東京教区ニュース第137号

1996年11月01日

宣教司牧評議会 枢機卿に答申を提出
-これからの小教区共同体と信徒の役割ー

9月12日(木)、四谷・雙葉同窓会館で行われた宣教司牧評議会において「これからの小教区共同体と信徒の役割」という諮問課題に対する答申が、議長の今井氏(三軒茶屋教会)より枢機卿に渡された。
周知のようにこの課題は3年前、白柳枢機卿より宣教司牧評議会に諮問課題として与えられたものである。2回の教区総会の議題としても取り上げるなどして、3か年の時間をかけて、苦労して宣教司牧評議会がまとめてきたものである。
答申を渡された枢機卿は、「この答申内容を多くの小教区の方々に知ってもらいたい。また、答申内容を尊重し、この答申を慎重に検討し、その具体化を図っていくようにしたい」と感謝の言葉を述べた。

1、 具体的提案

最初に、 諮問に対する答申として、 重要かつ即実行可能な具体案を提示したい。
諮問課題に対するこの具体的行動案へ至るまでの、 課題に対する現状認識、 問題点が何処にあるかなど、 検討・討論の推移については後述する。
答申は、 「第二バチカン公会議の理念と光の中で、 教会が自己改革を進めていくために、 信徒個人がそれぞれの小教区の中で、 どのような役割を果たしていくべきか、 同時に教会共同体としても、 どのような手を打っていったらよいのか」 に対し、 あくまでも理想ではなく、 宣司評として絞った具体的提案であり、 実現性において確実に、 かつ直ちに具体化が可能なもの、 及び若干の環境整備を必要とする (時間を要する) ものの2つに分けてあり、 かつそれぞれ大きなテーマ (説明は後述) として4つに整理してある。

(1) 重要かつ即実行可能なもの

(イ) 第二バチカン公会議の理念・光による意識改革のために
○司祭と信徒がお互いの経験・考えの不足を補いながらの恒常的共学の場を設ける。
○第二バチカン公会議やNICEについての司祭・信徒を対象とした研修会。
○司祭・修道者と信徒による合宿研修会。 (「司祭・修道者」 と 「信徒」 の間で立場と経験の違いからくる問題認識のずれなどを討議し理解し合う)。
○若手司祭による宣教・司牧体験報告を教区が行う (場所は小教区で)。
○ブロック単位で担当司祭を決め、 各小教区に同じ話をしてもらう。

(ロ) 教会共同体としての意識改革のために
○教区総会に大勢の司祭も参加すること。
○司祭はどのように意識改革を理解しているのか話し合う。
○主任司祭の任期の短縮→信徒の自主性を促す。
○司祭の交換ミサ。
○多くの人が教会運営に参加するために、 委員の任期制の実施。
○女性の教会運営、 典礼奉仕への参加を促す。
○維持費、 献金に対する信徒の認識を新たにする。 (その目的、 使い道等を明確に知らせる)
○受洗後のアフターケアが不足。 教会はもっと重視を。
○新受洗者にカトリック新聞を無料配布し、 講読をすすめる。

(ハ) 「社会」 との関わりにおける共同体の意識改革のために
○東京教区の情報公開と情報のネットワーク化、 福祉団体・NGO・公的福祉機関などと。
○教会が行っている慈善・福祉活動のリストアップとその公開。
○地域との融合を目指し、 地域活動 (町会・学校) に積極的に協力。
○立場の弱い人との関わりの強化、 人権擁護・外国人不法就労者問題→CTICの強化・拡大と活用。
○平日空いている教会の場 (スペース) を地域に解放。
○典礼上の大行事は教会門前にその意義を明示して、 社会に知らせる。
○ボーイ・ガールスカウトのリーダーの意識改革。
○社会活動のために、 教区で研修会を行う。

(ニ) 「青年」 との関わりにおける共同体の意識改革のために
○青年を引っ張ることの出来る人が必要だが、 青年の問題は司祭のみに求めるのではなく、 教会共同体として考える。
○社会正義・福祉・ボランティアなどの問題に取り組んで青年を引きつける。
○上下関係でなく仲間意識を育てる。
○教区総会に小教区代表の一人として青年を送りこむ。
○青年のために〇〇をしてあげようではなく、 青年達自身に企画運営を任せる。
○教会委員に青年をもっと多く登用する。
○人間と人間とのぶつかり合い、 意見交換の場が必要。
○今来ている子供達を大切にし、 何を求めているか、 大人達は知る必要がある。
○青少年が自由に使える部屋を確保する。
○家庭における宗教教育の重要さを知る。
○結婚式でのお話 (説教) を宣教的に充実させること。
○フォークミサなど青年達が考えたものを極力教会として認める。
○各小教区での青少年のための企画・活動に対し、 教区が支援する。

(2) 重要ではあるが実行には若干の時間を要するもの

(イ) 第二バチカン公会議の理念・光による意識改革のために
○教区統一テーマと小教区固有のテーマによるミニ教区総会 (小教区単位) の同一日開催。
○第二バチカン公会議の 『理念・光』 とは何か、 また公会議で何が問われたか、 についての30年余を経た現状認識を踏まえ 「紀元2000年をめざして」 のような小冊子 (ハンドブック) の発行。
○教区の生涯養成委員会の研修会に期待。 書物よりは、 分かりやすくかみ砕いて話をしてくださった方が、 頭に入る。

(ロ) 教会共同体としての意識改革のために
○司祭不足、 小教区統廃合、 巡回教会に備えて信徒の体験学習。 主任司祭の不在期間を設け、 その間信徒が責任をもって小教区を預かる。
○小教区同士で意見を交換し、 ネットワークを広げ、 連帯感を強める。

(ハ) 「社会」 との関わりにおける共同体の意識改革のために
○日本の社会を変えていくような組織が教会内にあってもよいのではないか。 日本社会の閉そく性、 固定性を打破出来るような教育の場、 就職の場、 癒しの場、 遊びの場を作っていく。 信者だけではなく多くの非信者、 地域の人が生き生きと働ける場所を作っていく。 教会が海外のカトリック勢力とネットワーク化して、 そのような場の中心的役割を担っていく。
○定年後、 無報酬でも生きがいのある仕事場 (特に、 現代社会が強く求めている分野・ニーズを優先) を作り、 提供する。
○芸術・文化同好の士の集まりを奨励して、 教会の楽しい面を作り出す。

(ニ) 「青年」 との関わりにおける共同体の意識改革のために
○青少年問題は将来的にも大きな問題。 長期的に時間をかけ、 本質に迫れる教区のプロジェクトチームを作って欲しい。
○幼年期から長期的教育を考える (プログラム化)。
○JYD (日本青年の日) のような全国大会をもっとアピールして参加を促す。
○ 「青年の船」 (仮称) に年輩者と青少年が乗船し、 一週間ぐらい船上で生活を共にして、 体験を語り合って理解を深め、 20世紀と21世紀の伝承の場としたい。

2、 諮問課題提示とその後の経緯

(1) 1994年5月12日教区長より、 第2回NICE後の東京教区の新課題として、 「これからの小教区共同体と信徒の役割について」 が宣司評に示された。
(2) これを受けて宣司評は同年7月10日、 この課題の討議には広くかつある程度の期間を要することを確認し、 まず討議の切り口と出発点とを探るため、 教区信徒へ広くアンケート調査を実施した。
(3) アンケートの結果をも踏まえ、 95年度の教区総会の主題を諮問課題である 「これからの小教区共同体と信徒の役割」 に決定し、 95年3月21日同総会は実施された。
(4) 総会後宣司評は、 先のアンケートと、 総会での真剣な討議の結果を精査整理し、 さらに諮問課題への議論の深化・発展のためには、 次の4点に問題を絞り込むことを合意した。

