東京教区ニュース第159号

1999年01月01日

目次

新春対談
「やすらぎ」 のある社会を願って

1999年を迎え、
大聖年準備の年としては第3年目、 「御父の年」 である。 

新春にあたり、 この年が、 主の恵みのなかで、 実り多い年になることを願い、2人のシスターに対談していただいた。
2人とも、 福祉の世界に生き、 実践のなかから、 血と汗の滲む経験をつまれた方である。
21世紀を迎える社会が 「安らぎ」 のある社会になっていくヒントになってくれることを願ってやまない。 

近づいて見、 耳を傾けていくこと

-司会 (本誌編集長) 

お二人とも、 病院や老人ホームで働いていらっしゃるのですが、 日ごろ感じておられるのはどんなことでしょうか。 

-シスター木村純子 (ベタニア修道女会) 

高齢社会が現実になってきて感じることは、 人間を数字とか、 データでとらえようとする傾向が強くなっているということです。 

改めて、 人間をじっと見つめることの大切さを感じます。 確かに高齢者特有の現象はあります。 しかし、 あくまで、1人ひとりの人が生きていて、
1人ひとりに個性と事情があるのだから、 固定観念や先入観で見てはならないということです。 

-シスター寺本松野 (マリアの宣教者フランシスコ会) 

そのとおりですね。 大変だ大変だと思ってしまうのは、 看護するほうが患者さんの現象に振りまわされているからです。 じっと見つめることによって、 患者さんの心の動きが伝わってくるものです。 

-木村 私が働いているホームでは、 下が63歳、
上が103歳までと幅があります。 そこで見られることは、
103歳の方が、 60代、
70代の方々よりずっと若いということなのです。 

社会的には、 65歳以上の方々を高齢者と規定して、 一括的に介護が必要な年齢に達しているとしてしまうのですが、 それは結局、 バリアーをおいてしまうということになってしまいます。 このバリアーをどうなくしていくかが、 私たちの大きな課題だと思っています。 

-寺本 よく 「年を考えなさい」 と言われるのですが、 これほど残酷な言葉はありません。 

言う人はさほど考えないかもしれませんが、 言われたほうは、 もう何もやる気が起こらないほどです。 年をとった者は、 どこかで自信を失っていきます。 そこに必要なことは、 いたわりの言葉であり、 励ましの気持ちです。 ですから、 常に問われることは、 言葉や態度に愛の裏づけがあるかどうかです。 

輝いて生きることを支える共同体をつくること

-司会 現代社会で一番欠けていることが指摘されているような気がしますが…
-寺本 若い人たちが、 生きていく目的がなく目先のことに逃げている姿を見ると、 そのまま、 老人がそういう扱いをされていない現実の反映を見るような気がします。 

-木村 一方が片方に、 何かを与えていこうという発想があります。 

むしろ、 最後までその人らしく、 輝いて生きていくことを、 どうやって支えていくかを、 考えていかねばならないと思います。 

高齢の人だけではなく、 人間が人間の使命を果たせる共同体を、 どうやって作っていくかを考えていくことが大切です。 

-寺本 病院の中にいて思うことなのですが、 医療技術や看護の手法はどんどん発達しているにもかかわらず、 人そのものを大切にしている家庭が少なくなっているのではないでしょうか。 与えることと大切にしていることとは、 まったく違います。 

-木村 そうですね。 介護のかなめは、 邪魔しないということです。 助けすぎることは、 決してプラスになりません。 親切がしばしば逆効果になります。 かといって、 親切にしてはいけないということではなく、 その人その人によって違うということです。 

関心を持つことの大切さ

-司会 コンピューター社会の到来で、 ますます情報があふれる時代に入ったようですがいかがですか。 

-寺本 残念なことに、 情報があふれればあふれるほど、 人が人に関心を持つということが少なくなってしまうことですね。 

最近少なくなっているような気がしますが、 年老いて仲の良い夫婦を見るとほっとします。 お互いに関心を持ち合って相手の高さに自分を合わせ、 小さな信号も見逃さない姿に心をうたれます。 人間関係のあるべき姿を見たような気がします。 そのような人間関係を育てる社会を作っていかねばならないと思います。 

-木村 私も同感です。 若い人たちを見ていると、 自分を伝える努力も、 人のことを知ろうとする努力も足りないのではないかと思うことがあります。 もちろん若い人に限ったことではありませんが、 先入観やゆがんだ情報に煩わされずに、 人を知っていく姿勢が大切だと思います。 

包み紙を開いていく喜び

-司会 最後に一言ずつお願いします。 
-木村 信仰の喜びをいただいている人を見ていて思うのですが、 人は計り知れない思いと可能性を与えられているのですね。 まるで、 何重もの包み紙に包まれてるようです。
1枚1枚包みをほどいていくと、 信じられないほどのものが発見されます。 神様がどれだけのものを与えてくださっているかを発見していく喜びですね。 

-寺本 子供を失った悲しみをやわらげるために、 ヨーロッパ巡礼に出かけた方の話です。 

ある教会に入ろうとしていたら、 やはり外国から巡礼にきていた方が近づいてきて、 しっかりと手を握って何か言ってくださった。 「元気を出していきましょう」 という目をしてじっとみつめて下さった。 その短い目と目の対話で、 神様の存在を強く感じた。 私は決して見放されてはいないということを心で知りました。 神は人を通して、 人と人との関わりを通して教え、 導いてくださることを改めて知ったそうです。 神様の慈しみをもっともっと知っていく人間関係を築いていっていただきたいですね。 

-司会 ありがとうございました。 

Sr. 木村純子
「情報にまどわされずに、 人を知ること」 

Sr. 寺本松野
「言葉や態度に愛の裏づけがなければ……」 

「大聖年」 に関する祈りと詩の募集

 1、 大テーマ

『キリストが誕生して二千年を迎えて』 

2、 「祈り」 または 「詩」 

形式は自由です。 内容は、 キリスト誕生二千年を迎えて、 イエスご自身やイエスの教え、 自分の信仰や今の社会、 人間について思うことを聖書の言葉や神学用語を使わないで、 自分の言葉で表現したもの。 

3、 応募先

〒112-0014 文京区関口3丁目16番15号
東京大司教館事務局
「大聖年祈りと詩」 募集係

4、 各作品はオリジナル未発表のものに限り、 いずれも応募作品は返却しません。 

5、 締切日は、 1999年3月末日とします。 

なお、 採用作品の著作権は主催者に属することをあらかじめご承知願います。 

応募者には、 記念品等の贈呈を予定しています。 

東京大司教区

大聖年特別準備委員会

大聖年準備委員会がシンポジウム
現代の闇と再生への光りを求めて
地の表を新たに!

11月28日午後、
キリスト生誕2000年の準備企画として開かれたシンポジウムには120名を越す参加者があった。
新聞・ラジオ・テレビ・書籍などのメディアを通して活躍する3人のパネリストと共に 「現代の闇」 から再生への光りを求めて模索した。 

東京教区大聖年記念シンポジウム企画スタッフの森一弘司教の司会で、 パネリストの発題から始められた。 

地球上の中心は?

辺見庸氏は、 「再生への望みは自分の中に見えないので皆さんの中から 『光明』 があれば」 と次のように語った。 

取材で書いた本が評価を得ても身体の奥底に捕えて離さない風景がある。 

79年にソマリアの難民キャンプに行き、 40度を越す暑さの中で死んでいくこどもたちを看る。 15歳のこどもが毎日10歳くらいずつ年をとっていくような気がした。 最後に老婆のようになって朽ちていく。 

長くジャーナリズムの世界にいる人間は、 地球上の空間に中心があると考えがちだが、 死んでゆく子をみた時、 時間と空間がくずれたような気がした。 中心というのは皆さんを前にして立っている、 ここじゃないかと見えてきた。 

カンボジアの死んだこどもを見た時、 褐色の菩薩像を思い浮かべた。 飢餓の子供たちの澄みきった目。 

日本に戻ると飽食という現実がある。 

何かを望むとかなう、 という欲望に巻き込まれていくと、 社会は滅んでいくのではないか、 この滅びから救われるための手がかりは 「知る」 ということ。 それは、 自らが知らないということを、 魂の底から理解することではないかと思っている。 

辺見氏 「知るということは、 自らが知らないということを理解すること」 

第4空間

宮台真司氏は、 「第4空間」 にいる若い人たちを取材してきた経験から語る。 

80年代に入って、 家でも学校でも地域でもない、
第4空間にはみ出してしまったこどもたちは、 自分のコミュニケーションチャンスをもっていて楽な生き方をしている。 家、 学校に適応しようというこどもたちは、 苦しい生活を送り、 こどもの魂は大人の見えないところに行っている。 

第4空間に出て行かざるを得ない、 社会のシステムの問題点。 

キーワードは、 成熟社会と尊厳 (自尊心)。 

成熟社会=資源の限界や、 環境の限界によって隠された成長の限界。 成熟社会では、 「これをやれば皆がほめてくれる。 がんばれば家も国家も豊かになる」 ということはなくなる。 

尊厳社会=どこに所属しようが、 所属による承認とは関係なく、 違うタイプの「人」としての承認を、 あてにする自尊心のもち方が適しているのだが、 日本の若者たちには少ない。 

