東京教区ニュース第122号

1995年05月01日

第10回東京教区総会開催 テーマ「これからの小教区共同体と信徒の役割」 アンケートを元にパネルディスカッションと分かち合い

3月21日、四谷雙葉小学校で、第10回東京教区総会が開催された。

今年度のテーマは「これからの小教区共同体と信徒の役割」、出席者は約300名。

宣教司牧評議会では、より深い理解と話合いのために、昨年アンケートを実施し、当日はその結果に基づいたパネルディスカッションと分かち合が行われた。(アンケート結果は東京教区ニュース3月号参照)

開会挨拶の白柳枢機卿ならびにまとめの森司教は、今回の総会のテーマに「小教区共同体」という新しい概念が取り入れられたことを強調された。

94年度決算、95年度予算報告の後、「家族のための祈り文」入選者が、白柳枢機卿から賞状と記念品が手渡され、入選作が朗読された。

パネルディスカッション

司会
高橋博(立川教会信徒)

パネリスト
小原謙二(西千葉教会信徒)
黒川恒雄(麹町教会信徒)
酒井俊雄(西千葉教会主任司祭)
鈴木千枝子(ノートルダム修道女)
(発言順・敬称略)

司会: 今日は信徒2名、司祭1名、修道者1名計4名の方にお出で頂いていますが、代表というわけではなく、それぞれの立場での個人的な意見でディスカッションをしていこうということですのでよろしくお願いします。

それでは、このアンケートについてお感じになったことをお聞かせ下さい。

教会内の刷新と意識改革

小原: 私はサラリーマンの立場からスポットをあてて考えてみたいと思います。今回のアンケートを読ませて頂いて、皆さんが教会内の刷新について非常に関心が高い、さらには、教会として外に向かって愛の業を実践していくとか、あるいは福祉活動を積極的にやっていくとか、そういうことに関心が高いということを強く感じると同時に、それをどういう風にすすめていくかという観点からしますと、意識改革が必要だということが結論になっていると思います。

アンケートの回答者が50〜60代の方が半数以上なのに、教会内の意識改革の必要を第一に考えておられるのはすばらしいことですが、実際に現場で意識改革をするには、30〜40代の若い方々、働き盛りのサラリーマンの参加を呼びかけなければと思います。

若い世代に訴えるような司祭の説教をはじめ、分かち合いの場を作って、30〜40代の人々を教会に呼び戻すことによって教会の意識改革に結びつくと思っています。

信徒の全員参加のためのネットワーク作り

黒川: 設問の22以降についてふれたいと思います。

小教区のめざす方向は、(1)地域への働きかけ、(2)愛の業(福祉活動)、(3)青少年を中心とした教育活動、(4)生涯養成の徹底、こういうところにこれからの小教区の活動の力点を置かなければならないとしています。

期待される信徒の役割、信徒の力の引き出し方についてですが、先ほどのお話にもありましたが、信徒の意識改革が、大きな比重を占めていると思います。それとともに、自分の隣人、特に小さな人々に対する配慮により大きな役割が求められています。

また、信徒の力の引き出し方では、意識改革を含め多様なタレントをもつ信徒の全員参加が、ネットワークの必要性とともに求められていることが、このアンケートは語っています。

具体的にどう変わっていくかを明確に

酒井: 司会の方もおっしゃいましたように私の発言は、司祭を代表するものではなく、個人的な発言だということをお断りしておきます。

まず、11から14までの質問に対して、教会の良い点、悪い点についてすこし見てみようと思います。
教会の良い点は、雰囲気が良くなった、典礼が良くなったなど、悪い点では青少年の教会離れ、無気力、閉鎖的であるなどが指摘されています。

また、15、161では、信徒と司祭の関係が良い、信徒同志もよいとなっていますが、17をみますと信徒の意識は、なんとも、問題ありとなっております。

これはアンケートの回答者の質にもよると思いますが、教会の活動になんらかの形で参加して下さっている方々ですので、そういう方にとっては雰囲気が良く、信徒の関係もうまくいっているが、しかしそうではない方にとっては少し問題があるのではないかと、良い言い方をすればまだ一般にそういう活動が浸透していない、悪い言い方をすれば、そういう方々が浮いているのではないかとそういう見方もできるわけです。

それから全体として、連帯感とか外部への働きかけが非常に欠けているのではないかと思います。
典礼については、あとからお話したいと思っていますが、典礼と活動が結びついていないように思うのです。そのことが21〜25をみますと、刷新とか意識改革が強調されていますが、皆さんが、それを必要と感じておられることを先日終わった都賀集会所での研修会でも感じました。1つ問題になるのは、教会活動をみますと勉強会が非常に少ないんですね。そういう意識にまだ教会が答えられていないのではないかと思います。小教区の中での勉強会をもっともっと充実させていかなければならないと思います。

今後の日本の教会の力点は、刷新が一番多いのですが、いろいろ分かれています。これはまだ力点が定まっていないということもあるでしょうが、具体的な行動がまだまだ不足しているのではないかと思うのです。力点が分かれてもいいのですが、具体的な問題があって分かれているのか、頭の中だけで分かれているのかが問題だと思います。