1.信徒の意識改革について
2.典礼の充実について
3.生涯養成について
4.青少年に関わる事柄について

(5) しかしながら、 宣教司牧評議会の時間的な限界から、 前記4点のうち 「信徒の意識改革について」 にさらに絞ることとした。
このテーマに最も多くの関心が集まったという事実と、 当然のことながらこのテーマの議論を深める過程で、 他のテーマにも触れざるをえないこと、 またすでに、 生涯養成については 「生涯養成プロジェクトチーム」 が、 典礼については典礼委員会や司祭評議会が中心になって、 さらに集会司式者や聖体奉仕者のための養成講座が実施されている点をも考慮した。

3、 課題に対する具体的討議の方法とその進展

(1) 以上の経緯を経て、 95年9月より具体的な討議を進めるにあたり、 まず 「信徒の意識改革」 という言葉に対する宣司評委員の共通理解を踏まえ、 討議対象を次の4項目に明確化した。 即ち

(イ) 第二バチカン公会議の理念・光による意識改革のために
(ロ) 教会共同体としての意識改革のために
(ハ) 「社会」 との関わりにおける共同体の意識改革のために
(ニ) 「青年」 との関わりにおける共同体の意識改革のために

次に各項目ごとに、 討議と話し合い・発案につき次の通り区分した。 即ち、
1.現状認識 (欠如・行き過ぎ・誤り等)
2.どのような手を打つことが考えられるか (対象・方法)
3.既に行われている実例
4.発想を転換してこんなことをしてみたい

(2) 前記に基づく宣司評での具体的討議は、 95年9月21日を皮切りに、 11月26日、 12月17日、 96年2月15日と重ねられ、 そこまでの討議内容をとりまとめて、 中間報告を兼ねて3月20日の教区総会に提出し、 分科会討議のためのたたき台とした。

(3) 96年の教区総会では、 前述の理由からテーマを 「信徒の意識改革」 に絞り、 その課題の提案経緯と意義・必要性並びに宣司評での討議の内容をそれぞれ説明し、 その上で12の分科会において同様に討議・話し合いがもたれた。

(4) 96年5月9日、 教区総会も含むこれまでのすべての討議を踏まえ、 さらに思い切った発想の転換による具体策を求めて、 宣司評としての総仕上げを行った。

4、 討議内容・結果とその方向性

(1) まず課題 「これからの小教区共同体と信徒の役割について」 という問いかけの意味については、 次のように理解した。

1.司祭と信徒の役割の硬直化をどのような形で解決するか。
2.「これからの」 の意味
(イ)教会の意識改革
「いままで」→「これから」
閉ざされた→開かれた
傍観→共に喜びをもって歩む
内向→外向、 福音宣教、 信徒の使命、 役割の強調等
(ロ)教会の状況変化への対応
召命の減少、 司祭の高齢化、 教会と青少年の遊離等
(ハ)社会の環境変化への対応
高齢化、 少子化、 国際化、経済繁栄の陰の弱者の問題等
3. 「(これからの) 小教区共同体」 …
内部の個人信徒から、 また外部社会から教会全体は何を求められ、 期待され、 どのように変わっていかなければならないか。
4. 「(これからの) 信徒の役割」 …前記1.~3.の中で、信徒は何をどのように担うべきか。

(2) 以上の理解に基づき、 命題の解決に向けての具体的対策・案のための討議の前提は、 まずわれわれの具体的現状認識であった。
即ち、 聖書とキリストの教え、 第二バチカン公会議の理念に基づく教会共同体のあるべき姿をイメージする時、 現実の姿があまりにもかけ離れ (欠如、 行き過ぎ、 誤り等) ていること、 かつあまりにも問題が多いことを、 話し合いを通じて認識することができた。

(3) しかしながら、 それら問題のひとつひとつは、 決して独立した問題とは言い切れず、 それぞれが関連し合っていることに気がついた。 したがって、 解決のための打つべき手においても、 お互いに関連しており、 例えば、 ひとつの解決策に着手すれば、 その波及効果も大きい性格のものが多々あるということで、 地道にひとつずつ歩んでいけば、 級数的にその効果が期待できると思考するものである。

(4) 教区を構成する各小教区は、 その生い立ち、 歴史から地域差、 規模、 構成する信徒等千差万別であり、 問題認識の側面や深さにおいて、 各委員に差があるのは当然だが、 長い話し合いにより、 その差はかなり埋まっているものとお互いに認識している。 しかし問題に対する対策・改善案の討議においては、 そのような日頃の差異が生じているのが現状である。 即ち問題点に対し、 既に手を打っているところ、 解決に向けて走り出しているところもある。

(5) このような問題点の認識と対策は、 多かれ少なかれ長期にわたりそれぞれが考え、 そして実行してきた筈である。 にもかかわらず、 同じような議論が延々と続いている現実に鑑み、 これまでの思考の枠と殻から踏み出した考え、 即ち発想を転換して思い切った案を考えてみた。 しかし、 どれもその実施において不可能なものはなく、 ただ若干の時間を要するものがあるのみである。

(6) 意識改革に絞ったので、 制度面 (聖体奉仕者、 集会司式者、 終身助祭制度) が具体的に議論されていないのではないかとの意見、 またそれらの各制度についての普及、 共同体による支えがさらにあるべきとの意見があったことを、 特に付記したい。 さらに前述の各具体案および上記制度等に対するたゆまないフォローアップが必要である。

(7) 最後に、 意識改革には時間が必要であること、 また意識改革の火を消さないように地道な努力をし続けることが必要であることは論をまたない。

この答申は時間的制約もあり、 あくまでも現段階での答申であるが、 今回の宣教司牧評議会での話し合いを通じ、 ひとつの方向 (テーマ) として、 次の点が当然のことながら、 確認されたと考える。

(イ)小教区における信徒の役割は、 福音をいかに生き、それをいかに社会に証ししていくか、
(ロ)すべてを次の世代にいかに確実に引き継げるか、
(ハ)それらの先導者は、 司教・司祭であり、 同時に信徒あっての司教・司祭である。

そして、 この諮問テーマに対する議論は恒常的に小教区において根づくことが必要であり、 教会が常に新しいものへと脱皮していくためにも、 議論の継続の必要性をここに改めて訴えるものである。

司祭評議会に「高齢者司祭小委員会」発足

司祭にも定年?

「神父様にも、定年ってあるんですか。」
定年について話していた時司祭にもあるんですよといったら、ある婦人が目を丸くして聞き返してきた。
すると、同席していた別の婦人が、そんなことも知らないのといった顔をして、「そうよ、神父様だって、75歳になったら引退されるのよ。ご存じなかったの?」と、むしろ、知らないのが不思議みたいな言い方をしていた。
実は、そのいずれもが、少しずれている。
正しくは、司祭が主任司祭として75歳を迎えた時、主任司祭という職務から降りるよう司教に申し出ることが教会法に定められているということである。
実際、そのとおりになるかもっと続けることになるかは司教の判断によることであって、75歳になったからといって、勝手に職務から離れていいというわけではない。
現に、75歳を過ぎても主任として働いている司祭が何人かいる。むしろ、司祭不足の昨今、75歳になったからといって簡単に主任司祭を辞任するわけにはいかないのが現実だ。

