東京教区ニュース第9号

1974年11月01日

身近な実践で聖年を
和解はまず家庭から-浜尾司教がよびかけ

さきに白柳大司教は「聖年」の意義とテーマ、これをふさわしくすごすための具体的指針を示す書簡を出したが、このほど浜尾司教は、つづいて「和解を生きようとする家庭」と題するコメントを発表した。同司教はその中で、和解の業の最も身近な実践の場は家庭であると強調、さらに家庭は社会とのかかわりをもちつつ、和解の業をひろげてゆくべきとしている。同司教が、和解にせよ、刷新にせよ、はたまた聖年行事への参加にせよ、一単位のみでなされるのではなく、常に共同体とか連帯性という、広がりへの指向をもってなされるべきであると、くりかえしのべていることは特に注目に値する。

神と人との和解、人と人との和解は、ただ主キリストのみ業によってのみ実現されました。それは贖いという業であり、他の人が全力をつくして果すべき義務、そして果たしえない義の業を自分が代って背負うということでした。聖年を機会に、全世界のキリスト者がこの購いの業を分担しつつ個人の刷新をはかるということが、今の私たちキリスト者に問いかけられた神の招きであると思います。

ただ個人によってのみなされるのではなく、その人の最も近い、あるいは最もむずかしい場である家庭の刷新をも考えて見ましょう。親しい仲であれば、それは当然わがままが最も現れてくる場でもあるでしょうし、赤の他人よりかえってむずかしい場であるかも知れません。小さなことでも見逃すわけにはいかず、赦し難いと感ずる場合が多いでしょう。一人の人間の人格が形成されてゆく最も大切な場である家庭において、キリストの業にならって和解を目指すことは、一つの家庭にただ一人だけのキリスト者が存在するということからはじめられるということを忘れてはならないと思います。

日本では特にそのような場合が多く、その一人のキリスト者によって、その家庭が他の人々と連帯できるという特別な使命と、期待を神からうけているのではないでしょうか「神のみことばを伝える家庭」となってゆくいろいろなあり方の一つに教育があると思います。子供達が世間の常識や親の考えにのみ従って育てられてゆくのではなく、キリストの目をもって人を見、彼の心をもって社会に関わる人物となってゆくことこそ教育の最大の関心事ではないでしょうか。

そのためには、親自身が目指そうとするキリストの教えによる理想の人間像を描き、自らそれに向かって前進する姿勢こそ、最も肝腎ではないでしょうか。「祈る家庭」は、ただ家族のために祈る人がいるだけでは造れないでしょう。家族が接する友人、知人、またニュースで知った社会の人びとのために祈る人がいてはじめて、その家庭は、社会との連帯を持ちながら社会のための力となる場となるでしょう。

キリストの姿にならう一人によって、またその家庭は、「仕える家庭」になってゆくでしょう。他人の重荷を背負うことはしばしば自分の家族に犠牲を払わせるかも知れません。しかし、そうしてこそ初めて家族全員が他人に仕えることになるのではないでしょうか。

神のことばを伝え、すべてを父なる神に捧げ、兄弟として仕えるというこの年こそ、キリスト御自の和解の業、購いの業でした。よい家庭とは、このキリストの業を見ならい、それに従おうと努力している家庭ではないでしょうか。

教区にも「大蔵省」

余計はあるが財政はないといわれてきた教区の財産について、布司協内の財政小委員会はその確立のための諮問に対し、このほど答申をまとめ、布司協に報告した。

これによればまず教区が財政自立を目指すからには全信徒の自覚と努力を呼びかけること、また小教区相互の援助を効果的にするために相互協力募金の設定がぜひとも必要になっている。

