった。

第7回ジュリア祭

今年も殉教者おたあの流刑の島神津で5月16日(日)祝われる。

苦しむ韓国教会 3・15 祈祷会をめぐって

韓国ソウル明洞大聖堂で、3・1節祈祷会のおり発表された「民主救国宣言」に端を発した送検事件は、国内ばかりでなく全世界の関心事となった。これを憂いて韓国の教会では3月15日、送検された司祭のためのミサが捧げられた。このことに先立ち、ソウル大司教金枢機卿は13日関係者にあてて書簡を出し次のように述べた。

「3・1節祈祷会事件により、9人の司祭が連行され、10日検察当局が発表したところによると、さらにこれに関連した司祭3人が拘束送検、4人が不拘束送検されたという。人類の不幸を救済しようとして苦しまれたキリストのみことばに、特に倣うべく努力し、償いと犠牲と祈りの生活が強調される四旬節に、このような不幸な出来事がおこったのである。

私たちは、信仰と愛によって強く一致し、特に兄弟である司祭達の苦痛をわけあうとともに、苦しむすべての人びとのために祈りと犠牲をささげねばならない。またたとえこの事件に対して見解の違いがあったとしても、私たちはキリストのうちにある兄弟を助け、さらに国家や為政者のためにも祈らねばならない。

このような意味で、15日午後6時から明洞大聖堂でミサと祈りがある。1つの心、1つの意向をもってこの集まりに参加するように。」ミサは司教と司祭による共同し式であったが、司教8人、司祭200人、信徒2千300人が参加した。このときの説教でも同枢機卿は左のように訴えている。

「この祈祷会について、私たちの中にはいろいろの意見のあることを知っており、そのために熟慮を重ねたが、実行に踏み切った。家族の中に憂慮すべきことがおこり、そのために苦痛を受ける兄弟があるとき、身内だけでも集まって心配を共に分けあうことは当然なことである。私たちすべてはいまこの時に、神にとりすがって、恩恵と救いの光を願い求めるほか方法がなかったからである。」

また事件に関連した司祭たちの行動については、祈祷会そのもののやりかたについて問題となることがあったかもしれないが、その意向と目的においてまちがっていたということは出来ないし、「彼らの行為が政府を転覆するために行われたのではないことは明らかであり、信仰に基づく考えと司祭的良心により、さらに愛国心をもってこの国と民衆をより明るくより正しくするために最善をつくしたいという意向で行動したことは疑えない。彼らの根本的関心事は政治体制以前の社会正義と人権擁護ということにあったからである」とも言っている。

さらにこの社会正義と人権擁護のための態度は、1971年世界代表司教会議(シノドス)にある「社会正義実現の努力は福音宣教の本質要素である」および1974年シノドス「人権の擁護は、今日の教会の最も大きい使命のひとつである」という言葉に合致し、また歴代教皇の社会回勅や公会議が指摘した、人間を全人的に発展させ救済するため、全ての国がキリストのうちに、より人間的な国となるように献身することは教会の大きな使命であるという姿勢にも合致するものである」と説いた。

そして終りには「彼らの投げかけた問題は教会が決して避けてはいけないことである。教会は、精神的、物質的に貧しい人びと、病める人びと、不遇な人びとに対しての関心において不十分でなまぬるいのではないか。そういう人のために奉仕するものや施設の有無に問題があるのではなく、教会の意識構造にあるのではないか」と参列者一同の反省を求めた。

この説教は翻訳で6千字をこえるものであるが、その終わりに、ナチスの強制労働収容所で1人のユダヤ人が書いた「悪人に平和を与え給え!(以下略)」という祈りを引用し「この祈りのように仇までも愛する心を私達のうちに徐々に育ててゆこう。使徒パウロの手紙にもあるような愛が神からわれわれに与えられるように祈りたい」と結んでいる。

なお、ミサの終わりに、韓国司教協議会の議長である尹恭煕大司教によって、司教団の声明文が朗読された。それには「司祭達は決して現政府の転覆を意図してこの祈祷会に参加したのではないこと。この司祭達の裁判が公正な立場にたって行われるよう政府に求める。ひきつづいてこの司祭たちと教会のためばかりでなく政府と国民すべてのために神の正義の光があるよう祈り続ける」とうたわれている。

大自然につつまれ 五日市霊園が拡張

教区では自然墓地がほしいという信徒の希望にこたえてこのほど五日市霊園を拡張し、申込を受け付けている。この霊園は5万6千150平方メートルの広い敷地をもち眺望日当たりのよい丘陵地で、今回の拡張工事で計1千区の墓地が完成した。今なら現地ですきな位置を選び、いくつでも契約できる。値段は1区画3,3平方メートル15万円から。

下記に問い合わせれば、さしあたり順路案内図、申込書、規則書、墓地図面などを入手できる。

五日市霊園管理事務所 電話03-3943-2301

なお同事務所ではこのたびの新規受付に際し次のような談話を寄せている。

「お墓のこととなると自分にはまだ必要ない、また物価高とインフレの世の中では生きてゆくのが先決でお墓まで手がとどかないというのが実感かもしれません。しかし墓地問題は人間一生に一度、例外なしに直面する避けて通れないことです。思い切って自分のお墓をもつことが毎日の生活に安心感を与えるということもまた事実です。

ただ今五日市霊園の拡張工事が完成し、お申込を受け付けておりますが春の日の郊外の散歩のおりにでも現地をご覧になって下さい。この墓地は広大な自然林の中にあり、附近の景勝の地、秋川渓谷も望めます。国鉄五日市線の武蔵増戸駅から歩いて10分、白い大理石の輝く明るいカトリック墓地の丘陵が見えてまいります。

自動車の方は五日市街道を同駅の方向に300メートルほど入っていただきます。現地には管理人沼尾三木氏が住んでおりますので土、日曜でもご案内できます。」

広報の日に集い

広報部では5月30日(月)「広報の日」午前10時30分から午後5時まで、カトリックセンターで「広報の日」の集いを開く。そのあと広報関係司祭たちによる共同司式ミサ。(昼食代500円)

(1)教区・小教区における広報活動(2)マスコミの受け手である私たちの責任(3)マスコミの送り手の自由と責任(4)マスコミと人間の基本的権利と義務の4分科会で話し合うのが中心で「日本26聖殉教者」の映画も予定されている。