私が個人的に言わせていただければ今後の問題で大切なのは教育問題でしょう。

また、気になるのは、外国人に対する配慮が少ない事です。

青少年に対して、何をするのか、具体的にということが欠けている1つの例です。

皆さんが変わらなければいけないこともわかっているし、変えようとする意欲もあるのですが、具体的にどう変わっていくということを明確に出していかなければならない、そのためには実践と教育が別々ではなくて、なにか活動の場での教育、活動の場での典礼が必要となってきます。

ただ、小教区の中では、1つの活動にしぼることは非常に難しいので、いろんなグループがあってそれをみんなで支援していく、そんな中でミサがただ言葉が変わるだけでなく、みんなの力になるように変わっていく、そんなような事を自戒もこめて思っています。

召命の減少と青少年の教会離れ

鈴木: 私はアンケートを見まして、召命の減少と青少年の教会離れというところに注目いたしました。

修道会の召命が減少して久しいと言われていますが、今は少しずつ入会者がいるようですが、ひところのように10名とか、20名とかまとまって入会するような修道会はまれというのが現状です。

教会のほうでも、司祭の高齢化、司祭不在、若者の姿が見られないとか、そういうことがありますけれど、本当に困った現象なのか、暗い現実なのかどうか考えて見たのですけれど、むしろ試練の時ではありますけれども恵みの時ではなないかと考えたいのです。

日本の教会が大人の教会になっていく、あるいは成熟していくときではないかとみたいのです。

教会に司祭が居て信徒を導いてくれる、信徒がそれに従っていけばよいという時代はもう過ぎていこうとしていると思います。

召命というと司祭とか修道者の召命として使われていますが、現代世界憲章に召命についてこんな言葉を見つけました。「人間は他人との交流、相互奉仕、兄弟たちとの話合いを通して、自己のあらゆる才能を伸ばして、自分の召命に答えることができる」

大事なことは一人ひとりに当たえられた召命を自覚し大切にして、生き生きと信じるところを生きることだと思います。

召命の減少や若者の教会離れを嘆くよりも、現実は現実として受け止め、しっかりと認識しながら、信徒の各自が自分に与えられた召命を認め、他の人との関わりのなかで互いに成長していく方向性を具体的に考えていくことが大切な事だと思います。

司会: 教会の動きの中で良かった点、悪かった点についていかがですか。

酒井: 気にかかるのは、外向きとか、愛の実践とか行動が伴っていない点なのです。それからもうひとつ、青少年の教会ばなれが悪い点としてあるわけです。教会という言葉から思いうかぶものは祈り、典礼(19)とあるわけですが、これがもう青少年にアピールしなくなっているのではないかという観点から考えてみる必要があるのではないか、シスターがおっしゃったように恵みのときととることもできますが、青年たちが教会にくるようになんらかの手を打たなければならないと思います。

ある社会学の先生の話なんですが、「今の青年たちの行動パターンは、良いか悪いかではなくて、面白いか面白くないかである。1つの例として、いじめは良いか悪いか、もちろん悪い、しかし面白いか面白くないかというと面白いだからなくならない」というのがあるわけでして、そうなってくると、子供たちに魅力のある教会づくりをもう少し考えなければと思います。

司会: 30〜40代の働き盛りの教会への関心度についてはいかがですか

小原: 日本のなかでは、24時間会社どっぷりです。そうい人たちがああ教会に来てよかったな、感じるようなサラリーマンの考えている悩みを分かち合えるような場があればとおもいます。

アンケート自由記入欄に見る問題点・将来展望(抜粋)

◎第2バチカン公会議以前のすべて与えられた、ある意味では楽な信徒時代と違い、現在は信徒自身も信徒使徒職に目覚め、責任を持って活動しなければならないことを痛感しつつも、実行が難しく反省することしきりです。

以前に比べ、現在は聖職者が身近になりすぎ、信徒がともすると節度ある態度、尊敬の念など、軽視する面がなきにしもあらず、残念です。

◎求む。ヘルプ ライン!

神父数が1名の小教区においては、その1名の神父の考え方、言動、個性がすべてになりかねず、そのことがその教会の信徒にとっては、信仰生活の死活問題になりかねない。神父への不満がはじける時、それは神父・信徒双方にとって不幸。公平かつ客観的な話合いの場と、教育アドバイスの得られる場がほしい。

常住司祭と、ブロックの中での複数教会と複数司祭のローテーションをはかるとか、そのような2本立ての教会組織を成立させることは不可能でしょうか。

◎現在の教会は過渡期だと思う。そのためさまざまな試みがあり、私自身も活動するにあたって、迷うこと、考えることが多い。迷い、悩みながら選択していくとき、信仰者としての成長があると思う。ゆっくりでもよい、一人ひとりが信仰者として自覚をもって共に歩めたら、大きな力になると思う。

◎カトリックの立場で、社会問題であるエイズ対策、尊厳死問題等についてもっと積極的に発言すること。世界的な問題として、地域紛争(特に宗教がらみ)に対するカトリックの立場を明確にすべきこと。