この実現のために、教区財政部直属の財政委員会の設置が提案され、布司協はこれを承認、今後の教区財政の長期的計画と執行を同委員会にゆだねることとなった。

同委員会は10月10日、白柳大司教をはじめ、その任命による左の委員をメンバーとして発足した。

浜尾文郎司教、今田健美師、塚本伊和男師、深水正勝師、福川正三氏、友石進氏、岡田啓一氏。

来春に代議員会

6月に開かれた第1回代議員会は諸般の事情から略式であったが来年度は正式のものを予定し、布司協ではその開催日を3月21日(日)と決定した。

準備として次の日程案が承認された。

11月15日 活動計画と予算請求の締切。

12月25日 布司協での検討。

1月31日 決算作成。

2月6日 予算案作成。

2月16日 活動方針・決算・予算案など各母体に配布。

3月7日 修正提案など締切。

3月17日 代議員会開催。

みなで検討を

教区の活動方針、決算、予算案などは、代議委員会で討議するまえに、できるだけ多くの教区民が知っていることがのぞましい。そのため、来春の代議員会前に発行される教区ニュースには、このあらましをのせる予定、多くの方々の意見提出が望まれる。

広報司牧指針を寄贈

 広報小委では、広報部と協力、「広報に関する教令の司牧指針」の邦訳の出版と普及を計画していたが、このほど教皇庁広報委員会専門委員の川中康弘教授のもとに、「教会とコミュニケーション」のセミナー参加者や、カトリック・ジャーナリスト・クラブの有志の協力によって出版の運びとなった。

広報の重要性は、現代社会においてえらためて強調するまでもないが、キリスト教的見地から見たその正しい理念や実践についての「指針」の教えは、マスコミ関係者だけでなく、一般信者のためにも大いに役立つものと期待されている。

広報部は秋の「新聞週間」にあわせ、全国の新聞、放送、テレビ社の代表、編集局長、文化部長およびジャーナリスト関係の講座をもつ大学の図書館、有名新聞人などにあて、計388部を寄贈した。

なお購読希望者には一部800円で頒分している。申込みは広報部。

神田教会が百年祭

  明治七年、今の西神田1丁目の地に小教区教会として発足した聖フランシスコ・ザベリオ神田教会は、創立百周年を祝った。

記録によれば現在の敷地は旗本の柘植三四郎屋敷跡であり、表猿楽町通りに面して建つ大きな旧邸がそのまま聖堂になった。その頃の信者や求道者は地方から集まった士族出の青年で、気概に溢れた人たちであった。平民宰相といわれた原敬をはじめ、軍人、官吏、実業家、伝道士として活躍した人びとの名が洗礼台帳に見える。

火事といえば神田を連想させる明治、大正の頃、折角対外的にも活動の拠点となった教会は1913年の大火で焼失し、その後再建された赤煉瓦の聖堂も1923年の震災で惜しくも全焼した。

現在の聖堂は約200坪の鉄筋コンクリートで、1928年に落成したもの、戦争の災厄を免れて今日に至っている。

教会と信者との一致を重視して明治の末頃から神田教会には信者の家族相互の親睦を計る、信者全体の集まりともいえる懇親会、婦人のロザリオ会がある。この二つの親睦会は今も聖心会、ロザリオ会の名で継承され、教会のために必要かつ有益と見える場合には、新旧を問わず良いものには一致して立ちあがり、どんな犠牲もいとわず、ねばり強く協力する集まりである。百周年記念の信者会館の竣工聖堂大修理、記念史「百年のあゆみ」の出版も佐藤神父の指導のもと、全信者の犠牲と努力といってよい。10月10日、白柳大司教の感謝のミサ後、祝賀式が行われた。

(神田教会 鈴木幸三郎)

あきらめは早い!相談を

離婚も手続きで

結婚したら幸福な家庭を築き、共にしらがのはえるまでと願うのは当然のことである。特にカトリック信者の場合、離婚が本来許されるはずのものではないということは、教会外の人びとでも知っている。しかし全く残念なことではあるが、時にはどうしても離婚せざるを得ない状況におちいってしまう人びとも少なくないのが現状であり、人びととの救いのために働く教会は、離婚者についてもできるだけの配慮をするのである。

