東京教区ニュース第13号

1975年07月01日

召命こそ教会活力の源 浜尾司教が願望書簡

ことしの「世界召命の日」パウロ6世教皇は、近年、社会の世俗化がすすみ自らを犠牲にし、神に献身する風潮のうすれてきたことを指摘した。しかし、こういうときにこそ福音宣教に奉仕する生活をおこなう者がつよく求められると訴えた。東京教区でも「司祭・修道者の召命、神学生養成の共同責任の自覚を深めてゆく」ことが今年の活動方針の1つとなっているが、このほど浜尾司教は教区民あてに「司祭・修道者の召命を願おう」という書簡を出した。同司教はこの中で召命促進は現代の教会に課せられた重大な責務であり、信者もつねに召命のために物心両面で協力の必要のあることを特に強調している。

促進は重大な責務

最近、世界中の現象といわれる例にもれず、日本でも司祭・修道者への召命が減少していることは確かなことです。それは神からの1つの試練と思いますが、同時に私たち神の民全員が、その必要性を感じながら神からの召し出しを求めるよい時のしるしではないでしょうか。

みんなの共同責任

召命はただ青年男女個々の者の責任ではなく、教会全体の共同責任であると思います。主イエズスは72人の弟子を派遣するにあたって「収穫は多いが、働く人は少ない。だから収穫の主に、働く人を収穫にお送りくださるように願え」と、先ず天の御父に祈ることを命じられました。

毎年御復活後第4主日「善き牧者」の日が、全世界の教会の召命を求める日にあたっており、その日をはじめ常日頃このえらびを願い、それに応えていくことができるように、神の民全員が、祈りによって、私たち教会の切なる願いをお捧げします。

司祭の必要性

神の国の目に見えるしるしとなり、道具となって行こうとする教会は、神の国の到来を希望し、その実現に努めるキリストの弟子の集まりです。この使命からみてもそれは本質的に人間の次元で実現可能なものではなく、神の業に私たち人間が参与するということです。この教会の使命達成のため、キリスト者は分担があり、夫々異なる役割りを社会の中で果たしております。このようなキリスト者を増やし、育て、導いていく牧者としての司祭は、どのような時代にも必要な1つの役割です。

キリスト者の各人に、各々の場でその才能と職業と持場を通し、神の国の実現を期待しながらその社会の場を福音化していく使徒職の力が与えられるのは、私どもと共に生き働き給う聖霊の業です。そしてこの聖霊に協力し、大祭司キリストに従いながら神の国の到来を祈り、伝え、神の恵みを秘跡を通して信徒に与えるのは司祭です。すなわち、父なる神の前に、どのような人も皆互に兄弟であり共に神の愛を信じ、希望し、祝い助け合う共同体を作る世話をするのが司祭の役割です。キリストの共同体を造っていくのに、それがよき地の塩、世の光となって社会に証しとなる力を養うためにも、私たちは司祭を必要とします。

召命は神の国実現

このように考えますと、教会を神の国のよりよい道具としていくために常によき司祭、祈りを最も大切にする男女修道者の存在を必要とします。それは「お前たちが私をえらんだのではなくて、私がお前たちをえらんだ」とキリストのみことばにあるように、神が私たち人類の関わりの中で、ある人をご自分の道具としてえらぶ特別な愛の呼びかけです。それは神のえらびで私たち人間の力によるものではなく、正に召し出しなのです。

しかしこの神のえらびがあるということ、そしてそのえらびに応えるのが私たちの仲間であること、そしてこのえらびに応える音がふえることを願うことは、私たち教会のすべての人のめざめに問われる責任なのです。

より高い動機で

就職を考える若者、またそのために上級学校進学を目指す学生たちがキリスト者であるため、世間一般の人たちの動機に加えて「神の国」のために進学をえらび、職をえらぶ新たな動機をもって真剣に考えてもらいたいものです。信者である限り神の国につながる使命を誰でもが持っております。司祭・修道者たちは若者に家族にまた神の民全員に、親は子供たちに先輩は後輩に、機会あるごとにこの神の召命に応えるか否か決断を自らに問いかけるよう語りかけてもらいたいものです。