高齢化の波が 司祭にも

高齢化社会のなかにあって司祭だけが例外とはいかない。高齢化の波はしっかりと司祭の社会にも及んでいる。
現在、東京教区には教区司祭が94名いるが、平均年齢が限りなく60歳に近づいている。
いわゆる定年といわれている75歳以上の司祭が14名、この10年のうちに定年を迎える司祭が23名いる。数字の上だけのことだが、10年後は、37名の司祭が主任の職務から下りて、一応フリーの状態になる。これから急に召命が増えるというわけにはいかないだろうから、司祭の3分の1はそういう立場になってしまうということである。これは、甚だ由々しきことで、その時が来れば何とかなるという問題ではない。
確かに、ある神父さんがおっしゃるように、「司祭の生涯は、神に捧げた生涯であり、やるだけのことをやったら、あとは神様が何とかしてくれるよ。何とかなるさ」もひとつの答ではある。
司祭不足ををどう乗り切って行くかということより、高齢司祭の生きる場と生き方を早急に考えて行かなければならない時が来ている。
司教の発案で司祭評議会に「高齢司祭小委員会」ができたのは今年の4月。3人の委員がまず手がけたのは、そういった話題を投げかけて同僚司祭の声を聞くということだった。それは、つい建物とか世話をする機関とかに話が行ってしまうことを避けたかったからである。
建物も世話をしてくださる機関も、大事である。しかし、もっと大切なことは、司祭たちが、このことをどうとらえ、どう考えているかということである。
問題は、司祭の根本的な意識の問題にかかわることなのである。(以下、次号)
(西川哲弥神父)

カトリック身体障害者の会
「心の灯」40周年を迎える

カトリック身体障害者の会 「心の灯」 (金沢 恂会長) が創立40周年を迎え、 9月22日午後2時から、 カテドラル構内で感謝ミサと祝賀パーティーを行った。
当日は台風の影響で強い風雨と交通機関の乱れにもかかわらず、 千葉県木更津市、 栃木県からの参加者も含め45名が集い喜びを分かち合った。
1956年6月に発足し、 66年東京大司教から使徒職団体として認可された。
この会の創設者で、 現在も会の運営にあたっている金沢会長は、 「これからも障害者が一般社会のなかで共に生きていける環境を作りあげるために努力していきたい」 と力強く語っている。

話し合おう、分かち合おう
女の/男の怒り・哀しみ・喜び・疲れ・焦り
女性と教会委員会主催「一泊交流会」

「女性と教会」 委員会では、 これまで 「女性」 に関するさまざまなテーマを考え、 講演会を企画してきた。
今年は、 少し趣向を変え、 自分たちが現実に生きている場でそれぞれに味わっている苦しみ、 痛み、 哀しみ、 喜びを語り合い、 それに信仰の光をあてて、 分かち合う場を作りたいと考えた。
暑い夏も終わった9月7日、 8日に 「語り合おう、 分かち合おう 女の/男の怒り・哀しみ・喜び・疲れ・焦り」 と題した一泊交流会を開催、 30代から80代の男女、 43名が参加した。
この交流会には講師はなく、 参加者のなかから発題者を得て、 語られた人生の思いをいただき、 参加者全員数人に分かれ、 自分の思い、 考えを自由に分かち合った。 夜はローソクの光のなかでワインをいただきながら、 さらに自分自身を語るときを過ごした。

2日目、 迷役者によるロールプレイで前日に提供された発題をもう一度、 考え、 深め、 全体で分かち合い、 さらに信仰の光をあてながら、 自分たち自身への問いかけへと移っていった。
社会に息づいている (はずの) 教会共同体である私たちは、 真に社会のなかで息づいているのか、 女性の抱える問題は何なのか、 女性特有の問題のように見えるが、 実は男性の問題でもあることに気づき、 そこに信仰の光をどうあてていくのか。 教会共同体の重要性と変革の呼びかけを感じるときでもあった。

まとめでは顧問の森司教より、
―置かれている場を精一杯生きながら、 心の奥のどこかに今の自分を位置づけ、 他の人とのかかわりをきちんととらえていく信仰が必要。 発題ではまったく違う人生の歩みが示された。 人生の重さを感じる。 信仰共同体は、 一人ひとりの人生の重さをもち、 かけがいのない一人ひとりの人生を無条件で受容できる深さ、 力強さ、 柔軟さ、 生命力をもつのがほんとうの共同体ではないだろうか。 一人ひとりがユニークな重さと労苦と希望と喜びをもって生きていることに、 目覚めていく。 本人の現実のなかで信仰の光は何だろうか、 と問い続ける姿勢を教会は育てていかないといけない―
とあった。
その後、 ミサで交流会は終了し、 日常の生活のなかに派遣された。
(Sr.緒方真理子)

’96東京ベイ・サマークルーズ上船記

壮年気楽会恒例の第3回親睦会は8月31日に木更津港発着(川崎港折り返し)の納涼船「ひまわり号」船上で開催しました。
昨年は、関口教会、藤ケ丘教会の人々が参加しましたが、今年は、木更津教会の小林神父と壮年・婦人25名が参加(信徒会長・野坂氏)、両教会合同による船上ふれあい交流会となりました。
当日の天候は曇りときどき晴れ、降水確率10%、気温は最高26・5度、全国の天気は低気圧が九州の西方に現れ、台風14号が小笠原に発生。クルーズ船の乗船者は合計120名(西千葉34名、木更津20余名) で8月の最多乗船者! 幹事役5人は12時に教会に集合、行程表を確認し買物などを済ませ、千葉駅発君津行14時16分に乗車。16時半木更津教会にて、当日、カンボジア視察旅行の日程を一日短縮し、我々のために、小林敬三神父によるミサが捧げられ、共同祈願で分かち合いを祈願した。木更津教会より徒歩5分はどの位置にある木更津港から、気の合った方と思い思いに乗船。2階客室の甲板に陣取り、ゴザやシートを敷き、車座に着席。
東京湾岸の工場の灯火が点々と見え、片側の海の中には目下工事中の東京湾横断道路も
見えて、クルージング気分は最高。
納涼船の目玉「ビール・ジュース・サワー飲み放題」飲み競争の本番開始。セルフサービスでジョッキーが次々に運ばれる。早変わりのビールボーイ!とビールガールが行き交い、まるで通勤ラッシュタイム。
車座に打ち解けて親しい仲間に発展して肩車。車座その一は秋尾さんグループ。二に小林神父と西千葉婦人グループ、三に船上で聖歌をうたうグループ、四に酒井神父のグループ、五に飲み放題を確実に実行する面々、六に夜景の眺めに思いめぐらし孤独感を満喫する人(洋上は真っ暗)と船上パーティはいつの間にか時間が過ぎ、あわただしくも楽しい交流会でした。半沢幹事より解散宣言、両神父の挨拶で幕を閉じた。来夏もまた、クルージング企画を予定しています。他の教会の人々との交流を深める場としたい。
当日は五人の幹事体制で、カリスの団体保険に加入、無事全員事故もなく下船した。
(西千葉教会 渡辺以文)

東京教区生涯養成委員会主催講演会のお知らせ
『現代の日本の小教区の問題点』

わたしたちのカトリック教会は、 第二バチカン公会議と、 その理念を受けての福音宣教推進全国会議 (NICE) などにより、 全体の動きとその方向性が示されている中で、 その流れに乗り切っていないのが、 現代の日本の小教区の実際の姿であろうと思われます。 流れの方向に問題があるのか、 小船である小教区に問題があるのか。 またその中で、 信徒ひとりひとりの責任は……。

皆様と共に考えてみたいと思います。 できるだけ多くの層の方々のご参加をお待ちしています。

講師…シェガレ神父 (パリ外国宣教会、 カトリック社会問題研究所)
日時…11月30日(土)午後1:30~4:30 (受付…1:00より)
会場…東京大司教区 「ケルンホール」 (カテドラル構内 関口会館地下1階)
受講料…300円
問合せ先…生涯養成委員会 電話03-3943-2277

