大司教

週刊大司教第二百五十七回:聖霊降臨の主日

2026年05月25日

聖霊降臨の主日です

東京教区では、聖霊降臨の主日午後2時半から、東京カテドラル聖マリア大聖堂で、合同堅信式を行いました。今年は77名の方が一緒に堅信を受けられるました。


この1週間は、国際カリタスの年に5月と11月の2回行われる理事会(代表委員会)の1回目が、インドネシアのラブアンバジョで開催されたため、出かけておりました。コモドドラゴンで有名でもあるラブアンバジョは、カトリック人口の多いことで知られるフローレス島にあり、以前はルテン教区の一部でしたが、2024年6月にルテン教区から分離独立して、ラブアンバジョ教区となりました。教区司教はマクシムス・レーグス司教様です(上の写真でわたしと握手しているのがレーグス司教様)。まだ誕生して2年の教区です。

今回は会議に先立って、ラブアンバジョ教区のカテドラルで国際カリタスの75周年と、カリタスインドネシアの20周年、そしてカリタスラブアンバジョの2周年を祝い、感謝のミサを捧げました。司式と説教はわたしが担当させていただきました(ミサは英語)。ちょうどカリタスインドネシアの運営委員会も同じ時に予定され、インドネシアの司教協議会会長のアントニウス・スビアント司教様始めルテン教区のシプリヌアス司教他数名の司教様方もこのミサにご一緒くださいました。インドネシアは聖歌隊が上手なことで知られていますが、ラブアンバジョのカテドラル聖歌隊も、素晴らしい歌声と美しいハーモニーでした。


またそれに先立ち、カナダのカリタスの支援で行っているコミュニティ農業プロジェクトを国際カリタスの参加者皆で訪問しました。ラブアンバジョから数台のハイエースバンに分乗して2時間。到着したダタック村の聖テレサ教会で大歓迎を受け、実際に農場でレーグス司教様と一緒にほうれん草を収穫させていただきました。


カリタスは世界的なNGOであることは間違いありませんが、決して上から何かを持ってくるだけの組織ではありません。カリタスは教会なしではあり得ませんし、逆に教会もカリタスなしは考えられません。教皇ベネディクト十六世が「神は愛」で記したように、カリタスの業は教会の本質的部分であり、オプションではありません。そしてカリタスは、こういった地域の教会共同体に根ざした小さなプロジェクトの積み重ねでできている組織です。地域の共同体に根ざしたプログラムなしに、カリタスの存在は考えられません。だからその地域で関わっている人たちと一緒に、皆で胸を張って「We Are Caritas(わたし達はカリタスだ)」と宣言するのです。


以下、23日午後6時配信、週刊大司教第257回、聖霊降臨の主日メッセージです。

聖霊降臨の主日
週刊大司教第257回
2026年5月24日前晩

シノドス的な教会のあり方をテーマとしたシノドス第16回総会において、教皇フランシスコは、しばしば、「皆さんの意見が聞きたいのではありません。聖霊が何を語っているかが知りたいのです。聖霊が主役です」と発言し参加者を驚かせました。

ともすれば現代社会の中で生きる教会は、現代社会の価値観の中にある組織体として、今の時代の常識が求める道を歩まざるを得ません。どうしても明確な行動計画や目標がないと、わたしたちは安心できません。それに対して教皇フランシスコは、状況分析や統計など人間の知恵では知り得ない神の導き、聖霊の声に耳を傾けるという、わたしたちの信仰の本質を忘れてはならないと強調されていました。

第二バチカン公会議の「教会憲章」に、「聖霊は教会の中に、また信者たちの心の中に、 あたかも神殿の中にいるかのように住み……福音の力をもって教会を若返らせ、たえず新たにし、 その花婿との完全な一致へと導く」という言葉があります。教会とは建物や人の集まりのことではなく、時の流れの中を旅する神の民のことであり、その神の民の中に聖霊が働き、導いているのだと教えています。

だからこそ、聖霊がいま私たちをどこに向かって導いているのかを模索し、知ろうとしなければならない。それが霊的な識別です。その識別によって、たとえわずかのことしか分からないとしても、また教会運営の現実的な様々なしがらみに囚われているにしても、常に神の民の中で働く聖霊が、どこに向かって教会を導いているのか。それを知ることが教会が教会であるために必要なのだと、教皇フランシスコは繰り返されていました。

いま2028年10月に開催される評価のための総会に向けて、それぞれの共同体で具体的な実施段階にあるのですが、残念ながら具体的には何をすれば良いのかが明確ではないという理由で困惑する声も聞かれ、中には教皇フランシスコの帰天とともにこのシノドスは終わりだという雰囲気すらありました。しかし今年1月初めの臨時枢機卿会を、まさしくこのシノドス的な霊における会話の手法で実施することで、教皇レオ十四世は、教皇フランシスコが備えたシノドスの歩みの道を、粛々と継続することを明示されています。

使徒言行録に記されている聖霊降臨の出来事の特徴はいったいなんでしょうか。

まず、聖霊は、「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっている」ところで働いています。すなわち、聖霊は単独でひとり一人に他者と無関係に働くのではなく、共同体が一致しているところに働いています。そして、そのときには、「激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが集まっていた家中に響いた」と記されています。激しい音は周囲にも響き渡り、「この物音に大勢の人が集まってきた」とも記されています。すなわち、聖霊が働いているところは静寂が支配しているのではなく、騒々しさが支配しています。

重要なのは、聖霊によって生かされ常に刷新されている教会は、聖霊が働いているのですから、決して落ち着いた静かな教会ではあり得ません。騒々しい、落ち着かない教会です。一人でそんなところに取り残されたのなら、耐えきれない騒々しさかもしれません。だからこそ、聖霊は一致して集っている共同体に働くのです。互いに支え合い、助け合い、共に歩む兄弟姉妹がいるところに働くのです。聖霊は教会共同体に、多様性における一致をもたらします。