こどもたちは、 第四空間で従来では得られない、 肯定的な自尊心を獲得しようとしたのが真実である。 

90年代に入り、 ようやく大人たちは、 それに気づくようになった。 ヨーロッパでは十年以上前から始まって、 教育改革に目がむけられるようになった。 

3番目のキーワードは自己決定。 成熟社会では自己決定型自尊心に移行して、 国や組織から離れることを厭わないような人間が大勢出てくることが望まれる。 

イエスの教説を引き 「宗教者の責任は大きい」 と結んだ。 

宮台氏 「組織や国と離れることを、 厭わないような人間が出ることを望む」 

言葉の空疎

山根基世氏は、
「お2人の話しから1枚の写真を思い浮かべた」 と次のように語った。 

ある日、 小学校3年時の先生が写真を届けてくださった。 40年前の顔、 心からさわやかな顔をしている。 先生の顔も 「このこどもと一緒でうれしい」 という顔、 目が輝いている。 私も40年前はここにいたのに 「どうしちゃったんだろう」 と思う。 

今頃の若い人のふるまい方にほころびがきている。 そのひとつは携帯電話。 目の前の人間とコミュニケーションを持たないでケイタイで遠くの人と中身のない言葉を交わしている。 言葉の空疎。 

マスコミの影響は大きいのではないかと思う。 テレビで見たことを、 そのまま自分の意見として話し、 更に始末が悪いのはそのことを本人も自覚していない。 

人間とは、 そういうものと安直にとらえていく、 それが日本を少しずつ崩壊させているのではないだろうか。 空疎な言葉をたれ流す人を、 りっぱとか、 賢い人間と思っているのではないだろうか。 そのことが、 つらくて恥ずかしくてたまらなくなる。 

そういうことから、 『ラジオ深夜便』 を始めさせてもらった。 登場する人とのふれあい、 これが私にとって大きな救いになっている。 

今の若いアナウンサーは 「ギャル」 扱い、 これはアナウンサーだけの問題ではないが、 より目立つ仕事、 他人から評価される仕事をしていくと、 地獄になってしまう。 

何によって自分が支えられるのか、 内側から支えるものがないとつらいのではないか。 

誰かが認めるわけではないものをコツコツやる。 「そこに救いと光がある」 のではないか。 

山根氏 「女の闇を味わって私は変わりました」 

現代の闇

森司教の 「辺見さんがおっしゃった 『再生への望みは自分の中に見えない』 という言葉は気になりますが」 との問いに、 辺見氏は 「私はいくつかの戦場を見て、 東京に戻ると恐怖を感じる。 山の手線の車中の顔の暗さ、 誰かに怒りを爆発させる可能性。 遺伝子操作の動物。 優生学的世界にこの国はなっていくような気がする。 茶しぶのように不安感が積もっていく」 と語った。 

また山根氏は、 ご自分が感じている闇を 「組織の壁に闇を体験しました。 自分らしくやろうとする時、 大きな壁が立ち塞かる。 それは男性よりも女性の方が大きいのではないでしょうか。 女の闇を味わって、 その時から私は変わったんです」。 

これを受けて宮台氏は、 「優秀な女性が外資系に流れている。 女性に接待をやらせない外資系を希望する学生が多くなった。 これは日本の企業にとって大きな損失ではないか」 と語った。 

パネリストの広い視野からの様々な問いかけの最後に森司教は
「3人の方の表現の奥に、 現代の社会の中で模索しながら生きていこうとするものが、 私たちの中に伝わり共感できたと思います。 この積みかさねから個が変わり、 希望に満ちた何かが生まれてくることを期待したい」 とまとめてこの日のシンポジウムを閉じた。 

パネリスト

辺見 庸氏 作家。 『自動起床装置』 で芥川賞、 『もの食う人々』 で講談社ノンフィクション賞受賞。 著書 『反逆する風景』 『屈せざる者たち』 他。 

宮台真司氏 東京都立大助教授。 社会学者。 テレクラやブルセラショップに通う女子高校生を社会状況の変化から考察。 著書 『世紀末の作法-終ワリナキ日常ヲ生キル知恵』 『制服少女たちの選択』 『権利の予期理論』 他。 

山根基世氏 NHK局次長。 エグゼクティブ・アナウンサー。 現在 「土曜・美の朝」 「ETV特集」 「ラジオ深夜便」 等を担当。 著書 『ネコのあぶく』 他。 

杉浦涌子(ヨウコ)さん(松原教会所属信徒) を訪ねて
マタタ神父のインタビュー

私は杉浦さんのお母さんがなくなる前に、 杉浦さん、 お母さん、 子どもさん、 お孫さんたちを遠くから見ていて、 深い信仰と家族の絆を感じました。 今日は、 ご自身から見たキリスト教、 あるいは著しく変わっていく日本の社会、 お孫さんと話していて、 「エっ」 と驚くようなことがあったかなどについてお伺いします。 まずは簡単な自己紹介からお願いします。 

杉浦 私の家にカトリックが入ったのは、 母の母の代ですから、
私で3代目になります。 パリミッションの宣教師が日本にいらして、 明治になってから布教が許された後、 カジャック神父様が関東地方、 この東京近辺を歩いて布教をお始めになったらしいのです。 

-洗礼を受けるきっかけは何ですか。 

杉浦 子どもはどうしても、 カトリックの教育を受けさせたいと思い、 初台のカトリック幼稚園に入れて、 そこで子どもと一緒に、 シスターのお話を聞いたり、 亡くなられたホイベルス神父様にいらしていただいたりして、 子どもと一緒に洗礼を受けました。 

-つい最近までお母さんがきていらっしゃいましたね。 お母さん、 ご自分、 子どもさん、 お孫さんと大きな家族ですが、 見た感じはみんなキリスト教を信じているという姿が現れていました。 ご自身の信仰生活という大きな枠の中で、 支えとなっているものは、 どういうものでしょうか。 

杉浦 私が大きな支えだと思うのは主人です。 主人は、 宗教心の篤い家庭だったと思いますが、 カトリックと全然関係のない家庭に育ちました。 戦後すぐに、 私はカトリックの信仰へ入っていきましたけれど、 主人はちょっと難しいと思っていました。 相当深く禅の研究もしているし、 心にも深く影響を受けているようですし、 半分あきらめていました。 

主人は、 私や子どもが信者になることは、 反対ではなかったですから、 私たちは洗礼を受けて教会に通っていました。 ある時、 子どもや自分の家内が持っている信仰がどういうものか知ってほしい、 勉強してほしいと思いまして、 グロータス神父様のところに行ってお願いしたのです。 そうしたら、 神父様が一対一でお話してくださって、 しばらくしてから、 受洗となったのです。 私としては、 それは奇跡みたいな感じでした。 

-今、 杉浦さんがしている経験、 ご自分の信仰生活についてお話してください。 

杉浦 母もよく言っていましたけれど、 年をとってからは 「主よ憐れみたまえ」 の一言ではないかと思います。 

「神に感謝」 それだけですね。 本当に、 今日私が何とかしておりますのは、 信仰のおかげだと思います。 

-明治から伝えられてきたこの家の信仰を、 杉浦さんは今の日本の社会で、 どう関わっていこうと思いますか。 

杉浦 あまりにも世の中が変わってしまいました。 孫とは話が通じませんね。 でも、 神様はともにいてくださると信じるほかはないと思います。 

神様は私たちが考える以上に、 私たちの幸せをお望みでしょう。 ですから、 希望をなくさないで、 祈るよりほかはないと思います。 

祈りひとつをとっても、 形は変わってきます。 時々、 いとこたち、 みんな年寄りですけれども、 「私たちはこれでいくしか、 もうしかたがないわね」 と話しています。 

でも、 神父様たちにお話を伺うと、 よく、 「変わらなきゃいけない」 とおっしゃいますね。 ですから、 私たちも、 変わらなくちゃいけないとは思いますけれど、 私たち年寄りに変われというのは、 酷だと思います。 (笑い) 

-でも、 お母さん、 ご自身、 お孫さんと一緒に教会にいらしているところを見れば、 すばらしいなと思います。 もとの話に戻れば、 キリストが来て二千年でしょう。 キリスト教が、 杉浦さんの家に来て、 百年ですね。 たいしたことですね。 

そこで、 家庭の中で、 信仰だけではなく、 自分が持っている何か伝えるものはないでしょうか。 

杉浦 私が精一杯できることをして、 生きている姿を見てくれれば、 それくらいでしょうか。 口でいろいろ言うのは、 息子たちまでなら言えますけれど、 どうも孫には難しいですね。 

キリシタン時代の宣教のあり方を問い直す
-21世紀のミッションに向けて-

客観的な資料にもとづいて

第1回目

キリスト生誕二千年への準備企画として、
シンポジウムが2回行なわれました。 

初回の11月7日は、 溝部脩師 (サレジオ会士)、 森一弘司教を講師として、 キリシタン時代の宣教を、 光と影の両面から考察しながら、 時代の限界を識別して、 二十一世紀の宣教への飛躍を、 模索する意図でした。 

それは過去の美化や否定でなく、 キリシタン時代の歴史の遺産として何かを明確にし、 現教皇が過去の過ちに誠実に待峙し、 その過ちを素直に認め、 新たな歩みをと強く勧められているのに呼応しての企画で、 司会はシェガレ師 (パリ外国宣教会) でした。 

F・ザビエルの宣教以来、 日本では教会のイニシアティブの下に、 徹底した文化への適応が課題であり、 そのため日本人の育成が最重要という宣教方針が確立されました。 当時の日本には、 適応派と規則遵守派があり、 規則を守り、 霊性を深めること、 イエスの十字架と死を見習って、 従順、 清貧を厳しく生きることで、 自分を律することに重点を置くという主張もあった中での選択だったのです。 