CTIC 東京国際センター通信

コロンビア・日本・売春

スペイン語の通訳をしながら経験した多くのことから、 一つにしぼって書いてみようと思う。

コロンビアの地方都市。 ある日、 顔見知りの女AがSに声を掛ける。 「日本へ行かないかい。 いい稼ぎになるよ」 Sが答える。 「私、 お金ないし…、 それにどんな仕事なのか…」 A 「お金は貸してあげるよ。 日本で3か月も働けば返せちゃうよ。 飛行機の手配や、 日本での受け入れはみんなやってあげるから何の心配もいらないよ。 仕事はお店の仕事だよ」 こうした極めてあいまいな口約束が 「契約として成立した」 とされる。 Sには口約束の内容のイメージが全くつかめていない。 (黒猫のタンゴ。”…あとで泣いても知らな・い・よ”)
パスポートの準備はSが自分でやった。 飛行機の切符と観光客としての見せ金30万円をAから渡された。 S一人でボゴダを出発。 成田へ向かう。
成田の入管で観光客として短期滞在ビザ90日をもらった。 成田にはAの妹B (日本人と結婚している) が引き受け保証人として出迎えていた。
Bが女たちのために借りている東京都内のアパートへ、 連れて行かれ2日を過ごした。 その時、 Aから渡された30万円はBに取り上げられ、 そしてBから 「Sの借金は400万円である」 ことを告げられる。 Sは、 その額が3か月の働きで返せるようなものではない巨額なものであることに仰天するが、 もはや後の祭りで、 どうすることもできないことを知る。 400万円には何が含まれているのか? 飛行機賃だけである。 日本でのアパート代も食費・生活費も交通費もみんな自分持ちだ。
3日目の午前中、 新幹線で名古屋へ連れて行かれた。 そして、 その日の晩方から道端で仕事をさせられた。 その後は、 いくつかの地方へ行ってのお店での接客。 そして客との 『外出』 による稼ぎや、 道端でのお仕事。 お店では1日1万円で接客。 そして、 お客との 『外出』 による稼ぎでは2時間2万円、 通し3万円が入る。 本当の代金はお客が店のママに直接支払うのでいくらであるのかはわからない。 何人かを 『抱えている』 お店のママが稼ぎ頭なのだろう。 道端に立つと、 すぐにスーッとあんちゃんが寄って来る。 5000円を渡す。 『ショバ代』 だ。
Sよりも先にだまされて日本に来て、 散々泣かされた女性達が、 本当のことを伝えてくれない。 「実情がこんなであると知っていたら、 決してこんな所へは来なかった」 とSは言う。 みんなは自分がだまされてひどい目に遭ったことを、 なぜ他の人に伝えないのだろうか? もしも、 本当のことを伝えたら自分や家族、 さらには知り合いなどに危害が加えられることを心配しているのだろうか?
Sは泣いた。 泣いて、 泣いて、 涙も枯れ果てて、 そして、 後は開き直って働いた。 遮二無二働いた。 金髪白人のSは”幸い”高い値段で買われた。 病気することもなく働いて、 1年ちょっとで400万円の借金を返した。 Sは 「これからは自分と故郷の家族のために働いて、 いくらかのお金を貯めて、 できるだけ早く故郷へ帰りたい」 という。
コロンビアを発つ前にAが言った。 「後で私にも10万円ちょうだい。 内緒で」 Sは 「ウン、 ウン」 と言って、 でも、 まだあげてない。
中国の蛇頭 (スネークヘッド) のようなコロンビアの組織が、 Sたち女性をカモにして日本に送り込む。 日本のヤクザ組織がSたちの働くことを容認して 『ショバ代』 を稼ぐ。 Sが稼いで返す400万円の借金は、 主としてコロンビア組織が吸い上げるのだろう。 日本のヤクザ組織には、 Sたちがどこかへ逃げてしまわないように、 そして逃げたときには追いかけ、 探し出す 『管理料』 のようなものが、 『分け前』 として支払われるのかも知れない。

相談から見えてくるものは、 彼女たちの悲惨な状況だけではない。 むしろゆがんだ日本社会の悲惨さではないだろうか。 社会のゆがみは、 特に弱い立場に置かれているところに集中する。 戦後、 豊かさを求めて走り続けてきた日本が、 豊かになった代償として多くの問題を背負うことになったし、 人間として大切なものを失った人も多かった。

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ジャパンユースディ(’96JYD)第1回大会 Get Together
ー神の国はあなたがたの間にあるー

JYD’96に対する期待とその結果~一番の実りは?不満は?~
シェガレ神父 (司会)
まず最初は、 JYDに参加する前に期待していたこと、 イメージしていたことと実際やってみて、 あるいは参加してみた感想を聞かせてください。 まず、 実行委員長の中野君から。
中野 大会は直前とかにゴタゴタしたのでどういうものになるか不安だったんですけど、 思ったこと以上のものが、 中から生まれてきたなあという感想です。 もっとうわべだけのつき合いになってしまうのではないかと思っていました。 いろいろモタツイタことはあったけれど、 一番大事なことは伝えられたのではないかと。
シェガレ できれば自分の言葉で 「大事なこと」 を説明してください。
中野 心の部分……、 例えば宿泊とか、 ごはんの善し悪しではなくて、 人と人とのつながり、 新しい人や物との出会い、 外国人との出会いを通して、 心に響くものを皆持ちかえってくれたような大会になった。

