大司教

週刊大司教第二百六十八回:年間第二十四主日

2026年09月15日

9月に入っても各地で大雨が続くなど、落ち着くことのない天候に左右させられる日が続いています。国内だけでなく、世界各地で自然災害の被害が報告され、亡くなられた方も多数おられます。被害を受けられた多くの方のために祈りを捧げるとともに、教会共同体が存在している地域にはカリタスがありますから、各地のカリタスを通じて被災された方々とともにありたいと思います。以前にも増して、大きな国としてのカリタス組織より、地域の小教区共同体に根ざした地域のカリタスの存在が重要になっています。

日本の教会は普遍教会と連帯して「すべてのいのちを守るための月間」を、10月4日まで続けています。

東京教区の取り組みとして、先週土曜日、9月5日午後に、司教協議会の「ラウダート・シ」部門担当の成井司教様においでいただき、講演をしていただき、その後カテドラルでミサを捧げていただきました。100名ほどの方にお集まりいただいたことを感謝いたします。

当日の講演は、撮影してありますので、後日公開されるものと思います。

9月12日午後2時から、カトリック麹町聖イグナチオ教会で、イエズス会の司祭叙階式が行われ、イエズス会員のコエーリョ・ニティン・リズボン師が、司祭に叙階されました。司祭叙階、おめでとうございます。これからの活躍に期待しております。

以下、12午後6時配信、週刊大司教第268回、年間第24主日のメッセージです。

年間第24主日
週刊大司教第268回
2026年9月13日前晩

マタイ福音はゆるしと和解について語ります。わたしたちは基本的に身勝手な存在です。自分が犯した間違いはできるだけ寛大にゆるしてほしいと思う反面、自分に対する他者の過ちに対しては、それほど寛大になれないどころか、時としてできる限る厳しく罰してしまおうとさえします。

ゆるしを願っている相手の立場に立つことを想像できるのであれば、相手がどれほど過酷な状況にあるのかは分かりそうなものですが、なかなかそうは簡単に寛大にはなれないものです。

この世界に生きていく限り、全く他者との関係なしに生きていくことができませんから、わたしたちは常に他者との関係の中でいのちを生きています。人間関係における経験から、自分と全く同じ人に遭遇する可能性が、極めて低いことに気がつきます。ですからわたしたちの人生は、常に互いの理解の相違に満ちあふれ、互いを理解することが出来ないがためにどうしても相手を裁いてしまいます。時として、その裁きはわたしの心の中に怒りを生みだし、怒りは憎しみに発展し、結果として対立関係が生み出されます。

第一朗読のシラ書に是非とも目を通してください。今日の朗読はこう始まります。「憤りと怒り、これはひどく忌まわしい。罪人にはこの両方がつきまとう。・・・隣人から受けた不正を赦せ。そうすれば、願い求めるとき、おまえの罪は赦される。」

他者に対して憤りと怒りの感情を抱き、相手を裁いたままでは、自分と神との関係をただすこともできないと、シラ書は記しています。

わたしたちは完全なものではありませんから、しばしば罪を犯し、神の求める道を踏み外したり、神に背を向けてしまったりします。人生の中で何度そういった過ちを犯すことでしょう。

社会はそういうわたしたちの集まりなのですから、その中にある教会共同体も、同じように罪人の集まりです。教会は決して罪を犯さない聖人のような選ばれた人だけの集まりではありません。教会共同体は社会に対するあかしのしるしとして、罪人がともに集い、互いの関係をゆるしの心のうちに修復し、その上でともに神に向かい、ともに神のゆるしを求めるのだということを明確に示す存在でなくてはなりません。わたしたち同士のゆるしと寛容さのないところに、神のゆるしはありません。

マタイ福音は、「七回どころか七の七十倍までもゆるしなさい」と言うイエスの言葉を記しています。七の七十倍という言葉で、限りない深さを持った神のいつくしみを示します。またそのゆるしをいただいたものが、そのあわれみを他者との関係において分かち合うことなく、それどころか隣人を無慈悲に裁いた話をイエスはたとえとしてあげ、他者を裁くものには、神のゆるしがないことも明示されています。

信仰者としてのわたしたちの人生は、主ご自身が生きられたとおりに生きることを目的としています。その主の人生とは、十字架上の苦しみの中で、ご自分に襲いかかるものをゆるすいつくしみであり、愛するすべてのいのちの救いのために、自らを犠牲として捧げた、隣人愛の極みであります。ですからわたしたちは、あわれみ・いつくしみそのものである神に倣って生き、他者との関係の中で、徹底的にゆるし、常に互いを受け入れ合う道を歩まなくてはなりません。

主イエスの生き方にならう、あかしの人生を歩みましょう。