この狭い紙面で、離婚に関する法をいちいちこまかく書く余裕はないし、またその必要もなかろう。ここでは読者が心得ておいていただきたいいくつかの点をあげるにとどめることとする。

第一に、自分が離婚する場合も離婚者と結婚する場合も、なるべく早く司祭と相談し、司祭も司教館の担当者と相談することである。しばしばある例であるが、信者は離婚できないものとはじめからあきらめてしまって、全然相談をしない人がある。これは司祭の中にも少なくない。その結果、離婚者が教会から離れ、信仰を失うという気の毒なケースもあるのである。

もうひとつよくあるのは、未信者同士が離婚して、その人と信者と結婚する場合、許可はいらないだろうと考えている人がかなり多いことである。この場合もふつうローマへ出さなければならないので注意を要する。特にこのケースの場合、通常相手になる未信者に離婚の経緯を教えてもらわなければならないので、特に困難を生ずる。当事者は担当司祭とじっくり話す必要があろう。

第二に、手続きは一般的にいって、ふつう3ヶ月以上はかかると考えてほしい。従って挙式日をきめる場合、この点を十分念頭におかなければならない。

第三に、ある程度の費用がかかるということである。これはローマから請求されることもあるし、戸籍謄本等、実際に費用がかかることもある。もちろん事情によって無理なことを要求するつもりはないから、フランクに話していただきたい。

いずれにせよ私どもは救霊を第一に考えたいし、そのためのできるだけの努力もしたいのである。

なお離婚といった不幸なことがおこらないため、次のいくつかの点について申しあげたい。

1、平生からのよい教育。特に男は男らしい教育を。

2、夫側に、嫁をうけ入れる態勢を作ること。特に母親と息子との親密さは危険。

3、結婚前、気がすすまないときは考え直すこと。話しが進んでしまったから今さら等と考えないこと。

4、結婚前、相手について十分な調査をすること。健康・教育等。

5、信者同士だからと単純に考えないこと。信者にもいろいろある。

6、特に若いカップルの場合、年長の人の意見に心を開くこと。

(教区裁判担当者)

7人が司祭に
10月12日、カテドラルで

 左の諸師は10月12日、カテドラル大聖堂においてめでたく司祭に叙階された。活動が望まれる。

フランシスコ 岩子龍男氏

ヨゼフ 小林祥二師

ミカエル 酒井俊雄師

パウロ三木 平原陽一師

(以上教区関係)

ステファノ 藤川長喜師

アロイジオ 大城ルイジ師

ヨハネ・ボスコ 鈴木茂師

(以上サレジオ会関係)

ひろば

 ぐれごりあん

昨年の暮だったであろうか。世の中では宗教書がブームと騒がれた。宗教書ブームと騒がれたひと頃ほどではないにしても、静かに宗教書は売れているらしい。いや、宗教書だけではない。世の中の動きを見ると、みな何か精神的なものを求めているように感じられる。例えば、「カモメのジョナサン」。

いろいろな解釈のし方はあるにしても、先日のラジオ放送では、映画「カモメのジョナサン」のサウンド・トラックからニール・ダイヤモンドの曲を、非常に宗教的な解釈をつけて放送していた。

そしてグレゴリオ聖歌。フランスのベネディクト会、ソレム修道院のグレゴリオ聖歌集が、LP20枚になってすぐ発売された。

先日、ある音楽家に会った。いろいろな話のついでに、グレゴリオ聖歌の話になった。ふんまんやるかたないといった表情で彼女は「私は信者ではないから何もいう権利はないかも知れないけれども、教会ではこの頃全然グレゴリオ聖歌を歌わないんですってね。今私達の間では、よく、グレゴリオ聖歌の話が出るのに。門外漢だけれども、宝を捨てたんじゃない?」といった。

一信者としてこの言葉を聞いてハッとした。私は今の典礼聖歌をけなすわけでは決してなく、また彼等のカトリックの聖歌の土着化への努力に水をさすわけでは決してない。しかし、よいものは残してもいいのではないだろうか。