シェガレ 邱(きゅう)さんは中国の方ですね。 日本にきて五年だそうですが、 JYDの感想は?
邱 最初、 JYDに参加しようと思ったときにとても不安を感じました。 四泊五日なのでどんなことをするのか、 そんなに時間をかけて意味があるのかと考えました。 でも 「自由への旅」 クラブはとてもよさそうだったので参加しました。 実際に参加して、 とてもよかったクラブでした。
感じたことは、 ありのままの人々に出会って話せたこと、 毎日の分かち合いがとてもよかった。 神からのメッセージのように私の中にすうーと入ってくることがたくさんありました。 他人の声を聞ける自分に気づきうれしかった。
また、 神父さまの講演とミサもよかったと思います。 ミサの工夫がされていて、 本当に皆がひとつになれた感じがして感激しました。
シェガレ この中で唯一の社会人の大木君に感想をお願いします。
大木 JYDに関わるようになったのは、 フィリピンであったWYD (ワールド・ユース・ディ) に参加し、 そのエネルギー、 熱気のすごさに圧倒されて、 一緒に集まって心を合わせて祈ったり何かをすることでその力が生まれると思って帰って来たことがきっかけです。 日本でもJYDが開かれることを聞いて、 自分も何か協力できたらと思って参加しました。
自分が関わり始めた時は、 もう開催日時、 場所などが決まっていました。 中身もどういうことをやるのか決まっていると思っていたので、 いかにスムーズに進めていくかに協力できると思って参加しました。
実際関わると、 スタッフとして集まってきた人が目指しているものの違いなどからぶつかるところがありました。 準備のスピードは遅かったが、 きれいにこなすのではなくて、 かえって内容が深まったと思います。
自分の最初に想定していたものとはかなり違ったものになったのですが、 かえってよかったかなと……学校を出て会社で働いてから何年か経っているので、 スムーズに物事が運べばよしとするように頭が固まっていたので、 皆ぶつかったり、 ゴチャゴチャしながらも、 熱気をもっていく姿を見て、 逆にこちらのほうが心を動かされて、 ただやればいいというものではないということに考えさせられました。
シェガレ 想定していたものと違ったということですが、 具体的に。
大木 一つはもう少しイベント的なものが大きくて、 参加した人をもてなすというか、 スタッフがいろいろ動き回る枠を作ればよいと考えていたのですが、 それよりも分かち合いとか、 祈りとかお互いの交流の部分とか、 表面的なことよりもお互いの考えが相手に伝えられるような場が作れたし、 むしろそういうことが中心になってよかったなと思っています。
シェガレ 最後に杉田さん。
杉田 東松山教会は青年が全くいない教会で、 そんなところで何でやるのか疑問だったんですね。 どういう風にやったら青年が集まるか、 教会離れをしている青年が戻ってきてくれるか、 ミサ以外に面白いことをやったら教会に来てくれるのか、 じゃあ面白いことをやってみようと思ったんです。 JYDの考えと最初は同じように考えました。
JYDの広告を見て、 幼児洗礼で教会に来ていない人が青年たちの集まりに来てくれるといいなと思ったけれど、 JYDの広告は教会に来ている人しか見ないんですね。 だから、 名簿に載っている人にはとりあえず広告を送って、 集まった人に話したんです。 そしてその戻って来てくれた人と一緒に活動していることが実りです。
シェガレ 皆さんの感想を聞きますと、 思った以上に実りがあったようですね。 でもイベンドで終わってしまったという批判もありますね。 皆さんはJYDについて不満をもっていますか? また、 不満をもっている人にどう答えていこうとしていますか?
杉田 多様性が生かしきれていないのでは……方向性がいまいちはっきりしない、 何をやるのかわからないという声を聞きました。 先に日にちを決めちゃったから、 準備が大変だったと思いました。
シェガレ 実行委員長の意見は?
中野 おっしゃる通り、 最初から日にちが決まっていたことがどれだけ大変かということが、 やっていくうちによくわかりました。 でも与えられた場のなかでは、 ベストに近いくらいに出来たのではないかと思います。 方向性がはっきりしないという批判は聞いていましたが、 一回目はとにかく勢いを大事にしようと思いました。
批判している人にしっかりと形になるような答えは出来ていません。
「とりあえずやってみよう」 と自分を慰めながらやってきた甲斐はあったなあと思っています。 言葉や形にならなくても、 大会に出た人には 「大丈夫なんだ」 という気持ちになれたと思います。
杉田 浦和教区の参加者に感想を聞いてみたんですが、 「教会の未来は明るい」 「教会の青年会のあり方について考えさせられた」 「青年はもっと教会の外へ出てもよいと感じた」 「いろいろな人と交流して、 自分の近くにいる人をまず愛そう」 「壮年会、 婦人会に使われる身分から離脱して、 自分たちで考えてやってみようと考えられるようになった」 などと述べてくれました。
大木 僕もスタッフの立場としては一生懸命やりましたが、 地元の甲府教会の青年会長に声をかけて集まった人に説明したが、 何をやるのかわかってもらえなかったし、 説明しているうちに自分でもわからなくなってくるような始末だし。 (笑い)
でも、 逆に決まっていたことを順番にひとつひとつこなしていったとしたら、 もっと成功とはほど遠いものとなっていったと思います。
邱 私はひとりの参加者としては大きな不満はありませんが、 教会とかでもう少し呼びかけをした方がよかったと思います。 その他に私たちAグループが1日目に集まった時、 10分刻みとか20分刻みでの日程ですごく焦りました。 もっとメンバーとよく知り合いたかったのにちょっと残念でした。
また、 最初は何をやるのか分からなかったけれど、 終わって振り返ってみたら、 得たものは多かったです。 パンフレットではよく分かりませんでしたが。
杉田 JYDではなくて、 周りにちょっと不満があります。 教会報の中に 「小教区の活動でもなく、 教区の活動でもないが、 カトリックの青年の集いなので、 皆さん応援しましょう」 とあったんです。 どうして私たちは一つなんだと考えられないんでしょう。
シェガレ JYDでは指導する司祭、 シスターが目立たなかったというのはどうでしたか、 中野君。 今の青年は比較的指導して欲しいという人が多いが、 JYDでは指導者というものがいなかったでしょう。 それでよかったでしょうか。
中野 一面ではよかったんですね。 青年の自主的な面を強調したかったから。 スタッフのシスターたちも表面に立つのは一般の青年たちで、 裏方に徹してくれる人が多かった。
個々のクラブの内容をスタッフは知らないし、 大会全体としても指導者はいませんでした。
杉田 「カトリック要理クラブ」 は神父さんががんばってくれました。 私たちがやっても多分うまくいかなかったと思います。 教会だから祈りを中心におかなくてはならないと思いました。 やはり、 指導がないと青年たちだけでは限界があります。
大木 やり方がはっきりしないせいもあるかもしれないんですが、 協力をお願いした司祭に断わられたりしました。 否定をするよりも具体的なアドバイスが欲しかったと思います。 どこがいけないのか、 どうすればよいかを言って欲しかったと思います。
中野 神父さんがこうやれといってついていくだけではだめで、 神父さんが真ん中にいて皆で意見を出し合って決めていくという指導がいいと思います。

クラブ関係で一番もりあがったのはどのクラブ―若者は何を求めているか
シェガレ どのクラブがもりあがっていましたか。
杉田 エキュメニカル・クラブ中野 「クラブ・アミーゴス」 と 「自由への旅」
シェガレ 社会との関わりとか、 ボランティアとかあるいはアジアに関わるとか、 社会問題を取り上げたクラブが少なかったようですが。
大木 まるっきり興味がないわけではなく、 どういうところから取りついたらよいか、 あまりイメージがないんじゃないかと思うんですよ。 「くさのねぼうえき」 に出て、 皆Tシャツを染めたりして楽しそうでしたよ。 工夫をして、 自分たちとの関係を考えられるようにすれば、 「社会問題」 も考えられると思います。
杉田 「カトリック要理クラブ」 は、 ヒジョーに人数が少なくて、 「エキュメニカル・クラブ」 は多かったんですね。 自分たちはカトリックであるという意識があって、 自分たちとは違うプロテスタントの人の話を聞いてみようと思ったんでしょう。 「アミーゴス」 が多かったのも、 自分たち日本人と違うメキシコを知りたい、 自分たちと違うところに飛び出していきたいと考えたからだと思います。
シェガレ 朝・夕の祈り、 ミサは多かった。 皆さんは前の世代の人より祈りを求めているのでしょうか。
杉田 多分、 周りが忙しすぎるから、 自分理解の時間がない。 祈りって非常に大切だと思います。
シェガレ 趣味的なクラブはどうでしたか?
中野 あれはそれなりに盛況でした。
大木 朝から晩までテニスをやっていた人もいます。
中野 「教会の集まりなのにテニスなんかして」 と非難することなく、 何気なく出来ました。
邱 テニスとか遊ぶクラブがあって、 あれっと思いましたが、 テニスをずーっとやっている人も自分がカトリックだと思っていると思うので、 人を引きつけるものも必要なのではないかと、 私は見直しました。
JYDを継続することを考えていますか
シェガレ これから先、 イベントとしてJYDは終わるのか、 継続を考えているのか、 継続するならどのような形で考えていますか。
中野 まとめる必要はないのかもしれませんが、 まだスタッフが話し合っていません。 大会の中から新しい動きが出てきていることは確かなので、 ここで出来たクラブが継続してクラブ活動をするところもあれば、 一方では個々で出来た仲間同士、 地域がつながっていこうという動きもあります。 実行委員会は解散しますし、 スタッフ一人ひとりがどうするか考えていくと思います。
杉田 JYDでもらった賜物を自分の場に持ち帰って広げていけばいいと思います。
大木 それぞれの所で始めた活動、 やっている活動の情報交換、 人の交流をしていれば、 東京が中心にならなくても、 広島と北海道が何かをやってもよいし、 具体的なことはもっと時間をかけて考えていけばいいと思います。
邱 はじめて参加したんですがいいものを貰ったような気がしたので、 何年かに一回は刺激を受けるために、 集まることは簡単ではないと思うけれどやって欲しいと思います。
今回得たものを自分の生活の場で活かし、 少し輪を広げることも大切だと思います。

教会に対する希望
シェガレ このような活動を続けるかどうか分かりませんが、 続けるとしたら教会にどんな希望がありますか。
中野 やっぱりある程度協力体制を取って欲しいと思います。 神父さんの発言の影響は大きいので、 批判するときは直接言って欲しいと思います。
大木 青年の活動に対して支援するのか、 あるいは支援するのではなく青年を小教区の中に囲い込めればよいと考えているのか、 カトリックなのだから、 教区あるいは日本、 世界のなかで、 そんなにとらわれることなしに信仰を育てることとか大切だと言ってくれるのか、 小教区のなかで椅子を運んだり (笑い)、 婦人会のいうことを聞いていればよいのか、 青年は大事だと言っているところから具体的な態度で示して欲しいと思います。
中野 青年は小教区に戻ってくると信じて欲しい、 鮎や鮭のように。
シェガレ それではこのへんで、 どうもお疲れさまでした。