この新たな動機をもって将来を考えるという神に目を向けた語りかけのない限り、誰もたとええらびがあっても、応えるすべも機会もないままに過ぎてしまいます。そして教会の誰でもが、明日のよき司祭・修道者となる人たちの養成に深い関心を持ち、祈りと期待と励ましとともに、物心両面の協力に参加してほしいものです。

無関心こそ阻み

特に信者の家族では、親子ともに祈り信仰について語り合う時と場をつくり、信仰の基礎が家族ぐるみ造り上げられてゆくことが大切です。そして1つの小教区全体がもつ、司祭や修道者に対する積極的な協力と尊敬と愛の姿勢があって、初めてそこに召命に応える芽生えも生まれるのです。

司祭・修道者の召命は、私たち神の民の熱意と願望に応えてくださる神の働きであることを信じなければなりません。同時に私たちの召命についての無関心が神の呼びかけを必要としないまでになったとき、教会はその力とエネルギーを失ってしまうことをも自覚したいものです。

(司祭・修道者・神学校司教委員会教区担当者)

韓国の苦難に連帯 反響呼んだ合同祈祷会

6月14日(土)午後3時より東京カテドラルにて「韓国キリスト者の苦難にあずかる合同祈祷会」が催された。これはキリスト者の諸団体(21団体)によって合同企画されたもので、カトリック側からは、正義と平和協、社会正義を求める有志の会、学士会が参加した。

  集会の目的は、正義と人権が踏みにじられている韓国の現状に深い憂慮を示し、そのために立ちあがったがために弾圧をうけ苦しめられている同国キリスト者と苦しみをわかちあいたいと願って行われたものである。

また韓国キリスト者から日本のキリスト者にむかって、祈りをもって互いの連帯をもちたいとの要請にこたえたものでもある。

集会は終始祈祷会の名にふさわしいもので、白柳大司教の司会のもとに、集った500余名のキリスト者が共に聖書朗読を聞き、共に詩篇をとなえるというものであり関田牧師と相馬司教による、共に苦しむことこそ、我々キリスト者の意味があるとの説教を聞いた。

なお集会の終りに声明文を全員の名によって公表し、これは17日外務省に提出された。

<声明文要約>

われわれは、自国・他国を問わず、政治体制のいかんを問わず、そこに生きる人々に人間としての基本的権利が保障されているか否かについて、無関心でいることはできない。それ故、我々は数年来の韓国の状況を深い憂慮をもって見守ってきた。

現在韓国政府が問題とし拘束している人々(金芝河及び4人のプロテスタント牧師)の言動は信仰に基づく愛国心の表現にほかならない。そのような愛国者が罪に問われるならその政権に対して信頼と希望をもつことはできない。

またこのような政権とゆ着関係を継続している日本政府・財界に対しても無関心でいられない。それは隣国の人々を抑圧する結果をもたらすのみでなく、日本国内の自由と正義の保持を危うくする。

われわれは韓国と日本の責任を担う人々が、歴史を導くかみの審きに対して恐れを知るように祈る。

信仰のふところ 善意の椿咲く大島

三原山と椿で有名な伊豆大島に神父が巡回をはじめたのは昭和24年であるという。島の一信者の世話が目的であったが次第に求道者や受洗者も増え、不定期ながら各家庭を廻ってミサが捧げられるようになった。33年のクリスマスには「聖マリアのいと小さき子らの会」として20人を超えるまでになった。鎌倉、熱海、伊東などからのミッション会の神父の努力に負うところが多い。