◎社会問題に介入るすのは慎重であるべき。慰安婦問題、ニュウギニア虐殺問題は単純なものではない。政府を責めるだけではだめ。

◎言葉では共同体、兄弟姉妹といいながら、各々の家庭の実情も知らず、本音で深い話合いもせず、建て前だけで上滑りのきれいごとで会議を運営している。地域やブロックの交流も実行できず、第2バチカン公会議、ナイス1、2についても勉強会や報告会も開かれず、まだ世の中や状況の把握に欠ける。教会としての勇断、言葉よりも実行を望む。

◎信徒が聖職を代行することは、たとえ一部にもせよ疑問に感じます。聖性の軽視にもつながりかねません。多数決による判断は、霊性優位でなければならない教会において、危険な方向に流れるおそれがあると思います。

◎典礼について、祈りや歌に出てくる日本語が、あまりに生活から離れているため、現実感に乏しいと思うのです。言葉は大切です。このまま、わけのわからない日本語による祈りや歌を使っていると、何も感じないつまらない教会の姿があるだけです。

◎教会が力を持って活動を増やせば、それにより信徒の経済的、時間的、精神的負担も増加します。それも、お恵みと思える範囲なら必要なことですが、度を越えると、家庭や個人の生活までも犠牲にします。私はそのことを、非常に熱心なプロテスタント(ルーテル派)の教会で身をもって知り、カトリックに移ってきました。カトリックの良さは、まず家庭を大切にして、未信者の方々とも調和しているところだと思います。それは信者数を増やしたり教会の影響を外の世界に広めていくのに、決して効果的とは言えませんが、大切なのは、人間の目に見える繁栄ではありませんし、必要なところでは、神様が力を与えて下さるのではないかと思います。

◎教会活動というと、教会内の行事をこなしていくという風潮を強く感じます。教会内で仲良しをしていても、キリストを述べ伝えることにはならないと思います。教会の勉強や活動やグループが、自分の生活の場での宣教の力、栄養源にならなくては………

実際の問題解決の場が強く求められます。また教会組織の中で、壮年・婦人と男女分けになっているのが不思議です、家庭は夫婦単位ですから。

司祭の姿を見て、司祭職をめざす青年が生まれます。魅力のある司祭の出現を願います。

東京ナイス事務局について

第1回福音宣教推進全国会議(NICE・1)をうけて東京教区にオープンした東京ナイス事務局初代局長・塚本伊和男師は、3月31日付をもって退任されました。今後も東京ナイス事務局の名称と電話番号は、そのまま存続したしますが、人事、業務内容等詳細については、後日決まり次第お知らせいたします。
(東京大司教区事務局)

ずーむあっぷ 聖イグナチオ教会の建設を陣頭指揮する 池長 潤師(麹町教会助任)

四谷の風景が変わる。聖イグナチオ教会の聖堂が、信徒会館や管区長館などとともに建て替えられることになった。前イエズス会管区長の池永師は、建設委員長代理としてこの再開発を陣頭指揮する。聖堂の老朽化と外国人信徒の増加で手狭な状態を解消するためで、引っ越し作業も終え、いよいよ本格工事に着手。典礼刷新の精神を受けて会衆が祭檀を囲む形の聖堂、スリット状になって内部からもれる光が夜空を照らす鐘桜。「あたたかく神さまが、人々が迎え入れられる雰囲気の教会にしたい」と抱負を語る。建物完成の1999年夏まで、挑戦の日々は続く。

第1回東京教区特別聖体 奉仕者養成講座を終えて

奉仕者認定後も継続的な学習が必要

実際に申し込みが始まるまでは、私たちスタッフも、どの位の人数の申し込み者があるのか、皆目見当がつかない状態であった。ところが、いざふたを開けてみると申し込み者が早々に60名の定員を越えて、20名以上の方には今回の参加をお断わりするような状況であった。

このような盛況ぶりの背景として、今回の講座が単なる教会についての研修及び教養講座のみにとどまらず、教区サイドの審査と選抜はあるけれども、聖体の奉仕に対する一定の資格を信徒に与えるものであること、また、ある教会共同体においては、そのような奉仕者を実際に必要としていることなどが考えられる。

こういうわけで、各科目の講義に対する参加者の熱意は大変なもので、そのような私的、信仰的熱意を、講師方は一様に認めていた。とはいえ、授業時間から言っても各科目の講義だけで10分内容的に語り尽くされたとは思われないので、奉仕者に認定されてからも、継続的な学習の機会が必要だと思われる。さて、今回の講座修了者には修了証書が授与された。そして、奉仕者となることを希望する者は、奉仕者認定願いを提出することになっている。

教区長は、熟慮の上、適任と思われる志願者に認定の内示を与える、その上で、内示を受けた者は、黙想会への参加が義務付けられる。黙想会は一泊で行なわれるが、奉仕者に必要な心構えとともに、奉仕における実際な指導が与えられることになっている。