話はそれてしまったが、精神的なもの、宗教的なものを、知らず知らずのうちに求めている現代世界、そしてわが国において、信者の果たす役割は大切である。

まわりの人びとに、今こそ言葉と行為、存在そのものでキリストを宣教するときだと思うのである。(C・Y)

あした葉

 昔、産科学を勉強したとき、それが研究する対象は、生殖の全経過を区分する妊娠、分娩、産褥の三期現象であって、これを母性現象と総称すると習った。マリアが胎内におん子を宿し、生んだとき人間の救いがはじまる。天使のお告げに対しわれになにかしといった時が、超自然的に新たに生まれるべき全人類(教会)の受胎の瞬間であり、着床であるという。ついで40週ならぬ33年のあと、あの十字架の犠牲において人類の購いは完了し破水ともおぼしき水と、おん血のしたたりのうちに、キリストの脇腹より、マリアは全人類を超自然に娩出する。マリアの魂が鋭いやいばで貫かれ、十字架のもとで歎き悲しんだのは陣痛の苦しみか。

ここでのミソは、キリストの出産が、マリアの受胎とともに超自然的なものの出産への懐胎として語られ、逆にこの二つからなる懐胎は、それがより高次なものであるために既にある意味で出産として語られている点である。この両時期のマリアの役から、彼女をしばしば神と人との仲介者(協贖者)と呼ぶ。

ここまではうまくゆくが、どうも産褥というのがこじつけにくい。新生児への授乳を専らとするから、キリストが十字架上でかちとった恩恵をあたかも成就の如く全人類にすわせるというわけだが、それは正しくは被昇天ののちにはじまるのだから、それまでほうっておかれたら新生児はひからびてしまうだろう。もっとも初乳のつづきか移行乳ぐらいとおもえばいいが、それにしても授乳は産褥期だけのものでもあるまい。とにかくこの時期のマリアの役から、彼女はしばしばキリストと人間との仲介者(すべての恩恵の分配者)とよばれる。

譬えとは勝手なものだ。マリアの母性もさぞかし迷惑だろうが、親バカということもある。少しでも理解の助けとなるなら我慢してもらおう。(S・A)

福祉ひとすじ
拡げよう共同体意識ー創立五周年カリタスの家

 教区の福祉相談機関「カリタスの家」は本年で創立満5年を迎え、このほど財団法人として認可された。同施設は一貫して家族福祉に重点をおき、これを効果あらしめるために、人間コミュニケーションの回復を基本的目標としてその事業も拡張されつつあるが、まだかなりの問題点も残っているという。「財団法人東京カリタスの家」と名称も新たに出発しようとするこの機会に、創設当時のことをふりかえり、現状と今後の方向及び「カリタスの家」自身の問題についてスタッフの一人に話してもらった。

「カリタスの家」が1969年の発足以来、一貫して目標としてきたのは家族福祉であった。新しいタイプの社会事業だと考えたからである。家族といえば、まず血縁関係を主として考えるなど、日本の社会には「家」の観念があり、全体が家族制度の上に成り立っていた。

われらみな兄弟

こういう中で、わたし達は、我等みな兄弟という家庭観、人生観にもとづき家族の問題をとりあげてきた。その時点で、おのづから、家族の問題はその地域生活の中で受けとめてゆく必要性が考えられ、ボランティア活動が生まれてきたのである。

地域ボランティア活動というとき、ただ困っている人々を助けるということを考え勝ちであるが、わたくし達は、人間とし兄弟としてのふれ合いを通して、ひとりひとりが人間性に目覚め、互いの連帯を強めてゆく、即ち共同体づくりのための一致を拡げることを考えている。

まず内部の一致

福祉とは、今日真の意味での愛=カリタス=まじわりの実践を必要としている。現代社会にあって、ほんとうに通じ合うことのできるコミュニケーションの回復、共同体意識の環を拡げてゆくことこそ「カリタスの家」の基本的目標といえよう。