信徒が増えるにつれ、島にも教会をとの声が出た。当時の伊東教会、クリエ師の勧めもあって土地探しをはじめたが、大島は行政上東京都の管轄である。教会ができれば東京教区に属することになるため当時まだ司祭であった白柳大司教ら関係者と折衝を重ねるなどし、本町港の近くに故ヨゼフ佐藤長之助氏の所有する土地約千坪を同氏の行為で入手することができた。そして37年10月16日、待望の教会祝別式となる。しばらくは司祭の常住がなかったたが41年9月、杉田栄次郎師が赴任、信徒の世話をすることとなり、翌42年5月3日、教会法上正式な小教区として発足するやそのまま初代の主任司祭に任命された。

同師は伊豆の島々を経巡り、小笠原が返還されるとそこにも足をのばすなど、特殊な困難をともなった小教区を意欲的に司牧した。特にボーイ・スカウトの結成や、プロテスタント教会との連帯などすすんで島民との交流をはかった師の功績は大きい。46年3月同師が八王子に転任したあとほぼ2年の間、教会は聖職者の常任に再び恵まれなかったが、48年4月からはマリア会の松尾義人修道士が住み信徒の世話にあたっている。ミサは第1、第3日曜日と月2回で教区とマリア会の神父が交代で出向いているが、老齢にもかかわらずかっての杉田師と同じように7島や小笠原を巡回し、司牧に奮闘している同修道士の姿には責任を感じさせられるという。

教区神学生の合宿に選ばれたり教会諸団体の黙想会や練成会の場所として使われるなど、島の教会の特色を大いに発揮しているが、大島19人、新島3人、神津島2人、三宅島1人、そして小笠原10人の信者を思うと、この小教区のもつ課題はあまりにも多い。

ひろば

5月18日、教区聖年行事であるジュリアサイ巡礼団の一員として、都下神津島の前浜に巡礼の一歩を踏み出した。この巡礼の間、島内を歩きめぐり、島の人々と接することができたことは幸いなことであった。

ジュリア様の墓は、流人墓地の中、不受不施の流人僧たちの墓と共にあり、その中心に置かれていた。この墓地は、今は明るい町の一角にあるが、かつてこのあたりは樹木がうっそうと生茂っていたとのことである。誰がこの墓を建て、誰が守り続けて今日に至ったかは、知るすべもない。しかし、島の人の心に接した時、この謎がとけたように思った。

島の人々の墓所がある儒教寺という寺に入った時、ほうき目が美しくつけられた白砂と、墓前に手向けられた色とりどりの花の清々しさに思わず目がひきつけられた。これはジュリアサイのために、特に美しく整えられたのではなく、一年中常のことだそうである。島の老人たちは、毎日の仕事として自宅の庭に花を育て、その丹誠こめてつくった花を手折り、墓に飾る習慣がある。

また山の細道の側や海岸の洞穴の奥など、あちこちに見られる石造りの可愛らしいお地蔵さんにも、やはりお花やお供え物がされており、近くに「ほうき」まで置かれていた。

このような祖先を大切にする心、死者の霊を慰め、尊ぶ心が、冬眠に先祖代々脈々と受け継がれてきたのであろう。当時流人としてこの地に来、この地で神に仕えて生命を捧げたジュリア様の徳にうたれた島民のこの心が、その墓を建て、今日に至る300年もの長い間、その墓を守り続けてきたに相違ない。

日頃の私たちの祖先を尊ぶ心を反省することができたことは、この巡礼をすることによってえた一番大きな恵みであったと感謝している。

(荻窪教会 一籐 甫)