補足となるが、昨年末の臨時司教会議において、従来の「特別聖体奉仕者」という名称が、「集会司式者」「聖体奉仕者」という2つの名称と役務に変更された。しかし、この2つの役務の相互関係が明確に規定されなかったので、早急な公式見解が必要だと思われる。

当大司教区において、司祭の高齢化とその大きな割合の現役引退という問題が、着実に迫っている。今後の教会運営のためには、大司教区を一つの大きな共同体と考えて、信徒、修道者、司祭という異なる身分の信者たちが、自分たちの教会共同体を自分たちの共同責任において支えるという共通認識が不可欠である。そのような流れにおいて、これから誕生する聖体に関する「信徒の奉仕者」の存在意義は決して小さくないはずである。このようなシステムを生かすのも殺すのも、それぞれの小教区共同体の考え方次第ということになる。

教会の秘跡と礼拝に関しても、かつての「聖職者中心主義」の教会運営に代わって、「信徒、修道者、司祭のふさわしい協力」によって行われる教会運営の時代がもうすでに到来ているのである。

(小沢 茂神父)

正しい認識と理解が必要

東京教区で初めての「特別聖体奉仕者養成講座」は、いつもとは逆に、千葉ブロックへ東京都の信徒を招いての開催となりました。千葉県は交通の便が悪く、事故で電車が2度不通になり、雪に見舞われたりというアクシデントもありましたが、半数以上の方が無欠席。2回以上の欠席者はほとんどなしという盛会となりました。

司祭不在の際の主日の集会祭儀を信徒が行うことと、信徒が、病気の方や高齢者の方にご聖体を運ぶことは、あくまで奉仕であって名誉職では有りません。今回のように研修会を通してその認識を深められたことは意義深いことであったと思います。

また一方信徒からご聖体を受ける一般信徒の認識も変わる必要があることを感じました。そのために奉仕者になる、ならないに係わらず、一人でも多くの信徒がこれからも続くこの研修会に参加して正しい認識と理解を持つことが必要だと思います。

必要に迫られて既に信徒が聖体奉仕の役をしている教会もいくつか有りましたが、中には聖体拝領の際、司祭の方へ列を変わる信徒や、「どうしてあの人が?」と不信感を持つ信徒が有ること、「祝福も信徒が与えられるのか?」というような現実に則した疑問や質問が飛び交い、熱気に満ちた討論が続きました。

こんなに集中的に典礼や秘跡や聖体等の講義を聴く機会は今迄ほとんど有りませんでしたので、この研修会は非常にありがたく、参加者からも「良かった」という声が多く聞かれて、スタッフの一員として嬉しく思っています。

教区として初めての試みですし問題点もいくつか有ることは覚悟の上で、とにかく研修会を開いてみて問題点を考えようということでしたが、開催前のスタッフの予想以上に好評であったと思います。

これから、実際に奉仕者になられる方だけで一泊黙想会が行なわれ、いよいよその後教区で認められた奉仕者が誕生します。

(信徒スタッフ庄司昌子)

阪神大震災義援金報告(3)

皆さまからお寄せいただいた義援金は次のように、大阪大司教区に送金しました。安田大司教からお礼状と領収書が届きました。心から感謝申し上げます。

・1月20日 1000万円(本部会計から)
・1月30日 2000万円
・2月13日 3000万円
・4月6日  5000万円

(教区会計室)

お礼状

東京大司教区 白柳誠一枢機卿様

キリストに賛美!

このたびは大阪教区復興「新生」計画のためにご厚志を賜り、まことにありがとうございました。

被災小教区では、信徒会館で、あるいは青天井での主日のミサという不自由な教会生活をお願いしていますが、一つ一つ問題を解決していきたいと考えております。カトリック学校、幼稚園、施設等の被害状況と復興計画も少しずつ送られてきています。

貴重なご芳志ですので、特に聖堂や信徒館の修復、新築の為に使わせて頂きます。皆さまにどうぞよろしくお伝えくださいますようお願い申し上げます。簡略ながらとりあえずはお礼までに。

阪神大震災救援チャリティーコンサート義援金の報告

このたびの「阪神大震災チャリティー・コンサート」では、ご後援をいただきありがとうございました。「チャリティー」にもかかわらず、たくさんの方々がお越しくださいまして、無事終了することができました。クリスマスのときのコンサートとは雰囲気が違い、情感あふれる恋の歌、心にしみるリュートの音色、軽やかな器楽演奏に、皆様満足なさっていらっしゃいました。

左記のようにたくさんの義援金が集まりました。カトリック大阪教区を通して、公的援助の谷間にある方々にお送らせていただきます。では、簡単ですが、お礼と報告まで。ありがとうございました。

チケット販売数
3時の部 289枚
6時30分の部 310枚

来場数
3時の部 223人
6時30分の部 244人

チケット総売上
1、797、000円

義援金
453、080円


2、250、080円

義援金総額
2、250、080円

1995年3月23日

聖パウロ女子修道会
チャリティー・コンサート実行委員会

一粒会総会 召命増加のためには多面的計画を

寺西神学院長講演要旨 私の理想とする司祭像

4月9日午後2時から、カテドラル構内で、東京教区一粒会総会が開催され、60名近くの委員が出席した。

白柳枢機卿は、「司祭の召命が少なくなっているこの時代、養成されたいい司祭が求められています。東京教区では、召命の数は多くはないが恒常的にある。これは神の恵みと皆様の祈りと支えがあるからです。これからも司祭養成のためにご尽力下さるよう願っています。」とあいさつされた。