適応政策が進められる中で、 教会内外からの反発が起こり、 ハビアンの棄教と、 教会への批判に続いて、 秀吉・家康の禁教令が問題にしたのは、 日本古来の伝統にそぐわないという国体との関わりのようです。 宣教師も 「この迫害は主として国是に基づいているもの」 と述べ、 迫害する者も、 される者も、 日本のあり方についての考えが違う点にあったと認識されています。 

森一弘司教は 「宣教師や信徒が弾圧された理由は何であるかを、 客観的な資料に基づいて、 明確にする必要がある」 と主張し、
16世紀のヨーロッパの時代背景、 宣教活動に勢力を揮ったスペイン・ポルトガル両国とローマ教皇の権限などを披歴しながら、 当時の問題点を明確にします。 

宣教活動と征服事業が一体となって行なわれ、 武力使用が正当化され、 宣教対象となる非キリスト教世界の諸民族の評価や人権、 また日本の教会がポルトガル領有権にあったことなど、 今まで、 あまり教会内で表にでなかった影の部分に、 戸惑う参加者もいました。 

ザビエルの宣教活動の特徴は、 天皇・領主などの権力者の保護下で、 宣教活動を展開し、 宗教論争に関しては妥協することなく、 排他的で、 寺社等の破壊活動にもつながっています。 その一面では、 日本文化への柔軟な適応もするという方針です。 また宣教活動費用捻出の工夫としての貿易などが、 キリシタン大名と宣教師の間を密接にし、 そこに軍事的な支援活動が、 武力による日本征服の野心ともつながっていくようです。 

密度の濃い講演会は、 宣教活動を文化の違いの中で、 繰り広げてきたエネルギー・原点は何であるかを、 執拗に問い続ける作業がいかに大切かを、 参加者の心に投げかけるものでした。 

寺社などの破壊活動という排他主義は、 どこから生まれてくるのか?権力者と結びつかないで、 キリシタン時代の宣教は可能だったのか? など…

(Sr. 石丸脩子) 

過去の人々を断罪しない

第2回目

2回目の11月21日午後、 幸田和生師が前回の溝部師と森司教の問題提起を受けて、 「私たちに問われているもの=話し合いのために」 ヒントとして発題、 その後、
前回から参加した120名はグループに分かれて 「今の私たちの問題を見つめるため」 意見交換を行い、
全体会を通して5時30分に終了した。 

発題

(1)救いとは、 パライソ (天国) に行くことか?

(2)洗礼とは、 救われるための条件なのか?

(3)聖書の教えは、 すべての人にとって必要か?

(4)キリスト教は、 唯一絶対の正しい宗教か?

(5)他の宗教を認める信仰のあり方とは、 どういうものか?

(6)それでは、 現代の私たちにとって福音宣教とは何か?

6項目の重要な発題が、 一つひとつ、 内容ゆたかに解き明かされ、 講師のわかりやすいヒントは 「自己のあり方」、 「どうしてキリスト者なのか」 を問い直すいい機会となった。 

参加者が自分たちの問題としてこれを見つめ、 考え、 語り合ったが、
2時間という限られた時間では深めるには至らなかった。 

しかし、 この2回にわたるシンポジウムは、 今後の信仰生活の中で、 また小教区での話し合いで、 「新しい世紀に向けての宣教・教会のあり方を考える」 貴重な第一歩となった。 

次回は国体の問題等が取り上げられる予定という。 その時は、 是非司会のシェガレ・オリビエ師が発言されたように多くの 「司祭の参加を」 願いたい。 

幸田師の補足

私たちは決して過去の人々を断罪するのではない。 

その時代、 その時代を精一杯生きたキリスト者の歩みの積み重ねが、 私たちの教会の伝統である。 私たちはその上に立っている。 それを現代の目から見て安易に裁くことはできない。 

ただ、 私たちが本当に見つめたいのは、 過去のキリスト者たちの生身の姿、 その人々の 「苦しみと叫び」 であり、 その中で彼らが抱いた 「希望」 である。 

21世紀のミッションを考える上で、 私たちが問われていることは、 

(1)イエスの生き方とメッセージに対するセンス

(2)現実に生きている人間の苦しみや叫びに対するセンス、 これが 「成熟したキリスト者」 に求められているものではないか。 

そこから私たちのミッションが始まる。 (編集部・N) 

今年度で最後の神学院ザビエル祭?
神学生バンドの演奏

寺西院長は 「早ければ99年から前庭に新しい神学院の建設が始まる」 と述べた。

CTIC 東京国際センター通信

アイコ

K・アイコ (仮名)、 女、 13歳、 中学2年生、
日系ペルー人3世。 8月に来日、 以後2か月間、 ずーっとアパートに閉じ籠りっきりで、 近所へ散歩、 ということもない。 アイコの父親であるK・HのCTICへの相談 (これで何度目になるのだろうか?) の中で彼女の存在が分かった。 その他の家族は、 というと、 母親のK・A、
長女18歳、 次男16歳、 そして、 近々、
アメリカにいる長男20歳も呼び寄せるという。
この6人家族で、 日本語を話せるのは父親だけである。 

父親曰く 「今後5年間、 日本で生活する。 その後、 故郷で商売を始める」。 しかし、 その父親自身は病気がちで、 入退院を繰り返している。 母親と長女と次男が、 コンビニの弁当作りなどの仕事に携わっているが、 果たして、 計画通りに行くのだろうか?

ともかく、 アイコを今の状態のままで放置することは出来ない。 アイコや両親と話し合い、 本人の希望も入れて、 中学校への就学の準備に取りかかる。 

まず、 市川市教育委員会に相談を持ちかける。 この教育委員会では、 これまでにも、 ある程度の期間をかけて、 外国人の子供たちの就学に対しての、 準備と取り組みをして来ているようだ。 それでもアイコの就学に際してはあれこれ頭を悩まし、 いろいろな努力を傾けてくれた。 

教育委員会は、 関係する中学校長と連絡を取り、 アイコの就学の条件を採り、 よりましな就学形態を求めた。 

何しろアイコは全くといってよい程に日本語を話せない。 アイコの自宅の学区の隣接学区には、 『インターナショナルクラス』 のあるN中学校があるが、 すでに定員いっぱいで入学不可。 

電車を使って40分のところのR中学校にも 『インターナショナルクラス』 があり、 そこは入学可という。 教育委員会や中学校長などは、 当然のようにR中学校への入学を勧める。 しかし、 母親はアイコの電車通学に対する心配からR中学校への入学を嫌がった。 そして、
家から徒歩15分のF中学校への入学を希望した。 

そうなると、 サァー大変なのが、 アイコを受入れる中学校だ。 このF中学校では、 これまでに、 外国人の生徒を受入れる準備は、 全く出来ていない。 校長は、 「学校側としては日本語の全く分からない生徒に、 どのように向き合ってゆけばよいのか?どのような授業・教育が出来るのか? アイコの学力は? どうしたら日本語が分かるようになるのか?およそ1200人の他の生徒達との交わりはどうなるのか?いじめや差別は?…」 
CTICスタッフは、 「当面は 『日本語のシャワーを浴びせる』 でよいのではないでしょうか。 今は、 同年代の日本人の中に入れてもらって、 友達になることがいちばん大切でしょう。 『授業・教育』 をどうするかは、 やりながら考えて行くしかないでしょう」。 

アイコも母親も、 いじめや差別を心配していた。 学校へは行きたいが、 いじめや差別の話も聞いているし………。 アイコ 「F中学校にも、 いじめや差別があるか?」。 (聞かれて、 はたと困った) CTICスタッフ 「分からない。 しかし、 きっと、 どこの学校にもいじめや差別はあると思う。 どこの国、 どの場所にもどの時代にもそれはあったし、 これからもあると思う。 だから、 それらのない学校を、 探し求めても、 それは無駄というものだ。 大切なのは、 そのいじめや差別から逃げ出さずにきちんと向き合うことだ。 『アイコは日本語が分からないから』 ということでいじめられたら、 『だから、 これから一生懸命勉強するから、 仲良くして欲しい』 と言えばよい。 他の生徒達は、 スペイン語が分からない。 だから、 おあいこだ、 と思えばよい」。 

こんな調子で、 F中学校への入学準備を進める。 アイコはそれまで、 外へ出たことがないので、 学校への道が分からない。
自宅から学校までの15分の道を、 アイコとCTICスタッフが、 一緒に往復しての通学練習だ。 学校の制服などを整えるのに、
7万円弱のお金が必要となる。 当初、 母親曰く 「次の給料が入ったら、 それで購入して、 支度をさせて学校へ行かせる」。 

しかし、 それだと、 3週間も待たなければならない。 そこで、 やむを得ず、 CTICが立替え払いをすることになった。 毎月2万円ずつ返してもらうことで。 

初登校日は、 CTICスタッフが同行。
そして通学を始めて1か月、 「元気でやっています。
1日も休んでいません。 楽しいです」 という電話あり。 

その人が、 日系人であると否とにかかわらず、 出稼ぎとしての日本滞在の性格が、 定住家族ぐるみの生活へと変化してきている状況の下では、 今後、 何人ものアイコが出て来ることだろう。
(渡辺哲郎) 