モリアルティ師逝去

茂原教会主任C・モリアルティ師は6月10日午前6時30分、聖母病院で逝去された。

同日センターで11日カテドラルでそれぞれお通夜、12日午前11時からカテドラルで葬儀が行なわれ、府中の墓地に埋葬された。

後任はジェームス・ドノフ師。

あした葉

昔なつかしいおとぎ話に、ウサギとカメが出てくるのがあった。例のカケッコの物語りである。表からいえばウサギの油断をいましめ、カメの尽力をほめたものだが、裏から見れば、そして少しひねくれてとれば、ウサギの自信とカメの執念をいっているようでもある。//自民党が靖国神社法案を国会に初めて出したのは昭和44年であった。その都度審議未了、廃案となってもしょうこりもなく提出しつづけること5回、とくに昨年の通常国会では党単独で衆院を通過させるが時間切れ、一時は次の国会で参院選議によって成立させることも党議となったりした。後には参院選議にこだわらないとか「表敬法案」に衣替えさすとか、とにかく天皇の靖国神社への公式参拝という初期の目的を果たすためにあらゆる策を講じてとにかくしつこい。スッポンは1度食いついたらどんなことがあっても絶対にはなさない頑固さと執念をもった動物で有名だときく。//キリスト教的徳の1つに「賢明」というのがあり、彼女は多くの娘を持っているが、魅力的なものの1つに「見抜き」というのがある。この種のものは経済の世界で特に威力を発揮するようだが、同じことは精神の分野でもいえると思う。正義と平和をむしばむ思想が、折あらば跋こしようとその機会をねらっている。否「表敬法案」のハラによってもわかるように、すでに狼は徐々に動いているのだ。その巧みな装いをいち早く見破り、警鐘をならすのはまず誰よりもキリスト者でなければなるまい。潜水艦の中に、何かの異変で酸素が欠乏してきたとき、まっさきに反応を示し警告となるのは艦内に飼われている白ウサギだそうである。//ウサギとカメならぬ、スッポンと白うさぎのたとえになってしまったが、このあたりはまァ勘弁してもらおう。「表敬法案」などきいたこともないなどというのでは困る。酸素はうすくなってきたのだ。そして今年はウサギの年だ。みんなもうさぎになろう。

卵からふ化まで 神学院の現況

(1)東京カトリック神学院について

日本には高卒以上の者が入る教区神学生のための大神学校は、東京と福岡にあり、前者は札幌、仙台、新潟、浦和、東京、横浜、名古屋、京都、大阪、高松、広島、後者は大分、福岡、長崎、鹿児島、那覇の各教区からの者を入れる。

東京の神学院は5年前から、イエズス会の手より司教団の手に戻り、院長養成指導者の大半は教区司祭である。現在46名の教区神学生と3名の修道会神学生がおり、指導者には院長はじめ4名の教区司祭、協力者には2名の教区司祭と1名の修道会司祭、それに10名近い修道女が世話をしている。東京教区神学生は、神学科11名、中間期1名、哲学科2名。

(2)教区神学生について

新学期は4月からであるが志願者はまず所属小教区の司祭と相談し、教区司祭となりたい旨を表わし、主任司祭は推薦状など必要書類を11月末までに教区長に出す。東京では浜尾、下山、寺西、井上、岸の各師が神学生養成担当司祭団となり、教区長の依頼によって志願者に面接し、召命の自覚、家庭環境、健康状態、特に教区司祭を選んだ動機などをたずね、教区長に推薦の意見を出している。つづいて12月上旬、教区長に推薦の意見を出している。つづいて12月上旬、教区長は神学院に推薦する。

神学院でも養成担当者による面接、心理テストなどが行なわれ、2月末、正式に決定。高卒者は上智大学文学部哲学科を受験しなければならず、不合格の場合は神学生として扱われず、浪人或いは他の大学を受験し新たに志願者としての手続きをとりなおす。大卒者の場合には受験の必要はなく、専攻した科目によって神学院の教授陣が哲学を何年やるか、神学科にすぐ入るかを決める。したがって神学院滞在期間は人によって異なるが高卒者は哲学科4年、神学科4年の計8年。個人によっては神学科に入る前に中間期をとり、社会経験のため1年から2年院外生活をする。また神学科生も研修期を1年から2年とる場合があり神学院と司教団推薦の司祭のもとで信仰を深める。