一粒会担当の酒井俊雄神父の94年度活動報告、梅田運営委員長の95年度活動予定、小川会計担当委員による94年度決算、95年度予算報告の後、寺西英夫東京カトリック神学院長の講演に移った。

なお、東京教区一粒会は、白柳枢機卿を通して、阪神大震災の被害を受けた大阪教区の神学生のために、100万円を送ることを決定した。

東京教区の新しい神学生は加藤豊君と関光雄君の2人。新潟教区の中村君、京都教区の奥村君、大阪教区の川村君とともにガリラヤの家で生活を始めている。

彼らは一人っ子または2人っ子の少子家庭で育ち、川村君を除く4人は家族の中で一人だけ信者である。

今後こういう状況が続くと思われるので日本の教会は召命を育てていくのに多面的計画が必要である。神学校の方も人数が少なすぎると養成がなかなか難しい。授業でやりにくいこともあるので最低10名は来て欲しい。

他教区への志願

中村君は生まれも育ちも北海道、仕事で東京に来て6年前に三軒茶屋教会で洗礼を受けた。新潟で生活したことはないが新潟教区は司祭が足りないということが一番大きな理由で新潟教区の神学生を志願した。東京は大学、働く場所としての関係から他の教区より召命は多いが、召命が少ない教区への志願者がこれからおそらく出てくるのではないか、それは白柳枢機卿にとってはつらいことでしょうけれども全国の教会のことを考えるとそういう動きがあるのは健全なしるしであると思われる。

東京神学院は現在グアダルペ宣教会の3名、中国からの留学生1名を含む総勢32名。

あなたがたのための司祭

先週私は仙台で助祭にアウグスチヌスが司教になってから語った「私はあなたがたとともにキリスト者である。そしてあなたがたのために司教である。」という言葉を引用して話しました。来年は司祭になる人達になぜこの話をしたかと言いますと、彼らは司祭になる目標で入ってきたわけだが、それがあまり強いとそのためにだけ生活している。司祭になってからの方が問題、生涯をどのように生きるかが問われているのです。

私が1963年から4年半青梅教会の主任をしていた頃、日曜日に信徒は数名くればいい方で、具体的な仕事もなく「自分は一体ここで何をすべきか」考え、宣教するのに悩んでいた、アウグスチヌスの言葉を思い出し、司教であるというところを司祭であると言い換えて「そういうことか」と、これは心の支えになった。ちょうどその頃第2バチカン公会議が開かれまして、教会憲章の冒頭に「教会はキリストにおけるいわば秘跡、すなわち神との親密な交わりと、全人類一致のしるしであり道具である」これは教会の基礎になっている。キリストがそうであったように世界に対して救いのしるしであり、道具である。そういう教会に仕えているのが司祭であり、世界に証していく使命を持っている。

神学校の養成は司祭になるまで。たいへんなのは司祭になってからであり、小教区の信者と一緒になって、鍛えられていくのではないか。

鴨川教会 教会墓地についてのお知らせ

近年、墓地の取得に関しましては、年々遠隔地での取得となり、ご心配の方もいらっしゃる事でしょう。この度、鴨川教会では、太平洋を見おろす絶好の景勝地に、白柳枢機卿、森司教のご配慮をいただいて、教会墓地を建設いたします。墓地用地の取得から20年にして、ようやく墓地建設の運びとなりましたことを、神様のお恵みと深く感謝いたします。

ここに墓地の概要についてお知らせし、皆様からの献金と墓地使用の申し込みを受け付けたいと存じます。鴨川や房総に縁の方ばかりではなく、広くこの地を愛される方々の永眠の地として、教会正面に位置して、最良の場所です。

1995年7月には完成の予定ですので、ぜひ見学にいらっしゃって下さい。

御摂理によるこの共同体の作業が、一致と平和の証となることを願っております。

墓地の概要

1、所在地
鴨川市貝渚下野辺1926番地、外房の海を一望する景勝地です。
鴨川教会の正面に位置します。
2、価格
納骨堂
永代使用権料 10万円
年間管理料 2000円
永代管理料 10万円
一般墓地
永代使用権料 20万円
年間管理料  3000円
永代管理料 30万円
管理料は、永代管理料をもって通例としますが、年間管理料の選択もできます。
使用料以外のものには、法規の消費税がかかります。

3、申し込み
電話、ファックスでの申込を受け付けています。

4、諸手続き
申し込みを頂いた方には、「墓地規定」に基づき、必要書類をお送り致します。その後、
ご希望によって現地をご覧頂いて、ご契約をさせて頂くことになります。