秋川荘の歴史に幕
-五日市・秋川荘が閉鎖・売却される-

秋川渓谷の川沿いに建てられ、 併設のカトリック五日市教会ともどもに、 戦後の東京教区の教会活動に、 大きな貢献をはたした 「秋川荘」 が、

昨年11月15日をもって閉鎖された。 

カトリック五日市教会は、 あきる野教会設立と同時に統廃合され、 「秋川荘」 は事実上使用されていなかった。 それが、 この度、 敷地を含めて売却され、 長い歴史にピリオドが打たれたということである。 

大司教は、 この件についてその歴史経過を解説して事情を報告した。 以下はその全文である。 

この度、 司祭数の減少、 小教区の統・廃合等の困難な状況の中で、 長年皆様に親しまれてきた 「カトリック秋川荘」 を閉鎖し、 売却することになりました。 

特に、 教会学校の夏のキャンプ、 各団体の黙想会と研修会、 神学生の合宿などに、 これまで利用してきた人々等、 たくさんの思い出をお持ちの方も多いと思います。 

しかし、 管理・運営することが、 現在の状況ではできなくなり、 司祭評議会でも廃止の答申が出されました。 なお、 これまで秋川荘に長い期間間借りし、 五日市教会として宗教活動を行ってきましたが、 教会を管理する司祭数の激減、 他教会の閉鎖、 小さな教会を数多く持つことの経済的負担、 信者自身の宗教活動の拡大など、 多くの理由により、
1990年あたりから専任の常駐司祭が置けない状況となり、 また信者も広範囲な信者グループを結成することによっての宗教活動を要求されることとなりました。 

教区の皆様のご理解をお願い致します。 

正式には11月15日を持って閉鎖とし、
11月末までには売却の法的手続きが完了いたします。 

カトリック秋川荘とカトリック五日市教会の歴史

五日市、 八王子、 桧原村、 福生、 砂川等の多摩地区に、 キリスト教の伝道が、 テストヴィット神父あるいは、 そのあとを引き継いだメーラン神父によって開始されたのは、
1880年代のことです。 

そのころは現在の八王子泉町あたりを拠点としての活動でしたが、 当然のことながら散在する信者の信仰活動のために小さな拠点が、 この広大な地域にいくつか必要となっていました。 資産もないし教会を建てるほどの信者数でもなかった当時は、 ミサや信仰活動は信者の家を開放してもらって行うという状態でした。 

そうした時期が長く続いている間に、 まず八王子に比較的大きな教会が建てられることになりました。 

交通の不便にも関わらず、 司祭はそうした教会に住み戦前、 戦時下中はほとんど徒歩で、 戦後はバイクなどで信者を訪ね、 また信者も時々は、 これらの教会に参詣していたのです。 

戦後、 八王子教会より、 立川、 町田、 豊田などと、 相次いで教会が建設され、 それらの教会の信徒の黙想会、 錬成会、 子供達の修養会などの信仰教育上の必要が生まれ、 五日市在住の信者の家が、 そのために使われ始めました。 

昭和23年 (1948年) に、 第1回の錬成会が、 林間学校の形式で開かれています。 つまり、 現在のカトリック秋川荘は、 信者の信仰活動と、 信者の教化育成の必要から生まれた教会組織なのです。 

戦後まもなく、 昭和25年 (1950年) 代に入り、 教区本部の方で、 黙想会や錬成会を個人の信者の家で行うのはふさわしくないし、 その数も増してきた状況を踏まえて、 五日市あたりの土地を物色していた折、 伊藤博文の孫にあたる欺波氏の土地の売却の話がまとまり、 カトリック東京大司教区が、 現在の土地を購入し、 研修所 (カトリック秋川荘) としてスタートすることとなったのです。 

昭和30年 (1955年)
3月2日に所有権移転登記が行われています。 そして、 欺波氏の家屋を改造し、 研修会の主たる利用建物として 「貫道館」 が建てられました。 それは、 秋川荘の聖堂としての位置づけでした。 

カトリック秋川荘は、 その後ずっとそのままの形で研修所として、 信者の黙想会、 錬成会、 他の会合の拠点として現在まで使用され続けています。 

ところが、 前述したように、 このあたりに住む信者にとっては、 研修所の中で行われる宗教活動ばかりではなく、 個人の信者の家を借りて、 その活動を継続していたのですから、 かなりの無理が出てきていました。 

信者の数が増え、 教会としての信者の宗教活動が活発になっていた折、 既に建てられていた、 カトリック秋川荘を、 教会活動の拠点として、 間借りしようという提案があったことは、 当然の結果だといえます。 

そこで本部は昭和42年 (1967年) 5月3日、 現在のカトリック秋川荘を拠点として、 「カトリック五日市教会」 の設立を通達し、
同年5月6日に、 始めての担当司祭を任命しました。 ラテン語ですが、 宗教法人カトリック東京大司教区が発行した 「小教区 (教会)」 設立文書と、 主任司祭任命書の写しがあります。 また、
設立から5年後になりますが、 昭和47年 (1972年) 当時の信者名簿も存在しています。
(東京大司教 白柳誠一枢機卿)  

「家族のための祈り文」 から
社会に開かれた家庭教会へ

 恵みの源である慈しみ深い神よ 私たちの家庭を祝福してください あなたはおんひとり子イエスをマリアとヨゼフに委ねられ 愛と信頼にみちた家庭の在り方を聖家族を通して示してくださいました
しかし 私たちは弱く 自己中心になりがちです このために 愛し合うこと 感謝し合うこと 赦し合うこと 信頼し合うこと いのちと性の尊厳を守ることがむずかしくなることもあります
神である 父と子と聖霊よ あなた方の愛の交わりを私たちの家庭にも しみとおらせてください
聖霊の息吹によって 私たちの家庭が 主イエス・キリストの神秘体の活きた細胞となり 社会に開かれた家庭教会となりますように
私たちの主イエズス・キリストによってお願いいたします (司祭) 

-蛇のように賢く、 鳩のように素直な心で-
千葉の風土に、 キリストの息吹を
東京大司教区の聖コロンバン会の歴史 (2)

東京大司教区がSSCと契約を結ぶ

昭和24年 (1949年) 12月8日に、 千葉県内での布教活動について、 土井大司教とSSCの代表者のドイル神父とによって、 契約が調印されました。 

契約によると、 千葉県の一部がSSCに委託されることになりました。 大ざっぱに言えば、 SSCに任されるところは、 千葉市から総武本線と成田線に沿って、 佐原市あたりまで地図の上で引いた線の東と南側のほうの部分です。
契約の期間は30年間でした。 

それによって、 SSCは委託された部分を発展させて、 教会のための敷地を確保し、 教会の設備をし、 そして各教会に、 会員の神父たちを置くことを引き受けました。 

SSCが千葉県に行く

昭和25年 (1950年)、 にSSCは千葉県に初めて行き、 県の東と南の部分にある都市に次々と (館山は別として) 土地を買い、 建物を築いて、 神父を置くようになりました (すでに、 東京の豊島教会は、 設立されていました)。 

設立年代順に県内の小教区の名は次の通りです。 木更津 (1951年)、 鴨川 (1951年)、 佐原 (1951年)、 銚子 (1951年)、 茂原 (1952年)、 千葉寺 (1955年)、 五井 (1964年)、 東金 (1966年)、 成田 (1974年)。 

1949年から現在まで、 東京大司教区で活躍したSSC神父の数は、
89人です。 

過去を追想する

1人のSSC会員として、 私は、 個人的な思い出を、 分かち合わせていただきたいと思います。 

私は47年前、 昭和26年 (1951年) に来日しました。
1年たらず、 東京と横浜で、 日本語の勉強をしてから、 千葉県の館山市へ任命を受けました。
それから1965年までの13年間、 千葉県内に、 主に館山と木更津と千葉寺のそれぞれの教会の司牧をして参りました。 

年寄りの昔話になるかも知れませんが、 日本の文化に触れ始めた時の私の体験を思い起こさせていただきたいと思います。 

当時の千葉県

当時の千葉県の奥のほうは、 まだ今のように発展していませんでした。 舗装された道路は少なく、 ほとんど砂利道でした。 列車は蒸気機関車に引っ張られて走り、 全部、 両国始発で、
館山までおよそ3時間かかりました。 鋸山の長いトンネルに入ると乗客が煙に巻かれて、 窒息しそうになります。 

私は館山に着任した時、 日本語もろくに出来なかったし、 土地に馴れなく、 いろいろな面で、 不自由を感じていました。 非常に孤独感がありました。 

列車が館山駅を発車する時、 汽笛を鳴らすのです。 館山は盆地ですから、 回りの山々にこだましてとてもよく聞こえます。 私はその音を聞くと、 教会を飛び出し、 駅に走り込み東京に帰りたかったのです。 

そんなことを何度か繰り返すうち、 言葉も覚え、 信者たちとも打ちとけて来て段々、 孤独感は薄れていきました。 

私ばかりでなく、 宣教師は誰でも、 日本に来たとき馴れるまで、 ずいぶん孤独と寂しさを感じると思います。 今の言葉で、 カルチャー・ショックと言われる、 異なった文化に接したときに経験する不安、 または当惑か怒りなどのいやな気持ちを意味するものです。 しかし我々はこんな話をだれにも話さなかったのです。 私たちは会の保護者である聖コロンバンを模範としている宣教師ですから、 決して弱音を吐くまいと心に決めていました。 

日本の文化に出会う

私にとって館山は特別に懐かしいところです。 なぜなら日本に来たばかりでしたので、 日本の文化に初めて触れることで、 なにもかも珍しかったし、 印象が深かったからです。 