東京教区では学期中以外、神学生と養成担当の司祭達が、夏に2泊、秋か冬に1泊ぐらいの合宿、春に会合などを行ない互に理解し相談にのる機会としている。なお担当司祭は、神学生の叙階の推薦の責任をもつ。

(3)叙階式、任命式について

かつて7つの段階で行なわれていた叙階の秘跡は公会議後変わり、司祭・助祭叙階の秘跡、教会奉仕者・宣教奉仕者の任命式、司祭・助祭候補者の認定式となった。司祭叙階式はカテドラルで、助祭叙階式は出身の小教区で、神学科4年の間に行なわれる。教会奉仕者(神学科3年の頃)、宣教奉仕者(神学科2年の頃)、助祭候補者(神学科1年の頃)の認定式は聖木曜日の聖香油聖別式の間にカテドラルで、司祭団の前で行なわれる。

(4)財政面について

昨年度の神学院会計によると、授業料、生活費、指導者および従業員の人件費の支出合計が、約4千万円となっている。神学生56名であるから1人当り、約73万円。各教区、修道会が所属の神学生の数に従って負担しているがそれは全経費の17%にすぎない。他の83%のうち大部分が布教聖省とケルン教区の援助金である。東京教区は右の神学生数による分担金の他に、小遣、合宿費、叙階式費、衣服、図書費など一人当り約23万円、計334万円を負担している。

昨年度、各小教区の「一粒会」および12月の第1日曜日「邦人司祭養成の日」の献金は合わせて約225万円に充たない。本年度は予算として14名分約400万円を計上している。これらの数字からも、私たちの力では未だ1人の邦人司祭も養成できないということがわかる。

(東京教区神学生養成担当司祭団)

典礼法規・教会法メモ 1

東京大司教館では、典礼法規、教会法じょうの問題についての数多い問合せに対して、便宜を図るため1項目1枚の紙に「答書」を記し発行することとした。

以下は、第1回目「聖体を2度うけられる場合」の全文である。

*御復活と御降誕の日

(1)復活のミサ(聖土曜日の夜行われるローソクの式に続くミサ)で夜中を過ぎて聖体拝領をした人は、復活の主日(日曜日)の午前または午後のミサでもう1度聖体拝領ができる。

(2)クリスマスの深夜ミサ(12月25日午前0時からのミサ)で聖体拝領した人は、25日中に行われる他のミサでもう1度聖体拝領ができる。

*聖木曜日、午前中カテドラルで行われる聖香油のミサで聖体拝領した人は、その日の夕方のミサ(主の晩餐のミサ)でもう1度聖体拝領ができる。

*土曜日(または守るべき祝日)の午後、翌日曜日(または守るべき祝日)のミサが行われる時、日曜日(または守るべき祝日)のミサに与る意向でそれに与った場合、午前のミサで聖体拝領した人は今一度聖体拝領ができる。

1、(1)洗礼式が行われるミサ

(2)堅信式が行われるミサ

(3)叙階式が行われるミサ

(4)結婚式が行われるミサ

(5)初聖体が授けられるミサ

2、(1)献堂式のミサ

(2)祭壇の祝別が行われるミサ

(3)修道者が誓願をたてるミサ

(4)宣教派遣のミサ(カテキスタの免許状授与の時のミサ等)

3、死者のミサで

(1)葬儀ミサ

(2)死亡通知を受けて与ったミサ

(3)埋葬の時のミサ

(4)一周忌のミサ

4、(1)聖体の祝日にカテドラルまたは小教区聖堂で行われる主なミサ

(2)司教またはその代理者による公式訪問のミサ

(3)教会法に基づく巡視の時、特別会合の時、総会の時、修道会の上級長上が献げるミサ

5、国際的・全国的・地方的・教区的レベルでの聖体大会・マリア祭のミサなど。

6、大会、巡礼、布教・錬成集会の時の主なミサ

7、病人に最後の聖体が授けられる時、そこに居あわせた家族・親類・友人も、もう1度聖体拝領できる。

8、その他教区長が認めた場合。

共闘団体と連けいタガゆるめず「靖国」反対

政府自民党は「靖国神社法案」を衣替えしたいわゆる表敬法案の国会提出をねらっている。しかし公法学者、宗教者、知識人を中心とする民間の諸団体の反対もなおざりに出来ないとし、とくに宗教界の世論、反対運動の分断工作のため躍起となっている。