5、早期購入の特典
特典:必要数の購入を、一括して支払って頂く場合、総額の10%が割引きされます。
期間:平成7年12月までに支払いの方について適用。

墓地建設資金への献金のお願い

自己採算による墓地の建設ですので、資金へのご協力をお願いいたします。
1口:1000円 1人何口でも

カトリック鴨川教会04709-2-0432
主任司祭
教会委員会
墓地委員会

1月24日神戸に行って思ったこと 鈴木 隆二君(25才)の報告(1)

私のしてきたこと

1日目:東京教区大司教館からの届け物を西宮市にある大阪教区大司教館へ持って行く。持ってきた折りたたみ自転車が役立った。夕方、神戸市内の中山手教会に着く。神戸市内はボランティアの人がかなりいたが、西宮市ではあまり見られなかった。

2日目:チームを組み、長田区在住の独居老人やホームレスの人をさがしてインタビュー(何が足りないか、物資があるのかなどを聞きながら物資を配る)する。駒ケ林公園(ここには小学校に避難し切れなかった付近の住人がテント暮しをしており、ベトナム出身の人もちらほらいた。公式の物資、水は殆ど届いていなかった)、その近所の小学校、長田区役所、鷹取教会(あたり一面焼け野原で、聖堂は全焼、司祭館も半壊、残ってるのはキリスト像だけだった)などをまわる。たいていの人は学校や公園に避難していた。

3日目:駒ケ林公園へ物資を持っていく。老人が北野町のある場所に沢山いるという情報を得て、そこ(かなりな急坂を上った、所謂山にある市営団地だった)を捜し出し物資を持っていく。

4日目:中央区二宮小学校にいる身体の不自由なお年寄りにインタビュー(何に困っているか、身寄りの人あるいは介護してくれる人はいるのかを聞く)。

感想とふりかえり

そもそもなんで神戸に行く気になったか、正直に述べておく必要があると思う。ウチの父(昭和10年生)は神戸の状況をテレビで見てポツリと「空襲の後のようだ」といった。焼け野原や寝食に困った人々、いろいろなところにできる行列を映し出すテレビは、戦争を体験した父には生々しく映っただろうし、同じ様に思った人もたくさんいるのではないかと思う。

翻って私であるが幸いなことに戦争を体験したことはないし、あんな大きな地震だって体験したことはない。湾岸戦争のときもそうだった。サラエボでの内戦、チェチェンでの戦闘、今回の地震だってテレビで見ていても何だかしっくり来ない。5000人にも上る死者といわれてもピンと来ない。凄いことが起きたと思いながらもテレビの中の出来事で片付けようとする自分、リアルに捕らえら切れない自分がやはりある。平和学習の目的で毎年2回沖縄ツアーを企画し、4、5人の仲間と沖縄に行っている。そこで戦争の悲惨さや平和を説く人や何かに出会う。私は戦争を体験するのは絶対に嫌だから、その出会いからイメージを膨らませていく、追体験していくしかないと思っている。「空襲の後のようだ」という思いも寄らぬ父の言葉を聞いて正直な話ショックだった。父は私以上に「エライことが起きた!」と思っているに違いない。それだけにその言葉をリアルに受け止めたいと思った。

えらいことが起きた

新幹線を降り電車を乗り継いで西宮に着いたとき「エライことが起きた」という思いは一気に現実のものとなった。そこらじゅうの建物がぺしゃんこにつぶれていたり、傾いていたり、道路も波打ったように歪んでいる。まっすぐなもの、垂直なものはなく、どの建物がまっすぐなのかよく分からない。地図を見ても目印になるようなものは崩れているし、どこがどこだか分からない。道路もいたるところで封鎖され、目的地に向かおうにも思った方向へ進めない。救急車や消防車、パトカーがそこかしこを走っていて、それに混じって自衛隊の車もひっきりなしに走っている。このような光景を記憶の中で探すがなかなか見つからない。やっと思い当たるとすれば小さい頃テレビで見た「ウルトラマンと怪獣が戦った後」の光景であろうか。現実味のない例えだが、小さい頃テレビでその光景を見て人が死ぬなんて考えてもみなかった。正義の味方といわれるウルトラマンも迷惑なものだ。戦った後のことは結局はそこに残された人、生き残った人がするのだ。

その翌日長田区の焼け野原に立ったとき、これはもうウルトラマンでは済まされないと思った。町全体がレンガ色で煤臭く、それはやはり「空襲の後」としか形容しうる言葉が見つからなかった。車の渋滞の激しい所とは対照的で、色も音も感じられなかった。その静寂さは「死」を予感させる雰囲気を放っていた。ウルトラマンはという例えを出すのも恥ずかしい。ここでは何人の人が生き残ったのだろう。

日本もまだ捨てたものではないな

中山手教会を基点にした方々をグループでまわり、何組ものボランティアグループと出会った。神戸で働いているボランティア人口を数え上げたらかなりの数になるだろう。恐らく万の単位は下らないと思う。沢山の人が何かその地域の人の役に立ちたい、何かしたいと思っているのだろう。沖縄ツアーや、この前の夏フィリッピンに行って少々日本人に愛想を尽かしていたけれども、日本もまだ捨てたものではないなと思った。