昭和27年の日本は、 まだ戦争による悪影響から立ち直っていなかったので、 生きていくことが精一杯でした。 人々の生活には辛いこともあって、 良い食べ物も着る物も簡単に手に入らない。 それを買う金がなかったからです。 しかし、 とてもシンプルな生活をしていました。 テレビもマイカーもありませんでした。 日が暮れると寝る。 朝は非常に早く起きるのが、 私には不思議でした。
夏は5時頃、 もう雨戸を開る音が近所に聞こえてくる。 アイルランド人の私は夜遅くまで起きるのになれていたので、 朝早く起きるのが苦手でした。 

しかし、 人々はその生活において沢山の、 簡素な楽しみがあるようでした。 夏の夕方、 家の中は今のようにクーラーもなかったから、 ゆかた姿で外に出て縁台に腰掛けたりして、 片手にうちわを持って自分を扇いだり、 ゆっくり夏の夜の涼しさを楽しんでいました。 今でもその風景が印象に残っています。 

(つづく) 

東京教区生涯養成委員会主催
第12回生涯養成コース

 「現代人の目でこれまで語り伝えられてきたカトリックの教えを問い直してみよう」 

(その2) 

-私たちは、 「三位一体」 をどのように理解し、 どのように伝えてきたか-

今回は、 「三位一体の理解」 にしぼって、 深めていこうという企画を立てました。 広く皆様のご参加をお待ちしています。 

第1回 1999年1月23日(土)
13時30分~16時30分
「三位一体とカテケージス」 
講師 百瀬文晃師 (イエズス会) 

第2回 同 2月13日(土)
13時30分~16時30分
「三位一体と教会」 
講師 小笠原優師 (横浜教区) 

第3回 同 3月20日(土)
13時30分~16時30分
「三位一体と信仰生活」 
講師 星野正道師 (カルメル会) 

会場 東京教区関口会館
ケルンホール
参加費 (3回通し) 1500円

申込・問い合わせ先

〒112-0014 東京都文京区関口3-16-15 東京教区事務局・東京教区生涯養成委員会生涯養成コース係 Tel03-3943-2277 Fax03-3944-6677郵送またはFAXで。 参加費は当日会場で。 

ミンガラバ No.11
ミャンマーを訪ねた
青年たちの感想 (つづき) 

青年カテキスタ

私のおなかが痛ければ、 自分のことのように心配し、 ちょっとした買い物の値段の交渉を必死でしてくれた青年カテキスタの行動、 人柄、 笑顔に非常に心を打たれた。 

青年カテキスタとは 「聖書の言葉を行動によって示すひと」 であるということを聞いていたが、 実際に目で見て感じることができてとてもよかった。 「百聞は一見にしかず」 とはこのことだと思った。 

彼らはふだん、 山奥の本当に大変なところで、 貧しい村人のために働いているのだが、 その心と行いが、 特別な場所だけでなく、 どこででも実行されていることは本当に素晴らしいことだと思い、 私も 「人に仕える人、 人の足を喜んで洗える人」 になりたいと思った。 そのために、 まず身近な所から始めなくてはと思う。 

暖かい心

「相手の喜びを、 自分の喜びとできる心のひろさ」 を持った多くの人々に出会えたことは、 私にとって大変貴重な体験になった。 

ホームステイ先では大切な家畜を殺してのごちそう、 「ココナッツが好きだ」 と言ったら木に登って取ってきてくれる等、 忘れられないあたたかいもてなしを受けた。 

出会ってから、 少しの時間しか経っていないにもかかわらず、 完全に相手を信頼できるような人々との出会いの中で、 忘れていた 「人間として私たちが求め、 求められている根本のところ」 を気付かされた。 

今は 「他人のことを思いやった時こそが一番の自分の幸福への道である」 ということばの意味の重さを痛感させられている。 今後は、 もっと私自身の行き方を見つめ直していかなければと思う。 

豊かさと幸せ

多くの人の信仰の深さ、 生活への浸透度、 心遣いに驚き、 それを通して 「神の愛を実行することによって多くの人が助けられ、 周囲の人々に愛を伝えることができ、 皆が幸せを感じる」 のだと気付かされた。 

衣食住の分を稼げれば、 人は生きられるが 「それ以上のものを、 自分のために使うか、 他人のために使えるか」 が 「心の豊かさ」 の分かれ目なのだとわかった。 

ミャンマーで出会った人たちは、 自分が生きられる、 ギリギリの線より、 少しだけ多くのものと時間を持っていて、 それを他人のために使っていて、 それが 「人生の豊かさ」 なんだと思った。 

それに比べ、 私が人に喜んでもらえることをするのは、 まず保証されている、 自分のモノをキープした上で、 賞賛や感謝を期待しているところが多分にある。 心から相手を思いやっていないのに、 優しい人だと言われたい利己心を深く反省させさられ、 自分を変えなければと強く感じた旅だった。 

「人生の意味」 の1つとして、 自分の心と自分の手を相手のために使うことがあると気付かされた。 

実行すること

軍事政権が、 福祉らしいことをほとんどしていない国で、 数少ない障害者の施設、 孤児院、 老人ホームなどを他宗教の人にも開いている教会、 貧しい地域で農業開発や医療サービスに取り組んでいる教会を見ると、 まず実行することが大切なんだと実感した。 その点で日本の教会とは大きく違うように見えてショックだった。 ミャンマーの教会は苦労しているから生き生きしているのだろうが、 日本の教会にも、 社会と人々の中で、 もっと取り組めることがあるはずだと思った。 

私の信者としての人生は、 キリスト教の精神と喜びを、 人々と分かち合って、 初めて意味あるものになるんだとわかった。 

教区ミャンマー委員会から

愛と祈りと献金を

このように彼らが出会ったミャンマーの青年たちの中から、 教会と社会の中で人々のために生きようと決意する神学生たちが生まれてきます。 

しかし、 教会も神学校も貧しいのが現実です。 カテキスタ養成所や神学校などで、 畑や養殖池を持って、 自給自足に近いような生活をしている事実を見ると、 この成長している教会に、 海外からの援助が必要であることを実感させられます。 

ミャンマーの教会との交わりを、 さまざまな形を通して実現していくことが、 ケルンの兄弟姉妹たちから受けたことへの感謝の気持ちを示すことになり、 私たちの信仰と教会を成長させることにもなります。 皆様の愛の祈りと献金をお願いします。
 

シリーズ揺れる司祭像 (4)
私の司祭像に影響を与えた人々
川原謙三神父 (築地教会) 

キリスト教に触れるようになった時から、 具体的に関わった多くのキリスト者の影響によって、 私の生き方は徐々に変わり、 その結果として今日の私があると思うので、 私の司祭像に特に影響を与えたと思われる何人かを挙げたいと思う。 

(1)L・H・ティペサー師

26歳の時初めて教会にはいり、 お会いした司祭はアメリカ人でメリノール会士、 体も大きかったが心も大きい人、 暖かくてユーモアのある人だった。 

初対面からその人柄にひかれ、 早速、 勉強開始。 四ケ月で受洗後、 司祭の手伝いをするのが楽しみになり、 教理を教えること、 病人訪問、 貧困家庭訪問、 救援物資の仕分け、 教会の看板書きなど、 毎日のように教会に通っているうちに、 司祭がしているような仕事をする人間になりたいと思って司祭職を志願した。 

受洗後、 神学校に入るまでの約1年半の間、 未経験の仕事をいろいろ任され、 曲がりなりにそれを果たしたことから開拓精神も学んだと思う。 

(2)聖イグナチオの霊操の中で

神学校は当時イエズス会により運営されていたので、 黙想はイグナチオの霊操に基づいて指導され、
毎朝30分、 年に1度は6日間の黙想会の形で行われた。 忠実にそれに従おうと努めたが、 深く祈れたという実感はもてなかった。 

神学2年になった春、
あと2年足らずで司祭となることが怖くなり始めた。 私はまだまだ勉強不足、 修業不足だから、 とても相応しくない。 何とかしなくてはと思い余って、 院長に相談したところ、
「30日間の霊操をやったらどうか。
もし希望者が10名いたら、 この神学校で開くよう手配しましょう」 と言われた。 

募集の結果、 希望者は7人。 それでもやって下さることになる。
その年の夏休みを半分で切り上げて8月16日に神学校に戻り、
ロゲン師の指導の下に9月の半ばまで、
正確には28日間の霊操に参加した。 

さすがに徹底した黙想会で、 落ち着いて深く祈ることが出来た。 その中で 「神の恵みによってこそ救いのみ業は出来るのだから、 神にすべてをお任せしよう」 という方針のもとに司祭職を引き受ける決意が固まった。 

■対話の研修会の中で

司祭生活4年目ころ、 私は対話が大変下手だと気づき、
何とか改善したいとその方法を模索し始めて約2年後、 立教大学キリスト教教育研究所主催の 「ラボラトリートレーニング」 (5泊6日) に参加した。 

その後約七年間その研修に関わってさまざまな新しい体験をしながら改善に努力し、 希望の光を見出した。
そのころのトレーナーの1人とは、 今も関わりを持ち続けている。 今は、 求める人々に奉仕する司祭であろうと努めている。 

「世界広報の日」 に
「日本カトリック映画賞」の授賞式と上映会

昨年、 1昨年と2年間、 広報委員会では、 OCIC・JAPAN (カトリック映画視聴覚協議会) と共催して、
日本カトリック映画賞受賞作品の映画上映会を行ってきたが99年度からは、 上映会と共に、 授賞式を行うことになった。 