4月7日、NCC靖国神社問題特別委員会はキリスト教会の教派団体の代表者および執行機関の責任者を集め、対応策について協議したが、カトリックとしては、白柳大司教東京教区靖国神社問題実行委員会の名によって反対意思表明文に署名した。

また同実行委員会は4月29日、日本キリスト教団信濃町教会で開かれた「靖国神社問題を考える会」にも出席し、青木、国枝両神父が聖書朗読や祈りなどを分担。学芸大学憲法法学教授・星野安三郎氏の講演をきいたあと、質疑、討論などを行なった。

法案の成立を是が非でも実現させたいとあせる自民党は、ついで「靖国神社に関する懇談会」を推進機関とし、電通リサーチなどに依託して全国で1万人を対象としたヤスクニについてのアンケート調査を実施した。カトリック靖国神社もんぢ亜連絡会議は、ヤスクニノ世論操作に利用する意図の明白な同調査を重要視し、電通リサーチ、自民党「靖国に関する懇談会」などに対して厳重な抗議をした。同アンケートは5月一杯で回収され、予想どおり自民党に有利な数か出た。アンケートの内容に客観性を欠くことから、各有力新聞はこれを公にしないようであるが、圧力次第ではこれがあたかも全国民の合意であるかのように、マス・コミを通して流す危険もある。自民党はこのアンケートの数を盾に、表敬法案成立の方向でゴリ押ししてくるものとみられる。

<反対意思表明文>

1975年4月7日、キリスト教会の教派・団体の代表者および執行機関の責任者が集まり、「靖国神社法案」に関する最近の状況を考慮し、意見を交換しました。

今日まで自民党が国会に提出した「靖国神社法案」は信教の自由を侵し、政教分離の原則に反対するものであります。第2次大戦におけるキリスト教会の悲痛な経験により、キリスト教信仰に生きる私たちは、その動向に重大な関心を持つものであります。

最近伝えられるところによれば自民党は「靖国神社法案」を「慰霊表敬」という名の下に新たに提出しようとしています。私たちはその変更案についても、反対の意思を表明することに一致しました。

自民党は「靖国神社法案」等、政治が宗教に干渉しようとする法案の提出を一切やめるよう要望いたします。同時に私たちは、全キリスト教会もこの動向に深く関心を持ち、日本の将来のため、信仰の自由を確立するよう努力することを訴えるものです。

10・26にバザーも 聖年集会の準備すすむ

教区聖年集会の準備を進めている「聖なる年」行事実行委員会は、6月2日聖母病院に集まり、主としてバザー関係事項を討議、次のような統一見解を得た。

カトリック婦人同志会が、今年始め「司祭の老後のため」のバザーを計画し、白柳大司教の賛同を得ていたことから、10月26日「聖なる年」のミサに続くバザーでいっしょに行い、すでに決まっていた「カリタスの家のため」「シオン会のため」の2目的に「司祭の老後のため」を加え、目的を3つにすること。

但し今後は目的を増やすことなくバザーに協力しようとする団体・個人には右の3目的を明示し純益の20%を寄附することを通告し、その承諾の上で協力を認める。総純益の3者への配分は、「聖なる年」行事実行委員会が大司教と協議上これを決定する。

当日は大人が対象になりうるので、教区レベルの催しとして小学生を対象としたミサその他を下のように計画している。

日時・10月19日(日) 正午から午後4時

場所・カテドラルとルルドの広場

内容・「聖なる年」子供のミサ、ゲーム、アトラクション等。

江戸の切支丹屋敷 キリシタンの足跡(2)