そのためにはまず、この施設にかかわるすべての人びとが一致していなければならない。拡がってゆく仕事の中で、各人が役割を機能的に分担しつつ、いかにして、より緊密なコミュニケーションを保ち、一体化を強め、実現してゆくか、ということこそ、今後の大きな課題だと思われる。

公・民のギャップ

次に「カリタスの家」自身の問題を民間社会福祉事業の視点から考えてみたい。それには公的機関が行う福祉事業との違いを確認しておかねばならない。公的社会事業とは、本来国民の要求から出て設けられたものであるにも拘わらず、それが制度化され、法令や通達といった規則づくめの中でしか、その活動が許されなくなってしまった時、どうしても質務的であるとともに、行政的な枠内における確実性が先行するようである。

しかし、援助を必要としている側からは、個別的な緊急性のある訴えを強く求めてくるのであるから、この両者ー制度としての社会事業と、現実にそれを必要としている社会ーとの間にギャップを見逃すことはできない。今日では、自治体の指導監督のもとに、一つの制度として設置されつつある。そのため、自由性にもとづき、自発的にできたはずの事業も、その本来的なものを失う危険性にさらされているといえよう。

失う初心

当初、4人の専門ボランティアで始まった「カリタスの家」の事業は、今後どのように発展しようと自発的ボランティアの精神を貫くべきであり、それだけの厳しさに対する意識を忘れてはならない。即ち法人化と云う制度の中に入り込まざるを得なかった諸事情はそれとしても、自発的なサービス機関としての使命をもつ事業体でなければならない。そのときこそ民間社会福祉事業としての「カリタスの家」は、公的社会事業に対し、真に車の両輪の如き役割を分掌してゆくとともに、更に先見性を高め、警鐘の役割を果たすことが可能となるのではなかろうか。

聖年巡礼団に参加を

 カトリック聖年行事日本委員会(中央協議会)公認、カトリック新聞社・声社共催による欧州聖地「聖年公式巡礼団」の公募がこのほど開始されたが、はやくも各地で参加表明が相次いでおり、主催側も予想外の早い反響におどろかされている。現在のところ案内パンフレット、ポスターが各教会等に配布されつつある状況でありながら、すでに申込金まで添えての参加申込者があり聖年巡礼に対する一般の関心の深さを物語るものと受けとられている。

全国各司教区では、この聖年公式巡礼団への参加方法を具体的に検討を始めており、選任教区司祭を任命(札幌)、主任司祭と信者代表による委員会を組織(新潟)、教区が働きかけてとりまとめる(那覇)などの活動態勢に入ったところも多い。また、学校が学生、職員だけでツアーを編成(大坂)したり、修道会がグループをつくる(長崎)など様々な参画方式が現れている。比較的スタートの遅かった東京教区でも、単一の教会でのツアー近隣の2、3の教会が合同したツアー、各ブロックごとに編成したツアーなど各アクション単位でとりまとめたものが今後出てくるものと期待されている。

出発時期の選び方については、聖年機関(1974年12月~1975年12月)には、現地ローマその他各地での聖年行事が数多く催されるが、聖年開幕の感動的な諸行事と、「ローマでのクリスマス」という二重の体験をかなえるものとして、クリスマス直前出発の第一便や、年末、年始の休暇時期が利用できる年末便の希望が多い。

なお、来年4月以降は大幅な航空運賃の値上がりが伝えられることもあり、やはり12月~3月に参加者が多くなるものとみられ、主催・運営側も大量の参加者を一定期間中に受け入れられるよう、現地施設や航空会社の綿密な打合せを完了し、全出発便とも教皇公式謁見が組みこまれ、ローマにおける公式行事に参加できるなど万全の態勢をしいて参加希望者を広く募っている。

聖年公式巡礼団参加者全員が携行できるハンドブックの編集作業がこの程はじめられた。本書は巡礼先各都市、ローマ、ルルド、アッシジ、ファティマ、パリなどの歴史、現況、個々の巡礼地についてのガイド・ブックで、加えて旅行全般にわたる注意や一般観光、ショッピング・ガイドをも含むため、二百頁前後のものとなる予定。