出席者のプロフィール
・・・発言順、 プロフィールは自己紹介の一部を編集部がまとめたもの

中野俊正さん (西千葉教会)
JYD,’96大会実行委員長、 学生、 幼児洗礼。 大会中はスタッフに徹した。

邱玉華キュウギョクカさん (梅田教会)
中国からの留学生、 日本に来て5年。 Aコース注) に参加。 「自由への旅」 に5回連続で参加。 その他に宝探し、 W・Y・D、 エキュメニカルTAPなどにも参加した。

大木聡さん (横浜教区 甲府教会)
JYD,’96の大会実行委員、 社会人。 「フォーカス・オン・ライフクラブ」 の一員として準備に参加。

杉田彩さん (浦和教区 東松山教会)
「カトリック要理クラブ」 のコーディネーター、 学生。 会場の国立婦人会館の近くなので、 JYD本部と東松山教会の連絡係をした。 浦和教区では、 宣教司牧評議会青年部会の広報担当をしている。

注) Aコース:9/12(木)~9/16(月)
Bコース:9/14(土)~9/16(月)

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教区ニュース7月号に掲載された
「生涯養成講座 聖と俗 」に対する質問について
荻窪教会 高木賢一神父

先日、教区報の編集部から、私、高木が行った「生涯養成講座『聖と俗』」 の中での発言に対して、質問が届いているという知らせがありました。その質問の主旨は、私、高木の理解に拠れば、次のようなものです。
即ち、「神父だけしか聖変化出来ないという言い方は、ちょっとという気がしますが…」という発言に対して、「解釈の仕方によっては、信徒も聖変化ができるということになりはしないか?」といった危惧を含んだ質問です。
質問をなさった方にお願いしたいのですが、もう一度、この私の発言の言葉の前に掲載されている、第一講座の箇所を読んで頂きたいと思います。
また、その箇所を読んだ上で、つまり、文脈の流れの中で、私の「神父だけしか聖変化出来ないという言い方は、ちょっとという気がしますが…」という発言を考えて頂きたいと思います。
もう一度、あの時、私が述べたかったことを要約すれば、以下のようになります。
(1)ミサとは、私たちに示された「神の救いの業を、改めて、思い起こす、記念する」祭儀である。
(2)因みに、キリスト者とは、イエズスの「公生活、死と復活」を通して、神の救いの業が示されていると信じ、また、洗礼を受けることで、イエズスの生き方に倣おうとしている者を指し示す訳であるから、「神の救いの業を、改めて、思い起こす、記念する」ミサは、当然、ミサに集まったキリスト者全員にとっても、「神の救いの業を、改めて、思い起こす、記念する」ミサということになる。
(3)司祭とは、その感謝の祭儀、記念の祭儀を、その場に集まったキリスト者全員を代表して行う役職である。
(4)従って、司祭と会衆は、切り離して考えることが出来ない。
(5)それで、「神父だけしか聖変化出来ないという言い方は、ちょっとという気がしますが…」という発言がなされ得る訳です。

ミンガラバ No.6 ミャンマーの姉妹教会はいま(1)

「ビルマ」 「ミャンマー」 と聞いたとき、 どんなことを連想しますか。 スーチーさん、 ビルマの竪琴、 …名前はよく知っている国なのに、 思い出せることは意外と少ないのでは。 今夏、 カトリック信徒宣教者会の派遣候補者4名が、 東京教区の姉妹教会、 ミャンマーで研修を行ってきました。 その報告から、 ミャンマー教会の状況を連載します。
26年間の社会主義体制と鎖国の後、 1988年に経済開放はしたものの、 ミャンマーの国民生活は非常に厳しい状況にあります。 マスコミは、 国営新聞と国営テレビだけで政府のコントロール下。 激しいインフレにさらされ、 ボランティアの名目で土木建築の強制労働に駆り出される。 拡大する貧富の差。 賄賂が横行し、 正義や実力が軽んじられる。 親しい人の中にもスパイがいて、 自分の発言が逐一当局に報告されているかもという不信と不安。 少数民族や民主化思想に対して加えられる圧力、 時には武力。 さらに少数のカトリックは政府から様々な制約を受け、 社会的にも一段低く見られています。
しかし、 この困難な状況下でも、 マークされやすい神父の代わりに信徒組織が対外的折衝を行うなど、 神父と信徒が協力し、 日々、 精一杯の信仰宣言をしています。 村に入って医療、 教育、 孤児に関わる宣教活動を行う若者も多くいます。 孤児院・老人ホーム、 町から遠い子供のための寄宿舎など、 乏しい資金と厳しい制約の中でも、 教会は社会福祉活動を行っていました。
「ここにある聖書は、 わざわざ開いて読んだ人にしか内容が伝わりません。 しかし、 行って示せば、 それを通してたくさんの人が、 聖書=神のみことばを知るでしょう」 この言葉を多くの人から聞きました。 問題を見据えながら、 今すべきことを行い、 「時」 が来るのに備えている姿に、 さまざまな自由の保障されている私たちが忘れがちな情熱と喜びを見たように思います。

明日のミャンマーの教会のために・・・愛と祈りと献金を
第17回ミャンマーデー 1996年11月17日
この日のミサ献金は、ミャンマーの教会(神学校)に送られます。

教区委員会紹介 その(7) 「東京教区正義と平和委員会」

反対しているのは破防法。外登法や死刑制度と核実験。反原発は当たり前。
覚えていますか、甲山と袴田事件。人権小国ニッポンが、今日も生み出す差別と冤罪。海外進出企業のウオッチングも目下続行中。青柳行信さん支援等。アジアの民衆に対する戦後責任、中でも元「従軍慰安婦」問題の解決を目指す毎日。絶対に許してはならない女性への性暴力。

「現代人の喜びと希望、悲しみと苦しみ、特に貧しい人々とすべて苦しんでいる人々のものは、キリストの弟子たちの喜びと希望、悲しみと苦しみでもある。真に人間的な事がらで、キリストの弟子たちの心に反響を呼び起こさないものは一つもない」という第二バチカン公会議の現代世界憲章の序文にある呼びかけが正義と平和委員会の行動の原点と言えます。

1990年9月10日、白柳枢機卿から熱烈な歓迎挨拶を頂いて発足。
翌年には「にんげん・地球・いのち」 をテーマに第17回「正義と平和」全国会議を開催しました。また今年は東京・横浜・浦和の3教区の共催で関口会館をメイン会場に第22回全国集会を「女と男の正義と平和」といういま風なテーマで10月10日からほ日の日程で終えたところです。

自衛隊海外派兵(PKO)反対で毎日毎夜通った国会議事堂。手書きの「つらぬけ平和憲法・カトリック東京正義と平和委員会」のもも太郎旗がとても異色だったのか、他団体集合場所の目印の役割まで果たしたこともありました。

93、94年は、教区内外に広く呼びかけを行って、連続講座「私たちの戦後を考える」を開きました。講師依頼の交渉に難航したこともありましたが、2年間かけてさまざまな角度から日本の戦後を問い直しました。自分自身の今の生き方を見つめるよい機会になったとは参加者の感想。

そして敗戦50年にあたる昨年の連続講座は、「司教と共に読む『平和への決意』」でした。白柳枢機卿、森司教をはじめ、多くの司教の生の声にさまざまな反響が寄せられました。
今年は連続講座とニュースレター「ねっとわーく」の発行は小休止していますが、それぞれたゆまぬ努力の結果とほどよいグチを毎月の第2月曜日午後6時半から開いている定例会に持ち寄っています。場所はJR信濃町駅近くの真生会館第3会議室です。ときどきグラス片手に催す交流会も楽しいものです。