江戸のキリシタン屋敷とは、島原の乱後、大目付となった井上筑後守が、寛永末に入国したマルクエズやキャラらの宣教師一行20余名を捕らえて江戸に送り拷問で転宗させ、小石川の自分の下屋敷を改造して収容した所の名である。長屋の周囲は厳重な石垣上の木の塀で囲まれ、入り口には番小屋があり明らかに牢獄というものであった。

宝永5年、最後に収容されたシドッチ神父が新井白石の調べをうけたとき、切支丹は封建道徳に反する点では禁制されるべきであるが、国を奪うための教えではないことが彼に理解された。後に白石は神父を通じて西欧の事情を知り海外への関心を促す著述を残し、わが国の文化史上重要視されている。また神父が牢番夫婦に教えを授けたとがで共に殉教したことが明らかになり、切支丹遺跡としての価値が見なおされるに至った。

日韓関係で研究会

韓国と日本の関係を正しくとらえるため「朝鮮半島の状況と日本の責任」をテーマとして左記の如くティーチ・インが行われる。

日時・7月6日 午後2時~6時

場所・四谷 イグナチオ会館

第1部 講演*韓国をめぐる国際関係と日本/関

寛治氏(東大国際政治教授)

*南北朝鮮の関係と日本/佐藤

勝巳氏(朝鮮研究所事務局長)

*韓国キリスト者の闘いの近況報告/中嶋

正昭氏(NCC総幹事)

第2部 質疑応答と自由討論

TVでジュリア祭

「ジュリア祭」が、日本テレビの江田ディレクター以下、カメラ・録音・照明技師によって収録され放映される。

*7月20日(日)前6・30~45 日本テレビ「宗教の時間・神津島のおたあジュリア」(再放送)7月23日(水)同時間。

オルガン講習会

東京教区典礼委員会は、第3回オルガン講習会を左の通り計画。今夏も初歩の人たちに重点をおき、また講義だけきくこともできる。

*日 時 8月29日(金)、8月30日(土)

*会 場 カテドラルおよびカトリック・センター

*申込先 東京大司教館

*締 切 7月31日

*内

容 講義(ミサ典礼の即興演奏)実技個人指導など。

ブロック便り

共同体験に自信

<中央>4月27日正午からカテドラルでブロック共同聖年ミサの集いを行なった。参加者は1千人を超える盛況で「和解」のテーマにふさわしく、なごやかなうちにも整然とはこばれて、聖歌隊の合同練習の成果も見事に実を結んだ。ただ雨もよいの天候のため、ルルド前の広場での交換に充分意をつくし得なかったことは心残りであった。

麹町のような都会の大教会から伊豆の大島教会まで7つの小教区11の修道会および6つの使徒職団体というバラエティにとんだ構成から、従来とかくまとまりがむずかしいと見られてきた中央ブロックも、今回の行事計画、準備、実行を通じて初めて独自の共同事業の体験をもったことは、今後の活動の上に大きな意義をもつものといえよう。さしあたり今後の具体的プランとしては各母体の青少年対策の実情調査と合同青年黙想会の実施が予定されている。

「中学生」で白熱

<城東>第2期第3回の会議が5月11日、浅草教会に多数のメンバーを集めて開かれた。

いくつかの問題をめぐって熱心な討議が行なわれたが特に「中学生司牧問題」の進め方と、先にブロック聖年行事として催されたカテドラル巡礼については白熱の論議がくりひろげられた。

中学生問題は、入試地獄と進学塾、科学万能の唯物思想に基づく学校教育、核家族化と親子の断絶といった現代社会の病癖に根ざしていること、また教会学校側にも中学生のニーズを掴んだ魅力あるカリキュラムを持っていないことなど、どの問題をとらえても即効的な対策の困難な根深いものばかりであることがあらためて指摘された。

