「ラウダート・シ・ムーブメント」の歴史

2021年09月08日

「ラウダート・シ・ムーブメント」は、グローバルカトリック気候運動(GCCM)を母体として誕生しました。ここではその足跡を紹介いたします。

※原文(英語)はこちら

「ラウダート・シ・ムーブメント」の歴史

2015年に生まれたグローバルカトリック気候運動(GCCM)はカイロス-福音書で用いられる「好機」を表すギリシア語-の実りです。2015年のカイロス-好機-は、教会と人類がエコロジカルな危機にどのように対応するかを形作る革新的な出来事が重なって起こりました:回勅『ラウダート・シ』の発表とパリ気候協定です。

最初に、教皇フランシスコは、回勅『ラウダート・シ:ともに暮らす家を大切に』を執筆、発表しました。これは、私たちの星の危機をテーマにした、史上初の回勅です。教皇は、自らの教皇名の由来となったアシジの聖フランシスコと、すべての被造物との深い交わり(この回勅のタイトルの由来となった「太陽の賛歌」に最もよく表れている)に触発され、教会と「善意のすべての人々」に、緊急に集まって「地球の叫び、貧しい人々の叫び」に応えるよう、力強く呼びかけました。

第二に、科学界から気候危機の深刻さについてますます厳しい警告が発せられたことを背景に、約200カ国のリーダーたちが国連パリ気候サミット(COP21)に集まり、パリ協定に合意・署名しました。21年間の交渉は進展せず、世界の国々は、手遅れになる前に、気候危機に取り組む共通の計画に合意するための期限を迎えました。

フィリピンでGCCMは立ち上がった

その二つの出来事(『ラウダート・シ』は2015年6月に発表され、パリ気候サミットは2015年12月に開催されました)の数ヶ月前、このような機運の高まりと、二つの出来事を先取りした幅広いメディアの報道の中、GCCMは2015年1月15日、聖霊に促されて発足しました。その日は、スーパー台風「ハイエン」によって甚大な被害を受けたタクロバンを訪問するというとても象徴的な旅のために、教皇フランシスコがフィリピンに到着した日でした。この災害では、1万人以上が死亡し、1,300万人が家を失いました。

ハイエンはこれまで記録された中で最も強い嵐であり、気候危機の象徴となりました。科学者たちは、ハイエンが気候変動によって激化したと説明しました。「時のしるし」の緊急性を象徴するかのように、フランシスコ教皇が訪問した日 (1月17日) にも、また別の台風がタクロバンを直撃し、教皇と教会は、フィリピンのような貧しい国こそが不当な気候危機の影響を最も受けていることを思い知らされました。GCCMの設立地にフィリピンが選ばれたことは、”地球の叫び、貧しい人々の叫び “を聞くというGCCMの決意を示しています。

このフィリピン訪問で、フランシスコ教皇はマニラ大司教である”チト”タグレ枢機卿に出迎えられました。タグレ枢機卿はGCCMの設立発起人であり、この度に欠かせない同伴者でした。

GCCMはすべての大陸から集まった17の団体と12人の指導者たちによって設立されましたが、マニラ大司教区とフィリピンのいくつかの修道会はその一員でした。その少し前、2014年9月の「民衆の気候マーチ」の勢いに刺激を受けて、このグループは2014年12月に毎週スカイプで集まり、報道されていた教皇の回勅(まだ名前は知られていませんでしたが)を支持し、気候における正義とパリ気候サミットでの野心的な合意を求める教会の声を上げるためのカトリックの統一計画を調整し始めました。

設立グループは、エコロジーの守護聖人であることにちなんで、アシジの聖フランシスコを守護聖人に選び(フランシスカンのいくつかの団体がGCCMの設立メンバーであったことは注目に値します)、次のような設立声明を発表しました。

「グローバルカトリック気候運動は、様々な国、大陸、職業のカトリック信者が参加する世界初の国際的な連合体です。私たちは、アルゼンチン、フィリピン、イギリス、ケニア、オーストラリア、アメリカ、その他多くの国の信徒、修道者、聖職者、神学者、科学者、そして活動家です。私たちは、カトリックの信仰と、様々な役割や組織における気候変動問題への取り組みによって結ばれています……。教皇フランシスコは、環境への配慮をテーマにした回勅を発表する予定です。この声明をもって、私たち、今、教会のこれらの教えを世界にもたらす手助けをしようとしています。」

最初から気候正義を目指して

GCCMの最初の年は、エネルギーと生命の予期せぬ爆発でした。当初の設立メンバーは、その年の終わりまでに300のカトリック団体を含むまでに急速に成長し、回勅を支持し、野心的なパリ気候協定のために結集するという目標のもとに集まった草の根のリーダーたちの巨大なネットワークができあがりました。フランシスカン・アクション・ネットワークの支援を受けて、この運動を支える中心的なチームである小さな事務局が設立されました。事務局には、最初の2年間、ボストンの大学図書館で働いていたトマス・インスアとクリスティーナ・リーニョ、そして、フランシスコ会とカリタスのオフィスでラテンアメリカの活動を調整していたイゴール・バストスとファビアン・カンポスが在籍していました。