日本の各教区にある「正義と平和」委員会・協議会や市民団体と連帯しながら、社会正義と平和な世界の実現に向かって行動しています。
老若男女を問わずできるだけ多くの信徒の参加を願ってやみません。
(大倉一美神父)

カトリック学生センター ONAKAMA
夏の報告 第2弾

8月20日から27日にかけて、 7人の学生が韓国に行った。 第2回の今回も、 昨年同様、 韓国 (ソウル) の信徒 (青年) 宅にホームステイしながら、 人を知り、 韓国の現状を知り、 歴史を知ることを目指した。
「新しい関係を作る若い人に」 との願いから韓人教会の協力で準備されたこのプログラムで、 ステイ先の家族や協力者に歓待されながら、 「同じ人間としての暖かさ」 に触れ、 共通点と同時に文化や価値観の違いを体験した。 ハプニングも多かったが、 韓国と日本の教会の違いも知ることができたようである。 北朝鮮が川向こうに見える所では、 国が2つに分裂させられた韓国人の痛みに感じ入っていた。 以下、 参加者の声から。
・自分にとって初めて挑戦することばかりであった。 ホームステイ、 蚕のさなぎを食べたこと…これからはどんなものにでも挑戦できそうな気がする…忘れることのできない貴重な体験になるであろう。 行って本当に良かった。
・ほぼ毎晩遅くまで 「現代の若者像」 「21世紀はどうなるか」 「性問題」 「家庭」 について真剣に一韓国人、 一日本人として意見を交換し合ったり、 化粧の話、 ボーイフレンドの話をしたり…屈託なく楽しめた。
・南北離散家族の互いの家族を思う気持ちが、 国家によって無残にも引き裂かれている悲しい現実を聞いたことが悲しかった。
・いくら個人間で友情を深めて分かり合っても、 結局最後は 「なぜ政府は謝らないのか」 と…私 (日本人) にもわからない。 政府と個人は違う…政府が謝らない限り、 関係はよくならない。 私は一人一人の意識で政府も変わると信じていたが、 今は少し難しいと思っている。 「政府と個人」 について考えさせられる度に矛盾を感じて悲しくなった。

スタディツアー参加者も参加している 『ONAKAMA留学生の集い』 は、 8月に納涼の集い、 9月に 『世界がわかる貿易ゲーム』、 9月に横浜ハイキングを行った。 また、 10月6日には、 横浜学連主催の学生ミサにも参加した。

ONAKAMAは 「宗教」 と 「混沌」 に接することと、 少数民族を知るために、 9月にインドへのツアーも実施した。 「宗教」 については、 来年3月に学生のイスラエル巡礼ツアーを実施する。 来春のスタディツアーは、 中国、 ミャンマーを検討中である。

カトリック学生センター
余語久則神父
〒160新宿区信濃町33 真生会館 電話03-3357-6227

神学院ザビエル祭

とき:11月23日(土) 10:00~
ところ:東京カトリック神学院
てーま:召命

教会・修道院巡り(50) 聖コロンバン会

カトリック聖コロンバン会は外国宣教会で、 現在18ヵ国で、 685人の司祭、 56人の信徒宣教者が活動している。
6世紀から7世紀にかけて、 現在のヨーロッパ大陸で数人の仲間の修道士とともに、 宣教活動を展開したアイルランドの聖コロンバンを保護聖人として選び、 その精神的遺産を継承して外国での宣教を続けている。

アイルランドの教区司祭、 E・ガルヴィン神父は、 ニューヨークの小教区で司牧をしていた時、 中国で活動をしていた一人の宣教師と出会った。 この出会いにガルヴィン神父は神の呼びかけを感じて、 宣教師となる決意を固めて、 1912年中国に渡った。
中国では宣教のみならず、 個人的な活動では消化できないほどたくさんの仕事が彼を待ち受けていた。
彼は組織の必要性を感じてアイルランドに戻り、 神学校の協力を求めた。 当時神学校の教授として教鞭をとっていた一人の若い司祭、 J・ブロウィック神父が中国での宣教に共鳴し、 教授の地位を捨てて中国宣教にたずさわることになった。 そしてガルヴィン神父と共に宣教会を創設した。
ブロウィック神父がアイルランドで、 多くの信徒たちの協力の下に聖コロンバン会を組織し、 ガルヴィン神父は中国で新しい宣教師たちが実際に働く場の準備に取りかかった。
まもなく聖コロンバン会はアメリカやオーストラリアでも根を下ろし、 将来の宣教師の育成に力を入れた。
1920年に最初の17人の司祭たちが中国に向かった。 20~40年代を通して中国の人口密集地域で働いた。 宣教師たちは洪水と疫病、 飢饉と戦争、 そして革命に耐え、 苦しみ、 闘ったが、 毛沢東の共産党政権によって国外に追放された。
34年にオブライエン神父とドイル神父が来日して以来、 合計170名の司祭、 神学生、 信徒宣教者が来日した。
戦後の宣教は48年に始まり、 特に当時は小教区の設立に力を入れた。 会員のほとんどは信者の共同体で働き、 司牧と宣教を行っている。
現在は、 東京教区、 横浜教区、 大阪教区、 福岡教区で55人の司祭が41の小教区の司牧を担当しており、 それ以外にも教育、 結婚講座、 霊的指導、 在日外国人の司牧などの仕事に力を入れている。

聖コロンバン会
本部 〒158世田谷区上用賀4-1-10 電話03-3427-9427
千葉地区 〒260千葉市中央区千葉寺町70 電話043-261-2920

紀元2000年を迎えるにあたって
-日本のカトリック教会の皆さんへ

はじめに
キリストにおいて兄弟姉妹である皆さん、
教皇ヨハネ・パウロ2世は、 1994年11月10日、 使徒的書簡 『紀元2000年の到来』 を発表しました。 イエス・キリストの誕生以後の時の流れを大きく1000年ごとに捉え、 特に私たちが生きてきた第2の1000年期の様々なできごとと、 その時々の教会の姿勢を振り返り、 反省・回心・祈りと学びによって、 喜びと希望に満ちた新たな1000年期を迎える準備をするように、 教皇はこの使徒的書簡を通して世界中の全信者に向けて熱心に呼びかけておられます。

イエス・キリスト生誕2000年
教皇は特にキリストのご誕生から2000年のこの年を 『大聖年』 とすると宣言しています。 『聖年』 についての説明はここでは省きますが、 旧約聖書に、 喜びと解放の年として示されているこの特別な恵みの年が、 現在の私たちにとってどのような意味をもっているのかを黙想することは有意義なことでしょう。
教皇はこの紀元2000年の準備にあたって、 特に、 悔い改めと和解の大切さを挙げ、 いくつかの反省点を示しています。 教会が、 この1000年間に教会の中で起こったことをはっきりと意識すること、 特に、 教会が過去の誤りや不信仰、 一貫性のなさ、 必要な行動を起こすときの緩慢さなどを悔い改めることを勧めておられます。 殊に、 次の1000年期に、 同じキリスト者の間の分裂を克服し、 完全な一致に向けて努力することが求められています。 また、 不寛容な態度、 暴力の行使の黙認、 不正や差別に対する多くのキリスト者の姿勢なども、 過去の教会の反省すべき点として挙げられています。
教皇はまた、 第二バチカン公会議がカトリック教会を他教派のキリスト者、 他宗教の信奉者、 現代のすべての人々に開いたことに言及し、 紀元2000年を迎える準備の過程で他教派のキリスト者や諸宗教の方々と積極的に対話し、 この節目である年をともに喜びと解放の年とすることができるように切望しておられます。
このように、 世界の一人でも多くの人々が紀元2000年を新たな1000年期の始まりとしていろいろな面からみつめ、 続く世紀が希望に満ちたものとなるためによりよく準備していくことが求められていますが、 このような取り組みは、 教会に属するすべての人が、 それぞれの身近な場で心掛け、 実践していくことが大切です。