結論的には、中学生のニーズを含めた的確な実情認識が慣用ということになり、そのための調査をすすめることからスタートすることとなった。

カテドラル巡礼は予想外に多数の会衆を集めて大成功との評価で再び機会をとらえて行ないたいとの意見が大勢をしめた。

 

企画に講演づく

<城西>5月11日、赤堤教会で行なわれたブロック会議のあと援助修道会のシスター藤田を招き「幼児の信仰とは」と題する約2時間の講演をきいた。

幼年期における教育の重要さを特に強調、第一印象が人格形成に大きな役割をもつことから説きおこし、教育の意義と実際について色々な角度から問題をとりあげていた。教育の権威がゆれ動き、教育する側に自信が失われている今日、自身の体験に裏付けされ、確信をもって教育しているシスターの話は大変有意義であった。当ブロックでは、今後もこのような企画を続けてゆきたいと思っている。

なお場所と時間は未定であるが「聖なる年の行事」の一環として9月28日、次の催しを行うことをきめた。

(1)講演「聖年の思い出」 金山 政英氏

(2)ビデオ上映「聖年の扉をひらく」

新役員に乞期待

<城北>3月9日のブロック会議では新しい運営委員が選ばれ、5月11日の同会議でその分担が先の通り決まった。

議長・阿部氏(下井草)、副議長・入江氏(オディリア・ホーム)、広報・小林師(徳田)、庶務・スカリー師(豊島)、会計・シスター水口(ベトレヘム修道院)、布教司牧協議会委員・シスター河野(マリアのフランシスコ修道会)、長沢師(育英修道院)、津賀師(豊島)、長谷部師(徳田)。なお典礼委員には井上氏(豊島)が選ばれた。

そのほか3月21日に行なわれた教区代議員会について種々の感想が述べられた。新しい運営委員が決まったばかりなので、これから徐々にブロックとして何をすべきか、色々と活発に討議、決定、実行されていくことであろう。次回の会議は7月13日、中学生の司牧について討議される予定。

2母体が誕生へ

<武蔵野>新しい母体が誕生。復活祭を期して発足したカトリック小金井教会(桜町病院聖堂が当分の間使用される)と、杉並区堀の内に移転されたキリスト・イエズスの宣教会の2母体である。

これで武蔵野ブロックは、小教区5、修道会(神学校1を含む)17、病院1の計23母体となった。

ブロックとして特に目立った活動はしていないが「聖なる年」行事にはバザー純益の配分をうける「しおん会」(知恵遅れ児童の通園施設)をかかえているので、積極的に協力することを申し合わせている。

布司教委員

*布司教委員

<中央>山崎善彦、斎藤たかし、杉浦 茂、斎藤聿子 <城東>谷元一義、明松尊吉、大泉 広、深水正勝 <城西>J・G

デュポン、河本清子、近藤明夫、沢田信夫 <城南>塚本伊和男、米津真吉、高根和雄、酒井百合 <城北>長谷部 淳、津賀佑元、河野セツ、長沢幸男 <武蔵野>馬場義文、小田程子、杉田 稔、永島洋三 <多摩>白浜鷹志、藤井泰定、塚本溢己 <千葉>P・オドワイヤー、池田政朝、川城昭一、T・グリーニー <使徒職団体>金沢 恂、古川正弘、岩橋淳一

*議長団

沢田信夫、杉田 稔

*教区運営委員

杉浦 茂、斎藤聿子、谷元一義、深水正勝、酒井百合、津賀佑元、永島洋三、岩橋淳一および事務局員

*事務局員

浜尾文郎(財務部長)、福川正三(同補佐)、徳川泰国(事務局長)、寺西英夫(総務部長)、青木静男(広報部長)、金井 久(同補佐)、三好 満(福祉部長)、岡野利男(秘書部長)、田中康晴(同補佐)