「ペトロの家後援会」のためのミサ説教

2016年6月25日、ケルンホール

[聖書朗読箇所]

説教

今日の福音はイエスが行った数々の癒しの物語を伝えています。場所はカファルナウムでした。同じ出来事を伝えるマルコ福音書によると、その日は安息日でありました。(マルコ1・21参照)
イエスは、百人隊長の信仰に感心し、中風で苦しんでいた百人隊長の僕を癒しました。
この時イエスは言われました。
「はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。」(マタイ8・10)
ペトロの家に行き、ペトロの妻の母が熱を出して寝込んでいたので、その手に触れて熱を去らせました。
待ちかねたように、安息日が明ける夕方になると、人々は悪霊に取り付かれた者を大勢、イエスのところに連れてきました。安息日の間に病人を移動させる行為は十戒の第三戒である安息日の掟に触れる、と考えられていたからです。イエスは言葉の力で悪霊を追い出し、病人を皆癒しました。
そしてきょうの福音は
「彼はわたしたちの患いを負い、わたしたちの病を担った。」
という預言者イザヤの言葉をイエスにあてはめています。
悪霊に取り付かれた者とは精神の疾患に苦しむ人のことでしょうか。イエスは身心の病気、障がいを担う人々に深い心からの同情をおぼえたのでした。その人々をそのままにして自分の休息をとることができませんでした。
イエスは一日中、神の国の福音を宣べ伝え、癒しの業を行い、反対者の悪意を受けながら、非常に密度の濃い、ストレスの多い時間を過ごしたのです。
安息日が明ける夕方になってもイエスは人々の苦しみ痛みを引き受けるというご自分の使命を遂行し続けました。
それは実に大きなエネルギーを必要とする御業でした。
今わたしたちは「いつくしみの特別聖年」を過ごしています。わたしたちが少しでも主イエスに倣い、互いに患いと病を担いあうことができますよう、ご聖体から恵みと力をいただけますよう、神のいつくしみのみ顔である主イエスに祈りましょう。