日本の教会のイエス・キリスト生誕2000年に向けての基本的姿勢
1 学びと黙想
日本の司教団は、 まずこの教皇の意図を十分に受け止め、 それに熱心に応えていくことを、 日本の教会の皆さんに勧めます。
それはとりもなおさず教皇の望みを十分に理解することにあります。 そのためには、 まず、 使徒的書簡 『紀元2000年の到来』 〈カトリック中央協議会発行〉 (または、 その要旨を説明した 『紀元2000年をめざして』 〈大聖年準備特別委員会編集〉) を読むことをお勧めします。
紀元2000年を迎える直前の準備については、 1997年から各年ごとにイエス・キリスト (1997年)、 聖霊 (1998年)、 父である神 (1999年) をそれぞれ中心として、 三位一体の神が私たちにもたらした救いの恵みについて深く黙想するように呼びかけられています。
また、 第二バチカン公会議の教えをあらためて学び、 深く理解し、 できる限り実生活に活かしていくことも大切な課題です。
この重要な公会議後、 日本の教会もこの10年の間に2回の福音宣教推進全国会議を開催し、 開かれた教会づくりをめざして歩んできました。 ともに喜びをもって生きることによって福音のあかしをしようと、 それぞれの場で話し合い、 分かち合い、 祈り合い、 実践することに努めています。 私たち一人一人が、 毎日の生活の中で育てられる信仰の力によって、 自分たちの周囲の社会の中で起こるさまざまなことがらに関わり、 社会とともに歩んでいくことも、 キリスト生誕2000年を迎える大切な準備の一つと言えるでしょう。

2 希望と解放の時
この準備の期間を有意義なものとするために、 まず第一段階として、 過去の時間の中での歩みについてのより深い反省・回心・祈りと学びが求められています。 なぜなら、 現在と未来への道は過去の積み重ねなしに存在することはないからです。
しかし、 この準備の期間にいつも見つめていなければならないより大切なことは、 未来への希望です。 その希望は、 次に来る1000年期を不正や差別、 殺戳さつりくや戦争、 飢えや貧困、 虐待や暴力、 いじめや殺人、 環境破壊などのない、 人間一人一人と神が創造されたすべてのものが大切にされる希望と解放の時とすることにあります。 喜びと平和に満ち、 希望でいっぱいの新しい世紀を迎えるために、 日本の教会でも、 皆さん一人一人が、 小教区共同体の中で、 日々の生活の中で、 よりよい準備に積極的に取り組むことが期待されます。

3 記念行事を通して
これから紀元2000年に向けての準備の間に、 日本の教会には特に記念すべき二つのことがあります。
一つは1997年の日本26聖人殉教400年、 もう一つは1999年の聖フランシスコ・ザビエル渡来450年です。 特にザビエル渡来450年は、 日本の教会の福音宣教の歩みを振り返る絶好の機会となります。 その歴史の反省を踏まえて、 次の1000年期への積極的関わりを模索していくことは、 教皇の意向に沿った、 私たちの具体的な取り組みとなるでしょう。

4 取り組みの実施
このような紀元2000年に向けての歩みは、 皆さん一人一人の参加が不可欠です。 そのために、 行事など何らかの企画が必要ならば、 できる限り皆さん一人一人の実生活の場である教区、 小教区単位での実施が相応しいと考えます。
そのような身近なところから準備を進める歩みによって、 キリスト生誕2000年が日本の教会の全信者のものとなることを期待しています。
そして、 全国的な祝典 (記念のミサ等) も、 このような取り組みの基本的姿勢にそって行われることが望ましいと考えています。

5 司教協議会・大聖年準備
特別委員会の役割
司教協議会としては大聖年準備特別委員会を設置していますが、 この委員会の役割は、 司教協議会が示した日本の教会としてのキリスト生誕2000年のあり方を受けて、 その姿勢を啓発・推進し、 必要な事項に対処していくことにあります。 そのために、 主に教皇庁からの大聖年に関する情報・資料等を各教区に伝達し、 また、 各教区・小教区で何らかの企画のために要請があれば、 適宜必要資料の提供等のお手伝いをいたします。
また、 当特別委員会では、 今後の皆さんの準備の助けになるようにと考え、 これから紀元2000年までの期間、 教皇が定められた各年のテーマ等について、 日本の教会としてはどのような視点から深めていくかを具体的にまとめて、 適宜発表することを予定しています。

おわりに
このように、 教皇の意向を全面的に受け止めながら、 日本の教会としてイエス・キリスト生誕2000年を喜び、 希望、 解放の年として迎えるために、 どのような準備をしていけばよいのか、 今後も皆さんの祈りと協力を得ながら、 歩みを進めていきたいと思います。
これからの準備を通して、 恵み豊かなキリスト生誕2000年を迎え、 日本の社会において私たち一人一人がイエス・キリストがもたらした福音をあかしする者となり、 日本の教会がたえず 「宣教する教会」 に成長しますように、 聖霊の豊かな導きを祈り求めましょう。

1996年9月14日 十字架称賛の祝日に
日本カトリック司教協議会 大聖年準備特別委員会

投稿 千葉ブロック大会に参加して

9月1日、朝から時折激しい雨が降ったり止んだりする、天気が危ぶまれる中、旭にある海上寮にて千葉ブロック大会は催されました。
寮長の講話に始まりスタートした大会は、お話しの後、施設内のイベント広場の広々とした芝生の上にテントが張られ、雨もいつの間にか止み、心地よい風が吹いて、最高のピクニック日和になっていました。
銚子教会や役員の方々の手づくり、心づくしのバーベキューやカレー、子供たちにはポップコーンや綿あめもあり、イエズス様の「増えたパン」の奇跡のように、全員が満腹で、頂いてもまだまだあるという、すばらしい昼食会でした。
少し気になったのが、各テント一基ごとに、同一教会のメンバーが陣取り、こちらは「○○教会」、あちらのテントは「○○教会」とかたまり、同じ所属教会のいつもの同じみなさんのおしゃべり会になっていることでした。
中には、他教会の知人をみつけて声をかけあったりしている人同士もいましたが、せっかく他教会の一般信徒がこんなに大勢一同に集まっているのに、少し{叔しい気がしました。
昼食後、ミサまでの3時間あまり、施設の方の熱演会もありましたが、大人はいつも慣れ親しんだ方々とのおしゃべりで終始している気がいたしました。
でも、子供たちはさすがです。障害者の方の作られた一台の木製ブランコをお互いにこぎ手になったり、乗る人になったり、はずかしそうに、仲間に入りたくて、近づいてくる子供に「どうぞー」と、ばっちりコミュニケーションしていました。それに比べて、大人のなんと不器用なこと。男性は手もちぶさたで、タバコをふかし、女性はいつものメンバーとお話し会。
もっともっと心のとびらを開いて、せっかく出て来て下さった軽症の障害者の方々ともコミュニケーションがあれば、もっともっと実り多い会になった気がしました。役員の方には大変でしょうが、簡単なフォークダンスや、輪になってとなりの人と自己紹介するなど、少し誘導して下されば、少し上手にコミュニケートできたかもしれないと思います。
でも、これだけの大会を用意して下さるのは、本当に大変なことだと思います。本当に、役員の皆様ご苦労さまでした。
(五井教会 津村真由美)

召命祈願のための合同ミサへの参加のお願い

・日時 11月17日(日) 午後2時30分
・場所 東京カテドラル聖マリア大聖堂
・プログラム
14:30 メディテーションアワー
オルガン伴奏:竹前 光子
14:50 歌ミサ
ミサ司式:白柳枢機卿と共同司式
16:00 修道会と神学生の紹介
17:00~18:00 パーティー(カトリックセンターにて)
一粒会運営委員会担当司祭 市川・内山・酒井神父
同 委員長 梅田 文夫

編集部から

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