ボランティアもさることながら自衛隊や機動隊の人達も沢山いた。やはりモスグリーンと紺色の制服は少々物騒である。かすかに感じる恐怖と嫌悪感。昔見た時代劇で、見るも哀れな農民が侍の足にすがりつきながら助けを乞う場面があった。そこには侍=力ある正義の味方が上から助けてやるという社会的構図が見え隠れする。正義の味方も自衛隊も警察も変な力をもっている分、時としてクセ者だ。動機に関してはボランティアの方がよっぽど純粋だと思う。やはり私はエプロンをつけているボランティアの方が好きだ。「額に汗したPKO」なんて言うけれど額に汗したいボランティアが沢山いることは忘れないでほしい。人のためにと思う心にウルトラマンなんて必要ないのだ。

教会・修道院巡り(41)『聖心の布教姉妹会』

イエスの聖心の御像を中心に、秋田カトリック教会の伝道館で、和服にメダイをかけた6人の女性が、「聖心愛子会」の最初の会員として、発会式を祝ったのは、1920年5月30日であった。
この会の創立者は、時の新潟教区長、神言会会員ヨゼフ・ライネルス師で、宣教、その他小教区の手伝いをする邦人修道女会を望んでいた。

修道会の基本精神は、イエスの聖心の愛を生き、それをのべ伝えることである。修道女たちは地域の人びとに宣教し、貧しさと病の中で助けを必要とする人びとの家をまわり、病人を看護し、重病人や危篤の子供には洗礼を授けた。このような活動の中から診療所、擁護施設などが設立されていった。

1949年に教皇庁認可の修道会となり、1970年および75年には、第2バチカン公会議の意向に従い、刷新総会を開催した。会の精神・目的をより的確に表すものとして、修道会の名称を「聖心の布教姉妹会」と改めた。

「聖心」とは「わたしは地上に火を放つために来た。その火が早く燃え上がることを願っている。」(ルカ12・49)との聖心の御望みを全うすることを使命とし、十字架上のキリストの聖心にささげられていることを表している。

「布教」は創立当初より修道会の第一の精神である。

「姉妹会」はキリストの姉妹、全ての人の姉妹を意味すると共に、その人びとと共に生き、働き、苦労する者の共同体を意味している。

主な使徒職としては、カテキスタ、擁護施設、乳児院、老人ホーム、保育所、病院、幼稚園、学校、神学校援助などがあり、修道女たちは北海道から奄美諸島までの9教区に派遣されている。

キリストが父から遣わされたように、キリストから教会において遣わされた者となり、御心のお望みを実現するという目的を達成するため、修道女は活動の源泉となる霊的生活を大切にし、毎日の聖体祭儀、念祷、聖体礼拝を愛をもって行う。

1989年、本部修道院に日本的な趣の聖堂が完成した。そこには、福音が日本の人びとに親しみやすいものとして受け入れられ、また神と人とが出会える場となるような工夫がこらされている。

祈りの生活に基づく愛をもって、人びとの心に聖心の愛の火を点火することを望みながら、今日もそれぞれの場で彼女らは神のみ旨を果たし続けている。

本部修道院
〒251藤沢市本藤沢3-4-19
TEL0466-82-2982

白柳誠一枢機卿 聖エメレンチアーナ教会での説教〜ローマ、2月27日〜

2月27日、白柳枢機卿は、聖エメレンチアーナ教会で着座式に臨まれたが、(東京教区ニュース121号既報)イタリアの信者、日本の司教たちが共に捧げるミサの説教で、イタリアと日本の2つの国、2つの都市の間にキリスト教連帯を実現することを祈られた。

親愛なる聖エメレンチアーナ教会の皆さん、

今私たちが共に捧げているこのごミサはローマの古い伝統に基づくものです。教皇様は先の枢機卿会で枢機卿は全世界のカトリック教会の司牧者としての教皇の協力者であるばかりでなく、ローマの司教としての教皇の協力者でもあると、その義務について説明されました。

新枢機卿がローマに各自の名義聖堂をいただくというこの慣例は、新枢機卿が正しくローマの司教としての教皇のこの町での司牧とその責任に参与することを表しています。今、私はこの説教によって、私たちのこの素晴らしい出会い、あなたがたこの教会の信者たちとこの教会の名義枢機卿として選ばれた私、日本の司教との出会いの意義について今、一緒に考えてみたいと思います。

私はこの象徴的な儀式を通してあなたがたと日本のカトリック教会との間に新たな関係を結びたいと思います。この相互関係を真に兄弟的、霊的、かつ人間性豊かな関係にしたいと思うのです。私達は同じようにローマ、東京という大都市の市民として、またキリスト者として多くの共通問題を抱えている兄弟姉妹のようなものです。この2つの都市は地理的にも歴史的にも大変かけ離れ、異なっています。しかし、今世紀に入り、ローマ市や東京のような大都市の市民は、経済的にも文化的にもさらに観光の分野でも多岐にわたる種々の関係を発展させてきました。あなたがたも毎日見ていることと思いますが、このローマに毎日何人の日本人観光客がやって来ることでしょう。他にも、どれだけの日本人学生や商社マン、様々な会社の代表が、イタリア中に散らばり働き生きていることでしょう。けれども、残念なことにこれらイタリアと日本の間の人間や商品の行き来が日々増大しているにもかわらず、何か大変大切なものが、欠けているような気がしてならないのです。それは、もっと人間的な関係、同じ師の弟子としての、同じ信仰と希望と愛における兄弟姉妹としての関係です。

