大司教

平和のために祈り続ける

2022年01月28日

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平和のために祈ると言えば,即座に毎年夏の平和旬間を想起しますが、もちろん平和のために祈ることに特別の季節はありません。教皇パウロ6世は、1968年に、毎年の1月1日を世界平和の日として制定されましたが、その最初のメッセージに次のように記しています。

「今後、毎年、人間の歩みの時を刻む暦 の最初の日に、将来の歴史の発展を動かすものが、正しくそして真に安定のある平和そ のものであるようにとの希望と約束の表れとして、このような催しが、繰返されること を、心から望んでおります」

一年の初めの日に平和を祈ることで、教皇パウロ6世は,一年を通じてわたしたちが平和のために祈り続けることを求められました。その上でパウロ6世は、「キリス ト教徒にとって、平和を唱えることは、イエズス・キリストを告げることと同じこと だからです。『われわれの平和は、キリストである』(エフェゾ2章14節)」と記しています。

まさしく教皇ヨハネ23世が「地上の平和」の冒頭に記したように、「すべての時代にわたり人々が絶え間なく切望してきた地上の平和は、神の定めた秩序が全面的に尊重されなければ,達成されることも保障されることもありません」。この世界でのイエスの福音の実現こそが、平和の達成です。

感染症の状況が続く中で,教皇様は世界的な連帯による相互の支え合いの重要性を,繰り返し説いてこられました。しかしこのような「いのちの危機」の状況にあっても、世界的な連帯は実現していません。

2021年の復活祭にあたって、「Urbi et Orbi」のメッセージで、教皇フランシスコは、こう述べられました。

「パンデミックはいまも猛威をふるっています。社会的、経済的な危機はいまだに深刻な状態にあり、とくに貧しい人に大きな影響を及ぼしています。それにもかかわらず、武力紛争と軍備拡張はとどまることを知りません。今、こんなことがあっていいはずがありません。」

国際社会がこの危機を乗り越えるために一致することなく、こんな状況でも武力紛争を続けていることを厳しく批判された教皇は、続けてこう述べています。

「十字架にかけられ、復活された主は、仕事を失った人や、経済的な苦境に陥っても社会から適切な保護を受けられない人の心の支えです。適切な生活水準を維持するのに必要な支援を、すべての人が、とくに困窮している家庭が受けられるよう、主が各国政府を動かしてくださいますように。悲しいことに、このパンデミックにより、貧しい人の数と、数えきれないほど多くの人の絶望が激増しています」

貧困のまん延と,それに伴ういのちを生きる事への絶望のまん延は、それ自体が平和の欠如です。なぜならば、イエスの福音の実現は,貧困のまん延ではなく,絶望のまん延でもなく、尊厳ある生活と,いのちを生きる希望に満たされることだからです。

教皇様は先日1月26日の一般謁見にあたって,緊張が高まっているウクライナ情勢に触れ、特にウクライナの平和のために祈りをささげるようにと,招かれました。バチカンニュースはこう伝えています。

「かつてウクライナで、大飢饉(1932年~1933年)のため多くの人が飢えに苦しみ、亡くなったことを思い起こした教皇は、数多くの辛い体験に接したウクライナの人々は平和を享受すべきである、と話された。教皇は、天に上げる皆の祈りが、地上の責任者たちの考えと心に触れ、対話と共通善を一部の利害に優先させることができるようにと願われた。」

わたしたちも教皇様の呼びかけに応えて、緊張が高まる地において神の平和が実現するよう、特に政治のリーダーたちに聖霊の導きがあるように,祈り続けたいと思います。

これに加えて、この2月1日で、ミャンマーでクーデターが発生し,民主的な政権が転覆させられてから一年となります。何度も繰り返しているように、東京教区はかつて戦後にケルン教区から受けた支援に対する感謝を込めて,今度はミャンマーの教会の支援を長年にわたって行ってきました。ミャンマーの教会は,東京教区にとって姉妹教会です。その地に平和がもたらされ、人々が安心して生活ができるように、民衆の声が力によって抑圧されることのないように、信教の自由が守られるように、クーデーターから一年となるこの時、平和のために祈りをささげたいと思います。(一番上の写真、ミャンマーの子どもたち、2020年2月)

2月1日の直前となる1月30日の日曜日、夕方から,ミャンマーの方々が集う築地教会で,平和のための祈りをささげます。私もご一緒させていただきます。残念ながらコロナ禍の状況の中で,大勢で集まることは控えなくてはなりませんから,皆さんに参加を呼びかけることはできませんが,どうか心をあわせて、ミャンマーの平和のために,1月30日の日曜日に、一緒にお祈りください。