1月中に、 「日本カトリック映画賞」 の選考会を行い、 「世界広報の日」 を記念して今年度の授賞式、 上映会を行う予定である。 詳細については、 後日お知らせする予定。 

教会・修道院巡り (64)
『 エスコラピオス修道会 』

今回取り上げるエスコラピオス修道会は、 ひょっとするとあまり馴染みがない修道会かもしれない。 しかし三重県代表として、 高校野球に登場する海星高校の名前は、 多くの方が耳にしているはずである。 この海星高校を経営しているのがエスコラピオス修道会である。 

本会の活動の主な目的として、 特に青少年のキリスト教的教育がある。 その始まりは、 ホセ・デ・カラサンスという一人の司祭からである。 カラサンス神父は、 必要な資格を得るために、 ローマに滞在していたが、 その滞在は、 当初の予定を大幅に超えるものとなってしまった。 その間にカラサンス神父は、 いろいろな慈善事業を通して献身的に働いた。 

その経験から青少年教育、 特に貧しい子供たちへの教育の必要性に自分の使徒職を見いだした。
こうして1597年にローマ校外のサンタ・ドロテア教会にヨーロッパ最初の無料の学校が開かれた。 

1617年3月25日、 青少年、 特に貧しい子供たちの初・中等教育をその使命とする修道会が、
パウロ5世によって正式に認可された。 創立者であるカラサンス神父は、
1648年8月25日にローマで帰天し、
1767年7月16日に列聖された。 聖カラサンス神父のお祝い日は、
8月25日である。 

かつて、 公教会祈祷文の中に、 終業の祈りとして、 『天主の聖母の御保護によりすがりたてまつる。 いと尊く祝せられ給う童貞、 必要なる時に呼ばわるを軽んじたまわず、 かえってすべての危うきより、 常にわれらを救いたまえ』 という祈りがあったが、 この言葉は、 エスコラピオス修道会の祈りの締めくくりに唱和される言葉でもある。 

現在、 約1500人の会員が世界各地で、 カラサンス神父のカリスマに従って、 青少年の教育、 それぞれの地域のニーズに応える活動を行っている。 

日本には1950年に、 2人の会員が、 横浜教区に派遣された。 現在は、
約10人の司祭と1人の修道士が、 京都教区、 横浜教区、 東京教区で働いている。 

教育事業としては、 冒頭で触れた三重県四日市市の海星高等学校・中学校が代表的な存在である。 ちなみに海星高校は今春の選抜高校野球への出場が濃厚の様子であり、 エスコラピオス修道会をより身近に感じられそうである。 

東京教区においては、 目黒区駒場にある青少年センターでの活動や練成会の企画、 運営などを注意して見ていると、 ポスターの片隅に、 エスコラピオス修道会の名前を見つけることができるかもしれない。
(浦野雄二神父) 

カラサンス修道院・修練院 〒153 目黒区駒場4-5-12 Tel03-3467-1871 Fax03-3467-4900

青少年活動に新しい動き
-司教を囲むミサの集い-

 「何でミサに行かなくちゃいけないの?」 「何で教会に行かなくちゃいけないの?」 「友達もいなくなったら、 教会なんかに行かないよ」 「教会なんか面白くない」 「遊びや塾やクラブがあるんだから、 教会なんか行かないよ」 「日曜日は疲れてんだ。 ファミコンやゲームをやっていたほうがましだ」 と皆さんは考えたことはありませんか。 

そのように考える青年信徒の方々に、 どのように東京教区として、 答えられるだろうかと思いめぐらしてきました。 そして今も考えつづけています。 

そこで、 教区の青少年委員会が、 青年信徒の方々も含めて、
1年半話し合った結論として、 次のような企画を提案し、 東京教区の主催として、
99年から始めることになりました。 

『白柳枢機卿と森司教を囲んで、 教区の青年信徒の皆さんが語り合い、 ミサを捧げる集いを春と秋に開催する』 

私たちカトリック信徒としての原点というべきものは、 年齢を問わず、 どんなことがあっても 「ミサ-秘跡体験」 なのではないでしょうか。 ミサに、 神からの数え切れないほどの宝が、 秘められていることをいっしょに気づいていきましょう。 意外と私たちは、 ミサについて、 知らないのではないでしょうか。 

この集いは、 学習会や勉強会ではありません。 私たちの信仰の原点であるミサが、 何なのかを、 日常の思いや出来事を互いに語り合いながら、 探り出していこうとするものです。 たぶん、 新鮮な出会いが、 いろいろな場面であるように思います。 

話に聞くと、 パリで開かれた先の世界青年大会 (ワールド・ユースデー) でも、 司教を囲んでいたるところで、 その原点探しの輪が作られたそうです。 

これから始まるこの集いでも、 おらが教区の司教に、 いろいろな疑問をぶつけて見ませんか。 そして集まった青年やシスター、 ブラザー、 司祭といっしょにいろいろなことを話し合いましょう。 

その交わりのなかで、 「ミサとそこに秘められている宝に迫る」 というスローガンをいっしょに実現していきませんか。 

ところで、 秋の集いには、 毎年、 アジアの司教をお呼びすることを計画しています。 私たちは、 同じアジアの国々のことを意外に知りません。 

私たちがアジアの国々、 そしてその地方のことを司教から直接聞くことが出来るなら、 私たちがより身近に、 その国のことを思い、 神によって国は違ってもひとつの信仰に結ばれていることを実感できるかもしれません。 

さて、 初年度の今年の春は、 5月9日 (日) の午後、 麹町 (聖イグナチオ) 教会で行います。 そして秋は、
11月中旬の日曜日の午後、 カテドラルで行うことを、 予定しています。 

ただ、 この集いの具体的な内容については、
昨年12月に始まった新しい青少年委員会 (司教の任命による、
青年信徒10名程度を含む、 10数名の委員) によって話し合いが行われています。 次回の教区ニュースには、 その具体的な内容をお知らせできると思います。 

東京教区の青年信徒の皆さん、 これから始まるこの集いのなかで、 皆さんの手によって、 神の秘められた宝の箱が開けられますよう、 この集いへの参加と準備のために、 協力をお願いします。
(教区青少年委員会 宮下良平神父) 

わが輩はペトロである (3)

叫んだらいいのに

わたしは前日から何も食べていなかった。 こうなれば死活問題だ。 司祭館の食堂前に行ってO神父に餌を貰うしかない。 O神父の不機嫌そうな顔を思い浮かべながら、 思いっきりしつこく哭くことにした。 しばらく哭いていると食堂のガラス戸がガラッと開き、 「ニャーニャー、 ニャーニャーとうるさいな。 俺はお前の餌係じゃないぞ。 自分でネズミでも何でも捕ったらいいじゃないか。 俺だってまだメシ食っていないんだぞ。 本当にうるさいんだから」 とO神父が目を三角にして怒鳴りだした。 O神父はネズミがそこらじゅう走り回っているとでも思っているのだろうか。 それでも、 ぶつぶつ言いながらちくわを 「ほらっ」 と言って放り投げ、 ガラス戸をピシャと閉めた。 

日曜日の説教で私の話をしたらしく、
50歳前後の女性がO神父に話しかけている。 「猫のペトロのように、 神様に執拗に求めなければならないとのお話しでしたが、 私たちは物に囲まれすぎていて、 心からの叫びがないのかもしれません」 「そうですね、 腹が空いていないと、 叫びが出てこないのかもしれません。 祈りは、 神に依存しなければ生きていけない者の叫びなのでしょうね。 私はペトロの執拗な哭き声から学んだんですよ」。 

O神父は最もらしく私から学んだと言うが、 目を三角にして私を怒鳴りつけたことや、 腹立たしげにドアをピシャと閉めたことは一体何だったのだろう。 

私のことを話すのは結構だが、 「学んだ」 と言うなら、 万物を愛する神の慈しみを学んで欲しいものだ。 

私は人間たちに追い回されたり、 石をぶつけられるなどの経験のせいか、 私を自分の子供のように可愛がってくれるMさんや餌の供給源のO神父以外にめったに人に近寄らない。 猫にだってトラウマはあるのだ。 

人間に対して、 一歩距離を置いているせいか、 私は人がよく見える。 淋しい人もいれば、 悲しみを持っている人や鬱々としている人もいる。 

でも、 みんな表面的にニコニコしていて、 自分の心を出そうとしないようだ。 O神父は 「うちの信者さんたちは、 何時もニコニコ笑っていて最高だな」 などとトンチンカンなこと言っているが、 彼には信者さんたちの叫びが聞こえないのだろうか。 どうして、 信者さんたちは叫ばないのだろう。 腹が減ったら、 「腹が減った」 って叫べばよいし、 走りたくないなら 「走りたくない」 って叫べばいい。 叫ばないから、 互いに深く関わることがないのだと、 私は思う。 

わたしはお腹がすけば、 O神父のところに行って 「食べ物をくれ」 と叫ぶことにしている。 O神父が 「俺はお前の餌係か」 と目を三角にして怒鳴ったとしても、 私が毎日のように叫んでいるからこそ、 O神父の中に、 私の居場所ができ、 関わりが深くなっていくのだ。 

「私は猫が好きじゃない」 と言っているO神父でも、
私が2、 3日姿を見せないと、 不安そうに 「ペトロ、 ペトロ」 って、 しきりに私の名前を呼ぶようになった。 O神父だって変わるのだ。 猫のくせに生意気だと思うだろうが、 猫だから言えることなのだ。 

