大司教

週刊大司教第二百六十回:年間第十一主日

2026年06月15日

年間第11主日です。

6月15日から17日までフランスのエビアンで開催されるG7サミットに先立ち、以下に記したG7各国のカトリック司教協議会会長は連名で、「平和、正義、人間の尊厳のために橋をかける」と題した声明を発表しました。声明の邦訳(サマリー)はすでに中央協議会のホームページに掲載され、詳細な声明全体邦訳中です。

声明はフランス司教協議会会長であるアブリーヌ枢機卿の呼びかけで始まり、一ヶ月以上前からオンラインで何度か会議を重ね、文案が作成されました。会議は英語とフランス語で行われ、最終文書はフランス語で書かれ、フランス語と英語が正本です。

なおこの声明はそれぞれ署名している司教協議会会長の声明であって、各司教協議会の総意ではありません。

この声明に署名しているのは、ジャン=マルク・アブリーヌ枢機卿(フランスカトリック司教協議会会長)、わたし(日本カトリック司教協議会会長)、マッテオ・マリア・ズッピ枢機卿(イタリアカトリック司教協議会会長)、ポール・コークリー大司教(米国カトリック司教協議会会長)、リチャード・モス大司教(イングランド・ウェールズカトリック司教協議会会長)、ピエール・グードロー司教(カナダカトリック司教協議会会長)、ジョン・キーナン司教(スコットランドカトリック司教協議会会長)、ハイナー・ウィルマー司教(ドイツカトリック司教協議会会長)、賛同者:マリアーノ・クロチアータ司教(欧州連合(EU)司教協議会連盟会長)です。こちらのリンクからご一読いただければ幸いです

以下、13日午後6時配信、週刊大司教第260回、年間第11主日のメッセージです。

年間第11主日
週刊大司教第260回
2026年6月14日前晩

「収穫は多いが、働き手が少ない」

神の国の完成のために、わたしたちが地上でするべきこと、しなければならないことは、実は神の目において山積しているにもかかわらず、それをないがしろにしているわたしたちへの警告の言葉であります。

このイエスの言葉について、特に「働き手が少ない」という部分に注目して、司祭や修道者という、いわば専門職にある存在への召命が増大するようにと祈ることが求められている解釈することもできますが、わたしはそれよりも「収穫は多い」という言葉に注目しています。わたしたちが福音の実現のためにしなければならないことは多いのです。それに取り組むための働き手がもっと必要なのです。そしてそれは司祭や修道者という専門職だけではなくて、キリストに従うという意思を表明しているわたしたちキリスト者すべての務めであります。わたしたちひとり一人がどうこの言葉に応えるかが問われています。

もちろん司祭は必要です。修道者も必要です。しかし同時に、神の国の完成のために働くのは、ひとり司祭だけではありません。すべてのキリスト者には、それぞれの場で、それぞれに与えられた才能に従って、「働き手」となることが求められています。

教皇レオ十四世は先日新しい回勅「マニフィカ・フマニタス」を公布され、人工知能(AI)の倫理性について信仰の立場から踏み込まれました。

それに先立って発表された今年の世界広報の日のメッセージに、次のような一節があります。

「新たなAIシステムがもたらすもう一つの大きな問題は、バイアスです。バイアスは、現実に関するゆがんだ認識の獲得と伝達をもたらします。AIモデルは、それを構築する人々の世界観によって形成されます。そして、それが用いるデータにおける固定観念や偏見を複製することによって、思考様式を押しつける可能性があります。・・・AIは、わたしたちの顔と声を自分のものとすることにより、並行的な「現実」を作り出すことでわたしたちを欺くことさえありえます。わたしたちは多次元世界の中に沈められ、現実と虚構を区別することがますます難しくなっています。」

わたしたちは人工的に生み出された虚構の中に生きる危険性に直面しています。その中で、人間の存在は具体的な声と顔を失い、痛みや悲しみを訴える心は失われ、本当の希望や喜びに到達することができなくなる可能性があります。わたしたちは、現実の中にある、人々の心の叫びに耳を傾け、それを心に刻む者でありたいと思います。神が働き手を求めている収穫は、虚構の世界ではなく、現実世界の中に存在しています。

わたしたちの目の前には、神の国の完成のためにしなければならないことが広がっています。働き手はわたしたちです。わたしたちは共同体の一致の絆のうちに、その務めを果たしていきます。なぜならばキリストの体である共同体にこそ、いのちがあるからです。共同体の絆、交わり、兄弟愛に、わたしたちを生かす源であるいのちがあります。一人では「働き手」の務めを果たすことはできません。ともに助け合いながら、互いの絆を深め、それぞれに与えられた才能に基づいて、社会の現実の中に山積している数多くの収穫に心を向け、「働き手」としての役割を忠実に果たしていきましょう。