巡礼地ガイドの部分は、主として各教区の司祭から執筆者が選ばれ、おのおの専門的立場から聖地聖跡の解説を一般の参加者にもわかるよう平易にとりまとめることとなった。

本書は聖年公式巡礼団参加者のみ限定して、一部づつ配布されるが、巡礼中マニュアルとして、欠かせぬものとなるほか、巡礼の記念としても得がたいものとなろう。

萬10年を迎える聖マリア大聖堂

 カテドラルは12月8日で、建立満10周年を迎える。司教座聖堂としての本来の役割のほか、結婚式、音楽会など、その活用も幅広い。しかし外観の美しさとはうらはらに、建物の各所にいたみも出はじめ関係者は修理におわれている。なお記念ミサが当日10時より行われる。

典礼委近く改選

 現典礼委が発足してから来年3月で満2年になる。同委が今までの経験をもとに検討した新メンバー選出案は、このほど大司教の賛同を得、11月末各母体に要請される。それによれば、新メンバーは各ブロックから一名、公募によるもの約10名となっている。

ブロックから選出されるようにしたのは、ブロックにおける典礼活動を活発にすること、そこを通して全教区に典礼運動を浸透させてゆくという二つのねらいのためであるという。公募によるものも、ことば、音楽等、諸分野からの参加が望まれているが、現典礼委も要請にこたえて典礼運動に積極的関心のある人びとが参画することを期待している。

千鳥ヶ渕に祈る

 全ての戦没者の慰霊と、世界の平和を祈って行われた千鳥ヶ渕戦没者墓苑での平和祈願祭(8月11日)には、約300名が参加、浜尾司教を中心に13名の司祭が共同司式によるミサを捧げた。20の団体から送られた力強い共同祈願によって平和への決意を新たにした。

私たちの母マリア

 自分の子に対する母の愛は、なんとすばらしいものでしょうか。それは確かに、よくいわれているように、愛そのものである神を人びとに垣間見させる窓のようなものであるともいえましょう。しかし自分の子に対する母の愛にも、ときとして不純なものが混じっています。自分の腹を痛めた子ども、数えきれないほどの犠牲を払って育てあげた子どもを、自分の所有物でもあるかのようにみなす傾向が、よく見かけられます。そのために子供が成人して嫁にいったり嫁をもらったりするとき、母親たちは自分の子どもが他人に不当に奪われたように感じ、いわゆる「しゅうとめコンプレックス」に陥ってしまいます。

また、自分の子どもを溺愛するあまり、他のすべての子どもたちを自分の子どもの競争相手のように考え、他人の子どもの成功をねたんだり、彼らに冷たい心を持ったり場合によっては彼らを憎んだりすることもあります。とにかく、母性愛というすばらしいものも、盲目になると、排他的で自己中心的な欲望に堕してしまいます。

さて、イエスの母マリアの場合にはどうだったでしょうか。天使のお告げ以来、マリアは自分が産む子がいつまでも家庭内にとどまる、ただ自分だけのものではないことを予感していたでしょう。それでも父母に黙って神殿に残った12才のイエスを3日目に見つけてやさしく叱責したとき、「なぜ私を捜したのですか。私が自分の父の家にいるのは当然ではありませんか」という答えは、確かに、マリアにとって大きなショックでありました。ルカ福音書にもあるとおり、マリアは当時そのことばの深い意味を完全に悟ることはできませんでしたが(2・50)、この自分の子は父なる神の子であるからすべての人のための者であり、したがってその子をいつか手ばなしてささげなければならない時がくることを理解していたでしょう。