東京教区大聖年記念行事
那須 「丘の家」 オープン
セレモニーに参加した青年たちと江部神父 (後列中央) 

2年前から、 東京教区大聖年特別委員会の中で、 検討されてきた那須 「丘の家」
のオープニングセレモニーが11月21日 (土) ~23日 (祝)、 行われました。 

「丘の家」 は、 栃木県那須郡の豊かな自然の中にある、 知的障害者施設・社会福祉法人慈生会 「光星学園」 敷地内の、 もと職員住宅だった家をお借りして改修し、 誰でも利用できるようにと、 開設されたものです。 

現在、 私たちの多くは、 便利なものに囲まれながらも時間に追われ、 自然を感じたり、 自分に戻ったりする暇もないような日常生活を送っています。 そのために、 知らないうちに、 人間関係が希薄になったり、 物やお金に心をとらわれてしまったりしがちです。 

「丘の家」 は、 豊かな自然の中で、 私たちが日常生活の中で背負っているものを一度おろし、 自分を見つめたり、 様々なことを感じたり、 出来るような場所にしたいと考えて作られました。 ここでは学園内の畑で農作業の手伝いをしたり、 園生とゆっくりした時間を過ごしたり、 食事を作ったり、 近くの温泉に行ったりと、 様々な事が出来ます。 

今回のオープニング・セレモニーには江部神父と、
25才~32才の社会人11人が参加しました。 

信者もいれば、 ミサは初めてという人もおり、 仕事も商社、 映画関係、 福祉系などバラエティに富んだ顔ぶれでした。 

オープニングということで、 初日は光星学園の三浦先生から、
光星学園の歴史や120人の園生たちの生活について、 お話をしていただきました。 園生が高齢化しているので施設内の木の間伐が、 難しいとお聞きし、 今後丘の家を利用する人達が、 お手伝いすることもできるのではないかと考えています。 

翌日はミサの後、 広大な施設内を歩いて見学し、 畑や鶏舎、 園生の寮、 食堂などを見せて頂きました。 

食事は全て自炊です。 カレー、 豚汁などシンプルですが、 手作りのおいしい食事を楽しみました。 

またゴミはきっちり分別する、 生ゴミ以外は持ち帰るなど、 生活の基本的なことはしっかりとした上で、 夜は交流会で大いに語り合いました。 サイコロトークならぬルーレットトークで、 「自分の今はまっているもの」 「一番欲しいもの」 などをテーマに話をし、 参加者のいろいろな面を知ることが出来ました。 

お風呂は 「ラ・フォンテ」 という温泉に行き、 日頃の仕事の疲れをゆっくり癒やしました。 

あわただしい日常生活を一時離れ、 大自然を感じたり、 普段自分とは違う、 いろいろな生活をしている人達と、 語り合う場を持てたことで、 また自分の日常生活を、 少し違った視点で、 とらえることができるように思います。 

今回は 「丘の家」 の開設を主に企画してきた、 社会人を対象としての合宿でしたが、 今後は、 社会人のみならず、 学生や子供など多くの方が、 この家を使って行けたらと思います。
利用料は大人1000円です。 詳細についてのお問い合わせは荻窪教会 江部神父
(Tel03-3334-8216) まで。 (岩藤真理子) 

インターナショナルデー‘99
INTERNATIONAL DAY‘99

第9回インターナショナルデー
1999年4月25日(日)東京カテドラル
Sunday,25th April,1999 St.Mary’s Cathedral

テーマ:心をひらいて
Theme:Open Your Heart

毎年春に行うインターナショナルデーは、東京教区の国際交流の祭りです。さまざまな国の祈りと聖歌がこだまし、民族料理の香りが漂い、ダンスや民謡の歓声が響きます。父である神の年に、心をひらいて、皆でいっしょに楽しいひとときを過ごしましょう。
Once a year in the springtime,Tokyo Archdiocese celebrates its global character
with the International Day Festival. Every year people come together to pray and
sing at the International Mass,to enjoy foods from all over the world and to
watch the cultural performances. 

問い合わせ:伊藤幸史神父 090-2678-1400
Information:Fr. Leo Schumacher Toshima Church 03-3957-2540

VIVID

◆召命を考える一日の祈りの集い
◇日時 1/15 (金) 10:00~16:30◇指導者:星野正道師 (カルメル会司祭) ◇対象:女子青年◇申込み締切り1/10 (日) までに下記へ◆聖書で祈る◇日時 3/7 (土) ~3/8 (日) ▽指導者:雨宮慧師 (東京教区司祭) ◇対象:女性信徒◇申込み締切り2/28 (日) までに下記へ◆聖書に親しむ集い―西暦2,000年に向けて―◇日時 1月より11月まで毎月最終木曜日14:00~15:30 (7・8月は休み) ◇テーマ:御父・御子・聖霊との交わり◇指導者:Sr.マグダレナT.A.◇対象:キリスト教信者◇持参品:聖書◆ 「十字架の使徒職」 の集い◇内容:洗礼による司祭職を生き、 司祭方のために祈る信者の集い◇日時 (1) 毎月第2金曜日14:00~15:30 (2) 毎月第1木曜日14:00~15:30◇指導:本会会員◇対象:信徒・求道者◆キリスト教講座◇毎週木曜日10:00~11:30※費用・申込み方法などについては、 上記すべて、 三位一体の聖体宣教女会 「祈りの家」 まで 〒189-0003 東村山市久米川町1-17-5 TEL042-393-3181・FAX042-393-2407

◆新年の集いと総会
◇日時 1/22 (金) 〈1〉13:30創立30周年記念ミサ (司式:白柳枢機卿/場所:カテドラル聖マリア大聖堂) 〈2〉14:30総会〈3〉15:15懇親会 (〈2〉〈3〉場所:カトリックセンター・ホール) ◇参加費\500◇問い合わせ先 TEL0424-65-6828中村◆特別聖書講座新シリーズ 「今月の主日の聖書朗読から」 ◇講師:稲川保明師 (東京教区司祭) ◇日時 1/7 (木) ・2/4 (木) 13:30~15:00◇場所関口会館2階◇参加費\500※上記いずれも、 主催:東京教区カトリック女性同志会◇問い合わせ先 TEL0424-65-6828中村/03-3447-2231森脇/03-3585-8024 坂牧

◆ベルナデッタと共に、 福音の道を歩む

◇日時 1/17 (日) ・2/14 (日) いずれも、 14:00~17:30頃◇対象:20歳~30歳代の女性信徒◇持参品筆記用具◇参加費無料◆ベルナデッタと親しくなる会◇日時1/31 (日) ・2/28 (日) 14:00から◇対象:ベルナデッタを知りたい方◇参加費無料※上記、 いずれも◇場所 ヌヴェール愛徳修道会世田谷修道院▽交通手段:井の頭線 「東松原駅」 下車徒歩10分/京王線 「明大前駅」 下車徒歩15分/小田急線 「豪徳寺駅」 下車徒歩10分/世田谷線 「松原駅」 下車徒歩10分◇申込み方法・申込み先・問い合わせ先各集会日の前の木曜日までに、 TEL・FAX・ハガキにて下記まで▽ヌヴェール愛徳修道会世田谷修道院〒156-0044世田谷区赤堤2-32-19TEL・FAX03-3327-0535 (担当:Sr.二宮・Sr.花坂) 

◆霊操による祈りの集い
◇霊操に興味のある方・神様との交わりを深めたい方・静かな一時を持ちたい方のために◇日時 1/9 (土) 18:00~20:00◇場所マリアの御心会 (JR 「信濃町駅」 下車徒歩2分) ◇対象:35歳までの青年男女◇問いあわせ・申込み先〒160-0012新宿区南元町6-2マリアの御心会マリアの御心会TEL03-3351-0297・FAX03-3353-1905 8089・E-mail:fcm@ceres.dti.ne.jp (担当:中見サツ) 

◆若い女性のための黙想会
◇テーマ:神の愛に触れる◇日時:1/23 (土) 11:00~1/24 (日) 16:00:20/20 (土) 11:00~2/21 (日) 16:00◇場所:愛徳カルメル修道会松戸修道院◇対象:20歳~30歳代の未婚女性信徒◇参加費\2.000◇申込み締切いずれも、 各開催日5日前までに、 TEL・FAX・ハガキのいずれかにて、 下記へ◇問い合わせ・申込み先〒271-0092松戸市松戸1052-2愛徳カルメル修道会松戸修道院TEL047-367-0063・FAX047-367-5026 (担当:Sr.上田) 

◆聖2.000年リレー徹夜祭
―カテドラル徹夜祭に習い、 連動して―

◇日時 12/31 (木) 21:00~1/1 (金) 6:00※ご自分の好きな時間に1時間でもどうぞ◇テーマ〈御父〉◇場所 カトリック浅草教会TEL03-3851-4009・FAX03-3851-7002▽交通手段:JR 「浅草橋駅」 西口下車、 コンビニ 「AM・PM」 角を入り、 忍岡高校前左へ、 18階建てCSタワービル隣り

◆ 1 日黙想会

◇テーマ:御父の祝福◇日時 1/10 (日) 9:30~16:30◇場所かつらぎ会地下ホール (JR・地下鉄 「四谷駅」 下車、 上智大学北門の左隣) ◇講師:ジラール師 (レデンプトール会司祭) ◇持ち物聖書・昼食◇会費\1.000◇問い合わせ先〒160-0002新宿区坂町5SKハイム103 「聖霊による刷新」 事務所 (ヒスロ) TEL03-3357-8138・FAX03-3357-9504