設立時の運営委員会のメンバーは、2015年5月にローマで開催された回勅前の準備会議の際、バチカン職員や各大陸のカリタスのリーダーたちと初めて顔を合わせました。ローマ訪問では、教皇フランシスコとの感動的な出会いがありました。教皇は、間もなく発表される回勅に備える運動を励まし、GCCMが始めたばかりのカトリック気候請願運動を支持すると述べました。

請願書の文章にあるように、GCCMの目標は、最も汚染の進んでいる国々が支持していた、地球の気温上昇を2℃に抑えるという野心的ではない目標ではなく、1.5℃に抑えるという野心的な目標を採用するように、各国政府に働きかけることでした。2015年6月に発表された『ラウダート・シ』をきっかけに、90万人以上のカトリック信者がGCCMの請願書に署名しました。この活動は、南半球の教会、特にフィリピンの教会を中心に進められ、タグレ枢機卿はこの請願書が広く支持されるように支援しました。GCCM設立理事会のメンバーであるフィリピン人の “気候巡礼者 “イェブ・サーニョは、バチカンからパリまで2ヶ月間の預言者的な巡礼を行い、この署名を象徴的に運びました。サーニョは、フランスのフランソワ・オランド大統領やクリスティアナ・フィゲレス国連気候変動枠組条約事務局長ら、COP21サミットを主催した高官たちとの超教派イベントの中で、感動的にこの署名を手渡しました。最終的には、2週間にわたる熱狂的な交渉と、バチカンや多くの国々からやって来た4万人のカトリック信者が参加した記念すべき「グルーバル気候マーチ」を含む気候変動運動からの大きな圧力により、最貧国による交渉妨害はパリ協定に1.5℃という目標を明記することに成功しました。「神にできないことは何一つない」(ルカ1.37)という聖書のことば通り、奇跡が起こりました。 私たちカトリック信者が重要な役割を果たしたこの1.5℃の勝利は、その後に続くすべての気候変動対策のための野心的な基準となりました。

あわただしい2015年を経て、翌年、GCCMはその全体的なアプローチの土台となるいくつかの事業を開始しました。それは、『ラウダート・シ』のアニメーターの養成、「創造の季節」の祭儀、化石燃料産業への投資撤退のような預言職的取り組み、ワールド・ユース・デークラクフ大会における300万人の巡礼者へ向けた教皇からのビデオメッセージのような、『ラウダート・シ』への意識を高める創造的なプロジェクト等です。

2020

2020年は、世界にとっても、この運動にとっても、他のどの年とも異なっていました。年の初めに、運動の5周年に際して、GCCMの指導者たちと理事会は、教皇フランシスコと謁見し、そのことに感謝の意を表しました。タグレ枢機卿も参加したこの会談は、教皇フランシスコのリーダーシップに感謝し、GCCMの最初の5年間の豊かな実りを分かち合う、素晴らしい機会となりました。

その数ヶ月後、新型コロナウイルスのパンデミックの影響により、GCCMは、『ラウダート・シ』5周年記念行事の計画を中止せざるを得なくなりました。しかし、GCCMは、6大陸の何十万人もの人々とともに、オンラインで祈りを捧げ、よりよい世界を築くために何をすべきかを考えました。教皇フランシスコの強力な支援のもと、GCCMとその多くのメンバーやパートナーは、「『ラウダート・シ』週間」を開催しました。このウェビナーでは、世界中の人々が、世界を変えた回勅に敬意を表し、気候正義のための祈りに満ちた旅を今後5年間続けるために備えることができました。

変革のための行動

その後、この運動は世界中に広がり続け、『ラウダート・シ』のアニメーター、サークル、支部、会員組織は増え続け、そのすべてが私たちの共通の家を守るための変革的な行動を推進し続けています。運動の組織委面では、運営委員会が発展してマリアンヌ・コンフォート(慈悲の姉妹会)とクリスティーナ・リーニョが共同議長を務めるようになり、2017年には、アシジで行われたGCCMの全団体との企画会議(そこでは教皇との新たな出会いもありました)を経て、エイミー・ウーラム・エチェベリア(コロンバン会)が議長を務める正式な法人と理事会が設立されました。その直後、バチカンやローマを拠点とするカトリック団体との連携を深めることで、「『ラウダート・シ』を生きる」教会への奉仕を強化するため、事務局の本部をローマに移転しました。そして2019年、GCCMは、この運動の歩みに寄り添ってきた各大陸の枢機卿たちによる「司教諮問委員会」を設立しました。

訳:カトリック東京大司教区広報