イエスが宣教活動を始めるために家から離れたとき、この予感が現実のものとなりました。公生活中のイエスはみなの者で、食べられた人間のようになってしまい、もはや母のために特に時間をさくことはできなくなりました。全人類に対する限りない神の愛の体現となる使命に、イエスは全くとらわれてしまったのです。マリアにとってこのことは確かに苦しいことでしたが、天使のお告げのとき示した無条件の信仰をもって、自分の子において実現される神のみ旨に、すべてを任せました。そしてイエスが名声を博し、大群衆に囲まれたとき、彼とともにいることを断念しましたが、同じイエスがみなに捨てられ、最後の戦いに赴き、使命遂行のためにいのちを捨てる時が来たことを知ったときその時にこそ自分の子とともにいたのです。

ルカ福音書はイエスの受難を、悪の力がイエスに対してたくらんだ誘惑であると見ています。荒野での誘惑のとき、権力、富、成功などを約束することによってイエスの心をぐらつかせることのできなかった悪魔は、イエスを極度に苦しめることによって神に対する失望や人びとに対する憎悪をイエスの心に起こそうとしたのです。イエスは私たちと同じく真の人間でしたので、この誘惑を確かにつらく感じました。人びとの悪をいやというほど経験し、人びとを愛することが至難のわざであることを骨身にしみて感じたでありましょう。

そして福音書がはっきり述べているように、イエスはこの苦難において弟子たちに、自分とともに目ざめて祈ることによって自分を助けてくれるように願い求めました。しかしあまりにも弱い弟子たちは、イエスを助けることができませんでした。この誘惑の間でイエスにとって唯一の助けとなったのはやはり、十字架のもとに立っていた彼の母であります。イエスをいつまでも信じ、忠実に愛し続け、イエスが十字架上で言語に絶する苦しみを耐え忍んでいたときに支えと力となったマリア、人類のためのイエスの犠牲と愛がむだではないことをはっきり示したマリアでありました。教父たちはよく、イエスが十字架上で人類のために死んだときにこそ、教会が生まれたといっていますが、そのとき信じる神の民である教会の全体は、言わばマリアという一人物に集約されていたといえるでしょう。

イエスのしかばねが十字架からおろされたとき、それをマリアが実際にひざの上に置いたかどうかは、もちろん明らかではありませんが、画家や彫刻家たちが好んで題材にしたあのピエタの姿は、確かに深い神学的真理を表しています。私は特に、現在ミラノ市に保存されている、年老いたミケランジェロの彫刻したピエタ像に強く心を打たれたことがあります。マリアが立ったまま両手でイエスを支えている姿が大理石におぼろに刻まれていますが、マリアとイエスは一つにとけ合っていて、極度の苦しみをも含めてすべてを受け入れるというマリアの完全な承諾が有形化されているようです。

十字架上のイエスのことばのとおり(ヨハネ19・26-27)すべての人の母、私たちの母に立てられたのは、この完全な承諾を行ったマリアです。ヨハネ福音書に書かれた十字架上のイエスのことばのそれぞれには深遠な神学上の意味がありますが、その最初のことばは、「女よ、これはあなたの子です」という、マリアに向けられたことばです。「女よ」ということばは、創世記の3章にエワについて述べられている「女」という語を思い起こさせます。神の掟に対する承諾を拒絶し、高慢にも自分の頭で善悪を決めようとした最初の男と最初の女は、人類全体の罪の源であり、罪の本質を表しているものです。それに対してカルワリオの丘では、新しいアダムと新しいエワが、信仰、承諾、従順、無条件で無制限な愛をもって、新しい人類の聖霊における源となりました。

復活者キリストが聖霊によって信仰者たち一人ひとりの心の中に生まれ、生きるということこそ救いの真髄であり、神のこの上もない恵みでありますが、キリストの母マリアはその信仰や従順などにより、すべての人を包含していくキリストの神秘体全体の母になったのです。そしてマリアはその使命にふさわしく自分の子の復活したいのちにあずかって、この世に生きて戦い苦しむすべての人びとに対して、永遠に母の心を持ち、示します。リジューの聖テレジアは死の前、「私は地上の人びとを助けて天国で過ごそう」と言いましたが、このことばはまさにマリアにあてはまります。マリアの天国でのいのちは、神の愛の傑作、純粋な鏡として、人びとの力ある助け手になるということであります。