◆社会福祉セミナー開催のご案内
隣人 (ひと) の叫び、 わたしの叫び

《カトリック社会福祉活動の
共通理解を求めて》
◇日時 2/10 (水) 14:00開会 (13:00受付開始) ~2/12 (金) 14:00◇主催:日本カトリック司教協議会 社会福祉委員会・カリタスジャパン◇共催:全国教区担当者会・社会福祉活動推進部会◇会場 (会議場・宿泊施設) セミナーハウスクロス・ウェーブ (〒273-0005 千葉県船橋市本町2-9-3 TEL0474-36-0111・FAX0474-36-0112) ◇対象:さまざまな分野で社会福祉活動に携わっておられる方々 (児童福祉・保育・障害者・老人・医療・ボランティア・草の根運動・教区福祉等の分野) ◇定員:130名 (定員になり次第、 申込み締切り) ◇参加費:1人\35.200 (2人一室利用/1人1室利用の場合 \38.200/2泊3日の会場使用料・宿泊費・食費・資料代・諸経費・懇親会費用を含む) ◇申込み締切り 1/16 (土) ◇申込み方法 「参加申込書」 と 「アンケート用紙回答書」 に必要事項を記入のうえ、 下記まで郵送のこと。 折り返し、 「参加申込み確認通知書」 を送付しますので、 指定の郵便振替口座に、 参加費を振り込んで下さい◇問い合わせ・申込み先 〒135-8585江東区潮見2-10-10 日本カトリック会館内 宗教法人カトリック中央協議会 社会福祉委員会・カリタスジャパン 『社会福祉セミナー』 係 TEL03-5632-4439・FAX03-5632-4464

◆聖地イスラエルってどんな国?
―大聖年の巡礼の旅にそなえて―
◇日時 2/14・3/14・4/11・5/9・6/13・7/4・10/3・11/7・12/5の各日曜日14:00~16:00 (勉強会後、 希望者のために主日ミサがあります) ◇場所真生会館 (JR 「信濃町駅」 徒歩1分) ◇講師:M・ルドールズ師 (パリ外国宣教会) ・井上弘子氏 (「道の会」) ◇対象:聖地と聖書に興味がある方なら、 どなたでも◇内容:大聖年にそなえ、 真の意味での 「巡礼」 を考える。 聖地の歴史・地理・風土を、 スライドなどの資料により紹介する◇会費1回\1.000 (9回分一括払い\8.000) ◇申込み・問い合わせ先 〒164-0011中野区中央2-42-4-103TEL・FAX03-3369-5044・e-mail:hiroko@mars.dti.ne.jp 井上弘子/TEL0492-86-6291瀬川:佐子

◆春の一泊交流会へのお誘い
―講話とミサと分かち合い―
◇テーマ:日常における私の信仰生活◇講師:後藤文雄師 (吉祥寺教会助任司祭) ◇日時 4/17 (土) 13:00~4/18 (日) ◇場所サンピア多摩 (多摩市落合2-31-1) ▽交通手段:京王線・小田急線 「多摩センター駅」 下車、 徒歩10分◇主催:東京教区生涯養成委員会 「一泊交流チーム」 ◇募集定員40名 (定員になり次第締切り) ◇参加費\13.000 (一泊夕・朝食付き和室・宿泊費・会場費) ◇申込み締切り 3/24:までに下記へ◇申込み方法〈1〉各教会に配布されている申込書を郵送、 または、 FAXにて下記まで〒112-0014文京区関口3-16-15東京教区事務局 「生涯養成委員会一泊交流会チーム」 宛FAX03-3944-6677〈2〉参加費\13.000を振込む〈郵便振込口座番号〉00140-6-769130・〈加入者名〉宗教法人・東京教区生涯養成委員会※入金が確認された時点で、 参加申込みが成立します◇問い合わせ先 TEL・FAX0424-61-0093伊藤まで

◆第19回 「聖フランシスコ・ザビエル 友友クラブ俳句会」 (VMI東京支部)

◇句会日時 2/12 (金) 11:30~15:30◇場所 カトリック神田教会信徒会館◇投句 ハガキにて◇兼題 「北風」 「寒梅」 「当季雑冬」 通して3句以内◇投句先 住所・氏名・電話番号・所属教会・出欠 (投句のみは欠席) を明記の上、 〒101-0065 千代田区西神田1-1-12 カトリック神田教会内 「聖フランシスコ・ザビエル 友友クラブ俳句会」、 または下記係り宛◇締切り 2/2 (火) 必着◇参加資格:年齢不問◇当日会費\1.000・年会費\1.500◇持参するもの 俳句歳時記・天景 (\500以下の品物) ・筆記用具◇運営方法: 互選 (準備済) ・食事 (当番準備済) ・互評 (気軽に輪番で自由に) ・散会 (結果は、 作品集を、 全会員宛に郵送) ◇問い合わせ先 木田英也 (係自宅) 〒279-0011 千葉県浦安市美浜1-6-611 TEL・FAX047-355-7478

◆旧約聖書を読む会
◇講師:前島誠氏 (玉川大学教授) ◇日時 1/11 (月) ・2/8 (月) ・3/8 (月) 10:30~12:00◇場所真生会館◇会費1回\500◇主催:CWC (キリスト者婦人の集い) ◇問い合わせ先 0427-41-0089柴崎良子まで

◆聖書を通して人生を考える会
◇講師:後藤文雄師 (吉祥寺教会助任司祭) ◇日時 2/23 (火) ・3/9 (火) 10:30~12:00◇会費1回\500◇場所真生会館◇主催:CWC (キリスト者婦人の集い) ◇問い合わせ先03-3642-5629神藤政子まで

■キリスト教精神に基づいた
生涯学習シリーズ (1999年1~3月期)■

総合テーマ《人間について考える》
〔聖書の光の中で…〕 
【1】祈りへの道-聖書とミサ-第2部◇水曜日13:00~14:30▽1/13・27. 2/10・24. 3/10 (全5回) ◇講師:関根英雄師 (東京教区司祭) ◇受講料\4.200

【2】創世記第6部◇木曜日13:30~15:00▽1/14・21・28. 2/4 (全4回) ◇講師:円谷勝子氏 (幼きイエス会) ◇受講料\3.300

【2】創世記第7部◇木曜日13:30~15:00▽2/18・25. 3/11・18 (全4回) ◇講師:円谷勝子氏 (幼きイエス会) ◇受講料\3.300

【3】救いの歴史 (旧新約) 第1部◇土曜日 10:30~12:00▽1/23. 2/6・13・20 (全4回) ◇講師:Sr.マグダレナT.A.氏 (三位一体会) ◇受講料\3.300

【3】救いの歴史 (旧新約) 第2部◇土曜日 10:30~12:00▽2/27. 3/6・13・20 (全4回) ◇講師:Sr.マグダレナT.A.氏 (三位一体会) ◇受講料\3.300

【4】“出会い”を求めて―キリスト前後―第11部◇土曜日 10:30~12:00▽1/16.30. 2/13.27. 3/13 (全5回) ◇講師:粕谷甲一師 (東京教区司祭) ◇受講料 \4.200

【5】キリスト教入門を教える人のために第4期第2部◇土曜日 10:30~12:00▽2/20・27. 3/6・13・20 (全5回) ◇講師:森一弘師 (東京教区補佐司教) ◇受講料 \4.200

〔現代社会との関わりの中で…〕 
【6】【7】2,000年の教会の歴史第2期第3部―世界の宣教の歴史とフランス革命から現在までまで―◇火曜日10:30~12:30 (午前クラス) /火曜日18:30~20:30 (夜クラス) ▽1/19・26. 2/2・9・16・23. 3/2・9・16・23 (全10回) ◇講師:M.クリスチャン師 (淳心会司祭) ◇受講料 \5.000

【8】日本のゆくえ (全3回) ◇土曜日 13:30~15:30 (全3回) ◇講師:1/16相馬雪香氏 (尾崎行雄記念財団副会長) ・1/23武者小路公秀氏 (フェリス女子学院大学国際交流学部教授) ・1/30森一弘師 (東京教区補佐司教) ◇受講料 3回\3.000

【9】諸宗教との関係◇土曜日 13:30~15:30 (全3回) ◇講師:3/6大塚喜直師 (京都教区司教) ・3/13 坂東性純氏 (坂東報恩寺住職) ・3/20 ヴァン・ブラフト師 (南山大学名誉教授) ◇受講料 3回\3.000

〔人と人との絆の中で…〕 
【10】キリスト教の受容◇土曜日 13:30~15:30 (全4回) ◇講師:2/6八鍬収治氏 (詩人) ・2/13 竹内寛氏 (サンケイスポーツ編集局) ・2/20 池長潤師 (大阪教区大司教) ・2/27 兼子盾夫氏 (横浜女子短期大学教授) ◇ 受講料 4回\4.000

〔聖書100週間〕
【11】~【19】〈ステップ 1・3・5・7〉〈聖書奉仕者準備コース〉※いずれも継続中。 新クラスの開始・参加方法については、 説明会の案内詳細を参照のこと

■いずれの講座も、 場所は 「真生会館学習センター」 (JR信濃町駅前) にて◇申込み方法 電話、 または、 ハガキ・申込用紙に住所・氏名・講座名などを記入して下記まで◇問い合わせ先 「真生会館 カトリック教会 学習センター」 〒160-0016 新宿区信濃町33 TEL03-3351-7123■