イタリアの教会と日本の教会の関係は古くまた、豊かなものです。事実今日でもなお日本の教会は、その宣教活動の多くをイタリアの教会に負っています。初期の頃のイタリア人宣教師の中で、日本でよく知られているのは、アブルッツェのキエティ出身のアレッサンドロ・バリニャーノ神父です。彼はもう一人のイエズス会員、ブレシア出身のオルガンチーノ神父と共に日本にやって来ました。

この2人のイタリア人宣教師は、日本の教会の黎明期にあって、長年にわたり貴重な働きをしました。日本の歴史上「キリスト教の世紀」とも呼びうる時期がありました。それは16世紀後半から17世紀の前半にかけてのことでした。約百年間続いたこの時期に日本に於けるキリスト教は著しく発展し、信者数も百万人に達するほどでした。バリニャーノ神父は3回にわたり日本を視察しています。勿論当時のことですから多くの島々を含めて日本中を徒歩で尋ね回ったはずです。イエズス会の公式視察師として多くの手紙を書き残しています。それらのうち、よく知られているのが「日本管区報告書」です。この報告書は16、17世紀の日本を知る上で大変貴重な資料となっています。これらの報告書の中でバリニャーノ神父は経験豊かで、心の広い宣教師の目をもって当時の日本人の伝統や習慣などを伝えています。

バリニャーノ神父は、日本民族はキリスト教のような宗教を受け入れるのに大変適した要素を備えていると書いています。「他の多くのアジア民族の中で日本民族は有望視されます。普通多くのアジア人は、何らかの人間的な動機や利益を求めてキリスト教に入信しようとするのですが、日本人は、はっきりとした意識をもって魂の救いを望み、キリスト教信仰を大きな誉れとして受け入れています。」イタリア人宣教師のこのような洞察は、500年前の、あの時期の日本人に対する深い尊敬と愛にあふれています。日本人のために23年間疲れを惜しまず働いた後、バリニャーノ神父はマカオで亡くなりました。彼はその後日本で、自分の働きのあれほどまでの実りを完全に破壊してしまう程残虐な大迫害が、300年間の長きにわたり荒れ狂うことになろうとは夢にも思っていませんでした。

今、私は、日本人の為に大きな愛と宣教精神をもって、キリストの福音の種を蒔き続けた1人のイタリア人宣教師について話しました。今世紀初頭まで、300年間、さらに第2次世界大戦まで続いた長い迫害にもかかわらず、日本の教会はバリニャーノ神父を始め、何世紀にも前にその尊い生命をかけて多くの宣教師たちが開いてくれた道を勇敢に歩み続けています。(中略)

私は今、偉大な宣教者民族とも言えるイタリアの皆さん、それに寛大な犠牲と祈りをもって世界中のキリストの宣教活動を支援しておられる当教会の信者の皆さんに、心からの感謝を捧げたいと思います。

イタリアの信者、日本の司教たちが共に捧げるミサをもって私たちの間の、長い深いキリストによる絆を神に感謝するとともに、イタリア及び日本の多くの若者たちに、神がキリストの霊により私たちの絆、私たちの一致をますます深めて行くことが出来るよう、力を与えてくださるよう祈りましょう。

こうして、私たちの間、2つの国、2つの都市の間に真のキリスト教連帯を実現することが出来ることでしょう。アーメン。

日本日本人会会報
『こらっじおじ』から
(カルメル会 和田神父訳)

編集部から

今号は、どうも記事が真面目で堅い印象がありますが、スタッフ一同もう少し肩の凝らない、ほっとする記事も欲しかったなと思っています。次号からは、その点も配慮して皆様にお届けしたいと考えています。もし、ご意見がありましたらどしどし編集部にお送り下さい。スタッフ一同、それを参考に、ますます皆様に読んでいただける工夫をしたいと思っています。(まんも)

『教区ニュース』の刷色についていろいろとご意見をいただきました。ありがとうございます。今回喜ばれているこの色で当分続けてみたいと思います。これからも『教区ニュース』に関心を持って下さい。ご意見をお待ちしています。(Y)

4月30日、カテドラル構内で開催されるインターナショナル・デーで、一昨年好評でした子ども達の絵が展示されます。次号インターナショナルデー特集号に掲載予定です。どうぞお楽しみに。(N)

5月21日は広報の日です。今年のテーマは、「映画―文化と価値を伝えるもの」です。

例年、東京教区の広報委員会では「広報の日の集い」を主として小教区で広報活動に担っておられる方、広報活動に興味を持っておられる方を対象に行ってまいりました。今年は、その内容等を見直そうということになり、開催をみあわせました。皆さま方のご意見をいただければと思います。(A)