私はかつて、ヨーロッパで最も美しいゴチック様式の建造物であるシャトル大聖堂を訪れたとき大陽の動きにつれて色彩の変わるステンド・グラスの美しさに魅せられて、一日中その大聖堂から離れることができませんでしたが、夕暮れにもう一度すでに薄暗くなった大聖堂の中を歩いたとき、西向きの大きな窓の前で、突如立ちどまざるを得ませんでした。日中は燃えるような色彩を誇っていた赤と青のステンド・グラスもすでに輝きを失い、いすに座って下を通る人びとをやさしく見守っているマリアの顔だけが、沈みゆく夕日の中にくっきり浮かびあがっていました。私はそのとき、薄暗い世の中を、母マリアのやさしいまなざしに見守られながら歩むことこそ、私たちの人生の真の姿ではないかと、強く感じさせられました。私たちがその母を忘れていても。彼女は私たちを決して忘れていません。彼女のことをしばしば思い出し、彼女の中に、完全に救われた人の姿、母性をきわみまで実現した人の姿、信仰と承諾によってキリストの愛に同化した人の姿を見ることは、人生の道を歩む私たちにとって、確かにすばらしいことではないでしょうか。

(上智大学神学部長 P・ネメシェギ)

ブロック便り

青少年活動を重視

【多摩】10月から新年度に移るブロック会議だが、今年度のブロック会議を総括してみると、かなりの成果があったものと評価される。前号で報告した八王子のダンプ街道規制など公害追放に積極的に参加したのをはじめ、8月中に行われた第2回高校錬成会、今年はじめて試みられた中学生錬成会(すべて山梨県富士見「まほろば民宿」)には約50名の中学生が参加し、とかく殻に閉じこもりがちな各母体の高、中学生の間に交流が深まり「その後も新しい友人たちと文通しています。来年もぜひ参加したい」との声が、運営委員会にも多数寄せられた。

このように成果のあった青少年活動をさらに充実させるため、年間中一日、ブロック青少年活動のための献金日を設けることも、7月ブロック会議で承認された。

また、7月6日夕、立川市民ホールで開かれた江藤俊哉氏のバイオリンリサイタル(ブロック会議主催)が「しろうと興行」としてはかなりの純益を上げ、大成功を収めた実績から、来年五月頃に再び音楽会開催を企画し、純益は主として青少年活動にあてるなど当ブロックの青少年活動は名実ともに軌道にのりはじめている。

聖年を有意義に

【城北】8月1日付で大司教の聖年に関する具体的指針(東京教区ニュース8号)が出されてから初めてのブロック会議(9・8)では、主として聖年行事について話し合いが行われた。会議に先立って8月下旬には運営委から、

・ブロックとして何をするか、

・各母体では何をする予定か、

を議題とする旨連絡があった。

会議当日所用のため欠席の金井運営委に代わって徳川運営委が東京教区ニュース6号と8号を片手に提案を説明したが、・を先にしてその中のものをブロック・レベルに拡大してはとの提案が出されたため議長団は・を先行させた。

しかし、大半の母体は何も決めていなかったので、「城北」13号-11・17発行-に決定した分を記載したいと云う運営委員会の提案を可決した。この一覧表はその後も継続して公表され、それらに自由に参加して聖年を意義あらしめることをブロックとしての行事とする方向に傾いていた。

これについてあるブロック会議員は「やっと母体が大切にされたようで嬉しかった」と語っていた。

大島教会に助けを

【中央】同ブロックでは、大島教会慰問のため今年もクリスマス・プレゼントを贈ることを決めた。大島には目下司祭は居らず、代わりにヨゼフ松尾義人修道士(マリア会)が信徒の世話をしているがブロックとの接触は少なく孤立している。教区ニュースやカトリック新聞などが有力な情報手段であるが、たとえ見知らぬ人からでの便りでも心強いだろう。他の島の信徒のためにも何か考えたい。